180 王都シニスフォーラへ ④
引き続き討伐依頼を熟すルーファス達は、残る変異体討伐に力を合わせて協力しますが…
【 第百八十話 王都シニスフォーラへ ④ 】
「上空に飛び交う敵よ、重力に潰され落ちよ!!『グラビティ・フォール』!!」
ギュオオオオオ…キュルルル…
俺の右手に白と金色の魔法陣が輝き、それと同じものが戦闘領域の上空に描かれて行く。直後そこから黒い球体が出現し、それは周囲の敵を強烈に吸い寄せながらゆっくりと落下し始めた。
ブンブンと耳障りな羽音を立て滞空していた魔物達は慌てふためき、隔離結界の外へと必死に逃れようとするも俺の魔法からは逃げられない。
やがて黒い球体はそれらを押し潰すようにして地面すれすれまで降りて来ると、為す術もなく躯体をへし折られた変異体と数多の通常体は、「待ってました〜!!」と言いながら投げつけられた、ウェンリーの炎渦石『フラムストローム』の餌食となった。
「討伐対象が落ちたぞ!!変異体の翅から攻撃して二度と空を飛ばすな!!」
「心得た!!」
「お任せを!!氷の杭にて地に縫い止めよ!!『アイススパイク』!!」
まだフラムストロームの炎が残っている内に、リヴの魔法によって降り注ぐ氷の杭が容赦なく魔物に襲いかかる。
ズガガガガガガンッ
「喰らえ!!天雷豪旋撃!!」
「まだまだあ!!うりゃあ、炎を巻き込め炎旋刃!!」
シルヴァンは雷を伴った斧槍を真横に回転させながら、飛び立てない変異体ごと通常体を木っ端微塵に切り刻んで行く。ウェンリーはその少し後ろから、外周に沿って残っている魔物を、火魔法の残り火を纏ったエアスピナーで攻撃した。
――この戦闘を始めたのは、今から二十分ほど前のことだ。
依頼票の情報に従って『ボスケ湿地帯』に入った俺達は、泥濘みに動きが鈍らないよう『エアフロート・ウォーカー』という浮遊魔法を使い、高速で討伐対象のいるこの場所へとやって来た。
これまでにも各地で戦って来たように、魔物の『変異体』は必ず同種の通常体を集めて強制的に従わせているため、当然、次の依頼対象『アントガスター・シーボリティ』もそれらを引き連れていることはわかっていた。
だがここもグランバイデスと同じく俺の予想以上の大群で、迂闊に近寄るわけにも行かず、一旦は慎重にならざるを得なかった。
その数、ざっと二百体以上。蜻蛉型魔物は決まった巣を持たず、まず集団行動は取らないのだが、かなり遠くからでも工場地帯の騒音のような羽音が聞こえ、翅を含めた体長約六十センチほどの通常体がまあ、わんさかわんさかブンブン飛び回っていたのだ。
それは靄に煙る薄曇りの空に、蚊柱のような黒い竜巻状の影となって、わざわざ近くまで行かなくても、すぐに居場所を確認することが出来たほどだ。
そして今度も俺達は事前にしっかりと作戦を立て、討伐対象の変異体と共に集められた通常体も一体残らず倒すことにした。
それと言うのも、この場所を表示していた俺の地図上に、また『紫色の点滅信号』が現れていたからだ。
本来強制的に集められた通常体はこの湿地帯全域に散らばっているはずで、それを指揮する変異体さえ倒してしまえば、あっという間に散って行く。
さすがにこれほどの数が集まっていると、通常体を放置して変異体を狙うというのはかなり難しいが、それでもなにも全てを倒さなければいけないというわけじゃなかった。
だがここにも空腹状態の通常体の中に何体か変異しかけているものがおり、放っておけばすぐにまた同じことになるとわかり切っている。
そうして俺は、魔物が一定の高度までしか上がれないように、蓋付きの隔離結界を施してそれを維持しながら、みんなの補助と魔法による攻撃で戦闘に参加していたというわけだ。
「へああ〜、やあっと終わったぁ。」
湿地帯の三十分ほどの移動で、すっかり浮遊移動に慣れたらしいウェンリーは、地面から浮き上がったまま器用にしゃがんで脱力している。
「こんなんがまだあと二件もあんのかよ〜…」
「まあ文句を言っても構わないけど、明日はこの倍の仕事を受けるつもりだから、今から覚悟しておいてくれよ。」
「げげっ!!マジか。」
〝倍って…八件!?〟と横にいるシルヴァンに聞くウェンリーを尻目に、俺は紫色の点滅信号が光る、このエリアの中心にリヴと向かった。
