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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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251 風の呪歌<ガルドル> ③

ヘズルの街で失っていた記憶を思い出せそうだと感じたルーファスは、ウェンリー達から離れて頭に思い浮かぶ光景と目に見える光景を照らし合わせながら歩き回ってみました。そこで千年前の過去について一部思い出せたルーファスは、十年前以前の近い過去をどうして思い出せないのか疑問を抱きます。それでも折角の機会だと努めて記憶を取り戻そうとしますが…?

         【 第二百五十一話 風の呪歌(ガルドル) ③ 】



「――(おっせ)えなあ、ルーファスの奴…一時間つったけど、もう過ぎたんじゃねえ?」

「そなたどういう時間の感覚をしておる…まだ三十分も経っておらぬわ。」


 ルーファスが一時的に離れた後、アドロイク・カーテルノの自宅へと先にやって来たウェンリー、リヴグスト、イスマイルの三人は、招かれるままに彼の自宅へと上がらせて貰う。

 ルーファスとゲデヒトニスが戻るまでに簡単な食事を用意してくれると言ったアドロイクに対し、イスマイルは調理の手伝いを申し出、ウェンリーとリヴグストはラ・カーナについて詳しく書かれた本があると言う一室に来ていた。


「はあ…やっぱゲデに任せるんじゃなくって俺も一緒に行きゃあ良かったな。」

「よさぬか。ルーファスがわざわざ〝お一人で〟と仰ったのだ、分身であるゲデヒトニスはともかくとして、ああ言う場合は無理について行くべきではなかろうぞ。」

「そうかもしんねえけど…」


 壁に寄りかかって腕を組み、不満げに口を尖らせているウェンリーには構わず、リヴグストは様々な題名の書籍が並んでいる棚から一冊の本を手に取って目を通した。


「――ふむ…やはり『ラ・カーナ王国』とは、千年前で言う所の『ウィンドル国』であったか。…となると精霊信仰の元に『ウィンドル』『アウラー』『マラキア』の三国が合併して現在の形になったのでするな。道理で…」

「へ?」


 唐突にブツブツとそんな独り言を言い始めたリヴグストに、ウェンリーは怪訝な顔をする。


「いやなに…事前情報でラ・カーナ王国が千年以上も続く歴史の古い大国だったとは聞いておったのだが、この辺りに同国の名があったとは記憶しておらなんでな。途中で国名が変わった可能性もあると踏んでおったのよ。」

「や、そうじゃなくて…なにいきなり知恵者の真似してんの?てかこれまでシェナハーンとかメル・ルークなんかも通って来たけど、千年前がどうとか気にしたことなんてなかったじゃん。」

「ふん、それはそなたが知らぬだけで誤解ぞ。記憶のないルーファスの前でこそ話はしておらぬが…予ら守護七聖は、現代のフェリューテラが千年の間にどう変わったのかを頭に入れておく必要があるのだ。」

「…んなこと微塵も言ってなかったのに?」

「ルーファスにもそなたにも特段聞かれておらなんだしな、わざわざ言うことでもあるまい。これまでエヴァンニュについてはシルから、シェナハーン以降はイスマイルの集めた情報から学んでおるが、ラ・カーナに関しては知れることが少のうてな。ここに書物が残っておって幸いぞ。」

「まあそりゃ仕方ねえよな。」


«国が滅んじまってるんだし…»


 ウェンリーは内心でそう呟き、隣室のアドロイクを気にして敢えてその言葉は口にしなかった。


「なあリヴ…改めて聞いたことってなかったけど、暗黒神がいた頃のフェリューテラってどんな感じだったんだ?」

「ふむ…どんな、とはなんぞ?」


 壁から離れたウェンリーは、リヴグストの隣へ近付くと声を潜めて続ける。


「ギルドもなくてもっと凶悪な魔物だらけだったって話じゃん?暗黒神が消えた後のフェリューテラには偽神アクリュースに飛ばされて行ったけど、エヴァンニュに関して言えば昔の方が圧倒的に緑は多かったし…今のフェリューテラを見て過去の方が良かったって思うこととかねえの?」


 ウェンリーが小声でそう言った瞬間、リヴグストは見る見るうちにその表情を一変させて、ウェンリーが見たことも無いほどに険しい顔をした。


「なにを言うかと思えば…そのようなことは決してあり得ぬわ。」

「え…」

「――良いか、ウェンリー。なにも知らぬとは言え、イスマイルやシル、他の七聖の前では間違ってもそのようなことを口にするでないぞ。予も含め、皆カオスや暗黒神、魔物などによって、なにかしら誰かしらの大切なものを数多く失っておる。」


 リヴグストは当時を思い出しながら眉間に深い縦皺を寄せ、普段とは異なる強い口調で続けた。


「過去に飛ばされたと言っても、そなたは暗黒神のいなくなった一部のエヴァンニュ地方()()見ておらぬのだろう?それでは無理もなかろうが…千年前のフェリューテラは言うなれば人が魔物の巣窟で生きているも同然であり、無事に成長して大人になれる子供の方が少なく、当たり前に年を取って死んで行ける世界ではなかったのだ。」


