227 謎の手紙 ④
ファッケルの街で、暗号の一部がファーディア王国のツェツハという街を示しているらしいことに気付いたルーファス達は、その後順調に歩を進めていました。しかしそれと同時にとある問題が起き、その対処にルーファスは悩んでいるようですが…?
【 第二百二十七話 謎の手紙 ④ 】
――ファーディア王国に入り、約二週間が経った。
俺達の旅程は大まか順調だったが、この国は凶悪な魔物が多いと聞いていた通り変異体や特殊変異体がそこら中にゴロゴロいて、俺達『太陽の希望』としても日々の仕事に事欠くことがなく、ここへ来てパーティー等級の最高位SSSランク級も見え始めた程だ。
ファッケルで予定を組んだように、基本的には徒歩で進んでいる俺達だが、あの街を出た翌日から『とある気配』の主への対処に悩まされていた。
「…駄目だな。ファッケルから既にもう三つの町村に立ち寄って来たが、未だに俺達の追跡を諦める気配がない。…一体なにが目的なんだ?」
比較的安全な街道を進みながら、つかず離れずある程度の距離を保ち、ずっと俺達の後を付けてくる『何者か』の様子をそれとなく窺う。
「遠目で見る限りではやはり冒険者か守護者の手練れのようですが、ギルドのハンターフロアまでついて来ても他のハンター達のように話しかけて来るわけでもなく、ただじっと私達のことを見ているだけのようです。…困りましたね。」
これにはサイードも困惑気味のようで、小さくふう、と溜息を吐く。
――その『気配の主』とは、十代後半から二十代半ばくらいの若い女性で、服装とギルドへの出入りなどから同業者だと見られる。
だがそのハンターは俺達に声をかけてくるわけでなし、ファッケルを出てすぐに気がついてからここまでの距離を、延々とただ付いてくるだけなのだ。
「…本当にあいつが手紙の差出人じゃねえのかな。」
ウェンリーの言う例の『謎の手紙』はあれ以降届いていないが、差出人は依然としてわからないままだ。
最初こそその可能性を疑いもしたが、それにしては尾行がお粗末すぎる。よって今では違うと確信している。
「ええ、絶対に違うと断言できますわよ。そもそもあのハンターはわたくし達に気付かれることを、初めから避けておりません。また一度でも殺気を向けられるようなことがあれば敵かどうかもわかりますけれど、目が合えばサッと逸らしはするもののそう言った感情は全く見受けられませんの。」
他にもイスマイルの言う通り、人間の振りをした魔族だとか、シェナハーン王国の追っ手だとかも考えたが、どうやらそれとも違うらしい。
「もしや予らのパーティーへ加入を希望しておるとか?肝心なシルの姿が見えぬ故、声をかけ倦ねておるのやもしれませぬぞ。」
リヴが言っているのは、俺達『太陽の希望』への加入申請条件の話だ。パーティー等級が上がるにつれ売名目的や寄生目的など、あからさまに不純な動機から接触して来るハンターが増えたため、その対策として公式にパーティーメンバーの募集は基本的に行っていないことと、加入を申請するにも副リーダーのシルヴァンと十五分間戦って最後まで立っていられること、などと言った少々横暴な最低条件を設けている。
そのシルヴァンはカオスの手にあるため傍におらず、困っているんじゃないかとリヴは言っているのだ。
「それも違うんじゃないかな…だったら僕らが気付いている時点でなにか言ってくると思うよ。はっきり言ってなにが目的なのか僕にもさっぱり想像がつかないくらいだ。」
「参ったな…どう対処したら良いか、本当に悩む。こんなのは初めてだ。」
俺は困り果てて口元に手を当て、真剣に考え込んだ。
「――憖っか腕はあるから俺達の行く先々へも平然とついて来るし、自分の身はきちんと自分で守れるみたいだから危険だと言って追い払うわけにも行かない。腕っ節を見せて仲間になりたいと言って来るならまだしも、こちらから声をかけようとすれば忽然といなくなるし、気付くといつの間にかまた現れての繰り返しだ。このまま放っておいても、ラ・カーナに入る前にはさすがに諦めてくれるかな。――どう思う?レインフォルス。」
『知るか。』
「知るかって…」
冷たいなあ…今日は機嫌が悪いのかな。
「ああ?レインフォルス、てめえ口の利き方!!」
俺の中だけで話をするなと言っておきながら、俺が口に出すとウェンリーはすぐに沸騰する。
「はいはい、ウェンリーは口を出さない。レインフォルスに悪気はないのですよ。」
「ちっ、サイードっていっつもそれな。」
そんなウェンリーをサイードは宥めて(?)くれる。
『仕事の邪魔をするわけでも勝手に手伝おうとするわけでもないんだ、そこにはいないものと割り切り完全に無視して一切相手にしないか、逆にどこかへ誘い出して囲い込み、なにが目的なのか本腰を入れて聞き出すかのどちらかにしろ。』
『…そうするべきだと思うか?』
『リーダーはおまえだろう、俺に聞くな。』
この感じ…レインフォルスもあのハンター女性の存在に気が散って苛立っているのか?
