253 ヘズルの落日 前編
風の大精霊が作った世界『ウィンディア』から、一人転移球でヘズルへ出て来たルーファスは、エヴァンニュ王国にいるサイードと連絡を取った後、突然何者かに襲われます。防護魔法で身を守りつつ襲撃者の正体を見ようと拘束魔法に捕らえることは出来ましたが、その相手が狂信神官フォルモールに操られているというリカルドだと知って…?
【 第二百五十三話 ヘズルの落日 前編 】
「どうして――」
いきなり攻撃して来たのがまさかリカルドだなんて…信じられない。
「リカルド…俺の声が聞こえるか!?聞こえるなら返事をしてくれ!!」
俺はプリズムの中にいるリカルドに駆け寄りながら、微動だにしない彼に声を振り絞って呼びかけた。だが…
ルスパーラ・フォロウの光を受けて輝くその金髪は、風に靡いて顔へ鬱陶しそうにかかっているのに、いつものようにそれを指先で払おうとする素振りがない。
時折瞬きはするものの、近付く俺に目を向けることもなく、まるで張り付いた仮面を被ってでもいるかのようにその表情はピクリとも動かなかった。
「リカルド!!」
全く反応がない…完全に意思を奪われているのか。あれじゃ本当に操り人形じゃないか…!
俺が彼を閉じ込めた魔法『ファクテッド・プリズム』は、捕らえるだけで身体の自由を奪う状態異常は起こさない。
単に効果中は檻から出られないだけで手足は動かせるはずなのに、抵抗して逃げようともしないなんて――
「許せない、よくもリカルドにこんな酷い真似を…ッ」
ユスティーツはリカルドが『聖哲のフォルモール』に操られていると言っていた…その言葉を丸切り疑っていたわけじゃないが、それでも実際にこの目で見るまでは俺自身心のどこかで信じられずにいて、本音では半信半疑だったんだろう。
それがこうして実際に人形のようになっているリカルドの姿を目の当たりにし、腹の底から怒りが湧いてきた。
ユスティーツと示し合わせてアーシャルの本拠地へ行き、そこで橾術を解いてリカルドを正気に戻す手筈になっていたけど…リカルドの方から姿を見せてくれたのなら、操られている手段さえわかればここで施術を解けるかもしれない…!!
先ずはどんな魔法にかけられているのか、解析魔法で調べないと…!
待っていろ、今俺が自由にしてやるからな…リカルド。
「はっ…!!」
――襲撃者が操られているリカルドだと知った俺は、それをどうにかする方に気を取られ、極僅かな時間警戒が緩んだ。
と同時に拘束魔法の効果時間が切れ、プリズムが解除された瞬間に目の前からリカルドが消えたのだ。
シュンッ
瞬間移動!!
どこへ消えた!?
ゾワッ…
殺気!!
直後背後に現れた彼から強い殺気を感じ、俺は振り向きざまに対処する。
「守れ、ディフェンド・ウォール!!」
ギインッ…バチバチバチッ
再び瞬間詠唱で防護障壁を張ると、虚ろな目で躊躇なく振り下ろされたリカルドの攻撃で目の前に激しい雷撃が迸った。
魔物駆除協会の中でも首位守護者だったリカルドは、魔物を狩る時に気づかれないよう殺気を隠す天才だ。
今は意思を奪われているせいで、技能により気配は絶てても攻撃の瞬間それが漏れるのは、却って俺には幸いだった。
おかげで防御がどうにか間に合う…!!
「…!?」
リカルドの剣が…これはミスリルソードだ、大地の守護神剣じゃない…!?
その時俺は至近距離から見たリカルドの剣が、以前と異なり単なるミスリル製の中剣であり、あの生体核を持つ生きた剣『グラナス』でないことに気がついた。
「やめろ、リカルドッ!!俺だ、ルーファスだ!!俺はおまえの敵じゃない!!」
グラナスはどうしたんだ…まさかあの剣もフォルモールに奪われたのか?
