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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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235 示された場所にて

ウェンリーの命を狙い、殺そうとしていたのはルーファスが想像もしていなかった知人であり、それも曾てパーティーを組んでいたリカルドの従者、スカサハとセルストイでした。なぜウェンリーを狙うのかその理由を尋ねるも二人はなにも告げずに姿を消し、ウェンリーはどうにか怪我もなく無事に済んだようです。思いがけない事実に戸惑いながらも、ルーファスはツェツハの街でやるべきことを熟して行きますが…?

        【 第二百三十五話 示された場所にて 】



「――よし、と…これが最後の一つだな。」


 ブウンッ


 シュウウウウウ、と駆動機器が空気を吸い込む音を立て、急速に周囲に残っていた瘴気を取り込み、浄化して排気口から綺麗になったそれをまた放出して行く。


「はあ~、何度見ても大したもんだな!その…」

「『浄化装置』だ、アバローナ。」

「おう、それそれ、浄化装置な。」


 あはははは、とすっかり俺への余所者感が消え去ったツェツハのSランク級守護者クレンドール・アバローナは、笑いながら俺の肩に腕を回し、少し馴れ馴れしい程にくっついて来る。


 ――ツェツハに魔法障壁を施し、攫われたウェンリーを救出してから一夜明けた翌日、俺は早急に『クリエイション』の魔法で瘴気の浄化装置を複数個作成し、再びあの大型のような瘴気の魔物が発生する前に、障壁内の瘴気を全て浄化する作業へ取りかかった。

 但しこれには先だってのファーディア王家へ懸念がある通り、分解して仕組みを調べ同じものを作ろうとしたり、盗んでツェツハから誰かが持ち出そうとしたりすれば罠が発動する厳重な防犯対策を施す必要があった。


 それだけに単に浄化装置を渡して、適当に作動させればいいと言うわけにも行かず、結局この作業は俺自らが一箇所一箇所設置場所を回って置き、隠蔽魔法やらトラップやら、何重もの魔法を施している、と言うわけだ。


 結局昨日の瘴気の魔物に関しては裏にまたカオスがいたようだし、少なくともこれでもうあれほどの事態に陥ることはないだろう。

 それにゲデヒトニスが第四柱(テトラゾイレ)と戦ったことで、ようやく『紫』の点滅信号がなにを表しているのかわかった気がする。

 あれは恐らく『カオス』や『暗黒神』、それに連なる者による関連事象を表しているんだ。


「おまえさんの作ったそれさえあれば、お隣のラ・カーナ王国も昔のように人が住めるようになるんじゃないか?」


 あっという間に瘴気が消えて行く様を見て、アバローナは極当たり前にその考えへ至る。

 当然と言えば当然だろう。このツェツハでは十年も前から隣国の瘴気に悩まされ続けて来たのだから。


 ――アバローナは土地利用が云々と言う前に、純粋に元を消さなければ完全には解決しないという根本的な懸念から素直な感想を口にしているんだろうな。


「ああ…まあ、そうだろうな。だけどそれには色々と問題がある。だから何度も言うが、この駆動機器については安易に国へ報告するんじゃないぞ。おまえ達この街のSランク級守護者には操作方法と点検方法、動かなくなった際の俺への緊急連絡手段などは教えておくが、例えこの街の町長や王家からハイレインが理不尽に出張って来ても、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)のギルドマスターの許可が要ると言って上手く誤魔化せ。」

「わかってるよ。ギルドにギルマスがいたってのは驚きだったが、そもそもこいつは今後この街にとって魔物対策の要になる。これまでどんなに頼んでも〝研究はしてる〟の一点張りで、実際にはなんにもしてくれなかった国になんざ決して渡さないさ。」


 そんな風に少し軽口を叩き、アバローナは俺に屈託のない笑顔を向ける。彼は年が三十二だそうだが、笑うとまだもう少し若く見えた。


「それならいいんだが、中々にファーディア王家は貪欲で手強そうだから気をつけてくれ。」

「ああ、まあ心配すんな。」


 昨日とは打って変わって、瘴気も消えた所為か空は快晴だ。浄化された清浄な空気を思いっきり吸い込んでも問題はなくなり、これでやっと隣国へ向かう準備に取りかかれそうだ、と一息吐けた。


 まあまだその前にすることは残っているんだが。


 瘴気の魔物がいなくなり、魔法障壁が元に戻ったことで封鎖の解かれたツェツハの街は、住人達の姿が戻り元通りの日常生活を取り戻しつつあるようだ。

 特に中央広場付近に自宅を持つ民間人は、俺が魔法障壁を復活させた所やアバローナ達と協力して必死に瘴気の魔物を討伐していた姿を見守ってくれていたらしく、道を歩いていると突然駆け寄ってきて感謝の言葉を言われたり、親子連れの子供達に手を振られたりするようになった。


