169 震天動地 前編
サイードの魔法でようやくフェリューテラに帰り着いたルーファス達でしたが、いつもは穏やかな王都立公園で異変に気づきます。なにかおかしいと感じたルーファスの自己管理システムが、頭の地図に信じられない数の赤い点滅信号を表示しました。エヴァンニュ王都は魔物に襲われていて…?
【 第百六十九話 震天動地 前編 】
――森緑の少ない広大な荒れ地、アラガト荒野のほぼ中心にあるエヴァンニュ王都には、幾つか王都民の憩いの場となっている公園がある。
その内の二重門に割と近い場所に位置する『王都立公園』は、王都内で最も大きい公園であり、芝の敷かれた広場と遊具のある児童用地区、そして森のように木々が生い茂る中央地区などで大まかに分かれていた。
気軽に立ち寄って森林浴や日光浴ができ、普段から散歩する住人の姿を多く見られ、休日ともなると家族連れや恋人たちで賑わうその公園の一角に、今、人知れず大きな転移魔法陣が現れた。
その魔法陣はほんの一時周囲の時間を止めて灰と金色に光ると、そこに九つの人影を出現させて消え去った。
その場に立っているのは、ルーファスを中心に左右にウェンリーとサイード、そしてすぐ後ろにシルヴァンティスとリヴグストにクリスと、プロートン達三人の御一行様だ。
インフィニティアの無限界域にあるサイードの自宅から、ようやく王都に無事帰り着いたルーファスは、良く知る光景にホッと胸を撫で下ろした。
だがその安堵も束の間、すぐに異変を感じ取る。
「――ここが…1996年の、フェリューテラ?」
千年以上も前の、それもエヴァンニュ王国からは遠く離れた地を最後に、インフィニティアで長い年月を過ごしていたクリスは、初めて見る光景に怯えて辺りを見回し、不安気にウェンリーの服の裾を掴んだ。
「おう、そうだぜクリス。ここが俺らのエヴァンニュ王国で、国王陛下の御座す王都だ。なんかちょっと曇ってて薄暗いけど、ようやく帰って来たぜ!」
大喜びで声を上げたウェンリーとは裏腹に、ルーファスは酷く険しい顔をしてその場に身構えた。
〝なにかおかしい。普段の王都の空気と違う。〟
誰よりも早くそのことに気付いた彼を含め、シルヴァンティスとリヴグストにサイードは、木々の間から見える薄曇りの空を緊迫した表情で見上げた。
「――なんだあの空は…!」
「血紅色の…巨大な魔法陣?…のように見えるが――」
四人が見上げる空には、流れゆく雲の合間に、血のように赤い色をした記号か文字のようなものが見え、あまりにも巨大すぎるために全容がわからないほどの魔法陣が浮かんでいた。
空と言われて残りの全員が上を見上げたその時、公園内の少し距離のあるあちらこちらから、複数人の悲鳴が聞こえて来る。
次の瞬間、ルーファスは堰を切ったように緊張した声で叫んだ。
「全員戦闘態勢!!なにか来るぞ!!」
シャッ…
その声と同時に、ルーファスはクラウ・ソラスを鞘から引き抜いた。それとほぼ同じタイミングで、シルヴァンティスとリヴグスト、サイードは得物を手元に出現させ、遅れてデウテロンとプロートン、テルツォが武器を構えると、ようやく最後にウェンリーが慌ててなにがなんだかわからないまま、エアスピナーを手にした。
ポ、ポ、ポポポポポ…
「!?」
ルーファスの頭にある王都の地図に、あり得ない数の赤い点滅信号が次々に点灯って行く。その内の一つが、自分達のすぐ傍まで迫っていた。
「ウェンリーとプロートンはクリスの守護を!!デウテロンとテルツォは後方に注意しなさい!!」
サイードも迫る危機に気づき、迎撃態勢に入ったルーファスに変わって指示を出すと、ウェンリーとプロートンが直ちにクリスを挟むようにして護衛につく。
ザッ
「り、了解!」
「かしこまりました…!!」
「「了解!」」
――直後にそれは、ルーファス達の前に唸り声を上げながら、ゆっくりと姿を現した。
グルルルルル…
〝魔物…!!〟
魔物の存在を初めて見るプロートン、デウテロン、テルツォを除いた六人は、その瞬間、同時に頭の中でそう叫んだに違いなかった。
――唸り声を上げ喉を鳴らしながら俺達の前に現れたそれを見て、俺は一瞬、頭が混乱しかけた。
額に特徴的な黄土色の埋石、血塗れの口には鋭く突き出た二本の牙を持ち、瞳のない黒く塗りつぶされた目が瞬きをする。
人の顔ほどもある四肢の先には鋭い爪が覗き、全身の筋肉は盛り上がってしなやかな尾先には黒い棘のような毛が生えていた。
その姿を言い表すなら、原初の猛獣だ。獅子と豹の間のような外見を持ち、見事なダークブラウンの毛色で、大きさは二メートル以上ある。
――どうして王都にこんな…見たことのない魔物が侵入している?空で血紅色に光る魔法陣となにか関係があるのか?
