173 脅威の排除へ 後編
レスルタードを倒すために向かった先で、初対面の同行者であり有翼人の『ユスティーツ』は、ルーファスの予想だにしない手段で、欠片も残さずにレスルタードを消し去ってくれました。ユスティーツから彼についての話を聞いて行く内に、やがてルーファスは衝撃的な内容の話を聞くことになりました。ルーファスの心は沈み…?
【 第百七十三話 脅威の排除へ 後編 】
魔口を逆に辿って着いた先の部屋で、凍りついた彫像状態のレスルタードを、初対面で同行者となった有翼人のユスティーツは、あっという間に跡形もなく食い尽くしてくれた。
言うに彼は狂信神官と呼ばれる『聖哲のフォルモール』によって殺戮兵器とされ、数百年もの間この場所で実験を繰り返されていたらしいが…真っ黒い毛に覆われた獣の鋭い歯が並ぶ、巨大な口だけの姿に変化したその右手を見て、俺とサイードは驚きを隠せなかった。
「ユスティーツ、その右手は…!?」
俺の予想だにしない手段で、この部屋に凍っていた全てのレスルタードを消し去ったユスティーツは、変化した右手を元に戻すとまたふわりと笑った。
「――フォルモールに身体を弄られた名残、と言えば良いかなぁ?僕は元々何代か前のル・アーシャラー第八位だったんだけど、ル・アーシャラーの地位にある有翼人は、命を落とすと肉体が消えたその場所に『蘇生珠』を残すんだ。」
「蘇生珠…ああ、知っている、白みを帯びた緑色の宝玉のことだな。確かそれを持ち帰って拠点にある蘇生卵に入れると、復活出来るんだと聞いたよ。」
「わお、そんな最重要機密まで知ってるんだ。そうそう、そうなんだよ、僕もそうやって殺戮兵器の実験体だった自分を殺してくれた人がいたおかげで、偶然蘇生珠が同胞の手に渡ったから復活出来たんだ。だけど…」
ユスティーツは有翼人種の寿命を越えて、長期間テリビリスザートに冒されていたため、蘇生珠にまで変異が残り、実験体にされる前の綺麗な状態には戻れなかったのだそうだ。
「見てよ、これ。」
バサッ
その言葉と共に、背中に有翼人の特徴である二枚羽根を現したユスティーツは、不満げに二度、その翼を羽ばたかせた。
だが彼らの特徴であるその白翼は、鈍く光る漆黒に変わっており、明らかに普通の有翼人達の中では異質であろう姿だった。
「外見は以前の僕に戻れたけど、この通り翼は真っ黒になっちゃったし、瞳の色も変わっちゃったしで、蘇生卵から出た途端に同族にも化け物だって叫ばれちゃってさ、酷くない?僕はなにも悪いことなんてしてないのに…!」
ユスティーツはそのこと以外にも身体に様々な異変が残っており、聖哲のフォルモールが戻って来たことを機に、天空都市フィネンを逃げ出してフォルモールへの復讐とフォルモールがいる限り国を捨てることを決めたんだそうだ。
――聖哲のフォルモールがアーシャルの拠点に戻った…フォルモールは天空都市フィネンで国家的犯罪者となり、戻っても同じように大神官として受け入れられることはないだろうと言っていたけど…
ユスティーツの口振りからすると、リカルドの言っていたようにはならなかったのでは、と憂慮する。
「それに差し当たって先ずはレスルタードの始末と同時に、僕の失われた体内エネルギーを取り戻さないとね。今のまんまじゃ弱っちくてヘロヘロなんだよ。」
「?…どういう意味だ?」
「言ったでしょう?レスルタードは僕の身体から生まれたんだって。フォルモールが僕を実験体に選んだのには理由があって、僕がフィネン王家の王族であり、天空都市フィネンの浮遊石を維持する神力所持者だったからなんだ。」
……なんか今、サラッととんでもないことを聞かされたような…王族、って言わなかったか?
