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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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17 束の間の休日 ③

朝食を済ませたライは、アルマから国際商業市の話を聞いて出かけることにしました。そこは予想以上の人出で、揉みくちゃにされながらも大通りを歩いて行きます。ルーファスとウェンリーも今日は休日をゆっくりと楽しむつもりのようですが…?


 ――朝食を済ませたライは、浴室で熱めのシャワーを浴びて身体を温めると、濡れた髪をタオルで拭きながら鏡に向かう。

 前髪を手で掻き上げて、普段は完全に隠している右目を今は正面から見ていた。


 そのライの瞳は左が黒っぽい紫紺、右がエメラルドのような緑色をしていて、特にその右目は見る角度や光の加減によって紅く色を変えるため、まるで "アレキサンドライト" という宝石のようだ。

 それは『ヴァリアテント・パピール』という、ライの母方の血筋に当たる男性だけの遺伝的特徴であり、世間では “オッド・アイ” などとも呼ばれていて、左右の瞳が完全に異なる色をしていた。


 ライは少しの間自分の瞳をじっと覗き込む。子供の頃はこの瞳に対してなにも思うことはなかったが、今は違う。特に自分の髪色に合わないこの右目は嫌いだった。


 この国に来る前にいた、ファーディア王国の小さな街『ツェツハ』に移り住んだ頃から、時折周囲の人間に珍しがられるようになったからだ。

 それだけならまだしも、この瞳の噂を聞いた人間がエヴァンニュの調査員に話し、その結果ライの行方を捜していた国王に所在が知れ、ある日突然、イーヴがライを迎えに現れたのだった。


 当時のイーヴの有無を言わせぬ無表情な顔を思い出すと、ライは今でも腹が立つことがある。ちょうど今この瞬間が、正にそれだった。


 ライは腹立たしげに一度舌打ちをすると、止めていた手を動かしながら、まだ髪が濡れているのにも関わらず脱衣所を後にする。


 寝室で着替えようとクローゼットの扉を開けると、この部屋へ来た初日にアルマから、祝いの言葉を添えて手渡された近衛の指揮官服が目に入った。

 それを見てイラッとしてはまた不機嫌になり、そんな自分にまで嫌気が差して溜息を吐くと首を振る。

 今のライの様子を誰かが端で見ていたならば、明らかに情緒不安定だと思うことだろう。


 ライは数少ない私服の中から、生成り色のシャツにグレーの縦ラインのロングベストと黒のボトム、薄灰色に襟と袖にワインカラーの縁取りがされたフード付きの外套を選ぶと、手早く着替えて寝室を出る。


 リビングではアルマが(はた)きを手に、簡単な掃除を始めていた。アルマは私服に着替えたライを見ると、パタパタと走り寄り、邪気のない笑顔を向けて話しかけて来た。


「お出かけになるのですか?ライ様。」


 その声に彼女を無視して素通りしようとしたライは、仕方なく足を止める。この後に続くのは、どうせどこへ行くのか、一人で出るな、そう言った類いの言葉だろうと思い、前髪に隠れた冷ややかな右目を向けながらアルマの次の言葉を待った。

 だがアルマはただ一言、「行ってらっしゃいませ。」とだけ告げて一礼をし、そのままライを送り出す。


 返事もせずに扉を開けて廊下に出たライは、鼻歌交じりに再び部屋の掃除を始めたアルマの後ろ姿を見て、拍子抜けした様な顔をすると、扉を閉めて歩き出した。


 紅翼の宮殿から謁見殿に入り、階段を降りて王宮の入口に向かう。途中擦れ違った近衛隊士達の視線を感じながら、彼らを無視してセキュリティゲートへ入ると、横に立っていた警備兵に呼び止められる。


「ラムサス近衛指揮官閣下、どちらへお出かけですか!?」


 正式に任命式が行われたわけでもないのに、王宮では既にライの王宮近衛指揮官への着任が認知されており、それに伴って即ライへの敬称も変化していた。


「…どこだっていいだろう。」


 私服を着ての外出で休暇中だと見てわかるのに、行き先を尋ねられたことにムッとしたライは、思いっきり不機嫌な顔をして言い放つ。

 イーヴとトゥレンが側にいなくても、王宮内では衆人環視の的になっているのとなんら変わりがない。自室以外では常に誰かしらの視線を感じて気が休まることはなく、同時に監視されているのもライは良くわかっていた。