「――ありましたぞ、ルーファス。先程の結晶とはこれのことですかな?」
リヴの指差す地面には、濁った水の中で尖った先端だけが見えている、あの『赤黒い結晶』が赤紫の光を放っていた。
「ああ、それだ。…リヴの龍眼なら見えるだろう?ここも大地と水、それと…大気中からもだな、魔力を吸収した後になにか変質したものを加えてから放出しているだろう。」
「ふむ…確かにそのように見えまする。…見た感じ放たれている魔力に特段悪いものはなさそうでするが…」
「…そうだな、俺にも普通の魔力にしか見えない。だからこの結晶を詳しく調べたいんだけど、欠片を持ち帰るのになにかいい方法はないか?」
俺とリヴは浮遊した状態でその場にしゃがむと、結晶に顔を近付けてそれを覗き込んだ。
「なになに、ルーファスが言ってたのってそれ?」
ウェンリーとシルヴァンも来ると、屈んで上から一緒に覗き込む。
「砕くと溶けるように消えてしまうのでしたな?ならばこのまま隔離措置を施して、丸ごと持ち帰るのでは如何ですかな。」
「いや、それはやめた方がいいと思うんだ。欠片ならともかく、持っているだけで延々魔力を吸い取られそうだし、もしこれ自体になんらかの仕掛けがあって、俺の強力な魔力を変質されて放たれたら、魔物が変異するくらいじゃ済まないような気がするんだ。」
俺がそう言った瞬間、リヴとシルヴァンがサッと青ざめた。
「お、恐ろしいことを仰るな…」
「変異で済まぬのならなにが起こると言うのだ?」
「さあな…それがわかるなら調べる必要なんてないじゃないか。」
「ふうん…確か触ろうとすると弾かれるんだっけ?」
俺の横に片膝を立ててしゃがんだウェンリーが、そう言った直後止める間もなく結晶に手を伸ばした。
「ばっ…ウェンリー!!」
慌ててその手を掴もうとしたが時既に遅く、なぜか防護雷に弾かれることのなかったウェンリーの手が結晶に触れた瞬間、異変が起こる。
赤紫の光がぶわっと一際強く輝いて、真眼で見えていた結晶の魔力が、一瞬でウェンリーの手に吸い込まれてしまった。
「「「ウェンリー!!!」」」
焦った俺達は急いでウェンリーを引き離すも、そこに残された結晶は光を失い、後には力を失ったかのような抜け殻だけが残されていた。
「なにが起きた!?身体は大丈夫か!?気分は!!」
「や、平気…びっくりしたけどなんともねえし。」
「本当か!?」
俺は急いでウェンリーの身体に異常がないか、真眼ですぐに調べてみた。だが特におかしなところはなく、手から吸い込まれた魔力がいったいどこに行ったのかさえもまるでわからなかった。
「…確かにどこにも異常はないか。リヴ、念のためおまえの龍眼でも見て貰えるか?」
「ご安心を、既に見ておりまする。…ですが魔力の乱れも起きておりませぬし、状態もなんら普段と変わりなきようですぞ。」
「そうか…だとしたら人には無害だったのかな。でも俺が触ろうとした時は防護雷に弾かれたのに、どうしてウェンリーは直接触ることができたんだろう…?」
ウェンリーに魔力を吸収されたせいなのか、地図上の紫信号は既に消えている。俺は光の消えた結晶を再度アナライズで調べてみたが、やっぱりなにもわからないままだ。
「ウェンリーが触れた理由はわからぬが、一応医者に診て貰った方が良いかもしれぬ。」
「はあ?なに言ってんだよ、ルーファスの真眼とリヴの龍眼で見てもなんともねえのに必要ねえだろ。第一俺にはアテナの腕輪があるんだから、命に関わるような危害は加えられねえって。」
「……それもそうか…」
ウェンリーの言う通り、アテナがウェンリーのために作った三連輪の腕輪は、非常に優秀な特殊装身具だ。
そのおかげで俺自身、心底その効果に感謝することも少なくなかったが、ウェンリーは入浴中でさえ腕から外すのを嫌がり、未だに俺にはなんの効果があるのかを詳しく調べさせてくれなかった。
ただそれでも、少なくとも直接ウェンリーの生命に関わるような損傷は、完全に無効化してくれるとわかっている。
その後今日はここでもうパスラ街道に引き返して、次の街『フスクス』へ向かうかどうかを話し合ったが、ウェンリーはなんともないと言い張り、なにか少しでも異常を感じたら即ここから出ることにして、暫くはこのまま様子を見ることになった。
