203 強欲守護者と黒衣の襲撃者 前編
カラミティによってどこかへ連れ去られたライは、見知らぬ何処かの堅牢に入れられ、誰にも会えずに一人孤独に過ごしていました。もしかしたらここには自分しかいないのかもしれないと不安に思い始めたライは、ここへ放り込まれて以来なぜだか鮮明に蘇ってくる、子供の頃の思い出に逃げ込むようにして浸っていました。その思い出の中で、あることに気づきましたが…?
【 第二百三話 強欲守護者と黒衣の襲撃者 前編 】
――ピチョン、ピチョン、と水滴が固い地面を打つ音がする。
クロムバーズ・キャンデルの暴行で受けた怪我は、いつの間にかすっかり良くなっていた。
気を失っている間に憲兵所からティトレイ達によって外へ運び出されたらしき俺は、目覚めた荷馬車の上で不穏な空気を感じ取り、信頼していた友人の元から逃げ出す選択をした。
恐らくあの場所はシェナハーン王国のどこかだったように思う。ティトレイがシニスフォーラへ向かうなどと口にしていた会話から、勝手にそう推測したに過ぎないが、あの場で上手く逃げ果せても、帰る場所など俺にはもうないことに気が付いた。
ヘイデンセン氏はジャンの死を知っただろうか?マリナ達はきっと、ジャンを死に追いやった原因の俺をさぞ恨んでいることだろう。
暗がりの中でジャンの最後を思い出す度に胸が痛み、冷たくなって行く手の感触が蘇っては涙が溢れた。
ここは…酷く寒くて暗い。ゴツゴツとした石床の隅に蹲り、俺は膝を抱えてただ孤独に震えているだけだった。
あの時なんの前触れもなく現れた真紅の災厄…『カラミティ』は、禍々しい闇の守護神剣を手にして、動けない俺を物のように抱え込んだ。
そうしてその時初めて、俺を芋虫みたいだと嘲笑っていたのが、災厄本人ではなく人格を持つ剣『マーシレス』だと言うことを知った。
まさかこの世に口を利き感情を持ち、笑い声すら上げることのある『生きた剣』があるとは思いもしなかった。
驚いたがそれはともかくとして、そのカラミティとマーシレスに囚われ、この場所へ放り込まれた俺は、日に三度魔法で運ばれてくる食事を取る以外、ずっとここに閉じ込められていてカラミティ達は疎か、誰にも会えない状態だ。
なぜあの災厄は突然現れて俺を攫い、こんなところへ閉じ込めたまま放置するのか…身体が良くなって動けるようになった分、今度は人恋しさに気が狂いそうになる。
誰でもいい…そう、あの真紅の災厄でも闇の剣でも構わない、話し相手が欲しい。
どこかの城にある堅牢のような場所で、俺は声が涸れるまで誰かいないのかと人を呼んだ。
だがどこからも返事はなく、やがてそれすら諦めた。
――食事をきちんと寄越すと言うことは、俺を殺すつもりはないのか…だが今のまま一人こんな場所へ監禁され続ければ、俺の精神の方が先に参ってしまう。
街中や城の中で一人で過ごしていた時は違う…この場所には全くと言って良いほど人気がない。
まさかとは思うが、この場所には俺しかいないのでは…?
ゾッ
人の中にいて一人を好むのとはわけが違う。見知らぬ場所で他に誰もおらず、自分だけがただ一人牢に監禁されているのだとしたら、どんなに助けを呼んでも答えてくれる者などいるはずがない。
そう思った瞬間に、俺は全身が総毛立つような恐怖を感じてゾッとした。
――いったいここはどこなんだ…高い位置に格子窓はあるが、日の光が全く差し込まない。おかげで昼なのか夜なのかさえわからず、ここへ来てどのくらい日が経っているのかもわからないではないか。
どうして俺がこんな目に…俺がなにをしたと言うのだ?
