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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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207 魔精霊の手がかりを求めて

モナルカの街でようやく動き始めたカラマーダの後を追い、森に入ったルーファス達は、彼らが転送陣で消えた先に忍び込み、そこで無残にも殺されたと思しき数多くの人間の遺体を見つけました。そのあまりの事態に遺体を放置するわけには行かず、悩むルーファスでしたが…?

      【 第二百七話 魔精霊の手がかりを求めて 】



 ――俺は『精霊』という存在の恐ろしいまでの残酷さは良く知っていた。


 彼らは自然の守り手であると同時に世界の守り手でもあるが故に、時にフェリューテラ上の人や動物へ、『天災』ともする容赦のない制裁を加えることがあるからだ。

 だがこの日俺は、それとはまた別の意味で魔精霊の残忍さを思い知り、改めて『精霊』が『魔』と化す恐ろしさを目の当たりにした。


 大きな木箱になみなみと注がれている腐りかけた血液。そこからまるでオブジェか引っ掻き棒のように突き出た、青白い人間の足や黒ずんだ腕。

 サイードが地面を調べ、ここに散らばっている肉塊や骨は〝人間のもの〟だと叫んだことから、俺は慌てて踵を返し、さっき自分が蓋を開けた木箱の中を覗き込んだ。

 すると中には、リヴが開けた箱と同様に、異臭を放ち腐って黒くなった血液と思われる液体が半分ほどと、髪の毛が付いたままの頭蓋骨が幾つかに、切り裂かれた衣服を着た肋骨などがバラバラにされて放り込まれていた。


 俺はすぐさまリヴに他の木箱も確かめるよう促すと、傍に並べてあった木箱の蓋を次々に開けて中を確かめた。

 その結果恐ろしいことに、合計八つほど置いてあった木箱全てに、人間のものと思われる遺体の一部が無造作に入れられていたのだ。

 それらをざっと上から見ただけでも一人や二人のものでなく、相当な人数分の遺体があることはすぐにわかった。


「なんてことだ…一体、どれほどの人間の遺体がここにはあるんだ…?」

「――やはり魔精霊は魔精霊のようですね。人里に紛れ込んでいる裏で、まさか隠れてこれほどの数の人間を殺していたとは思いませんでした。」

「これが全て人間のものとなると、人道的な面からも放置しておくわけには行きませぬぞ。犠牲者の遺族も恐らく家族を探していることでしょうからな。」

「ああ、弱ったな…」


 そうして直後悩むことになったのは、ここの大量の遺体をどうするべきかだ。


 本来なら直ちに国(ここはメル・ルーク王国だからメル・ルーク王国の警察機構)へ遺体発見の通報をして犠牲者の回収を任せ、行方不明者の身元確認や魔精霊に対する注意喚起などを行って貰うべきなのだが、まだ魔精霊に取り憑かれたカラマーダの面々は生きており、下手に知らせると正体がばれたと気づいた魔精霊がどう動くのか全く予想が付かなかった。


「それにしても、これほどの人が近隣で行方不明になっているのなら、もう少し騒ぎになっていてもおかしくないだろう。それなのに、そんな噂話も情報もモナルカでは流れていなかったよな?」

「ええ、私がプロートン達と聞き込みをした際も、住人から人が消えた、いなくなったという話は全く耳にしませんでしたよ。」

「だとするとこの殺された人達は、冒険者や旅行者と言ったすぐに行方がわからなくなっても捜索されない類いの人達なのか…」

「もしくはどこぞ遠くから運んで来られたか、攫われて来たような方々かもしれませぬ。メル・ルーク王国へ全く知らせないわけには行きませぬな。」

「…ああ。」


 そうなると現在魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)で対処中として、ギルドに協力して貰うしかなさそうだ。


 憑依されているカラマーダを守るためにも、俺はその場でウルルさんに連絡を取って事情を説明し、ギルドマスターの方からメル・ルーク王国の国王陛下にのみ、極秘の書簡で魔精霊による大量惨殺事件が発生していることだけを知らせて貰うことにした。

