252 風の呪歌<ガルドル> ④
ラカルティナン細工の職人を目指すアドロイク・カーテルノから手渡された魔道具『転移球<テレポートオーブ>』に触れたルーファスは、自身の魔力を感知して自己管理システムと繋がり、再起動したことに驚きました。それには時限式の占有魔法が仕込まれており、このタイミングでルーファスの手元へ届くよう、過去の自分が予め仕組んでいたもののようでした。そのことに驚きながらも受け取るルーファスでしたが…?
【 第二百五十二話 風の呪歌 ④ 】
「――転移球が起動した…」
目も眩むような閃光が止んだ後、思わず俺は呟いた。
見れば無記入だった白羽根に、願い屋で見た物と同じ文字がいつの間にか記されている。
つまりこれの持ち主である俺が触れることで再起動し、自己管理システムと同期することで、改めて転移可能な行き先が追加されるようになっていた…どうもそう言うことらしい。
さらに自己管理システムを使って詳しく調べてみると、この転移球には時限式の『占有魔法』が施されており、『時狭間の願い屋』に保管されていた俺の私物が、このタイミングで自ら俺の手元へ届くように予め仕込まれていたことがわかった。
要するに記憶を失っていて覚えていないだけで、全ては過去の俺自身が事前にこうなるよう仕組んでいたというだけの話だったのだ。
――我ながらなぜこんなことができたのか、全くわからない。
過去の俺は未来の俺がいつどこへどうやって動くのか、全て知っていたとでも言うんだろうか?
だがそうでもなければこんなことは説明のしようがないだろう。
自分でも自分のことが空恐ろしくなる。
「びっくりした…顔色悪いぞ、大丈夫か?ルーファス。」
「あ、ああ…大丈夫だ。」
「なにが起きたのでするか?」
「ごめん、それも後で説明する。」
「…ルー様には今の現象についての原因もわかっていらっしゃるのですわね?」
不安気にそう尋ねたイスマイルに俺は黙って頷いた。
「でしたら構いませんわ。」
それだけで彼女はホッとしたように安堵の表情を浮かべる。イスマイルの俺への信頼が窺える一幕だ。
「驚かせてすまなかったな、アディ。」
「あ、ああ…なんというか、ティフィもびっくり箱のような一面があったけど、君も同じようなタイプなのかな?」
「待て、アディ…それはどういう意味だ?」
「なんとなく言いたいことはわかるけど…アディ、ルーファスは精霊じゃなくって人間だぜ。」
「ウェンリー?」
「それを聞いて安心したよ。いや、フェリューテラは広いんだなぁ。」
「それもどういう意味だ…」
自分でも普通の人間じゃないことの自覚はあるが、なんだろう…解せない。
「それじゃあ、もう一つこれは俺からの感謝の気持ちだ。」
気を取り直したアディは、もう片方の贈り物を俺に手渡してくれる。
「これはもしかして…!」
「うん、俺の作ったラカルティナン細工のオルゴール・ペンダントだ。」
そのオルゴール・ペンダントはバスティーユ監獄でライ・ラムサスが持っていた物と同じ造りをしており、彼の操作を覚えていた俺はすぐに螺子を巻いて小さなスイッチを押してみた。
アディが作ったと言う、あの曲が流れ出す。
「――ああ、この曲…『イティ・エフティヒア』だ。嬉しいな…ここでまたこの曲が聴けるとは思わなかった。」
カラン、コロロン、と金属の撥が小さな突起を弾いて、郷愁を感じる優しい曲を奏でている。
その瞬間に俺は胸が温かくなり、懐かしさと幸せな気持ちに満たされて行くような気がした。
「…?イティ…?」
「アディが作った曲なんだろう?題名は〝小さな幸福〟という意味の『イティ・エフティヒア』だ。」
然も当然、とばかり得意げにそう聞き返した俺だが、困惑顔のアディを見て直後戸惑う。
あれ…?なんだかアディの反応が…
「…?違うのか?」
「…最初にも言ったが、俺はこの曲を『風の呪歌』と呼んでいる。俺自身主属性が風だということもあって風属性の治癒魔法『ヒールウインド』に近い魔力を含み、聞く人の辛い気持ちや悲しみ、寂しさなんかを癒して欲しいとの願いを込めて作った曲なんだ。風の魔力を含んだ曲だから〝呪歌〟と名付けた。――そもそも俺が驚きなのは、どうしてこの曲をルーファスが知っているのかということの方だよ。」
アディは俺に首を捻りながら続けた。
このオルゴールの曲は彼の完全なオリジナルであり、著名な音楽家でもないアディの曲がフェリューテラに出回っているはずはないと言う。
おまけにアディの作品であるラカルティナン細工のオルゴール・ペンダントは、施した細工とオルゴールの作成自体はそこまで難しくないが、曲に癒やしの効果を付随するのがとても困難で、これまでに納得の行く仕上がりとなった物は目の前にある物を含めてたった二つしかないらしい。
「元々この作品は俺がラカルティナン細工職人として認められるために、国王陛下へ提出する認定献上品として手がけていた物だ。十七年前最初に出来上がった物は試作品として母親に預けたままだし、それからすぐに倒れてここへ来ているから以降はここで作ったそれしかないんだ。」
「それじゃあ、俺が見たあのオルゴール・ペンダントは…?」
「複製品が存在するとは思えないから…可能性として俺の作った物ではないか、俺が母親に預けた物をなんらかの形で譲られた人がいるかのどちらかだろうな。」
「………」
俺はアディから渡された、今となっては貴重なラカルティナン細工のオルゴール・ペンダントをもう一度眺め、黒髪の鬼神…『ライ・ラムサス』のことを思い出していた。
風の呪歌、か…イティ・エフティヒアというのはアディが付けた題名じゃなかったのか…でも俺の記憶違いなら、ライ・ラムサスに答えを告げた時なぜ違うと言われなかったんだろう。
それにバスティーユ監獄で酷く疲れ切った顔をしていた彼は、オルゴールの曲を聞いて癒されているように見えた。
手の平に収めたこの小さな箱を、まるで宝物のようにして大切に扱ってもいたし…あれはあのラカルティナン細工のオルゴールが、他には二つと存在しないことを知っていたからじゃないのかな?
