167 不死化有翼蛇竜ヴァシュロン
ルーファス達の前に不死族となったヴァシュロンが姿を現します。悲しみに胸を痛めながら、彼を救うために全力を尽くすルーファス達ですが…?
【 第百六十七話 不死化有翼蛇竜ヴァシュロン 】
――赤茶けた土の上に、岩のように蹲っていた〝それ〟がヴァシュロンなのだと気づかなかったのには理由がある。
俺の知る有翼蛇竜ケツアルコアトルは、青白く光り美しい鱗のある蛇に似た巨体に羽毛の生えた、それは大きい六枚羽根を持っていた。
だがゆっくりと起き上がろうとしている目の前の彼に今、その面影は微塵も残っていない。
特徴的だった牡鹿のような角は左右とも折られ、少し強面の鬼面は半分が抉れて頭骨から眼孔が見えていた。美しかった巨体は黒灰と灰紫に変色し、腐れ落ちたそこからは所々肉片がこびり付いた太骨が覗いている。
有翼蛇竜の代名詞でもある六枚羽根はその全てが刮げ落ち、最早用を成さないのか躯体に沿うように畳まれて、折れた翼骨が辛うじて残っているだけだった。
俺がエーテル結晶を破壊したために動けなくなったから蹲っていたのか、あるいは岩のように動かずただ俺達が来るのを待っていたのか…そのどちらなのかはわからないが、この星明かりの中で黒灰の表面に身体を丸めていたその姿は、俺には単なる大きな岩にしか見えなかったのだ。
もしサイードが教えてくれなければ、俺達は知らずに不意打ちを食らっていたかもしれない。それほどに気配を断ち、敵意を隠しひっそりと、不死化したヴァシュロンはそこにいた。
――両方とも角が折れている…あんなにぼろぼろになるまで戦って…
壮絶な戦いの果てに命を落とし、不死化してまでもクリスを守り続けたヴァシュロンに、俺は胸が張り裂けそうだった。
「ヴァシュロン…嫌だよ、ヴァシュロンーっ!!」
背後から遠ざかりながら泣き叫ぶクリスの声が聞こえる。ウェンリーとプロートンが直ちにクリスを連れて、戦闘領域から離脱しているのだ。
辺りに木霊するその悲痛な呼び声も、もう二度とヴァシュロンに届くことはないだろう。彼は疾うに死んでしまっているのだ。
死して尚強い思いを残し不死化した彼を救うには、俺達が戦って倒しその魂を浄化するしか術はない。
そして不死族を浄化することができるのは、光属性の昇華魔法や浄化能力を持つ特殊攻撃だけだ。俺はそのことを踏まえ、先ずは起き上がろうとしているヴァシュロンに、真っ先に『ルス・レクイエム』を放ったのだ。
俺は生前のヴァシュロンの戦闘能力がどれほどなのかを全く知らない。もちろん一撃で昇華させられるとは初めから思っていなかったが、不死化した後の能力は生前のものに大きく左右されるため、彼が完全に起き上がる前に体力を削ってしまいたかった。
――だが恐ろしいことに、俺の昇華魔法は直撃した上で、躯体から立ち昇る黒い瘴気に阻まれてしまい本体には全く届かなかった。
「ルーファスの昇華魔法が打ち消された!?」
「瘴気が障壁の役目を果たしておるのか…!」
ズゴゴゴゴゴ…
地鳴りのような音を立て、足元から小刻みに振動が伝わってくる。身体を起こして戦闘態勢に入るヴァシュロンを止められなかった俺は、直ちに動いて各自の武器に光属性を付加するエンチャントをかけた。
「散開しろ!!バスターウェポン、エンチャント光属性付加!!」
俺の指示にシルヴァンとリヴはヴァシュロンを面前に、俺とサイード、シルヴァンとリヴの2対2に別れるような態勢を取った。
「能力上昇バフは私がかけます!!」
「!」
過去のインフィニティアでは一度も使わなかったのに、今のサイードはあの時の補助魔法が使える?