そして光を失った結晶は、調べるために持ち帰ろうと地面から掘り出すと、壊してもいないのに結局それはまた、溶けるように崩れて消えてしまった。
――まあそんなわけで大型の蜻蛉型魔物、『アントガスター・シーボリティ』の変異体討伐を終えた俺達は、予定通りここから今度は西の方向にいるという、爬虫類系鰐型魔物『バタルクルクシュカ』の特殊変異体討伐に向かうことにしたのだった。
二つ目の討伐場所からまた浮遊魔法で高速移動中、シルヴァンが俺に例の『白い点滅信号』の対象者達について、今はどの辺りにいるのかと尋ねて来る。
俺は移動しながら広域地図を展開し、ハス森林から続く湿地帯全域を見てみた。
「近くにはいないな…もしかしたら、残り二箇所のどちらかで待ち伏せされるかもしれない。思うんだけど、あの結晶を仕掛けているのも、ひょっとしたらこの連中の可能性が少しあるかもしれないな。」
ハス森林で後を追って来ていた五名の不審者は、俺から遠く離れた場所にいて信号の表示外なのかどこにも見えない。地図上に点滅しているのは、比較的近くにいる魔物の存在を示す赤い信号だけだ。
「…なぜそう思う?」
「あの結晶に、俺が触れなくてウェンリーが触れたからだよ。だから普通の人間になら運ぶことができるんじゃないかって、ちょっと思った。」
「なあなあ、もしかしてそれって俺のおかげ?」
俺とシルヴァンの話ににんまり顔でそう言ったウェンリーを、怒りを込めてギロリと睨む。
「おまえは俺が未知の物体だと言ったにも関わらず、警戒もせずいきなり手を伸ばしたことを猛省しろ。これでも俺は怒っているんだからな。次に同じことをしたら、エフィアルティス・ソメイユで俺が見て来たターラ叔母さんのおまえへのお説教を、十年分百回繰り返して見せるからな。」
「げえっ!!それは勘弁してッ!!」
「くふふふ…なんとウェンリーの恐怖対象は母御殿か。予の蜘蛛とシルのフンコロガシの方が、恥ずかしくなくてまだマシに思えますな〜。」
いや、それは違うぞリヴ。ウェンリーがなによりも苦手でこの世で最も怖いのは、やっぱり幽霊お化けの類いだ。――俺は心の中でそう呟いた。
「なんだとぉ、リヴ、このやろっ!!」
「むほほほほっ」
怒ったウェンリーが逃げるリヴを追い回す。浮遊状態でウェンリーはリヴを捕まえようとするが、リヴは素早くウェンリーの攻撃をひょいひょい躱して避けまくった。あれはあれで案外なにかの訓練になっているのかもしれない。
「俺達は遊びに来ているんじゃないんだけどな…二人とも浮遊してるのを忘れるなよ?勢い余ると転んでも止まらないからな。」
見知らぬ国にいて数多くの魔物が彷徨く中、俺達はあまり緊張感もなく進んでおり、少し呑気にしすぎかなと、この時の俺はそんな思いが頭を過っていた。
しかしここまでの気の緩みは、次の討伐対象のいる現場に辿り着いた途端、一気に吹っ飛んだ。
「――…でっけえ…何メートルあるんだ、あれ…」
俺の横でウェンリーが、緊張からゴクリと喉を鳴らす。同じようにしてその先を見るシルヴァンとリヴも険しい顔をしていた。加えて俺も同様だ。
魔物の縄張りに入る前に『ステルスハイド』をかけ、やけに静かだったそこへ慎重に近付くと、水辺に討伐対象である『バタルクルクシュカ』の特殊変異体が一体、まるで細長い岩のように寝そべっていた。
大きさは尾の長さも含め、優に十二メートルはある。その上体重を支えるための太く折れ曲がった四肢には、鋭い鎌のような刃が外側に向かって付いていた。
頭から背中にかけてはずらっと並ぶ硬質化した無数の棘があり、閉じた長い口から鋭利な牙が覗いている。
鰐型魔物の通常攻撃である躯体を転がしての回転攻撃などは、あの棘のある全身で喰らってしまえば一溜まりもないだろう。
だが俺が顔を顰めているのはそこじゃない。
特殊変異体がお供に連れているのは、数多の通常体ではなく二体の変異体だったからだ。しかもその変異体は異常なほどの興奮状態で瘴気を発し、目が真っ赤にギラギラと光っていた。
「――あんな様子の変異体は見たことがないな…まるで初めから激昂化状態にあるみたいだ。」
「うむ。その上呑気に寝ている特殊変異体に対して、長い間まともに食っていないような飢餓状態にあるようだな。…あれでは命の危険を感じて激昂化しても不思議はない。」