望みもしない王位につかせようとするあの男に自由を奪われ、継母に当たる王妃と義弟には命を狙われ続ける。
他にも数え切れないほどの人間が俺を殺そうとして襲いかかり、謂れのない人殺しの罪を着せられ、あまつさえあの男を暗殺しようとしたとして処刑されるところだった。
そのせいでジャンを失い、挙げ句あの恐るべき災厄に拐かされたなど…
俺の人生は子供の頃からこんなことばかりだ。思えばレインの手で孤児院に預けられた頃、見ず知らずの賞金稼ぎに攫われたことがあった。多分その前にも一度、不気味な女に攫われて酷く恐ろしい思いをしたような覚えがある。
そんなことが切っ掛けとなり、俺は自分で自分の身を守るため、兄弟のように育ったシンと一緒に剣の訓練を始めたのだ。
――なぜだろう…この堅牢へ放り込まれてから、忘れていたラ・カーナでの子供時代をよく思い出す。
これまで殆ど忘れていた、レインと旅をしていたことや変わった紋章のある遺跡の扉のことまでも…やけに記憶が鮮明に蘇ってくる。
そう言えば子供の頃に見た、レインが良く調べていた遺跡の扉にあったものは、王都の地下にある護印柱の扉や、ルク遺跡の地下にもあった紋章と同じ物だったな。あの扉は…あの紋章はなんと言っただろう?レインから聞いたはずだが…
「…そうか、思い出したぞ。確か…」
――『マスタリオン』の紋章だ。
ヘイデンセン氏から聞いた古代期の話では、『守護七聖主』は『太陽の希望』と呼ばれる救世主だったらしい。
他にもなにか…レインとの幼少期の出来事で、その名前を聞いた覚えがあるような気がする。
それはどんな出来事だったろうか…?
カラミティに放り込まれたこの堅牢の中は孤独で、俺はひたすら昔の思い出や傍にいた人達のことを、永遠に続くかのような有り余る時間の中で気を紛らわせるために考えていた。
いつ解放されるのかわからない、不安や恐怖から目を背けて――
♢ ♢ ♢
テソロ君の依頼で訪れた『モナルカ』の街にあるマイル君の家で、俺は自殺したというマイル君の父親になにがあったのか母親から事情を聞いた。
マイル君の父親は数台の馬車を購入し、運び屋…所謂運送業を営もうとしていたようで、知人の伝手を頼り商業組合と運送組合、そして数多くの小規模商店などと契約を結んでいたそうだ。
それだけ聞くと需要と供給の均衡も取れており、仕事は順調に行くだろうことも予想できる。
事実この街に引っ越して来た当初の滑り出しは好調で、すぐに多くの利益を出すことができ、顧客の確保も上手く行っていたそうだ。
ところがそんなある日、荷馬車の護衛契約を結んでいた守護者パーティーから突然契約解消を言い出され、荷物を運ぶことができなくなってしまったらしい。
言うまでもないことだが街の外は多くの魔物が闊歩しており、特に馬が引く馬車は守護者の護衛なしでは街道を行き来することも難しい。
エヴァンニュ王国で見かけられた荷運び用カーゴなどの駆動車両は非常に高価で、行く行くはそれに変えることも予定していたそうだが、事業を始めたばかりでの購入は無理だ。
困り果てたご主人はすぐにここの魔物駆除協会へ依頼を出し、専属契約を結んでくれる守護者パーティーを探した。
そうして現れたのが、モナルカの街を拠点とする『カラマーダ』という名のAランク級パーティーだった。
藁にも縋る思いで、カラマーダのリーダーであるメル・ルーク王国のSランク級守護者『ガシェー・ダーマー』と急ぎ契約を交わしたご主人だったが、相手がSランク級守護者と言うだけで信用してしまい、結んだ契約内容について良く契約書を確認していなかったそうだ。
無事に荷を届け終えた後で約束の報酬を支払おうとした際に、そこにとんでもない罠が仕掛けられていたことにようやく気が付く。
実はご主人がサインして捺印した契約書は二枚あったのだ。
しかもその契約書の内容はご主人側が主ではなく、カラマーダ側が主となっており、ご主人の会社が守護者と専属契約を結ぶのではなく、守護者側がご主人と契約を結ぶと言う内容になっていた。
それは半ば隷属契約にも等しく、会社の名義こそご主人だが、そこで発生する利益の殆どが守護者に渡ると言うものだった。
驚いたご主人はカラマーダのリーダーに契約の破棄を申し入れたが、その際にもご主人がサインした契約書を突き付けられてしまう。
