21 襲撃
正体不明の敵が王都の軍施設を襲撃。ルーファスとウェンリーはウェンリーの父親ラーンと共に、合成魔獣<ケミカル・ビースト>という謎の魔物を討伐しながら上階を目指すことに。果たしてその先になにが…?
【 第二十一話 襲撃 】
――紅翼の宮殿、二階…このフロアには現在、イーヴとトゥレンの二人だけが住んでいた。
このエヴァンニュ王城の敷地は広大であり、王都全体の四分の一ほどの広さがある。その中に近衛には近衛専用の、奥宮親衛隊には親衛隊専用の、また国王付きか王妃付きかでも異なる、それぞれの建物が存在しており、各施設には色を連想する名前が付けられていた。
国王ロバムには、ライの母親である前王妃亡き後に娶った現王妃との間に、実はもう一人王子が存在している。
その王子は今ミレトスラハで総指揮を執っていて戦地にいるのだが、奥宮から続くさらに奥に、山吹の宮殿と呼ばれる建物を所持していた。
そのこともありロバム王は、王子同士のバランスが取れるように、ライ専用の住居を、と考えたのだが、新たに新設するよりも城下に出やすい紅翼の宮殿を使用させる方が、近衛としても効率的と結論づけ、今に至っている。
とどのつまり、この紅翼の宮殿は今、ライ専用の施設と言って良かった。
イーヴとトゥレンが話しながら、この自室のあるフロアへと戻ってくる。二人はライが無事に戻った後、家族と残り少ない休暇の時間を過ごしていた。
渋るイーヴを引きずり、トゥレンが無理矢理セッティングした食事会が終わって、ちょうど二人で帰って来たところなのだ。
「――ふう、やれやれだな。マックの奴、ごねて俺を困らせるとは、大物になったものだ。」
トゥレンは右手で頭の後ろをわしゃわしゃと掻いている。
「午前中にライ様の御自室を訪ねたら、今日一日は付き合うと約束していたのだろう?守れなかったのだから多少は仕方あるまい。」
イーヴがトゥレンを慰めるように優しく言う。
「ああ、まあな。だがマックには悪いが、今日は休暇が潰れただけの甲斐があった。なあ、イーヴ、おまえもそう思うだろう?」
顔を綻ばせて同意を求めるトゥレンに、静かに「ああ」とイーヴは答えた。
「それにしても…ライ様がラ・カーナ生存者のお一人だったとは思いもしなかった。あの時陛下に向けられた御言葉の意味はそう言うことだったのだな。陛下は御存知ないのだろうか?」
「おそらくな。トゥレン、俺はこのことを陛下にお知らせするつもりはない。おまえはどうだ?」
「…そうだな、悩むところだが…せっかくライ様の俺達に対する御感情に変化の兆しが見えたところだ、今はそっとしておく方が最良だと考える。おまえの意見に同意だな。」
「…そうか。」
「――それとイーヴ、ライ様は結局、今日一日どこに行かれていたのか教えてくださらなかったが…おまえ、気が付いたか?」
トゥレンが顔つきを一変させてイーヴに問いかけた。
「ああ、“残り香”か。」イーヴが頷く。
「やはり気付いたか。一瞬だったが女物の香水の香りを纏わせておられた。まさかとは思うが、娼館にでも行かれておられたのだろうか?」
「…わからんな。マイオス老人のこともあって、精神的にそういう気分に陥っても不思議はないと思う。寧ろ今まで、そう言った浮いた話の一つもなかったことの方がおかしいくらいだが…あの方はそう言った類いを嫌われそうだ。」
「おまえもそう思うか。ふむ…まあそれとなく我々が気を付けて見ておくしかないな。しかし…ライ様も俺達と同じ男だった、と言うことだな。異性にまったく興味を示されないから心配だったが…少し安心した。」
そう言ってははは、とトゥレンが笑う。それに対しイーヴは“笑い事ではないだろう”とトゥレンを拳で小突いた。
トゥレンの部屋の前で手を上げて“おやすみ”と別れ、イーヴは隣の自室に入る。留守中使用人が掃除に入るため、書斎以外は普段鍵を開けっ放しにしているのだ。
