番外編 最悪の結末
ルーファスの指示で外に出たシルヴァンティスとリヴグストは、ヘクロス・アブソーバの飼い主が守護騎士に紛れていることに気づきました。そこへルーファスの面影を持つ少年ゲデヒトニスが現れ、異空間に移動したあと、敵がカオスの配下にある魔族、魔蝶族<ティターニア>の翅人であることを知り、討伐するために戦うことになりましたが…?
【 番外編 最悪の結末 】
――魔蝶族の翅人は、初撃をゲデヒトニスへ放った後に宙へ浮かび上がると、自分の周囲に毒鱗粉を撒き、向かってくるシルヴァンティスとリヴグストに嗄れた声で高笑いをした。
「クカーカカカッ、守護七聖主不在のうぬら如きに、この魔蝶族最強と謳われたオリキュレール様を倒せるものか!!」
「ハッ、貴様こそかつてカオスを倒し、暗黒神を瀕死まで追い詰めた我らに敵うと思うてか!!」
ヒュヒュン…ズザザンッッ
シルヴァンティスは光魔法『浄化』で毒鱗粉を打ち払い、斧槍を縦回転させるように三度下から上へ振り上げると、その斬撃を飛ばして空中にいる『オリキュレール』へ攻撃を放つ。
放たれた斬撃は三つ叉に枝分かれし、高速で青白い光に変化しながら襲いかかった。…が、翅人は難なくそれを躱した。
「そうぞ!!『小指』如きが最強とはたかが知れておるわ!!氷柱よ、聳え穿て『ウラノス・アイスピラー』!!」
シルヴァンティスの攻撃に間を空けず続いて、中距離からリヴグストは水属性氷魔法を使用する。
左手に連結した棍を持ち、右手に青い魔法陣が輝くと、それと同じものが地面に展開されて行き、魔法によって水など存在しない異空間に、高さが優に二十メートルはある氷柱を幾つも時間差で出現させた。
ズドドドドドッ
翅人の移動範囲に連続で突き上げたそれは、氷柱の最高到達位よりも低い位置を飛んでいた敵に下から容赦なく襲いかかる。…が、これも敵は右へ左へと器用に飛び回り呆気なく躱した。
瞬間、リヴグストはニヤリと口の端に笑みを浮かべる。
「――からのぉ、『ラファール・ベンティスカ』ぞ!!」
初めから先の魔法を躱されることを読んでいたリヴグストは、その魔法効果中に続けて広範囲に猛烈な吹雪を引き起こす上級氷魔法を唱えていた。
ルーファスの二つ同時に唱える魔法攻撃とは異なるが、効果時間の長い魔法を先に使うことで、次に発動する魔法からは逃れられないと計算しての連続魔法だった。
ビュオオオオオッ
凄まじい風と共に氷に近い雪が戦闘フィールド全体を吹雪き、二人の視界を真っ白に遮る。一度シルヴァンティスは下がってリヴグストに声をかけた。
「小指とはなんだ?」
まだ戦闘に余裕があるのか、その一言を口にして怪訝な顔をするシルヴァンティスに、リヴグストはドヤ顔をして鼻高に顎を突き出した。
「なんぞ、知らぬのか。海棲族の言語で『オリキュレール』とは、小指のことを指す言葉ぞ?魔族の棲む暗黒界でも同じ意味を持つとは限らぬがな。」
「わははは、小指か、それはいい!!」
思わずシルヴァンティスは気を緩めて笑い声を上げる。そんな二人をゲデヒトニスは、顔を顰めて見ていた。
「――やれやれ…僕がルーファスじゃないから、二人ともそんなに気を抜いていられるのかな?…少し手痛いお説教が必要みたいだね。――守れ、『ディフェンド・ウォール』!!」
後方にいたゲデヒトニスは魔族相手に微塵も油断しておらず、魔法攻撃が相手に当たっていると思い込んでいるリヴグスト達に防護魔法をかけた。
するとその次の瞬間、まだ攻撃継続中の猛吹雪から、それを切り裂くようにしてオリキュレールの暗黒魔法が眼前に広がり飛んで来る。
ブワッ
「「!!」」
白かった視界が一瞬で漆黒の闇に変わり、そこから出現した赤黒い無数の矢がシルヴァンティスとリヴグストに超高速で襲いかかる。
ズガガガガガガンッ
驚いた二人は咄嗟に身構えるが、ゲデヒトニスの防護魔法がしっかり二人を守ってくれたのだ。
「な…」
――そうして吹雪の薄まる景色の中に、暗黒種と同じように真っ黒な靄に身を包んだ、無傷のオリキュレールが見えたのだった。
