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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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188 時間逆行<クロノ・リバース> 後編

サイファー・カレーガの背後に出現した、夥しい数の霊体に驚き、ルーファスとサイードは思わず後退ります。ところが意外なことに、カレーガは死した人間の霊魂である彼らを、受けて入れているようでした。そこになにか余程の理由があるのだろうと感じたルーファスでしたが、カレーガはルーファス達の目の前で驚くべき行動を行い…?

    【 第百八十八話 時間逆行<クロノ・リバース> 後編 】



 ――夥しい数の霊体に取り憑かれているにも拘わらず、サイファー・カレーガは特に身体に異変を感じている様子はなく、寧ろまた不遜な態度で足を組む。

 これほどの霊魂の集団は初めて見た。さすがにサイードも、俺がサイードを庇うように伸ばしていた左腕に掴まり、俺の影に少し身を隠したほどだ。


 死霊…?いや、違う…霊魂には違いないけど、ルフィルディルのマリーウェザーと同じ…不死族(アンデッド)にはなっていない霊体ばかりだ。

 悪霊化していないから、カレーガの身体に悪影響が出ないのか…?なんにしても…普通じゃないな。


 シエナ遺跡の一階で俺の首を絞めてきた、あのカレーガそっくりの霊体が俺に気づき、また両手を伸ばそうとする。


 あの霊体…幻覚じゃなかったのか。


「おう、やめろ。おまえ達の死に場所…ってもう死んでるけど、そいつはここじゃねえ。あいつに強制的に浄化されたくねえだろ、やめとけ。」


 ――驚いたことに、カレーガは背後の霊体達を受け入れており、まるで大切なものを見るような眼差しを向けると、自分の言うことを聞かせていた。

 それだけでも驚愕したのに、その直後、俺達はカレーガの行動にもっと驚くことになった。


『…ヴ、アア……イファー…サ、イファー…』


 霊体がカレーガの名前を呼んだ…?顔が似ていることと言い、もしかして身内の霊体なのか…?


「はいはい、わかってるよ。マナが欲しいんだろ?…少しだけだぜ、ほれ。」


 そう言うとカレーガは胸元から携帯用のナイフを取り出し、躊躇いもなく自分の腕を傷つけて霊体達に差し出した。


「…!?」

「待て、あんたなにを…!!うわっ!?」


 その腕に、一斉に真っ黒い塊となった霊魂が群がる。――彼らはカレーガの霊力(マナ)を僅かずつ喰らってその存在を維持しているのだ。


「やめろ!!そんなことをしていたら、あんたの生命力はいずれ尽きてしまう!!既に亡くなった霊体(ひと)のために死ぬつもりなのか!?」

「…うるせえな、そう簡単には死なねえから喚くなよ。こいつらだって、俺が死なねえ程度に手加減してる。こうしねえと姿と正気を保っていられねえから分けてやってるんだ。…ああ、もういいぜ()()()、戻って俺の中で眠ってろよ。」

『………』


 ――兄さん…!?


 あの最も前面に出ている霊体は、やっぱり身内なのか…


 道理で顔が似ているわけだ、と納得した。そしてカレーガの言葉に従った霊体の集団は、黒い煙の如く掻き消すようにしていなくなった。


 …なんとなくわかって来たぞ…シエナ遺跡で俺を襲った霊体は、多分この男の差し金じゃない。カレーガの命を削っていることに気づいている霊魂の集団が、自分達の意思で俺の霊力(マナ)を欲しがって来たんだ。

 霊体からしてみれば、俺は生命力そのものの輝く光に見えただろう。だからあの台詞…


 『見つけた』『輝ける命の光』『お前の光を寄越せ』


 ――あの言葉を口にしていたんだ。


 生前の記憶が残ったままなのも、サイファー、と弟の名を呼べるのも、この男が自らの命を削り霊力(マナ)を分け与えているからか…なにか余程の事情があるんだろうけど、同情はするが理解はできない行為だ。


