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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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171 地下水路に潜む危機

イーヴとトゥレンは近衛の仕事で民間人の救出と魔物の駆除に当たっている。そう思っていたライの元に、トゥレンが現れました。下町の住人を守るように広範囲に張られた氷壁の外から、リーマが無事であることは確認したものの、遂にトゥレンに彼女の名前を知られてしまいました。ライはそれに対しどう答えるべきか悩み、狼狽えますが…?

        【 第百七十一話 地下水路に潜む危機 】



 ――リーマの名を呼びながら氷壁を叩いたことで、いつからそこにいたのかはわからないが、到頭トゥレンにリーマの名を知られてしまった。

 なんとかして上手く誤魔化せば良いものを、今の俺はしてはいけないと言われたことをしてしまい、それが見つかって問い詰められている子供のように、ただ目を逸らし黙り込んでいるだけだった。

 …ああ、でもそれが最善かもしれん。嘘を吐くことも打ち明けることもできないのなら、リーマについて一切なにも喋らなければいいのだ。

 それでも彼女の名前を知られた以上、下町を調べればすぐに俺とのこともわかってしまうだろうが…それでこいつがあの男に報告するようであれば、その時は――


 ――あの男諸共…()()()()()


 今は怒りでも憎しみでもない、静かな殺意が湧き上がってくる。


 俺にとってリーマ以上に大切なものはないのだ。俺から彼女を奪おうとする者は、それが誰であっても決して許さない。


 そうだトゥレン…それが闇の主従契約を結んだおまえであってもだ。


 ――そう心に決めた途端に、俺は狼狽えた子供ではなくなった。


 直前までとは打って変わって顔を上げ、困惑顔で俺を見るトゥレンを、真正面から睨み返す。


 忘れるな…絆されるな。この男は俺の味方ではなく、あの男の飼い犬なのだ。


「ラ、ライ様…?どうして俺にそのような目を向けられるのです、俺は…俺はあなたの敵ではありません…!」


 俺が向けた目に、訣別の意を込めたことに気づいたトゥレンは、一瞬で真っ青に顔色を変えた。


 …とりあえずリーマが無事なことはこの目で確かめた。あの紺碧髪の男は気になるが…


 俺はリーマに会うことを諦め背後の氷壁を一瞥すると、フードを被り直して歩き出した。


「――どうだかな。」


 その言葉を、トゥレンの横を擦り抜けざまに吐き捨てた。するとすぐに背後からトゥレンの声が追いかけて来る。


「お、お待ちくださいライ様!目が見えるようになられたことは喜ばしいですが、ここは危険です!俺がお守りしますので、紅翼の宮殿にお帰り下さい!!」

「必要ない、言われなくても一人で帰る。おまえは近衛の任にさっさと戻れ。俺に構っているどころではないはずだろう。」


 ――ああ、なんだ…あれこれ悩む必要などなかったな。下手に情に絆されたりしなければ、こんなにも簡単なことだった。


 俺はリーマさえいてくれれば、他になにも要らないのだから。


「ですが街中にはまだ多数の魔物が――」


 トゥレンが尚も俺に食い下がって来た時だ。


 ズッ…ドオンッ


 ほんの一瞬、地面が震動した感覚があり、その直後ここから北の方角で爆発音と黒い煙が上がった。


「なんだ…爆発!?」

「あれは東部浄水場の方向でしょうか…確か今は、守護者が調査に向かっているはずですが――」


 トゥレンの口から東部浄水場と聞き、俺はすぐに走り出した。なんの調査に守護者が当たっているのかは知らないが、怪我人などが出れば手が必要になるだろうと思ったからだ。


「お待ちくださいライ様!!ライ様は城へお帰りに――!!」


 トゥレンの声など無視して急ぐ。さっきよりさらに身体が動くようになっているようだ。

 下町の大通りから裏通りに入り、黒い煙の見える北を目指して走っていると、その付近で前方からこちらに向かって走ってくる黒ローブの人物と、それを負う守護者らしき武器を持った複数人に出会した。