あの時俺が一人で休んでいた彼にわざと声をかけたのは、この音色を耳にしてやけに懐かしく感じる曲だ、と思ったのも興味を引いた理由だったけど、なによりも冷酷にマグワイア・ロドリゲスの命を奪った彼の穏やかな表情が酷く印象的だったからだ。
どういう縁と経緯があって彼の手に渡ったのかは不明だが…あれが複製品のはずはない。癒やし効果の付随が成功したのはこれを含めて二つしかないと言うなら、あれは間違いなくアディの作品だろう。
「――だったら多分後者だろうな。…そんな気がする。」
俺はアディに渡されたオルゴール・ペンダントをそっと握りしめた。
「おかしなことを言ってすまなかった、このオルゴール・ペンダントも有り難く頂くよ。大切にする。」
「喜んで貰えて良かったよ。…ところでルーファス達はこの後どうするんだ?その転移球があれば、もういつでもウィンディアから出られるとは思うが…」
「ああ、そういうことだったのか。――そうだな…」
俺はみんなの意見を聞くつもりでウェンリー達に視線を送った。するとウェンリーは真っ先に反応し、予想外のことを言う。
「あ!俺、アディの工房見して欲しい。」
「え?」
「誰も希望なぞ聞いておらぬわ!」
「なんだよ、リヴだってできれば見たいっつってたじゃん。」
「だからそうではなかろうに…」
いつも通りマイペースなウェンリーに、リヴは呆れを通り越して悲しくなったのかガックリと項垂れる。
「要するにウェンリーはまだこのヘズルにいたいんだね。」
「だってなあ…来たタイミングからしても、今から戻ったらあっちは真夜中だろ?ここの方が安全に休めるし。」
「まあ時間的なズレがあったから、多分そうだな。」
「だったら今夜は好きな場所に泊まって行くといい。雑魚寝で良ければ俺の家に泊まって貰っても構わないんだが、さすがに男が五人もいるとイシーにはちょっと辛いだろう。大通りへ出れば魔物駆除協会の建物もあるし、実際のヘズルと同じく何件か宿もあるからね。もちろん宿泊代は必要ないし、誰も住んでいないから安心していいよ。」
「そ、それもどうなのでしょう…安心、して良いのでしょうか?」
「あはは、いいんじゃない?」
少し戸惑い気味に尋ねるイスマイルへ、俺の代わりにゲデヒトニスが笑いながら返事をした。
「それじゃウェンリーの言うことも一理あるから、今日はヘズルに滞在しようか。――俺は魔物駆除協会の仮眠室を使わせて貰うことにするよ。ジェイドの話はギルドでゆっくり聞かせて貰おうと思う。」
『御意。』
「わたくしは浴室を使わせて頂きたいので、宿を利用させて頂きますわ。」
「僕はルーファスと一緒にギルドへ行くね。」
「予も工房を見せて頂いたのちに宿へ参りますかな。」
「ウェンリーはどうするんだ?」
「あー…俺ちょっとアディと話したいことがあるから、ここに泊めて貰うことにするわ。」
「「「「えっ!?」」」」
またもや予想外のことを言ったウェンリーに、俺とリヴ、イスマイルにゲデヒトニスは思わず目を丸くしてそんな声を上げてしまう。
「意外ですわね…ルー様のお傍でなくてよろしいんですの?」
「珍しいことを言う…どういう風の吹き回しぞ。」
「理由は今言ったろ。」
確かに珍しいけど…ラカルティナン細工の話でも聞きたいのかな?まあここなら危険なこともないだろうし、一晩ぐらい大丈夫だろう。
「別にいいんじゃないか。――アディ申し訳ないが、ウェンリーだけお願いできるか?」
「ああ、もちろんだ。寧ろ残ってくれるなんて嬉しいよ。ウェンリーだけなら客用の寝台が一つだけあるから雑魚寝じゃなくて済むしな。」
「お、やった!!」
「朝食は俺が用意する、出発前にここで食べていくといい。そうだな…6時ぐらいでどうだ?」
「助かるよ、ありがとう。それじゃあ解散な。明日の集合はここアディの家に早朝6時だ。なにかあれば直接ギルドに来るか、共鳴石で連絡をくれ。」
「「「「了解。」」」」
――こうして俺達はここで解散し、それぞれ今夜はバラバラで休むことに決めたのだった。
イスマイル、ゲデヒトニスの2人と一緒にアディの家を出ると、日の暮れかけたヘズルの街は西からの入り日に照らされて辺り一面真っ赤だった。
「見事な夕焼けですわね…まるで街全体が燃えているようですわ。綺麗…」
イスマイルがほう、と感歎の息を吐いてそう呟いたのと同時に、再び俺の頭に街の光景が浮かんで来てズキリと目の奥に痛みが走った。
「…っ」
またヘズルの光景が…!