 そんなことをし続けても、亡くなった霊魂に安らぎの訪れる時が遠のくだけなのに。


「…ルーファス。」


 サイードが俺の腕に触れ、時間がもうあまりないことを知らせてくれる。


 ――とりあえず知りたいことは聞き出せた。指示を出していた怪しい男というのが何者なのかわからないままだけど、もうカレーガに用はない。

 後は現在時間に戻ってシルヴァン達と一緒に、イスマイルを助けるのが先決だ。


 だけど…


 俺はもう一度サイファー・カレーガの顔をじっと見た。


「なんだよ?まだ聞きたいことがあんのか?」


 ――最初に会った時から、ずっと引き摺っていた嫌悪感が消えていた。もしかしたらあれは、カレーガに取り憑いている霊魂を感じていたせいだったのかもしれない。それか彼らの方が、カレーガを守っていたか…


 サイードに無礼を働き、こんな事態を招いたこの男に腹は立つし、許せないけど…


「――サイファー・カレーガ。俺はエヴァンニュ王国から来たSランク級守護者でパーティー『太陽の希望(ソル・エルピス)』のリーダー、ルーファス・ラムザウアーだ。」

「…!?」


 俺が名を名乗ると、カレーガは必要以上に驚いているようだった。


「もし今後、おまえに取り憑いているその霊体のことで、なにかどうしようもなく困ることが起きたら…その時は魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)を通じて俺に連絡を寄越すといい。おまえが今後俺達の敵に()()()()()()()、いつでも手を貸してやろう。」

太陽の(ソル・)希望(エルピス)…?」


 俺に言われたことが意外だったのか、なぜか呆然としているカレーガが、この後間違っても俺達のことを守護騎士(ガルドナ・エクウェス)に通報したりしないよう、今度は俺が最高威力にまで高めた睡眠魔法を、明朝には解けるようにかけ強制的に眠らせる。


「…この後どうしますか?」


 寝台に腰かけたまま後ろに倒れて眠りについたカレーガは、今度は(いびき)も掻かずに完全に意識を失っていた。


「彼は詳しく知らないようでしたがカレーガの仕込んだ罠というのが、ヘクロス・アブソーバなのでしょう。壁に仕掛けたということは聞き出せましたから、今ならすぐにそれを破壊するなり回収するなりしておけば、無事に封印を解くことのできた未来へ戻れますね。」

「いや、それじゃ駄目なんだ。このまま俺達が現在時間に戻っても、器のあるイスマイルは魂が同じ時間軸にある本体に戻り助かるが、俺の中に戻るはずの魔力と記憶は恐らく消えたままだ。なぜなら――」

「――今のあなたの中に、失われた魔力と記憶は戻っていないから、ですか?」

「ああ、わかるか?」

「ええ、わかります。ここで過去を変えても、現在に戻るのは今のあなたです。どうやら神魂の宝珠の魔力は、過去変化の影響を受けないようですね。」

「うん、事実としては既に、キー・メダリオンに無の神魂の宝珠は融合してしまっている。ここにいる俺は封印を解いた後の俺だから、封印されていた俺の記憶もそうだけど、魔力は無形エネルギーで、器に収められていなければ時間を移動することはできないんじゃないかな。」

「…なるほど、一理あります。」


 ――そうしてサイードと良く話し合った結果サイードの提案を受け、俺達は現在時間に戻ってすぐ、今度はイスマイルの本体を除くログニックさんを含めたシルヴァン達全員と一緒に、時空神クロノツァイトスの娘であるサイードの特殊能力で、『時間逆行<クロノ・リバース>』という超高位次元時空魔法を使用して貰うことになった。


 その時間逆行(クロノ・リバース)という魔法は、実体であれ精神であれ、俺達の存在だけが過去へ飛ぶ時空転移魔法と異なり、フェリューテラ自体の時間を時の流れに逆らって戻すという、とんでもなく恐ろしい効果を持っている。

 つまり俺達の都合でこの世界そのものの時間を巻き戻すという意味を持ち、それは俺達だけでなく、フェリューテラに存在している全てのものに同様の影響を与えるということでもあった。

