200 幕間 太陽の希望、活動再開
無の神魂の宝珠の封印を解いた後、長い間意識を失っていたルーファスは、気づくと夢の中にいました。そこは過去ルーファスがネビュラと共に、守護七聖の資質を持つ者を見出すために用意した『時狭間の願い屋』の前でした。懐かしさに店内へ足を踏み入れたルーファスですが、そこになぜか守護七聖の赤である『アルティス・オーンブール』がやって来て…?
【 第二百話 幕間 太陽の希望、活動再開 】
――その日、目を開くと俺は、周囲を鬱蒼とした深い森に囲まれた草原に一人、ポツンとただ立っていた。
夢現にぼうっとしながら見上げた空は、薄桃色から朝焼けのような紫と、夕焼けのような橙の段階色が美しい不思議な色をしていた。
ええと…?…俺は…なにをしていたんだったかな。
ここはどこだろう、そう思いながら辺りを見回すと、急に道が開けて俺の背後にその建物は現れた。
ここの景色には少し不似合いの、赤い屋根に煙突のある煉瓦造りの二階屋だ。壁にいくつかの小さな丸窓が見え、入口らしき鉄枠の木の扉に、吊り下げ看板がキイキイ音を立てて揺れている。
木の柵で仕切られた小径から続く森への入口手前にも、同じように木の板で作られた立て看板が立っており、そこには白い塗料で『願い屋』とだけ書かれていた。
その建物を取り囲むようにして存在する、光さえ遮る異常に深い森。
――この光景…そうだ、思い出した。この店は…
『時狭間の願い屋』だ。
暗黒神とその眷属であるカオスへの対抗手段として、仲間となる守護七聖を集めるために俺が用意した特殊な店。
資格なき者を篩にかける、苛酷な願いの森を越えてここに辿り着き、店の扉を開くことさえできればどんな願いでも叶う。
そんな謳い文句でネビュラと作った、現実の世界には存在しない店だった。
人の心にある願いを叶えたいと強く望む思いを利用し、俺が必要とする条件の全てを備えた者だけに扉は開かれる…その大きな代償と引き換えに、願いを叶えるかどうかを最終的に決めるのは彼らの方だったが、それでも割りに合わないと思って断られてもなんら不思議はなかった。
俺は人気のないその、願い屋の扉を開けて中に入ってみた。
――瞬間、聞き慣れた音が頭に響く。
ピロン
『願いの森及び願い屋の空間座標を特定/記録しました』
自己管理システムの通知音…?随分と現実的だな…それに、段々頭がはっきりしてきた。
――そうだ、俺はシエナ遺跡で神魂の宝珠の封印を解いた後、膨大な魔力の還元に身体が耐えられず意識を失ったんだった。
その場合シルヴァン達には、初めから俺をファーガス診療所に運んで院長先生にこの症状を診て貰うよう頼んでおいたから…これは例の、封じられた記憶が戻っている最中なのかな?
俺はそんな風に考え、この現象をさして不思議にも思わなかった。
それに元々この場所へは過去『時空転移魔法』で行き来していたはずだ。今の俺はまだ時空転移魔法どころか転移魔法さえ使えないから、これはやっぱり夢なんだろう。…そう思うことにする。
「――ああ、懐かしいな…」
こぢんまりとした店内の入ってすぐの正面には木製のカウンターがあり、右の窓際には応接セットのテーブルと布張りのソファが置かれていて…暖炉前の床には毛足の短い緑色のラグが敷かれている。
カウンター脇から奥へ入ると、表からは見えない横壁に通路があって、そこに二階への階段とキッチンや水回りへ通じる扉があるんだ。
上の階には二部屋あって、たしかプライベートルームになっていたんだよな…つまりここは俺の自宅みたいなものだったんだ。
リヴの封印を解いた時には思い出せなかった、ここの鮮明な記憶が蘇ってくる。
俺とネビュラは俺の魔法でここまで通って来ていたけれど、前回思い出した通り願いを叶えるために願いの森を訪れる者は、現実世界のどこかで協力者達や噂からその情報を知り、ここへ来たいと強く願いながら眠りにつくことで、各々の夢の中に入口が現れるようになっていた。
そして願いの森には実際に俺が戦ったことのある魔物や種族、カオスの面々の実力を模した影など、恐ろしい敵の幻影をこれでもかと言うほど放ってある。
それらを倒すには一定以上の戦闘能力と、あらゆる能力を駆使して戦わなければ勝つことは出来ない。
