174 すっきりしない後始末
インフィニティアから戻った途端、異変の起きていた王都で、Sランク級守護者として動くことになったルーファスは、巨竜に攫われたというクリスの行方を黒鳥族の長、ウルル=カンザスに捜して貰っていた。早朝、あまり眠れない夜を過ごしたルーファスは、クリスを連れ去った巨竜が亡国ラ・カーナの方角へ向かったと聞いて…?
【 第百七十四話 すっきりしない後始末 】
――エヴァンニュ王国の王都が何者かによって召喚された魔物に襲われ、多くの死傷者が出た翌日早朝、俺は守護者御用達の宿『アトモスフィア』の廊下にある共有スペースで、黒鳥族の長『ウルル=カンザス』さんに連絡を取っていた。
俺とウェンリーが隣国シェナハーンのパスラ山でインフィニティアに飛ばされて以降、遣い鳥はずっと行方を捜してくれていたそうなのに、昨日は戻る早々あんな事態になってしまい、俺からは連絡もままならない状況だったからだ。
ただそれでもシルヴァンは、ウェンリーからクリスのことを聞いた直後にしっかりウルルさんと連絡を取っており、クリスが巨大な白竜に連れ去られたことを告げ、すぐに行方を捜してくれるよう頼んでくれていたのだった。
そのおかげで俺が連絡をしたこの時には、遣い鳥による情報がウルルさんの元へ既に届いており、クリスがどの方向へ連れ去られたのかなどの詳細を逸早く知ることができた。
「そうか…巨竜はエヴァンニュから真っ直ぐ北東方向へ飛んで行ったんだな。」
俺がいつもウルルさんとの連絡に使っている、『精霊の鏡』内に見えるウルルさんは今、左程深刻そうな顔をせずに俺と話している。…と言うのも多分、俺自身がクリスに関して、あまり焦りを感じていないせいかもしれなかった。
『はい。これはあくまでも私の推測ですが、あのままの進路を進んだのであれば、シェナハーン王国だけでなく山間の小王国ベルデオリエンスを通り、アンフアング・シリディナ山脈を越えて亡きラ・カーナ王国方面へ向かったのではないかと。それよりさらに先のフェリューテラ最北東部にあるドラグレア山脈には、かつて人界から隔絶された竜種の聖域があったと記憶しております。現れた竜種が単なる飛竜でないのでしたら、そこを目指す可能性は高いでしょう。』
ウルルさんの言うアンフアング・シリディナ山脈と言うのは、フェリューテラの大体中央辺りに大陸を分断するような形で縦走する、平均標高が六千メートル超えの山脈のことだ。
人族が歩いて山越えをするにはあまりにも厳しすぎる環境にあるため、上層部は有史以前から前人未踏の地だと言われている。
「竜種の聖域か…ウルルさんは滅んでしまった竜人族の集落が、昔どこにあったか知っているのかな?」
『訪れたことはありませんが、大まかな位置は把握しております。それこそ今申し上げました竜種の聖域内にありました。』
「やっぱりそうか…」
あの状況下で突然王都に現れて、ギルドから飛び出したクリスを攫って行ったという巨竜…俺の推測ではその巨竜は恐らく――
「わかった…ありがとう、ウルルさん。いつもお世話になってばかりで申し訳ないけど、もしまた遣い鳥から報告が入ったら連絡して欲しい。」
『かしこまりました。この後王都襲撃の件は、魔物駆除協会としてもルーファス様にお任せしてよろしいですか?』
「ああ、そのつもりだ。まだ完全に解決したとは言い難いけれど、王国軍との会談も俺が責任を持つから安心してくれ。」
『ありがとうございます、よろしくお願い致します。それとルーファス様…また是非ノクス=アステールにおいで下さい。このウルル=カンザス、いつおいでになられてもお迎えできますよう、美味しいお酒と郷土料理をご用意してお待ちしております。』
「はは、ありがとう…息抜きがしたくなったらお邪魔するよ。」
『はい、それでは。』
「うん、また。」
早朝の宿では場合によって話し声も迷惑になるため、遮音結界と精霊具の認識を阻害させる隠形魔法を使用しての通信を終えると、俺は宿泊している部屋に向かって静かに廊下を歩き出した。
――フェリューテラ最北東部にあるドラグレア山脈か…遠いな。竜の翼なら恐らく一日とかからず辿り着けるんだろうけれど…
廊下の角を曲がって部屋の扉が見える位置に来ると、その前には腕組みをして壁に背を凭れたシルヴァンが俺を待っていた。
「シルヴァン…早いな、まだ寝てても良かったのに。」