ところが今度は夕日に染まる建物を見たせいなのか、どこもかしこも真紅に染まり、まるで赤い硝子を通して外を見るような不気味な景色が浮かんで来た。
「ルーファス。」
瞬間、トン、とゲデヒトニスに肘で脇を突かれてその光景が消え失せると、俺は忽ちに我に返る。
見ればゲデヒトニスが無言で首を振っていることから、〝思い出すな〟と釘を刺しているんだろう。
夕陽に見蕩れていたイスマイルは、そんな俺達の様子に気づかなかったみたいだ。
「おやすみなさい、ルー様、ゲデちゃん。」
「ああ、おやすみイスマイル。また明日な。」
「おやすみ、イシー。」
魔物駆除協会の前でイスマイルと別れる頃には、すっかり日が落ちて暗くなっていた。
街中の建物には自動的に灯りが点るようになっているのか、どの家からもそこに住人が住んでいるかのように見せかけの光が揺れている。
因みにイスマイルの泊まる宿は、ギルドから数軒先に看板が見えている建物だ。
「待たせてすまない。」
『構いませぬ。』
ギルドに入ってすぐの一階にちょうどいい休憩場所を見つけたので、とりあえずそこにゲデヒトニスと腰を下ろして、俺は先にジェイドの話を聞くことにした。
最初はあんな登場の仕方をし饒舌に話していたジェイドは、アディが転移球を持って来た直後から寡黙になっていた。
「――それでジェイド、あなたがここへ来たのは単なる挨拶とお礼を言うためだけじゃないと思っているんだが、それは俺の予想通りなのかな。」
『はい。既にお察しかと存じますが、我は守護七聖主様のご助力を賜りたく参りました。何卒、我が妹ラ・ティフォーネ・ブリッサを我同様にお救い頂きたくお願い申し上げます。』
フェリューテラの自然を司る風の大精霊が、俺の前に再び片膝を着き頭を垂れてそう告げた。
つまりそれほどに片割れのシルフィードは〝悪い状態〟にあると言うことだろう。
「うん、それについてはアディに言った通り、なにがあっても全力を尽くすと約束する。だから頭を上げてくれないか。」
『感謝致します、ルーファス様。』
顔を上げて宙に戻ったジェイドから話を聞くに、やはりラ・カーナ王国のほぼ全土は精霊界グリューネレイアで言う所の風精霊の領域、『リュフトヒェン』で間違いなかったそうだ。
『我ら風の精霊は千五百年以上に渡り、数の減少した現代に於いてまでも精霊を姿無き尊き者として崇める、ラ・カーナの民と領土を守っておりました。ですが十年ほど前の突然の空襲により発生した瘴気に冒され、我らが為す術もなく魔精霊と化したことで、守護を失った彼の地は僅かたった一日で消滅に至ります。』
「!?――その言い方だと、ジェイド達風の大精霊が先に瘴気で変異したみたいな…」
『その通りでございます。ですがあれはただの瘴気ではありませぬ。』
空から墜落する戦艦と共に次々に落下してくる魔法弾にはなにか特殊な魔法が使われており、大地の霊力を吸い上げて凡ゆる自然を穢れに染める、何者かの『悪意』が込められていたという。
「悪意…それはラ・カーナなど滅びてしまえばいい、と言うような負の感情の類いか、それとも…?」
『彼の国だけではありませぬ。我ら精霊をも含めた、フェリューテラに存在する〝全てのもの〟に対する悪感情です。』
「…!」
悪意を込めて放たれた魔法弾は、まるで仕組まれていたかのように相打ちを続け、双方の戦艦が全て墜落するまで止むことはなかった。
しかも魔法弾に加えて、未知の技術により齎されていた『フィアフ』である空中戦艦は、墜落後内部に乗せていた多くの兵士や軍人達を次々『瘴気を放出する未知の物体』へと変異させていたと言うのだ。
「なんだそれは…魔物化とは違うのか?」
『違います。ルーファス様は瘴気の中を徘徊している新種の生物をご覧になりましたか?』
「ああ、青く透けた形のない躯体を持つ〝エーテル・ファントム〟のことか?」
『そうです。あれこそは戦艦に乗っていた人族の成れの果てであり、瘴気を放出する未知の物体と化した後の残り滓。一度死して不死族ではない、全く別の生命体として生まれたフェリューテラの新たな異存在です。』
「!?」
――なんだって…!?
