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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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204 強欲守護者と黒衣の襲撃者 後編

モナルカの街中でサイード達を襲ったのがサイードの『弟子』だと聞いたルーファスは、驚きながらも破壊された建物の修復や後始末を熟しました。それが落ち着いてマイル君と母親の引っ越しが終わり、カラマーダという守護者パーティーによって奪われた生命保険金だけでも取り返そうと動き始めます。ですが調べて聞き込みをしていると、意外な事実がわかってきて…?一方、ヨシュアの死から二ヶ月が経ち、その死に胸を痛めながらトゥレンは憲兵所へと向かっていました。行き先はライが囚われていた拘束室のようです。そこにはイーヴともう一人の人物が待っていて…?

     【 第二百四話 強欲守護者と黒衣の襲撃者 後編 】



 サイードの言う『弟子』からの襲撃を受け、一部損傷したモナルカの街を修復魔法で直した(のち)俺達は、商業組合(ギルド)の計らいで大半の賠償金などは免除されることになった。

 それは建物などの修復に殆ど時間がかからなかったことと、地元の警備兵が街中を巡回していたにも拘わらず不審者に気づけなかったこと、そして負傷者の手当てを俺達太陽の希望(ソル・エルピス)が殆ど行ったことを考慮されての決定だった。

 一通りこの件に関しての処理が終わり、モナルカの街も俺達も落ち着きを取り戻すと、この街に滞在して三日後、本格的にAランク級パーティー『カラマーダ』とマイル君のお父さんが交わした契約について調査を開始した。


 因みにマイル君とお母さんのバセオラ村への引っ越しは、例によって責任を感じたウルルさんが気を使ってくれて、変化魔法で人族に姿を変えた黒鳥族(カーグ)の面々が手伝ってくれた。

 これによりバセオラ村に用意されていた民家も、母子が住みやすいように改善され、越境に関する細かな手続きも村代表のガーターさんが率先して代行してくれることになった。

 つまりマイル君とお母さんは、細かな移住に関する手続きを殆どなにもしなくて済んだのだ。

 それと以前ログニックさんが守護騎士(ガルドナ・エクウェス)に調査を行わせたこともあり、今ではバセオラ村とパスラ街道間の主要街道には、魔物除けの忌避灯(一部の魔物が嫌う光や音波を発する魔道具)が設置され、比較的安全に人が行き来できるようにもなっていた。


 俺達は現在もシェナハーン王国では犯罪者として手配中であり、姿を変えなければ大手を振って歩くこともできなかったが、この機に万が一のことを考えて、バセオラ村に張られている結界障壁にも手を加え、俺達や村、そして水精霊に悪意を持って近付こうとする存在を予め弾くようにした。

 これはシェナハーン国王であるシグルド・サヴァンが、血迷って自国の民(バセオラ村の住人のこと)を害そうと考えた際の防衛策でもある。

 なんと言っても子供の頃から王家に仕えていた、あのログニックさんを惨殺したことで、俺は国王を最重要注意人物と見做したからだ。

 その行動にも未だ不審な点は多く、バセオラ村の復興に俺達『太陽の希望』が深く関わっていることで、いつ牙を剥くか全く信用できなかったせいもある。

 そのことから用心には用心を重ね、俺の友人でもあるパーティー『豪胆者(アウダクス)』のフェルナンドやメンバーを守るためにも、できるだけの手は先に打っておくべきだと考えたのだ。


 ということで、マイル君とお母さんは無事にバセオラ村へ転居して行った。フェルナンド達に頼めば、マイル君はパスラ峠までテソロ君に会いに行くための護衛守護者を雇うこと(もちろん無料ではないが、子供が払える報酬の範囲で)もできるように手配もし、それによって俺からの手紙はマイル君からテソロ君へ届けて貰うことになった。

 後は俺達がカラマーダの調査を済ませて最終的な判断を下し、奪われた生命保険金を返して貰えばこの件は片が付くだろう。

 ああそうそう、当然だが彼らが()()()()()『有罪』だった場合は、言うまでもなく守護者資格の永久剥奪という厳罰が待っている。


 俺達は亡国ラ・カーナへ向かっている旅の途中と言うこともあり、この件はできるだけ手早く済ませたい所だったが、ウルルさんが俺宛てに送ってくれたカラマーダの資料を見て、俺はそう簡単には行きそうにないことに気が付いた。


「これは…」


 モナルカの守護者御用達宿『ガナドール』の一室で、テーブルの上に書類を広げて見ていた俺は、思わず眉間に皺を寄せた。

 今俺の傍にいるのはウェンリーとイスマイルの二人だけで、サイードとプロートン、テルツォの三人には別途この件についての情報収集を頼み、ゲデヒトニスとシルヴァンにリヴ、体力の有り余っているデウテロンは、ここで受けた高難易度の討伐依頼を熟しに街の外まで出かけている。


 その書類の内容だが――


 ――Aランク級パーティー『カラマーダ』の結成は約一年前。メンバーはリーダーがメル・ルーク王国モナルカ在住のSランク級守護者『ガシェー・ダーマー』に他Aランク級守護者の男性二名と女性一名、Bランク級守護者の女性が一名の合計五名で構成。