「主を一人にしてか?目を離した隙にまたいなくなられては困る。ウルルに連絡を取っていたのだろう、クリスの行方はわかったか?」
「ああ…うん、多分竜人族のかつての集落『パリヴァカ』に向かったんだと思う。」
「なに?だがそこはもう…」
「うん、行っても誰もいないだろうし、なにも残っていないだろう。」
静かに部屋の扉を開け、シルヴァンと連れ立って室内に入る。ここは四人部屋で俺達男四人が使い、サイードは一人部屋に、プロートン達は三人一緒の部屋が良いと言ってそれぞれ別の部屋を借りている。
昨日クリスを心配してかなり落ち込んでいたウェンリーと、下町の住人を一人で守ったリヴはまだ寝ているようだった。
「だがそうなると、クリスを攫ったのは半身の竜だと言うことか。…道理であなたが慌てぬわけだ。」
「まあな…守護七聖にはアルティス・オーンブールがいるから知っているかもしれないけれど、竜人族の竜人と半身の竜は、本来離ればなれには生きて行けないんだそうだ。竜の方は元々半身の竜人をどこにいても見つけられるらしいし…フェリューテラに戻れば、すぐにもクリスの竜が駆け付けて来るだろうとは思っていたんだよ。」
「ふむ…半身の竜人を見つけた竜は、帰巣本能からなにをおいても一度古巣に帰るか。落ち着けばクリスは竜と共にルーファスの元へと戻って来るであろうが…現代では地形も変わって右も左もわからぬであろうに。」
「そうなんだよ。失敗したな…事前に連絡手段の共鳴石を渡しておくか、ギルドでの連絡方法を教えておくべきだった。愛竜がついているのなら魔物の方はあまり心配要らないと思うんだけど…なにせ竜人族は他種族との交流が殆どなかったみたいだからな、そっちが心配だ。」
「…いきなり近くの集落に竜と乗り込み、魔物を操る人間として攻撃されぬとも限らぬな。」
「ああ。かと言って俺達の足で追いかけるにはあまりにも遠すぎる。なにか方法を考えないと…」
――その後朝六時になってウェンリーとリヴを起こし、サイード達と合流した俺は、朝食を済ませて宿を引き払うとすぐに魔物駆除協会の本部へ向かった。
今日は九時からここで王国軍の代表者と、会議という名の報告会を行う予定があり、その前にこれまでの情報を纏めたり、サイード達に守護者の資格を取らせてしまうなど色々とやることがあったからだ。
昨日の一件はSランク級守護者として一時的に指揮を執った以上、魔物を退治してはい終わり、と言うわけにはいかなかった。
なによりも魔法についてあまり詳しくない王国軍には、なにがあったのか、どうやって片を付けたのかなどを簡単にでも説明する義務がある。
だが俺としては必要以上に王国軍と深く関わるつもりはなく、今日の報告を持ってこの件は終わらせて貰うつもりでいる。
それに当たって一つ心配なのは、完全解決にはほど遠い状況で、今後も同じことが起きないとは言えないことだ。
俺が割り振った犯人捜索班のハンター達から受けた報告により、事件の大まかな全体像は見えているのだが、守護者が街中で捕らえた犯人は皆その場で自害してしまい、結局動機や目的はなにもわからないままだからだ。
ただはっきりしているのは、自害した犯人全員の腕にあった三匹の黒犬を模した例の入れ墨で、間違いなくこの事件はカルト教団『ケルベロス』が引き起こした襲撃だったということだ。
その他に自害した教団員が持っていた魔法石や印を付けられた王都の地図などの証拠品もいくつか見つかっており、その地図から印のあった場所を調べると、何の変哲もない民家などでなんらかの儀式を行い、生け贄にされたと思われる新たな民間人の遺体が複数見つかったのだった。
そのことから考えても、最早ケルベロスは『終末論信者』というより、『悪魔崇拝者』もしくは『暗黒神信者』と言えるんじゃないだろうか。
暗黒神の眷属にはカオスの他に多くの魔族がおり、それらは人間の生け贄を捧げられることで、時に異能を授けたりもするらしいから、もしケルベロスに殺された一部の民間人がそんなことに使われたのだとすれば、ただの人間でもあれほど巨大な魔法陣を王都上空に張ることは難なくできたことだろう。
教祖アクリュースは俺に自分は暗黒神ではなく、カオスと手を組んだつもりもないようなことを言っていたが、犯人の一部は暗黒神に祈りを捧げながら死んで行ったと言うのだからわけがわからない。まああんな相手の言葉を信じる方が間違っているのかもしれないな。
