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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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244 自由の代償

身に覚えのないことで〝精霊殺し〟と呼ばれるようになってしまったライは、バセオラ村を発ってピエールヴィに辿り着いていました。そこで再び依頼を受けたことで、自分の弱体化は精霊が敵に回ったことによる怒りの弊害であると確信します。それでもユスティーツから今のフェリューテラに精霊は殆どいないことを聞き、そんなことも前向きに捕らえてメル・ルークを目指しますが…?

          【 第二百四十四話 自由の代償 】



「そっちへ行ったぞ、レン!!退路を塞げ、俺の方へ追い立てろ!!」

「了解です!!どりゃあっ!!!」


 ドゴオンッ


 ――聖魔法の輝きと魔力に(いざな)われ、ふらふらと集まって来る小型魔物『ヒーリング・スクイラル』は、可愛らしいリスのような外見に臆病な性質で逃げ足がとても速く、討伐対象として掲示板に貼り出されても完遂率の低いAランク難度依頼だ。

 この魔物は独自の感覚器官によって『光属性』の治癒魔法や回復魔法、補助魔法の発動を感知すると、その魔力に惹かれて近寄って来るという特徴があるものの、人の気配に敏感で普通は先ず姿を見せないと言う。

 しかし極稀に使い手のいる光属性の『聖魔法』には、まるでマタタビに酔った猫のような状態になるため、面白いほど狩ることができる…らしい。


 魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)発行の〝魔物図鑑〟から偶々そんな情報を仕入れた俺達は、『ダヴァンティ』として二度目に受ける仕事を偶然掲示板に貼り出されていたこの依頼にすると決めたのだった。

 その理由は言うまでもない…俺の戦闘能力に不安があったのと、俺達には『聖女』である〝ペルラ王女〟こと〝ルラ〟がいるからだ。


 そうして王女には聖魔法を使用して貰い上手く魔物を集めることはできたのだが、これが普通のリスと同様にかなり小さい上、ちょこまか素早く逃げ回ってくれる。

 少しでも対処が遅れるとあっという間に見失ってしまうため、今はトゥレンの大剣による地面強打の衝撃波で気絶させ(トゥレンに倒させると馬鹿力過ぎて戦利品が台無しになる)、その隙に俺のライトニングソードで止めを刺す、と言うのを繰り返していた。

 とは言えやはり魔物には違いなく、追い詰めすぎると集団で踵を返し〝窮鼠猫を噛む〟の通り、手痛い反撃を喰らうことがある。

 そんな時は後衛にいるユスティーツの出番で、彼は小威力の攻撃魔法を用い適度に補助してくれると、俺達が集られる前に倒してくれた。


 始めて組んだパーティーとしては、中々に上手く役割が決まって来たのではないだろうか。


「あっ!あったよ~、これは回復魔法の『魔法石』だ~。」

「こちらもありました。」

「俺も見つけた、これでようやく三個か。」


 協力して倒した魔物を解体用のナイフで男三人がバラし(ペルラ王女はさすがにこの作業で気分が悪くなった)、どの魔物も体内に必ず所持している大小様々な『魔石』を取り出す。


 『魔石』とは『魔力を帯びた石のような固形物』のことを言い、『魔法石』とは『魔石に発動可能な魔法呪文〝魔法紋〟を刻み込んだもの』のことを言う。


 今回の依頼目的は、『ヒーリング・スクイラルを狩って、体内から治癒魔法、回復魔法、補助魔法いずれかの〝魔法石〟を最低五つ入手すること』だ。

 どうやらこの魔物が光属性の治癒魔法や聖魔法に近寄って来るのは、体内の魔石に治癒系魔法の〝魔法紋〟を刻むためのようだと説明書きにある。

 つまりヒーリング・スクイラルは、自分の怪我や仲間の負傷を体内の魔法石で癒す習性も持っていると言うことなのだろう。

 まあ俺は魔物がどうやって魔法石を体内に作り出すのかという仕組みなどについてはさっぱりわからんが、バセオラ村でアクエ・タランチュラの討伐に苦戦した俺には、比較的無害な魔物が対象であるこの依頼は打ってつけだったと言うわけだ。


「二十体狩ってたったの三つですか…Aランク依頼の中でも報酬金額が高かったのは納得ですわね。」


 ペルラ王女は俺達から気持ち悪そうに目を逸らし、血塗れの魔石や魔法石をなるべく直視しないようにしている。

 聖女として守護騎士と共に魔物討伐へ出たこともあるらしいのに意外だが、そういう場合はハンターと異なり、解体することなく纏めて死骸を売り払うのが普通だったようだから仕方ない。