「その黒ローブの女を捕まえてくれっ、犯人の一味なんだ!!」

「なにっ…!?」


 守護者の発した言葉に足を止めるも、黒ローブの女は前傾姿勢で胸元から短剣を取り出すと真っ直ぐ俺に突っ込んでくる。


 瞬間、女と目が合った。


「ライ様!!」


 これは…あれだ。追い詰められた悪人が目の前に邪魔な通行人を見つけると、逃走を図るため人質に取ろうとしたり、殺して時間を稼ごうとするあの類いだ。


 ――覚えているのは、女が俺を見てなにかに驚いたように、小さく目を見開いたことだ。

 そうして動けずにいた俺を嘲笑うように、ニヤッと口角を上げたと思えば、次には短剣をくるりと持ち替え、予想に反し自分の胸にその刃を突き立てたのだ。


「な――ッ」


 女はそのまま俺に向かって倒れ込み、口からゴバッと血を吐いた。


 後を追って来た守護者の言う通りなら、この黒ローブの女は罪人だ。だが目の前に倒れ込んでくる人間がいれば、無意識にそれを支えようと手を伸ばしてしまうのは仕方がないだろう。


「いけませんライ様!!」


 そこにトゥレンの声が飛ぶ。


 俺に追いついたトゥレンが後ろから俺の伸ばした両腕を掴み、女に触れるのを遮った。もちろん女は固く冷たい石畳に、鈍い音を立てて身体を波打つ。

 俺はトゥレンの手を振りほどいて、うつ伏せに倒れた女を仰向けに動かした。地面に倒れたこともあり、女の胸には柄まで深々と短剣が突き刺さっている。


 そして女は、息も絶え絶えなのに空へ目を泳がせると、血を吐きながら途切れ途切れ呟いた。


「――…暗…黒の…か…みよ……この命…を捧げ…ます……どう、か…この世に…真…のほろ…び、を……」


 〝暗黒の神よ、この命を捧げます。どうかこの世に真の滅びを。〟


 ゾクッ


 俺はその恐ろしい祈りに怖れを抱き、全身に鳥肌が立ってたじろいだ。


 ――まるで呪いのような言葉を吐くと、女は最後に消え入る声で誰かの名を呼び事切れてしまう。


「チィッ、できるだけ生け捕りにするよう言われてたのに…!!おうお前ら、魔物が来ねえか見張っとけ!!」

「うっす!」


 そこに駆け付けた守護者の男は、剣を右手に持ったまま屈んで左手を女の首元に当てると、完全に死んでいることを確かめた。


「この女が犯人の一味と言うのは?」


 守護者の男は一旦脇に剣を置き、女の衣服内をゴソゴソ漁り始め、頻りになにか探しながら返事をする。


 なにをしているんだ…?


「ああ、この王都に魔物を召喚した連中って意味だ。だがそれだけじゃねえ、さっきの爆発は、こいつが調査に向かったSランク級守護者達を狙って、浄水場に仕掛けた罠を発動させたものだ。」

「!」


 Sランク級守護者?…この辺りにいるSランク級と言えば、まさか――


「そのSランク級守護者達はどうなった?爆発に巻き込まれたのか?」

「巻き込まれたらしいが無事だって連絡があった。魔法が使える御仁は凄いねえ、全員無傷だってよ。…くそっ、見つからねえ!!」


 男は苛立って舌打ちをする。


「さっきから遺体を漁ってなにを探している?」

「この女が手に持っていた、くすんだ紫色の魔法石だ。こいつはそれを使って魔法を放ったように見えたんだ。こいつらのせいで王都がめちゃくちゃになってんだぞ、せめて証拠品だけでも持ち帰りてえ…!!」

「紫の魔法石…」

「――もしやこれですか。」


 ずっと後ろに立っていると思っていたトゥレンが、どこから拾ったのか、俺の脇から黒っぽく紫色に光る球体を差し出した。


「おう、それだ!!」

「おまえいつの間に…」

「俺の足元に転がって来たんですよ。」

「悪いが先に見せてくれ。」


 トゥレンに向かって手を伸ばした守護者を遮り、俺が先にそれをトゥレンの手から受け取った。

 加工された魔法石は大抵綺麗な球体をしており、内包された魔法によってそれぞれの魔法紋を刻まれているのが当然だ。

 これもそれと同じく刻まれた魔法紋が浮き上がっていたが、まだあまり魔法石に詳しくない俺でもすぐあることに気づいた。


「――これは…『魔吸珠(ドレインオーブ)』ではないのか?」

「例の犯罪防止に闇属性持ちにだけ配られたっつう、特殊魔法石のことか。」

「ああ、刻まれている魔法紋が同じもののように見える。」

「ふうん…?だがあれは……まあいい、そいつは証拠としてギルドに渡す。」

「…そうか。」


 俺は魔吸珠と思われる魔法石を、守護者の男に手渡した。


「――素直に渡してくれて助かった。あんた、黒髪の鬼神だろ。後ろに付き従ってんのは、双壁の片割れだ。随分と久しぶりに見るが、あんたがいるのになんで副指揮官が軍の指揮を執ってるんだ?」

