表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
189/272

185 シエナ遺跡と暗号文

ウェンリーの様子がおかしくなり、一路メル・ルークのマロンプレイスにあるファーガス診療所を訪れたルーファスは、そこの院長であるマグナイド・ファーガス医師に会い、握手をしようと差し出した手をなぜか取って貰えませんでした。ですが目の前の医師にそれを無視するような印象はなく、事情を聞くと目が見えないことを話されました。驚いたルーファスは…?

        【 第百八十五話 シエナ遺跡と暗号文 】



 当の本人はアパトの様子を見に行ってしまったが、サイードの紹介のような形でウェンリーを診て貰うことになった『ファーガス診療所』の院長先生は、マグナイド・ファーガスという名の青年だった。

 年令は二十二才、濃い茶色の清潔感ある短髪で、縁のない色のついた変わった水晶体が入った眼鏡をかけていた。

 俺達がノックをして室内に入った際は、大きな院長机について書類を読んでいたように見えた。

 おまけに立ち上がって真っ直ぐ俺達の方を見て、優しげな笑顔を向け歩いて来たのだ。


 ――だからまさか、彼の目が見えていないとは思わなかった。


「ああ、すみません…もしかして僕は握手を求められていましたか?良く気づかなくて礼を失してしまうんです。改めて交わし直せればいいんですが、実は理由があって、患者さん以外の手に触れるのは抵抗があるのでどうかご容赦ください。」


 俺達に目が見えないと言うことをはっきり告げたファーガス医師は、眼鏡を外して真横一文字に走る傷跡と閉ざされた目を見せ、申し訳なさそうに恐縮していた。


「いえ、お気になさらず…こちらこそ不躾に伺ってしまい、申し訳ありませんでした。」


 まるで刃物で真横に切られたような傷だな…子供の頃と言ったけれど、なにがあったんだろう。気になるけど親しくもないのにさすがにこれは聞けないか。


「いえいえ、では早速ですがこちらのソファへどうぞ。診療所ですので飲食物は出せませんが、患者さんの容態や治療の説明をさせていただきます。」


 一度外した眼鏡をかけ直し、やはり見えているかのように、応接セットのある場所へ俺達を促す医師に従ってそこへ腰を下ろした。

 ファーガス医師も向かいのソファに腰かける。一度縁に手をかけてから座ったことから、単に日常生活でどこになにがあるかをわかっているだけのようだ。


「先ず目の見えない僕がどうやって診察を行い、治療を施しているのか気にされていると思いますので、そこからお話しします。僕は患者さんの手や足、顔などの身体に触れて情報を読み取る、『接触診察』を行っています。」


 ――ファーガス医師の説明によると、彼は視力を失った際に特殊能力(守護者で言うところの固有技能(スキル)だな)が覚醒し、手で物や生物に触れることでその内部構造や破損箇所、異常が起きているかどうかなどがわかるようになったらしい。

 おまけに指先でなぞれば本などの文字も問題なく読めるそうで、目が見えないのに机上の書類を見ていたのは、どうもそう言うことだったようだ。


「僕は外科的な治療を一切施せませんが、代わりに魔力に関わる奇病や負傷であれば、僕の持つ特殊な治癒魔法とそれを刻んだ魔法石によって治すことができます。マクギャリーさんの病室に大きな駆動機器が置いてあったと思いますが、あれの内部に設置してあるのがその治療用の魔法石なんです。」


 さらに話を聞くと、企業秘密で刻んである魔法紋については教えて貰えなかったが、あの駆動機器は体内から少しずつ魔力を外に吸い出し、内部に混入した異物を取り除いて身体に戻すという、透析という医療技術に似た治療を行うものだということだ。


「マクギャリーさんの魔力に混入していた異物の正確な正体はまだわかりませんが、生きている魔物の体内に存在している一部の変異細胞に酷似した物質でした。僕は過去に変異体の調査をさせられたことがあるので確かです。」

「魔物の変異細胞…!」

「なんと…やはりウェンリーがあのようなことになったのは、あの赤黒い結晶が原因で間違いないようですな。」

「…ああ。」


 一通りファーガス医師からウェンリー命に問題はないことと、今後治療に要する期間や、その間の入院費用などについてまで説明を聞き、その後で俺達は思い当たる原因である、例の赤黒い結晶について話をした。


