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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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193 失われて行く光 ③

巧妙に仕組まれた罠によってライが濡れ衣を着せられ、ライを取り巻く友人、知人、恋人にライを大切に思う人々は、ライを救おうとしてそれぞれがバラバラに動き始めていました。そしてライにもう会えないと言い、突然別れを告げたリーマも、なぜかその中に…

       【 第百九十三話 失われて行く光 ③ 】



「リーグズ教官!!」


 ルクサールの避難民で、今は王都の避難所に暮らす俺…ジャン・マルセルは、ルクサールで起きた原因不明の災害でルク遺跡に閉じ込められた時、命懸けで俺を守り、俺と俺の家族を助けてくれたライ・ラムサス王宮近衛指揮官を尊敬してる。

 本当は俺なんかが近寄れねえくらいに偉い立場の人なのに、元々知り合いでもなかった平民の俺に名前の呼び捨てを許してくれて、忙しい時間を割いてでも剣の指導をしてくれてんだ。

 俺はずっとこの国と王国軍を憎んでたけど、ライに出会ってからその考えも変わった。だってライは、俺の両親を無理やり連れて行った王国軍人とは違う。

 俺が子供だからっていい加減なことを言って誤魔化そうとしたり、親がいないからって馬鹿にしたりもしねえ。

 ちっとも偉そうにしねえし、真剣に俺達のことを考えてくれて、国王に逆らってでも監獄に入れられた祖父ちゃんを助けてくれたくらいなんだ。


 ――だからそのライが下町で酒場の踊り子を殺したって聞いても、絶対に信じられなかった。


「…ジャン・マルセル。」

「教官大変なんだ、ライが…っ」


 俺は今、いつも通りに剣の訓練に向かった王城で、ライの身に起きたことを知ったばっかだ。

 詳しい事情を聞こうにもウェルゼン副指揮官は行方不明だって言うし、ヨシュアさんとパスカム補佐官は一部の近衛隊士さん達と留守にしてるらしい。

 そして俺がなによりも驚いたのは、王宮近衛指揮官に代理人を立てられてたってことだった。


 その近衛指揮官代理は俺が近衛隊の詰め所に入ることを認めてくれず、部外者が気軽に入って来るなと言って城からも早々に追い出されちまった。

 そうなると俺がライのことで相談できる相手なんて、士官学校の教員でライとも親しい目の前のティトレイ・リーグズ教官しかいねえだろ?

 だから俺は短期間だけ入った士官学校をもう退学した身だけど、こうして校舎に勝手に入ってリーグズ教官を探しに来たところなんだ。


「君はもう士官学校の生徒じゃないんだ、気軽に入って来てはいけないよ。何度言えばわかるのかな…」

「そ、それは…ていうか、それどころじゃねえんだって…!!ライが――」


 リーグズ教官は人気(ひとけ)の無い校舎の廊下を一度見回すと、小さく溜息を吐いてから俺について来いと言った。

 そうして着いた先は、扉にリーグズ教官の名札が付けられた個室だったんだ。


「――いいかい、ここは俺の教官室だ。防音にはなっていないから、声を落として話すんだよ。…わかったかな?」

「う、うん…」


 俺は二度三度、こくこく頷いた。


「その感じ…リーグズ教官は疾っくに知ってたのか?」

「当たり前だよ。先輩は俺にとって恩人であり、それ以上に大切な友人でもあるんだ、初日に驚いた知人から連絡が入ったさ。剣を習いに城へ通っている君なら、もっと早くここへ来ると思っていたけどね。」

「いや俺…ライが忙しくなるからって、今週から訓練の日を減らされたんだよ。そんで今日初めて聞いたんだ。」

「なるほどね…まあ先ずは、君も先輩がどうしているのか気になるだろう?なにしろ鬼神の双壁でさえ面会できないそうだからね。確かな筋からの情報によると、先輩は頑なに容疑を否認しているそうだ。そのことからもわかるように濡れ衣を着せられただけで、きっと()()()()()んだね。」

「嵌められたって…誰に?なんでだよ…毒を盛られて死にかけたことだって、一体誰がライをそんな目に遭わせるって言うんだ?なんでライばっかり…っ」

「………」


 なんでライばっかり理不尽な目に遭うんだ。…そう思った。ライは俺達民間人にだって誰よりも優しくて、特に低所得者や身寄りのない住人ばかりの下町では圧倒的な支持を得てるって聞いてる。

 それなのに、誰があのライに危害を加えるって言うんだ…!?