 それだけにこうして然も当然のように呼び止められると、余計苛立つのだ。



「ウェルゼン近衛副指揮官とパスカム近衛補佐官に、閣下がお出になる際は行き先を伺うように言われております。お止めは致しませんが、お教え下さい。」


 ――警備兵があの二人を "近衛" と付けて呼んだ。…つまりは今度も自動的に俺の下に配属されたということか。

 早速ご丁寧に着任したばかりの近衛の権限で、警備兵にまで命令を出し俺を見張らせるとは…心底腹の立つ連中だ。

 あの二人に腹は立つが…この警備兵に罪はない。立場上近衛に着任したイーヴとトゥレンの命令には逆らうことが出来ないのだ。


「今日は城下で国際商業市(ワールド・バザール)が開催されていると聞いた。気晴らしにぶらつきたいと思っただけだ。王都から出るつもりはない。…これでいいか?」

「承知しました。城下は大変混雑しております、お気を付けてお出かけ下さい。」


 俺の答えを聞いた警備兵はホッとした表情を見せて敬礼をした。


 謁見殿から王宮の正面大広間を抜け、さらに王城の民間人にも公開されているエントランスを通り、目立たないように警備用の通路を使って脇の出入り口から外に出る。

 解放された前庭まで来ると、城門前広場にも複数の露店が並び、今まで見たことがないような大勢のいる光景が見えた。

 敷地から城下へ出る前に、念のためフードを目深に被り、顔を隠すことにする。この王都に俺が知る人間は殆どいないが、俺を知る人間は多いため、この黒髪ではすぐ見つかってしまい、まともに歩けないからだ。


 露店や見世物に夢中になる民間人の側を、王城から出て来たことに気づかれないよう背後を通って人混みに紛れる。そのまま大通り(メインストリート)に入ると、さらに人の密度は増し、ラインバスのような大きな乗り物が通るだけの広さがある道にも関わらず、人、人、人、で埋め尽くされていた。これでは露店を見るどころではない。


「…っなるほど、これは…さすがに、凄まじい人だな…っ」


 響き渡る喧噪と陽気な音楽が目を眩ませる。押されたり、ぶつかったり、動けなくなったり、と思うようには進めない。

 けれども行き交う人々の顔は皆明るく、子供から老人まで、とても楽しそうに笑っていて本当に幸せそうに見えた。

 この賑わいと心から祭りを楽しむ人々の明るさは、エヴァンニュ王国の暮らしが豊かで平和であることの証だった。


 ――俺にとっては恨みや憎しみの対象であっても、民にとってあの男はなんの不満もない良い国王なのかもしれない。


 そう思うと複雑な気持ちになり、やり場のない思いだけが沸々と湧いてくる。


 祭りと聞いても、最初から楽しめると思っていたわけではなかったが、これでは気晴らしにならないな。…人が多すぎて露店に近寄るのも難しそうだ、外に出て来たばかりだが…もう城に戻るか…?



 再び襲う沈鬱な気分と、ライとは正反対の陽気な周囲に、ライは自分が酷く惨めに思えて居た堪れなくなった。


 出て来るんじゃなかった。そう後悔し始めた時、近くの露店から宣伝文句を叫んでいる店主の声が耳に飛び込んで来た。


「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!!うちが扱っているのは、なにを隠そう彼の亡国、ラ・カーナのラカルティナン細工だよ!!」

「…!!」


 『ラカルティナン細工』。…その言葉が、昏く沈みかけていたライの心に衝撃を走らせ、強く響いた。

 すぐに顔を上げてその声がする方向へと、ライは無理矢理人垣をかき分けて近付いて行く。


「正真正銘、先に滅んだラ・カーナ王国の特産品だ!一点物ばかりだから値は張るが、これを逃したらもう二度とお目にかかれないよ!!」


 どうにか人を押しのけ、店の前に進み出る。そこにはライと同じように "ラ・カーナ" と "ラカルティナン細工" という誘い文句に惹かれて集まった人々で、押し合い、へし合いの大混雑となっていた。


「すまない、ちょっと見せてくれ。」


 ライは並べられた商品をもっとよく見ようとして、側にいた年配のご婦人をさらにぐいっと押しのける。


「ちょっと押さないでよ!って…あら嫌だ、いい男。」


 憤慨したのは一瞬で、ライの顔を間近で見たご婦人は、コロリとその態度を変える。ライにあまりその自覚はないが、『黒髪の鬼神』と若い婦女子に騒がれるライは、かなりその顔立ちも良い方だ。


 ――数多く並べられた宝飾品や、装飾品、細工物にライは端からざっと目を通して行った。そしてそれらの品物を具に確かめると、その目が見る間に怒りの色を顕わにする。


 違う…!!今も鮮明に思い出せる、あの美しいラカルティナン細工は…たとえ見習い前の素人が作成するようなものであっても、こんなその特徴を持たない不出来な作りには決してならない…!!