 これは後々になって報告すべきことを知らせていなかったとして、メル・ルーク王国から責任を追及されないための対応策でもあるのだが、発覚前に『魔精霊による事件』と原因を先に伝えておくことで、カラマーダが殺人犯として処罰されないための布石でもあった。


「メル・ルーク王国へはこれで良いとして…ここはどうするのです?彼らが再び来れば、魔精霊に私達が侵入したことも気づかれるでしょう。」

「ああ、それもあるけど、このまま遺体を放置して不死化でもしたら最悪だ。だからここは浄化して一旦隔離結界を張ることにする。それでカラマーダはこの部屋に入れなくなるだろう。」

「ですがそれでは結局、魔精霊に気づかれるのではありませぬか?下手を打ってカラマーダごと逃げられては一大事でするぞ。」

「わかってる。かと言って対処法も見つからないのに、まだ接触するのは危険だ。そこで考えたんだけど、魔精霊を罠に嵌めて宿主ごと異空間に閉じ込めておいたらどうかと思うんだ。ほら、ゲデヒトニスがアパトで魔蝶族(ティターニア)を異空間に引き摺り込んだだろう?」


 リヴに思い出して貰おうと思い、遺跡街アパトでヘクロス・アブソーバを俺に仕掛けようとした魔族のことを口に出した。


「あの時の異空間でするか…?しかし罠などどうやって…」

「ルーファスの話からすると、危険なのでカラマーダには接触せず罠に嵌める、と言うように聞こえましたが…?」

「その通りだ。この場所で人を殺すなり遺体を処理するなりしているにしても、きっとまた魔精霊に憑依されたカラマーダはここへ来るはずだ。だけどこの自然空洞は完全に閉鎖された場所にあり、転送陣を使わなければ来られない。ならば彼らがここへ来る際に利用する転送陣の行き先を、俺が作成した異空間に変えてしまえば済むだろう?」

「なるほど、それは名案です。ですが一つ心配があります。異空間に囚われた魔精霊が、カラマーダのメンバーに危害を加えたらどうするのです?」

「いや、その心配はないと思う。」


 ――ガシェ-・ダーマーに取り憑いている魔精霊が、過去ユリアンに憑依していたというヴャトルクローフィなら、異空間に閉じ込められた時点できっと俺の仕業だと気が付くはずだ。

 何故なら、魔精霊を捕らえることの出来る結界や、外界から完全に隔離された異空間を作ることの出来る存在は、そう滅多にいるものではないからだ。

 その上で過去に俺と対峙しており、俺がどんな手段を持っているか知っていれば、罠を仕掛けたのが誰なのかもすぐにわかるだろう。

 そして異空間で宿主を殺し、霊体でも真の姿を曝したならば、一瞬で隔離され俺に殺されることも容易に想像が付く。

 俺が宿主ごと魔精霊を殺せないことも知っているはずだと考えれば、宿主は魔精霊を守る鎧の役目を果たすことになり、俺を脅す材料に宿主の命を楯に取るか、異空間からの解放を条件に宿主を解放するなどと交渉してくる可能性もある。

 つまりはどちらにせよ、魔精霊が生き残る為に宿主を殺す確率はかなり低くなると言うわけだ。


 もちろん、万が一カラマーダのメンバーが一人でも殺されるようなことがあれば、問答無用で異空間を閉じて魔精霊は消滅させるし、交渉されても初めから俺に応じる気は微塵もない。

 だからこそ、一刻も早く対処法を見つけなければならないのだ。


« そう言えば過去の俺は、ユリアンから魔精霊を引き剥がすことができなかったのか…?シルヴァン達は手も足も出なかったと言っていたけど…»


