217 純白の怒り
腐沼に沈んでシルヴァンティスの姿が消えるのを、レインフォルスの中から目の当たりにしたルーファスは激怒し、珍しく感情を爆発させてしまいます。そのあまりの激しさに引き摺られ、レインフォルスの意識は飲み込まれてしまったようですが…?
【 第二百十七話 純白の怒り 】
「な…っルーファ…ッ、落……ち、着け…っ…」
――レインフォルスが動かしているはずの体内で、全身を巡る血液と魔力が俺の激しい怒りに反応し沸騰しているのを感じる。
落ち着け、と呼びかけるレインフォルスの声はどこか遠くで聞こえていたが、ア・ドゥラ・ズシュガに対する憎悪を抑えられず、やがてレインフォルスの方が俺に引き摺られて同調し肉体の方にも影響が出始めた。
今の俺は表に出ているレインフォルスの外見のまま、抵抗する彼の意識を無理やり抑え込み、肉体の支配を強制的に奪った状態だ。
身体中が熱くて熱くて、湧き上がるドス黒い怒りを吐き出してぶつけなければ、どうにも気が収まらない。
心臓から送り出される血液のあまりの熱さに、俺とレインフォルスの闘気は混ざり合い、真っ白い炎と化して身体そのものを今にも溶かしてしまいそうだ。
――許せない。
シルヴァンの空を掴む手が腐沼の中へ沈んで行ったのを見た時、咄嗟に魔法を使うなり手を伸ばすなりが出来れば良かったのに…動くことが出来なかった。
――許せない。
なにが『神の箱庭』の滅亡を担う、だ。よくも俺の仲間を…よくもシルヴァンを…!!!
――許せない、許せない、許せない…絶対に許せない!!!
かつて感じたことのない激しい怒りと敵に対する憎しみが、俺の思考を完全に埋め尽くして行く。
ズタズタに引き裂いて二度と転生も叶わないほど、徹底的に踏み潰してやる…!!
――その時、レインフォルスの全身は純白の光を発し、ア・ドゥラ・ズシュガの紫光を掻き消すほどに眩く輝いた。
その光は、街道にて森から飛び出して来た魔物の駆除に当たるプロートンとテルツォ、応援の守護者達、そしてモナルカの自宅に引き籠もっている住人たちからも見えた程だった。
「ルー様…!?」
「違うってマイル、あれはレインフォルスだろ!!」
«なんであいつ、いきなりあんな光って――?»
「――って、それどころじゃねえ!!沼化した地面にシルヴァンが沈んじまった、早く助けねえと!!ゲデッッ!!!」
シルヴァンが…シルヴァンが死んじまう!!
ウェンリーが走り出すと同時にゲデヒトニス、遅れてイスマイルも地面を蹴った。
「わかってる!!イシーも来て、手を貸して!!」
「は、はい…っ!」
――唐突だけど、ア・ドゥラ・ズシュガの前…空中で、真っ白に光り出したレインフォルスを除いて、俺『ウェンリー・マクギャリー』が今の状況を説明するぜ。
戦闘中になんの前触れもなく、突然ルーファスがレインフォルスと入れ替わったかと思えば、レインフォルスは既に戦ってる俺らを無視して、単騎での接近戦に入りやがった。
ゲデの話じゃルーファスの防護魔法でも防げない危険な攻撃があった(多分さっきの黒い鬼火だよな?)らしく、それでそいつを例の『邪眼』なら無効化できるってことで、いきなり交代したみてえだった。(いつの間にそんな自由に入れ替われるようになったんだよ?)
それはともかくとして、だ。
俺ら守護者がパーティーを組んでる大きな理由の一つに、一人の力では到底敵わない強力な敵(魔物)を、同業者と協力してできるだけ安全に倒すため、ってのがある。
それらは変異体や特殊変異体、魔物の集団暴走・襲撃なんかに対応するのにも必須なわけだけど、偶に性格破綻者や一匹狼(リカルドみてえな奴な!)、なんらかの理由で一人の方がいいっつって勝手な行動を取る奴がいる。
そういう奴はすげえ厄介で、場合によっちゃあどんなに高ランクで実力があっても、足手纏いになるどころか味方の中に混じった敵と同じになるんだ。
ルーファスと入れ替わったレインフォルスが正にそれで、協調性のない行動を取るあいつを、リーダーであるルーファスが黙って認めてるとは思わねえが、それでもそのせいで僅かな時間俺らは混乱し、特に前衛のシルヴァン達は咄嗟の動きが鈍っちまった。
あれはそんな虚を衝かれた敵の罠だったんだ。
普段ルーファスが号令時口にする『戦闘領域』ってのは、対峙する敵の数や凶悪種(所謂ボスって奴だな)によって範囲が随時変化する。
