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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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22 王都戒厳令 ①

国王ロバムにより、王都戒厳令が発令された。警備システムにより、軍事棟は完全に閉鎖されているようだ。内部を彷徨く魔物を駆除しながら、ルーファス達は最上階を目指す。

           【 第二十二話 王都戒厳令 ① 】



 ――エヴァンニュ王宮の奥宮にある国王の私室で、サイレンの音に目を覚ましたロバムがベッドから出る。椅子に掛けてあったローブを羽織り、勢いよくドアを開けるとすぐにテラントを呼んだ。

「テラント!テラントはおらぬか!!」

 その声にすぐさま慌ただしくテラントが駆け込んでくる。

「こちらに!」

「このサイレンはなんだ!?なにが起きた!!」

 国王の前に控えるテラントの背後から、国王親衛隊の隊士が駆け込み、その場に跪いて頭を垂れる。

「失礼致します、国王陛下!!ご報告申し上げます、軍事棟に何者かが侵入!総技術研究室と最上階警備室共に連絡が途絶えました!」

「…なに!?」

「現在王城はライ・ラムサス近衛指揮官指示の元、近衛隊による城内調査を完了、こちらと王宮、王城の安全は確認されております!ですが軍事棟の状況は依然不明にございます!!」


 ――軍事棟に侵入者だと…!?護印柱の加護が消滅しつつある、このタイミングでか…!

 ロバムは愕然としていた。ある程度予期していた事態の一つではあったが、侵入された時期が予想外に早かったのだ。

 が、それは一瞬のこと。ロバムは冷静にすぐさま対応に出る。


「全王国軍兵士に通達せよ!!ライ・ラムサス近衛指揮官には軍事棟を含む、王城全区域の安全確保と徹底調査を命じる!!王家親衛隊は奥宮の警護を徹底!!王都城下の守備兵、警備兵、全王国軍兵士と憲兵は直ちに二重門閉鎖の準備にかかれ!!現時点を以て、王命により王都戒厳令を発令す!!」


 ――王都戒厳令、発令。その知らせは、“軍事棟を除く”区域に瞬く間に伝えられる。


 だがこの命令には、ある重要な部分が抜けていた。それはロバムが意図して加えなかったものだ。

 そのことに気付いた上官クラスの軍人は、ライとイーヴ、トゥレンの三人を含め、僅かな人数に過ぎない。中でもライは、初めからロバムを信頼しておらず、常に不信感を抱いているため、気が付くのが最も早かった。


 伝令から勅命を受けた王国軍所属の全軍人が一斉に行動を開始する。


「――軍事棟の警備室とまだ連絡は付かないのか!?」

 勅命を受ける前に近衛として行動を開始していたライは、王城と軍事棟を繋ぐ連絡通路が閉鎖されていたために足止めを食っていた。

 軍事施設正面入口と、他の侵入経路すべてを部下に見に行かせ、中に入る方法を模索している。

「報告します!軍事棟正面入口、地下整備場連絡通路、三階連絡橋すべて防護壁により完全閉鎖されております!!」

 調査に向かわせた近衛兵が戻り、敬礼をしてから調べた状況をライに報告した。


「やはり中から警備システムを解除して貰うしかありませんね。閉じられた防護壁はエラディウム製です。とても簡単に破壊できるものではありません。」

 報告を受け、トゥレンが知識を総動員してライに話す。


 エラディウムとは、エヴァンニュ王国の南東にあるメソタ鉱山から採掘される、魔法伝導率の高い鉱石の名前だ。硬度はそこまで高くはないが、柔軟性と衝撃吸収性に優れており、フェリューテラ全体では稀少に当たる素材なのだが、この国では豊富に入手できるため、高層建築物である軍事棟にはこの素材が多く使われていた。