そこには自己都合で契約を破棄する場合、依頼料の代わりに多額の賠償金を支払うという一文が記されていたのだ。
期限が迫っていたために、Sランク級守護者と言うだけで信用してしまい、碌に契約書を確認しなかった自分のせいだと嘆いたご主人は自ら命を絶ってしまう。
会社はなくなったとしても、商業組合でかけている生命保険金が下りれば、家族だけは路頭に迷わなくて済むと証書と遺書を残して首を吊ってしまったのだ。
ご主人の葬儀を行ったその日、カラマーダのリーダーが現れてマイル君と母親の元に来ると、契約した依頼料の支払いが完全に終わっていないと難癖を付け、またもご主人が交わした契約書を突き付ける。
追い撃ちをかけて来たその内容を今度は奥さんが確かめると、そこには依頼料の支払いを途中で放棄した際に自宅や家財道具までもの財産を全て売却し、支払いに充てるとまで記されていたのだった。
ではそこまで高額な依頼料だったのかと疑問に思う所だが、ご主人とカラマーダの交わした契約は五年間という長期契約であり、カラマーダのリーダーが請求したのは後々までも受け取れるはずだったその期間分の利益だ。
守護者パーティーが専属契約を交わすと、常に契約者が最優先となり、他に依頼などの仕事が受けられなくなる。
Sランク級守護者ともなれば日に相当な金額を稼ぐことも可能なため、専属契約ともなれば依頼料も高額となって不思議はない。
そのため契約を交わす際にはなんらかの理由で中途破棄される場合は、予めその後に発生するはずだった報酬はなくなると言うことを、先に双方で話し合っておかなければならないのだ。
――つまりどんなに酷いと思われる内容の契約でも、公に契約書を取り交わしている以上は手も足も出ないというのが本音だ。
因みに元々マイル君達が住んでいたのは持ち家でなく借家だったために、家財道具を売り払っても到底依頼料には足らず、目論見の外れた守護者は最終的にご主人が残した生命保険金を依頼料として奪って行った、ということらしい。
俺は奥さんの手元に残されていた契約書を見せて貰い、依頼料の支払いに充てるための補填内容に生命保険金は含まれていないことを確認した。
「この内容なら最後の生命保険金だけは取り返せるかもしれないな。――マイル君のお母さん、この契約書を暫くお借りしてもいいですか?魔物駆除協会のギルドマスターと届け出のあった内容に違いがないか調べてみます。」
「それは構いませんが…魔物駆除協会にギルドマスターはいらっしゃるんですか?伺ったこともないんですけど…」
「もちろん、いますよ。ただこんなことでもなければ、表には一切出て来ないだけです。それと――」
それと俺は引っ越しをしようにも本当は行く宛てがなく、肩身の狭い思いをして親戚を頼るしかないと口にした奥さんに、シェナハーン王国のバセオラ村に移り住む気はないかと提案をしてみた。
「バセオラ村、ですか…?水精霊を祀っている小村だというのは知っていましたけど、あの村は魔物に襲われて滅んだと聞いています。」
「そうですね、実は俺がその復興に携わり、今ではギルドや食堂なども作られて人の住める状態になっているんです。村を中心とした広範囲には魔物除けの結界障壁が張られていますし、俺の友人でもある守護者パーティーが護衛に永住していて、常に周辺の魔物も狩ってくれています。あそこなら移住者用に家具付きの民家を用意してあるので、必要な荷物だけを運べば今日からすぐにでも移って貰うことは可能なんですが…どうでしょう?」
「それが本当ならとても有り難いお話ですが、そこへ行って私はなにをすれば良いのでしょうか?これまで主人に頼りっきりで碌に働いたこともありませんし、正直言って御役に立てることはなにもないかもしれないのに…」
不安気にそう尋ねてきたマイル君のお母さんに、人手が足りないため日常生活で行っている家事の延長で仕事はいくらでもあることを説明し、俺が村に住んでくれる移住者を探していることと、引っ越しもわざわざ時間とお金をかけて行うのではなく、転移魔法石を使えばあっという間に済むことを説明した。
するとマイル君のお母さんは両手で顔を覆って泣き出し、今日まで途方に暮れていた苦労を俺達に打ち明ける。
そうしてお母さんは、バセオラ村独自の規則について俺の説明を聞いて納得すると、俺の申し出を喜んで受け入れてくれたのだった。