今俺らが戦ってる『ア・ドゥラ・ズシュガ』は、飛行タイプの大型昆虫系に分類されて、その攻撃範囲も遠距離ありきの広いことが想定されるから、単純に最低でも敵の十倍ぐらいは距離が必要になるって計算だな。
つまりは十メートルクラスのア・ドゥラ・ズシュガを中心にして、半径百メートルぐらいの戦闘領域内で前衛、中衛、後衛に分かれて戦ってたってことだ。
基本的に俺ら『太陽の希望』は、攻撃、防御、支援、回復のオールマイティに動けて指揮を執るルーファスと魔法攻撃が得意なサイード、ゲデヒトニスなんかが中衛に立ち、前衛は近接攻撃と回避、防御、耐久に優れたシルヴァンとリヴ、デウテロンなんかが担ってる。
それ以外のまだまだ弱っちい俺、マイル、プロートンやテルツォは、ルーファスの指示によって中衛から後衛を務めてんだ。
まあ俺がなにを言いてえのかって言うと、要するに後衛にいた俺達は前衛のシルヴァン達とはかなり離れてたんだよ。
――当然、シルヴァンが沼に引き摺り込まれた時も、助けるのは間に合わなかった。
けどその分、前衛で戦ってたリヴは…
「シルッッ!!!シル、どこぞ!?返事をせいッッ!!!シルヴァンティスーッッッ!!!」
自分を巻き込まないように、掴んでた手を振り払ってから沈んで行ったシルヴァンに、動揺して今にも沼へ飛び込もうとしてた。
ガシッ
「いけません、リヴグスト!!足元を見なさい!!」
「!!」
――既のところでサイードがリヴの肩へ手をかけて引き止めると、二人の視線が下を向く。
「腐沼が消えて行きます、入ればあなたまで戻れなくなりますよ!?」
「サ、サイード殿…しかしっ、シルが…シルが…っ」
ただの真水ってだけでも人の身体は浮き難くなるのに、腐沼は纏わり付きやすいどろどろの状態で、考えればすぐにわかるだろうけど藻掻いても手足は上手く動かず、そこから這い上がるのは誰かの手でも借りなきゃ難しそうだった。
そうしてシルヴァンは沈んだままいつまで経っても顔を出さなくて、俺とゲデとマイルが駆け付けた頃には、縁から急速に硬化して腐沼は目の前で完全に消えちまいやがった。
「そんな…っシルヴァンティス…!!」
「沼がなくなった…!?」
「嘘だろ…シルヴァンっ!!!」
俺はすぐにシルヴァンが沈んだ辺りの地面をスピナーの刃で掘ろうとしたけど、元の土に戻ったそこは、まるでなにかに踏み固められたみてえに固くて、この下にいるはずのシルヴァンがどうなったのかは想像するのも怖かった。
「駄目だ、手じゃ掘れねえッッ!!人手と固い地面を掘れる土魔法か道具が要る!!」
「今は無理ですわ、隔離結界がありますもの…っ」
「ちっくしょう…シルヴァン!!」
「そんな…シル――愚か者が…ッ予のことなど考えず、しっかり腕にしがみ付いておれば良いものを…っ」
それを見たリヴはその場でへたり込んで、地面に突っ伏した。
――その時だ。
「みんな危ない!!」
キンキンキンッ…ズガガガガンッ
白く発光したレインフォルスは、下で俺らがシルヴァンを助けようと集まってるのにも構わず、一人でア・ドゥラ・ズシュガと激しく戦い続けてた。
百歩譲って敵の攻撃を引き付けてくれてんのはいいとしても、俺らがなんの警告も受けずにその流れ弾から、ゲデの発動したディフェンド・ウォールで難を逃れたのは許せねえ。
ゲデの防護魔法が流れ弾を弾いた後、俺は高高度にいるレインフォルスを睨んだ。
「あんの野郎、本当に俺らのことはどうでもいいのかよ!!シルヴァンが沈んじまったって言うのに、こっちは気にもしねえ…!!攻撃が飛んで来るのに警告すらしねえなんざ、もう仲間でもなんでもねえじゃねえかッ!!!」
ついカッとした俺は、口から思ってもいない悪態を吐いちまう。
「それは言い過ぎですわ、ウェンリー!その特性上、複数人との共闘が苦手な守護者もいらっしゃいます。況してや彼は稀有な能力所持者であり、ルー様の中でも特殊な状態にあって――」
マイルがレインフォルスを擁護して、俺のイライラを鎮めようとする。
確かにあいつはゲデにパーティーでの戦闘は慣れてねえ、なんて言ってたらしいだけど、だからって周囲の俺らを無視して好き勝手にやっていい理由にはならねえだろ!?
レインフォルスを庇おうとしたマイルに、俺がそう反論しようとした時、発光するあいつを見上げてゲデが呟いた。
「――違う…暴走してる…」
「…え?」
「あれは発光しているんじゃない、闘気が燃えて白い焔に変化して…どういうわけかレインフォルスは暴走しているんだ…!!」
「ゲデちゃん…!?」
暴走?あいつがか…?