「それは…」

「軍事機密のため、質問はご容赦願います。」


 俺がなにか言う前に、トゥレンが守護者の男を威圧してギロリと睨みつけた。だが男はケロリとして嫌味混じりに鼻で笑う。


「おお、怖え。魔物の襲撃に手子摺って守護者に防護結界を張って貰ったってのに、近衛は随分と偉そうだな。下町の連中を真っ先に見捨てたくせによ。」

「なっ…」

「おい、この女の遺体を魔物に喰われねえ場所に運ぶぞ!!その辺の物置にでも突っ込んどけ!!」


 トゥレンがカッと顔を赤くするも、男は無視して仲間に指示を出すと、そのまま俺達に構わず女の遺体を運んで離れて行った。


 ――下町の連中を真っ先に見捨てたくせに、か。わかってはいたが…


「…ライ様、今のは…」


 誤解です、と続けたトゥレンを睨む。誤解だというのが事実なら、今のおまえはなぜ一人の兵士も連れていない?下町の住人を救助することより、俺を追うことだけを優先したのが見え見えじゃないか。


 俺は言い訳をしようとするトゥレンを無視して、今度は王城に向かって歩き出した。今日はもう大人しく紅翼の宮殿に帰るつもりだ。

 今の俺では王宮近衛指揮官としてもBランク級守護者としても役に立たず、東部浄水場の爆発があの女の仕業であったことと、その被害に遭った守護者達は無事だという情報をさっきの男から得て安堵したからだ。


 魔法を使えるSランク級守護者…それは多分ルーファスのことだ。彼がここにいるのであれば、直に魔物も全て駆除されることだろう。

 目が見えるようにはなったものの、向かってくる女に反応すら出来ないのでは、手伝おうにも足手纏いになるとわかっていた。


 ――近衛の指揮はイーヴが執っている。今さら俺がのこのこ出て行ったら、却って現場を混乱させかねないだろう。…自室に帰って静かにしているのが人のためだな。


 リーマをこの手で守れず、見知らぬ男に任せたことと、仕方のないことだがこの状況でなにも出来ないことに気分が沈み、黙って後ろをついて来るトゥレン同様、俺まで俯きがちになった時だ。


 薄曇りの空が、なにか大きなものの影でさらに陰った。


「なんだ?急に暗くなっ…」


 立ち止まり空を見上げた俺は絶句する。一瞬で通り過ぎて行ったが、それは翼を広げて滑空する巨大な飛竜だったからだ。


「あの竜は…!」


 シニスフォーラの国王殿で見た、暗殺者の飛竜…!?


 トンッ


 ――直後、俺の首の後ろに強い衝撃が走った。


 急速に視界が暗くなり、俺は自分になにが起きたのかもわからずに、そこで意識がぷつりと途絶えてしまった。



 不意に急所に手刀を入れられて気絶したライを、白髪銀瞳の男は倒れないように抱えて支えるとその場で舌打ちをした。


「――ったく、ちょっと目を離したら抜け出してるとか、あり得ねえだろうが…!今の城下がどんだけ危ねえと思ってる、俺の接近にも気づかねえんじゃ魔物だったら即死だろ!?」

「シカリウス貴様っ、ライ様になんてことを…!!」


 前を歩いていたライとその後ろを歩いていたトゥレンの間に、突然転移して現れた『シカリウス』は、ライをしっかり抱え直すとトゥレンを横目で睨みつけ、強い殺気をぶわりと放った。


「てめえこそなにしてやがる…ライに付けた子供(ガキ)と士官学校の教官って奴は、こいつを一人残してどこかに行っちまったじゃねえか。目が見えねえから絶対に出歩かねえとでも思ってたのか?(あめ)えんだよ。廊下で見張りをしてた親衛隊士もいねえわ、なんのための監視と護衛だ?ああ?」