「うーん、それにしても…こんなことならあいつらの連絡先を聞いておいてやるんだったなあ。」

「?…なんの話だ?」


 宿にいる仲間の元へ戻るために歩いていると、頭をガリガリ掻きながら項垂れるような仕草をして、アバローナがなにやらその顔に後悔を滲ませる。


「いやなあ…もう九年は前の話になるんだが、ラ・カーナの王族だって言う生き残りの若い男が、幼馴染と一緒に国に伝わる救世主を探しているって言って、ファーディア国内の方々(ほうぼう)を訪ねて回っていたのに出会したことがあるんだよ。」

「え…ラ・カーナの、王族!?」


 これには驚いた。ただでさえ生存者は殆どいなかったと聞いているのに、まさか王族が生き残っていたとは思いもしなかった。

 それが本当ならラ・カーナ王国の瘴気を浄化し、正当な王族に国を任せて復興することも可能になるだろう。


「ああ、本当かどうかはわからないぞ?俺だってそいつの話を完全に信じていたわけじゃねえからな。ただなあ…その男はこう言ってたんだ。〝太陽の希望(ソル・エルピス)なら魔法弾の影響で発生した大地の瘴気を全て消してくれるはずだ〟ってな。」

「………」


 太陽の希望(ソル・エルピス)…どうやらファーガス医師の言っていた通り、ラ・カーナ王国には俺に関する伝承が多く残っていたというのは確かみたいだな。


「当然その頃の俺は諦めろって笑って言ったわ。当時はエヴァンニュやシェナハーン以上に屈指の大国だったラ・カーナだぞ?あの広大な大地に蔓延している瘴気を、いくら伝説の救世主だって全て消すなんて無理だってな。だがどうだよ…おまえさんがその救世主だとは思えないが、『太陽の希望(ソル・エルピス)』って名前を引っ提げてここへ来た守護者が、実際に瘴気を浄化する駆動機器を持って来たんだ。もしかするとあの男の言ってたことは本当だったんじゃないかって今になって思うんだよ。」


 ――ラ・カーナ王国に過去の俺のことがどの程度伝わっていたのかはわからないが、少なくともその王族を名乗った男は、俺にそれだけの力があることを知っていたと言うことか…


 これはもしかすると朗報かも知れないな。


「そうか…それでその男達はどうしたんだ?」


 俺が興味を示したことで気を良くしたのか、アバローナはせめてもの罪滅ぼしとでも言いたげに話を続ける。


「ファーディアでは見つからなかったから他国へ行く、って言って出て行ったっきり二度と戻って来なかったな。もし今もどこかで生きてるんなら、おまえさんのパーティー名を聞いてギルドへ連絡を寄越すんじゃないか?」

「それはどうだろうな…俺達がパーティーを結成してからまだ一年も経っていないんだ、知名度は上がっているが疾うに諦めている可能性もあるだろう。――でもまあ、あなたから話を聞いたのもなにかの縁だろうし、折角だからその人達のことを俺の方でも覚えておくことにするよ。なんていう名前の人達だったんだ?」


 人の縁というものは案外軽視出来ないものがある。俺の存在を本当に信じて探していたのなら、王族であると言うのもかなり信憑性が高まるだろう。

 滅んでしまった自国をなんとかしたいと言う切実な願いを持って、伝承にしか過ぎないような不確かな存在を探し歩くほど藁にも縋りたい気持ちだったのかも知れない。


 もしそんな人がいるのなら、当然俺は協力を惜しまないだろう。


「おっそうか、名前なら覚えているぜ。〝サイファー〟だ、『サイファー・カレーガ』。もう一人の幼馴染は確か…『アゴニー・アラーク』って言ったかな。」

「え…」


 ――な…なんだって!?


 サイファー・カレーガ…あの不愉快な男が、ラ・カーナ王国の王族…!?


 予想外のことに呆気に取られ、俺は再び驚いてしまった。


「あの当時はまだ十六、七くらいだったが、苦労したせいか随分と大人びて二十歳くらいに見えたよ。本当に王族なら各国の王家なんかにも知り合いがいるはずだから、どこかで保護されている可能性も――…っておい、どうした?」

「あ、ああ、いや…」


 なんてことだ…


 どこかエヴァンニュ王国を憎んでいるような節が見えたカレーガ…それだけじゃなく、シェナハーン王国でのあの行動とかなり荒んだ様子から推測するに、彼が本当にラ・カーナ王国の王族だったとしたなら、他国へ助けを求めても保護どころかどの国にも相手にされなかったんじゃないだろうか。

 瘴気に汚染されて生存者は殆どなく、全くと言ってもいいほど利用価値のない国に進んで支援を行うほどお人好しの国はない。

 それがわかっていたからこそ、多分カレーガは必死に救世主を探したんだ。だが太陽の希望である俺が、普通の人間ではないことを自覚してエヴァンニュ王国を発ったのは今年に入ってからだ。

 それでもカレーガがエヴァンニュ王国まで来たのならどこかで巡り会えたかもしれないが、自国を滅ぼした原因の片方であるエヴァンニュ王国に助けを求めるはずがない。

 結果、世界中を十年近く探しても見つからないことに諦め、絶望からあんな風に荒んだ生活を送るようになったとしても不思議はないだろう。


«そうか…それで俺が初めて名乗った時の、あの表情か…»