俺が思い出した記憶によると、神界の三剣は自らが所有者を選び、使い手と定めた者以外が振るっても許可なくその力を十二分には発揮できない。
だからフォルモールが無理やり従わせようとしたところでグラナス自身が言うことを聞くとは思えないが…それでもあの剣は、使い込んだオリハルコン製の剣でも到底及ばないほどの威力を秘めている。
それこそ、場合によっては俺でも消し飛ばされかねないほどの――
大地の守護神剣がもし本当にフォルモールの手に渡ったのなら、後々かなり厄介だな。
剣での物理攻撃を俺が障壁に吸収したことで、直ぐさまリカルドは再び間合いを空ける。
そして今度は魔法攻撃に切り替えてそれを乱発し始めた。
「リカルド!!」
威力の大小に関わらず四方八方からランダムに魔法が来て、リカルドの姿を視認できないために解析魔法を使う暇もない。
パーティーを解消する前に、俺が魔法を使えるようになってから一緒に行動した期間は短かったが、それでも俺のディフェンド・ウォールにはフェリューテラ七属性の魔法が効かないことは知っているはずだ。
なのにあんな魔力のペース配分もへったくれもなく、ただ無作為に魔法を連発するだけだとは…本当に好きなように操られているだけなんだな。
そう思うだけで俺はフォルモールに腸が煮えくり返るような思いがした。
――リカルドの無詠唱魔法『エレメンタルアーツ』は、通常魔法と異なりリカルドが〝発動する〟と考えただけで魔法陣が完成して即座に放たれる。
つまり俺でさえ事前の発動予測が難しく回避が困難なことから、防護障壁を絶えず張ったままでいなければ防げないだろう。
おまけに俺には彼を傷つける意思がなく、リカルド相手に全力で攻撃することはあり得ない。
今だって未だクラウ・ソラスを抜いていない状態なのだ。
よってここからは、リカルドの攻撃手段がなくなるまでの持久戦になる可能性が高まってしまった。
俺は最大で同時に三つの魔法を使うことが可能だが、リカルドの方は無詠唱で魔力の続く限りいくらでも制限なしに七属性の攻撃魔法を放てる。
現在のリカルドがどのくらい魔力を所持しているのかわからないが、さっきあれだけ高位魔法を連発したのにまだ底なしに魔法を使って来ていた。
それでもいつかは魔力切れを起こすだろうが、問題はそれだとリカルドの身体に大きな負担がかかることだ。
本拠地では吐血して倒れたりしていると聞いた…ただ防戦一方に受け止めるだけでなく、できるだけ無理をさせないように魔法封印の状態異常に出来るかだけでも試してみよう。
そう考えた俺は、全方向から絶え間なく飛んで来る攻撃魔法にディフェンド・ウォールで対処しながら、隙を見て小まめに封印の状態異常を引き起こす『シグナトゥム』を試みてみた。
しかしリカルドは元来の状態異常と魔法への抵抗値がかなり高いため、魔力加算で成功率を高めても全く成功する気配がない。
く…駄目か…!!
飛び交う攻撃魔法の爆音の中、必死に声を張り上げて俺は何度も何度もリカルドの説得も試みる。
「頼む、リカルド…目を覚ましてくれ!!おまえはどこか身体を悪くしているんだろう!?それ以上魔法を使って、自分で自分を痛めつけるな!!」
合間合間に解析魔法を試してみるが、もっと集中して細部を見なければわからないのか、フォルモールがどうやってリカルドを操っているのかも掴めない。
やがてリカルドは大分魔力を消耗したのか途中で蹌踉けるようになり、魔法を使う回数が極端に減ってくる。
結局魔力切れ寸前まで止められなかったか…でもこれで防護障壁は解除して、近接攻撃で戦える…!
そう思ったのも束の間、グラナスを手にしていなくても手加減容赦のない無感情のリカルドは、その剣技の方も中々に侮れなかった。
「くっ…!!」
蹌踉けていたから弱っているのかと思えば…身体強化を施しているようにも見えないのに、どうしてこんなに早く動ける…!
反射的に傷つけてしまいそうで、クラウ・ソラスは抜かずに体術のみで応戦しようと思ったけど…これはフォースフィールドでステータスを上げなければ、俺の方がやばそうだ…!!
動体視力には自信のある俺だが、それが間に合わないほどに目にも止まらぬ早さで繰り出される彼の剣技には、素手で気を失わせるなど不可能だった。
リカルド…驚いたよ、本気のおまえはこんなに強かったんだな。パーティーを組んでいた時は、いつもおちゃらけてばかりだったから実力を見誤っていた。
仕方ない…攻撃力と引き換えに防御力を極限まで上げる補助技能、『金剛防体』を使おう。これならもう物理攻撃は通用しない…!
俺は魔法を使わなくなったリカルドへの対処に、フォースフィールドで能力値を上げるのではなく、技能を使うことにした。
自身の闘気を集約し、頭の天辺から手足の指先まで鋼のように硬化させる心象を精神統一で行き渡らせる。
すると俺の全身が金色に光り出し、リカルドの攻撃が当たってもダメージを完全に弾くようになった。
それでもリカルドは剣を振るう手を止めようとせず、意思の光を宿さない昏いセルリアンブルーの瞳で、俺ではないどこか別の世界を見ているようだった。
そのリカルドが両手で持った剣を大きく振り上げ、俺の頭上から縦に真っ直ぐ刃を振り下ろそうとした時、俺はそれを回避するのではなく、硬質強化した素手で真正面から掴んで受け止めた。
ガキンッ
俺が右手でしっかりと掴んだ剣はビクともしなくなったのに、リカルドはまだひたすら力を込め続けている。
「…もうやめろ。俺の知るおまえは、いつだって俺の味方だった。なのにそのおまえを、俺が傷つけられるはずはないだろう?」
再び至近距離から、その意思の消えた無感情なリカルドの整った顔を見て、俺は静かに且つしっかりと語りかけた。
例え操られていても、耳は聞こえているはずだ。恐らくリカルドの心は橾術に抗って戦ってもいるはず…せめてなにか手がかりさえ掴めれば――
「心配するな、俺がなんとしてもフォルモールの術から解放してみせる。だから心を強く持て。フォルモールの魔法に負けるな。おまえは強い。自分の意思を奪われていても、その身体の奥底できっと俺の声が聞こえているよな?…そうだろう?リカルド。」
刀身を掴む俺の力と、それに込め続けるリカルドの力が拮抗し、両手で握るリカルドのミスリルソードがカタカタと小刻みに震えていた。
「…?」
――リカルドの瞳になにか…
その時ほんの一瞬だけリカルドの瞳に青い光が走り、そこになにか文字のようなものが浮かんで見えたような気がした。
「おまえの目…その目になにかあるのか!?」
ハッとした俺がそう問いかけると、リカルドは虚ろなその右瞳からツツーッと一筋の涙を零した。
感情が僅かでも表面化した?…そうか、やっぱりリカルドは自分の中で戦っているんだ…!!
