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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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168 新たな仲間を加えて

ヴァシュロンの冥福を祈り、サイードの自宅へ彼女の転移魔法で戻ってきたルーファスは、ウェンリーにシルヴァンとリヴの四人で互いの情報を伝え合いました。そうして話はユリアンの神魂の宝珠が入った、聖櫃へと移り…?

       【 第百六十八話 新たな仲間を加えて 】



 ――ヴァシュロンの冥福を祈りつつ、サイードの転移魔法で無限界域にある彼女の自宅に戻った俺達は、そこの一室を一時的に借りた上でテーブルを囲み、サイードとクリス、プロートン達三人を除いて、太陽の希望(ソル・エルピス)のメンバー四人のみで話し合いをしていた。

 その内容は、俺とウェンリーが罠に嵌まって以降、シルヴァン達から離れていた間の互いの行動や出来事についてとクリスを仲間に加えること、そして予想外の場所で手にすることになった、聖櫃(アーク)…ユリアンの『神魂の宝珠』に関してだ。


「――なるほど…あの女性は竜人族(ドラグーン)か。まさか異世界に飛ばされたことで、一族と死を共にせず済んだとは数奇な…だがそういうことならばアルティスに会わせるのは妥当だな。彼奴(あやつ)の願いは竜人族(ドラグーン)の復活と存続だと本人から聞いていた。なにやらもう一つ個人的な願いもあったようだが、それについては終ぞ教えて貰えなんだ。恐らく(あるじ)しか知らぬのだろう?」

「いや、俺も知らないよ。まだアルティスのことは思い出せていないんだから。」


 シルヴァンからアルティスの容姿について話を聞いた限り、守護七聖の赤…竜人族(ドラグーン)最後の生き残りだったアルティス・オーンブールは、燃えるような赤とオレンジの剛髪に、翡翠の瞳を持つかなりの美丈夫らしい。だがそう教えられても、俺は彼を思い出せないし、火の神魂の宝珠はまだ見つかってもいない。


「それじゃ、全員クリスを仲間に加えることに異存はないんだな。」

「俺は聞くまでもねえぞ~。」

「そう言うことであらば、予に反対する理由はありませぬ。」

「無論、我もだ。」

「そうか…ありがとう。時代の異なるフェリューテラに戸惑うことも多いだろうから、慣れるまで気にかけてくれると嬉しい。ヴァシュロン亡き後、クリスのことは俺が責任を持って守ろうと思う。それがなによりの彼への供養にもなるだろう。彼女の今後と役割については、本人の意向を聞いてからにする。」


 元よりクリスのことを反対されるとは思っていなかったが、シルヴァンとリヴは問題なく彼女を仲間に引き入れることを快諾してくれる。

 今は男所帯だが、イスマイルの封印を解けば、女性でなければわからないことも彼女に一任できるようになるだろう。


「それで『眼鏡をかけた生き字引』だが、シェナハーン王国の魔法闘士(マギアトレータ)…ログニック・キエスさんが口にした情報については間違いなかったんだな?」

「うむ、我が(しか)とこの目で見て来た。無の神魂の宝珠はシェナハーン王国東部の遺跡街『アパト』にある、発掘中の古代遺跡最上階にあった。そして守護七聖の〝透〟『イスマイル・ガラティア』は既に目覚めており、以前の我やリヴと同じく魔力で作り出した仮の身体で行動し、周囲の人間にもその存在を知られていた。それと言うのも近隣や国内で予想される災害に、助言を与えては王国民の救済に助力して来たためだ。」


 シルヴァンが俺の問いにそう答えると、横に座っているウェンリーが行儀悪く、体重を背もたれにかけて椅子を斜めにしながらギシギシ言わせる。


「はあ〜、それでログニックさんは『守り神』って言ってたんだ、納得。」

「まあ、彼女らしいことよの。普段は周囲にあまり興味がなさそうな顔をしておいて、事が起きると知るや、自分には命を救う知識があると言って誰よりも率先して人助けに動く。シェナハーン王国においてもイスマイルの知識は、相当数多くの人命を救ったことであろうぞ。」

「…そうか、再会するのが楽しみだ。シルヴァンもリヴも…俺がいなくてもやるべきことをやってくれてありがとう。これでイスマイルの神魂の宝珠の在処ははっきりした。フェリューテラに帰ったら、真っ先に迎えに行きたいところだな。」