 俺はサイファー・カレーガに『太陽の希望(ソル・エルピス)』のリーダーだと告げた際、なんとも言えない表情をして呆然としたあの男の顔が思い浮かび、ほんの少しだけその気持ちがわかるような気がした。


 ――カレーガは行方不明のままだが、幼馴染だというアゴニー・アラークの方はウルルさんに聞けば今どうしているかわかるだろう。


 折を見てどこかで話を聞くために尋ねてみるか。



 思いがけない事実を知り複雑な思いを抱えながらアバローナと別れ、俺はみんなのいるツェツハの宿へ戻った。



「お帰りなさい、ルーファス。浄化装置の設置は上手く行きましたか?」


 宿の部屋へ戻ると、リビングで俺を待っていたサイードとプロートンが出迎えてくれる。


「ああ、問題なく稼働出来たよ。ウェンリーは?」

「寝室です。お昼ご飯も食べられましたし、今のところは精神面にも問題は見られません。」

「そうか…」


 ――昨日ウェンリーが攫われた現場に駆け付けた時の様子だと少し心配だったんだけど…どこにも怪我はなかったし、アテナの腕輪と防護魔法石がきちんと守ってくれたみたいで本当に良かった。


 俺はサイードとの会話もそこそこに、先ずはウェンリーの様子を見に寝室へ向かった。


「ウェンリー、戻ったよ。気分はどうだ?」


 扉を開けて室内に入ると、ウェンリーはゲデヒトニスとデウテロン、テルツォとユスティーツに囲まれて寝台に腰かけ、楽しそうに談笑していた。


「あ、ルーファスお帰り!どうもねえよ、もう全然平気。ぐっすり寝たせいか疲れも取れてるし、なんてことねえな。」

「そうか、それなら良かったけど…あまり調子に乗るなよ。散々みんなに怒られてもう十分反省はしているだろうが、俺の言いつけを破って戦闘領域を離れたことはまだ許していないんだからな。」

「うぐっ…それを言われるとぐうの音も出ねえ。」


 今度ばかりは相当反省しているのか、ウェンリーは退屈そうにしていてもまだ一言も外へ出たいという我が儘は言っていなかった。


 顔色もすっかり良くなっているし…本当に大丈夫そうだな。


「ところでリヴとイスマイルの姿が見えないけど。」


 てっきりこっちにいるのかと思ったのに、室内を見回すも二人の姿がなくて不思議に思う。

 すると出かけた理由を知っているらしいゲデヒトニスが透かさず返した。


「ああ、今ちょっと出かけてるんだ。」

「そうなのか…」


 理由をここで言わないと言うことは、ギルドへ行ったと言うわけじゃないんだな。もしかして…?


「ルーファス様、ウェンリー君は落ち着いたみたいだし、そろそろ時間を頂いてもいいかい?」

「ああ、待たせてしまってすまないな、ユスティーツ。」

「ううん。じゃあちょっと外へ出ようか、できれば二人きりで話したいんだよね。」


 二人きりで…?


 ――込み入った話なのかな、と思った。サイードすら交えないと言うことは、深刻な内容の可能性が高いんだろう。


「わかった、宿泊客用のフリールームへ行こうか。」



 この宿にあるフリールームとは所謂多目的室のことで、宿泊客なら誰でも好きな時間に自由に使うことの出来る部屋だ。

 大抵は夜間に他の宿泊客などへ迷惑にならないよう、外部の人と会うのに使ったりすることが多いが、昼間は余程でない限り誰もいない。


 俺はサイードにユスティーツと話をするから多目的室にいると告げ、壁際のテーブル席へ二人で着いた。


「そう言えば俺に頼みがあると言っていたよな。」

「うん。順を追って話させて貰うけど…僕がなぜスカサハ達の行方を追っていたのかから話すね。実はフォルモールが戻って来る直前のことなんだけれど――」


 以前エヴァンニュ王国でユスティーツから、アーシャルの本拠地である天空都市フィネンに狂信神官と呼ばれる『聖哲のフォルモール』が戻って来た話は聞かされていたが、その時には知らされなかったリカルドについてのある話を聞かされる。


「――リカルドがル・アーシャラーから抜けようとしていた?」

「うん、そうなんだ。蒼天の使徒アーシャルどころか有翼人種(フェザーフォルク)との関係も断ち、ただの人間として残りの人生を生きたいって言い出したんだ。地下水路の件の時にはまだその理由がはっきりしていなかったから言わなかったんだけど、実は第一位にはね、何年も前からフィネンの女王陛下と恋仲であると言う噂があって、そのことはフォルモールも祝福しているらしかったから、いずれ二人は結婚して第一位がフィネンの王配になると思われていたんだ。」

「え…」


 王配!?リカルドに恋人がいたと言うのも驚きだけど、有翼人種(フェザーフォルク)女王陛下(クイーン)が相手とは…

 …まああの美貌だからな…、モテるのも当たり前か。


「けれども二年半ほど前に、その話は第一位の方から辞退するという申し出があって消えてしまい、フィネンと連絡こそは取っていたものの、第一位は用がなければ拠点には戻らなくなっていた。」

「二年半程前…?」


 それってもしかして、俺がリカルドと出会った頃なんじゃ…?


