175 太陽の希望、人員増加
王都の魔物召喚事件に関して、最終的な報告会議を行ったルーファス達は、これで太陽の希望としてはエヴァンニュ王国を発つことをイーヴ・ウェルゼン副指揮官に伝えます。不穏な冗談を言われたものの、会議は終了して…?
【 第百七十五話 太陽の希望、人員増加 】
――魔物駆除協会から『委任』されたような形で、王国軍代表のウェルゼン副指揮官達と行った合同会議は、なんだかんだと説明が長引き、最終的には三時間近くもの時間を要した。
その殆どが魔法に関する細かな説明にかかった時間で、結局俺は『蒼天の使徒アーシャル』と『有翼人』、そして最たる元凶の狂信神官『聖哲のフォルモール』については確たる証拠がなく時期尚早と判断し、話すことはしなかった。
今回の件で犯人だとはっきりしている『カルト教団ケルベロス』に関しては、現時点でわかっていることをできるだけ話したが、バスティーユ監獄島で古代期には存在し偽神と呼ばれた教祖アクリュースや、ケルベロスに俺が狙われていることなどは要らぬ疑問を抱かせることになるため話せなかった。
もちろん脅威は去ったとは言え、神獣召喚やレスルタードのことなど最初から言えるはずもない。
まあそれでも、いくら俺がSランク級守護者だとは言え、魔物以外のことに詳しいはずはないだろうとウェルゼン副指揮官達は思ってくれて、王都在住のハンター達から集めた証拠品と証言からわかることだけで納得してくれたようだった。
そして問題のケルベロスによる魔吸珠のすり替えだが、こちらはあくまでも俺の推測に過ぎず断定するには証拠が足りないと言うことで、国民への正式な公表は見送られることになった。
但し闇属性を主に持つ国民に関しては、属性検知機によって全国民の主属性が戸籍同様に記録されたことを受け、調査員を派遣して配布した魔吸珠を調べるなどの対策が取られる。
これは最終的に魔物駆除協会から魔法石に詳しい協会員を同行(多分魔法で姿を変えた黒鳥族になるだろう)させることになり、各所に派遣されている軍兵が主体で行ってくれるそうだ。
そして肝心なその『魔吸聚珠』についての説明をしていた時、普段あまり表情を変えることのない(と言うか俺は淡々とした無表情しか見たことはないんだが)イーヴ・ウェルゼン副指揮官の顔が酷く険しくなったのが印象的だった。
犯人捜索に当たっていた守護者から証拠品として提示された『魔吸聚珠』を見ながら、ウェルゼン副指揮官は頻りに〝この魔法石を使われた人間はどうなるのか〟とか、〝もし生存できたなら後遺症はあるのか〟などと俺に質問を投げかけてきた。
かなり深刻な様子だったことから、もしかしたら彼には魔吸珠を使用した主属性に闇持ちの知人がいるのかもしれない。
ただ残念なことに、それに関して俺の知識は役に立たなかった。なぜなら、非常に生存確率の低い魔吸聚の禁呪を受けて生きている人の記録は、俺のデータベースに一切残されていなかったからだ。
――魔吸聚珠の説明が済んで今後の対応策が決定し、この会議の締めとなる段階で、以降この件に関する応対は全て魔物駆除協会が直接行うとして、『太陽の希望』の役目はここまでとする旨をウェルゼン副指揮官に伝えた。
それは少し予想外だったらしく、戸惑い気味に理由を尋ねる彼に、俺達はこの後王都を発ち、一両日中にも国を出る予定でいることを話した。すると――
「Sランク級守護者の国外流出は…しかも一度に三人もとなると、国として到底喜べることではない。王国軍としても近衛副指揮官としても、貴殿らとは今後も良好な協力関係を続けたいと願っていたのだが…我が国の民のためにも思い直して頂けないのだろうか。」
ウェルゼン副指揮官は言葉にこそ気をつけているが、実に国側の軍人らしくこちらの都合を端から無視したことを言って来た。
理由も聞かずにそう言ってくるのか…まあそうだよな、軍側にも相当な死傷者が出たらしいし、守護者に頼ろうと考えるのはある意味当然だろう。
もしこう言ってくれているのがあの危なっかしい『黒髪の鬼神』だったなら、俺も少しは情に絆されて躊躇ったかもしれないな。まあそれでも、結果は変わらないけど…