微苦笑する俺にサイードが尋ねる。
「レインフォルスはなんと言っているのです?」
「うーん、完全に無視するか、どこかに囲い込んで目的を聞き出すかどちらかにしろと言っている。」
「なるほど…彼も気になっているようですね。」
「ああ。さすがにラ・カーナ王国まではついて来ないと思うが、俺もだけどいい加減みんなも気が散って仕方ないだろう?――ここらが潮時かな。」
俺が後者を実行に移すべきだと答えを出すと、透かさずテルツォが挙手をする。
「はいはい~もし追い詰めるならテルツォがやる~」
「え?…珍しいな、面倒臭がりのテルツォが自分から進んで動きたがるなんて。」
「人間の生け捕り~まだやったことないから…手加減の仕方覚えたい~。」
「ああ…」
魔物が相手なら手加減する必要もなく全力で挑めば済むが、人間は俺が命を奪うことを認めていないから必須か。
SSランク級パーティーになって以降は同業者に絡まれることもほぼなくなったし、守護者である俺達に盗賊や山賊相手の討伐依頼が来ることもない。
俺達が仲間内で訓練するにも組み手ぐらいはなんとかなるが、民間人とじゃ実力差がありすぎる。確かにテルツォの言うことは一理あるな。
「そう言えばそうですね…私達は対魔物戦闘についてはかなり学びましたが、対人戦はほぼ未経験です。いざという時に殺さず制圧する術を学ぶのにも、あの女性はちょうど良い相手かもしれません。」
テルツォの提案にプロートンも賛成のようだが、デウテロンは首を振る。
「俺は疾っくに学んだから必要ねーな。酒場で絡んで来る酔っぱらいとか、偶に相手してますしね~」
「なにを自慢げに。」
要するに喧嘩をしているから手加減は覚えたと言いたいのだろうが、そのドヤ顔混じりの言い草にサイードは顔を顰めた。
「けど役に立ってますよ♪」
「ほどほどにしろよ~デウテロン。太陽の希望とルーファスの名前に傷なんかつけたら、マイルの逆鱗に触れて簡単なお仕置きじゃ済まねえからな?」
「当然ですわね。」
イスマイルの目がキランと光り、いつものように指先で眼鏡をくいっと上げてからデウテロンをジロリと睨む。
「わ、わかってますって!」
「どーだか。」
キシシシ、とデウテロンを揶揄うように笑うウェンリーを横目に、俺はテルツォの希望を聞き入れ、『追跡者』をどこかに囲い込んで事情を聞き出すことに決めた。
確かこの近くに魔物に滅ぼされた廃村があると情報で聞いたな。変異体の巣になっていたり、魔物が屯していないか見ておくつもりだったから丁度いいだろう、そこにしよう。
「――よし、それじゃ制圧はテルツォとプロートンに任せ、俺達はあの女性を誘い出し逃げられないように包囲する作戦を立てよう。今日予定している討伐依頼を熟すのはそれからだ。」
そうと決まれば俺達は、魔物討伐に行く振りをして街道を外れ、今は通る人も馬車もなくなって寂れた脇道に入り森の中にある廃村へ向かう。
途中次々襲ってくる魔物をバッタバッタ薙ぎ倒しながら歩を進め、後を付けてくる女性が魔物の集団に手間取っている間に距離を稼ぐと、着いた先にあった廃村の各所へバラバラに散って、ステルスハイドをかけた上で姿を隠した。
数分後、俺達に撒かれたことに気づき慌てた様子のハンター女性は、俺達が身を潜める廃村へ辿り着くなり必死に俺達の影を探し始める。
「嘘…っこんなところで見失うなんて…まだ〝あの人〟かどうか確かめられていないのに――!」
俺の予想に反して今にも泣き出しそうな半ベソ顔をした女性に、俺は素早く背後を取り至近距離から声をかけた。
「――なにを確かめられていないって?」
「!!」
バッ
ビクッと全身を揺らし、俺の声に吃驚した女性は瞬間的に俺が驚くような身の熟しで、タンッ、と高く跳び上がり一瞬で間合いを取る。
まるで捕食者の出現に飛び退く鹿のような跳躍だ…相当普段から身体を鍛えている上に、随分と身軽なんだな。だが――
「残念、甘いな。」
俺達が本気で囲い込むとなれば、なにをしようとももう逃げられない。
ススッ…
瞬間、プロートンとテルツォが音も立てずに忍び寄り、素手で女性への初手を仕掛ける。しかし――
「「!?」」
またも女性は挟み撃ちにされそうになったプロートン達の間合いから、跳び上がって空中でくるりと回転し素早く逃れ、冷静にも今度は退路を塞がれないように別の方向へ移動して見せた。
