206 恐るべき難敵
太陽の希望に加入して以降、一人エヴァンニュ王国で現地要員として活躍するファロ・ピオネールは、最近少し困っていました。SSランク級パーティーとなったその恩恵にあやかろうとして、大した希望動機もなく、太陽の希望に入りたいと声をかけてくる守護者が後を絶たなくなっていたからです。そして今日も依頼帰りのファロを呼び止める女性守護者がいて…?
【 第二百六話 恐るべき難敵 】
――エヴァンニュ王都・魔物駆除協会。
太陽の希望の現地要員としてパーティーに加入して以降、ソロなり一時的に知人とパーティーを組むなりして、Sランク級守護者らしく忙しい毎日を送っていた『ファロ・ピオネール』は、無償で必要なだけ支給されるリーダーお手製の魔法石を駆使し、変異体や特殊変異体などの凶悪な魔物を狩り続けていた。
王都がカルト宗教団員により召喚された魔物の襲撃を受け、ひょんなことからルーファスと知り合う切っ掛けを得た彼は、念願叶って太陽の希望に入れたこともあり、その名に恥じぬよう精進しているのだ。
そうして王都を拠点とし、やむを得ないと判断した場合に限り王国軍からの依頼までもを熟すようになっていた彼は、見る見るうちにその知名度を上げ、今では王都のハンター内でその名を知らない者はいないほどになっている。
「お疲れ様、今回も手伝ってくれて助かったよ、ブンテス、ラント、タルテ。」
そのファロは以前ルーファスの同行者として、地下水路の調査に協力した守護者の面々と、一仕事終えてギルドへ戻って来たところだった。
王都襲撃時はAランク級で、Sランク級への昇格を目指していると各々が言っていた彼らは、ファロを含めその全員があの後Sランク級へ無事に昇格している。
そんな彼らがギルドへ足を踏み入れると、数多くのハンターは一斉に尊敬の眼差しを向け、そこかしこで四人の噂をしているほどだ。
「なんのいいさ、お前との仕事は使い放題の魔法石がある分、他に比べてかなり楽だからな。リーダーに良くお礼を言っておいてくれよ。」
「そうそう、俺もSランク級に昇格してから念願叶ってモテるようになったし、結婚資金貯めなきゃなんねえから却って助かってるんだぜ。」
「そうよぉ~私も王都に夢の一軒家を購入するまで、あとちょっとなのよ。だから気にしないでいつでも気軽に連絡してちょうだい。」
「ああ、ありがとう。報酬はいつも通りギルドを通じて振り込まれるようにしておくから、また頼むよ。それじゃあ。」
これまで何度もパーティーを組んで仕事を熟していることもあり、四人はまた明日、とでも言うように気安く手を振って別れた。
「さてと、先ずは依頼完了の報告を――」
ファロがパーティーを解散して数歩も動かないうちに、脇からパタパタいう足音が聞こえ、可愛らしい格好をした二人の女性守護者が駆け寄って来る。
「あの!すみません、SSランク級パーティー太陽の希望のファロ・ピオネールさんですよね!?パーティーへ加入を申請したいんですけど、リーダーにお会いできませんか!?」
――仕事を終えたばかりで衣服は汚れ、掠り傷とは言え顔や腕にも血が滲んでいるのに、相手の疲労や都合を全く考えず、不躾にもいきなりそう声をかけて来た二人を見て、ファロはまたか、と眉を顰めた。
太陽の希望は現在も基本的に新規メンバーを募集していない。条件に関しても先ず加入を希望するのに、副リーダーのシルヴァンティス・レックランドと模擬戦を行い勝利しなければならないなど、公式にパーティーの特殊な規則を公表してある。
それなのになんの目的があるのか、凡そ戦闘には不向きに見えるデザイン重視のヒラヒラした衣服を身に纏い、本当に魔物と戦えるのかと疑いたくなるような緊張感のないハンターが度々声をかけてくる。
ファロはそのことにかなり呆れて辟易していた。
「はあ…公式のパーティー情報を見ていないのかな?太陽の希望は新規メンバーを募集していないよ。リーダーは外国へ仕事に出ているし、俺に加入希望者を受け付ける権利はない。そもそもメンバーは毎日十件以上もの高難易度依頼を熟しているのに、君達みたいな昼になっても討伐依頼の一件すら済ませていないような守護者と、無駄話をする時間なんてあるわけがないだろう?そんなこともわからない守護者は悪いけどお断りだ。」
≪防御力の低そうな薄い装備に化粧までして…守護者をなんだと思っているんだ?SSランク級パーティーの恩恵に与りたい、若しくはルーファスさん達の誰かに擦り寄りたいって言う嫌らしい考えがスケスケなんだよ。≫
