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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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242 主従の絆

メソタニホブ近郊からユスティーツの転移魔法で移動したトゥレン達は、魔物駆除協会にあるミーティングルームでライの身に起きたことについて話をしているようでした。やがて目を覚ましたライはぼんやりとその話を聞きながら、自分の頭を整理しますが…?

           【 第二百四十二話 主従の絆 】



「――ライ様のお身体に異変が起きたのは、その体内に存在する『欠片(かけら)』の所為だったと言うのですか?」


 ――俺が僅かに重い瞼を開いた時、すぐ近くから久しぶりに直に聞くトゥレンの声が耳に届いた。


「まあ、ざっくりと説明すればそうなるねぇ。ただ普通はあんなことにならないと思うんだけど…君達の話だと彼はずっと意識のない状態にあったんだよね?そのせいなのかなぁ…」


 どこか気の抜ける、のほほんとした声が答える。ここからその姿は良く見えないが、この声は…


 俺はまだ頭がはっきりして来ないぼうっとした状態で、聞こえてくる話に耳を傾けた。

 どうやらトゥレン達は今、俺自身も知りたいと思っている俺の身に起きたことの原因について話をしている様子だったからだ。


 周囲の眩しさに一度開いた目を再び閉じて、俺は話を聞きながら(うす)らぼんやり覚えていることについて頭を整理する。


「どういうわけか貴殿らはあの場でライ様と戦っていましたよね。その理由をまだ聞いていませんが、少なくともその欠片(かけら)の正体についてなにか知っているのではないのですか?」


 そうだ…そもそも俺は魔法も使えないただの人間なのに、あの恐るべき災厄と()()()()戦っていた。俺のどこにあんな力があったと言うのか…普通ならあり得ないことだろう。

 それにトゥレンの言う〝欠片(かけら)〟とは、恐らく()()のことだとは思うが…戦闘中に何度かマーシレスが『欠片の分際で』と悪態を吐いていたような気がする。

 つまりカラミティ達とユスティーツは、俺がああなることを知っていたのではないのか…?


「うーん、なんと言えばいいかなあ…正確には『わからない』かな。僕は彼があの状態になって初めてその存在に気づいたようなものだし、発現した能力(ちから)を見て幾つか仮説は立てられてもいる。でもどれもまだはっきり〝こうだ〟と言えるような状況にはないんだよねえ。」

「確実な答えは出ておらず、憶測で物を言うことはできない、と…そう言いたいのですか?」


 少し呆れたような声でトゥレンは要約する。どうやらわざと語尾を伸ばすような話し方をするこの声の主は、相手の口から先に言わせることで上手く追及を回避する性質(たち)のようだ。

 そう言った気質の持ち主は他者に言えない秘密を多々抱えているとも聞くが、良く言えば自分の発言に責任を持つ慎重派であり、悪く言えば狡猾で腹に一物と言う場合もある。


 まあ単に面倒くさがり屋だったり、言葉を選んでいるだけかもしれないが…


「そうそう、それだね。それと僕らがあの場にいたのは、一応『偶然』じゃあない。予めメソタニホブでなにか起きることを〝知っていた〟からなんだ~。残念ながら僕は部外者で詳しいことは良く知らないんだけどねえ。」

「はあ…胡散臭い。――ですが俺は貴殿のことを良く知りませんので、手を貸して頂いたことに感謝こそあれど、これと言って嘘を吐いていると疑う根拠は思い浮かびません。」

「あはは、ありがとう~」

「…笑いながら礼を言われることではないと思うのですが。」


 その声の調子から嫌味が通じずに、トゥレンの苦虫を噛み潰すような顔が目に浮かぶ。


「あの…ユスティーツ様、その異物をライ様の身体からなんとか取り除くことはできないのでしょうか。今後また同じような状態になる可能性も残されているのでしょう?あのようにご本人の意志に関わりなくお身体を乗っ取られてしまうなど、ライ様御自身も望まれるはずはありませんわ。」


 〝ユスティーツ〟…そうだ、この声の主は背中に大きな黒翼のある、有翼人のユスティーツだ。

 なぜカラミティといた彼がトゥレン達とここにいる…?


「トゥレン…、ペルラ王女…」


 ――声が、出せる…


「「「!」」」


 手も、きちんと俺の意思で動いている――


 自分の身体が思い通り動かせることに気付いたその時、俺の声を聞いたトゥレンがガタンッ、と音を立てて慌てたように椅子から立ち上がり、横たわる俺の元へとすぐさま移動してきた。