 もしこのまま魔精霊の正体がわからなければ、多分カラマーダを救うことはかなり難しくなるだろう。

 最悪の場合は被害拡大を防ぐ為に彼らと魔精霊が息絶えるまで、異空間に閉じ込めておくしか方法はないからだ。


『ルーファスの考えはわかった。それなら異空間の作成と転送陣の罠は僕に任せてよ。』


 外の転送陣近くで監視を頼んでいたゲデヒトニスから、俺達にそんな思念伝達が届いた。

 ゲデヒトニスは俺と同じく、同調すればいつでも記憶を受け取れるため、現実時間で俺がしていることも一緒に見ていたのだろう。


『いつカラマーダが戻って来るかわからないから、手分けして急いだ方がいい。そこの隔離結界はサイードに任せて、ルーファスは犠牲者を浄化したらすぐマルティルに連絡して。魔精霊の正体を一刻も早く調べるんだ。』

「ああ、そうだな。隔離結界を頼めるか?サイード。」

「ええ、すぐに準備を開始します。」

「リヴはサイードを手伝って結界石の配置を頼む。」

「心得ましたぞ。」


 こうして俺達は役割を分担し、急いでカラマーダを罠に嵌める準備へ取りかかった。

 惨殺されて弔われることもなく、木箱に入れられて放置されていたバラバラの遺体と血液などの痕跡を、光属性昇華魔法『ルス・レクイエム』で全て浄化する。

 そうすることでここに留まっていた浮かばれない魂は安らかに眠ることができ、やがては新たに生まれ変わるための『輪廻の輪』へ入ることができるようになるのだ。


 昇天して消えて行く魂の光を見送ると、ざっとその数から、ここで殺されていたのは少なくとも二十から三十人ほどだと思われる。

 場の浄化が終わると結界石を配置し終えたリヴに、準備を終えたサイードと全員部屋の外へ出て、元通りに鉄製の扉を閉じ閂を下ろした。

 後は施術をサイードに任せ、隔離結界を施して貰う間に俺は、精霊の鏡でマルティルへ連絡を取った。

 だが俺に『知識の精霊』という種族の聞き覚えがなかった通り、グリューネレイアの精霊族(ガイストゲノス)を束ねる彼女も、やはりそんな精霊種族は知らないと言った。

 通称や知力の高さから付けられた渾名でも、過去そんな精霊が存在していた記憶はないという。


 こうなると通常の魔精霊とは異なる行動を取っていることからも、深緑の魔精霊『ヴャトルクローフィ』は未知の精霊種族である可能性も出て来た。

 もしかすると千年前の俺は対処法が見つけられず、犠牲が出ることを恐れたユリアンが見かねて石化する道を選んだのかもしれない。


「隔離結界は張り終わりました。それで精霊女王はなんと言っていましたか?」

「マルティルも知識の精霊というのは知らないそうだ。」

「そうですか…ルーファス、私なりに考えてみたのですが、異界の精霊族(ガイストゲノス)がフェリューテラへ界渡りをするようなことはあると思いますか?」

「え…」


 結界を張り終わったサイードが唐突にそう口にしたことで、俺は彼女がなにを言いたいのか瞬時に察した。


「そうか…、インフィニティアのアレンティノス…フェリューテラと繋がっている精霊界はグリューネレイアだけだから、その考えには至らなかった。精霊界はグリューネレイアだけじゃない、異界にも精霊は存在する。精霊界を離れると実体のない精霊族(ガイストゲノス)が、苛酷な界渡りを自力で行えるかどうかはともかくとして、ヴャトルクローフィは異界の精霊である可能性もあるのか。」


 そう言えば世界樹が枯れた滅ぶ寸前のアレンティノスでは、精霊達が嘆きの精霊『バンシー』と化して生きながらえるための霊力(マナ)を集めていた。

 あの時サイードからチラッと、彼らがどこからか人を攫って来ていたような話も耳にしたような気がする。

 それが人の住む世界からだと仮定して、フェリューテラではないと言い切れるだろうか。


「そうだ…マルティルにわからないのなら、アレンティノスへ行ってアミナメアディスの精霊『ツァルトハイト』にも、知識の精霊についてなにか知らないか尋ねてみればいいんだ。」

