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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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177 王都シニスフォーラへ ①

コリュペで宿屋の子供『テソロ』に依頼を受けたルーファスは、次の街『ピエールヴィ』へと向かいました。ところがそこにも守護騎士が立っており、その正確な理由がわからずに警戒したルーファス達は、どうやって街に入るかを話し合いました。不穏な空気を感じ取ったルーファスは、万が一に備え、サイードとプロートン達三人をどこかへ向かわせますが…?

      【 第百七十七話 王都シニスフォーラへ ① 】



「それはテソロ君から、俺への正式な依頼ということなのかな?」


 真剣な表情で俺を見上げる男の子は、つい先程のことをきちんと謝った上で、俺に自分の依頼を受けて欲しいと言ってきた。


「うん、そう…まえにとまってくれたぼうけんしゃのにいちゃんは、かえりにまたよるから、そのときにおれのたのみをきいてくれるっていってたのに、まものとうばつへいったっきりもどってこなかったんだ。だからきっと、まものにくわれちゃったんだよ!」

「あー…そうなんだ。その冒険者の等級はどうだったのかな?」


 子供の言うことだから適当に期待だけさせておいて、その後忘れて帰りは寄らなかったという可能性が高いけれど…一応聞いておいた方が良いか。


「えーランクきゅうっていってたよ。でもおにいちゃんのほうが、えすランクきゅうだから、もっとうえなんだよね!?おかあさん、いってたもん!!」


 ――うーん、一生懸命話してくれるけど、言葉がたどたどしいなあ。…でもAランク級か…殉職する可能性はゼロではないけれど、騙されたという確証もない。

 お母さんの言っていた、冒険者の真似と言うのがその兄ちゃんのことなら予想はつくけれど、この子の夢を壊さないように魔物に喰われたことにして余計なことは言わない方が良いか。


「ああ、まあな。それでテソロ君の依頼と言うのは、どんなことかな?お仕事として俺が受けるなら、ちゃんと報酬は貰うよ。それでも良いのなら、言ってごらん。」


 仕事として受けるのであれば、たとえ子供の頼みでも無報酬では受けられない。それがまかり通ると知ると、あの守護者はただで受けてくれたのに、と他の守護者や冒険者に迷惑をかけることになりかねないからだ。


「ほうしゅう…おかねじゃないと、だめ?」


 テソロは困り顔で聞いてくる。


「いいや、俺はお金じゃなくてもいいんだ。例えば…そうだな、お母さんのお手伝いをするなら、どんなお客さんにでも心を込めて丁寧にお迎えするとか、字の勉強だけでなく、話し方も学んでしっかり喋れるようになるとか、そんな俺との約束でも構わないよ。」

「ほんとう!?ならおれ、おにいちゃんとやくそくする!!もうぼうけんしゃのまねなんかしないよ!!べんきょうもがんばる!!」


 ぱあっと表情を明るくしたテソロは、安心したようにそう言った。


「そうか、じゃあ報酬はオーケーかな。後はなにをして欲しいのかだけど…」

「うん、あのね…」


 ――テソロが言うには、半年ほど前までこの集落に住んでいた友達が、引っ越した先で父親の仕事を守護者に頼めず困っているという手紙を寄越したらしく、そこに行って依頼を受けて欲しいと言うものだった。


 守護者に仕事を頼めない?…その理由がわからないとなんとも言えないが、ギルドの規約に違反したとか、報酬が払えないとかかな…前者でなければ受けられるけど、それ以外の問題はそこがどこか、だな。


「おい、ルーファス…」


 さっき泣かせたことを少しは悪いと思ったのか、後ろに下がって黙っていたシルヴァンが見兼ねたようになにか言いたげになる。


「ああ、シルヴァンは黙っていてくれ。お友達が引っ越したのはなんて言う街かな?」

「うんとね…める・るーく、っていうところ。ここからとおいんだっていってたよ。」

「メル・ルークか…」


 遠いのは当たり前だ、メル・ルークというのは、シェナハーン王国の北に国境を接する小国のことだ。でもイスマイルを解放した後には、ラ・カーナ王国を目指してアンフアング・シリディナ山脈を迂回するために北へ行くつもりだから、少し先になるけれどその通り道ではあるんだよな。