「――強制的に魔物を引き寄せて集め、変異を促していると思われる結晶、ですか…そんなものがシェナハーン王国の各地に?」

「ええ、そうです。討伐依頼の際に見つけられた物は俺達で破壊していたのですが、その内の一つにウェンリーが手で触れてしまって、そこから放たれていた魔力のようなものを体内に吸収してしまったんです。俺達に思い当たる原因はその位で…」

「断定はできませんが、恐らくその結晶がなんらかの原因でしょうね…できればその物質を調べてみたいのですが、欠片かなにかをお持ちではないですか?」

「残念ですがありません。俺も詳しく調べたくて持ち帰ろうとしたんですが、壊すとその場で消滅してしまうんです。なにかないかと色々考えてみましたが方法は見つからず、結局その場で破壊することしかできませんでした。」

「そうですか…それでは仕方ないですね。もし今後それを入手できたら、その時は僕の元へお持ちいただけると助かります。異物混入症に関しては原因の特定が難しく、その手がかりとなるものがあれば今後の治療にも役立ちますから。」

「わかりました、危険な物でなければできるだけお持ちします。」


 さすがは医師だな…俺だと魔物への影響について調べるのが目的だけど、彼は病気の原因となるものを知りたいんだ。


 この後あの結晶についてわかっていることを詳しく説明し、ファーガス医師からの質問に答えたりして過ごし、気づけば二時間ほどが過ぎた頃、ようやく俺達はウェンリーの病室へ戻った。


 随分と遅かったな、と言ったシルヴァンは真っ先にサイードから連絡があったことを告げ、彼女は既にマロンプレイスに戻っており、ここへは来ずにプロートンと宿で待っていると言っていたらしい。

 そのことから思うに、シルヴァンの言うようにやっぱりサイードはファーガス医師と顔見知りで、あえて会うのを避けているのは確かなように感じる。

 だからと言ってファーガス医師にサイードを知っていますか、などといきなり聞けるはずもなく、事情を知りたいのならサイードに直接尋ねるべきだろう。


 俺とリヴが戻った時病室にいたのはデウテロン達とログニックさんもだが、ログニックさんの方は俺達を待っている間に考える時間ができてしまったようで、終始俯いて酷く暗い顔をしている。

 それからこの病院には通いの看護師がいるそうで、身内が特に付き添う必要はないらしいのだが、話し合いの結果、なにかあったらすぐに俺と連絡が取れるよう、今日はこのままデウテロンが残ることになった。

 明日以降どうするかはサイード達も交えて再度話し合い決めるつもりだ。


「昼食もまだだし大勢であまり長居しても診療所に迷惑だ、俺達はそろそろ出よう。デウテロン、治療が済むまで目は覚まさないそうだけど、ウェンリーを頼むよ。」

「お任せを。なにが起きても俺がウェンリーを守るす!」


 デウテロンはフンス!と鼻息を荒くし、両手の握り拳を左右に構えて意気込む。彼はウェンリーと仲がいいとは思っていたが、見た目以上に心配してくれているようだ。


「いや、なにか起きたら困るんだけど。まあまた明日来るからよろしくな。」


 俺は苦笑いを浮かべてデウテロンの肩を叩き、最後に寝台に横たわるウェンリーの顔を見てから病室を後にした。


「――イスマイルの封印はどうする?」


 診療所の廊下で俺の横を歩きながら、シルヴァンが小声で尋ねる。病室を回る看護師さんと一度だけ擦れ違ったが、静かに歩いていても声は響くので気を使っているのだろう。


「サイードと話し合って決めるけど、日を開けるつもりはない。ウェンリーのことはファーガス医師に任せて大丈夫そうだから、今夜日付の変わる頃には向かいたいところだな。警備は大して変わらないだろうけど、それでもできれば深夜の方がいいだろう。」

「予もその意見に賛成致す。サイード殿に疲れがなければ早々に向かうべきでするな。以降はシェナハーン王国への入国を極力避け、余程の事態が起きぬ限り近付かないことを進言致す。」

