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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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230 狙われるウェンリー

世界樹の根の防護措置のため、ウェンリーが負傷した現場へ戻っていたルーファスは、イスマイルからの緊急連絡で急ぎ王都ベルンシュタインへ戻りました。幸いにしてウェンリーに怪我はなく、精神的にショックを受けてはいる物の無事な姿を見てホッと安堵しました。デウテロンが犯人の痕跡を調べていると聞き、ルーファスは壊れたアテナの腕輪をゲデヒトニスと調べることにしますが…?

         【 第二百三十話 狙われるウェンリー 】



「ウェンリー!!!」


 ――『世界樹の根』に群がる魔物を全て討伐し、無事に防護障壁を張り終えた俺は、襲撃者の痕跡探しをサイード達に任せて急ぎ一人で宿へ戻った。

 イスマイルからの一報でウェンリーに怪我がないことはわかっていたが、それでも無事な姿を見るまでは心配で気が気じゃなかったというのが本音だ。


 宿の廊下を走り、部屋の扉をもどかしさに勢いよく開けると、正面のリビングスペースに立ち上がるイスマイルとゲデヒトニスの姿が見えた。


「ルー様…!」

「イスマイル、ウェンリーは?怪我はなかったんだよな!?」


 今朝俺達が出かける前は元気な様子で椅子に腰かけ退屈そうにしていたのに、怪我はないと聞いていたはずがその姿の見えないことに慌てた。


「本当に大丈夫だよ、ルーファス。異界属性対策が功を奏して、ディフェンド・ウォールがウェンリーをしっかり守ってくれたんだ。ただ…」

「ただ、なんだ?」


 言い淀むゲデヒトニスに詰め寄る。


「――精神的にはかなりショックを受けている。…無理もないよね。」

「そうか…それでウェンリーは?」

「今は寝室で横になって休んでいますわ。」


 俺達が今回借りている部屋は五人部屋で、キッチン付きの長期滞在者用客室だ。すぐ隣の同じく五人部屋をサイード達女性陣四人が借りていて、リビングルーム同志で中から行き来できるようになっている。

 その逆側の扉を開けると大きなベッドルームがあって、防犯対策もしっかりしているため、宿泊料金は高めだがこの宿を選んだ。


「ウェンリー。」


 俺は寝室の扉を軽くノックしてから入ると、入口に背を向けて寝台で横になっているウェンリーに近付いた。


「ウェンリー、身体の具合はどうだ?痛みは大丈夫か?」


 俺がそう尋ねるとウェンリーは、俺に背を向けたまま右手をヒラヒラさせてなにも言わずに〝大丈夫〟と手振りで返した。

 こういう返事をする時は、ゲデヒトニスの言う通り精神的に参っている証拠だ。


「…後で気分が落ち着いたら話を聞かせてくれ。」


 もぞもぞと掛け布団に潜り込みつつ、ウェンリーは頷いたように見えた。


«――少しそっとして置いた方が良さそうだな。»


 俺は静かに寝室を出てゲデヒトニス達のところへ戻った。


「デウテロンはどうしたんだ?」

「前回はすぐに調べられなかったからね、犯人の痕跡を探してる。」

「そうか…ウェンリーに怪我がなくてホッとしたが、二人が付いていながらなぜウェンリーはまた襲われた?なにがあったのか説明してくれ。」

「うん…」


 ――当初俺達は、あの日ウェンリーが狙われたのは偶々なのか故意なのかがわからなかった。

 瘴気が発生した直後の立ち位置的に、ウェンリーのいた場所は戦闘領域外から狙いを付け易く、『太陽の希望(ソル・エルピス)のメンバー』を狙ったのか『ウェンリー個人』を標的にしたのか判断が付きかねたからだ。


 ところがゲデヒトニスから状況の説明を聞いた俺は、その答えがはっきりしたことで愕然とする。


「転移魔法でウェンリーだけが離された…!?」


 負傷してから今日で五日が経ち、少しずつでも治癒魔法の効果が出て痛みの大分和らいだウェンリーは、気分転換に観光を兼ねてゲデヒトニスとイスマイル、デウテロンの四人でベルンシュタインの街中を散策することにしたらしい。

 その最中、最も人通りの多い繁華街を四人で楽しく歩いていると、突然ゲデヒトニス達の目の前でウェンリーだけが忽然と消えたという。


「ウェンリーが標的である可能性も考えて、万が一(はぐ)れた時のためにと予め仕込んでおいた追跡魔法のおかげですぐ後を追えたけど…それがなかったらと思うだけでゾッとするよ。」