「しっかりしろ、リカルド!!橾術に抗え!!!一度自力で解くことが出来れば、もう二度と同じ術で操られることはなくなる!!!おまえなら出来る…頑張れ!!!」
きっと後少し…もう少しで打ち破れる。そう思いながらリカルドを励ましていた俺が、右手で掴んでいたミスリルソードの刀身に思わずぎゅっと力を込めた時、リカルドと俺の力の均衡が崩れて一点に集中し、思いがけず剣の刀身が砕けて〝バキィンッ〟と大きな音を立てた。
「!!」
――瞬間、リカルドの抵抗も一気に崩壊したのか、折れた剣をその場に手放し、再び彼は俺の前から瞬間移動して離れてしまった。
「しまった!!」
もう魔力は殆ど残っていないだろうに、まだ瞬間移動は可能なのか!!
「リカルド!!」
折角上手く行きそうだったのに、砕けた剣に邪魔されるなんて運がない。でもリカルドの瞳に一瞬だけ見えたあの文字が、きっと橾術解除の糸口だ。
ならばもう一度確認できれば、俺の自己管理システムで解析はできるかもしれない…!!
武器は砕けて魔力は尽き、リカルドの攻撃手段はもう失くなった。後は体術でやり合うしかないから、タイミングさえ合えば今と同じような隙は生じるだろう。
俺は諦めないぞ、リカルド。この機に絶対おまえを解放する…!!
そう心に強く決心して前を見据え、魔力切れで空に浮かぶことも出来なくなったリカルドに視線を向けた。
ところがその直後、予想外の異変が起きる。
「…!?」
リカルドが徐に、懐から紫色に光るなにかを取り出すのが見えたのだ。
――なんだ、次はなにをしようとしている?あの紫に光るものは…魔道具かなにかか!?
ふと嫌な予感がして、それがなんなのか遠くから良く見ようとした瞬間、どういうわけかリカルドの手にあるものと同じ紫の光がぽうっと俺の心臓辺りに灯った。
「な…どうして俺の胸から光が――」
刹那その恐ろしい声は、俺の内と外から同時に重なって聞こえてきた。
『『――開け邪眼。』』
この声――レインフォルス!?
瘴気に煙る暗い空に、ビキビキビキッとなにかが裂けるような音が響き、直後破れた紙の端が捲れるような奇妙な亀裂が入ったかと思うと、そこからギョロリと覗く血のように真っ赤な色をした『巨大な眼』が俺を凝視した。
あ…あの眼は――!!
ビシッ
――そして俺の目に見える世界が灰色に変化し、黒く渦を巻く巨大な穴だけを残してなにもかもが消え失せた。
ドサンッ
「………」
ルーファスから少し離れた位置に立ち、昏い空に突如として開いた『邪眼』によって彼が地面に倒れ伏すまでの一部始終を、フォルモールに操られているリカルド・トライツィは見ていた。
その手には透明な結晶に入れられて、紫色にぼんやりと光を発するなにかの『欠片』を持っている。
やがてリカルドは、完全に意識を失い動かなくなったルーファスへゆっくり歩いて近付くと、その虚ろなセルリアンブルーの瞳でただ彼を見下ろした。
シュンッ
「良くやりました、ディアス!!」
そのリカルドの隣へ何処からともなく転移して来た、緑髪に白と金の聖衣を着た神官姿の男は、歓喜の声を発し開口一番にその行いを褒め称える賛辞を口にした。
「それでこそ我らが敬愛して止まぬ、光神レクシュティエル様に御身を捧げし者です。これでようやく念願叶い、彼の御方にも再びお目にかかることが出来ましょう…!」
外見的な年令は人で言えば五十代前半くらいだろうか。
真っ直ぐに切り揃えられた一直線の前髪に、前から後ろへ向かって斜めに長さを整えられたおかっぱに近い髪型。
中高年にしては身体的な緩みを感じず、規則正しい厳格な生活を送っていると見て取れる、非常に気難しい気性が目つきや顔立ちにまで表れている。
この男こそが何度も名だけは口にされていた、狂信神官と呼ばれる『聖哲のフォルモール』だった。
フォルモールは先端に白く歪な結晶の付いたロッドを手に片膝を立てて屈むと、上機嫌で気を失っているルーファスを見ながら歪んだ笑みを浮かべる。
「――千年の永きに渡り、随分と手子摺らせてくれましたね…守護七聖主よ。この日をどれほど待ち望んでいたことか…ですがそれも今日で終わりです。その身体とキー・メダリオンさえ手に入れてしまえば、残りの神魂の宝珠を解放し、力を取り込むことは私にも可能でしょう。ふふふふ…ふははははははは!!」
「………」
高笑いを響かせるフォルモールに、リカルドはなんの反応も示さないままだ。
やがて暫くして満足げに笑うのを止めたフォルモールは、ニタリと口元を緩め、ルーファスの身体に触れようとして手を伸ばした。
だが次の瞬間、バチバチバチンッと強烈な衝撃でその手はなにかに弾かれる。