「ライ様…!!」


 滑り込むようにして脇に跪いたトゥレンに続き、椅子から立ち上がって口元を両手で覆いつつペルラ王女はその背後から俺を見る。


「ああ、良かった…お気がつかれましたか…!どこかお身体に痛む所はございませんか?ご気分が悪いなどは――」

「………」


 こんなに図体がデカいくせに、トゥレンは必死な顔で鼻の頭を赤くしながら黄緑色の瞳に涙を滲ませている。


 ようやく自分の身体を取り戻せた…トゥレン、おまえが俺をあの地獄から助け出してくれたんだな。


 あんな状態の俺を見ても変わらず、真っ先に守ろうとしてくれたその忠義に、俺の方が涙ぐみそうになって思わず顔を逸らした。

 とてもではないが恥ずかしくて、こんな顔を見せられた物ではないからだ。


「ラ、ライ様…?」


 だがその不安げな声に俺は一呼吸置いてから気を取り直すと、トゥレンの目を見てしっかり答える。

 まるで憑き物が落ちたかのように、こいつへの疑念や殺意にも似たあの負の感情は綺麗さっぱり消え失せていた。


「…それは大丈夫そうだ。悪いが手を貸して貰えるか…?まだ身体が自分の物ではないような感覚が少し残っているんだ。」

「は、はい…!!」


 瞬間、ぱあっと嬉しそうな顔をして俺の背中に手を伸ばし、トゥレンはゆっくりと支えながら上体を起こしてくれた。


 情けのない…俺はこいつに、なんと言って謝ればいい?散々突き放しておいてこの為体(ていたらく)だ。

 正直言えば、あまりの気まずさに穴があったら入りたいぐらいだった。


「やあ、こんばんはライ様。その様子だとあの状態でも多少なりと意識があったみたいだね。」


 ふわりと穏やかな笑みを浮かべ、ユスティーツは身を屈めてトゥレンの脇からこちらを覗き込んだ。

 その顔をまじまじと見て、紅翼の宮殿で初めて会った時のことを思い出す。あの時はまだ目が良く見えず、彼の顔をこうしてはっきり見るのはこれが初めてだ。


 …?この顔…城で会う前にもどこかで見たような――


 …気のせいか?


「ああ、そうだな…おまえとマーシレスを奮ったカラミティに、もう一人仮面の男の三人で随分と好きなように甚振ってくれた。」

「ええっ!?あれれ、もしかして怒ってる??」


 困ったように右耳の後ろを掻きながら首を傾げる彼に苦笑し、俺は大きく息を吐いて心を落ち着けると横に首を振った。


「いや…冗談だ、怒ってなどいない。俺がこうして元に戻れたのはおまえ達のおかげもあるんだろう。寧ろ礼を言わねばな…感謝する、ユスティーツ。」

「わあ、結構酷いことをしたのにそう言ってくれるんだ…うん、どういたしまして、だね。」


 にこっと微笑んで頷くユスティーツから、俺は再びトゥレンへ視線を移した。


「――その…色々とすまなかったな、トゥレン。助かった…ありがとう。」

「…っっ…ラ、ライ様…俺は、俺はぁ…~~~~~っ」


 場都の悪い俺がそれでもどうにか礼を言うと、トゥレンは感極まったかのように腕で目元を覆い隠し、俯いて言葉に詰まってしまう。

 本当なら愛想を尽かされて、いつ見限られても不思議なかっただろうに…お人好しな奴だな。


「ああ、本当にライ様なのですね…元に戻られてようございましたわ。」

「…貴女にも随分ご迷惑と心配をかけてしまった。申し訳ない…ペルラ王女。」

「いいえ…それと今は『ルラ』とお呼びくださいな。」

「ああ…偽名を使っているのだったか、わかった。ところで…ここはどこなんだ?」


 飾り気のない会議室のような殺風景な室内に長机が四つくっつけて並んでおり、多人数が一度に座れるよう木製の椅子が数多くセットされている。

 俺はその部屋の壁際にある、二つ並んだ長椅子の片方に横たわっていたようだ。


「ここはシェナハーン王国のバセオラ村にある、最近できたばかりのギルド支部だよ。今いるのはハンターフロアのミーティングルームさ。」

「バセオラ村?…あまり聞かない名前だ。」

「それはそうだろうねぇ…この辺りは変異体に滅ぼされて以降ずっと放置されていたらしいんだけど、SSランク級パーティー太陽の希望(ソル・エルピス)のリーダーが支援して復興されたばかりなんだ。――君も知っているんじゃないかなぁ?エヴァンニュ王国出身のSランク級守護者、ルーファス・ラムザウアー氏。ここはあの方の知人が数多く住んでいる村だから、結束が固くてとても安全なんだよ~。」

「!」


 ルーファスが支援して復興した村だと…?


「その口振り…もしやユスティーツはルーファスとも知り合いなのか?」


 驚いた俺はもしそうなら、ルーファスとレインの関わりについてなにか聞けるかもしれないと、ほんの一瞬期待した。


「あー…僕への最初の質問が()()なんだ。…うん、まあね。でもごめん、先に言っておくけど、どういう知り合いかは聞かないで欲しいなぁ。あの方のことは僕の都合で、おいそれと口にするわけにはいかないんだよねえ。」

「……そう、なのか…」


 なにか聞く前に予防線を張られてしまったか…つまりは俺がルーファスについて尋ねることを、(はな)から予想していたと言うことなのか?

 ユスティーツとルーファスはどういう知り合いなんだ…却って気になるじゃないか。


「――ライ様、色々と知りたいことはあるでしょうが、先ずは宿を借り、食事と休息を取りましょう。ルラ様が治癒魔法を施してくださったとは言え、俺はライ様のお身体がなによりも心配なのです。俺が…ライ様のご指示だったと言えど、俺があのようなことを、ライ様に…っ」