「………」


 無理もないが、リヴの言葉にログニックさんは益々項垂れた。


 受付に一言お礼を言って俺達は診療所を出る。午後になって薄曇りは広がり、転移魔法でシェナハーン王国から北へ来たせいか、少し肌寒く感じた。

 俺は頭の地図でマロンプレイスの全体を把握し、サイードが部屋を取ったという宿の場所を探すと、来た時に通って来た石畳の道を大通りに向かって歩き出した。


 一先ずウェンリーは無事に治ると聞いて安心した。安心したけど…


 盲目の医師か…五感を失った後で別の能力が覚醒するというのは稀に聞くけど、手で触れることで様々な情報を読み取れる力というのは初めて聞いた。

 それに〝変異体の調査をさせられた〟とか気になることも口にしていたな…国に資金援助を受けているみたいだけど、医師としての仕事以外になにか強制的にさせられたりするのだとしたら…少し心配だ。


 程なくして前方から、紙袋に入った荷物を抱える若い女性が歩いてくる。メル・ルーク(マロンプレイス)に入ってすぐに気付いたが、この国の人々は魔力によって左右される髪色が様々で、リヴやプロートン達がわざわざ外見を変化魔法で変えなくてもあまり目立たないようだ。

 その証拠にその女性は淡いチェリーピンクの髪色をしており、脇で束ねた水色のリボンがよく似合う、町娘らしい格好をしていた。


 ――この道を歩いてくると言うことは、診療所に行くのかな。


 ふとそんなことを思いつつ、その女性と段々に距離が縮まって行く。すると相手の顔がはっきり見えるくらいの位置まで来た時、突然その女性が俺に気がつきピタリと足を止めた。


「…?」


 なんだろう、と思った次の瞬間、女性はその場に紙袋をドサッと落とし目にウルウル涙を浮かべると、俺に両手を伸ばして抱きついて来た。


「な…!?」


 驚いた俺は、体勢を崩しながらも足を踏ん張り女性を受け止める。


 俺はもちろんだが、一緒にいたシルヴァン達も一瞬のことで呆気に取られ、驚きを隠せない。


「え…ちょっ…君…!?」


 なにがなんだかわからず困惑したが、女性は声も上げずに泣きながら俺の衣服を掴んでしがみ付いていた。


 えっと…なんなんだ、なんだか泣いているし、俺はどうすれば…!?


「ミリリアンさん!?」


 俺達の背後から、看護師の制服を着た中年女性が慌てて駆けて来る。


「マグ先生が心配しているので迎えに来てみたら…どうしたんです?この方達になにか…」


 中年女性の声に顔を上げたその女性は、ただ大きく首を横に振るだけで口をきゅっと結び、なにも答えない。答えないまま、今度は俺を見上げて、まだ涙に泣き濡れた黄緑色の大きな瞳を見開いている。


 二十歳ぐらいに見えるけど、テルツォのようになんだか幼い印象を受ける…外見は違うけど可愛らしい少女みたいだな。

 いったいこの女性は誰なんだ?さっきからじっと目でなにかを訴えられているような気もするけど、困った…


 ここは横でおろおろしている、看護師さんらしきこの女性になんとかして貰うしかないか。


「あの…すみません、この女性(ひと)にいきなり抱きつかれて困っているんですけど…なんとかして貰えませんか?」


 見ず知らずの女性に触れないよう、両手をずっと上げたままでいた俺のその一言で、中年女性は見事なほど真っ青に顔色を変えた。


「まあ、それはすみません!ミリリアンさん、この方達は診療所に御用でいらした方々ですよ、手を放してくださいな!」


 慌てた中年女性に肩を抱かれ、『ミリリアン』と呼ばれた女性は、なぜか困惑顔で首を振り振り俺から手を放す。彼女はなぜかここまで一声も発していなかった。


「申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました。この方はファーガス医師のご家族なんです。話すことができませんので、私が代わりにお詫びしますね。さ、マグ先生がお待ちですよ、帰りましょう。失礼します。」


 中年女性は俺に頭を下げると、まだ俺に手を伸ばして縋るような瞳を向けている女性の手を引いて、診療所へと戻っていった。


 話すことが出来ないって言っていたな。あの女性はファーガス医師の家族だったのか…奥さんならそう言うだろうから、妹さんかな…?