「!?――なっ…ば、馬鹿な!!」
黒い電撃がフォルモールを拒み、再度伸ばす手を激しく拒絶する。
バリバリバリバリッ
「ぎゃあっ!!!!」
激痛が走り堪らずフォルモールは蹌踉けて後退った。
「な…なぜだ、これは間違いなく守護七聖主であるはず…なのになぜ光の担い手であるこの私の手が弾かれるのですか…!?守護七聖主は穢れなき光を身に宿す者…時翔人にして唯一無二の存在!!遍く世界の全てに於いて理から外れ、過去を変え全く別の新たな未来を紡ぐことの可能な――…ハッ!?」
シュンッ
「その御方に触れるでない、フォルモール!!!」
ただ棒立ちになっているリカルドを避け、転移して来たと同時にルーファスの前で屈んでいたフォルモール目掛け、そこに現れた梟の仮面男は白き大剣を思いきり振り下ろした。
ズガガガガンッ
その衝撃波は寸前で消えたフォルモールに届かず空振りし、地面を抉って土塊を辺りに吹き飛ばす。
逸早く気配を察知したことで回避に成功したフォルモールは、ルーファスから離れると瞬間移動で十五メートルほどの位置に距離を取る。
「き、貴様は…っ」
倒れたルーファスからフォルモールを引き離すことに成功した仮面の男は、すぐさま次に棒立ち状態のリカルドへ大剣の柄で強打を食らわせ、再び操られて利用されないよう無抵抗の彼をルーファスの傍から吹き飛ばした。
ドガンッ…ドンッズザザザザッ
身体をくの字に折り曲げてリカルドは地面に叩き付けられると、そのまま一度跳ね返ってからフォルモールとは反対の十メートルほど先に落下する。
シュンッ…ストッ
そのタイミングで今度は全身から真紅の光を放つ、死人のような男が登場した。
『〝欠片〟の力を感じて来てみれば…貴様か、聖哲のフォルモール。馬鹿と見紛うほどに学習せぬ奴め…これに手を出せば殺すと何度言えばわかる?』
真紅の髪に真紅の瞳。死人のように真っ白な肌と寒気がするほどに美しい顔をした『災厄』。
そして今生体核をブウンと唸らせながらフォルモールにそう言い放ったのは、その手に握られている闇の守護神剣『マーシレス』だ。
「ありました、御前。〝欠片〟です!」
吹っ飛ばされて倒れたリカルドの手から、紫色に光る『欠片』を取り上げた梟仮面の男は、それをカラミティに向けて見せるように掲げた。
『さっさと持って来い、ベレトゥ。』
カラミティにではなくマーシレスに命令され、口元でムッとした様子を表す『ベレトゥ』は、リカルドを放置してそのままカラミティに駆け寄ると、手にした欠片を両手で献上するように丁寧に手渡した。
「腹の立つ…御前の手にあるのでなければ、その汚らわしい生体核を粉々に砕いている所だぞ、マーシレス。」
『くくく、出来るものならやってみよ。但し、後で困るのは我でなくカラミティの方だがな。』
「ふん。――フォルモールを退けます。」
大剣を構えてカラミティに頭を下げそう告げると、ベレトゥは距離を取ったフォルモールに瞬間移動で突っ込んで行く。
『ついでに殺せ!!いつまでも其奴を放置しておくから付け上がるのだ!!』
「煩いですよ、マーシレス!!私はあなたの命令は聞きません!!」
『生意気な…おい、カラミティどこへ行く?』
カラミティはフォルモールとの戦闘をベレトゥに任せると、倒れているリカルドへスタスタ歩いて近付いて行く。
そして虚ろな目を開いたまま、それこそ人形のように地面に倒れて起き上がろうともしないリカルドを、醜悪なものでも見るような目で貶むように見下ろした。
「大地の守護神剣はどうした?手放したのなら我に寄越せ。」
カラミティが冷ややかにそう尋ねるも、リカルドが反応する様子は当然全くない。
『――瞳に魔法紋が見えるぞ。フィネンの神獣〝デミ・アケバロス〟による〝アラクネス・ドラート〟だ。なるほどな…これはなにをしても人族には抗えまい。あのフォルモールらしい実に醜悪な橾術よな。くくく…グラナスめ、情けなくも己の選んだ使い手を守れなかったか。…どの道これはもう駄目だな。』
「………」
リカルドを見て嘲笑うマーシレスの刀身を真下に向けると、カラミティは柄を両手で握り、リカルドの心臓に向けて突き立てるように垂直にして構えた。
そうして今正にその息の根を止めようとした刹那、その寸前でマーシレスがカラミティを止めに入る。
『やめておけ。後で無駄に時間をかけられぬよう、予め選択肢を減らしておいてやるつもりなのだろうが、恨まれては元も子もなくなる。これを逃せば次はないとわかっているだろう。千年前の二の舞は御免だぞ。』
その言葉にカラミティは暫く考えた後無言で剣を引くと、踵を返してルーファスの元へ戻って行く。