「おい、冗談じゃねえぞ!!レインフォルスは『邪眼』って特殊能力を持ってるんだ、あれを万が一俺らに使われたらどうなると思って――」
「待ちなさい、ウェンリー。あなたが彼を良く思っていないことは知っていますが、その言葉は聞き捨てなりませんね。」
「!…サイード…!」
「レインフォルスはこれまで何度もルーファスを助けて来ました。先程もア・ドゥラ・ズシュガの攻撃からあなたを含めた私達全員を守るために、邪眼を使ってくれましたよね?時に悪しき敵の攻撃から身を守ることも可能であるあの力は、それを見ただけでもわかる通りに、決して悪いだけのものではないでしょう。」
「そ、それは…そうかもしんねえけど…っ」
けどあいつ、前にバセオラ村で俺にあの力を使った前科があるんだぜ!?あの後なんともなかったからルーファスにも誰にも話してねえけど、なにかされたことだけは間違いねえんだ。
「――レインフォルスが表に出る時、いつもルーファスは窮地にあって意識を失ってしまう。今回はなぜか少し違うようですが、親友だからこそルーファスの身を心配しすぎて不安になるのはわかります。でもだからと言って、いつまでも子供染みた感情で彼に当たるのはやめなさい。あなたのその態度をルーファスが見れば、きっと悲しみますよ。」
「…っ」
――俺は図星を突かれ、サイードの正論にぐうの音も出なかった。
「ゲデヒトニス、レインフォルスかルーファスに思念伝達は通じましたか?」
「ううん、何度も試してるけど駄目だ、返事もない。サイードからも呼びかけてみてくれるかな?」
「ええ、わかりました。イシー、リヴとウェンリーを連れて適度に距離を取ってください。また上空の攻撃でいつ流れ弾が飛んで来るかわかりませんから。」
「は、はい…わかりましたわ。――リヴ、どうかしっかりしてちょうだい。あなたまでそんな状態では、わたくしも心が折れてしまいそうですわ…お願い。」
シルヴァンを助けられなかったリヴは暗く、イスマイルの呼びかけで立ち上がるも項垂れたままで、俺は俺でサイードに叱られて自己嫌悪に陥ってる。
俺ら三人は一旦前衛の立ち位置から離れて、上空で戦ってるレインフォルスとア・ドゥラ・ズシュガから距離を取った。
――マイルやサイードの言う通りだよな…確かに言い過ぎたかも。俺はレインフォルスが出てくると、いつもルーファスが消えちまいそうな気がして、不安になっちまう。
そこにただ嫌ってるって感じじゃなく、あいつのどこか俺を憎んでるような、ルーファスに近付くな、っつう印象の態度と相俟って、つい過剰に反応してるってのはわかってたんだ。
『嫌いという感情は相手に関心があるからこそ持てるものだ。』
…なんてそんなことを言ってた割りには、あの俺に向けられる目は憎しみが籠もってる気もするんだよな。
単に俺がルーファスの傍にいるのは気に入らねえ、ってだけじゃねえような感じがすんだけど――
今さら仲良くなれそうな気はしねえけど、戦闘中以外で次に顔を合わせたら、一度ちゃんと謝るか…
――俺はその時の状況もわからずに、ゲデの言った『暴走』がなぜ起きたのかも考えず、呑気にそんなことを考えてた。
まさかあれが、ルーファスの強い感情によって引き起こされたものだったなんて、思いもしなかったんだ。
『――レインフォルス、聞こえる?僕だ。暴走しているように見えるんだけど、なにかあったのかい!?返事をしてくれ…!!』
ゲデヒトニスは隔離結界上方のかなり高い位置まで上がっているレインフォルスに、繰り返し思念伝達で呼びかける。
真っ白い焔に包まれて光っているレインフォルスは、ア・ドゥラ・ズシュガの攻撃を全て瞬間移動で回避し、刀身に強い光属性の魔力を帯びているエラディウムソードで羊歯状の触覚を切り刻んだ。
片方の感覚器官を負傷したア・ドゥラ・ズシュガはぎゃああ、という悲鳴を上げて後退り、蹌踉めきながら高度を下げるが、レインフォルスの下方から風を巻き起こし棘覚を伸ばすも、瞬きする間にその姿は消え、今度は頭の後ろからもう片方の触覚を狙い打ちにされる。
ズバババババッ
レインフォルスの剣は目にも止まらぬ速さで何度も左右に動き、ア・ドゥラ・ズシュガの触覚をバラバラに切り刻んだ。
《ギャアアアアーッ!!!ガガ、ぐ…ぐガ…、う…うぬは…本当に、先程と同じ存在、か…!?これほどの、ち、力…力は、〝光の〟や〝暗黒の〟をも越える――》
「「――煩い口だ…感覚器官である触覚を二つとも切り落としてやったのに、まだ喋る余裕があるのか。くくく…だがもう俺の位置すら感知出来なくなっただろう。次はどこを狙う?…ああ、眼状紋の『冥眼』を潰すか…――それとも先に翅を切り落とした方がいいか?ただ切り落としても簡単すぎて面白くないな…どうせなら幼子が蝶を捕らえて残酷な遊びをするように、一枚一枚毟り取ってやろうか。」」