「そう言うことなら、このまますぐにインフィニティアへ向かいましょう。リヴグスト、あなたはモナルカへ戻ってプロートン達と交代し、カラマーダを見張ってください。ゲデヒトニスには異空間と罠の監視を頼まなければなりません。残る識者はあなただけとなりますから。」

「こ、心得た…だがシル達にはなんと?」

「サイードと一緒にアレンティノスへ行くが、すぐに戻るとだけ言っておいてくれ。これ以上犠牲者を出さないためにも悠長にしている時間はないし、もしあちらで時間がかかっても、時空転移魔法で行き来する以上は戻ってくる時間を調整できる。」

「そういうことです。――では早速行きましょう。一度私の自宅へ行き、そこでツァルトハイトと連絡を取ってください。幻影門を開いて貰わないと、アレンティノスへは直接転移できませんから。」

「ああ、わかった。」


 ――こうして俺はサイードと二人だけで、急遽インフィニティアの精霊界『アレンティノス』へ向かうことになった。

 サイードの自宅へ着いてすぐに、通信用魔道具でツァルトハイトへこれからアレンティノスへ向かいたいと伝えると、以前ヘレネクトベント…旧オルファランから連絡をした際に誘いを断ったこともあり、彼は予想以上に俺からの連絡を喜んでくれた。

 いくら時空転移魔法で戻る時間を調整できると言っても、あまりゆっくりできる気分ではないのだが、なにやら歓迎ムードを漂わせている様子に少し気が引けてしまう。

 その後アレンティノスに通じる幻影門は、まだ白色岩島群のあの場所にあると言うことで、俺達は再度転移してツァルトハイトに扉を開いて貰い、そこからアレンティノスへ入ったのだった。


 そうして暫くぶりにそこを訪れた俺は、顎が外れそうになるほど驚いた。


 フェリューテラの時間概念に合わせると、あれから優に二千年は経っている精霊界アレンティノスは、俺の想像を遙かに超えた別世界へと変貌を遂げていたからだ。

 グリューネレイアが自然に特化した世界であるように、もちろんアレンティノスも大地全てを埋め尽くす果てなき緑に覆われていたのだが、どちらかと言えば高度に発展した人族の文明に近い進化を遂げており、俺達の拠点ルフィルディルのように自然と文明とが融合したような世界へと様変わりしていた。

 特に驚いたのは、アミナメアディスが構築したらしき外敵から精霊族(ガイストゲノス)を守る高度な防御システムだ。

 先ず転移魔法でアレンティノスを訪れようとすると、隔離門と呼ばれる守備兵の常駐する監視地域へ必ず到着することになるそうだ。

 これは不審者を界内に入れないようにする精霊術の防護結界によるもので、アレンティノス全土にエーテルを用いた三重の魔法障壁があるため、ここ以外の場所には辿り着けないようになっているらしい。


 これは過去、世界樹アミナメアディスの守り手『ガーディアン』の守護領域にあっても、光神の従者フォルモールによってアミナメアディスが枯れるという、滅びにも等しい事態が起きたことを歴史の教訓にして、ツァルトハイトの許可なく如何なる存在も勝手に世界樹には近づけないようにするためだそうだ。

 ある意味当然だったのかもしれないが、死にかけていたアレンティノスの世界樹を蘇らせることに成功した俺は、アレンティノス中の精霊族(ガイストゲノス)に、これでもかと言うほどの歓待を受けることになった。

 過剰なほどに歓迎されてほとほと困り果てたが、中でもツァルトハイトの横に並ばされて広大な世界樹宮の御台上に立ち、ツァルトハイトを含めたアレンティノス全ての精霊に跪かれた時にはさすがにその場から逃げ出したくなった。


