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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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202 テソロ君の依頼

マロンプレイスからラ・カーナ王国へ向かって、メル・ルーク王国内を北へ向かうルーファスは、シェナハーン王国のパスラ峠で宿屋の少年テソロ君から受けた依頼を熟すために、友達のマイル君を訪ねることにしました。そうして辿り着いた街、『モナルカ』ではシェナハーン王国に続き、またもや一部の守護者による問題が起きていたようで…?

          【 第二百二話 テソロ君の依頼 】



 マロンプレイスでサイードの力を借り、ゲデヒトニス越しに初めてレインフォルスと対面した俺と俺の仲間達は、その助言に従い亡国ラ・カーナを目指すことに決めた。

 俺が入院している間にウェンリーはAランク級に昇格し、それと同時にイスマイルとゲデヒトニスは守護者の資格(ハンターライセンス)の取得を済ませており、テルツォの試験で依頼を失敗したウェンリーは、名誉挽回に張り切って無事に貢献できたようだ。


 そうしてイスマイルとゲデヒトニスは守護者としてBランク級(資格取得時最高等級)からのスタートとなり、即日太陽の希望(ソル・エルピス)への加入を済ませ『メル・ルーク王国』での身分証明を手に入れた。

 これで太陽の希望(ソル・エルピス)のメンバーは総勢十二人になった。因みにこの一ヶ月ほどでサイードとプロートン達もしっかり昇格しており、現時点での等級の内訳を説明すると、俺とシルヴァン、リヴとサイードに現地メンバーのファロの五人がSランク級、ウェンリー、プロートン、デウテロンの三人がAランク級、今はいないアテナに新人のゲデヒトニス、イスマイルと面倒臭がり屋のテルツォはBランク級、となる。


 全世界的に見ても、一つのパーティーに五人ものSランク級守護者が名を連ねている(まだ増えるだろうけど)のは非常に珍しく、この時点で俺達は世界でも類を見ない高位守護者パーティーとなった。

 おかげで俺の目指していた名前によるメンバーの保護や、各国で守護者としての地位の確立も早い段階で達成できたが、その反面、様々な方面からの問題も起きるようになった。


 その一つが、加入希望者の増加だ。


 ファロの加入以来リーダーである俺は、基本的には加入希望を受け付けていないことを公的に出し、パーティー内の特殊な規則や加入に際しての厳しい条件なども、守護者であれば誰もが閲覧できる魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)のパーティー情報に掲載する措置を取っていた。

 にも関わらず、俺達が太陽の希望(ソル・エルピス)であることを知るなり、いきなり勘違いの自己アピールをして仲間に入れろと騒いだり、依頼を受けようとすると『寄生』目的で共闘を申し出てくる者などが後を絶たなくなって来ていた。


 この問題に対し激怒したのが、現時点で副リーダーを担っているシルヴァンだ。


 ラ・カーナ王国へ向かう旅程を度々邪魔されるだけでなく、高ランク依頼を熟すにも勝手に後を付けて来ては要救助者が増えるなど、色々な実害が出て来たために遂にブチ切れたのだ。


 こうして太陽の希望(ソル・エルピス)への加入を()()()()条件として、新たに『副リーダーのSランク級守護者シルヴァンティス・レックランドと十五分間の試験試合を行い、最後まで立っていられること』という項目が追加されることになった。

 言うまでもなくこの提案は腕を競うことが大好きなシルヴァン自身が言い出したもので、リヴとイスマイルが大賛成したことで即決定となったものだ。

 どうせならこれにはメンバーの襲撃訓練も兼ねたいということで、街中以外での不意打ちだけは許容してある。

 但し、シルヴァン以外のメンバーとの戦闘は禁止、他にも人質を取ったり俺が認めない卑怯な手段を使うことは初めから論外だ。

 その場合は俺が介入して相手に特殊な識別魔法を施し、永遠に認識を阻害することで二度と俺達には近付けない処置を施させて貰った。


 ――とまあこんな感じで、マロンプレイスを出てから二つの村と一つの集落に小規模の街を一つ通り過ぎた間にもいろんなことがあったのだが、ようやくこの日俺は俺が受けたある依頼の目的地となる、『モナルカ』の街に到着したのだった。


