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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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199 罪なき者への無慈悲なる断罪 後編

ライは攫われて行方不明に、ヨシュアはライに起きたことを知らないまま処刑を待ち、イーヴとトゥレンはライの捜索とヨシュアの救出に動きます。イーヴとトゥレンの間にはそれぞれの思いがあるようですが…?

    【 第百九十九話 罪なき者への無慈悲なる断罪 後編 】



 ――王城前の門前広場に公開処刑台が用意されて四日後、謁見の間では国王ロバム不在のまま、イサベナ王妃によるシャール王子の立太子式が執り行われた。


 フェリューテラ三大王国の一つであるエヴァンニュ王国では、次代の国王となる王太子を決定する儀式を行う際、友好国、同盟国の王族や敵対国以外の代表者を招き、他国への顔合わせのため、本来なら長い時間をかけて準備を整える。

 その慣例を破り、まだ生存している現国王の承認すらない状態では、当然諸外国の王族や代表者が列席することなど叶うはずもなく、そこに出席していたのは一部の重鎮と招待を断ることの出来ない僅かな貴族ばかりだった。

 ところが意外なことに、この立太子式には唯一、他国の国王自らが急ぎ数人の護衛だけを連れて列席していた。


 それがエヴァンニュ最大の友好国である、隣国シェナハーンの国王にしてペルラ王女の実兄、『イラオイフェ・ザクハーン・シグルド・サヴァン』である。


 立太子式の当日、なんの連絡もなく王城に現れた兄王に、当初ペルラ王女は甚く喜び、シャール王子が王太子となることを知って、てっきり兄が自分を迎えに来てくれたのだと思った。

 そこにはペルラ王女がエヴァンニュ王国に嫁ぐ条件の一つとして、ライが無事に王太子として立てなかった場合は、速やかに婚約を解消して帰国させるという、事前に交わされていたシグルド王とロバム王の密約があったからだった。


 ところが暫くぶりに再会した兄王の、そのあまりの変貌ぶりに王女は恐れ慄くことになる。

 立太子式に参列した兄王シグルド・サヴァンは、王太子シャールに祝辞を述べると、妹が正妃となるその日が待ち遠しい、そう言って公然とシャールに微笑んで見せたのだ。

 公式の場でシェナハーン国王がはっきりそう口にしたことにより、ペルラ王女の嫁ぐ相手は王太子シャールであると周知されることになり、シャール王子だけには嫁ぐことはないと想像だにしていなかった王女は卒倒しそうになる。


 それでも王女は気丈に耐えきり、友好国の王女が公の場で表立って王太子を拒否してはならないと、震えながら微笑んで泣く泣く差し出された手を取ったのだった。


 これによりイサベナ王妃とシャール王子の横暴に眉を顰めていた重鎮と貴族達も、『サヴァン王家の至宝』や『聖女』と称されるペルラ王女が正妃になるのなら、王子も変わってくれてこの国は救われるに違いないと、心から祝福する態度へ方向転換した。


 こうしてペルラ王女はライのいなくなった城で、図らずも誰よりも信じていた実の兄により、フェリューテラ中で暴君と名高い男の婚約者にされてしまったのだった。

 立太子式が終わるとあまりのことに嘆き悲しんだ王女は、夜の宴席後に兄と二人きりの時間を設けて貰い、そこですっかり変わってしまった様子のシグルドに助けを求める。

 だがあれほど妹思いで妹の幸せだけを願ってくれていた優しい兄は、まるで別人のように冷たい態度で、無情にも両国の絆を深めるためにシャールに嫁げと斬り捨てた。


 泣き崩れるペルラ王女は、ならばせめて忠臣のログニック・キエス魔法闘士を自分の護衛につけて欲しいと懇願したが、そこで初めて兄の口から、彼は斬首に処され既にこの世にいないことを知らされたのだった。


 翌朝シグルド・サヴァンは、王太子シャールに公務があると挨拶を済ませ、ペルラ王女を置き去りにして早々に帰国してしまう。


 この日からペルラ王女にとっては耐え難い、地獄の日々が始まったのだった。


 一方、ライの捜索と同時にヨシュアの救出にも動くイーヴとトゥレンは、各々に与えられていた特権と私兵を総動員し、必死に手を尽くしていた。

 ところがここにもイサベナ王妃と王太子シャールの手が入り、ロバム王に与えられていた特権の一つである、『私兵』そのものを奪われ解散されてしまう。

 それどころかいなくなったライの側付きであることからも解任され、ライを守るために与えられていた数多くの権限も完全に取り上げられてしまった。


 不幸中の幸いだったのは、ライが憲兵に連行された時点で行方不明だったイーヴと、有志団による憲兵所襲撃の際には同じく行方不明だったトゥレンには、一連の事件に加担した嫌疑はないとして、引き続き王宮近衛副指揮官と同補佐官からは外されずに済んだことくらいだった。