その後荷物は既にある程度纏めてあったため、引っ越しは明後日に行うなど細かいことを話し合って決めると、俺達はモナルカの守護者御用達宿に暫く滞在することを告げてカステン家を後にした。
帰り際、ずっと隣室で話を聞いていたのか、奥の部屋からマイル君が出て来て俺達に謝ってきた。
彼自身もこの後お母さんと二人でどうしたらいいのか不安を抱えていたらしく、シェナハーン王国へ戻りまたテソロ君に会えるようになることと、安全な場所で暮らして行けるようになることを素直に喜んでくれたのだった。
「お母さんがルー様の提案に応じてくれて良かったですわ。あのままでは無理心中でもしかねないご様子でしたもの。」
カステン家を後にした俺達は、待ち合わせ場所である魔物駆除協会を目指して元来た道を引き返して行く。
イスマイルはまた、さも当然のように俺の左腕に手を添えた。
「けどさ、Aランク級パーティー『カラマーダ』だっけ?Sランク級守護者がリーダーのくせに、とんでもねえ汚くてずるいことしやがるんだな。」
「そもそもSランク級守護者がリーダーなのに、未だAランク級パーティーだという時点で、まともに仕事をしていないことの察しが付きますわよ、ウェンリー。」
「へ?」
「イスマイルの言う通りだな。俺達ほど精力的に活動していないにしても、Sランク級守護者というのは、どこの国でも依頼で忙しくしているのは当たり前だ。結成してどの位になるのかは知らないが、多忙なリーダーがまともに働いていれば必然的に一ヶ月ほどでSランク級まで昇格するだろう。それがAランク級だということは、恐らくカステン家のような個人から受けた緊急の仕事で、欺し討ちのようなことをして高額な依頼料をぶんどり、後は楽して暮らしているんだろうな。」
パーティーに一人でもSランク級守護者がいると必然的に高難易度依頼を受ける回数が増えるため、パーティー自体の等級も非常に上がりやすくなる。
パーティーの初期等級は結成メンバーの守護者等級と各々の過去の成績に応じて決定されるため、Sランク級守護者がリーダーだとほぼ確実にAランク級からスタートする。(俺達もそうだった)
もちろんAランク級からSランク級に昇格するにはそれなりのパーティーポイントを稼がなくてはならないが、Aランク級守護者がリーダーの場合とではかなりの差が出ると言えるだろう。
つまりカラマーダというパーティーは、Sランク級守護者がリーダーで他のパーティーよりもSランク級までの等級が上がりやすいはずなのに、未だ初期等級のままだという可能性が高いのだ。
俺達『太陽の希望』は既にSSランク級に上がっているが、AからSに上がるまでは一日とかからなかったことからもわかる通り、パーティー等級はSランク級までなら左程苦労せずに昇格も可能だ。
だがそれ以上のSからSS、SSからSSSまで昇格するには、ほぼ毎日五件以上の高難易度依頼を熟して行かないと、そう簡単には上がらなくなる。
俺達は旅をしていることに加え、新規メンバーの昇格と生活費を稼ぐ目的もあるため、毎日そのぐらいの仕事をして来て今の等級に達している。
「なんだそれ…最低だろ!!」
「それでルー様、情報収集から始めるのですわね?」
「ああ。契約書は借りられたし、先ずはウルルさんに連絡を取ってカラマーダというパーティーについて話を聞く。住人への聞き取りはそれからだな。」
「それと突然契約解消してきたっつう、前の守護者パーティーにも話を聞いた方が良いと思うぜ。なんか裏がありそうで引っ掛かるんだよな。」
「同感ですわ。」
「そうだな。とにかく一度シルヴァン達と合流して――」
歩きながらそんな話をしていると、ゲデヒトニス越しに突然殺気を感じて彼と視界がリンク(連結)した。
サイードとテルツォが先頭を行き、その後ろにデウテロンとゲデヒトニスが続いて、今四人は露店や商店の並ぶ人通りの多い繁華街を、楽しげに観光しながら歩いているようだ。
その彼らに刺すような鋭い視線が向けられており、気配を探して索敵すると少し離れた建物の屋根から、こちら(サイード達)に攻撃魔法を放とうとしている黒ローブの人物を発見した。
逸早くそれに気付いた俺は、すぐにハッとしてゲデヒトニスにディフェンド・ウォールを使わせる。
「上だ、ゲデ!!」
「「!?」」
ドオオオンッ