「相手が異界属性持ちなのは、防護魔法石で張ったディフェンド・ウォールが砕かれた時点で予想していたけど…転移魔法でウェンリーを攫うとはさすがに想定外だったな…」

「ええ…それと今日のことで、何者かの目的はウェンリーである可能性がかなり高くなりましたわ。」

「うん…それに転移魔法でいつでも攫えるとなると、なにか早急に手を打たなければ危ない。いくら追跡魔法を仕込んでおいても、僕らがすぐに駆け付けられないような場所にまで連れ去られてしまったら、最悪の場合は救出が間に合わないことも十分考えられるんだ。」

「………」


 ――異界属性持ちで転移魔法を使う〝何者か〟が、ウェンリーを狙っている…


 想像でもウェンリーが誰かに命を奪われる姿など、考えたくなかった。


「ゲデヒトニス達は犯人の姿を見ていないのか?」

「残念ながら全く、だね。」

「わたくし達が駆け付けた時にはもう、転移魔法で姿を消した後でしたの。ウェンリーも気を失って倒れていましたから、恐らく相手の顔や姿は見ていないと思いますわ。」

「そうか…それにしても一体どこの誰が、なんの理由があってウェンリーを…?」

「それもわからないよね…太陽の希望(ソル・エルピス)になんらかのダメージを与えたいのならなにもウェンリーじゃなくたっていいわけだし、転移魔法が使えるなら狙いやすい点で言えば僕らに同行していない現地要員のファロだっている。デウテロンなんかは夜に一人で酒場に出入りしているんだし、プロートンやテルツォは女性だけで買い物にも行っているんだ。そのことから思うに、太陽の希望(ソル・エルピス)云々じゃないなにか別の理由があるはずだと思うんだ。」

「別の理由、か…」


 ――言い知れない不安が首を擡げ、どこか胸のずっと奥の方でザワリとなにかが蠢くような気がする。

 この感情は、なんだろう?俺の知らない…感じたことのない、昏くて重く安易に触れてはいけないものだ。

 大丈夫だ…ウェンリーは生きている。たとえどこの誰が狙っていようとも、どんなことがあっても俺がウェンリーを守ればいいだけだ。


「で、そっちはどうだったの?アテナの腕輪は回収出来たんだろう?」

「ああ、欠片も残さずに全て持って来た。」

「既に日数が経っていますから難しいでしょうけれど、犯人の痕跡の方はサイード様とリヴ達が調べていますのね。」

「デウテロンもまだだし、僕らで腕輪の方を先に見ようか。」

「…そうだな。」

「ではわたくしはウェンリーについていますわね。この部屋にはルー様が施した侵入防止の結界障壁が張られていますから安心ですけれど、精神的な面で一人にしておくのは心配ですわ。」

「ありがとう、イスマイル…頼むよ。」


 イスマイルが寝室へ行き、その場に残された俺とゲデヒトニスで俺が持って帰って来たアテナの腕輪を早速調べてみることにした。

 先ずは破片を元の形に近くなるように並べて、できるだけ三連輪の呪文字部分が見えるようにして行く。

 一部はかなり細かく砕けているため、中々に骨が折れそうだ。


「――レインはどうしてるの?」


 唐突にゲデヒトニスが尋ねる。俺達は未だに記憶の同期が行えないままであり、今ではもう〝同じ存在〟だとは感じられなくなっていた。


「…今は眠っているのかな?普段も用がなければあまり話しかけて来ないし、俺が呼びかけないといつも静かだから悩むんだ。」


 心の中でいつものようにレインフォルスへ話しかけてみるが、返事はない。


「――呼んでも返事がないから眠っているみたいだな。」

「そう。彼が提案してくれたディフェンド・ウォールの『改良』だけど…僕らの魔力にレインフォルスの魔力が加わるだけで、障壁が異界属性の攻撃にも耐えられるようになったのには驚いたよ。おかげでウェンリーも今度は怪我をせずに済んだしね。」


 実は今日ウェンリーが襲われても無傷で済んだのには、レインフォルスのこの提案があったおかげだった。

 それは彼の方から俺の防護魔法についての指摘があり、レインフォルスの魔力を俺の魔力と均等になるように魔石に込め、そこにディフェンド・ウォールの魔法紋を刻んで作った魔法石の防護障壁は、異界属性の攻撃でも破壊されないという実験結果が出たからだ。