 それでもイーヴとトゥレンは諦めず、エルガー・ジルアイデン近衛指揮官代理協力の元、ヨシュアの叔父である『ドゥロー・ルーベンス伯爵』らの努力もあり、ヨシュアの死刑執行は繰り返し延期されていた。


 しかし――


 ――シャール王太子の立太子式から七日後、その一報がイーヴ達の元へ届いた。


「ラ…ライ様の…ご遺体が見つかった…?」


 その報告を受けたというジルアイデンから、それを聞いた瞬間にトゥレンは目の前が真っ暗になった。


「――詳しい発見状況はまだわからんが、身長は170センチほど、中肉中背で癖のある黒髪をしており、ぼろぼろの衣服を身に着け顔は腫れ上がっているうえ、全身は目を背けたくなるほどに酷い状態だそうだ。ただ…それがライ様であるという確実な証の両目は抉られており、ヴァリアテント・パピールは確かめられていない。」

「で、ではライ様でないという可能性も…?」

「あるな。――そこでウェルゼン副指揮官、パスカム補佐官のどちらかに、国境街レカンまで至急ご遺体の確認に出向いて欲しい。貴殿らなら一目見れば殿下のご遺体かどうか見分けが付くだろう。決まり次第軍用車両で直ちに出発してくれ。いいな?」



 ジルアイデンの話が済み、執務室を出たイーヴとトゥレンはその場から離れて、人の来ない場所へ移動すると険しい顔をして相談し始める。


「背格好の特徴はライ様と良く似ているが、まさか…」

「憲兵所ではクロムバーズ・キャンデルから酷い暴行を受け続けており、立ち上がることさえ出来ない状態にあられたらしいことは、憲兵や有志団の反乱兵による証言でわかっている。それだけにはっきり違うとは言えん。」

「イーヴ、おまえはどう思う?」

「私がどう思うかは関係ないだろう、一々私の意見を求めるな。だが遺体の確認にはトゥレン、貴殿が向かえ。もし本当にそれがライ様であるのなら、私はとても直視出来ないからな。」

「…それが選択を誤ったと言う俺への罰だとでも言いたそうだな。」

「そうだ。私は()殿()()()()()、処刑台へ送られる道を選ばざる得なかったヨシュアを、なんとしても助ける。もし彼が犠牲になれば、ライ様はご自分を責められ、容易には立ち直れないほどに嘆かれることだろう。それほどライ様にとってヨシュアは大切な友人なのだ。」


 イーヴがヨシュアをライの友人、と口にしたことで、トゥレンは顔を自虐的に歪ませる。


「ライ様にとってというだけでなく、おまえもヨシュアの方が大事そうだな。…まあだがわかった、レカンには俺が行って来る。遺体がライ様でないことを祈っていてくれ。」

「………」


 トゥレンはイーヴから目を逸らすと、その脇を擦り抜けて去って行く。


 軍用の駆動車両が停めてある車庫へ向かって歩きながら、トゥレンはイーヴから親友としては訣別の意を感じていた。


 ≪――イーヴから俺への友人として接する態度が完全に消えた。向けられる目も話す声や口調も、その全てに感じていた親しみがまるでなくなった。

 もう、二度と元には戻れないのかも知れないな…アリアンナを失った時に、俺とイーヴの関係は変わってしまったのだ。

 だがライ様の危機にイーヴを優先したつもりはなかった。犯人に仕立て上げなかったことが、そんなに失望を招くことだったのか?