 〝この店主は嘘を吐いている。〟


 ライはそう確信した瞬間、意識せずその身体から闘気を放った。


 それはこの混雑の中、店の前に集まった人々が思わず声を上げて後退り、ライの周囲にだけぽっかりと空間が出来るほど恐ろしいものだった。


 店主が目の前の『鬼神のような』客に腰を抜かす。


「ひい!?な、な…!?」


 ライはゆっくりと()()()()()()剣を出した。ミスリル製の光を帯びた両刃の中剣、『ライトニング・ソード』だ。

 それを手に鞘から引き抜くと、刃先を真っ直ぐ店主に突きつける。


「――貴様…この俺の前で、よくもラ・カーナ王国の名を出し、これらの品がラカルティナン細工だなどと嘘を吐いたな。…許せん、憲兵に突き出してくれる…!」

「な、なんだ、あんたいきなり!い、言いがかりだ!!ここ、これは本当にラカルティ――」


 激怒したライはその言葉を、最後まで言わせなかった。その紫紺の左目が、凄まじい怒りを込めて店主を睨みつけたのだ。


「まだ言うか。命が惜しくないと見える。言いがかりだと?俺は亡国ラ・カーナの生き残りだ。少しは似せた細工物もあるようだが、この目は誤魔化せん。」


 ラ・カーナの生き残り、と聞いた周囲が一斉にどよめく。それもそのはずで、確認されている彼の国の生存者は、殆どいないと言われているからだった。


「ひ、ひいい、わ、わかった!!ほ、本物を出すから…か、勘弁してくれっっ!!」


 頭を地面に擦りつけるようにして土下座をする店主の、〝本物を出す〟と言ったその言葉に、ライの怒りがスッと一気に引いた。


「本物があるのか?」

「あ、ある!あります!!俺は細工師で、なんとかあの技術を学びたくて大切に持っているんだ…!!」

「――言い訳はいい、あるならさっさと出せ。」


 剣を鞘に戻し、ライが放っていた闘気が静まると、再び周囲に客が集まってくる。その目の前で店主は、腰に下げた貴重品袋から、渋々輝く三点のラカルティナン細工を取り出した。

 アレキサンドライトのペンダントと、宝飾品のネックレス、そして左右セットの腕輪だ。それを見た客から一斉に感嘆の声が上がる。


「おお…!!」

「なによ、全っ然違うじゃない!!」

「なんて綺麗なの…!!一つ一つの細工に光が反射して…キラキラしてるわ…!!」


 ライの目から見ても、今度こそは本物に間違いなかった。…となれば当然――


「いくらだ?」

「へ…」

「いくらだ、と聞いている。」


 売値を尋ねたライに、店主は瞬時に青ざめた。


「ま、待ってくれよにいさん、こいつは売り物じゃ…」

「では憲兵を呼ぼう。貴様は二度とこの国で商売ができんな。」


 ライはそう言い放ち、すぐさま動こうとする。


「わわわ、わかったから!!」


 冷ややかな瞳で見下ろすライに、店主は暫く考え込んでから、とんでもない金額を提示してきた。


「一点につき、三十万(グルータ)だ。」


 これならどうだ!と言わんばかりの悪い顔をして、店主はライに右手で三本指を立てる。


 三十万(グルータ)とは一般の下級兵の給料にすると、その約二ヶ月分に当たる。守護者の報酬に換算すれば、変異体6〜8体分にも相当する金額だ。それが×3と言うことは、下級兵の約半年分の給料か二十体以上もの変異体討伐の報酬が必要だと言うことになるのだ。