へえ…やるな。感心するほど見事な身の熟しだ。だけどまだまだ甘い、逃がさないぞ。
「外れだ。」
しかしそこにも当然、サイードにウェンリーとイスマイルが等間隔で待ち構えており、それに女性が気を取られた隙を突いて間合いを詰め、再度プロートンとテルツォは襲いかかった。
「くっ…!!」
一度逃げられたことで二人は徹底的に連携を取り、女性に逃走を図る隙を与えない。
すると女性はまずいと判断したのか、遂に背負っていたオリハルコン製の槍を抜き、プロートンとテルツォの体術による猛攻を武器で防ぎ始める。
ドガガガガガッ、ズドドドドドッ、と拳による二人の連続攻撃は代わる代わる完璧に繰り出され、女性は瞬く間に防戦一方となった。
――槍は盾代わりにしているだけで、プロートン達に反撃する素振りはないな…あくまでも俺達に敵対する意思はないと行動で示しているのか。
その女性は荒野の夕陽に燃える、赤土のような見事な赤毛にサファイアブルーの瞳をしており、ストレートのとても長い髪を後頭部の高い位置で結んだ髪型をしていた。
年令は二十代半ばくらいで、先程泣きそうな表情を見せた割りには、ぱっと見気の強そうな印象を受けるキリリとした美人だ。
女性の戦闘能力を見るに対魔物戦はもちろんのこと、対人戦闘も並々ならぬ手腕であり、プロートンとテルツォの二人を相手にしながら、的確な防御と回避で見事に全ての攻撃を往なしていた。
「ぬう…全然当たらない…悔しい~!」
相手を傷つけないという制限はあれど、いくら叩き込んでも全ての攻撃を防がれることでテルツォは少し不貞腐れ始める。
珍しくやる気になったかと思えば、どこか子供っぽさのある彼女は面倒臭がりに加えて飽きっぽい面と若干の負けず嫌いな面を持っている。
その本人が言い出したこともありこれは対人戦闘訓練の一環でもあったため、武器の使用はもちろんのこと、攻撃魔法を使うことも事前に禁止していた。
――テルツォが飽きてきてイライラしているな…だが痺れを切らして魔法を使うようなら、今回の訓練は失敗だ。
俺は念のためいつでも女性を守れるように、効果消去魔法『ディスペル』の待機準備を手元にしておく。
もしもテルツォが魔法を放てば、それが発動する前に消してしまうためだ。
「むき~!こうなったら…」
――予想通り魔法を使うのか?テルツォ…お仕置き決定だぞ。
直後テルツォはいつの間にそんな技能を獲得したのか、俺のような隠形魔技を使用していきなり女性に風魔法を放った。
「!」
«隠形魔技!?しまった!!»
「テルツォ!!」
「はあああああああーっ!!!」
次の瞬間、防戦一方だった女性の身体から青白い闘気がぶわりと放射状に放たれ、テルツォの放った最下級風魔法『エアカッター』を全て弾き飛ばした。
カカカカカンッ
「きゃうんっ!!」
「きゃあっ!!!」
女性によって弾き飛ばされたテルツォの魔法は、攻撃中だった二人に反射されてプロートンとテルツォを衝撃で引っくり返す。
ドタドタンッ
「もうっ、テルツォ!!魔法は禁止ってルーファス様に言われたでしょ!?なにしてるのよ!!」
「うにゃあ…ごめんなさい~プロ姉…」
ハンター女性を前にして我を忘れ、カンカンに怒ったプロートンにテルツォはその場でお説教を食らい始めた。
――今のは…闘気を使った防御術か?…驚いたな。
プロートンとテルツォを反射した風魔法で押し倒した女性は、この隙に、と一目散で逃げ出そうとする。
「凄い根性だな…ここまで来てまだ逃げるのか。」
『変な女だ。なにか捕まるとまずい、やましいことでもあるんじゃないか?』
「はは、それはどうかな。――でも残念、俺達から逃げられるわけがない。」
廃村の出口へ走って向かう女性の前に、残るリヴグストとゲデヒトニス、デウテロンの三人が立ち開かる。
「そこな女子よもう諦めよ!!予らの包囲からは逃げられぬぞ!!」
「…!!」
両手を広げて通せんぼをし、そう声を張り上げて不敵な笑みを浮かべるリヴグストに、その女性はなにを思ったのか速度を緩めることなく突っ込んで行く。
「!?」
「な…体当たりする気かよ…!?」
「んなっ!?ここ、こら!!なにを…とと、止まれっ止まらぬかっ!!」
焦るリヴグストがあまりの勢いに怖じけづいた次の瞬間――