 ――シェナハーン王国からインフィニティアに飛ばされて、一時はどうなることかと思ったけれど…ユリアンの神魂の宝珠が入った聖櫃(アーク)を手に入れ、イスマイルが無事であることも判明した。だけど…


 今、俺の目の前には、無限に魔力が湧き出す『魔泉箱(ませんばこ)』として使われていた聖櫃(アーク)がある。シルヴァンやリヴのものと同じ、神魂の宝珠が入った六角形の頑丈な容器だ。

 テーブルの上に置かれ、変わらず黄色の光を放ち続けているこの(はこ)からは、俺と『魂の絆』で結ばれた懐かしいユリアンの(ソウル)を感じる。そして俺の中に僅かだが、地の神魂の宝珠から自分の魔力が流れ込んで来るのがわかった。


 つまり、サイードやラナ、そしてヴァシュロンがクリスを守る為に戦いに利用していたのは、周囲の環境から取り込まれ続け、神魂の宝珠で変換された俺の魔力だったと言うことだ。

 通常他者の魔力を使用してもそれほど大きな問題にはならないが、俺の魔力に関してはそれに該当しない。魔法を放つのに少量ずつ使う分には影響なかったかもしれないが、体内に取り込んだとなれば大問題だ。

 自分で言うのもなんだが、俺の魔力は普通ではない。強すぎる質に一般人には致死性の猛毒ともなり得るほどの、それは強いエネルギーを持っている。

 だからこそ生きているのと相違ない『仮の身体』を作ることができ、その質に手を加えることも可能になるのだが、反面、守護七聖以外が俺に断りなく利用出来るようにはなっていなかった。


 ヴァシュロンが体内に俺の魔力の結晶である神魂の宝珠を取り込んだとなれば、常に猛毒に身体を蝕まれて行くのと同じことになっただろう。それは想像を絶する苦痛だったはずだ。


 俺は自分の魔力が、最終的にヴァシュロンを狂わせたのだと言うことをわかっており、いずれ折を見てクリスにはその事実を話そうと思っている。


 それともう一つ…どういうわけかこの聖櫃(アーク)は、サイードの手に渡っていたという不可解なことがある。

 その経緯についてはヴァシュロンの記憶で見た限りだが、不死化したヴァシュロンの体内から取り出した時に、俺は思わずユリアンを取り戻したと歓喜して、仮の持ち主であったサイードにはなにも告げず無限収納に仕舞い込んでしまった。

 サイードはあの戦闘の最中、俺がこれを優先して取り出したことも見ていたはずだが、まだなにも尋ねて来ていない。尤も、そんな時間もなかったのだが…


 ――サイードとどう話すかは考えるとして、それよりも今の俺にはもっと大きな気懸かりがある。それはもちろん、守護七聖の〝黄〟であるユリアンのことだ。


 ユリアンは闇の大精霊『ネビュラ・ルターシュ』に次いで、二番目に守護七聖となった人族だ。

 彼についてはリヴの封印を解いた時に思い出せていることもあったが、それでも俺は、シルヴァンとリヴにユリアンについて話を聞くまで、なぜそんな重要なことすらも覚えていないのかと酷いショックを受けた。


 ユリアンの神魂の宝珠がインフィニティアにあるらしい、と告げた時、〝ユリアンの生命維持装置を動かす必要がない〟とシルヴァンが言ったのは、実はユリアンだけが他の守護七聖<セプテム・ガーディアン>とは違う形で神魂の宝珠に封印されたせいだった。

 詳しく話を聞いてもその当時のことが思い出せず、自分に対して腹立たしいことこの上ないが、千年前ユリアンは暗黒神と戦う前に、カオスの放った刺客によって戦線離脱を余儀なくされていた。


「――深緑の魔精霊(デビルスピリット)『ヴャトルクローフィ』…?」


 それはこの話し合いを始める直前のことだ。無限収納から聖櫃(アーク)を取り出し、幾らユリアンに話しかけても反応がないことから、俺は真っ先に地の神魂の宝珠に異常が発生したのかと思い、顔面蒼白になった。