 当然、周囲の客からは不満の声が上がった。要するにこの店主、最初から売る気がないのだ。


 そんな店主の思惑をぶち壊すように、ライは平然と言い放つ。


「よし、俺が買った。全部寄越せ。」


 そう言ってポン、と九十万(グルータ)もの札束を、また無限収納から取り出して店主の前に放り投げたのだ。


「なああ――!!!」


 まさかそんな金額をすぐに出せる客がいるとは思わず、買えるものなら買ってみろ、という顔をしていた店主は愕然となる。それでもまだ食い下がる店主は往生際が悪く、半泣きでライに再度懇願した。


「た、頼むよにいさん、せめて一つだけでも…」


 ライはそれに対して首を振る。


「貴様の気持ちはわからんでもないが、ラカルティナン細工を作るには専用の道具が要る。そしてそれは代々、その技術と共に親から子へと受け継がれるものだった。たとえ道具があったとしても、見様見真似で習得可能な技術ではないんだ。それより寧ろ、自分自身で独自性のある作品を作った方がいい。そこの細工など、俺から見てもよく出来ていると思うがな。」


 それはライの本心であり、正直な感想だった。


 ガックリと項垂れながら店主は、ようやく諦め、三点のラカルティナン細工を大事そうに一つ一つ布で包み、〝大切にしてくれよ〟とライに手渡すのだった。




 その頃、ルーファスとウェンリーは同じ大通り(メインストリート)の、割とここから近いところにいた。



「うーん…。」


 ウェンリーは魔物や動物から獲れる皮革加工品の露店前で腕を組み、二種類の武器用(ウェポン)ホルダーを見比べて悩み込んでいた。


「まだ悩んでいるのか?ウェンリー。すぐに決められない時は、後悔するから買わない方がいいぞ。」


 この凄まじく混雑した喧噪の中、俺の感覚では彼此もう十五分はあのまま店の前に陣取っており、他の客の邪魔になることも気にせず、ウェンリーは商品とにらめっこをしている。


「ええ〜?でもどうしても欲しいし…そう言うルーファスはなにか買ったのかよ?」

「ああ、カラビナバッグとボトルホルダーだな。大分古くなったから、そろそろ新しいのに変えようと思っていたんだ。」

「え、早え!」

「おまえが遅いんだよ。」


 俺は基本的に機能性を重視した装備品が好みで、こう言ったものを選ぶ時は品質を第一に長く使用できるものを買うことにしている。

 ウェンリーはどちらかと言えば見た目が第一で、かっこよさや派手さを好む傾向にあった。だからこういう場所に来ると、大抵俺の方が先に買い物を済ませ、後はウェンリーが決めるのを待っていることが多いのだが…


「よし決めた、やっぱこっち!」


 …と、今日はそれほど経たずにどちらを買うか決まったようだ。


 ウェンリーが代金を支払って品物を受け取ると、俺達はその露店から離れてまた人混みを歩き出す。

 今回の国際商業市(ワールド・バザール)は六年ぶりの開催だが、前回と比べても出店数や人出がかなり多い。街から一歩外に出れば昨日のように、魔物の不安が尽きない状況ではあるけれど、こうした祭りを行えるほど平穏なのはいいことだと思う。