リビングに入り、すぐドアに鍵を掛けると、近衛服の上着を脱いでハンガーに掛ける。その後で棚下の冷蔵庫から冷えた酒のボトルを出し、グラスに注いで一息を吐くと、ポケットから鍵を取り出して書斎へ通じる扉を開けた。
硝子扉の付いた本棚が壁に並ぶイーヴの書斎。灯りを点ける前の暗い部屋の中で、闇色にぼんやりと輝く、なにかが目に留まる。
それはカーテンが引かれた窓際の、アンティーク机に置かれていたラカルティナン細工の仕掛け箱だった。
イーヴはその書斎に入ると、灯りも点けず、開いた入り口の扉の縁に身体を預けて寄りかかる。そして突然、誰もいない室内に向かって話しかけた。
「――今日再び、おまえが“マスター”と呼んだあの銀髪の若者に会った。一見普通の人間としか思えんが、おまえとどういう関係にある?…いい加減に話したらどうだ、ネビュラ・ルターシュ。」
ポウッ…
ラカルティナン細工の仕掛け箱の、闇色の光が輝きを増す。
「「――ふん、なにを聞いても無駄だよ、イーヴ。必要もないのにマスターのことを教えるわけがないだろ。それにぼくはおまえのような人間が大っ嫌いだ。」」
「――そうか。…ならばライ様の故郷がラ・カーナだと言うのは真実か?」
イーヴは机の椅子に腰を下ろして足を組む。
「「…誰に聞いたのさ。」」
「ライ様ご自身だ。」
「「へえ…?あのライが、自分のことを話したって言うのかい?信じられないな。」」
「嘘は言っていない。」
「「…ふうん、まあいいけど。ライがそう言ったんなら、本当なんじゃないの?あの子はおまえと違って、嘘吐きじゃないからね。」」
「あの子、か。ライ様を子供扱いとは…やはりおまえにとってあの方は特別らしい。精霊のおまえが、なぜそんなにもライ様にこだわる?」
「「それも答える義務はないね。おまえには関係ない。」」
苛立つイーヴの瞳が冷たく光る。
「俺の胸の内一つで、ライ様をどのようにでも出来るのだぞ。」
「「今度は脅しか!いいかイーヴ、ライを少しでも傷付けてみろ…ぼくはおまえを絶対に許さないからな…!!」」
ラカルティナン細工の仕掛け箱から、闇色の波動が怒りを伴って放たれる。
「ならば少しは答えを寄越せ。『神魂の宝珠』とはなんだ。なぜおまえはそれに封じられている?マイオス老人はなぜそれをライ様に渡そうとした。」
「「何度聞いても同じだ!!おまえに答える義務はない…!!マイオスに神魂の宝珠を託されておきながら、ライに届けず横取りしたおまえなんかに…!!」」
暗闇の中で、闇色に輝くラカルティナン細工の仕掛け箱は、そう言って怒りの波動を放ち続けているのだった。
――軍施設内の研究棟のセキュリティゲート前で、警備兵が欠伸をしている。
「ふわあぁ…」
“そろそろ交代が来る時間だ。今日は商業市の初日だったのに、休暇が取れなくて出かけられなかったからなあ、代わりに明日こそ彼女とゆっくり過ごそう。”
腕の時計を見て、そんなことを考えながらぼんやり立っていた警備兵の方に、オレンジと白の二色髪の少年がゆっくりと歩いて近付いてくる。
“子供がこんなところに…いつの間に?”と訝しむ。
「待ちなさい、君…どこから来たんだ?研究棟は民間人の立ち入り禁止だよ。」
警備兵は施設内に泊まりに来ている軍関係者の家族かと思い、そう声を掛けた。
ところが少年は返事もせず、クスクスと不気味に笑いながら近付いてくる。その歩みを止めることなく、ただクスクスと笑って…真っ直ぐに。
警備兵はその少年に理由もなく寒気立ってぞっとした。それは彼の本能から来る命の危険を感じての、警鐘だった。
少年は猶も近付き、そのままスイッと警備兵の横を擦り抜ける。と次の瞬間…
ドサンッ
警備兵は声も上げずにその場に倒れた。おそらくは、なにが起きたのかもわからぬままに。
倒れた警備兵の身体から、ゆっくりと血溜まりが広がって行く。彼が最初の犠牲者だった。
二色髪の少年はその身体から、無数に伸びる黒く鋭い触手を放ち、「邪魔。」と一言呟いてセキュリティゲートを破壊した。