「――そうか君は…まだ知らないんだね。」


 姿の見えないライの敵に腹を立ててると、リーグズ教官が俺を哀れむような目で見てそう言った。


「?…なに?俺がなにを知らないって?」

「いや…」

「なんだよ、気になるだろ…なんかあんなら教えてくれよ!俺だってライは大切なんだ!!」

「そうだね、それは良く知っている。でなければ君みたいな子供が、あんなに親身になってライ先輩の看病を続けられたはずはないからね。…でもマルセル、この事実を知れば、君はもう後戻りできなくなるんだよ。もしかしたら秘密を知る人間として、先輩の敵に命を狙われるようになるかも知れない。君はまだ子供だ。だから今日はこのまま家に帰りなさい。」

「なっなんだよ、それ…っ」


 俺は声を落として話すように言われたけど、それも忘れて教官に猛烈な勢いで食ってかかった。だってそうだろ…教官は俺が大っ嫌いな『子供扱い』をして事情を隠し、思わせぶりなことだけ言って軽くあしらおうとしてるんだ。


「落ち着くんだマルセル、話は最後まで聞きなさい。」


 興奮した俺を教官はそう言って宥めた。


「今日はこのまま家に帰り、君になにかあったら悲しむであろう家族の顔をよく見て考え、それでもライ先輩が大切だと思うのなら…明日またここに来なさい。」


 その時は俺の知らないライの事情を教えてくれて、ライの味方として認めてくれる。リーグズ教官はそう言って俺に目を細めた。


 結局その場で粘っても今日は帰れ、の一点張りで、その日は諦めて家に帰ることにして、リーグズ教官に言われた通り、祖父ちゃんやマリナ達の世話を焼きながらみんなの顔を見て良く考えた。


 俺になにかあったら…祖父ちゃんやマリナ達はどうなるんだろ?…今はライのおかげで、ルクサールの避難民全員がこの避難所で家賃もなしに暮らしてけてる。

 けどいつかはきっとここを追い出されるよな。ライが殺人犯として有罪になったら、国の保護施策も変更になるかもしれねえし、そうなったら俺が働いて生活費を稼がねえと、せっかく真っ当に暮らして行けそうだったのに、またチビ達にスリや盗みをやらせなきゃなんなくなる。

 そんなのは嫌だ。俺がライに剣を習ってんのだって、元はと言えば祖父ちゃんやマリナ達をまともな手段で養ってくためだ。

 でもリーグズ教官の隠してることってなんなんだ?話の流れからすると、ライが毒を盛られたり、濡れ衣を着せられたりする理由に関係があるみてえだけど…それと俺が命を狙われるようになるかも知れねえってことに、なんの関係があんだ?


 ――良くわかんねえけど…つまりリーグズ教官はやんわりした別の言い方をしてただけで、家族が大事で自分の命が惜しかったら、ライのことにこれ以上首を突っ込むなって言いたかったのか。


 教官の言わんとしてることの意味がわかったのと同時に、ライが殺人犯にされたのは、相当ヤバいことが関係してるんだってことにも察しが付いた。


 そうして俺は一晩、まだ小さいマリナの顔を見ながら良~く考えて、結局はリーグズ教官の元を訪ねることに決めた。


 だって俺は、どうしてもライを放っておけなかったんだ。



「――忠告はしたのに、言った事の意味がわからなかったのかな?」


 また哀れむような目を向けて、リーグズ教官は悲しそうに俺を見る。なんでそんな目で見るんだよ。


「ちゃんとわかって考えたよ。教官は家族が大事で命が惜しかったら、もう首を突っ込むなって言いたかったんだろ?だから祖父ちゃんとチビ達の顔を見て、俺になにかあったらってこともしっかり考えた。…けど、俺ライを放っておけねえ。もし濡れ衣を着せられたんなら、それを晴らす手伝いがしたいんだ。」


 俺がそう言うと教官は、長い長い溜息を吐いて目元に手を当てて顔を伏せた。


「冤罪を晴らす程度で済むのなら良かったんだけどね。…先に言っておくよ、マルセル。ライ先輩は今、憲兵所で酷い拷問を受けて命の危機に瀕している。だから俺は、複数の協力者と一緒に先輩を助け出そうと画策しているんだ。」