『我は元々人という種がなにを考えているかなど想像したこともありませぬが、ラ・カーナ王国の滅亡は偶然起きた不運な出来事などではありません。何者の謀略にせよ明確な目的があっての悪意ある所業であり、一部はまるで〝実験〟のようであったと思いました。』
「実験…」
そうと聞いて真っ先に思い浮かんだのは、有翼人のユスティーツ…彼から聞いた狂信神官『聖哲のフォルモール』のことだった。
ユスティーツは曾てフォルモールに人体実験の対象にされ、腕が巨大な獣の口へと変化する『オムニスオブルーク』や、復活しても消えることのない『漆黒の翼』へと姿を変えられてしまったと言っていた。
それにエヴァンニュとゲラルドの戦争には、裏でフォルモールが関わっていたらしいことをリカルドから聞いているのだ、とても関係がないとは思えない。
『実際グリューネレイアの我らが領土は魔法弾と戦艦に使用されていた〝魔力に似て非なる強大な力〟によりあっという間に蝕まれてしまい、それと合わせてまるで溶け合うように同時発生した瘴気から逃げることも叶わずに、我とティフォーネは一瞬で魔精霊化してしまいました。』
「ただの瘴気で竜に変異したわけじゃなかったのか…」
〝魔力に似て非なる強大な力〟とは、間違いなく〝神力〟…エーテルのことだろう。
魔力というのはフェリューテラに存在する全てに含まれている物だが、神力はインフィニティアに現存する言わば〝異物〟だ。
それがフェリューテラと世界樹ユグドラシルで繋がっている、精霊界にまで直接影響を及ぼしたと言うのか?
しかもジェイドの話だと大精霊の意思に関係なく、強制的に魔精霊化させることができるなんて…
確かにジェイドが実験と感じるのもわかるような気がした。
「他の風精霊達はどうなったんだ?」
『幸いにしてその多くは、間一髪で逃げ込めた〝とある地〟にて生き延びております。場所については程なくおわかりになるでしょうが、我の転生が叶いましたことから、ルーファス様のお力であらば妹も救えるのではないかとお願いに参った次第であります。』
「大丈夫だ、さっきも言ったが俺にできることなら全力を尽くそう。ティフォーネさんは今どこにいる?」
『ドラグレア山脈の奥地にある竜種の聖域…〝テンプレア〟におります。狂化寸前で常人には倒せぬ暴風竜へ変異しておりますが、あそこには〝竜涙の雫〟がございます故。』
さらりと恐ろしいことを言ったな。暴風竜だって?討伐に失敗して解き放たれれば、滅亡級の災厄竜<カラミティ・ドラゴン>じゃないか。
「特定の素材と混ぜ合わせることで、有りと有らゆる竜種の損傷を治せるという稀少原料だな。なるほど…あれがあれば騙し騙しでも精神の狂化を鎮めることが可能だから、身を潜めてアディのためだけにこのウィンディアを維持しているのか。…健気だな。」
精霊族がそうまでして人族に執着を持つなんて、どれほどアディのことが好きなんだ…
『マルティル様はその健気さに免じ、黙認してくださっているのです。我はあのアドロイクを認めたわけではありませぬが、病に倒れたとは言え家族を捨ててでも妹と共に生きる道を選んだことに折れました。』
「ふ…」
そんなことを言って…いくら俺がいたとは言え、大精霊のジェイドが真の姿を晒した時点で、アディはもう精霊族の『身内』として認められたも同然じゃないか。
素直じゃないな。
「話はわかった。予想外のことも聞いたけど、概ね思っていた通りだったようだし、改めて精霊族との盟約に則り、救出に全力を尽くすと約束する。」
『ありがとうございます、心より感謝致します。ですが一つだけ…竜種の聖域には竜人族でなければ神竜を伴わぬと足を踏み入れることさえ叶わぬでしょう。ルーファス様はそのことを御存知で…?』
「ああ、もちろん知っている。だがそちらの方はなんとかなるだろうから、心配は要らない。」
『かしこまりました、ではよろしくお願い致します。』
「そうだ、ジェイド。シニスフォーラで竜となっていたあなたを倒した時に拾ったものがあるんだが――」
俺は無限収納の貴重品から翠竜ヴィヒリアソル・ドラグニスが落とした『木製の笛』と『霊力の結晶』を取り出した。
『それは…』
「大事なものなんじゃないのか?ちょうどいいからここで返すよ。」
『…申し上げにくいのですが、そちらは我がわざと残してルーファス様に差し上げたものでございます。』
「えっ!?」
そうだったのか!?