 特に独自の警備システムを投入したセキュリティゲートでは、侵入者対策として素早く防護壁を閉じるために、エラディウム製の可動壁を使用している。


「外の端末を使って警備システムをリセットすることは可能ですが、どんなに早くても二日はかかります。」

 イーヴが難しい顔をして続ける。

「そんな呑気には待っていられんな。連絡が完全に途絶えていると言うことは、内部で想定外の異変が起きていると見た方がいい。」

 想定外の、異変。ライが口にするそれは、多数の軍兵達に犠牲者が出ている可能性を示唆している。

 訓練された警備兵が常駐している警備室からの連絡が、危機状況の伝達も出来ずに途絶えること自体あり得ないからだ。

「はい。ですが最悪の場合に備え、既に外部端末からの解除を手配しておきました。」

「わかった。トゥレン、それと平行して引き続き警備室に応答を呼びかけさせ続けろ。誰かしら状況を知る者に繋がるかもしれん。」

「承知致しました。」

 トゥレンが近衛の部下と一緒にその場を一旦離れて行く。それを見送った後で残ったイーヴが、なにか考えているらしいライを見て、様子を窺うように問いかけた。


「…ライ様、先ほどからなにかお気にかかることでも?」

 ライが顔を上げてイーヴを見る。

「ああ、あの男の命令がな。おまえはおかしいと思わないか?戒厳令を発令しておきながら、肝心な命令が抜けている。」

「それは…」

 イーヴにも言われて気付く、不審な点があった。

「侵入者の捜索と確保命令が出されていないだろう。どう思う?」

「――…」

 ライの言葉に、イーヴも深く考え込む。


 確かに国の重要施設に忍び込まれて戒厳令を発するのに、その侵入者を捜索もせず、確保を最重要命令としないのはおかしい。だがその意図がイーヴにはわからなかった。

「わかりません。ですが…国王陛下には、なにかお考えがあるのかと。」

「考え、か。俺はそうは思わんな。俺が奴の立場で、こんな間の抜けた命令を下すのであれば、最初から侵入者に心当たりがあり、相手を捕らえることが難しいと知っている場合に限ってだ。」

 イーヴがライのその発想に驚き、目を見張る。

「まあ、あくまでも俺個人の臆測だが、あの狡猾で抜け目のない男がわざと命令には含めなかったのだと思っている。」

 “その上で”とライが口元に右手を当て、視線を移してさらに続けた。

「捕獲や追跡を優先させないとするなら、それだけ相手が厄介で、尚且つ俺達にとって危険な敵なのかもしれない、と考えていた。」

 ライの考えに驚いたものの、イーヴはイーヴで思い直す。

「ライ様はそのような敵が存在するとお考えなのですか?」

 それはライの想定が考え難いと思ったイーヴの、本心からの問いかけであった。

「わからん。だからこそ一刻も早くこの先に入る方法を見つけて、なにが起きているのか確かめる必要がある。俺の考えが行き過ぎであるのなら、それに越したことはないからな。」

 そう言ったライとイーヴの二人は、ガッチリと閉ざされたセキュリティゲートの防護壁を前に、手を拱いてただ事態が動くのを待つしかないのだった。




 ――炎の吐息(フレイムブレス)を盾魔法で防ぐ俺の背後から、勢いを乗せて両手のエアスピナーを飛ばし、ウェンリーが三匹の大蛇の首を一斉に切り落とした。

「よっしゃあ!!やっとだルーファス、蛇頭は仕留めたぜ!!」

 俺とウェンリーの戦況は意外にも、順調に見えて少し苦戦していた。

 合成魔獣(ケミカル・ビースト)の攻撃手段が、単純な物から五つの頭の連携を取った複雑な物へと進化していたからだった。

 アイス・ブラストを放とうとした俺が、詠唱に入るタイミングを計り、獅子頭の炎の吐息(フレイムブレス)だけでなく、三匹の大蛇が噛み付きと毒の吐息(ポイズンブレス)で執拗に邪魔をし、魔法を封じていたのだ。