機械内部に入っていた雷石同士がぶつかり合い、その衝撃でバチバチッボンッという音を立てながら、連鎖的に次々と極小爆発を起こす。
ドンドンッと鳴り響くその音に、警備室からバタバタと直ちに二人の警備兵が駆けつける。
「なんだ今の音は!?」
「ゲートが破壊されてるぞ!…子供…!?ぐあっ!!」
少年は彼らを見るなり右手を左から右へと滑らせ、鋭い棘のようなものを複数放つ。それらは彼らの胸に吸い込まれ、その身を穿った。刹那ドサドサンッと連続した音を立てて彼らもまた絶命する。
少年は止まらない。さざ波のように次々と駆けつける警備兵達を、彼らが剣を抜く間も与えずその命を奪って行く。
その度に少年の歪んだ笑いは狂喜を増し、ゆらゆらとドス黒い靄を纏いながら、闇そのもののような様相を呈して行くのだった。
シュンッ、と研究室の自動ドアが開く。
様々な演算機とモニター、実験、解析機械に向かい作業をしていた十人ほどの研究員達が、入ってきた異様な雰囲気を持つ子供に視線を奪われた。
「なんだ?子供…?」
「どこから入ってきた、おい、警備兵!!」
騒ぎ出す研究員たちに向かい、少年はお辞儀をして名を名乗る。
「こんばんは、エヴァンニュのおじさん達。どうせすぐに死ぬから覚えなくていいけど、僕はシェイディ。今日は知りたいことがあってここに来たんだ。素直に協力してくれるかな?」
ニヤリと邪悪な笑みを向けて言い放つ。
「闇の守護神剣はどこにある?初代国王エルリディンが“やつら”の力を借りて、国内のどこかに封印しただろ?教えてくれないかなあ。」
少年の言葉にはあ?とでも言うような顔をして研究員達が顔を見合わせる。
「こらこら、なにを言っているのかわからんが、ここは遊びに来るような場所じゃない、とっとと出て行きなさい。」
「監視しているはずの警備兵は何をしているんだ!!」
「うるさいなあ、質問してるのは僕なんだけど。」
ヒュヒュンッ、と空を斬る音がして再びシェイディと名乗った少年が触手を動かす。
するとその先端が、シェイディを無視した研究員の二人を一瞬で貫いたのだ。
短い悲鳴を上げ、絶命し倒れ伏す二人の研究員。すぐにその場はパニックに陥る。
「ああもう、逃げると殺すよ?…逃げなくても殺すけど。ねえ、誰でもいいからさあ、さっさと僕の質問に答えてよ。」
シェイディが口にした“血の祝宴”の始まりだった。
ラーンの自宅の客室で、ぐっすりと眠るルーファスとウェンリー。時刻は深夜を回り、シンと静まりかえっていた。
ウウウウゥゥゥ…フオオオオオォォォ――
突然闇を切り裂く、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
「…!?」
「…ほえっ!?」
驚いて飛び起きるルーファスとウェンリー、そして寝室のラーン。
「なんだ…サイレン!?」
ルーファスはすぐにベッド脇に置いてあった剣を手にする。
「これ…緊急警報だルーファス!」
「緊急警報!?」
ラーンが慌ただしくドアを開けて声を掛ける。
「二人とも、ここから出ないように!」
「親父!」
それだけ言ってローブを羽織り、ラーンはすぐに外へ出て行った。
「な、なんだよ…なにが起きたんだ…!?」
――紅翼の宮殿三階では、近衛の指揮官服を着たライがバンッとドアを開け、部屋から飛び出してきた。
「緊急警報だと…なにが起きた…!?」
「ライ様!!」
すぐにイーヴとトゥレンの二人が駆けつける。
「この警報は軍施設の方か!?念のため近衛の部隊長を招集!!すぐに王宮の点検と警備の強化を急がせろ!!」
「――はっ!!」
近衛指揮官としてのライの指示に、どこか嬉しそうな顔をして敬礼をすると、二人は即座に行動に移って行った。
――緊急警報…敵襲や災害時に王都全体へ危機を知らせるサイレンだよな。なにかそういう事態が発生したということか。…Athena、なにかわかるか?
