表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
176/272

172 脅威の排除へ 前編

地下水路を進んだ先で、突然未来視のような光景を見たルーファスは、同行していたファロ達守護者と一旦下がり、自分だけの手には負えないとサイードに来て貰うことにしました。ルーファスの見た光景の中で、ファロ達に襲いかかり、あっという間に彼らを化け物と変えた異形は『レスルタード』という名の無限に増え続ける脅威でした。果たしてルーファスは無事にこの危機を乗り越えられるのでしょうか…?

        【 第百七十二話 脅威の排除へ 前編 】



 その恐るべき異形と、いつ、どこで対峙したのかを、俺は憶えていなかった。


 それでも自己管理システムのデータベースに残されているその記録を見れば、ただの一体でも世に放たれただけで、フェリューテラの生物が滅びに瀕することは容易に想像出来た。


 その異形の名は『レスルタード』。


 『テリビリスザート』と呼ばれる生物変異の種を散蒔(ばらま)く、無限に増え続ける自己増殖型殺戮用駆動体の呼称だ。


 レスルタードは守宮(やもり)に似た外見に飛蝗(バッタ)のような折れ曲がった四肢を持ち、(イボ)状の突起が全身にある、焼け爛れた赤い皮膚をしている。

 背中には胞子を内包する菌糸の列を持ち、蠍のような尻尾の先端は膨らんで、その中にあるテリビリスザートを生物に注入するための針が付いているのだ。


 そして基本的にそれの身体構造と行動理念は、『仲間を増やすこと』しかない。


 そのために、とにかく生きて動いている物ならなんでも襲う。身を守るために建物内などのどこかへ隠れたとしても、生きている限り動き続ける〝心臓の鼓動〟を感知する器官を持っており、すぐに見つかってしまうだろう。

 その上レスルタードにとっては、フェリューテラの生物から変異したと言われる魔物でさえも、増殖用の寄生対象であり贄に過ぎないのだ。

 そう聞いただけでもゾッとするのに、レスルタードの真の恐ろしさはそこじゃない。一度世に出ると完全に駆逐するのが非常に難しいことだった。


 レスルタードは生物にテリビリスザートを植え付けて増えるのが基本だが、それだけでなく死骸からも爆発的に増殖する。

 全身にある疣状の突起にはレスルタードの幼体細胞が入っており、生命活動が停止したことを感知すると、それらが一斉に複製化されて外に出てくるからだ。

 その他にも体毛や皮膚、躯体のどの部分からでも、一細胞によって自動的に複製体(クローン)が作られる。

 そして死骸から生まれたレスルタードの幼体は、僅か一分ほどで成体になるのだ。つまりは倒せば倒すほど、さらにその数を増やすことになると言うわけだ。


 ――そんなこの世の滅びを招く異形が、この地下水路に仕掛けられた罠に使われている。

 ここから見えるあの場にそれがいるのであればまだしも、二重の仕掛けを解除することで、最後に開いた『魔口(まこう)』から飛び出してくるという、恐ろしく厄介な罠だった。


 どうして俺の頭の中に未来視のような警告が現れたのかはともかく、これが俺だけの手には負えないものだと一瞬で理解した。

 一人でもなんとかなると無理をしたところで、封じ込めに失敗すれば後の祭りだからだ。

 だけど今の俺には、時魔法と空間魔法の使い手であるサイードがいる。彼女に知恵と力を借りられれば、必ずこの難局を乗り越えることは出来るはずだ。


 シュンッ


「サイード!」

「ルーファス…なにが起きたのですか?あなたの絶望的な声は初めて聞きました。」


 空間圧縮音が聞こえて、転移魔法でサイードが俺のところへ駆け付けてくれた。


「え?え?どこから?」

「もしかして転移魔法って奴?」

「すっごい美人…」

「ルーファスさんの知り合いですか?」


 ある程度付近の魔物を倒し終わったファロ達は、俺が張ったディフェンド・ウォールの中で一休みしている。そこへサイードが目の前に突然現れたものだから、各々驚いてそんな感想を口にしていた。