 思い出して青ざめ、カタカタとその手を震わせるトゥレンは、俺が心臓を貫けと言って実行に移させたことを酷く気に病んでいる様子だった。


「そのことはもう気にするな、礼を言っただろう?」

「……はい。」


 あの時トゥレンが俺の身体に殺されそうになり、強くやめろ、と思った瞬間…俺は俺の身体の主導権を一時的に取り戻せた。

 なぜそうすればいいとわかったのかは不思議だが、咄嗟に闇の主従契約を結んだトゥレンの攻撃であれば、心臓を貫かれても死なないだろうと思った。

 つまりは俺とトゥレンの間にある主従契約の絆が、俺を元に戻してくれたと言っても過言ではなかったのだ。


「話は纏まったかい?それじゃ移動しようか。」

「…そうですね。――立てますか?ライ様。」

「ああ、問題ない。」


 ふらつく足にぐっと力を込め、暫くぶりに自分自身で立ち上がる。思ったよりも動けるようになっていそうだ。


「ルラ殿の回復魔法のおかげか…俺は貴女にも返し切れない借りができてしまったようだな。」

「ふふ、お構いなく。私はレン様が喜んでくださるのなら、それだけで嬉しいのですわ。」


 淀みなくそう言ったペルラ王女に目を丸くする。


 ――そうか…なぜこの二人が共にいるのかとも思っていたが、ペルラ王女は恋心をようやくトゥレンに告げられたようだな。


 そう思ったのだが、横でそれを聞いていたトゥレンの方は煮え切らない態度で目を逸らしている。

 そのことから、思いを告げただけでまだ上手く言ったとは言えないような関係にあることだけは察した。



 その後ユスティーツを含めた俺達は、村に一軒しかない大きな宿の一室を借りて簡単な食事を済ませたのち、ペルラ王女の寝台だけを簡易的な間仕切りで隔て休息を取ることにした。

 そうして翌朝目を覚ましてから互いのこれまでの出来事について話すため、俺はカレン・ビクスウェルト殺害と国王暗殺未遂の二つの件で憲兵所に拘束されてからのことをトゥレンと王女に聞かせる。


 但しそこにあの白髪銀瞳の暗殺者と殺されたジャンの事は含まなかった。


「俺の方の経緯はこんな感じだ。ユスティーツ、おまえはカラミティがなぜ俺を攫ったのか、その理由についてなにか知らないか?」

「うん、悪いけど知らないよ。そもそも君が攫われていたことも、ルーファス様の手で逃がされたことも今初めて知ったね。これだけは勘違いしないで欲しいんだけど、僕は別にカラミティと親しいわけでも仲間だと言うわけでもないんだ。今回は偶々利害が一致したから協力しただけでね、彼らは(わざわい)そのものだから…関わると碌なことにならないって身に染みて知っているんだ。」

「……そうか。」


 ――さらりと仲間であることを否定したが…全て真実を言っているかどうかは少し怪しいな。


「俺はてっきりカラミティとマーシレスに言われてここにいるんじゃないかと思ったんだが…違うんだな?」

「違うよ。」


 その真意を探ろうと揺さぶりをかけてみるが、ユスティーツは俺にキッパリと否定する。

 もしこれで嘘を吐いているとするのなら、相当な曲者だが…


「うん?」


 じっとその目を見つめる俺に、彼はにこっと笑んで首を傾げた。


 ――なにも聞くなと言いながら、ルーファスと知り合いであることは隠さなかった…それだけでも今は良しとするか。


「次はトゥレン、俺がカルト教団ケルベロスの信者…ティトレイとユーシスに憲兵所の地下から連れ出されて以降のことと、おまえとペルラ王女の事情を聞かせてくれ。」

「は…はい。――ですがなにから話せば良いのか…」

「…イーヴ達はどうしている?その後あの男は()()()のか?」

「ライ様…!」


 俺がわざと皮肉りながらそう言った瞬間、サッと顔色を変えたのはトゥレンでなく、ペルラ王女だった。


「わお、辛辣だなあ。あの男って誰?」


 その空気を吹き飛ばすように茶化しつつ、臆しもせずに突っ込んでくるユスティーツに、トゥレンと王女は押し黙る。


「エヴァンニュ王国の国王…ロバムのことだ。俺は認めないが、実の父親らしい。」

「えっ、そうなのかい!?」

「ああ。」


 俺が頷いてあっさりそう告げると、ユスティーツ以上に驚いていたのはトゥレンの方だった。


「なんだ?」

「え…あ、いえ――」


 恐らくだが、トゥレンは俺が俺の秘密をユスティーツに打ち明けたことが余程意外だったのだろう。

 だがここはもうエヴァンニュではない。あの国から出られさえすれば、俺はもう俺の意思でどこにでも自由に行くことができる。

 それに王都へ戻ってもリーマはもう俺を待ってはいないのだ。俺自身に愛する気持ちは多分に残っているが、彼女からははっきりと別れを告げられている。

 そのことからも俺に戻る気がなければ、ユスティーツに素性を知られた所でさして困ることもないだろう。…そう判断しただけだった。


「それで?」

「――…そうですね…、先ず俺はエヴァンニュ王国軍から既に退役し、パスカム家へも自ら廃嫡を申し出てなにもかもを捨てこの場におります。」

「な…」


 なんだと…!?


「現在の俺は守護者の資格(ハンターライセンス)を得た単なるBランク級の冒険者です。」

「おい…!!」


 あはは、と苦笑いを浮かべそう言ったトゥレンに対し、あまりにも驚いた俺は思わず椅子から立ち上がり、テーブルに両手を着いて向かいに座るトゥレンへ身を乗り出した。


「なぜそんなことになっている?一体なにがあったんだ…!!」


 トゥレンは言葉少なに、尚且つ簡単でも要点を纏めてここまでの経緯を俺に話した。

 それによると俺がケルベロスによって連れ去られた後、あの男が臥せっているのを良いことにシャール王子が王太子となり、事実上の王権をイサベナ王妃と共に牛耳ることとなったらしい。


「我々はシャール王子の命によりライ様の側付きである任を解かれ、俺はなににも縛られずにライ様をお捜しするため辞表を出し、イーヴは陛下の側近に戻りました。」

「――そんなことが…」


 あれほど誇らしげに近衛への昇進を喜んでいたトゥレンが、まさか軍籍を抜けるとは…しかし廃嫡まで申し出るとは少し行き過ぎではないのか?