そんなことを思いつつ、テーブルに肘を付いて落胆しているように見せかけている様子のウェルゼン副指揮官に俺は返した。
「俺達にはどうしてもやらなければならないことがあって、それは後にこの国のためにもなることだと思います。リーダーである俺の方針としてこの段階でお伝えしておきますが、『太陽の希望』は今後も一国だけに属すことはなく、そして守護者に国境はありません。これからも俺のパーティーには、魔物という脅威に対して一騎当千に値する優秀な人材が集まりますが、この世界で魔物を殲滅しうる強力な力はそれを欲し利用しようとする権力者の標的にもなります。そんな事態を避けるためにも、俺達は各国を転々と渡り歩くことになるでしょう。」
「…守護者の資格さえあれば、どの国でもSランク級守護者は敬われ重宝される…国境がないというのも事実だろう。だがもし我が国が国境を封鎖し、是が非でもあなた方を国に留めたいと申し上げたらどうか?」
ウェルゼン副指揮官の意外な言葉に、俺は目が丸くなる。
それはそうまでしても俺達を引き止めたいというウェルゼン副指揮官の意思表示であり、もちろん本気で言っているわけではないと思うが、思わず俺は苦笑した。
現時点での届け出で俺達パーティーのメンバーは五人(マリーウェザーは守護者の資格を取ったが、臨時に同行しただけで正式なメンバーではない)。その内の三人がSランク級であるなど、この国では非常に稀なことだ。
なぜならエヴァンニュ王国でのSランク級守護者は(リカルドを含め)大半がソロであり、必要に応じて一時的に誰かしらとパーティーを組むことはあっても、Sランク級同士で行動することは滅多にない。
それは良くも悪くも高位ランクの守護者は我が強く、強い己の矜持によって動いているため、他者と意見の合わないことがままあるからだ。
もちろん守護者以前に元から仲間である俺達には、そんな心配は要らない。意見がぶつかることはあっても絆に亀裂が入ることはないし、喧嘩しても仲間は仲間だからだ。
「…別に構わないですよ。国境を封鎖されても、俺達にはなんの問題もありませんから。」
「それは軍と一戦交えても構わないという…?確かにあの魔法に敵う者はいないだろう。だが貴殿は決して自らの力で人を傷つけないと言っていたはずだが。」
「そうですね、その通りです。俺には守護者としての誓約があって、自身の力で人を殺すことはできません。でも俺の仲間達は違いますよ?必要とあれば手をかけることも厭いません。尤もそんなことになるぐらいなら、まともな手段で国境を越えなければ良いだけですが。例えば、転移魔法を使うとかですね。」
「ふ…確かに。」
――俺に冗談を言ったつもりはなかったのだが、ウェルゼン副指揮官は口元に右の拳を当てて小さく笑った。その横でルーベンス第二補佐官はなぜか酷く驚いている。
…この人が笑うところを初めて見たな。声を上げて笑うところなんかはちょっと想像できないけど、こんな風に静かに笑む人なのか。
以前とは違って、俺の中の彼に対する苦手意識は消えていた。やはりこの人も悪い人ではないのだ。――と思いきや…
「大変失礼した。今のはあくまでも貴殿らに留まって欲しいという願いを表しただけで、本気で敵対する気は毛頭ない。それに各国を渡り歩くと言うことは、いずれまた戻ってくることもあるのだろう。貴殿の言う通り転移魔法をお持ちなら、国の窮地にはどこからでも駆け付けてくれるつもりでいると言うことだな。」
「はは…それはできれば、ですけどね。」
危ない危ない、下手に〝はい〟なんて頷いたら言質を取られるところだ。やっぱり怖いな、この人…俺を油断させておいてそう来るとは抜け目がない。
ウルルさんが提供してくれる転移魔法石はあるけど、俺はまだ転移魔法が使えないので、残念ながらお約束はできません。…とは言えないし。
――こんな風に苦笑する場面もあったが、意外にも和やかな雰囲気で最後は終わったのだった。
「そう言えばルーファス、ライ・ラムサスとやらのことは良いのか?カラミティの呪印について聞きたかったのだろう。追いかければまだ間に合うだろうに。」
会議が終わるとウェルゼン副指揮官は、なにか急いでいる様子で挨拶もそこそこにルーベンス第二補佐官と一緒にギルドを飛び出して行った。