以前も軍施設に魔物が突然現れたことはあったが、あの時とは状況が異なり、今度は建物内部ではなく、子供から老人までの民間人が多く住む街中に出現している。
湧き上がって来る疑問はあるが、普段は穏やかな王都立公園のあちこちから聞こえてくる悲鳴に、俺は守護者としての本能が直ちに動いた。
「シルヴァン、リヴ、目の前の魔物を討伐するぞ!!サイード、クリス達を頼む!!」
「ええ!!」
眼前の危機として、先ずは三人でこの中型魔物との戦闘に入った。
ピロン
『召喚魔獣/トパーズティーグル/フェリューテラ北西部生息』『弱点/火属性全般、水属性氷魔法』『炎上、凍結効果大』
俺の自己管理システムにこの魔物の情報があったらしく、通知音と共にその名前と弱点属性等の情報が表示された。
――召喚魔獣?…つまりどこからか、また何者かに召喚された魔物だと言うことか…!!
その情報だけで裏に犯人がいるということを理解した俺は、腹の底から怒りが湧いてきた。
「プロートン、デウテロン、テルツォ。三人ともルーファス達の戦い方をよく見ておきなさい。」
サイードは即戦力になるように配慮し、プロートン達三人にそう告げると、彼らは真剣な眼差しで息を呑み、黙って頷いた。
「対中型魔獣、戦闘フィールド展開!!水属性氷付加!!リヴ!!」
俺が弱点属性を俺達三人の武器に付加すると、その瞬間に俺がなにを考えているのか理解したリヴは、すぐさま前に進み出る。
「お任せあれ!!なにもさせずに埋める!!凍てつく欠片よ、心の臓まで凍らせよ!!『ヴァレンブレス・リオート』!!」
魔獣の頭上に青い魔法陣が輝き、そこから出現した氷の結晶が、一瞬で敵を凍らせる。
「我が行く、任せよ!!落ちよ、破断落頭!!ぬうんっ!!」
好機と見るや、シルヴァンは俺の脇を駆けて行き、目にも止まらぬ速さで魔獣の首を横から叩き落とした。
ズザンッ…ゴンゴトンッ
俺が出るまでもなく、リヴの魔法とシルヴァンの槍技で一瞬の内に片がついた。俺達にとってはこの程度の魔物は雑魚に過ぎないが、魔法を使えないエヴァンニュの一般守護者と王国軍、なによりも民間人にとっては恐るべき脅威だろう。
「ウェンリー!」
「おう!!」
すぐにウェンリーが俺の元に走ってくる。
「サイードと一緒にクリスをギルドの本部に連れて行き、『太陽の希望』の名を出して、ギルドを避難所として使わせろ。もし既にそうしてあるなら、おまえはプロートン達三人と、ギルドの本部を魔物から守るんだ。昨日作って渡した魔法石は持っているな?」
「う、うん…けどできれば俺もルーファスと一緒に行きてえ。親父と一緒にお袋も今はここにいるはずだし…っ」
「わかっている。でも今回はギルドとクリスを守ることに専念してくれ。プロートン達は魔物との戦い方をまだ良く知らないんだ、おまえにしか頼めない。ラーンさん達の安否は俺が必ず近衛に聞いておく。」
「――わかった、気をつけて行けよ。」
ウェンリーは口をきゅっと結んで頷いた。
「私はクリスをギルドに送り届けたら、魔物を殲滅しつつ合流すれば良いのですね?」
サイードはクリスとプロートン達を伴って俺の元に来つつ、なにも言わなくても俺の意図を既に察してくれていた。
――この感じ…特殊変異体と戦った時と同じだな。やっぱりサイードは…
「ああ。俺達は民間人を救助しながら、近衛隊を探す。この事態に動いていないはずはないから状況と原因、避難所の場所を聞いて、民間人の救助を最優先にしつつ魔物を討伐する。サイードにもこの共鳴石を渡しておくよ、これがあれば何処にいても俺と連絡がつくから。」
「ええ、わかりました。では後でね。」
サイードはかなり冷静で、こんな状況にも動じていないのか、俺ににこっと微笑んだ。
「行きますよ、あなた達。ウェンリー、案内をお願いします。」
「お、おう。クリス、俺のそばを離れんなよ。」
「うん。」
ウェンリーはクリスの手をしっかり掴むと、すぐにここからほど近いギルドの本部へとサイードとプロートン達を伴って俺達から離れて行った。
「よし、俺達は民間人の救助を優先しつつ、魔物を倒しながら城門前広場を目指すぞ。有事の際は城が臨時の避難所になり、そこに対策本部が設けられるんだ。」