俺は俺とウェンリーがメクレンで出会い、共にハネグモの特殊変異体を倒したサイードは、全能力上昇の補助魔法が使えたのを思い出した。
二千年も経っているのなら不思議はないか…!
「ああ、頼んだサイード!!」
「全身体能力強化、防御盾展開!!『フォースフィールド・ガードプラス』!!」
その声と共にサイードの魔法が発動すると、身体の表面に薄赤い光が現れ、見えない膜が張られているかのように、全身が温かい魔力に包まれた。
以前かけてくれたものよりも、遥かに威力が上昇している…!
急速に湧き上がる力と異常に軽く感じる身体に、サイードの能力が桁違いに強くなっているのを感じた。その直後――
ギュアアオオオオオオウウウウウウ…
――ヴァシュロンがヘレネクトベント中に響き渡るような、恐ろしい咆哮を上げた。
「ぐうっ…!!」
「ぬうっ!!」
「くっ…」
その咆哮には音と波動に乗せる特殊な攻撃(空震が耳から入って内耳を通り、頭蓋内で反響して脳を揺さぶる攻撃)が含まれており、音波耐性を持っている俺達(サイードも大丈夫らしい)にはダメージこそないものの、全員が耳を押さえて身を捩った。
これは魔力による波動攻撃か…!!耐性のないデウテロンとテルツォは大丈夫か!?
苦痛に耳を押さえながら身を屈めて後方を見ると、二人はヴァシュロンの攻撃範囲からしっかり逃れており、無事な様子だ。
俺達がその攻撃で怯んでいる隙に、生者ではない彼の白く濁った右目と、ぽっかり空いた眼孔に残光を伴った赤黒い光が灯る。
やがてその全身から立ち昇っていた瘴気が、さらにドス黒さを増して彼の躯体をあっという間に包み込むと、それらが朽ちかけていたヴァシュロンの身体を見る見るうちに変異させて行く。
その最中ヴァシュロンの腹の辺りに、黄色い光を放つ六角形の箱が粘膜に包まれているのが見えた。
「あれは…っ!!」
ユリアンの神魂の宝珠…あんなところに…っ!!
ビキビキビキ、バキバキ、グチュグチュグチャリと悍ましく不快な音が、俺の背中に冷水を浴びせる。気づけばそのあまりにも次元の違う変異に、息を呑み全身が総毛立っていた。
変異した後でも全体の大きさは元のヴァシュロンとほぼ同じくらいだが、身に纏う黒い瘴気のせいで膨れ上がって見えた。
長く伸びた躯体から左右に四本ずつ蜥蜴のような腕が生え、六枚羽根の翼骨はさながらまるで蜘蛛のように、途中で折れ曲がってその巨体を支える脚になった。
そうして立ち上がった奥に見える尾の先は五又に分かれ、先端は目の無い顔を持つ不死族の霊体『黒紫虫』に変わっていた。
元々いくらか残っていた鱗は、その一枚一枚が大きくなって装甲のように急所に当たる部位を覆っている。それは腹部に神魂の宝珠が入った聖櫃までもを、覆い隠して守っていた。
なによりも悍ましいのは、その全身に編み目のように張り巡らされ、黒い液体が流れて脈打つ、血管に似た管だ。グチュグチュと不気味な音を立てていたのは、そこから腐敗と再生、崩壊を繰り返す、ゾンビ同様の腐肉だったのだ。
呆然とした俺に、突如サイードがその澄んだ声で叫んだ。
「来ます、ルーファス!!ディフェンド・ウォール・インフェリスを!!」
インフェ…冥属性!?