 俺にとってはイーヴ…おまえだって大切な存在なのに、命に関わるとわかっていながらそんな真似が出来るはずないだろう。≫


 ただそれでもトゥレンは、ライとイーヴの身に同時に危険が迫った時、一瞬でも躊躇わない自信はなかった。

 最終的には確実にライの方を選ぶとしても、やはりどちらも助けたいと思う気持ちに嘘は吐けなかったからだ。

 そう思うと確かに自分は側付きとして失格かも知れない。そう自覚するからこそ、イーヴの言葉を完全には否定することも出来なかった。


 やがてトゥレンは駆動車両に乗り込むと、自らそれを運転し、国境街レカンへ向けて王都を出発して行った。


 トゥレンがいなくなると、イーヴは一人シャール王太子付きの従者である『ディクラン・サリド』の元へ向かう。

 そこでディクランを通じてシャール王太子への謁見を申し込むと、そのまま謁見の間へ行き玉座の前に跪き、シャールが出てくるのを待っていた。


 イーヴからの謁見申し込みに、意気揚々として姿を見せたシャールは、王太子殿下用に用意されている椅子にではなく、堂々と玉座に腰を下ろす。

 イーヴはシャールがそうすることを予め読んでおり、敢えて玉座の前に頭を垂れて敬意を態度で表していたのだ。


 そのイーヴを見たシャールは、一瞬で上機嫌になり、満面の笑みを浮かべる。


 ≪――勝った。元は父上付きの優秀な従者であり、ライに宛がわれ絶対に僕と母上には公衆の面前以外で跪かなかったイーヴが、ディクラン以外誰もいないのに、僕の前に跪いている。

 どうだ父上…父上の仰る通り、イーヴ・ウェルゼンに僕が王太子であることを認めさせたぞ。≫


 シャールはそう思い、頭を垂れたままの姿勢で、自分が良いと言うまで顔を上げられず、微動だにしないイーヴを見下ろした。


 シャールがこんなことを思うのには、過去イーヴとトゥレンの二人がライ付きの従者になると決まった時、ロバム王と揉めたことに起因する。


 イーヴ・ウェルゼンとトゥレン・パスカムの両名は、その家柄もさることながら文武両道に優れ、士官学校では非常に優秀な成績を収めたことから、二十歳で国王付きの従者として教育を受け始めた当時でも、臣下として抜きん出た存在だった。

 国王ロバムはこの若い二人を徹底して傍に置き、テラント・ハッサーと共にあらゆる国政の仕事を覚えさせ、将来のためにそれは熱心に教育していた。

 当時のロバム王としては行方不明のライが見つかり、そのライにいずれ国を継がせるため、優秀な補佐を育てておこうとしていたのだが、周囲には勉強不足のシャール王子のために側近を優秀に育てていると思われていた。


 そのことからシャール王子は、父親が手塩にかけて育てている、城でも評判の二人は自分のものになるのだと思い込んでいた。

 あの優秀で隙のない従者を自分の思い通りに動かせるようになる。自分に忠誠を誓わせ、護衛としても側近としても自分のためだけに働く臣下に出来るのだ。

 ライの存在など知らず、イサベナ王妃に甘やかされて育った王子は、自分が国王になる未来を微塵も疑ったことはなく、年上のイーヴとトゥレンが傅く姿を当然のように想像していた。


 ところがそれはライの出現によって消し飛んでしまう。


 イーヴとトゥレンは次代の国王となる自分のための従者だと主張し、ロバム王に不満を打ちまけたシャールはその時、もしもイーヴ・ウェルゼンの尊敬を受け、人としても王族としても御前に跪かせることが出来たなら、王太子候補として立つことを認めてもいいとまで言われていた。


 もちろんイーヴは、そんなことなど知る由もない。


 とにかくそんな過去があったことで、シャールはイーヴとトゥレンの二人に執着しており、特にイーヴのことは喉から手が出るほど側付きに欲していたのだった。


「僕になにか話があるそうだな、イーヴ・ウェルゼン王宮近衛副指揮官。ああ、顔を上げてもいいよ。」


 玉座の肘掛けに肘をつき、足を組んで傲慢に振る舞うシャールに、イーヴは顔を上げるも普段通りの無表情で、シャールの機嫌を窺うような素振りは微塵も見せなかった。


 そのことが、さらにシャールを上機嫌にする。


 ディクランのように下心ありきで尻尾を振ってくるのではなく、どんな脅しにも屈さず、これまで絶対にライのためにしか動かなかったイーヴは、これから僕にどんな態度でなにを頼んでくるのだろう。そう思うとゾクゾクしてくる。