 そうして俺はレインフォルスの協力を得て常時発動の防護魔法石を作成し、ペンダント型にしてウェンリーに身に着けさせておいたのだった。


「そうだな…ア・ドゥラ・ズシュガとの戦闘時にも感じたけれど、レインフォルスの力は俺に足りない部分を補ってくれるような気がする。もしも俺達が一つの身体を共有するのではなく一人一人別々の肉体を持っていたのなら、互いに協力し合うことでカオスや暗黒神にさえ容易に立ち向かえるように思えるんだ。…まあ彼にそう言ったら、俺の中にいるんだから無理だとすげなく返されたけど。」

「あはは、付き合わされるのは嫌だって言われなかっただけいいんじゃない?…もしかしたらレインにとっては迷惑かもしれないんだし。」

「迷惑か…そうか、迷惑だと思われるかもしれないのか…不思議とそうは思い至らなかったな。」


 ゲデヒトニスは俺の分身だったはずなのに、近頃はこうして話をしていると考え方にも違いの出てくることがある。

 同じ方向、同じ道筋、同じものを見ているはずなのに、どういうわけか気付く点や思うことに差が生じるのだ。

 おかげで自分で自分の行いを振り返るように、色んな事に気付けたりもする。


「それってちょっと図々しいよ。」

「そうだな…確かに俺は彼に甘えすぎだと思う。レインフォルスはいつも俺を助けてくれるから、いつの間にかいてくれるのが当たり前になっていて…話ができるようになったのも最近のことだって言うのにな。――よし、こんなところか。」


 壊れたアテナの腕輪を並べ終わり、できるだけ呪文字部分が見えるように配置した。後はここに――


「僕が魔力を流すから、ルーファスは呪文字を読み取って。」

「ああ。…いいぞ。」


 ――ゲデヒトニスの魔力を流しても発動には至らない、光るだけの不完全な呪文字を紙に書き写すだけだ。


「…腕輪に込められている魔法は全部で四つ…いや、五つか?――最後の一つが分かり難いな、これは…?」

「待って、先に壊れた箇所の欠けている呪文字を推測すると、魔法は継続治癒魔法『リジェネレート』と被ダメージ比防御増大効果『ダメージリガード』、一撃死・即死無効の死の盾『モルス・エスクード』に状態異常耐性増大効果の『コンディション・グリーン』の四つまではわかるね。でも最後の一つは見たことのない呪文字が入っているよ。――こんなの、僕は知らない。」

「俺が知らないんだからゲデヒトニスが知っているはずもないな…サイードならわかるかもしれないな、戻ったら聞いてみよう。」


 俺の知る魔法の呪文を表す文字所謂『呪文字』は、その種類によって様々な形を持っている。

 ごく一般的なのはフェリューテラで日常的に使われているものだが、それ以外にも精霊の用いる『精霊術』や『召喚魔法』、異界属性の魔法などは各々微妙に異なる形状をしているのだ。

 そのために同じ効果を持つ同じ属性の魔法であっても、呪文字が異なると魔法名と詠唱呪文の発音が違って聞こえたりすることがある。


 しかしアテナの腕輪に刻まれているものは、俺の知るそれらのものとは全く見え覚えのない呪文字であり、どの魔法種にも属さないことから完全な創作文字か俺の知らない魔法種かのどちらかだと推測できた。


 ――と言っている間に、サイード達が帰って来たようだ。


「ただいま、ルーファス。ウェンリーは大丈夫でしたか?」

「丁度いい所に…お帰りサイード、リヴ、プロートンとテルツォも。ウェンリーは改良した防護魔法石のおかげで無傷だったよ。」


 サイードは上着を脱ぎながら俺に近付き、リヴは俺に目礼をした後すぐにテルツォと連れ立って寝室へウェンリーの様子を見に向かった。

 プロートンはサイードの上着を後ろから受け取ってハンガーに掛けると、その足で備え付けのキッチンへお茶を入れに行ってくれたようだ。


「なにか犯人についてわかったか?」

「いいえ、なにも。」


 サイードは残念そうな顔をして静かに首を横に振る。


「日数が経っていることもありますが、それ以前に相手は相当隠形手管に長けていると思いますよ。僅かな魔力の残滓さえどこにも残さなかったようですから。」

「そうか…やっぱり。」

「やっぱり?」

「実はウェンリーが怪我をした日に戻った時もざっと調べたけどなにも見つからなかったんだ。瘴気が消えてからじっくり調べればもしかしたらとも思ったけど…無理だったんだな。」