「テソロ、俺はシニスフォーラへ行って王様に会う約束があるから、すぐにメル・ルークへは行けないんだ。それでも良いのなら、必ずお友達のところへ行くと約束できるけれど、どうする?」

「おれ、それでもいいよ!おにいちゃんがいってくれるんなら、マイルにおれのてがみ、わたしてくれる?」

「マイルというのが友達の名前か。わかった、それじゃあ契約は成立だ。手紙は今持っているのかな?」

「うん、これ!!」


 そう言うと急いでテソロがポケットから取り出した手紙は、長いこと大事に持っていたのか、大分くしゃくしゃになっていた。

 俺はその手紙を預かり、マイル君に会って無事に仕事を引き受けたら、必ず手紙を出すと約束をした。

 そしてテソロの方の俺に払う報酬は、次にここを訪れた際に受け取ることにしたのだ。それまでに接客を覚え、勉強してしっかり話せるようになっていれば、それが俺への報酬になる。


「むう…正気か?」


 傍で俺とテソロのやり取りを最後まで見ていたシルヴァンは、なんでそんな面倒なことを、と言うような顔をして短い溜息を吐いた。


「当たり前だろう、ギルドは通さないがきちんと依頼契約は結んだ。マイルという名前とメル・ルークに引っ越したと言う情報だけでは辿り着けないから、宿屋()()()尋ねて正確な相手の情報を得ることにする。これであの子は、もう二度とあんな態度で客を迎えることはないだろう?」

「やれやれ、降参だ。」

「わかればいいさ。」


 ――そんなシルヴァンとの会話の後、俺はマイルという名の子供がいる一家の引っ越し先を調べてから、みんなと合流しコリュペを後にしたのだった。


 そうして次に向かったのは、パスラ山をぐるっと回り込むようにして整備されている、パスラ街道を北東に進んだ場所にある『ピエールヴィ』だ。

 ピエールヴィは中規模の街で、大きさから言うとメクレンぐらいだろうか。直線距離にするとバセオラ村からは左程遠くないが、間にパスラ山と魔物が多く棲むハス森林、そしてその中心にあるボスケ湿地帯に阻まれている。

 魔物だけなら倒しながら進んでも構わないが、わざわざ悪路を進むより、遠回りでもそれらを避けて人が行き来するのは当たり前のことだ。

 このピエールヴィはパスラ峠を通らなければ、国境街リーニエまで最後の街となることもあり、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)は当然のこと商業ギルドなど各協会が揃っている。


 …と聞いていたのだが――


 開かれた街門の前に、明らかに街の門番とは異なる『守護騎士(ガルドナ・エクウェス)』数名の姿が見えた。

 それを視認するや、俺は直ぐさま全員に『ステルスハイド』の魔法をかけて、街門が見える少し離れた場所から、その様子を窺いつつどうするかを話し合うことにした。


「――バセオラ村とアパトだけでなく、他の街にも守護騎士(ガルドナ・エクウェス)が出張っているのか。…いくらなんでも少し警戒が物々し過ぎるな。」


 守護騎士達は装備している武器に手こそかけていないが、街に入る人間を一人一人執拗に見て誰かを探しているような感じだった。


「ええ、同感です。王家からの文には、あなたの仲間について会談をしたいとしか記されていなかったようですが…他に私達が掴んでいない〝なにか〟が起きたのかもしれませんね。」