 シャールはそんなことを考えていた。


「拝謁に応じて下さり、心よりお礼申し上げます。本日は殿下にお願いがあって参りました。何卒私の話をお聞き頂けませんでしょうか。」

「うん、話を聞くだけなら構わない。願いを聞き届けるかどうかは約束できないけどね。」

「ありがとうございます。」


 イーヴが感謝を述べ、シャールに頭を下げる度にシャールは喜んだ。


 ――イーヴがシャールに謁見を申し込んだのは、もちろん、直接ヨシュアの命乞いをするためだ。

 実はイーヴは、イサベナ王妃から過去に何度も個人的な書簡を受け取っており、ライの側付きを辞してシャール付きの従者になれと脅されたりもしていた。

 それでもイーヴはその度にはっきり断り、国王が存命でライが城にいる限り、要望には応えられないと返事をしている。


 そのイサベナ王妃から昨日、ヨシュアの公開処刑を止めたければシャールに頼め、という内容の書簡をまた受け取っていたのだった。


 ライの側付きを解かれ、与えられていた様々な権限も私兵も奪われてしまい、方々に手を尽くしてもヨシュアの処刑を決定的に回避する策が見つからない。

 トゥレンには一言も零さなかったが、イーヴの中でヨシュアを救出する術は尽きていた。

 それを見越した上で、隙を突くようにイサベナ王妃はまた、書簡を寄越した。


 そのことをイーヴは良くわかっていたが、それでもヨシュアの命には代えられないと、こうしてシャールに謁見の申し込みをするに至ったのだった。


 当然、シャールは王妃からその話を聞いており、イーヴからの謁見申し出を今か今かと待っていた。

 同僚の命が懸かっていれば、今度こそ要求を断れないだろう。そうわかっていたからだ。


 そうしてイーヴは数々の無罪である証拠を提示すると共に、ヨシュアの処刑を取りやめてくれるよう、強く願い出た。


 もし自分に出来ることがあるのなら、法に背いたり他者に危害を加えるなどの命令以外なら、どんなことでもする。

 シャールがどんな人間かわかっていて、自分がそう言えばどんなことになるかもある程度まで予測しながら、それでもイーヴはシャールに跪いて懇願した。


 その結果シャールはイーヴの態度に満足し、自分の要求を受け入れることを条件に、イーヴの願いを了承する。


「いいだろう、ヨシュア・ルーベンスとやらの処刑は王太子命令により取りやめてやろう。罪が罪なだけに無罪放免とは行かないが、死刑ではなく懲役刑とし身柄をイル・バスティーユ島へ移すよう手配する。イーヴ・ウェルゼン、貴殿は一両日中に紅翼の宮殿から自室を引き払うように命ずる。」

「――かしこまりました。殿下の深い御慈悲とご厚情を賜り、厚く御礼申し上げます。」

「ああ。今後もより一層、我が国のために尽くしてくれることを期待する。」


 玉座を立ち、謁見の間から出て行くシャールに深く頭を下げながら、イーヴは静かに目を閉じた。


 ≪――これでいい。少なくともこれでヨシュアの命だけは助かる。≫


 シャールとディクランがいなくなると顔を上げて立ち上がり、イーヴは天を仰いで小さく呟いた。


「ようやくヨシュアに会いに行けるな。」



 即日昼前には門前広場の公開処刑台も片付けられ、代わりに国民への告知板が立てられた。


『罪人ヨシュア・ルーベンスはシャール王太子殿下立太子の恩赦にて減刑となり、明朝イル・バスティーユ島送りに処す。』


 たったそれだけの短い文面だったが、公開処刑台が片されているという知らせを受けて、それを見に来たヨシュアの叔父ドゥローと婚約者のエスティは抱き合い、涙を流して喜んだ。