 ――当時あった数多くの国や人の住む集落は、魔物の領域により隔たれて点在しており、街同士を結ぶ現在のような安全な街道も存在していなければ、街や集落同士で物資をやり取りすることもままならない状況だった。


「そなたはヴァハという小さな山間の村で育ったそうだが、そこのように集落というのは魔物の棲む深い森や険しい荒れ地、腐沼の存在する湿地や山河などで孤立しており、魔物や賊などの襲撃によって追われたりさえしなければ、一生涯生まれ育った地から離れることもないと言うのが当然だった時代ぞ。」

「孤立って…じゃあどうやって生きてたんだよ。」

「国として〝きちんと成り立っていた〟土地以外では、全て自給自足ぞ。そなたは限られた自分達の土地で得られる、限られた食料のみで生きて行くしかない状況と言うのは想像できるか?」


 リヴグストの問いかけにウェンリーはふるふると首を振る。


「そんなん無理じゃね?そもそも行商人が酒とか塩とか必要なもんを運んで来てくれないと、村で収穫できる食材なんて限られてるし…」

「その通りぞ。――だがそれが当然であったのが暗黒神の存在した千年前だ。」

「…!」

「無論街がそれなりに大きければその限りでないが、多くの貧しい集落はなんの援助も受けられずにそんな生活を強いられておった。」


 リヴグストはその脳裏に当時の悲惨な光景を思い浮かべた。


 そこにはガリガリに痩せ細って骨と皮の状態となり、動くことも出来ずに死体と共に道端へ横たわっている人々の姿があった。

 その中には空腹に泣く子供を哀れに思い、自らの手で殺めようとして子の首を絞める母親を自分が止めに入った時の出来事もある。


「なにせ魔物除けの外壁を作る労働力さえないのだ。決して広くはない痩せた土地で必死に作物を育てても、それすら魔物に荒らされてすぐさま食べて行くことも不可能になる。故にそう言った慢性的な食糧不足から、暗黙の中育てられもしない生まれたばかりの赤子や、働けなくなり足手纏いとなった者を口減らしに殺すことが平然と行われておった。

 そんな中でも予の忘れられぬ記憶に、一つの集落が丸ごと飢餓で滅び、そこらに転がる死体が次々不死化したという悲惨な事件がある。今でこそ不死族は殆ど見かけられなくなったようだが、子供のゾンビが徘徊している光景も珍しいことではなかったのだ。」


 ――その他にもリヴグストは魔物による被害だけでなく、『人』に区分される同族、異種族間での醜い争いが多くの命を奪い続け、現代とは国その物の在り方が全く異なることなどを詳しく説明する。


「あの当時のルーファスは、片や食べるものすらなく死に至り不死族と化しているのに、それを知ってか知らずか人同士が争っている場合ではないであろうと常々口にしておられた。予らが最も苦労したのも、各地で起きていた戦争の仲裁やそれらを終結へ導くことであったしな。」

「じゃあルーファスが戦争とか軍人なんかにめちゃくちゃ嫌悪感示すのって…」


 納得顔で目線を落とすウェンリーに、リヴグストは頷く。


「恐らくは強い感情として心に残っておられるのであろう。苦労させられたということよりも、切っ掛けとなる負の感情こそ暗黒神やカオスなどによる悪意や謀略によるものであったが、結局は差別や憎悪、醜い欲望などから実際に殺し合いにまで発展させたのは全て人という種の行いであったからな。」

「全部が全部、暗黒神のせいだけじゃなかったってことか。」

「ふむ。それが人という種の持つ罪深き業よの。無論、奴らがおらねば戦が始まることも無かった可能性は高いがな。」

「なるほどな…リヴ、ごめん。」

「?」

「俺、なんも知らなくて…考えなしに余計なこと言っちまった。」


 申し訳なさそうな表情でそう言って眉尻を下げるウェンリーに吃驚すると、リヴグストは優しく目を細めた。


「なにも謝る必要なぞないわ。イスマイルによれば千年前の出来事を正確に記録し残しておる国はどこにもないと言うしの。ただ予らは兎も角として、守護七聖が揃う前は予の君がお一人で戦っておられた。〝千年前の方が良かった〟などと思うことは、その艱難辛苦の日々を無下にするも等しい。彼の御方がおらねば、現在のフェリューテラは存在しておらぬ。そのことだけは忘れて欲しゅうない。」