 主に商業組合(ギルド)による斡旋で、小規模事業主などとの専属契約による護衛依頼を主活動としている。

 直近の半年間で五件の長期専属契約依頼を受け、そのいずれも依頼主から期間満了前の契約破棄によって解消、莫大な違約金を得ている。

 これにより魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の監査による活動調査も四度に渡って行っているが、交わされた契約書に不審な点はなく、正規契約と判断された。


「つまりカラマーダは元々専属契約のみで護衛専門の守護者として活動していて、国からの討伐依頼や民間からの依頼は初めから受けていないと言うことか?」


 テーブルの上に立てて置いた『精霊の鏡』の向こうにいるウルルさんに、俺は書類を見ながら尋ねる。


『元々と言いますか、結成から数ヶ月後に方針転換をしたようです。それまでは他のパーティーと同じように、掲示板からの討伐依頼も請け負っていましたので、ルーファス様の仰るカステン家の護衛依頼が、転換時最初の仕事だったのではないかと。』


 傍にいたウェンリーが別の書類を手に身を乗り出した。


「なあ、それってもしかして、カステン家の依頼で味を占めたって奴?こっちの書類を見る限りじゃ、五年契約の中途解約で家一軒分ぐらいの依頼料手に入れてんだけど。きちんと仕事したのって精々二回が良いとこだぜ?そんでこの金額って…さすがにエグすぎんだろ。」

『正にウェンリーさんの言う通りですね。ですからこちらでも極秘に調査を行いましたが、契約書は正規の手続きを踏んだもので毎回きちんとモナルカ支部に届けも出されており、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)としては要経過観察中の状態なのです。』

黒鳥族(カーグ)の監視があっても追及するに至る尻尾が掴めないのか…厄介だな。」

『はい。ですがルーファス様の指摘通り、生命保険金に関しては商業組合(ギルド)から事業損害保険と生命保険契約の詳細な内容がわかれば、返還請求は行えると存じます。素直に応じるかは難しいですが…』

「既に全部使っちまって残ってねえとか言いそうだよな。」

「………」

「ルー様、共鳴石にサイード様から連絡が入りましたわ。」


 傍でサイードと共鳴石で話をしていたイスマイルは、それをテーブルの上に置いてウルルさんにも聞こえるように通信音声を魔法で広げる。


「お疲れ様、サイード。なにかわかったのか?」

『ええ、ウェンリーは突然契約を破棄してきた前のパーティーが引っ掛かると言っていたそうですが、当たりでしたよ。かなり悪質で巧妙なようなので、恐らくギルドではこの件を特に不審案件として把握していないと思いますが…少なくとも五件五パーティーが、カラマーダに関わって死亡しています。』

「な…」

『なんと、それはどういうことですか!?』


 ――サイードには魅了魔法や、潜在意識から隠したがっている情報を引き出す精神系魔法がある。(俺には効かないけど)

 あまり褒められた魔法ではないので、普段は余程でなければ使うこともないが、今回に限って口の重い関係者から事情を知るのに手を貸して貰っていた。


 そしてそれによると、カラマーダが専属契約を結んで中途破棄した契約主には、カステン家同様にそれ以前になんらかの依頼契約を結んでいた守護者パーティーがおり、いずれも相手方からの契約破棄によって急遽カラマーダに依頼する羽目になっていた。

 その上契約を解消した(のち)、いずれのパーティーも死因や死亡時期、死亡状況は異なるが、討伐依頼を失敗したり移動中に魔物の襲撃を受けたりして、その全員が亡くなっているとわかったのだ。


「全員?ただの一人も生存者はいないのか?」

『ええ、見事にいません。ソロではないのですよ?三人から六人ほどのパーティーです。これは偶然ではあり得ないことでしょう。』

「信じられませんわ、なんてこと…」


 ウルルさんを含め、ウェンリーとイスマイルも愕然としている。


 以前エヴァンニュ王国で根無し草(ダックウィード)のメンバーが死亡・行方不明(リーダーのヴァレッタを除いて、未だその行方は掴めていない)となったことでちらっと説明したことはあったと思うが、依頼中に守護者が死亡した際魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)は、他の守護者に注意を促すためにも調査員を派遣して、なにが原因で亡くなったのか、それはどういう状況だったのかなどの事情を聞き取りに向かう。

 つまりギルドの運営者であり管理者でもあるウルルさんの方で、その五つの守護者パーティーについては死因と状況調査を行っているはずなのだ。


 その際にも調査員(この仕事は外見を変化魔法で変えた黒鳥族(カーグ)が必ず行っている)が不審な点はなしと判断しているのなら、相当なものだろう。


「――サイードはその守護者パーティーが、なんらかの方法で殺された可能性があると思うか?」

『思います。ただ…』

「ただ?」

『まだ根拠も確信もないのですが、酷く嫌な感じがするのです。黒鳥族(カーグ)の目を潜って、五つもの守護者パーティーを完全な死に追いやるのは容易ではないでしょう。私の見立てでは余程の特殊能力所持者でない限り、普通の人間の成せることとは思えないのです。』