 俺はファロ達にここから先には行かないようにだけ告げ、俺が戻るまでの間は周辺の魔物討伐を頼むと、サイードを例の仕掛けが見える場所まで案内することにした。


「こっちだ、来てくれ。」


 彼女はこくり頷くと、小走りに進む俺の斜め後ろを足早について来る。


「ところどころの壁に小さく光る赤い魔法陣が見えるか?」

「…ええ。薄暗いのでかなり注意していないと見つけられないようなものですね。」


 俺は先を急ぎながら、簡単にこれまでの経緯をサイードに話し始めた。


「あれと同じものがこの地下水路のあちこちにあって、俺にはその印と印が細い魔力の線で繋がっているように見えた。だから俺は壁の魔法陣を辿るような感じでここまで来たんだ。」

「…なるほど、その先になにかあるとあなたは予想したのですね。」

「ああ。…で、その結果他よりも瘴気の濃いこの地区に来たんだが…ここまで来た所で、あれを見つけた。」


 ついさっき、未来視のようなものを見た位置を超え、俺はサイードと一緒にそれがよく見える場所にまで移動する。


「――あれは…」


 その残酷な塊を見た瞬間、彼女の綺麗な顔が酷く歪んだ。


 俺達の十五メートルほど先に、それはある。赤く光る魔法陣の上に乗り、壁と床に貼り付けられるようにして、瘴気と腐臭を放つ肉塊だ。

 その肉塊は複数の成人男女を煮え滾った液体の中に入れ、溶解してくっついたものを纏めて壁に投げつけたような全体像をしている。

 それが元は人間であることに俺が気づいたのは、どろどろに溶けかけた腕や足が所々に飛び出し、中には髪の毛の付いた頭や顔が残っている者もいたからだ。


 俺は最初にそれを目の当たりにして酷く気分が悪くなり、思わず吐き気を催したほどだったのだが、サイードは眉根を寄せて顔を斜めに背けただけで、意外にも冷静だった。

 因みにあの時はすぐに進むのをやめて後退ったから、俺の後ろにいたファロ達からは丁度死角になっており、彼らはなにも見ていないはずだ。


「…とても人族の成せる所業とは思えませんね…よくもこれほど残酷なことができるものです。…遺体はこの街の住人達、ですか?」

「多分そうだろう。どうしたらあんな状態に出来るのか…ケルベロスは魔族の集団なんじゃないかと思うくらいだ。」


 サイードはその場で周囲の状況や赤い魔法陣を具に見ると、その罠の構造をすぐに調べて理解してくれた。こればかりは魔法に詳しい相手でないと、対策を練ろうにもお話にならず、彼女は相談相手に打ってつけだった。


「――表に見える一つ目の魔法陣は、上空にある血紅色の巨大な魔法陣と全く同じものですね。あなたの予想通り、無関係であるはずはないでしょう。」

「確かか?俺には空の魔法陣は全体が見えなくて、確証を得られなかったんだけど。」

「空間認識魔法<ラウム・パーセプション>の応用ですよ。通常は自分の立ち位置から魔法を発動し、そこを中心に周囲を把握して行きますが、その中心を任意の場所にずらして、そこから魔力を広げるのです。そこに知覚魔法を足して上空のさらに上から魔法陣の全体を見てきました。」

「え…サイードってそんなことが出来たのか?」

「できますよ。因みにフェリューテラ全域の地形図と国の位置、王都の全体地図などは既に頭に入っています。ギルドの本部に移動した際、合間を見てちゃちゃっと済ませておきました。」