ゲデヒトニスはゆっくりシルヴァンティスとリヴグストへ近付くと、少年にはやや不似合いな気のするクラウ・ソラスを、二人に向かって突き付けるようにして掲げた。
「いい加減にしなよ、シルヴァン、リヴ。僕はいつも通りに頼むと言ったはずだよね?」
ゴオッ
怒ったゲデヒトニスはルーファスと同じ、金と銀の闘気を全身から放って見せる。
「最初に説明しなかった僕が悪いのかもしれないけど、僕が攻撃できないのには理由があるんだ。」
そう言うとゲデヒトニスは、自分が守護七聖達と同じようにルーファスと魂で繋がっていること、そしてルーファスは今、神魂の宝珠を解放したことでまた倒れており、その身体に負担をかけないよう必要以外の魔法を極力使わないようにしていることを告げた。
「君達がそうやってふざけて戦い、喰らわなくてもいい余計な攻撃を喰らうと、その分僕はルーファスの身体に取り返しの付かないダメージを与えながら、君達を守ることになるんだ。つまり君達はルーファスを守らなければならない七聖でありながら、大切な主を守るどころか苦しめていることになる。こう言えばさすがに理解できるかい?」
――ゲデヒトニスの怒気を含んだ辛辣な言葉に、シルヴァンティスとリヴグストは愕然として真っ青になった。
「わかったら真面目に本気で戦うんだ。あの魔族は遊びで相手をしていい敵じゃないこともあれを見ればわかるだろう。今回のように二度とルーファスに手を出せないよう、しっかり倒さないとね。それこそ、僕がもうなんの手助けをしなくても良いくらい、完全に、きちんとだ。できるだろう?」
少年姿に似合わぬ恐ろしいまでの気迫と鋭い眼光に、愚かさを悟った二人は口が裂けても否とは言えず、もうゲデヒトニスを子供と侮らなかった。
「「こ、心得た!!」」
頭を冷やし仕切り直したシルヴァンティスとリヴグストは、再びオリキュレールに全力で攻撃を仕掛ける。
直前までと打って変わって猛烈な攻撃を繰り出され、翅人は一時怯んだものの、すぐに体勢を立て直して向かって来た。
「おのれ小癪な!!だが俺様の攻撃がこの程度だと思うな!!」
オリキュレールは靄に包まれた蝶翅で自らを包むように丸まると、高速で高度を上げて頭上に剣の刃を突き出し、戦闘フィールドを突進して縦横無尽に飛び始めた。
「突進攻撃か、避けろリヴ!!」
「予の心配は要らぬ!!氷壁よ、我が身を守れ!!『アイスウォール』!!」
ゴンゴンゴンッ
目にも止まらぬ速さで飛び回る翅人に、避けるのは間に合わないと悟ったリヴグストは、自分の周りに氷の壁を作って身を守った。
ゲデヒトニスは空中に浮遊してその攻撃をひょいひょい躱す。そしてシルヴァンティスは――
「ええい、ちょろちょろと鬱陶しいわ!!猛よ我が銀狼の魂!!『ウォセ・カムイ』!!」
アオオオォーンッ
――その遠吠えと共に巨大な神狼に自身を獣化させた。
全ての能力値を跳ね上げたシルヴァンティスは、壁などない空中を蹴り上がり、飛び回るオリキュレールの軌道を読んでその脇からガブッと食らい付いた。
「げえぇっ!!?」
漆黒の靄もなんのその、驚いて妙な声を出したオリキュレールを丸ごと捕らえたシルヴァンティスは、さらに高く宙を駆け上がると遥か上空からそのまま地面に向かって突っ込むように高速突進を始めた。
「ばばば馬鹿野郎ーッ俺様ごと自滅する気か!?」
翅人はガッチリ咥えられた神狼の口から出ようとジタバタ踠く。だがシルヴァンティスはもう地面に激突する、という寸前で口から魔法による極太光線を吐き、それごとオリキュレールを叩き付けた。
「グギャアアアアーツ」
ドゴオオンッ
地面など見えないそこに全身を強打した翅人の身体から、漆黒の靄が衝撃でバンッと吹き飛ぶ。
当然だが、当のシルヴァンティスは空中でひらりと回転し、無傷で難なく着地する。
「好機!!」
神狼化したシルヴァンティスとリヴグストは、間髪を入れず立ち上がれずにいるオリキュレールへ追撃を加える。
シルヴァンティスは全身をブルルルッと小刻みに震わせ、飛び散った銀毛を魔法で光矢に変えると、それを操って翅人へ雨のように降り注がせる。