『その楽器は〝ウラガンの笛〟と言いまして、妹の〝ヴィントフルート〟のように特殊な力を秘めております。吹奏者の力量によりそれこそそよ風のような穏やかな風から、家屋さえも根こそぎ薙ぎ倒す暴風まで風を自由自在に操れる優れものなのです。』
「つまり俺が使ってみても良かったのか…」
魔精霊化した竜=大精霊だから倒せば躯体は消えてしまうとわかっていたし、戦利品が手に入るとは最初から思っていなかったんだよな。
『人族の世界では、戦闘後に敗者が残す謝礼は〝戦利品〟と呼ばれる獲物に当たると聞いております。どうぞお納めください。』
ん?謝礼??…なんかジェイドは『戦利品』を勘違いしているような気もするけど…ま、まあいいか。
それ以外にもジェイドは、俺がこれを吹けばいつでも俺の前に姿を見せてくれるつもりでいたらしい。
「それは俺と召喚契約を結んでくれるつもりで言ってくれてるのか?」
『無論です。中々お呼びがかからぬので自分から参りましたが、今日はそのこともお伝えするつもりでおりました。』
「ありがとう!それはなによりも嬉しいよ。」
瘴気の浄化装置さえあれば、亡国ラ・カーナでジェイドの力を借りられる…こんなに頼もしいことはない。
水の大精霊ウンディーネを含む自然を司る各大精霊は、バセオラ村のように街を復興させようと思うのならこれ以上ない協力者だからだ。
『そんなにも喜んで頂けるとは…いつでも我をお呼びください。』
「ああ、そうさせて貰う。それとこっちの霊力の結晶の方も貰っていいのかな?」
『はい。ルーファス様なら正しくお使いくださるでしょう。』
「そうか、じゃあこれも有り難く頂くよ。」
俺はジェイドに礼を言ってウラガンの笛と霊力の結晶を再び無限収納の貴重品に仕舞い込んだ。
大精霊との話が終わり、ジェイドにはまた力を借りたい時にウラガンの笛で召喚すると伝えて別れ、俺とゲデヒトニスは上階にある仮眠室へ向かうことにした。
「ギルドの中も人がいないと、がらんとしていて随分広く感じるね。」
「ああ。――ゲデヒトニス、ウィンディアの中からエヴァンニュにいるサイードと連絡を取れると思うか?」
「え…無理じゃない?まだウルルさんから強化共鳴石を貰ったわけじゃないでしょ?」
「…そうだよな。」
俺は一階が見渡せる階段の途中で足を止めて悩んだ。
「メソタニホブが気になるの?」
「いや、不死族のことはサイード達に任せた以上、今さら言わないよ。」
「じゃあなにが?」
俺がなにを考えているのかわからない様子のゲデヒトニスは、怪訝な顔をして首を傾げる。
――ゲデヒトニスは俺と同じ考えに至らないみたいだな…これも顕著な差違の影響だろうか。
俺は無限収納とは別に、今回記憶を取り戻したことで使用が可能となった『空間収納』からこっそり仕舞っておいた転移球を取り出した。
「ルーファス?どうして転移球を出すんだ。まさか今からメソタニホブへ行くつもり!?」
「さすがにそこまではしないよ、行けばすぐには戻れなくなるかもしれないからな。だからこれで現実のヘズルへ行ってサイードと連絡を取るだけだ。それが済んだらすぐ戻る。」
「一人じゃ駄目だよ、どうしても行きたいなら僕も行く!」
「ゲデヒトニスまで来たらなにかあった時に困るじゃないか。五分ぐらいで帰るから、おまえは先に休んでいてくれ。」
「ルーファス!!」
この時俺は、本当にすぐに戻るつもりで引き止めるゲデヒトニスを置き去りに、一人で亡国ラ・カーナの『ヘズル』へと転移したのだった。
それがまさか、あんなことが待っているとは予想も出来ずに――
遠い過去になんらかの理由で俺が作成したこの転移球は、俺が使う時のみ自己管理システムと繋がっており、膨大な量の転移杭リストから行きたい場所を選ぶだけで移動可能になる転移魔法同様の魔道具だ。
ウェンリー達にはもちろんまだ話していないのだが、孤児院教会の前で取り戻した千年前の記憶により、過去に行ったことのある場所も全てリストに載っている。
そのことからこれさえあれば俺自身が転移魔法を使えなくても、まだ見つけられていなかった神魂の宝珠の安置場所に転移することができるようになったのだ。
本当に過去の俺は、未来の俺の状態や行動がわかっていたとしか思えない。
とにかくこれで既に手元にある『地の神魂の宝珠』からユリアンの解放も可能になったし、残る〝風〟と〝火〟の神魂の宝珠がどこにあるかも判明した。
但し〝闇〟の神魂の宝珠だけは、なぜかエヴァンニュにあったことからもわかるように安置場所から持ち出されており、ネビュラだけは改めて行方を探さなければならないだろう。
それでもこれで全ての神魂の宝珠が俺の元に戻る目途が立った。後は身体の問題が解決し、封印を解くだけ――
シュンッ…ストッ
「うっ!」
――ウィンディアから直接亡国のヘズルへ転移すると、まるで底なし闇の世界へ辿り着いたかのような真っ暗闇と、見えないのに全身にねっとりと纏わり付いてくる不快な瘴気に全身が総毛立った。
あまりの気持ち悪さに、俺は急いで結界障壁を張り、それと同時に照明魔法ルスパーラ・フォロウで視界を確保する。
「はあ…なんて気持ちの悪さだ。」
一呼吸置いてから表示されている頭の地図と方向を確認すると、曾て街門があった場所の前に立ち、街道から焼け焦げて真っ黒に変色した瓦礫を見た。