「そう言うことは先に行って下さい、二度手間になったじゃありませんか。」

「そう言わないでくれよ、サイードならなにか見つけられるかもしれないと思ったんだよ。」

「あなたは私の力を買い被りすぎですよ。――それで〝丁度いい〟とは?」

「ああ、アテナの腕輪に刻まれた呪文字を調べていたんだけど…俺の知らない文字が刻まれているんだ。サイードならなにかわからないかと思って。」

「どれ…見てみましょうか。」


 俺はサイードに席を譲ると一旦この場を彼女に任せ、寝室から出て来たリヴの元へ向かった。


「――無理もありませぬが、大分落ち込んでいまするな。ウェンリーの精神状態が心配でする。」

「以前ルフィルディルで俺達の料理に毒が盛られていたことがあって、その時も自分の命が狙われたことにショックを受けたことがあるんだ。あれも犯人は見つからずじまいだったけど、今回はウェンリーだけが狙われている。襲われるのが怖いと言うよりも、誰かに命を狙われるほど恨まれたり憎まれたりしているんじゃないか、そう思う方がウェンリーには応えるんだ。」

「なんとそのようなことが?同一犯の可能性は…」

「いや、多分違うな。あの時の犯人は獣人族の人間に対する憎悪を煽るために、俺達との関係を悪化させるのが目的だったと思っている。標的と趣旨が違うから全く別だろう。」

「でするか…現場の方は予の龍眼で見てもなにも見つかりませなんだ。デウテロンの戻りが少し遅い故に、後は彼奴(あやつ)がなにか手がかりを見つけてくれると期待するしかありませぬな。」

「ああ。前回も同じ犯人だと考えるなら、今日の失敗で二度目になる。余程の馬鹿でない限り暫く襲撃はないと思うが、なんの手がかりも掴めないとなると油断できないな。」


 ――犯人がどこの誰なのかわかるまで、一時的にウェンリーを安全な場所に匿うと言う手もあるが、異界属性に通じ転移魔法を使える敵となるとフェリューテラ上にはどこにも安全な場所などない。

 それに俺から離しておいて万が一のことがあれば、俺は悔やんでも悔やみ切れないだろう。


「ルーファス。」


 アテナの腕輪を調べていたサイードがなにかに気付いたらしく、俺を見て手招きをする。


「なにかわかったのか?」

「ええ。アテナさんの施した呪文字がわかるわけではありませんが、これを解析可能な人物に心当たりがあります。全ての呪文字を書き写したので、これからその人のところへ行って来ますね。」

「なら俺も一緒に…」

「いいえ、私一人で行って来ます。他に同行者を連れていると決して会ってはくれませんから、あなたはここで待っていて下さい。」


 サイードにここまでピシャリと断られるなんて珍しいな…その人は相当気難しい相手なのかな?…仕方ない。


「わかった、どのくらいで戻る?」

「そうですね、二日…いえ、三日下さい。なるべく早く戻りますから。」


 サイードはそう言うと、宿に戻ったばかりなのにまた上着を羽織ってすぐに転移魔法でどこかへ消えて行った。


 その直後、ガタガタガタン、と扉の外で大きな物音がして、俺達の耳にその呻き声が届いた。


「う、うう…ルー…ルーファス、様…」


 瞬間、俺はその声がデウテロンのものだと気付く。


「デウテロンの声だ!!」


 急いで部屋の扉を開けると、満身創痍で血だらけのデウテロンが俺に倒れ込んできた。


「デ…デウテロン!!」

「酷い傷ぞ…!!」

「手を貸せリヴ、先ずはソファーへ!!」


 室内は一気に騒然となり俺とリヴでデウテロンを支えると、彼をリビングのソファーに寝かせてすぐさま治癒魔法で傷を癒した。


「助かりましたルーファス様…感謝します。俺の身体、まだちゃんと魂と融合してねえみたいで液体傷薬(ポーション)が効かなかったんですよ…治癒魔法石も切らしちまって命からがらどうにかここまで逃げて来られましたわ。はは…」

「笑い事じゃない、デウテロン…!俺達から離れて行動する時は絶対に無茶をするなといつも言っているだろう!!少なくとも半年ほどは市場に出回っている通常の薬が効きにくい状態なんだ。おまえ達姉弟妹(きょうだい)の大きな怪我はまだ治癒魔法でしか治せない。魔法石を切らすなんて致命的だぞ…!!」

「いや、数は十分持ってたんすけどね…さっきの戦闘で使い切っちまいました。」

「な…」


 使い切った?戦闘で?普段俺の作った治癒魔法石を最低でも各自十個は持たせてあるはずだよな…?