「ぐっ…」


 シカリウスの指摘にトゥレンはなにも言い返せず押し黙る。


「ライはこのまま俺が自室に連れ帰って寝かせておく。てめえはとっとと仕事に戻れや、木偶坊(でくのぼう)。民間人がバタバタ死んでるぜ?」

「わかった、すまん…シカリウス、今空を飛んで行ったのは貴様の飛竜か?」


 瞬間、シカリウスのオーラが黒く燃え立った。


「――ちっ、放っとけ!てめえには関係ねえ。」


 トゥレンの問いにさらに不機嫌になったシカリウスは、今にもトゥレンを縊り殺しそうな目で静かに激昂すると、ライを抱えたまま転移魔法で消えて行った。


「なんという殺気だ、随分と機嫌の悪い…なにかあったのか?」


 残されたトゥレンは頬を伝う冷や汗を拭いつつ、小さく呟くのだった。





                  ♢


 ――東部浄水場から地下水路に降りる途中で、俺は扉に仕掛けられている設置魔法陣の罠に既に気が付いていた。

 だが俺の自己管理システムを使って調べてみても、通常の罠と違って発動条件がわからず、俺はその場で周囲に気づかれないよう、こっそり犯人捜索班へ連絡を送っていた。

 何故なら発動条件のわからない設置魔法陣は、大概一定範囲内に仕掛けた術者のいる可能性が高く、その術者は自分の魔法が届く範囲から標的の行動を見張っており、ここを通る確実なタイミングを見計らって、罠を作動させるはずだと考えていたからだ。

 だとすれば逆にこれを利用することで、この件の犯人を一人だけでも確実に見つけ出すことが出来るだろう。


 俺はその術者がいそうな場所の予想を立てて連絡をし、最も近くにいたAランク守護者をリーダーとした班に向かわせると、わざと爆発を起こさせて油断したところを捕らえさせるつもりだった。

 そのためにも万が一俺の気づかない場所に、こちらの様子を知る監視用の魔法石などがある場合も考え、同行しているAランク級守護者達にはなにも知らせないまま大人しく罠に嵌まったのだが――


「――なるほど、入口ごと俺達を吹き飛ばすつもりだったのか…シルヴァンかサイードにここの調査を任せていたら危なかったな。」


 当然だが俺は罠が発動する直前にディフェンド・ウォールを張っており、四人の守護者も全員無事だった。

 そうしてその防護障壁の中で、拉げた鉄製扉と崩れた天井を見てそんな独り言を呟いたのだが、俺の背後では四人とも腰を抜かしてへたり込んでいた。


「…と、ああ…ええと…大丈夫か?」

「ちょっと…これが大丈夫に見える?」


 冷ややかな視線を向けてタルテが俺を睨んだ。俺に同行している守護者の中で唯一の女性だ。


「魔物の巣を突っついて、デススパイダーの変異体が出て来た時よりも魂消たぜ…おい。」

「はは…良く無事だったな、俺。」


 続いてブンテスとラントが蹌踉けながら立ち上がる。


 ああ…やっぱり驚かせちゃったか。


「すまない、どこに敵の目があるかわからなかったものだから、事前に罠があると知らせるわけに行かなかったんだ。」

「――この透明な障壁はルーファスさんの?」


 敬語は要らないと言ったのだが、ファロは俺をさん付けで呼ぶらしい。


「ああ、俺の防護魔法だ。見ての通り、至近距離の爆発でもある程度まで身を守ることができる。」


 本当はフェリューテラの魔物の攻撃なら、殆ど無効化出来ることは言わない方が良いよな。


「へえ…()()()()、ね…Sランク級守護者の魔法はやっぱり凄いのねえ。あのリカルド・トライツィを思い出すわ。…で、入口が崩れて塞がっちゃったけど、どうするのかしら?」

「修復魔法ですぐに直せるから問題ないよ。」


 俺はディフェンド・ウォールを張ったまま、仕掛けられていた魔法を除いて、すぐに破壊された地下水路への入口を修復魔法で直した。


「…ここまで来ると、もうなにも言う気が起きなくなるわね。」

「ああ、他国に魔法を使って魔物を狩る守護者仲間はいるが、こんな魔法は見たことねえぞ。」

「さすがは元トップハンターの相棒だな。」


 ――俺が以前リカルドのパートナーだったことを、この人達は知っているんだな。


 過去の情報は一定期間ギルドに残されているし、各守護者の登録情報もIDナンバーやパーティー履歴ぐらいならいつでも設置端末で閲覧可能だ。

 ギルドを通しさえすれば全く見知らぬ守護者とも連絡を取ることができるし、自分がSランク級守護者であることからも、よくよく考えてみれば左程不思議なことではないのだが、こんな時不意にリカルドの名前を聞くと寂しさが胸を突く。