俺は一瞬目が丸くなった。
「ああ、それで…レスルタードのような異形がどうして生まれたのかと思いましたが、神力が関わっているのであれば納得です。」
俺が聞き返す前に黙って話を聞いていたサイードは、そこには引っかかりもしなかったのか、口元に手を当てて目線を空に向けると、一人そんなことを口にし納得した。
「つまりあなたは、レスルタードをその右手で喰らい吸収し、自身の神力を取り戻そうとしているのですね。」
「そう言うこと。実験体にされていたおかげで、幸い僕にはテリビリスザートに耐性がある。だから種ごと喰らっても変異しない上、レスルタードは欠片も残らないし、ここにいる全てを喰らってしまえば、もう二度と生まれてくることもないはずだよ。」
「それは朗報です。では話はここまでにして、さっさと全て片づけてしまいましょう。」
ユスティーツが王族だと言ったことはいいのかな?…まあ本人も気にしていないようだから、良いのか…うん、聞かなかったことにして、それは後にしよう。
――ユスティーツとサイードの言う『神力』とは、恐らくインフィニティアの生物が持つ、あの魔力よりも遥かに強力な力のことだ。
そんな異形を生み出すなど、神力は俺が想像していた『魔力同様の性質』とは、どうやら少し異なる力のようだ。(もしかしてプロートン達も神力から生まれたのか?)
液体であり結晶化することもある、エーテルとも呼ばれるあの力は、インフィニティアの生物に限ってのものだと思うが、元々無限界域にあった有翼人の隔絶界『シェロアズール』のことを考えれば、そこから来た有翼人の中に神力を持つものがいてもなにもおかしくはないのか…。
「そうだな、王都は今も魔物に襲われているはずだし、急ごう。」
こうして俺達は三人で協力し、この建造物の内部にいる全てのレスルタードを、一匹残らず殲滅することにした。
この室内のレスルタードがユスティーツのおかげでいなくなったことから、中央に置かれていた箱型の制御装置を使って電源を入れ室温を常温に戻すと、先ずはこの部屋(第三制御室と言うらしい)と第二制御室の間にいるレスルタードの駆逐から始める。
制御装置に表示されている言語は所謂『古代文字』だったが、俺は読めるので何の問題もない。
そこに記されている情報によると、どうやらこの施設は『長期超高位魔法障壁維持機構守護壁中央第一キーオーン』という、なんだかやけに長ったらしい名前の建物らしいが、入口のエントランス部を除いて、魔法による侵入者対策などが施された古代遺跡の類いだった。
その文面に気になる内容もあったが、今はとにかくレスルタードを排除し一刻も早く地下水路に戻って、王都の魔物召喚を止めなければゆっくり考えることも出来ない。
――あの魔法陣を解除して魔口を閉じると、多分ここには二度と戻って来られなくなるかもしれないけど…それは仕方がないよな。
俺はそれ以上調べるのは諦めて、第二制御室に通じる通路側の扉を開いた。
「よし、ロックは解除し扉は開いた状態で固定した!!すぐにレスルタードが嗅ぎつけるぞ!!」
俺達は幅の狭い通路で戦うのではなく、この第三制御室の入口に陣取って、通路から押し寄せるレスルタードに対峙する作戦を執った。
こうすることで俺達の背後の安全は確保され、狭い通路を通るレスルタードの押し寄せる数をある程度制御出来るからだ。
陣形はテリビリスザートに耐性のあるユスティーツが前に出て、俺とサイードは後衛に並び、先端を通路に向けた三角形の隊形を取る。
ユスティーツの右背後にいる俺は、水属性の氷魔法で只管レスルタードを凍らせる役目を担い、左後ろのサイードは、通路の床、壁、天井の全方向を覆うように強化空間を設置して行き、敵を一定数で区切ることと、ユスティーツの特殊能力『オムニスオブルーク』の損傷が遺跡に届かないようにする。
サイードの空間魔法で仕切りを設けその数を調整すると、俺が空間内部全てのレスルタードを凍らせ、動きの停止した獲物をユスティーツが一度に喰らう。