「ああ、やはり!!リヴグスト様ああああああーッッッ!!!!!」
「はあっ!?」←(ウェンリーの声)
ドオンッ
「ぎゃあああっ!!!」
ドタンッ
――その女性は突然リヴの名前を叫び、彼に応えるかのように両手を広げて見事な突進をして行ったのだった。
わけがわからず呆気に取られる俺達の前で、その誰も予想だにしなかった事態は起き、まるで走ってくる恋人を受け止めんがばかりに両手を広げたリヴの胸へと飛び込んで行ったその女性は、怯み勢い良く押し倒されたリヴごと二人して地面に倒れ込んだ。
「なにあれ…どうなってんだ??」
ウェンリーも開いた口が塞がらない。
「今確かにあの女性、『リヴグスト様』と仰いましたわね…?」
「なんだ、リヴグスト様がどこかで引っかけた女性だったんじゃないですか…人騒がせな。」
「やれやれ…私もこれにはさすがに呆れましたよ、リヴグスト。あなたは自らがナンパした女性の顔すら覚えていなかったのですか?」
「サイテー。」
「最低ですね。」
「うん、最低だね。」
ポカンとするイスマイルに、呆れるデウテロン。そして冷ややかにサイードには幻滅され、追い打ちをかけるようにテルツォ、プロートン、ゲデヒトニスが続く。
ガッチリとリヴに抱きついて放そうとしない女性と、なにがなんだかわからないと言った混乱顔のリヴを見下ろして、俺達は全員が一斉に幻滅顔を向ける。
「ち…違う…違いまするっ誤解でするぞ、予の君…っ!!既に振られたとは言え、予にはリーマ殿が…っ」
「あーららリヴ、王都の〝下町の君〟にいつの間にかもう振られてたんだ?道理で最近は転移魔法石が減らなくなったと思ったぜ。」
「往生際が悪いな、リヴ。一度でも声をかけたのなら、ちゃんと責任は取るべきだぞ。」
「ちちちちち、違いまするッ!!ほほほ、本当に予は…予は、このような女性のことは全く知りませぬ――――ッッ!!!!!」
――廃村にそう叫んだリヴの絶叫だけが木霊していた。
一時間後、アネシスの村。
とりあえずこの女性から話を聞こうと思った俺達は、リヴの腕にガッチリとしがみ付いたまま決して放そうとしない女性と共に、廃村から最も近い小さな村『アネシス』に立ち寄ることにした。
ここに魔物駆除協会の支部はないが、代わりに守護者優先の簡易休憩所があり、そこの一角を借りて昼食を取りがてら話をする。
「ええと…とりあえず、あなたの名前を教えてくれないかな?俺達のことは知っているかもしれないが、俺はSSランク級パーティー『太陽の希望』のリーダーでSランク級守護者のルーファス・ラムザウアーだ。」
俺に続きサイード、ウェンリー、イスマイル、ゲデヒトニス、プロートン、テルツォ、デウテロンの順で紹介しそれぞれの名前を告げて行く。
「で、あなたが腕を掴んで放さない紺碧髪の男がリヴグスト・オルディス。彼もSランク級守護者なんだが…」
頬を桃色に染めてメロメロになり、目の形が既にハート型をしているその女性は、わけがわからず青くなってげんなりしているリヴしか目に入っていない様子だ。
――おかしいな…この女性、俺達の後を付けてきた間や、廃村でプロートン達を相手にしていた時とは急に別人になったみたいだ。
なにか悪い物でも食べたのか、それともなにかの薬でもやっているのかと、そう疑いたくなるほど異様な雰囲気を醸し出している女性に首を捻る。
だが真眼で見ても特におかしな点はなく、この女性は至って真面目にこう言う態度を取っているらしいことはわかった。
本当にリヴはこの女性を知らないのか…?
言うまでもないが、リヴが嘘を吐いているのなら俺にわかる。だがリヴはリヴで本当にこの女性がどこの誰なのか知らないようで、頭が恐慌状態を起こしているのは確かだった。
しかし次に女性が口にした言葉で、俺とゲデヒトニス、イスマイルとリヴ本人は凍り付いた。
「さすがはリヴグスト様…!海神リヴァイアサンを継ぐべき御方であり、フェリューテラには数少ない竜種の『海竜』です…!!Sランク級守護者であれば、ファーディアの貴族である私の旦那様としても申し分ありませんね…!!」
「「「「!?」」」」
――ファーディアの貴族…だ、旦那様…!?いや違う、そこじゃない…この女性、なぜ海神リヴァイアサンの継承やリヴが海竜であることまで知っているんだ…!?