それに教祖アクリュースはともかく、人を手にかけられない俺からしてみると、こんなことを平然と遣って退ける信者は、正直に言ってカオスなどより数倍厄介で、これからもなにかと頭を悩ませることになりそうだという嫌な予感しかしない。
今後俺は本格的に長くエヴァンニュを離れることでもあるし、この国のことはこの国の人間でなんとかして貰わなければならないから、そのことを今日会う王国軍の代表者に伝えるつもりだ。
俺達『太陽の希望』は本来どこの国にも属さず、一国だけに偏って守護する存在であってはいけないのだから。
魔物駆除協会の本部に着くと、昨日のうちに資格試験の申し込みをちゃっかり済ませていたサイード達は、残る正守護者同行による依頼完遂の条件を満たすため、早速ハンターフロアでリヴと一緒に依頼票を見に向かった。
俺はシルヴァンとウェンリーを連れ、受付に届いている書類の束を受け取ると、そこに記載された各ハンター達の細かな報告に目を通し始めた。
因みに昨日竜のブレスで損傷を受けたギルド一階の入口は、昨夜の内に黒鳥族の修理人が来て修復魔法で直したのだとウルルさんから聞いている。
そのせいか訪れている民間人や大半のハンター達は、ここでそんなことがあったことすらわからないようだ。
「ルーファス。」
暫く経って、資格試験の依頼票を手にしたサイード達が、意外な人物と一緒に俺のところへ戻って来た。
「おはようございます。」
「あれ…ファロじゃないか、どうしてサイードと一緒に?」
昨日地下水路で顔を合わせているから、二人が初対面じゃないのはわかっている。だけどこれから資格試験に向かおうと言うのに、サイードがファロを連れてきた理由がわからなかった。
ところが話を聞くに、ファロは依頼掲示板の前で会い、サイード達がこれから守護者の資格試験を受けると聞いて驚き、さらには協力を申し出てくれたんだそうだ。
「驚きましたよ、資格試験の依頼に変異体の討伐を選ぶなんて…サイードさん達って、本当に資格を持っていないんですか?」
「それほど驚くことでもないでしょう。守護者の資格を所持していなくても、魔物を狩ることができる人など大勢いますよ?必要になって試験を受けることにしただけで、これまでも魔物と戦った経験はあるのです。」
「ああ、うん…サイードはそうだよな。」
実際にサイードは、俺と特殊変異体を倒したことがあるくらい(自分じゃないと言ってはいたけど)だから、資格のあるないは関係がなかった。
「プロートン達はどんな依頼を選んだんだ?」
「私は安全なところでAランク級の討伐依頼です。昨日魔物と戦ってみて楽勝でしたから。」
安全なところでAランク級を選ぶのか…さすがだな、プロートン…。
「俺も変異体って奴と戦ってみたかったんだけどよ、失敗したら目も当てられねえってリヴグスト様に怒られたんで、大人しくプロートンと同じAランク級魔物の討伐依頼にしたぜ。」
「当たり前だ、デウテロンは調子に乗りすぎるわ!」
デウテロンのあまりの軽さにリヴが横で突っ込む。その隣でモジモジした様子なのはテルツォだ。彼女はその性格も仕草もすっかり少女のようになっている。
「テルツォは?」
「魔物…ちょっと怖いから、Bランク級にする。そうすればウェンリーさんが一緒に行けるでしょ?」
「へ…俺?…テルツォは俺なんかで良いのかよ。」
「?うん…もちろん。」
相変わらずウェンリーは子供…いや、テルツォは子供じゃないんだけど、少年少女に懐かれるよな。
今さらだが、もう一度資格試験について簡単に説明すると、合格条件の一つは、規定数の魔物を狩ること。これは試験の申し込みをしてから、所持者の登録された討伐数を記録する『カウンター』を各自渡されるので、不正は出来ないようになっている。
もう一つは既に資格を持っている正守護者と一緒に、どんな依頼でもいいから一つ完遂すること。これは大抵の見習い守護者は初心者なので、実力的に低ランクの依頼しか受けられないことが殆どだが、必ずしも高ランクの依頼を受けてはいけないと言う決まりはない。またそれによって資格を得た直後の初期等級が決まると言ってもいい。特別な理由がない限り、初期ランクの最高はBランク級だ。
そして同時に受験申請したのが知人や友人、資格を得る前に組んだパーティー仲間だったとしても、資格試験を受けるのは各々必ずバラバラでなければいけないのだ。