「ヨシュア…命だけは助かるのね。」

「うむ。生きてさえいれば面会も叶う。さすがに式は無理だが、予定通り結婚することはできるぞ、エスティ。」


 王都民の外出禁止令が解かれ、表向きは以前の状態に戻りつつあった城下では、シャールの予想外の恩情に皆僅かな期待を抱く。


「まさかあのシャール王子が恩赦を出されるとはなあ…少しは成長なされたのか。」

「ミレトスラハへ行く前なら、処刑を止めるどころか御自身で首を刎ねかねない御方だったからねえ。まともになって下さったんなら少しはマシになるよ。」

「黒髪の鬼神が尽力したおかげで、バスティーユ監獄の囚人への扱いは随分まともになったそうじゃないか。国王陛下への暗殺未遂犯が極刑を回避するなど異例のことだな。」

「わからねえぞ?あの暴君のことだ、監獄島へ送ると見せかけてこっそり裏で殺すぐらいのことは遣って退けるぜ。安心するのはまだ早い、俺は信じられねえな。」


 ――などと王都民は口々に噂していた。


 その後イーヴはジルアイデンの許可を取り、極刑ではなく懲役刑に減刑となったことを伝えるため、ヨシュアの元へ面会に出向く。

 イーヴがヨシュアに会うのは、監禁前に近衛の執務室で話したのが最後で、あれから既にかなりの日が経っている。


 ヨシュアのいる部屋の扉前に立ったイーヴは、一呼吸置いてからノックをし、室内へ入った。すると…


「ウェルゼン副指揮官!?」


 イーヴの顔を見て椅子から立ち上がり、ヨシュアは驚くよりも嬉しそうにして笑顔で出迎えた。


「良かった、ご無事だったんですね…!!ではパスカム補佐官も…?」

「ああ、詳しくはこれから話すが…私とトゥレンはアラガト荒野にある古いシャトル・バスの中継施設に、何者かの仕掛けた魔法罠に嵌まって監禁されていたのだ。」

「魔法罠…そうですか、道理で…並の手段では双壁のお二人になにかあるはずはないと思っていました。本当にご無事で良かったです…!」

「ヨシュア…」


 ――いつ処刑台への迎えが来るかもわからないのに、ジルアイデンが覚悟した上でと言っていた通り、ヨシュアは全く暗い顔をしておらず、既に処刑を受け入れているかのように微笑んでいる。


 イーヴはヨシュアから一度目を逸らすと、拳に力を込めて顔を上げた。


「――すまなかった、ヨシュア。どれほど謝罪しようとも謝って済むことではないが…それでも私が腑甲斐ないばかりに、ライ様のために貴殿自ら命を差し出すような真似をさせてしまった。本当にすまない。」

「え…ちょっ、待って下さい、ウェルゼン副指揮官!!なぜあなたが俺に謝罪するんですか?非があるわけでもないでしょうに…!!」

「ヨシュア、私とトゥレンはライ様の側付きとして、多くの特権と様々な知識、そして万が一の際に備え、ライ様をお守りすることが可能なだけの権力も所持していた。だが貴殿は側付きになって日も浅く、これから多くを学ぶ必要のある立場にいたのだ。ライ様のお命に危機が迫る中、貴殿のこの行動がなければ…ライ様は処刑されてしまっていたことだろう。」


 イーヴの言葉に、ヨシュアは少し困ったような顔をして首を振る。


「いえ…ジルアイデン指揮官代理から伺ったことでしょうが、俺にはこんな方法しか思い浮かばなかったんです。きっともっと他にもなにか手立てはあったんでしょうね。」

「いや…」

「ウェルゼン副指揮官が無事に戻られて俺に会いに来て下さったということは、ライ様はご無事なんですね?ずっと気になっていたんですが、ジルアイデン指揮官代理にはどうしても聞くことが出来なくて…」


 ヨシュアにライのことをそう言われ、イーヴは押し黙る。


「…ウェルゼン副指揮官?」


 そのイーヴになにかを察したヨシュアから笑顔が消えた。


「ヨシュア、先ずはなによりも先に伝えよう。貴殿の極刑はシャール()()()殿()()立太子の恩赦により減刑され、貴殿は明日にイル・バスティーユ島送りの懲役刑に処されることとなった。」

「え…?」

「今後は獄中でも家族との面会が可能となり、婚約者との入籍も許可される。場合によっては続く慶事によりさらに恩赦が下り、前科で経歴は汚れてしまうが、それでも短期間の服役のみで刑期を終え釈放される可能性もある。」

「待って下さい、シャール王子が王太子殿下って…どういうことですか!?ライ様はどうされたんです…!?」

「――これでも苦労して貴殿の減刑を捥ぎ取ったのだが…極刑を回避できたことよりも、やはり貴殿はライ様の身を案じるか。」

「当然です!!俺はライ様のためになら処刑されたって構わなかった。ライ様は…ライ様はご無事なんですか!?お願いです、ご無事だと仰って下さい…っ」





                * * *


 ――王都から軍用の駆動車両に乗り、数時間…国境街レカンの王国軍国境駐屯所に着いたトゥレンは、発見された死体がライである可能性があるということで、その身元確認のために遺体安置所を訪れていた。