至極当然だが、リヴは人族に変化して俺達と旅をしており、海竜であることや況してや海神リヴァイアサンの継承者であることなどそんな情報の公開は一切していない。
つまり俺達仲間内以外でリヴの素性を知っている者など、極限られた者(カオス第七柱や海に携わる海棲族など極一部)しかいないはずなのだ。
それなのにそう口にした女性に対して驚くよりも得体の知れない恐怖を感じたらしいリヴは、真っ青になって女性の手を振り払い立ち上がると、物凄い早さで椅子に腰かける俺の背後に身を隠した。
「ななななな、なんぞっ!?うぬは何者ぞ!!!なななななぜ、予のことをそんな…ッ」
「あん、リヴグスト様…っ」
ガタン、と立ち上がり悲しげに手を伸ばした女性は、本気で怯えるリヴを見て肩を落とし改めて椅子へ座り直した。
「あん、って…」
「今その突っ込みは必要ありませんことよ。余計なことは言わないでくださる?ウェンリー。」
「へーい。」
「………」
俺は込み入った話になりそうな予感がして、その場に遮音結界を張ると、女性に向けて脅すように覇者の気を放った。
ゴ…ッ
「――悪いが、リヴは俺の大切な仲間なんだ。リーダーの俺になんの説明もなく〝旦那様〟だのなんだのと口にされるのは非常に気分が悪い。場合によっては手加減なしで厳しく対処させて貰うが…どうする?」
女性はかなり肝が据わっているのか、脅しをかける俺を前にしても平然としてにっこり笑いかけて来た。
「お久しぶりでございます、太陽の希望様。あまりの歓喜にお見苦しい所をお見せ致しました。現代の私は千年前と髪色も顔も異なります故、思い出して頂けないのは当然でしょう。私は『ユングフラウ王国』の戦乙女『ヴァルキリー』所属のスペルビア・ファートでございます。」
「え…」
千年前…ユングフラウ王国…?
言うまでもないが、フェリューテラには大小数多の国があれど、1996年の現代にそんな名前の国は存在していない。
『この女…前世の記憶を持ったまま転生する〝残溜者〟か?』
『残溜者?』
『〝ファクト〟は現実にあった事実を意味し、〝ロア〟は記憶に作用するという伝説の精霊を意味する言葉だ。自分の前世を覚えている状態で稀に生まれて来る存在のことを、記憶が残っている者という意味で残溜者と言うが、それは正体不明の精霊による悪戯だとされ、そう呼ばれている。念のため残溜者の自覚があるかどうか女に尋ねてみろ。』
『あ、ああ…』
レインフォルスに促され、俺は『スペルビア・ファート』と名乗った女性にそのまま尋ねてみた。
「仰る通りだと思います。前世のなにもかもを覚えているわけではありませんが、私の中には千年前から二度転生しその人生を生きた記憶が残っております。今世は残溜者として三度目の転生となりますね。」
背筋をピンと伸ばし、さっきとは打って変わって凜とした態度でそう告げた女性は、とてもふざけて冗談を言っているようには見えなかった。
「ス、スペルビア・ファート、だと…?そそ、そなた…予に転生したら好みの女に生まれ変わるから、必ず嫁に貰えと無理やりグングニルに誓わせた、あのヴァルキリーか…??」
唖然とするリヴの問いかけに、その女性『スペルビア』はぽっと頬を染めて満面の笑みで〝はい〟、と返事をした。
「千年間、転生する度にリヴグスト様を探し続けておりました。都度私は顔も姿も異なりましたが、リヴグスト様のお好きな『赤毛』と『青い瞳』を持ち、少しでも理想に近づけるよう料理や家事の全ても幼い頃より学んでおります。貴男様に恋い焦がれ、死して尚どれほどお会いしたかったか…どうか今世ではお約束通り、私を伴侶としてお迎えくださいませ…!!」
「ば、ば、馬鹿な…」
「お、おい…リヴ!?」
「リヴグスト!!」
ドタンッ
なにか余程のショックを受けたのか、リヴは「ううーん」と唸り声を上げ、その場で卒倒し気絶してしまった。
――前世の記憶を残したまま転生する『残溜者』であり、千年前に俺達が立ち寄ったことのある、今は亡き女性優位の戦闘王国『ユングフラウ』でリヴと出会ったことから、一方的に一目惚れをしたと言う戦乙女『ヴァルキリー』のスペルビアは、現在のフェリューテラでは『カイゼリン・マクレリアン』という名でファーディア王国の一貴族家に生まれた女性なのだそうだ。
カイゼリンは初めから遠い昔の前世を思い出していたというわけでなく、前世でも前々世でも繰り返し夢に見る名も知らない紺碧髪の男性にただ恋い焦がれ、相手が誰なのか思い出せないまま結婚せずに生涯独身を貫いたらしい。