「それと現在王宮近衛指揮官の任にはエルガー・ジルアイデン殿が就かれ、ライ様の軍籍はその物が既に抹消されていることでしょう。」

「……そうか。」


 しかもイーヴは関係がギクシャクしていたトゥレンとも訣別し、俺の元を離れてあの男のところへ戻ったのか…最初からわかっていたこととは言え、無意識に頼っていたイーヴがいなくなったと知り胸が痛まないと言えば嘘になるな。

 寂しくは思うが…それでも恨む気はない。寧ろあいつもこれまでずっと俺のことを支えて守ってくれていたのだ。…そう思うと感謝しかないだろう。

 それにイーヴが側近として残ったのなら、幾らシャールが愚かでもそこまで国が悪くなることもないだろうしな。


 ――しかし軍籍を消されていると言うことは、同時に俺の王族としての籍もなくなり、もし生きていても二度と戻って来るな、と言うことだな。

 暗殺者を向けられる可能性はまだ残っているが…王妃念願の王太子にシャールが就いたことで、いずれそれもなくなるだろう。


「ふ…くくっ…あはははははは!!!」


 そうと理解した瞬間、俺は喜びに湧く感情が腹の底から込み上げて来て、思わず大笑いせずにはいられなかった。


「ははっ、あはははははっ、ははははッ」


 腹を抱えて笑う俺にトゥレンとペルラ王女は青ざめて表情を凍り付かせ、ユスティーツはキョトンとした顔をして首を傾げていた。


「あー…すまない、少し笑い過ぎだな…くくくっ、それにしても…イサベナ王妃とシャールの行動があまりにも想像通り過ぎて可笑しかった。これであの男が目を覚ましたのなら、どんな顔をするのか…見られないのだけが少し残念だな。」

「ラ、ライ様…」


 トゥレンはかなり複雑そうな顔をして俺を見ている。


 そんな顔をするな、トゥレン。多少俺の中にも思う所はあるが、それでもやっとあの男の手から逃がれられたと思う喜びの方が大きい。

 これで俺はこの先の人生を自分の思う通りに生きて行けるだろう。ようやくだ…ようやく、自由になれる。


「そうか…では俺はこれで本当に自由の身になったのだな。どうせあのイサベナ王妃とシャールのことだ、生きてのこのこ城へ戻ったのなら直ぐさま殺せとでも命じていたんだろう?――誰があんな場所へ戻るか。」

「――陛下との縁が切れたというのがそんなにも嬉しいのですか…?」


 トゥレンのその一言に、俺は笑うのを止める。…当たり前だ。


「俺が王位に就くことを望んでいたおまえとイーヴには悪いが、本音を言えばその通りだ。俺にとってエヴァンニュの城は監獄も同然だった。やりかけで残した仕事のことなど、心残りが全くないかと言われればまた別だが…それでも自ら望んで戻ろうと思うことはないだろう。二度とエヴァンニュ王国の地は踏みたくないぐらいだ。」

「「………」」


 エヴァンニュが祖国であるトゥレンに対し自分でも酷い言い草だとは思うが、これだけ言っておけばトゥレンも城へ戻ろうとは言い出さないだろう。

 いや、その前に…軍籍すら抜けてきたトゥレンを、俺との主従契約から自由にすることも考えるべきかもしれん。

 こいつのことだ、俺との間に永遠に続く闇の契約があるから、ペルラ王女の思いに応えることはできないとか悩んでいそうな気がする。

 その目を覚まさせてやることは、恐らく俺にしかできないだろう。


 意気消沈したかのように黙り込むトゥレンとペルラ王女に、俺はほんの少し罪悪感を抱きながら続けた。


「――城の状況はそれでわかったが、おまえと王女の話がまだだ。ここまでの話を聞くに、俺がいなくなったことでシャールが王太子となり、王女の意に反して婚約者をすげ替えられたのか?」

「ライ様…良くおわかりになられますのね。」

「貴女の価値を考えればあり得ることだろう。…しかし俺の見立てでは、兄君であられるシグルド陛下がそれを許すとは到底思えなかったがな。」


 シニスフォーラの国王殿でお目にかかったシグルド陛下は、随分と妹であるペルラ王女を大切になさっているように見えた。

 その陛下が明らかに不幸になると目に見えている結婚を、政略のために認めるとは少し予想外だ。


「オイフェ兄様は…変わってしまわれました。私は立太子式にて唯一他国の王族として参加されたお兄様に、後生です、シャール殿下との結婚だけはお許しくださいと申し上げたのですが…国のためだと冷たく手を振り払われてしまいました。」

「あのシグルド陛下がか…」

「ええ。――それ以降は紅翼の宮殿で部屋に閉じ籠もり、殿下と王妃様の言いつけにより食事だけは共にするよう仰せつかっていたのですが…」


 そこまで言うとペルラ王女は声を詰まらせ、口元を右手で覆うと青ざめながら気分悪そうに震え出した。


「王女?思い出すのが辛いのなら、なにも無理はしなくていい。」

「いいえ…いいえ、ライ様、どうかお聞き下さい。――シャール殿下は…ミレトスラハから帰国なさる際に、周辺の町村から何人かの若い女性を攫ってアンドゥヴァリ内に監禁し、口にするのも憚られるような酷い乱暴を働いていらしたようなのです。」