「ええ…」


 ――まあ確かに、時空転移魔法で移動中の俺達を捕まえて自分の元に引き寄せることができるくらいだから、サイードは俺以上に規格外なのかもしれないけど…


「後でサイードには俺の魔法の教師になって貰おうかな。」

「良いですよ、そのくらいお安い御用です。」


 サイードはくすりと笑ってそう言ってくれた。だがすぐにその表情は一変する。今は雑談をしている場合じゃないからだ。


「ルーファス、あの仕掛けについてあなたの見解を教えてください。」

「ああ、うん…俺が見たあれの全体構造は、分かり易く説明すると相手の最終目的となる『魔口(まこう)』を覆い隠すようにして構築されている。」


 『魔口(まこう)』とは構築された魔法の中に存在する、転送陣と良く似た離れた場所との接地開口部のことを言う。つまりあの仕掛けには、魔物を召喚する『召喚魔法』と、もう一つなにか別の効果を持つ魔法が二重に置いてあるだけでなく、その下に本来ならあり得ない、別の場所と繋がっている出入り口があると言うことになる。


「今のあれの状態を言うと、他所に通じる底のない箱が二つの魔法で蓋をされているように閉じられていて、上の二重魔法を解除するとその蓋がなくなり、箱から目的の物が飛び出す仕組みになっているんだ。」

「…ええ、それで?」

「問題なのは、その箱から飛び出してくる『異形』だ。そいつはレスルタードという名の、フェリューテラを滅ぼしかねない化け物なんだ。」


 俺はサイードに、レスルタードという異形がどんな化け物なのかを、事細かく詳しい説明をした。

 そんな存在がいたことを知らないらしいサイードは驚愕して顔色を変えたものの、俺がなぜ、まだ触ってもいない仕掛けの後に出てくるものの正体を知っているのかと、疑問を持たれ尋ねられた。


「――それは…ごめん、説明が難しい。理由はわからないけど、時々なにか危機的状況に陥りそうになると、その先に起こる出来事が見えるんだ。俺には未来視のようなものが見えると言うだけで、その根拠を説明することはできない。だけど絶対にそうなるという確信がある。…俺を信じて貰えないだろうか。」

「もちろん信じますよ。これまでの経験から言っても、私にはあなたを疑う理由が微塵もありませんから。ただなぜわかるのかを知りたかっただけです。」

「サイード…」


 意外なことにサイードは、あっさりとそう言って次の行動を促した。


「あの仕掛けを解除しないことには、王都上空の魔法陣は消えず、魔物の召喚も終わらないと言うことですか。」

「そうだ。だけどレスルタードを外に出さないで、どうやって魔法を解除したら良いのかがわからないんだ。」


 俺はなにを悩んでいるのかをサイードに相談する。彼女なら俺が思いつかないような方法に気づいてくれるような気がしていたからだ。


「あなたの防護魔法をあの物体の周囲にかけて反転し、レスルタードを閉じ込めることはできませんか?」

「無理だ。あれにディフェンド・ウォールをかけられても、出現する前のレスルタードには効果がない。それにはそもそも魔法効果の理があって、魔法は対象なしに発動せず、また対象の存在前には事前効果を発揮しない。つまり俺がディフェンド・ウォールをあの場にかけても、そこにまだ出現していないレスルタードは魔法対象外となって、難なく擦り抜けてしまうんだ。」

「ああ、なるほど…時間流動の効果概念のことですね。では私の空間魔法も同じく無効化されてしまいますか。…他に弱点のようなものはありますか?」

「レスルタードは唯一極低温には弱く、凍らせて動きを封じることは可能なんだけど、一瞬で全身を凍らせない限り体毛の一本でも抜け落ちれば、そこから一分も経たないうちに増殖してしまう。下手に手を出して数が増えればもう一巻の終わりなんだ。」


 俺の返事を聞いた後、サイードは沈思黙考してしまった。


 ――正直に言って俺の知識では手詰まりだ。魔口から飛び出した時点で確実に閉じ込めることができないのなら、その先には恐るべき地獄絵図が待っている。

 その証拠に、俺が最初に見た光景では、レスルタードがあっという間にファロ達に襲いかかり、彼らを同種の化け物に変異させてしまっていた。


 あんな光景を現実のものにするわけにはいかない。どうすれば…


「――このままでは手立てがないと言うことはわかりました。ならば私達に可能な最終手段を取りましょう。」


 不意に顔を上げたサイードは、彼女にしか思いつかない手段を講じてくれたみたいだ。


「ルーファス、私がその準備をしている間に、あなたは同行している守護者達に地下水路から出るよう指示してください。再度魔物を召喚されたとしても、私とあなたでここの魔物は駆逐出来るでしょう。」