 サイードの言葉の後、ウェンリーがひょこっと顔を出し、しかめっ面をして守護騎士の方を睨む。


「…あれってやっぱ、俺らを待ち伏せしてんの?」

「どうやらそのようだな。」


 ウェンリーにそう答えたのはリヴだ。彼は今、その瞳を『龍眼』にして、守護騎士達を一人一人目で追い具に見ている。

 リヴの龍眼は主に他者の魔力や感情の波など、『流動的』な動きをするものを捕らえることに長けている。

 なので大まかにでも対象がこれからなにをしようとしているのかなど、予測を立てることが可能なのだ。


「臨戦態勢とまでは行かぬようだが、感情の波が乱れて苛立っておる。なにか我らの知らぬ問題が起きたのは間違いなさそうぞ。」

「ふむ…我がイスマイルの元に侵入したというだけでここまで騎士は割かぬだろうが、街に入った途端、どこぞに連行されて痛くもない腹を探られるのも不愉快だ。どうする?」

「うん…」


 これは思っていたよりも大事になるかもしれないな。バセオラ村、ピエールヴィと続けば、この後魔法闘士(マギアトレータ)を待つメテイエでも同じように守護騎士(ガルドナ・エクウェス)が待ち受けている可能性は高い。

 国境街リーニエで動きがなかったのは、エヴァンニュ王国側に配慮してのものだっただけかもしれないな。

 自国を出たと同時に、王家に呼ばれたSランク級守護者が守護騎士に囲まれたのでは、外交問題にもなりかねないからだ。


 これは…もしもの場合に備えて、王家との会談前に幾つか先に手を打って置いた方が良さそうだ。


「情報を得るという目的もあるけれど、ギルドに寄って仕事をしないと生活費も稼げないからな。今後はなにかと物入りになるし、いつまでも避けてはいられないだろう。」

「なら二手に分かれますか?俺ら三人とサイード様はまだ面も割れてねえでしょうし、この人数で入るより半分はここに残った方がいいでしょう。」


 普段は少しおちゃらけ気味のデウテロンが、真面目な顔をして俺に言う。俺とサイードの態度から、少し緊張した事態をなんとなく感じ取っているのだろう。


「デウテロン、それって私達が街に入ると言うことなの?顔が知られていないのは良いけれど、私達はまだフェリューテラの人族のことを知らなすぎるわ。」

「プロートンに同意。なにか起きたら対処できない。」


 困惑した表情でそう言ったプロートンに、テルツォも首を横に振って意思表示をした。


「大丈夫だテルツォ、心配しなくてもフェリューテラに慣れていない三人は行かせないよ。それにサイードには別に頼みたいことができたから、そっちへ行って貰えば俺と離れて街中に入る必要もない。」

「…私に?なんでしょう。」


 ――その場であれやこれやと話し合った後、俺はサイードにプロートン達を連れてある場所へ向かって貰うことにして、パーティーを半分に分けた。

 その場でピエールヴィに立ち寄るために、人目につきやすい髪色の俺とシルヴァン、リヴの三人だけサイードに外見を変える変化魔法を施して貰う。その髪色は人族の中で最も多く見かける茶系色で、各自の瞳はそのままだ。


「あのさあ、見た目だけ変えても、身分証見せろって言われたら意味なくね?」


 自分には必要ないと魔法をかけられなかったことに不満げなウェンリーは、外見も凡人で悪かったな、とぼやきつつ透かさず突っ込んでくる。


「それも大丈夫ですよ、ウェンリー。変化魔法だけではなく、認識を阻害する魔法も施しておきましたから。IDカードを見せられてもパーティー名は愚か、Sランク級守護者だということもわからないでしょう。」

「『ジャンブル』という名の、思考に干渉して視覚から入る正確な情報をごちゃごちゃにする精神系魔法があるんだよ。身分証の方はそれで誰が見ても正しく見えなくなる。」

「それってギルドでも?」

「さすがにギルドの受付では無理だけど、元々守秘義務があるからそこから漏れる心配はない。ハンターの中に知り合いでもいればばれてまずいけど、ここはシェナハーン王国だから顔見知りもいないしな。大っぴらに自分達で宣伝して歩かなければまずわからないよ。」