但しもし致命傷を負って息絶えたとしても現実に死ぬことはなく、目を覚ました時には酷い悪夢を見たと思うようにしてあった。
その後無事に森を越えて願い屋に辿り着いた者は、最後の最後に難関が待っている。俺の願いを聞き入れてくれるか否かで、扉が開くか決定的に分かれるのだ。
俺の仲間になることを初めから断る者や、後に俺や仲間を裏切ったりする者は、森を越えて辿り着いても扉に鍵がかかっており、中に入ることは出来なかった。
今考えてみてもかなり酷な条件だと思うが、ネビュラに言わせれば俺でなければ叶えられない、それだけ難しい願いを持ってここに来るのだから、当然のことらしかった。
俺と相手双方の条件が合致し、無事に扉が開いた後で、ようやく俺は仲間候補と対面する。
直接顔を見て話をし、この時狭間の願い屋がなぜ作られたのか、その経緯と事情を説明した上で、今度は俺自身がその者を見極めるのだ。
だがこの時点でも俺と相手の契約は決定じゃない。なぜなら、ここは相手にとってあくまでもまだ『夢の中』だからだ。
彼らは店を出て目を覚ました時点で、ここへ来て『大きな代償』と引き換えに願いを叶えて貰う約束をしたことまでは、はっきり覚えている。
だがそれは全て夢であり、店主である俺と対面したことや、俺の顔は一切記憶に残らないようにしてあった。
それだけにそこから先は現実世界で再度俺が直接彼らの居場所を訪れ、本当の意味で俺と共に来てくれるかどうかを交渉する必要があったのだ。
まあそのせいで、場合によっては戦わなければならなくなったりもしたんだけど…
今さら言うまでもないことだが、俺は普通の人間じゃない。だがそれでも、彼らの願いを即席で叶えられるような奇蹟の力はさすがに持っていなかった。
シルヴァンの願いである獣人族の救出と存続は、俺が現実の世界で行動を起こしさえすればすぐに叶えられたが、リヴの願いである〝水晶の珊瑚を取り戻し(これはユリアンが持っている)、海神リヴァイアサンになること〟などは、リヴ自身の成長が必要であり、俺がなにかした所で一朝一夕に成せることではなかったからだ。
他にもユリアンの願いは〝世界中に自分の手で遺跡を作って建てること〟だったし、イスマイルの願いは〝生きている限り世界中の本を読み続け、ありとあらゆる知識を吸収すること〟だったから、今も継続中のはずだ。
ネビュラは願いと引き換えに七聖になったわけじゃなかったし、残るアルティス・オーンブールとデューン・バルトの願いはどんな内容だったろう?…思い出せないな…でもユリアンとデューン・バルトの願いは、千年前に叶え終えたような気がするから、今の時点でどうしても思い出せないのはアルティスの願いだけか。
俺が思い出せていなくてもシルヴァンとリヴから話を聞くに、彼が願ったのは〝滅んでしまった竜人族の復活と存続〟だったらしい。
だけどそれにはなにかもう一つ、俺でさえ叶えるのはとても困難な願いがあったような気がする。それがなんだったのか、なぜだかとても気になった。
『願い屋』に辿り着ける者の願いに、それがどんなものであれ俺が叶えられない内容の願い事は決して含まれない。
だからリヴの願いを含めた全員の願いは、『俺と共に暗黒神とカオスを倒すまで戦う』という、『大きな代償』と引き換えに、必ず叶えることの出来る内容だったはずだ。
――俺が封印を解いたのはイスマイルの神魂の宝珠だったのに、どうして今、アルティスのことが気になるのかな…
そんなことを思いながら見上げた壁の飾り棚には、装飾品代わりに様々な魔道具が置かれており、しっかり保存魔法がかけてあることから、これが現実ならきっと今でも問題なく使えることだろう。
その中の一つ、文字の書かれた白い羽根飾りが台座に幾つも付けられた、手の平大の球体を俺は手に取った。
「これは…そうだ、『転移球<テレポートオーブ>』だ。」
なにかの理由で俺が作った物のはずだけど…なんだったろう?これも思い出せないな…でももしこれを現実世界に持って帰れれば、記憶を失う前に俺が行ったことのある場所へ再び行けるようになるはずだ。
これがあればユリアンの神魂の宝珠が安置されていた、あの所在不明の遺跡にも行くことが出来るかも知れない。なんとかして持って帰れないかな…?