「なにか方法を思いついたのか?」

「ええ。要は魔口からレスルタードを出さなければ良いのですよ。大丈夫、私に任せて。」


 サイードはそう言って俺に優しく微笑んだ。


「わかった、彼らを外に出したらすぐに戻るよ。」


 ――魔口からレスルタードを出さなければいいって?俺も必死に考えたけどなにも思い浮かばなかったのに…さすがはサイードだな、なにか方法があったのか。


 俺は〝私に任せて〟と微笑んだサイードの言葉にホッと安堵し、ファロ達の元へと急いだ。



 一方、その頃――



「下町のみんなを助けて下さって、本当にありがとうございました…オルディスさん。」


 ライの恋人であり、下町に住む酒場の踊り子『リーマ・テレノア』は、どさくさに紛れてちゃっかり自分の肩を抱く、紺碧髪に水色の瞳を持つ長身の美丈夫に、戸惑いながら頭を下げた。

 『太陽の希望(ソル・エルピス)』というパーティーの一員であり、Sランク級守護者でもある『リヴグスト・オルディス』の氷魔法によって、一先ず安全が確保されたその場所『アフローネ』は、客席のテーブルや椅子が脇に寄せられ、避難してきた下町の住人とその負傷者で一杯になっていた。


 この突如街中に出現した魔物による襲撃が始まった際、自宅にあった毛布やタオルを手に薬箱を抱えて部屋を飛び出したリーマは、命からがら逃げて来た怪我人の手当てをしている最中、気づけば知らないうちに魔物に囲まれてしまった。

 怪我をして動けない下町の住人と共に絶体絶命の危機に陥ったその時、自分の名を呼びながら颯爽と現れ窮地を救ってくれたのが、隣に立つその彼だった。


 自分を魔物から守り、襲い来る敵を薙ぎ倒しながら、下町の生存者を次々と救出してくれた守護者(リヴグスト)に心から感謝をしているものの、ご満悦の(てい)で恋人然とするリヴグストにリーマは内心困っていた。


「なんの、礼など要りませぬ。予はSランク級守護者として、極当たり前のことをしただけですぞ。この手で思い人の危機に駆け付けられたこと、予にとってこれ以上の幸はありませぬわ。本当に…リーマ殿が無事で良かった。後少し遅ければと考えただけでも肝が冷えまする。」

「…はい、本当にありがとうございます。…それで、あの…申し訳ないのですが、肩から手を放して頂けませんか…?ここは私の仕事先でもあるので、その…」


 本当に困っている様子のリーマを見たリヴグストは、心底ガッカリした表情で肩から手を放した。


「少々馴れ馴れしかったであるな。リーマ殿が無事で嬉しく、なにがあっても予がお守りしようと強く思う態度の表れでする。やはり迷惑であろうか…?」

「い、いえ…迷惑とかではなくって…その、ごめんなさい。私…」


 リヴグストはわかっていた。リーマにとって自分の好意は、迷惑でなくても困らせていることに変わりはないのだと。だがその反面――


「リーマ殿には既に恋人がおるのであったな。それは予にもわかっているが…だが一つ言わせて欲しい。お相手がどのような御仁であるかは知らぬが、このような事態であってもリーマ殿の身を最優先に出来ぬのであらば、恋人を名乗る資格はないのではなかろうか。なぜその御仁は今、リーマ殿の横におらぬ?予は…予ならば、なにを置いてもリーマ殿を優先致す。それこそ、このフェリューテラと予の生きる意味、(あるじ)への誓いと引き換えにしてでも…それでも予なら、リーマ殿を守ることを第一にしてみせる。リーマ殿…ほんの少しで良い、予とのことも考えてはいただけぬだろうか…?」