「一体、なにがあった…?」



 ――大怪我を負って戻ったデウテロンから話を聞くに、デウテロンはウェンリーが転移魔法で攫われ何者かに襲われた現場を調べていて、犯人に繋がるある物を見つけたらしい。


「それがこのペンダントか…?」

「はい。」


 デウテロンに犯人に繋がる物として手渡されたそれは、青く光る未知の鉱物が付いた鎖の切れたペンダントだった。


「多分、すけど…ウェンリーを襲った時に防護障壁による反射を喰らって、衝撃で鎖が切れたんじゃないすかね?極少量の血痕が付着した木箱と木箱の隙間に落ちてました。」

「つまり犯人はディフェンド・ウォール・リフレクトで傷を負うほどの攻撃をウェンリーに仕掛けたと言うことか…」

「そうなるすね。まあぶっちゃけ、相手は脅しじゃなく本気でウェンリーの命を狙ってると思うす。それも俺の勘じゃ結構焦ってるような急いでるような…とにかく〝余裕がない〟って感じです。」

「――それはデウテロンの固有技能(スキル)『接触感知』から読み取った情報か?」

「うす。」


 デウテロンはフェリューテラに来てから様々な『遊び』を覚えたが、夜の繁華街や治安の悪い盛り場などに出歩いて数多くの人間と接している内に、いつの間にか手で触れるだけで対人なら相手の大まかな感情など場所や物に残る簡単な情報を読み取れる技能を得ていた。

 それは例えば殺人現場で使われた凶器から犯人の強い殺意を感じたり、道端で見つけた落とし物に持ち主の大切にしているという感情が宿っていたりするのを感覚的に読み取る事の出来る力だったりする。


「しかもそのペンダントはかなり大事な物らしく、失くしたことに気付いて連中危険を冒してまで取りに戻って来たんですよ。――で、そいつらの転移魔法でベルンシュタインから少し離れた場所へあっという間に移動されて、そこで戦う羽目になりました。」

「相手の顔を見たのか!?」

「見ました。けどありゃ姿を変えてますね。俺にはルーファス様のような『真眼』はないですから、本当の顔や姿はわかりません。それに次は違う姿を取られたら、相手が俺を見て動揺でもしない限り気づけないと思います。――御役に立てなくてほんと、すいません…」


 デウテロンはウェンリーが危機的状況に陥った時、テルツォと共に泣きそうなほど心を痛めて心配してくれていた。

 それだけになんとしても犯人に繋がる手がかりを掴みたく思ってくれていたんだろう。自分を責めてでもいるかのように落ち込んでいる。


「なにを言うか、犯人に繋がる物証を持ち帰った上に、大怪我を負ってまで相手が複数であることと外見を変えられる魔法所持者であることなどを知らせてくれた。十分お手柄ぞ、デウテロン。」

「そうですわ、リヴグストの言う通りですのよ。わたくしが思いますに、あなたの口振りからすると犯人は少人数…二人組かしら?」

「うおっ、良くわかりますね…」

「ええ。あなたの怪我の程度から判断しますに、もし三人組でしたならあなたはここへ帰り着けなかった可能性が高いですの。――相当な手練れですわね。」

「イスマイル様の言う通りです。拾ったペンダントを俺がすぐに無限収納へ入れたことと、相手が二人だったことが幸いしました。でなけりゃ俺は殺されてたでしょうね~はは…」

「――何度も言うが笑い事じゃない。…とにかくこのペンダントは犯人にとってそれほど重要な物だということだな。これは俺の方で預かる。見たところペンダントトップは未知の鉱物みたいだし、これがなんなのかさえわかれば必然的に犯人の正体もわかるかもしれないからな。」