 記憶を失っている今の俺に、神魂の宝珠の仕組みは全くわからない。なにか起きたのだとしても、対処の仕様が無いからだ。

 そう焦る俺にシルヴァンが説明してくれたのは、暗黒神との決戦よりも前にユリアンの身に起きた出来事についてだった。


「その魔精霊(デビルスピリット)がユリアンの身体を乗っ取り、内側から俺達を含めた仲間を一人一人殺そうと企んだことで…乗っ取られたユリアンは自分を犠牲にして、それを阻止した…」

「そうだ。」

「自分を犠牲に…って、どうして!!守護七聖は己の命を軽んじたり、諦めたりは決してしないはずだ!!」


 過去に目の前でそれを見たはずなのに俺はそのことを覚えておらず、てっきりユリアンが仲間のために死を選んだのだと思って声を荒げた。


「落ち着かれよ、予の君。仰る通り予ら守護七聖は、決して自ら死を選ぶような真似は致しませぬ。苦境にあらば仲間を頼り、助けを求めることを守護七聖主(マスタリオン)に誓っておりまする。故に身体を奪われたユリアンは必死に抵抗致しましたが、予らには手も足も出せず、魔精霊を身から追い出すことができずに、やむを得ず自身を石にしたのですぞ。ですから彼は死んではおりませぬし、己の命を諦めたわけでもありませぬ。」

「自らを石化――」


 リヴに諭されるようにそう言われて、ユリアンが死のうとしたのでないことに安堵したのも束の間、俺はすぐにユリアンのエーテル結晶から流れ込んで来たあの光景と内容を思い出した。


「――石化…?待ってくれ!!それじゃ俺が見た、粉々に砕け散った石の破片が散らばっていたのは……あれは、まさか…っ」


 石化したユリアンの身体が砕かれたのか…!?


「心配は要らぬ、(あるじ)よ。記憶を失っているのだから焦り案ずるのは当然だが、そういった万が一の事態に備えて、あなたは石化したユリアンの身体から、眠っている魂だけを『地の神魂の宝珠』に移したのだ。たとえ身体が砕けて破損したとしても、魂さえ無事なら死ぬことはなく、本体の修復は可能だと言ってな。」

「え…そ、そう、なのか…。」


 ――落ち着いて考えてみればそうかもしれなかった。たとえ自ら石化したのだとしても、生命活動の根幹である『(ソウル)』が入っていなければそれはただの抜け殻だ。

 人の身体のままで魂が抜ければいずれ肉体は朽ちるが、石化しているのならその心配はなく、壊されたとしてもただの石像なら修復魔法で元通りに()()()


 ユリアンの眠っている(ソウル)だけを取り出したと言うことは、身体を乗っ取った深緑の魔精霊はそこに残されたままなのか…深く不測の事態を想定していたのだとしても、我ながら良くそんなことまで考えられたな…。


 俺は大きな溜息を吐いて頭を抱えた。


「自分の過去を覚えていないというのは本当に嫌になる。…でもそれなら、結局はあの雪深い小島をフェリューテラで探さなければならないな。石像を修復するにも、ユリアンの神魂の宝珠が安置されていた遺跡を見つける必要があるんだ。」

「うむ、その通りだ。なに、いくらかの情報があれば、遣い鳥がすぐに見つけてくれるであろう。」

「またウルルさんに頼るのか…いつもお世話になってばかりだな。」


 なにかある度に黒鳥族(カーグ)とウルルさんには手を貸して貰っているのに、それに対してなんの恩返しもできていないのが心苦しい。


 俺は内心そう思い、いい加減少し図々しくないだろうか、とまた小さく溜息を吐いた。すると俺を見ていたウェンリーが、隣で透かさずこんなことを言った。


「おまえはそんな気にしなくていんじゃね。寧ろ本人はルーファスに頼られると、めちゃくちゃ小躍りして喜んでるって聞いたぜ?」

「え?」


 それを聞いたシルヴァンが両腕を胸の前で組み、なぜか眉間に皺を寄せてジト目になった。


「…それは誰から聞いたのだ、ウェンリー。」

「鉄壁隊の隊長モモス=ノイガンさんだよ。あの人、ウルルさんの側近なんだって?…って、やべえっ!内緒にしてくれって言われてたんだ!!」

「……であろうな。」


 シルヴァンは頭痛を起こしたように額に手を当てた。


「仮にも黒鳥族(カーグ)の長がルーファスの笑顔の写画が欲しいと我に強請(ねだ)ったり、(あるじ)に頼られる度に歓喜してはしゃぎまくり、側近の前できゃいきゃい踊っているなどと暴露してはならぬ、ウェンリー。」

