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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
193/272

番外編 ゲデヒトニス

ルーファスがシエナ遺跡で無の神魂の宝珠の封印を解かんとしていた頃、ヘクロス・アブソーバの死亡信号を受け取ったらしき『飼い主』を探しに、シルヴァンとリヴは遺跡の外へ転移魔法石を使って移動しました。ところがそこは大通りのど真ん中で、目の前にいた巡回中の若い下級守護騎士に、思わず一撃を食らわせて気絶させますが…?

          【 番外編 ゲデヒトニス 】



 ――シェナハーン王国、遺跡街アパト。


 その日、守り神信仰と観光の地であるこの街の大通りには、深夜と言うことを除いても国に仕える守護騎士以外、出歩く住人の姿は一人も見かけられなかった。


 現在、国王命令によって封鎖されている街門から、最奥の古代遺跡まで延びるその通りは、各々の武器を装備した各騎士達が決められた範囲を巡回しており、本当に現れるかどうかもわからぬ手配犯の侵入に、厳重な警戒をして備えていた。


 しかし…


「ふああぁ〜…あー、もう勘弁して欲しいよな…街門を封鎖して何日になるよ?地方(くんだ)りから応援でこんなところにまで来させられて、せっかくの観光地だって言うのに店は全部閉まってるし、噂の守り神様には会えないし…来る日も来る日もただただ見回りだけさせられて、本当にそんな連中がここに来るのかよ?」


 下級守護騎士の制服に上半身だけの軽鎧を着けた若い騎士は、右手に長槍を持って退屈そうに欠伸をすると、隣を歩く同年代の同僚にぼやいた。


「気を緩めるな。緊急通信によると叛徒は巨大な竜を召喚し、国王殿とシニスフォーラの一部を破壊した凶悪犯なんだぞ。竜は国王殿付きの守護騎士によって討伐され、それほど大事には至らなかったそうだが…八名の内一名は昏倒していても、残る七名は相当な魔法の使い手だという話だ。」

「ああ、それな…国王殿にかけられた結界を物ともせず、転移魔法であっという間にいなくなったんだろう?それなのにわざわざ戻って来るとは思えないんだよな…第一あのログニック・キエス魔法闘士が、国王陛下を裏切って賊側についたなんて信じられるか?子供の頃からサヴァン王家にお仕えしておられた、忠誠心の塊のような最強の魔法闘士だったんだぞ。」

「だが事実守護騎士の多くは誓約魔法によって麻痺させられ、叛徒の捕縛を邪魔されたそうじゃないか。」

「そうだけどな…でもその叛徒というのも、エヴァンニュ王国では名の知られたSSランク級パーティーだと言うじゃないか。どうしてそんな高位守護者達がそんなことを?正直言って俺はなんだか腑に落ちないんだよ。」