 本当にお手柄だ。俺はそう心から思いながら、デウテロンの頭を少し固い赤毛の上からくしゃりと撫でた。

 すると彼は目を丸くし、俺の撫でた頭に両手を当ててプロートンの方を見た。


「叩かれるんじゃなくって、ルーファス様に初めて頭を撫でられた!!」


 横でそれを見ていたゲデヒトニスは微苦笑して突っ込みを入れる。


「それって叩かれた方が良かったってことかい?リヴが言っただろう、お手柄だって。」

「ゲデ様、デウテロンを甘やかさないで下さい。すぐに調子に乗りますから。」

「プロ姉は厳しいね…」


 和むゲデヒトニスと苦笑するデウテロンに対し、プロートンは険しい顔をして窘めた。


「私はあなたを心配しているの!ルーファス様から頂いたこの身体を失えば、〝次〟はないのよ!?私達は当たり前に生まれた『命』ではないの。治癒魔法は効いても蘇生魔法は効果があるかもわからない、奇跡的に物質から生まれた『異霊体』なのよ!!」

「わ…わかってるって、そんなに怒らなくったって…いや、俺が悪かったよ、プロ姉。もっと気をつけるから…な?」


 ――俺の魔力で作った肉体を与えたプロートン達三人について、実はアテナと大きく異なる面がある。

 それはまず、『召喚体』として俺の中にいた時は可能だったのだが、フェリューテラへ来て正式に『個々の存在』として身体を得た後は、どういうわけかもう二度と俺の中へ戻ることが出来なくなったと言う点だ。

 そのことに気がついたのは、メル・ルーク国内でいつものように討伐依頼を熟していた時だった。

 パーティーを二分して変異体に引き摺られる通常魔物を、プロートン達三人に引き付けて貰おうという作戦を立てたが失敗し、彼らが予想外に危機に陥ってしまった。

 そこでウェンリーからアテナの話を聞いていたプロートンは、テルツォだけでも俺の元へ逃がそうと考えたのだが、どうやっても俺の中へ避難することができず、その時もデウテロンが二人を庇って大怪我を負ったという経緯があったのだ。


 その上酷い怪我ほど、薬草から作られた液体傷薬<ポーション>の効きが悪くなるというおまけも付いていた。

 どうやらフェリューテラの植物から作られる薬は、傷を癒すのにプロートン達が持っていない『なにか』を必要としているようで、十分にその効果を発揮出来ないらしいのだ。

 しかしそれも彼らの魂が肉体としっかり結びつきさえすれば、普通の人族と変わりがなくなることは既にサイードによって調べがついていた。


 ――プロートン達三人は、俺よりもサイードとの繋がりの方が強い感じがする。まあ元々彼らを作ったのはサイードなんだし、それも当然かなと思う。

 俺は彼らを助けたかっただけだからそれで全然構わないんだけど、もしかしたらその辺りが関係して俺の中へ戻れなくなったのかもしれないな。

 精霊と結ぶ召喚契約や眷属契約もそうだけど、意識同士の繋がりは多方面に於て案外無視出来ない面があるのも確かだから。





 ――三日後…


 サイードは世捨て人のように、とある場所で過ごすその人物の元を訪ねる。


 シュンッ


 背後に出現した転移魔法の気配に、黒いローブを着て深くフードを被ったその人物は、目だけを動かして冷たく言い放った。


「呼んだ覚えはないぞ…なにをしに来た?」

「ここにいたのですか…この三日というもの随分捜しましたよ。至急『アリストス・エミネンテ』の呪文字だと思われる魔法紋の解読をお願いしたいのです。」

「なに…?どこで見つけた。」


 サイードの言葉に興味を示したその人物は、フードから黄金色に輝く長い髪を垂らし、顔を上げる。


「ルーファスの守護を担う神霊アテナが、『救済の鍵(サルバシオン・マフテアフ)』を守るために身に着けさせていた守護の腕輪の魔法呪文です。」

「――|救済の鍵<サルバシオン・マフテアフ>…『ウェンリー・マクギャリー』か。」

「ええ。」

「見せてみよ。」

「お願いします。」


 アテナの腕輪から紙に書き写して来た呪文字を見せると、黄金色の髪の人物は直ぐさま真剣に解読を始める。


「それとウェンリーは何者かに命を狙われているようなのですが、犯人の心当たりはありませんか?」

「愚問だな…あると言えばあるが、教えぬ。それで殺されるようならばどの道フェリューテラはそこまでだ。誰が狙っているにしろ、それもまた人の選んだ未来(みち)であろう。…私には関わりのないことだ。」

「そうは行きません。正直に言えば私はフェリューテラがどうなろうとも一向に構いませんが、ルーファスが悲しむのだけは嫌なのです。ウェンリーはどういうわけか治癒魔法が効かず危うく命を落としかけましたが、レインフォルスの協力もあってなんとか助かりました。今は犯人探しをしながら、なぜ治癒魔法が効かないのかの原因を調べているところなのです。なにか知っているのなら教えて下さい。」