――その瞳に真紅の光をギラギラと輝かせ、黒髪の一部が銀と赤に変色した状態のレインフォルスは、数秒ごとに瞬間移動を繰り返しながら、邪悪な笑みを浮かべ敵を見下ろしている。
《わわ、わらわを玩ぶつもりか…ッ!おのれカオスめ…ッ、此奴を人族へ与すに過ぎぬ守護七聖主などと、謀ったなッ!!ここ、此奴は、まるで…まるでぇぇ――ッ!!!》
「「刃向かう相手を間違えたな。言ったはずだ、おまえは俺の怒りを知らないだろう、と。俺の逆鱗に触れたおまえは、もう『生物』であることを許されない。――だが一思いには殺さない…冥界の一族が二度と俺に逆らう気にはなれないよう、女王であるおまえが見せしめとなれ。――そら、喰らえ。『裁きの天槍<ジャッジメント・ランスハリアー』。」」
右手でエラディウムソードを握り、ひょい、と掲げた左手に一瞬で巨大な漆黒の魔力塊を練り上げ、それをア・ドゥラ・ズシュガに放り投げる。
するとそれはレインフォルスの手を離れた瞬間に鳥羽根の生えた槍の形状へと変化し、それに向かって集束する光が先端に無数の刃を出現させた。
そうしてそれは、大翅の眼状紋でギョロギョロと動く眼球へと瞬間移動して突き刺さり、そこで弾けてもう片方の眼球(冥眼)もぐしゃりと叩き潰した。
《があああああーっ!!おのれ…おのれおのれおのれえええええ!!!!》
「「へえ…片方の小翅を斬って両方の眼状紋を潰されても、まだ飛んでいられるのか。じゃあ次はやっぱり残る翅を毟り取ってやろう。その後は六本ある足を一本一本へし折って身体から引き抜き、後は…まだ生きていたら、複眼を一個一個千本針<ニードル>で突き刺そうか。いい考えだろう?くくくく…」」
《ば、化け物…馬鹿な…馬鹿な馬鹿な!!このわらわが、なぜ――》
〝…そうだ、地上にいる此奴の仲間を質にすれば――〟
ア・ドゥラ・ズシュガは複眼で、こちらを見上げるサイードとゲデヒトニスをちらりと見やり、複数に見える彼らを一時的な人質にしようと考えた。――だが、次の瞬間…
シュンッ
その思考は見抜かれ、一瞬で鼻先が触れ合うほど間近に移動してきたレインフォルスが、仮面のような真っ白い顔に自身の顔を近づけて恐ろしい言葉を発した。
《あ、熱――ッ》(ジュッと音を立て、純白の焔が表皮を焼く。)
「「――それはやめておいた方がいい。まだわからないのか?ルーファスの仲間にこれ以上危害を加えたら…この俺が冥界を滅ぼしに行くぞ。――『神の箱庭』に手を出したせいでおまえの世界が滅び、数多の不死族が無秩序に放たれたら…おまえの言う〝主上〟とやらはどう思うだろうな?ああ…案外喜ぶかな。くくく…」」
《ひい…っ!!!》
「「そうら、先ずは右下の小翅から毟り取ってやろう!!」」
笑いながらそう言うと、レインフォルスはア・ドゥラ・ズシュガの向かって右側面へ瞬間移動し、右下にあるバタつく小翅を左手で無理やり掴んで力任せに引き千切った。
ブチブチブチッバリバリバリッ
《ぎゃああああああーッッ!!!》
ア・ドゥラ・ズシュガの絶叫が戦闘領域に響き渡り、はらはらと木の葉のように落ちてくる、切り刻まれた触覚や引き千切られた小翅に、地上にいたサイードとゲデヒトニス、少し離れてウェンリー、イスマイル、リヴグストの五人は戦慄した。
「あ…あいつ…なにしてんだ、あれ…!なんつー怪力だよ、翅を左手だけで引き千切ったぜ…!?」
さすがに様子のおかしいことに気づいたウェンリーは、その顔色も青ざめる。
「ふ…普通の戦い方ではありません、わね――」
「あ、当たり前ぞ…いくら敵とは言え、触覚や翅をあのように…あり得ぬ…っあれではもう嬲り殺しではないか…!」
当然、残虐行動を目撃したイスマイルとリヴグストもだ。
『レインフォルス!!返事をしなさい、なにをしているのです!?』
〝暴走〟という言葉では済まされない事態が起きていることに、ようやく気づいたサイードは思念伝達で呼びかけると同時に、レインフォルスを正気に返そうと最下級光属性雷魔法、『トゥオーノ』を放った。
《ひいいい…もうやめて…やめておくれえええええッ!!!わ、わらわが悪かった…!!二度とうぬには手を出さぬ…っ、大人しく冥界へ帰るから…っ許しておくれええええっ!!!》
「「もう遅い。他の世界を蹂躙し、そこに住む数多くの生物を死へ追いやっておきながら、自らの身が危うくなると命乞いをするのか?図々しくて浅ましい奴だ…二度と転生も叶わぬ真の怒りと憎悪を思い知れ。」」
「我を失いし者よ、正気に返れ!!『トゥオーノ』!!」
ピシャーンッ
「「!」」