 というわけで、魔法を使って身バレしないようにしてから、俺達は街に入ることにしたのだ。


「よし、準備はこれでいいな。心配なのは結界障壁だけだけど、見たところ特別に識別魔法はかかっていないから、引っ掛かることもないだろう。」

「ええ、念のため私もあまり目立たない外見に変えて行きます。ではルーファス、二日後に『メテイエ』で会いましょう。」

「ああ、悪いけど下調べともしもの際の準備を頼むよ。」

「任せて。」


 ――こうして俺達は二手に分かれ、後に合流する方法を選んだのだった。


 目立たない場所で隠形魔法を解き、パスラ街道を行き来する人の流れに混じってピエールヴィの門に近付いて行く。


「結局サイードにどこへ行って貰ったんだよ?」

「うん、まあ…それは後でな。あくまでも万が一に備えてのことだから、今は気にしなくていい。」


 下手にウェンリーに教えると、なんでとかどうしてとか理由まで聞きたがるんだよな。

 いざという時に慌てさせないように、今は知らせておかない方がいい。


 ウェンリーとそんな話をしながら、守護騎士の目が光る入口を無事に通り抜け、俺達はようやくピエールヴィの中に入った。


「特になにも言われなかったな。」


 入口の方に集中しているらしき守護騎士を、俺は気付かれないように一瞥した。


「うむ。思うに捜索対象がはっきりしているのであろう。例えば見事な銀髪の守護者だとか、紺碧髪の背高のっぽとか。」

「紺碧髪の背高のっぽとは予のことか?」


 なにが気に入らなかったのか、ムッとした顔をしてリヴが尋ねる。それに間髪を入れず返すのはいつも通りウェンリーだ。


「他に誰がいんだよ。」

「そこは顔良し、上背良し、収入良しの三高美丈夫とか別の言い方があるであろう。」

「うわっ、自分で言うか!?引くわ〜」

「はいはい、リヴの自画自賛はそこまでな。のんびりしている時間はないから、ここで散けて手早く情報収集に当たるぞ。魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)には俺が一人で行って来るから、その間に三人はそれとなく守護騎士がなぜここにいるのかとか、ここ最近でシェナハーン王国内になにか起きたのかなど住人に聞いてみてくれ。」

「了解。」

「承知した。」

「心得ましたぞ。」


 ――こういう時の探索時間や集合場所は太陽の希望(ソル・エルピス)内で予め決めてあり、行動時間は一時間、集合場所は魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)があればハンター専用フロア、なければ守護者御用達の宿の前、それもなければ街の入口付近となっている。

 その他に住人と余計なトラブルはなるべく起こさない、犯罪の多そうな貧民区には単独で近付かないなど、極当たり前の行動規範は定めてある。


 昔はシルヴァンが喧嘩っ早くて、地元の荒くれなどと騒動を起こしては俺を困らせたものだけど、さすがに今はそんな心配も要らないだろう。


「さてと、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)はどこにあるのかな。」


 そう独り言を呟くと、すぐに頭の中にこの街の詳細地図が表示される。ここも俺は初めて来る場所に違いないのに、どうやって自己管理システムはその詳細を調べているのだろう。相変わらず不思議だ。


 魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)は…この通りを暫く真っ直ぐ行って右側にあるのか。


 その場所を確認すると、俺は周囲に気をつけながらゆっくり歩き出した。


 ピエールヴィは良くある石造りの外壁と、鉄枠の硬木で作られた門扉から中に入ると、緩やかな曲線を描く大通りが少しずつ傾斜となって街の奥へと伸びている。

 特徴的なのは、薄い緑色に塗られた木材で統一された各建物だ。これは色彩石と呼ばれる赤、青、黄色の鉱石を粉状になるまで粉砕し、それを混ぜ合わせることで様々な色を作り出して、尚且つ木材に塗布することで建物の強度を上げるという、シェナハーン王国独自の文化による街作りだと聞いている。

 エヴァンニュ王国と異なり自然も豊かなこの国は、街中にもあちこちに植えられた樹木が見かけられ、目に鮮やかな緑が行き交う人々の心をほっと癒してくれている。

 ただバセオラ村のガーターさんから話を聞くに、その自然も周辺地域に魔物が増えるようになって少しずつ減ってきているらしい。


 ――通りの一定間隔にも守護騎士(ガルドナ・エクウェス)が立っているな…なぜこんなに警備が厳重なんだろう。情報収集に当たって貰ったウェンリー達の報告で、なにかわかるといいんだけど…。