「傍らに通常体の姿が見えぬのは、もしや特殊変異体が食い尽くしたからではなかろうか?眠っているのは満腹で動けぬせいやもしれぬ。飢えた魔物は良く共食いするであろう。」
「うん…」
――また俺の地図に紫色の点滅信号が現れている…ということは、ここにもあの赤黒い結晶があるのか。
この信号の指し示す意味とはなんなんだ?窓口で受付嬢に聞いた話となにか関係があるのか?もしかしたら俺は、なにか重要なことを見落としているのかもしれない…あれを討伐するのはもちろんだけど、少し落ち着いてこれまでの状況を振り返ってみた方が良さそうだ。
俺はその場でこれまでのことを詳細に思い出してみた。
グランバイデスの巣にいたのは、変異体が一体と250体もの通常体だった。その内の何体かは変異しかけていたが、そうなる前に俺達の手で一体残らず倒し切った。
そして変異体がいたと思われる巣の中には赤黒い結晶があり、なにか変質したものと一緒に魔力を放っていた。
次にアントガスター・シーボリティだが、蜻蛉型魔物は普段決まった場所に巣や縄張りを持たないはずだ。それなのに一箇所に集まって変異体を囲む様にグルグルと同じ場所を飛び回り、それらを倒した後には水中に埋もれた同様の結晶が見つかった。
――共通しているのは赤黒い結晶と空腹状態の魔物か…依頼票の情報から長期間変異体が討伐されないままだったのはわかっているが、もしかして変異体が通常体を集めたのではなく、集められた通常体の中から変異体が生まれてあの状態になったのか?
…だとしたら、集められた魔物はなにも食わないままあの場にいて、そこから離れられずに飢餓状態へと陥って行く。
そこにあの赤黒い結晶から放たれた、なんらかの変質した物質と共にその魔力に晒され続けていたら…どうなる?
魔物についてはいつ、どこから現れたとか、なぜ普通の生物が魔物になるのかはわかっておらず、あくまでも俺の仮定での話だが、その場にいる通常体が同じ時期に一斉に変異し、やがて空腹から共食いを始めたとして…最後に残った個体が特殊変異体となる可能性も考えられるかもしれない。
さらにそうなってもまだ飢餓状態になるまでそこから離れられなければ、なにかの切っ掛けで解放された途端に、形振り構わず餌を求めることだろう。
そうなれば真っ先に狙われるのは――人間だ。
限界まで飢餓状態になった特殊変異体は、そこにいる激昂化した変異体のように生半可な凶暴さではないだろう。
恐らく、Sランク級守護者であっても倒すのはかなり難しくなる。…もしそれがこの赤黒い結晶を置いた誰かの狙いだったとしたら…?
――俺の考え過ぎだろうか。
…いや、自分の勘は信じるべきだ。俺は普通の人間ではないのだから。
「…嫌な予感がする。シルヴァン、今すぐ転移魔法石を使ってバセオラ村に行き、フェルナンドに伝言を頼めないか?」
「構わぬが…帰りはどうする?ピエールヴィに戻ってからでは、銀狼化した我の足でも戻るのに時間がかかり過ぎる。」
「大丈夫だ、サイードに教わった『転移杭』を今からここに打つ。それと同じものを転移魔法石に記すことで、ちゃんと戻って来られるから。」
「へえ…それって街の定点とかじゃなくっても、転移魔法石で移動できるようになるってこと?」
ウェンリーの言う街の『定点』とは、転移系魔法で移動する際に予め決められた出口となる場所のことだ。前に転移魔法について説明をした、世界を一枚の紙に見立てた時の、点のことだと思えばいい。
それは街全体を含んだ一定範囲の地域となり、俺達はその『定点』を通過し、自分達の魔力を自動登録することで、その場所への転移を可能にしているという絡繰りがある。
それはその場所に、識別魔法を伴う共通の転移杭を打った転移魔法の施術者によるものが大きく、俺達が使っている『転移魔法石』は、黒鳥族の長である『ウルル=カンザス』さんが作ってくれた物を利用していることに理由がある。
それ故に一度でも行ったことのある街でなければ転移できないし、街以外の場所に任意で移動するには、自分達でそこに目印となる杭を打つ必要があるのだ。
俺は今までその方法を知らなかった(例によって習得している魔法が暗転していた)のだが、今回シェナハーン王国の国王に名指しで呼び出されたことから、サイードが念のために覚えておいた方がいいと事前に教えてくれ、転移杭の魔法を使えるようにしておいたのだ。