「うん、それはさすがにわかってるぜ。ルーファスがこの世界にとっても俺らにとっても、どんだけ大切な存在かってことも含めてな!」

「それなら良い。当時のことは仲間内でも、必要なければあまり話題に出すでないぞ。」

「了解。あ、そうだ、もう一つ聞いてもいいか?あいつには聞き辛いことなんだけどさ。」

「ふむ…なんぞ?」


 ウェンリーはその表情をガラリと変え、真剣な目でリヴグストを見て切り出した。


「今さらなんでって思うかもだけど…俺、ずっと引っかかってんだよ。あのさ、ルーファスってどうして暗黒神と戦わなくちゃならねえんだ?」




                 ♢



 ヘズルの東外れには街の裏口へ続く鬱蒼とした森があり、そこには片側が崖となっている高台があった。

 俺が孤児院教会の前から見て気になっていたのは、その高台上にポツンと建っている一軒家だ。

 これまでと同じようにその風景には見覚えがあり、孤児院から坂道を下って途中の十字路を左へ曲がり、守護騎士の駐屯所や魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)のある通りを左右に眺めつつ道なりに沿って歩いて行くと、ニ十分ほどでその場所に辿り着いた。


 さっきのあれはギルドへ至る道順じゃなく、多分ここへ来る経路を思い出していたんだな、と妙に納得してしまう。

 それほどにこの家屋には懐かしさと安堵感を覚えていたからだ。


「ゲデヒトニス、この建物を見てなにか感じないか?」


 葉の生い茂った庭木に埋もれるようにしてある見通しの悪い入口の木製扉に、その造りはわざとなのか、一階の窓は高い位置にあるか蔦に覆われるかしていて外から中の様子を窺い知ることも出来ないようになっている。

 その代わりに見上げると二階には大きめの窓が幾つかあって、陽光を遮らない薄い布のカーテンが掛けてあるようだ。


 俺はゲデヒトニスと並んで地面に足場用の飛び石が埋められている門前に立ち、全体像を眺めてみた。

 その印象として高台にあって目立つはずなのに、木の幹と同じ茶色の色彩煉瓦が多く使われていて、庭に植えられた木々と蔦のおかげか周囲の自然に完全に溶け込んでいるような感じがする。


「うーん…特になんにも。」


 怪訝な顔をして眉間に皺を寄せ、ゲデヒトニスは横に首を振った。


 彼は俺の分身だが、どうやら過去の記憶に関しては分けられている部分と分けられていない部分があるらしい。


「そうか…俺の方は目を閉じると、その扉を開けた室内の様子まで目に浮かんでくる。」

「それだけ頻繁にここへ来ていたってことだね…誰の家なんだろう?」

「表札がないからわからないな…無断侵入のようで少し気は引けるが、勝手に中へ入らせて貰おう。」

「…うん。」


 俺は植木によって遮られている玄関までのアプローチを、手で枝葉を避けながら進んで鍵のかけられていない扉を押し開けた。


 ギイ、という蝶番の軋む音がして、頭に浮かんでいた室内そのものの景色が目に飛び込んでくる。


 古びた家具に所狭しとあちこちに置かれた武具。テーブルクロスの掛けられていないこぢんまりとした黒木のテーブルに、三席の椅子。

 無造作に蔓編みの籠へ放り込まれた洗濯物と、本棚代わりの木箱をネジ止めして段々に積み上げただけのロフトへ続くリビング階段。

 この家は二階建てでなく、上方に寝台の置いてあるロフト形式の建物だったようだ。


 あ…あのソファーで横になって眠った記憶がある。それに…ここへ来るといつも誰かが、ブランデーの香りがする薄茶色の紅茶を淹れてくれた。

 俺はそれが大好きで、一口飲むと胃から全身に染み渡るほんのりとした温かさに、疲弊しきった心と体を癒されていた。


 ここには…そうだ、忘れていた『思い出』があるんだ。大切な誰かとの――


「う…」


 また目の奥に痛みが走る。


『――おまえがあの子に会いに行かない理由はわかった。だが記憶を封じたのは大きな間違いだったな。…どうせ手放すつもりだったのなら、封印などせず怖がられたままにしておけば良かったんだ。』


 頭の中にそんな誰かの声が響いて、グサリと突き刺さるその言葉に胸まで痛むと、俺はその時そうしていたようにテーブルの椅子を引っ張り出して腰を下ろした。


 暫しの間目を閉じて頭に浮かんでくる光景に意識を集中する。


 …熟年男性の低い声…多分、五十代くらいか?剣を握り慣れているゴツゴツした大きな手に、襟と袖に縁取り模様のある腰丈の上衣――


 白髪交じりの焦げ茶髪に癖のある顎髭と目尻に深く刻まれた皺…笑うとさらに小さく見える目が俺の身を常に心配していた。

 その男性の顔が見え、どういうわけかウェンリーの顔と二つ重なって浮かんでくる。


「…?」


 どうしてウェンリーの顔と重なって頭に浮かぶんだ…?