ファロはそう思いながら、女性守護者達を冷たくあしらいキッと睨むと、「失礼する。」と言ってその足で窓口へ向かった。
――加入時サイードさんに告げられた注意事項に、太陽の希望の知名度が上がるほど、それに伴う厄介ごとが増える覚悟をしておくようにと言われたけど…こうも図々しくて欲深い人間ばかりに会うと、女性嫌いになりそうだし人間不信にも陥りそうだ。
はあ…ルーファスさん達に会いたいなぁ。
ルーファス達のいないエヴァンニュ王国で、一人現地要員として活動するファロは、初めからわかっていたこととは言えど、傍にいないルーファス達を少し恋しく思っていた。
そのファロはハンターフロアを歩いて行く最中、ふと目の前を横切るフードを被った大柄な男性に目が止まる。
質の良いフード付きのマントに、傷のない真新しい軽鎧。背は高くがっしりした身体付きに腰には中剣、背中には大剣の二本の剣を装備している。
中剣と大剣を使い分ける型のハンターなのか…あまり見ない人だな、流れの冒険者かな…?太陽の希望にもああ言う人が加入したいと言ってくるならまだわかるんだけど…って、あれ?違う…あの顔は――
ちらりと見えた濃い栗毛に黄緑色の瞳、何度か面識のあったその横顔に気づくも、相手がフードを目深に被って見慣れない服装だったことから、ファロはそっと近付いて小声で話しかけた。
「――あの…もしかして、トゥレン・パスカム王宮近衛補佐官じゃありませんか?」
「!」
ファロに声をかけられたことで驚き、バッとこちらを見たその顔は、紛れもなくトゥレンだった。
「貴殿はSランク級守護者の…」
「ああ、やっぱり…はい、太陽の希望のファロ・ピオネールです。お珍しいですね、守護者のような装備をされて…今日はどうされたんですか?もし急ぎの依頼とかなら俺で良ければご相談に乗りますよ。」
あまり人目に付きたくないのか、大きな身体で被ったフードの裾を引っ張りながら顔を隠し、警戒するようにきょろきょろ周囲を見回すトゥレンは、なにか困っているような表情でファロに口を開いた。
「気を使って頂いたようで…助かります、実は――」
♢ ♢ ♢
――カラマーダのメンバー全員が『魔精霊』に取り憑かれていると言う、サイードからの情報を得て三日が過ぎた。
時魔法を使い過去に遡ってまで、カラマーダとそれに関わり命を落としたパーティーに、一体なにがあったのかを見て来たというサイードは、そのリーダーでSランク級守護者の『ガシェー・ダーマー』には、俺達にとって因縁深い相手である『ヴャトルクローフィ』という名の魔精霊が憑依していると告げた。
サイードを疑うわけじゃないが、それが事実なら他にも新たな問題が浮上する。そう、その場所がどこにあるのかまだわからない、ユリアンの神魂の宝珠が安置されていた守護七聖主の祭壇に関する問題だ。
ユラナスの塔でユリアンの姿をしたエーテル結晶から俺が見た幻視では、誰にも開けられないはずの守護七聖主の扉は破壊され、ユリアンの石体は粉々に砕かれていた。
あれを見た後にシルヴァン達から話を聞いたことで、俺はてっきりユリアンに取り憑いていたという魔精霊は死んだものと思っていた。
種族に差はあれど千年を超えて生きる精霊は、マルティルのような特別な存在でない限り極稀だからだ。
況してやユリアンの石化した体内に閉じ込められていたのであれば、生きる糧である霊力を摂取できずに普通は二ヶ月と命は保たないことだろう。
――つまりユリアンの石体を砕いた何者かは、封じられていた魔精霊を解放する目的だった可能性が高くなる。
それもヴャトルクローフィが生きている内に助け出したことを考えると、俺達がカオスの大半を滅ぼし、暗黒神を倒し損ねてから神魂の宝珠を各地に封印した後の、それほど時間が経っていない頃にということになる。
シルヴァン達から話を聞くに、当時生き残っていたカオスがいたとしても、守護七聖主の扉を破壊できるほどの力は残っていなかったはずだという。
当たり前のことだが、カオスは暗黒神が瀕死に陥るほどの損傷を受ければ、眷属であるが故に必然的に著しく弱体化する。
俺と魂の絆で結ばれている守護七聖とは異なり、暗黒神とカオスは一蓮托生だからだ。
≪ だとしたら一体誰がユリアンの石体を砕いたのか…それに神魂の宝珠が封印されたままの聖櫃は、どうやってオルファランのサイードの元へ移動することになったんだ?…わからないことが多いな。≫
考えても答えはすぐに出ないのだが、こうなるとやっぱりユリアンが石化した時の記憶がないのはかなりの痛手だった。