サイードの声に我に返った俺は、言われるままに瞬間詠唱を使って瞬時に冥属性を付加した防護魔法を唱えた。
「守れ障壁、『ディフェンド・ウォール・インフェリス』!!」
キンキンキンキインッ
甲高い音を立てて俺達の周囲に冥属性を伴った穹窿形の障壁が輝くと、その直後無動作、無詠唱、無前兆で、不死化ヴァシュロンの攻撃が俺達に襲いかかって来た。
ドゴオオオオオッ
「うわっ!!」
一切口を開いた様子もなかったのに、竜族がブレスを吐くようにして、薄紫と青銀の炎が轟音を立てながら一面に放たれたのだ。
薄紫の炎…!?いったいどこから出て来たんだ!!
俺の障壁を嘗めるようにして這い回りながらその炎は数秒間続くと、辺り一面を紫色に染めて地面に燻った。なんとかその攻撃には耐え切ったものの、ディフェンド・ウォールは俺が解除する前に、ほろほろ分解して消えてしまう。
「なんだあの攻撃は…どこから炎が!?」
「やはりあなたにはわかりませんでしたか…あの攻撃は特級不死族のみが使用し異空間から放たれる、死の呪いを纏った炎『カースフレア』です。冥属性の炎は触れただけで引火し、瞬く間に全身を包むと、生命力を糧に燃え続け命を奪います。私は防護魔法が間に合わずに直撃したとしても、重度の火傷を負うくらいで済みますが、あなたの仲間やデウテロン達は恐らく触れただけで死んでしまうでしょう。」
「なんだって!?」
俺はすぐさまシルヴァンとリヴ、デウテロンとテルツォに、絶対に炎には触れないようにと警告を叫んだ。四人はそれぞれ俺に頷く。
ウェンリーとプロートン、クリスの三人は不死化ヴァシュロンとの戦闘領域から安全な場所に遠く離れており、直接狙われでもしない限りこの攻撃が届くことはない。俺の警告が済んだ後、サイードはさらに続けた。
「厄介なのは一切の予備動作がないことで、唯一発動の数秒前に微かな音が聞こえるのですが、それがわかるようになるまではさっきのように合図を送ります。ですからルーファス、あなたは常に冥属性を付加した防護魔法を待機状態にしておき、私の声が聞こえたら、なにを置いても優先してディフェンド・ウォールを使用してください。でなければ――」
――私達に勝ち目はありません、とサイードは言った。
発動前に微かな音…さっきは特になにも気が付かなかったな。
「わかった、なら俺は暫くサイードの近くにいた方がいいな…!」
俺はすぐさまサイードの助言に従って、左手に冥属性の防護魔法を待機状態にして準備した。
地面に燻っていた炎が完全に消えると、様子を見ながらシルヴァンとリヴが攻撃を仕掛ける。
だが物理攻撃も魔法攻撃も、ヴァシュロンを包む黒い瘴気に阻まれて通用しないようだ。
逆にヴァシュロンの方は、左右に四本ずつ生えた腕で次々と連続攻撃を繰り出す。シルヴァンとリヴへの攻撃が届く範囲にある、下から二番目までの左右の腕にはアテナやプロートン達が手にしているのと同じく、魔力で作り出したらしい黒い武器が握られている。
そして上の四本腕は、それぞれ別々の魔法を同時に詠唱して放つことが可能みたいだ。
その魔法にシルヴァンは光魔法の盾を、リヴは水魔法の吸魔水鏡を使って上手く往なしており、二人は瘴気に隠れて見えない、四方八方からの攻撃に連携を取って対応している。