「ルラ殿、死骸は片付けましたからもう大丈夫ですよ。お疲れではありませんか?戦闘中は聖魔法を発動し通しなので無理そうならすぐ仰って下さい。」

「いえ、この通りそちらはまだまだ大丈夫ですわ。それよりリグの方は…」

「ああ、俺か?」

「見たところ今日は全く問題なさそうだよねぇ。昨日と違って普通に戦えてるみたいだし~。」


 三人の視線を浴びながら俺は大きく頷いた。


「そうだな、バセオラ村にいた時のような身体の重さは全然ない。つまりユスティーツの推測通り、あの弱体化は『精霊の怒り』による弊害で間違いなかったらしい。」

「…やはりそうなのですか…」


 まるで葬式の参列者のような顔をするトゥレンの脇腹を、俺は右肘でトンッ、と小突いた。


「そんな顔をするな、レン。身体を乗っ取られていた俺に身に覚えがなくとも、おまえ達の話を聞く限り俺が精霊の棲んでいた〝ヴァンヌミストの森〟を焼き払ったのは事実なんだろう。」

「…リグ御自身は魔法を使えないと仰るのに、そのことを精霊に訴えた所でそれも〝人間側の都合〟だと言われてしまうのでしょうね。」

「まあ、考えてみれば当然かもしれん。俺だとて初対面の相手に仲間を殺したのは俺じゃない、なにかに乗っ取られていたんだ、そう言われたとして信じられはしないからな。」


 俺達がバセオラ村を出て、今日で二日になる。


 慌ただしくあの村を出た俺達は、初日にパスラ峠にある宿へ泊まり、翌日ようやく雨が止んでから山道を下るとピエールヴィに到着したのだった。

 その間に結局俺はトゥレンとペルラ王女にも事情を話すことになり、二人には俺が〝識者〟であることも打ち明けざるを得なくなった。

 トゥレンには闇の主従契約時にネビュラ・ルターシュとの面識はあるが、そのことと俺が識者であることを話すのはまた別だ。

 それでどう思われるかと心配していたが、そんな俺の懸念を他所に二人からは意外な話を聞かされた。


 それは俺達がヴァハの村にいた時の話だ。


 俺が姿を消した日に近くの森で火災が発生し、村人総出で消火作業に当たったらしいのだが、その際村人の一人が俺の姿を森で見たと言っていたようなのだ。

 もちろんそれは俺にも薄らと覚えがある。クレイリアンのパキュタがアギに乗って俺の元を訪れ、近くの森に棲む仲間を助けて欲しいと頼まれたからだ。

 だがその記憶は途中でぷつりと途切れており、その後になにが起きたのかまではわからない。

 しかしトゥレン達の話と、地竜に変化した大蚯蚓の言っていたことが繋がっているとするのなら、そこから導き出される答えは決まっているようなものだろう。


 ――不安なのは、俺を呼びに来たパキュタとアギは一体どうなったのか、と言うことだ。


 あまり考えたくはないのだが…まさか俺がパキュタ達のことまで一緒に手にかけてしまったのだろうか。…そう思うと怖くて堪らなくなる。


「大丈夫かい?リグ…また精霊のことを考えてるね。何度も言うけど、あまり思い詰めない方がいい。」

「ユスティーツ…ああ、わかっている。精霊の怒りを買ったことでこの先どうなるかわからないが、少なくとも俺は俺の意思で手にかけたわけではない。――今は理解して貰えなくとも、これからも諦めずにそう訴え続けてみる。」

「…そうだねぇ。――とにかくこれではっきりしたよ~。欠片(かけら)の影響がまるでないとは断言できないけど、リグの弱体化は精霊の領域に足を踏み入れることで起こるんだろうねぇ。今後はうっかり彼らの居場所へ近付かないように、君自身が気をつけるしかない。僕らに精霊の姿は見えないから~。」


 ユスティーツが言うには、今のフェリューテラに殆ど精霊はいないそうだ。だから俺が気をつけてさえいれば、もう早々出会うことはないだろう。


「それじゃあ、もう少し頑張ってさっさと依頼を終わらせちゃおうか~。今日はフスクスまで行くんだろう?乗合馬車を使えば夜までに着けるはずだからねぇ。」



 ――俺が普通に戦えることを確認できたことで、こんな風にダヴァンティは当面の間主に旅費を稼ぐため、率先して日に一、二件の依頼を受けることに決めたのだった。


 ピエールヴィのギルドで依頼の完了報告を済ませて報酬金を受け取ると、それを使って乗合馬車に乗り、俺達は即日次の街『フスクス』へ移動した。

 北に位置するメル・ルークへ向かうまでに存在する町村は幾つかあるが、王女の顔が良く知られている王都『シニスフォーラ』と前王の娘である王女の姪が在住していると言う遺跡街『アパト』の二つは避けるつもりだ。