俺はそう思い、その場で色々と試してはみたが、転移球を手に持って棚から少し離れたり、無限収納に入れようとしてみても弾かれてしまい、すぐに転移球は元の棚へ自動的に戻ってしまう。
「だめか…実際に来て棚にかけられた保存魔法を解除しないと、どうしても持ち出せそうにないな。」
これは間違いなく俺の所有物で、しかも俺は盗もうとしているわけじゃないのに、今はなにをしてもここから持ち出すことは出来そうになかった。
――そう言えば守護七聖を選び出した後、願いの森の入口は完全に封印して、この店も魔法で鍵をかけてあったはずだけど…解除したわけでもないのに、扉は開いていたよな…どうしてだ?
不思議に思いつつ、転移球のことは諦めるしかないかと溜息を吐いた時だ。信じられないことに、カララン、と突然背後の扉に付けられたドアベルが音を立てた。
さっき俺が店内に入った時にはなんの音もしなかったのに、どうやらここのドアベルは店主の俺には反応しないようになっていたらしい。
驚いて一体誰が来たのだろう、と振り返って見ると、そこに立っていたのは、赤とオレンジの剛髪に背には大剣を背負った、傷だらけの美丈夫だった。
瞬間、俺は声を失うほど驚いた。一目見てそれが誰なのか、俺にはすぐにわかったからだ。
シルヴァンよりも濃い翡翠の瞳に、竜の鱗で作られた軽鎧を身に着け、深く開いた膝下までの前開きの衣装から、心臓の少し上…喉仏の少し下辺りに、身体の一部を覆う竜人族の特徴である『竜燐』が覗いて薄ら光り輝いている。
「時狭間の願い屋…まさか本当に存在していたとはな。――お前がここの店主なのか?」
頬の切り傷から流れる血を右腕で拭いながら俺にそう言ったのは、守護七聖の赤…竜人族の『アルティス・オーンブール』だった。
「そうだけど…アルティス…?――まさか…本当に?」
「?」
アルティスは一度だけ首を傾げるも、俺が彼の名前を知っていることに、なぜか〝さすがだな〟と呟いて納得している様子だった。
俺の言葉に反応している…どういうことだ?これは夢じゃないのか?
「――この世のどこかに存在している『願いの森』を越え、その資格があることを証明した者は、誰にでも支払うことのできる大きな代償と引き換えに、どんなに不可能に思える願いでも必ず叶えて貰える店があると聞いた。それが真実だとは思っていなかったが、それがここ…『時狭間の願い屋』、で合っているか?」
俺は戸惑いながらも、店主としてきちんと答えることにし頷いた。
「ああ、合っているよ。――フェリューテラに残る竜人族最後の一人である君の願いはわかっている。番となる同族の女性はもう残っていないことで、君が死ねば滅びるしかない一族の復活、だったな。でも君の願いはとても困難で、それに関わる望みがもう一つあったはずだ。それは――」
――それは、なんだったろう…?