せめてヴャトルクローフィがどんな魔精霊なのかだけでも思い出せれば、まだ打つ手も考えられただろうにと思わずにはいられないからだ。
「ルーファス、そろそろ交代するよ。」
ぼけっとそんな考え事をしていると、木陰で椅子に座っていた俺の元へいつ来たのか、ゲデヒトニスがそう言いながら俺の肩を叩いた。
今俺達は精霊を視ることのできる俺、ゲデヒトニス、サイード、リヴの四人で時間時間に交代しながら、カラマーダを監視しているところだ。
敵の正体がはっきりしていないのに下手にこちらから近付くわけにも行かず、この三日というもの彼らの住む集合住宅の傍に陣取り、ステルスハイドで身を隠しながら誰かが出て来るのを待っているのだが、カラマーダのメンバーは未だ誰一人として外に出て来なかった。
「ああ、もうそんな時間か…」
一人六時間の担当で、四人で二十四時間、既に八十時間近く集合住宅の入口が見えるこの場所で、カラマーダを待っている。
その理由は簡単だ。メンバーに取り憑いている魔精霊の存在と種族を確認するためだ。
「そうやって考え込んでいると、僕が来たのにも気付かないんだからな。…気持ちはわかるけど、思い出せない記憶を辿ろうとしても無駄だよ。それならまだサイードに頼んで、直接過去へ飛んだ方がマシだと思うけど。」
「はあ…俺の分身ならそれが駄目だと言う理由もわかるだろう。過去を変えることのできる『時翔人』の俺が飛べば、目の前で砕かれようとしているユリアンをただ黙って見ているなんてきっとできない。万が一我慢できずに動いてしまえば、ほんの少しの違いでも現在が大きく変わってしまうかもしれないんだ。…そんな危険は冒せないよ。」
「まあわかってるけどね…以前サイードは、時空転移魔法を使うのにも理があると言っていたし、これまでなんの制限もなく過去へ行けた方がおかしいと僕は思うよ。ねえルーファス、少し心配なんだけど…サイードは大丈夫なのかな?」
「ああ、俺も心配だ。ずっと元気がないし…どこか具合が悪いんじゃないかと気になっている。でも俺が何度尋ねたところで、なにもないという答えしか返って来ないんだ。…俺に心配をかけたくないと思っているのか、俺じゃ頼りにならないのか…どっちだと思う?」
「さあ…僕にもそれはわからないよ。」
「だろうな。」
監視を交代するために立ち上がると、身を屈めた俺の顔の前に、ゲデヒトニスがスッと書簡を差し出した。
「今日もギルドへ行ったら、ルーファス宛てにこれが届いていた。」
「………」
宛名は俺だが差出人の署名がないそれを、俺はゲデヒトニスから受け取った。
「内容が同じ文面の手紙がもう三通目だ。意味がわからないのは確かだけど、そろそろシルヴァン達に相談した方がいいんじゃない?」
「うん…それはわかっているけど、こっちが片付かないと落ち着かない。いい加減カラマーダも姿くらい見せてくれていいんだけどな。」
「ぼやいても仕様が無いよね。」
「…ああ。」
受け取った書簡を無限収納にしまうと、椅子に腰を下ろすゲデヒトニスを見て短く息を吐き、立ち去る前にもう一度集合住宅の入口を見やった。すると――
「ゲデ、あれを見てくれ。」
俺の声にゲデヒトニスも顔を上げる。見ると軽鎧を身に着けて武器を装備した五人の男女が、集合住宅の入口から階段を降りて外へ出て来たのだ。
「あれがカラマーダかな?」
「ああ、多分…」
カラマーダらしき五人の特徴を言うと、紺色に近い髪色の二十代後半くらいの男と赤味のある緑髪の同年代男性に、背の高い土色でボサッとした髪型の三十代半ばくらいの男、ワイン色に近い赤毛の若い女性に、薄い茶髪にロッドを手にしたローブの治癒師らしき女性だ。
「…これから仕事に出かけるにしても、雑談もなしにとは雰囲気が暗いね。」
「――魔精霊の姿が見えないな…あれだと今は正常な人間にしか見えないぞ。」
「僕がこのままそれとなく近付いて、真眼と解析魔法を使うかい?」
「ああ、頼む。それと彼らがこれからどこへ向かうのか、気づかれないようにそっと追跡してくれ。サイード達を呼んで俺も追うから。」
「わかった。」
ステルスハイドをかけたまま、ゲデヒトニスは足早にカラマーダの後を追う。
「サイード、リヴ、来てくれ。ようやくカラマーダが動き出した。」
共鳴石で二人に連絡を取ると、ものの数秒とかからずに転移魔法で待機していたサイードとリヴが背後に現れる。
今回は魔精霊の姿が見えないと危険なため、ウェンリーとシルヴァン、イスマイルにプロートン達は別行動だ。
もちろんみんなにはその間も、情報収集や高難易度の依頼を熟しに行って貰っている。