「うむ。」
「承知した。」
――俺はシルヴァンとリヴを伴い、急いで公園内を逃げ惑う民間人から救出して行く。動けない者には治癒魔法を施してからその後に、動ける者にはそのままギルドを目指すように言うと、人を襲っている魔物を倒しながら公園の出口に向かって急いだ。
この事態が起きてからどの位時間が経っているのかは不明だが、既に多くの民間人が倒れて亡くなっており、女子供を問わず食い散らされた遺体が幾つも横たわっていた。
なんて酷い、あんな子供まで犠牲に…俺達がもう少し早く戻っていれば…!!
幼い子供の遺体から目を逸らし、歯を食いしばって先を急いだ。
襲い来る魔物を蹴散らしながら裏通りを抜けて大通りに出ると、王都を拠点にしている数多くの守護者に混じって冒険者達の姿もかなり見受けられた。
民間人を守りつつ魔物を相手にする、王国軍の守備兵や憲兵の一団もちらほら見え、複数人を纏めてその指揮を執っているのは、やはり近衛隊士達だった。
「ギルドの要請が功を奏して、王国軍がなにも出来ずに逃げ惑う事態だけは避けられたようだな。」
「ああ、これも黒髪の鬼神のおかげだ。彼なら城門前広場辺りでこの対策の指揮を執ってくれているはずだ。Sランク級守護者の権限を上手く使って会うことができれば、なにがあったのか原因も少しは掴めるだろう。」
王都内を徘徊しているのは、エヴァンニュ王国には生息していない魔物が殆どで、さっき戦った『トパーズティーグル』の他に、小型の鼠と兎、針鼠を掛け合わせたような魔物『スライゲルコット』や、砂漠に多くいる猛毒の鬼蛇『オグルスネーク』に、背中に鋭い棘が背びれのように並ぶ狼『ソーンウルフ』など、実に種類が様々だった。
「いったいこれだけの種類の魔物がどこから現れたんだ…!」
襲い来る魔物を剣と魔法で倒しながら、俺は街中に普段は見ないような、変わった装置や物体などがないかを探していた。
これほど大量の魔物を一度に喚び出すには、相応の大掛かりな仕掛けがいるはずだ。それは例えば設置型魔石駆動機器や、強力な魔力を持つ存在か道具の配置、召喚魔法を込めた結界石の仕込みなど、その形態は数多く考えられるも、俺の地図にそれらしい点滅信号は現れていなかった。
――軍施設内の時は、壁に召喚魔法陣が展開されていたけれど…空に拡がるもの以外は特に目に付くものが見当たらない。どこかに召喚の要があるはずなのに…
「救出した民間人は皆、突然街中に魔物が現れたと口を揃えて言うが…それだけでは埒が明かぬ。早く出現地点を押さえてそこを叩かねば…!」
「シルヴァンとリヴは、ウェルゼン副指揮官の顔を知っているんだよな?彼か近衛服を着た黒髪の人物を見かけたら、すぐ俺に教えてくれ。」
「心得た。」
――シルヴァンの返事の後すぐに続くはずの返事がなく、ふと斜め後ろを見るとリヴは他のなにかに気を取られているのか、俺の話を聞いていないようだった。
リヴ?どうしたんだ、守護七聖の青がこんな時になぜ気を散らして…
瞬間、俺はピンときた。
…ああそうか、下町で出会った女性に一目惚れをしたとか言っていたな。その人が心配なのか。
「リヴグスト・オルディス!!」
「ひゃっは、はい!!」
俺は彼のフルネームをわざと呼んで、敢えて怒りの気を発しながら威圧した。この状況下で意識を集中出来なければ、自身が怪我をするだけでなく、民間人の救出にも支障の出る恐れがあるからだ。
「この状況で他のことに気を取られるな!!おまえがなにを考えているのかわかるが、状況を把握したらきちんと時間をやる、今はこちらに集中しろ!!」
「も、申し訳ありませぬ…御意!!」
叱りつけたリヴが青くなってそう返事をした直後だ。
「…!?」
走っていた俺の全身が、足元から這い上がってくるような邪気に総毛立ち、束ねている俺の銀髪までもが、前髪と共にぶわりと舞い上がった。
ズズ…ブウオンッ
一瞬、世界が泣いたような錯覚を起こし、空気が微音を立てて震える。
――それは膨大な暗く黒い怖気立つような魔力が、地面に波紋を起こした瞬間だった。
こ…この魔力は…っ!