 よって街道沿いにある街で国境までに立ち寄るのは、『メテイエ』と『ボレアス』、『カルム』の三箇所だけになるはずだった。


 しかしフスクスに着いたその夜、浮かない顔をしていたペルラ王女が予想外のことを言い出した。


「アパトかシニスフォーラのどちらか一方にだけでも寄りたいだと?本気で言っているのか、ルラ。」


 ギルマスから頂いた魔道具があるとは言え、なにかの拍子に正体がばれないとも限らないのに、俺は思わず険しい表情を彼女へ向けてしまう。

 当然だろう。もし見つかれば身に危険が及ぶのは王女だけでなく、俺とトゥレンも同様なのだ。


「無理を申し上げているのは百も承知です。ですがどうしても気になって確かめたいことがあるのです。」

「なにを確かめたいんだい?ルラ。それを聞かずには決められないよ~。」


 ユスティーツはそう言うが、俺はどんな理由を聞いたとしても端から反対だ。ようやくあの男の元から逃げ出せたというのに、王女の所為でエヴァンニュへ逆戻りは断る。

 さすがに自ら危険を冒すと言うのなら、そこまでの面倒は見切れんだろう。


 王女はユスティーツに尋ねられ、暫しの間何事かを迷っている様子だったが、やがて申し訳なさそうに口を開いた。


「一つは我が国の〝守り神〟様が今もシエナ遺跡に留まって下さっているのかどうかを、もう一つは前王である亡き長兄オルバルクの娘である姪が無事でいるのかということを…三つ目は現王シグルドがなぜあのように変わってしまわれたのか、それに関することを知己の友人がなにか知らないかと言うことです。」

「わあ、理由が多いねぇ…でもさあ、それって自分やリグ、レンの命を賭けてまで知りたいことなのかい?」

「そ、それは……」

「ルラも良くわかっているはずだよねぇ。君ら三人の運命は今、一蓮托生なんだよ~。リグが見つかっても~レンが見つかっても~、ルラが見つかってもいけない。だからこそギルマスは僕の無理なお願いにも手を貸してくれたんだ~。」


 俺がなにか言うまでもなく、ぐうの音も出ないユスティーツの正論に王女は俯いて黙り込んだ。


「あの…よろしいですか?」

「なんだ?レン。」

「ルラ殿の仰る〝我が国の守り神様〟とは…?」

「この国についてはおまえの方が詳しいと思っていたが、そうでもないのだな。確かシェナハーンには、災害を予知する予言者がいると聞いた覚えがある。そのおかげで過去に何度も国民が事前に救われたことから、民間では『守り神』と崇めているのだそうだ。」

「えっ、あの話って真実なのですか!?俺はてっきり良くある噂話に過ぎないだろうと思っていたのですが…リグ()信じていらしたのですね。」

「(カチン)おまえな…」


 なんだその癇に障る言い方は。イーヴから以前聞かされた話だぞ?あいつが真偽不明な噂話を俺にするわけがないだろう…!

 まあ俺もその話は、半信半疑ぐらいで記憶しておいたのに違いないが――


「ちょっとちょっと~、大事な話が逸れるからレンの疑問は後にしてよ~。」

「む…申し訳ない。」


 そうだぞ、おまえは余計なことを言うな。(質問を許可したのは俺か)


「――シェナハーン王国の守り神については僕も聞いてるよ~。広めると罰を受けるらしくて大声で言う人はいないけど、消えたって噂があるくらいだしねぇ。ルラもどこかでそう耳にしたんでしょ?」

「…はい、そうです。」

「だったら僕の方で伝手を使って確かめてあげるよ~。姪御さんの無事もね。それなら少なくともアパトには寄らなくて良くなるよね~。」

「で、ですが…」


 尚も食い下がろうとする王女に、ユスティーツは一瞬冷ややかな目を向ける。


「――それともいるかいないかもわからない、その守り神に会いたいとでも言うのかい?…忠告するよ~、それは無駄足に終わると思うからやめておいた方がいい。(いないのは確実だしねぇ…ルラは太陽の希望(ソル・エルピス)のメンバー名を見ても気付かなかったのかなぁ)」

「…?今なにか言ったか?」

「ううん、別に。」


 なにか追加でボソリと独り言を呟いたような気がしたが、ユスティーツは首を振る。


「問題は王様の方だけど…ルラが気にする気持ちはわかるよ~。実際、守護騎士(ガルドナ・エクウェス)に異変が表れてもいるようだしねぇ。以前は街道や町村の守りに重点を置いて数多くの騎士が派遣されていたようだけど、今はその殆どが王都の守りに配備されているらしい。一体君のお兄さんは()()()警戒して怖れてるんだろうねぇ?ルラ。」

「………」

「シグルド陛下がなにかを怖れている?」

「僕からすればそう見えるのさ~。各所の兵を国王の座す(みやこ)へ呼び戻すなんて、まるでなにかの襲撃が来ることに備えてでもいるみたいだろう。」

「戦時下にあると言うわけでもないのに、ですか?」

「そうだねぇ。」


 なにかの襲撃に備える…?俺が普通に考えれば、エヴァンニュのように強化した魔物が対象だとも思えるが…他に王都の守備を固める必要のあるような敵対存在がいるとでも言うのか…?