そののち意識のないルーファスの前でしゃがむと、その額に手を当て状態を調べた。
『念のために聞くが、生きているのだろうな。』
「どのような形であれこれに即死は効かぬ。恐らくは邪眼で無理やり深淵に突き落とされただけだろう。一応生きてはいるが、これは…」
カラミティは身体から真紅の光を発したままルーファスを見て険しい顔をし、眉間に皺を寄せた。
ガッガッガッガッガガガガガンッ
一方、フォルモールと激しい戦いを続けるベレトゥは、フォルモールに逃げる隙を与えず猛攻を仕掛けていた。
白き光の残像を描いてベレトゥの振るう大剣は、何度も何度もフォルモールに襲いかかると、フォルモールは光の盾を呼び出して凌ぐのが精一杯になっている。
「くっ…この裏切り者が…!!後少しの所で再び邪魔をしに戻るとは…っ」
「心外ですね…裏切り者はどちらですか、それはこちらの台詞でしょう。卑怯にも私を罠に嵌めて陥れ、謂れ無き罪でクリムクライムへ送ったのは誰でしたか?まさか忘れたとは言わせませんよ。」
「それは貴様が私の邪魔をするからでしょう。その上選りにも選って災厄に助け出されるとは…ラデウス様もそれはそれは落胆されておられましたよ。」
「黙れ…御前の前でその名を出すな。マーシレスに言われずとも殺すぞ…!!」
「はっ、愚か者め…!!」
«くそっ…ベレトゥを退けるはおろか、カラミティにまで出て来られてはいくらなんでも勝ち目はない。ここは一度諦め、なんとしても逃げ果せなければ――»
操っていたリカルドの魔力は既になく、どうあっても分が悪いと悟ったフォルモールは、ベレトゥに反撃すると見せかけて逃走するための作戦行動に出た。
ドンッ、ゴオオオオオッ
「なにッ!?」
光の盾をベレトゥに打つけて目眩ましにすると、ロッドを地面に突き立てて高速詠唱で広範囲魔法を発動したフォルモールは、辺り一面を焼き尽くさんばかりに炎で埋め尽くし、目の前のベレトゥにではなく倒れているルーファス諸共、カラミティに届く強力な火属性攻撃魔法を放った。
「御前!!」
まるで生き物のように操られる灼熱の業火は、フォルモールのロッドによる誘導を受け、物凄い速さで地面を駆け抜けて行く。
ゾアッ
しかし背を向けていても既にフォルモールの攻撃を察知しているカラミティは、それらが届く前に真紅の闘気を解放し、ルーファスを守りつつ迫り来る炎を消し飛ばした。
«防がれるは百も承知よ、だがこれで――!!»
フォルモールの企みを読んでいながら、敢えてカラミティは立ち上がりざまに振り返り、マーシレスを横へ一薙ぎし漆黒の斬撃で反撃する。
ドゴオオッ
『そこを退け、ベレトゥ!!』
「!」
マーシレスの警告を受け軌道上にいたベレトゥは、巻き添えを食う前に瞬間移動で回避するも、その瞬間を狙っていたフォルモールは、カラミティの斬撃が届く前にその場を逃れ、倒れているリカルドの元へと瞬間移動した。
「待て、フォルモール!!」
後を追おうとするベレトゥに構わず、リカルドを先に転送して回収すると、フォルモールはあっという間に転移魔法で消え失せてしまう。
「追わなくて良い、欠片は回収した…放っておけ。」
「…御意。」
――暗い…身体が動かない…
どこまでもどこまでも落ちて行く…
…いったいなにが起きたんだ――
俺の胸元に紫の光が灯ったと思ったら、内と外から同時にレインフォルスの声がして…あの『邪眼』が俺を見ていた。
直後一瞬で世界は消えて、黒く渦巻く巨大な穴へとあっという間に吸い込まれた。
漆黒の穴に落ちた俺は、止まることなく闇の中に沈んで行く。
――そうして目を開けた時にはもう、〝そこ〟にいた。
ヒュルルルルルルル…カッ…ズゴゴゴゴゴゴゴオオオオッ
『こ…、ここは…どこだ…!?』
辺り一面燃えさかる炎に照らされて赤く染まり、凄まじい速度で波紋のように広がる火が地面を焼きながら嘗め尽くして行く。
轟音が大地を震わせて、空に浮かぶ巨大な金属の塊は真っ白な閃光を放ってはパパパパッと何度も瞬くと、やがて赤青白に揺らめくものに包まれてゆっくり落ち始めた。
遠く落ちたそれは穹窿形の光を発し、鼓膜を破りかねないほどの爆発音と少し遅れてやって来る衝撃の波が一瞬で建物の上部を吹き飛ばす。
続く爆風が逃げ惑う人ごと家屋を粉々に破壊し、立ち昇る獄炎を纏いながら築かれて行く瓦礫の中に、そこかしこから助けを求める声と悲痛な叫声が響き渡っている。
俺はそんな悲惨な光景の中、半分透けた身体で高さ二十メートルほどの宙に浮かんでいた。
『手が透けている…まさか精神体となって魂が身体から抜け出たのか!?』
いつの間に…!!