話の最中にそれを遮り、いきなりそう叫んだ俺にイスマイルとウェンリーが驚いてギョッとする。
だがその直後、俺達が向かっている方向の右斜め遠く先で爆音が響き、同時に黒煙が空へ向かって立ち昇るのが見えた。
「なんだ今の…爆発音!?」
「黒煙が…ルー様!?」
「敵襲だ、ウェンリー、イスマイル!!繁華街を歩いていたサイード達が襲われている!!」
直ぐさま俺達三人は黒煙の上がった繁華街を目指して走り出した。
「シルヴァン、聞こえますか!?サイード様達が敵の襲撃を受けているようです、すぐに繁華街へ向かって下さい!!」
走りながらイスマイルは、共鳴石を使ってギルドにいるシルヴァン達へ連絡を取る。
『今の爆発音がそうか、了解した!ルーファス達は?』
「俺達も向かっている!!相手は黒いローブを纏った人物だ!!怪我人の救出と住人の避難を優先してくれ!!」
『心得た!!』
共鳴石での連絡が終わると、俺の説明を聞いたウェンリーが横を走りながら尋ねて来た。
「黒いローブって、またケルベロスかよ!?」
「いや、わからない…普通の人間にしては魔法の威力と言いかなりの手練れだ。今はサイードとゲデヒトニス、デウテロンの三人が応戦して、テルツォは周囲の民間人を必死に避難させている。」
「民間人の多い繁華街で攻撃を仕掛けてくるなんて…カオスの遣り口を思い出しますわ。」
「ああ。連中は周囲の人間に被害が出ても関係がない。なんとかして街の外へ敵を誘導できないか考えているけど…」
その時、サイードがゲデヒトニスを通じて俺に叫んだ。
『ルーファス!あの黒衣の襲撃者は私の客です!!私が街の外へ転移すれば後を追ってくるでしょう!これ以上被害が出ないよう場所を移しますので、ここはお願いしますね!!』
「な…サイード!?」
私の客って――
「「待て、サイード!!」」
戦闘中だったゲデヒトニスの口を通じて、俺はサイードを引き止めようとした。だがサイードはそのまま一人魔法で転移し、すぐに黒ローブの襲撃者もその後を追って消え去ってしまった。
襲撃者も消えた…つまり本当にサイードが狙いだったのか?
「ルー様、サイード様はどうなったのですか?ご無事ですか!?」
「敵を引き連れてどこかへ転移した。よくわからないが、襲撃者はサイードが狙いだったみたいだ。」
「え…なんでだよ?サイードはフェリューテラの人間じゃねえのに、碌に知り合いすらいねえだろ?」
「うん…とにかく繁華街へ急ごう、怪我人もかなり出ている。」
――どういうことだ…?ウェンリーの言う通り、サイードは俺達と一緒にインフィニティアから来たばかりで、ラナ以外フェリューテラに知り合いがいるとは聞いていない。
俺達と行動するようになってまだ大して時間も経っていないのに、サイード個人を狙う襲撃者が現れるなんておかしいだろう。
まさかインフィニティアから誰かが追って来た、とか…?ゲデヒトニスを通して敵を見た俺には、黒ローブにフードを目深に被っていて顔もわからなかったけど…サイードには相手に心当たりがあった、そういうことだよな。
サイードは一人で大丈夫だろうか…ただでさえこのところ、あまり元気がなさそうだったのに。
実は俺の代わりにゲデヒトニスを行かせてサイードの傍にいて欲しかったのは、彼女の様子が気になっていたからだった。
それと言うのもマロンプレイスでレインフォルスに会って以降、サイードは思い詰めているような表情をしていることが多く、なにか悩んでいるのか少し元気を失くしていた。
気になった俺は、心配事があるならいつでも聞くよと声をかけたが、彼女はなんでもないと言うばかりで、テルツォに至っては夜に一人で泣いているサイードを見たとまで言って来た。
泣くほど辛い悩みがあるなら、俺に打ち明けて相談してくれれば良いのに…
俺はそう思いサイードから話してくれるのをずっと待っているが、今のところ打ち明けてくれる様子がない。それがなんだか寂しかった。
そんな風に俺はどこかへ転移したサイードの身を案じながら、ゲデヒトニス達の待つ繁華街へと一先ず急いだのだった。
一方、襲撃者の正体に気づき、自分が狙いだと理解して転移魔法で人里から離れた場所へ移動したサイードは――
シュンッ
広大な森の中にある人の来ない草地に着地すると同時に、直ぐさま踵を返して後を追って来た襲撃者の出現場所に、極大高位火魔法『ヘルファイアー』を放った。