 そこには、俺達のこの行動が原因で、一度進んだ時間が逆行してしまい、中には命を落とす者がいたり逆に助かる者が出るなど、全ての生命の持つ運命が大きく変わってしまう可能性がある。

 ただ救いなのは、今が多くの生物の行動している時間外に当たる(特に人だな)、深夜だと言うことぐらいか。


 それでも俺とサイードは、この選択を取った。こうするより他に神魂の宝珠の失われた魔力を取り戻す方法がなかったからだ。

 結局俺も他人のことは言えずに、自分の都合のいいように生きているだけなのかもしれない。

 俺は自分の大切なものを守るために、カオスや暗黒神と戦う道を過去に選んだのだと思う。

 それは現代に当てはめるとウェンリーだったり、ウェンリーの家族だったり、もう会えないヴァハの村長や、俺を息子だと言ってくれたゼルタ叔母さんだったりもするが、結局それも全て俺自身の希望であり、他人に言わせれば俺の勝手な目的だと言われてしまうだろう。


 だから俺は、そのせいで今後起きる歪みには、出来る限りの責任を持つつもりだ。だからと言って、全てを背負えるかどうかはわからないけれど、それでも――



 ――須臾後、俺とサイードは現在時間に戻り、台座上に倒れたままのイスマイルを、放っておけないと言って怒るシルヴァンとリヴを問答無用に従わせると、説明している間もなく強引に、サイードに『クロノ・リバース』を施して貰った。


 サイードが魔法を発動してすぐ、俺達の記憶はそのままに、周囲の景色と俺のキー・メダリオンや、生命維持装置のクリスタル、中で眠っていたイスマイルの本体に無の神魂の宝珠と聖櫃(アーク)などの全てが、まるで現映石の映像を逆再生しているかのように、超高速で巻き戻って行った。


 それは目まぐるしく動く自分達の行動を遡り、シエナ遺跡へ出発前のマロンプレイスの宿の一室まで戻って、ようやく停止したのだった。


 初めて経験する時間逆行に、俺達は全員、船酔いでもしたかのように吐き気に見舞われ、猛烈な気分の悪さが治まるまでの数分間は絶望的に大変だった。


 だがそんな俺達よりも――


「大丈夫か、サイード…」


 クロノ・リバースを終えた直後、力尽きたかのように俺達の前でサイードは倒れ、俺は急いで彼女を抱き上げるとそっと寝台へ運んだ。

 だが彼女はまだやることがあると言って横にはならず、俺はサイードの手を握って寝台脇に跪き、祈るようにして頭を下げた。


「本当にごめん…あなたにこんな負担を強いることになって、本当にすまない。それなのに俺には今、謝ることしか出来ないんだ。」

「いいえ、ルーファス…私が言い出したことです。それより、私の転移魔法でもう一度すぐにあなた達をシエナ遺跡へ送ります。私は時間逆行を(おこな)ったことで暫く動けませんし、『引き金(トリガー)』なので一緒に行くことはできません…ですから、次の機会はないと思ってください。どうか無事に今度こそ、無の神魂の宝珠の封印解除と、元気な姿のイスマイルさんを連れて戻ってください。私はここでプロートン達とあなたの帰りを待っていますから。」

「ああ、約束するよ。もう誰にも邪魔はさせない。…待っていてくれ、サイード。必ずイスマイルを連れて戻るから。」

「はい、約束しましたよ。――ではプロートンとテルツォは下がって。ルーファス達だけをシエナ遺跡に送ります。彼の者ら、我が標穿つ元へと転移せよ!『ヴォレ・ス・デプラセ』!!」


 サイードの転移魔法による魔法陣が、俺達の足下に出現し、俺はサイードの笑顔に見送られて再度、シエナ遺跡に転移した。



「サイード様!?」


 ルーファス達が消えた後、サイードは寝台から滑り落ちて床に倒れ込んでしまう。それに驚き、プロートンとテルツォは助け起こそうとした。


「…大丈夫ですよ、このままで…プロートン、テルツォ…ごめんなさい、あなた達には私達の行動や話の内容がまるでわからないでしょうね…また…後で、ゆっくり…説明しますから…ね…」