「え…拷問!?」

「そうだ。だからもう一度忠告するよ。俺はライ先輩を助けるために、命懸けで憲兵隊に逆らおうとしている。この目とこの身体でどこまでできるかわからないけれど、むざむざ大切な先輩の命を奪われるわけにはいかないんだ。初めから荒事になる覚悟はできているし、最終的には命を落としても犯罪者として国を捨てることになったって構わない。だけど君は引き返すのなら、これが最後だ。」


 ――冤罪を晴らすなんて平和的なもんじゃなかった。憲兵隊に逆らうと言うことは、国に逆らうのとおんなじだ。殺されたって文句も言えない…だから教官は俺に忠告するんだ。


 リーグズ教官は本当にライが大切なんだな。自分の命を賭けてもいいくらいに…けど俺だって…!


「ライが死ぬなんて絶対に嫌だ…!俺だって俺にできることがあるんなら、なんだってするよ!!」

「まだ子供なのに…仕方のない奴だな、君は。――わかった、君を仲間だと認めるよ、ここから先は一人前の大人同様に扱うから覚悟してくれ。」


 俺は息を呑んで頷き、この後リーグズ教官から、ライの本当の身分やこれまでの複雑な事情、そしてどんな奴がライの命を狙ってるのかなんかも、その全てを聞いたんだ。


「リーグズ教官はライのそんな話、誰から聞いたんだよ。まさか…ライからじゃねえよな?」

「違うね。先輩は俺達に打ち明けようとしていたらしいけど、言い出せなかったみたいだよ。俺が話を聞いたのは、ウェルゼン副指揮官からだ。動けなかったライ先輩のお世話をしたお礼を届けてくれた時にね。」


 俺とリーグズ教官が毒を盛られて命は助かったけど、ずっと目が見えなかったライの身の回りの世話をしていたのはついこの間までの話だ。

 ライの目が見えるようになってすぐにお役御免にはなったけど、後日俺とリーグズ教官にそれぞれ、俺達が必要としているような品物で大量のお礼が届けられたんだ。

 俺のところにはパスカム補佐官が来たけど、リーグズ教官のところにはウェルゼン副指揮官が来たらしい。

 教官はその時ウェルゼン副指揮官から、ライの周囲に不穏な動きがあることを告げられてたそうなんだ。


「ペルラ王女殿下との婚約が決まり、敵は本腰を入れて先輩の命を奪いに来るだろう。そう心配していたウェルゼン副指揮官の懸念が現実のものとなりそうだ。」



 ――俺がライの全てを知ったそれが、ライの公開処刑が決定する三日前の話だった。





                * * *


「お願いします、統括官様に会わせて下さい!!ライ・ラムサス王宮近衛指揮官について、助命嘆願のお願いと無実を信じる下級層地区住人の再捜査申請署名、そして最重要命令書をお持ちしました…!!ラムサス近衛指揮官はカレン・ビクスウェルトを殺したりしません!!国王陛下暗殺未遂の罪状も濡れ衣です!!お願い、統括官様に会わせて…!!!」


 ――その日、憲兵所の民間窓口には、憲兵に食い下がる『リーマ・テレノア』の必死な姿があった。

 彼女は大切そうに抱えた書類の入った封筒を胸に、早朝からもう一時間以上も受付の憲兵に同じことを繰り返し訴えている。


「ああもう、しつこいぞ、いい加減にしろ!!何度も言うが閣下は貴様のような下銭の者にはお会いせん!!署名書類やその命令書というのがあるのなら、こちらで預かり精査すると言っているだろう!!」