「……いや俺、そこまで詳しくは言ってねえんだけど。…てか、ルーファスの写画が欲しいって?個人情報バラしてんのシルヴァンじゃん。」

「うむ、確かにシルであるな。」

「ぬ…!!」

「ぬ、じゃねえよ!」


 ――俺に気を使ってくれたのか、一時(ひととき)場の空気が和んだ。俺はほんの少し気が楽になって、その後は落ち着いて話し合いをすることが出来るようになったのだ。


「それはそうとして、ルーファスに聞いておきたいのだが…あのサイードという女性とはどういう関係だ?初めて出会った時のルーファスに似た印象を受けるが、随分と親しい間柄のように見える。」

「ああ…うん…一応インフィニティアに来てから知り合った、ということになっているけれど…俺からしてみるとそれだけじゃない。色々な面で彼女は俺にとって恩人でもあるんだ。」

「恩人?…濁した説明をすると言うことは、なにか訳がありそうだが。」


 俺に近付く存在を警戒しているシルヴァンが、目に見えて怪訝な顔をした。その隣にいるリヴも眉間に皺を寄せている。


「彼女の個人的な特殊能力に関わる話だ。サイードが良いと言えば話せるから、理由を言うのは少し待ってくれ。ただ俺は、サイードを全面的に信用している。彼女が手を貸してくれなければ、俺達はヴァシュロンを相手にして無事には済まなかったことだろう。それに…これは俺の個人的な感情になるが、彼女のことは信じても良いような気がするんだ。時空神クロノツァイトスの後継者で実の娘だしな。」


 俺がサイードのことをそう話した直後、室内がシンと静まり返った。


「予の君…今、なんと仰いましたか?サイード殿が、どなた様の娘御であられると…?」


 リヴが顔を引き攣らせてそんなことを尋ねる。シルヴァンは口を開けて唖然としているようだ。ウェンリーは…真剣な内容の話だから、頬杖を付いて口を挟まずに大人しくしている。


「驚くのは無理もないが、サイードは時空神クロノツァイトスの娘だと言ったんだ。インフィニティアでは彼の御方は『ダン・ダイラム・オルファラン』と名乗っているみたいだけど…サイードの時空転移魔法がなければ俺とウェンリーは帰って来られなかったし、シルヴァンとリヴをユラナスの塔に召喚することも不可能だった。…これだけを聞いても、俺が彼女に恩を感じて信用するのは当然だと思わないか?」

「そ、それはそうかもしれませぬが……」

「時空神クロノツァイトスと言えば、カイロス遺跡から持ち帰った文献によると、時と空間を司る独立神ではないか。…インフィニティアとは、もしや神々の世界なのか…?」


 唖然としていたシルヴァンが気を取り直したようで、素直な疑問をぶつけてくる。俺もそれは思わないでもなかったが、そもそも俺達が『神』と呼んでいる存在の定義が曖昧だ。

 実際に(レインフォルスが)会った時空神は、フェリューテラに住む俺達とそこまで異なるようには見えなかった。光神レクシュティエルに至っては、人族のラファイエに並ならぬ好意を抱いているようだったし、サイードだって俺からしてみれば、人族とそんなに変わりはないように見える。

 ただそれでも大きな差があるとすれば、それは『エーテル』を用いた『神力』という特殊な力の有無なんじゃないだろうか。


「…どうだろうな。だが俺達のフェリューテラはインフィニティアの一部で『神の箱庭』と呼ばれているんだそうだ。それを聞いた時俺は、なんだか凄く嫌な感じがした。過去暗黒神がフェリューテラを破壊しようとしたことと言い、俺達の世界は神々の思い通りになる玩具(おもちゃ)じゃない。…そう思ったからだ。」