 それなら先に獅子の二首を叩き落とせれば良かったのだが、全身を覆っていた硬い鱗がそれを阻む。前の戦闘でアッサリ叩き落とせたのは、凍結させたことで破壊しやすくなっていたからだったのだ。

「良くやった、ウェンリー!後は獅子の二首だけだ!!」

「了解!!炎の吐息(フレイムブレス)を吐かれないように、俺が邪魔してやるぜ!!」

 言葉通り、ウェンリーのエアスピナーが二首の顔を目掛け、執拗に攻撃を繰り返す。

その隙に俺がアイス・ブラストを二連発で放ち、魔物を凍結させた。後は弱化した鱗ごと首を叩き落としてようやく終わりだ。


「はあ〜、ようやく倒せたかよ。こいつ、さっきお前が一人で倒した時より、手強くなってたんじゃねえ?」

 ウェンリーがその場にへたり込んで、ホッとしたようにぼやいた。

「ああ、なぜかはわからないが、まるでこちらの行動を学習していたみたいだ。」

 俺達が魔物を倒したと確認すると、ラーンさんが階段の扉から出て、こちらへ駆け寄ってきた。

「二人とも、怪我は大丈夫か?」

「あー、平気平気、ちょっと疲れただけだから。」

 ウェンリーがぱたぱたと右手を振ってラーンさんに答える。

「気を抜くな、ウェンリー。まだこの階には他にも魔物が彷徨(うろつ)いている。」

 俺の簡易マップには、まだフロア内を歩き回る赤い点滅信号が複数残っている。

 それを見て俺は、不審に感じていた魔物の出現を警戒し、動いているその信号の数を数えていた。…とフロア奥の行き止まりに、突然降って湧いたように点滅信号が出現した。


「!」

 ――信号が増えた!?魔物が出現したのか…この行き止まりに、なにかある…!!


『魔力集中型特異点計測』『状況調査推奨』Athena(アテナ)も気付いたようだ。


 だが俺はそこでこの後どうするかを考える。ウェンリーには自己管理システムとAthena(アテナ)のことを説明してあるが、ラーンさんには打ち明けていない。話した所で信じて貰えるかわからないし、ラーンさんは軍人だ。

 そんなことはないと信じているが、この出来事のことがことだけに、俺の特異な能力を知られて、軍事に利用しようと思われる可能性が絶対にないとは言い切れなかった。


 今回は偶々俺がこの場にいて、施設内に放たれているのが魔物だったから協力しているが、本来なら俺はたとえラーンさんに頼まれたとしても、どんな形であれ軍に協力する気は微塵もないのだ。


 ――どうする?説明を省いて、ラーンさんが納得してくれるか?けれどこのまま原因を突き止めずに放っておけば、魔物の出現は止まらない可能性が高い。外部に守護者の協力を要請しても、被害を出さずに解決するのは至難の業だろう。

 その点、単独でも俺ならAthena(アテナ)でなんとか出来る可能性がある。対応するなら早いほうが確実だけど…


 考え込む俺の躊躇いに気付いたのか、ウェンリーが小声で話し掛けてきた。

「どした?なんか親父に知られたくねえことでもあんのか?」

 鋭いウェンリーの指摘に、俺は思わず顔に出ていたのか?と苦笑する。

「ああ、まあ…この先に調べた方がいいと思う“なにか”がありそうなんだけど…その根拠をどう説明すればいいか悩んでいたんだ。」

「根拠ってAthena(アテナ)だろ?…あ、そう言うことか。」

 ウェンリーが俺の懸念に気付いたらしく、一緒に考え始めた。

「――なにも話さなくていいんじゃねえ?不審に思われたら思われたでさ、上手く俺が誤魔化してやるよ。」

 その言葉は意外だった。

「え…でもそれじゃお前が――」

「俺のことはいいって。親父も一応軍人だからな、お前がなに考えてんのかは俺にもわかるし。それより調べた方がいい“なにか”って、なんだ?そっちのが大事だろ。」


 こそこそする俺達に対して、ラーンさんはただその場で話が終わるのを待っていた。その目は、なにもかもを見透かしているようにも見えたが、敢えて口を挟まない様にしてくれているみたいだった。懐が深い人だ、と俺は思う。