「――驚いて我はなにも出来なかったぞ。知り合い…のはずはなかろうな。」


 まだポカンとした様子でシルヴァンは首を捻る。


「当たり前だ。」

「その割りにはあの女性、なにやらルーファスを縋るような瞳で見ておりましたな。」

「ルーファス殿をどなたかと見間違えたのではありませんか…?」

「はは、そうかもしれないな。」


 俺はログニックさんの言葉を笑い飛ばした。


「むう。」


 直後、テルツォがブスッとして頬を膨らませ、急に俺の腕にしがみ付く。


「テルツォ?」

「行こう、ルー様。サイード様と()()()()()が待ってる。」


 ――お姉ちゃん?…ああ、プロートンのことか。


 いつからプロートンを『お姉ちゃん』と呼ぶようになったのかな、と思いつつ、不貞腐れた顔をして俺の腕を引っ張るテルツォに促され、俺達はまた歩き出すのだった。




 ――その日の深夜、俺達はシェナハーン王国の遺跡街『アパト』にある、古代遺跡へ侵入を開始した。

 マロンプレイスの宿(守護者御用達の宿があった)でサイード達と合流した俺達は、予想通りアパトの警備がさらに厳重になったことを知り、やはり夜が明けてからでは遅いと判断したためだ。

 日付の変わる直前の23時頃、予め頼んでおいた転移杭の設置場所へサイードの転移魔法で直接移動する。

 遺跡街アパトにサイードが用意してくれた『転移杭』は、アパトの宿にある『サイファー・カレーガ』の借りている部屋に一つと、シエナ遺跡の地下に一つの計二箇所だ。


 俺に同行しているのはサイードとシルヴァン、リヴ、ログニックさんの四人で、ウェンリーの病室にいるデウテロンと、プロートン、テルツォはマロンプレイスに残って貰っている。

 テルツォは眠気に勝てず徹夜は出来そうになく、プロートンはサイードに付き合って働き通しだったこともあり、かなり疲れていたので休ませることにしたのだ。

 それとログニックさんだが…本当は今朝のことがあるため彼には宿に残って貰おうかと思ったのだが、封印の解かれた真のイスマイルに一目どうしても会いたいらしく、元々俺と一緒に来たのにはそれが目的だったと明かされたので、連れて来ることにした。


「ここがシエナ遺跡か…」


 どこの古代遺跡も作りは良く似ているが、ここの遺跡も魔力伝導率の高いエラディウムのような素材と鉱石で建造されているようだ。

 この遺跡が()()()()()証拠でもある、青く光る呪文帯が壁に流れ、灯りがなくとも周囲が見えるように照らしてくれている。

 空間認識魔法と広域探査を行わなくても、俺の頭にはいつも通りこの遺跡の地図が表示されていた。


「ここは地下一階ですが、一階からここに通じる階段は、表からわからないよう仕掛けによって意図的に隠されており、私は見つけられましたが知らなければ降りて来られない状態にありました。ですが未発見というわけではなく、階段近くの扉のある部屋に文字の刻まれている壁があり、そこは人が調査に入っている形跡が残されていました。」

「ああ、それはガレオン様とレイアーナ様のみが研究なされていた、『古代文字の間』だと思います。守護七聖主(マスタリオン)と神魂の宝珠のことが暗号によって記されているらしく、他者の目に触れないよう隠し階段の存在はお二方以外誰も知らないのです。」

「ログニックさんもですか?」

「はい、私も知りません。なので地下に来たのはこれが初めてです。なんでも古代文字の間に刻まれているのはフェリューテラの滅びに関する文章で、ガレオン様はまだ完全に解読されていないのだと仰っていました。」


 フェリューテラの滅びに関する…?暗黒神とカオスに関する情報かな。俺になら解読出来るかもしれない。


守護七聖主(マスタリオン)と神魂の宝珠に関しても刻まれているなら、一度見ておいてもいいかな…なんだか気になるんだ。」

「そうですか、では先にそちらへ寄りましょうか。」

「ああ、行こう。」


 照明魔法を使うほどではないため、俺達は壁の呪文帯による青く照らされた光だけで足下に注意しながら歩き出した。

 この遺跡は状態も良く、ルク遺跡のように内部に崩れているような箇所は見当たらない。それに発掘されているのは前面の半分くらいで、後方は小高い山の中に埋もれているような感じだと聞いている。外に出て外観を確認できないのは残念だ。