そうして俺達の周囲にだけではなく、既に討伐し終えてあった、ここまで通って来た道のあちらこちらに、新たに大量の魔物が出現した。
つまり今の不気味な感覚は、王都全体に再度多くの魔物がなにかで召喚されたことを感じ取っていたのだ。
『ルーファス、聞こえますか!?避難所にしたギルドの前に、突然大量の魔物が出現しました…!!』
首に紐で提げた受信用の共鳴石から、サイードの緊張した声が響く。
「サイード!こっちもだ、恐らく王都全体にまた魔物が召喚されたんだ!!みんなは無事か!?」
『安心して下さい、無事です。ですがウェンリーに無理をさせないためにも、私はここの守護者達を指揮してギルドの守りにつくことにします。魔物の数が多く、対処しきれなくなると被害が拡大しますから…!!』
「わかった、頼む…!なにかわかったらまた連絡する!!」
俺がサイードと話している間に、シルヴァンとリヴは襲って来た魔物を一掃していた。
「ルーファス、このままではまずいぞ、魔物の数があまりにも多すぎる。我らならば個々で対処が可能な敵ばかりだ、ここは一度散けた方が良いのではないか?」
「シルヴァン…ああ、俺も今そう考えたところだ。俺はこのまま城門前広場を目指し、王宮近衛指揮官を探す。シルヴァンはここから中級住宅地辺りまでを、リヴは下町を中心に救助と魔物の討伐に当たってくれ!!」
恐らく自分でも不謹慎だとわかっていたのだろうが、俺がそう言うとリヴは一瞬嬉しそうな顔をしてから気を取り直し、真顔になって頷いた。
「しょ、承知致した…!!」
「なにか見つけたら共鳴石で俺に連絡を入れること。最終的に原因が判明したら集合をかける。くれぐれも各自気をつけるようにな!」
「主こそ、無理…いや、無茶はするでないぞ。」
「ああ、わかっている。」
――最後まで話し終わらないうちに、リヴは物凄い速さで下町の方向に駆け出した。余程恋した相手の安否が気になるらしい。
まあこの状態だと、下町まで救助の手は回っていないかもしれないから、今回は大目に見るとしよう。
俺はその場でシルヴァンと別れて、一人で商店が立ち並ぶ大通りを走り出した。
裏通りに比べて元々この通りは普段から人が多いこともあり、救助にはより多くの人員が割かれている様子だったが、それでも停止したラインバスの周辺や露店前などにはさらに数多くの人が倒れていた。
その殆どは民間人だが、制服を着た軍人の姿もちらほら見え、中には腕を食い千切られていたり、頭がなかったりする者もいた。
…どれだけの人が亡くなっているのか…見ただけでは想像もつかないな。
――そこかしこで軍兵と守護者による魔物との戦闘が行われている。どこからか火の手も上がっているようだが消火するどころではなく、流れて来る煙と逃げ惑う人々の悲鳴に魔物の咆哮、対峙する者達の掛け声や叫び声が辺りを包み、ここはもう戦場と変わりがなかった。
俺は目に見えて戦闘が危機的状況な場合と、俺に襲いかかってきた場合、民間人を襲っているのに誰の助けもない場合に、広範囲の攻撃魔法を使って敵を駆逐して行く。
それを見て俺が魔法を使える守護者であることと、俺の銀髪からSランク級守護者であり、『太陽の希望』のリーダーだと気づいた守護者が、駆け寄ってきて俺に話しかけてきた。
「その銀髪…あなたはSランク級守護者のルーファス・ラムザウアーさんですよね!?『太陽の希望』の…不在だと聞いていたんですが、戻られたんですか!!」
「ああ、あなたも守護者か?たった今仲間と一緒に戻って来たんだが、なぜこんなことになっているのか原因を知りたい。黒髪の鬼神…ライ・ラムサス王宮近衛指揮官を見かけなかったか?」