 苛立つ憲兵の男に、リーマは首を横に振る。この男には決して渡してなるものかとでも言うように、両手で一枚だけ取り出した書類と封筒をぎゅっと抱きしめた。


「いいえ、あなた様にお渡しすることはできません!どうか統括官様にお取り次ぎを…!!この命令書にはある御方の御印(みしるし)が――きゃあっ!!」

「リーマ!!」


 彼女は憲兵に一枚の書類を奪われ突き飛ばされてしまう。その彼女に付き添い、倒れそうになったところを支えたのは、アフローネの従業員ジョインだった。


「大丈夫か、なんて乱暴な…!!」


 そのジョインの手を離れ、リーマは奪われた書類を取り返そうとして憲兵に両手を伸ばした。


「返して!!それがないと彼が殺されてしまうわ!!返してーッ!!!」


 半狂乱になって縋り付くリーマにたじろぎ、憲兵は一応書面に目だけを通すと、その場にいた民間人達の目もあってか、舌打ちをしてそれを突っ返した。


「このような偽の命令書まで用意するとは…帰れ帰れ!!これ以上居座るのなら公務執行妨害で貴様らも拘置所にぶち込むぞ!!!」


 返された書類を手に、リーマは床に蹲って泣き声を上げる。


「うう…どうしてなの…嘘吐き!!これがあれば救えると言ったじゃないの…だから私は…っいったい、なんのために…」

「リーマ、落ち着け…とにかく一旦出よう。」

「ジョイン…いやよ、いや…」


 泣きじゃくるリーマの肩を抱き、力無く立ち上がる彼女を支えると、ジョインはリーマを連れて憲兵所を後にした。


 その後、まだ準備中の酒場『アフローネ』に戻ったリーマは、そこの女主人であり、ライとリーマの仲を知る身寄りのないリーマにとっては母親代わりの『ミセス・マム』ことマローム夫人に泣きついた。


「ミセス・マム助けて…!ライを助けて!!ライがカレンを殺すはずない…陛下の暗殺を企んだなんて、そんなことしたりしないわ…!!」


 ミセス・マムは、腕の中で泣くリーマの背中をポンポン叩いて慰める。


「…そりゃあたしらも黒髪の鬼神を信じてるさね。でも所詮下町の人間にゃできることには限りがあるんだよ。…ごめんよ、リーマ…あたしにゃどうすることもできやしない。ねえ、ジョイン…」

「ああ。それになにを訴えても憲兵隊はだめだな。なにか軍内で陰謀のようなものでもあるのかな?再捜査をする気は微塵もないようだし、どうあっても黒髪の鬼神が犯人だと決めつけているみたいだ。」

「でもこの命令書があるの…!これがあれば、少なくとも処刑だけは免れるはずだわ。そう約束したの…約束、したのよ…っ!!!」


 泣きながらそれだけを口にするリーマに、ミセス・マムとジョインは困惑顔をしている。


「約束って誰としたんだか…その命令書ってのもねえ、一体誰があんたにくれた物なんだい?まるで最初からこうなることがわかってたみたいじゃないか。どうして黒髪の鬼神と別れたのか理由も言わないし…心変わりしたってわけじゃなかったんなら、リーマ、あんたあたしらにも言えないなにを隠してるんだい?」


 ミセス・マムの問いかけにリーマは「ごめんなさい…それは言えないの。」と答えた。

 リーマは命令書という書類をミセス・マムとジョインには見せず、なぜ何度も家を訪ねて来たライに会わなかったのか、どうして一方的に別れを告げたのかも頑として話そうとはしなかった。


 こんな状況にあっても事情を話そうとしないリーマに、二人は溜息を吐く。


「仕様のない娘だねえ…その紙切れに本当にそんな効力があるのか信じ難いけど、憲兵隊で駄目なら後はどうしたら…」

「…刑の執行を最終的に判断するのは確か裁判所だろう?リーマの言っていることが本当なら、その命令書って奴を裁判所に持って行けばきちんと対応してくれるんじゃないか?」

「裁判所…!そうよ、憲兵所で駄目なら裁判所へ行けば…!!」


 ジョインの提案を聞きはっと顔を上げたリーマは、泣き腫らしてまだ涙に濡れた目を右手で素早く拭うと、再び書類の入った封筒を胸に抱えてアフローネを飛び出した。


「待つんだ、リーマ!!一人じゃ危ない!!リーマっ!!!」


 慌てたジョインが後を追うも、リーマは一人、足を止めることなく大通りを走って行く。


 ≪――ごめんなさい、ライ…ごめんなさい…あなたに会えなかった私をどうか許して…!必ず私が助けてみせる…なんの罪もないあなたを処刑になんてさせないわ、待っていて…!≫


 酒場を飛び出し下町を駆けて行くリーマに、その時薄暗い建物の影から、あの日ライの前に現れ、動けなかったライの目の前で、カレンを斬り殺した暗殺者の鋭い目が向けられていた。