「おまえが腑に落ちなくても、事実は事実だ。ほら、集中しろ。叛徒が現れなくても仕事は仕事なんだか、ら――」


 ――その時、アパトの街を巡回して歩く彼らの背後に、それは突然現れた。


 シュシュンッ


 空間圧縮音と共に、ストッ、スタッ、と石畳に着地する靴音が響く。


「「え…?」」


 その微音と人の気配に振り返った彼らは、見慣れない髪色の屈強な男達を見て驚き、身体を硬直させてしまう。次の瞬間――


「隙あり」


 ――反応する間もなく同時に動いた男達に距離を詰められ、拳による強烈な一撃が鳩尾に入った。


 ドドッ…ドササッ


 下級守護騎士達は軽鎧を身に着けていたが、その攻撃は無防備な状態と同じように直接身体へ響き、声を上げることも出来ず石畳に倒れ伏した。


「ぞ。」


 紺碧のさらさら髪を靡かせ、〝うむ、決まった!〟と言わんばかりのドヤ顔をして己に酔うその男は、締まりのない一語を最後に付ける。

 隣に立つ銀に黒や茶色の混じった斑髪の男は、肩に斧槍を担いで呆れ顔をしながら一瞥すると、構わず辺りを見回した。


「――おいリヴ、どうしてここは大通りのど真ん中なのだ。しかもすぐそこに守護騎士(ガルドナ・エクウェス)の駐屯所が見えるではないか。」


 まるでおまえのせいか、とでも言いたげに貶むような目を向け、斑髪の男は不満げな顔をする。

 瞬間、紺碧髪の美丈夫は目を剥いて切り返した。


「知らぬわ!それは予の台詞ぞ、転移魔法石を使ったのはシル、おぬしであろう!」


 目を剥く紺碧髪の美丈夫はリヴグスト。そして銀の斑髪を持つ屈強な男性は、もちろん、シルヴァンティスだ。

 今のこの二人は、遺跡内で無事に『ヘクロス・アブソーバ』を討伐した後、飼い主に送られたと思われる『死亡信号』の発信に気づいたルーファスによって、一連事件の裏にいると思われる『黒幕』の捜索に出てきたところだ。


「大きな声を出すな、愚か者。…遺跡から随分と離れた、これではヘクロス・アブソーバの飼い主を見つけられないではないか。」


 シルヴァンティスはどうするか考えながら、いつもの癖で首をコキリと鳴らした。それに対しリヴグストは早口で話し、手の平を上に向けて手を出すと催促をする。


「愚か者はおぬしぞ。なんとか戻るしかあるまい、ほれ、ステルスハイドの魔法石を出せ。隠形魔法を使って戻ればあまり事を荒立てずに済むであろうぞ。」

「我は持っておらぬ、そなたが出せ。」

「…なに?予が持っておるはずなかろう。いつもはウェンリーが管理してくれておるのを、その場その場で渡して貰っておるのだ。それ故、転移魔法石もシルが使うのに任せたのだぞ。」

「なんだと?ならばステルスハイドは使えぬではないか。」

「…そうであるな。――で、なぜおぬしは予を責めるような目で見る。まさかこれは予のせいだと言いたいのか?直ちに向かうと言って、所持品も確かめず走り出したのはおぬしであろう。責任転嫁も甚だしいわ。」

「「………」」


 一通りのやり取りで微妙な空気が流れ、二人は黙り込んだ。


 普段ならここで喧嘩という訓練を兼ねた、決着の付かないお遊び勝負となるところだが、さすがにそれは出来ずに間が空いたのだ。


「よそう、悪ふざけはマズい。後でルーファスに怒られるだけでは済まぬことになる。」


 暗黙の了解で二人は互いに苦笑いを浮かべた。


「――仕方あるまい、ここは我が…」

「銀狼になる、などと言うのではなかろうな?確かに移動は早いが、余計大騒ぎになるわ!」

「ぬう…ならばどうしろと――」


 ――呑気にそんな問答をしていると、その時、すぐ近くから耳を劈く警笛が鳴り響いた。


 ピイイイイイーッ


「「!?」」


 ハッとした二人が足元に横たわっていた守護騎士達を見るも既に遅く、彼らの姿は忽然と消えていた。

 至極当然だが、シルヴァンティスとリヴグストは自分達よりも年下の騎士達を殺しておらず、下級とは言え常日頃訓練で鍛えられている彼ら相手に、かなり手加減をしていた。

 そうしてモタモタしている内に守護騎士達は目を覚まし、話しているシルヴァンティス達の目を盗んで離れ、緊急用の笛を吹いたのだ。


「侵入者だーッッ!!!侵入者がここにいるぞーッッ!!!」


 一人が警笛をピーピー鳴らし、もう一人が力の限りに叫んで他の守護騎士達に報せる。深夜の静かな街にその音と声は響き渡り、通りの前方に見えていた駐屯所や通りに面した商店、果ては住人が寝ているはずの民家からまで、多くの守護騎士達が飛び出して来た。