そうして今世でも繰り返し見る夢の中の男性と『お嫁に行く約束をした』という一部の記憶しか残っていなかったのだそうだが、魔物駆除協会の情報紙で偶々俺達の写画を見て、リヴが〝そう〟だということにすぐ気がついたと言う。
彼女は元々この国の王都ベルンシュタインで、女性騎士として名を馳せていたようなのだが、リヴを見つけたことで退職し家を飛び出して守護者に転身。
暫くして俺達がメル・ルーク王国にいることを知り、国を出ようとファッケルまで来た所で今度はラ・カーナに向かってこの国に来た俺達を偶然見つけ、リヴが本当に夢の中の男性なのかを確かめようと延々後をつけて来たようだ。
なんと言うか…ここまで来るともう単なる偶然ではなく、運命としか言いようのない気がする。
「リヴグスト様を見ていても中々確信が持てず、もし人違いであったならと声をかけることもできずにいましたが、私の前に立ち開かり両手を広げてくださった姿がまるで私を待っていたと仰らんばかりでしたので、はっきりとお名前から千年前の事まで思い出せたのです。」
「――つまりあの瞬間にリヴに関する記憶が全て戻ったと言うことなのか?」
「ええ。ですので我を忘れてお名前を叫び、あらん限りの力で胸に飛び込ませて頂きました。」
「な、なるほど…」
――凄い執念だ。普通は次の人生で出会えなければ記憶は薄れ、そのまま自然と忘れてしまいそうなものだけれど、その次、また次の人生と来て、そのどれもでリヴのことを忘れずに独身を通し、今世では到頭本人を見つけたのだから凄まじい。
ここまで思われたらさすがのリヴも男冥利に尽きるだろう。…まあ、本当に結婚するかどうかはまた別として。
「それでカイゼリンさん、あなたの守護者等級は?」
「私ですか?それはもう、リヴグスト様に近付くため死ぬ気で努力致しましたから、つい先日Sランク級に昇格致しました所です。」
「え…」
俺達がリヴと合流した期間から考えても…Bランク級から始まったとして、この短期間でもう!?
元々武力で国を守る国家の女性騎士だったのだから、対魔物戦闘に長けていたとしてかなり有利だとしても…お、恐るべし恋心…
「そして『太陽の希望』リーダーのルーファス様、私はリヴグスト様の婚約者として貴男様のパーティーに加えて頂くことを強く希望致します。確か副リーダーのシルヴァンティス・レックランド様と十五分戦い、最後まで立っていられれば申請する条件を満たせるのでしたね。副リーダーはどちらに?」
「あ、ああ…その、シルヴァンは…」
どう説明するべきだろう?
千年前のフェリューテラ…あの時代は暗黒神の存在も広く世界中に知られており、俺達がその眷属である『カオス』や魔物と戦っていたことは各国の上層部にも知れ渡っていた。
ユングフラウという国は残念ながら俺の記憶に残っていないが、恐らくヴァルキリーという戦乙女は今で言う王国騎士や国に属する軍兵に当たる存在だったのだろう。
だから『スペルビア・ファート』としての彼女は、太陽の希望と名乗っていた俺のことを詳しく知っている可能性が高い。
リヴが海竜であることも知っていたぐらいだしな…
『おい、その前に千年前と全く変わらないおまえや、イスマイルにリヴグストを見ても平然としているんだ、守護七聖<セプテム・ガーディアン>についても粗方覚えているんじゃないのか?』
『あ…』
確かにそうだ。俺にお久しぶりです、と挨拶をしたことからも十分考えられる。
そのことに気付き顔を上げてカイゼリンさんを見ると、彼女はニコッと微笑んで俺に言った。
「ご安心ください、現代ではまだ太陽の希望様の活動について広まっていらっしゃらないことは存じております。私はフェリューテラの人族を恐怖に陥れるようななにを知っていようとも、決して他言致しません事をルーファス様に誓います。」
「――そうか…ありがとう、カイゼリンさん。」
「どうか『スペルビア』と呼んで下さっていた時のように、今後は『カイゼリン』とお呼びください。」
「わかった、カイゼリン。俺のことも太陽の希望ではなくルーファスと呼んでくれ。」
――その後カイゼリンの話を詳しく聞き、やはり彼女は『カオス』や『暗黒神』の復活、守護七聖が眠りについたことなどを端的に覚えていたため、全員で話し合った結果、彼女をパーティーに加えることを決めた。
若干一名猛反対していた往生際の悪い奴もいたが、カイゼリンが甲斐甲斐しく説得し続けたため、最終的には根負けしていた。
こうして俺達は予想外に新たなSランク級守護者をメンバーに加え、再び先へと歩き出したのだった。