「…アルティス…」
* * *
――守護七聖<セプテム・ガーディアン>の〝透〟『イスマイル・ガラティア』合流後から約一ヶ月。
シェナハーン王国の王都シニスフォーラにある中央公園には、未だ大罪人として斬首に処された、ログニック・キエス魔法闘士の朽ちた遺体が晒されたままになっていた。
粗末な木製台の上に乗せられた首は、その肉が腐れ落ちて眼孔が覗き半分頭蓋骨が顕わになっている。
同じように藁茣蓙の上に放置されている体の方も朽ちて骨が見え始め、イスマイル達と最後に別れた時の衣装を身に着けたまま、蛆が湧き蝿が集っていた。
生前サヴァン王家に尽くし、国民からも敬われていた彼のあまりにも惨い最後の姿に、シニスフォーラに住む民はいつしか不審を抱くようになり、裏切り者の処刑として受け取るには残忍すぎると、シグルド国王の方を恐れ始めていた。
その国王が隣国エヴァンニュへと数人の護衛を伴いシニスフォーラから離れた日、その事件は起こった。
長期間野ざらしにされていたキエス魔法闘士の遺体が、監視していた守護騎士の目を盗み、白昼堂々と何者かによって持ち去られたのだ。
事件を知った民は、浮かばれない魔法闘士の魂が冥界に行き不死族となり、いずれ舞い戻ってサヴァン王家に禍を為すのではないかと噂する。
だが真実は…
――シェナハーン王国との国境を望むメル・ルーク王国内某所にて、彼らは小高い丘の上に集まり、火葬にしたログニック・キエス魔法闘士の亡骸を土に還すと、その場所へ故人を弔う墓を建てていた。
そこに見えるのはウェンリーとイスマイル、シルヴァンティスにサイードとデウテロンの五人だ。
出来上がったばかりの墓前で尚もその死を悼むウェンリーは、涙でぐしょぐしょになった顔を隠そうともせず、泣きながら謝罪と後悔を口にしていた。
「ぐすっぐすっ…ログニックさん…ごめん、本当にごめんな。あんたは国王に逆らってまで俺とルーファスを国王殿から逃がしてくれたって聞いた。それなのに…俺、なんも知らなくて…なにもしてやれなかった。」
そう、国王のいない隙にシニスフォーラへ侵入して、罪人として斬首に処された故人の遺体を持ち去ったのは、きちんとその死を弔いたいと願う太陽の希望の面々だった。
鼻を啜り溢れ続ける涙を何度も手と服の袖で拭いながら、ウェンリーはそっと墓前に花を供える。
「…本当はシェナハーン国内に眠らせてあげたかったけど、俺らまだお尋ね者のまんまみたいだからさ…国境の見えるこの場所で勘弁してくれよな。」
少し下がった後方に立つイスマイルは、立ち上がったウェンリーの横に並んで静かに涙した。
「これまで本当にお疲れ様でした、ログニック…迎えに行くのがこんなに遅くなってごめんなさい。あなたの気がかりは国の行く末とシグルド王のことでしょうが…どうか安らかに眠って下さいね。大丈夫…今はなにも出来なくても、わたくし達にはルー様がいます。ですから、シェナハーン王国のことはあまり心配しないで、ゆっくりおやすみなさい。」
その場にいる各々がそれぞれの思いを胸に、暫しの間目を閉じてログニック・キエス魔法闘士の冥福を祈った。
「――結局、彼と一緒に残ったサイファー・カレーガの行方はわからないままですか。」
サイードのその問いに、デウテロンが答える。
「ええ…すいません。プロートンとテルツォにも手伝って貰って手を尽くしたんすが…アパトからシニスフォーラへは専用車両で連行されたこともあって、キエス魔法闘士の姿さえ処刑されるまで誰一人として見た民間人がいねえんです。」
「…我としてはルーファスに危害を加えようとした人間の行方などどうでも良いと言いたい所だが…キエスの最後の言葉もある。国王殿の使用人や守護騎士からはなにか情報を得られぬのか?」
「それもだめですね。俺らのせいなのかどうかはわからねえんですけど、国王殿付きの守護騎士や使用人の全てに新しい誓約魔法が施されるようになったらしくて、国王殿内のことは一切外部に聞こえて来ねえんですよ。この一ヶ月で結界障壁も強力な物に張り直されましたし、ルーファス様抜きで忍び込むのは俺らには無理です。」
両手を上げて首を振り振り溜息を吐くデウテロンに、サイードとシルヴァンは諦めたように各々目を伏せる。