それなのにシルヴァンはその副指揮官達を見送った後になって、急にそんなことを言い出したので俺は面食らった。
「今さらだな…あれからもう大分日も過ぎてしまったし、今日も会えなかったんだから当分いいよ。」
「ではなぜ以前はわざわざ面会の申し込みをしたのだ?」
「前は彼がなにかしら呪印の影響を受けていないかだけ知りたかったんだよ。それは既に確認できたし、公務に暫く姿を見せていないらしいのに、城に会いに行っていきなり背中を見せてくれとは言えないだろう。」
シルヴァンとは別行動を取ったから話していないが、ライ・ラムサスにはバスティーユ監獄で対面している。
あの時の彼は変化魔法を使って素性を隠していたので呪印のことを尋ねなかったけれど、死に瀕するような傷を負ってもなにか影響を受けている様子がなかったことは、長時間傍にいた俺が直接見て知っている。
「…既に確認できたとは、どういう意味だ。」
「言葉通りだよ。本人に聞いたところでなにかわかるはずもないし、効果と目的を知りたいのなら呪印を施したカラミティとマーシレスに聞くべきだ。だから今は会わなくてもいい。」
「むう…そうか。」
多分今になって思い出したんだろう。突如そんなことを言い出したシルヴァンは、少し腑に落ちないというような顔をしていた。
VIPルームから出ると、ウェンリーは時間を惜しむようにラーンさんと話をしていた。後からゆっくり帰ると言っていたラーンさんの会話を聞くに、実はこの会議への出席はウェルゼン副指揮官からの打診で、ウェンリーが王都にいることを知って会う機会を設けてくれたものだったようだ。
もちろんそこには防衛部所属であるラーンさんの仕事もあるのだが、昨日俺がラーンさんとターラ叔母さんの様子をウェルゼン副指揮官に尋ねたせいもあったらしい。
そこで良い機会だなと思った俺は、ウェンリーに自由時間を取らせることにした。
「い、いいのかよ…?俺、今日依頼失敗したのに…」
大分浮上しているけど、まだ暗い顔をしているウェンリーは、遠慮がちにそう言った。
「あれは失敗の内に入らないから安心しろ。それより、明日にはシェナハーン入りするんだ。なにか余程のことがない限り、当分エヴァンニュには(拠点のルフィルディルを除く)戻って来ないから、ターラ叔母さんにも会って来いよ。次に会えるのはいつになるかわからないんだから。」
「…わかった、ありがとな、ルーファス。じゃあちょっと行ってくる。」
「ああ。」
まだ落ち込んではいるようだけど、それでも嬉しそうにしてウェンリーはラーンさんと一緒に俺達から離れて行く。ラーンさんの方も久しぶりの親子対面とあって喜んでいるようだ。
因みに帰りは転移魔法石を持っているので、夜十九時頃までにルフィルディルへ直帰と言うことにして、ウェンリーとリヴを除いた俺達は一足先に拠点へ帰る。
なぜリヴも置いて行くのかというと、リヴはリヴでどうしてもまた下町の彼女に会いに行きたくて堪らないらしいからだ。(会議が終わるとそわそわし出して、俺とシルヴァンの話すら耳に入っていないんだものな。)
…と言うことで俺が自由時間を許した途端、リヴはピューッとあっという間に離れて行き、残った俺とシルヴァンはハンターフロアで待っていたサイード、プロートン、デウテロン、テルツォらと合流し、パーティー加入の手続きを済ませることにしたのだが――
その前にシルヴァンが俺に待ったをし、もしや最初からその話を聞いていたんじゃないのか?と疑問に思うぐらい、にこにこしたサイードがファロを俺のところへ連れて来た。そうしてどういうことかと聞くと…
「ええっ!?ファロが俺達のパーティーに入りたいだって!?」
驚く俺に対し、ファロは緊張気味にサイードから少し下がって俺を見ている。
「いやでも俺達、明日にはエヴァンニュを出るんだ。ファロは国外にまで付いて来たいわけじゃないんだろう?俺としてもせっかく王都を拠点にしているファロがSランク級に昇格したんだから、できればここの守りにいてくれた方が良いんだけど。」
「ええ、わかっています。ですから彼にはその旨を、ちゃんと伝えておきましたよ。その上で私はファロをパーティーに加えるのは良いことだと思うのです。」