「サイード様…!!」


 ルーファスが運んだ寝台上ではなく、固い木の床で倒れ伏し、そのままサイードは深い眠りに落ちて行く。


 ルーファスが無事に封印を解き、イスマイルと一緒に戻って来ることを祈りながら――



 一方、再びシエナ遺跡の、地下一階に設置された転移杭へ戻って来たルーファスは、一度見て回った『古代文字の間』に立ち寄る必要もなく、カレーガの施した罠発動の『引き金(トリガー)』とされたサイードはいないため、ようやく時間に余裕が生まれ、これまでの経緯全てをシルヴァンとリヴ、そしてログニック・キエスに説明することが出来たのだった。



 ――俺からこれまでの事情全てを聞いたシルヴァン達は、とても驚いて暫くの間絶句する。

 それはそうだろう。俺の封印解除が失敗した可能性を考えていただろうし、まさか俺の体内に寄生された生物のせいで、こんなことになったとは思いもしなかったはずだ。


「なんということだ…我とリヴの知らぬところで、まさかそのようなことになっていたとは…」

「申し訳ありませぬ、予とシルは混乱してしまい、あらぬことにイスマイルを置いて行かれるのかと思い違いをしておりました。」

「いや、いいんだ、謝る必要はない。あの状況だとそう思っても無理はなかった。それより今説明した通り、一階のどこかにカレーガの設置した罠があるはずだ。壁に魔法で偽装を施し、暗がりで見つけにくくしてあるらしい。厳重に守護騎士によって守られていたこの中に、どうやってあの男が入れたのか疑問はあるが、そこにいるはずの『ヘクロス・アブソーバ』にくれぐれも寄生されないように注意して、見つけ次第討伐することが第一だ。無色透明で音もせず、殆ど目に見えない生物だが、急ぎここで見えないものの痕跡を可視化する『リペルトゥス』の魔法石を幾つか用意する。これを使って二手に分かれ、なんとしても探し出すんだ。」

「心得た。」

「承知致した。」


 俺は頷くシルヴァンとリヴの横に立つ、ログニックさんに視線を移した。


「予想外の事態に巻き込んですみませんが、あなたにも協力していただきます。イスマイルの命がかかっています、お願いできますね?」


 俺はその場で魔法石を作りながら、彼に話しかける。


「当然です。私でも役に立てるのなら、是非もありません。」

「ありがとう、ログニックさん。――よし、ヘクロス・アブソーバの狙いは俺だ。だから俺は気配に敏感で夜目の利くシルヴァンと動く。リヴは龍眼も使って魔力の流れを追いながら、ログニックさんと行動してくれ。行くぞ!!」