 ああ、因みにラーンさんは、この人混みを見るなり、前回よりも人が多い!と尻込みして早々に退散してしまい、待ち合わせ場所を決めて後で落ち合うことにしたのだ。


「次、どこ行く?」

(おさ)とゼルタ叔母さんに、なにか買って帰ろうと思っているんだ。村では手に入らないような物で…なにがいいかな?」


 ウェンリーは長とゼルタ叔母さんの甥っ子だし、俺が知らない二人の好みをなにか知っているかもしれないと思い、参考までに聞いてみることにした。


「うーん、そうだな…、お揃いの柄シャツ!なんてどうよ?」

「…え?お揃いって…長とゼルタ叔母さんにだぞ?…いや、着ないだろ。」


 思い付いた!という顔をして人差し指を立てたウェンリーに、しかもなんで柄シャツなんだ?と俺は思う。


「そっか…んじゃあ帽子は?色違いにしてさ。」

「…それも同じ形の?…被らないだろ、特に長は。」


 ただでさえ長は髪が薄くなって来たのを気にしているのに、帽子なんか被ったら益々気にするじゃないか。


「あ、だったら腕輪(バングル)!!二人でしてたらおしゃれだろ?」

「――…ウェンリー、俺は真面目に聞いているんだが。」


 カップルコーデから離れようよ…。


 そう言った俺に対して、「なんだよ、俺だって真面目に答えてるぜ?」と真顔で返したウェンリーに、もういい、自分で考えると、俺は首を振ったのだった。


≪ 長には足腰の痛みを和らげる腰当てがいいかな。ゼルタ叔母さんには…≫


「お、そういやさっき、そこの店でラカルティナン細工がどうとか聞こえてなかったっけ?ゼルタ叔母さんに装飾品か細工物とかいいんじゃね?」


 今度はまともな意見だ。


「うん、いいな。覗いてみるか。」


 そして俺達は今度は宝飾品や装飾品が並んでいる露店に立ち寄った。なるほど、確かに綺麗で女性が喜びそうなものも多い。


「ラカルティナン細工ってどれ?」と、ウェンリーが早速尋ねると、なぜかその店主は酷い苦笑いを浮かべて、「いやあ…にいちゃん、勘弁してよ。」と答えた。

 そう言って宣伝していたのを聞いたから来たのに、その言葉の意味がわからず、俺達は首を捻る。


「ラカルティナン細工は売れちまったからもうないけど、どれも一点物なのは確かだよ。俺の手作りでな、良かったら見てってくんな。」


 手作りで一点物か…悪くないな。使っている素材も良さそうだし、ああそうだ、いつかまた会えた時のために、サイードにも…――


 もっと高価な物を身につけているかもしれないとは思ったが、なんとなく俺からの贈り物ならなんであっても喜んでくれそうな気がしたので、彼女にもなにか見繕うことにする。


 ゼルタ叔母さんにはブローチとか…エプロン留めも良さそうかな。サイードにはあの青銀の髪とカチューシャによく似合う髪飾りにしよう。

 そう決めて店主に品物を頼もうとしたその時、奧の隅の方に置いてあった木箱の中に入っている、なにかにふと目が止まった。


 ――なにかが透けて見える…なんだろう?


 それは俺の『真眼』というスキルに反応しているようだった。


「…すいません、あの木箱の中のものは?」

「ん?あれかい?」


 そう尋ねると、店主がそれを運んで前に移動してくる。それはラ・カーナ王国が滅んだ当時に大量に流れて来た遺品や買い取り品なのだそうだ。

 中には貴重な物が見つかることもあり、汚れを綺麗に落として元のように磨き、売りに出すこともあるらしかった。


 俺は中を見せて貰ってもいいか聞いてから、許可を貰って目当てのものを探し始めた。俺の行動に驚いたウェンリーは、口をポカンと開けて呆れて見ている。


 ――あった…これだ。


 箱の中に埋もれていた、煤で真っ黒になっている金属製の首飾り(チョーカー)。指で裏面を擦ると、『R』の文字が彫られているとわかる。きっと誰かの遺品なのだろう。

 普通なら嫌がる人間も多いと思うが、俺にはこれがぼんやりとした光を放っているように見えたのだ。


 頭に現れた画面の中のスキルで鑑定してみると、強力な守護魔法が施されている特殊装身具(ユニーク・アクセサリー)だということがわかった。


 『特殊装身具(ユニーク・アクセサリー)』というのは、その名の通り特殊な魔法やスキルの効果を持つ装身具のことだ。

 この首飾り(チョーカー)がどうやって作られたものなのかはわからないが、特殊装身具は腕の良い職人や細工師が心血を注いで作成したものなどの中から、稀に出来上がることがあると言う。

 それは大抵身につける者に幸運を齎したり、邪気を払ってくれたりと日常的且つ永久的に役立つものが多く、その稀少価値はとんでもなく高い。


 因みに装身具に魔法石を埋め込んで効果を付加したものは、特殊装身具とは言わず、通常の装飾品扱いだ。

 こちらは魔法石を扱える技術を持った人間であれば誰にでも作ることが可能なのだが、魔法石の効果は魔力が尽きれば消えてしまう。そうなれば同じ効果を持つ魔法石と取り替えて使用するしかないし、特殊装身具ほどの高い効果を得られるものはまず存在しない。