「「…!?」」

「な、中には妊娠初期にあったような方もおいでだったようなのですが、エヴァンニュ王国へ近付くと御自身の所業を王妃陛下に咎められることを怖れ、アンドゥヴァリの甲板から…その方々を、そ、外へと投げ捨てたのだと仰いました…っ」

「な…」

「そ、それは真ですか!?ルラ様…!」

「わ、わかりません…ですが自慢げにそう仰っていたことから、私は嘘だとは思いませんでした。」


 ミレトスラハから帰国する際に、と言うことは…国境を接する他国の町村から気に入った女性を集めたのか。

 戦地であの馬鹿が指揮を執っている姿などただの一度も見たことはなかったが、配下の優秀な参謀以下に陣頭指揮は任せ、湯水の如く軍費を使い込み周辺の街で遊び歩いているという噂は真実だったらしいな。

 露見すれば大きな国際問題だが、あの暴君王子には元よりそんな考えにも至らないことだろう。

 その上被害者の女性達が既に殺されているとなれば…訴えることもできん。


「あの方は真実恐ろしい方です。人の命をなんとも思われておられない…食事の度にそのようなお話ばかりを聞かせられ、私はとてもではありませんがもう耐えられませんでした…っ」

「………」


 ――俺は王女になにも言うことはできなかった。なぜなら俺は、そんな話を聞かされても自分が自由になることを望み、シャールが王位に就こうとしていてもそれを止める気が全くなかったからだ。


 十七年間も行方不明だった俺を探し出すより、生まれつき王族として育った息子をまともに育てれば良かっただけの話だろう。

 愚かな息子を甘やかし好きにさせていたことで国が傾くのは、あの男とイサベナ王妃の責任だ。…俺には関係ない。


 その後トゥレンからペルラ王女の希望により城から逃亡する手助けをしたことや、国境を越えるつもりで北を目指していたのに、異種族の集落へ紛れ込んでしまったこと、挙げ句に全く違う方角へ彷徨い出て辿り着いた村で偶然意識のない俺を見つけたこと、その村がエヴァンニュ最南部辺境にある『ヴァハ』という村だったことなどを聞いたのだった。


「なぜ北を目指していたのに、南部の辺境へ辿り着くんだ?デゾルドル大森林からヴァハの村まで、一体どれほどの距離があると思っている。」

「そ、それは…すみません、追々ご説明致します…」

「……?」


 トゥレンはなにか説明し難いことでもあるのか、俺のように一部を隠した状態で要点だけを話した様子だった。



「………」


 ライとトゥレン、ペルラ王女の話を横で黙って聞いていたユスティーツは、三人の話を邪魔しないように気配を殺しながら思案に耽る。


 ふうん…、なにやらそれぞれ随分と複雑な事情を抱えているみたいだなぁ。それもこれもカラミティとマーシレスの言う通り、手を出すべきでない存在が悪戯に介入しているからか…このことを()()()はどこまで把握なさっているのだろう?

 …まあそれでも、僕は僕のやりたいようにやらせて貰うしかないわけだけど…受けた恩の分くらいはやっぱり返したいよねえ。


 ま、当分はできるだけライ様の傍にいるつもりだけど。


 ――真剣に話し続けるライ達を眺めながら、ユスティーツは小さく口の端で微笑んだのだった。



「――ではおまえと王女はベルデオリエンスに向かうつもりなんだな?」

「え、ええ…はい、そのつもりだったのですが…」


 ごにょごにょと口籠もりながら、いつまでもはっきりしないトゥレンに俺はイラッとする。

 なにか言いたいことがあるのならさっさと言えばいいだろう。そう思わずにはいられなくなるからだ。


「つもりもなにもない。なぜ実家に廃嫡を申し出たのかと思ったが、王女を攫った、若しくは駆け落ちしたとの噂が流れ、パスカム家に謂れのない罪が及ぶことを怖れてわざわざ家族との縁を切ったんじゃないのか?」

「!…そ、その通りです…。」


 なんだその意外そうな顔は。俺におまえの気持ちは理解出来ないとでも思っているのか?


「ならばイーヴがすぐに追っ手のかからぬようお膳立てをしてまで手配してくれたことだ、最後まで責任を持つのが当然と言うものだろう。」

「それはそうなのですが…」


 はあ…こいつはなにをまだぐじゅぐじゅしているんだ?