「え?…サイード、ごめん。言っていることの意味がわからない。」
サイードはやれやれ、と言うように首を振り振り、組んだ腕の右手の指先を口元に当てて言う。
「ルーファスは少し頭が固いですね。いいですか?ファロには――」
サイードはファロには今日付けで『太陽の希望』に加入して貰い、俺達がエヴァンニュから出た後の王都で別働班として活躍して貰えばいい、と言うのだ。
「あなたは私達が国外へ出た後のことを心配していると、シルヴァンティスから聞きました。ファロは魔法も使わずにSランク級に昇格するほどの実力者ですよ?剣と弓による遠近攻撃に優れ、変異体との戦闘も文句なし。ウェンリーのように魔法石の使い方さえ覚えれば、ほぼ死角はなくなります。そんな彼が一員となってくれて王都を守ってくれれば安心でしょう?パーティーで得た報奨金はギルドを通して均等に分割されるのですし、別働班だとしてもファロには多くの利点があります。ある程度の条件は必要ですが、私達にとっても悪くない話なのでは?」
ええ…?やけにファロを推すなあ…そんなに彼が気に入ったのか?まあ俺もファロは好青年だと思ったけど…別働班だと一緒に行動することはあんまりないはずだよな…ファロはそれでいいんだろうか。
「…サイードがそこまで言うなんて、ファロは凄いんだな。」
俺はサイード越しに見えるファロに、ちらりと視線を送った。ファロの方は両手を握り合わせて、まるで俺を拝むような格好をしている。
「ええ…彼には何度も助けられていますから。」
「何度も?え…今回の戦闘で?」
「いえ、そうではありませんが…とにかく、私からも彼をパーティーメンバーに推薦します。ああ!いけない、私はまだ加入前でしたね、勝手なことを言うと怒られてしまいますか??」
…今さら??
「いやそんなことで怒らないって。サイードはもうメンバー同然だからいいんだけど…」
なんか誤魔化された、のか…?
そんなこと思ってもいないくせに恍けたサイードは、悪びれなく微笑んで「因みにシルヴァンティスとリヴグストは、私の意見に賛成してくれましたよ。」と告げ、さらに思いっきり俺の微苦笑を誘う。
「サイードはああ言っているけど。」
横にいたシルヴァンにあえて尋ねると、シルヴァンは当然のようにこくりと頷く。
「要はパーティーに加入したとしても名を連ねるだけで、国内での活動時以外は同行することもない。王都に在住のままこれまで通り働いてもらうだけと言うことになるのなら、かつて各地に協力者がいた時のように、地元で動く仲間がいてくれるのは良いことだと我とリヴは判断した。特に其奴はSランク級昇格を引っ提げての加入申請だ、無下にすると互いの評判にも悪影響が出るぞ。」
シルヴァンもファロには好意的か…王都に在住という部分を強調したと言うことは、つまりシルヴァンはファロをルフィルディルに連れて行くわけではないから構わないと言っているんだな。
パーティーへの加入申請は受け付けないという公表はしておらず、加入資格なども特に決めていなければ、こういうこともあり得るのだと言うことを俺は失念していた。
それにサイードとプロートン達を、資格を得たと同時に保護する名目で仲間に入れようとしている以上、Sランク級昇格を引っ提げてまで申請してきたファロの加入を断れば、彼の評判が地に落ちるのは明白だ。
――参ったな…でもそうか、言われてみればパーティー内での別働班という考えは悪くないかもしれない。
俺が決めた太陽の希望内での規則さえ守ってくれるなら、間もなくSSランク級になる俺のパーティーは、新規加入者でも報酬が高く結構な箔も付くだろう。
俺がリカルドの名前に影響を受けていたように、Sランク級守護者になったばかりだとしてもその恩恵はかなり大きいと知っている。
『太陽の希望』の規則はいくつかあるが、その中で最も特殊なのが報酬関連だ。各個人で受けた依頼でもその半分がパーティーの報酬となり、一日単位でその報酬合計額を人数で割り、全員が均等に生活費を稼げるようにしてあるのだ。