「リヴの攻撃も通らず、不死族相手に有利なはずのシルヴァンが苦戦している…サイード、あの瘴気はどうすれば消せるかわかるか?」
「上位不死族の纏う瘴気は、その殆どが冥属性です。不死族には共通して火と光属性が弱点なのは確かですが、あのヴァシュロンの瘴気に対してフェリューテラの属性は下位に当たるのかもしれません。」
「だとしたら通常の風魔法では無効化されるよな。さっきも俺の昇華魔法が弾かれたし…シルヴァン達の魔法も通らなかった。」
「――一人分の魔力で駄目だとしても、二人分ならどうでしょう?私とあなたが同時に魔法を使用し、瘴気を飛ばせるか試してみませんか。」
「ああ、いい考えだな、わかった。」
「私が威力増しの風属性中級魔法『タービュランス』を放ちます。」
「俺は光属性の上級魔法を使う。発動タイミングを合わせて欲しい。」
「ええ、任せて。」
俺はサイードと目を合わせて微笑み、二人で魔法の詠唱に入った。
「逆巻く風よ、吹き荒ぶ風よ、彼の者を包みし邪気をここに払わん!!」
「聖なる光は彷徨いし魂に安らぎを与うるものなり。邪なる気を払い、憐れなる冥王の眷属となりし者に、今一度救魂の御手を届かせん!!」
そして同時に、攻撃魔法を放った。
「『タービュランス』!!」
「『セイクリッド・プロディギウム』!!」
――俺の魔法による白い魔法陣がヴァシュロンの足元に大きく輝き、そこに重なるようにして同時にサイードの緑の魔法陣が光ると、光を纏った風が瘴気を切り裂いて吹き飛ばした。
「瘴気が消えたぞ!!」
「好機!!」
瘴気が消えたところに、すぐさまシルヴァンが聖光昇華滅槍輪を叩き込み、リヴが棍による連続突きを放つ。
「ぬうんっ!!深き念に同情はするが、そなたは既に役目を果たした!!後は我らに任せ、大人しく永遠の眠りにつくが良い!!」
「そうぞ!!最早生者の声など届かぬであろうが、死して尚守り抜いた娘は、ルーファスと予らが必ず幸せにする!!安心して逝け!!豪破点雅突ーっ!!!」
それに続いて俺とサイードは、不死族の弱点である光属性の魔法攻撃を連続して行った。
「光よ、貫け!!『ラディウス』!!『トゥオーノ』!!『トゥオーノ』!!」
「降り注げ、聖母の悲しみ『ヴィエルジュ・トリステス』!!」
俺の魔法攻撃は空中に現れた魔法陣から、幾つもの光線が地面に向かって降り注ぐもので、ヴァシュロンの巨体に無数の穴を穿って行く。『トゥオーノ』は小さな雷が落ちる魔法だが、一瞬で詠唱が終わるため、短い時間で何発も発動可能だ。
並び立つサイードの魔法攻撃は、同じく空中に出現した魔法陣から、ヴァシュロンの躯体に落ちた光の雫が、まるで涙が滲んで行くように彼の身体に広がって、そこからさらに光の花が咲くという美しい多段攻撃魔法だ。
不死化ヴァシュロンは堪らず、尾先をバタンバタンと地面に叩き付けている。不死族は基本的痛覚に鈍感だが、火と光属性の攻撃は別だ。身を焼かれてその部位から躯体の崩壊が始まるため、浄化に抗って暴れまくる。
そんな俺とサイードの魔法が戦闘領域を昼のように照らし、シルヴァンとリヴも連携に魔法を織り交ぜつつ執拗に攻撃を続けた。