 先日と同じように鼻から顎までを布で覆い隠したその男は、連れの二人の同じ格好をした仲間に小声で告げる。


「標的はあの女だ。例の書類とやらは持っているようだな…雇い主はあれが裁判所や近衛の手に渡るのを阻止せよと仰せだ。昼間だが暗がりはどこにでもある。路地裏に引き摺り込んでから殺せ。」


 仲間の男達はそれぞれ頷く。


 カレンを殺した暗殺者達が、まさか自分を狙っているなどとは夢にも思わないリーマは、奇しくも近道だからと昼間でも人気の少ない、娼館や賭博場のある通りへ入ってしまう。


 すると――


「むぐっ!?」


 暗がりから好機と見た男の手が伸びてきて、一瞬でリーマは口を塞がれて羽交い締めにされ、さらに人目に付きにくい狭い空き地へと引き摺り込まれてしまう。


「早くしろ、こっちだ!」


 リーマは手にした封筒を死守して離さず、足をジタバタさせて身を捩ると、呻き声を上げて必死に抵抗を試みた。

 だが男の力は強く、か弱いリーマには為す術もなかった。


「こいつ…封筒を寄越せ!」

「んー!!んんーッ!!!」


 暗殺者の男達は力ずくでリーマを押さえながら、なぜかリーマの手にある封筒を奪おうとする。

 リーマはこの中に入っている書類には、ライの命を救うたった一つの手段が入っているのだと、死んでも放すものか、そう抗って口元の男の手にがぶりと噛みついた。


「いてえ!!この(アマ)…ッ」

「先に殺せ!封筒は後で奪えばいい!!」

「悪いな、あんたに恨みはないがこれも仕事だ…!!」


 恐怖に大きく目を見開くリーマの首に、暗殺者のゴツゴツした両手がかかった。


 ――その時、その声は突然暗殺者達の背後に現れた。


「ガヴェナ・エネモルス…フィオムエルト・アンフェール。」


 日中だというのに建物の影で薄暗いそこに音もなく現れたその男は、フードから覗く真っ白なザンバラ髪を靡かせ、リーマを襲っていた暗殺者三人を武器も持たず一瞬で死に追いやった。


 ドサドサドサッ


『ふう…危ねえ危ねえ、なんだってんだこいつら…同業者か?昼間だってことで油断しててくれて助かったな。――と…』


 真っ青になってガタガタ震え、襲われた恐怖とその男達があっという間に死体と化したことで、リーマは恐れ慄いた。


『あ――…怖がらせちまったか、ま、しゃあねえな。』


 リーマには理解できない言葉で一人呟き、リーマが殺されそうになったところを助けに入ったその男は、パチン、と指を鳴らすと暗殺者達の遺体を魔法で消し去り、短く咳払いをしてからリーマの前にしゃがみ込んだ。


「心配すんな、もう大丈夫だ。」


 襤褸切れに近い外套のフードを下ろし、真っ白に輝く白髪を見せて、銀瞳の男はリーマを安心させるようにそう言った。――瞬間、リーマはハッとして顔を上げ、その目を大きく見開いた。


「その声…あなたね、あの時廃屋で私を助けてくれたのは…!」

「…へ?」


 リーマは男がなにか言う前から確信を持ち、直前まで恐れていたのに態度を一変させた。


「私、人の声を覚えるのは得意なの。間違いないわ、あなただわ…!『テュース・エクスロス・メウス・ホスティス』。おまえの敵は俺の敵。この言葉に覚えがあるでしょう?あなたよね…!」