「お誉めに与り光栄だが、この先は気を引き締めてくれ。やっぱり召喚された多数の魔物がいるみたいだ。」


 俺がそう言うと、彼らは一瞬で守護者の顔になる。


 ――壁に設置された地下水路の照明を点け、元通りに修復した鉄製扉から地下水路に入ると、俺達はケルベロスの痕跡を探す間もなくすぐ異変に気づいた。

 そこかしこに蠢く魔物の気配は当然ながら、清浄でなければならないはずの地下水路に、鼻を突く腐臭や紫色の煙のような気体が漂っていたからだ。


「これは…瘴気か?」


 ブンテスが鼻を擦りながら顔を顰める。


「ああ、まだそれほど濃くはないが…念のためあなた達は鼻と口を布で覆って、瘴気をあまり吸い込まないようにした方がいい。」


 ここのような密閉された空間に発生した瘴気は、風の流れが少ないために中々大気中に拡散してくれず、耐性の少ない人間が長時間吸い込み続けると精神に異常を(きた)したり、身体に麻痺を起こしたりすることがある。


「ルーファスさんはそのままでいいんですか?」

「馬鹿ね、必要ないんでしょ。耐性を持っている人もいるのよ。」


 俺が言うまでもなく察してくれたらしいタルテは、不思議そうに首を傾げたファロにそんなことを言ってくれた。


「…やべえな、水路が瘴気に汚染されてたら水が使えなくなる。近衛に知らせた方がいいんじゃねえか?」

「そうだな、急いでウェルゼン副指揮官のところへ誰かに行って貰うよう、連絡しておこう。」


 俺は守護者の何人かには共鳴石を渡したが、ウェルゼン副指揮官とは直接やり取りをする気がなく、意図して渡さなかった。

 それには理由があり、ギルドが王国軍と協力しても、俺個人に必要以上の助力をするつもりがないからだった。

 ただでさえ俺の魔法なら一気に多くの魔物を殲滅出来ることを見せてしまった後で、それだけの力があるのなら俺に任せれば良いじゃないかと言い出す軍人が現れることを懸念していたからだ。


 それに簡単に連絡が取れるとなれば、あのウェルゼン副指揮官でさえも、なにかあれば俺に頼れば良いと安易に考えてしまうだろう。

 それではライ・ラムサスがせっかく王国軍兵も魔物と戦えるように訓練してくれたのに、また魔物はギルドに任せれば良いと言い出す者も現れるに違いない。俺はその辺りのことも考えていた。


 その場で立ち止まり俺が首に提げた共鳴石で、避難所に待機している連絡役の守護者と話をしていると、周囲を警戒していたファロ達の前に複数の魔物が出現した。


 スライム系上位種のジェリーブロブに、湿地帯を好む水蜥蜴のヘロスラケルタが二体、吸血攻撃を持つ蝙蝠型魔物ヴァンパイアバットが三体だ。


「出たぞ、魔物だ!」


 中剣を抜いて前に出たラントの声に、ブンテスが手斧を手に真っ先に動いて斬り込んで行く。タルテは左右の脇から襲ってくる魔物にファロと対応、共鳴石で連絡中の俺を守るようにして戦闘を開始した。