「…イスマイルはどう思う?」

「そうですわね…情報が少なすぎて判断はしかねますが、可能性はあると思います。くれぐれも慎重にもっと詳細に調べた方がよろしいですわね。」

『私ももう少し情報収集を続けます。またなにかわかったら連絡しますね。』

「ああ、頼んだよサイード。」


 一旦俺はサイードとのやり取りを終えた。


 テーブル上の鏡の向こうで愕然とした後、ウルルさんは険しい顔をして考え込んでいる。

 きちんと調査したはずなのに、まさかそんな裏があったなんて余程ショックだったんだろう、俺はこんな表情のウルルさんを見るのは初めてだ。


「ウルルさん、大丈夫か?」


 眉間に深い皺を寄せ、ウルルさんは深刻な表情で俺を見る。


『ルーファス様、カラマーダの調査をお願いしてもよろしいでしょうか。処遇はシェナハーン王国での一件同様、ルーファス様のご判断にお任せします。』

「ああ、乗りかかった船だし構わないけど…どうかしたのか?」

『…実はシェナハーン王国やメル・ルーク王国だけでなく、事情は異なりますが似たような理由で、幾つもの他国でも監視を強めている守護者やパーティーがかなりの数いるのです。』

「え…」


 幾つもの他国でも?…と言うことは、他の国でも一部の守護者がなにかしらの問題を起こしているのか…?


『いずれも入念な調査を行ったにも拘わらず不審な点は見当たらず、それとなく監視している状態だったのですが…私はこれからすぐに、それらに関わる調査済みの案件を全て洗い直します。それなりに時間はかかるでしょうが、こうなるともう居ても立ってもいられません。』


 ウルルさん…確かにそうだよな、もし他でもこんな問題が裏で起きているとしたなら、これまで築いてきた魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の信用に影響も出かねない。


 それは最悪の場合、暗黒神が復活した際の命取りにもなるだろう。


「そうだな…魔物から人を守るはずの守護者が、裏で予想外のことをしているのなら放っておけないのは当然だ。ありがとう、ウルルさん。俺にできることがあればいつでも連絡をくれ。こちらもなにかわかったらすぐに教えるよ。」

『感謝致します、ルーファス様。――どうやら私は、暗黒神のいない千年の平穏な状態にすっかり油断していたようです。できるだけお手を煩わせずに済むよう努めますが、()()()()()()よろしくお願い致します。』


 深刻な表情でそう言ったウルルさんの〝もしも〟は、これらの件の背後に、前回同様魔族やカオスにその配下の異種族が関わっている場合のことを指している。

 黒鳥族(カーグ)は基本的に、種族としては表立って行動しない。それは彼らが過去の迫害された記憶から、隠れて生きる道を選んだからだ。

 これでもし守護者の中に暗黒神側の異種族が紛れ込んでいたなら、ウルルさんがいくらギルドマスターの役割を担っていても動けないだろう。


 そのことは俺も良くわかっている。


「ああ、もちろんだ。」


 俺は一も二もなく大きく頷いた。


『ではまたご連絡致します。』


 ウルルさんは俺の返事を聞いて一瞬だけホッと安堵した表情を浮かべたが、かなり動揺しているようで急ぎ俺との話を打ち切った。


「あーあ、可哀想に…ルーファスに任されたからって、ウルルさんがどんだけ苦労して一生懸命やってるか俺らにだってわかるのに、そりゃ焦るよな。」

「ルー様…シェナハーン王国での魔族の一件は、氷山の一角に過ぎなかったのかもしれませんわ。」

「…うん。――とにかくこれである程度の前情報は手に入った。ここから先はサイード達に任せた死亡した守護者パーティーに関する情報収集と並行して、俺達は俺達でカラマーダの情報収集と直接パーティーへの接触を試みてみよう。」

「ではわたくしは先に、商業組合(ギルド)からカステン家の保険に関する書類を入手致しますわね。ウェンリーはルー様をお願いします。後ほどどちらで合流致しましょうか?」

「とりあえずギルドだな、ハンターフロアで待ち合わせよう。カラマーダに会えなくても、地元のハンターからなにか聞けるかもしれない。」

「了解。それじゃ俺らも動くとしますか!」



 そうして俺は一旦イスマイルと別れ、ウェンリーとモナルカの魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)を訪れた。

 真っ直ぐハンターフロアへ行き、高難易度の依頼票が貼られている掲示板を前にそれとなく周囲の様子を窺うと、一仕事を終えて戻って来た守護者パーティーや、地元モナルカのことを忖度しないで済む冒険者などに聞き込みをした。

 すると意外にもハンター達の間では、カラマーダとそのリーダーであるガシェー・ダーマーの評判は悪くなかったのだ。


 中でもどこの国にもある孤児院に毎月寄付をしたり、魔物との戦闘で手や足を失いハンターとして働けなくなった人達への資金援助を行うなど、積極的に慈善活動をしているらしいと聞いたことには驚いた。