「なぜ商店や民家からまで守護騎士が出てくる…!?」


 予想外の光景に、ここの住人はどこへ行った、シルヴァンティスはそんな疑問を抱いた。


「シル、数が多すぎる…!これはいくらなんでも想定外であるぞ!!」


 若い下級守護騎士の警笛によってあっという間にバタバタと集まって来た守護騎士は、なんと百人を越えていた。

 それを見たリヴグストは、手にしていた棍を直ちに三節棍へ変化させ、対集団戦用に武器を切り替えると、一部の能力値特大上昇と引き換えに別の能力値を大幅に減退して弱体化させる、水属性補助魔法『コンペイセイション』を唱えた。


 ≪予のこの魔法は使いどころが難しく、普段戦闘では全く役に立たないと思うておったが…≫


 リヴグストの使用した魔法は、直ちに自分達の力と攻撃力を大幅に下げ、代わりに防御力と魔法防御力を跳ね上げた。つまり守護騎士への殺傷能力を減らし、自分達の受ける損傷もかなり減らすことが可能なのだ。


 まさかこんなところで役に立つとは、とリヴグストは心の中で呟いた。


 やがてシルヴァンティス達を取り囲む守護騎士の先頭に立つ、隊長らしき制服を着た騎士が二人の前に進み出た。


「――貴様ら、エヴァンニュ王国出身の守護者パーティー、『太陽の希望(ソル・エルピス)』だな?巨大竜召喚及びシニスフォーラと国王殿破壊行為の大罪にて、直ちに捕らえよと国王陛下から勅命が出ている!抵抗すれば処刑も辞さぬ、大人しく従え!!」


 声高にそう叫んだ守護騎士に、シルヴァンティスとリヴグストは目を丸くして顔を見合わせた。


「なにを言っている?巨大竜を召喚したのは国王だぞ。我らは城下町に被害が出ぬよう討伐しただけだ。なぜ我らが国王の仕出かしたことの犯人になっている。」

「…なるほど、読めましたぞ。国王は己が罪を予らになすりつけ、それを名目に叛徒として手配したのであろう。『王家の秘』とやらで自らの城と城下に被害を出したとあらば、民からの批判は避けられぬでしょうからな。」

「なに!?貴様ら、我が国の偉大なるシグルド・サヴァン陛下を愚弄するか!!」


 二人の言葉を聞いた隊長守護騎士は、怒り心頭で巨大竜を倒したのは我が国の守護騎士だと、続けて叫んだ。だが怒っているのは隊長だけで、周囲の部下達はじっと命令を待ち、各々の武器を構えシルヴァンティス達を睨みつけている。


 リヴグストはその様子を龍眼で見ながら、どこかに逃げ出す隙はないかと様子を窺った。


 ≪…完全に囲まれてしもうたな…だが一部の騎士に感情のばらつきが見られよる…あれはどういうわけか?≫


 龍眼に見える魔力の流れから、隊長守護騎士の強い敵対感情に対し、一部の守護騎士からは半信半疑で命令に従っているだけ、と言うような義務的雰囲気も垣間見えた。それを読み取ったリヴグストは首を傾げる。


「貴様貴様と煩いそこの男。では聞くが、我らはなぜこの国に来た?わざわざ魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)を通じて、国王から会談を申し込まれたからであろう。入国した先日から我らは、リーダーと共に守護者として仕事をし、長い間放置されていた高難度依頼を十数件も熟した。この国に危害を加えるつもりであらば、なぜこの国のために魔物を倒す?説明してみせよ!」


 静かで慎重な態度のリヴグストに比べ、シルヴァンティスはピリピリした空気を身に纏って強く言い放つ。

 やってもいない竜召喚と破壊行為の濡れ衣を着せられ、現場を見たわけでもないのに叛徒扱いされることが気に食わないからだった。


 ――千年前、自国を追われた流浪の民でもない限り、他国に来てまで魔物を討伐する人間はいなかった。故に太陽の希望と守護七聖は地元民に頼られ、常にどこへ行っても心の底から感謝されていた。

 それほど徘徊する魔物は凶悪強力で、普通の人間がまともに戦えば簡単に命を落としてしまうほど、危険な存在だったからだ。


 今ほどの力はなく、そんな魔物の脅威を嫌というほど知っていたシルヴァンティスは、現代の弱体化した(※注・シルヴァンティス独自比)魔物でも、脅威であるに違いないことを良くわかっていた。