「――ラーンさん、この先の行き止まりになにかあるみたいです。」

 思い切って話を切り出す。ウェンリーに言われた通り、自分のことはなにも話さない方向で行くことにした。

「おそらくですが、魔物の出現にも関係があるような“なにか”だと思います。すぐに調べに行きたいんですが…いいですか?」

「構わないよ。外部への連絡は優先させたいが、それを調べて結果を報告できるのなら猶いいからね。その判断は守護者である君に任せる。」

 ラーンさんは俺を信用してくれているようだった。

「ありがとうございます、ラーンさん。それじゃまた先行します、俺に付いて来てください。行こうウェンリー、少し急ぐ。」

「おう、了解!」

 俺は足早にその行き止まりを目指した。

 廊下を進んで少し行くと、またそこで魔物と出会す。小型の例の魔物達だ。こちらはさほど行動に変化がなく、ウェンリーと二人でなんなく倒すことが出来たのだが…

 行き止まりに、また信号が出現した。これはもう間違いない、一定の数から魔物が減ると、何らかの形で新たに補充されるような要因が、ここにはあるのだ。


「――ウェンリー、この先に共有スペースが広く取られている行き止まりがある。そこに中型のあの魔物が一体と、今そこで倒した五体の小型魔物が固まっている可能性が高い。」

「え…マジかよ。」

 俺は頷いて続ける。

「気付かれる前に強力な魔法で動きを封じる。厄介なのは中型の方だから、俺が仕留め損ねたら、小型の方の止めをできるだけ頼めるか?」

 フォースフィールドで強化したウェンリーの能力なら、小型魔物の2、3体は倒せると俺は判断した。

「わかった、動き出す前に倒せばいいんだな。」

「そうだ。それと、もしその直後に新たな魔物が現れたら、ラーンさんのところまで下がって、戦域を離脱しろ。」

「戦域を離脱って…逃げろ、ってことか?お前を残して?」

 ウェンリーが険しい表情で聞き返す。

「ああ、その時は俺にお前を守れるだけの余力がなくなるかもしれない。相手が学習してその行動が進化すれば、簡単に倒すのは難しくなるからだ。その時はAthena(アテナ)頼みで全力を出して戦う。」

 俺の言葉を真剣に聞き、少し考えた後でウェンリーはわかった、と頷いた。

 以前と違ってウェンリーは、状況と自身の能力をきちんと判断して物事を考えられるようになっていた。この短期間で目覚ましい進歩だ。


 行き止まりの手前の壁際から奥を覗き込む。…やはり、いた。中型の魔物が一体、そして五体の小型魔物だ。

 周囲と違っていたのは、魔物が彷徨(うろつ)くその奥の壁に、黒い渦を巻いた底知れぬ闇の穴がぽっかりと口を開けていたことだった。

 ここからでは少し距離がありよく見えないが、壁に紫色の光を放つ魔法陣が描かれているように見える。


 ――あれか。魔法陣が光っている所を見ると、魔法で魔物を呼んででもいるのか?


混沌(カオス)による召喚魔法陣と推測』『効果消去魔法ディスペル推奨/対象魔法効果発動中のみ消去可能』


 発動中のみ消去可能?効果が出ている最中にしか消せない、と言うことか。それに…混沌(カオス)…また“カオス”、か。

 その“カオス”とは、いったいなんだ?Athena(アテナ)