「ルーファス、やっとですか。」
「やれやれ待ち草臥れたわ。おかげで予は寝不足ぞ。」
サイードの転移魔法で連れてきて貰ったくせに、リヴは来るなり欠伸をしている。
「ゲデヒトニスはどこです?」
「カラマーダの追跡を頼んだ。魔精霊の姿が見えないから、近付いて真眼と解析魔法で調べて貰っている。俺達も移動しよう。」
サイード達と合流し、すぐに先に行ったカラマーダとゲデヒトニスの後を追う。ヴャトルクローフィに俺とリヴの顔は知られているため、ステルスハイドで姿と気配は消したままだ。
ほどなくしてゲデヒトニスが使用した『真眼』と、解析魔法『アナライズ』によって同調した俺にもその情報が見えてくる。
――こ、れは…
それによると魔精霊に憑依されたカラマーダの状態は、俺が思っていた以上に悪く酷いものだった。
≪魔精霊の姿が見えないと思ったら…もう殆ど人間と同化しているじゃないか…!≫
長期間体内に巣喰われているためか、通常なら人の身体に『異物』のように見えるはずの魔精霊が大きく育ち、まるで宿主がもう一人存在しているみたいに、同じ姿で完全に重なっていた。
さらに詳しく視て行くと、辛うじて脳に当たる部分は侵食されていないため、恐らく憑依されている宿主の方は意識だけが残っていると思われ、自分の意思では指一本動かせない状態にあるのは推測できた。
――普通あそこまで魔精霊に支配されていると、宿主の方はもう疾っくに狂って死んでいてもおかしくないのに…なぜ殺さずに生かしたまま人間に紛れて人の振りをしている?
魔と化して無差別に人を殺す魔精霊にしては、随分と様子がおかしい。
『ルーファス、魔精霊の種族はわかりましたか?』
隠形魔法をかけているのに声を出して会話をしては意味がないため、サイードは思念伝達で俺に話しかけてきた。
『ああ…ええと――』
ピロン
頭の中で自己管理システムの通知音がして、すぐにそれが表示される。
『検索結果/知識の精霊/情報不足につき詳細不明』
え…詳細不明?…と言うか、知識の精霊ってなんだ?初めて聞くぞ。
『…ルーファス?』
『あ、ああいや――』
――俺はグリューネレイアのマルティルと親しいこともあり、フェリューテラと繋がる精霊界グリューネレイアの精霊族にはかなり詳しい方だ。
以前精霊族がフェリューテラに生まれた理由について話したことはあるが、精霊というのはフェリューテラの自然を守るための存在だ。
それ故にグリューネレイアには、フェリューテラ七属性と自然に連なる精霊種族しかいないはずだった。
それなのに過去に対峙している魔精霊でありながらデータベースには詳しい情報がなく、しかもフェリューテラ七属性にも自然にも、凡そ関係のない『知識』という名を冠した精霊種族には全く心当たりがなかった。
『ルーファス、カラマーダが街の外へ出るよ。』
ゲデヒトニスにそう言われ我に返った俺は、一先ずサイードにそれは後にしようとだけ返事をして、街の外へ出たカラマーダ達の追跡に専念することにした。
カラマーダのメンバーは、街中で声をかけられれば最低限の挨拶ぐらいは交わしていたが、終始その態度は素っ気なく、お世辞にも愛想が良いとは言えない態度で住人と接しており、それ以上に仲間内では到頭街を出るまで一度も会話する姿は見られなかった。
その後ゲデヒトニスとも合流し、四人で引き続きカラマーダの後を追うと、やがて彼らは少しモナルカの街から離れた場所にある深い森へ入って行った。
「――人の振りをしているならば、なんぞ森へ魔物でも狩りに来たのでするかな?」
「それならギルドに寄ってから外へ出るだろう。これまで守護者として専属契約を結んだりしているんだから、人間の仕事の仕組みは知っているはずだ。」
「でもさ、ルーファス…それにしてもこの森、全然魔物がいないよね。空間把握できちんと調べてみないとあれだけど、一定範囲に生息する絶対数が極端に少ないみたいだ。」
「ああ。」
ゲデヒトニスの言う『絶対数』とは、魔物の生息域を一定の範囲で区切り、その中にどのぐらいの数の魔物が常に存在しているかを表す言葉だ。
それは人の住む村や町などの周囲では、守護者や街を守る警備兵などによって魔物は常に討伐されているため殆どいないが、人の踏み入らない場所では大量の魔物が徘徊しているなど、環境によってその数も大きく変わる。
つまりゲデヒトニスの言うように、ここのように深い森ではいつ魔物が襲ってきてもおかしくないほどの生息数がいるはずなのに、俺の脳内地図にも魔物を示す赤い点滅信号がポツンポツンと疎らにしか表示されていないことから、魔物が異常に少ないことは明らかだった。