「本体への攻撃はルーファス達に任せ、先ずは脚を切断せよ!躯体の均衡を崩すのだ!!」
「承知!!」
長く伸びたリヴの棍が、ヴァシュロンの太い脚一点に絞って次々に打撃技を繰り出すと、光を纏ったシルヴァンの斧槍が、回転しながら斬撃を叩き込む。
すると二人の連続攻撃に耐え切れず亀裂の入った表面から、突然黒い液体が勢いよく噴き出した。あの血管のように張り巡らされた管に流れる体液だ。
ブシュウウウッ
「む!?」
「下がれシル!!」
元から中距離にいたリヴは異変に気付いて横に避け、正面にいたシルヴァンは飛び退きつつ光の盾でそれを避けるも、衣服に飛び散った液体が煙を上げシュウシュウと不気味な音を立てていた。
「気をつけよ、此奴の体液は腐食性の猛毒だ!!」
「心得た!!ならば――その体液までも凍てついてしまえ!!『ヴァレンブレス・リオート』!!」
リヴが両手で棍を水平に掲げて魔法を唱えると、ヴァシュロンの頭上に青い魔法陣が輝いてそこから出現した氷の結晶が、頭から見る間に全身を凍らせて行く。
「凍結は効くのか…!」
「いいえ!騙されてはいけません、見せかけです!!二人ともすぐにそこから離れなさい!!」
「「!?」」
「聳えよ『ストーン・ウォール』!!」
サイードは聖杖カドゥケウスを地面にドン、と突き立てるとその場で黄色の魔法陣を輝かせる。
サイードの警告にシルヴァンとリヴがさらにその場から遠ざかると、彼女はタイミングを見て魔法を発動、二人の前に大きな岩壁を出現させた。
ドンドンドンッ
ヒュ…ヒュヒュヒュ…ズガガガガッ
「な…」
完全に凍結しているように見せかけて不死化ヴァシュロンは、自身の体内から今まで微塵も出していなかった無数の触手を伸ばすと、シルヴァンとリヴをその金属の棘のような鋭い先端で貫こうとして連続突きを放って来た。
「なんと…体内に触手鞭まで隠し持っておるのか…!!」
「なるほど…どこからどのような攻撃が来るか、これは予想もつかぬ…!」
シルヴァンとリヴは冷や汗を掻いて息を呑んだ。
サイードが警告し逸早く岩壁で守ってくれなければ、今頃二人はその攻撃を喰らって大ダメージを受けていたところだろう。
「凍結は表面のみを凍らせるだけで、装甲に守られている内部には届きません!動きを封じるのなら、風穴を開けてから体内に向かって氷魔法を放つのです!!」
「聞こえたか、リヴ!!」
「しょ、承知した!!」
俺達が話している間の僅かな数秒間で、不死化ヴァシュロンの凍っていた表面は溶け、再びあの黒い瘴気が身体からぶわりと噴き出して来た。
「ぬ…また瘴気か…!」
「俺達が払う!振り上げた尾に気をつけろ、黒紫虫の攻撃が来るぞ!!」
黒紫虫は鋭い歯を持つ実体のない、ウツボのような姿をしている最下級不死族だ。知能はないに等しく、大型不死族の頭や尻尾、体毛の代わりに生えることがあり、常に口をパクパクさせて近くに生者の気配を感じると、突然噛みついてくるのだ。
俺には噴き出した瘴気の影に、上空へと振り上げられたその黒紫虫付きの長い尾が見えた。それを視認し俺が再度、サイードに頼んで黒い瘴気を吹き飛ばそうと考えた時だ、その間もなく横でまた彼女が叫んだ。
「違います、カースフレアが来ますルーファス!!」
「!!」
なっ…黒紫虫は囮か!!