 ――リーマの恋人が今、リーマの傍にいないことがどうしても不満だった。


「ごめんなさい、命を救って頂いたことは感謝します。でも彼のことを悪く言わないでください…!あなたに、彼のなにがわかると言うの…っ」

「気分を害されたか、すまぬ…!だが予は本当にそなたが――」


 リーマに涙目で睨まれ、リヴグストが慌てて謝罪しようとした時だ。不意に胸元に紐で提げた共鳴石から、苛立ちを頂点に募らせたシルヴァンティスの声が響いてくる。


『リーヴーグースートォ――ッ!!!いい加減にせよぉ…この事態に私情を優先するとは、七聖の風上にも置けぬぞっ!!』

「な…シ、シル!待たれよ、予はルーファスにきちんと許可を得て――」


 リヴグストがシルヴァンティスと共鳴石で話し始めると、リーマはふいっと顔を背け、足早にリヴグストの前から離れて行った。


「あ…リーマ殿ぉ…」


 リヴグストは情けのない声を出してベソをかく。


『色恋にうつつを抜かしている場合か!?ウェンリーから連絡があって、クリスが巨竜に攫われたそうだ!!我は(あるじ)の代わりに守護者に指示を出しており、ここを動けぬ!!下町の住人には建物から出ぬように告げ、急ぎギルドの本部へ向かえ!!いいな!?』

「なに?おい、シル…!!」


 シルヴァンティスは一方的にそう言うと、リヴグストの返事を待たずにブツリと通信を切った。


「クリスが攫われただと…?」


 さすがにまずいと感じたリヴグストは、自分の元から去って行ったリーマをそれ以上追わず、周囲の人間に建物から外には決して出ないように告げると、後ろ髪を引かれながらも一人、アフローネを飛び出して行くのだった。



 再び地下水路のルーファスは――



 ――王都上空の不気味な魔法陣を消すために罠を解除すると、ファロ達に危険が及ぶ可能性があることを告げ、彼らには一時地下水路から撤退して貰い、俺は急いでサイードの元へ戻った。

 まるで俺が処理することを想定し、なにも出来ないことを嘲笑うかのように、時限式だと思われるあの罠は、随分と時間に余裕を持たせてあるようだ。

 だがそれでも、地下水路の壁に光る小さな赤い魔法陣は、入口から徐々に光を失って行き、刻一刻とその時が迫っていることを告げている。

 俺がこれほど落ち着いていられるのは、時魔法を使うことの出来るサイードがいてくれるからだった。


 そうして急ぎサイードの元まで戻ると、そこには思いも寄らぬ見ず知らずの人物と話をする彼女がいた。


「サ、サイード…?」


 な…だ、誰だ?いつここに…


「戻りましたか、ルーファス。」


 俺に気づいて平然とそう言ったサイードの隣で、その人物は俺の方を向くと、目が合った瞬間、場違いにほわっとした穏やかな笑みを浮かべた。


 ――その人物は灰緑色(かいりょくしょく)の長い髪に、赤味のある栗色の瞳をしており、ギリアムの姿を取った時のサイードぐらいの身長に、乳白色の外套と冒険者のような衣服を着ている。

 ただ少し…いや、かなり?ぼんやりとした雰囲気を持ち、眠たげに開く目はデフォルトなのか、今この緊張した状態と地下水路という周囲の状況に、酷くそぐわない印象を受ける男性だった。