 ――サイードは言っていたが、時間を逆行させたことで俺とサイードに直前で関わったカレーガには、一部の記憶が残る可能性も高いらしい。

 そのせいなのか、今度はカレーガに取り憑いていた霊体は、一階に出ても俺の前に現れなかった。


 カレーガ…あの男、俺にいつか連絡して来るだろうか…?俺が心配することじゃないのかもしれないが、あんなことを続けていたら…そう長くは生きられないぞ。


 さっきは真っ直ぐに上階への階段を目指したため、立ち寄らなかったが、シエナ遺跡の一階は地図で見るよりずっと広かった。


「ここを使っていた学者の荷物でどこも一杯だ。これは探すのも一苦労だな。」

「むう…銀狼化して嗅覚に頼ろうかと思ったが、放置された洗濯物や布団に染みついた人間の匂いで辿れそうにないわ。」

「そもそも相手は無音なんだから無臭なんじゃないか?」

「我の鼻を侮るでないぞ。異質な生物には人に嗅ぎ分けられぬ、異質な匂いがあるものだ。…但し、他の匂いに混ざると嗅ぎ分けるのも困難になるがな。」

「ウェンリーがここにいたら、今の台詞にきっとなにかケチをつけてたぞ。嗅ぎ分けられないんじゃ侮られてもしかたねえじゃん、とかな。」

「言うな、寂しくなる。我はこう見えてウェンリーを気に入っておるからな…あの明るさが傍にないと調子も狂うのだ。」

「…ああ、俺も同感だ。」


 ――雑談をしている場合じゃないのは互いに良くわかっていたが、シルヴァンも俺も頭からイスマイルのことが離れなかった。

 そしてサイードが同行していない以上、もう失敗は許されない。そう思うと余計緊張してしまうのは俺もシルヴァンも一緒だった。


「………」


 見つからない…罠はどこだ?確か俺の左後方から現れたように見えたから、この近くだと思ったのに…


「正確な罠の位置を聞き出しておくべきだったな。」

「問い詰めたのではなかったのか?」

「上手くはぐらかされたんだよ。…と言うか、今思うと場所を忘れたんじゃないかな。だって、どこの部屋もこの荷物だぞ?」

「…うむ、あり得るな。」


 室内にはギッシリと、様々なものが散らばっている。壁に仕掛けたと言うけれど、扉以外の壁はみんな本棚で埋まっていたりしたのだ。


 ――その時だ。


「見つけましたぞ、ルーファス!!罠がありました!!」

「「!!」」


 聞こえて来たリヴの声に、俺達は急いでそこへ駆け付ける。


「リヴ!」

「あそこです、見えますかな?小型の魔法檻に入れられた、無色透明の球体生物がおりまする。周囲の本棚に紛れ、魔法でそう見えるように隠されておりましたぞ。」

「お手柄だ、リヴ。」

「シルに褒められると悪い気はせぬな。」

「二人とも、おしゃべりはそこまでだ。――あれを倒してしまわないと…」


 ――リペルトゥスの魔法を使っても、殆ど見えない…魔法檻を破壊して外に出たら、見失ってしまいそうだ。


「どうやって倒そう?檻から出すのは()した方がいいような気がする。」

「かと言って檻の隙間から刃物を入れるのは難しそうだぞ。少なくとも我の斧槍では無理だ。」

「ふむ…ふと疑問に思いましたが、この生物は魔力を吸収・捕食し、魔法を無効化するのでしたな?…なのになぜ()()()()囚われておるのでしょう?」

「「「………」」」


 リヴの疑問に俺達はシン、と静まり返った。


「も、盲点だな…それはすぐに気づかなかったぞ。」

「私もです。確かにおかしいですね…!」

「――この魔法檻にはなにか秘密があるのかもしれない、分析してみよう。」


 俺はこの浮遊生物のおかげで大変なことになったのに、檻の中でぴよーん、ぴよーん、と無害を装い、呑気に飛び跳ねている『ヘクロス・アブソーバ』を見て複雑な気分になった。


 …黙って浮いていればなんとなく可愛いのに。こんな小さな生物が、あれほどの俺の魔力を一瞬で吸い尽くしたなんて思えないな。


「…おかしいな、分析してみたけど暗黒属性の魔法檻だというだけで、特になんの変哲もないただの檻だぞ。」

「――暗黒属性だというところに理由があるのではないか?」

「此奴は暗黒界生物だと仰いましたな。生育環境の魔力をも食らい尽くしたら、生物は生きて行けませぬ。つまり…」

「暗黒属性の魔法なら、無効化されない…?」


 ――試してみよう。俺はそう言って一瞬だけ可愛いと思ったこの凶悪生物に、騙されちゃいけないと情け容赦なく、暗黒属性の『ヘルダーク・スケアード』という、禍々しい黒い槍で串刺しにする攻撃魔法を使用した。


 ザッ…


 結果は、一撃で即死だった。だが――


「「…!?」」


 それは俺とリヴだけが感じ取れた、消失信号の魔法発信だった。


「感じたか、リヴ…!」

「感じましたぞ、今のは飼い主への存在消失を知らせる、死亡信号ですな…!!」

「遺跡の外にこれの飼い主が来ているんだ。多分それはカレーガじゃなく、カレーガに結晶を渡したり、神魂の宝珠の魔力を奪う計画を持ち掛けた雇い主だ…!!シルヴァン、リヴ!!」