 ――さすがはエヴァンニュでも上位のAランク級守護者だな。各々の役割をそれぞれがわかっていて、臨時にパーティーを組んだばかりなのに協調性が高い。

 俺の都合上あまり一般守護者と行動することはないから、少し不謹慎だけどこういうのは新鮮だ。


 思えばエヴァンニュ王国のハンター達は、これまで魔法を使わずに、生まれ持った身体の能力だけで魔物を狩って来たのだ。

 守護壁がなくなって魔物が強力になっても、それに負けず今も活躍している彼らは、純粋にフェリューテラで最も強い人間に値するかもしれない。


「凄いな、俺の出る幕がなかった。」


 共鳴石での通信を終えると、彼らはもう魔物を全て倒し切っていた。


「俺らは一応Sランク級を目指してるんでな、初見の敵相手でも怯んでるわけにゃあ行かねえのよ。」

「そうなのか…四人共か?」

「そうよ。Sランク級に昇格すれば、ギルドから出る等級報奨金が上乗せされるでしょう?王都で家を持つのも夢じゃなくなるもの。」

「まあ、理由はそれぞれだけどな。因みに俺は家族のために名誉が欲しい。俺がSランク級になりゃ、周囲に馬鹿にされることもなくなるからよ。」

「俺は金目当てだな。金がありゃ嫁さんの来ても増えるに違いねえ。しがない独り身とはおさらばだぜ。」


 魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)でSランク級に昇格するには、尋常ではない相当数の魔物を狩り、さらには変異体や特殊変異体(ユニーク)などの魔物すら狩らなければ、決められた期間で昇格条件の規定ポイントを達成出来ない。

 俺は僅かな間にその尋常ではない数の通常魔物(八百体のハネグモとか)と、変異体や特殊変異体を狩る羽目になり、偶々その条件を満たすことになったが、延々とただ魔物を狩っているだけでは、決して昇格することは出来ないのだ。


 シルヴァンとリヴはSランク級に昇格してたけど、あの二人は単独で特殊変異体(ユニーク)も難なく倒せるしな…。ウルルさんはギルドで明確な等級分けをすることで、Sランク級を『特別』な存在にするのが目的だったんだろう。

 そのSランク級を目指すタルテは王都で家を持つのが夢で、ラントは家族のために名誉が、ブンテスは金よりも嫁さんが欲しい、と…どんな理由でも魔物と戦ってくれるのは本当に有り難いな。


「ファロは?」

「自分は……その、どうしても加入したいパーティーがあって…現メンバーの人達に引けを取らないくらいになってから、リーダーさんに申請したいと思ってるんです。」


 なんとなくでファロに尋ねたものの、彼は少し照れ臭そうにしながら、なぜだかモジモジとそう答えてくれた。


「へえ…Sランク級で引けを取らないって相当だな。最近は忙しくて他の守護者の情報を見ている時間がなかったから、そんなパーティーがあるなんて知らなかったよ。」

「えっ!?……ええ、まあ…そう、ですか…。」


 俺を除いた他の三人が一斉にファロへ視線を送ると、ブンテスとラントがそれぞれ彼の両肩にポン、と手を置いた。


「おまえさんの夢が最も苦労しそうだな。」

「そうね…察しの悪い朴念仁に愛を伝えるには、きっとはっきり言わないと駄目よ。」

「まあその前にSランク級になるのが先だけどな。」

「はい…その通りですね。」

「…?」


 ――そんな雑談はここまでにして俺達は気を引き締め直すと、地下水路の調査を開始した。


 王都の地下にあるこの水路は、王都全域の給水を賄うため非常に広大だ。だが人の手による管理が必要なのは、東部浄水場から降りられるこの東側の地下水路だけだということは、俺達を含め広く国民に知られている。

 他の地下水路は魔石駆動機器による常時管理が進んでおり、今では王宮内のどこからかしか行けないようになっているらしい。

 つまりは許可なく地下水路に誰かが忍び込めるのは、俺達が今犯人の痕跡を調べているここの地下水路だけなのだ。


 因みになぜここの範囲だけが人的管理のままなのか、通常は正確な理由を知る由もないのだが、俺の頭の地図にはそんな理由に繋がる極秘情報までもが表示されてしまうので、なんとなくだが察している。


 ――東側の地下水路には、幾つか隠し扉があるみたいだ。その内の一つは隣接する地下水路に繋がっていて、一つは地上のどこかに通じているらしい。そしてもう一つは…


 地下水路のさらに深部に続く階段があるな。…あれはどこに通じているんだ?