* * *
トゥレンとペルラ王女がラビリンス・フォレストを抜けて暫くが経った。
森を彷徨う内に低体温症を起こし、命の危険に晒された王女も当初はすぐに目を覚まして、体調が完全に戻るまではこの『ヴァハ』の村で身体を休めさせて貰うことを決めたのだが、程なくして今度は王城での心労が祟ったのか肺炎を起こしてしまう。
実はこの病は単なる疲れから来るものではなく、精霊族の加護なくして彼らの領域から脱出したことによる、『精霊の怒り』を買った結果であったのだが、精霊のことに詳しくもないトゥレンやペルラ王女がそのことに気付くことはなかった。
因みに加護のないトゥレンが同じように倒れなかったのは、闇の大精霊ネビュラ・ルターシュの関わる『闇の主従契約』の被契約者であるためだ。
そうして王女は何日も生死の境を彷徨い、トゥレンは為す術もなくただその手を握り助かることを祈りながら見守るしかなかったのだが、村長バジルとそのゼルタ夫人の献身的な看病の甲斐あって危機を脱し、十日ほど後にはようやく寝台から出て起き上がれる程に回復したのだった。
「ルラ様、まだ無理をなさってはいけません…!高熱による後遺症こそないものの、やっと起き上がれるようになったばかりなんですよ!?」
「もう大丈夫ですわ、レン様。体内で乱れていた魔力も回復して治癒魔法も使えるようになりました。体調が悪ければ聖魔法を使うこともできませんから、元気になった証拠です。」
「しかし…!」
すっかり顔色の良くなったペルラ王女は、トゥレンに向かって以前のようにその穏やかで美しい微笑みを見せる。
「それよりもゼルタさんと村長様にはすっかりお世話になってしまいましたから、少しでも恩返しがしたいと思うのです。なにか私にできることはないか聞いて参りますわね。」
「ルラ様、お待ちください…!」
ハキハキと動き始めるペルラ王女の後を追い、トゥレンはペルラ王女と共に村長宅の居間へ向かう。
そこでは丁度ゼルタとバジルがなにか困りごとを抱えているようで、深刻な顔で話をしていた。
「もうここへ運び込まれてから随分になります。このままでは目を覚ましても動けないほどに身体が弱ってしまうし、外傷は治っているのに意識が戻らないとなると、メクレンの病院へ運んだ方がいいんじゃないかしら。――あの子のように記憶を失うようなことになれば気の毒でしょう。」
「頭部を強打した事による記憶障害なぞ、早々起きるものではないわ。きちんと魔法石を使い脳に損傷がないことは何度も確認した。…じゃがいい加減メクレンから人手を集め、移動させる手配をした方が良いかもしれんの。」
「ええ。せめて少しでも反応があれば、家族へ連絡をするなりして迎えを呼ぶこともできるけれど…エヴァンニュではあまり見ない髪色をしていることからも、あの子のように天涯孤独である可能性もあります。それならいっそのことうちで引き取って――」
コンコン、と扉を叩く音にゼルタは、硝子の嵌められた居間の扉を見る。
「おや…どうぞ、お入りなさいな。」
許可を得てペルラ王女とトゥレンは室内に足を踏み入れた。
「すっかり良くなったようだね。でもまだ油断をしてはいけないよ?それでお腹でも空いたのかい?」
「ご心配ありがとうございます。いえ、そろそろ身体を動かすためにもなにかお手伝いできることはないかと思いまして…深刻にお話をされていたようですが、困りごとですか?」
「なんじゃ、病み上がりの人間がそんな心配なぞせんでもええ。」
ふおっふおっ、と村長バジルは肩を揺らして優しく小さな目を細める。
「そう仰らず…こう見えて私は治癒魔法が使えます。この村にはお医者様がいらっしゃらないのでしたね?薬師は村長様がなさっておられますが、村内の怪我人や病気の方などに魔法を使うことも可能ですから、せめてなにか少しでもお手伝いさせて下さいませ。」
「ほう…治癒魔法とな。」
「ではあなた達は外国からいらしたのね。…ねえおまえさん、ルラさんならもしかしたら…」
「…ふむ。」
ゼルタとバジルは考え込むようにして一度黙り込む。
「どうぞ、遠慮なく仰って下さい。」
「…ありがとうね、それじゃ少し相談してもいいかね?」
「はい。」
ゼルタはペルラ王女とトゥレンに椅子へ座るよう促し、直前に話していた内容について相談し始めた。
「実はもう村に運び込まれてから結構な日が経っているんだけど、ヴァンヌ山で夜間に高い崖から転落したらしくて、頭を打って意識を失ったまま目を覚まさない患者がいるんだよ。」