「直ちに向かう!!守護騎士は厄介だが、仕方あるまい…!!」

「守護騎士は予の魔法で追い払いまする。できるだけ殺さずに無力化致しましょうぞ!」

「ああ、頼んだ、二人とも。俺は今度こそ無の神魂の宝珠の封印を解く。イスマイルを必ず解放する、気をつけてくれ!!」

「「心得た!!」」


 ――俺にそう勇ましく返事をすると、二人は各々の武器を手に部屋の外へ駆けて行く。遺跡入口は閉ざされているため扉は開けず、通路で転移魔法石を使って外へと出て行った。

 転移魔法石を使うと一度アパトの街中に出てしまうので、守護騎士(ガルドナ・エクウェス)に見つかるのは間違いないだろうが、ヘクロス・アブソーバの飼い主を見つけることはなにより先決だと俺は判断した。なぜなら、それは恐らく…


「ログニックさん、俺達は最上階へ急ぎます!行きましょう!!」

「はい!」


 俺はログニックさんと一緒に、最上階を目指して階段を駆け上がった。


 十三階まで階段を一気に上るのはキツかったが、外に来ている飼い主が俺達の予想通りなら、邪魔される前に急いで封印を解除しなければならないからだ。


 ――暗黒神が復活するまでは、カオス達も下手に動けない。それを知っていたからこそ、俺達は先を急ぎながらも比較的まだ気持ちには余裕があった。

 だけどカオスは、なにもしていないわけじゃない。手下となる魔族を送り込んだり、配下の魔物を使役したりして、確実に人を死に追いやる策略を実行しているに違いなかった。


 今外にいるのが、カオス七柱(ななはしら)の誰かじゃないことを祈るだけだ。急がないと…!!


 俺は再度、守護七聖主(マスタリオン)の紋章扉を開き、崩れた扉を避けて素早く生命維持装置に駆け寄る。聖櫃(アーク)の前に立ちイスマイルに呼びかけると、すぐに元気な声で返事があった。


 イスマイル、無事か!?


『わたくしは無事です、ルー様…!不思議なことですが、わたくしにも一度封印を解除された記憶が残っていますの。ルー様、なにが起きたのかわかりませんでしたが、わたくしは守護七聖の透ですわ。再びあなた様の御役に立ちとうございます…!』


 イスマイル…そうか、良く言った!すぐに封印を解く、解呪用の画面を出してくれ!


『はい!』


 ――そして俺は、またキー・メダリオンを手に同じ呪文を唱える。


「行くぞ、イスマイル!!『――我、汝を従える(あるじ)なり。我、再び汝の力を欲す。時は満ちたり。我が身より分かたれし無の力よ、今ここに封じられし御魂(みたま)を解き放ち、我が身へ還れ。ネアン・リーベルタス!!』」


 カッ…パアアッ


 手にしたキー・メダリオンと聖櫃が共鳴して震動し、パカッと蓋が開いて無の神魂の宝珠が飛び出して来た。


 ――今度こそ、俺の魔力も記憶も…イスマイルの魂も、誰にも奪わせたりしない…!!


 すぐに目も開けていられないほど眩く輝き出した宝珠は、キー・メダリオン上に移動すると、吸い込まれるように盤面に溶け込んで行った。


 その直後、さっきと同じく俺の身体に巨大な力が一気に流れ込んで来る。


 ドオンッ


「ぐうっ…くっ…ぐあああっ…!!!」


 ――く、苦しい…身体が、内側から物凄い力で引き千切られてしまいそうだ…二回目のせいなのか…?さっきとは比べものにならないほどの負担が来る…だけど耐えろ…!!もう二度と失敗はしない、イスマイルを解放するんだ…!!