「その頃から第一位はル・アーシャラーから抜けることを少しずつ考えていたようなんだけど、はっきりと意思表示をしたのはフォルモールがフィネンに戻って来る直前のことだった。…で、その理由が――」

「理由が?」

「――第一位の体調不良からだったんだよね。」


 ユスティーツの話によるとリカルドは、ここ半年ほどで急速に身体の具合が悪くなり、周囲のアーシャル達の前でも時折喀血したり倒れたりすることがあったらしい。


 血を吐くなんてただ事じゃないな…あれほど一緒にいたのにまるで気付かなかった。まさか俺と一緒にいた頃から既に…?


 俺はふとエヴァンニュの王都立病院の前で、リカルドを見失った時のことを思い出した。


「リカルドはなにか重大な病気を患っていたのか?フィネンに戻らなくなったのが二年ほど前からというなら、多分その頃に俺と出会ってパーティーを組み、一緒に仕事をするようになったからじゃないかと思うんだけど。」

「うん、調べたからそれも知っているよ。どうも第一位にとってルーファス様は、ル・アーシャラー最高位という地位よりも、女王陛下という恋人よりも大切だったみたいでね。それらを全て捨ててでもルーファス様の側にいたかったみたいなんだ。」

「リカルド…」


 どうしてそこまで…?…いや、それでもリカルドは結局…


「ユスティーツはそう言うが、リカルドは結局俺が引き止めてもパーティーを解消して去って行った。それも体調不良が原因だったと言いたいのか?」

「それもあるけど…僕はもっと別の理由があると思う。」


 ユスティーツはそこで一旦言葉を句切り、自分の中で考えを纏めながら話すように俺から視線をずらして続けた。


「詳しいことはまだわからないんだけれど、昨日のスカサハ達の行動で僕は一つだけ確信を持った。ルーファス様の親友のウェンリー君…」

「!」

「彼と第一位の間には、なにかルーファス様も僕も知らない重大な関わりがあるんだ。それも第一位の命に関わるようなことで、あの二人がルーファス様の怒りを買うと知っていながら、それでもウェンリー君をどうしても殺そうとしなければならないほどの()()()だ。」


 なにを根拠にそう言うのかと思ったが、ユスティーツはスカサハとセルストイが姿を消す前に付けていた監視から、あの二人がなにかリカルドのためだけに必死で動いていると言うことだけは掴んでいたのだという。

 しかしそれはリカルド本人から特別な命令を受けていたというわけではなく、フォルモールに操られているリカルドを放ってまでそちらを優先していることから、一体なにをしているのかと二人の行方を追ってずっと調べて来たようだ。


「はあ…ユスティーツはわけのわからないことを言うんだな。どうしてリカルドの命にウェンリーが関わってくるんだ?」


 またわけのわからないモヤッとしたものが胸に湧いて来る。


 確かに俺自身それらしいことを思わなかったわけじゃない。リカルドと同じく治癒魔法の効き難い体質だったウェンリー。

 水と油のように少しも相容れないほど仲の悪かった二人は、どちらもが顔を合わせると人が変わったかのように険悪になり、俺もシルヴァンもあの当時ほとほと困り果てたほどだった。


 そのどれもがあの二人に伴う、なにか重大な関わりの所為だったとでも言うのか…?俄には信じられないな。


「ごめんよ、それは僕にもまだわからない。でも蒼天の使徒アーシャルのル・アシャラーと従者の絆は生半可なものじゃないんだ。一人のル・アーシャラーにつき二人の従者がつくけれど、その忠誠心は崇拝にも等しくて従者はル・アーシャラーの為になら己の命すら捧げる。だからこそその多くは上が死ぬと共に命を落とすことが多くて、それを防ぐ為に『蘇生珠』があるようなものなんだ。」

「………」


 あの蘇生珠があるのにはそんな理由があったのか…


「…それで、ユスティーツの頼みというのはなんだ?リカルドやスカサハ達のことを俺に話したからには、それと無関係というわけじゃなさそうだ。」

「さすがルーファス様。――聖哲のフォルモールを倒す鍵は第一位が握っている。だからリカルド・トライツィにもう一度会ってフォルモールの術を解き、どうにかして彼を正気に戻して欲しいんだ。」

「そう言うことか…」


 俺の方も、もう一度あいつに会う必要があるかもしれないと思っていたから丁度いいが…


「どうやって会う?フォルモールに操られているのなら、今のリカルドに俺の方から連絡を取る手段は皆無だろう。」

「うん、でもそれはルーファス様が天空都市フィネンに来てくれさえすればなんとかなると思う。ただ僕はあそこから逃げ出した身だから、大手を振って転移魔法で帰ることは出来ないんだよね。」