普通そんなことをすれば、自分で稼いだ報酬は自分だけが貰いたいと文句を言う人も出てくると思うだろうが、戦利品に関してはそれぞれで売却額全てを受け取ることができるし、俺達が日に受ける高難易度の依頼報酬を分割しただけでも相当な金額になるので十分なはずだ。
この規則は、等級の差による収入の違いをなくすために俺が決めたものだ。偏にウェンリーのためと言うのが本音だが、資格を得た直後はBランク級から始まるという、ギルドの規定に沿っている。
因みにこう言ったパーティーの規則による報酬の振り込みも、届け出さえすればギルドがしてくれるので手間がかからない。ウルルさんはハンターに対して本当に良く考えてくれており、至れり尽くせりだなあと思う瞬間だ。
――ファロをパーティーに入れるに当たって、同業者の加入可否権限はなしにしたとしても、他の守護者と行動するのはファロの判断に任せ、俺は彼からエヴァンニュ国内での魔物の動向や各地の異変を一般守護者の視点で知ることができる。
神獣召喚の件もまだ懸念が残っているし、ファロの志望目的が納得できるものなら、寧ろ俺にとっては良いことずくめだ。
「太陽の希望の規則については説明したのか?」
「無論だ。」
パーティー内の本気での揉め事は御法度とか、メンバーを危険に晒すような裏切りは許さないとか、結構厳しいものもあるんだけど…それを聞いても気が変わらなかったと言うことか。
俺はサイードの後方にいたファロに近付き、なぜ俺達のパーティーに入りたいのかを尋ねてみた。
「実は俺、ルーファスさん達がパーティーを結成して登録したギルドがある、ロックレイクの出身なんです。」
ファロが言うに魔物駆除協会のロックレイク支部では、俺達があの街でパーティー登録をしたことによる恩恵を受けて、ギルドから莫大な報奨金が支給されたのだそうだ。
「ああ、そうか…その地で登録したハンターやパーティーがSランク級に昇格すると、ギルドから特別報奨金が支払われるんだっけ。」
それは魔物駆除協会の支部を存続させるに当たって設けられた運営内部の仕組みであり、個人登録者には直接関係のない話なのだが、各地で名を登録したハンターや結成登録をしたパーティーがSランク級(パーティーの場合はそれ以上のランクごと)に昇格すると、その支部にはお祝いとして特別報奨金というのが支給されるのだ。
メクレンのギルド支部にも、俺がSランク級に昇格した時点で高額の特別報奨金が支払われているはずだ。
他にシルヴァンもメクレンで守護者登録をしているから、恐らくだが俺達二人分の特別報奨金はメクレン支部に支給されている。
リヴはルフィルディルで登録しているからルフィルディル支部に支払われているだろうし、サイードは近日中にもSランク級昇格は確実だろう。プロートン達も戦闘に慣れてしまえばSランク級まではそう遠くないだろうから、王都の本部には上手く行けば四人分の報奨金が出ることになる。
俺達『太陽の希望』は偶々ルクサールでの出来事があって、ロックレイクにてパーティーの初期登録をした経緯があった。
ファロが言っているのはそのことで、その金額は相当なものとなり、小さな地方支部が建て替えをして増築し、さらに数年分の維持費を賄い、改装された建物周辺にも新たなハンターが集まって来るという経済的恩恵があって、そこで働く協会員に何年か分の賞与が出るくらいの、早々滅多にはないことなのだ。
「そうか、それは良かったな。え…でもまさか、そのせいってことはないよな?別にロックレイクを選んでパーティー登録をしたわけじゃないんだ、偶然だよ。」
「違います。…と言いたいところですが、それがルーファスさん達を知る切っ掛けになりました。ロックレイクはシャトルバスを利用すると王都から割と近いので、ここの掲示板に依頼が張り出されることは良くあるんです。俺は半年ほど前まで実家に住んで仕事をしていましたが、もう二十五にもなるのにロックレイク周辺だけだと自活するには稼げなくて…それで自立と等級の昇格目指して王都に拠点を移したんです。」
「そうだったのか…今まではソロでやって来たんだよな?それなのに、どうして?」
「そ、れは…」
明るくハキハキと答えてきたファロが、伏せ目がちに言い淀んだ。少し暗い表情をしてなにかに思い馳せるように口を開く。