「原因は俺達にもわからず、黒髪の鬼神はここ暫くの間、公務にも姿を見せていません。理由は知りませんが、城門前広場で近衛隊の指揮を執っているのは、副指揮官のイーヴ・ウェルゼンです…!」
黒髪の鬼神がいない?彼ならこんな状況は放っておかず、真っ先に飛び出して来そうなものだけど…
「現在俺達守護者は冒険者や軍兵と協力して魔物の討伐に当たっていますが、ギルド側で指揮を執ってくれる人間がおらず、混乱気味です!どうか陣頭指揮をお願い出来ませんか…!?」
そうか…王都を拠点とするSランク級守護者は一人もいないんだったか。この事態に指揮を執れるほどの実力を持っていたのは、ヴァレッタ・ハーヴェルをリーダーとする『根無し草』ぐらいだったけれど、彼らはもう…
「…わかった、近衛隊の副指揮官と話をしてから戻って纏めよう。それまでは俺の名を出して、民間人の救助を最優先してくれ。あなたの名前は?」
「ありがとうございます!俺はファロ・ピオネール、王都を拠点とするAランク級ソロ守護者です。ファロと呼んで下さい。」
「そうか、よろしく頼む。改めて俺は『太陽の希望』のリーダー、ルーファスだ。戻り次第この辺りで集合をかけるから、パーティーは代表者を一人、単独ハンターは何人かでグループを作り、その中の一人が集まるように言っておいて欲しい。」
「はい、了解です!!」
俺に声をかけて来た彼…『ファロ・ピオネール』は、飴色の斑髪にしっかりした身体付きの好青年だった。手にはエラディウム製の片手剣を持っていたが、それとは別に背中に弓を装備しており、話が済むとまた走って民間人の救助に戻って行った。
彼は剣と弓のどちらも使えるのかな?普通守護者の階級を告げるときに、『ソロ』だと強調して言う人はあまりいないんだけど…まあいいか、今はそれどころじゃない。
――それから暫くして俺がようやく城門前広場に辿り着くと、王宮の一部は民間人に開放され、やはり避難所となっているのが見えた。
前庭には臨時の救護所が用意され、運び込まれる負傷者に多くの医師や看護師は必死に対応している。だが問題は、塀に囲まれた王宮の敷地内に、民間人が多く逃げ込んでいることを知っているのか、他の場所よりも遥かに大量の魔物がここに集中していたことだ。
俺の目的は、王国軍の指揮を執っている近衛隊の上官に話を聞くことだが、逃げてくる民間人が駆け込めるほどに開かれた城門を守り、近衛隊は城門前広場に隊士の壁を作って次々に襲い来る魔物から民間人と城門を死守していた。
あれは…まずいぞ、魔物の集団に押されている…!!パスカム補佐官だけでなく、指揮を執っているウェルゼン副指揮官までもが出ざるを得なくなったのか…!!壁役の一人でも近衛隊士が崩れたら、一気に魔物に雪崩れ込まれてしまう!!
近衛隊の中心には城門を背に、『鬼神の双壁』と呼ばれているイーヴ・ウェルゼン副指揮官と、トゥレン・パスカム補佐官、そしてもう一人、アッシュブラウンの髪に灰色の瞳のヨシュア・ルーベンスという、以前黒髪の鬼神に面会を申し込んだ際に応対してくれたもう一人の補佐官がおり、それぞれが三方向から押し寄せる魔物の動向を集中して監視することで、各隊士に的確な指示を出しているようだった。
それでもこのままではジリ貧で、いずれは魔物に押し切られることだろう。普通の人間はいくら訓練して身体を鍛えていても、長時間戦い続けられるようにはできていないのだ。
魔物の間を突破することもできるけど…このまま突っ込んで行ったら、敵と間違われて攻撃されかねないな。要らぬ混乱を招くことにもなりかねないし…仕方がない、俺の力を王国軍人に晒すことになるけど、この緊急事態ではそうも言っていられないだろう。なによりも人の命には代えられない。
ここは強力な合成魔法で魔物の動きを止め、近衛隊を退避させてから纏めて一掃する…!!