 因みにもう片方の転移杭設置場所となった、宿の一室の借主である『サイファー・カレーガ』は今、サイードの魅了と継続系睡眠魔法で楽しい夢を見ながら、昏々と眠っているそうだ。


「…聞いておきたいんだけど、サイードは()()()になにをさせるつもりなんだ?」


 遺跡内になにかの気配はなく、俺達の足音と声は良く響く。今頭に見えているのは地下一階の地図だけだが、敵対存在も生物の信号もない。光っているのは目的地を示す黄色の点滅信号だけだった。


 ――黄色の信号が出ているな…サイードから古代文字の間について聞いた後、いきなり出現した。

 俺の自己管理システムは本当、どうなっているのか良くわからない。


 サイードに尋ねた俺の言う〝あの男〟とは言うまでもなく、シェナハーン王国のSランク級守護者である、サイファー・カレーガのことだ。

 サイードは俺に聞かれると思っていた、と言うような顔をし、少し言葉を選ぶようにして口を開いた。


「そうですね…()()()()()自白強要魔法を使って質問の答えを吐かせた時は、あまりにも多くの悪事を働いていたと知り、犯罪者としてアパトを騒がさせて私達の囮にしようと思っていたのですが…日中会いに来た時に、彼にはまだなにか隠していることがありそうで、少々別の手段でも探ってみたのです。…そうしたら思いも寄らない事実を知ってしまったので、実は彼をどうしようかと少し悩んでいて検討中なのですよ。」


 サイードの言う〝えげつない自白強要魔法〟って、どんなんだろう?それに少々、と付いた別の手段とは…?

 なんだか寒気がするな…と内心思いながら敢えてスルーして、俺は話の腰を折らない問いを返した。


「あの男は犯罪者だったのか?」

「……ええ、金のためならなんでもする、数え切れないほどの人間を殺した犯罪者なのだと、そう自分のことを悪し様に言っていました。」


 返事まで少し間があったように思うが、サイードは昨日合流した時と違って、なぜかあの男に対する嫌悪感が消えているみたいだ。


「殺人犯?…気に入らない男だとは思ったけど、さすがに人殺しには見えなかったけどな。」

「それはそうでしょう、実際に手を血で染めたわけではないようですから。金のためになんでもすると言うのは事実のようですが、恐らく彼は直接人を殺したことなどありませんよ。」

「それなのに自分をそんな風に言ったのか…またどうして?」


 サイードは俺があの男のことを〝気に入らない〟と言ったのをわかった上で、性分からつい口にした問いかけに、微笑みながら優しい目を向けていた。


「どうしてでしょうね。…あなたは彼を気に入らないと言っていますが、気になるのなら直接尋ねてみてはどうかしら?案外彼は、あなたが守護七聖主(マスタリオン)であり、かつて太陽の希望(ソル・エルピス)と呼ばれた人物であったことを知れば、自分のことと事情を打ち明けてくるかもしれませんよ。」


 思いがけずサイードにそう返されて、なんだか俺は複雑な気分になる。含みのある言葉で試され、知っているのにわざと答えをはぐらかされているように感じるからだ。


「――サイードは意地悪だな…俺が信用出来ない人間に自分のことを話すわけがないだろう。ここにいるログニックさんにだって、最初は認めなかったぐらいなんだぞ。」

「別にあなたから話す必要はないでしょう。私が言ったのは、人を殺したこともないのに自分を人殺しだという、その理由が気になるのなら尋ねてみれば良いということだけです。」

「…いいよ、もう。あんな男のことは気にしないから。」


 俺はそれ以上サイードに聞かず、ぷいっと顔を背けた。


 サイードが俺の気に入らない男を、どういうわけか気にかけ始めたようで面白くない。

 サイードは俺の仲間だろう?なのにどうして、仲間でもないあんな男を気にかけるんだ。


 少し歩調を早めた俺の後ろで、サイードがくすりと笑っているような気がする。インフィニティアの彼女の自宅で一緒に来るのを認めてから、サイードは時々俺のことを年下扱いか子供扱いしているような気がする。