次は大翅に手をかけようとしたレインフォルスの眼前へサイードの雷魔法が落ち、それを避けたレインフォルスが瞬間移動で敵から距離を取った。
「「――今のはサイードか…なぜ俺に攻撃を?…うっ!!」」
『レインフォルス!!』
敵からほんの一瞬気が逸れたその時、レインフォルスは左手で耳を押さえ、頭の中に轟々と響くサイードの声を聞いた。
「「レインフォルス…?」」
『私の声が聞こえますか!?聞こえたら返事をしてください!!』
その時純白の焔に包まれていたレインフォルスの動きが鈍り、その光が僅かにぼやける。
『く……サ、イー、ド……っ、…めて、…れ、……ルー…ファ……』
思念伝達を送っていたサイードへ、途切れ途切れにその言葉が届くと、サイードはハッとして傍に立つゲデヒトニスへ叫んだ。
「ゲデヒトニス!あれはレインフォルスですが、暴走を引き起こしているのはルーファスのようです、すぐになんとかしてルーファスを止めてください!!」
「ええっ!?いや、待ってよ!!表層意識に出ているのがルーファスじゃないなら、どうすれば…ッ」
サイードはゲデヒトニスの腕をぐっと掴んで必死に訴える。
「あなたにしか取れない手段が〝なにか〟あるでしょう!!あのままではレインフォルスにもルーファスにも、なにが起こるかわかりません…っ!!――早く!!」
«そ、そんなこと言われたって――»
困惑するゲデヒトニスは焦り、どうすればいいか混乱しながらも考えた。
あれを引き起こしているのはルーファスだって言うのか…?肉体の支配権は表層意識に出ているレインフォルスが握っているはずなのに、どうして…
――記憶の同期は出来なかったし、今もルーファスに僕の思念伝達は届かない。つまりルーファスに意識はあっても、魂は深淵に沈んでいる…それなのに暴走の引き金はルーファスが引いたのなら、多分シルヴァンのことが原因か…だけどルーファスは元々怒りや憎しみと言った〝負の感情〟が極端に少ないはずなのに、レインフォルスの意識を抑え込んでまで暴走するなんておかしい。
もしかして…僕達が気づいていない、外的要因がある…?
「まずいな、サイードの言う通りかもしれない…」
同期が出来ない分身の僕に『自己管理システム』は使えないし…後はもう、レインフォルスが表に出たまま、僕らの危険覚悟でルーファスの意識を失わせるぐらいしか――
なんらかの手段を思いついたゲデヒトニスは、意を決して上空のレインフォルスを見上げた。
「サイード、頼みがあるんだ。」
その頃サイードの雷魔法でレインフォルスの攻撃が止み、僅かな隙が出来たことに気づいたア・ドゥラ・ズシュガは、〝しめた!〟となんとか戦闘から逃走を図ろうと企む。
だが次の瞬間、敵の行動に逸早く気づいたレインフォルスは、再びサイードの思念伝達を受け付けなくなる。
「「――どこへ行くつもりだ?ア・ドゥラ・ズシュガ。」」
まだ僅かに躯体を動かしただけにも関わらず、それに反応したレインフォルスはア・ドゥラ・ズシュガへ強烈な殺気を放って威圧する。
《ひっ…》
「いけない、レインフォルスがまた…!!ゲデヒトニス!!」
「わかってるッ!!」
思念伝達でレインフォルスの声が聞こえなくなったことにサイードは焦り、名を呼ばれたゲデヒトニスは思いついた手段を実行に移すため、そこから掻き消すように姿を消した。
「ゲデちゃん!?」
サイードの横からいきなり消えたゲデヒトニスに、イスマイル達は驚いて身を乗り出す。
「こんな時にどこ行ったんだよ!?」
その間もレインフォルスの殺気は高まり、一度光が弱まった純白の焔は再度激しく燃え上がった。
「「――俺に背を向けて逃げようとするとは愚かだな、逃がすわけがないだろう…〝神界の薔薇〟よ、罪科に処され消えゆく御魂を屠りここに咲き誇れ。『スピーナ・ディアペルノ・サルバシオン』。」」
ブワッ
《その禁呪は――や、やはりうぬは…天帝のォォ――ッッ!!!》
純白の焔からぶわりと闇色の靄を滲ませ、レインフォルスは目にも止まらぬ速さで無色透明の魔法陣から無数の荊を放ち、ア・ドゥラ・ズシュガの全身を貫いた。
ズドドドドドドッ
《ギャアアアアアアア――ッッ》
それは鮮やかな深緑の蔓が羽虫を捕らえて逃さぬように、そこから各所に巻き付いて突き刺した棘から生命力を吸い尽くして行く。
そうして隔離結界で隔たれた夜空には、ア・ドゥラ・ズシュガの霊力を養分に、純白の光(焔)で照らされた無数の紅い薔薇が満開に咲き誇る。
全ての急所を射貫かれ、荊に絡め取られた巨大蛾にはもう抗う術がなく、やがて滞空したまま完全なる死へ至り灰の塊と化した。
――それが風で端からホロホロ崩れ、花びらのように舞い飛び消えて行く姿を、レインフォルスは無表情に見送る。
「倒した…結局あいつ一人で――」