 そう、シェナハーン王国のパスラ峠で受けた、宿屋の『テソロ』君から依頼された、あの件だ。


 当初はここまで遅くなるとは思っていなかったのだが、事前に依頼主にはすぐに行けないと言うことを伝えてあった。

 それでも既にあれから二ヶ月近くにもなり、もしかしたら彼は、俺からの手紙があまりにも遅いことに失望してしまっているかもしれなかった。

 だが依頼は依頼だ。一度引き受けると約束した以上、たとえ先を急ぐ旅であってもきちんと果たさないとな。


「ここがテソロ君の友達のいるモナルカの街か…」


 街全体を包む魔物除けの結界障壁が張られ、保存魔法と強化魔法の施された頑丈な石積みの外壁に、非常時には高速で落下させることの可能な金属製の格子門扉が街門の上方に固定されている。

 メル・ルーク王国の守備兵が守るその門を潜って街中へ入ると、大きめの円形広場があり、そこから商店の建ち並ぶ大通りや住宅地へ入っていけるようになっていた。

 フェリューテラに現存する大抵の国の町村には、ここのように街門から入ると正面に建物のない公共公園や広場が必ずと言って良いほど配置してある。

 それは門から外敵が侵入した際、この場所に街を守る防衛線を張ることが出来るからだ。

 つまり万が一魔物が結界障壁を越えて侵入するようなことがあったとしても、公園や広場で迎え撃てば人的被害が最小限で済むように考えられているのだ。


 俺達は先ず、通りに面した場所に設置されていた、モナルカの街地図を見に向かった。

 俺の頭には詳細地図が表示されているが、目的地に信号が光ることはあっても、建物名称や魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の位置、宿屋の場所などの名称は表示されないからだ。


 ぞろぞろと十人で連れ立って歩くと、なんの集団だ?と言う目で街行く人に見られてしまう。

 武器以外に荷物を持っていない服装から、恐らく資格持ちの冒険者だと思われるだろうが、毎回門から街中へ入った最初だけはこんな感じだった。


「ここのギルドは大通りの西側にあるみたいだな。」

「ええ、商業ギルドなんかが集まっている通りにあるようです。」

「ルーファスの依頼の目的地はどこだ?」


 他にもこの街地図を見る人がいるため、邪魔にならないように俺とシルヴァン、サイードの三人だけで調べ、ウェンリー達みんなは離れた所に集まって待っている。


「東側…住宅地の奥の方だな。ギルドとは反対方向だ。」


 シルヴァンの質問に対し俺の頭の地図上ではギルドと反対方向の東側、かなり奥まった場所で黄色の点滅信号は光っていた。


「では二手に分かれますか?大人数では動きにくいですし。」

「民間人の家を訪ねるから、俺の付き添いは要らないよ。」

「「それは駄目」」

「です!」

「だ。」


 サイードとシルヴァンが語尾だけ異なる否定を同時に放った。


「あなたを一人にしたが故に起きた数々の出来事について、イシーとリヴから散々聞かされました。特にケルベロスのような人族の敵はあなたにとって最も危険です。いつ如何なる時でも最低限七聖の誰か一人を伴って歩きなさい。」

「そんなサイード…子供じゃないんだし、大丈夫だよ。」

「「大丈夫では」」

「ありません!」

「ない!!」


 またサイードとシルヴァンが同時に俺を叱る。いつの間にかすっかり仲良くなって…息もぴったりだな。


 …ちょっと複雑だけど。


「わかったわかった、一人では動かないよ。シルヴァン達にはいつも通りギルドへ行って高難易度の依頼を受けて来て貰いたかったから、話し合って誰と行くかは決めるよ。それでいいだろう?」