「断る。自力で探せ。」


 強い口調ではっきり拒否されたサイードは、食い下がって説得したい思いをぐっと飲み込み押し黙った。


「これを解読してやるだけでも有り難いと思うのだな。」


 そう言うと黄金色の髪の人物は、サイードに渡された紙に答えを殴り書き、それを突き返すようにして押しつけるのだった。





               * * *


「ライ様、ゼルタさんが作って下さったお食事をお持ちしました。とても美味しそうですわ。」


 ――あの日ペルラ王女が、村長殿と夫人の会話を聞いて、長いこと目を覚まさないという患者に治癒魔法を施そうという提案をなされた。

 そうしてゼルタ夫人に元は息子の部屋だったというそこへ案内され、王女が目にしたのは昏々と眠る俺の主君…ライ様だった。


 ライ様は俺と王女がこの村…『ヴァハ』へ辿り着くずっと以前にヴァンヌ山の崖から転落し、全身と頭を強く打って昏睡状態にあられたらしい。

 幸いなことに枯れかけた木とは言え枝葉が転落の衝撃を和らげてくれたことで、ライ様のお怪我は右足と左腕、鎖骨と肋骨の骨を折っただけで済み、脳や内臓には損傷を受けておられなかったという。


 ペルラ王女の治癒魔法に関しては、以前ライ様が死神の血(タナトスブラッド)を口にしたことで倒れられた際にかけて頂いたので実証済みだ。

 そこで俺は迷わず王女にライ様への魔法による治療をお願いし、翌日にはライ様が無事に目を覚まされたのだ。


 しかし喜んだのも束の間、意識を取り戻されたライ様は――


「きゃあっ!!」


 ガシャーン、とライ様がおられる奥の部屋から、なにか大きな音がして家中に響き渡った。

 俺はゼルタ夫人と村長殿を抑えて一人そこへ駆け付ける。


「ルラ様!?どうされましたか――」


 室内に入った瞬間、なにが起きたのかはすぐに見てわかった。


 今年ライ様がアンドゥヴァリで帰国なされた後、国王陛下の手配で知らずに部屋を紅翼の宮殿に移され、その御自室を見てめちゃくちゃにされた時のことを思い出した。


 王女が運んで下さった食事のトレーを、ライ様はなにが気に入らなかったのか手で払い除けて引っくり返されたのだ。


「レ、レン様…」

「これは…またですか、ライ様。いつものあなたなら、このように人の善意を無下にされたりなさらなかったでしょう。」


 もうこれで何度目だろう。そう思いながら俺は、床に飛び散った食器の破片混じりの料理を手で掻き集め、割れずに無事だった木製のサラダボウルにとりあえず入れて行く。


「それになにより、食べ物を粗末に扱うことはライ様が最も嫌われる行為だったのではありませんか?」


 ――俺が行動を窘めても、ライ様は氷のように無表情で一言も声を発されない。


 喉が潰れるなどされて御声が出ないわけではない。一切口を利こうとされないだけだ。


「おやおや、今日もまた派手にやってくれたねえ…」

「ゼルタ夫人。」

「なにか食材に嫌いな物が入ってたかい?昨夜の煮込み料理は大丈夫だったから、同じ物を作ろうかね。」

「も、申し訳ありません…普段は決してこのような真似をなさる方ではないのですが…」

「いいんだよ、記憶を失っているというんじゃなさそうだし、なにか理由があって神経質になっているのさね。体力が戻って動けるようになればきっと落ち着くよ。」

「本当に申し訳ございません。ここの片付けは私がしますので、食事の方をお願い致します。」

「そうかい?悪いね。」


 こうしてなにがお気に召さないのか、ペルラ王女が運んで下さる食事を引っくり返されることが屡々だ。

 長期間御自身の看病と世話をして下さった方にも関わらず、ライ様はまだただの一度も夫人に感謝の意を示されていない。


 まるですっかりお人が変わったかのようになられてしまい、俺や王女に向けられる目も以前のライ様からは想像も付かないほど冷ややかで、時に憎しみさえ浮かんでいるような気がして来る。