 これでも俺は最低でも千年以上は生きているんだぞ。…ああでもサイードはフェリューテラ時間に換算すると、もっと長く生きているのか。

 …うん?インフィニティアに時間の概念はないんだよな?あれ、それは無限界域だけだったか?…まあいいか、まさかサイードにフェリューテラ時間にすると本当は今幾つですか、と年令を聞くわけにもいかないし。


「ルーファス、あったぞ。どうやらここが『古代文字の間』のようだ。」


 俺とサイードが話している間に、ログニックさんを連れてリヴと先を歩いていたシルヴァンが、遺跡とは別の素材である木で作られた扉を開け、その中を覗き込んでから俺に言った。


「扉には鍵が付いておりまするが、かけられておらぬようですな。」

「ああ、それは私が解錠したのです。ここだけ鍵がかかっていて気になったものですから。」

「なんだ、鍵を開けたのはサイードか。他に侵入者がいてこじ開けたのかと思ったぞ。」

「すみません、シルヴァン。」


 そんなやり取りの後、俺とログニックさんが先に室内へ入ると、その部屋の正面には確かに文字の刻まれた壁があり、周囲の壁際にはギッシリ本の詰まったいくつかの本棚と対面に置かれた机があって、椅子にかけられたままの衣服や、絨毯の敷かれた床に転がるクッション、広げられたメモ書きの紙に何本もの鉛筆など、そこら中に人のいた形跡が残っていた。


 なるほど、これは確かに地下が未発見のはずはないな。


「まったく…ガレオン様もレイアーナ様も、私がお側にいないとすぐに、こうして本だの筆記用具だのを散らかすんですから。」


 そう言って僅かに目に光るものを滲ませ、ログニックさんは散らかっている床を片付け始める。生前の前国王夫妻を思い出しているのだろう。

 わざわざ片付ける必要はないけど、ここは彼の好きにさせておいた方がいいかな、と思いつつ、俺は文字の書かれた(刻まれた)壁の前に立った。


「………」

「読めるか?ルーファス。我には『守護七聖主(マスタリオン)』と『太陽の希望(ソル・エルピス)』という単語はいくつか見えるが、その他はごちゃごちゃで良く意味がわからぬ。」

「これは古代文字だけであらぬぞ。予も始めて見る創世文字やら見たことのない文字が混ざっておる。サイード殿はどうか?」

「…私には所々に、魔力言語<ヘクセレイコル>が使われているように見えます。」


 三人が首を傾げて話をする中、俺だけは一足先に一心不乱で暗号を読み解こうとしていた。


 ――この壁には、創世文字と魔力言語…そして古代文字と現代文字、それにもう一つ…()()()()()()()()()文字と暗号が使われている。


 つまり…


「みんなが読めないのは当然なんだ。この壁に刻まれた文字は、多分…誰かから俺に宛てた暗号文だと思う。」


 ログニックさんを含めた全員が驚いて目を見開いた。


「ルーファス宛ての?」

「かなり古いもののようですが、誰が書いたものであるかもわかりまするか?」

「いや、まだわからない…ちょっと待っていてくれ、解読してみるから。」

「ルーファス殿にはこの難解な文字列が読めるのですか…」

「…私達は少し離れて静かにしていましょう、ルーファスの邪魔になります。」


 俺が集中している間、四人は俺から離れて各々好きなように待っていてくれた。


 それから少し経って、俺はまるで霧が晴れるかのように、その全文を読み取ることができた。その内容はこうだ。


〖――ルーファスへ。ここに無の神魂の宝珠を見つけたが、新たな情報を得たので記しておく。闇の神魂の宝珠はここより北方のミレトスラハ王国で、王位継承者が戴冠の儀式を行うために必要な "王家の宝" として安置されているようだ。上手く王城に入れてそれを見つけたら、次の暗号文はそこに記しておく。おまえ以外にこれを見つけた人間には、フェリューテラが滅びるという警告に見えるよう細工を施した。もしおまえがここに来られなければ、間違いなくそれは現実のものとなるだろうからだ。だが俺はおまえとの約束を必ず果たす。だからおまえはおまえのやるべきことを果たせ。俺はただそれを願い、これを記しておく。〗