「あ――…」


 白髪銀瞳(はくはつぎんめ)の男は少し照れ臭そうにしてリーマから顔を逸らし、右手で頭を掻きながら小さく「覚えてんのかよ…」と呟いた。


「あなたは誰?どうして私を助けてくれるの?」


 目の前で三人もの命を奪った男に対し、自分を助けてくれた、たったそれだけの理由で完全に信用しているらしきリーマに、白髪銀瞳の男は観念して目を細めた。


「…俺はシン。普段はシカリウスって呼ばれてるが、そっちが本名だ。…俺があんたを助けたのは、あんたが弟の恋人だからだよ。」

「弟…?え…待って、それじゃあなたは、ライのお兄さんなの?」


 〝ライのお兄さん〟そう言われてシンは嬉しそうに破顔する。


「――血は繋がってねえけどな。ヘズルの孤児院で一緒に育ったんだ。」

「!…それじゃあなたも、亡国ラ・カーナの生存者なのね。」

「ああ、あいつからそんな話は聞いてんだ?じゃあ、もしかして俺の名前も聞いたことがある?」


 期待を込めて尋ねたシンは、首を振ったリーマに落胆する。


「あったかもしれないけれど…ごめんなさい、今は思い出せないわ。仲の良かった友達も、家族も…みんな亡くなったことは何度か聞いているけれど…」

「ちえ…まあ死んじまった奴もいるけど、俺とマグとミリィは生きてんだけどなあ…ライの方こそてっきり死んだものと思って、俺ら墓まで建てちまったんだぜ?…妙な巡り合わせで生きてたことを知って喜んだけど…」

「…?けど?」


 ――や、なんでもねえ。そう言ってシンはリーマに首を振った。


「ところでさ、エヴァンニュから離れてた間になんか妙なことになってんだけど、ライが殺人犯として憲兵に捕まってるって話、あれ事実なのか?あんたを助けたのはまあ、見張ってたとかじゃなくて偶然なんだけどさ、確かめようにも肝心な奴がいなくて困ってんだよ。」

「違うわ!ううん、憲兵所に拘置されてるのは本当なの。だけどライはカレンを殺してなんかいない…それに、国王陛下の暗殺未遂で公開処刑にされるって――」

「はあ!?」


 シンの顔色が一瞬で変わり、その顔付きが恐ろしいほどに険しくなる。


「おいおい…なんの冗談だ、そりゃ…笑えねえな。…あいつが国王を憎んでるのは事実だが、暗殺なんか企んだりしねえぞ。あいつの腕なら親衛隊が束になったって止められやしねえさ、本気で殺す気になったら正面から堂々と斬りかかるだろうぜ。」

「シン…その口振り、あなたはライのことをどのくらい知っているの?」

「…そういうあんたはどうなんだ?まあ俺はほぼ全部だな。あいつの養父だったレインさんのことも知ってるし、今年亡くなったマイオスさんともあいつと一緒で仲が良かった。…少なくとも鬼神の双壁よりもライのことには詳しいと思うぜ?」

「――やっぱり…!それならお願い、どうかライを助けて…!!あなたにはなにもかも全部話すわ。今の死体を消したのは魔法でしょう?ここへ突然現れたのも、転移系の移動魔法が使えるのよね?あなたなら、きっとライを助けることができるはず…!」

「ああ、いいぜ。言われなくともあいつは俺の弟だ、俺の命と引き換えにしてでも助けてやる。先ずはリーマさん、あんたの話を聞かせてくれ。」




                * * *


 ――まだ昼日中、滅多に人の来ないエヴァンニュ王都のとある場所で、元・暗殺団『オホス・マロス』の一員『ボッツ』は、頭領のシカリウスがいないのをいいことに、団員同士で賭博に耽っていた。


「おっしゃあ!!勝ちぃ!!!」

「くう~っ負けたあ!!ボッツてめえ、女絡みだとほんっと強運発揮しやがんな!!」

「あたぼうよ!ほれほれ金寄越せや!うほほほ、これで今夜もアフローネで大好きなコレットちゃんに、花束と菓子店コルレーヌのレモンケーキをプレゼントでき…」

「――ほう、それはそれは。必要経費だっつって俺から飲食代をふんだくってったのは、女目当てだったのか。」

「「ひっ!!!」」

「お、お頭あっっ!?」


 古びた家屋を内装だけ作り直し、外からは人の住めない廃屋にしか見えないように魔法で細工されたその場所は、以前リーマが攫われてライに発見された廃地区にあった。


「ああ、いいよいいよ、俺らオホス・マロスはもう暗殺団でも盗賊団でも義賊でもねえ。生きていくためにゃあ各々それぞれの方法で、金を稼いでいくしかねえもんな。たとえそれが、仲間内では固く禁じた賭博であってもだ。くくく…」


 シンは団仲間の前で両腕を組み仁王立ちすると、目の前に土下座する四人の団員を見下ろした。


「「「「す、すんませんでしたーっ!!!」」」」

「馬鹿野郎、謝って済むなら決まりなんざ要らねえんだよ。よし、てめえら全員追放だ。エヴァンニュから今夜中に出てけや。」

「そ、そんな…お頭、冗談すよね!?もう二度とやんねえって誓いますからッッ!!」

「お、お頭ーっっ!!」

「…お頭、本気かい?」

「ビアか…あー、まあ、半分は本気だな。――入って来いよ、()()()。」


 ――壊れた木箱をテーブル代わりに並べただけの、襤褸切れを絨毯代わりに、七人ほどが座ると一杯になってしまうような狭い部屋。そこにリーマは、シンに招かれて足を踏み入れた。