わざわざこちらからレスルタードを呼び寄せる必要はなく、俺達の心臓の鼓動を察知した異形は、放っておいてもここを目指して集まって来るため、これを何度も何度も繰り返し、最終的に通路内全てのレスルタードを殲滅することは出来るはずだ。
そうして俺達が準備を整えた頃、物凄い数のレスルタードが押し寄せてきた。今回はレスルタードを傷つけるわけにはいかないから、俺は武器を手に持たない。
「来た、物凄い数だ…!!」
――ドドドドド、と流れる音こそ聞こえないものの、それはまるで、四角い筒の中を赤黒い液体が勢いよく流れてくるかの如く、凄まじい速さで通路を埋め尽くして来た。
ザカザカと床を守宮のように這うだけでなく、仲間の上に乗り上げつつも我先にとこちらに向かって、壁や天井を逆さまに伝い走るものまでいる。
いつ話したのかは知らないが、どうやらユスティーツがサイードの空間魔法を当てにしていたのは、レスルタードがこう言った性質を持っていた所為もあるようだ。
俺達の姿を見たレスルタードは、まるで飢えた獣の如く目をギラつかせながら、ギシャアアア、と不気味な声を上げてくる。
それらが三メートルほど前に達すると、サイードは直ぐさま空間魔法を発動した。
「見えなき檻よ、囲い込め!『アイソレイト・アルカ』!!」
金色の魔法陣が天井の辺りに輝くと、そこから丁度通路の大きさぴったりに、金色に透けた魔法の箱が降って来る。
それは音もなく見事に一定数(大体三十体くらいかな?)のレスルタードを閉じ込めると、サイードは俺に叫んだ。
「隔離成功です、ルーファス!!」
よし、次は俺の番だ!!
「任せろ、氷の息吹よ、全てを凍てつかせ!!『ヴァレンブレス・リオート』!!」
俺は瞬間詠唱を使って、確定凍結を引き起こす氷魔法を、サイードの空間魔法内に叩き込む。
青く光る魔法陣がそこに出現し、あっという間に蠢くレスルタードをピキピキ、パキンと凍りつかせた。
「よし、凍った!!いいぞユスティーツ!!」
「さすがだね、息もぴったりだ!さあ、僕の失われた力を返して貰うよ、喰らい尽くせ、『オムニスオブルーク』!!」
予定通り俺とサイードの連携が上手く行き、凍って動きの止まったレスルタードを、ユスティーツの変化した右手が欠片も残さず食い尽くして行く。
ガリボリガリボリと氷を噛み砕く異様な音がするも、血の一滴も流すことなくそれらは綺麗に消え去った。
「いいよ、喰らい尽くした、次だ!!」
ユスティーツの合図でサイードはその空間魔法を解除すると、塞き止められていたレスルタードが転げるようにして雪崩れ込んだ瞬間、再度同じ場所に新たな隔離空間を作り出す。
そこに一定数のレスルタードが閉じ込められると、俺はまた氷魔法で凍らせて、ユスティーツに喰らって貰った。
――と、こんな感じで俺達は、レスルタードに掠り傷一つ負わされることなく、次々に駆逐して行ったのだ。
そうして三十分ほどをかけてレスルタードを狩り尽くすと、通路内になにも残っていないことを確認し、第二制御室へ移動する。
そこは常温で制御装置には電源が入っており、ユスティーツの言っていた通り、最近誰かがここの電源を入れた記録が残されていた。
「ここの通路は、片方を開くと片方がロックされる仕組みになっているんだな。」
「そうだよ、だから通路内をレスルタードが徘徊していても、ここから外には出て行けなかったんだ。」
「…フォルモールはここで実験していたようなことを言っていたけれど、研究施設はどこにあるんだ?」
「安心して、もうないから。フォルモールは自分で作った異空間に、研究資材を持ち込んで実験していたんだけど、もう随分前から放置してあったんだ。その異空間は、僕が殺されたと同時に消滅したよ。」
「…そうか。」
「………。」
ふと見るとサイードが酷く険しい顔をしている。そう言えばさっきから、フォルモールの話題には一切口を利いていないような気がするな。どうしたんだろう…?