 ただ現代には、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)という大きな専門組織が世界中にあり、魔物を討伐することを目的とした職に就く数多くの人間がいる。

 そのおかげで魔物を駆除する人間と、軍隊に属する人間相手の治安維持や国防に励む人間がいるのだ。

 それなのに命懸けで魔物と戦う守護者を侮るようなら、やはりルーファスの言葉通りこの国は終わりだな、と彼は内心で思っていた。

 守護結界に守られていたエヴァンニュ王国でさえ、魔物から民間人を守る守護者を敬い馬鹿にする者はまずいなかったからだ。


 案の定、隊長守護騎士はシルヴァンティスの言葉を嘲るように笑う。


「くはは、そんなもの、守護者であれば極当たり前のことだ!魔物を狩るのが貴様ら守護者の収入源なのだ、大方高額な報奨金目当てだったのだろう?当然のことをなにを偉そうに恩着せがましく言うのだ?言い分を考慮する理由にはならん!!」


 ――守護者を馬鹿にしているわけではなさそうだが、当然だと言い切るとは…ならば貴様は、我らでさえ大変な思いをして狩っている特殊変異体(ユニーク)や変異体を、さぞ容易に倒せるのだろうな。


 こんな連中を守る為に受けた依頼で、ウェンリーはあんな病に罹ったのか。そう思うとシルヴァンティスは、段々腹が立ってきた。


 そもそも魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の前身を最初に発足したのは誰だと思っている…貴様ら騎士隊が魔物討伐を守護者に任せ、こうして己の仕事に専念できるのは、誰のおかげだ?

 我が(あるじ)たるルーファスが苦労の末小規模の魔物討伐隊を各地に発足させ、我が親友(とも)ウルル=カンザスが魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)として完全な形になるよう組織したからであろう。


 …いかん、此奴らはなにも知らぬのだ、腹を立てるな。


 シルヴァンティスは自分の怒りと、相手を徹底的にぶちのめしたくなる気持ちを冷静に抑えた。


「ほう…では我らを呼んだのが国王だと言うことはどうする?そなたは知らぬだろうが、わざわざ我らを国王殿内に滞在させ、晩飯には毒こそ入っておらなんだが、代わりに我らを言いなりにさせる魔法が料理にかけられていたのだぞ?」

「な…でたらめを言うな!!国王陛下は疎か、宮勤めの料理人にもそのようなことをする下劣な者は一人もおらぬ!!」


 シルヴァンティスの顳顬辺りで、カチン、という音がした。


「――ならばそなたは、我が嘘を吐いていると言うのだな?」

「それ以外になにがある!?」

「ほう…」


 瞬間、遂にブチ切れたシルヴァンティスは、全身から白銀の闘気を放った。


 ゴッ…


「良い覚悟だ…事の真偽を一切確かめようともせず、この白の守護者たる我を嘘吐き呼ばわりするのだな?くく…」

「おいシル、本気になるでない!弱化してもおぬしが本気でかかれば、洒落にならぬのだぞ…!!」

「黙れリヴ、我は獣人族(ハーフビースト)(おさ)たる者だ。正義誠実を重んじる我が嘘吐き呼ばわりされては我慢ならぬ…!覚悟せよ、守護騎士ども…何百人が相手であろうとも、我が地に伏して立ち上がれなくしてやるわ!!」