「素直にルーファスさん達の強さに憧れたと言うのもありますが…エヴァンニュでは魔物がある時から突然強くなって、リカルド・トライツィの名前でランクが悪化修正されたことがありましたよね?」
「ああ、そうだな。」
それはもう随分と昔のように感じるが、まだそれほど前の話じゃない。俺はエヴァンニュ王国を守っていたという守護壁の消滅で、元々弱体化していた魔物が本来の強さに戻っただけだと推測しているけど…その日たった一日でいきなり強くなった魔物は、その変化に気づかずこれまでと同じようにして戦った数多くのハンター達の命を奪ったのだ。
「あの時、パーティーを組んでいた親友を失ったんです。それ以来、中々立ち直れなくて…一人の方が良いってずっと思っていました。」
だけどファロは、努力して実力を上げることで少しずつ強くなり、今では自分に大分自信がついたという。
親しい友人を魔物との戦闘で失くした痛みを、自力で克服したのか…凄いな、ファロは。それだけでも尊敬に値する。
「そんな中『太陽の希望』というパーティーの話を聞いて、自分も一緒に戦いたいと思うようになりました。ルーファスさん達は僅か一日でSランク級パーティーに昇格し、もうすぐSSランク級への昇格間近だと聞いています。もし俺もメンバーに入れて頂けるなら、その名に恥じないよう一生懸命頑張りますので、どうか俺を一員に加えて頂けないでしょうか。」
「…俺達がエヴァンニュを出る話は聞いたんだよな?ファロの言う〝一緒に戦う〟と言うのは少し難しいと思うけど。」
俺の指摘にファロは首を左右に振った。
「サイードさんから話は聞きました。俺の言う〝一緒に〟とは常に共にいるという意味じゃありません。そりゃ最初はルーファスさん達の傍で戦えたらと思っていましたが、ずっと一緒にいなくても同じ志で魔物と戦い、人を守るという強い意思を仲間内で持ち続けられるのなら、それも一緒に戦うということになると思ったんです。」
俺達の仲間になりたい。高ランクパーティーの一員になって、もう二度と仲間を失わないように戦い続けたい。その一心でSランク級への昇格を目指してきたのは事実だから、一考して貰えないかとファロは言う。
「――わかったよ、ファロ。昨日話を聞いた時はまさか俺のパーティーのことだとは思わなかったけれど、規則を守ってくれるのなら歓迎する。よろしく頼むよ。」
「ありがとうございます!!」
ぱあっとその表情を最大限に明るくし、本当に嬉しそうなファロと俺は握手を交わした。
シルヴァンが獣人族でリヴが海神候補の海竜。サイードはインフィニティアの人間でプロートン達はまだ魔力で作った身体の慣らし中。
神魂の宝珠のことも封印されている仲間のことすら今は打ち明ける段階に遠く、俺が守護七聖主であり、シルヴァン達が守護七聖<セプテム・ガーディアン>であることも話せないし、俺達の最終目的がカオスと暗黒神を倒すことだなんてファロに言えるわけがない。
ただそれでも、シルヴァンの言うように地元の協力者は必要だ。
隣国シェナハーンの魔法闘士であるログニック・キエスさんのように、俺達の事情を知っていて下心を持ちながら協力を申し出てくれるのは考えものだが、いずれもっと多くの協力者を得て行かなければならないのだ。
ファロを王都在住の現地別働班としてパーティーに迎えることを決めた俺は、その場で無事に依頼を終えてきたテルツォを含め、五人を新たに『太陽の希望』のメンバーとして登録したのだった。
これで俺達『太陽の希望』は、総勢十人のパーティーになった。
そしてファロには『精霊の粉』を『魔道具』のようなもの、として絶対他者に分けたり譲らないことなどの注意事項を伝えてから渡しその使い方を教えると、他のハンターと組んで仕事をするのは自由だが、パーティーへの他者の加入を決める権限はない(推薦に関しては俺が善処する)ことと、なにか困ったことが起きた時は遠慮なく『精霊の鏡』に連絡を入れるよう話した。
他にも俺からは当分の間ギルドを通じて連絡することと、今後は『太陽の希望』として王国軍から指名依頼を出されたとしても無理はしなくていいことなどを説明し、残りは後で文書に記してギルドを通じ送ると言って別れた。