「獄炎よ、天を焦がす剛炎となりて焼き尽くせ『ヘルファイアー』!!」
シュンッ
ドオオオンッ
周囲の木々は傷つけずに、幾筋もの火柱が竜巻のように渦を巻く、炎海が地面を埋め尽くして行く。
直後そこへ転移して来た黒ローブの襲撃者は、交差した両手で燃えさかる炎と熱から身を庇いながら、すぐに剛炎を鎮める極大高位水魔法『ブルウィア・オンダータ』で炎を消し去る。
足下の剛炎が消えるとサイードへ向かって走りながら、先端に魔石らしき色違いの宝珠が付いた二本の短杖を両手に出現させて間合いを詰めにかかった。
「甘いですよ、私には近付けません!!風球よ吹き飛ばせ『トルネードスフィア』!!」
ゴオッ
サイードの聖杖カドゥケウスの先に緑色の魔法陣が輝き、向かってくる黒ローブの襲撃者へ巨大な風の球体を高速で飛ばす。
すると敵は交差した短杖の中心に魔法で作った巨大な土の大楯を構えて、球体を受け止めようとした。…が、サイードの風球の力が勝り、土の大楯は耐えられずに砕け散って黒ローブの襲撃者を吹っ飛ばした。
強風に転がりながら吹き飛ぶ襲撃者は、受け身を取って地面に着いた足を踏ん張ると、態勢を整える前に魔法でサイードの頭上に重力球を出現させる。
サイードは魔法発動の気配を察知し、降り注ぐ重力球が落下する前に特殊魔法『ミラー・リフレクション』を唱えて、その全ての魔法を襲撃者にそっくりそのまま返した。
襲撃者は頭上を見上げてすぐにその場から離れ魔法を避ける。…が、回避を予測していたサイードは、襲撃者の足下へ『ピットフォール』という魔法で疑似空間への落とし穴を仕掛けた。
襲撃者は真っ暗な暗闇の広がる穴の中へ落下するも、風魔法と浮遊魔法で脱出してくる。
そこへ容赦なくサイードが次に放った、空属性中位攻撃魔法『ゴッドランス』の無数の魔法槍が襲いかかった。
ズドドドドッ
魔法槍は襲撃者を貫き、空中に浮かんでいた襲撃者は落下して地面に叩き付けられてしまう。
「立たせませんよ…押し潰せ、『グラビティ・フォール』!!」
地面に手を着いて立ち上がろうとした襲撃者を、先程の重力球とは桁外れの威力で練られた魔力塊が押し潰す。
黒ローブの襲撃者は一声も発しないまま口からゴバッと血を吐いた。
「光の檻よ、我に仇為す敵を捕らえよ『リュミエール・プリズン』。」
ガカカカカッ
地面に倒れた襲撃者を、サイードの魔法檻が捕らえて隔離する。
「捕らえるまでに五分とかかりませんでしたよ…やれやれですね。やはりあなたですか…『イーオ』。ようやく宿敵の私を見つけ怒りに我を忘れたのでしょうが、街中でいきなり魔法を放ち、なんの関係もない人々を傷つけるとは…私なら標的以外に損害は与えませんでしたよ。」
満身創痍でよろよろと上体を起こす襲撃者の前に立ち、侮蔑の目で見下ろすサイードは憎しみの籠もった声で冷ややかに言う。
「どうやら二千年もの間、ただ私を探して追って来ただけで、碌に修練を積んでいないようですね。その程度でまさか私に勝てると思っていたのですか?」
地面に座り込んで俯き、悔しげに両手で土を握りしめる黒ローブの襲撃者は、サイードに全く歯が立たず言い返すことすらできないようだった。
「――憐れでなんの役にも立たない、忘れ去られた能なしの愚図。それが今のあなたです。声を失い、姿を失い、己の居場所すら失った気分はどうですか?」
「…っ」
サイードの言葉に腹を立てたのか、フードを被ったままサイードを睨みつけようとして襲撃者はバッと顔を上げる。
だがそこには、まるで眩い光によってできた誰かの濃い影のように、顔の形をした目鼻口のない真っ黒いなにかが覗くだけだった。
あからさまに嘲るような態度を取り、醜い者を見るかのように、組んだ両手の右手を口元に当ててサイードは意地悪くくすりと笑った。
その表情と態度は、普段の優しいサイードからは微塵も想像できない姿だ。
「ああ、悔しいでしょう?腸が煮えくり返る思いがしますよね…あなたのその気持ちは良くわかります。――曾て私も同じ思いをしましたから。」
両手を解き、檻の中の襲撃者を覗き込むようにして身を屈めると、サイードは笑いながら告げた。
「ですが力不足なので仕方がありません。まだまだ到底私の足下にも及ばない。ですからもう二千年、やり直して修練を積みなさい。古代期のフェリューテラで只管修行を積めば、次に会う時には私に掠り傷を負わせるくらいにはなれるでしょう。いいですね?イーオ。」