 浮かんでくる記憶にもっと深く思い出そうとして首を傾けた瞬間、予想外にゲデヒトニスの声が俺の集中を遮った。


「ルーファス!」


 プツンとそれらが瞬時に消え失せてしまい、苛立って顔を上げゲデヒトニスを睨んだ。


「どうして邪魔するんだ?もう少しでなにか思い出せそうだったのに…!」


 腹を立てる俺に対し、ゲデヒトニスは顔色を変えてガッと俺の腕を掴む。


「だめだ…嫌な予感がするから、もうそれ以上記憶を辿らない方がいい!」

「いきなりなにを言い出すんだ、こんな機会はもうないかもしれないだろう。それに俺は、頭に浮かんでくる声だけの子供のことが気になって仕方ない。もし過去の俺と関係があるのなら、なんとしても思い出さないと――」

「それはその記憶が、間違いなく僕らのものであった場合ならそうだろうね。」

「…?――どういう意味だ。」

「この家の家主が誰かわかったんだ。」


 そう言うとゲデヒトニスは、鞘に収められたままの使い古された剣を差し出した。


「先ずはこれを見て。剣の柄に持ち主の名前が彫ってある。」


 言われるまま受け取って掠れかけたその名前を見た瞬間、俺は愕然とした。


 〝リグ・マイオス〟


 ――そこにはツェツハの墓地で無縁仏として埋葬されていた、〝1206番〟の墓碑銘であるあの名前が刻まれていたのだった。



 一時間後、職人街でアディの自宅を見つけウェンリー達とも合流した俺は、とりあえず離れていた間のことや、一部記憶が戻ったことなどは後で纏めて話すことにして、彼がイスマイルと共に用意してくれた食事をご馳走になる。

 その後俺のことは一先ず置いておき、先に相談したいことと頼みたいことがあると言っていたアディから、この世界について詳しい話を聞くことにした。


 後片付けをしてテーブルを囲み、俺とアディが正面に向かい合う形で椅子に座ると、後はみんな適当に腰を下ろした。

 ウェンリーは俺の隣が定位置と言わんばかりに右側へ座ったが、後で纏めて話すと言ったのに、頻りに俺の顔を覗き込んではじっと見てこちらを気にしている。

 恐らく平静を装ってはいるものの、高台の家でのことによる俺の動揺がまだ顔に表れているんだろう。

 その証拠に、リヴとイスマイルも既になにかあったと察している様子だ。


 別に勿体ぶって隠しているわけではなく、俺の記憶のことなどは仲間内だけで話す必要があって、アディに聞かせるべきではないからだ。


 ウェンリーの視線は気まずいが、敢えて無視して俺はアディに切り出した。


「それでアディ…この世界にはあなたしかいないことと、俺達が戦った〝ラプトゥル〟が、ヴィントフルートによる幻影魔法で作られたことはわかったんだが、正確にこのラ・カーナはどう言った世界なのかを教えて欲しい。」

「そうだな…先ず、ここは俺のためだけに作られた世界であり、限りなく十七年前のラ・カーナ王国に近い状態で再現された幻想世界だ。」


 やっぱりそうか…


「――時間軸はどうなっている?十七年前の王国を再現したと言うのなら、少なくともアディ…あなたはこの世界で既にそれだけの年月を一人で過ごしていることになるだろう。」

「って…まさか十七年間!?」


 リヴとイスマイルは軽く目を見開いた程度に表情を変えただけだったが、思わず声を上げたのはもちろん、ウェンリーだ。

 しかしウェンリーはリヴと目が合った瞬間にその口を両手で塞ぎ、すぐさま黙り込む。


「さすがだな…もしかして君は、単なる救世主様の名前を冠した守護者パーティーのリーダー、と言うわけではないのかな。」

「…どうだろう。」

「はは、否定も肯定もしないのか。…まあそうじゃないかと思ったから話をしたかったんだ。本来ならここ…『ウィンディア』に外から普通の人間が入って来られるはずはないからね。」


 この世界はウィンディアというのか。


 〝ヴィントフルート〟に〝風の呪歌(ガルドル)〟、そして〝ウィンディア〟…千年前のラ・カーナ王国辺りには〝ウィンドル〟という名の国があった。


 どれも〝風〟に関わる名前が付けられている…


「そうだろうな。――推測だが、俺は俺達がこの世界の創造主に()()()()ここへ来たんだと思っている。それはアディ、多分あなたのためなんだろう。」

「…そうかもしれない。いや、そうだったらいいんだが…」


 アディはテーブルの上に置いた両手の指を互い違いに組み合わせ、暗い顔をして目線を落とした。


「君のさっきの質問だ。ここの時間軸はほぼ『停止』しているらしい。――つまり俺は、十七年前から殆ど年を取っていないということになる。」

「「「!」」」


 このアディの言葉には、ウェンリーを含めリヴ、イスマイルの二人も驚いていたようだ。


「俺は元々ヘズルでラカルティナン細工の職人をしていた親父と、親父の作った細工品を売っていた宝飾細工店を経営するお袋の間に産まれた長男だった。」


 ――知っての通りラ・カーナ王国の特産品であるラカルティナン細工は、代々の職人を輩出した家系でその細工道具と共に技術が子孫へのみ受け継がれる、門外不出の国宝芸術だ。

 当然、アディも嫡男としてその才能と技術、細工道具を受け継ぎ、ラカルティナン細工職人を目指していた、というわけだな。


「ところが十七年前…俺は突然不治の病に冒されてしまった。医者に後数ヶ月生きられるかどうかもわからないと余命を宣告され、なにも出来ずにただ死を待つだけの身となってしまったんだ。」