「ああ、そうだ。但し一度でも行ったことのある場所でなければ行けないのは、転移系の魔法と一緒だ。」
俺はウェンリーにそう返事をすると、早速この場所に『リーピングパイル』という魔法を施し、持っていた転移魔法石の一つに同じ転移杭の標を刻んだ。
「シルヴァン、フェルナンドに会ったらバセオラ村周辺の魔物の巣に、赤黒い結晶が置かれていないか確認して貰い、見つけたらすぐに破壊するよう伝えて欲しい。今後は定期的に見回って、見つけ次第即壊すように言うことも忘れないでくれ。」
「――心得た。戻ったらその理由も聞かせてくれるのだろうな?」
「ああ。まだ推測段階に過ぎないけれど、俺の勘が当たっていると大惨事になるかもしれないから、先にできることはしておくことにする。特殊変異体の討伐はおまえが戻るまで待っているから、帰りは必ずこの転移魔法石を使え。」
シルヴァンは俺にこくりと頷くと、渡したのとは別の転移魔法石を使ってすぐにバセオラ村へ転移して行った。
「やはり厄介ごとのようですな。」
「そう言うな、依頼を受けた時にはここまでの事態だと思っていなかったんだよ。」
「いえ…その前に予らも、ルーファスが目を付けた時点でなにかあると思うべきでする。どうやら千年の間に少々平和惚けしておったようでするな。」
「リヴ…」
――フェリューテラ南部のエヴァンニュ王国、北東部のゲラルド王国と並んで三大王国の一つであるシェナハーン王国は、自然豊かで広大だ。
数多くあった小さな集落は悉く滅ぼされ、ハス森林やここのように、魔物の生息地になっている場所もかなりあるだろう。
ピエールヴィだけでなく、他の街でも同じように長期間張り出されている高難易度依頼がないか、ウルルさんに確認を取った方がいいかもしれないと思う。
何事もなければそれでいい。俺にできることも今は限りがあるんだ。
その後二十分ほどここで待ち、シルヴァンが無事に戻って来てから本格的に特殊変異体の討伐を開始した。
長くなるので戦闘に関しては一言、予想以上に大変だった、とだけ言っておく。
最終的にシルヴァンとリヴに俺が治癒魔法を施すことになり、ウェンリーは何度か変異体に食われかけて、その度にアテナの腕輪が守ってくれたほどで、さすがに今回は俺も戦闘に専念し隔離結界などに構っている余裕はなかった。
幸いなことにここへは俺達の他に誰も現れず、くたくたになるほど全力を出してようやく特殊変異体と二体の変異体を狩り終えたのだった。
そして紫色の点滅信号が示す通り、やはりここにもあの赤黒い結晶はあった。
試しにとリヴがそれに触れようとしてみたが、俺と同じように防護雷で弾かれてしまい、次に試したシルヴァンも同様だった。
それでもさすがに、ウェンリーにもう一度試させる気はなく、そのことを確認すると、もう持ち帰るのは諦めてその場で破壊することに決めたのだった。
夕方近くになった最後四件目の討伐依頼対象は、『ラフィドフォリティー』という蟋蟀型カマドウマの変異体だ。
半透明に透けた躯体に長い脚と長い触覚を持ち、飛び跳ねながら突っ込んでくる。これまでの三件の魔物より格段に攻撃手段は弱いが、それでも硬い身体を持つことから高ランク魔物には違いなく、相応にやはり危険な存在だ。
討伐対象はボスケ湿地帯の外れにある、大分昔の廃村に通常体と共に屯しているようで、直前の依頼地はかなり奥まったところだったから、例の連中がハス森林から真っ直ぐに向かえば、俺達よりも先回りするにはおあつらえの場所だった。
言っておくが、それを狙っていたわけじゃないぞ?相手に俺達がどの順番で仕事をするのかなんてわかるはずもないしな。
だがここに来てようやく俺はそこへ移動しながら、ウェンリー達にもピエールヴィのギルドで聞いた受付嬢の話を聞かせることにしたのだった。
「――高難易度の依頼に限り、討伐が成功しないよう邪魔をするハンターがいるらしい、だと?…そんなことをしてなんの得がある。魔物を放置すればした分だけその数は増え、変異体が生まれ易くなるだけだろう。この国のハンターは『馬鹿』なのか?」
呆れて〝馬鹿〟の部分を強く強調し、シルヴァンは大いに腹を立てる。