「こ…こんにちは、お邪魔します…。」


 ボッツ達は驚き思わず声を上げる。


「黒髪の鬼神!!…の恋人ぉ!!お頭、美人だってやけに褒めてたっすけど、ついに攫って来ちまったんですかい!?」

「阿呆か!!」


 ボガッ


「だっ!!!」


 予想だにしない馬鹿なことを口にしたボッツは、シンの瞬間鉄拳を後頭部に喰らった。


「ふざけた冗談を言ってる場合じゃねえ。――おいボッツ、それとハーシ、イノーマスにダガン、そしてビア、おまえもだ。今俺が言った通り、今夜中にエヴァンニュを出てアヴァリーザへ帰れ。…ここにいる、リーマを連れてな。」

「「「「「はあっ!?」」」」」


 そこにいる男女全員の団員が、一斉にその声を発した。


「ちょ…お頭!!マジで黒髪の鬼神の恋人を攫っちまうんですかい!?」

「殺されますぜ!!バンバやサリ達がどうなったと…!!」

「頭、その娘に惚れたのかい?」

「あー、うるせえうるせえ!!どいつもこいつも盛大な勘違いをしやがって!!そもそもおまえら、俺がなんでこの王都にいんのかわかってんのか?」


 一行は顔を見合わせる。


「黒髪の鬼神を見張るため…っすよね。」

「仕掛けた俺らが悪いんすけど、バンバ達の仇を取るためじゃなかったんすか?」

「えっ…!?」


 団員の言葉にリーマは青ざめた。


「違う違う!!おまえら、ほんっと馬鹿だな!?」

「…お頭…まさか、本当に?黒髪の鬼神はお頭の兄弟だって話…」

「なんだ、わかってんじゃねえか、ビア。おまえらにははっきり言ってなかったが、黒髪の鬼神…ライ・ラムサスは一緒に育った弟みたいなもんなんだよ。――色々あってシェナハーンじゃあんなことになったけどな。」


 団員達はシンの生い立ちを知っていることから、その事情を察して一瞬で静まり返った。


「――で、なんで俺らが選りにも選ってその弟さんの恋人を連れて、アヴァリーザへ帰らにゃいかんのですかい?」

「そうだぜ、(かしら)を置いてどうして俺らだけ?」

「真面目な話、おまえらにしか頼めねえからだ。リーマは俺の予想するだけでも、少なくとも二方面から命を狙われてる。片方はライの命を狙う継母イサベナ王妃と異母弟シャール王子側の人間から、もう片方は…少し事情は違うが、エヴァンニュの国王側からだ。」

「げえ!?」

「王と王妃、両方からかよ!?」

「ちょっとあんた、なにしたんだ、おい!!」

「………。」


 リーマはなにも言えず悲しげに視線を落とし、俯いた。


「リーマを問い詰めんな、彼女はなにも悪くねえ。大体にしておまえら、すっかり忘れちまってるようだが、俺らが受けた依頼主の目的はなんだった?――王位を奪おうとする高位軍人の…」

「暗殺、でしたっけね。」

「な…それは本当なの、シン…!?」


 ≪シン…?≫


 頭領の本名を知らない団員達は、リーマがなぜ彼をそう呼ぶのか疑問に思う。…が、話の腰を折らないように空気を読んでいた。


「心配すんな、黒髪の鬼神がライだって知る前の話だ。今はさっき言った通り、ライの命を狙うイサベナ王妃もシャール王子も…そして国王も、全部俺の敵だ。『テュース・エクスロス・メウス・ホスティス』…ライの敵は俺の敵。神に誓ってあの言葉に嘘はねえよ。」

「…いいわ、どの道私にはもう、あなたに縋るしかないのだもの…信じるわ。」


 完全に二人にしかわからない会話をするシンとリーマに、一行は戸惑う。


「要するに黒髪の鬼神絡み、ってことですかい?」

「ああ、そういうこった。」

「――そういや頭に言われてずっと見張って…や、見守ってやしたけど、例の殺人事件、あれって恐らく同業者が依頼されて仕組まれたもんに違いないでしょうね。殺された女…カレンでしたっけ?レフタルとかいう親衛隊の男とはいい仲で、良く目抜き通りの高級宿に呼び出されてんのを見かけましたわ。」