 ゼルタ夫人が部屋を出られ、ペルラ王女は一旦床を拭く雑巾を取りに向かわれた。


 殿下は一国の王女であり、普通ならこのような使用人がされるような真似をさせてはならぬほど身分の高い御方だ。

 それなのに王女は厭わず、ライ様にスープを打ちまけられても怒りを顕わにされることもない。


 だがさすがにこれ以上は少々目に余る――


 主君を諫めるのも臣下の務めだ。


「いい加減にして下さい、ライ様。あなたらしくもない…親身に世話をして下さるゼルタ夫人やルラ様に辛く当たるのはお門違いです。怒りや不満があってそれをぶつけたいのなら、どうか俺だけにして下さい。元はと言えばあなたをお守り出来なかった俺になにもかもの責任があるのですから。」


 俺がその行いを窘めても、ライ様はウンともスンとも言われない。主君と仰ぐ俺でさえ時々ゾッとするほど恐ろしい目で、ただじっとこちらを見ているだけだ。


 今のライ様は、御自身を取り巻く全てが敵のように思われているのかもしれない。それも無理はない、と思うべきなのだろうか…


 死の縁から復帰されてそう経たないうちに濡れ衣を着せられ、長期間に渡って酷い拷問を受け自白を認める宣誓書に署名させられた挙げ句、処刑寸前にまで追い詰められた。

 ヨシュアの身代わりでようやく解放されると思われた直前に、今度はカルト宗教の信者に攫われ、どういう経緯があったのか…一度も来られたことのない山奥で高所から転落して二ヶ月近くも昏睡状態にあられたのだ。


 そうでなくともあれほど弟のように可愛がっていたジャンの死を目の当たりにされ、どれほど悲しまれたことか…そう思えばこのお変わり様も無理はないのかもしれん。


 ――できることなら、このままゆっくりとこの村でご静養されて頂きたいが…


 いつライ様のことが憲兵に漏れて、俺とペルラ王女のことも伝わるかわからない。


 下手にイーヴへ連絡を取ればそれこそ自滅するだろう。ライ様のお身体さえ良くなれば、すぐにもこの村から出て行きたいが…どこへ行けば良いのだろう?


 とにもかくにも先ずはどこかで外見変化魔法石を入手しなければ、シャトル・バスに乗ることもできない。

 変異体に特殊変異体(ユニーク)だのが増えた今、徒歩でアラガト荒野を抜けるのは自殺行為に等しいし、ライ様も俺も所持金が殆どない状態だ。

 最悪の場合でも魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)に協力を仰ぎ、俺とライ様の情報を国には隠して貰いつつ報奨金を稼ぐ手はあるが、それにもライ様がこのご様子では…


 ――正直に言って頭の痛くなる話だ。


 ライ様には聞こえないように小さく溜息を吐くと、ふと見ればライ様が窓を(つつ)く小鳥の姿を眺めていた。


 この部屋に入るようになって気付いたが、ゼルタ夫人のご子息は良く小鳥に餌をあげたりもしていたようだ。

 室内に人の気配があると小鳥たちがやって来て、なにか食べ物をくれと硝子窓を突きこうして強請って来るからだ。


 そう言えばライ様も動物好きであられたな…少しは心が安らぐかもしれん。


「窓を開けて空気の入れ換えをしましょうか。」


 俺はライ様から返事がないのを理解しつつ、両開きの部屋の窓を大きく開け放った。

 チチチ、と小鳥の鳴き声が響き、一度一斉に窓枠から離れると、目の前の木に並んで泊まり皆がこちらを見ている。


「なにかパン屑のようなものを貰って来ますね。」


 そう言って俺が背を向けた次の瞬間…


 ジジッ…ピーッギギッ…バサバサバサッ


「!?」


 ――窓の外で囀っていた小鳥たちの悲鳴が聞こえた。


 その声に驚いた俺が慌てて窓から身を乗り出して外を見ると、ついさっきまで可愛く並んでこちらを見ていた小鳥が、全て地面に落下して息絶えていた。


 七羽ほどいた小鳥の全てが、一瞬でだ。――あり得ない。


「これはなにが…ライ様、小鳥が死んでいます!今の一瞬でなにがあったのかご覧になりましたか!?」


 振り返る俺の目に飛び込んで来たその表情を見て、俺はたじろぎ息を呑んだ。


「ラ…、ライ様…?」


 前髪で隠していたライ様の緑色の右瞳が血のように赤い光を放ち、紫紺の左目と共に細めて薄ら笑みを浮かべていたからだ。



 ――その姿に、俺の知るライ様の面影はもう微塵もなかった。





 

次回、仕上がり次第アップします。

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