俺が話したその内容はここ一年ほどの間に起きている出来事で、高難易度の依頼に限り、それを受けたハンターの戦闘を戦闘領域外から魔法を使って邪魔をしたり、後少しで倒せる、という段階になってどこからともなく乱入し止めだけ刺して、それを責められると自分達が追っていた魔物だと主張した挙げ句、手柄と戦利品を奪って行くなど、かなり狡猾で大迷惑なハンターグループがいるようだ、というものだった。
「俺達のように千年前の悲惨な状況を知っていればそう思うだろうけど、暗黒神の復活前だとまだ魔物を侮る人間がいるのかもしれない。それが後に自分達の首を絞める行為だということにも気づかずに、だ。」
「はあ…世も末でするな。ですがその辺りは魔物駆除協会の規約で、厳しく取り締まられているはずでありましょうぞ。それがなぜ横行しており、なんの処罰もあらぬのでするか?」
「うん…普通ならそうだろう。因みにシルヴァンはなんの得があるのかと言ったけれど、みんなは今回俺が受けて来た依頼の合計報酬金額はいくらになると思う?」
三人はそれぞれ考え込む顔になる。
「また突然だな…変異体と特殊変異体の討伐依頼ともなれば、最安でも三万G<グルータ>は出るであろうから…十二万G以上か?」
「はいはい!ここはシェナハーンだから、もっと安くて二万五千×四件で十万!!」
別に競争でもなんでもないのに、ウェンリーが手を上げて発言する。
「ふふ…聞いて驚くな、合計で四十万Gだ。」
「はあ!?一件十万ってことかよ…バカ高っ!!」
「四件の金額は最低が八万、最高が十三万なんだ。異常だろう?なんでかなと思ったら…」
最後まで言い終わらないうちに、透かさずリヴが答える。
「其奴らの邪魔で依頼の失敗が繰り返され、報酬金額が跳ね上がったのでするか?」
「正解だ。それだけでなく討伐ポイントも依頼が再掲示される度に上乗せされるから、上手くするとたった一体の変異体を横取りするだけで、あっという間にSランク級に昇格できる、なんてことにもなりかねない。俺はその辺りにも目的がありそうだと思ったんだ。他にもギルドの規約を擦り抜けている方法だけど――」
俺達が普段から必ず身に着けているID端末には、高難易度の依頼だと討伐対象をきちんと仕留めたかどうかが記録されるようにもなっている。
それだけに逆にそれを利用されたと仮定するのなら、もし依頼を受けたハンターが獲物を横取りされたと訴えても、討伐記録が相手の端末にあるのでは泣き寝入りするしかなくなってしまう。
そうなると最終的に分が悪いのは依頼を受けた方となり、結局諦めて依頼そのものを譲るしかなくなる、というわけだ。
「胸糞…」
「…規約の盲点を突いた企みか。それはウルルと対策を練った方が良いな。」
「ウルルさんにはもう俺から知らせてあるから、問題ない。今後は依頼を受けた当事者以外が対象を討伐しても、報酬は貰えなくなるだろう。臨機応変に協力した場合などの抜け道は用意するだろうけど、その他普通に魔物を狩る際のそう言った例はまだ少し後だな。そして今回証拠さえ集まれば、その連中は未来永劫守護者の資格を剥奪されることになる。ただでさえ既に弊害が出ているし、考案者の俺としてもギルドの根幹を揺るがしかねないそういう連中は絶対に許せないからな。」
「なるほど…ルーファスはその不届き者を、徹底的に叩き潰すおつもりだったのでするか。」
「うん…当初は依頼を熟すついでにそれだけのつもりだった。だけどその連中は、俺の予想外のこともやっているようだ。そのことから、この件の裏にはまだなにかあるのかもしれない。」
――勿体ぶっていたわけではないけれど、確信があったわけでなく、本当に受付嬢の言う通りそれらしき連中が俺達の後を付けてくるのかもわからなかった。
でも次の討伐対象との戦闘で、恐らくはっきりするだろう。
もちろん俺達には手出しさせないし、今度はグランバイデスの時のように転移罠で入口に戻すようなこともしない。
あれで大人しく諦めていれば良かったのに、俺を怒らせたんだから相応の恐ろしい目には遭って貰うけれどな。
最後の討伐対象がいる現場に到着すると、俺の予想通り白い点滅信号が現れた。ただその数が一つ減っており、どうやら五名いた内の一名には逃げられたようだ。