試験を受けるのはサイード、プロートン、デウテロン、テルツォの四人。有資格者の俺達も四人だから、それぞれが別れて手伝えば良いと思っていたけれど、サイードはファロと一緒に依頼を受けることに決めてしまったようだ。
「サイードには俺が付き添おうと思っていたのに…またどうして?」
「ファロのこの依頼には、等級の昇格がかかっているそうなのですよ。今のエヴァンニュ王都の状況を鑑みれば、一人でも王都を拠点とするSランク級守護者がいた方が良いのでしょう?どうせならそのお手伝いをしようかと思って。」
仮にも正守護者のファロに、手伝って貰うんじゃなくって、する方なのか…
にっこり笑ってそう言ったサイードに、思わず俺は微苦笑する。
「まあわかったよ、そう言うことなら…ファロ、サイードを頼むな。」
「はい。…と言いたいところですが、俺の方がお世話になりそうな気がします。あはは…」
こうしてサイードはファロと、シルヴァンはプロートンと、デウテロンはリヴ、テルツォはウェンリーと組んで、それぞれ依頼完遂に向かうこととなった。
一人あぶれた俺は、テルツォとウェンリーの補助に回ろうとしたのだが、ウェンリーがこれを頑として嫌がった。
「同等クラスの魔物討伐にまでわざわざおまえが来る必要なんかねえだろ!?俺だって太陽の希望のメンバーなんだって言ってんじゃんか!!」
――まずい、本気で怒ってる…?
「それはそうだけど…」
「過保護すぎるとウェンリーの成長を妨げるぞ。偶には信用してやったらどうだ。」
ウェンリーとのやり取りを見かねたのか、シルヴァンが俺の肩をポンと叩いて首を振る。好きにさせてやれ、と言いたいらしい。
「…わかった、俺は大人しくここで待ってるよ。みんなくれぐれも気を付けてな。」
そうして俺は一人寂しく、ギルドでお留守番(?)をすることにしたのだった。
――インフィニティアでは飛ばされた直後くらいで、ウェンリーが危ない目に遭うこともあまりなかったしな…昨日はクリスがいたからともかくとして、フェリューテラに戻った途端に口を出したんじゃ腹を立てもするか。
俺はその後場所を移し、空いているミーティングルームを借りると、そこで昨日魔物討伐に参加していた各ハンターからの報告書と証拠品を、時間まで細かく調べることにした。
その中には、ケルベロスの教団員が所持していた証拠品があり、中でも地下水路の爆発を起こした犯人が持っていたという、『魔法石』が大問題だった。
俺の分析によると、その魔法石に刻まれた魔法紋は『魔吸聚』だ。これは特定対象から枯渇するまで魔力を吸い取り、魔法石内に閉じ込めて溜め込んだ上で、赤の他人がその対象の持つ魔力を、繰り返し利用可能になるという暗黒魔法であり『禁呪』の一つだ。
普通に魔力を吸収する闇属性魔法『魔吸』と異なり、なぜそれが禁呪なのかというと、魔吸聚によって魔力を吸い取られた対象は、ほぼ九割方、絶命してしまうからだ。
そして一度発動した魔吸聚は、俺のディスペルでも途中解除できず、それ故に『ライフドレイン』という別名がついている。
俺のように不死であったり、人並み以上の生命力を持っているのでもない限りは、大の大人でも悲鳴を上げるほどの苦痛に、魔力を吸い終わるまでにショック死する人間もいるくらいなのだ。
――問題はシルヴァン達が防犯対策として提案し、ギルドが用意した『魔吸珠』を利用して、ケルベロスがその幾つかを『魔吸聚珠』にすり替えたと推測されることだ。
配られた魔吸珠によって命を落とした民間人がいるとは報告に上がっていないそうだから、昨日の魔物騒ぎに紛れて有耶無耶になるように仕向けたのか…それとも予め使う人間を選んであったのかのどちらかだろう。
それだけに魔吸聚珠はそう多くないと見ているが、それを取り返したくても事前に魔吸珠のことは国内に広く知れ渡っており、情報からケルベロスを追うのは無理だと判断した。つまりはやられるだけやられて捕まえることもできない完全な敗北だ。
当時シルヴァンとリヴは俺がインフィニティアに召喚していたこともあり、魔吸珠の配布には一切関わっておらず、ケルベロスがそこを狙ったのだとしても、すり替えるのは容易だったことだろう。
魔吸珠が魔吸聚珠にすり替えられ、それを利用した宗教団体が魔物を召喚したのだという事実を公表すれば、俺達太陽の希望を含め、ギルドとそれに協力した国の信用が失墜する。