『俺の身体はどこだ…!!急いで見つけないと、こんな状況下で離れて見失ったら戻れなくな――』
そう思い空から下を見下ろすと、燃えさかる炎の中をどこかに向かって走って行くその姿を見つけた。
『!?――あれは…』
俺と同じ顔をしているが幾分か年上に見え、銀髪ではなく漆黒の髪を靡かせて走る、冒険者服のレインフォルスだ。
レインフォルス!?
『いつの間に入れ替わって…いや、俺が外に出ているからか…!?レインフォルス!!俺はここだ!!…はっ!!』
地上を走るレインフォルスに叫んだ直後、上空で炸裂した魔法弾が瞬き、その破片が彼の近くに落下して行くのが見えた。
『危ない!!』
「チィッ…!!暗黒の盾よ、衝撃を食い尽くせ!!『ダークネスシールド』ッッ!!」
カッ…ドオオオオンッ
『レインフォルス!!!』
それはエーテルのような青白い炎を纏っており、彼からそう離れていない場所へ落ちて爆発したものの、幸いにして威力が小さく、咄嗟に闇魔法の盾で身を守ったレインフォルスはなんとか無事だった。
「くっ…はあはあ」
土と粉塵塗れになりながら、レインフォルスは肩で息をし、炎の熱気に炙られて止めどなく流れる汗を腕で拭う。
『良かった、無事か…!!』
ほっとした俺は地上に降り、身を屈めていたレインフォルスに近付くも、彼はすぐに立ち上がってまた走り出した。
『待ってくれ、どこへ行くんだ!?レインフォルス!!』
俺の声が聞こえないのか…!?
――その時、どこからともなくその声は俺に話しかけてきた。
『無駄だ、今の彼におまえの声は届かない。』
『…!?』
炎に包まれて赤々と燃える瓦礫の山に、黒煙の混じった紫紺の空。すぐに辺りを見回すも、傍には誰の姿も見えない。
『これは俺がリカルドの持っていた〝欠片〟の力を使って、わざとおまえに見せている過去の出来事なんだ。』
『な…誰だ!?』
この声…まさか――
それが誰の声なのか気づいた瞬間、ぞわりとして総毛立った。
なぜなら、それは…
『聞くまでもなくわかっているだろう。それともおまえは、自分の声も忘れたのか?』
『…!』
紛れもなく〝俺自身〟の声だったからだ。
『ど…、どこから話しかけている?』
『もちろん、おまえの中からだ。』
『!』
サッと血の気の引くような思いがして、ギョッとした俺は半分透けた自分の身体を見下ろした。
俺の中って…
違う…そうか、〝俺の中〟と言うのは…今目に見えている、ここのことか…!
『状況を把握したのならレインを追いかけるんだ。知りたいだろう?あの小さな手の子供が誰なのか…そして十年前、俺になにがあったのか――』
その声は告げる。
『その答えを知る時が来たんだ。』
『………』
俺は無言でレインフォルスの後を追い、走り出した。
走り出してすぐ、まだ完全には破壊され尽くしていない建物の一部や、地面に転がる拉げた看板を見て、ここがどこなのかを理解した。
『ここは…ヘズルか。それも、ラ・カーナ王国が滅びた日の…』
レインフォルスの姿を捜して、瓦礫で埋まりかけている見覚えのある道を駆けて行く。
周囲の建物はどこも炎に包まれており、既に手の施しようがないほど焼け落ちているが、俺が熱さを感じることはもうなかった。
『俺の中にこの記憶があると言うことは、やっぱり俺はその日ここにいたのか。』
『ああ、そうだ。メル・ルークでア・ドゥラ・ズシュガと戦った時、おまえはシルヴァンが腐沼に飲み込まれたのを見て暴走しかけ、ゲデヒトニスはレインを助けるために精神世界へ戻った。あの時おまえとゲデヒトニスは、初めて〝俺〟の存在に気がついただろう。』
『…ああ。後になってゲデヒトニスから、俺が無意識にレインフォルスの魂を吸収しようとして飲み込みかけていたことを聞いた。俺自身は霊力そのものだから、そういうことも起こり得るのだと知らなくて…だがその時、暴走する俺から彼の魂を守っていた〝誰か〟がいるようだと…ゲデヒトニスは言っていた。それが…』
それはカラマーダの問題が片付いたあと、ファーディアへ向かう前に一泊だけしたソリエーヴォ公国で早朝ゲデヒトニスから聞いた話だ。
自分が暴走しかけるほど怒りに我を忘れたことにも愕然としたが、なによりもゲデヒトニスが止めてくれなければ、俺が俺の中にいるレインフォルスを殺していたかもしれないと言うことがショックだった。
レインフォルスはいつも俺を守ってくれていたのに、俺はその彼を殺しかけていたんだからな。
『そうだ、それが〝俺〟…〝ファエキス〟だ。俺はラ・カーナ王国が滅んだこの日、おまえが再びここを訪れるまで当時の記憶を封印するために〝分離〟した。それほどにこの記憶はおまえに強い影響を与えかねないものだったからだ。』
『………』
『――見えて来たぞ…レインはあそこにいる。』
俺が姿無きもう一人の俺『ファエキス』に言われて顔を上げると、レインフォルスはソル・エルピス聖孤児院教会の敷地にあるあの丘にいた。
『!!――ラナの孤児院教会が…!!!』
俺がそこに辿り着いた時にはもう、ソル・エルピス聖孤児院教会はその半分以上が破壊されていた。
『魔法弾にやられたのか!?だがここには、俺が張ってラナが維持している障壁があったはず…!!』
『…違う。』
『え?』
『近くに落ちたのは確かだが…孤児院教会をここまで破壊したのは、魔法弾だけじゃないんだ。』
「シン…シン、しっかりしてちょうだい!!!死なないで!!ああ、神様…!!」
その時破壊された孤児院の前では、複数の子供達が近くに落ちた魔法弾の被害を受け、ラナンキュラスの手当てを受けていた。
その中には血塗れで今にも息絶えそうな少年の姿まである。
『あれは…ラナッッ!!!』
『無駄だ!!言っただろう、これは過去の出来事だ。しかも記憶を再現して見せているだけで、実際に時間が戻っているわけじゃない。だから誰にも声は届かないし、助けたくてもなにも出来ない。ただ見ていることしか出来ないんだ。』
『くっ…!!』
どうして…俺はこの日ここにいたんだろう!?なのにどうしてラナや子供達を守れずに、助けてやることもできなかったんだ!?