多分極秘なんだろうし、詮索するつもりはなかったんだけど…


 そうして見ていた俺の地図に、またこれまで見たことのない色を放つ、新しい点滅信号が現れていた。今度の信号色は灰色だ。しかもその階段を隠している扉の辺りに点滅している。


 嫌な予感がする…同行者に一般守護者を連れて来たのは、間違いだったかもしれない。

 東側だけとは言え、地下水路を調べるのに俺一人ではさすがに時間がかかりすぎるし、なにかあってもディフェンド・ウォールで守れるからと思ったけど、今からでもシルヴァンとサイードの二人に来て貰った方が良いかな…


 そんなことを悩みながらも、出現する魔物を端から討伐しつつ、彼らに協力して貰いながら、目に付く不審な痕跡を調べて行った。


「また壁にこの奇妙な模様がある。ルーファス、こいつはなんなんだ?」

「――多分なにかの魔法陣だとは思うけど…これだけあると全て見つけて描かれている位置を割り出してからでなければ、単体を調べただけではわからないんだよ。」


 地下水路を歩いている内に、俺達は壁に赤い液体で描かれた、極小さな円形の模様を幾つか見つけていた。

 みんなには黙っていたが、使用されているのは人間の血液だ。彼らも薄々気づいてはいるようだが、不気味すぎて口に出したくないんだろう。もちろん、それに手を触れようともしていない。


「一つ一つ消して行ったらどうなんだ?」

「なんの意味があるのかわからないのに、それはお勧めしない。一つ消したことで魔法を解除出来なくなったり、突然発動して最悪の事態を招くことがあるからだ。」

「つまり下手に触らない方が良いと言うことなのね。」

「今はな。魔法陣の意味と効果さえわかれば、どう消せば良いかもわかるはずだ。」


 ――同行している守護者達にそうは言ったものの、俺の胸には言い知れない不気味な不安が募り始めていた。


 これまでもケルベロスとその教祖アクリュースには痛い目に遭わされている。連中が俺が王都にいることを知っていたかどうかはわからないが、もし俺が地下水路を調べに来るだろうことを予測していたら…俺にどんな罠を仕掛けるだろう?入口の爆破ぐらいではかなり生温いような気がする。


 その後も周囲を隈なく調べつつ、俺は少しずつ灰色の点滅信号がある方へと近付いて行った。

 引き続き魔物の集団は俺達を襲ってきたが、片っ端から倒しているので徐々にその数は減ってきている。このまま新たに召喚されなければ、地下水路の魔物は完全に駆逐出来るだろう。ところが――


「…っ!?」


 ――灰色の点滅信号まで、直線距離にして後二十メートルほどと言うところまで来ると、その先に漂う異常なほどに濃い瘴気と、頭の中に警鐘が響くほどの異様な気配を感じて、俺は思わずピタリと足を止めた。


「どうしたんですか?ルーファスさん。」

「………」


 駄目だ…この先にはこの人達を連れて行けない。なにがあるのかはわからないけど、彼らを連れて行くなと俺の頭が激しく警告している。


「うっ…」


 ――そうしてその時、顳顬に走った強い痛みと共に、またどこからかなにかの記憶が頭に流れ込んで来た。


 ズ…ザアアアッ


 駆動機器の雑音のような音が聞こえ、極狭い範囲に見えるその光景が、この先になにがあるのかを俺に教えてくれた。


 隠し扉を覆い隠すようにして、複数の人間の遺体をぐちゃぐちゃに丸めて肉団子のようにした、不気味な物体が壁と通路にへばりついている。これがこの瘴気の発生源だ。

 そしてそれの真下にはここまでで地下水路の壁に見た、あの血で描かれた魔法陣と繋がっている、王都の空に浮かんでいるのと同じ血紅色の魔法陣があるのだ。


 その不気味な物体の下にある魔法陣を、俺が効果消去魔法ディスペルで消せば王都上空の魔法陣も消えるが、代わりにどこか別の場所と繋がっている魔口(まこう)が開く。


 そしてその口から這い出てくる、赤く爛れた皮膚を持つ異形の化け物は、俺がここに連れてきたファロ達を――


「ぐっ…!!」


 ――俺を絶望させるその光景に酷い吐き気を催し、俺は耐えられずに身を屈めて、込み上げる饐えた胃の内容物を吐き出さないように必死で堪えた。


 ガクガクと身体が震え左手で胃の辺りを包むと、口元を右手で押さえる。


 あれは…あの化け物は、なんだ…いや、俺はあれの存在を知っているはずだ。その証拠に自己管理システムが、今見た情報を読み取り、そこからデータベースを洗ってくれたじゃないか。