 インフィニティアが神々の世界だったとしても、俺達のフェリューテラは〝完全なる異世界〟だとサイードは言っていた。

 それでも厳しい条件はあれど、フェリューテラとインフィニティアを行き来することが可能だと言うことは、全くの無関係だとは言えないかもしれないが…


「とにかく俺はサイードに感謝している。彼女に無礼なことをしたら、いくらおまえ達でも怒るからな。」

「……心得た。」

「…承知致した。」


 ――その後一通り今後についての話をした俺達は、フェリューテラに帰ったら真っ先にイスマイルの元へ向かうことに決め、ユリアンのことは封印を解いた後合流したイスマイルの知恵を借りることと、黒鳥族(カーグ)に『雪深い小島の遺跡』を捜索して貰うことで合意した。


 その夜(インフィニティアには時間の概念がなく、昼も夜もないのだが)、サイードとプロートン、テルツォが用意してくれた夕食を取った後、各々自由に過ごすことになると、俺はサイードに二人きりで話がしたいと言われ前庭に呼び出された。


 彼女が待っていると言っていたのは、ソムニウムの花壇前にある、ガーデンテーブルセットがある場所だ。

 シルヴァン達が交代で入浴している間に部屋を抜け出し、俺はサイードの元へと急いだ。


 ――『魔泉箱』の話かな…それともクリスか、プロートン達についてか?元気がなかったみたいだし、少し思い詰めているようにも見えた。…どちらにせよかなり重要な話だろうな。


 ソムニウムの花壇へ向かっている間、サイードに受け取って貰えなかった髪飾りのことを思い出して、チクリと胸が痛んだ。


「サイード。」


 昨夜と同じように白いガーデンチェアに腰かけ、ソムニウムの花を眺めていたサイードに声をかけると、俺ももう一つの椅子を引っ張り出して腰を下ろした。


「来てくれたのですね…温かいお茶を用意しましたから、飲みながら話をしましょう。」

「え…ああ、うん。」


 余程の重要な話かと思って緊張していたのに、淹れたてのお茶を差し出されて面食らったものの、言われるままにカップを手に取ってそれを一口飲んでみた。


 ほんのりと甘い、カモミールの香りがして、なんだか懐かしくホッとするお茶だった。


「…美味しいお茶だな…ホッとするよ。この香り…なんだか凄く懐かしいような気がする。」

「そうでしょう…あなたはこのお茶が好きでしょう?ですからこれを選びました。」

「…え?」

「――ルーファス…まず最初に、昨夜のことを謝らせて下さい。」

「昨夜のこと?」

「ええ、髪飾りのことです。」

「…!」


 ガチャンッ


 いきなり思いも寄らないことを言われて驚いた俺は、手にしたカップを落としそうになって慌ててソーサーの上に降ろした。


「髪飾りって…昨日俺があなたに渡そうとした、あれのこと?」

「ええ。ごめんなさい…ずっと後悔していたのです。あなたが私のために私を思って贈ろうとしてくれたのに、なぜ素直に喜んで受け取らなかったのだろうと…」


 ――ずっとって…そんな大袈裟な、昨夜のことなのに…?


 暗く沈んだ表情を見せたサイードに驚き、そして戸惑った。


「だけどあの髪飾りは…俺が魔力回路を治して貰ったお礼だと言ったから、受け取ってくれなかったんじゃないのか?あの日メクレンで出会ったのは、自分じゃないと言っていただろう。」

「――そうですね…確かにその時の私はそう言いました。…でもあなたは、それだけの意味でプレゼントしてくれようとしたのではなかったでしょう?」

「えっ…!?」


 思わずギョッとして変な声を上げてしまう。――だって確かに俺は、あの時のお礼だと言って渡せば喜んで受け取ってくれるだろうと思っていたけれど、それとは関係なしに、ただ俺がサイードによく似合う髪飾りを贈りたかっただけだった。