 シルヴァンだけでなくサイードにまでそう怒られては仕方がない。俺はなぜだかサイードの心配だけには抗えないのだ。

 そうしてみんなと相談した結果、ウェンリーとイスマイルが俺と一緒に来ることになった。

 ウェンリーはいつもの調子で偶には一緒に来たいと言ったデウテロンとテルツォを押し退け、本当は俺と二人きりが良かったのに、とイスマイルはぼやく。


 シルヴァンとリヴ、プロートンの三人は魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)へ連絡確認(パーティーへの様々な方面から来る書簡や伝言などのこと)といくつかの依頼を受けに向かい、残るサイードとデウテロン、テルツォは観光を兼ねたモナルカ周辺の情報収集に当たって貰うことになった。


「それじゃあ僕はサイード達と一緒に行くね。」


 俺の意を汲んだゲデヒトニスが言い切る。後で説明するが、実は少し気になることがあって、彼にはサイードの様子に気をつけていて欲しかったのだ。


「ルーファスと一緒に行かなくて良いのですか?」


 サイードが遠慮がちに問いかけると、ゲデヒトニスは頷いた。


「うん。街中で大した危険はなさそうだし、せっかく別々に行動できるんだから一緒じゃなくても良いよ。」

「サイード様、ルーファス様もちょっと観光してみたいんじゃないっすか?ゲデ君が美味しいものを食べればそれも伝わるらしいですしね、後で食事する手間が省けるかも!」


 透かさずデウテロンがフォロー(?)を入れる。


「いや、さすがに俺の腹は膨れないから。」


 俺の分身のようなゲデヒトニスから、美味しいという感情は伝わって来ても、さすがに食事は個別にしないと空腹で倒れるだろう。

 すると俺の横でイスマイルがまた、指先で眼鏡をくいっと上げる。彼女のこの仕草は仲間を窘めたり注意する時に良くやる癖だ。


「昼食が入らなくなるので買い食いはいけませんわよ、テロン、テルツォ。」


 千年前もそうだったのだが、イスマイルは俺達の食事の栄養管理や健康管理も担ってくれている。


「え~つまんない…観光って言ったら食べ歩きは基本なのにぃ~」


 途端にテルツォは唇を尖らせた。彼女は少しずつ成長するのではなく、どうも退行しているような気がしてならない。


「観光はついででルーファスに頼まれたのは周辺の情報収集であったはずではなかろうか?」

「どこでンな知識だけ付けてくんだ、おまえ…」


 これにはリヴも苦笑し、ウェンリーは呆れ顔をする。


「親切な食堂のおばちゃんが教えてくれたもん。」

「…社交性だけを言えばテルツォは三人の中で最も優秀だな。」


 半分は本気で褒め、シルヴァンはテルツォを見ながら腕組みをする。


「わーい、シルヴァンに褒められた~!」

「褒めると調子に乗るすよ、シルヴァン。俺も偶には頭なでなでされったいっすね~。」

「気色の悪いことを言うでない!」

「はいはいはい、こんなところで騒ぐな。」


 ――今の会話で気が付いたかもしれないが、仲間内ではこの二ヶ月ほどでそれなりに親密度が深まり、それぞれの呼び方などにも変化が現れた。

 俺とサイードに対して、プロートン達三人は相変わらず敬称付きで呼ぶが、シルヴァンやリヴ、イスマイルに対してなどは相性呼びに変わっている。

 これはパーティー内での意思疎通を円滑にする理由もあり、本当なら俺もサイードも呼び捨てで構わなかったんだけど、プロートン達三人は頑としてそれだけは嫌がった。


「それじゃいつも通り、なにかない限りはギルドのハンターフロアで待ち合わせな。それとリヴはファロにギルドから伝言を残し、()()()の真偽を確かめておいてくれ。」

「承知致した。」


 俺の解散、の合図で俺達は一旦、三つのグループに分かれる。こうして少人数で行動すればもう周囲の人々に注目を浴びることもなくなった。


「では参りましょうか、ルー様。わたくし達はこちらの通りですわね。」


 そう口にするなりするっと、イスマイルが俺の左腕に手を添えて掴まる。


「?…ええと…どうして俺の腕を取るんだ?イスマイル。」