「最後のあれは魔法、なのですか…?深緑の荊に咲き誇る…真紅の薔薇がなんて美しい――」
闇を照らしていたア・ドゥラ・ズシュガの紫光は消え、レインフォルスを包む純白の焔だけが辺りを明るく照らし出していた。
「「ぐ…ッ!?」」
須臾後、突然レインフォルスは空中で身を捩り、右手に持っていたエラディウムソードを落として、両手で首を押さえながら苦しみ出した。
「レインフォルス…!?」
「――なんぞ、様子がおかしいわ…!!」
「あいつやべえ、落ちるッッ!!馬鹿野郎、冗談じゃねえぞーッッ!!!」
「きゃあああっ、ルー様!!!」
苦痛に踠くレインフォルスは飛行魔法も強制的に解除されてしまい、均衡を崩して頭から真っ逆さまに落下し始めた。
それを見たウェンリーとリヴグストは、レインフォルスを助けようとして落下地点の真下へ向かって走り出し、最悪の事態を予想し悲鳴を上げるイスマイルは直視出来ずに顔を両手で覆って固く目を閉じた。
「落ちたる者の速度を緩めよ、『ファレン・レ・メドレンノ』!!!」
その時予め下で待ち構えていたサイードは、時魔法ですぐさまレインフォルスの落下速度を緩め、そのおかげで駆け付けたウェンリーとリヴグストは間に合い、二人でレインフォルスを受け止められたのだった。
二人がかりでどうにかその身体を地面に降ろすと、純白の焔は少しずつ小さくなって消え去り、完全に暗くなる前にサイードが強照明魔法で灯りを確保した。
「――えっ、こいつ気絶してる…なんで!?」
「…私がゲデヒトニスに、ルーファスを止めてくれるよう頼んだのです。」
「…は?どういう意味だよ、それ…!」
「だが髪は漆黒のままですぞ…?これは予の君…ルーファスでなく、レインフォルスなのでは――」
「ええ、ですが…」
遅れてイスマイルが駆け寄り、困惑するウェンリー達と合わせてサイードが話をしようとしたその時、どこか上の方から残念そうな子供の声が降って来た。
「あーあ、もう少しで面白そうな実験結果が見られそうだったのに…冥界の死面蛾ア・ドゥラ・ズシュガも全っ然大したことなかったなあ。」
「「「「!?」」」」
その声の主を探すサイード、ウェンリー、イスマイル、リヴグストの四人は、まだ隔離結界の張られた周囲を緊迫した表情で見回した。
「あははは、もしかして僕を探してる?ここ、ここ!君らの真上だよ♪間抜けだなあ。」
笑い声に上を見た四人は、隔離結界の外、遥か上空にぼんやりと発光し宙に浮かぶ人影を見つける。
「あそこですわ、結界の外に!!」
「この声…まさか、あのガキんちょ…!!」
すると四人の正面、暗闇の中に、現映石の映像を映し出したような、四角い光の窓が現れ、続いてその窓と上空の両方から、同時に子供の声が聞こえてくる。
「『やあ、こ・ん・ば・ん・わ♪月と星、両方の明かりがない、とっても良い暗黒の夜だね。――初めましての人もいるみたいだから、改めて僕はカオス第七柱、死遊戯のシェイディだよ。』」
「やっぱカオスのクソガキ…!!」
「――シェイドリアン・バルト…!」
「真にシルの言っておった通りか…っ」
「待ってください、少年の後ろにもう一人誰かが――!」
画面一杯にオレンジと白の二色髪をした、まだあどけなさの残る少年カオス――シェイディの顔が映し出され、そのシェイディが含み笑いをしながら顔を引くと、その背後に別の人物が姿を現した。
少し離れているため、はっきりとその顔は見えないが、かなりの大柄でその肩にはなにか人のような物を担いでいる。
――瞬間、四人は驚愕して同時に叫んだ。
「「「「シルヴァン!!!!」」」」
男の前面に逆さの状態でうつ伏せに担がれ、意識を失い両腕をだらんと垂れ下がらせているのは、紛れもなく腐沼に飲み込まれたはずのシルヴァンティスだった。
「『第七柱の背後から失礼する。我はカオス第六柱、愚者のザインと申す者。守護七聖が〝白〟は我らが頂いて行く。』」
「第六柱…!?」
「ザイン…パスラ山の不思議穴で、ルーファスと戦ったっつうカオスかよ…!!」
「シルヴァンティス!!第七柱と第六柱、あなた方の目的はなんですの!?白を攫ってどうするつもりです…!!」
イスマイルは上空に見えるカオスの影をギッと睨み、気丈にも問いかけた。
「『今さらな問いだね、僕の目的は最初から決まってるじゃん。そこで気絶してる守護七聖主に伝えてよ。シルおじちゃんの命が惜しかったら、〝風の神魂の宝珠〟を見つけ次第僕に渡せ、ってね。千年かけてフェリューテラ中を探したのに、見つからないんだからしょうがない。君らの主なら見つけられるんでしょ?』」
「シェイドリアン、あなた…デューンに会いたいのですか?」
〝風の神魂の宝珠〟には、守護七聖の緑、『デューン・バルト』が封印されている。そしてシェイディはそのデューン・バルトの養子だ。