 その当時アディには結婚を約束していた恋人がいて、その恋人がある日アディを決して死なせない、どんなことをしても必ず助けると言い出し、食事に眠り薬を仕込んで彼をこの世界に連れて来たのだと言う。


「アルバの森でも言ったが、父は既に亡くなっていて俺には母と二つ下に弟がいる。その母は七十を超えただろうし、弟も今ではもう年上になっているだろうが、家族には彼女が魔法で既に俺が死んだと思い込ませることにしたらしかった。」

「………」


 ここへ来なければアディは確実に命を落としていて、来たら来たでもう戻れないだろうからそう思わせることにしたのか…アディにしてみれば勝手過ぎると怒ってもおかしくない所だろうに、そうは思っていないんだな。


「ああ、一つ訂正させて貰うが、俺がここで一人きりになったのは十年前からなんだ。それ以前の七年間は、ティフィ…ティフォーネという名の女性と一緒に暮らしていた。」

「それがアディをここへ連れてきた彼女?」


 透かさずウェンリーが尋ね、アディはそれに頷いた。


「そうだ。」


 恋人、か…普通に考えれば、その女性がアディを死なせたくないがためにこの世界を作り出し、彼と共にここで生きる道を選んだのだと思えるが…

 どんなに魔法に長けていて生まれつき豊富な魔力量を所持していたとしても、ただの人間にこれだけの世界を作り出すのは不可能だ。


 それに十年前、と言えば…


「答え難いことを聞くが、その恋人はどうしたんだ?」

「…ある日突然、いなくなった。その前後にそれらしい素振りもなく、全くの突然に、だ。」


 ――やはりラ・カーナ王国が滅びたことと関係しているみたいだな。


 アディの恋人は、初めから万が一自分になにかあった時のためにと『ヴィントフルート』をアディに贈っており、一人になって耐えられそうにない時はそれを吹き、幻影と過ごすことで暫くの間頑張って耐えて欲しいと言っていたそうだ。


「暫くの間と限定して言っていたのなら、なにかあっても必ず戻って来られる、もしくは戻って来るつもりでいたんだろうな。」

「そうなんだ。だから俺はその言葉を信じ、ずっとここで一人ティフィが戻って来るのを待ち続けていた。この世界は幻影で出来ているが一部の植物だけは本物で、野菜なんかは育てて収穫できるし、それ以外の食材も定期的に家のパントリーにいつの間にか補充されているから、少なくとも彼女はどこかで生きているはずなんだ。」

「幻想世界に外から食材を魔法で転送しているのか…」

「まあアディ一人分なら大した力は必要ないけど、それでもそう言った類いのことは創造主以外にできないだろうね。アディの恋人がこの世界を作ったのなら、無事である可能性は高いけど…」

「こう言ってはなんだが、ただの人間にこれほどの所業は不可能ぞ。」

「え…じゃあ他に創造主がいるか、アディの恋人が普通の人間じゃねえってこと…?」

「ウェンリー!そなたはまた…人が遠回しに話しておるのに…!」

「あっ、ご、ごめん!!」

「なんでも思ったことをすぐ口に出すのはあなたの悪い癖ですわよ。」


 失言してすぐさまウェンリーはイスマイルに窘められた。だがアディの方は特に不快には思っていない様子だ。


「いや…構わないよ、俺はティフィが普通の人間じゃないことには気がついていたから。それを彼女に直接言ったことこそなかったが、薄々ね。――でもそんなことは関係なく、俺はティフィが普通の人間でもそうじゃなくても愛している。彼女さえいてくれるのなら、もう二度と家族には会えなくても元の世界に戻れなくたって構わなかった。だけど…」

「――戻るのを待ち続けて十年、か…いくらなんでも長いな。人が一人の孤独に耐えられる年数としても限界を超えている。良くこれまで狂わずに正気を保っていられたな…アディ。」


 その孤独を思うと、いつか感じたことのある強い胸の痛みにまた襲われるような気がして、反射的に思わず右手で心臓部を押さえた。

 結果として今回はなぜか大丈夫だったが、そんな俺の言葉を聞いてアディ本人は苦笑いを浮かべながら首を振る。


「そんなことはない…ここでは狂いたくても狂えないし、死にたくても死ねなかっただけだ。」

「…精神の浄化作用と、この世界を維持するための確定理論として、あなたの存命が定義されているから…か?」

「良くそこまでわかるな…俺は教えて貰うまで一切なにもわからなかったのに。」

「知識として知っているだけだ。」


 なにか物を作り出すにしても、明確な目的がなければきちんと形にして生み出すことは出来ないように、〝アディを死なせない〟と言う目的でこの世界が作られたのなら、その理として定められている存在のアディは、この世界にいる限り死ぬことができなくても当然だった。


 …うん?今、〝教えて貰うまで〟と言わなかったか?――誰に?