「トゥレン・パスカム王宮近衛第一補佐官ですね、わざわざ遠くまでご足労様です。」

「いや…早速だが、遺体はどこに?」

「――こちらです。」


 国境兵に案内されて、トゥレンは低温保存の駆動機器内に保管されていた死体を見る。


「!」


 瞬間、足の力が抜けて保管器の縁に左手を着き、目元へ右手を当てて大きな溜息を吐いた。


「違う…これはライ様ではない。似てはいるが、別人の遺体だ。」


 トゥレンと同じくここまで案内してくれた国境兵も、ホッと安堵の息を漏らす。


「そうですか…良かった、と言うべきかどうかは微妙ですが、閣下はまだ生存されている可能性は高いですね。」

「ああ。…そして俺は今になって思い出した。」


 ≪――俺はなぜ今までこんな大事なことを忘れていた…?≫


 この時になってトゥレンは、ようやく闇の主従契約によって、ライが亡くなれば従者である自分にわからないはずがないことを思い出したのだった。


「は…なにをですか?」

「いや、なんでもない個人的なことだ。――この遺体はどうなる?」

「まず発見状況ですが、リーニエから十キロほど離れた人の通わぬ旧道に荷馬車が乗り捨てられており、近くに複数の同じような状態の死体が発見され、それらと共に放置されていたそうです。本来の管轄は隣国ですが、ライ・ラムサス王宮近衛指揮官が連れ去られたことは守護騎士(ガルドナ・エクウェス)とも情報共有をしていますので、背格好が似ていることから連絡が届きました。なので閣下でないのなら遺体はシェナハーン王国へ送り返されます。」

「そうか…ではそのように頼む。」

「了解です。本日は宿舎にお泊まりに?」

「すぐに帰る。ラムサス閣下は引き続き行方不明だ。報告をして捜索の手をさらに広げて頂かなくては。」

「ご無事のお戻りを心よりお祈りしております。」

「…ありがとう。」



 駐屯所を出たトゥレンは駆動車両に乗り込み、すぐに連絡用の通信機でイーヴに報告をする。


「イーヴか?俺だ。遺体はライ様ではなかった。恐らくライ様は生きておられる。…ああ。――なに?ヨシュアが…おまえ、なにをした?一体どうやって……ああ、わかった、戻ったら部屋を訪ねる。…ではな。」


 通信を終えたトゥレンは、操縦用の操作盤に突っ伏して眉を顰める。


「ヨシュアの極刑が取り消された…朗報には違いないが、どうやってシャール王子を説得したのだ、イーヴ…」


 ≪なんだか嫌な予感がする。イーヴは俺を呼び出した手紙やレフタルとの密会について、自分には全く身に覚えがないと言っていたが…≫


 トゥレンは胸騒ぎを覚えながら駆動車両を起動し、運転席から国境兵に挨拶をしてレカンを後にすると、夜遅くになって王都へ帰り着き、真っ直ぐイーヴの元を訪れた。

 そうして迎えられたイーヴの自室に入るなり、まるで引っ越しでもするかのように積まれた紙箱や空になった棚を見て驚き、なにをしているのかと真っ先に問い質した。するとイーヴは――



「ヨシュアの極刑を回避するために、シャール王太子殿下と取引をした。」

「!?」


 イーヴが…シャール王子を、王太子殿下と…そう呼んだ?


「なにを言っている…一体なんの取引をした!?イーヴ!!この有様はなんだ!!まさかおまえ、紅翼の宮殿を引き払うのか!?」

「ああ、そうなるな。――トゥレン、私は今日付けで近衛隊を辞職した。」

「な…」


 なんだと…?


「ヨシュアを救うためにシャール王太子殿下が私に出した条件は二つ。一つは王宮近衛副指揮官を辞し、国王陛下付きの従者に戻ること。ライ様の側付きは既に解任されており、紅翼の宮殿にいつまでもいることは認められないそうだ。これは貴殿にも言えることだが、そちらには今暫くの猶予がある。」

「イ、イーヴ…」


 国王陛下付きの従者に戻る?だがロバム陛下は病床にあり、万が一のことがあれば次代の国王になるのはライ様ではなく、王太子となったシャール王子だぞ。それをわかっていてそう言っているのか…?


「そしてもう一つは…ライ様が城へ戻ることがあれば、全力でこれを阻止し、王城内へ立ち入らせないことだ。」


 な…そんな馬鹿な…


「馬鹿な!!正気か!?」


 それでは事実上、シャール王子によるライ様の追放だ!!


「正気だ。ヨシュアの命を助けて貰う代わりに、法に背かないことと他者に危害を加えること以外なら、どんなことでもすると申し上げた。――ライ様を探し出して殺せと無茶を言われなかっただけでもマシだろう。」


 想像だにしなかったイーヴの行動に俺は動揺して困惑したが、イーヴの方は相変わらずの無表情で皮肉交じりにそう告げる。

 こいつは親友の俺にまで、いつからこんな態度を取るようになった?