 この説明で特殊装身具というものが、どれほど価値のあるものかわかって貰えるだろう。


「――これって売って貰えるんですか?」


 俺がそう口に出すと、ウェンリーがギョッとする。


「そりゃ構わないが…銀髪のにいさん、そんなものどうするんだい?まあ磨けば十分使えるとは思うが…」

「そのつもりです。」


 俺は頷いて事も無げにそう言った。この店主さんには悪いが、これが特殊装身具だということは黙っておこう。これの価値に気づかないのなら、宝の持ち腐れだ。


 横で口をパクパクさせながら、なにか言いたそうにしているウェンリーを無視して、俺はゼルタ叔母さんにエプロン留めと小花型のブローチを、サイードには金の花びら型の土台にサファイアの付いた髪飾りを首飾りと一緒に買うことにした。


 店主はサービスだと言って装身具の汚れを落とす薬剤、『ドゥエンガ液』も一緒に付けてくれた。…ほんの少し良心が痛むが、お金はきちんと言い値を払ったんだから、許して貰おう。


 俺は良い買い物をした、と上機嫌で露店を離れる。手にした三つの包みを無限収納に仕舞いながら歩き出すと、すぐにウェンリーが騒ぎ出した。


「なんでそんなもの買ったんだよ?真っ黒で煤だらけじゃんか…!」

「おまえにはそう見えるかもしれないけれど、このチョーカー、とんでもない掘り出し物だぞ?」


 俺はそう言ってウェンリーにこれが特殊装身具(ユニーク・アクセサリー)であることを伝える。すると今度は、なんでそんなことがわかるんだよと詰め寄られたので、視線を逸らしてはぐらかそうとしたのだが――


「――おまえさ、昨日から絶対なにか俺に隠してるよな?」とさすがに誤魔化しきれず、遂に睨まれてしまった。




 ところ変わって紅翼の宮殿三階――


 ライの自室では、そろそろ落ち着いた頃かと様子を見に来たイーヴとトゥレンが、ライが一人で出かけたことを知りどう対応するか悩んでいた。


「…国際商業市(ワールド・バザール)に出かけられた可能性が高いな、それは。」


 アルマから今朝のライの様子と、朝食時の会話の内容を聞いたトゥレンは、考え込むようにしてその行動を推測する。


「普段人混みなどはうるさいと言って嫌う御方だったから、まさかこう言った催し物に進んで出かけられるとは思いもしなかった。」


 ――トゥレンはこの時こう言っているが、実のところライが〝うるさい〟と言って嫌うのは、自分に群がる人の集団のことであって、単に街中で日常的に見られるような人混みのことではなかった。

 寧ろライは祭りのような陽気で賑やかな催しは好きで、現在のように人の注目を浴びさえしなければ、一日中満喫して出歩く方だったのだ。


 そうとは知らずに溜息を吐いたトゥレンに、横にいたアルマは小首を傾げる。


「そうなのですか?『お祭り』と知って、ライ様は随分と興味を持たれたご様子でしたし、私の話を真剣に聞かれていましたけれど。」


 アルマがライから受けたその印象は正しい。なんの先入観も持たず、素直にライに接していたアルマは、ライは賑やかなああ言ったお祭りが好きなのだろうと思ったのだ。

 そんなアルマに対し、イーヴとトゥレンは一瞬、顔を見合わせる。


「――ライ様が…アルマ、おまえの話を真剣に聞いていた、と?」

「はい。」


 そこまで聞くとイーヴは、わかった、もういいぞと言ってアルマを下がらせた。そして二人はライの自室から廊下に出ると、そこで立ち止まって再び話し合う。


「――驚いたな、先日のあのご様子では、使用人を簡単に受け入れてくださるとは思えなかったが…我らの人選は間違っていなかったと言うことなのか?」


 アルマの予想外の言葉に驚き、トゥレンは目を丸くする。


「そのようだな。アルマはライ様の事情をなにも知らない。平民出身で不慣れな分、誠心誠意を尽くしてくれるだろうとは思ったが…功を奏したようだ。」


 この二人が今話しているのは、紅翼の宮殿にライの自室が移ったことで、ライの身の回りの世話をする専属の侍女を付けなければならなくなったことに関してだ。

 以前軍施設の居住棟にあった自室とは違い、紅翼の宮殿は王族が出入りすることもある王宮と同様の建物であるため、そこに割り振られた専属の使用人が全てを管理している。

 イーヴとトゥレンは貴族の出身であるため、自分の部屋に使用人が出入りすることも、身の回りの世話を誰かにされることにも慣れていたが、元々民間で暮らしていたライは違う。自室では一人で過ごすことを好み、必要以上に他人に干渉されることを嫌う。そのことを知っていた二人は、ライ付きの侍女の人選にかなり頭を悩ませたのだった。