「もちろん、こうしておくことでルー様が、お一人でなにかを見つけて突然走り出されないように牽制しているのですわ。」

「えー…」

「とかなんとか言って、マイルはただ単にルーファスと腕を組みてえだけだろ。ルーファスが目を覚ましてからずっと()()()()だもんな。」

「…否定は致しませんわ。」

「しねえのかよ!」

「あはは…」


 ま、まあいいか…


 俺がその手を拒まないことで、イスマイルは少女のように頬を染め、嬉しそうに微笑んでいる。

 俺は慣れないことで少々照れ臭かったのだが、彼女のそんな顔を見たら放せとは言えなかった。


 そんなイスマイルの笑顔を見て、ウェンリーと三人で通りを歩きながら、無の神魂の宝珠から取り戻したイスマイルの記憶について話し始めた。


「――そう言えばあの時のイスマイルも、こんな風に俺に必死でしがみ付いていたよな。」

「まあルー様…それは両親の元から誘拐されたわたくしを、ルー様が助け出して下さった時の話ですわね?思い出して下さったのですか…嬉しいですわ。」

「ああ、封印を解いたおかげだな。」

「なになにイスマイルの昔の話?誘拐されたって物騒だな、おい…なにがあったんだよ?」

「うん…」


 ――それはイスマイルがまだ八歳だった少女の頃の出来事で、偶々立ち寄った旅先で俺がある噂を耳にしたのが切っ掛けだった。


 既に存在していないためはっきり名前は(ベギールデだかベギールドだったかな?)思い出せないが、その小国の城には国王が遠くから攫って来たという予知能力を持つ少女がおり、王家はその攫って来た少女を監禁し予知の力を当てにして、元々仲の悪かった隣国へ負けることのない戦を仕掛けるそうだ。


 俺が聞いたのはそんな噂話だった。


 予知能力。それと噂される能力者は極稀にいるが、真実その力を持っている人間に俺は会ったことがなかった。

 なぜなら、未来とは数多の可能性の上に成り立っている世界で、その時点での結果に必ずしも辿り着くとは限らない不確定なものだからだ。


 俺はそのことを良く知っており、きっとその少女の力も似て非なる物だろうと予想していた。

 しかも力の真偽はともかくとして、国王が遠くから攫って来たとは聞き捨てならない。

 聞けばその国の王は大変欲深く、比較的肥沃で豊かな土地を持つ隣国を、長年虎視眈々と狙い続けているのだそうだ。

 その話を聞いた俺は、それでもし本当に戦争が起こるようなら、事実を確かめて危険が及ぶ前に少女を助け出した方が良いと思った。

 ただでさえ親元から無理やり引き離されているかもしれないのに、欲が絡んだ戦争は勝っても負けてもその少女に更なる犠牲を強いるだろうからだ。


 そうして俺は噂されていた小国を実際に訪れてみることにした。


 生活の安定した国では、魔物の襲撃以外で大きな被害を被ることは殆どなく、どこの街もそれなりに発展し、商店の立ち並ぶ通りなどは多くの住人が行き交って活気があるものだ。


 ところがその国では、どこの街も働き盛りの男手が減っており、食料品や細かな雑貨、薬の類いなどの生活必需品がかなり不足している様子だった。

 そんな状態の街を見れば一目瞭然だ。例の噂通り隣国との戦争に備え、働き手と民間人にも必要な物資を国が強制的に徴収し集めているのだ。


 凶悪な魔物だらけの世の中で度重なる襲撃を受けて弱り、国の頂点に立つ者が人の手には負えない真の脅威をそっちのけにして、領土拡大や資源確保のための争いへとより関心を向けることはそう珍しくはなかった。

 だがそうなればどんな場合でも、最大の被害を被るのはいつも国を支える民なのだ。


 思えば既にこの頃から俺は、どんな理由があろうとも人間同士の争いには嫌悪しか抱いていなかったと思う。


 実際に小国の町村を見て回り、噂は真実の可能性が高いと判断した俺は、その足で真っ直ぐに王城へ向かった。

 太陽の希望(ソル・エルピス)として国王に謁見を申し込み、先ずは正面から少女の噂を耳にしたことを伝え、それが事実なら力を借りたいから、その子に会わせて欲しい、と頼んでみた。