 街行く人々の様子と、擦れ違うハンター達の動きを見る限り、特になにか大きな問題が起きているようには見えない。

 守護騎士が立っていてもお疲れ様、と声をかける住人が時折いるくらいで、フェルナンドの言っていたように、なんのために滞在しているのか確かにわからない。


「あった、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)はここだな。」


 シェナハーン王国ではピエールヴィやシニスフォーラと言った、人の多く集まる街にはきちんとしたギルドの建物が存在しているそうだが、少し離れた小さな村落になると、簡易的な出張所でさえないらしい。

 体制が整いきれないせいでバセオラ村周辺の農村などは、変異体などの魔物に滅ぼされてしまったと、以前リカルドは言っていた。


 実際にこの国に来て自分の目で見たからこそわかる。俺がバセオラ村に作らなければ、あの辺りにハンターの集まるギルドは一つもないのだ。

 ギルドがなければ、魔物を駆除してくれる人材は全くと言っていいほど(かよ)ってくれなくなる。依頼でもないのにわざわざ遠くまで出て来て魔物を狩り、それを換金するためにまた遠くまで戻るハンターなど、どこにもいないからだ。

 俺がウンディーネとの約束を果たすために、あの地の復興を始めてまだ一月(ひとつき)ほどだが、村にギルドがあると周知されれば、いずれバセオラ村はハンターで賑わう良い拠点となるだろう。

 やがてそれが金銭的にも復興に大きく貢献してくれ、村以外の周囲にも人が戻って来ることに繋がって行く。俺はそのことに期待しているのだ。


 依頼を受けるついでに、バセオラ村の人材集めと宣伝も協会員に話して協力して貰うことにしよう。


 俺は人でごった返す民間人用の一階を通り抜け、いつも通りに二階にあるハンターフロアへ上がって行くと、先ずは真っ直ぐ左側の壁一面にある依頼掲示板を見に行った。すると…


「これは…」


 どこのギルドの専用階でも同じだが、仕事を探す数多くのハンター達で賑わっている掲示板前は、ある一角だけ張り出されている依頼票の多さに対し閑散としていた。

 その場所に張り出されている依頼票は、Sランク以上アンノウンの討伐依頼が殆どで数も非常に多く、それを見ただけでシェナハーン王国の魔物事情が一目でわかるような状態だった。


 ――高難易度の依頼がこんなに残っているのか…シェナハーン王国にSランク級はどのくらいいるんだろう。エヴァンニュよりはいるはずだが、手が足りていないのか…?


 Sランク級だけに限らずとも、地元のハンターに捌き切れない程の数ではないと思うが、張り出されている魔物の種類を見るに、癖が強く一筋縄では行かない凶悪種が多いせいなのだろうか。

 確かにこれらは弱点や攻略法を知らなければ、Aランク級ハンターであっても少し厳しいかもしれなかった。


 ざっと見ただけで、十数件もの変異体・特殊変異体(ユニーク)ばかりの討伐依頼が張り出されている。そのどれもが元々通常体でもAからSランクの魔物ばかりだ。

 張り出されてからかなり長い間そのままなのか、討伐報酬も桁違いに跳ね上がっている。最初は三万G<グルータ>だったのが、赤い罰点でそれが消されて行き、五万、七万、と上がって今では十三万Gにもなっている。


 ――王都へ行くまでの間、日に三、四件熟すだけでも相当稼げるな。バセオラ村の復興資金もいることだし、誰も受けないのなら俺達でできるだけ済ませてしまおう。


 俺は近場の高難易度Sランクからアンノウンの討伐依頼票を、纏めて四件だけ引き剥がした。敵の情報をデータベースで見るに、この相手なら今日中に全て倒せるだろうと判断したからだ。

 それを手に掲示板から離れようとすると、近くにいた見知らぬハンターがサッと出て来て声をかけてくる。


「おいおい待てよ、依頼票を取り間違えてねえか?そいつはもう数ヶ月間放置されてる、変異体なんかの討伐依頼だぜ。失敗されると支部の評判がガタ落ちするからやめてくれよ。見たとこあんた、余所者(よそもの)だろうが。」