もしここまで全て計算した上で、俺(とウェンリー)を罠に嵌めてインフィニティアに送ったのだとしたら、アクリュースには当面勝てる気がしてこない。
実に頭の痛い話だが、この件をどう国民に知らせるかは、この後王国軍の代表者と話し合うとして…今回の出来事を異変が起きた最初から順を追って纏めると、本当の意味での元凶はやはり『聖哲のフォルモール』だと言わざるを得ないだろう。
過去レスルタードを作り出したフォルモールが、ケルベロスの企みを知って(そのケルベロスは、どこからレスルタードのことを知ったんだろう?)万が一のことを考え(というか、絶対にそうなると思ってたはずだよな)、エヴァンニュの王都ごとレスルタードを消すために『神獣』召喚を準備した。
それが自分の犯した罪を隠すためだったのか、フェリューテラ上の生物を絶滅させるのはさすがにまずいと思ったからなのかはわからないが、そんなことのために『闇属性』を主に持つ民間人を神獣召喚の生け贄として、四十二人も犠牲にしたのだ。
その犠牲となった民間人は、皆同様に『魔力暴走』を外的要因から引き起こされて、肉体組成の極小単位で、融解に似た分解状態でほぼ原形を留めずに亡くなっている。そしてその情報を俺に齎した有翼人のユスティーツによると、魔力暴走を引き起こしたのが、フォルモールに操られているというリカルドらしい。
確かに魔法に長けたリカルドなら、方法さえ知っていれば不可能なことじゃないだろう。この話をシルヴァンにしたら、ヒュールで魔力暴走が起きる直前、リカルドの姿を見かけたと言う。
初対面の有翼人が齎した情報をどこまで信じるかは俺次第だが、そのことからしても、今のところユスティーツの情報を否定できるような証拠が一つもないのは事実だった。
――つまり今回の件で動いていたのは、蒼天の使徒アーシャルとカルト教団ケルベロス二つの組織だったんだ。
全容はわかって来たものの、こんな事実をどうやって軍の代表者に話せば良いんだ?ケルベロスは人間の組織だからまだしも、アーシャルのことは有翼人種が実在していることから説明しないとならない。いや、説明したって信じて貰えないんじゃないか?
それにこの事実だけを話すと、有翼人種がエヴァンニュ王国に敵対行動を取ったとしか思われない可能性が高い。そうなるとその存在を信じて貰うよりも、現状フォルモール以外は敵じゃないと理解して貰う方が遥かに難しくなるだろうな。
「……黒髪の鬼神はこのところ姿を見せていないと聞いたけど、今日はさすがに会えると良いな。彼なら俺の話も真剣に聞いて信じてくれるかもしれない。」
それに期待しよう。
――ミーティングルームに籠もってから一時間ほどが過ぎ、そろそろ王国軍と会議予定の特別室に移動しようかと思った時だ。
ノックもなしに扉を開け、少し慌てた様子でリヴが顔を出した。
「ルーファス!来て下され、ウェンリーが…!!」
「!?」
その声に俺は纏めていた資料を手に、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「ウェンリーがどうした!?」
部屋を飛び出しリヴと連れ立ってその後について行くと、依頼を済ませて戻って来たらしいファロを含めた全員が、ハンターフロアの一角に集まっていた。
その中にはもちろん、ウェンリーとテルツォの姿もある。
「ウェンリー…なんだ、テルツォも無事じゃないか、脅かすなよリヴ。」
「無事でなければ困りまする。そうではなくてですな――」
みんなが集まっているそこに近付き、リヴから説明を聞いた俺は目を丸くした。
「――失敗した!?資格試験の討伐依頼をか…?」
ハンターフロアの隅に屯し、床に膝を抱えて座っているウェンリーは、腕の中に顔を埋めて暗く俯いている。
その横で壁に背を凭れ、後ろに手を組んでいるテルツォは、少し困惑気味だが特に様子は変わりないようだ。
「またどうして…?」
サイードとシルヴァンから話を聞くに、ウェンリーがテルツォと受けた依頼は、最近になってアラガト荒野に出現するようになったというBランク級魔物『ファグファストラット』の討伐だったのだが、戦闘中テルツォの魔法攻撃を喰らった直後に敵が変異を起こし、通常体から変異体へと変わってしまったのだという。
「ああ…そう言うことか、また滅多に遭遇しないような稀な経験を…」