「――…やっぱりそうだよな…本当のヘズルは、もう残っているはずがないんだ。」
ウィンディアで見たヘズルの景色と、瘴気に覆われて数メートル先も見えない眼前の廃墟を比べて俺は酷く胸が痛んだ。
まるで故郷を滅ぼされたみたいな胸の痛みを感じる…それなのに、これも俺の記憶から来る痛みじゃないんだろうか。
『レインフォルス、返事をしてくれ。俺の声が聞こえないのか?レインフォルス。』
俺は俺の中にいるレインフォルスへ、集中して強く呼びかけてみた。
だが返事が来る様子はない。
『どうして目を覚まさないんだ…それとも以前のように俺と話すことができなくなってしまったのか?』
彼と話をしたのはツェツハを発つ前が最後だ。
まだ何日も経っているわけじゃない。それなのにどうしてか俺は、レインフォルスが目を覚まさないことに強い不安を感じていた。
レインフォルスのこともサイードに相談してみるかな…
そう思い溜息を吐くと、俺は瓦礫を避けて廃墟の中に足を踏み入れた。
――元々ヘズルの街は入口に広場などが設けられていなかったこともあり、爆発で破壊されたような家屋の瓦礫と、真っ黒に煤けた残骸の山で全ての通りがどこにあるのか見えないほど完全に埋まっていた。
おまけに瘴気で先が見えず、地図で小まめに確かめないと、目で見ただけではすぐにどの方向へ進んでいるのかすらわからなくなってしまう。
しまったな…せめて先に瘴気をなんとかするか、街中には入らずに外でサイードと連絡を取るべきだった。
頭ではそう思うものの、俺はなにかに突き動かされるようにして黙々と瓦礫の上を歩き続けてしまう。
ここへ来るまで一切そんなつもりはなかったのに、この惨状を見たら無意識にあの孤児院教会がどうなっているのかと、どうしても確かめずにはいられなくなったのかもしれない。
「…!?」
やがて十五分ほどかけて北へ進むと、どういうわけかある地点まで来た所に、ぽっかりと瓦礫のない円形の空き地が現れた。
その中心部は深く抉れており、見える範囲のものが擂り鉢状に全て吹き飛んでいたことから、恐らくは魔法弾の直撃した爆心地かと思われた。
ここは位置的にヘズルの中心部から少し西へずれた辺りだけど、こんな所に魔法弾が直撃したなんて…周辺の建物は一溜まりもなかっただろうな。
あの子供の声が聞こえた、ラカルティナン細工の宝飾細工店も跡形もない…当たり前か。
暗いし瘴気でなにも見えないけど…多分ソル・エルピス聖孤児院教会も同じように失くなっているんだろう。
ここまでで引き返すべきだな。でもせっかくここまで来たし、どの道この瘴気を消さないと仮の拠点を設けることすらできそうにないから、とりあえず一基だけ浄化装置をこの辺りに設置してみるか。
そう決めた俺は無限収納から浄化装置の部品を取り出し、手早くその場で組み立ててすぐにそれを起動させてみた。
「よし、これでいい。後は一定範囲に結界障壁を張っておけば、明日の朝みんなと戻る頃には大分浄化されているだろう。」
装置へ急速に吸い込まれ浄化されていく瘴気を見ながら傍に腰を下ろすと、俺は共鳴石を取り出してサイードに連絡を試みた。
『――ルーファス?いったい今までどこにいたのですか?何度連絡しても通じないので、なにかあったのではないかと心配していたのですよ。』
「そうか…ごめん、ちょっと連絡の取れない場所にいたんだ。そちらの状況はどうなんだ?」
『そうですね…隠してもわかることですから、正直に説明しますが――』
サイードからメソタニホブの状況を聞くに不死族の数は想像以上に多く、俺の作った魔法石で地元の守護者達と協力し、なんとか街の一部に拠点を設けられたものの、まだ殆ど減らせていないらしい。
『メソタニホブの外れにある教会に、当日結婚式を挙げたばかりだという一部の住人が逃げ込んでいると聞いて急ぎ救出に向かったのですが…残念ながら内部に不死族が入り込んでいて、既に全員不死化していました。』
「そうか…」
『遺体の状況から見て、せめてもう一日早ければ助けられたのではないかと思うと…さすがに居た堪れなかったわ。』
サイードの声が沈んでいる。彼女の言葉尻が変わる時は、俺に本音を話している証拠だ。
『他に生存者がいないか今も探しているけれど…恐らく絶望的でしょうね。』
「――辛い思いをさせてすまないな。」
『それはあなたが謝ることではありませんよ。ファロを含め、三姉弟妹も元気にしていますから、心配しないでください。』
「ああ、その辺りは信用している。――ところでサイード…エヴァンニュに戻ってから、ライ・ラムサスの話は聞こえて来なかったか?」
一瞬その声が息を呑むように途切れ、少し間を空けてから返事が来る。
『黒髪の鬼神ですか…なぜ彼のことを聞くのです?』
「…気になるんだ。鬼神の双壁であるパスカム補佐官が手配されていたことと言い、近況を知りたい。」
『………』
サイードはなにか迷っているのか、暫くの間考え込むような沈黙が続いた。
『はあ…このことを告げると、あなたがすぐにこちらへ来ると言い出しそうで、まだ隠しておきたかったのですが…どうにも勘が鋭いですね。』
「え…彼になにかあったのか?」
『ルーファスは黒髪の鬼神が、エヴァンニュ王国の隠された第一王子だと言うことを知っていましたか?』
「ええっ!?いや…知らない、初耳だ。」
ライ・ラムサスが…エヴァンニュ王国の王子だって!?