「ベルデオリエンスを目指すのなら、当面の問題はこのバセオラ村からどうやって守護騎士(ガルドナ・エクウェス)にも見つからず、シェナハーン国内を抜けてメル・ルークまで行くかだな。」


 ――普通に街道を馬車などに乗って移動するには、ただ外見を魔法石で変えるだけでは駄目だ。

 途中に検問があれば身分証の提示は必須となるし、俺とトゥレンの名前はこの国に知られ過ぎている。先ず隠すのは不可能だろう。


守護者の資格(ハンターライセンス)を持っていても身元の詐称は無理だな。エヴァンニュ王国とシェナハーン王国での間だけならともかく、この国から出るにも最終的に国境の検問は避けられん。どうするか…」

「それだけでなくルラ様にはそもそも身分証自体がありません。ここへ来たのと同様に、ユスティーツ殿の転移魔法で移動すればメル・ルークへの入国も可能でしょうが、結局はまたそこでも密入国で捕まってしまうでしょう。」


 …ちょっと待て。今さらりと聞き流せないようなことを言ったな…


 俺が突っ込もうかと思ったその時、透かさずユスティーツが口を挟んだ。


「あ、その前に僕はこの国でやることがあるから、そもそも転移魔法でメル・ルークに渡るつもりはないよ。」

「えっ!?」


 やはりか…なにを前提にして考えている?トゥレン…


「えっ、ではない。トゥレン、おまえは最初からユスティーツの力を当てにして旅を続けるつもりだったのか?…さすがにそれは俺でも呆れるぞ。」

「しかし他にどうすれば…そもそもライ様はどうされるおつもりなのですか?」

「……なに?」


 なぜそこで俺に振る?


「俺はどうする、とはどういう意味だ。」

「で、ですから――」

「ライ様、レン様の当初の目的は、国内では一向に見つからない貴男様を探し出すことだったのです。…私を送り届けるのはあくまでもその()()()であり、レン様はライ様から離れるおつもりがないのですわ。」


 寂しげに微笑みながら、ペルラ王女はトゥレンの言いたいことを代弁する。


 トゥレン、おまえ…王女にこんな助け船を出されて、男として恥ずかしくないのか。


 呆れた俺はトゥレンをギロリと睨んだ。――瞬間、トゥレンはビクッと身体を揺らして気まずそうに引き気味となる。


「…おまえは俺をそこまで薄情な人間だと思っているのか。」

「は…?」

「おまえが王女をベルデオリエンスまで送り届けるのなら、当然俺も一緒に行くに決まっているだろう。俺はエヴァンニュには戻らないと言ったはずだ。具体的にどうするかはこれからゆっくり考えるが、それでもこんなに世話になったルラ殿をほったらかしにする気はない。――元々俺は初めからルラ殿の味方なんだ。そうだろう?」


 シニスフォーラの国王殿で俺と王女が交わした取引は、俺とリーマが別れた後でもまだ有効だ。

 残念なことに俺は彼女と結ばれることはなくなったが、王女のトゥレンへの思いは継続中なんだ。

 人の思いは他人がどうこうできる物でもないが、それでもどうせならペルラ王女には友人として幸せになって欲しいと思う。


「ライ様…ええ、そうですわね…!確かにそうでしたわ…」


 俺の言葉に涙ぐむペルラ王女は、思いを告げても未だトゥレンに片思いをしているのと変わりないようだ。


「うわあ…レンさんって無口でも無愛想でもないけど、案外女心に疎い朴念仁なんだねぇ。ライ様への忠誠心は見事だけど、王族でなくなったんならライ様とは友人になるんじゃないの?あんまり重すぎるとライ様に嫌われるよぉ。」

「「!?」」


 思わず俺はトゥレンと顔を見合わせた。


 ――そうか…これからは闇の主従契約があっても、もう俺とトゥレンは表向きその関係にはなくなる。

 友人になれるかどうかはまた別だろうが、それでも俺も態度を改めなければならんな…


「あとさ、揉めてる所申し訳ないんだけど、君らのことに関しては既に僕の方で手を打たせて貰っているんだよね。」

「「「?」」」

「もう嫌だなあ~、さっき言ってたじゃない…〝身分証〟のことだよ~!」


 いきなりなにを言うのかと思えば、その後俺とトゥレンはユスティーツの顔の広さに非常に驚かされることになった。



『――ああ、お初にお目にかかります。私の名は〝ウルル=カンザス〟。顔の見えない正体不明の存在を信用しろと言う方が無理でしょうから、現映石(シーナリー)を通して対面することに致しました。』

「おはよう~、ギルマス。今回も無理を言ったみたいで申し訳ないねぇ。」

『本当ですよ、ユスティーツ。私から無理やりあの御方に頂いた貴重な魔法石を分捕って行っただけでなく、このような厄介事を持ち込んでくるとは…ですがライ・ラムサス殿には以前こちらの無理な要望に対応して頂いたというご恩があります。よってできる限りのことはさせて頂くことに致しますよ。』


 ――その現映石(シーナリー)を通し、まるで映像付きの通信機のように現実時間でユスティーツと会話しているのは、驚いたことに魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の管理・運営を担うという事実上の頂点、『ギルドマスター』だった。


「まさか現映石(シーナリー)にこのような使用方法があったとは…知りませんでした。」

「あー、無理もないよねえ…これはまだ開発中だそうだしね。」

『…余計なことは言わない方が身のためですよ。』

「はいはい。」


 驚愕するトゥレンにユスティーツは軽口を叩く。俺は魔法石のことよりも、その一切が謎に包まれていた魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の運営者が、実在していた事の方が驚きだった。


「大変失礼だが、本当に貴殿がギルドマスターで間違いないのだろうか…?」

『ええ、相違ありません。――見ての通り〝異種族〟ですが。』


 冷徹な印象を受ける端整な顔立ちに人のそれとは異なる、薄青い肌。濃い紫の髪に灰色の瞳をしており、額には宝石の様な白い石が埋め込まれていた。

 一見すると中性的でもあるが、俺にご恩があると言うわりには決して一線を越え踏み込むことを許さない、堅固な壁のような警戒心を感じる。


 彼を見て人ではないなと思った、そんなほんの一瞬考えたことさえも見透かされたようで、俺は背中に冷や汗を掻いてしまう。

 それ越しでもわかる…この相手は、到底俺やトゥレンのような普通の人間が太刀打ちできる存在ではなさそうだ。

 そう思いつつ俺は、本当にギルマスなのかなどと馬鹿な質問をして後悔する。


『一通りあなた方についてこちらでも調べはついております。本来であれば国家権力に影響するような事案に関わること自体避けるべきなのですが、少々私の方にも複雑な事情がありましてね。――今回は個人情報特別保護制度により特例措置を取るべきと判断致しました。』