 それでも呑気にしている場合じゃないため、礼を失しない程度に歓待を受けると、俺は急ぎツァルトハイトにここに来た用件の本題を尋ねることにした。


「知識の精霊、ですか…それはもしや『インディリス』のことでしょうか?」

「インディリス?」

「はい。神霊にも等しい高位精霊のためアレンティノスにはおりませんが、それぞれ、力・体力・技能・叡智・精神・魔力・運・神力を司る名を冠した精霊八種族がインフィニティアのとある地には存在していると聞きます。ルーファス様の仰っているのは、その中の叡智の精霊のことではないかと。」


 ツァルトハイトから更に詳しく話を聞くと、高位精霊はそれぞれ『力/ストラゴス』『体力/フィージレス』『技能/テクルトラ』『叡智/インディリス』『精神/プネウマ』『魔力/ヘクセレイ』『運/カデルテュケ』『神力/ゴッドエフレム』と言う名の八種族がいるらしい。


「叡智の精霊インディリス…もし深緑の魔精霊ヴャトルクローフィの正体が、その高位精霊だとするなら、どうやってインフィニティアからフェリューテラへ渡ったんだろう?」

「それは…界渡りの可能な存在と眷属契約を結び、精神世界に本体ごと宿れば左程難しくはないかと。特にインフィニティアにおける能力を司る八精霊種族は、身に宿すだけで神族にも等しい能力を得られると聞きます。叡智の精霊インディリスが魔精霊と化しているのなら、眷属契約を解除される前に契約者になんらかの形で捨てられたか逃げ出した、もしくは用がないと判断され放逐されたのかもしれません。そうなると本体は契約者の能力を上げたまま精神世界に置き去りにされてしまい、死ぬことも出来ず永遠に霊体のまま、フェリューテラを彷徨い続けなければなりませんから。」

「!」


 ――死ぬことも出来ず永遠に霊体のまま、フェリューテラを彷徨い続ける…まさか、それが原因で魔精霊化した…?


「一つお伺いしたいのですが、共に憑依しているという他の魔精霊は、皆インディリスだったのでしょうか?」

「え…どういう意味だ?知識の精霊としか正体がわからなくて、そこまで確かめられてはいないけど…」

「よくお考えください。もし何者かが己の能力上昇を狙って高位精霊を身に宿したのなら、インディリスだけであるはずはないと思います。それを含め最低でも力、体力、精神、魔力の五精霊を伴っていた可能性は高いでしょう。」

「…つまりヴャトルクローフィ以外の精霊は、ストラゴス、フィージレス、プネウマ、ヘクセレイの四種族であるかもしれないのか?」

「はい。」


 カラマーダに憑依している魔精霊の種族がそれぞれ違う…?だからいくら真眼と解析魔法を使っても、なにもわからなかったのか?


「それは盲点だったな…だとすると対処法も当然異なるよな?」

「弱点や苦手とする点だけを言えばそうです。ですがルーファス様の目的は、眷属契約を結んだわけでもない宿主から、魔精霊を追い出すことでしたね?でしたら、有効な手段はたった一つです。」

「方法があるのか!?」

「ええ、インディリス達高位精霊よりも力を持つ精霊を宿主に送り込み、内から憑依した魔精霊を追い出せば良いのですよ。」

「それは…あまり現実的じゃないんじゃないか?インフィニティアの精霊は、フェリューテラの大精霊よりも強力だろう。同種族の精霊ならともかく、そんな特殊な精霊種族を上回る力を持った精霊はそうそういないと思うけど…」

「ご心配には及びません。我がアレンティノスの精霊族(ガイストゲノス)は、ルーファス様から分けて頂いた霊力(マナ)によって蘇った世界樹アミナメアディスの恩恵を受け、一部の高位精霊よりも遥かに強くなっております。その我がアレンティノス自慢の精霊をフェリューテラにお連れ下されば良いのですよ。」