「――なんにせよ…気がかりだった彼奴をようやく弔うことができて一段落だな。まだ眠っているルーファスにはすまぬが、国王が王都を離れる好機を逃すわけには行かなかった。主抜きでの葬儀も許して貰うしかあるまい。」
「…それだけではないでしょう、シルヴァン。キエス魔法闘士が殺されてなお亡骸があんな惨い扱いをされていたのに、その光景をルーファスには見られずに済んで良かったのですよ。ただでさえ彼が亡くなったことを、まだルーファスは知らないのですから。」
「………」
その場に立つ全員でもう一度ログニックの墓石を見やると、サイードは静かな声で口を開いた。
「…ではそろそろマロンプレイスの宿に戻りましょうか。」
――魔物駆除協会を通してシェナハーンの国王から手紙を貰い、俺らがシニスフォーラで謁見しようとしたあの日…俺は廊下に仕掛けられてた転送陣を踏んだ直後から、猛烈な気分の悪さに襲われてた。
視界は回るし身体は震えるし、まともに歩くことも出来なくなって…てっきりあそこでなにかされたと思ったんだよな。
その時のことで覚えてんのは、転送先の俺の周りには物凄い数の守護騎士がいたってことだけで、騙された、こいつは国王の罠だ、そう思ったが最後、次に目を覚ました時はファーガス診療所の病室にいたって奴だ。
同じ病室の隣にある寝台にはルーファスが寝てて、室内には初めて会う眼鏡美女が本を片手に椅子に腰かけてた。
それが俺の知らない間に封印を解かれた、守護七聖のイスマイルさんだったんだ。
そして室内にはもう一人、傍にあいつが…
「お帰りなさい、サイード様、皆様!!たった今共鳴石にリヴグスト様から連絡があって、ルーファス様が目を覚まされたそうです…!!」
サイードの転移魔法でマロンプレイスの俺らが借りている宿の部屋へ帰ると、待っていたプロートンが駆け寄ってきてすぐにそう言った。
喜ぶシルヴァンが嬉しそうに尋ねる。
「それは真か、プロートン!!」
「はい、シルヴァンティス様!!」
さっきまでの重く沈んだ空気が一変して、みんな一斉に表情が明るくなった。
「朗報ですね、すぐに病室へ向かいたい所ですが…さすがにこの全員で行くのは迷惑でしょう。」
「我は行くぞ。主はきっと心配している、イスマイルも来い。」
「ええ、もちろんですわ。ウェンリーさんも行きましょう。」
「あ…うん。」
「では私達は後にします。ゲデヒトニスとリヴグストには、入れ替わり会いに行くと伝えて下さい。」
「うむ、わかった。行くぞ、イスマイル、ウェンリー!」
サイードとプロートン、テルツォ、デウテロンの四人を残して、俺とシルヴァン、イスマイルさんは急いでファーガス診療所へ向かった。
ルーファスが倒れて以降、俺らは毎日交代でルーファスの病室に付き添ってたけど、万が一の為に一人はあいつが固定で、後は順番に入れ替わり護衛に付く、って感じだった。
その『あいつ』ってのは――
ファーガス診療所の階段を上がって、元は俺もいた病室前の廊下に差し掛かると、その本人が壁に凭れた格好で俺らに手を振る。
「やあ、来たね…お疲れ様。…無事に彼を弔えたかい?」
「ゲデヒトニス。」
――そう、ルーファスを子供にしたような顔をして、俺らににっこり笑うこの金髪の少年…『ゲデヒトニス』のことだ。
「うむ、サイードのおかげでな。ルーファスが目を覚ましたと聞いたが…」
「うん、無事にね。今はファーガス医師の診察を受けているから、終わるまで少し待っていよう。」
「わかりましたわ。」
ゲデヒトニスは神魂の宝珠の封印を解いたことで、前と同じように倒れたルーファスの中から現れたらしく、最初はどう接したものかと戸惑ってたっつうシルヴァン達は、今ではもう当たり前にその存在を受け入れてる。
その理由として、俺には感じることの出来ねえ、ルーファスと守護七聖の間にある『魂の絆』を、ゲデヒトニスからも感じられるから、ってことらしい。
確かにゲデヒトニスは外見の年令に髪の色と長さこそ違えど、ルーファスに良く似た顔立ちをして、ルーファスと同じ青緑の瞳に同じ魔法を使い、ルーファスの記憶までもを共有して、俺らのこともルーファス同様詳しく知ってる。
それだけを考えりゃ、ルーファスの分身みたいなもんなのかも知れねえけど…
「ウェンリー…目が赤いよ、随分泣いたみたいだね。」