「と、特例措置…?」

『はい。――Bランク級守護者〝ライ・ラムサス〟、同じくBランク級冒険者〝トゥレン・パスカム〟両名のIDナンバー、及びID名を魔法処理し、常に偽名で表示される身分証を即時再発行致します。これにより等級を含めた活動情報は、運営者である私以外にパスコードを入力しなければ見られないようになります。』


 ――驚いたことにこのギルドマスターは、俺達の事情を汲んでそこまでのことをしてくれると言うのだ。


「ギ、ギルドは決して不正を行わないと聞いていたが、そんなことをして問題ないのだろうか…?」

『不正ではありませんし、情報を保護する特例措置だと言いましたよ。あなた方の場合、本来のIDカードではまともに生きて行くことは疎か、どの国へ行っても警察機構に捕獲され、最悪の場合国家間の政治的取引に利用されないと限りません。私はギルドを運営、管理する立場の者として、資格を有し協会に貢献する者をある程度まで保護する義務があります。』

「…Sランク級ならともかく、俺達のような中位ハンターでもか?」

『等級は関係ありません。即時再発行されるそのIDカードさえあれば、通常通りに依頼を受けることも魔物を狩って換金することも可能でしょう。つまりこの措置はギルドの公開情報を利用して、不当に追跡を行う存在からの保護を担うと言う意味です。――ここまでは理解出来ましたか?』


 ギルドマスターの話は、正に渡りに船という命綱とも言える救済措置だった。


 俺達はギルドマスターに深く感謝すると共にペルラ王女のことを相談し、最終的に彼女も臨時のIDカードを発行して貰うことになったのだった。


「これで身分証の問題と国境を越える手段は手に入った。後は外見を変える変化魔法石で見てくれを変え、普通のハンターとしてメル・ルークへの国境を目指せばいい。まさかこんな手筈を整えてくれるとは思いもしなかったが、本当に感謝する、ユスティーツ。」

「うん、どういたしまして。」


 俺達にここまでしてくれるその理由は今一つわからないが、少なくともユスティーツは味方だと思って良さそうだ。


「それにしても…魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)のギルマスとは少々怖い方でしたわね。」

「ああ、それね…多分僕が伝手を使って、かなり強引に頼んだからじゃないかなぁ?」

「な…なんと恐ろしい。一体なにをしたのですか、ユスティーツ殿。」

「別に…とある賄賂を約束して、それと同時に過去のことで脅迫しただけだよ。」

「……さらりととんでもないことを口にしたな。」


 ギルマスに渡す賄賂とは想像もつかないが、過去のことで脅迫するとは怖い物知らずだ。


「まあ、僕とギルマスの仲だから通じる手なのさ。彼とは昔からの古い知り合いでもあるんだ。」


 のほほんとした印象とは異なり、このユスティーツは案外やり手で油断のならない男なのかもしれない。

 どこまで信用して良いのか、わからなくなる。


「ああ、そうだ!折角だから僕ら四人でパーティーを組もうよ。そうすればなにかと便利だし、いつも一緒に行動していても周囲に不思議には思われないからね。」

「また突然だな…まあ構わないが、リーダーとパーティー名はどうするつもりだ?」

「リーダーは当然、ライ様ですね。俺はそれ以外認めません。」

「おまえな…」

「それには賛成。そうだなあ…パーティー名は〝先へ〟という意味の『ダヴァンティ』なんてどうだい?なんとなく前向きになれる気がしないかな。」

「悪くないな。」

「リーダーはライ様で、パーティー名はダヴァンティ…素敵ですわね。」


 ――こうして俺は偽名に以前にも名乗った『リグ・マイオス』を表記し、トゥレンは『レン・ソキウス』、ペルラ王女は『ルラ・ミテス』と名乗ることになり、その日のうちにギルドへ届け出てユスティーツとパーティーを組み、新たに発行されたIDカードを身分証として受け取ったのだった。





               * * *


「ライ様とトゥレンの守護者情報が突然閲覧できなくなった…?」

「御意。すぐに調べた所、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の個人情報保護制度が適用された為だとの説明を受けました。」

「――そんな制度があったとは初耳だな…二人ともか?」

「はい、間違いありません。」


 ここは私がライ様の側付きを解任された後、紅翼の宮殿を出て移り住むことになった奥宮の近侍棟だ。

 国王陛下付きの側近に戻った私は、テラント・ハッサー卿の住む下階を宛がわれ、普段からこの階にある執務室で毎日忙しく仕事に追われている。

 それでも一日の内三度ほど特になにもなければ決められた時間に休憩を取るのだが、その際は私が城内に潜り込ませている隠密や同志からの報告を受けることにもしていた。

 通常そう言ったことは夜間密かに行われるものだと思うかもしれないが、ここまで内部に入り込んでいるのなら、真昼に堂々とする方が案外気付かれないものである。


 そしてこの日、私の隠密である『メラン』から、ライ様とトゥレンが持つ守護者情報についてそんな報告を受けたのだった。

 魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)ではIDナンバーと名前さえわかれば、本人の公開設定による活動状況や所属パーティーに等級情報などを自由に見ることが出来るようになっている。