 ツァルトハイトによると、元々俺がアレンティノスを再度訪れた際には、俺に仕えたいと希望する一部の精霊を、俺の眷属として引き合わせるつもりでいたらしい。


「アレンティノスの救世主であるルーファス様に、是非恩返しがしたいと代々長年に渡り研鑽を積んできた者がおります。――ガーディアン部隊アドラオンをここへ。」

「は!」


 パンパン、と二度手を叩いたツァルトハイトの合図で、傍にいた護衛の精霊兵がすぐに五人の精霊を連れてきた。

 俺が見るに種族は全てバラバラで、一人は石精霊(ピエドゥラ)一人は嵐精霊(ストームスピラ)に、霧精霊(フォグロスト)荊精霊(ドルンソーン)など、グリューネレイアにも存在する種族から最上位進化を遂げた高位精霊ばかりだった。


 …?あれ…一人種族のわからない精霊がいるな、彼女はなんの種族だろう…?


 俺の前に整列した五人の内、ガラスのように透けた身体を持つ女性のような精霊と目が合うと、その精霊は俺を見て微笑んだ。そして――


石精霊(ピエドゥラ)のガーディアン…その顔…まさか、団長のエネドラーか?」


 見覚えのある顔に思わずそう声をかけるも、石精霊(ピエドゥラ)の彼は少し寂しそうな表情をして敬礼をした。


「お初にお目にかかります、ルーファス様。俺はエネドラーの子孫にして石精霊(ピエドゥラ)のワイドラーと申します。先祖のエネドラーは復活したアミナメアディスを見て、死ぬまでルーファス様に剣を向けたことを後悔していたそうです。どんな形でもいい、いつか必ずお詫びしたいと…」

「エネドラーの子孫…そうか、エネドラーはもう…謝る必要なんかない、彼は世界樹の守り手として、アミナメアディスとツァルトハイトを守ろうとしただけだ。でもそうか…あの後彼は生きて子孫を残したんだな、良かった。」

「有り難きお言葉、心より感謝致します。つきましては何卒、我らと眷属契約をお結びになり、アドラオン一同を人界へお連れ頂きたく存じます。今後はアレンティノスを代表し、我ら精霊族(ガイストゲノス)をお救い頂いたご恩返しを含め、ルーファス様に身命を賭してお仕えしたくお願い申し上げます。」

「え…いいのか?」


 ワイドラーがそう言って俺の前に跪くと、他の四人も一斉に同じようにして俺の前に頭を垂れた。


「今回だけ力になってくれれば、恩返しなんて気にせずアレンティノスへ戻ってくれて構わないんだぞ。今のフェリューテラは、精霊が生きるのに決して楽な環境にない。自然が減って糧となる霊力(マナ)も減少しているし、苦しい思いをさせて下手をすれば病気に罹り命を落としてしまうかもしれない。」

「でしたら事が済み次第、フェリューテラの精霊界へ我らをお連れください。そちらに永住させて頂く旨を申し入れ、ルーファス様には召喚体として使役していただければ幸いです。決してご迷惑はおかけ致しません。」

「そうか…マルティルにお願いすればいいのか。断られる可能性もあるけど、その時はまた考えるか…」


 基本的に精霊族は同族に対して非常に寛容だ。相性の悪い属性同士だと激しく仲の悪い場合もあるが、それでも同族が困っていれば決して見捨てることはない。

 そう考えるとワイドラー達にはもしもの際にグリューネレイアを守って貰うことを条件に、マルティルへ永住の許可を貰うことも出来る可能性が高かった。


「わかった、ありがとう。今後も魔精霊に出会さないとは限らないし、あなた達に力を借りられるのならこれ以上頼もしいことはない、助かるよ。」


 俺が申し出を受け入れると、ワイドラー達はわっと歓声を上げて喜んでくれた。


 因みにサイードはこの機会に、俺から頼んでおいたオルファランの自然復興状況について説明を受けることになり、担当の精霊から他の場所で話を聞いている。


「ところでツァルトハイト、眷属契約というのはどうすればいいんだ?さっき聞いたけど、界渡りをするのにも必要なんだよな?」

「はい。精霊が自ら差し出す『真名』をお受け取りになり、代わりにルーファス様がお決めになった新たな名前を彼らにお付けください。それを精霊が受け入れて自らの名として口にすれば、眷属契約は成立します。」