 フィネンはアーシャルの本拠地なのだから、サイードの転移魔法などで侵入すれば大騒ぎになるだろうしな…


「そもそもフィネンは遥か空の上を浮遊しながら飛んでいるんじゃなかったか?俺はどこにあるのかさえ知らないぞ。」

「そうだね。まあかなり古いんだけど、地上には三箇所ほどフィネンに通じる転移門が残っているから、そこを使えば最下層にある今は使われていない出入口に辿り着けるはずなんだ。ただそこを使うのにもちょっと問題があって、空門石(くうもんせき)がないと稼働することが出来ない。先ずはそれをなんとかして入手しないとだなあ…」

「………」


 ――空門石、ね…聞いたことのない名前だな。


 その時俺はふとあることを思い出した。


「そうだユスティーツ、君ならこれがなんなのかわかるかな?」

「うん?なんだい?」


 俺は徐に無限収納から、ベルンシュタインでウェンリーが襲われた際の現場を調べていてデウテロンが拾ってきた、青く光る未知の鉱物が付いたペンダントを取り出した。


 あの時もウェンリーを襲ったのはスカサハとセルストイだったのだろう。ならば彼らと同じ有翼人種(フェザーフォルク)であるユスティーツになら、このペンダントについた鉱物がなんなのかもわかるかもしれないと思ったのだ。


「わあお!!凄いや、ルーファス様!!今正に僕が言っていた石がこれだよ!!これが『空門石』だ!!」


 ヤッホー、と声を上げて大喜びするユスティーツに俺は苦笑いを浮かべる。


「これさえあれば地上の転移門を起動出来るんだ!どこでこれを手に入れたんだい!?」

「手に入れたと言うか…多分スカサハ達のどちらかが、前回ウェンリーを襲った時に誤って落としたものだ。」

「あの二人が?――へえ……そう。」


 今の今まで喜んでいたかと思うと、ガラリと一変してそんな表情をユスティーツは吹き飛ばした。


「…ちょっと解せないな。…もしかして、わざと?」

「いや、それはなさそうだ。これを拾ったデウテロンの話では、取り返そうとして戻って来たあの二人と激しい戦闘になったらしい。」

「そうなんだ…と言うことは、最初はウェンリー君を攫ってフィネンへ連れて行くつもりだったのかもしれない。僕ら有翼人にこれは必要のないものだから、部外者を連れて行くのでもなければ持ち歩くことはほぼないんだよ。…なにが目的だったんだろ。」

「それを知りたいのは寧ろ俺の方だな。」


 因みにウェンリーを襲ったのがスカサハとセルストイであることは、まだみんなに言っていない。

 確実にショックを受けるであろうウェンリーは元より、なによりも俺自身の心の整理がまだついていないせいだ。


 それでも一応サイードとゲデヒトニスにだけは犯人の正体がわかったとだけ伝えてあるが、あの二人は俺の顔と態度から既に察しており、なんとなく知人が犯人だったことに気が付いているかもしれない。


 その後ユスティーツと話し合い、地上にあるという三箇所の転移門がどこにあるかを聞くと、シェナハーン王国の西部、魔法国カルバラーサ、亡国ラ・カーナの南東山間部の三箇所だというので、どこから入るかを検討した結果、これから向かうことになっているラ・カーナ王国内の転移門で落ち合うことにした。

 シェナハーン王国では俺達はお尋ね者だし、魔法国カルバラーサは遠すぎる。よってまあ、消去法だな。


 因みにユスティーツの方にも準備がいるし、俺達もラ・カーナ王国で人を探さなければならないので、いつになるかはまだ未定だ。

 じゃあどうやって連絡を取るのかと思えば、ユスティーツの方で俺を探して会いに来るから待っているだけでいいんだそうだ。大雑把だな。まあそれも彼らしいと言えばらしいのかもしれない。


「それじゃあ僕はこれで失礼するね。」

「え…このまま行ってしまうのか?」

「うん、僕もやることがあるから。サイード様やみんなによろしく。またね、ルーファス様。」

「ああ。色々と助かったよ、ありがとうユスティーツ、またな。」


 ほわわんとした笑顔を向けて手を振り、ユスティーツは俺の前から転移してどこかへ消えて行った。



 ――ユスティーツと別れて一人部屋へ戻ってから一時間後、明るい顔で珍しく興奮したようにリヴとイスマイルが外から戻って来た。


「暗号が解けましたわ、ルー様!!」

「でするぞ!イスマイルと二人、遂に謎の手紙が示す場所を見つけましたでする!!」

「そ、そうか…」

「おお、やったじゃん!リヴ、マイル!!で、どこどこ?あの暗号の場所ってどこだったんだよ!?」


 暗号が解けたのが余程嬉しかったのかハイテンションで報告する二人に、すっかり元気になったウェンリーがテーブルの上に街地図を広げ、俺を含めた全員でそれを覗き込む。


『――随分賑やかだな。暗号の示す場所が解けたのか?』


 数時間ぶりに俺の頭へレインフォルスの声が響いた。


『ああ、おはようレインフォルス。随分ぐっすりと眠っていたみたいだな、もう午後だぞ。』

『別にいいだろう、俺のことは気にするな。あの有翼人はもう帰ったのか?』

『ユスティーツか?ああ。』

『…そうか。――それで?あの暗号はどこを指していた?』


 ユスティーツとの会話や彼自身のことよりも、レインフォルスは暗号の方が気になるのか俺を責っ付く。


「ウェンリー、あなたはまだそう興奮するんじゃありません。少し落ち着きなさい。」

「えー、いいじゃんいいじゃん、ずっと気になってたんだからさあ。」

「そうだよそうだよ、サイード様~テルツォもウェンリーに同感~!」

「はいはい、今説明致しますわ。先ずは――」


 イスマイルの説明によると、〝FK/T〟は先だっての通り『ファーディア王国(キングダム)』の『ツェツハ』という意味で合っており、続く〝;PWNS 28.5〟はツェツハの街の『ポワン通り(ストリート)28番5号』という住所を表していたのだそうだ。