 さらりと獣人族(ハーフビースト)であることを口にし、先程まで腹を立てるな、と自分を戒めていたことすら忘れ、シルヴァンティスは斧槍を振り上げ戦闘態勢に入った。


 ――ああ、これはいかん。これはもう、予には止められぬ。…そう察したリヴグストは、溜息を吐いて首を振り、自分も仕方なく三節棍を構える。


 万が一にも死人が出ようものなら、エフィアルティス・ソメイユどころでは済まぬな…とほほ。


「やれやれ、人外の予よりも遥かに虚弱だと言うに…打ち所が悪いなぞの理由で一人も死んでくれるでないぞ。」

「アパト駐屯全守護騎士、勅命により叛徒を捕縛せよ!!これより反抗による処刑も許可する、全員、かかれーッ!!」

「「「はっ!!!」」」


 ――こうして『シルヴァンティス、リヴグスト』(無双状態)対(人外より虚弱)『守護騎士百名以上』の無意味な戦いが始まった。


「笑わせてくれる…我を処刑だと?できるものならやってみよ!!喰らえ、大地激震、地突豪気!!」


 力と攻撃力が著しく低下していることをわかっていたシルヴァンティスは、リヴグストの魔法影響を受けにくい闘気による攻撃を行い、斧槍でズンッと地面を突いた。

 瞬間、地震のような揺れが極狭い範囲を一瞬だけ襲い、続いて得物を伝うシルヴァンティスの豪気が石畳を放射状に駆け抜け、至近距離にいた守護騎士の七、八名を下から薙ぎ倒した。

 突然の見えない衝撃に、彼らは叫び声を上げて引っくり返る。


「ぬ…これでも威力が弱いか。…チッ。」


 行儀悪く極悪人のように、シルヴァンティスは舌打ちをする。


「当たり前ぞ!でなければ死んでしまうわ!!」

「なに、今のは軽い冗談だ。どの程度なら耐えられるか試したまでよ。次は魔法を使うか…我は魔法が苦手な方だが、それでも今度はさすがに耐え切れまい。」

「わー!!やめよやめよ、魔法攻撃なら予がやる!!そなたは加減できまいに!…ええい、こんなはずではなかったに…逆巻く流水よ、予の敵を追い払え!!『アクエ・フルクトゥス(超低威力)』!!」


 ゴッ…


 リヴグストの右手に青い魔法陣が輝き、シルヴァンティスの攻撃に尻込みしていた守護騎士達の足元から大量の水を出現させると、それが渦巻いて十名ほどを空中に持ち上げてしまう。


「げえっ、しし、しまった!!」


 出現した魔法の水に飲まれる守護騎士達は、阿鼻叫喚の悲鳴を上げ続けている。そこかしこから、ぎゃああ、とか、助けて、とか、母ちゃん!!などの絶叫が聞こえ、リヴグストは大いに焦った。


 この国の守護騎士は魔法を使うと聞いておったから、まさか防御魔法も使わずにまともに受けるとは思わなんだ…!!