続くリヴグストは、水魔法でオリキュレールの周囲に透き通った氷の水槽を作り出すと、そこに大量の水を注ぎ込んで水圧と濁流で翅人を押し潰した。
水に飲まれたオリキュレールは全身をシルヴァンティスの光矢で貫かれ、さらに水没して息が出来ずにぶくぶく泡を吐きながら沈んで行く。
ザアッ…
戦闘不能になり、虫の息となったオリキュレールを確認すると、リヴグストは水槽を壊して流れ出た水を消去した。
その横でシルヴァンティスは神狼化を解き、尚も斧槍の矛先をオリキュレールに突き付ける。
「凄い凄い、二人ともやればできるじゃないか。さすがだね、シルヴァン。」
ゲデヒトニスはパチパチ拍手をしながら二人に歩み寄る。
「このまま止めを刺して良いのか?なにか聞きたいことがあるのなら最後の機会だぞ。」
「別に構わないよ。」
「――そうか。」
冷ややかな目で冷酷に頷いたゲデヒトニスを一瞥すると、シルヴァンティスは斧槍をオリキュレールの心臓部に突き刺そうとして垂直に掲げた。
「ククク…クカカカ…」
「!」
もう身体を動かす力は残っていないにも拘わらず、なぜかオリキュレールはケタケタ笑い出す。
「…なにがおかしいの?」
瞬間、ゲデヒトニスは拘束魔法を使い、荊の蔓でオリキュレールを締め上げた。
ヒュッ…ギリリリリッ
既に悲鳴を上げる力さえ残っていないのに、死にゆく者への一切情け容赦のないその行動は、明らかにルーファスと異なる恐ろしさを持っており、シルヴァンティスとリヴグストはゾッと背筋が寒くなった。
「――残念だね、僕はルーファスじゃないんだ。それでもせっかく一思いに殺してあげようと思ったのに、そういう馬鹿にした態度に出られると、なにがおかしいのか知りたくて非人道的魔法で頭の中を弄り回したくなっちゃうな。」
畏怖の念を抱く二人に構わず、ゲデヒトニスはオリキュレールを冷酷に見下ろすと、その外見からは想像も付かない、残忍な言葉を平然と口にする。
「ヒヒヒ…貴様…貴様が獣人族の守護神か…クケケ、これは笑いが止まらぬ。」
オリキュレールはそんなゲデヒトニスを無視して、斧槍を突き付けているシルヴァンティスへ貶むような目を向ける。
「…なに?」
「俺様はここで終わりだが…いずれ貴様ら守護七聖が絶望と悲嘆に暮れ、泣き叫びながら命を落とす日が来るのを…冥界で不死族となってでも楽しみにしている…クカカカカ……カ…」
――全身ずぶ濡れになり拘束魔法で荊の蔓に絞められたまま、ゴバッと口から青い血を吐くとその場でオリキュレールは息絶えた。
「此奴…なぜ最後にシルを見て笑いよった?」
「わからぬ。獣化した我を見たからか…我のことを〝獣人族の守護神〟と言っていたが…」
絶命して横たわる魔族の遺体を見ながら、シルヴァンティスとリヴグストは気味悪そうにして眉を顰める。
「カオスに与する魔族の言葉を真に受けてもいいことはないよ。――魔族の死骸は放置して亜空間が解けた後、このまま守護騎士達に回収させる。それで少しは太陽の希望への妙な嫌疑も晴れるだろう。僕達はシエナ遺跡に戻ろう。」
そう言うとゲデヒトニスはどこからか転移魔法石を取り出して、それを使いシエナ遺跡へシルヴァンティス達を連れて転移した。
――三人がイスマイルの生命維持装置のある最上階へ戻ると、そこには意識のないルーファスと封印から目覚めたイスマイル、そしてログニック・キエスの他に予想外の人物がおり、驚いたゲデヒトニスはもちろんのこと、シルヴァンティスとリヴグストは即座に武器を構えて戦闘態勢に入った。
「貴様、どこから入った!?」
シエナ遺跡の入口はまだ閉ざされており、シルヴァンティス達でさえ転移魔法石を使って戻って来たのに、あり得ないことに、なんとそこにはあの『サイファー・カレーガ』が立っていた。
「シルヴァンティス!リヴグスト…!!」
横たわるルーファスに膝枕をして床に座るイスマイルは、二人を見て涙ぐみながら微笑み、その名を呼んだ。
「「イスマイル!!」」
無事に目を覚ました彼女を見ると、二人はホッと安堵する。