 俺の進路を塞ぐように立ったその男は、かなりこざっぱりした薄茶色の短髪にやたらと長い緑色のバンダナを結んだ、冒険者らしき風貌の男だった。

 俺を余所者(よそもの)というからには、恐らくここを拠点とする地元のハンターなんだろう、腰にオリハルコン製の双剣を装備している。


 へえ…冒険者みたいな格好なのに、随分といい武器を持っているんだな。だけど失敗すると支部の評判が落ちるとは、シェナハーン王国では各地のギルドの評判を気にする必要があるのか?ウルルさんは特になにも言っていなかったと思うけど…後で聞いてみるか。


「…確かに俺は余所者(よそもの)だが、熟せない依頼を引き受けようとするほど無責任でも馬鹿でもない。心配しなくてもきちんと倒すから大丈夫だ。」

「はあ?…随分な自信家だな、等級は?」

「えっ」


 初対面でいきなり名前よりも先に等級を尋ねられて、あまりの不躾さに驚く。


「えっ、じゃねえわ、言えねえのか?」

「…そう言うわけじゃないが…」


 その不遜な物言いになぜだか気分がざわついてくる。


 ――なぜ知り合いもいない他国のギルドで、いきなりこんな風に話しかけられなくちゃならないんだ?銀髪は変えてあるし、高難易度の依頼票を取っただけでそこまで目立つとは思えない。この男、どういうつもりなんだ。


「はあ、大きな声を出したり他言しないでくれよ。…Sランク級だ。」

「エ…っ!?」


 男は大声を出しそうになって、慌てて自分で自分の口を塞いだ。


「嘘だろ!?IDカード見せろや!」


 声は小さかったものの今度は然も当然とばかりに、俺に向かって催促する手を伸ばした傲慢な態度に、さすがにムッと来て思わず相手をジロッと睨んだ。


「――随分と図々しい男だな、俺にそこまでしなければならない理由はない。疑うのなら依頼の結果を見て、本当かどうか判断すればいいだろう。」


 面倒臭そうで厄介なのに絡まれたな…外は守護騎士が彷徨いているのに、こんなところで下手な騒ぎは起こしたくない。なんのために先に一人で来たと思っているんだ。


「相手をする気はないから、わかったらもう絡んで来るな。」


 俺はこれ以上相手にしていられないと、男を無視して踵を返す。


「待て待て待てって!そんならその討伐依頼、俺も一緒に受けさせろや!!」

「は?なにを言っているんだ、断るに決まっているだろう。俺は見ず知らずの他人と組むほどお人好しじゃない、仲間が欲しいなら他を当たってくれ。」

「ちょ…待てよ、おい!」


 呆れるほどなんてとんでもない奴なんだ。知り合いでもないのに声をかけて来て自分の名を名乗るでなし、人の等級を聞いて疑うだけならまだしも、依頼を一緒に受けさせろとはどういう神経をしているんだ。


 俺はこれまでにも柄の悪いハンターに何度も絡まれたことはあるが、ここまで無礼で図々しい男には会ったことがなかった。

 たとえ絡まれたとしても、普段は軽く流して気にも止めないのだが、滅多にないことに今日は憤慨してこの男に酷く苛立っていた。


「なあ!おいって!!」


 男は尚も食い下がろうとして来たが、俺はもう完全に無視してスタスタと窓口に向かい、さっさと四件の依頼を受ける手続きを済ませた。

 だがその時、俺のIDナンバーから情報を得た受付嬢が、こっそり耳打ちをし小声で助言をして来たのだ。


「――あの、高難易度の討伐依頼に関して一つ、気をつけて頂きたいことがあります。」

「?…なんだ?」

「実は――」


 その受付嬢が教えてくれた情報に、俺は耳を疑う。


「…この国にはそんなことをするハンターがいるのか?」

「はい。隣国でご高名なあなた方でしたら、なにかしら事前に防犯措置を取ることは可能だと思います。それと…もしなんらかの手段で確実な証拠を入手し、その者達を現行犯で捕らえることが可能でしたら、ギルドから別に謝礼金を出させて頂きますのでご一考下さい。」