これは言うまでもないが、変異する前の通常体がBランク級だったとしても、変異して変異体となれば基本的な外見と攻撃手段以外は別魔物だ。
同系統の変異体なら、ある程度攻撃パターンは一緒だとしても、その対象は全ての能力値が跳ね上がり、最低でもSランク級以上(その上はアンノウンだけど)に匹敵すると考えられるのだ。
そうなればまだBランク級のウェンリーに敵うような相手ではなくなり、下手をすればテルツォ共々死んでいたかもしれない。
俺にしてみれば二人とも無傷で帰って来たことを、逆に褒めてやりたいぐらいだった。
「討伐対象のファグファストラットは、稀少な魔法石を体内に所持しているらしいのですが、臆病で命の危険を感じるとすぐに逃走してしまうそうです。今回は身の危険を感じた魔物が変異したようですが、Bランク級といえど依頼の難易度は少し高めだったかもしれませんね。」
「今回は運がなかったと言うことだな。」
サイードがウェンリーを気にしながら、慰めるようにそんな説明をすると、透かさずシルヴァンもフォローする。
「そうか…だったら変異体の報告だけして、テルツォはまた別の依頼を資格試験に充てればいいさ。一度失敗したからと言って、守護者の資格が取れなくなるわけではないんだ。」
「――だそうぞ、ウェンリー。もう会議の時間になる故、また後で依頼を受けると良い。」
俯いて完全に落ち込みモードに入っているウェンリーに、リヴは優しくそう声をかけるが、ウェンリーは相当ショックを受けているのか返事をしない。
「でしたら僕がウェンリーさんの代わりに、変異体の報告をして来ましょうか?ルーファスさん達は軍との会議があるんですよね。テルツォさんの証言があれば問題ないですし。」
「ファロ…いいのか?」
「変異体討伐の成功報酬を貰うついでです。」
「そうそう、おめでとうファロ。これであなたもSランク級に昇格ですね。」
「ありがとうございます、サイードさん。」
「そうなのか、おめでとう!これで夢が叶うんだな、今日から俺と同じ等級だ、凄いな!」
「素直に嬉しいですけど、ルーファスさんに凄いと言われるのはちょっと…」
ファロとそんな話をしつつも俺はウェンリーを気にしていたが、あそこまで落ち込んでいるウェンリーを見るのは数年ぶりで、今は下手な慰めを俺がかけるべきじゃないことだけはわかっていた。
討伐依頼を失敗することなんて、一般守護者の中ではそう珍しいことじゃない。みんなそうやって少しずつ守護者として成長し、次に繋げて等級を上げて行くのだ。況してや今回は魔物の変異が原因での討伐不可となり、こういう場合は依頼そのものが消滅する(後にSランク以上の依頼となって新たに出される)形になるから、ウェンリーの経歴に傷が付くこともないだろう。
だけど多分…そういう理屈じゃないんだよな。テルツォの資格試験がかかっていたこともあるし、なによりも俺にああ言った手前、余計自己嫌悪に陥る気持ちは良くわかる。
俺はウェンリーに声をかけず、自力で立ち直るまで暫くは放っておくことにした。
それから十数分後、俺はシルヴァンとリヴ、ウェンリーを連れて王国軍代表者との会議に臨んだ。
今日はもうウェンリーにテルツォの補助を任せるのは無理そうだったので、俺達が会議に出ている間、晴れて正守護者となったサイードとプロートン、デウテロンにSランク級になったファロが(なぜだか)同行して、テルツォの資格試験に手を貸すこととなった。
因みにこの会議が終わってから、正式にテルツォを含めたサイード達の、パーティー加入手続きを行うことになっている。
ギルド上階にある所謂VIPルームで俺達四人はテーブルに着き、王国軍の代表者が来るのを待っていた。
俺の希望としては黒髪の鬼神ことライ・ラムサス王宮近衛指揮官と、イーヴ・ウェルゼン副指揮官の二人が来てくれることだったが、約束の時間五分前にやって来た代表者を見て残念半分、驚き半分の気分を味わうことになった。
俺達の待つ部屋に最初に入って来たのは、王宮近衛副指揮官のイーヴ・ウェルゼンで、続いてヨシュア・ルーベンス第二補佐官、そして最後になんと――
「え…ラーンさん!?」
「親父…!」
「やあ、久しぶりだねルーファス、ウェンリー。今日は王国軍軍務大佐として会議に出席させて貰うよ。」
――ウェンリーの父親である、ラーン・マクギャリー軍務大佐の三人が代表として席に着いたのだった。
「ほう…ウェンリーの御父君か。ふむ、良く似ておるな。」