 全身が熱を帯び、額がカッと熱くなっている。恐らく今、俺の額にはアハム文字の無を表す記号が出現しているのだろう。俺は過去に戻って眺めた、自分の額を思い出していた。


「『解き放たれし七聖が "無" 、イスマイル・ガラティアに命ず。誓約に従いて長き眠りより目覚め、再び透の守護者となれ…!!』」


 さあ、イスマイル…君の力が必要だ、目を覚ましてくれ…ッ!!!


 全ての呪文を言い終わると同時に、キー・メダリオンに神魂の宝珠が完全に融合して紋章の一部分が光り出す。無属性を示すアハム文字だ。

 そしてイスマイルの本体が眠っていたクリスタルは急速にその輝きを失い、細かい光の粒子となって霧散すると、彼女の身体はまた、ドサンッと音を立て台座に倒れ込んだ。


「イスマイル様!!」


 ログニックさんの駆け寄る靴音とその声が響く。


 だが俺はそこに視線を移す前に急激な意識の低下に襲われ、周囲が瞬く間に暗くなって行った。


 ――あ、あ…駄目だ…意識が…遠のく…待ってくれ、まだイスマイルの無事を…確かめて…いない、のに…


「ルー様…!!」


 その時、遠くに確かに、イスマイル声を聞いたような気がした。




「ルー様…!!」


 ――ルーファスが無事、封印の解除に成功したおかげで、台座上に倒れたイスマイルの本体は、すぐに問題なく目を覚ました。

 歓喜に手を伸ばすログニックを無視して、イスマイルは素早く立ち上がり、目の前で倒れて行くルーファスに物凄い速さで駆け寄った。


 そうして彼女は、ルーファスの頭が固い遺跡の床に叩きつけられる前に、その身体をズササッと滑り込ませてルーファスを守ったのだった。


 イスマイルは意識を失ったルーファスを優しく抱き起こし、涙して安堵する。


「ルー様…お会いしとうございました。ようやくイスマイルは、あなた様の元へ戻ることが出来るのですね…。」


 まるで女神さながらにルーファスを(かいな)に抱くイスマイルへ、ログニックはゆっくりと近付き、二人の前に跪いた。


「イスマイル様、ガレオン様とレイアーナ様が発たれた時ぶりにお会い致します。」

「…ログニック。」

「先ずは我が君主たるシグルド様の行いを、主君に代わり深くお詫び申し上げます。」

「――あなたが謝ることはないのよ。ここを出るとスザナ達に話した時点で、わたくしにはこうなることがわかっていましたから。」

「…本当に、申し訳ありません…!ガレオン様に、あれほどイスマイル様をこの地に縛るようなことがあってはならぬと仰せつかっておりましたのに、私にはどうすることも出来ず…もうお詫びのしようがありません…!!」

「…顔を上げなさい、ログニック。でもあなたはその代わり、こうしてルー様と共に来てくれたではありませんか。もうそれで十分です。」

「…そのお言葉、心より感謝致します。」


 涙ぐむログニックに、イスマイルは優しく微笑んだ。


「それよりルー様のお身体が異常にお熱いの。シルヴァンティスに話は聞いていましたけれど、今度も高熱を出されてしまわれたようだわ、急いでお身体を冷やすものをなにか用意してちょうだい!!それと毛布かなにか掛けるものも…!!」