「わははは、加減できまいと我に言っておきながら、リヴの方が余程えげつないではないか!」


 全身ずぶ濡れになって地面に落下し、溺れかけて気絶して戦闘不能になった守護騎士を見ると、シルヴァンティスは横で笑い出した。


「言うでない!!あれでも今のは超低威力に魔力を絞ったのだぞ!?彼奴らが弱すぎるのだ…っ!!」


 つい正直に〝弱すぎる〟と口にしてしまったリヴグストの言葉に、一斉に周囲の守護騎士達は殺気立った。


「たった二名の叛徒に、これほど大勢の守護騎士が相手では卑怯かと情けなく思ったが…馬鹿にするなよ!!」

「良くわかった、やはり貴様らは守護者とは名ばかりの逆賊だ。こちらが手加減する必要はない…これは実戦と同じだ、全員波状攻撃でかかれっ!!息つく暇も与えるな!!!」


 ――守護騎士の一人が実戦と同じ、そう言った言葉通り、静寂だったアパトの大通りは騎士達の罵声や掛け声、入り乱れた叫び声で宵闇を裂く戦場さながらの喧噪を招いた。

 少し前までは命令に従っているだけ、という感じだった守護騎士の一部も、リヴグストに馬鹿にされたと怒り、殺すつもりで武器を振るう。


 対して次々襲い来る守護騎士に、シルヴァンティスとリヴグストは相手の命を奪わぬようにして戦わなければならなかった。

 それでも実際の戦場を生き抜いた、歴戦の勝者であるシルヴァンティス達に、普通の人間である守護騎士達が敵うはずもない。

 徐々に勢いを削がれ、押し返される守護騎士のどこかから、やがてその異常な声は響いた。


「後衛の魔術士は魔法による攻撃を許可する!!壊れた建物はまた立て直せばいい、あの二人を殺せ!!」


 その聞こえて来た誰かの指示に、驚いたのはシルヴァンティスとリヴグストだ。


「な…」

「よせ!!我らごと街の建物まで破壊するつもりか!?」


 見れば先程の隊長守護騎士にはそんな命令を出した覚えがなく、慌てた様子で「誰だ、今の命令を出したのは!!」と動揺している。


「私は許可を出しておらんぞ!!魔術士による街中での魔法攻撃は騎士法によって禁じられている!!魔法は使うな!!」


 だがそう叫んだ隊長守護騎士の撤回命令は、喧噪に掻き消された。


「これまで守護騎士が魔法攻撃をして来なかったのは、法律で禁じられていたからか…!」

「予らは周囲の建造物を破壊せぬよう、対象から威力まで全て調整可能だが、魔力制御に未熟な者ほど対象を絞ることは出来ぬものぞ。これはまずい、シル!!」


 混乱の中、後方で幾つもの赤い魔法陣が輝く。赤は火属性魔法の魔法陣だ。しかも魔術士と呼ばれる守護騎士の一部は魔力が高めなのか、シルヴァンティスとリヴグストには、中級魔法を発動しようとしているように見えた。


「馬鹿な、本気か…!!」

「防護魔法石は持っておらぬ、負傷は免れぬぞ…っ」

「仕方あるまい、もう逃げられぬ…!」


 ――中級魔法ならもう発動する。逃げるのは間に合わない、と判断したシルヴァンティスとリヴグストだが、なぜか魔法はまだ発動せず、さらに魔法陣は展開されて行く。一般的な普通の魔法は、下級から中級、そして上級の高位魔法へ、詠唱によって魔法陣に呪文字が描かれて行くのだ。


「おい、魔法を詠唱しているのは誰だ!!やめろと言っているのが聞こえんのか!?」


 隊長守護騎士が攻撃の手を止め、背後を振り返ったその時だ。


 ゴオッ


「な…あれは高位火魔法『フレア』ぞ!!こんな街中で…おい、おのれらは早く逃げよ守護騎士!!攻撃に巻き込まれるわ!!」


 巨大な火球が浮かび上がり、周囲の酸素を消費しながら音を立てて猛烈な速さに巨大化して行く。

 普通の人間ではあり得ない魔法威力に、ようやくシルヴァンティスとリヴグストは気がついた。


「敵がいる…守護騎士に紛れ込んでいるぞ、リヴ…!例の飼い主か…!?」

「うむ…失態ぞ、気づくのが遅れた…!」


 ――守護騎士達の人垣で離れた暗がりとなっている奥の方は見えないが、あれほどの高位魔法に魔力を込め続けることのできる常人はいない。

 そう気づいたシルヴァンティスとリヴグストは、例のヘクロス・アブソーバの飼い主は守護騎士の中に紛れ込んでいると気が付いたのだ。


 もしそうなら、これは敵にとってシルヴァンティス達を葬る絶好の機会だった。唯一防護魔法を使えるルーファスはおらず、周囲の守護騎士をシルヴァンティス達には殺すことができない。

 取り囲んでいるのが魔物なら、武器を振り回し薙ぎ倒して討伐しながら向かうこともできるが、濡れ衣を着せられて襲いかかられても、周りにいるのは普通の人間だからだ。


 水魔法で何人かは救えるか?全員は無理そうぞ、だがせめて一部だけでも…


 リヴグストはそう考え、急いで水魔法を唱えようとした。…が、間に合わず強大な火球は魔法陣から放たれてしまった。


 ――万事休すか…!!