「ウルルが試作中の『強化共鳴石』が完成したら、ファロに持たせるといいだろう。共鳴石と同じ効果に追跡可能な発信機能がついている通信用魔道具だ。フェリューテラとノクス=アステールはもちろんのこと、遠距離通信も可能で魔法障壁内でも外部と連絡が取れるそうだぞ。」
「へえ…それは凄い。ウルルさん、相変わらず魔法を使った道具の作成に熱心なんだな。」
「聞いて驚け、それを作ろうと考えた目的を知るとドン引きするぞ。」
「…?そうなのか?」
「最終的にはインフィニティアにいても連絡が取れ、持ち主の居場所が発信機能でわかるようにするのが目標なんだそうだ。」
「インフィニティアにいても?…って、まさか――」
「そのまさかだ。ルーファスがしょっちゅう飛ばされていなくなるものだから、どこかに消えても連絡がつくようにしたいらしい。」
「ウ、ウルルさん……」
シルヴァンからそう聞いてドン引きすると言うよりも、余っ程心配かけてばかりいるんだな、と俺は反省した。
またノクス=アステールに来てくれと言われたことだし、今度ウルルさんにはお詫びになにか良いものをお土産に持って行くとしよう。
そうだな…またウルルさんの役に立つ魔法を作って贈るのがいいかな。
そんなことをあれこれ思いながら俺は、ウェンリーとリヴを王都に残し、サイード達を連れて転移魔法石で拠点のあるルフィルディルへと帰ったのだった。
なんだか長い間離れていたような気がすると思ったら、俺とウェンリーがインフィニティアに飛ばされてから、かなりの日数が経っていたと判明する。
そのせいか獣人の建築家にお金を払って頼んであった、俺達の屋敷は既に出来上がっており、隣に建てられたシルヴァンとマリーウェザーの新居までもが完成していた。
注文通りに出来上がっていた俺達の自宅となる拠点用の建物内を見て回りながら、シルヴァンが新婚であることを何気なく伝えると、サイードは結婚のお祝いだと言って、二人にお揃いの命護石をペンダントにしたものを贈ってくれた。
命護石は即死に至る状況下に陥った時、所持者の身代わりとなって砕け散る守り石で、滅多にお目にかかれない非常に稀少な魔法石だ。
そこに刻まれている魔法は、『身代わり』という意味を持つ冥属性の禁呪『サクリファイス』で、俺の魔法リストにも一応あるが暗転していて使うことはできない。
まあもし使えたとしても、禁呪を刻めるほどの強力な魔石自体が極稀にしか見つからないので、インフィニティアに住んでいたサイードがそれをペンダントにしたものを二つも持っていたことの方が驚きだった。
夜になってウェンリーとリヴが戻ると、アティカ・ヌバラ大長老とウースバインからイゼス、そしてシルヴァンの伴侶であるマリーウェザーを加え、大人数が集まれるように作って貰った広いリビングで、サイードとプロートン達三人に神魂の宝珠と俺達のことを大まかに話すことにした。
事前にそれとなく、カオスや暗黒神と敵対しているというようなことは教えてあったが、俺が守護七聖主であり、シルヴァンとリヴが守護七聖であることは話していなかったからだ。
その上俺の記憶がないことや、体質について(不老不死とは言ってない)の話も遠回しに交えたことで困惑されてしまい、冷静なサイードはともかく、プロートン達にはあまりピンと来なかったようだ。
だがインフィニティアに住みながらフェリューテラに来たことのあるサイードは、俺に関することよりも、先ずそのカオスと暗黒神が今はどこでどうしているのかと最初に尋ねて来た。
現在のカオスに関しては、俺も実際に対峙したことが何度かあるため説明もできたが、実は俺も暗黒神については、最初に封印を解いた時シルヴァンの口から聞いた『復活する』ということしかわかっていないのが現状だ。
そのことを俺がサイードに告げると、ここで初めてシルヴァンとリヴから、暗黒神についての意外な話を聞くことになった。
今俺達は十人用のテーブルを挟んで椅子に腰かけ、アティカ・ヌバラ大長老とイゼス、マリーウェザーにも席について貰い(テルツォが一人、テーブルからあぶれたのを良いことに、なぜか寛いで壁際の長椅子に寝転がっている)総勢十一人で話をしている。