 だが国王はそんな子供のことなど知らないと嘯き、確かに戦争に備えて準備はしているが、こちらから仕掛けるつもりは毛頭無いとまで言い切る。

 俺以外には周囲の誰も見えていなかったようだが、当時の国王は完全に我欲という魔物に取り憑かれており、その負の感情が薄く黒い靄のように顔を覆い始めているほどだった。


 ≪浅はかだな…『太陽の希望(ソル・エルピス)』と呼ばれるこの俺に、嘘を吐いてばれないと思っているのか。≫


 欲深い王にそう腹を立てたことを覚えている。俺がこの国を訪れたのは初めてだったこともあり、ここの国王は完全に人を舐めきっているような節が見えた。

 だが目を閉じ集中して耳を澄ますと、少女が囚われていると思われる王城まで来たことで、その助けを求める声は俺に届いていた。


 〝神さま、天使さま、救世主さま…誰か助けて、ここから出して〟


 まだ幼さを感じる、か細く悲しげな女の子の声。


 ――やっぱりここの何処かに、噂の少女が監禁されているのは間違いなさそうだ、そう思った。


 俺は国王の態度から少女を助けるのに正攻法では無理だと考え直し、一旦その場は大人しく引き下がると、隠形魔法を使い今度は城に忍び込む方法へ救出手段を変更することにした。

 そうしてこっそり侵入した王城で、耳に届くすすり泣く声を頼りに居場所を突き止めると、日の射さない薄暗い地下室に用意された豪華な部屋で、鎖の付いた足枷を嵌められ泣いている女の子を見つけた。


 それがイスマイルだったのだ。


「ええ、ええ、今でも良く覚えていますわ。両親に会いたいと泣いていたわたくしが人の気配を感じて振り返ると、いつの間にか優しげな青緑の瞳を向ける男の人が立っていたのですもの。」

「へえ…ってことは、転移魔法で室内に入ったのか?」

「ああ。表には監視の兵が複数立っていたし、警備兵を全て眠らせるか気絶させることも考えたけれど、他の兵に見つかると騒ぎになるだろう?イスマイルを怖がらせないように、できるだけ静かに助け出したかったんだ。」

「ふふ、ルー様のそのお気遣いは不要でしたのよ。わたくしはあなた様を一目見て、天使さまが助けに来て下さったんだとわかったのですもの、少しも怖くありませんでしたわ。」

「ルーファスが天使ねえ…背中に羽根も生えてねえのにか?」

「茶化すなよ、ウェンリー。まあそんなわけで、いきなり俺が室内に現れたにも拘わらず、イスマイルは初対面の俺を見ても全く怖がらなかったんだ。」



 窓一つない地下室にいきなり現れた俺を見て怯えるかと慎重になったが、イスマイルが今言ったように、当時まだ子供だった彼女はすぐに泣き止んだ。


 栄養状態は悪くなかったが痩せた身体に痛々しい足枷を付けられ、着ている衣服だけは王族が身に着けるような上等なドレスだったが、少女は長い間陽光を浴びていないせいか肌は透けるように真っ白だった。


 一体どのぐらいここにいるんだろう。こんな子供に足枷まで嵌めて暗い地下に閉じ込めるなんて…あの国王、どれほど欲望に歪んだ人間なんだ。


 俺は平然と嘘を吐いた国王に怒りを感じながら、真眼で一目見て彼女が予知能力など持っていないことを見抜いていた。


 この当時でもイスマイルは驚くほど魔力と精神、そして知力がずば抜けて高く、数値化してステータスを見ると、常人ではあり得ないほどの能力を有していた。

 そこから更に詳しく調べてみると、彼女は五感から受ける知識や情報を瞬時に分析し、起こりうる様々な事象を『予測』する能力に非常に長けていることがわかった。

 つまり簡単に説明すると、普通の人間が野外を歩いている時に、空を見て濃い灰色の雲を見つければ〝もうすぐ雨が降りそうだ〟と自然に察するのと同じように、彼女は音を聞き肌で感じて目で見て知った情報から、この後起きる出来事をかなり正確に読み取ることが可能なのだ。