「サイード、大丈夫か?」
「はい?大丈夫、とはどういう…?」
「いや、フォルモールの話をしていると、険しい顔をして黙り込んでいるみたいだから…」
「――そうですか…?…ええ、そうかもしれませんね…話を聞くに相当酷い人物のようですから、さすがに嫌悪していました。…そのせいかもしれませんね。」
「サイード様の反応は普通でしょう?ルーファス様の方が却って不思議だよ。…もしかして会ったことがある、とか?」
「それはどうかな…よし、準備は良いぞ、残るレスルタードも殲滅しよう。」
ユスティーツの問いに返事を誤魔化したが、確かに俺はフォルモールという名の人物には会ったことがある。光神レクシュティエルの従者だった、あの潔癖そうな人物だ。
ただあのフォルモールと聖哲のフォルモールが、同じ人物であるという確信はない。多分そうだろうとは思うが、アーシャルの狂信神官には直接会った記憶はないからだ。
――リカルドは…どうしているんだろう。ユスティーツの言うようにフォルモールが戻って来たのなら、今現在のアーシャルはどうなっているんだ?
再びフォルモールが大神官に戻り、また最高権力を握るようなことになったら…考えたくはないが、アーシャルは俺の敵に回るかもしれない。
レスルタードの殲滅が終わったら王都の召喚魔法を解除し、ユスティーツにアーシャルの拠点がどうなっているのか、話を聞いてみよう。
その後俺はまたサイードと二人ユスティーツに協力し、第二制御室と第一制御室の間の通路にいた全てのレスルタードも無事駆除することに成功した。
「――レスルタードはこれで全部だ、ありがとうサイード様、ルーファス様。もうどこにもいないから、心配ないよ。」
ユスティーツが笑顔でそう言うも、サイードは俺を見て確かめるように尋ねる。
「ルーファスの索敵ではどうですか?」
「…ああ、レスルタードの情報に絞って探してみたけれど、もう残っていないな。大丈夫そうだ。」
「そうですか。」
俺の答えを聞いてサイードはようやくホッと安堵した様子だ。
「ではすぐに王都の地下水路へ戻りましょう。なによりも召喚魔法の解除が最優先です。」
「ああ、急ごう。」
「僕も手伝うよ。」
レスルタードの殲滅を確認した俺達は、魔口からではなく、サイードの転移魔法であの罠の前まで戻った。
サイードが施した空間魔法内の時間停止を解除し、俺はすぐに設置魔法陣の解除に取りかかった。
壁と通路に張り付いていた人の遺体の肉塊は、俺がどうしようかと悩んでいる内に、「どうせ遺族には返せないよね。こんな状態を見せるわけにも行かないでしょう?魔物に喰われたと思ってる方が幸せだよ。」と言い切ったユスティーツが、止める間もなくオムニスオブルークで喰らってしまった。
ユスティーツが言うには、この肉塊は魔法陣へ魔力供給の媒体に使われていたらしく、肉塊の中心にかなり大きな魔法石が埋められていたそうだが、確かに元の人間らしい姿に戻せるわけではなく、そのままの姿で人目に晒すのは憚られたので、俺はそれになにも言えなかった。
肉塊が消えて仕掛けが露出すると、一番上の魔法陣は王都上空の魔法陣と同じもので、どうやらこれは魔物を召喚するためのものではなく、どういうわけか王都内の魔物の力を押さえ込むためのもの…つまりは弱体化させる魔法陣だったことが判明した。