部屋でまんじりともせず、ラーンさんが戻るのをじっと待っていた俺は、突然のサイレンになにが起きたのか把握しようと考える。
『周辺状況確認』『索敵開始』『施設内部に多数の魔物を検知』『死者負傷者多数』『緊急討伐推奨』
「なんだって…!?」
驚いて声を上げた俺にウェンリーが尋ねる。
「ルーファスどうし…って、例のAthenaか!?なんて言って来たんだ!?」
「――施設内部に多数の魔物がいるらしい。」
「はあ!?嘘だろ…ここ王都のど真ん中にある軍施設の中だぜ!?」
驚いたのは俺も同じだ。だが簡易マップには既に、討伐対象である魔物の信号が複数箇所赤く点滅している。
俺はすぐに動けるよう、身支度を整え始めた。
「ウェンリー、おまえも着替えておいた方がいい。ラーンさんが戻ったら、俺は魔物の討伐に出る。すぐに避難できるようにしておけよ。」
「ええ!?いや、だったら俺も――」
そう言ったウェンリーに俺は諭す。
「おまえは武器がないだろう。」
思い出したように、“あ…!”と言った後に続けて“ちくしょう!”と悔しげに歯噛みした。
「またかよ…!!武器が持てねえって、こんなに厄介だとは思わなかったぜ…!!」
ウェンリーも着替え、俺達はリビングへ移動する。ちょうどそこへラーンさんが険しい顔をして戻って来た。
「親父!!」
ラーンさんはウェンリーに構わず真っ直ぐに寝室へ向かうと、ごく短時間で軍服に着替えて“魔導銃”を装備して出て来たのだ。それを見た俺達はやはりただ事ではないと理解した。
“魔導銃”とはエヴァンニュ王国軍の少佐以上が装備している、特殊遠距離武器である。魔石を加工して製造された魔法弾を発射することが可能で、高威力があり、ある程度の範囲をまとめて攻撃することが可能だ。
だが大きな欠点があり、連続使用ができず、魔法弾が高価で稀少なため、ここぞという場面にしか使用できない。そのため守護者には普及しておらず、使用できる人間もほとんどいない。
「ラーンさん。」
「ルーファス、君の力が必要だ。どうしてなのかはわからないが、すぐそこの通路を見たことのない魔物が徘徊している。外部に状況を知らせるために、私と一緒に研究棟最上階の警備室まで来て欲しい。」
「!!」
「わかりました、魔物の討伐は俺に任せてください。」
「ウェンリー、おまえはここに――」
ラーンさんがウェンリーにここで待つように言おうとした。
「親父、俺の武器は!?」
「一階にある来客用の保管庫だ。」
「ちっ、…んな遠くかよ!!」
「軍仕様のスピナーならこの階の北側にある、訓練用室内練習場に置いてあるかもしれないが――」
「ならそれでもいいや、ルーファス、俺も行く!!俺にも今度こそ手伝わせてくれよ…!!」
「いや、でも…」
俺はウェンリーを止めて貰おうと思い、ラーンさんをちらっと見たのだが…
「わかった、それならウェンリーにも手伝って貰おう。」と逆に賛成されてしまった。
その後俺達は話し合って、先ずは練習場にウェンリーの武器を取りに行き、それから階段を使って上の階に向かうと段取りを決めた。
「俺が先行します。ラーンさんは後方にも注意してください。」
「わかった。頼む、ルーファス。」
「行くぞウェンリー、俺が指示するまで魔物には絶対に近付くな。いいか?」
「了解。行こうぜ。」
部屋から出ると、怯えた他の部屋の人間が外へ出たり、ドアから顔を出していた。
「誰も部屋から出るな!!魔物が徘徊している、許可が出るまで自室で待機せよ!!」
それを見たラーンさんがすぐさま命令を出す。
その声に廊下へ出ようとしていた兵士や、その家族は慌てて室内へと戻って行った。
「施設内放送が流れない。この分だと様子を見に、部屋の外へ出る人間も多いだろう。怪我人が増えそうだな。」
「うん、急いだ方がいいぜ。」
俺達は足早に、先ずはその練習場へと向かう。