 それは普通の人間には到底理解出来ない精度であると思われ、場合によっては予知能力と取られても無理はないほどに稀有な洞察・観察能力だった。


 なるほど、そういうことか、と俺はこの時納得した。特殊能力の区別が付かない者に間違われるのは無理もなかったが、それでもイスマイルの力は決して予知能力ではなかったのだ。

 なんの根拠もなく未来を知る予知とは違い、予測はあくまでも予測に過ぎず、事前に得た情報に少しでも間違いがあれば、結果は全く異なるものになってしまう。

 常時戦況が目まぐるしく変わる戦争において、いずれ必ずそれは外れてしまい、最悪の場合はありもしない責任を取らされた挙げ句に怒りを買って、無情にも殺されてしまうことだろう。

 ここの国王のように欲深い人間というのは、いつだって自分勝手だからだ。


「イスマイルの力が予知能力でないことを確かめると、俺は一緒に来るかどうかを尋ねたんだよな。」

「はい。誘拐されてから半年以上も監禁されていたわたくしは、一も二もなくルー様の申し出に縋りましたわ。おかげさまで無事に両親の元へ帰ることができ、両親が魔物に襲われて命を落とすまでは家族と幸せに過ごすことが出来ましたの。」


 捕捉として付け加えると、イスマイルを両親の元へ送り届けた後、俺は二度と彼女を訪ねなかった。

 それは常に俺が世界中を移動して歩いていた所為もあったが、俺と関わることで彼女とその両親に、余計な迷惑がかかることを懸念していたからだ。


 だがそれから十五年以上も経ってイスマイルが願いの森を越え、願い屋の扉を開いたことに俺はとても驚いた。


「マイルの両親は魔物に殺されたのかよ…今は街から外へ出ねえ限り、早々民間人は魔物に殺されたりしねえのに。」

「当時の魔物は暗黒神やカオスの支配下にあって、現在よりもっと凶悪で強力で、その数も人の集落が隅へ小さく追いやられるほどに多かったんだ。それだけに町村じゃなく国単位で滅ぼされたという話も珍しくなかったよ。」

「ええ。そうして追いやられた国々は、少しでも魔物の脅威から離れることの出来る安全な場所を求め、肥沃で豊かな土地を巡っての戦争も絶えませんでしたから。」


 ――その戦争を含めた人の争いが、人族だけでなく多くの種族や生物に悲しみや憎悪を与え、その負の感情が暗黒神に更なる力を与えてしまっていた。

 暗黒神は人の負の感情と、死や収拾の付かない混沌を糧として喰らうと言う。その上に霊力(マナ)を持たない意識の塊だなんて、千年前の俺達はよく倒せたものだ。


「げえ…それに比べると、今のフェリューテラって大分平和だったんだな。」

「平和かどうかは微妙だけど、安定はしているな。千年の間に人族はかなり繁栄して、どこの国もそれなりに大きいし。」

「それも暗黒神がいなくなったからですのよ、ウェンリー。()の脅威が復活すれば再び魔物は強くなり、きっと過去と同じことが起きるでしょう。ただ昔と違うのは『魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)』が世界中で機能しており、魔物と戦える人々が数多く存在していることですわね。」

「ああ。暗黒神がいなくなっても魔物の根絶は難しい。だからこそ民間で魔物と戦えない人々を守れる組織を作りたかったんだ。」


 暗黒神のいた時代、国という組織は一度外と揉めると簡単に戦争へと発展してしまい、本来なら民を守るべき軍や兵達もすぐに駆り出されてしまう。

 そうなると人里が魔物の襲撃を受けた時に為す術がなく、そう言った理由で滅んでしまった集落や町村を嫌というほど見て来た。

 そのままでは魔物と戦えない人達は、誰にも助けて貰えずに死んで行くしかなくなる。


 それで俺はなにかの切っ掛けがあって、民間で魔物を駆除する組織を作ろうと思ったんだけど…なんだったろう?