 私がそれをメランに逐一見て貰っていたのは、ライ様とトゥレンの行動を大まかに把握するためだ。

 だがこれまではなんの動きも見られず、行方知れずとなっていたライ様は元よりトゥレンがどうしているのかさえ知ることはできなかった。

 それなのに突然二人同時に情報が遮断されたとなると、ライ様とトゥレンがどこかで合流した可能性はかなり高くなる。


 それは唯一の懸念だったライ様とトゥレンの仲が多少なりとも改善され、二人が共に行動し始めたという一つの証拠とも思えるからだ。


「そうか…ならばそれは私にとって朗報だ。」

「…イヴァ様。」


 ――さすがはトゥレンだ…あれほど捜しても見つからなかったライ様を、きっとどこかで見つけ出したに違いない。

 ギルドに情報を閲覧不能にする保護制度があったとは知らなかったが、恐らくはこれによってロバムやシャールの追跡を上手く逃れるつもりなのだろう。

 トゥレンにそこまでの知識があったとは思えないから、誰かの助言を受けてのことかもしれん。


 確かな証拠などなくても私にはわかる…なににしてもこれで一安心だ。


「これまでご苦労だった、メラン。ギルドの方はもう調べなくていい。」

「は、畏まりました。――それはそうと本日のギルドは、普段よりどこか慌ただしかったように感じました。なにか魔物による大きな騒ぎなどの報告は入っていませんか?」

「いや…朝の時点ではまだ特になかったな。こちらに上がってくるような案件だと思ったのか?」

「その可能性は高いかと。黒百合の開花が近いだけに少し気になります。」

「………」

「すぐに調べますか?」

「そうだな…いや、待て。…誰か私の部屋に来る。」


 遠くから廊下を走る足音が聞こえると、私はメランに目配せをして姿を消すように指示をした。


 この棟のこの階には私の住居しかない。親衛隊士は余程の緊急でない限り近寄ることもないはずだが…誰が来る?


 程なくしてその足音の主は、部屋の扉を強く叩いて私を呼んだ。


「ウェルゼン卿!!おられますか!?」


 この声は…奥宮付きの侍従か…なにかあったな。


 私は急いで扉を開け顔を出した。


「どうしました?」

「休憩中に申し訳ありません、至急陛下の御自室へお向かい下さい!」

「…陛下の?今の時間はまだハッサー卿がおられるはずですが…」

「はい、そのハッサー卿が直ちにとお呼びなのです。」

「――わかりました、すぐに伺います。」

「お願いします。」


 ロバムの最側近はテラント・ハッサー卿だ。普段はそのハッサー卿が補佐につき、私はまだハッサー卿の指示に従って仕事をしている。

 それだけに余程でない限りは陛下の元へ呼ばれることもないはずだった。


 ロバムの自室を訪ねるのなら、それなりに身形を整えなければならない。私は頭を切り替えて一度扉を閉じると、急いで身仕度を始める。


「イヴァ様。」

「聞こえたな?やはりなにか起きたらしい。あちらから連絡は?」

「いえ。」

「そうか…」


 ――なにか嫌な予感がする…


「悪いが念のために、今一度エルンハイゼリンへ()()()()を頼む。」

「は。」


 メランが去った後、私は鏡を見て襟を正すと足早に部屋を出た。


 魔力が高まっているのは感じるが、まだ髪は完全に黒化していない。染まり方から推測するに後十日から二週間はかかるだろう。

 テネブラエとの約束もある…既に準備は整っているが、私は()()イーヴ・ウェルゼンでいなければならないのだ。


 なにを見ても聞いてもそのことを忘れてはならない。


 私はそう自分に言い聞かせて国王陛下の御自室へ向かった。


「イーヴ・ウェルゼンです、お呼びと伺いました。」


 扉をノックしてから名乗り返事があるまで待っていると、すぐにハッサー卿の声がして中へ入るように促される。


「失礼致します。」


 言われたとおりに扉を開けて入ると、次の瞬間、バチンッ、という奇妙な音がして急に辺りが薄暗くなった。


「…ハッサー卿…?」


 窓からは変わらずに日の光が差し込んでいる。


 ――昼間だと言うのに、なぜ急に室内が薄暗くなった…?


 様子がおかしいと思った。返事は聞こえたが肝心なハッサー卿の姿はなく、隣室の扉向こうは明るくて隙間から光が漏れている。


 執務室にいるのか?


 異変に気付きながらも姿の見えないハッサー卿を捜しつつ、私はその足で国王陛下の執務室へ続く扉に近付いた。


 ゾオッ


 だが取っ手に手をかけようとした直後、どうにも言い表せない凄まじい悪寒に襲われる。


 なんだこの寒気(さむけ)…この扉の先に、なにかいる…?


「どうした?イーヴ。呼んだのは私だ、入りなさい。」


 言い知れない恐怖に躊躇っていると、中から国王陛下の声がした。


「は…陛下?――かしこまりました、失礼致します。」


 …気のせいか。


 仇の声を聞いて安堵するなどどうかしている。そう思いながら気を取り直し、私は執務室の扉を開けた。


 ――しかしそこで見たのは、私が予想もしていない光景だった。






次回、仕上がり次第アップします。

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