「精霊が俺に真名を教えてくれるのか…それは責任重大だな。」


 精霊の真名とは、場合によっては強制的に命令に従わせることも可能で、精霊の命すら思い通りに出来るほどの絶大な効力を持っている。

 つまり真名(今呼んでいるのは違う)を教えてくれると言うことは命を差し出す行為にも等しく、これにはグリューネレイアの大精霊と召喚契約を結ぶのとは異なり、俺に眷属となった精霊の命を守る責任と義務も発生する。


「ここからフェリューテラへ行くまでは、俺の中に入って貰って構わないけど、万が一のこともあるから本体はグリューネレイアに住んで欲しいな。」


 たった今インディリスの話を聞いたばかりで、永遠に精霊が彷徨うようなことになる原因を作りたくないと思った。

 俺にとって精霊族はマルティル同様に大切な友人も同然だからだ。


 それからサイードが戻って来るまでの間に、五人の精霊達と眷属契約を結ぶことにしたのだが、アドラオンというのはガーディアンの部隊名で、五精霊を纏めて呼ぶ時に使って欲しいと提案された。

 そうして石精霊(ピエドゥラ)のワイドラー、嵐精霊(ストームスピラ)のクローロン、霧精霊(フォグロスト)のスベルビア、荊精霊(ドルンソーン)のレーヴェから真名を捧げられ、それぞれ順番にロッシュ、ムーラン、ミスト、ルヴァインと名前を付けた。

 最後になんの精霊なのかわからなかった、透き通った身体を持つ女性のような精霊の番になった。


 言っておくが、捧げられた真名は俺にしか聞こえず、全て魔力言語『ヘクセレイコル』で受け取る。


「私は無の精霊オリジン、真名を『ネアン』と申します。」

「え…ネアン?」


 無の精霊…同じ無の精霊でも、フェリューテラの七属性とは違う感じだけど、その名前は…


「…その名前を聞くと、スカラベのネアンを思い出すな…彼女は神獣だったそうだけど、アレンティノスを救うのに彼女の命なくしては、アミナメアディスを蘇らせることはできなかったかもしれないんだ。」

「――良く存じております。」

「そうなのか?」

「はい。なんと言っても、前世の私自身の話ですから。」


 透き通った身体の胸元に手を当てて、謎めいた笑みを向け彼女は言った。


「そう、前世の――……え?」

「お久しゅうございます、ルーファス様。スカラベだった私のことを覚えていてくださったんですね。」

「え?え…まさか…ネアン?本当にあのネアンなのか!?」

「はい。この姿をご覧に入れれば信じていただけますか?」


 そう言うと無の精霊は一瞬で当時のネアンと同じ『スカラベ』に変化し、更に身体を小さくして手の平大になり、俺の右肩までブウンッと飛んで来た。


「ネアン!!生きていたのか?いや、前世と言ったから…一度命を落としたことに変わりはないのか。でも嬉しいよ、あの時助けられなくてごめん。こうしてまた会えるとは思わなかった…っ」