「この先の共有スペースを左に曲がり、廊下を真っ直ぐ進んで、エレベーターホールから右に曲がった突き当たりが練習場だ。」
ラーンさんの説明に頷き、気を付けながら進む。俺の頭の中に簡易マップがあるから迷うことはないが…少し行った共有スペース前で、早速魔物に出会した。
「マジで魔物かよ…!」
「ラーンさんの言う通り、見たことのない魔物だな。ウェンリー、ラーンさん、下がってください!」
すぐさま俺は剣を抜き、目の前の魔物の殲滅に入る。
敵は三体。それは異質な感じの小型魔物で、山羊に似た姿に背中からコウモリのような羽が生えていた。攻撃方法も突進や角による突き上げだけかと思えば、奇妙な声を出して空震を起こし、衝波による攻撃まで仕掛けてくる。明らかに異様だ。
――自然発生した魔物じゃないみたいだ。まるでなにかの実験体みたいな…いったい、どこから?
そう思いながら、多段斬りと波動撃を使って複数体のそれらを倒した。
オートスキルで回収した魔物の戦利品は、通常の魔物から獲得できるものと変わりがないようだった。それらを見る限り、ただの魔物と言えなくもない。だが微妙に引っかかるものがあった。
「なんか魔物の死骸が一瞬で消えたんだけど。」
そこに予想外の横槍が入る。ウェンリーが訝しんで俺をジト目で見ていた。
「え?ああ、スキルと魔法で戦利品を自動回収したんだよ。」
「なんだそれ。お前まだなんか俺に隠してんのか?」
「隠してないよ、今はあとあと、先を急ぐぞ。」と俺は急かす。
今気にするのはそこじゃないだろう、まったく。
「さすがに慣れたものだな、初遭遇の魔物でも君には問題ないらしい。」
ラーンさんが歩きながら感心したように俺に言う。
「そういうわけでもないんですが…でもラーンさん、さっきの魔物…少し様子が違います。外見もそうですが、行動もまるで複数種の魔物を合わせたような…――」
「どう言う意味だよ?」ウェンリーが首を傾げる。
「いや…」
――『混沌による合成魔獣と推測』そう俺の頭に、Athenaが告げる。
“混沌”?…“カオス”って、なんだ…?合成魔獣…?…俺は眉を顰める。
簡易マップが示す、魔物と思われる赤い点滅信号が、この先で急速に移動を開始する。
その動きは、なにかを追いかけてでもいるように思えた。すると案の定――
『要救助者捕捉/討伐対象と接触』と言うAthenaの警告が頭に流れた。
「まずい、誰か魔物に襲われている…!ウェンリー、救助に向かうから手伝ってくれ!」
「了解、俺はいつもの奴だな!!」
ウェンリーの飲み込みが早くなって助かる。俺達はすぐに走り出した。
「だ、誰か…た、助けてくれえ!!」
簡易マップが示す場所へ向かうと、前から軍人らしき男性が怪我をした足を引きずりながら、必死にこちらへと手を伸ばしている。
その後を執拗に追いかけてくる見慣れない中型の魔物に、“なんだあの魔物は!”とラーンさんが思わず声に出した。
――その中型の魔物は、二つの獅子の首を持ち、尻尾には三匹の大蛇が首を擡げ、身体全体が鱗のようなもので覆われていた。
外見にも驚いたがそれ以上に脅威を感じたのは、開いた口から放たれる炎の吐息だ。そこかしこに吐きまくり、あちこち火をつけている。
「火を吐く魔物…!?」
「早くこっちへ!!」
俺とウェンリーは逃げてきた男性に駆け寄り、急いで肩を貸すと、そのまま柱の影に身を隠して放たれたブレスをなんとか避けた。
「大丈夫か!?」ラーンさんが声を掛ける。
「た、助かりました、マクギャリー大佐…!!」
「今手当てすっから!!」ウェンリーの応急処置もすっかり慣れたものだ。
俺はそれを見届けると、その異様な魔物の前に出て、戦闘を開始した。
「あれはまずいな、放置しておくとこのフロア全体が火事になってしまう…!」
すぐに無力化しなければ…!!