 こ、れは…


 ――それを読んだ直後、俺の頭は真っ白になった。


 解読した暗号文に俺の名前はあっても、肝心な記した者の名前がない。いったい誰がこんな難解な暗号文をここに刻み、尚且つ他の人間には本文がわからないように予言めいた細工を施せると言うんだろう。


 闇の神魂の宝珠はミレトスラハ王国にある、だって…?ネビュラ・ルターシュが封印された神魂の宝珠のことじゃないか。

 だけどミレトスラハ王国は既に滅び、今はエヴァンニュ王国とゲラルド王国の戦場になっている。それにネビュラは最近までエヴァンニュにいた形跡があった。

 どういうことなんだ…俺以外に、誰かが神魂の宝珠を探してくれていた…?俺宛てにこの暗号文が残されていると言うことは、これを刻んだ人は俺のために探してくれていたとしか思えない。それは誰なんだ…約束って、なんだ…!?


「……ファス、ルーファス!!」


 両肩を掴んでゆさゆさと激しく揺さぶるシルヴァンの声で、俺はハッと我に返った。


「どうしたのだ、しっかりせよ、大丈夫か?聞いたことのない言葉で、ひたすら呪文のようなものを唱えていたぞ。我らはあなたがおかしくなったのかと思ったではないか。」

「え…ああ、それはごめん…多分これを解読するのに必要な呪文だったんだと思う。無意識に唱えていたんだな…」

「では解読出来たのですね、どんな内容だったのです?」


 シルヴァンよりもリヴよりも早く、真っ先にそう尋ねて来たのは、意外なことにサイードだった。


 俺はどれをどこまで話すべきか一瞬悩んだ。これには俺の知らない個人的な内容も書かれている。

 誰かと交わした約束というのを思い出せないのに、とてもみんなには全てを話す気になれなかった。


「――ここには闇の神魂の宝珠について書かれている。ミレトスラハ王国の戴冠の儀式に必要な、王家の宝として安置されているようだと…」

「ミレトスラハ王国?それはどこだ。」


 千年前には違う国名だったと思われるだけに、シルヴァンとリヴは首を傾げた。


「二十年以上前に滅んだ、シェナハーン王国同様にエヴァンニュ王国と同盟を結んでいた国だ。その国があった場所は現在、エヴァンニュ王国とゲラルド王国の戦場と化している。」

「なんだと…?」

「待たれよ、それは少しおかしいでござるぞ。そもそもネビュラの神魂の宝珠は、最近までエヴァンニュ王国にあったと思われたであろうぞ。ならばこの暗号文に書かれていることは、相当昔の話ではなかろうか?」

「ああ、俺もそう思う。少なくとも二十年以上は前…この碑文の年代的には、もしかしたらもっと以前かもしれないな。」

「…つまりその『ミレトスラハ王国』が滅びるよりも前に、ここに刻まれたということですね。…キエス魔法闘士、シエナ遺跡が発掘されたのはいつ頃のことなのですか?」

「私が生まれるよりもずっと前の話です。少なくとも五十年は前かと。ですがここまで発掘が進んだのは十数年前からで、それ以前は山に埋もれ、僅かに入口が見えているだけだったと聞き及んでおります。」

「と言うことは、もっと昔に中へ入ることも可能だったのだな。」

「ああ。」

「…それで、これは誰があなた宛てに書いたものだったのですか?」


 サイードの不意を突いた質問に、思わず俺はぐうっと押し黙る。普段こういう鋭い突っ込みをしてくるのはウェンリーの役割だったが、今日はなぜだかサイードが代わりをしている。

 それに釣られてしまい、みんな答えを聞きたがっているように見えた。


 俺は仕方なく、はあ、と溜息を吐いて答えた。


「――わからないんだ。どこにも名前は記されていないし、記憶のない俺に心当たりなんかあるはずもない。だから本当は聞かないで欲しいくらいだったんだけど。」

「闇の神魂の宝珠について書かれていたのだろう?なのに誰からの暗号文なのかわからぬのか。」


 悪気はないんだろうが、追求するようにさらに尋ねたシルヴァンに、わけもなくイラッとした。

 みんなに聞かれるまでもなく、それを一番知りたいのは俺の方なんだ。


「そう言っているだろう。…悪いがこの話はここまでにしてくれないか?俺だってこんな暗号文が残されていたことに混乱しているんだ。ここへ来た目的はイスマイルの封印を解くことなんだし、無の神魂の宝珠を解放すれば、また記憶が戻るかもしれない。ここを見たいと言ったのは俺だけど、今はそっちに集中したいんだ。」