俺はその連中に気づかない振りをして、作戦を立てる。先ずは変異体と共にいる大量の通常体を倒すことから始めなければならない。…が、今回はちょっと趣向を変えてみることにした。
俺達の邪魔をしようとしているのか、手柄を横取りしようとしているのかどちらかは知らないが、もう二度とそんな気が起きなくなるように、彼らには真実魔物の相手をして貰うことにする。
先ずは俺達が魔物と戦っている幻覚を見せ、もうすぐ変異体の討伐が終わるという段階までを誤認識させる。
そうして乱入して来たら幻覚を解き、まだ一体も倒されていない魔物の中心に自ら踏み込ませるのだ。
ああ、一応死なないようにだけは守ってやるつもりだ。俺は守護者だから魔物が人を殺すのを、なにもせず黙って見ていることは決してないと約束する。
多少の怪我は仕方ないが、混乱して恐怖にお漏らしをするくらいになったら、魔法檻に閉じ込めてその場に待機していただこう。その後彼らの回りでそのまま、今度は俺達が本当に戦闘を始める、という手筈だ。
魔物の攻撃と俺達の攻撃がぶつかる狭間に、なにも出来ずに閉じ込められるというのはさぞ楽しい経験だろう。
ウェンリーにはエグいと言われたが、さっきの特殊変異体討伐より大分余裕もあるので、この際俺とリヴの魔法共有やシルヴァンとリヴの連係攻撃などを特等席でご覧に入れよう。
――そうして俺の作戦通り罠に嵌まった四人は、まだ俺達に気づいていない大量のラフィドフォリティー通常体と変異体に囲まれ、最初から窮地に陥った。
俺はその光景をステルスハイドをかけて戦闘領域の端から眺め、一人を除く男達が自分だけ生き残ろうと互いを突き飛ばしたり、魔物の前に生け贄として誰かを差し出すのを暫く見ていた。
有資格者ならまず魔物に立ち向かって行くのが普通だろう。通常体の一匹さえ狩ることもできないなんて、本当にハンターなのか?とてもじゃないがそうは思えないぞ。
俺の中でこの人間に対する失望が首を擡げ、急速に心を冷やして行く。こんなことをしているのさえ段々と馬鹿らしくなってきた頃だ。
…そろそろ頃合いか。恐怖に喚いてもチビらないのは、腐ってもハンターなのかな。…まあそれも今日までの話だけど。
俺は予定通り四人を魔法檻(ユラナスの塔で時空神に閉じ込められていたあれを真似したものだけど)に閉じ込めると、本格的に魔物との戦闘に突入した。
戦闘領域のど真ん中に、魔法檻で閉じ込められた四人は、俺達が魔物を倒して行くのを喚き声や悲鳴を上げながら腰を抜かして見ていた。
最初に魔物の縄張りに入り込んだことで、最後まで狙われ続けた彼らは、俺達が変異体を倒し終わる頃には気絶していた。
全てが終わり、紫色の信号を頼りにまたあの結晶を見つけると、そこに魔法檻に閉じ込めたまま、四人を引き摺って連れて行った。
「この結晶を仕掛けたのは、おまえ達か?」
彼らは守護者と言うよりも冒険者のような格好をした、二十代前半から三十代前半の男性四人だった。
お世辞にも柄がいいとは言えない雰囲気を持ち、一人を除いて欲深そうな顔をしている。こんな手段で金を稼いでいる割りには、見た目に気を使っている様子もないし、手にした報酬金はなにに使っているのか疑問だ。
「し、知らねえ!俺達はただこの辺りに出た変異体を、他の守護者に狩らせねえように邪魔をして来ただけだ!!」
男の一人がそう喚いた。
「ふうん…それじゃあ聞くが、魔物と戦闘中のところに乱入して、討伐寸前の獲物を横取りしていると言うのも、おまえ達の仕業か?…まあ聞くまでもなく、さっき幻覚を見て突っ込んで行ったのが証拠だけどな。」
「ぐ…」
男達は口々に畜生、とかふざけんな、とか悪態を吐いた。
「まあいいよ、おまえ達の取り調べは俺の仕事じゃない。魔法檻はこのままにしておくから、すぐにピエールヴィ支部から尋問官が回収に来るだろう。嘘を吐いたり誤魔化そうとしても、拷問されるから隠しごとはできないよ?…と言うわけで、魔物駆除協会の運営者で、管理者でもある『ギルドマスター』から通告がある。」
「な…ギ、ギルマスだって…?魔物駆除協会にんなもんいたのか!?」
「いるに決まっているだろう。誰が運営していると思っているんだ?ただこうして問題を起こさない限り、誰も存在を知ることはできないだけだ。」