 その話が事実なら、カステン家から生命保険金までもを奪って行ったという人物像とは、随分かけ離れている。


「変なの…やってることがちぐはぐじゃねえか?」

「ああ…どちらが真実なんだろうな。」

「そりゃギルドに残った記録が物語ってんだろ、慈善活動の方が嘘くせえって。」

「うん…」


 そこまで情報を集めた所で、商業組合(ギルド)からマイル君の父親が加入していた保険証書の控えを借りて来たイスマイルと合流した。


「事業損害保険金の方は損害を与えた小規模事業主と、廃業となった運送会社の従業員給与の支払いにその全額が当てられています。ですから奪われたのはこの生命保険金のみになりますわね。」

「それでも二千万G<グルータ>か…子供のいる残された家族の生活費からすると、決して高くはない金額だ。」

「ええ、メル・ルーク王国の生活水準からすると、お母さんが働かずにマイル君を学校へ通わせた場合、十年ほどで使い切る金額です。進路にもよりますが、マイル君が働けるようになるまで母子が生きて行ける最低限の額だと言えるでしょう。」

「マイル君の父親が亡くなって三ヶ月…保険金を取り返すには遅いくらいだが、急ごう。次はカラマーダの寄付を受けた先…モナルカの孤児院と負傷引退者の元を訪ねてみよう。」


 次にギルドを出た俺達が向かったのは、地元のハンター達から聞いたモナルカの孤児院だ。

 その孤児院は街外れの静かな場所にあり、庭先で子供達が遊んでいた。


「ここがその孤児院か…どうやらカラマーダが寄付をしたというのは、事実みたいだな。」


 ここの院長に尋ねるまでもなく、子供達の着ている衣服や孤児院の建物を一目見ただけでわかる。

 つい最近建て直されたばかりのような、新築の匂いのする大きな住居に、一般の民間人と同じ水準の服装をした孤児達。

 良く栄養の行き届いた食事を取っているのか、ここは孤児院ではなく子供の多い裕福な家庭か子供を預かる教育院かと見紛うほどだ。


「ルー様の仰るとおりですわね。わたくしが調べました所、メル・ルーク王国からの補助金は他国同様に最低基準額しか出されていないそうです。それで子供達のこの暮らしぶりはあり得ませんもの。」

「そんなのいつ調べたんだよ、マイル…孤児院の話なんかギルドでさっきしたばっかじゃん。」


 ウェンリーの質問にイスマイルの瞳がキランと光り、いつものように指先で眼鏡をくいっと上げる。


「ウェンリー、あなたはわたくしが『生き字引』と呼ばれる所以を御存知ないのかしら?」

「知らん。」

「わたくしは新しい町村を訪れた際、その場所に関する歴史や情勢、めぼしい施設などの詳細を知っておくことにしているのです。今回はこの国の王家が行っている慈善活動について知った際に、孤児院への補助金に関する記載を読んでいたおかげですわ。」

「げげっ、マイルって自由時間にいつもンなことしてんのかよ!?」

「イスマイルの趣味は本を読むことだけど、その前提としてあらゆる知識を得たいという貪欲なまでの探究心があるんだよ。千年の間にすっかり変わったフェリューテラを旅することで、色々と新しい発見もあるだろう。まだ行ったことのない場所に関すること以外なら、打てば響くくらいにはかなり詳しくなっているんじゃないかな。」

「お誉めに与り光栄ですわ、ルー様。」


 ――そんな雑談をしながら孤児院を訪ねて、俺達はここでもカラマーダについて院長から話を聞いた。

 するとカラマーダのメンバーの内、リーダーと男性一人がここの孤児院の出身だそうで、彼らは守護者の資格を得て以降、もう長い間ずっと自分達が個人で得た報奨金の殆どをこの孤児院に寄付していることを知った。

 そして半年程前、老朽化した建物の一部が崩れたことで子供の一人が怪我をしたことを切っ掛けに、孤児院を取り壊してなくすという話が出てしまい、それに焦った彼らが多額の寄付をしていたことも判明した。


 カラマーダのしたことを知らない院長は彼らの行動を誇りに思い、心から感謝している様子だった。

 そのことからもカステン家から奪った生命保険金の殆どがこの孤児院に寄付され、既にカラマーダの手元には残っていないことは推測された。


 俺達は院長になにも告げず、俺の個人的な貯金から少ない金額を寄付して孤児院を後にした。

 その後も街中に住む負傷引退者の元を訪れ、ギルドのハンター達から聞いた話が全て事実だったことも確かめた。


 となると、益々カラマーダのしていることがわからない。もし自分達の育った孤児院を助けるために、最初のカステン家の事件を起こしたのだとしても、その後も同じようなことを続けている理由がわからなかった。

 そもそも負傷引退者のハンターとは特に知り合いだったというわけでもなかったし、援助を受けている方のハンター達も有り難いと思いつつ、なぜ助けてくれるのかわからないと首を傾げていたくらいだったのだ。


「どうなってんだこれ…わけわかんねえ。他人にやっちまうくらいなら、詐欺紛いのことまでして高額な依頼料なんかぶんどる必要ねえだろ?相手が大金持ちとか貴族とかなら義賊の真似してんのかっても言えるけど…どう見たってンな感じじゃねえもんな。」

「まだ証拠はないけど、自分達で使うつもりはないのに、五つの守護者パーティーを死に追いやってまで仕事を奪い、社会的弱者に当たる人へ散蒔いている…本当に行動が矛盾しているな。」