「同行していた守護者達は地上に出ましたか?」

「ああ…それはもちろんだけど、ええと…??」

「驚きますよね、この人は――」

「ああ、自分で名乗ります。」


 サイードの隣に立つ人物に視線を送ると、サイードは一瞬不思議な表情をして、俺に彼のことを説明しようとしてくれたが、当の人物がそれを遮り、俺の前に進み出た。


「初めまして、僕はユスティーツ・フェル・フィネンと言います。あなたがルーファス様ですよね?」

「え…ああそうだけど…俺のことを知っているのか?」


 初対面なのに敬称付きで呼ばれた…ユスティーツ?フィネン…見覚えはないけれど、『フィネン』?……気のせいかな、どこかで聞いたことのあるような…


「知っていると言えばその通りだけど、会うのはこれが初めてかなぁ…敬語は苦手だから失礼かもしれないけど、ごめんね、緊急事態だから良いかな…良いよね、今サイード様にも説明したけど、その罠の魔口がどこに繋がっているかを、僕は知っているんだ。」

「…!?」


 その言葉に俺は警戒して身構えた。


「それはどういう意味だ?」

「詳しい話は行ってからにしようよ。レスルタードをなんとかしないと、フェリューテラが終わりなのは確かでしょう?あれが生まれたのには、僕にも責任の一端があるようなものだから…だから手伝いたいんだ。」

「………」


 ――レスルタードが生まれたのに、責任の一端があるだって…?…と言うことは、この人はあれの出所を知っているのか。


「ルーファス、私の方の準備は既に終えています。罠の周囲を空間魔法で隔絶し、時限発動しないように時魔法で内部時間を停止しました。この間に私達は魔法空間に侵入して魔口の蓋をこじ開け、通路を逆に辿ってレスルタードの居場所へ向かいましょう。魔法陣を解除しても異形が飛び出さないよう、先手を打つのです。」

「魔法空間に侵入して魔口を逆に辿る…?そんなことが出来るのか?」

「多少の危険は伴いますが、可能です。そこの彼が移動先を知っているのなら、難関である出口を探すのに彷徨う心配もありません。あなたは彼を警戒しているようですが、敵か味方かの区別はすぐに付くはずですよ。」

「…!」


 サイードの言う通り、俺の感覚ではユスティーツと名乗る彼が敵ではないと言っていた。まさかサイードにそのことを指摘されるとは予想外だ。


 なんでわかったんだろう…?


「それは…ああ、わかった、最優先にすべきなのはレスルタードを出さないことだ。そのために力を借りられるのであれば、敵でない限り助力を請うべきだな。」


 俺がそう言った途端、ユスティーツはぱあっと顔を明るくして、見かけによらず無邪気な声を上げた。


「ありがとう!二人とも本当にいい人族だね、初対面なのに僕を信じてくれるんだ…嬉しいよ!」

「二人ともって…サイードの知り合いだったんじゃないのか?」

「違いますよ、私も初対面です。ここで罠の空間処置を(おこな)っていたら、〝僕も手伝うよ!〟と言って、いきなり背後に現れたのです。驚いて普段なら即死級の攻撃魔法を放つところでしたが、手が埋まっていたので危害を加えずに済みました。彼は運が良かったのでしょう。」

「ええ…」


 微苦笑をしてユスティーツを一瞥すると、彼はそんなことなどまるで気にした様子はなく、また気の抜けそうなほわっとした笑みを俺に向ける。


「――では魔法空間に侵入しますよ、準備は良いですか?」


 そんなわけで俺達は、予想外の同行者を連れてレスルタードの居場所へと急遽向かうことになったのだった。


 サイードの使用した魔法空間への転移魔法というのは、俺には凡そ理解のできない変質魔法だ。

 通常転移魔法というのは、世界という限られた空間内の点と点を移動する魔法であって、そこに別の空間魔法と未知の魔法技術を合わせて、発動待機中の構築魔法内に移動するなどちょっと考えられないことだ。


 そもそも魔法というのは魔力の塊を変化させたものだから、そう考えると魔法発動時に使用される魔力塊を疑似空間に見立てて、あたかもそこに空間があるように定義し、そこに物質という俺達をねじ込んでいるのだろうか?…正直に言って、俺のこれまでの魔法に関する知識では、どういう原理でそれが可能なのかさっぱりだ。