「残る〝/GyS1206〟ですけれど、これは『Graveyard Stone』の略で1206番の墓石を表していたのです。」

「げっ…は、墓石!?」


 墓石、と聞いてギョッとするウェンリーをみんなが一斉に見た。


「――てことは、その住所は共同墓地かなんかだったってことですか?イスマイル様。」

「そうぞ、デウテロン。ウェンリーの苦手な()()の出る、墓地ぞ。むふふふふ…」

「変な笑い方するんじゃねえ、リヴ!!」


 ドカッ


「あだっ!!」


 早速ウェンリーを揶揄おうとしたリヴは反撃に遭い、膝下の弁慶辺りをウェンリーに蹴られたようだ。


「なにをしよるか、痛いわ!!」

「うっせえ!!」


 横で騒ぐウェンリーとリヴは無視して、俺は街地図の共同墓地を示す広い区画を首を傾げて眺めた。


 公園とか広場、なにかの店ならまだしも、正直に言って墓地というのは予想外だったな。


「こんなところになにがあるんだろう。墓碑銘は見て来たのか?」

「いいえ、まだですわルー様。どうせ行くのならみんなで確かめた方がいいと思いましたの。」

「みんなで…?」

「ウェンリーもかい?」

「一言余計だぞ、ゲデ!」

「少し煩いぞ、ウェンリー。それ以前にお墓だぞ?こんなに大勢で行ったら迷惑じゃないか。」

「そうだね、死人が起きちゃうかも。」

「テ~ル~ツォ~!」


 テルツォの突っ込みにウェンリーがまたふざけ出す。


「そ、それもそうでしたわ…」

「でしたら場所はわかったのですから、少人数で行きましょう。ルーファスは確実として後は――」

「僕とウェンリーは留守番組だね。」

「はあ!?なんでだよ!」

「昨日の罰。」

「げげっ!」

「――と言うのは冗談で、今日もう一日くらいは部屋で休んでいた方がいいと思うからだよ。」

「ふむ、予もゲデヒトニスの意見に賛成でするな。」

「そうですわね、でしたらわたくしも残りますわ。」

「テルツォもウェンリーの相手する~!」

「おや、()()()人気者ですね、ウェンリー。」

「サイード…なんかすっげえ嫌味に聞こえんぞ、それ…」

『はあ、くだらん…いいからさっさと決めろ。』


 そうしてわやわやと全員で話し合った結果、結局俺とサイード、そして謎の手紙の差出人に関する手がかりを少しでも得るため、『接触感知』の技能を持つデウテロンにも来て貰い、三人でそこへ向かうことにしたのだった。



 宿を出てその『ポワン通り』を目指し、先ずは歩いて行く。


「ツェツハの街は元に戻りウェンリーも無事でしたし、暗号の場所もわかったというのに浮かない顔をしていますね。」

「え?ああ…」


 サイファー・カレーガのことを、サイードだけには話しておくべきだろうか。


 そんなことを考えながら俺はサイードと並んで歩き、一歩後ろをデウテロンが二本の大剣を背について来る。


「ルーファス様、やっぱウェンリーを狙った犯人って、顔見知りだったんすか?」

「デウテロン?」

「や、サイード様とゲデ君から、ウェンリー以外は全員そうだったんじゃないかって聞いてるんで。」

「はあ…」


 俺は自分の右手で目元を覆うと、自分に呆れて大きな溜息を吐いた。


「俺ってそんなに分かり易そうな顔をしているのか?」

「まあ、そうですね。素直すぎて逆にすぐ気付かないのは、今回の件で当事者のウェンリーくらいでしょう。自分の勝手でただ心配をかけたせいだと思っているようですから。ですが私達はその思い詰めた表情や暗く沈んだ顔を見ればなんとなくわかります。」

「いや、ウェンリーのことだけでこんな顔をしてるわけじゃないんだけど。」

「そうなんすか?」

「ああ。…まあ、大半は知り合いがあいつの命を狙っていたってことに対するショックには違いないんだけどな。」


 俺は結局サイードとデウテロンに、サイファー・カレーガがラ・カーナ王国の王族だったらしいことと、自国を救うために太陽の希望(ソル・エルピス)という救世主を十年近く捜し歩いていたようだということを話した。


「――そうだったんですか…あれだけの死者の霊魂を背負っていましたからね、なにか深い理由があるのではと思っていましたが…私の尋問でもさすがにラ・カーナの王族であったことまではわかりませんでした。」