 幾ら同盟国だったとは言え、さすがに俺にもそこまでの事情はわからないな。


「シニスフォーラへ行けば、なにかしらオイフェ兄様に関しての情報を得ることが出来ると思うのです。絶対に正体がばれぬよう努めます、リグ…どうか少しだけでも王都へ立ち寄って頂けませんでしょうか…?」

「ルラ…」


 ユスティーツの言うことも気になるが、あれほど妹思いだったシグルド陛下がペルラ王女の手を振り払ったというのは確かに俺も信じられない。

 だがその理由を知ることが果たして王女のためになるのかと言うと…


「駄目だよ~、リグ。」

「?」

「僕は絶対に反対だから、許可を出してはいけない。ギルマスの魔道具は優秀で普通の人間には先ず正体のばれることはないだろう。だけどそれは『完璧』じゃあない。例えば全ての真実を見抜く技能(スキル)真眼(しんがん)』でなら幻視も通用しないし~、ギルマス以上の魔力所持者には初めから効きもしないんだ~。それと僕のようにその魔道具の存在を知っている者にも効果がない。そのことを決して忘れてはいけないよ~。」

「真実を見抜く技能『真眼』?初めて聞くが…スキルはともかくとして、異種族であるあのギルマス以上の魔力所持者など存在するのか?」


 魔力の有る無しなど俺に見た目でわかるはずもないが、それでもあのギルマスが常人でないことは見ただけでわかる。

 ユスティーツも普通でないとは思うが、ギルマスはそれ以上だろう。


「もちろんだよ~。君の知っている『災厄』なんかはその一人だろう。言っておくけど、君がメソタニホブで見たのはほんの僅かな一面にしか過ぎない。それどころか殺されずに済んだのは、カラミティに初めから殺す気がなくて手加減していたからだからねぇ。そこを勘違いしないように~。」

「!?」


 ほんの僅かな一面?あれで手加減していた、だと…!?俺は死ぬほどの苦痛を味わわされていたんだが!?


 ユスティーツの言葉に俺は衝撃を受けた。


「――ルラ殿、俺も反対です、諦めて下さい。」

「レン…」


 珍しくキッパリと脇からトゥレンがそう言い切った。


「厳しいことを言うようですが、あなたの選択がリグを危険に晒すのであれば、俺はあなたを助けることができなくなります。そこにリグのご命令があったとしても俺にとって最優先なのはリグであり、あなたの身はその次だ。」

「ば…レン!!」


 馬鹿野郎!!その言い方は誤解を招くだろう!!


 ――闇の主従契約について内容を知っている俺にはトゥレンの言うことの意味もわかっているが、なにも知らないペルラ王女にしてみれば今のは辛辣極まりない台詞だったことだろう。

 それは王女が俺の身を危険に晒すならこれ以上王女の味方はできないと、そう言ったも同然だからだ。


 案の定酷く傷ついた表情を浮かべ、今にも泣きそうな顔でペルラ王女は席を立ち、止める間もなく部屋から飛び出して行った。


「ルラ!!」

「僕が追うよ~、任せて。」


 すぐにユスティーツが後を追いかけてくれるが、闇の主従契約について知らないのはユスティーツも同じだ。

 それでも彼なら上手く王女の気持ちを落ち着かせてくれることだろうが、問題はトゥレンの方だ。

 この馬鹿はそもそも自分の言った言葉の意味が良くわかっていないらしく、目を丸くしてなぜペルラ王女が突然部屋を飛び出して行ったのかさえわからずにポカンとしているからだ。


「おまえは…っこの馬鹿!!!」


 一瞬で苛立ち思わずその胸座を掴んで罵った俺に、トゥレンは身体をビクッと揺らして困惑した。


「ラ…リグ?あの、なにを怒って――」

「ルラは俺とおまえの間にある契約のことはなにも知らないんだぞ!!あんな言い方をすれば、おまえへの彼女の思いを突き放したのと変わりがない!!ただでさえおまえはのらりくらりと引き延ばし、まだルラの告白にはっきりと返事をしていないのだろう!?」