「あ?あんだと…てめえ、イノーマス!!なんでもっと早くそんな大事なことを俺に言わねえ!?」

「なに言ってんすか、何度も言いましたって!!けどお頭、いなくなったクレスケンスのことで一杯だったでしょ!?弟さんを放ってずっとエヴァンニュを離れてたのだって、奴を探しに行ってたからっすよね。責められる謂れはねえと思うんすけど!!」

「…チッ。」

「あー!!チッてなんすか、チッて!!」

「…クレスケンス?」

「ああ、ずっと俺らの傍にいた飛竜の名前なんだ。この前王都が魔物に襲われた日、突然俺を振り落として姿を消しちまった。あいつがいりゃ、あんたをアヴァリーザに連れて行くのなんて、二日とかからねえのになあ…おかげで前みたいに実家には帰れねえし…ほんっと、どこ行っちまったんだか。」


 ――そんな雑談を交えながらも、シンは団員達に、リーマを守りながらエヴァンニュ王国からは遥か遠い、実家のある民主国『アヴァリーザ』へ彼女を連れて行くように頼んだ。


「一先ずリーマを逃がして安全を確保してから、ライには俺の正体とリーマのことを伝えようと思ってる。今日リーマが襲われたのは多分始まりに過ぎねえ。だから本格的な追っ手がかかる前に、さっさと逃げ出しちまやあいいのさ。何事も早め早めが肝心って事よ。わかるだろ?」

「「「「うーす」」」」

「…でも頭、一人で大丈夫なのかい?心配なんだけど。ヘクセレイコルじゃなくても言葉を聞き取れるようになった代わりに、時々酷い頭痛に襲われるって言ってたよね?目だって魔力の使いすぎで偶に視界が暗くなるって…」

「ビア!!」

「!」

「余計なことを言うんじゃねえ。訓練でちゃんと魔力量は増やすようにしてるんだ、おまえに心配されるほど俺はまだ落ちぶれちゃいねえよ。」

「…ご、ごめん…悪かったよ。」

「――とにかくそう言うこったから、リーマのことはおまえらに頼んだ。変に近付いて来ようとする連中は、殺してでも片っ端から追い払え。最近はケルベロスとか言う頭のおかしいカルト教団なんかも彷徨いてるんだ、ソル・エルピス孤児院に無事送り届けるまでちゃんと守って気を抜くんじゃねえぞ。」

「「「「「ヤー」」」」」


 返事をした団員達は、すぐに散って各々自分達の荷物を纏め始める。


「シン…」

「心配すんな、大丈夫だ。ライにもあんたが別れを告げた理由を、俺からちゃんと話しといてやるから。あいつはあんなにあんたに惚れてたんだ、一度振られたからって多分そう簡単に諦められやしねえよ。…ライってさ、子供の頃からほんっと一途なんだよな。レインさんに置いて行かれた時だって…や、子供の頃の話はライの前でするべきか。――とにかく大丈夫だ、あんな鬼畜王のいるこんな国からは、必ずライを逃がしてやるよ。遠く離れた俺の第二の故郷なら、きっとあんたもライも周りを気にせず幸せになれるさ。」

「――ありがとう、シン…お願いします。どうかライを…ライを助けてね。私はなにもかも捨てて、ライだけを遠いあなたの国で待っているから。」


 リーマは依然として胸にしっかりと抱えていた書類封筒をシンに手渡し、親しい友人としてシンとハグを交わすのだった。



 ――これまで他所の国で暮らすことなんて考えられなかったけれど…ライを殺そうとするこの国にはもういられない。私がここにいれば、きっとライの枷となってしまうもの。

 お世話になったミセス・マムやジョイン…アフローネのみんなにも突然のことで今は黙って行くしかないけれど、無事に着いたらいつか手紙を出すわ。


 ライ…本当にごめんなさい。先に行くけど、私…あなたがシンと一緒に私のところへ来てくれる日を待ってる。


「勝手な私を許して…愛しているわ、ライ。」


 どこにいても、あなたの無事を祈ってる…





次回、仕上がり次第アップします。

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