魔物を召喚して街中に放っておきながら弱体化させるとは、ケルベロスはなにをしたかったのかが意味不明だが、そうでなければもっと人的被害が深刻化していたことだろう。
ただ俺にするとこれはとてもではないが喜べず、なにか他に目的が別にあったのだと思われて、非常に不気味だ。
そして肝心な召喚魔法陣の方だが、これは二重になったもう一つの魔法陣の方がそうだった。一見するとそれとはわからないように、カモフラージュ用の呪文字が複雑に鏤められ、それがなにを意味するのかすぐにはわからないようにしてあったのだ。
ただこの魔法陣に関しても、横でユスティーツが突然「いいことを思いついたよ!」と言い出して、俺に何の説明もなく魔法陣に手を加えると、この召喚魔法陣で召喚された魔物は、魔法陣の解除と共に返還されるように書き換えてくれたのだった。
そんな方法があることに驚いた俺は、今度その書き換え方をユスティーツから教わることにして、やっと全ての罠を綺麗さっぱり解除し終えたのだった。
上空の魔法陣が消えたことと、街中に残っていた魔物が突然消えたことをシルヴァンとの連絡で確かめ、最後に地下水路の瘴気に汚染された水を魔法で完全に浄化して、俺はようやく安堵した。
「ふう…これで王都の水は元通りになったな。」
「では地上に戻りましょうか。」
「ああ、そうだな。」
「それじゃあ僕はここでお別れかなぁ。無事に王都消滅も回避できたしね、第一位に見つかる前に姿を消すよ。」
その耳を疑うようなユスティーツの言葉に俺はギョッとし、慌ててユスティーツを引き止めた。
「え…ちょ、ちょっと待った、ユスティーツ!王都消滅ってどういうことだ!?それに第一位って…」
「ああ…サイード様もルーファス様も聞く時間がなかったみたいだけど、僕がケルベロスの情報を持ってたことって疑問だったでしょう?それはね…」
――ユスティーツが言うに、アーシャルはケルベロスがレスルタードを王都に放とうとしている情報をかなり前から掴んでいたのだそうだ。
そもそもケルベロスがどこでレスルタードの情報を知ったのかもわからず、それは戻って来たフォルモールによって全て隠されてしまい、被害対象であるエヴァンニュ王国にも知らされることは一切なかった。
ただだからと言ってフォルモールは、レスルタードが放たれた際のことを丸切り考えなかったわけじゃなかったようだ。
「もし本当にケルベロスがレスルタードを放った場合、言うまでもなくあっという間に増えてしまうよね。それこそ、もう完全に駆除することなんて無理だ。そうなった時は、レスルタードがエヴァンニュ王国の外に出る前に、街ごと消滅させてしまえば良いってアーシャルは考えたんだよ。実際、その準備は既に終わっていて、いつでもそうすることは可能になっているんだ。」
その後も説明を受け、ユスティーツから聞かされたその恐るべき内容に、俺とサイードは驚愕した。
「神獣『ディアマントゥルス』…?」
「そう。ディアマントゥルスは四十二の闇の魂を捧げた一の光の使い手が、その命と引き換えにこの世に顕現させることの可能な、神の獣のことだ。真っ白い雄牛の姿をした、光神の眷属とも言い伝えられている神獣を喚び出して、エヴァンニュ王国の王都をレスルタードごと跡形もなく消し去るつもりだったんだよ。」
「冗談、だろう…?」
蒼天の使徒アーシャルがそんなことを考えて準備していたなんて…リカルドやスカサハ、セルストイだっているのに、信じられない…!