魔物の正面に立つと、すぐに二つのうち片方の頭がブレスを吐き出してくる。ゴオッという音が脇を掠め、直線上に放たれた炎が壁にぶち当たると、一瞬のうちに黒く煤で染め上げた。
俺がそれを避けたのを確かめると、間髪を入れずにもう片方の頭がブレスを放つ。
「くっ…!!」
炎の吐息の波状攻撃だ。
直線上で正面にしか放てないのなら、横に回避して回り込めばいい。だがここは場所が狭すぎる…!!天井も低く、ジャンプして避けるのも無理そうだ。体高が低く、足元も狙えない。どうする?
『ディフェンド・ウォール/火属性耐性付加推奨』『フォース・フィールド推奨』『水属性魔法アイス・ブラスト推奨』
さすがだな“Athena”、ウェンリーには頼りすぎるなと言われたけど、使えるものは何でも使え!だ…!!
「ディフェンド・ウォール・フレイム!!フォースフィールド!!喰らえ!!アイス・ブラスト!!」
左手の掌、自分の身体、足元。その三カ所同時に魔法陣が展開され白く輝く。そのまま魔物に向かって左手を頭上から正面に振り下ろす。
キンッキインッ…ドゴォオッ
――俺は詠唱短縮を使い、魔法を三つ同時に発動したのだ。炎耐性の盾魔法が炎の吐息を防ぎ、フォースフィールドで威力を底上げした攻撃魔法を放つ。
直撃した魔物の動きがピタリと止まった。凍結して身動きが取れなくなったのだ。
すかさず俺は魔物の頭に狙いを定め、その二首を斬撃で叩き落とした。ところが――
「ルーファス危ねえっっ!!」
「…!?」
ウェンリーの警告のおかげで、その攻撃を既のところで躱せた。俺の目の前から、鎌首を擡げた大蛇の頭がゆらゆらと後退していく。
シュルルル…シュウゥ…
――なるほど、ただの尻尾じゃない、ということか。
獅子の頭部を叩き落としたにも拘わらず、今度は尻尾側の三匹の大蛇が舌をチロチロと動かしながら襲って来たのだ。
大蛇の攻撃は三匹の噛みつきによる波状攻撃と毒の吐息だ。吐き出された毒息は触れると皮膚を灼き、しかも霧のように空中に漂って視界をも遮る。
それに対して距離を取ると、大蛇は交互にその口をカッと最大に開き、牙から毒液を滴らせて次々と攻撃を仕掛けてきた。
それを俺が避ける度に、ガチン、ガチンと空を噛み、辺りに毒息を撒き散らす。
「フィールド拡散っ!!ウインド・スラスト!!」
この方法はムーリ湖で暗黒種と戦った時にも使用したのだが、フォースフィールドを解除して拡散させると一定範囲の周囲に衝撃波を放つことが出来る。
これを利用して毒の吐息を吹き飛ばし、同時にウインド・スラストを発動。俺はその風の刃を多段斬りに纏わせて三匹の大蛇を切り刻んだ。
ドオッ
今度こそ、その魔物は力尽きて倒れた。
「――ふう、なんて魔物だ…厄介だな。」
――手強い。それがこの魔物を相手にした俺が受けた印象だ。
オートスキルで戦利品を回収すると、俺はすぐにラーンさんとウェンリーの元へ戻った。
やっぱりこの魔物も得られた部位素材はすべて通常の魔物と同じものだった。なのにあの異常な外見と攻撃手段や強さはいったい…一抹の懸念を抱く。なにか嫌な予感がした。
「ラーンさん、ウェンリーも…怪我はありませんか?」