愕然とした俺は、すぐに左手に待機していた冥属性の防護魔法を発動した。待機状態の魔法は、発動するのに全く時間がかからない。だからこそ、こんな風に俺が判断を誤ったとしても発動が間に合うのだ。
キンキンキンキインッ
一秒とかからずにデウテロンとテルツォを含めた全員を、ディフェンド・ウォールの障壁が包み込む。その直後、まるで示し合わせたかのように、またあの竜族のブレスのような紫と青銀の炎が俺達を襲った。
ドゴオオオオオッ
本当にカースフレアが…気を張っていたつもりだったのに、また音には気づけなかった。
――危なかった。囮にフェイント、だまし討ちに隠し手と…不死化ヴァシュロンは俺の予想し難い攻撃を仕掛けてくる。もしもここにサイードがいなければ、いったいどれほどの被害を受けていたことだろう。
「リヴ、この炎そなたの水魔法で消せぬか?」
「いや…無理であろう、これは普通の炎ではない。或いはルーファスとの魔法共有でならなんとかなるやもしれぬが――」
地面に燻る炎が静まるまで、俺達はその場から動けない時間が僅かにできてしまう。その間に不死化ヴァシュロンは、自分の右側の地面に簡易的な『冥界の扉』を魔法で出現させると、そこから無数のスケルトン・ウォリアーを召喚した。
「冥界の扉…!!」
「やっぱり増援を召喚されたか…シルヴァン!カースフレアを回り込んで迎え討て!!」
「任せよ!デウテロン、テルツォ、出番だぞ!!」
「待ってたぜ!!」
「殲滅します、お任せを。」
ヴァシュロンの右側に出現した冥界の扉が閉じて消えると、そこに喚び出されて集まっている二十体ほどのスケルトン・ウォリアーの集団に、シルヴァン、デウテロン、テルツォの三人は突っ込んで行った。
これを放置していると次に同じことをされた際、数が多すぎて対処しきれずに、ウェンリー達のところまで被害が及ぶ可能性がある。
「おらおらおらおらーっ!!二度と起き上がれねえように、粉っごなに砕いてやらあ!!ひゃっほうーっ!!」
「…デウテロン、子供。」
「滅せよ!!聖光昇華滅槍輪!!」
光属性を付加したデウテロンの大剣とテルツォの双剣による攻撃は、瞬く間に敵を蹴散らし、シルヴァンがそれを纏めて浄化する。あの様子なら問題なく数分で殲滅出来ることだろう。
「ルーファス、敵前のフレアが消えた好機ぞ!!」
「ああ!サイード、もう一度協力して瘴気を吹き飛ばそう!!」
「ええ!」
俺は再度さっきと同じように、サイードと協力してヴァシュロンの瘴気を吹き飛ばした。シルヴァンが増援の殲滅に対処している間、俺は左手に防護魔法を待機状態にしてクラウ・ソラスでの攻勢に出る。
「リヴ、援護を頼む!!噴き出した猛毒の体液は、氷魔法で凍らせて噴出を防いでくれ!!」
「承知した!!」
「はあああああっ砕けよ百烈斬り!!一閃!!『インスピラティオ』!!」
不死化ヴァシュロンの巨体を支えているのは、元は六枚羽根の翼骨だった部位が変異した脚だ。俺達の予想ではその内の一本でも使えなくなれば、ヴァシュロンの巨体は均衡を失って傾くだろうと考えていた。
ヴァシュロンの腹の中にあった『地の神魂の宝珠』を取り出すためにも、剣での攻撃が届く高さまで、腹部の位置を下げなければならなかった。
そのためにはこの脚を切断しないと――!!
「くっ…固いな!!だが…!!」
俺はクラウ・ソラスに自分の魔力を流して、さらに猛攻に出る。
サイードが俺にくれたクラウ・ソラスは、不死族や霊体、魔族に特効のあるインフィニティアでも唯一無二の聖剣だと言っていた。
この状況になってふと、ヴァシュロンとの戦闘になるその前に、彼女がこの剣をくれたのは偶然ではないんじゃないかと思った。
――だとしてもだからどうだと言うんだろう。今ここにサイードがいなければ、俺達はきっと無事には済まなかったはずだ。