こうして当然のように俺の名前を呼んで話しかけて来るこいつに、俺は未だ慣れなかった。
「別に…知り合いが亡くなったんだぜ、泣いたっておかしくねえだろ。」
「うん、まあ…そうだけど…」
俺の素っ気ない態度と返事に、少し困ったような寂しそうな顔をするゲデヒトニスは、細かな表情から仕草まで見れば見るほどルーファスにそっくりすぎて、益々俺はどう接したらいいのかわからなくなる。
だってそうだろ?ルーファスは俺の親友だけど、いくらそのルーファスの記憶を持ってるからって、俺にしてみりゃこいつはルーファスじゃねえんだもん。
それなのに顔とかそっくりだし、ルーファスと同じ態度で接してくんだから、違和感ありまくりで困ってんだよ。
そのせいで俺とゲデヒトニスの関係はギクシャクしてる。もしかしたらそれも、目を覚ましたルーファス次第で変わるかもしんねえけどな。
ここは病院の廊下だし、俺らはゲデヒトニスの言う通り、暫くの間特に無駄話もしねえで静かに待ってた。
「あ…マグ先生。」
少しして病室からマグナイド・ファーガス院長先生が出てくる。俺も異物混入症の治療ですっかりお世話になった、俺より年下のお医者さんだ。
「ああ、マクギャリーさん。その後調子はどうですか?」
マグ先生は目が見えなくても、俺が声をかけただけですぐにわかってくれる。なんでもこの病院内なら、どの位歩けば何号室に着くとか、全て感覚で自由に動けるらしいから、凄えよな。
「おかげさまで元気です。退院したあと仕事に復帰して、無事にAランク級に昇格しました。」
「それは凄い、おめでとうございます。なんでもあなた方はエヴァンニュ王国からいらした、『太陽の希望』という守護者パーティーなんだそうですね。僕の故郷には遥か大昔に太陽の希望と呼ばれた救世主様の伝承が残っていて、その名を冠した孤児院教会も存在していたんです。僕はそこの出身なので、パーティー名を聞いてこんな偶然もあるのかと少し驚きました。」
「え…」
マグ先生の話を聞いて俺はもちろんのこと、シルヴァンとイスマイルさんも驚いてた。
太陽の希望の伝承が残ってた…?それって――
「あの…マグ先生の故郷ってどこなんですか?そんな伝承の残ってる国があるなんて、俺初めて聞くんですけど。」
「ああ、そうなんですか…いえ、あまり大きな声では言えないんですが…僕と従妹のミリリアンはラ・カーナ王国の生存者なんです。この目もその当時に飛んで来た魔法弾の破片が原因で失明しました。周囲に知られると騒がれることが多いので、他言無用に願いますね。」
「あ、それはもちろん、約束します。」
「――ファーガス医師、ルーファスは…」
「大丈夫です、もうなにも問題ありませんよ。診断についてはルーファスさんに説明してありますので、直接ご本人から伺って下さい。――それでは、お大事に。」
優しげな笑顔を向けて軽く会釈すると、マグ先生はそう言って俺らの前から立ち去って行った。
「驚いたな、太陽の希望の伝承が残る国が現代にあったとは…」
「もうねえよ、わかってんだろ。ラ・カーナ王国はエヴァンニュとゲラルドの戦争の巻き添えを食って滅んじまったんだ。…もう十年以上も前にさ。」
「そう言えばルーファスはラ・カーナ王国を目指すと言っていたな。なにか関係があるのか?ゲデヒトニス。」
「うーん…どうかな。それよりルーファスに会わなくていいのかい?きっと待っているよ。」
「そうですわね、その話は後に致しましょう。わたくしもルー様のお顔が早く見たいですわ。」
「………」
――ゲデヒトニス…なんかはぐらかしたのか?ルーファスの記憶を共有してんなら、なんでルーファスがそう言ったのかもわかってるはずなのに…
別に疑ってるわけじゃねえけど、なんとなくそんな疑問を抱いてゲデヒトニスを見ると、目が合った瞬間にあいつはニコッと微笑んだ。
♢
「お身体になんの異常もなくて本当に良かったですな、予の君。」
「…ああ。」
夢から目覚め、イスマイルの解放から凡そ一ヶ月が経っていると聞いたこの日、俺はファーガス医師の診察を受けた後、傍でただ只管にこにこしているリヴを見て複雑な思いを抱いていた。
魔力に関する症状に詳しいというファーガス医師によると、俺はこの診療所に運び込まれた時点でも、身体にはどこもなんの異常も見つからなかったという。