「そうだったら良かったよね、でも本当だよ。その証拠にこの一月ほどの間に、不自然な死に方をした闇属性持ちの人間がきっかり四十二人、いたはずだよ。」
「!!」
俺は愕然としてしまい、すぐには声が出なかった。
「まさか…それはエヴァンニュ王国内で闇属性を主属性に持つ民間人が、魔力暴走によって次々と亡くなったという、殺人事件のことか…?」
「そうだね。殺人事件だということはわかっているんだ?生け贄にされたル・アーシャラーは、それにすら気づかないように遣って退けるかと思ったけど…ルーファス様は凄いね。」
「………」
――俺とウェンリーがフェリューテラにいない間に起きて、ウェルゼン副指揮官から太陽の希望に指名依頼された事件…シルヴァンから聞いていたあの事件が、アーシャルの…しかも、ル・アーシャラーの仕業だった?そんなことって…
「聞きたかったんだが、フォルモールが戻って来たのならアーシャルはどうなっているんだ?」
ユスティーツは暗い顔をして首を振り振り答える。
「前と変わらないよ。だから僕は逃げ出したんだ。今のアーシャルは再びフォルモールの支配下にあるからね。国賊だの犯罪者だのと言っても、結局あいつの術中に嵌まって、ル・アーシャラーの殆どは操り人形になってしまったんだ。昔から第一位にある人族だけは優遇されていたんだけど、今回は真っ向から対立したせいでその場で殺されなかったのが不思議なくらいだった。ル・アーシャラー第一位、リカルド・トライツィ…守護者ならきっと誰でも彼を知っているよね。」
「リカルドが…なん、だって…?」
「ルーファス様も知っているんだ?でも第一位は守護者だった頃の彼とはもう、別人だよ。言い難いけれど…さっき言った四十二人もの闇属性持ちの人間を殺したのも、第一位なんだ。」
「なっ…」
なん…リカルドが…、殺した?四十二人もの、罪のない民間人を…?嘘だ…だってリカルドは――
俺は以前メクレンで、リカルドと二人タイラントビートルの変異体を緊急討伐で狩った時のことを思い出した。
その時の会話は、リカルドが俺と叶えたい夢があると言って――
『ルーファス…私があなたと叶えたいと思っている夢は、いつか魔物をこの世界から完全に駆逐することなんです。姿を消した友人が最後に口にしていたように、戦う術を持たない力無き民間人でも、命の危険に脅かされることなく、いつでも自由にどこへでも行ける安全な世界にすること…』
そう言っていたのに、そんなことをするはずがない…!!
「…ユスティーツ、今の話を聞くにそのル・アーシャラー第一位は、神獣を顕現させるための生け贄となるように操られているのですね?」
「ああ、そうだよ。ディアマントゥルスを呼ぶには光の使い手…ル・アーシャラーのことだけど、それが一人で、四十二人の闇属性を持つ人間の命を祈りながら殺して捧げ、最後に喚び出す時に自分の命も捧げるんだ。今日は僕達がレスルタードを殲滅したことで神獣を喚び出す必要は無くなったけど、既に儀式の準備は整っているから、いつその時が来てもおかしくはないんだよね。」
「やめてくれ!!!」
サイードとユスティーツの会話を、俺は思わず大声で遮った。
「リカルドは…いつも俺を助けてくれたんだ。記憶のない俺に守護者になることを勧めてくれて…あいつが、そんなに沢山の人間を手にかけたなんて…っ信じられない…!!」
「落ち着きなさい、ルーファス。操られていると言っているでしょう。それに準備が整ってしまっているのなら、いつ自ら命を絶つかわからないのですよ。助けたいのなら冷静になりなさい。」
「サイード…!」
動揺する俺にサイードはそう言って叱咤する。
「うーん、でも今そうは言ったけど、暫くは大丈夫じゃないかなぁ…フォルモールはまだ使い道があるのに、とかレスルタードのことがなければ、とか第一位のことを言ってたみたいだから、今回みたく余程でなければディアマントゥルスを喚び出さないと思うな。それにあれは諸刃の剣で、場合によってはフォルモールの所業を神獣に見抜かれて、天罰を受ける怖れもあるからね。」
「…つまりリカルドが操られていたことを、神獣が気づく可能性がある?」
「そう言うことだね。」
「………」
――だとしても神獣が喚び出された後では、リカルドは既に生け贄になった後じゃないか。
それでフォルモールが天罰を受けたとしても、リカルドは助けられない…!