「!?な、なぜラ…リグがそのようなことを…!?」

「今さらそんな馬鹿な質問をしている場合か!!」


 ――俺も大概女心には疎いと思っていたが、トゥレンはそれに輪をかけて想像以上に無神経だ。

 これでは王女が幾ら一途に待っていても、こいつが応える日は永遠にやって来ないことだろう。


 …仕方がない、余計な口を出すつもりはなかったが――




「ルラ。」


 宿の廊下の隅で泣くペルラ王女の肩に、ユスティーツはそっと背後から手を置いた。


「すみません、一人にして下さい…ユスティーツ。ご迷惑をおかけするつもりはありません。」

「そう言わないでさぁ…ルラはレンが好きなんだよね~?」


 泣き濡れた瞳で顔を上げると、苦笑いを浮かべながら王女は指先で涙を拭った。


「リグから聞いたのですか…?」

「ううん、見ていればわかるよ~。――これでも昔、僕にも愛する婚約者がいたからねぇ。」

「昔…?今はいないのですか?」

「いないよ~。もう随分前に亡くなっているから。」

「!――ご、ごめんなさい、私ったら余計なことを…」

「いいんだよ、僕の方から振った話だし。ねえ…ルラはレンと恋仲になりたいのかい?」


 普通なら聞き難いことを、ユスティーツは事も無げにさらっと尋ねてみせる。当たり前のように思うそんな感情をおくびにも出さない彼に、驚いて目を見開く王女はすぐにその表情を和らげて微笑んだ。


「あなたは不思議な方ですわね…そう言ったことを人に尋ねるのは憚られるでしょうに。」

「別に?僕はそう言うことを気にしない性質なんだよ~。それに単なる興味本位なら尋ねたりしない。君達三人は僕の〝仲間〟だからさぁ、力になりたいんだ。」

「優しいのですね、ユスティーツ…素直に申し上げればそうなのでしょうけれど、思いがけず再会して二人の時間を持てたことで欲張りになっていたようなのです。――元よりあの方の中に私の居場所などなかったのでしょうから。」

「…そうかなあ?僕はそうは思わないけど~。だってレンってさぁ、顔には出さないけどリグへの忠誠心と君への思いの間で板挟みになってるよねぇ。それってルラのことが好きだからじゃない?」

「……そう、でしょうか…だとしたら嬉しいのですが。」


 第三者であるユスティーツの言葉に、ほっと安堵して王女は頬を染める。


「うん、絶対そうだね~。レンも自覚してはいるみたいだから、その内リグがなにか言ってくれるんじゃないかなぁ。ほら、彼も気にしてくれてるでしょ~?」

「ふふっ…そうですね、リグは…元に戻ったリグは以前からそうでした。ですが王族ではなくなったことをあれほど喜ばれるなんて…私も王妹であることを捨て、聖女であることさえも捨てたら、彼のように楽になれるのかしら。そうしたらレンも私のことを受け入れて下さるのかしら…」

「どうだろうねぇ、それはあまり関係ないような気がするけど~。それにそれを決めるのはルラだし、もしそうなっても僕は味方でいるよ~。僕はねぇ…僕らの力が及ばない遠い所で、『運命』なんて言う勝手な道を誰かに決められるのは嫌なんだ~。自由の代償はそれなりに重かったけれど、それでも僕は今、自分の為だけに生きられてる。もしかしたら君らにも選択次第でその機会は巡ってくるかもしれないよ~。」

「まあ…!」


 ユスティーツに心を許した王女は、意外なことを口にした彼にくすりと笑う。


「あなたは随分難しいことを考えているのですね。『運命という勝手な道』を『誰かに決められる』、ですか…そう言えば私はどうして〝聖女〟になったのかしら。思えばこの力も望んで得たわけではなかったのに――」

「それも誰かに決められたことだったのかもしれないねぇ。――もしそうだったら、ルラは僕と一緒に抗ってみるかい~?」


 王女はクスクスと笑いながら返す。


「そうですわね…もしそうなら、良く考えてみますわ。」


 そう言った王女にユスティーツも微笑み返し、二人はいつの間にか和やかな雰囲気に包まれているのだった。




 ――トゥレンの言葉に傷ついた様子で宿の部屋から飛び出して行ったペルラ王女だったが、ユスティーツが上手く話をして宥めてくれたのか、暫くすると彼と笑いながら戻って来た。