「アディはこの世界…ウィンディアを作ったのが誰なのか、知っているのか?」

「ああ。本人から直接聞いたわけじゃないが、ティフィだそうだ。」

「そうか…」


 また第三者の存在を匂わせているような…ここにいたのはアディとその恋人だけじゃない?


 アディは恋人がこの世界を作ったことは知っていても、その正体や本当は何者なのかは知らないと言った感じかな。

 これまでの会話から思うに、その恋人が人間でないことは間違いなさそうだし、創造主が誰なのかもわかるような気はするけど――


 ――情報が足りなくてまだ確信を持てないな。


「俺達に相談したいことと言うのは…」

「ああ、ウィンディアから出られない俺の代わりに、元の世界へ戻ったらティフィを探して貰えないかと思ったんだ。それが無理なら、せめて君らがここを出る時に俺を一緒に連れて行って欲しい。迷惑をかけると十分わかっているが、もう限界なんだ…これ以上一人でいるのは耐えられない。ティフィがいなくなって十年、自分でも良く待ったと思う。」


 アディは思い詰めた表情で彼女のいない世界なら、現実であってもウィンディアであっても生きている意味はない、そう俺に訴えた。


「もちろん無報酬(ただ)でとは言わない。俺はとある秘宝を持っていて、それをルーファスに譲ると約束する。きっと君らの旅の役に立つはずだから、悪い話ではないと思うんだ。」

「いや、報酬の問題じゃないだろう…」


 彼を連れて出る…それはアディにとって恐らく死を意味する行動だ。戻ってすぐにどうこうなるとは思わないが、止まっていた時間が動き出せば彼の身体にどんな影響が出るかもわからない。

 それにアディは現在のラ・カーナ王国が滅んでいて、どこも充満した瘴気だらけだということを知らないだろう。


 アディの身体を調べさせて貰い、俺の治癒魔法で病が治せるか調べてみるか?だがその上で連れ帰っても、恋人が見つからなければ彼は滅んだラ・カーナで結局は一人きりになってしまう。


 彼のためにはどうすることが正解なんだろう…


『その御方を困らせるでない、アドロイク。』


 俺が返答に困って悩んでいると、その若い男性のものと思われる声はなんの前触れもなく突然外から響いて来た。


 ドゴオオッ…バキバキバキッ


「「「「「「!?」」」」」

「うわっぷ!!いきなりなんだよ!?」


 直後猛烈な風が吹いてアディの家の扉がバンッと開き、そこから流れ込んで来た強風に驚いて俺達が一斉に立ち上がると、アディの家を内側からバキバキ破壊して吹き飛ばしながら、緑色に輝く光を全身に纏うその予想外の存在は姿を見せた。


「な…っ」


 ――身長は二メートルほどで宙に浮く人型をしており、ミントグリーンの背丈よりも長い髪に薄緑色の肌を持ち、両頬と両腕、両足の膨ら脛には茶褐色の紋様が入れ墨のように施されている。

 若葉の上に光る朝露のような透明で瞳のない両目に、ティールブルーの一枚布を身に纏い、その上を風が渦を巻いて伝い流れていた。


『この姿でお目にかかるのは初につき、先ずは守護七聖主(マスタリオン)様にご挨拶とお礼を申し上げたく存じます。』


 次の瞬間、それは俺の前に片膝を着いて頭を垂れる。


『我が名はラ・ジェイド・カーマ。今代の風の大精霊シルフィードの片割れにして、双子の兄にございます。』


 風の大精霊…シルフィード!?


 ――その豪快で派手な登場の仕方に唖然とするも、風の大精霊はすぐさま破壊したアディの家を精霊術で修復し、元通りに直した後で何事もなかったかのように平然とその躯体を縮小して見せた。


「小さくなった!!」

「挨拶はともかく…それが可能であらば、わざわざアディの家を破壊する必要があったのでするか?」

「は、はは…」


 呆気に取られたウェンリーが見たまんまの言葉を発し、その横でジト目になって呟くリヴに、イスマイルは苦笑するアディと部屋の隅に避難してゲデヒトニスの防護障壁に守られていたような状態だ。


 まさかこんなところで風の大精霊が姿を見せるなんて予想外だ。可能性として風精霊が関わっていそうだとは思っていたけど…


 識者でないウェンリーとイスマイルにもシルフィードの姿が見えていることから、ウィンディアは〝精霊族が作った世界〟であることに間違いなさそうだ。

 彼らの力及ぶ領域でなら、環境次第で識者でなくとも精霊の姿を見ることは可能になるからだ。


 そこでアディは風の大精霊と知り合いだったのかとも思ったが、見たところ来訪者に大分混乱しているようなので、そう言うわけではないらしい。


 一体、どうなっているんだ??