「フォルモールに操られているのなら、それを解けばいいんだ。リカルドにかけられた操術を解くにはどうすればいい…?」
「ルーファス…」
「それはフォルモールに解かせるか、もしくはフォルモールを殺すことだね。僕はいずれ復讐するつもりだけど…ルーファス様には無理じゃないかな。人は殺せないでしょう?」
「…っ」
「そうじゃなければ僕に手を貸してって最初にお願いしてるしね。」
「………」
ユスティーツの指摘に俺はなにも言えなくなる。
彼を実験体にしたり、レスルタードを無限増殖するように改良したりして…他にも色々と非道なことをするそんな奴でも、『人』である以上俺には殺せない。ユスティーツは俺のそんなことまで知っていたのか。
「まあでもすぐに答えは出さなくていいよ。そうだね、アーシャルの動きは僕が見張っているから、なにか起きそうになった時はすぐに教えることにしようか?」
「いいのか!?」
「そのぐらいはね。その代わりルーファス様も、僕の復讐を手伝ってくれるかどうか真剣に考えて欲しい。別にあなたが直接手にかけなくても、僕が殺るから構わないんだ。天空都市フィネンをいつかフォルモールの支配から解放する。そんな風に前向きに捉えてくれれば嬉しいかな。」
「――でしたらその際は、必ず私も手を貸しましょう。」
「サイード様、いいのかい?」
「ええ。聖哲のフォルモール…話を聞いただけでも、決して許せませんから。」
そう言ったサイードから、普段は感じたことのない怒りの感情を見たような気がした。
そうしてユスティーツと俺達は、ギルドを通じた連絡手段を取ることに決めた。蒼天の使徒アーシャルには獣人族の迫害に手を貸した過去があり、ユスティーツに関わりが無くとも、俺達の本拠地がルフィルディルにあることは知られるわけに行かなかったという事情もある。
今後ユスティーツは自分のために冒険者登録をするつもりでいると言うし、魔物駆除協会は世界中どこにでもあって、どこからでも登録されている守護者個人宛に伝言を残すことが可能だからだ。
「それじゃあまたね。冒険者登録をしたらすぐに伝言を入れるよ。」
「ああ。今日はありがとう…またな、ユスティーツ。」
――重く気分が沈む中、どうにか笑顔を作ってユスティーツと別れた。
まさか太陽の希望として俺の留守中にシルヴァン達が受けた指名依頼が、こんな形で関わってくるなんて…想像もしていなかった。
リカルドが…人を殺していたなんて…操られた術が解けた時、それを知ったリカルドは、どれほど自分を責めるだろう。
魔物から人を守るべき守護者が…操られていたとは言え、罪のない民間人を手にかけたとなれば、罪の意識に耐えられなくなるかもしれない。
それでも俺は、リカルドに生きていて欲しいんだ。パーティーの解消を告げられたあの日、なぜ助けたのかと責められても…俺はリカルドを助けたことを後悔したことはない。
今度ももしかしたら、同じように同じことを責められるかもしれないけれど、それでも――
俺がリカルドのことを考えて黙り込んでいる間、サイードもずっと黙ったままで気を使っているのか、俺に話しかけては来なかった。
地下水路を出てシルヴァン、リヴ、ウェンリーに、クリスの行方を捜すと言ってきた、プロートン達三人と連絡を取って合流した後で、王都の守護者達を再度纏め、この後始末に追われながら俺は、リカルドのことが頭から離れないまま長い長い一日を終えたのだった。
次回、仕上がり次第アップします。