「黒幕と思しき輩は倒せたのですか…?」
「ああ、無論だ。守護騎士にカオスの配下である魔族が紛れ込んでいたのだ。」
「敵は予とシルで倒した、安心致せ。それよりなぜ彼奴がここにおる!?」
「そうだ!遺跡内にヘクロス・アブソーバを仕掛けた張本人だぞ!!」
「落ち着いてください、皆さん。彼にルーファス殿やイスマイル様へ危害を加える気はありません。武器を下ろし、イスマイル様から話をお聞きになってください…!」
ログニック・キエスはそう言うとサイファー・カレーガを庇うようにして三人の前へ立ち、後ろに立つサイファー・カレーガもこれまでとは違って、あのおちゃらけた軽薄な雰囲気ではなく、かなり神妙な態度で俯いている。
そんな彼には、シルヴァンティス達に敵対しようという意思が微塵も感じられなかった。
「…ログニックさんがそう言うのなら話だけは聞こうか。」
ふう、と溜息を吐くとゲデヒトニスは、抜いていたクラウ・ソラスを手元から消して、静かにイスマイルの元へ歩いて行く。
「ありがとう、イスマイル。…ルーファスの様子はどう?」
そのあまりにもルーファスと似た一連の仕草に、イスマイルはもうゲデヒトニスが何者かと言うことは気にせず、ルーファスを案じながら極当たり前に返事をする。
「あまりよろしくありませんわ…意識は戻らず、熱が高くて身体が燃えるように熱いのです。」
「…そう、早くあの診療所に運んだ方がいいね。ルーファスはシルヴァン達に頼んでいただろう?自分がまた気を失ったら、ファーガス医師に身体を診て貰って欲しいって。ルーファスは彼ならこの症状を抑えられるかもしれないと思っているんだ。」
横たわるルーファスの前にしゃがんだゲデヒトニスは、さっきより体調が悪化してしまい、苦しそうに顔を歪めてハアハアと荒く息をしているその顔を、とても心配そうに見つめた。
「ゲデヒトニス、と申したな…そなた、なぜそのようなことまで知っている?」
シルヴァンティスの問いにゲデヒトニスは立ち上がり、ちらりと視線を送ってサイファー・カレーガを気にしながら答えた。
「――そりゃあ僕は、ずっとルーファスの中にいたからね。…と言うより、元々僕はルーファスの一部だったんだ。その僕が外へ出て来たのは、ルーファスを守るための緊急措置なんだよ。」
「緊急措置…!?」
「どういうことでするか、それは…」
「はいはい、色々説明したいのは山々だけど、その前に彼はどうしてここに来たの?…ねえ、カレーガ。」
ゲデヒトニスに名を呼ばれ、カレーガはビクッと身体を揺らす。
「イスマイルから話を聞いてもいいけど、なにか言いたいことがありそうだから、ルーファスの代わりに僕が直接聞いてあげるよ。」
にこっと微笑みながらそう告げるも、ゲデヒトニスの目は微塵も笑っていなかった。
その、恐ろしいまでの威圧感に半ば怯えながら、カレーガはゴクリと喉を鳴らして口を開く。
彼には最初から、ゲデヒトニスがただの少年には見えていない様子だ。
「お、俺は…ルーファス、様が『太陽の希望』というパーティーのリーダーだと聞いて、どうしても確かめたいことがあって…隠された通路と出入り口の存在を知っていたからここまで話をしに来た。こ、これまでのことは謝るよ、俺にも事情があって…」
サイードが時間を戻したことで、フェリューテラ上の全てのものの時間も遡ったはずだが、彼女の言っていた通り、どうやら直前に関わりを持ったカレーガの記憶は消えずに残っているらしい。
「やっぱり覚えているのか…でも、謝って済むようなことだと思っているのかい?カレーガ、君のしたことはルーファスとイスマイルを危険に晒しただけじゃなく、フェリューテラを滅ぼしかねない行いだったんだよ。」
「し、知らなかったんだ…俺は――」
「知らなかった、で済めばいいよね。」
これまでよりもさらに冷たい目を向けて、ゲデヒトニスはぴしゃりとそう言い放った。