 でもあの日出会ったばかりで髪飾りを贈りたいなんて言ったら、怪訝に思われるかもしれないと考えたんだ。

 それで遠回しに口実を考えて渡そうとしたことが、却って裏目に出て受け取って貰えなかったんだけど…


「そのことに後になって気がついて悔やんだのです。本当はあなたからの贈り物がとても嬉しかったのに、受け取れないと言ってしまったことを後悔しました。」

「………」


 俺は戸惑いながらも、無限収納からあの髪飾りを取り出した。


「後悔したと言ってくれるなら、もう一度贈ればこれを受け取って貰えると思って良いのかな?」


 たかが髪飾りを贈るだけで、妙なやり取りになったと思われるかもしれないが、そもそも俺は女性に自分からアクセサリーを贈ろうと思ったことがなかったのだ。

 サイードが受け取ってくれないとは微塵も思ってもいなかったことで、少し胸にグサリとなにかが刺さったような気もしていた。

 でももし本当に受け取ってくれるなら、サイードの青銀の髪に光るこの髪飾りを見てみたい。そして喜んで微笑んでくれたら…もうなにも言うことはないんだ。


「もちろんです。ルーファス、私こそ…その髪飾りを受け取っても良いですか?」

「良かった、当たり前だよサイード!あなたの髪に似合うと思って選んだんだ、今度こそ貰って欲しい。」


 俺はサイードの手を取ってその手の平に、あの髪飾りを直接置いて手渡した。サイードは心から嬉しそうに微笑んで、早速俺の前で髪につけてくれる。


「…似合うかしら?」

「ああ、思った通りだ、よく似合っている。」

「ありがとう、ルーファス…大切にするわ。」


 ――どこか擽ったいような、不思議な感じがした。でも俺は、ずっとこの人のこんな笑顔が見たかったんだな、とサイードを見て思った。


「話は髪飾りのことだけ?」


 嬉しそうに微笑んでいたサイードから、笑顔が消える。その表情を見るに、やっぱりなにか重要な話が他にあるみたいだ。


「いいえ…あなた達が四人で話をしている間に、ヴァシュロンのことで悲しんでいるクリスを部屋で休ませると、私はプロートン、デウテロン、テルツォの三人と今後についての話し合いを行いました。」


 ――サイードはプロートン達三人に、焦っていてやむを得なかったとは言え、冷酷な言葉を浴びせて死ぬように言ったことを心から謝罪したという。

 彼らは元よりサイードを恨んでいないと告げ、サイードと三人は蟠りを解いた様子だ。


「あなたはプロートン達をフェリューテラで人と同じように生きて行けるようにし、いずれは彼らの好きなようにさせてあげたいと言ったようですが、プロートン達は今後もあなたの元であなたに従って生きることを望んでいます。そして私も――」

「…サイード。」

「お願いです、ルーファス…私もあなたの力にならせて下さい。私はあなたのように蘇生魔法は使えませんが、それでもきっと役に立てると思います。」


 予想外の申し出だった。サイードの金色の瞳を見る限りその思いは真剣で、本気で俺の力になりたいと言っているのは見て取れた。


 俺は俺がフェリューテラでなにをしているのかを、サイードに話しただろうか?…そんな覚えはないけど、どうして急に…


「俺の力になりたいって…もし俺が過去を変えるために、時空転移魔法を使ってくれと言ったらどうするんだ?」

「…なにか勘違いをしているようですが、時空転移魔法はいつ、どんな時でも好きなように使用出来るわけではありませんよ?異世界であるフェリューテラではどうかわかりませんが、少なくともインフィニティアには厳格な『世界の理』があり、それに逆らって時を移動することはできないのです。」

「…そうなのか。」


 ――それはそうか…時空転移魔法を使える存在がどれほどいるか知らないが、誰もが好き勝手に自分の都合の良いように過去を変えたら、世界はめちゃくちゃになってしまう。

 誰がそれを決めているのかはわからないけど、理があるのは当然だよな。


「ええ。その理を無視して過去を変えたり、時間を行き来出来るのは、『時翔人(ときかけびと)』と呼ばれる特別な存在だけです。少なくとも私は違いますので、理で許された範囲内でしか時空転移魔法は使えません。」


 ――『時翔人(ときかけびと)』!!


 ここでその言葉が出るのか…!俺は過去に飛んで未来を変えたりしたけど、サイードの話を聞くに、それは俺が『時翔人(ときかけびと)』だから可能だったということなのか…?