「こちらは大丈夫だ。また腕が上がっているのではないか?ルーファス。しかも魔法を使い熟していたようだが、いつの間に?」
「ええと…それはまあ、最近で。ウェンリー、警告をありがとう、おかげで助かった。」
「おう、気にすんな!」
ウェンリーがニッと満面の笑みで俺に返した。
「君…凄いな、あんな得体の知れない化け物を一人で倒してしまうなんて――」
怪我をして動けなくなった男性が驚いた顔で俺を見ている。
「いえ…俺は守護者ですから。それより、怪我は大丈夫ですか?立てないようなら魔法で治療しますが――」
そう言うとラーンさんが、“その必要はない”と俺を止める。
「あんな魔物が徘徊している以上はこの先のことを考え、君の力は温存しておいた方がいい。どんな魔物がいるかわからぬし、瀕死者でない限り、魔法は戦闘と君自身に使用するべきだろう。」
「…わかりました、ありがとうございますラーンさん。」
そう頷いて従う。確かにこの先どんな魔物がいるか、まだわからないのだ。
俺の魔力はほぼ無尽蔵に使用可能だが、疲労はそれなりに溜まって行く。これは魔法を制御するのに集中力が必要なのと、まだあまり慣れておらず、魔力回路が回復してから初めて使用する魔法がほとんどの所為でもあった。
もっと魔法の効率を上げられるように、繰り返し使って練習した方がいいかもしれない。サイードに教わった回復魔法も単体じゃなく、複数対象か広範囲にかけられれば、もっと役立てられそうだ。
それから自己管理システムのリスト内にある、いま使用可能な魔法も一通り効果を確認しておかないと、結局Athenaに頼ってばかりになる。
そんなことを思いながら先へ進むと、練習場の扉が見えて来た。幸いなことにここまでの間に、魔物の姿はなかった。
中に入るとラーンさんは怪我をした男性を、そばのベンチに横たわらせる。
「大佐、自分は足手纏いになるのでここに置いて行ってください。」
「大丈夫か?」
「はい。近くに魔物はいませんし、鍵を掛けて安全を確保します。」
ラーンさんは男性の意思を尊重し、あとで迎えを寄こすと約束していた。
「――あったか?ウェンリー。」
訓練用の武器庫を漁るウェンリーに声を掛ける。
「うーん、まあこれでいいか。」
目当てのものを見つけたウェンリーは、ちょうどいい、と言って練習所の訓練用ダミーに向かって攻撃を繰り返す。スピナーの具合を確かめているのだ。
「よし、癖は掴んだ。お待たせ、これで少しは役に立てるぜ。」
スピナーを構えて不敵に笑うウェンリーに、無茶をしないよう言い含め、ラーンさんの元へ戻ると、俺達は男性を残して練習所を後にする。
上下階に通じる階段は、通過してきたエレベーターホールの、横の扉から出た所にある。
急ぎ足で来た道を戻ろうとした俺達の前に、また小型の魔物が複数…それも今度は五体現れた。
「また出やがったな!!親父、下がっててくれ!!」
ウェンリーがスピナーを構え、一丁前の口をきく。
――おかしい。Athenaで索敵をして、この周囲に魔物がいないことはさっき確認した。魔物が階段やエレベーターを使って(今は動いていないが)移動してくるはずがない。この魔物…どこからここへ来たんだ?