「多分ルーファスなら、どんなに気に食わなくても内心では心配していたくらいだから、君の事情を詳しく聞いてどうするかを考えるんだろうけど、僕は違う。ルーファスに話を聞いて欲しいのなら、心から謝罪している態度を見せて、きちんと清い身体になってからにして貰いたいな。」
「…ゲデヒトニス殿、それはどういう…?」
どこまでも厳しいゲデヒトニスの態度に、見かねたログニックが口を挟む。
「そのくらい言われなくてもわかると思うよ。これまでになにをして来たのか、自分の行いを振り返ればね。」
「………」
サイファー・カレーガは押し黙り、下を向いて項垂れた。
「僕の話は終わったよ。シルヴァン、リヴ、ルーファスを連れて早く戻ろう。急いだ方がいい。」
「う、うむ。イスマイル、我がルーファスを抱えよう。」
「わかりましたわ、お願いします。」
「生命維持装置はどうされる?これをこのまま残しては行けませぬぞ。」
「心配は要らぬ、イスマイルがここを去れば自動的に消去されるはずだ。爆発するか塵と化して消え失せるか…どちらかはわからぬが、現代の人目に二度と触れることはない。」
シルヴァンティスは毛布にくるんだルーファスをそっと持ち上げると、大切に抱きかかえて振り返った。
「行くぞ、キエス!そなたも早く来い。」
シルヴァンティスの呼びかけになぜかログニック・キエスはその場を動かず、ゆっくり横に首を振って微笑んだ。
「――申し訳ありません、私はここでお別れ致します。」
「なにを言うのです、ログニック!?」
驚いたイスマイルはログニックの元へ駆け寄り、その手を取った。
「いけません、わたくし達と一緒に行きましょう?ほとぼりが冷めるまでシェナハーン王国を離れるのです。わたくしが思いますに、残ればどんなことになるか想像もつきませんわ…!!」
イスマイルにはわかっていた。国王の目の前でルーファスに加担し、シェナハーン王国のためとは言え、王命に背いてまでこちらに味方をしたログニックがただで済むはずはないことを。
「いいえ、イスマイル様。元より私はガレオン様のお言葉通り、イスマイル様が無事に発たれるのを見送るだけのつもりでおりました。それに私は、どうしてもこのようなことになったお詫びを、一言申し上げたかったのです。そしてそれが叶った今、本来の役目に戻りたく存じます。それに守護騎士に紛れていた魔族を、シルヴァンティス殿とリヴグスト殿が倒してくださったのでしょう。ならばシグルド様はきっと正気に返られるはずです。」
そう告げるとログニックは、国王が誰なのかわからない守護騎士の齎した現映石を見て以降、ルーファス達のことを言い出したらしいと話した。
「つまりあの魔族の仕業で、国王はあんなことをしたとそなたは言いたいのか?」
「仰る通りです。ルーファス殿にもお話ししましたが、元よりシグルド様は穏やかでお優しい方だったのです。それがあのように人が変わってしまわれたのは、外部からなんらかの影響を受けたのではないかと思っておりました。」
「だが…」
シルヴァンティスとリヴグストは顔を見合わせて懸念を示す。
「――それが誤っていた場合、取り返しの付かぬことになるやもしれませぬぞ。予もイスマイルに賛成致す。キエス殿、ぬしは予らと共に来るべきである。」
「お願いよ、ログニック…!」
リヴグストとイスマイルは説得しようとするが、それでもログニック・キエスは首を縦に振らなかった。
「私は幼き頃よりガレオン様にお仕えし、生涯をサヴァン王家に捧げると誓いました。それが己の身可愛さに国を捨て、ルーファス殿の元へ行くとなれば、誰よりも私を信頼してくださっておられたガレオン様を裏切ることになります。ですから私は共に行けません、どうかお許しを。」
「嫌です、どうして…!!」
イスマイルは振り払うことのできない嫌な予感に、動揺してリヴグストに泣きつくと、そのイスマイルの肩をリヴグストがそっと優しく抱きしめる。
辺りは重苦しい雰囲気に包まれた。
「――ルーファスは…」
やがてゲデヒトニスは静かに口を開く。