「そ、そうか?」
「うむ、我もそう思うぞ。」
さっきまで酷く暗い顔をしていたウェンリーは、久しぶりに会ったラーンさんのおかげか、少し気も紛れた様子だ。
「座ったままで失礼します。改めまして、パーティー『太陽の希望』のリーダー、Sランク級守護者のルーファス・ラムザウアーです。」
「同じくメンバーのシルヴァンティス・レックランド、Sランク級守護者だ。」
「同メンバー、リヴグスト・オルディス、Sランク級守護者。」
「同じくメンバーのウェンリー・マクギャリー…び、Bランク級守護者です。」
ウェンリーは少し言い難そうにそう自己紹介をすると、上目遣いでラーンさんを一瞥した。
ウェンリーにしてみれば、俺達と並んで現在の等級を言い難かったのかもしれないが、ウェルゼン副指揮官やルーベンス第二補佐官にそれを気にする様子はなく、寧ろラーンさんは誇らしげで優しく目を細めていた。
「こちらも改めて、王宮近衛副指揮官のイーヴ・ウェルゼンです。」
「近衛隊第二補佐官、ヨシュア・ルーベンスと申します。」
「ラーン・マクギャリー王国軍防衛部所属軍務大佐だ。」
「――では昨日発生しました、王都襲撃魔物召喚事件に関しての魔物駆除協会、王国軍代表合同会議を始めます。」
そんな挨拶とウェルゼン副指揮官の声で、それは始まったのだった。
――ルーファス達とイーヴ達がギルドで会議を始めた頃、王宮前の前庭と城門前広場では、朝から昨日魔物によって破壊された箇所の修理や、臨時避難所と救護所になっていた設営天幕などの後始末が行われていた。
その責任者を任されたのは、王宮近衛指揮官が不在のためトゥレン・パスカム第一補佐官で、その作業には近衛隊だけでなく、他部署に所属する軍兵や貴族に民間人、そして昨日ここで、自ら怪我人の治療を手伝いに出た『ペルラ・サヴァン』王女殿下の姿までもがあった。
片付けに追われ、せっせと物資を運ぶ近衛隊士や、下級貴族を含めた民間人のボランティア達は、隣国の王女でありながら汚れることも構わずに、同じように箱を持ち上げて運んで行くペルラ王女を見て感じ入る。
「高貴な王族の方が、御衣装を汚しながら後片付けを手伝って下さるなんて…ペルラ・サヴァン王女殿下はなんてお優しい方なのかしら。」
「昨日の救護所での治癒魔法も素晴らしかったそうよ。王女殿下のおかげで命拾いをした兵士も少なくなかったとか…まるで神話に出て来られる聖女様のよう。未だご婚約についての発表は成されていませんが、あのように素晴らしい方がもし王太子妃になられたら、我が国の未来も明るいですわね。」
そんな噂話をするのは下級貴族のご令嬢達だ。王国の王都在住貴族にはその位によって、強制的にこういったボランティアに参加させられる法律がある。
と言っても王女殿下のように積極的に働いて重いものを運ぶでなし、精々ゴミ拾い程度の掃除をするぐらいしか能がないのだが、そこにはペルラ王女への本心からの褒め言葉と、恐らく王女はその素行が問題視されている『第一王子シャール』に嫁ぐのだろうという、憐れみに近い同情心が含まれていた。
「それにしても、これほどの事態に黒髪の鬼神が姿を見せないなんて、さすがにおかしいですわね。一部の話では何者かに毒を盛られて死の縁にいるとか…こうなるとあの噂の真実味は増しますわ。」
「そうですわね…ライ・ラムサス王宮近衛指揮官が暗殺されそうになったとなれば、前代ジルアイデン将軍が亡くなられた不慮の事故のように、また王家についての醜聞が…」
「――根も葉もない噂話はそこまでにして頂きましょうか。」
令嬢達の背後から、低くドスの利いた声が降り注ぐ。
「下級貴族の義務を果たしに来て手も動かさずに囀るとは、ご令嬢方は貴族院への報告も左程恐ろしくないと見える。」
二人が振り返ると、そこに立っていたのは親衛隊士の制服を着た、カームブラウンの透ける髪に濃いブラックオリーブの瞳を持つ、屈強な美丈夫だった。
その上その背後には何人か親衛隊士の姿も見える。彼らは国王の命令でこの場を巡回しており、主に彼女らのような貴族の監視等を行っているのだ。
そのことを知っているご令嬢は、彼の顔を見た途端に短く悲鳴を上げた。
「ひっ…エ、エルガー・ジルアイデン様!?も、申し訳ございません、直ちに貴族の義務を果たしに参ります!何卒お許しを…!!」
二人のご令嬢は青くなってその場から逃げ去って行く。