「子供達を連れてここから逃げろ、ラナ!!!」
「レイン、でも…っ」
「早く!!!こいつの目的は俺だッッ!!!俺が相手をしている内に、できるだけ手の届かない遠くまで逃げるんだッッ!!!」
『…!!』
ラナ…そうか、レインフォルスもラナと知り合いだったのか…!
二人の会話を聞いて、俺はレインフォルスが〝こいつ〟と言ったその存在の姿を探した。
木の影に誰かいる…!!
『ここからだとちょうど大木の影になって見えないな…あっ!!』
レインフォルスの言葉を聞いて逃げる決心をしたらしいラナは、全員の子供達を魔道具で眠らせると魔法の球体に包み込み、彼女の真の姿『有翼蛇竜ケツアルコアトル』に変化して大空へ跳び上がった。
『ラナが…』
未だ魔法弾の飛び交う中、ケツアルコアトルに戻ったラナは、球体に包み込んだ子供達を口に加えて逃げて行く。
そうかこの後でアヴァリーザに辿り着き、どこかに住める場所を見つけるんだな…
俺は段々と遠ざかり見えなくなって行くラナを見送ると、魔法弾が降り注ぐ中、ハッと我に帰って急いで丘上へと坂道を駆け上がった。
レインフォルス…!!
――やがてその相手の姿が見えるところまで来て、大木に近付いたその直後、地面に片膝を着いているレインフォルスへ、冷酷に話しかけている何者かの声を聞き足を止めた。
「――ようやく見つけましたよ。この国に潜んでいるとの情報はありましたが、随分と手間をかけさせてくれましたね。もう逃がしません…レインフォルス。」
『こ…この声、は…』
まさか――
カッ…ズガガガガガンッ
「くっ…!!」
その時一瞬でレインフォルスに降り注ぐ、『七色の魔法槍』を見て悟った。
あの魔法槍…フェリューテラ七属性の――
すぐに攻撃が始まり激しくなった戦闘に、最後はゆっくりと数歩進んで、ようやくその声の主を確かめる。
高速で放たれる七属性の高位攻撃魔法に、レインフォルスの闇魔法が抗い、ぶつかり合う双方の攻撃魔法が魔法弾の光すら霞むほどに火花を散らす。
そんな戦闘領域内で風に靡く見事なストレートの金髪に、女性と見紛うほどの美しく整った顔…鮮やかなセルリアンブルーの瞳に、スラリとした長身が必死に応戦するレインフォルスへ凄まじい剣技を叩き込んでいた。
――だがその相手は今、フォルモールによって操られているわけでもなく、先程会ったばかりで俺の知る彼よりも大分若かった。
「今度こそ息の根を止めます…!!『セブンス・エレメンタル・アンフェールド』!!!」
ズオオオオオオッ…ギュルルルルルウウウ
七色の光が一瞬で魔法陣を形成し、そこからありとあらゆる攻撃魔法がレインフォルスに向かって放たれて行く。
「チイッ、全てを吸い尽くせ!!!『ザラーム・グラトニー』!!!」
対するレインフォルスは、巨大な漆黒の魔法陣からユスティーツのオムニスオブルークに良く似た、魔法獣の頭だけを呼び出して攻撃魔法を喰らい尽くす。
「暗黒竜の竜口ですか…昔の貴様であればさぞ脅威でしたでしょうね…だが――今の私にそのような邪悪な力は通用しません!!!」
『リ…リ、カルド――』
間違いなくリカルドだ。さっきと違ってグラナスを手に、本気で俺と戦っている…
この頃のリカルドは…多分まだ十代だ。十八か九…それでも、身に纏う雰囲気はとても年相応に見えない。
凄味を増した氷のような目に、隠そうともしない全身から溢れ出るレインフォルスへの強い殺意――
俺はリカルドに、一度もあんな瞳で見られたことはなかった。
その上よく見るとレインフォルスは背中を袈裟斬りにされているらしく、既に大量に出血して酷い傷を負っている。
『レインフォルスが酷い怪我をしている…!!』
『それも当然だろう。リカルドの手にあるのは大地の守護神剣〝グラナス〟だ。マーシレス同様に普通の剣じゃない。』
『…っ』
レインフォルスには俺のような防護魔法がないから、闇の盾があったとしてもリカルドの攻撃を完全に防ぐ手段はない…俺でさえもしさっきの戦いでグラナスを振るわれていたなら、かなりの怪我を負わされていただろう。
それこそ、瀕死になってもおかしくないぐらいに…
――待ってくれ…頭が追いつかない。
ラ・カーナ滅亡時に俺がこのヘズルにいたのなら、ラナや子供達があれほどの窮地に陥っているのに、なにもせずにいられるわけがないだろう。