「――わかった、そんな連中に出会したらしっかり()()()()貰うよ。」

「よろしくお願い致します。」


 深々と頭を下げる受付嬢に軽く手を振り、俺は窓口から離れてハンターフロアの壁際にある、打ち合わせ用のテーブル席に腰を下ろした。

 この後俺はシルヴァン達が来るまで、ここで暫く行き来するハンター達の様子を観察するつもりでいた。

 その中で情報を持っていそうな人を見つけたら話しかけ、この近辺の魔物の動向や世間話を聞いて行く。

 民間での情報なら宿や大衆酒場で得る方が確かだが、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)にはかなり遠くからやって来る冒険者が数多くおり、一見して取るに足らない雑談の中からでも、他国について起きている出来事などを簡単に知ることができるからだ。


 …そう思っていたのに――


「なあ!なあってばよお!」

「………。」


 ――俺が窓口から戻って座ると、さっきの図々しい男が断りもなしに俺の隣に腰を下ろしてきた。


 話に一切耳を傾けず、俺が完全に相手にしていないのに、ああだこうだと執拗に話しかけて来る男のせいで、益々俺のイライラが増して行く。


 うるさいな…フロアを訪れるハンター達にちっとも集中できないじゃないか。もういっそのこと沈黙の状態異常を引き起こす、『ビクワイト』の攻撃魔法でも使うか?…サイードみたいに転移魔法が使えたなら、一瞬でパスラ峠にでも飛ばしてしまえるのに。


「こんなに話しかけてんのに、なんで俺を無視すんだ!?」


 その最後の台詞だけが耳に飛び込んで来て、俺は遂にブチ切れた。


「いい加減にしてくれないか。そもそも誰が隣に座ってもいいと言ったんだ。大した用もなく、知り合いでもないのに俺に構わないでくれ。そんなことさえ逐一言わないとわからないのか?」

「ひっでえな…別に許可がなくったって、俺がここに座りたかったんだから構わねえだろ。知り合いじゃねえのは確かだけど、そんなら今から知り合いになりゃいいじゃんか。」


 ブチッ


 ――駄目だ、ここまで話の通じない男は見たことがない。俺が嫌がっているのがわからないとは…いや、わかっていてやっているのか?


 我慢の限界になり、頭のどこかで堪忍袋の緒の切れる音が聞こえた気がした。…が、その時――


「どうした?」


 十分な余裕があったはずなのに、いつの間にかこんな男に数十分も関わっていたのか、別行動を取っていたシルヴァンが時間になって合流しに来てしまった。

 身バレを防ぐのに念のためにと、互いにできるだけ人前では名前を呼ばないようにしてあったのが幸いし、シルヴァンは普段と声のかけ方も異なっている。


「なにやら頗る不機嫌な顔をしているようだが…」


 一目見て俺の機嫌が悪いことに気づいたシルヴァンは、その原因である、俺の横にいた緑バンダナの男を一瞥した。


「ああ、()()()()()()。もうそんな時間か…後の二人は?」


 俺がなんでもない、と強調して言った瞬間、シルヴァンはサッと青ざめて一歩()退()()()。この場合の俺の〝なんでもない〟には、機嫌が悪いことを肯定し、今余計なことを聞くなよ、と言う意味が込められていたからだ。


「そ、そろそろ来る頃であろう。…なんなら、階下で待つか?」

「……そうだな。」


 シルヴァンは俺の機嫌が悪い原因になんとなく気づいたようで、とりあえず隣の男から離れるかと、暗に言っているのだ。


 これ以上この男に耐えられそうにないなと思い、俺は椅子から立ち上がった。だが――


「あれあれあれ、なんだ、お仲間?やあ、初めまして!兄さん、デカいすね。」

「…なに?」


 緑バンダナの男は、ずずいっと俺の前に進み出てその顔を覗き込むと、今度はシルヴァンに話しかけ始めた。


「なんだ貴様は。」


 警戒したシルヴァンは引き気味になる。


「えー、貴様ってきっつい言い方するなあ、ええと今後お知り合いになる()()()男です。名前は――」

「あれ?早えな。お待たせ!」

「そこで会ったので一緒に戻って来たぞ。…む?」

「「誰?」」


 緑バンダナの男が名乗る前に、結局ウェンリーとリヴも時間に遅れず来てしまい、二人同時に見知らぬ男を見てハモった。


「ほうほう、皆さんこの御方のお仲間ですかい。では()()()()()()()()()、自己紹介をば。俺はここピエールヴィを拠点にしているSランク級守護者で、サイファー・カレーガってもんだ。是非ともサイファーって呼んでくれ!」