 すっかり打ち解けている様子の二人には俺も驚いたが、トゥレンの方はもっと意外そうな顔をしている。


 俺はと言えば部屋に残されたトゥレンに〝とある話〟を聞かせて、いつまでも相手が自分を思い続けてくれると思ったら大間違いだと説教をしてやった。

 俺のようにある日突然別れを告げられると言うこともあるのだから。その点、トゥレンは辛抱強く王女が待ってくれていることを有り難いと思うべきだろう。

 今だって俺はリーマがなぜ別れを告げたのかその理由も知らないままで、泣きながらもう会えないと言われたことに未練を断ち切れないでいる。

 もう一度会い、俺に悪い所があったのなら幾らでも直すから、嫌いになったのでないのならやり直したい。彼女にそう言いたいとさえ思ってしまう。

 しかしエヴァンニュを出た以上、それももう叶わないだろう。


「まーたそんな顔して…君らってさぁ、十代でもないのに()()若いよねぇ。人間は悩みの尽きない種族だって言うけど、朝食の時ぐらい食べるのに集中したらどうなの~。ボア肉のソーセージ、好物なんでしょ~?」


 いつの間に俺の食の好みまで把握したんだ?こいつは…


 宿の食堂で朝食を取りながら、考え事をして眉間に皺を寄せていたらしい俺は、そう思いながら人の頬を指で(つつ)くユスティーツを睨んだ。


「おい、ユスティーツ…それは暗に俺達の精神年齢が幼いとでも言いたいのか?」

「あはは、そうとも言うかなぁ?せっかく遠回しに言って濁したのに~、自分から認めちゃって自爆してる~!」

「認めてない!!笑うな、この!!」


 ――それでもこんな和やかで楽しい、笑いながらの食事はリーマと別れて以降随分と久しぶりのことだ。

 パーティー結成五日目にして、すっかり俺達の中心となりつつあるユスティーツは、傍にいるだけで俺の心を和ませてくれ、俺達が追われている身であることさえも忘れさせてくれそうなほどだった。


 ユスティーツのおかげで、トゥレンとペルラ王女も必要以上にギクシャクせず済んでいるな。

 トゥレンには色々と言ってやったから、その内なんらかの進展もあるだろう。ベルデオリエンスまではまだかかる…それまでに答えが出れば、このままずっと四人でいられるかもしれない。

 そうしたら先が決まるまでの間は共同でファーディアに家を借りて住み、俺はルーファスのようにヘズルの復興を生涯の目標にしてもいいし、やはり太陽の希望への加入を目指し、Sランク級になれるまで腕を磨くのもいいな…

 思わぬ所で精霊の怒りを買う羽目にはなってしまったが、それでも自分の未来を自分で決められる自由を手にしたのは幸せなことだと思う。


 朝食を終えて宿を引き払うと、俺達は次の街『メテイエ』へ向かう前に、ギルドで掲示板を見て二つ依頼を受ける。

 まだパーティー等級の低めな俺達には変異体の討伐依頼(報酬の飛び抜けているアンノウンクラスだな)などは受けられないので、どれもそう難しくはない通常魔物を一定数狩るという依頼にした。

 その報酬を受け取れば、メテイエまでの馬車代と宿代にもなるだろう。


 そうして俺達は実に『ハンターらしい』行動をしながら、この日も無事に次の街へ辿り着けたのだった。


 しかしここからはシニスフォーラへ寄らないとなると、さらに北にある町『ボレアス』を真っ直ぐ目指すことになるのだが、王都を避けてメテイエから直接運んでくれる乗り合い馬車がなく、徒歩で数日かけて向かうか個人で金を払い馬車と御者を貸し馬車屋から借りるしかないことが判明する。

 それなら臨時に俺の所持金で立て替えればいいとも提案したのだが、パーティー内での金の貸し借りは御法度だと三人ともに怒られ反対されたため、予定外に何日か滞在し旅費を稼ぐことになった。

 俺としてはそんなことよりも別の懸念から、できればこのメテイエにはあまり何日も滞在しない方がいいと思っていた。

 その理由は王都へ最も近い位置にあるせいか頻繁に守護騎士の姿を見かけることと、ペルラ王女が上の空でぼんやりしている時間が増えたためだ。

 一応王女は説得に応じて王都へ行くことは諦めたように見えているが、だからと言ってシグルド陛下のことが気にならなくなったわけではないだろう。

 俺は主にそのことを心配していたのだが、予想外にもペルラ王女の方ではなくユスティーツの様子に変化が見え始めたのだった。


 元々ユスティーツは日に一度どこからか連絡を受けている様子だったが、メテイエでの滞在三日目の夜はなにかにつけて俺達から離れると、部屋の外で共鳴石を使い、深刻そうな顔をして何度も誰かと話しているようだった。