親衛隊士による、国によって定められた『貴族の義務』を果たさない者の貴族院への報告は、即座にその者の家への重課税に繋がる。その期間は半年ほどの短い間だが、課せられる税金額は最高で収入の半分までにも及び、場合によっては没落寸前にまで追い込まれることもあった。
「内容は遅れているようだが、どこかで情報が漏れている…おい、あの二人の貴族家を直ちに調べさせ、噂の出所を探れ。」
「は!」
近衛隊よりもさらに普段は殆ど表に出ることのない『親衛隊』は、国王陛下直属の護衛士官隊であり、昨日のような有事の後はその後始末の現場に赴き、派遣された貴族の監視とそれに伴う情報収集を行うことがある。
なぜなら、災害の去った後ほど人々の気が緩み、王家への不満や批判、逆に賛辞などが出やすくなる機会はないからだ。
それによってその場で集められた情報は全て国王の耳に直接入り、王都民が国と王を実際にどう思っているのかなど生々しく知ることができるのだ。
またそこには悪意を持って流布される王家の噂や、極秘として城外に漏らさぬよう厳密な命令を受けている秘匿事項などの流出を知る機会ともなることがあるため、それに対応するのも親衛隊の重要な仕事の一つでもあった。
その親衛隊一班の隊長を担う『エルガー・ジルアイデン』は、王宮近衛指揮官の前任者であった『カーレッジ・ジルアイデン』将軍の息子だ。
彼の将軍の死には不審な点が数多くあると言われ、将軍が国民からの絶大な支持を得ていたことから、過去王家に殺されたのではないかと言う噂が立ったほどだった。
それはライがこの国に来る以前の話であったが、その噂は未だ時々こうして国民の口に上ることがあり、その当時を思わせるライの毒による暗殺未遂事件は、徹底して隠すように指示されていたのだった。
――そんなエルガー・ジルアイデンの耳に、今日は眉を顰めるような内容の噂話が僅かに入っていた。それもその話を口にしていたのは、王宮近衛指揮官が不在である近衛隊の一部だ。
その内容とは――
「ああ、見てみろよ、今日もパスカム補佐官とペルラ王女殿下はご一緒だ。なんと言うか…あのお二人、とても仲がよろしいよな。」
近衛の指揮を執りながらもペルラ王女に付き添い、王女の持つ荷物に手を貸すなど、並んで互いに笑顔を向けているトゥレンとペルラ王女に関しての話だった。
「パスカム補佐官は元々お優しい方だが、ペルラ王女殿下に対する態度はそれと異なり、なにか特別な雰囲気さえ放っているような…そんな感じがする。」
「王女殿下もパスカム補佐官の前では良く頬を染めて笑っておられるし、未発表の婚約者というのは、ひょっとしてパスカム補佐官だったりするのかな。」
「まさか、それはないだろう。まあだとしても、第一王子殿下に嫁がれるくらいなら、パスカム補佐官がお相手の方がずっと良いだろう。ペルラ王女殿下は本当に民にもお優しい方だから、是非とも末永く我が国でお幸せになって頂きたいものだが――」
周囲に民間人や下級貴族の姿はないとは言え、軽々しくそんな話をしていた近衛隊士に、エルガー・ジルアイデンは静かに激怒した。
「ライ・ラムサス近衛指揮官とイーヴ・ウェルゼン副指揮官のお二人がご不在だと、こうまで近衛隊が緩むとはな。トゥレン・パスカム第一補佐官への監督責任は後程申し渡すが、上官のありもしない噂をこのような場で立てようとは王国軍兵士の風上にも置けぬ。」
「ジ、ジルアイデン親衛隊士殿!?」
「この二人を懲罰房へ連れて行け。親衛隊第一班隊長として、ペルラ・サヴァン王女殿下に対する不敬罪の適用を申し渡す!」
「は!!」
「お待ちください、自分にそのようなつもりは――!!」
「ジルアイデン親衛隊士殿!!弁明の機を――!!」
――問答無用で引っ立てられて行った近衛隊士の二人を見送り、エルガー・ジルアイデンは冷ややかな視線を遠くに見えるトゥレンに向けた。
エルガーの目から見ても、確かに微笑み合うトゥレンとペルラ王女は、想い合う男女の仲のような空気を醸し出している。
「その御方がどなたの御婚約者であるのかを忘れているようだな…トゥレン・パスカム第一補佐官殿。このことは私から国王陛下にご報告させて頂くぞ。」
エルガー・ジルアイデンはそう呟き、踵を返して王城内へと戻って行くのだった。
遅くなりました。次回、仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!