驚愕する男達の前で、俺はスッと右腕の前腕部を掲げると、ピュイッと短い口笛を吹いた。するとその呼びかけに応じて、鴉に似た『魔鳥』が飛んで来ると羽ばたきながら俺の腕に留まった。言うまでもないが、これはウルルさんの使いが黒鳥化した姿だ。
そして魔鳥はウルルさんの声で彼らに通告をする。
『――私は魔物駆除協会を運営する管理者である。シェナハーン王国国籍Sランク級守護者フリスト・リバール、同等級カウザー・ベベック、同等級アゴニー・アラーク、同等級ベルルム・ブロスボレーに魔物駆除協会ギルドマスターより決定事項を伝える。本日付けでその方らの守護者資格を永久剥奪。無限収納及び有資格者に対する全ての権利をたった今この時より即時喪失とする。一般窓口への戦利品換金のみ許可されるが、対価は一般同等となり、また魔物駆除協会の運営理念に著しく反し、協会に与えた損害により名を変え、姿を変えても二度と資格が再発行されることはない。――以上だ。』
「信っじらんねえ…こいつら、シェナハーンのSランク級守護者だったのかよ…!」
「しっ!まだ全ては終わっておらぬぞ。」
魔鳥によるギルドマスターからの通告が終わると、彼らの所持していた無限収納カードとIDチップ、IDカードが彼らの前へ強制的に出現し、一瞬でバンッと弾け飛んだ。
「うわあああっ!!!お、俺の無限収納がーっ!!」
「返してくれえ!!全財産が入ってたのにーっ!!!」
「あはは…あははは…消えた…無限収納が、消えた…」
叫び声を上げる男達の前で、魔鳥は俺にピュイッと一声鳴くと、すぐに腕から飛び去って行った。
「てめえ!!!なんの権利があってこんなことしやがる!?ああ!?」
涙目になった男は俺に訴える。
「――なんの権利、か…そうだな、言うなれば魔物駆除協会の前身である、討伐組織の考案者としての権利かな。」
俺はわなわなと震え、地面にへたり込む男達を見下ろして告げた。
「『守護者たる者、常に悪しき魔を警戒せよ。魔を討つ力を持つ者は、常に持たざる者のためにあれ。強き者は其にふさわしく他を守護せしことを誇りとせよ。術持たずとも万人の前に道は等しく、彼方を望む者に枷はない。』どこの支部にも掲げられている、魔物駆除協会の運営理念であるあの言葉は、魔物を倒せる者が力のない者を守ってくれることを願い、守護者とはどうあるべきかを表したものなんだ。生きるのに生活費を稼ぐため、金を稼いで自分の夢を叶えるため、身内を殺された魔物への復讐のため、残された大切なものを守るため…その志望動機は様々でも、命懸けで戦う同業者の邪魔をしたり、況してや報酬を横取りしていいなどとは一言だって書いていない。有資格者の本分である魔物を狩ることを蔑ろにしたおまえ達に、ハンターでいる資格はないと俺は思う。魔物駆除協会にギルドマスターは存在しない、若しくは自分達のしていることを知られないと思い込んでいたんだろう?俺に見つかったのが最大の不幸だったな。これからはハンター以外の仕事で生きて行くといい。おまえ達はそれだけのことをしたんだ。」
俺の言葉を信じたかどうかはわからない。俺がどこの誰なのかと尋ねて来ることもなく、四人の男達はガックリと肩を落として項垂れた。
その中に一人だけ、なぜこんな男達と一緒にいたのかと、少し不思議に思うような男がいた。
ただそれでも同行していたと言うだけで、その全ての行動はウルルさんの指示で監視していた遣い鳥によって見られている。
それが確実な証拠となり、資格の永久剥奪という最も厳しい罰を下されることになったのだ。
それから三十分後、ピエールヴィの支部から複数の守護者に護衛されて、姿を変えた黒鳥族の尋問官が彼らの回収に来た。
俺の施した魔法檻をそのまま移譲処理して、尋問官は俺に頭を下げるとそれごと彼らを連れて行く。
さっき言った拷問というのは本当で、全てを正直に話さないと、後々までかなり厳しいことになるのも事実だ。
それが済むと俺達もボスケ湿地帯から出て、パスラ街道へ向かう。もうすっかり日は暮れてしまったが、このまままだ次の街まで辿り着くのが今日の目標だ。
そんなわけで俺達は無事四件の依頼を終え、この日の夜遅くフスクスの宿になんとか泊まることができたのだった。
次回、仕上がり次第アップします。