「…ルー様、わたくしが思いますに、なにか情報が足りていない気がしますわ。カラマーダと接触する前に、今度は彼らを()()()()()()街の住人から情報を集めてみませんか?」

「わかった、イスマイルが言うのならそうしてみよう。」


 こうして俺達は、今度は繁華街へ出て大衆食堂や酒場に武器屋防具屋、雑貨店や魔法石屋などに聞き込みをしてみることにした。すると――


「ああ、Sランク級守護者のダーマーか?奴なら以前は良くメンバーの一人とうちに飯食いに来ちゃいたが、ここ最近は覇気がねえっつうか仕事も嫌々仕方なくやってるらしいな。少し前に見たが、元は明るくて好青年って感じだったのにすっかり面変わりしちまって、この世の終わりって顔してやがったよ。」

「この世の終わり?それはなにか悩みを抱えているように見えたと言うことか?」


 食堂で昼食を取りつつ店主にそれとなく尋ねると、あまり付き合いは深くないというガシェー・ダーマーについてそんな話をしてくれる。


「なあに父さん、ガシェーさんのこと?なんでも彼、仕事でなにかあったらしいわよ。こんなつもりじゃなかったとか、わけがわからないとか口にして深刻な顔をしていたもの。」

「美人のお姉さん、それっていつぐらいの話?」


 トレーを胸に抱えて、店主の横から顔を出した娘さんらしき女性に、透かさずウェンリーがヨイショして問い返す。


「もう二月ほど前の話ね。ここ最近は全然うちに食べに来てくれないのよ。Sランク級に昇格してすぐの頃は良く繁華街でも姿を見かけたんだけど、今はさっぱりだしね。」

「おーい、おやっさんお勘定!」

「毎度!」

「お姉ちゃん注文!」

「はーい、只今!」


 店主と娘さんは他のお客さんに声をかけられ、そんな話をするとすぐに俺達から離れて行った。


「こんなつもりじゃなかった、か…二ヶ月くらい前だと、もしかしてマイル君のお父さんが自殺したことに対して口にしていたのかな。」

「もしそうなら自分達が意図してやったことの自覚があると言うことになりますわ。」

「うん…でもいくら商売に詳しくなくても、あれだけ自分達の利益を優先した契約を結ばされれば、相手が追い詰められて苦しくなることぐらいわかるだろう。その上で中途破棄されることを前提に先々までの依頼料をふんだくったにしては、そんな罪悪感を抱くなんて妙だ。」

「まあな、悪いことしたつもりはねえのに、遺族の生活に関わる生命保険金まで強欲に奪うとか、確かにおかしいわ。もしかしてそいつらも誰かに使われてるとか?」

「…サイファー・カレーガのように、裏に黒幕がいる可能性か…どうだろう。」

「それなら仕事を斡旋した商業組合(ギルド)の人間が怪しくなりますわね。わたくしがお会いしたカステン家の担当者は極普通の方でしたけれど、他にも関わった者がいるのかもしれませんわ。」

「念のためそっちも調べた方がいいか。」

「ではもう一度わたくしが――」

「いや、今度は俺も行く。近くに人外の気配があるとしたら、俺でなければ分かり難いだろう。担当者に会わなくてもいい、建物内に入るだけでわかるから。」

「んじゃ次は商業ギルドか。」


 食堂で昼食を終えた後、俺達はその足で商業組合(ギルド)へ向かった。…が、その結果は空振りだ。

 俺の索敵能力や空間把握『ラウム・パーセプション』の魔法に追加した人外対象に絞っての建物内の調査にも、カオスの配下のような異種族が入り込んでいる様子は一切なかったのだ。


「――これで後はAランク級パーティー『カラマーダ』に直接会うしかできることはなくなった。彼らの自宅は西区の集合住宅にあるそうだから、いるかどうかわからないけど訪ねてみよう。念のため彼らの中に、魔族のような人外が紛れ込んでいることも考慮した上で、直前に防護魔法を施す。いきなり襲撃される恐れもあるから、二人とも気をつけてくれ。」