『暗黒神ディースの眷属/配下七眷属の総称』


 え…――

 俺はその答えに愕然とした。暗黒神…ディース?暗黒神!?その眷属、って――


「おい、ルーファス?」

 ウェンリーの声に俺はハッと我に返る。そうだ、考えるのは後だ。

「ああ、ごめん。」

 自分とウェンリーにフォースフィールドを発動して強化する。

「それじゃ、行くぞ。『グラキエース・ヴォルテクス』…!」

 今の自分に使える最高位の水属性魔法を選び、詠唱を開始する。右手に込めた魔力塊を最大まで練り上げ、青い魔法陣と共に魔物の足元に向けて、一気に放った。


 出現した魔法陣から、そこにいた魔物全体を包む氷の渦が立ち上る。


 コオオォォオビキビキビキ…ッ


 そこにいた魔物六体すべてが一瞬で凍り付いた。

「ウインド・スラスト!!切り裂く!!喰らええっ!!」

 少し散らばり気味の凍り付いた魔物の間を通り、擦り抜け様に小型の魔物数体と中型の魔物を多段斬りで倒そうと試みる。

 上手く何体かを倒すのには成功したが、中型の魔物と小型の魔物二体を仕留め損ねた。

「ウェンリー、頼んだ!!」

「了解っ!任せろっっ!!」

 ウェンリーのスピナーが、動き出す前の小型の魔物二体を倒し切った。その間に俺が中型の魔物をもう一度攻撃し、今度は横への薙ぎ払いで仕留める。

「よっしゃ!作戦成功、全部倒したぜルーファス!!」


 ブオンッ…オオォォォ…


 ウェンリーがそう言った瞬間、壁の魔法陣が鈍い音を立てて輝き、黒い渦を巻いていた闇の穴から、次々と魔物が出現した。

「やっぱりか!!下がれっウェンリー!!」

 穴の中から獅子頭の魔物が完全に姿を現す前に、また 炎の吐息(フレイムブレス)を吐き出した。

 襲ってくる炎の熱が、俺に迫る。


 ――負傷した傷は回復魔法で治せばいい!!それより先に…っ


 今度は盾魔法を使わずに、目の前の召喚陣を消し去る方を優先する。

「く…っ!…消去魔法発動…!ディスペル…っ!!」

 俺の白く輝く魔法陣が、紫色の召喚陣に重なると、その光が消え失せ、壁の黒い渦も消滅した。…が、盾魔法を放つのが間に合わなかったため、俺は炎の吐息(フレイムブレス)に吹っ飛ばされてしまった。

「ルーファス!!」

 指示に従い、ラーンさんのところまで後退していたウェンリーの、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 俺は受け身を取り、すぐに回復魔法を発動して傷を治療すると、体勢を立て直そうとして立ち上がった。

 ところがそこへ間髪を入れずに小型魔物の突進と、中型魔物の次のブレスが同時に襲ってくる。これは…いくら何でも避けられなかった。


「――伏せなさい、ルーファス!!」

「!」

 背後からラーンさんの声が響く。

 すぐに身を伏せた俺の頭上を、ラーンさんが放った魔導銃の魔法弾が掠めて行った。と、次の瞬間、俺の目の前で壮絶な“バチバチバチッズガガガガンッ”という轟音と共に、広範囲の雷撃が魔物の正面から奥に向かって駆け抜けた。