イスマイルは血の繋がりはないとは言え、当時まだ父親が恋しい年令だったシェイドリアンが、神魂の宝珠に封じられて眠りに着いたデューンと幼くして別れることになったことから、そんな同情を抱いた。
しかし、当のシェイディは――
「『キャハハハハ!!なに言ってんの?そんなわけないじゃん!!ええと…ああ、イシーお姉ちゃんだったよね、僕が僕を捨てたデューンを恋しがると思ってんだ?まあ、守護七聖は全員死んだと思ってた内は、そんな感情も少しはあったかもね。だけどさあ?聞かされてた事実と違って、君ら生きてんじゃん。ってことはさ、デューンは間違いなく僕を捨てたって事なんだ。だから僕はこの手で養父さんを殺してやりたいのさ。指切りをした約束は、破ったら針千本飲ますって話、誰あろう養父さんから教わったしねえ…!アハハハハハハッ!!!』」
「な…なんてこと…っデューンは、デューンはあなたのために…っ!!」
涙ぐみながらデューン・バルトを庇おうとするイスマイルの肩を、リヴグストがぽん、と静かに叩く。
「――止せ、イスマイル。なにを言うても…もう無駄ぞ。」
「リヴ…」
――狂ったように笑いながら、デューン・バルトを自らの手にかけたいと口にしたシェイディに、イスマイルは衝撃を受けて悲しげな視線を落とした。
「『まあとにかくそう言うことだから、ちゃんと言っておいてよね。僕の要求を無視してもそれはそれで構わないけど、その時はシルおじちゃんの身体の一部を切り取って、一定期間ごとに魔物駆除協会経由で送りつけるよ?それか食人の趣味がある第四柱に食材として渡しちゃうかも。』」
「ひ…っ」
「やれるものならやってみよ!!シルに傷一つ付けてみよ…例えかつてがデューンの愛する息子であったとしても、我ら守護七聖がおのれを八つ裂きにしてくれるわ…ッ!!!」
ゴオッ…
シェイディのあまりの言い草に激怒したリヴグストが、全身から紺碧の闘気を立ち昇らせる。
「『おお、こわこわ!それじゃーね~!』」
カオス第七柱は結局地上に降りてくることはなく、笑いながら手を振りシルヴァンティスを担いだ第六柱と共に姿を消してしまうのだった。
それと同時に画面のような光る窓も消え失せる。
「追わなくていいのかよ!?」
「わたくし達はまだ隔離結界の中ですのよ?ウェンリー。あの二人もそうとわかっていたからこそ、あのように余裕を持って話していたのでしょう。対峙してシルヴァンを取り戻したくても、ルー様がお目覚めになって解除されない限り出られませんもの。」
「ちっ、そう言うことかよ…!!」
「カオスめ…っ!!!よくもシルを…ッ」
腐沼に飲まれて、固くなった地中に沈んでいるとばかり思っていたシルヴァンティスが、本当はカオスの手に落ちていたことを知り、一転してリヴグストは悔しげに歯噛む。
その横で地面に寝かせたレインフォルスの頭を膝に乗せ、サイードはその頬をパシパシ叩いて起こそうとしていた。
「レインフォルス…レインフォルス、目を覚ましなさい…!ルーファスとゲデヒトニスはどうしたのです!?…レインフォルス!!」
その声にウェンリー達もハッとする。
「そうだ、ゲデ…ルーファスを止めてくれるように頼んだって、どういう意味だったんだよ、サイード!」
サイードは尚もレインフォルスの頬を叩きながら、ウェンリーを見ずに答えた。
「――その言葉通りですよ。あの一瞬、思念伝達でレインフォルスが私に助けを求めて来たのです。ルーファスを止めてくれ、と…」
「だからどうして、そりゃなんでだって聞いてんだよ!」
ウェンリーが声を荒げた瞬間、どこから現れたのか、ゲデヒトニスが倒れ込むようにしてリヴグストの背後に戻って来た。
「ゲデちゃん!!」
「ゲデ!?」
姿を見せた直後、そのままガクリと膝から地面に崩れ落ちたゲデヒトニスを、リヴグストとウェンリーが慌てて手を伸ばして支える。
「おま、今までどこに――!」
「――ありがとリヴ、ウェンリー…ルーファス、の…深淵にいる、ルーファスの中へ…一時的に戻っていたんだ…ア・ドゥラ・ズシュガの背後には…カオスがいて…、ルーファスは敵の術中に嵌まり、負の感情を…、爆発させて、しまったから…」
「待って、ウェンリー!ゲデちゃんは体力を酷く消耗しています、先に回復魔法をかけさせてください…!!」
ゲデヒトニスを問い詰めようとしたウェンリーを押し退け、イスマイルは急いで回復魔法を発動する。
白く光る魔法陣から、淡い緑色の光がゲデヒトニスを包み、癒して行く。
「はあ…、やっと一息吐けた、ありがとうイシー。僕の魔力の殆どはレインフォルスの意識を飲み込みかけてたルーファスに持って行かれちゃって…回復魔法をかけることすら出来なかったんだ。」