 それはともかく――


「あなたは俺のことを知っているのか…でもお礼というのは?」

『失礼致した。突然のことにさぞ驚かれておられるでしょうが、ご説明を。――数ヶ月前、我はシェナハーン王国にて〝翠竜ヴィヒリアソル・ドラグニス〟として召喚されたのち、ルーファス様の手で討たれたことにより程なくして精霊界での転生が叶いました身にございます。』

「「「!!」」」

「「??」」

「なんと!!ではうぬは、あの時の翠竜ぞ!?」


 それは俺達『太陽の希望(ソル・エルピス)』がシェナハーン王国の国王シグルド陛下の招待を受け、王都シニスフォーラにある国王殿を訪れた時の話だ。

 あの時その場にいなかったイスマイルと、〝異物混入症〟で倒れてデウテロン達にメル・ルークへ運んで貰っていたウェンリーにはなんのことかわからないだろうが、シグルド陛下の誘いを断ったことで怒りを買い、『王家の秘』を使われて召喚された翠竜を俺達が討伐した、という出来事があった。


 あの翠竜が魔精霊化したことで竜種に変異した『風の大精霊シルフィード』であることは推測していたが、転生した本人が竜だった時のことを覚えていて直接会いに来るとは思わなかった。


『我は魔精霊となって比較的日が浅かったこともありこれほど早く転生が叶いましたが、本来は一度魔と化せば数百年以上もののちに命尽きるまで自ら死ぬことも叶いませぬ故、お救い頂いたルーファス様には感謝の言葉もありません。』

「そ、そうか…まあ俺は俺にできることをしただけだから、その気持ちだけ有り難く受け取っておくよ。それでええと…あなたがあの時の翠竜で、風の大精霊シルフィード(の片割れだと言ったな)だと言うのはわかったけど、なぜここに?」


 俺が困惑して尋ねると、シルフィード(の片割れ)は愉快そうに声を出して笑った。


『ははは、守護七聖主(マスタリオン)様もお人が悪い…既にお気づきであられますでしょう。そこな人族の恋人とは、我が双子の妹〝ラ・ティフォーネ・ブリッサ〟…つまりは同じく風の大精霊シルフィードのもう片割れにございます。』

「!!」


 そう来るのか…!!(いや、気づいてなかったよ)


 思わず俺がアディを見ると、彼はシルフィードの言葉を聞いて愕然としている。


「――マルティルが俺にあなた達シルフィードのことを教えてくれなかったのは…?」

精霊族(ガイストゲノス)の…況してや大精霊が人族と恋仲であることなど、大きな声で申し上げられることではないからでしょう。』

「世界樹ユグドラシルに認められていないというわけじゃないんだな?」

『反対こそされてはおりませぬが、公に許されているというわけでもございません。』


 マルティルは黙認していると言うことか…まあ他者が口を出せることでもないしな。


 それでもこのことはさすがに想像していなかった事態だ。


 そう言えば風の精霊シルフの御伽噺は、大半が『双子の精霊』として描かれていたな。そのことを思い出せば気づけたんだろうけど、失念していた。


「そうか…まあわかった。マルティルのことだ、いずれ俺がここに来れば自然とあなた達のことを知るのはわかっていたんだろう。」


 シェナハーンで倒した翠竜がシルフィードの片割れ…


「それで、俺達をこの世界に呼んだのはあなたなのか?ええと――」

『我のことは〝ジェイド〟とお呼びください。』

「わかった、ジェイド。」

『恐れながら申し上げますが、我ではございません。我はこのウィンディアにて御方の存在を感じました故、取り急ぎ駆け付けましたに過ぎませぬ。』

「…と言うことは、恋人…ティフォーネさんの方か。」

『はい。』

「な…それじゃ、ティフィは…ティフィはやっぱり無事なのか!?どうして俺の所へ戻って来てくれないんだ!!」


 ヒュオッ…


 アディが恋人について尋ねた瞬間、ジェイドは冷ややかな目をして風を巻き起こし、彼の言葉を遮った。

 そのことから事情があって、戻りたくても戻って来られないのだと言うことだけは察した。


 それから少し落ち着いて話を聞くに、アディは人の姿をしたジェイドとは面識があり、彼女の双子の兄であることは知っていたが、彼らが二人合わせて『風の大精霊シルフィード』であることは知らなかったそうだ。


「シルフィードって双子だったんだ…」

「予も初耳ぞ。」


 俺はジェイドが魔精霊化していたことから、妹のティフォーネさんが今どういう状況にあるかと言うことも既に気がついていた。


 ジェイドが翠竜に変異していたのは瘴気が原因だったのか…つまり、ラ・カーナ王国は、グリューネレイアで言えば風精霊の領域だったということなんだな。

 できればティフォーネさんのことをジェイドに聞きたいが、国が滅んでいることも知らないアディの前で瘴気の話はできないよな。

 まあ後で俺の推測が合っているかどうかを確かめる必要はあるが、これで大体のことはわかって来たぞ。


 ただ、このことをアディにどうやって説明すればいいのか…それが問題だ。


「――アディは精霊族(ガイストゲノス)についてどこまで知っている?」

「ラ・カーナは精霊信仰の残る国だから、精霊がいると言うことは知っていたし、多分過去に微精霊ぐらいなら見たこともある。でも大精霊というのは…」

「微精霊を見たことがあるのなら、アディは識者だ。そのおかげでどこかでシルフィードと知り合ったのかな。」

『……それだけではありませぬが、まあ概ねご想像通りです。』

「?」


 まだなにか情報があるのか。


「アディ、さっきの相談事だけど…あなたの恋人を探すのは引き受けるよ。」

「え…本当か、ルーファス!」

「ああ。」


 精霊族が関わっているのなら、どの道放っておくわけにはいかなそうだ。況してやジェイドが俺の前に現れたと言うことは、同じような状況に置かれている双子の妹を助けて欲しいと頼みに来た可能性は高いだろう。