「「「???」」」


 ウェンリー、シルヴァン、リヴの三人は、そう自己紹介をした緑バンダナの男に、揃って困惑顔になった。


 そして予想外の事実に目を丸くして驚いたのは、俺だ。


「…Sランク級守護者?」

「おう!」


 ニッと歯を見せてドヤ顔をした男に、俺は唖然とした。


 こんな男がシェナハーン王国のSランク級か…しかも冒険者じゃなく、守護者だって?…だとしたら高難易度の依頼を一人では熟せなくて、俺に一緒に受けさせろと言ったのか?


 イラッ


 ――不躾な態度に不遜な物言い、初対面の相手にいきなり等級を尋ね、聞いておきながら嘘だと疑い、しつこく付き纏っていつまでもついて来た挙げ句に、勝手に自己紹介をして知り合いになる予定だだって?


 凄まじくイライラする男だ。相手にするのも不愉快だが、なんでこんなにイライラさせられるんだ?


 胃がムカムカするほどに気分の悪くなってきた俺が、そう疑問に思った瞬間、ピロン、と言う音と共に自己管理システムが警告してきた。


『警告』『魅了効果を伴う精神系魔法、もしくは技能(スキル)による精神攻撃を感知』『被継続時同行者三名への影響大』『直ちにディスペル、マインドガードの使用を推奨』


「…!」


 ――なんだって!?


 それじゃ…まさか俺のこのイライラは…!!


 俺は自己管理システムの警告に従い、隠形魔技(コンシールスキル)を使って直ぐさま効果消去魔法『ディスペル』を自分を含めたウェンリー達全員にかけ、相手の魔法だか技能(スキル)だかを弾くように、精神状態を正常に守る魔法『マインドガード』を施した。


 …さっきまでのイライラが一瞬で治まったな。つまりこの男の精神攻撃にレジストしていた影響で、俺は無性にイライラしていたのか。


「――そうか、()()()はSランク級だったのか。…だったら尚更、余所者(よそもの)の俺達の出る幕はないな。」

「ええっ!?」

「悪いが俺は知り合いになる気も名前を呼ぶ気もない。こちらは名乗る気はないから、仲良くはなれないな。一つ言っておくが、はっきり言って迷惑だからどこかで俺達を見かけても、もう二度と声をかけて来ないでくれ。」


 普段の俺からは想像もつかなかったのか、俺の言い方と冷ややかな態度にウェンリーが口をポカンと開けている。

 シルヴァンとリヴも少し驚いているようだが、俺の態度にすぐに相手を警戒する顔付きになった。


 なんの理由があって俺に、魅了効果のある精神攻撃なんか仕掛けて来たのかわからないが、緑バンダナの男が同じ守護者でSランク級なのが確かだとしても、こういう相手と親しくなる気は微塵もない。


 ディスペルで効果を消去し、マインドガードを施してイライラがすっきり消えた俺は、呆然とする緑バンダナの男を残し、ウェンリー達を連れてさっさとハンターフロアを後にした。



 ――その場に残された、シェナハーン王国のSランク級守護者『サイファー・カレーガ』は、呆気に取られ暫くの間呆然としていたが、ルーファス達が見えなくなるとハッと我に返って笑い出した。


「くっくっくっ…はははは、なるほどねえ…取り付く島もないとはこのことか。まあいいさ、どうせすぐに会うことになるんだ。次に乞うご期待、てな!」


 男は口の端をニヤリと上げて口笛を吹きながら、何事もなかったかのようにまた掲示板の方へと歩いて行くのだった。





今年一年、読んでいただき本当にありがとうございました。また来年も頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。ではまた次回、仕上がり次第アップします!みなさま、良いお年を!!

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