「え…」
驚いて目を丸くするイスマイルにゲデヒトニスはにこっと微笑み、レインフォルスの頭を膝枕するサイードは目線を落として小さく呟いた。
「――…やはりそうですか…」
一度頬を叩くその手を止め、サイードはレインフォルスの髪を優しく撫でる。だがその手元の下、サイード以外には見えない部分で、レインフォルスの黒髪が旋毛からの一部分、銀色に変化していた。
「サイード殿?」
「ゲデヒトニス、レインフォルスの暴走はルーファスの感情が引き起こしたものだったんですね?」
「ああ、そう…うん、そうなんだ。多分ルーファスとレインフォルスが同時に意識を保っていたことも、一つの要因だと思う。レインフォルスの精神力と生命力はルーファスよりも遥かに弱いから、ルーファスの意識が覚醒状態だと、なにかの拍子に引き摺られてしまうみたいなんだ。」
「は?けどゲデ、おまえ今ルーファスが敵の術中に嵌まったって言ったよな?」
「うん、だから〝要因の一つ〟と言ったろう?」
ウェンリーはわけがわからねえ、と言うように首を左右に繰り返し捻る。
「背後にカオスがいたことは予らも既に知っておる。奴らたった今姿を現し、交換条件を指定してシルを攫って行きおったからな。だが術というのは?あの戦闘中のいつにそのような隙があったと言う?」
「戦闘中じゃない、リヴ…もっと前だよ。僕の予想では、地下空間で生け贄にされた犠牲者を、ルーファスが浄化したタイミングだと思ってる。状況的にそれしか考えられないからね。」
「あの場になにか罠が仕掛けられておったと…!?」
「そうだね。一緒にいた二人は、なにか変わったことに気づかなかった?」
サイードとリヴグストを交互に見て、ゲデヒトニスは答えを待った。
「いや、予はなにも…あまりに酷い遺体の状況に困惑しておったし――」
「……もしかして地面にあった、あの血溜まりの下に…?」
「サイードはなにか気づいたの?」
「いえ、今にして思えば、ですが…地面には大量の血溜まりが出来ていて、その下の土や地面などは詳しく調べていなかったと…もしあの犠牲者達が生け贄なのだとしたら、地面の下に仕掛けがあり、そこへ血液が流れ込む仕組みになっていてもおかしくありませんよね。」
「そう…ア・ドゥラ・ズシュガが蛹から羽化する時、地面から赤黒い大量の靄が立ち昇っていただろう?あれは地下の仕掛けと繋がっていた証拠だと思うんだ。だからもう一度入念に調べれば、あの部屋に大掛かりな魔法陣か仕掛けが見つかる可能性は高いだろうね。」
サイードとゲデヒトニスの会話を聞き、ウェンリー達はシン、と静まり返る。
「――さすがカオスですわね…このように世界各地で密かにどれほど動いていることでしょう。」
「うむ、こうなるとやはり情報収集のためにも、各国在住の協力者が必要となって来おるな。王族や政府など重要機関の協力を得られるのが一番であるが、千年前とは状況も異なりおるし…」
「俺らがSSランク級パーティーだって言っても、まだ行ってねえ国ではそこまで知名度も上がってねえもんな。どこかの王族に知り合いとかいりゃあ話は別だけど…」
「そうですね…ラ・カーナへの道すがら今後について話し合う必要はありそうですが、目下の所先ずはカラマーダの解放が最優先ですよ。――ゲデヒトニス、ルーファスはどのくらいで目を覚ましますか?」
いつまでも目覚めないレインフォルスとルーファスを心配し、少し不安げな表情でサイードは尋ねた。その直後…
「…う…」
「「「「!」」」」
――レインフォルスがゆっくりと紫紺の瞳を開いた。
「レインフォルス!良かった、気が付きましたか…!!」
ほっと安堵の表情を浮かべ、サイードが微笑むと、レインフォルスはすぐに上体を起こし、額に右手を当てて二度ほど頭をふるる、と振った。
「おい、レインフォルス。ルーファスはどうしてんだよ、まだ眠ってんのか?それとも一緒に起きて――」
「………」
ウェンリーの問いかけにレインフォルスは、なぜか自分の両手を不思議そうに見つめると、顔を上げて紫紺の瞳で真っ直ぐにウェンリーを見た。
そのレインフォルスの瞳を見返したウェンリーは、普段と異なり、自分に向けられる嫌悪の感情が込められていないことに気づいて怪訝な顔をする。
«え、あれ…?»
「?」
「大丈夫ですか、レインフォルスさん?」
ウェンリーの横でイスマイルが身を乗り出して尋ねると、ようやくレインフォルスは口を開いた。
「レインフォルス…?……違う、俺は…」
漆黒の髪、紫紺の瞳を無表情に揺らしながら、レインフォルスは呟く。
「俺は…?……俺は…誰だ……?」
――その一言に、その場にいた全員は凍り付いたのだった。
次回、仕上がり次第アップします。