 …詳しく話を聞きたいけれど、それには俺が時翔人(ときかけびと)であることを含め、普通の人間でないことも話さなければならなくなる。

 サイードを仲間に迎えられれば事情を話すことも可能だけど…


 ――嫌だな。…サイードがいくら頼りになるとしても、この女性(ひと)を暗黒神との戦いに巻き込みたくない。

 サイードが俺の力になりたいと望んでくれても、今後ずっと俺の傍にいてくれるのだとしても…それでも、なぜだろう。サイードを俺の事情に関わらせたくないんだ。


「……申し訳ないけれど…ごめん、サイード…プロートン達はともかくとして、あなたを連れて行くことはできない。」


 俺はサイードから顔を背け、複雑な思いに顔を歪ませながら答えた。だが――


「…先に言っておきますが、あなたが受け入れてくれなくても、私は勝手にフェリューテラであなたの手助けをしますよ?」

「ええっ!?」

「そうしたらいつか…あなたの知らないところで、あなたの知らないうちにひっそりと命を落としてしまうかもしれませんね。」

「なっ…やめてくれ、サイード!!」


 ギョッとした俺は顔を上げて狼狽えながらサイードを見る。すると彼女は、俺が声を失うほど優しい表情で目を細めながら続けた。


「――ですから、あなたの傍にいた方が良いでしょう?…ね、ルーファス。」


 俺はそのあまりにも綺麗な微笑に完全に負けてしまった。


 昨夜のサイードとは別人みたいだな。だけど…うん、俺がサイードを守ればいいんだ。知らないところで一人、俺のために動かれるよりは余程いい。


「…はあ、わかったよ、サイード。クリスもあなたがいてくれれば、きっと喜ぶだろう。」

「ありがとう、ルーファス!」


 礼を言うのは俺の方だと思うけどな…。


 ウェンリーとシルヴァン達には俺から話をすることにして、問題は俺自身のことだけど…フェリューテラに帰ったら、合間を見てマリーウェザーに守護七聖主(マスタリオン)と守護七聖<セプテム・ガーディアン>のことを話して貰おう。


 ――とにかく明日、今度こそ俺達はフェリューテラに帰るんだ。



 翌朝俺は朝食の席で、クリスを含めサイードとプロートン達を新たに俺の仲間に加えることを全員に知らせると、俺達が『太陽の希望(ソル・エルピス)』という名でパーティーを組み、魔物という驚異の生物から人を守る仕事をしているということを簡単に話した。

 するとクリスは自分も守護者になりたいと言って、竜人族(ドラグーン)の女性として、竜人の乙女であり戦乙女を表す『ドラフェミナ』となるために、剣と槍での戦い方をシルヴァンに教わりたいと言い出した。

 そしてデウテロンは、一も二もなく自分も守護者になり俺達のパーティーに加わると歓喜し、プロートンとテルツォも様子を見つつ守護者になるかどうかは後で決めることになった。

 サイードはもちろん俺達のパーティーに加わり、暴走しがちなデウテロンのこともしっかり教育すると言っている。

 どうやらフェリューテラに帰ったら、サイードとデウテロンの守護者の資格(ハンターライセンス)を取ることが一番最初になりそうだ。


「それでルーファス、私はあなたが拠点にしているという獣人族(ハーフビースト)の隠れ里を知りません。フェリューテラへの転移先は、エヴァンニュ王国で私が知っているメクレンか王都になりますが、どちらがいいかしら?」


 俺が返事をする前に、シルヴァンが偉そうにして口を挟んだ。


「ルフィルディルに戻るのにメクレンは遠すぎる。王都で良いのではないか?」


 確かに歩いて帰るのならそうだけど、転移魔法石を使えばどっちでも一瞬で帰れるだろうに。


 そう思いつつも俺は敢えてなにも言わなかったのだが、こういう時のウェンリーはさすがに突っ込みが早かった。ニヤニヤと揶揄うようにシルヴァンを人差し指で突っつく。


「バッカだな〜シルヴァン、メクレンだって転移魔法石を使やあいいじゃんか。」

「なっ…なにぃ…!?」


 突っ込まれたシルヴァンはカッと顔を赤くする。


「はいはい、揉めるな揉めるな。ウェンリー、シルヴァンはデウテロンとプロートン達のために、魔物を実際に見せて戦い方を教えようと思っているんだよ。インフィニティアには魔物がいないからな。」

「そっ、そうだぞウェンリー!!さすがは主だ、我の考えを正しく読み取ってくれる!!」


 ……あれ?シルヴァンの声が裏返っている。…もしかして俺の深読みしすぎだったか?てっきりそのせいで遠いと文句を言ったのかと思ったのに。


「…嘘だな。」

「うん、嘘だね。」


 シルヴァンの都合の良い物言いに、その裏を読み取ったデウテロンの呟きを聞いて、クリスが頷く。昨日の今日で少し心配していたが、彼女はヴァシュロンを失った悲しみを乗り越え、しっかりと前を向こうとしている。


「それで如何致す?ルーファス。予としてはその…どうせなら王都の見学を兼ねて一泊するのも悪くはないと思うのですが…!」

「?…なんで転移魔法石があるのに、わざわざ一泊する必要があるんだ。」

「あー!!そういや聞いたぜ、リヴってば王都の下町で理想の女性に会って、一目惚れしたんだってな!!それでんなこと言い出すんだろ…彼女に会いに行きてえんだな?このこの!!」


 え…リヴが一目惚れ?