「普く水の力よ、凍てつく氷の息吹よ、我が前に屯す魔物共を凍らせよ!!『ヴィルジナル・ミスクァネバ』!!!」
その場で瞬間詠唱を使って二つの魔法を同時に詠唱、左右の手に青い魔法陣が光り輝くと、右手にアクエ・グラツィア、左手にグラキエース・ヴォルテクスを発動待機して俺は両手を合わせ同時に放った。
城門前広場全体に青い巨大な魔法陣が描かれ、そこから大量の水が渦を巻いて魔物だけを飲み込むと、そこに氷の息吹が襲い来て魔物達は瞬時に凍り付いた。
俺はそれを確認すると隙間を縫って走り出し、なにが起きたのかわからずに困惑している近衛隊士の横を擦り抜けた。
「ウェルゼン副指揮官!!この場の近衛隊士達を前庭に避難させてくれ!!」
「!!」
俺の声に、瞬時に俺の顔を見た彼は、その場で即座に命令する。
「全員退避!!王宮前庭まで直ちに下がれ!!」
その命令に近衛隊士達は一斉に城門内へ逃げ込み、鬼神の双壁達もすぐに退避を完了した。
ピロン
『推奨/高位聖光魔法』『ディヴァイネラ・イクスティンクション』『半径1キロ圏内の魔物を殲滅可能』『対応策/魔物殲滅後城門前に防護結界』
頭の中で自己管理システムが、俺がまだ使ったことのない高威力魔法を推奨してきた。
俺はそれを確認して広場の中心に立つと、凍らせた魔物の後ろにさらに押し寄せてくる魔物の集団ごと、広範囲攻撃魔法で殲滅することにした。
フオン…
魔力を集中して詠唱を始めると、自分の身体に高まっていく力が、俺の上着の裾や髪を舞い上がらせて行く。
「――天空に掲げられし聖なる光は地に満つる穢れを祓い、悪しき権化たる魔の者共を塵と滅さん。来たれ天光の剣よ、来たれ魔を穿つ光刃よ。蔓延る敵をここに討て!天位殲滅『ディヴァイネラ・イクスティンクション』!!」
ズンッ…
俺を中心とした巨大な白い魔法陣が広がり、震動を伴って眩く光り輝くと、そのまま一筋の光が高速で空へ昇って行き、血紅色の魔法陣の下にゴロゴロと音を立てる雷雲を発生させた。直後――
まるで張り巡らされた編み目のように、凄まじい数の雷が辺り一面に降り注ぐと、轟音を立てて効果範囲内全ての魔物を殲滅して行く。
かなり派手だけど…中型でも性質の悪そうな魔物が多くいる。確実に討伐するにはこれぐらいの威力でないとだめだ。
魔法効果の終了と共に、俺の戦利品自動回収スキルが魔物の死骸を一掃する。原因を潰さない限り、多分またすぐに召喚されてしまうだろうが、これで少なくとも王宮前の救護所と城門前広場にだけは、魔物を寄せ付けない防護結界を張ることが出来るようになる。
俺は呆然としている鬼神の双壁と近衛隊士や民間人を他所に、急いで無限収納から複数の結界石を取り出すと、風魔法を使って六カ所に配置し(石畳の下に埋め込んだ)、防護結界を張った。
「――よし、これでここは安全地帯になった!」
結界石を繋いで磨り硝子のような障壁が穹窿状に完成すると、後から現れてきた魔物がその場で弾かれて何度も体当たりをする。
城門前広場に魔物が入って来られなくなったことを目で見て確認すると、鬼神の双壁が俺の方に駆けて来る。
「貴殿は…!」
「こ、これはいったい…!?」
俺も二人に小走りで近付き、すぐに自分の名を告げた。
「Sランク級パーティー『太陽の希望』のリーダー、ルーファス・ラムザウアーです。城門前広場に防護結界を張りました、これで二日ほどの間、魔物はここに一切侵入できません。」
「防護結界…感謝する、ルーファス・ラムザウアー殿。ギルドへの緊急要請では、貴殿はまだ不在だと聞いたのだが――」
緊張した表情で俺に礼を言うウェルゼン副指揮官に、俺はもう一度改めてかつてと同じことを口に出した。この人は今度も俺を名前で呼んでくれないんだろうか。
「以前も言いましたが、ルーファスで構いません。つい先程仲間と一緒に戻ったところです。中級住宅地と下町に太陽の希望のメンバーを向かわせ、ギルド本部の守りに仲間をつかせてあります。いったい王都になにが起きたのか、わかっていることだけで構いませんので教えて下さい。」
この状況下で和やかな雰囲気になどなりようもないが、以前とは異なり、この人の視線には、俺に対する警戒感が少し薄れているように感じた。
「…わかった、ルーファス殿。大した情報はないが、話は私がしよう。」
――今度は名前で呼んでくれたな。…少しは信用されたと言うことだろうか。
「トゥレン、一小隊のみを残し、ヨシュアと残りの隊を連れて、近くの逃げ遅れた民間人の救出と保護に向かえ。二ブロック先まで行ったら戻って来い。」
「そんな狭い範囲で良いのか?…尤もその先へ行けたとしても、無事に戻って来られる保証はないが。」