「しかしそれでは…ライ様が見つかったとしても、ここへはお連れ出来なくなるではないか!!おまえはそんな条件を受け入れてまでヨシュアを助けたのか!?」


 ヨシュアが処刑されればライ様は立ち直れないほどに嘆かれると言うが、その前にライ様の居場所を奪ってまでしなければならなかったことなのか。


 後になってよくよく思えば、この時の俺はライ様のことを王族として、ヨシュアのことを主君を守るべき臣下として見ており、イーヴがライ様という王に相応しき御方を蔑ろにするような条件に応じてまで、主君の犠牲になる道を選んだヨシュアを救おうとするその考えが全く理解できなかった。

 もちろん俺は、ヨシュアが命を落としていいと思っていたわけではない。あくまでも優先すべき順を追って導き出した答えだ。


 だが俺の言葉はイーヴをさらに失望させたようだった。


「――随分な言い草をするな、トゥレン。なんとしてもヨシュアを助ける、私はそう言ったぞ。それに私は私なりにライ様にとってもこれ以上悪いことにはならないと判断し、条件に従うことを受け入れただけだ。」

「だが…っ」

「貴殿に私の考えを理解して貰おうとは微塵も思っていない。これ以上の討論は時間の無駄だ。明日の朝我々はイル・バスティーユ島へ送られるヨシュアの護衛に付き、ヨシュアが発ったのを見送ったそれを最後に、私は今後公務以外では奥宮へ詰めることとなる。…貴殿の隣で肩を並べるのは明日が最後だな。」

「イーヴッッ!!!」


 ――長年親友だと思ってきた男の、そのあまりにも身勝手な言葉に…気づけば俺はカッとなって手が出ていた。


 イーヴは俺の拳を避けようとはせず、冷ややかな目で俺を見て微動だにしない。


 その目…ついこの間も、ライ様に向けられたものと同じだ。俺の思いは軽んじられ、俺にどう思われようともう構わない。そう言った意思を表す、残酷な視線。

 俺はライ様が大切で、ライ様が好きで、同じようにイーヴを幼馴染としても親友としても大切に思ってきた。


 それなのにどうして、ライ様もおまえも…俺の存在を否定するような目を向けるんだ。


 イーヴを殴りたかった。殴って、目を覚まさせ、俺達が夢見たようにライ様がエヴァンニュの国王となり、俺とおまえの二人が両脇に並んで生涯あの方をお支えする。そうすればこの国はもっと良くなり、誰もが幸せになるはずだ。そのことを今一度考え直させる。そう思った。


 だが俺はイーヴを殴ろうとした手を直前で止めた。


 ――終わったのだ。同じ道を歩む俺とイーヴの関係が、たった今、この場で、確実に。


 イーヴはイーヴの考えに従い、ライ様からも離れる道を選んだと言うことか。ならば俺は――


「…良くわかった。確かに俺は色々と間違っていたようだな。だがイーヴ…俺はライ様から離れんぞ。俺が生涯この命賭けてお仕えするのは、ライ様ただお一人だ。たとえライ様が王冠を戴かなくとも――」


 ――思いがけず、自分の口から出た言葉に戸惑う。


 ライ様が、王冠を戴かなくとも?


「――ライ様が二度とこの城へお戻りになれなかったとしても、俺が仕えるべき主君はライ様だけだ。」


 俺が最後にそうイーヴへの訣別の意を込めて告げた時、ほんの僅かに…本当に微かに、イーヴが小さく笑ったような気がした。




 ――翌朝、俺はジルアイデン指揮官代理の命令で近衛の補佐官として、イーヴは辞職した近衛副指揮官の最終任務として、またヨシュアの友人として…イル・バスティーユ島への護送船が停泊する軍港へ向かった。

 この日は偶々島にある各監獄への一般者面会日と重なり、軍港には港勤務の憲兵の他に数多くの民間人も来ていた。


 そんな中、ヨシュアの婚約者であるエスティ・ロナン嬢と、ヨシュア唯一の血縁であるドゥロー・ルーベンス伯爵も特別に見送りを許され、監獄島へ送られる前にヨシュアと最後の面会をすることになった。


 実際には無実とは言え、表向きは国王陛下暗殺を企んだ真犯人として公開処刑となるはずだったヨシュアに、民間人の視線は思ったよりも冷たかった。

 特に婚約者と家族に拘束具なしで面会していることは特別扱いだと思われ、監獄に収容されている犯罪者への面会者達には特に面白くなかったようだ。


 俺とイーヴはそんな民間人からもヨシュアを守らなければならなかった。許されるならヨシュアはライ様の身代わりを申し出ただけで、なんの罪も犯していないのだと公言してやりたかったほどだ。