 魔法弾が直撃した魔物達は、一瞬で絶命し、その場に倒れ伏す。


 その攻撃威力の凄まじさに、俺は思わず呆然となってしまった。

「ルーファス!おい、大丈夫か!?」

 ウェンリーとラーンさんが俺の元へと駆け付けてくれる。

「あ、ああ…大丈夫だ。ありがとうございます、ラーンさん、助かりました。」

「上手く行って良かった。だがいくら治療可能だとしても、今のは無茶だぞルーファス。」

 ラーンさんが心配して手を差し伸べながら俺の行動を窘める。俺はその手を取り立ち上がると、少し情けないが言い訳をした。

「すみません、あの召喚陣は発動中でなければ消去出来ないものだったんです。…と言っても、予め盾魔法を発動しておけば良かったんですが、間に合わないと思ったので。」


 Athena(アテナ)は『ディフェンド・ウォール・フレイム』を発動してから『ディスペル』を唱えるように教えてくれていた。

 だが俺はそれだと間に合わないと判断して、先に効果消去魔法を使用したのだ。


 俺の自己管理システムは、俺に出来ないことを提案したりはしないかもしれない。だが俺はまだ魔力を使えるようになったばかりで、自分の力を過信できなかった。

 俺の後ろにいるウェンリーとラーンさんを守るためにも、どうしても先に召喚陣を消してしまっておきたかったのだ。

 それを無茶だと窘められたのは甘んじて受けることにする。

「とにかくこれでこのフロアの魔物は、倒した後に再出現することはありません。残りを駆除しながら、研究棟の警備室へ向かいましょう。」

 俺達は研究棟への連絡通路を目指し、再び歩き出したのだった。



 ――最上階の研究室の奥にある、情報記憶機械のモニターを覗き込んで頬杖をつき、口をとんがらせてシェイディがぼやく。

「むうぅ…なんだよこれ、ちっとも役に立たないじゃないか。」

 胸元の闇色の石がまた鈍く光る。

「「どうした?シェイディ。時間がかかりすぎているぞ。こちらから魔水晶で確認したが、王国軍の兵士達が慌ただしく動き始めている。まだ掴めないのか?」」

「うう、だってさあザイン!どこを探しても建国当時の記録が見つからないんだよ!!これってどういうことなのさ!?」

 不貞腐れたシェイディの足元に、血を流して倒れている研究員の姿があった。

「「――なるほど、さすがは賢王と呼ばれたエヴァンニュの初代国王エルリディンだ。自身亡き後も徹底した情報管理と歴史を封印することで、たとえ国民からでも守護神剣(ガーディアン・ソード)の封印場所が漏れないようにして来たのだろう。

 噂だが現在もその国では、考古学が広まらないように制約を受けているという。だとすれば国王以外に封印場所を知る者はいないと見た方がいいな。」」

 それを聞いたシェイディがショックを受け、さらに不機嫌な顔をする。

「ええ〜!?じゃあなに、ここの国王から聞き出さなきゃなんないの?もっと早く言ってよ、ザインのバカ!!時間無駄にしちゃったじゃん!!」

「「…それは悪かったな。」」

「しょうがないなあ、もう…わかったよ、今から国王を探して――」

 言いかけた言葉を遮るように、自身の設置魔法が消去された時の破砕音が聞こえる。


 パキイィィンッ


「…!?」

 シェイディがその音にハッとなって顔を上げる。

「「どうした?」」

「――僕の召喚陣が一つ消された。…たしかこの国には魔法を使える人間がほとんどいないって話だったよね?」

「「そのはずだ。守護七聖主(マスタリオン)の護印柱には魔力回路を阻害することで、魔物から人間を守ろうとする効力があると聞く。だからそこの国民はほとんどが魔法を使えない、という話だったが…」」

「なら、誰が僕の召喚陣を消したの?…まさか“使徒(やつら)”じゃないよね?」

「「…気配は感じぬぞ。」」

 ザインの返事に苛立ち、チェッと舌打ちをしてシェイディが椅子から立ち上がる。


「面白くないなあ…どこのどいつだよ、僕の邪魔をするのは。」

 その金色の目が、見えない相手に向ける憎悪の色を浮かべ、凶悪になって行く。

「「シェイディ、そろそろ引き際だ。今日はもう戻れ。」」

「い・や・だ・ね!なんの成果も持たずに手ブラで帰れるもんか。またクレンティアに馬鹿にされるに決まっているじゃないか。」

「「だが…」」

「なに?僕を心配してるの?見縊らないで欲しいな、これでも歴とした暗黒神ディース様の眷属、“混沌(カオス)”の一員なんだからね。人間如きに後れを取ったりするもんか。」