「俺が受けた印象として、カレーガは随分荒んでいるように見えた。俺の嫌いなタイプの人生を諦めて自暴自棄になり、他のことの所為にして悪いことに手を出す理由にし、ただ自堕落へ逃げているだけのような…そんな風に見えていたんだ。その裏にどんな事情があったのか、先入観から知ろうともしなかった。せめて最初の時点で俺がパーティー名を名乗っていたなら、あの男も俺に対する態度を改めたかもしれない。そうすればシニスフォーラへログニックさんと戻って行方不明になることもなかったんじゃないのか…そう思うと悔やまれるんだ。」

「ルーファス様はほんっと、優しいっすね。例えそうだとしても、カレーガの奴が最後まで投げなけりゃ良かっただけじゃないですか。況してや亡国の王族だって自覚があったんなら、自分が途中で諦めたら終わりだってことぐらいわかってたはずです。それでもああだったんすから、結局はカレーガ自身に責任があるんですよ。」

「デウテロンの言うことは一理ありますね。――ですがそうと割り切れないからこそ、ルーファスは心を痛めているのでしょう。」


 心を痛めている、か…この複雑な心境はそうなんだろうか?


「それでもあいつはやっぱり嫌いだけどな。サイードに無礼な口を利いたことと、下品な真似をしたことだけは地獄に落としてやってもいいくらいだと今でも思っているよ。」

「おお、怖っ。ルーファス様なら本当にそれが出来そうですからね。――あっここですよ、〝ツェツハ・サウスイースト・グレイブヤード〟。奥に教会があるみたいす。」

『さてなにが待っているか、だな。――念のため周囲に注意だけはしておけよ、ルーファス。』

『ああ、気をつけておく。』


 ――鉄枠に鉄線を曲げて花と葉の模様を象る両開きの門扉から入ると、小径を挟んでずらりと並んだ墓石が見えてくる。

 入口に案内板のようなものは見当たらなかったが、代わりに足場用の飛び石に各区画への番号が彫られており、それに従って『1206番』の墓石がある区画の方向へ歩き出した。


「随分綺麗な墓地ですね…手入れも行き届いていますし、なにより昨日あれほどの瘴気が入り込んでいたのに大地に穢れが全くありません。」

「ああ。ここの司祭さん達は献身的で徳の高い人達なんだろうな。」

「逆に汚い墓地ってあるんですか?」

「稀にありますよ。汚れているという意味でなく、廃村となった村はずれなどに忘れ去られたまま放置されて、穢れが溜まって行くなどの理由からですけれどね。」


 遺体の処理方法は国によって埋葬手段も異なるため、ここの墓地はどう処理しているのかわからないが、墓地全体の土がここまで浄化されたように綺麗だと、恐らく土葬が主流なんだろう。

 それだけ教会の司教や司祭は、亡くなった人が不死化したりしないようきちんとお勤めを果たしている証拠だからだ。


 うん?あの像は…


 目的の区画へ辿り着く前に小さな教会の建物が奥に見えて来る。その脇に屋根付きの囲いで覆われた立派な石像が建立されており、それを見た瞬間、俺はここの教会が誰を祀っているのかすぐにわかった。


 あれって…顔や目鼻立ちなんかはさすがに違うけど、雰囲気は間違いなくあの光神だよな。ここはレクシュティエルを祀っている教会なのか…


 前を通り過ぎる間ふと一度だけ会ったことのある、あの嫉妬深い光の神を思い出していた。

 やがて教会の向かって左側にある区画に訪れる人のない管理墓地があり、所謂『無縁仏』という形での共同碑石にずらりと並んだ番号と故人名を見つけた。


「ここは個人の墓石じゃないんだな。共同の…しかも無縁仏か。」

「無縁仏ってなんすか?」

「家族や親戚、子孫などが遺族におらず、土に帰っても故人を思い出してお墓を訪れてくれる方のいない死者のことを言うのですよ。」

「つまり天涯孤独のまま亡くなった人ってことですか。」

「そうだな。――あった、1206番…ええと、墓碑銘は『リグ・マイオス』、享年六十四歳。FT歴1996年没…と言うことは今年亡くなったばかりの人みたいだな、誰なんだろう。」


 ザワッ


 俺が墓碑銘を読み上げたその時、俺の中でレインフォルスの感情が強い衝撃を受けてざわめいた。


『…レインフォルス?』


 彼に声をかけてみるも、レインフォルスはこれまでにないほど動揺しているようで、返事がない。

 どうしたんだろう、そう思いながら再度レインフォルスに話しかけると、今度は突然俺の右目からつつーっと涙が零れて来た。


 え…涙?