そして普通なら魔物が少ないことは喜ぶべきことだが、絶対数に変化が起きている場合は注意が必要だ。
それは多くの場合、続く悪い方の劇的事象が発生する〝前兆〟であることが殆どだからだ。
「…魔物暴走の可能性はどうですか?」
そのことを察したらしいサイードが尋ねて来る。
「そんなことまで良く知っているな、サイード。」
「魔物も生物だそうですからね、絶対数に異変がある時はなにかの前兆だと思うのは自然なことです。」
「まあそうだな…でもそれは他存在の介入が全くない場合の最たる予測だろう。」
「つまりルーファスはその可能性は低いと思われているのでするな。」
「断定するには早いけど、さすがに五体もの魔精霊が関わっているとなると、他の原因がある可能性も考えるべきだと思う。」
「ふむ…まあ魔精霊がこれまで大人しく人里に紛れていること自体、異常なことでするからな。」
「ああ、そう言うことだ。」
それから一時間ほど歩き続けると、森の中に巨岩が突き刺さっているような形状をした、小高い丘が現れた。
「――こんな所に丘があったのか…魔物が巣を作るのに適したような地形だけど、やっぱり周囲に魔物は殆どいないな。」
「ルーファス!カラマーダが消えましたよ…!!」
「え!?」
サイードの声に、五十メートルほど前を歩いていたはずのカラマーダを探すも、丘に埋もれる巨岩近くで見えなくなってしまった。
「どこに行ったんだ?」
さっきまで見えていた、調査対象を示す青い点滅信号も地図から消えていた。
「尾行に気づかれたのでするか?」
「そんなはずない、地面に転送陣かなにかない?きっとどこかへ移動したんだ。」
「検知魔法を使って調べましょう。隠された転送陣があればすぐに見つけられます。」
「待ったサイード、それは後にしよう。」
「ルーファス…どうしてです?カラマーダを見失ってしまいますよ。」
「もし近くになにかあるのなら、今ここで俺達が検知魔法を使うと魔精霊に気づかれる恐れがある。まだこれと言った対策も立てられていないのに戦闘になれば、魔精霊ごと彼らの命まで奪うことになりかねないだろう。このまま暫くここで待機して、カラマーダが戻って来るのを待とう。」
「…わかりました、あなたがそう言うのなら後にしましょう。」
突然姿の消えたカラマーダを待つため、俺達はステルスハイドをかけたまま各々が近くの木に登り、盛り上がった丘と巨岩の周囲がある程度見渡せるように間隔を空けて、樹上で暫く待機することにした。
待っている間の会話は思念伝達でやり取りが可能だ。
『それで結局、魔精霊の種族はわかったのですか?』
頭に直接サイードの声が響いてきた。
『ああ…うん、いや…サイードは知識の精霊って知っているか?』
『知識の…?いいえ、私は精霊族に詳しくないのでわかりません。』
『そうか…リヴはどうだ?』
『予も聞いたことのない精霊の名でするな。まさかそれが…?』
『真眼と解析魔法で得た情報から、データベースを検索して出て来た結果がそれだった。でも情報が少なくて詳細は不明なんだ。俺も初めて聞く種族なんだけど…』
木の上で太い枝に腰かけ、幹に背中を預けながら、俺はグリューネレイアに現存する精霊族について、サイードとリヴに掻い摘まんで説明をした。
『なるほど…フェリューテラとグリューネレイアは世界樹ユグドラシルで繋がっているため精霊族は共通であり、現存する精霊はフェリューテラ七属性と自然に連なる種族しかいないはずなのですね。』
『ああ、そうなんだ。だから凡そそれとは関係のない名前を冠しているとなると、知識というのは種族名でなく単なる通称なのか、それとも――』
『全く未知の精霊であるか、でするな。』
――真眼と解析魔法で視た魔精霊達は、その元の姿がわからないほどに宿主と同化していた。
そのせいで俺にヴャトルクローフィの記憶がないこともあり、リーダーのガシェー・ダーマーに憑依していると言われても、それが本当はどんな姿をしているのかさえわからなかった。
『精霊は基本的にフェリューテラでの実体を持たない存在だから、憑依されるとその正体を掴み難いんだよな。なにか少しでも癖とか特徴とかの手がかりが得られれば、それを元にどんな精霊だったのか探ることも出来るんだけど…』
『精霊に関しては同じ精霊族に尋ねるのがよろしかろうぞ。マルティル様にお伺いしては如何でするか?』
『…そうだな、モナルカに帰ったら連絡してみるよ。』