 一時の沈黙の後、ザインという何者かの声が静かに続ける。

「「…わかった、ならばもうなにも言わぬが、守護七聖主(マスタリオン)の結界が生きていることを忘れるなよ。

 暗黒魔法を使用すれば、それだけで反作用が跳ね返る。我ら“混沌(カオス)”とてただでは済まぬぞ。」」

「うっさいな!わかってるよ!!」

 腹立たしげに胸元の石を掴んで壁に叩き付ける。その闇色の石が、粉々に砕け散った。

「ちくしょう、ザインまで僕を馬鹿にして…見てろよ!!」


 ズァ…ッ


 シェイディの身体から、膨れ上がるような闇の闘気が黒炎のように燃え上がるのだった。



 ――住居棟七階の魔物をすべて倒し、途中で出会った複数人の負傷者を安全な所に移動させてから、連絡通路を通ってようやく研究棟に入った俺達は、また階段を上って最上階を目指していた。


「ラーンさん、警備室に入ったら、外部から応援を呼ぶつもりでいますか?」

「そのつもりだが、なにかまずいかね?」

「ええ、軍の中に守護者Aランク級に相当する、対魔物戦闘に慣れた兵士がどのくらいいるのかにもよりますが。」

「それは…まずいない、と言った方がいいな。」

 ラーンさんの答えを聞いて俺はやっぱり、と思った。だとすれば応援を呼ぶことで、無駄に死者を増やすことになりかねない。

 召喚陣を消さなければすぐに魔物が補充されてしまうし、俺以外にそれが出来る人間はいないと思った方がいい。効果消去魔法を使用できるのはおそらく、守護者の中でもリカルドぐらいしかいないはずだ。

 ここにリカルドがいてくれれば、と無い物強請りをしてしまう。それだけあの召喚陣と召喚された合成魔獣(ケミカル・ビースト)は厄介だった。


 せめて召喚陣だけでも先に消去出来れば、魔物を駆逐するだけで済むんだけど…何か方法がないかな。


最適解検索(アンサーサーチ)』『召喚陣施術者“混沌(カオス)”排除/撤退により消去可能』『但し危険度最大要注意』


 Athena(アテナ)はそう最適解を導き出した後、この先の最上階の簡易マップに黄色の点滅信号を表示した。


 ――召喚陣施術者?危険度最大…この上にその『カオス』という何者かがいるのか…!


 俺は踊り場で足を止めて9階に着く前に、注意を促すことに決めた。

「…ラーンさん、この先に魔物の召喚陣を設置した何者かがいるようです。おそらく、この騒ぎを起こした侵入者なのではないかと思います。」

 ラーンさんは一瞬驚いた顔をした後、すぐに険しい顔をして俺を見た。

「そんなことがどうしてわかるのかね?」

 さすがにこの言葉は聞き流せないようで、その根拠を求めてくる。

「それは…」

 自己管理システムのことを話すかどうか…俺は迷った。ただの魔法だ、で済めば問題はないが、この魔法の利用価値を考えればそうはいかない。他者に使用可能な物なのかはともかく、軍事転用されれば恐ろしいことになる。

 ラーンさんにそのつもりがなくても、俺の事情を知ることで、結局他者に説明しないわけにはいかなくなる状況だって起こりうるだろう。組織に所属する人間には、ままならないことが多いのもよく知っている。だったら初めから知らなければ知らないに越したことはないのだ。


「親父、ルーファスが何の理由もなく、いい加減なことを言う人間じゃねえって知ってんだろ?こいつがこうやって押し黙るのは、ただ話したくないから話さねえって訳じゃねえ。親父の都合も立場もわかってて話さねえんだ。その辺のこともわかってやってくれよ。」

 ウェンリーが助け船を出してくれた。

「私が胸の内に収め、誰にも話さないと誓っても話せないのかね、ルーファス。」

 ラーンさんが真剣な表情で俺を見る。

「――すみません、ラーンさんが約束を破るとは思いませんが、隠し通せないような状況で話さなければならなくなった時、初めからなにも知らなければ、知らない、で済ませられます。俺はどうしても“軍”という組織を信頼できない人間なので、どうか納得して頂けませんか。」