ならば俺はなぜ、神魂の宝珠の封印を解く度に倒れるんだろう。共通しているのは、宝珠に蓄えられた俺の魔力が還元されると同時に、意識を失うと言うことだ。
最初は二日から三日ほど高熱を出し、次は一週間意識を失った。そして今回に至っては一ヶ月近くも目を覚まさなかったのだ。誰が見てもこんなことが普通の状態であるはずはない。(まあ、俺自体が普通じゃないんだけど)
それに無の神魂の宝珠から流れ込んで来た俺の魔力が、俺の身体をバラバラに引き千切るんじゃないかと思ったほどの、あの壮絶な苦痛…俺は元は俺の力だったものを取り戻そうとしているだけなのに、あまりにもおかしくはないだろうか。
ファーガス医師の診察を疑っているんじゃない。身体になんの異常も見られないと言うことは、普通ではわからないようななにかが、俺の身体に起こっていると言うことのような気がしてならないんだ。
それになにより――
「ルーファス!」
病室の扉が開き、寝台上に腰かけて起き上がっていた俺の耳に、その明るい声が飛び込んで来た。
「ウェンリー!シルヴァン…イスマイルも…!!」
シエナ遺跡に向かった日、ここの寝台でまだ治療中だったウェンリーが、すっかり元気になった様子で駆け寄って来る。
続いてシルヴァンとイスマイルが入って来て、最後に――
――『ゲデヒトニス』と名乗った、あの不思議な少年の姿が見えた。
「ルー様!ご気分は如何ですか?痛むところなどございませんか?わたくしはもう、心配で心配で…!」
「いや、もうなんともないから大丈夫だ。――ファーガス医師の診断でも、俺の身体にどこにも異常は見られないそうだ。」
「本当か?」
「ああ。」
「…ふむ。ではなぜ倒れるのだ?今回は一月近くも意識を失っておったのだぞ、ルーファス。」
「うん…ファーガス医師にならなにかわかるかと思ったんだけど、異常がないと言うのなら本当にないんだろう。」
「………」
ウェンリー達の陰にいて病室の隅で気配を消し、ゲデヒトニスはひっそりと俺達のやり取りを見ている。その控え目な態度と行動は、まるで自分の存在は気にするなとでも言っているようだ。
「長期間寝ていた割りには体力の低下も見られないし、俺次第で今日にも退院して構わないそうだ。サイードとプロートン達は宿で待機しているのか?」
「ああ、うん、後で来るって言ってたけど…」
「そうか、じゃあこのまま退院して俺の方から会いに行こう。――その後で出来れば俺も、ログニックさんのお墓に手を合わせに行きたいしな。」
「え…」
俺が口にした言葉を聞いた瞬間に、ウェンリー達の表情が凍り付く。そうして次に我に返ると、ウェンリーとシルヴァンの二人は同時にリヴを睨んだ。
「リヴ!!」
「体調が戻るまで主には知らせるなと言ったであろう!!」
「ぬあっ!?な、予はなにも言うておらぬわ、濡れ衣ぞ!!」
「ルー様…?」
「待て待て、早とちりをするな、ウェンリー、シルヴァン。リヴが俺になにか言ったわけじゃないんだ。リヴからは一切なにも聞いていない。」
「なに…?」
「どういうことだよ?」
騒然となったウェンリー達を宥め、俺はゲデヒトニスを一瞥する。それを合図に彼はなにも言わなくても俺の意図を理解し、こちらへ歩いて来た。
「――ゲデヒトニスが俺の中から現れたことはもう知っているだろう。なぜ彼が現れたかと言うことや現時点でわかっていることなどは、サイード達も交えて宿で説明するつもりだけど…彼は俺の分身体のようなもので、年令や話し方、髪の色は異なっても俺達はほぼ同じ存在だとも言える。そしてゲデヒトニスが俺の記憶を共有しているように、俺もゲデヒトニスが出現して以降の記憶を、全て共有しているんだ。」
「な…」
「だから俺が意識を失っていた間に彼が見聞きして行動したことは、俺も自分の経験のように知っている。…当然、ログニックさんがあの後どうなったかもだ。」
俺の説明にリヴを含めたウェンリー達全員が絶句し、奇異なる者でも見るようにゲデヒトニスへ視線を向ける。
そのウェンリー達に向かって俺の横に立った彼は、ただ静かに俺と良く似た表情で笑いかけているだけだった。
遅くなりました。次回、仕上がり次第アップします!いつも読んでいただき、ありがとうございます!!