 いったいサイードは、どれほどの時間を研究に費やしているのだろう。俺はこんな時だというのに、そんな尊敬の念を抱き敬わずにはいられなかった。


 それから俺達は、黒い隧道のような空間を通って、やがて薄暗いどこかの建物内部に辿り着いた。


「――ここは…?なんだか高度な遺跡の中みたいだけど…寒…っ」


 なんだかやけに気温が低いな…


「…っ!!ルーファス、後ろを!!」

「えっ…うわあっ!!」


 サイードの声に振り返ると、そこには獲物に飛びかかっているような格好のまま、凍って彫像のように固まっているレスルタードがいた。


「しゅ、周囲を明るく照らせ、ルスパーラ・フォロウっ!!!」


 その空間の端が見えないほどに薄暗かったため、俺は慌てて後退りつつ照明魔法を唱える。すると魔法の光に照らし出されたそこは、中央になにかの制御装置だけが設置された、二十メートル四方の部屋のような場所だった。

 だが問題はそこに置いてあったのが、細長い箱型の制御装置だけではなかったことだ。

 前方と後方の二箇所の壁にぴっちりと閉じられた扉はあるものの、後は凍り付いた無数のレスルタードがまるで展示物のように所狭しと並んでいたのだ。


「レ、レスルタードが…こんなに…!?」


 やけに気温が低いと思ったら…超低温で凍らせて動かないように管理してあるのか…!!


 今にも動き出しそうな異形に、ただでさえ気温が低いのに、それでも俺はゾッと背筋が寒くなった。


「これがレスルタードですか…爬虫類のような外見をしているのですね。」


 吐く息を真っ白にしながら、サイードは凍ったレスルタードをまじまじと覗き込む。


「凍らせて動かないようにしてあるみたいだけど、レスルタードは氷結では死んでいないはずだ。室温が上昇すればきっとすぐに息を吹き返すだろう。」

「でもおかしいですね…凍らせてあるのであれば、ここが魔口と通じていてもレスルタードは出て来られないのでは?」

「それは違うよ、サイード様。僕らの着地点が少しずれただけだよ。レスルタードの魔口への入口はここじゃなくて、部屋と部屋の間にある迷路のような通路にあるんだ。…ほら、音が聞こえない?無数に蠢く奴らの気配を感じるでしょう?僕らの心臓の鼓動に気づいて、施設内からどんどんここに向かって集まって来る。」

「ちょ…ちょっと待ってくれ、いったいここには、どれだけの数のレスルタードがいるんだ!?」

「…うーん、そうだね…ざっと二千匹くらいかなぁ…元は二十体くらいだったんだけど、一月前くらいにここに入り込んだ人がいて、なにも知らずに倒しまくったから一気に増えちゃったんだよね。」

「に、二千匹…!?」

「…軽く言ってくれますね…あなたはなぜそんなことを知っているのですか?ユスティーツ。」


 さすがに彼の言動に不信感を抱いたらしいサイードが、ユスティーツに訝るような目を向ける。


「――それは僕がずっと、長い間ここに閉じ込められていたからだよ。」


 その言葉を最初に、ユスティーツが語った彼の話は信じがたいものだった。


 彼の話によると、ユスティーツはテリビリスザートを身体に埋め込まれ、殺戮兵器として実験体にされていた過去があるのだという。


「僕を殺戮兵器にする実験過程で、テリビリスザートを埋め込まれた皮膚から、突然変異したレスルタードの最初の一体が生まれたんだ。そのレスルタードを無限に自己増殖するように改造して、遥か昔のフェリューテラに転送した奴がいる。そいつはね、本当は自分が過去に行きたくて、時空転移を可能にする駆動機を作ろうとしていたんだけど、結局失敗して過去に送ることに成功したのは、その最初の一体だけだったんだ。」