『掻い摘まんで重要なことだけを話しますが…少し前に王城で大きな事件があったようなのです。』
サイードの話によると、元々の第一王子として知られていたシャール王子が王太子として立儲するも、これに不満を抱いた臣下による暗殺事件が起きてシャール王子とイサベナ王妃が殺されてしまい、そこへ無事に戻って来たライ・ラムサスが実は隠された第一王子だったという公式発表がなされた後、今度は彼が正式に王太子として立てられたらしい。
「それはおめでたいことじゃないか。」
いずれあのライ・ラムサスが王位に就くのなら、エヴァンニュはきっと良い国になるだろう。
彼は冷酷な一面もあるが、基本的に悪い人間ではないと俺は思っているからだ。
『…普通ならそうでしょうね。』
「…?」
『シェナハーンのシニスフォーラで聖女の肖像画を見たのを覚えていますか?』
「あ、ああ…もちろんだ。確かエヴァンニュに輿入れしたとログニックさんは言っていたな。」
『どうもそのお相手は黒髪の鬼神だったようなのですが…』
「聖女はライ・ラムサスの元へ嫁いだのか…!それは良か…」
良かった、と言いかけて、はたと気づいた。
――?…なにかおかしくないか。あの聖女はパスカム補佐官と一緒に手配されていた。世間的に見れば、まるで駆け落ちしたとも取れるような…
それなのに、ライ・ラムサスと結婚…?
『良くありません。…ルーファス、彼の聖女は亡くなりましたよ。』
「な…」
『詳細を調べましたが、結婚式の当日に剣で自殺を図ったそうです。』
聖女が…死んだ!?
『詳細は省きますが、その他にもウェンリーが気にしていた鬼神の双壁…トゥレン・パスカム元補佐官にヨシュア・ルーベンス元近衛第二補佐官、王宮近衛指揮官のエルガー・ジルアイデン将軍など、主だったエヴァンニュ王国の重鎮や要職にある人材、先程言ったシャール王子にイサベナ王妃まで…僅か三ヶ月ほどの間に王城でかなりの人間が亡くなっているのです。中でももう片方の鬼神の双壁…イーヴ・ウェルゼン元近衛副指揮官は最も悲惨で、王子と王妃にその場に居合わせた多くの近衛隊士や親衛隊士をたった1人で殺害したとして、落下式凶刃による斬首刑に処されたそうです。』
「あ、あのウェルゼン副指揮官が…そんなことをして処刑!?」
信じられない…あの表情は乏しいけど、真面目でエヴァンニュ王国のことを誰よりも真剣に考えていそうだったウェルゼン副指揮官が…王子と王妃を殺した?あり得ないだろう。
なんなんだ…どうなっている?それが事実なら、エヴァンニュでなにが起きているんだ…!?
サイードから信じられない話を聞いた俺は、愕然として暫しの間声を失った。
『ルーファス…良く聞いて下さい。あの手紙に書かれていた通り、この凶事は恐らく全ての始まりに過ぎません。それも〝聖女の死〟は、暗黒神復活後のフェリューテラを確実に滅びへ誘う最大要因となり兼ねないでしょう。』
「どうしてそんなことに…?俺はどこで間違えたんだ…!!」
『――間違えた?…ルーファス、それはどういう意味です?』
混乱した俺の口を突いて不意に出た言葉に、その意味を聞き返されてハッと我に返った。
「あ…いや、おかしいな…わからない、無意識に口から出たみたいだ…」
『…少なからずショックを受けるだろうとは思いましたが、大丈夫ですか?ここからはあなただけが頼りなのです、しっかりしなさい。』
「わかってる…わかってるよ、サイード。でも…」
言えない…レインフォルスのことをサイードに聞こうと思ったけど、この上彼が目を覚まさなくて不安だなんて、とてもじゃないが相談できない。
『!――どうしました、ファロ?え…わかりました、すぐ行きます!』
「サイード?」
『すみません、ルーファス。外壁の一部が破壊されて数体の不死族が外へ出たようです。急いで処置しないと…また連絡します。』
「あ、ああ…そうか、気をつけてくれ。俺がすべきことはわかっているけど、それでも本当に困ったらいつでも俺を呼んで欲しいんだ。お願いだ、サイード。」
『ええ、わかっていますよ。…どうかあなたも気をつけてね。』
そんな風に俺を気遣う言葉を言うと、サイードは慌てた様子で俺との通信を切った。
俺は暫くの間その場で俯き、サイードから聞いた話を頭の中で反芻すると、心のどこかで感じる〝間違えた〟というわけのわからない思いに苛まれた。
ライ・ラムサスは無事のようだが、彼の周囲にいたあのパスカム補佐官とウェルゼン副指揮官、ルーベンス第二補佐官までもが亡くなった…
なぜだろう…なんだか酷く胸騒ぎがして嫌な予感がする。
「――こうしてはいられない…ウィンディアに戻ってあの手紙をもう一度読み直し、まだ起きていないことの予測を立てるのと、聖女が死んだことについて対策を練らないと…」
急いで帰ろうと立ち上がり、この僅かな時間で大分瘴気が消えたな、と周囲を見回した次の瞬間――
「はっ…!?」
殺気!?
――どこからか強い殺気を感じて、反射的に俺は瞬間詠唱を使い防護障壁を張った。
キンキンキンッ
ズドドドドドドドッ
「…っ!!!!」
直後、俺を目掛けて七色の魔法槍が降り注ぐ。
フェリューテラ七属性の…魔法槍!?
既の所でどうにか障壁が間に合った俺は、損傷を受けなくてもそのあまりにも凄まじい衝撃に思わず交差した両腕で顔を庇った。
「な…誰だ!!」
初手が止み防護障壁を張ったまま顔を上げて見回すも、襲撃者はルスパーラ・フォロウの光が届かない離れた暗闇にいるのか、全く姿が見えなかった。
頭の地図に敵対存在の赤信号は出ていないのに…どこにいる!?