 だがそれは一度消えたライ様への疑惑を、再燃させることになる。


 王都でライ様を支持する国民は非常に多いが、それでも意図的に流された悪い噂や冷たく見える外見から、ライ様に悪い印象を抱いている人間もそれなりにはいる。

 ヨシュアが真犯人として名乗り出たことで、それらの民もライ様が濡れ衣を着せられたと認知しているのに、穿り返すような真似は悪手だ。


 だから俺達はこうしてただ、ヨシュアをこれ以上傷つけられないように、見守っていることしかできないのだ。


「ヨシュア…身体には気をつけてね。次の面会日には貴族院へ提出する婚姻届を持って行くわ。」

「エスティ…君こそ身体には気をつけて。結婚式、挙げられなくなってごめん。」

「ううん…もういいの、ヨシュアが生きていてくれるなら…私はそれだけでいいわ。」

「ありがとう、エスティ。」


 別れ際ヨシュアは、婚約者であるエスティ嬢の耳元で小さくなにかを囁いている。想像にしか過ぎないが、恐らく恋人達には当たり前の気持ちを伝える言葉だろう。独り身の俺としてはあまり直視出来ない光景だな。


「ヨシュア・ルーベンス、そろそろ乗船だ。」

「はい。」

「ウェルゼン殿、引き渡し書に署名願います。」


 憲兵隊の囚人護送官がヨシュアの名を呼び、イーヴが身柄を引き渡した旨の書類に署名をする。


「ヨシュア、ライ様は俺が必ず見つけ出すと約束する。」

「パスカム補佐官…お願いします。ライ様にお仕えできたことを、俺は決して後悔しません、とお伝え下さい。」

「わかった、必ず伝えよう。」

「ヨシュア、元気でな!!」

「ありがとうございます、叔父さん…お世話になりました、御達者で。」

「馬鹿者、これが最後の別れのような言葉を口に出すな!!」


 ――そんなやり取りの後、ヨシュアは護送官二人に挟まれ、腰縄を付けられて手枷を嵌められた状態で歩き出した。


 俺はイーヴと並んでヨシュアの後ろ姿を見送りながら、イーヴが口にする言葉を聞いていた。


「処刑は免れたが…ヨシュアは無実だ。次に私は、ヨシュアを監獄から解放できるように手を尽くそうと思う。」

「…そうか。――俺はライ様の捜索にかかりきりになるだろう。…肩を並べるのは、本当にこれが最後になりそうだな。」

「…ああ。」


 俺はイーヴの淡々とした表情を横目で見ながら、もうこうして同じ場所に並んで立つことはないのだろうと、胸が締め付けられるような寂しさを感じていた。


 ――そうして俺がそんな一時の気の緩みを見せた時だ。


 いつものように無表情でヨシュアを見送っていたイーヴの顔が、なにかに気づいて強張った。

 その目が大きく見開かれ、次に驚愕の表情へと変化して行く。


 俺はイーヴの視線の先に目を動かし、たった今その背中を見送ったばかりの、ヨシュアの姿を探した。


 そしてそんな俺の目に飛び込んで来たのは、短剣のような刃物を手にした中年男が、ヨシュアの無防備な背中に向かって、体当たりでもするように突進して行った光景だった。


「ヨシュア――ッ!!!」


 男にぶつかられたヨシュアは、護送官に挟まれたまま押し倒されるようにして地面に倒れた。

 イーヴのその、耳を劈くような呼び声が聞こえ、即座に走り出す。


 俺はなにが起きたのかわからないまま、イーヴの後に続いてそこへ駆け寄った。


「こいつ!!警備の厳重な軍港に許可なくどこから入り込んだ!!」


 護送官と駆け付けた憲兵は直ちに中年男を取り押さえる。


「そいつが国王陛下の暗殺を企んだんだろう!!!そいつのせいであの暴君が帰国し、外出禁止令なぞ出すから俺の女房は死んじまった!!!公開処刑になるならまだしも、生きて監獄送りだなんて許せるか!!王太子が裁かねえなら、俺が殺してやる!!死んじまえクソがーっ!!!」

「ヨシュア!!ヨシュアしっかりしろ!!ヨシュアっ!!」

「いやああああーっ、ヨシュアーっ!!!」


 エスティ嬢の悲鳴が聞こえ、彼女は倒れたヨシュアに縋り付く。


 イーヴは必死に手当てをし、軍港に待機していた憲兵が急ぎ軍医を連れて駆け寄って来た。


 俺は医師の資格を持っているのに、呆然として動けずにただその場に立ち尽くしていただけだった。


 ――警備の厳重な軍港へ侵入し、背後からヨシュアを襲った男の短剣は、その背中から心臓を一突きにし、無防備な状態だったヨシュアは…



 …即死だった。




 

次回、仕上がり次第アップします。

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