――そう言えばウェンリーが良くわからないと言って、魔精霊についてイスマイルから詳しい説明を受けていたっけ。
『魔精霊』とは、精霊がなんらかの要因によって他生物に激しい怒りや憎悪を抱くようになり、魔物のように人や動物などの生物を無差別に襲うようになることを言う。
精霊によっては生物ごと霊力を喰らうことがあるため、その魔物に似た変化を分かり易いように『魔物化した』と言い表すが、実際には精霊が魔物になったわけではなく、それとは全く異なる存在だ。
魔精霊となった精霊は様々な手段で他生物を害するようになるが、力のある精霊ほど、より目に見える形で残忍に襲撃することを好むため、今回のように人間の体内に入り込んではその肉体を乗っ取って思うままに操ったり、酷い幻覚や幻聴により宿主の精神を破綻に追い込んで狂わせ、宿主自身に周囲の生物を殺させたりする。
厄介なことに魔精霊は精霊と同じく実体を持たない『霊体<スピリチュアル>』であるため『識者』でなければ視認することができず、憑依された生物の多くはそれと周りに気づかれないまま、『悪魔憑き・狐憑き・狢憑き』や『発狂者』『狂人』、『殺人鬼』や『群れ喰らい(※動物)』などとされ、人であれば救われることなく直ちに死刑に処されたり、動物であれば群れの仲間達に集団で排除されると言ったことが殆どになる。
これが悪魔族などであれば、宿主に影響のない弱点である聖魔法や聖水と言った道具を用いて、憑依体のみを退治するなり引き剥がすなりすることもできるが、魔精霊に対しては元の精霊がなんの種族かによって有効な手段が異なるために、強制的に宿主から追い出すのは非常に困難だ。
その反面、宿主に憑依した状態ならば、特殊な手段を用いなくとも宿主ごと殺すことは可能になるのだが、動物ならまだしも相手が人間では俺にそんな方法は選べない。
≪一番良いのは魔精霊の意思でカラマーダのメンバーから離れて貰うことだけど…
魔精霊が識者の説得に応じた事例は皆無だしな。
俺がなにか言ってさらに怒らせてしまい、下手にウェンリー達の誰かに取り憑かれでもしたら、自らを石化させたユリアンの時よりもさらに悪い事態になる。≫
因みに憑依していない魔精霊を倒すには、精霊を捕獲可能な結界魔法に閉じ込め、霊体のまま攻撃魔法で消滅させる方法を取る。
カラマーダのメンバーから追い出すことさえ出来れば、俺にはその手段があるからなんの問題もないのだが、そのための有効手段を探そうにも肝心な種族がわからずに困っている、と言うのが今の俺の状況だ。
――そもそも魔精霊は憑依するとすぐに危害を加え始めるのが当たり前なのに、宿主の意識を残したまま半年以上も人間の振りをして街中に居続けるなんて、どう考えても普通じゃない。
マルティルに尋ねるのはもちろんだが、カラマーダの消えたこの場所を調べることで、少しはなにかわかると良いんだけど…
小高い丘の巨岩前でカラマーダが消えてから三時間後、ただひたすら木の上でじっと待っていた俺達の前に、再び彼らが姿を見せた。
『見えた?やっぱり転送陣だ。』
膝下まで伸びた雑草に隠れて見え辛かったが、カラマーダの五人が出現した足下に、一瞬だけ円形に光が見えた。
『ああ、あそこにどこかへ通じる入口があるんだな、探す手間が省けた。…だけどカラマーダのあの姿は一体…』
ここへ来た時と同じように、殆どなにも喋らずに淡々と歩いて来る彼らの姿は、ここから消えた時と大きく違い着ている衣服が血塗れだった。
『…魔物の血液かしら?』
『この辺りに魔物がいないのは、あれらがどこか別の場所で狩っているせいかも知れませぬ。』
『そうかな…わざわざそんなことをする理由があると思うか?』
『例えば、シェナハーン王国の時のように魔物を集めて、隠れてなにかしているのかもしれません。なんと言っても、相手は〝知識の精霊〟と言う種族なのでしょう?』
『…怒りと憎悪から魔と化した精霊に、そんな思考があったら恐ろしいことになりそうなんだけど。サイードの予想が外れることを願いたいな。』
俺達はそのまま気づかれないように息を潜め、モナルカに帰ると思われるカラマーダの面々を樹上から見送った。
『――やっぱり駄目だ、真眼で視ても魔精霊の正体が掴めない。』
『私も会話を聞いただけなので姿まではわかりません。もう一度時魔法を使って過去に飛べば――』
『それはなしだ。今すぐわからなくても、調べて行く内にきっとわかるさ。それよりプロートン達に連絡を取って、集合住宅前でカラマーダを監視してくれるように伝えてくれないか?すぐには戻って来ないだろうけど、万が一俺達がここを調べている間に来られたら三時間も待っていた意味がなくなる。』