 そのことから俺達は、彼がなにか問題を抱えているのではと心配になる。


「また誰かから連絡が来たようですね…やはりなにかあったのでしょうか?」

「どうだろうな…だがなにか起きたのなら相談してくれるはずだ。その上で俺達に手助けできることなら手伝えばいい。」

「ええ、リグの言う通りですわね。」


 トゥレンとペルラ王女にはそう言ったものの、正直言ってユスティーツにはまだ俺達の知らない謎の面が多い。

 彼を疑っていると言うわけではなく、ユスティーツは最初から自分のことをあまり多くは話していないからだ。


 そうこうしている内に戻って来たユスティーツは、俺達が雁首揃えて待っていたことに少し驚いているようだった。


「あれれ…まだ起きてたのかい?先に休んでくれてても良かったのに~。」


 心なしかそう言いながら自分のことは上手くはぐらかそうとしているように見え、俺達は真面目な顔でユスティーツが打ち明けてくれるのを待っていた。


「あ、あー…そうか…、今度は()()()、って言うわけだねぇ。」

「ああ。――なにか起きたのなら手伝えることがあるかもしれん。良ければ事情を話してくれないか?」

「そうか…そうだよねぇ、僕からパーティーを組もうって言い出したんだし、君らは仲間だもんね。でもそうだね…今はまだ、なにも話せないかなぁ。」


 困り顔で右耳の後ろを掻き、ユスティーツは目を伏せてそう言う。その表情には話したくても話せない、と言うような心境が見て取れた。


「ユスティーツ?」

「うーん…おかしなことを言うようだけど、君らはさぁ…まだ『盤上の駒』なんだよねぇ。」

「盤上の…」

「駒?」


 トゥレンとペルラ王女が復唱し、俺達三人は顔を見合わせた。


「盤上の駒、とは遊戯盤の上に配置する手駒のことか?」

「うん、そう。この言葉の意味は全くわからないと思うけど、その内に気付くと思うよ~。君らは多分今、運命の岐路に立っているから。」


 ――『盤上の駒』に『運命の岐路』など、ユスティーツの言うことは俺達にさっぱり理解出来なかった。


「仲間だと言いながら、その実はぐらかそうとしているわけではないんだな?」

「…そう取られても仕方はないけど、そのつもりはないねぇ。何度も言うけど、君らには助けて貰った恩があるんだよ~。だからその分はきちんと返したいんだ~。」

「その恩と言うのもな…〝君ら〟と言うからには、恐らく俺とレンを指しているのだろうが――」

「少なくとも俺に覚えはありませんよ。」

「…そうかい?でも、そうだねえ…なにも話さなければ納得はして貰えないだろうから、せめてここで以前の僕のもう一つの姿を見せようか~。」

「もう一つの姿…?」


 有翼人種(フェザーフォルク)の黒翼以外にも、まだなにかあるのか…?


「まあこれで君らに嫌われるのなら、それまでだしねぇ。」


 そう言うとユスティーツは、先ず背中に漆黒の二枚羽根を出現させてバサリと広げ、続けて俺達の前でなにかの魔法を唱えた。


「「!?」」


 ――瞬間、俺とトゥレンは発動した魔法光の中で現れた者に、それがユスティーツだとわかっているのにも関わらず、後退り身構えてしまう。


 なぜならそこに立っていたのは、以前『護印柱』で俺とトゥレンが協力し必死に倒した、あの身体が腐りかけて真っ黒い羽根の生えた狂人『フェザーフォルク・ラルウァ』だったからだ。


『あはは、やっぱりこれを見るとそんな反応になるかぁ…驚かせてごめんねぇ、見せない方が良かったかなぁ。』


 悲しげに笑うとユスティーツはすぐに魔法を解いて元の姿へ戻った。


「おまえはあの時の…?どうなっている…俺達が確かに殺して、おまえは俺に〝ありがとう〟と告げながら消えたはずでは――」

「そこまで覚えてたんだ~…うん、その時に多分君は足下に落ちていた僕の『蘇生珠』を拾ってくれたんだよねぇ。それが上手く同胞の手に渡り、僕は奇跡的に国へ帰って生き返ることが出来た、というわけなんだ~。」

「蘇生珠?」


 そう言えばあの時、緑色に光る結晶のような物を拾ったが、あれはリカルド・トライツィが持ち去ったはず…まさかあれのことを言っているのか?