 そうだ…あの化け物は…あの化け物の呼び名は――


「…レスル…タード…」

「ルーファス?おい、どうしたよ。」

「ちょっと、大丈夫?」


 俺の様子がおかしいことに気づいたAランク級守護者達は、俺を心配して顔を覗き込んでくる。その彼らの顔を見て、今俺の頭に流れ込んで来たものを思い出し、またさらなる吐き気が襲った。


 頭の中でそれを言葉に言い表すのも恐ろしい。


 地下水路の照明は薄暗く、はっきりとは見えなかっただろうが、恐らく俺の顔色は真っ青になっていたことだろう。


「瘴気に当てられたんじゃねえのか?」

「はあはあ…違う…悪いが一旦ここから少し下がろう、壁の魔法陣とこの先にある罠の詳細がわかったんだ。俺の仲間を呼んで対策を練らないと、大変なことになる…!」

「大変なこと?ルーファスさん、それはどんな――」


 ファロが俺にそう問いかけた時だ。


『ルーファス!!』


 共鳴石から一時間以上ぶりに聞くウェンリーの声がした。直前までの吐き気を催す気分の悪さが、一瞬で吹っ飛ぶ。その声にただならぬ事態を感じ取ったからだ。


「ウェンリーか、どうした!?」

『クリスが…クリスが、とんでもねえ奴に攫われちまった!!俺必死に戦おうとしたけど、あんなのどうしようもなくって…!!ごめんルーファス、俺…俺っ…』

「落ち着け、クリスが誰に攫われたって?おまえとプロートン達三人と一緒に、クリスは安全なギルド内にいたはずだろう。」

『そ、そうなんだけど…竜が…王都の住宅二軒分は軽くありそうな凄まじくデケえ竜が襲ってきて、ギルドの一階に炎のブレスを吐いたんだ!それの消火作業に追われてる間に、クリスがいつの間にか外に飛び出しちまって…気が付いたら、竜の足に身体を掴まれてあっという間に空へ連れて行かれちまったんだよ…!!』

「竜…?」


 危険を察知する能力に長けている、竜人族(ドラグーン)のクリスが自分から外に飛び出し、しかも竜に連れ去られただって…?


「わかったウェンリー、だが落ち着け。それでギルドの被害はどうなんだ?」

『一階の自動扉が熱で溶けて使いもんにならなくなったのと、ハンターの数人に火傷を負った怪我人が出たぐれえだ。なあルーファス、俺もそっちに合流したら駄目か?プロートン達は丁度良いとか言ってさっさと資格試験の申し込みして、もう単独で魔物狩ってるよ、俺もおまえを手伝いてえ!』

「いや、それは――」


 冗談じゃない、こんな恐ろしい罠のある場所に、ウェンリーを連れて来られるか…!!


 その時またあの膨大な、暗く黒い怖気立(おぞけだ)つような魔力が、どこからか波紋を起こした。


 ズズッ…ブウオンッ


 この感覚は…ようやく数が減って来たのに、また魔物が召喚された…!?


 ブンッブオンッブウンッ


「うわっ!!おい、こっちも魔物が出やがった!!」

「さっさと倒すわよ!!」


 俺達の周囲にもまた魔物が次々に出現する。それに対して俺は、フォースフィールドをかけてファロ達に戦闘を任せたが、すぐに今度はウェンリーとの通信を遮り、共鳴石からシルヴァンの声が聞こえて来た。


『誰かと一緒なのかよ、おまえどこにい――ブツッ』

『ルーファス!また魔物が召喚されたぞ!!しかも今度はさらに数が増えた!!』「シルヴァン!?」

『リヴを下町から呼び戻――ブチッ』


 その直後シルヴァンの声を遮り、さらに次はサイードの声がする。


『ルーファス、私です!今の魔力を感知し、召喚者の居場所を特定することに成功しました。同行している守護者には魔物の討伐に当たって頂き、私はその者を捕らえに向かおうと思うのですが――』

「サイード!いや駄目だ、あなたは俺のところへすぐに転移して来てくれ!!街中に魔物を召喚されるよりも、もっとまずい事態が起こりそうなんだ…っ!!」

『…どういうことです?』

「地下水路にとんでもない仕掛けがしてある。時限式でもあるようだが、もしあれが発動したら…この国だけでなく、フェリューテラはもうお終いだ!!頼む、手を貸してくれ…!!」


 俺はサイードにそう叫ぶのが精一杯だった。





次回、仕上がり次第アップします。

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