『私もです。』


 スカラベの姿でキキッ、と鳴いたネアンの言葉は、以前と違って俺にもきちんと理解出来るようになっていた。

 そのネアンから掻い摘まんで話を聞くに、あの時エネドラーの精霊術で霧散し消えて行ったネアンは、長い間アレンティノスの大地に溶け込むようにして眠っていたらしかった。

 それがある日アレンティノスの精霊となって蘇り、ネアンとしての記憶を持ったまま、無の精霊オリジンとしていつか俺がここを訪れる日をずっと待っていたのだという。


 元の姿に戻ったネアンは、当時の気持ちを俺に語ってくれた。


「私は言葉も通じないスカラベのネアンであっても、友人に接するように話をして庇ってくれたルーファス様の御役に立ちたかった。ルーファス様が魔精霊と化す前のエネドラー団長には危害を加えられないことを知って、ルーファス様を守りたかったんです。そのためになら消えてしまっても構わなかった。」


 それでもネアンは、自分の身体がバラバラになって消える瞬間、俺の手の中で霊力(マナ)の欠片となり最後に後悔したらしい。


「生きてルーファス様のお側にいた方がもっと良かった、そう気が付いた時には遅かった。だからもし生まれ変われたら、今度こそルーファス様のお側にいたいと願ったんです。そうしたら…精霊として生まれ変わっていました。」

「そうだったのか…それは不思議な話だな。その願いが叶ったのなら、今度はあんな風に自分を犠牲にしたりしないでくれ。小さなスカラベの姿でいつも俺の肩にいてくれて構わない、一緒にフェリューテラへ行こう。」

「はい…!」


 無の精霊オリジンとなったネアンは、透き通ったその姿で嬉しそうに微笑んだ。


「そうだな…ネアン、君の名前は『リアン』だ。俺にとっては仲間達との『魂の絆(リアン)』を示す言葉…君にぴったりだと思う。」

「はい、私の名はリアン…ルーファス様の眷属精霊として、友人として、ずっとお側にいたいと思います。」

「ああ、よろしく頼むよ。」


 ――こうして俺は思いがけずアレンティノスで嬉しい再会を果たし、精霊の眷属という強力な仲間と、カラマーダから魔精霊を引き剥がす手段を手に入れてフェリューテラへ帰れることになった。


 思えば千年前の俺はツァルトハイトと出会っておらず、知識の精霊とはなんなのかさえわからずに、為す術なくユリアンからヴャトルクローフィを追い出すことは出来なかったんだろう。

 きっと必死になって手段を探したことだろうが、その前に仲間を傷つけることを恐れたユリアンは待ちきれず、自らを石化する道を選ばざるを得なかったのは想像に難くない。


 これも過去のインフィニティアへ飛ばされて、クリスと出会ったことから紡がれた、不思議な縁だ。


 俺は戻ってきたサイードと合流し、ツァルトハイトに良くお礼を言って、新たな仲間と共にフェリューテラへ戻ることにした。

 因みに戻って来たサイードは、オルファランの自然復興が思いの外上手く行っているようで、この所少し元気がなかったのを吹き飛ばすように、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 人が破壊した自然を人の手で元に戻すのは容易ではないが、自然を司る精霊族に力を借りられれば百人力だ。

 それと同じように、あの荒れ果てたオルファランが昔のように美しい姿を取り戻すのも、そう遠くないことだろう。

 ツァルトハイト達に任せておけば、きっと大丈夫だ。…そう思った。


 最後に、フェリューテラへ帰る際、ツァルトハイトにこっそり耳打ちされたことがある。


「――ルーファス様、もしできることなら、魔精霊と化したインディリス達を許し救って頂けないでしょうか。私が申し上げた高位精霊八種族は、昔から戦争に利用されては用済みになれば捨てられる、そんな惨い扱いを受け魔精霊となる者も珍しくありませんでした。被害に遭われた人族の命を思えば難しいことかもしれませんが、同じ精霊族(ガイストゲノス)として僅かばかりのルーファス様の御慈悲を願わずにいられないのです。」


 それに御慈悲を頂ければ、もしかすると後々にルーファス様の御役に立つかもしれませんよ。


 ほんの少し悪い笑顔を浮かべて、なにやら打算的な考えを持ち、俺にツァルトハイトはそう言ったのだった。






次回、仕上がり次第アップします。

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