 俺は慌ててそれを拭うが、再び流れ出てくる。


「ルーファス様、どうしたんすか…!?」


 これを見てギョッとしたのはデウテロンだ。


「いや、違うんだ…これは俺自身のせいじゃない。」

「では…もしやレインフォルス、ですか?」


 サイードも軽く目を大きめに見開いて聞いてくる。


「ああ、うん…多分。」


 ――目を閉じて俺の中のレインフォルスに意識を集中してみると、彼が深い悲しみに沈み、膝を抱えて小さく身体を丸めながら声を上げずに泣いているような感覚が伝わってきた。


 レインフォルスが、泣いている…


 この胸の痛みは彼自身の胸の痛みなのか?――俺の身体までレインフォルスの感情に引き摺られているみたいだ。


 俺はもう一度1206番と刻まれた、その墓碑銘を見つめた。


 どういうことだ…?この名前の人物に俺は心当たりが全くない。でもレインフォルスの様子からすると、この亡くなった人は俺のではなくレインフォルスの知り合いだったと言うことなのか。


 リグ・マイオスというレインフォルスの知人…いや、この感じだと友人だったのかもしれないが、とにかく、その人が亡くなったことをレインフォルスに知らせるのが目的だったんだろうか…?


 もしそうなら、一体あの手紙を送って来たのはどこの誰なんだ…


「デウテロン、どうだ?」


 手紙の送り主に関して接触感知を試みるデウテロンに尋ねた。だが恐らく不特定多数が触れるであろうこの墓碑では、その中の一人だけを見つけ出すのはかなり困難だろう。


「…すいません、駄目そうです。あまりにも触れた人数が多くて、とても特定出来ません。」

「だろうな…他に周囲になにか置いてあったりしないかな?」


 デウテロンに対してだけでなく、同じ呼びかけをサイードにもしたつもりだったのだが、サイードは墓碑銘をじっと見つめたまま俺が話しかけたのにも気付かなかったみたいだ。


「サイード?」

「え?…ああ、はい、そうですね…特になにも見当たらないようです。」

「――つまり空振りだって言うことなのかな…ここになにかある、若しくはここで差出人と会う、そういう意味じゃなかったのかもしれない。」

「ええ。もう少し待ってみてから戻りますか?」

「あ、いや…悪いけどサイードとデウテロンだけ先に宿へ戻って貰えないかな?」

「へ…なんでですか、ルーファス様。」

「ああ…そう言うことですね、わかりました。――行きますよ、デウテロン。ここはルーファスに任せましょう。」

「えっえ?え?あ、ちょっ…サイード様!?」


 サイードはデウテロンの服を掴んでスタスタと引っ張って行く。


 ――さすがはサイードだな…俺がなにも言わなくても考えていることを察してくれたみたいだ。


 サイードとデウテロンが去った後、俺は俺の中のレインフォルスへもう一度声をかけた。


『レインフォルス…今なら近くに誰もいない、交替しよう。暫く俺は深淵に引っ込んでいるから、あなたの気が済むまで亡くなったこの〝リグ・マイオス〟という方と話をするといい。盗み聞きしたりしないと約束する。…さあ。』


 俺はその場で目を閉じ、レインフォルスが深淵から浮上してくるのを待った。


 直後、暗闇の中で擦れ違い様、酷く悲しげな顔をした彼を見る。


『俺は暫く眠っている。…終わったら起こしてくれ。』

『ああ…』


 〝ありがとう、ルーファス。〟――深淵で眠りにつく直前、小さくそう言ったレインフォルスの声が聞こえていた。



 ――ルーファスとレインフォルスが入れ替わると、いつものように髪の色がサアッと銀から漆黒へ変化する。

 レインフォルスはその場にしゃがんで手を伸ばし、リグ・マイオスと刻まれた墓碑銘を右手の指先でそっとなぞった。


「リグ…、おまえ逝ったのか…いくら何でも少しまだ早いだろう。後もう少しだけ早くここへ来られれば、最後にもう一度会えたかもしれないのに…残念だ。」


 レインフォルスは止めどなく溢れてくる涙にそっと目を閉じる。


「俺の暗い人生の中で、おまえという数少ない本当の友人を持てたことは幸福だった。…俺はもう二度と、おまえが淹れてくれるあのブラウン・ティーは飲めないんだな…」


 〝長い間、友人でいてくれてありがとう。〟


 そう呟いたレインフォルスは堪えきれずに唇を噛み、左手で口元を覆いながら俯いて肩を震わせ泣き続けた。


 土の地面に、レインフォルスの零した涙がぽつりぽつりと染み込んで行く。


 するといきなりそこから光の雫が滲んで湧き出るように、空間を歪ませてなにかがこちら側へとゆっくり現れて来る。


「!?」


«な、なんだ…!?»


 ピッタリと閉じられた、分厚い紫紺の背表紙に金糸の文字が見える。


 本だ。そう思い、驚いたレインフォルスがしゃがんだまま後退ると、それは彼の目の前に揺らめきながら浮かび上がり、勝手に開いてピタリと止まった。


「――『この文字を解する者に告ぐ。この書は汝に宛てたものであり…』――な…待て、この文言…まさかこの本は…!」


 瞬間、その一文を口にしたレインフォルスは悟った。


 この本は()()()()()()()()()()()()()()()()()、『滅亡の書(ルイン・リベル)』であることを。






今年最後の投稿になりますね。また来年、仕上がり次第アップします。良いお年を!!

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