「ま、まあそれは…」
想像以上に深刻な内容で、ペルラは気を引き締めて話に耳を傾ける。
「病状を調べる魔法石を使用して、内部に損傷がないことはわかっているのだけれど、怪我が治っても目を覚まさないから点滴で栄養を補給するしかなくてね。このままじゃ寝たきりになってしまうんじゃないかと心配なんだ。一応メクレンまで行けば医者もいるにはいるけれど、峠を越えての往診は無理だから診て欲しいなら患者を運んでくれと言われたんだ。でも山越えは本当に大変で、人手もいるしでどうしたものかと悩んでいたのさ。」
「――怪我は治っているのに目を覚まさないと言うことは、もしかしたら俺の知人のように体力の低下が原因かもしれませんね。」
「ええ。」
トゥレンが言っているのは以前のライがそうだった時のことだ。あの時もペルラ王女に日に三度の回復魔法を施して貰い、やがてライは目を覚ましていた。
「でしたら試しに治癒魔法、浄化魔法、回復魔法をそれぞれ施してみましょう。そのどれかに手応えがあれば、意識が戻るかもしれませんわ。」
「本当かい?それなら助かるねえ…それじゃ、お願いしてみようか。」
«ゼルタさん…この方はなんて温かい方なのかしら。突然村に現れて助けを求めた私達のことも深い事情を聞かずに置いて下さり、親身になって看病して下さったし、今も自分のことのように患者さんを心配されて…私も是非見習いたいですわ。»
ペルラ王女は微笑んでゼルタに返す。
一方トゥレンの表情は曇り、まだノアディティクに王女が払う『対価』のことを説明出来ていないことに自己嫌悪する。
«ペルラ王女にいい加減あのことをお話ししなければ…人助けに王女は御自身の力を用いることを誇りに思っていらっしゃる。今日今すぐと言うわけではなくとも、その力はいずれ失われるのだと一刻も早くお伝えしなければ…»
「早速いいかい?患者は村を出て行った息子の部屋に寝かせてあるんだよ。」
«ゼルタさんの一人息子さん…»
ゼルタが息子のことを口にする時、どこか寂しそうな目をしているため、ペルラ王女は深く尋ねないように気を使う。
「レン様はここでお待ちくださいね。」
「わかりました。」
ゼルタに続いて王女が居間を出て行くと、残されたトゥレンは改めて村長バジルに頭を下げた。
「俺達の事情を聞かずに置いて下さり、本当に感謝致します。」
「なに、礼なんぞ要らん、若いもんが遠慮することはないて。おまえさん達がやって来たのはヴァンヌミストの森からじゃったと聞いておる。訳ありなのはさすがにわかるからの。ただこの村は辺境にあり住人も閉鎖的な者が多い。元気になったら早めに出て行った方が、余計なトラブルに巻き込まれないで済むかもしれんの。のう、トゥレン・パスカム元王宮近衛補佐官殿。」
「…!」
驚いたトゥレンはサッと顔色を変え、息を呑んだ。
「俺を…御存知だったのですか…?」
「言っておくがゼルタと村の連中はなにも知らんぞ?じゃが城では大騒ぎになっておるそうで、こんな辺鄙な村にまで手配書は届いておる。もう暫くは気付かれんじゃろうが、気をつけるに越したことはないわい。」
「――重ね重ね心より感謝致します。」
«まさか村長殿は俺のことを御存知だったとは…ご迷惑をおかけする前にできるだけ早くこの村を出るべきだな。»
トゥレンがそう心に決めたその時、先刻部屋を出て行ったペルラ王女の声が廊下から響いた。
「レ、レン様ッ!!!レン様、来て下さい!!お早く…!!!」
その声にガタンッと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、トゥレンは急いで居間を飛び出した。
「ルラ様、どちらですか!?」
「廊下を右じゃ!突き当たり一番奥の部屋におるはず…!!」
「突き当たりですね!?」
バジルに教えられ、慌ててトゥレンはその部屋の扉を開け、室内に飛び込んだ。
「ル、ルラ様なにが――」
ペルラ王女は酷く動揺しているようで、震える手で壁際に置かれている寝台を指差した。
「あ、あの方を…寝台で眠っておられるあの方を、ご覧下さい…っ」
«寝台?»
王女に促され、トゥレンは恐る恐るゼルタが脇に立つ寝台へ近付いた。
そうして次の瞬間、今日まで必死に探し続けた漆黒の髪色が目に飛び込んでくる。
「あ…ああ…っ、そんなまさか…こんな、所に――ラ…ライ様…ッ!!!!」
――寝台にただ昏々と目覚めることなく眠っていたのは、紛れもなく行方知れずとなっていたライ・ラムサスその人だった。
次回、仕上がり次第アップします。