 この分であれば今後も問題はないだろうと、イーヴは続ける。


「それより私服で出られたのなら、おそらくお顔も隠されていることだろう。この人出ではすぐに見つけ出すのは困難だ、私兵を使うか?」

「いや…今何時だ?」


 トゥレンの問いにイーヴは、腕輪(バングル)に内蔵された時計を見る。


「午前十一時を回ったところだ。」

「そうか、とりあえず王宮の警備兵になんと言って出かけられたか、話を聞くことから始めよう。」


 話が纏まると足早にその場を後にする二人だった。




 ――イーヴやトゥレンの行動など心の隅にもない当のライは、ラカルティナン細工を買った後で他にもいくつかの露店を見て回り、気に入った衣服や小物を購入しては一時間ほどを過ごした。

 久しぶりの人混みに少し疲れ始めたライは、人のいないところを探して裏通りへ入り、大通りから離れて魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の総本部裏側に位置する、下町までの東にかけて広がる王都立公園に来ていた。


 普段なら散歩や恋人との逢瀬を楽しむ人でそれなりに賑わっている場所だが、今日に限っては皆大通りに出かけてしまい、公園内は閑散としていて静かだった。


 それでもなるべく目立たないようにと、わざわざ木が多く植えられていて薄暗く、あまり人に見られない場所を選んで探し歩く。

 程なくして見通しが悪く背の低い植木で遮られた、丸太を半分に切った形のベンチを見つけると、被っていたフードを外してから、そこに腕を枕代わりにして頭の後ろで組み、ゴロリと寝転がった。


 暫くの間静かに目を閉じて、少し肌寒く感じるぐらいの風に身を任せる。


 サワ…サワサワ…


 すぐ傍に立つ大木の枝葉が風に揺れる音が聞こえ、耳元を小さな虫のブンッという羽音が掠めて行った。


 ――静かだな…


 つい先日まで命のやり取りをしていたとは思えないぐらいだ。予想以上の人混みには少し疲れたが、思わぬ掘り出し物も手に入って…商業市(まつり)を観に来た甲斐もあった。

 今はうるさい監視役もいない、こうして外でゆっくりと一人になれるのは随分と久しぶりだ。これからのことをじっくり考えるのにはちょうど良いだろう。


 ゴソ…


 ライは着ている上着のポケットからラカルティナン細工のオルゴール・ペンダントを取り出すと、いつものように釦に触れて曲を鳴らす。

 オルゴール・ペンダントは一時の間、キン…コロン…カラン、コロン…と、琴線を弾き優しく、どこか悲しげな音楽を奏で続けた。


 ライはいつも懐かしい故郷といなくなってしまった家族や友人に思いを馳せる時、必ずこの曲を聴いている。ライにとってこのオルゴールは思い出と切り離せないとても大切なものなのだ。

 そのオルゴールを見つめながら、ライはまた遠い昔を思い出す。


 ――もう二度とは戻らない日々…孤児院での母親代わりだったシスター・ラナも、なにをするのも一緒だった親友のシン…マグにミリィ、大勢いた身寄りのない子供達もみんな、あの日炎の中に消えてしまった。