『わかりましたよ、彼らに動きがあれば知らせてくれるように頼むのですね。』
『ああ。――よし、そろそろ良いかな。』
俺の脳内地図上で、カラマーダを示す青い点滅信号が表示範囲外へと消えたことを確認すると、俺はステルスハイドを解除して木の上から飛び降りた。
「それじゃ僕はここに残って周囲を見張ってるね。カラマーダじゃなくても、別のお客さんが来るかもしれないし。」
「…ゲデヒトニスを置いて行くのですか?」
「俺と離れていても同調できるんだ、ゲデに残って貰うのが最善なんだよ。」
「そうですね…」
「あれえ?そんな顔してもしかしてサイード、僕を心配してくれてるの?」
「ええ、心配ですよ。…あなたも私達の大切な仲間ですからね。」
ゲデヒトニスは茶化すつもりでそう言ったのだが、サイードは彼に近付くと心配そうに微笑んで、なぜだかゲデヒトニスの頭をよしよしと撫でた。
その瞬間、俺とゲデヒトニスが同時に顔を赤くしたのは言うまでもない。
「ちょ…サイード、いきなりなにをするんだ?子供じゃないんだから、頭を撫でるのはやめてくれよ。さすがに恥ずかしいだろう。」
「お気になさるな、ルーファス。予はなにも見ておりませぬぞ。」
「そういう問題じゃない!――もう行くぞ。ゲデヒトニス、気をつけて頼むな。」
「はいはーい、了解~そっちもね。」
巨岩前にカラマーダの足下に光っていた転送陣を見つけると、中央の突起状のスイッチを踏んで起動させる。
すると俺達はすぐに薄暗い自然洞窟のような場所へ転移した。
「ここは…地下、かな…?」
入口と同じ転送陣から出ると、土岩の壁に明光石の灯りが埋め込まれていることに気付いた。
「壁に灯りが取り付けられています。元は自然空洞だったのでしょうが、明らかに人の手が入っていますね。」
「ああ、それと…空間自体はそこまで広くない。出入り口はここの転送陣だけみたいだな。蟻の巣を横に見たような坑道状の作りだけど、大きさはモナルカの三分の一ぐらいだ。」
完全に塞がれている形状の空洞だったために風の流れがなく、空気が酷く澱んでいるような感じがした。
おまけに、くん、と鼻で嗅ぐと、吐き気を催すような不快な臭いがする。
「…臭いな。肉が腐ったような…これは明らかに生物の死臭だ。」
右腕の服の袖で鼻を塞ぎ、顔を顰めながら周囲を見回すと、どうやらこの臭いは薄暗い通路のもっと奥から臭ってくるみたいだ。
「ええ、確かに。」
「このような閉鎖された空間に魔物などの死骸を放置しておれば、場合によっては疫病の発生源ともなりかねませぬぞ。」
「うん…念のため俺達の周囲に、空気を浄化する障壁を張ろう。それで少しは死臭もマシになるだろう。」
俺はすぐに各々の身体に密着するような形で、空気浄化の防護障壁を施した。
「よし、行こうか。」
地図上に赤い点滅信号は現れていなかったが、どこになにが潜んでいるかわからないので、ルスパーラ・フォロウは使わずに備え付けの照明だけを頼りに進んで行く。
通路を進んで先ず右側に折れた先の空洞を調べると、そこには大型の魔物が入りそうな、金属製の檻が置いてあった。
「随分大きい檻だな。狂乱熊の成体が二頭は入りそうだ。」
「やはり魔物か動物を捕獲して、ここに運んでいるのではないかしら?」
「うーん…でも檻に毛は落ちていないし、良くある爪痕や噛み傷が付いていない。」
「魔法で眠らせるか麻痺させていたとか…」
「魔精霊がそんなことをするかな…精霊はそこまで人間臭い思考を持たないよ。大精霊と言えど気に入らなければ精霊魔法をぶっ放すし、なにか目的があれば自分以外の他がどうなろうと意に介さない、そんな自己中心的な面が多く見られるんだ。言うなれば自然と同じだな。天候だって良い時は恵みを多く齎してくれるけど、人間の都合を考えて嵐は来たりしないだろう?」
「分かり易いたとえですね。では他も見てみましょう。」
そこを出て元の通路へ戻ると、反対側の空洞を見て来たらしいリヴが、大小いくつか空の同じような金属製檻がそっちにも置いてあったと教えてくれた。
「空の檻だけだったか?」
「そうでするな、他には紙切れ一枚なかったでする。」
「そうか…奥へも行ってみよう。」
他にも枝分かれしている通路の先にある各空洞を調べてみたが、破壊された大きな木箱や同じような空の檻が放置されているだけだった。
「カラマーダはここでなにをしているのでしょうね。」
「わからない…残すは最奥の一番広い空洞だけだけど――」