なにかある。…俺はそう思った。
「ウェンリー、後方に注意!位置取りに気を付けて、囲まれるな!!」
「了解!」
とにかく先にこの集団を倒してしまおう。
念のために俺はウェンリーに単体の防御魔法を施し、敵の殲滅に入る。先ほどの山羊&コウモリ型の魔物達だ。
ウェンリーの動きを把握しながら、向けられた敵対心が自分から動かないように一体一体始末する。ウェンリーもここ最近の訓練成果があって、大分魔物との戦闘に慣れてきている。
「おっし!!ラスト一体、倒したぜ!!」
最後の魔物が倒れると、教えた通り完全に止めを刺し、息がないことをきちんと確認していた。
「よし、階段へ急ごう。」
――ウェンリーは敵の攻撃を見切り、素早く動く回避能力に特化して優れている。それを生かし、集団戦では戦場を攪乱するような役目が担えるかもしれない。ただ打たれ弱く、基礎体力の底上げが必須だ。攻撃はまだ覚束ないものの、それは毎日の訓練を積み重ねれば何とでもなるだろう。
俺達はエレベーターホールの横の扉から、階段へ出て最上階を目指した。
「ラーンさん、最上階には何があるんですか?」
階段を駆け上がりながら俺は尋ねる。この軍施設の居住棟は7階建てだ。だがラーンさんが目指しているのは、7階にある連絡橋を通って研究棟に移動した先の、9階にある警備室だった。
「エヴァンニュの総技術研究室だ。セキュリティが厳重で、普段は許可された研究員と担当の警備兵しか立ち入れないようになっている。だが本来真っ先に連絡が付くはずの、そこの警備室が応答しない。もし上になにか起きているのなら、場合によっては直ちに戒厳令を発動しなくてはならなくなる。」
「戒厳令?」聞き慣れない言葉だ。
「事実上の王都完全封鎖だな。」
俺とウェンリーは驚いて顔を見合わせた。
「か、完全封鎖って…例えば?」ウェンリーがラーンさんに詳しく問いかける。
「王都在住の民間人は決められた期間外出が禁止になり、王都外から来ている王国民も滞在先での強制待機を命ぜられる。そのほかの外国人は軍の臨時避難施設に保護(という名の軟禁だな)されて、城下には王国軍所属の軍兵以外出歩けなくなるだろう。」
「マジか…!」ウェンリーが絶句する。
つまりその総技術研究室という場所は、エヴァンニュ王国にとってそれだけ重要な施設だと言うことか。研究と名が付くからには、兵器とかの開発でもしているのだろうか?
7階に辿り着き、目の前の扉を開ける。…と、いきなりまたあの中型魔物に遭遇した。魔物は俺達を見るなり、予備動作もなく二首同時に炎の吐息を吐き出した。
「うわっ!!」
愕いたウェンリーが身を引き、咄嗟に両手で顔を庇う。
「ディフェンド・ウォール・フレイム!!」
こちらも詠唱短縮を使い、瞬間発動させた盾魔法でブレスを防御する。ダメージは受けないが、ぶち当たる炎の熱さはもろに感じる。
ブレスが途切れるとすぐに剣を抜いて魔物の脇へと飛び出し、顔面に力を込めた一太刀を浴びせて、俺に攻撃を引きつける。
「ラーンさんはそこから出ないでください!!ウェンリーはブレスの射程外から大蛇の頭を狙って攻撃を頼む!!」
「了解!!」
「フォースフィールド展開!!」
俺とウェンリーの足元に魔法陣が出現、直後に支援魔法が俺達を包み込む。
今度はウェンリーと二人。さあ、第二ラウンド開始だ。
セキュリティソフトが邪魔をして不具合あり。誤字、脱字などありましたら申し訳ありません。
次回、仕上がり次第アップします。
*サブタイトル変更しました