「了解。」

「畏まりましたわ。」


 街中での情報収集を終えた俺達は、いよいよパーティー『カラマーダ』と対面するため、ガシェー・ダーマーがメンバーのために借りているという集合住宅へ向かった。

 俺がそこへ向かうと決めた直後から、俺の脳内地図に目的地を表す黄色の点滅信号が表示される。

 それによるとダーマーの自宅には、調査対象を示す青い信号が二つ灯っているため、少なくともリーダーは自宅にいるようだ。


 目的の集合住宅は、二階建てと三階建ての段々になった、横から階段を見たような形をした煉瓦造りの建物だ。

 二階の屋上には低木とプランターに植えられた花が見え、そこにも住人らしき人の姿が見える。

 ダーマーの自宅はその二階にあり、中央の階段を上って通路の左端にある部屋がそうだ。


「よし、それじゃ行こうか。」


 俺達の身体に密着させるような形に変形させた『ディフェンド・ウォール』を施し、前庭から階段へ足を踏み出した時だ。

 俺の共鳴石に慌てた様子でサイードからの通信が入る。


『ルーファス!』

「わっ!」


 突然響いたその声に、思わず驚いてビクッとなった。それほど突然で大きなサイードの声だったのだ。


「びっくりした…サイードか、どうしたんだ?」

『今どこにいますか!?カラマーダには――』

「ああ、今彼らの自宅前にいる。これからリーダーのガシェー・ダーマーに会いに行こうと思って訪ねるところだ。」

『中止して下さい!!なんの策もなく会いに行ってはいけません!私も一度宿へ戻りますので、あなた達も戻って来て下さい…!!』


 サイードの慌てた様子からなにかあったことだけはわかった。


「え…どうしたんだ?なにがあった?」

『詳しくは宿で話しますが、カラマーダの面々には()()()()()()()()が取り憑いています…!』

「とんでもないもの…?」


 結局俺はこの日、サイードの忠告に従ってガシェー・マーダーの自宅前で踵を返し、カラマーダと会うのは一旦中止にしたのだった。




                 * * *


 その頃、エヴァンニュ王国王都――


 表向きは以前と同じように普通の生活を送っているように見える城下町では、王都民の笑顔と活気に溢れていた大通りにもそれなりの人が行き交っていたが、どこか重苦しい雰囲気が漂っていた。


 そんな中、買い物籠を手に提げた中年女性が王都の空を見上げると、隣を歩いていた友人らしき女性に不安げな顔をして呟く。


「――なんだろうねえ…シャール王子が王太子になってからと言うもの、晴れた日でも王都の空に薄靄がかかってるみたいで、すっきりした青空や白い雲が見えなくなったよね。」

「あんたもそう思うかい?そうなんだよね、なんとなく暗いというか灰色がかっているというか…息は詰まるし重苦しい感じがして外に出たくなくなるんだよ。黒髪の鬼神は相変わらず行方不明のままで、ペルラ王女殿下の外出もめっきり減ってしまわれたしねえ…なんでもシャール王子が監禁しているんじゃないかって話も聞いたよ。」

「ペルラ王女殿下と言えば聖女様と呼ばれる尊い御方なのに、そんな扱いをしているから天がお怒りなんじゃないのかい?このままだと悪いことが起きそうで、あたしゃ不安だよ。」

「あたしもさ。こんなんで一月後には王太子と王女のご婚礼が行われるなんて…とてもじゃないがそんな気分にゃなれないよね。」


 女性らは大きな溜息を吐き吐き歩いて行く。その脇をガタンゴトンと音を立てて通り過ぎて行く王都の移動手段『ラインバス』の中には、外套のフードを深く被ったトゥレンが腕組みをし、暗い表情をして俯きながら座席に座っていた。


 ――軍港でイル・バスティーユ島へ護送されるはずだったヨシュアが殺されて二ヶ月近く…方々に手を尽くしているが、未だライ様の行方はわからないままだ。

 ティトレイ・リーグズとユーシス・アルケーの行方も杳として知れず、ケルベロスの気配は完全に消えてしまった。

 このまま城に留まっていたのでは、もうライ様を見つけることは不可能なのかもしれん。

 それにライ様を見つけたところで、今のままでは城へお連れすることもできなくなったのだ。

 ヨシュアとの最後の約束を果たすためにも、俺は今後どうするか身の振り方を決める時が来たのだろう。


 ≪ヨシュア…≫


 トゥレンの頭には、柩に入れられたヨシュアの安らかな死に顔が浮かんでいた。


 イーヴが処刑を回避したというのに、まさかあんなことで命を落とすとは…もう少し護送の日を選んで一般の面会日を避けられれば防げたのだろうか?

 ヨシュアが死んだのは俺にも責任の一端がある。だからこそライ様にその死を伝えるのは、俺でなければならない。

 ライ様のお怒りと嘆きを受け止めるのは、絶対に俺でなければ…


 やがてトゥレンは憲兵所の最も近くにある停留所で降車すると、その足で真っ直ぐ憲兵所の北棟にある裏口へ向かい、そこから憲兵の案内で中へ入って東棟の重犯罪者収容地区へ入って行った。


 そこはライがクロムバーズ・キャンデルによって囚われていた、あの拘束室である。


 未だ憲兵による立ち入り禁止の封鎖帯が張られているその場所には、先に来てトゥレンを待っていたモスグリーンの制服姿のイーヴと、灰色の髪を持つ濃紺のローブを着た男性が立っていた。


「来たかトゥレン。」

「ああ、久しぶりだな…遅くなってすまん。」


 イーヴとトゥレンは他人行儀な淡々とした挨拶を交わして、今も床に大きな血溜まりの痕跡が残るそこを囲む様にして拘束室へ入った。



「――まさかこの血溜まりがジャンのものだったとはな…身内の子供達が帰って来ないと訴えてくるまで、私は彼が有志団の中にいたことさえ知らなかった。」

「俺もだ。ジャンがあれほどライ様の元へ熱心に剣を習いに通っていたのに、その姿が見えなくなってもライ様がいなくなったせいだと思い、気にも止めていなかった。余裕がなかったとは言え、今さらながら俺はなんと薄情だったのか…」