ある程度の範囲まで瘴気が消えた途端にこれか、と俺は歯噛んだ。こんなところまで追って来て、しかもいきなり襲って来そうな輩に心当たりがあるとするなら、カオスかケルベロスか…もしくは隣国ファーディアのハイレイン辺りだろうか。
「はっ!!」
再び背後から強い殺気を感じて振り返り身構えるも、今度は物凄い速さで連続した七属性の高位魔法が間髪入れずに全方向から襲い来て、俺は防護障壁でひたすらそれを防ぐだけとなる。
ドゴオオオオオッ
滝のように降り注ぐ水の水圧で攻撃する水の高位魔法『ヴォダ・アヴェルス』に、左右から猛烈な勢いで獄炎が襲いかかる火の高位魔法『バーニング・インフェルノ』。
目には見えない真空刃が360度連続して駆け抜ける風の高位魔法『ブレイド・フラガヌス』に、大きく裂けた地割れから上空へ向けて放たれる無数の岩弾で攻撃する地の高位魔法『グランド・ディストラクション』…
さらには目眩ましの状態異常を引き起こす閃光を瞬かせ、目を閉じた隙に高熱の光線で貫く光の高位魔法『フラッシュ・シュトラール』に、広範囲に広がる漆黒の闇で圧縮される幻覚を見せて押し潰す闇の高位魔法『イメンス・ドゥンケルハイト』。
そして最後に虚無空間に隔離して、無数の立方体へと身体をバラバラにされたような錯覚を感じさせ、精神と肉体にダメージを与える無の高位魔法『ヴァニタス・フラカオン』――
さっきの魔法槍と言い、敵はフェリューテラ七属性全ての魔法使いか…!!異界属性の攻撃手段がないのなら、俺の防護障壁で全て防げるが…普通の人間ならこんな連続魔法、一瞬で殺されている…!!
どうやら相手は俺を殺すつもりで攻撃して来ているらしい。
参ったな…せめて相手を視認しないと、俺が攻撃しても問題ない敵なのかすらわからないし、どこから攻撃が来るのかもわからなくてここから動けない…!!
七つ全ての高位魔法による攻撃が途切れると、俺は設置したばかりの浄化装置に急遽増幅効果のある魔法紋を付け足して、一気に半径五十メートル範囲の瘴気を消し去った。
これで少なくとも瘴気の中に隠れて攻撃してくることは出来なくなる。
「!!」
再び強い殺気を感じてその方向に顔を向けると、今度は真正面の、しかも上から光属性と空属性の二属性を合わせた重力魔法、『グラビティ・フォール』が襲って来た。
「く…今度は上か!!」
ギュアアアアアアア…
異界属性の混じっている圧縮攻撃…この威力だと、ディフェンド・ウォールを重ねがけしないと弾けないか…!!
黒い球体状の魔力塊が防護障壁を押し潰そうとして、ミシミシと不気味な音を立てている。
「舐めるなよ…この程度で俺に攻撃が届くものか…!!」
俺は直ぐさま防護障壁を重ねがけして二つ同時に解除し、グラビティ・フォールの重力球を衝撃波で消し飛ばした。
バアンッ
ゴオッ…
その衝撃波は瘴気を消したさらに先まで届き、姿の見えない敵を蹌踉めかせた。
「!」
掴んだ!!
それまで気配の掴めなかった敵の位置が判明し、好機と見て逃さず瞬時に動く。
「そこか!!!」
俺は千年前の記憶を取り戻したことで、新たに使えるようになった空属性高位拘束魔法『ファクテッド・プリズム』を瞬間詠唱で唱える。
この魔法は一切相手を傷つけずに多面型の透明な魔法檻に拘束する補助魔法で、効果時間は短いがどんなに俺より魔力が高い相手にも、消去されたり無効化されない絶対魔法(※標的に確定効果のある魔法のことを言う)だ。
よし、捕らえた!!これで相手の顔を確かめられる――
瘴気で月明かりを遮られた夜の暗がりに、僅かな時間だけ硝子のような魔法檻がキラリと光を放った。
それは少し上空…地面より十メートルほどの高さに浮かんでおり、内部に捕らえられた敵の姿を俺に見せてくれた。
だが次の瞬間、俺は全身からザアッと音を立てて血の気が引いて行くような感覚を引き起こし、眼前の人物に驚愕する。
「――そんな…」
女性と見紛うほどの整った顔立ちに、スラリと背の高い美麗な体格。さらさらの真っ直ぐに伸びた長い金髪は、風に揺れて下から照らすルスパーラ・フォロウの光に以前と変わらずキラキラ輝いている。
だがそのセルリアンブルーの瞳は虚ろで、俺を見下ろしているように見えてどこか焦点が合っていなかった。
彼に最後に会ったのは、俺が偽神アクリュースに苦戦して危機に陥り、その場に助けに駆け付けてくれた時だった。
一方的にパーティーを解消されたけれど、俺にとっては今でも大切な相棒だ。
「リカルド――」
亡国ラ・カーナのヘズルにて魔法弾の爆心地に現れ、突然俺に襲いかかって来たのは、蒼天の使徒ル・アーシャラー第一位、『リカルド・トライツィ』だった。
次回、仕上がり次第アップします。