「…つまり過去にレスルタードがフェリューテラに現れたのは、実験体の副産物で生まれた異形を、転送機で未来から送った者がいたからだった…?」

「そうだよ。レスルタードが辿り着いたのがいつの時代だったのかは、フェリューテラの歴史を調べれば詳しくわかると思うけど…僕はね、僕を実験体にして数百年もの間ずうっと、僕が僕自身の意識を保てなくなるまで散々(もてあそ)んだそいつを絶対に許せないんだ。今回は僕の身体から生まれたとも言えるレスルタードの後始末がしたくてここに来たんだけど、僕が復讐したい相手のことは、ルーファス様もきっと知っていると思うんだ。」


 ユスティーツはそう言うとまた、あのふわりとした笑顔を俺に向ける。


「俺が知っている…?」


 過去への転送機器を作れるような知識のある、非道な実験を遣って退ける存在…だとすると暗黒神の眷属であるカオスか、ケルベロスの教祖アクリュースぐらいだけど…


「――『聖哲のフォルモール』。」


 ザワッ…


「…と言えば、わかるかなぁ。」


 ――ユスティーツの口からその名前を聞いた途端、俺の全身が意図せず、湧き上がる怒りにカアッと熱くなった。


 以前聞いた時はこんな風にならなかったけれど、聖哲のフォルモール…その名前は知っている。

 有翼人(フェザーフォルク)の組織『蒼天の使徒アーシャル』の狂信神官であり、リカルドの上司だった存在だ。

 リカルドから聞いた話では、エヴァンニュ王国とゲラルド王国の戦争に関与し、東の大国だった『ラ・カーナ』王国を一日にして滅ぼした元凶でもあるらしかった。だがまさかこんなところで、その名前を聞くことになるとは…


 ――腹の底から抑えきれないほどの、黒い感情が湧き上がってくるような気がする…これは…俺の感情じゃない。

 全身が赤く熱を帯びそうなほどの、激しい怒りと底なしの憎悪…これは、まさか…俺の中にいる『レインフォルス』の感情なのか…?


「確かに俺はその名前を知っている。だけど聖哲のフォルモールは、十年以上も前から行方不明になっているんじゃなかったのか?」

「行方不明だったよ、割と最近まではね…でもあいつ、僕の国になにもなかったような顔をして突然戻って来たんだ。だから僕はあいつに見つかる前に、急いで国を捨てて逃げ出してきたのさ。」

「聖哲のフォルモールが戻って来た…僕の国?……そうか、聞いたことがある名前だと思った、『天空都市フィネン』…ユスティーツ・フェル・フィネン、君はもしかして有翼人種(フェザーフォルク)か?」

「――さすがだなぁ、僕が人族でないことまで早々に気づくんだ。いいなあ、やっぱりいいよ、ルーファス様…是非とももっとお近づきになりたいなぁ。」

「ユスティーツ…」


 少し茶化すようにそう言ったユスティーツは、さっきまでと同じように柔らかく微笑んだけれど、俺はその微笑になぜだか薄気味悪さを感じてしまった。


「他にも色々と話したいことはあるけど、とにかく先にレスルタードを完全に駆除しちゃわないとね。」


 横でずっと黙ったままだったサイードが、短く溜息を吐いて口を出す。


「――それで、この凍らせて動きを封じるしかない存在を、どうやって完全に消すのですか?」

「そうだね…いくら魔法に長けたあなた方でも、体毛の一本、皮膚のひとかけも残さずにレスルタードを殺すのは難しいよね。でも、僕の殺戮兵器として習得した異能なら、凍らせて動きを止めて、空間魔法で他に被害が及ばないようにしてくれさえすれば、完全に喰らい尽くしてあげられるよ。」

「喰らい尽くす…?」

「そう…見せてあげるね、僕の特殊能力『オムニスオブルーク』を。」


 俺とサイードの前で不敵に笑って見せたユスティーツは、そう言うと掲げた右腕を巨大な獣の口に変異させ、それを使ってあっという間に、氷結したレスルタードの躯体を欠片も残さず喰らい尽くしてくれたのだった。





次回、仕上がり次第アップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