そんなことを頭の隅で考えながら、渾身の力を込めて繰り出した剣技は、事前にシルヴァン達から受けたダメージと不死族特効も相俟って、ようやく脚の切断に成功した。
「よし、脚を切断したぞ!!」
体液が噴き出すことに備えて、俺はすぐに間合いを取った。
ブシュウウッ
「凍りつけ、フリーズ!!」
直ぐさまリヴが氷魔法を放ってそれを止めてくれる。俺達の予想通り、前寄りの上半身が重いせいで、一本の足を失っただけでヴァシュロンは体勢を大きく崩した。
倒れ込んでくるヴァシュロンの躯体から離れて、俺とリヴは腹側に回り込むも八本の腕が近づくのを邪魔する。
「ルーファス!この機に予の魔法共有を!!動きを長く止められまする!!」
「!」
――水の魔法共有!!そうか、それなら…
サイードは後方で光魔法を連発して攻撃してくれている。魔法共有は守護七聖主と守護七聖の協力魔法だが、驚かれたとしても心配はないだろう。
「わかった、行くぞリヴ!!」
「御意!!」
「――親なる守護水聖<ガーディアン・アクエ・ローフィル>リヴグスト・オルディスに告ぐ。主たる我が命に従いて、真の力を解放せよ!!『グラシアール・マレハーダ』!!」
「御心のままに。」
ズズ…ズゴゴゴゴゴゴ…
リヴからのその返事が聞こえると、俺の身体が青く光を放ち、一瞬で彼の姿が消えて水のないこの場所に、俺の魔力を使用して渦を巻く大量の水が現れた。
その中心から空へ昇る竜の如く、『海竜リヴグスト』が姿を現し、大海嘯を起こした後にブレスでヴァシュロンを凍らせた。
「よし、今度は内部まで凍った!!好機だ、攻撃を叩き込め!!」
スケルトン・ウォリアーを殲滅し終えたシルヴァンが戻り、デウテロンとテルツォも一時的に加わって集中攻撃を行う。
身体の大きさがある分体力は相当だが、相手が凍っている間なら反撃を受けることもない。
そしてどんなに固い装甲も、凍らせて強い衝撃を加え続ければ脆くなる。それはこれまでの戦闘からも良くわかっていることだ。
デウテロンとテルツォはこの隙に全ての腕を叩き落とし、シルヴァンとリヴは鱗で守られている部位を集中的に攻める。
俺は体勢を崩し地面に脇腹をついて凍っている状態のヴァシュロンで、腹の急所を守るように覆っていた鱗を叩き割り、腐った腹を裂いてそれを取り返した。
「あった…!!神魂の宝珠が入った『聖櫃』…取り戻したぞ…!!」
摑んだ手にはどろりとした粘膜に包まれた、黄色の光を放つ六角形の聖櫃がある。俺の声になんの反応もないが、俺はそこに、確かにユリアンの魂を感じた。
ユリアン…!!ユリアンの神魂の宝珠を取り戻した…!!
歓喜にじわりと涙が滲む。だが今は感慨に耽っている場合じゃない。聖櫃からヴァシュロンの粘膜を取り除き、俺は急いでそれを無限収納の貴重品にしまった。これでもう、なにがあっても他人に奪われる心配はない。
「後はヴァシュロンを昇華して眠らせてあげるだけだ…!!」
「ルーファス!!」
「シルヴァン、おまえも力を貸してくれ!!」
「任せよ!!」
ヴァシュロンが動けないうちに、致命傷となる光魔法を叩き込む!そのためには――
「親なる守護光聖<ガーディアン・レクシャス・ローフィル>シルヴァンティス・レックランドに告ぐ。主たる我が命に従いて、憐れなる御魂に真なる力を解放せよ!!『ルストゥエルノ・アステリ』!!」
「御心のままに!」
俺の身体が白く光を発すると、横にいたシルヴァンの姿がかき消える。そして直後に出現し、ウォセ・カムイを使用した状態と同じように神狼化したシルヴァンが身体をブルルと震わせると、飛び散った光の欠片が粒子化して無数の矢となり、遠吠えと共にヴァシュロンの巨体に降り注いだ。
ウオオ――ン…
ズドドドドドドドッ
ギュアアオオオオオオウウウウウ!!!