「そこから先の大通りでは、守備兵隊と憲兵が近衛隊士の指示で守護者達と協力し、民間人の救出と魔物の討伐に当たっているので恐らく大丈夫です。この後俺もそこに戻りますが、寧ろこの付近の方が魔物も多く集まっており危険です。負傷したり危なくなったら、命を落とす前にここへ逃げ込むよう、近衛隊士に伝えて下さい。たとえ大型の魔物であっても、この結界の中には入れませんから。それともし負傷したハンターを見かけたら、彼らにもギルドかここに逃げるよう、伝えて頂けると助かります。」
「そうか…了解した、見かけたら伝えよう。」
「トゥレン、くれぐれも気をつけて行け。」
「…ああ。」
――…?
ウェルゼン副指揮官の言葉は、パスカム補佐官を案じるものだったのに、言われたパスカム補佐官の返事には微妙な間があった。
確か前の二人は、パスカム補佐官が常に無表情で淡々としていたウェルゼン副指揮官に対して、気安くなにを言われても終始にこにこしていたような気がする。
なんだ…?この二人…以前の信頼し合っていた感じの雰囲気と、なんだか少し変わったな…なにかあったのかな?
ああいや、そんなことを気にしている場合じゃない。
「ルーファス殿、先程の魔法についてだが…私はあれほどの高威力を持つ攻撃魔法は見たことがない。…失礼だが、あの魔法は一軍をも簡単に殲滅しうるものではないだろうか。」
――ああ、こんな時でもそこから話に入るのか。…これだから軍人は…まあいい、わかっていて使ったんだから仕方がない。
こうしている間にも人が死んでいるかもしれないのに…と、さっさと情報が欲しい苛立ちを押さえながら、心の中で溜息を吐いて答える。
「あなたがなにを心配しているのかわかるが、俺の魔法は強力なものほど人を害するようにはできていない。本来魔法というものは、使い手の意思次第でどうとでもなるものだが、俺は敢えて魔法自体に自分で制限を設けている。」
「制限…?」
「俺の言葉を信じるかどうかはあなた次第だが、俺は魔物の脅威から人を守る『守護者』だ。どれほどの極悪人やたとえ俺の命を狙う相手であっても、俺は自身の力で決して人の命を奪ったりはしない。俺の気が狂ったり、薬で強制的に従わされてあの魔法を使ったとしても、誰一人として殺すことはできないよ。」
「………」
俺の返事に対してウェルゼン副指揮官は、俺を信用するともしないとも言わずにただ沈黙しただけだった。
「それより魔物が出現した時のことについて教えてくれないか。」
この時俺は、直前に振られた会話にイラッとしたせいか、完全に無意識に言葉遣いが変わっていた。
後になってそのことに気づいたが、特にウェルゼン副指揮官には気分を害した様子はなかったため、その場はそのまま情報を得ることに集中してしまった。
俺への問いの後、王都に魔物が出現する直前の出来事について話を聞く。
ウェルゼン副指揮官が様々な方面から集めた情報によると、今から二時間ほど前…俺達が帰って来る一時間ほど前だが、突如王都の上空に、あの血紅色の魔法陣が浮かび上がったのだという。
王都を守る守備兵から第一報が入り、それから三十分ほど後に王城の敷地を除く王都全域に、大量の魔物が現れたらしい。
「すぐにギルドへ通報したのだが、あまりにも魔物の数が多く、緊急事態と見て即座に王宮の一部が避難所として解放された。私は近衛の指揮を執る合間に、避難してきた数多くの民間人からなにか大きな異変を見なかったか、どこからどんな風に魔物が出現したか聞き取り調査をしたのだが、その殆どが街中に突然魔物が現れたとしか答えがなかった。」
「…俺の方も同じだ、救助した民間人はみんなそう言っていた。空に魔法陣が出る前に、大きな異変を見たり聞いたりした者はいなくても、ここ最近…そう、二日ほどの間で見知らぬ外部からの破落戸や旅人を見たり、奇妙な事件が起きたりはしていないか?」
ウェルゼン副指揮官は眉間に深い皺を刻んで、頻りに記憶を辿っているようだ。
「――ここ最近の事件と言えば、そちらのパーティーに依頼した大量殺人ぐらいだが…」
「それはエヴァンニュ全国各地で起きていたと聞いている。俺の判断では、今回の件には直接関係はないと見ている。」
「貴殿がそう言うのなら関わりは無いか…後はそうだ、国に布教活動をしたいという宗教団体からの申請があり、最終的に許可はしなかったのだが、三日ほど前から黒いローブを着た人物が見かけられていた。特に問題を起こしたり、許可なく立ち入り禁止区域に入るようなこともなかったため、憲兵にそれとなく監視するようにだけ言ってあったのだが…」
「黒いローブ…宗教団体?」
――それってまさか…
「ケルベロス…!?」
これはあの連中の仕業なのか…!?