「言うな、トゥレン。遺体さえ見つかっていないのだ、知る由もなかった。だからこそこうしてベルデオリエンスから、痕跡に触れることで過去を見せてくれる魔術士を呼んだのだろう。」


 今日俺とイーヴが、この不思議な光を灰色の瞳に宿す人物とこの場所を訪れたのには訳がある。

 ヨシュアの葬儀が終わったその日、ジャン・マルセルの元にいたルクサールの子供達五人が、ジャンが家を出たきり帰って来ないと城へ訴えに来たのだ。

 最後にその姿が見られたのは、あの有志団による反乱の起きる前日だったという。


 詳しく聞いたその子らの話によると、最終的にジャンは祖父や子供達に、どんなことをしてもライ様を助けると告げて家を出たのだそうだ。


 その話を聞いた俺は、まさか、と思いながら、反乱を起こした罪で投獄されている有志団の男にバスティーユ監獄まで会いに行った。

 そしてそこであの日有志団の中に、ティトレイ・リーグズと一緒にいたというマルセルと呼ばれていた少年の話を聞き出したのだ。

 しかもその男の話によると、ジャンは有志団が憲兵隊と衝突している間に単独でライ様の救出へ向かい、そこで何者かによって殺されてしまったと言う。


 しかしその話には大きな疑問があった。なぜなら、多くの有志団の遺体が運び出された中に、ジャンの遺体はなかったからだ。

 有志団の死者の中には、あのアルマ・イリスの遺体もあったと言う。アルマはライ様によって極刑を免れ命を救われたことに感謝しており、自らの命を賭けてライ様を救出する有志団へ身を投じたそうだ。

 その際アルマはジャンと行動を共にしており、アルマの遺体は見つかっているのに、ジャンの姿がどこにも見当たらなかったのはおかしなことだった。


 そしてライ様行方不明の件に、あのカルト宗教団体『ケルベロス』が関わっていることを知っていた俺は、もしかしたらジャンはどこかで生きており、ライ様を脅す人質として共に連れ去られたのではないかと考えた。


 だがそれも、この致死量の血溜まりの痕跡を見るまでの話だった。


 ライ様の行方に繋がる手がかりの発見と、ジャンに本当はなにが起きたのかを知るために、俺はイーヴへ相談の手紙を出した。

 直接話すことができなかったのは、近衛隊を辞したイーヴが奥宮から出てくることは殆どなく、俺はイーヴに合わせて会う時間を取れなかったからだ。


 もしかしたら忙しさにおざなりにされて、挙げ句は無視されるかもしれないと心配もしたが、イーヴはテラント卿から特殊魔法の使い手を紹介されて、遠い小王国『ベルデオリエンス』からわざわざその人を国に呼び寄せてくれたのだ。


 そうして今、その特殊魔法の使い手にジャンのものと思われる血溜まりから、ここで実際に起きた過去を見せて貰おうとしている、というわけだ。


「では早速だが、準備はいいか?トゥレン。一つの痕跡から過去が見られるのは一度のみ、そしてその映像はこの場にいる我々の脳内に幻のようなイメージとして伝わるため、記録することはできない。わかったな?」

「ああ、しっかりと目に焼き付ける。」

「――ではよろしくお願い致します、魔術士殿。」

「はい、お任せを。」


 程なくしてベルデオリエンスの魔術士は、痕跡に手を翳して長々と呪文を唱え始める。


「痕跡に宿る過ぎ去りし時の記憶よ、その日この場で起きた出来事の真実を我らに示し教え給え…『ベバイス・エクステンシア・ヴァールハイト』。」


 足下に薄紫の魔法陣が輝き、鮮やかに血痕を浮かび上がらせると、それは魔法陣の中心へシュルシュルと吸収されて行き、我ら三人を灰色の光が包み込んだ。


 瞬間、聞き覚えのあるその声が、頭に見えた幻視の中でいきなり響いて来る。


「なにしてんだ、やめろーッ!!」


 ――ジャンの声だ。憲兵の制服を着ている…?偽装して紛れ込んだのか…!


 叫びながら手を伸ばすジャンの前に、同じく憲兵の制服を着た何者かが、ライ様になにか液体のようなものを飲ませている場面が見えた。

 その相手が剣を振り上げるジャンに少し遅れて気づき、咄嗟に床へ置いていた剣を掴むと、振り向きざまに真っ直ぐ突き立てるように構えた。


 な…?帽子から覗く白髪にあの顔…あれは、まさか…っ


 ≪シカリウス…ッ!!?≫


 身動きの取れない幻影の中で、シカリウスの突き立てる剣がジャンの腹部を貫いて行く。

 そうしてジャンはシカリウスの前に倒れ込み、やがて小さくライ様を殺さないでと懇願した。


 ――シカリウスはライ様がジャンを可愛がっていたことも知っていたはずだ。それなのになぜ…


 その後ジャンに気づいたらしいシカリウスは恐慌状態に陥り、自らの帽子を剥ぎ取って倒れたジャンの止血を試みているようだった。


 そうか…敵と間違えて刺してしまったのか。あの男は目が悪く、耳も聞こえにくいと言う。だとすればすぐに気づけなかった可能性は高い。


 俺はシカリウスと親しいわけではないが、あの男がライ様を大切に思っていることだけは面白くなくても疑ったことがない。

 そのことから、不幸にもこんな間違いが起き、意図せずジャンを手にかけたのだろうことは察しが付いた。


 シカリウスは有志団とは別に単独でライ様を助けようと、騒ぎに乗じて侵入していたのだな。それならなぜ、ライ様はケルベロスに…?