俺の左隣にウェンリーが、右隣にサイードがいて、ウェンリーの左にデウテロンが、サイードの隣にプロートンが座り、俺の向かいにシルヴァンがいて、シルヴァンの右隣にマリーウェザーが座り、その隣にイゼスが、シルヴァンの左にリヴとリヴの隣にアティカ・ヌバラ大長老がいるというような感じだ。
因みにアティカ・ヌバラ大長老は、マリーウェザーの日記からシルヴァンが守護七聖であることと俺が守護七聖主であることなどは知っているが、獣人族の迫害戦争に関すること以外、過去どんな活動をしていたのかなどはマリーウェザー同様に詳しく知らなかった。
同席しているイゼスに至っては殆どなにも知らず、今後のことを考えるとこれは良い機会なので、サイード達の紹介を含め全て話を聞いて貰うことにしたのだ。
「前カオスについてはいくらでも説明できるが、具体的に暗黒神についての話ができぬのには理由がある。そもそも暗黒神とは冥界の不死族同様に『これ』という実体を持っておらず、フェリューテラのどこかに今も存在していながら、復活するまで居場所は愚か此度はどんな姿をしているのかまるでわからぬのだ。」
「…つまり暗黒神は魂だけの精神体だということか?」
俺がそう問い返すと、今度はリヴが首を横に振りながら答える。
「過去のルーファスの言葉をお借りして申すならば、暗黒神とは純粋な意識の塊であり、生命がフェリューテラでの肉体を持たない精神体とは異なり、霊力すら持たぬ故に魂すらないという話であった。」
「暗黒神とはただ只管に世を混沌たらしめ、生けとし生けるもの全てに死を与うるもの。表立って直接人を害するのは眷属たる『カオス』の役目であり、暗黒神自体がフェリューテラに顕現せぬ限り、守護七聖主であるルーファスと我ら守護七聖<セプテム・ガーディアン>の力を以てしても、倒すどころか傷一つ負わせることさえ不可能なのだ。」
「暗黒神は霊力を持たない意識の塊である。即ち生命体ですらない故に、その禍々しさと恐るべき暗黒の力から、次元の異なる〝畏怖すべきもの〟として暗黒の神と呼ばれるようになった。…かつてルーファスより我らは、そのように聞かされておりました。」
「――霊力を持たない…生命体ですらない、純粋な意識の塊…それが暗黒神?前回はどうやってそれを倒すことができたんだ?」
そう尋ねるとシルヴァンとリヴは、ほぼ同時に記憶を辿る表情になった。
「――確か…なにか巨大な箱のような容れ物に閉じ込めてから、攻撃したのだったか…?」
「…待て、容れ物ではなく暗黒神を象った、彫像に宿らせたのではなかったか?」
「いや、カオスの拠点に乗り込み、カオスの一人に取り憑かせて乗り移ったところを突いたのか…いや、違うな。」
「ううむ?そもそも実体のない暗黒神の彫像など、初めからあるはずもないような…??」
突然、二人の様子がおかしくなった。
「巫山戯ているわけじゃないよな?いきなりどうしたんだ、シルヴァン、リヴ。」
二人を除いた全員が、あまりにも様子のおかしい彼らに首を傾げて困惑した。すると――
「……ルーファス、シルヴァンティスとリヴグストは、なにか記憶を改竄されるような強力な魔法を受けているようです。」
「え…」
険しい表情で二人をじっと見て、サイードが言う。
「――もしかしたら彼らは、知らぬ間に記憶の一部を消されたり、ありもしない事柄を実際の記憶として上書きされたりしている上に、あなたについての重要且つ詳細な情報を漏らすか盗まれたりしているかもしれません。」
サイードのその言葉に、一瞬でシルヴァンとリヴは顔色を変え、ガタガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「なんだと!?」
「笑えぬ冗談ですぞ、サイード殿!!」
「私はこのような場で、悪戯に不安を煽るようなことは決して言いません。ここは今一度、本当に身に覚えはないか、自身の記憶を良く振り返ってみるべきではありませんか?」
――新築の木材の、良い香りが漂う新しい俺達の屋敷のリビングに、今後の旅の暗雲を予感させるような、緊迫した空気が流れたのだった。
次回、仕上がり次第アップします。