それなのに実際、この時の俺は未だ姿を見せておらず、ここにいるのは俺じゃなくてレインフォルスだ。
と言うことは…
俺はこの時既に、レインフォルスと一つの身体を共有している…?今表に出ているのはレインフォルスだから、俺は深淵で眠っている状態にあるのか。
だがこの後俺は、瀕死状態でエヴァンニュ王国のヴァンヌ山へ行き、そこでウェンリーと出会い助けられるはずだ。
だとしたら、俺のあの怪我は――
「はあはあ、俺は…俺はこんなところでまだ死ぬわけには行かない!!!貴様ら〝蒼天の使徒アーシャル〟は、ルーファスと守護七聖<セプテム・ガーディアン>によって全てが終わった後になっても、ひっそりと身を隠す俺の命を延々狙い続けて来た…!!この千年、ずっとだぞ!!!」
「ふ、ふふふ…それがなんですか?全て終わったと思っているのは貴様だけでしょう。フォルモール様も私も、蒼天の使徒アーシャルも歴代のル・アーシャラーも!一度として貴様を許すと言った覚えはありません…!!」
『…!』
フォルモールに歴代のル・アーシャラー…?〝許す〟…
『どういうことだ…リカルドはレインフォルス…いや、俺になにか恨みがあったのか?』
『………』
なにも答えないと言うことは、黙って見ていればわかると言うことか…『ファエキス』も〝俺〟だからな…わかってしまうのが苛立つ。
二人の命を賭けた死闘をただなにもできずに見ているしかない俺は、ハラハライライラしながら親指の爪をガリガリ噛み始めた。
直後、リカルドが瞬間移動でレインフォルスの背後に回る。
シュンッ
『ハッ…レインフォルス、後ろだ!!!!』
そう叫ぶも俺の声が届くはずもなく、再びレインフォルスはグラナスで背中を深く叩き斬られた。
ザンッ
「ぐああああっ!!!!」
『レインフォルスッッ!!!』
ああ…もう見ていられない――!!
『やめろ…ッ、もうやめてくれ、リカルドッッ!!!それ以上レインフォルスを傷つけるな…ッ!!!…頼むから…っ』
どうしておまえがレインフォルスにこんなことを…
俺の声は届かないし、見ていることしか出来ないとわかっていたが、それでも俺は懇願せずにいられなかった。
自分の鮮血に塗れ、痛みと苦痛に顔を歪ませるレインフォルスは、悔しげに紫紺の瞳から涙を零している。
「どうしてここまで…俺に何の恨みがある…俺はおまえ達アーシャルとフォルモールに、何度も何度も問うて来た…!どうして俺を…俺達を放っておいてくれない…?こんな…なんの関係もないラナや親を亡くした子供達まで巻き込んで…っ」
「――誤解のないように言っておきますが、この計画を立てたのは私ではなくフォルモール様です。それも三年ほど前にフォルモール様が消えた後は頓挫し、計画自体消滅していたはずなのに…両国ともが勝手に動いて勝手にフィアフごと消えて行く。いくら私が貴様を死ぬほど憎んでいても、どんなに人間と言う存在が卑しく救いようのない生物であっても、ルーファスが守りたいと望んで守り切った世界や命を、誰あろう私の手で壊したり殺すような真似はしませんよ。」
「…なに?」
「ルーファスは私と会う度にいつも言っていました。いつか私のような魔物に抗う力のない弱者でも、安心して生まれ育った村を出て自由に行きたい所へ行けるような世界にすると。暗黒神を倒してそれが叶ったなら必ず戻るから、ゆっくりフェリューテラ中を旅してみよう、とね…」
『…?』
――なんの話だ…
「それなのに私がそんなことをしたら嫌われてしまうでしょう?」
俺はリカルドの言っている言葉の意味がわからずに、首を捻った。
暗黒神を倒して…?つまり千年前の話なのか…?どうしてリカルドが千年前の俺の話を…
俺にはなんの話かさっぱりわからなかったのだが、その言葉を聞いてレインフォルスには心当たりがあるのか、一瞬でサーッと顔色を変える。
レインフォルス…?
「お…おまえは誰だ!?なぜ俺を殺そうとする!?俺は罪を償うためだけに生きているのに!!」
そう言ったレインフォルスにリカルドは再び強い殺気を纏い、俺の知っていた深緑の闘気ではなく、凍り付くような深い深い青色の闘気を放った。
「――罪?なんの罪だ?私の家族を手にかけたことか?それとも…」
リカルドが酷薄な笑みを浮かべて冷酷に告げる。
――〝ルーファスを殺したことか〟と…
次回、仕上がり次第アップします。いつも読んで頂き、ありがとうございます。