 シルヴァンティスは守護騎士達に身を屈めるように叫び、リヴグストは目の前にいた最初に気絶させた下級守護騎士の腕を掴んで引っ張り、その一人だけでも助けようと咄嗟に動いた。


「――させないよ。放たれし魔法よ、消え失せろ!『ディスペル』。」


 キュウウンッ…シュルルッ


 その声と奇妙な音と共に、眼前に迫っていた火球は一瞬で消え失せた。


 恐怖に慄き、頭を抱えて蹲っていた守護騎士達は、なにが起きたのかわからずに周囲を見回す。


「まったく…しょうがないな、シルヴァンとリヴは。守護騎士と戦えなんて言ってなかったと思うけど。」


 だがその声は空から降って来て、シルヴァンティスとリヴグストの名前を呼んだ。

 二人はその口調と話し方から、イスマイルを解放した後のルーファスが来てくれたのかと思い、パッと顔を明るくして上を見る。


「「ルーファ…ス…??」」


 ところが濃紺の星空を背後にして空中に浮かんでいたのは、金色の髪に青緑の瞳の少年だった。


 年令は十三才くらいだろうか。子供らしくない大人びた微笑みに、どこかルーファスを思わせる面影がある。

 シルヴァンティスとリヴグストは、"ルーファスが突然若返って縮んだ" 、そう言われても信じてしまいそうになるくらいだった。


 ポカンと目を丸くする二人の前に現れたこの少年こそ、倒れたルーファスの中から現れ、イスマイルに『ゲデヒトニス』と名乗った子供だった。


「君達の相手は()()()だよ?…ほら、僕に気づいて慌てている。――馬鹿だね…逃がさないよ、『フィロソフィア・ケージ』。」


 空中に浮かぶゲデヒトニスは、右手に金色の魔法陣を光らせると、シルヴァンティス達から見えない場所にいて、尚且つ慌てて逃げようとした守護騎士を、一定範囲に設置した魔法結界に閉じ込めた。


「この魔法は人外でも霊体でも、僕の許可なく外へ出ることは絶対にできない。そしてアパトの街や守護騎士達を巻き込むわけにはいかないから、次元転換を施し、こことは異なる亜空間で戦って貰うよ。」


 ギュワアアアッ


 ゲデヒトニスのその言葉で、シルヴァンティスとリヴグストを含めた、守護騎士の一人とゲデヒトニスの四人は、その辺りに響く不気味な音と共に、様々な色の渦巻く周囲にはなにも存在しない、異空間へと移動したのだった。


「転移魔法…!?」

「違うぞシル、予らは転移などしておらぬ…空間の方が切り替わったのだ…!」

「そう言うことだね。さあ、あの守護騎士の正体が、もうはっきり見えるだろう?」

「「!!」」


 ゲデヒトニスに囚われ強制的に魔法を解かれた守護騎士は、特殊な変身術で人間に化けていた尖った長耳の人ならざる者だった。


「魔族か…!」

「黒き揚羽の翅に雌雄同体の肉体…おぬし『魔蝶族<ティターニア>』だな!?」


 ――魔蝶族<ティターニア>は、頭に二本の触覚と揚羽蝶に似た黒い翅、そして尖った長耳を持つ、遠い祖先は元妖精族だったと言われている魔族だ。

 全身に黒い斑紋のある雌雄同体の人族のような肉体をしており、瞳のない真っ黒い目に様々な色の髪まで持ち、人間に化けると非常に美しい外見に変化する。

 人間を惑わす鱗粉を撒き散らし、耐性のない者にそれを吸わせて狂わせると、最終的にはバリボリ頭から喰らってしまう。

 彼らは人肉を好む暗黒界に棲む魔族の一種だが、魔族の大半は暗黒神についており、その眷属であるカオス七柱(ななはしら)に付き従っていることが多い。


「一介の守護騎士に変装していたみたいだけど、シェナハーン王国を内側から狙っていたのかな?洗いざらい話してから逝った方が身のためだよ。少しは優しい殺し方をしてあげるから。」