「…っ…っっ!!」
「それと次に無関係な人間を巻き添えにしたら、永久に元には戻れずそのままだと思いなさい。――では行ってらっしゃい。」
光の檻を掴んで真っ黒な影の手を伸ばし、サイードに縋るような態度を見せる黒ローブの襲撃者は、サイードの唱える時空転移魔法で光の檻ごと何処かへ飛ばされて行った。
「…あの分ではもう二、三度過去へ飛ばさないと駄目そうですね。――間に合うと良いのですが…」
サイードはそう独り言を呟くと、転移魔法でルーファス達の元へと戻って行くのだった。
――再びルーファスは…
距離的に俺達よりも現場の繁華街へ近いギルドにいたシルヴァン、リヴ、プロートンと当事者のテルツォの四人は、俺がそこへ辿り着いた時には負傷者の手当てを行っていた。
「シルヴァン!」
「来たか、ルーファス。」
サイード達が歩いていた通り沿いの建物は、正面が抉れて吹っ飛び、黒煙が上がって破片もあちこちに転がっていた。
ここにいる多くの怪我人は魔法の巻き添えを食ったのではなく、飛んで来た建物の小さな破片が直撃して負傷した様子だ。
「これは…酷いな、怪我人はどのくらいいる?」
「ゲデが通行人ごとディフェンド・ウォールで守ったのと、初撃には間に合わなかったようだが、サイードが結界を張ったおかげで死者はなく、それより範囲外にいた十五、六人というところだ。」
「重傷者は?」
「大丈夫だ、おらぬ。手当ての方も我やリヴの治癒魔法と液体傷薬でどうにかな。――それより騒ぎに気づいて駆け付けた、メル・ルークの守備兵へ説明を頼む。ゲデとデウテロンが対応に向かったが、あの二人では少々心許ない。」
「ああ、わかった。」
「じゃあ俺は負傷者の手当てを手伝って、直せんなら壊れた建物や露店のワゴンの修復作業に当たるぜ。」
「わたくしも修復魔法を使えます。先に負傷者の手当てをしてウェンリーと復旧作業を行いますわ。」
「うん、二人とも頼んだ。」
ウェンリー、イスマイルとは一旦その場で分かれ、俺は近くにいるはずのゲデヒトニスとデウテロンの姿を探した。
周囲は野次馬や何事かと心配して様子を見に来た見物人でごった返し、モナルカの警備兵が現場整理に動いている。
ざっと辺りを見回してみたが、売り物以外の建物やワゴンは、ウェンリーとイスマイルの二人で修復魔法を使えば手早く直せそうだった。
二人の姿を探しつつ通りを足早に歩いて行くと、やがてシルヴァン達が怪我人の手当てを行っていた場所から百メートルほど離れた商店の前で、守備兵と思われる重鎧に身を包んだ兵士達と、濃いオレンジ色に緑の刺繍が入った制服を着た上級兵らしき二人に囲まれているゲデヒトニスとデウテロンを見つけた。
「ゲデヒトニス、デウテロン!」
「あ、ちょうど俺らのリーダーが来ましたすね。ルーファス様!」
俺は二人の退路を塞ぐようにして立っていた兵士を押し退けて、ゲデヒトニス達と上級兵らしき男性の間まで進み出た。
俺の押し退けられた兵士は、透かさず正面に回り込む。
「――SSランク級パーティー『太陽の希望』のリーダー、Sランク級守護者のルーファス・ラムザウアーです。なにが起きたのかは見ていたので、俺の方から説明させて頂きます。ゲデヒトニス、デウテロン、民間人の手当てをしているシルヴァン達を手伝ってやってくれ。それと…」
「了解、破壊された建物と露店のワゴンの修復だね。僕も手伝うよ。」
「ああ。」
その場には俺だけが残り、ゲデヒトニスとデウテロンにはとりあえずここから離れて貰うことにした。
「貴殿が最近頭角を現して来たという高位パーティー『太陽の希望』のリーダーですか…自分はモナルカ駐屯所のメル・ルーク王国第一級兵、ジェイガン・ハラーと申します。」
「同じく一級兵のロジー・メルローです。」
「モナルカ守備兵のマゼラン・ドンノです。」
「同じくゴッホ・セキルスです。」
彼らの外見を順番に言うと、予想通り上級兵だったハラー殿は三十代前半で、地属性が強いのか、黄色がかった黄土色に近い髪色に茶色の瞳をしている。身長は俺より高く、シルヴァンと同じくらいか。
続くメルロー殿は二十代後半ぐらいで、茶褐色の髪にくすんだ緑色の瞳だ。少しぽっちゃりした体型をしているように見える。