「――で、どうかなぁ…僕が恐ろしいかい?もう一緒にいるのは駄目かなぁ。」


 ハッとした俺はすぐに首を振って返事をする。


「いや…そんなことはない。寧ろせっかく秘密を打ち明けてくれたのに、驚いて身を引いてしまいすまなかった。」

「え…?」

「なにか事情があってあんな姿にされていたのだろう?それにおまえは〝まだ〟話せないと言ったが、〝俺達には〟話せないとは言っていない。それはいずれ話せるようになれば、相談してくれると言う意味だろう。」

「うん…信じてくれるのかい?」

「ああ、少なくとも俺は信じる。…レン、おまえはどうだ?ルラはどう思う?」


 呆然とするトゥレンと青ざめているペルラ王女を順に見て、俺は尋ねた。


「俺はその…リグがそう仰るのなら信じます。驚きはしましたが、実際ユスティーツは俺達を助けてくれていますから、仲間であることに疑いはありません。」


 その前にトゥレンは『(スコトス)の眼』によって、初めからユスティーツの俺に対する感情が見えているはずだ。

 その時点で『赤い光』を放っていないことは、聞かなくてもわかるだろう。


「私は……ええ、私も驚きましたけれど、ユスティーツのことは信じられますわ。」


 落ち着きを取り戻したペルラ王女もそう言うと、徐々に顔色も戻って安堵の表情を浮かべるようになった。


「わあ、嫌われることを覚悟していた僕の方が間違ってたみたいだ…ありがとう。――それでね、凄く言い難いんだけど…後で必ず合流するから、少しの間私用で出かけて来てもいいかなぁ?」

「頻繁に連絡を取っていることと関係があるのか?」

「うん。僕は僕の目的のために色々と動いていて、そのことに関する連絡を知人から受けたんだ。ちょっと厄介そうだから、僕が行かないと駄目そうでね…一週間か、そのくらいはかかるかもしれない。本当は大事な時期だから君らの傍を離れたくはないんだけど…僕にとってこっちも大事なことなんだ、ごめんね。」

「謝らなくていい。個人的な用が出来ることは誰にでもあるだろう。仲間だからと言ってそんなことまでパーティーに縛られる必要はない。」

「そう言ってくれると助かるよ~。用が済み次第なるべく早く戻るから、君らは予定通りメル・ルークを目指してね。あと、シニスフォーラには絶対に行ってはいけないよ?念を押しておくからね。頼んだよ、リグ。」

「ああ、わかった。」


 ――もしやユスティーツはそれが心配ですぐに離れられなかったのか?


 ふと俺がペルラ王女を心配していたように、ユスティーツも同じことを考えていたのではないかと思う。

 俺に〝頼んだよ〟と言い、わかったと返事をすると、あからさまにホッとした表情を浮かべたからだ。


「それじゃあ、悪いけどすぐに行かせて貰うね。その方がきっと早く戻って来られるから。」

「ああ。…またな、ユスティーツ。戻るのを待っている。」

「うん、またね…リグ。それから、レンとルラもだよ。」

「了解しました。」

「ええ、またですわ、ユスティーツ。」


 俺達三人が笑顔で見送ると、ユスティーツは後ろ髪を引かれるような表情で微笑み、転移魔法でどこかへ消えて行ってしまった。


「――さすがに驚きましたね…まさか護印柱で倒したのがユスティーツだったとは思いもしませんでした。確かに元は羽根の生えた人間だったことからも、あり得た話なのでしょうが…」

「ああ。しかもユスティーツの話だと、有翼人種(フェザーフォルク)という種族は〝蘇生珠〟とやらがあれば生き返ることができるらしいな。」

「ええ。それにあの悲惨な状態を思えば、我々に〝助けられた〟と言うのも納得できるような気がします。生きながら実験体にされて狂い、肉体が腐りかけているのに死ぬことすら出来なかったようでしたからね。」

「……そうだな。」


 ユスティーツが『フェザーフォルク・ラルウァ』だった…ならばあの時、狂った彼の口からレインの名前を聞いたのは…?


 ――ルーファスは俺の目の前でレインに変わり、死の直前レインの名前を口にしたフェザーフォルク・ラルウァは実はユスティーツで…ユスティーツはルーファスと知り合いでもある…このことからやはり繋がっているのか?


 どういう知り合いなのかは聞かないで欲しいと言われたが、ユスティーツが戻ったら思い切ってルーファスとレインのことを尋ねてみよう。

 彼は俺の養父(ちち)がレインであることを知らないだろうから、そのことを話せばなにか教えてくれるかもしれない。


 この時の俺は改めてユスティーツとルーファス、そしてレインのことで頭が一杯になり、トゥレンとの話に夢中で傍にいたペルラ王女が話しかけて来ないことを、さして不思議にも思わなかった。


 …が、徹底した規則に縛られている軍の指揮官とは異なり、守護者パーティーのリーダーと言うのは、俺のようにすぐに自分のことで手一杯になってしまうような人間にはきっと向かないのだろう。

 その証拠に、ユスティーツが俺達から離れたこの夜、彼に頼むと言われたにも関わらず、ペルラ王女がこっそり宿を抜け出して一人姿を消したことにも翌朝まで気づけなかったのだから。




 

次回、仕上がり次第アップします。

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