「なんつーかそういう話を聞くと、今さらだけど守護者の重要性をひしひしと感じるぜ。俺もファロみたく、自力でSランク級になれるぐらい頑張らねえとなぁ…」

「………」

「「?」」

「どした?ルーファス。」

「ああ、いや…俺がギルドの素体を作ろうと思った切っ掛けが、なにかあったような気がして…それがなんだったか思い出そうとしているんだけど、出て来ないんだ。」

「…そう言や、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の運営理念もルーファスが掲げた物なんだっけ?」

「らしいな。俺はまだ思い出せていないんだけど…と、この通りを左だ。手前から三軒目の住宅がそうみたいだな。」


 オレンジ色の煉瓦で作られた住宅の並ぶ通りへ入り、目的地の黄色信号へ近付くと、俺は無限収納から預かった手紙を取り出して、テソロ君の友達に手渡すための準備をした。


「あら…〝マイルへ〟ですか?わたくしの愛称と同じ名前なんですのね。」

「紛らわしいから俺も〝イシー〟って呼ぶか?」

「どちらでも構いませんけれど…ああ、このお宅ですわ、ルー様。」

「表札に『カステン』ってあるぜ。」

「ああ、合ってる。テソロ君の友達はマイル・カステン君だ。」


 パスラ峠で情報を得た時は、マイル君の父親はメル・ルークで商売をするために引っ越して行ったという話だった。

 だがそれにしてはこの場所は低所得者の住むような家屋ばかりで、テソロ君宛ての手紙に父親の仕事が守護者に頼めず困っているという内容があった通り、商売が上手く行っているようには見えなかった。


 ――もしかしたら訪ねるのが遅くなったせいで、力になろうにも間に合わなかったのかも知れない。


 俺はそんな一抹の不安を抱きながら、カステン家の扉を叩いたのだった。


 鉄枠に木の板で作られた扉を叩くと、すぐに女性の声で返事があった。そうして中から顔を出したのは、酷く窶れて疲れ切った顔をした赤毛の女性だった。


「あの…どちら様ですか?」

「俺はSランク級守護者のルーファス・ラムザウアーと言います。シェナハーン王国のパスラ峠でテソロ君と知り合い、依頼を受けてこちらのマイル君宛てに手紙を届けに来ました。」

「Sランク級守護者…!?」


 俺の守護者等級を知ると驚いて恐縮したり、謙遜して申し訳なさそうにする民間人はいるけれど、俺が名乗ってこのマイル君の母親らしき女性の顔に浮かんだのは、不審と失望の入り交じった表情だった。


「あの…?」


 戸惑いながら声をかけると、女性はハッとしたように我に返り、無理に笑顔を作った。


「そうですか、わざわざこんな遠くまで…なにもお構いできませんが中へどうぞ、今息子を呼びます。」

「あ、はい。」


 俺達は招かれるままに家の中へ上がらせて貰うことになった。


 玄関から室内に入ると、まるで引っ越し作業の最中のように、方々に紙箱が積まれ、食器棚などの家具の中身が空になっていた。


「これは…失礼ですが、またどちらかへ引っ越されるんですか?」

「…ええ。実は三ヶ月ほど前に主人が亡くなりまして、家賃が払えずにここへ移ったのですけど、ここの家賃も払えなくて…到頭追い出されるんです。」

「亡くなった?ご主人がですか?確か守護者に仕事を頼めず困っていると、テソロ君から伺ったんですが…それで彼の頼みで、なにか少しでもお役に立てないかと俺がここを訪ねる約束をしたんです。」

「まあ…そうだったんですか、ご丁寧にありがとうございます。」


 俺のこの一言で、女性の表情がガラリと変わった。


「あの…不躾に伺いますが、ご主人は事故か病気でお亡くなりになったのでしょうか?商業組合(ギルド)へ所属していらっしゃるなら、万が一に備えて保険をかけていらっしゃると思うのですけれど…」