 ラーンさんは大きく溜息を吐くと、わかった、しかたがないな、と諦めてくれた。


 その後で俺はさらに続ける。


「召喚陣を設置したその施術者を倒すか、撤退させれば、施設内の召喚陣はすべて消せるようです。そうすれば後は徘徊している魔物を駆除するだけなので、これ以上の犠牲も出ません。なのでラーンさん、俺がすべての魔物を駆除して召喚陣の消滅を確認するまで、外部の人間を呼ばないで欲しいんです。」

「しかしそれでは、君一人が大変な作業を負うことになる。確かに無傷では済まないかもしれんが、それでも応援が来ればなにかの役には立てるのではないかね?」

「それは確かにそうですが、ラーンさんはあの魔物の行動を見て、軍の兵士達に犠牲が出ても仕方がない、とそう思えるんですか?…少なくとも、俺には無理です。」

「む…」

 今度はラーンさんが押し黙った。

「親父、あの魔物は多分、ルーファスじゃねえとまともに相手が出来ねえと思うぜ。その魔導銃だって連発できねえんだろ?魔法が使える兵士がいるってんなら話は別だけど、聞いたことねえしな。俺も手伝うから、ルーファスの言うこと聞いてくれよ。」

「――わかった、警備室で外と連絡を取り、上と相談してから決めよう。ルーファスの意見は守護者の意見としてきちんと伝える。それでいいかね?」

「はい。」

 俺は頷いた。


 俺達は再び階段を上り、9階の扉の前に立つ。簡易マップには魔物の赤い点滅信号はない。あるのは黄色の点滅信号だけだ。

 その信号は通路の一番奥の入口から入れる、大きな部屋の中を動き回っているみたいだ。

何をしているんだろう…?俺はふとそう思った。


 音を立てないように静かに扉を開けると、念のため辺りを確認する。魔物の姿はなさそうだな。

「侵入者はこの一番奥から入れる、大きな部屋の中にいます。」

「総技術研究室だ。どうやってここまで入り込んだんだ?不可解な…」

 ラーンさんが首をひねる。


 廊下を進んで行くと、壊されて火花を散らしているセキュリティ・ゲートの前に、事切れた警備兵が倒れているのを見つけた。

「お、親父!あそこにも警備兵が倒れてる…!!」

 L字型の廊下を左に見た先に、もう一つ破壊されたセキュリティゲートがあった。だがそこに行く前に、6、7人の警備兵が転々と倒れて亡くなっていたのだ。

「――全滅か。警備室と連絡が付かぬ訳だ。」

「侵入者の目的って、最初からここだったんじゃねえか?」

「ああ。」

 俺達は警備室へ急ぐ。

「ラーンさんは警備室で外部への連絡と待機をお願いします。ウェンリーは――」

「俺も戦うぜ、ルーファス。やばいと思ったらちゃんと逃げる。だから手伝わせろ。」

 一抹の不安が過ったが、生存者がいれば手当てが必要になるかもしれない。

「わかった、俺達は真っ直ぐ研究室に――」


『警告/十体の死傀儡確認』『使用可能聖光魔法封印中』『対抗策/回復魔法エリアヒール習得/ヒール残り二回使用で取得/死傀儡殲滅に使用推奨』


 普段と違い、Athena(アテナ)の警告文が赤く光る文字で流れて行く。


 右の部屋に『警備室』の表札が見え、その前が共有スペースになっている。その左がおそらく総技術研究室なのだろう。

 だが、その辺りからビリビリと感じる、肌を刺すような邪悪な気配。


 見るまでもなく、そこにいるなにかの存在から放たれる、周囲にまで影響を及ぼすような悪意と憎悪を感じ取り、俺は背中に冷たい物が流れていくのを感じたのだった。

次回、仕上がり次第アップします。

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