「いついつまでにとははっきり言えないが、ジェイドに協力して貰えればそこまで長くはかからないだろう。だからあなたはここで待っていて貰えるか?」

「もちろんだ、ティフィが戻って来る可能性があるなら、死ぬかもしれない状態を押してまで無理に外へ出ようとはしない。一年二年先となれば辛いが、一、二ヶ月位はまだ耐えられる。」

「良かった、できるだけ早く見つけるよ。」

「ありがとう、本当にありがとう…!そうだ、それなら渡しておく物があるから少し待っていてくれ。」


 嬉しそうに破顔するアディは、急ぎ足でリビングを出てどこかへ向かった。


「――ジェイド、ここへ喚んだのはティフォーネさんだろうけど、あなたの力で俺達を外に出せるよな?」

『問題ありませぬ。』

「そうか…なら俺の作った瘴気の浄化装置をあなたにも渡しておこう。ここへ来るのにもかなり危険を冒して来たんだろう?これがあれば再び魔精霊化することはないはずだ。」

『心より感謝致します、ルーファス様。』


 俺は複製魔法で自分の浄化装置をもう一つ用意すると、それをジェイドが身に着けられるように少し弄ってから手渡した。


「??精霊は基本的に霊体だろ?浄化装置なんか身に着けられるのか??」

「装飾品に特定の魔力を纏わせれば可能でするな。」

「精霊側の受け入れるという意思も必要になるそうですから、精霊族と懇意にしてらっしゃるルー様にしか出来ませんわね。」

「…良くわかんねえ。」

「ジェイドは風を身に纏っているだろう?だから浄化装置に風属性の魔力を纏わせたんだ。」

「あ、今の説明でなんとなくわかった!」

「納得行かぬ…予の説明とどこが違う。」

「知りませんわよ。」


 そんな話をしていると、アディがなにやらその手に二つの物を持って戻って来た。


「お待たせ。ルーファス、君にこれを贈るよ。」

「!!」


 そう言って彼が差し出した片方の球体を見て俺は驚いた。


 無記入の白羽根が台座に幾つも付けられた、見覚えのある〝それ〟は、夢の中で訪れた『時狭間の願い屋』に保管してあった物と同じだったからだ。


「――それは…転移球<テレポートオーブ>じゃないか!!」

「ああ、知っているのか。俺がティフィに運ばれてここへ来た時、彼女からヴィントフルートと一緒にいつか必要になるから持っていて欲しいと言って渡されていた物なんだ。あの時は外へ出られない俺になぜこんな物を渡すのかと思ったが、今ならわかるよ。きっと彼女は君がいつかここへ来ると知っていたんだ。」


 全くあり得ない話でもないか…ティフォーネさんが風の大精霊シルフィードで、精霊族(ガイストゲノス)との盟約を結んでいる俺の存在を知っていたのなら、それが何年後になるかまではわからなくてもいつか会うことは予測できただろう。


 でもなぜこの転移球がシルフィードの元に…?


 過去の俺が作ったとは言え、同じ物がもう一つ存在していた可能性も完全には棄て切れないが、まだ手に取らなくてもわかる…これはあの棚に保存魔法をかけて置いてあった物と全く同じ物だ。

 違うのは白羽根にまだなんの文字も記入されていないことと、魔道具が休眠状態にあることぐらいか…?

 俺がウィンディアに作られた幻想のヘズルで千年前の記憶の内、多くを思い出したことと言い…このタイミングで転移球を手にしたことは単なる偶然と思えないが――


「本当に俺が貰ってもいいのか?」

「もちろんだ。君らの旅に役に立つと言っただろう。是非貰ってくれ。」

「…わかった、有り難く頂くよ。」


 そうして俺がアディから先ずは転移球を受け取ると、それに触れた途端に休眠していた魔道具がいきなり起動した。


 カッ…


「!?」


 目の眩むような閃光が瞬き、驚いた俺は思わず顔を背ける。すると次はすぐに頭の中で自己管理システムの通知音が響いた。


 ピロン


『登録済みの転移球(テレポートオーブ)を起動』『データベースの更新により各座標点を復元』『転移可能先の更新を実行』『1996年現在のフェリューテラに同期』


 ――転移球の使用が可能になりました。


 自己管理システムは俺に最後そう通知した。




  

次回、仕上がり次第アップします。いつも呼んで頂きありがとうございます。

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