「保険?」

「ターラ叔母さんも雑貨屋を営んでいたんだからわかるだろう。商売をするためには商業組合への加入が必須で、店が大きな損失を出したり、不慮の事故で店主が亡くなったりした場合に、結構な金額が被保険者に支払われたりするんだよ。もちろんそれには、毎月一定金額をギルドへ納め続けないとならないんだけどな。」

「へえ、そうなんだ…知らなかった。」

「おまえな…」


 余談だが恐らく家事で消失したヴァハのウェンリーの自宅も、損害を補填できるだけの保険金は下りていると思う。

 だからもしウェンリーに後を継ぐ気があったのなら、ターラ叔母さんは王都へは行かずに店を再建したことだろう。


「――保険金は…奪われました。主人は自ら命を絶って…」

「母さん、その人達誰?」

「マイル。」


 昼間だと言うのに病にでも臥せっていたのか、継ぎ接ぎだらけの粗末な寝間着姿で、奥の部屋から男の子が出てくる。

 碌に食事も摂れていないのか、テソロ君と同じ年なのに痩せて顔色も悪く、とてもじゃないが健康そうには見えなかった。


「君がマイル君?パスラ峠のテソロ君を覚えているよね。君宛てに手紙を預かって来たんだ。」

「テソロ!?」


 パッと表情を明るくして俺に近付いて来ると、マイル君は差し出した手紙を喜んで受け取ってくれる。


「わあ…嬉しいな。テソロ、ぼくのこと忘れてなかったんだ。」

「うん、君のことをとても心配していたよ。君のお父さんの力になって欲しいと頼まれたんだ。」

「お兄さんが?え、でも…ぼくが手紙に書いたのは守護者のことで…」

「マイル、この方はシェナハーン王国からここまで来てくれた、Sランク級守護者の方だそうよ。」

「Sランク級…守護者…!?」


 母親の女性がそう告げた瞬間、それまで笑顔だったマイル君の表情が見る見るうちに激変した。

 そうして次の瞬間彼は、その痩せた両手を使っていきなり俺を突き飛ばした。


「うわっ!?」

「ルー様!?」

「ルーファス!!こら坊主!!いきなりルーファスに何しやがんだ!!」


 もちろん俺は少し蹌踉けただけでバランスを取って踏ん張ったが、あんなに痩せて弱々しそうなのに、激しい怒りを伴うその力は意外なほど強かった。


「出てけよ!!守護者なんか大っ嫌いだ!!」

「マイル!!」

「お前達のせいで父さんは首を吊って死んだんだ…!!父さんが残してくれた保険金だって、依頼料だって言って全部奪って行ったくせに!!」

「え…」


 俺に怒りをぶつけると、マイル君はテソロ君の手紙を握りしめ、奥の部屋へと駆け戻ってしまった。


「す、すみません息子が乱暴を…どうか見逃して下さい!うちはもう、食べて行くお金すら残っていないんです!!」


 母親の女性は真っ青に顔色を変えて怯え、必死に何度も俺達へ頭を下げる。俺はその行動を見た瞬間に、漠然とだがご主人の死とそれに伴う商業ギルドからの保険金などが奪われた、と言ったことにこの地域の守護者が深く関わっていることを察した。


「ご心配なさらずに、大丈夫ですわ。わたくし達はここの守護者ではありませんの。ですからその方々がもしあなた方に無体を働いていたとしても、そのような真似は決して致しませんとお約束します。」

「ああ、そうだぜ。逆に詳しく俺らに事情を聞かせてくれよ。場合によってはルーファスからギルドマスターに連絡を取って、そういう連中の資格を永久に剥奪することもできるぜ。もちろん、その奪われた保険金も全額取り返してやるさ。」

「ほ、本当ですか…?」

「ええ。少しご家庭の事情に踏み入った話になるとは思いますが、良ければ俺達にお話を聞かせて下さい。」



 こうして俺達はシェナハーン王国に続きこのメル・ルーク王国でも、ギルド運営者のウルルさんの元へは届かない、一部の守護者が引き起こす新たな問題に対処することになったのだった。






次回、仕上がり次第アップします。

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