「は!!直ちにお持ち致します!!」


 イスマイルがルーファスの身体を心配し、二人が慌ただしく動こうとした時だ。


『――その必要はないよ、イスマイル。』

「えっ…?」


 イスマイルの耳に届いたその声は、どこかすぐ近くから聞こえたのに、まだ若い少年のような声で、そこには自分達以外誰もおらず、彼女は辺りをきょろきょろと見回した。


「今の声は…?」

「ええ、私にも聞こえました。…少年のような声だったように思いましたが…」


 いったい、どこから?と二人は顔を見合わせて首を傾げる。するとその直後――


「え!?あ、ルル、ルー様!?」

「イスマイル様!!様子がおかしい、こちらへ!!」


 ――突然ルーファスの全身が金色に光り出し、空中へと浮き上がった。


 慌てたログニックはイスマイルを庇うように下がらせ、横たわったまま目の前に浮くルーファスを警戒した。

 ところがルーファスの身体からは、なにか金色に透けた姿の、少年のような影がむくりと起き上がって来る。次の瞬間――


 目も開けていられないほどの光が、ログニックとイスマイルの目を貫いた。


「ルー様…ルー様!?」

「お下がりください、イスマイル様!!」


 …そうしてその光が収まると、そこには、再び遺跡の冷たい床に仰向けに横たわるルーファスの姿と、その前に立ち、ルーファスを見下ろしている金髪をした少年の後ろ姿が見えた。


「な…子供…いや、少年か!?どこから現れて…」

「待ってログニック!あの少年…ルー様のお顔の面差しがあるわ…」


 こちらに背を向けたまま、振り返るようにしてイスマイル達を見る少年は、髪の色こそ光り輝く金色だが、瞳の色はルーファスと同じ優しげな青緑だった。


「ルー様?あなたはもしかしてルー様なのですか?」


 イスマイルは少年に近付き、そっとその肩に手をかけようとする。おかしなことに彼女は、床にルーファスが横たわっているのを知りながら、少年はルーファスではないかと思っていた。


「――違うよ。…ううん、さっきまでは多分そうだったけど…ルーファスが無理をして壊れそうだったから、僕が外に出て身体への負担を軽減させることにしたんだ。」

「身体の、負担…ではあなたはルー様ではないの?お名前は?」

「…名前?」


 少年はイスマイルの方へくるりと身体ごと振り向き、コテン、と不思議そうな顔で首を傾げた。その急激な動きに全く動揺していないイスマイルに対し、思わずログニックはビクッと身体を大きく揺らす。

 少年はそれを見てログニックに目を細めた。その仕草はどこか子供らしくなく、畏敬の念を抱かずにはいられない、と手を震わせてログニックは恐れる。


「ログニックさん…あなたの反応はとても正直だね。僕が怖い?無理もないよね、普通の人は異質なものを見ると、どうしても恐れてしまう生きものだから。」


 〝たとえそれが救世主と呼ばれた人物に深く関わりのある少年であっても、どうしても怖いんだよね。〟


 ――そう言って少年はクスリと笑った。


「あ。」


 直後少年は、なにかに気づいたように外壁に向かって顔を上げる。


「…守護騎士の数が凄いね…あれはいくらシルヴァン達でも、殺さずに無力化するのは大変だ。それに…〝いる〟よ。…カオスの眷属だ。あれは…魔族、かなぁ。」

「なんですって…!?」

「――イスマイル、君は僕の言葉を信じてシルヴァン達に手を貸してくれる?」

「もちろんですわ。すぐに遺跡の扉を開けて応援に参ります…!」

「ありがとう、君は確かに守護七聖の〝透〟だね。でもまだ目覚めたばかりで危ないから、ちょっと待ってて。僕が行って片付けてくるから。」

「え…いけませんわ、ルー様!!危のうございます!!それに気を失っておられる()()()ルー様をお守りしなくては――!」


 その言葉に、ここから外へ向かおうとしていた少年は、振り返ってにこっと笑顔を見せた。


「僕の名前、思いついたよ。〝ゲデヒトニス〟。ちょっと言い難いけど、覚えておいて。」

「あっ…!!」


 そう告げると『ゲデヒトニス』と名乗った少年は、魔法を使ったわけでもなく掻き消すようにして目の前から姿を消した。


「き、消えた…イスマイル様、あの少年はいったい…?」

「わたくしにもわかりませんわ…でも、『ゲデヒトニス』ですって…?記憶を司る器官の一部を言い表す言葉ですわ…あの子はいったい――」


 胸元に手を当てて目を閉じた後、イスマイルはすとん、と床に座ってまた、横たわるルーファスの身体を抱き起こし、平然として膝枕をしに戻るのだった。





次回、仕上がり次第アップします。

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