残るドンノ殿とセキルス殿は、重鎧を身に着けて口ひげを生やしており、兜を脱いで貰わないと双子かと思うほど顔付きも身体付きも似ていた。
「ご丁寧にありがとうございます。早速ですが俺の仲間が突然襲撃を受けたせいでご迷惑をおかけしてすみません。建物、舗装路面、街灯や露店のワゴンなど敵襲の魔法により破損したものは、修復魔法で元に戻せるものに関して今日中に全て修復します。他の商品などの損害は商業組合を通して、できるだけ賠償するつもりでいます。尚、襲撃者は現在引き付けた仲間が交戦中で――」
「ルーファス。」
シュンッ
「「「「!?」」」」
俺が兵士達に話をしていると、俺の背後に転移魔法で戻って来たサイードが、いきなり現れた。
「サイード。」
「て、転移魔法…!?」
「話には聞いていたが、個人で使用可能な人間が本当にいたのか…!!」
サイードが当然のように使用している魔法の移動手段『転移魔法』は、言うまでもないが異界属性である『空属性』の素質がないと使えない。
従ってフェリューテラの人間は呪文を覚えてもほぼ習得することが不可能で、俺達が良く使っているのは、ウルルさんが作ってくれた『転移魔法石』だ。(俺が転移魔法を使えるようになれば、いくらでも自分で作れるんだけど)
ウルルさんの転移魔法石はもちろん一般には販売していないので、もしまともに他で入手するなら、魔法国『カルバラーサ』で作成されたものを非常に高額で購入するしかない。
それだけにここの兵達が驚くのは当然だと言えるだろう。
「良かった、無事だったのか。」
「心配させてしまいましたね、ごめんなさい。もしかしてあの襲撃者の件ですか?あの者の狙いは私でした。不意打ちでしたから街に被害を出してしまって申し訳ありません、ルーファスは悪くないのです。相応の罰なら私が受けますから――」
「なにを言っているんだ、サイード。メンバーのことはリーダーである俺の責任だ。あなたに罰など受けさせるはずがないだろう。それに俺は既に謝罪し、街の復旧は行って損害はできる限り商業ギルドを通して賠償すると伝えた。あなたが気にする必要はな…」
俺がサイードにそう話していると、俺の背後にいた兵達から予期せず桃色の空気とハートマークが飛んで来た。
嫌な予感がして後ろを振り返ると、一級兵の二人と重鎧の二人が共にサイードに見惚れて魅了されてしまっている。
瞬間ムッとした俺は、覇気を放って彼らを正気に返した。
「おい!彼女は俺の仲間だ。手を出そうとしたり言い寄ったりしたら、リーダーの俺が許さないからな…!!」
「い、いや、滅相もない!それでサイード殿、犯人はどうされましたか。」
サイードはまだ名乗っていないのに、いきなり名前を呼ぶとは…気に入らないな。
「ええ、簡単には戻れない場所へ魔法で飛ばしました。少なくともこの街へはもう二度と現れないと思いますよ。ご迷惑おかけして本当にごめんなさい。」
「い、いえ…」
再度彼らの目がサイードの微笑みに、ハートを形作って行く。
「………」
――これ、サイードがわざと追及されないように、魅了魔法で骨抜きにしているんだな。
サイードの魅了魔法は俺には効かないので遅れたが、サイードにメロメロになっている兵達を見てようやくそのことに気が付いた。
「俺達は数日この街に滞在するつもりです。もしなにか問題が起きたら、魔物駆除協会へ俺宛てに連絡して下さい。」
「承知した。」
畏まって背筋を伸ばし、サイードにいい顔をしようとしている兵達にイラッとする。
俺は少し不機嫌になってその場を後にした。
「ルーファス、怒っているんですか?」
後を追うサイードが困り顔で俺に尋ねる。
「あんな連中に魅了魔法なんて使うなよ。そんなことをしなくたって、サイードにも俺達にも必要以上に非なんかない。悪いのは黒ローブの襲撃者だろう。直せるものは直すし、弁償できるものはすると言ったぞ。」
「ええ、そうですね…でも私には少しだけ非があるんですよ、ルーファス。」
「え?…そう言えば、襲って来た相手は何者だったんだ?」
「そうですね…なんというか、平たく言えば、あれは私の『弟子』なんです。」
「――え…」
弟子?サイードの、弟子だって…?あの黒ローブの人物が??
驚いた俺は少し困り顔で微笑むサイードに、困惑顔を向けただけだった。
次回、仕上がり次第アップします。