 やがて目を覚ましたらしきライ様が、ジャンに気づいて狼狽え始めた。


 シカリウスを押し退けるとジャンの手を握り、なにがあったのかと尋ねておられる。そして力無くライ様の生存を喜んだジャンは、その手に何かを持ったまま間もなく静かに息を引き取った。

 ジャンが息絶えたことを知ったライ様は、ジャンの手に握られた魔法石を見て慟哭の叫びを上げられた。

 その手が握っていたのは、どうやらライ様に使うために持って来た治癒魔法石だったようなのだ。


 ジャンの死に泣き叫ぶライ様のそのお姿は、見ている俺が胸を締め付けられて苦しくなるほどに痛々しかった。

 そうしてライ様は傍に落ちていたシカリウスの剣に気づくと、彼がジャンを手にかけたことに気が付かれたのだ。


 ライ様はシカリウスが、シニスフォーラの国王殿で襲って来た暗殺者であることにも気づくと、ご自分を殺しに来たのだと勘違いなされて、自らを殺せと叫ばれた。

 ライ様を助けに来たシカリウスは、耐えられなくなったのかそのまま姿を消してしまう。


 ライ様はジャンの亡骸にしがみ付いて泣きじゃくり、やがて気を失われてしまった。


 それから暫くして、有志団の面々と思われる数人がやって来る。そこにはティトレイ・リーグズとユーシス・アルケーの姿もあった。

 だが近衛隊が動き出したことを知ると護衛と称して四人ほどが残り、その後に転移魔法らしき移動手段を用い、ジャンの遺体と共に気を失っているライ様と姿を消してしまったのだった。


 魔術士の特殊魔法で見えた過去の真実はそこまでだ。


 ――夢から覚めたかのようにハッと我に返ると、床の血痕は綺麗さっぱり消え失せていた。


「望むものは見えましたか?」


 魔術士殿も一緒に見ていたはずだが、幻視に出ていたライ様やジャンのことを知るはずもない。

 イーヴは一瞬胸を詰まらせたようだが、すぐに返事をしていた。


「はい…ありがとうございます、魔術士殿。ライ・ラムサス閣下の御生存とジャン・マルセルの死を確かめられました。後はまたこの真実から閣下の行方を捜すなり、我々の方で考えます。」

「…そうですか。では報酬の方ですが――」


 血溜まりの消えた拘束室から出ると、ベルデオリエンスの魔術士とイーヴは淡々としてその場で話し始める。

 なにもこんな場所でそんな話をしなくても、と思う俺を他所に、魔術士殿の方が急いているのか、受け取るべき報酬について話を止める気配がない。


「お礼はできる限り要望にお応えします。如何程をお望みですか?」

「私が欲しいのは金銭ではありません。王城内にいらっしゃる、会わせて頂きたい御方がいるのです。」


 意外な申し出に驚いたイーヴが誰に会いたいのか尋ねると、魔術士殿はシェナハーン王国の至宝、聖女様にお会いしたいと告げる。

 つまり彼はペルラ王女殿下にお目にかかりたいと言うのだ。


「それは…」


 イーヴは返答に困っている。ペルラ王女はシャール王子の婚約者にされて以降、紅翼の宮殿にある御自室に閉じ籠もりっきりでおられた。

 イサベナ王妃陛下とシャール王子によって、食事だけは強制的に同じテーブルで取ることを強いられておられるようだが、それ以外は外出もされず次期王妃としての勉強もされていないのだそうだ。


「大変申し訳ありませんが、ペルラ王女殿下はご友人やご家族でもない限り、どなたにもお会いになられないでしょう。公務にもお姿を見せず臥せっておられます。一応伺ってみますが、断られた際は他の報酬をお望みになり諦めて頂きたい。」

「――友人や家族なら会って頂ける可能性があるのですね?…でしたら私の正体を明かします。」

「「…?」」


 俺とイーヴが首を傾げていると、魔術士殿は自分にかけていたと思われる『変化魔法』をその場で解いた。


「「!!」」

「な…!?」


 そうして現れたのは、顔は同じでも濃い青灰色の髪に黄金色の瞳の男性だった。


「黒髪の鬼神に仕える優秀な『双壁』の名は私の国にも時折届いておりました。正式な訪問となるとシャール王太子に拒まれる可能性が高かったために、過去視の力を持つ魔術士をお捜しと聞いて、このような手段を取らせて頂きました。」

「貴殿は一体――」

「私の名はアートゥルード・ベルデリオス。ベルデオリエンス王国の王太子です。」


 予想だにしなかった魔術士殿の正体に、驚いて俺とイーヴは暫くの間開いた口が塞がらなかったのだった。





次回、仕上がり次第アップします。

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