 リヴの新事実に俺が目を丸くしていると、ウェンリーはリヴを脇から右の肘で、また揶揄うようにツンツン突っついている。これに堪らずリヴは、真っ赤になって叫び声を上げた。


「なあーっ!!ぐぬぬ…シル!!そなたウェンリーに喋ったな!?此奴だけには言うなと言うたであろうが!!」


 リヴの激怒にシルヴァンは一瞬だけ〝しまった!〟という顔をしつつも、自分の罪をしらばっくれようとして目を逸らした。


「知らぬ!恨むならウェンリーの勘の良さを恨むのだな!!」

「かーっ!!この痴れ者め、フェリューテラに帰る前に、予の棍で叩きのめしてくれるわ!!表に出よ!!」

「ぬ、やるか!?」

「ちょちょ…待った!待ったって!!俺らこれからフェリューテラに帰るんだぜ!?んなことしてる暇ねえって!!」


 ぎゃあぎゃあわいわいと室内中に凄まじく騒がしい声が響く。


「…うるさくてごめん、サイード。」


 俺は苦笑して隣に立つサイードに思わず謝ると、サイードは迷惑そうな顔一つせずに微笑み返してくれる。


「いいえ、この家にこれほど賑やかな声が響く日が来るとは思っていませんでした。ずっと私一人で、寂しいくらいでしたから。」

「俺達と来たら、ここはどうするんだ?」

「どうもしませんよ。いつでも戻って来られますし、時々植物の様子を見に帰りますから、このままです。」

「ああ、そうか。」


 話が逸れて本題に戻らないでいたら、耳を塞いだ格好でプロートンが話しかけてきた。


「ルーファス様、シルヴァンティス様のお話では、現在私達が向かうエヴァンニュ王国で事件が起きていると仰っていましたが…そちらは大丈夫なのですか?」

「ああ…うん、多分大丈夫だろう。詳しくは帰ってからと思ってまだ聞いていないけれど、既に被害は止まったらしいしな。」


 プロートンが心配しているのは、俺とウェンリーがいない間に王宮近衛副指揮官のイーヴ・ウェルゼンから、『太陽の希望(ソル・エルピス)』への指名依頼が入った件についてだ。

 依頼主が俺(とウェンリー)の知り合いだったこともあり、シルヴァンとリヴは臨時にマリーウェザーを加えて(連れ出して)、王国全土で起きた人死にの事件を調査していたらしい。

 どうやらその事件は人為的なものらしく、大勢の人が亡くなっているのに犯人は捕まっていないという。だが魔物が関わっていないとなれば守護者の領分ではないだけに、被害がこれ以上出ないように対策だけを取って依頼続行は断ったそうだ。


 まあチラッと聞いた話では、気になるところもあるけれど…帰らないことには調べることもできないしな。


「サイード、転移先は王都の王都立公園にしてくれるかな?あそこは場所によって人目につきにくいところもあるし、すぐ傍に魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の本部があるんだ。」

「ええ、わかりました。そこに立ち寄って資格試験の申し込みをするのですね。」


 さすがサイード、簡単に説明しただけなのに察しが良いな。


 ――こうして俺達は、この後わやわや九人で騒ぎながら、サイードの時空転移魔法で(フェリューテラとインフィニティアは時間の概念が異なるため、時空転移魔法でなければ確実に行きたい時間と場所には辿り着けない)一路エヴァンニュ王国の王都へと帰ったのだった。


 …そう、無事に1996年の王都…シルヴァンとリヴが依頼の続行を断り、俺に召喚されてから二日ほど後の王都立公園に転移したのだが――



 ――そこは想定外の事態に見舞われていたのだった。


次回、仕上がり次第アップします。

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