三人で最奥の空洞まで来ると、やけに大きくて頑丈そうな鉄製扉で隔てられた、通路の突き当たりが見えた。
「ここだけ扉があるのか…」
見ると仕掛けによる巨大な閂が降りていて、外からでしか開けられないようになっている。
「あそこにレバーがありまするぞ。それを操作して閂を上げる仕組みのようでするな。」
「ああ、頼めるか?」
「お任せあれ。」
「――ルーファス、地面を見てください。」
「え?あ…」
扉の前にしゃがんで下を見ていたサイードに言われ目線を落とすと、土の地面には所々なにかの液体が大きく染み込んだ痕が残っていた。
それを指先でなぞり、付着した湿った土を磨り潰してみると――
「…血痕だ。まだ新しいな…まさかこの地面の染み、全部血液なのか?」
地面にベッタリと広がっている血痕は、扉の下にある隙間から外へと流れ出していたようだ。
「カラマーダの衣服があれだけ血塗れだったのです、他にめぼしい血痕がなかったことから、魔物なり動物の死骸なりがあるとすればこの向こうでしょうね。」
「中を見て確かめてみないとな。リヴ、閂を上げてくれ。」
「承知致した。」
上下に可動するレバーをリヴが力を込めて降ろすと、閂が軋んだ音を立てて上方へ移動する。
俺はかなり重いその扉を、リヴと一緒に二人がかりで体重をかけて押し開けた。
ムアッ
「「「!!」」」
――瞬間、浄化障壁越しにでも耐えられないほどの腐臭と、噎せ返るような血の匂いが襲って来た。
かなり広い空間の奥が暗くて良く見えなかったため、安全を確かめてからルスパーラ・フォロウの照明魔法を使用した。直後――
「なっ…」
「ぐうっ…こ、これは――」
過去に何度も魔物による凄惨な現場を見たことのある俺でも、思わず目を背けたくなるような、そこに広がるあまりにも酷い光景に直ぐさま腕で口元と鼻を覆う。
天井から幾筋も滴る粘度の高い真紅の液体に、固い岩の地面一杯に散らばる、腐肉の塊と肉片のこびり付いたバラバラの骨。
まるでそこに血の池でもあるかのように、広範囲に夥しい量の血液が溜まりを作っていた。
部屋のあちこちにここまでと同じく、金属製の檻が三つ置かれている。だがどれも空で、魔物が入れられていたのかどうかは見ただけでは判断が付かなかった。
「単にここで魔物の解体作業でもしていたのか?」
「まさか。仮にも宿主は守護者ですよ?手慣れたハンターは、こんな風に肉塊やバラバラにした骨を散らばしたりしないでしょう。この惨状はまるで飢餓状態の猛獣が、生き餌を貪り食した跡のようです。」
「…魔物か動物かにしても、さすがにこれは気分が悪くなりまするな。奥の壁際に木箱が並んでおるようでするが…」
「あっちにもあるな…あんまり見たくないような気もするけど、中を確かめた方がいいか。」
「私は足下の骨がなんの骨なのかを調べます。」
「あ、ああ…」
イスマイルやウェンリーなら、叫び声を上げて卒倒しそうだけど…サイードは大丈夫なのかな。
内心俺は不謹慎にも、サイードが悲鳴を上げて俺に縋り付いてくれる位のことを期待していたのだが、ゲデヒトニスの頭を撫でるくらいだと、そもそもが頼りになる男として見られていないのかもしれない。
少し寂しく思いながら右の壁際に並んでいる木箱に近付き、特段釘などで止められていない蓋をなにも考えずに持ち上げた。
「ぎゃあああっ!!!」
俺が木箱の中を確かめる前に、空洞の奥の木箱を調べに行ったリヴが、いきなり叫び声を上げる。
「リヴ!?」
慌てた俺は蓋を開けたそのままに、急いでリヴの元へ駆け付けた。
「ルル、ルーファス…木、木箱の中をご覧下され…!!!」
青ざめた顔をして指差すその箱の中を覗き込んだ俺は、「うっ!!」と声にならない声を出して目を見開いた。
≪に…人間の、手足…っ!?≫
なみなみと溜まった腐りかけの血液から、黒く変色した人の手足が顔を出している。
それも一人分や二人分どころじゃない。突き立てられた棒のように何本ものそれが液面に覗いていたのだ。
比較的新しいものから、既に白骨化したものまで…中にはまだ子供のものまであるようだ。
「ルーファス!!」
続いてサイードが切迫した声で俺を呼ぶ。振り返った俺に、駆け寄って来たサイードが告げたのは――
「た、大変です…辺りに散らばっているのは、魔物や動物の部位ではありません…どれも人間のものです…!!!」
そう聞いた瞬間に、俺は目の前が真っ暗になったような気がした。
書き直ししたため、遅くなりました。次回、仕上がり次第アップします。いつも読んで頂き、ありがとうございます。