「…承知した。」

「予もわかり申した。」

「ごめんなさい、ルーファス…私が余計なことを聞いてしまいましたね。」


 サイードを責めたつもりはなかったのに、彼女は酷く悲しげな顔をして申し訳なさそうに俺に謝る。


「いや、サイードのせいじゃない。上手く言えないけど…このことはまた今度にしてくれると助かるよ。」

「…わかりました。では上に行きましょうか。入口は完全に閉ざされているので、守護騎士が入って来ることもありません。安心して最上階に向かえるはずですよ。」

「ああ、そうしよう。行こう、みんな。イスマイルが待っている。」


 ――前国王ご夫妻が『古代文字の間』と呼んでいた部屋を後にし、俺達は仕掛けによって隠されていた階段を上ると、一階の通路に出る。

 ここは一階でもかなり奥まったところにあり、一見壁のように見える突き当たりの一角が、扉のように横に動いて階段が現れるようになっていた。


 遺跡の入口は…もっと西の方角か。上階への階段は北西にあるみたいだな。


 頭の地図で確認し、そう思いながら歩き出そうとした時だ。突然サイードがなにかに気づいて俺に叫んだ。


「待ってください、ルーファス!遺跡の中が…なにかおかしいです!!」


 その声に後ろにいたサイードを振り返るまでもなく、すぐに俺も異変に気付いた。呪文帯の光が鈍く地下ほどの明るさがなく、薄暗かったために気づくのは遅れたが、周囲の空気が明らかに普通じゃなかったのだ。


「なんだこれは…みんな気をつけろ、遺跡内の空気がおかしい!!」


 毒とか瘴気が漂っているわけじゃない…地下一階ではなにもおかしなところはなかったのに、いきなりどうして…!


 空気が歪んでいるというか、澱んでいるというか…肌に纏わり付くような、ねっとりとしたものが漂い気分が悪くなってくる。


 ゆらゆらと身体が揺れているようなこの感じ…覚えがある。カラミティの封印が解けた直後のルク遺跡で、俺が過去に飛ばされた時と同じ…時間と空間が歪んでいるような、あの時と同じ感覚だ。


 まさかまた、どこか過去に飛ばされるのか…?ここにはサイードを含め、ログニックさんもシルヴァン達もいるのに…っ

 そうだ、せめてみんなを地下一階に引き返させることができれば――!


 そう思い、クラクラ眩暈に襲われながら振り返ると、いつの間にか俺以外のみんなは気を失ってその場に倒れていた。


「サイード…シルヴァン、リヴ…ログニックさん…っ」


 遅かった…!!


 ――以前ならこの後強烈な耳鳴りに襲われ、強制的に過去へ飛ばされていたところだろう。そして気づくとそこはラファイエのいた光神の神殿で…


 だが今回は俺が過去に飛ばされることはなかった。その代わりに…


『…見つけた…(見つけた…)ようやく…(ようやく…)』


 遠くなったり近くなったりして、木霊するように繰り返す、男だか女だかも良くわからない不気味な声が響いてきた。


『…間違いない…(間違いない…)金と銀の光が見える…(見える…)』


 ――金と銀の光?…それはもしかして、俺の生命光のことを言っているのか…!?


「いったい誰だ!!この異変はおまえの仕業か!?」


 歪んだ視界の中、俺はどうにか見えない声の主にそう問いかけた。すると――


 遺跡の壁があったはずの場所からじわりと湧き出すように、真っ白い影が姿を見せた。病的に血の気のない、異常に白い顔をした貴族が着るような衣服を着た男だった。だが俺はその男の顔を知っていた。


「な…お、おまえは…サイファー・カレーガ…っ!!!」


 そこにはまるで死霊(スペクター)幽霊(ゴースト)かと思うような、とても生きているようには見えない、あの不愉快な男が立っていたのだった。




 

次回、仕上がり次第アップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