 ラカルティナン細工の職人が多く住んでいた『ヘズル』の街…レインとの思い出もなにもかも…あの国の面影はもう、こんな小さな物にしか残されていない。


 マイオス爺さんがいなくなってしまったのなら、これから俺は…なにをすればいい?今のままあの男の言いなりになるのだけは御免だ。

 血の繋がりがあると言うのが真実であったとしても、俺はあの男をどうしても父親だとは思えない。

 戦争で俺の故郷を奪い、家族も友人も…間接的とは言えあの男が殺したも同然だ。なのに罪の意識を感じてさえいない…そんなあの男を俺が許すことは一生ないだろう。


 ライは短く溜息を吐くと、オルゴールを止めてペンダントを胸ポケットに仕舞った。


 爺さん…無縁仏として葬られたって書かれていたな。…せめて墓ぐらいなんとかしてやりたいところだが…


 ――ツェツハは…遠いな。


「最後まで傍にいてやれなくて…すまない、マイオス爺さん。…せめて安らかに眠ってくれ。いつか必ず詫びに行くから…」


 未だ心の整理が付かず、どうしたらいいかもわからないまま、大切な人を失った悲しみにズキズキと痛む胸を押さえ、ライは目を閉じる。

 唯一の家族を失ったことを知り、寝室に籠もっていた間に泣くだけ泣いた。


 そうして静かに故人の冥福を祈ろうとしたライの耳に、離れたところから少しずつこちらへと近付いて来る人の声が聞こえてきた。


 近くを通られたところで、植木の影になって見えない場所に寝転がっている自分には気づかないだろうと、初めは気にも止めていなかった。だが近付いてくるにつれはっきりしてきたその声は、無粋なことになにやら揉めているような男女の声だったのだ。


 〝こんなところで痴話喧嘩か?〟と、ライは耳を(そばだ)てる。


「…っとやめて、放してったら!!」


 嫌がるような、若い女の声だ。続いて辺りの木々をガサガサ揺らす音と、草木を避けるのではなく、無理に枝葉が折られた時のパキパキ、ザザッと言う乱暴な葉擦れの音が静寂を破った。


「こんなところまで引っ張って来て、いったいなんのつもりなの!?バスティス!!」

「そうツンケンするなよ、リーマ。俺の気持ちはよ〜くわかってんだろ?」


 へへへ、と茶毛に無精髭を生やした男が、歪んだ口元に野卑な笑いを浮かべる。


「王都にゃ他にいくらでもいい酒場があるってのに、なんのために俺があんなチンケな店に通ってやってると思ってんだ。今日こそ良い返事を聞かせて貰うぜ。」


 男はリーマと呼ばれた女性の手首を掴んで、ギリリ、と強く締め上げた。


「いた…っ()してよ!何度言ったらわかるの!?どんなに付き纏われたって、あんたの女になんかならないって言ってるじゃない!!いい加減にしてよ!!」


 彼女は掴まれた腕が外せず、悔しそうに半分涙ぐみながら、それでも抵抗しようと男をキッと睨みつけた。


「そうかよ?俺の女になりさえすりゃあ、あんなところで腰振りダンスなんざ踊らなくて済むんだぜ?人がせっかくおまえみてえな身寄りのねえ薄汚れた女を、女房にしてやろうってんだから、素直に喜べよ。ええ?」


 ――〝身寄りのない、薄汚れた女〟。その男の言葉に、ライがピクリと反応して身体を起こす。そして僅かな音も立てずに()()無限収納から『ライトニング・ソード』を取り出した。


 周囲に誰もいないと思い込んでいる男は、彼女の顎を掴んでグイッと引き寄せると、汚い口を突き出して無理矢理くちびるを奪おうとする。瞬間、ゾオッと鳥肌が立つほどに嫌悪した彼女は、力の限りに男の頬を引っ叩いた。


 パアンッ!


 人気のない静かな公園に響き渡る、それはとてもいい音だった。


「気安く触らないでよ、(けが)らわしい!!酒場の踊り子だからって馬鹿にしないで!!誰があんたなんかと…っ!!」


 怒りと怖さで震えながら、彼女は精一杯罵った。だがその態度がこのゲスな男の逆鱗に触れる。


「この…っ」


 カッとなった男は彼女を力尽くで地面に押し倒し、その衣服に手をかけ、一気に引き裂いた。

 ビビビーッという無残にも布が引き千切られる音が辺りに木霊する。


「こうなりゃ力尽くでモノにしてやる!人が下手に出てりゃいい気になりやがって!!」

「いやああああっ!!誰か…やめてえっ!!!」


 シュリンッ


 ――その時、男の後ろで剣を鞘から引き抜く澄んだ音がする。と、次の瞬間、興奮した男の首筋に、ヒヤリと冷たいなにかがピタッと押しつけられた。


「な…っ」


 首に宛がわれたそれが、光を帯びた剣の刀身だと気づいた男は、彼女の肩を掴んで地面に押しつけたまま、一瞬でピクリとも動けなくなる。


「――その首、斬り落とされたくなかったら女を放せ。」


 (すこぶる)る不機嫌な表情で背後から男を見下ろし、背筋が凍るほど冷ややかな声でライが静かに言い放つ。

 その身体からは、男に対する凄まじいまでの殺意を含んだ闘気が放たれていたのだった。

 

差し替え投稿中です。※2023/03/13現在。

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