「ルーファスは、自分達と一緒に来て欲しいと言っても、ログニックさんには忠誠心が残っているから、多分断られるだろうと思っていたよ。そう見越した上で、ほとぼりが冷めるまではどこかに身を隠し、影でシェナハーン王国のために働けるといい。…そんな風に思っていた。」
「…そうですか、ルーファス殿はそのように…」
「だから、僕は引き止めないよ。でももし命の危険を感じたら、その時は一旦身を引いて生き残ることを第一に考えて欲しい。ログニックさんのような人は本当の意味でこの国に必要なんだ。困ったら遠慮なく、ルーファスと僕に助けを求めてくれて構わないから。…そのことだけは、約束してくれるかい?」
ログニックはゲデヒトニスに微笑んで頷いた。
「ありがとうございます。私はシグルド様を信じておりますが、それでもその際は国を捨てるのではなく、別の手段で他所から国のために働くことをお約束致します。…それと彼のことなのですが――」
徐にログニックはサイファー・カレーガを見て話し出す。
「――どうか私に処遇を預けていただけないでしょうか?」
ゲデヒトニスを始め、シルヴァンティスとリヴグストは少し驚いていた。
「…元々彼は自分の行いを反省し、守護騎士に自首をすると言いに来たのですわ。その前にできればルー様と話したい、そう申しておりましたの。」
「へえ…そうだったんだ。それならそうと最初に言えばいいのに。」
イスマイルが庇うように説明し、それを聞いたゲデヒトニスは白けた様子でジト目を向け、俯くカレーガを見やった。
「きちんと裁きを受けて罪を償って来たなら、ルーファスに会わせてあげてもいいよ。連絡手段は覚えているだろう?」
ゲデヒトニスの言葉に、カレーガは俯いたまま頷いた。
「――本人がいいならログニックさんに任せたよ。」
「かしこまりました、ありがとうございます。」
「?」
ありがとう?…なんでお礼を言うのかな、とゲデヒトニスを含めたみんなは首を傾げた。
「ログニック…どうか無事でいてね…!」
「はい。イスマイル様、これまで我が国をお守りくださり、誠にありがとうございました。私が言うことではありませんが、どうかルーファス殿と共にこの世界をよろしくお願い致します。」
――ピシッと背筋を伸ばし、誇らしげに胸を張り、そう言ってログニック・キエスは微笑む。
「…それじゃ、転移するよ。サイード達が待っている。」
ゲデヒトニスは後ろ髪を引かれるようにして、小さく〝さようなら〟と呟くと、転移魔法石を使ってシエナ遺跡を後にした。
――こうして意識を失ったルーファスと、ルーファスの中から現れたゲデヒトニス、そして『無の神魂の宝珠』の封印を無事に解かれたイスマイルと共に、ログニック・キエスを除いた五人でメル・ルークのマロンプレイスへ戻ると、シルヴァンティスとリヴグストは深夜にも拘わらず、その足で意識のないルーファスを抱え、言われたとおり身体を診て貰うためにファーガス診療所へ駆け込んだのだった。
それから数日後――
外見に変化魔法を施して、こっそりシェナハーン王国の様子を見に行ったデウテロンが、ゲデヒトニス達に衝撃的な情報を持ち帰ってくる。
自分の罪を自首したはずの、Sランク級守護者『サイファー・カレーガ』については、まるで彼自身が忽然と消えてしまったかのように、一切なんの情報も出されることはなく、それっきり行方が掴めなくなった。
そして国王を信じていると微笑み、サイファー・カレーガの処遇は任せて欲しいと言ってシエナ遺跡に残った魔法闘士ログニック・キエスは、一部が破壊された国王殿内で主君シグルド・サヴァンを弑そうとした現行犯により断罪され、即座にその場で首を刎ねられたと言う。
こうして誰よりもサヴァン王家を思い、誰よりも王家に忠義を尽くした彼は、約束したゲデヒトニスに助けを求めることもなく最悪の結末を迎えて、シニスフォーラの中央公園に遺体を吊され、その悲しい首も台座上に朽ち果てるまで晒されることになったのだった。
番外編終了です。次回から、ルーファス編は少しお休みとなり、ライ編のスタートです。仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!!