 そう告げた後、ゲデヒトニスは「――シルヴァン達が。」となぜか付け加えた。


 魔蝶族<ティターニア>の翅人(しじん)(昆虫翅のある魔族を呼ぶ言葉)はゲデヒトニスの言葉を嘲笑して、嗄れた老人のような声で貶んだ。


『カカカ…カオス七柱(ななはしら)はうぬらの手の届かぬ場所から、既に滅びの楔を幾つも打ち込んでいる。守護七聖主(マスタリオン)がかつての守護七聖を揃えようとも、千年前のようには行かぬと心せよ。うぬらの主がいくら特別な力を手にしようとも、カオス七柱(ななはしら)も同様の力を手に入れている。クカカ…そうだな、守護七聖主(マスタリオン)不思議穴(ヴリームト・ルア)の底で罠に嵌まったことを楽しめたと言っていたか?』


 翅人が口にした予想外の言葉に、シルヴァンティスとリヴグストは驚いた。


「まさかあれは貴様の仕業か!?」

「馬鹿をいうでない、それ程の力があるようには見えぬでないか!!」

「こらこら、二人ともそんな簡単に相手の誘いに乗っちゃだめだよ。こいつはそうやって僕達から情報を引き出そうとしているんだ。――だけど残念だね。君が喋らなければ僕達は情報を得られないけれど、君がもしなにかを得てもカオスの誰かになにも伝えることは出来ないし、この亜空間からは決して逃げられないよ。」


 ――素直に喋ればもう少し生きられたのに…それじゃあそろそろ、終わりにしようか。


 そう言ったゲデヒトニスから笑顔が消える。そして次に少年はその手にどこからか『クラウ・ソラス』を喚び出した。


「それはルーファスのクラウ・ソラス!?なぜそなたが…!!」


 少年は構わず敵である翅人を見て、まるで普段ルーファスがそうするように、戦闘開始の合図を唱えた。


「対魔蝶族<ティターニア>の翅人(しじん)、戦闘フィールド展開。バスターウェポン、エンチャント光属性を付加。シルヴァン、君の属性攻撃はその全てであいつの弱点を突ける。頼りにしているから、()()()()()()頼むよ。」


 にこっと笑顔でそう言ったゲデヒトニスに、思わずシルヴァンティスはつられて返事をしてしまった。


「任せよ、心得た!」


 ――直後ハッと我に返り、少年を凝視する。


「違う、そうではない!さっきから一体…そなたは何者だ!?」

「そうでする…なぜ予らの名を知り事情まで知り、その上にこんなことまで?」

「そんなのは後々(あとあと)。」


 首を振りながらゲデヒトニスは、口にした魔法を次々にその場で発動して行く。


「一応名乗っておくけど、僕は『ゲデヒトニス』だ。それと僕は支援・補助・回復に限りルーファスの使える魔法を全て使えるけれど、攻撃だけは一切できないから翅人を倒すのは二人に任せるよ!よろしくね。」

「「なに!?」」


 ――ではなぜその手にクラウ・ソラスを!?、と困惑している二人を他所に、ゲデヒトニスは翅人による強烈な初撃を、あっさり防護魔法『ディフェンド・ウォール』で防いで見せた。


 その姿を見て、シルヴァンティスとリヴグストはわけがわからないまま、ゲデヒトニスを受け入れることにした。

 二人には少年があまりにもルーファスに似ている気がして、とてもルーファスと関係がないとは思えなかったからだ。


「チイッ、どうなっておるのかさっぱりわからぬが、先に魔族を倒すしかあるまい!!行くぞ、リヴ!!」

「了解ぞ、シル!!」

「そうそう、それでいいんだ。さすがは守護七聖の白と青だね。」


 そう言いながら敵に向かって攻撃を開始したシルヴァンティス達の背中を、少年ゲデヒトニスは目を細めて眺める。


「――暫くの間、少しだけよろしくね。シルヴァンティス、リヴグスト。」






番外編です。次回、仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!花粉症が始まり、鼻がぐじゅぐじゅのくしゃみ連発状態ですが、頑張ります。今年は花粉が来たの早いわ~!(リヴ風)

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