ウェルゼン副指揮官からの情報で、あの宗教団体が仕組んだ事件の可能性に気づき、その名を呟いた時だ。
『ルーファス、私です。』
胸元の共鳴石からサイードの声が響いた。
「サイードか?」
『今どこにいますか?』
「王宮前の城門前広場だ。近衛隊の副指揮官に話を聞いているところなんだ。」
『この件についてですね?ギルドで気になる話を聞きました。三日ほど前から黒いローブを着た複数の人物が見かけられ、王都を拠点にしている守護者の間で噂になっていたようです。その中に、東部浄水場で見かけたという情報があり、鍵のかかった敷地に入ってなにをしているのだろうと疑問に思ったと…』
「東部浄水場?確かそこは――」
ウェルゼン副指揮官に視線を移すと、彼はすぐに情報をくれる。
「報告は来ていないが、国の管理下にある立ち入り禁止の施設だ。」
「わかった、サイードはこちらに来られないか?」
『そうですね…Aランク級守護者が大分戻って来ていますので、今なら行けそうです。場所はわかりませんが…城門前広場にですか?』
「いや、これから俺が戻る、王都立公園から真っ直ぐ裏通りを進んだ先の、大通りまででいい。俺もすぐに向かうから、そこで落ち合おう。」
『ええ、了解です。ウェンリーには引き続きクリスをお願いしておきます。』
「ああ。」
サイードとの通信が終わると、ウェルゼン副指揮官が険しい顔をしてすぐに尋ねて来た。
「黒ローブの教団員…申請された宗教団体の名前とは異なるが、『ケルベロス』とは?」
「俺の言うケルベロスとは、終末論信者の集まるカルト宗教集団で、信者は黒衣や黒ローブに身を包み、上腕に三頭の黒犬の横顔を模した入れ墨を彫っている。これから東部浄水場を調べてみないとわからないが、連中ならこんな信じられないこともやりかねないし、また遣って退けるだけの力も持っている。」
「…!!ではすぐに浄水場の鍵を…」
「いや、必要ない。俺の魔法で解錠出来るから大丈夫だ。立ち入り禁止区域への侵入許可さえ貰えれば良い。」
「――…わかった、許可しよう。手続きは私がやっておく。」
イーヴとの話が済んだルーファスは、急ぎ足でまた来た道を戻って行く。その後ろ姿を見送りながら、イーヴはその瞳に深い迷いの色を浮かべた。
――光の中を真っ直ぐに駆けて行く彼を見ると、これから自分がしようとしていることが、酷くちっぽけなものに感じてしまう。
あれほど強力な力を持ちながら、自分の力では人を殺さないと言い切り、守護者であることに絶対的な誇りを持っている…
その生き方は羨ましいことこの上ないが…私はもう、二度と元には戻れない。
アリアンナを失い、愛し育ててくれた両親を傷つけて訣別し、イーヴ・ウェルゼンという男の人生を終わらせようとしている。
もう歯車は動き出してしまっているのだ。
「…後はヨシュアとトゥレンの二人だけだ。」
小さく呟いたその言葉に、どんな意味が込められているのか…それはイーヴだけが知っている。
次回、仕上がり次第アップします。