無数の光に全身を穿たれ、凍結の溶けかけたヴァシュロンは再び咆哮を上げる。
その咆哮は死に物狂いの、音と波動に乗せた最初の特殊攻撃と同じものだ。
連続の集中攻撃でかなりのダメージを与えたはずだが、尚も身を起こそうとしているヴァシュロンのその攻撃で、俺達はまた耳を塞ごうと身構えた。
――だが、その咆哮にはもう攻撃威力はなかった。
急速にヴァシュロンの力が衰えて行く。恐らく俺が神魂の宝珠の入った聖櫃を、ヴァシュロンの体内から取り返したせいだ。
エーテル結晶を失い、『魔泉箱』として魔力を補っていた聖櫃を失い、俺達の総攻撃を受けた後の不死化したヴァシュロンには、もうなにも抗う力は残っていなかったのだ。
その証拠に、不死化したヴァシュロンの巨体は端からホロホロと崩れ始めた。
崩壊を始めた身体を、尚もヴァシュロンは起こそうとする。生きていた頃の意識は疾うになく、自分がなんのために、誰と戦っているのかもわからないまま、それでもまだヴァシュロンは動こうとしていた。
「ヴァシュロン!!」
「近付いてはいけません、クリス!!」
戦うことのできなくなったヴァシュロンを見て、ウェンリーとプロートン、クリスが俺達の元までやって来る。
ヴァシュロンに近付こうとしたクリスをサイードが引き止め、俺にヴァシュロンの昇華を促した。
「――クリス、ヴァシュロンにお別れを。」
サイードは優しくクリスの肩を抱きながら告げる。クリスは子供のように泣きじゃくりながら、ヴァシュロンに口を開いた。
「ありがとう、ヴァシュロン。ボク、ルーファス達とフェリューテラに帰るよ。守ってくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。忘れないよ…!!」
クリスの別れの言葉を聞いた後、俺はその威力を最強に高めた、昇華魔法『ルス・レクイエム』を横たわるヴァシュロンに放った。
――不死化したヴァシュロンを浄化し、元はお館様の屋敷があったあの場所に、俺達はヴァシュロンの墓を建てた。
徘徊していた不死族は全てシルヴァンとリヴ、プロートン達三人が殲滅し、後には完全な荒れ地となったオルファラン…ヘレネクトベントの大地だけが残っている。
この世界を元の緑豊かな大地に変えるのは、精霊族の力を借りない限り、想像もつかないほど途方もない長い年月がかかることだろう。
「いつか私は、このヘレネクトベントを元通りの姿に戻したいと思っています。父が捨てても、ここは私が受け継ぐはずだった私の世界です。なにもしないまま諦めたくはありません。恐らく途方もない時間はかかるでしょうが…」
「サイード…それなら精霊界アレンティノスの精霊族を頼るといい。これだけ荒れ果てていると、精霊族の存在なしに自然の再生はほぼ不可能だ。世界樹アミナメアディスの精霊ツァルトハイトなら、きっと手を貸してくれるだろう。」
「そうですか…ええ、そうですね。でしたらルーファス、あなたから話して頂けませんか?アレンティノスと連絡の取れる、通信用魔道具は持っているでしょう。こちらに彼らの手で幻影門を作っていただければ、開いた扉から霊力が少しずつ流れて、いずれは精霊族が住めるようになるはずです。」
サイードの提案を受けて、俺はその場で魔道具を取り出しツァルトハイトに連絡を取った。
あれから随分と長い時間が経っているはずだが、精霊族にとってはあまり時間の流れは関係がなく、アミナメアディスもツァルトハイトも息災で、アレンティノスは大分発展したらしい。
事情を話して協力を頼むと、彼は二つ返事で引き受けてくれ、三十分もしないうちに幻影門を作り上げてくれた。
そうして開いた扉から、僅かずつ霊力が流れ込んでくる。
『植物が生育可能になるまでは時間がかかりますが、ルーファス様の頼みとあらば、こちらは私共にお任せ下さい。』
「ありがとう、ツァルトハイト。よろしく頼むよ。」
その後ツァルトハイトにアレンティノスへの招待を受けたのだが、今はフェリューテラに帰ることが先で、落ち着いたら改めて訪ねると約束をした。
「では今日は私の家へ戻りましょうか。クリスも目覚めたばかりで疲れているでしょうし、今夜はゆっくり休んで、明日今後のことを話し合いましょう。」
こうして俺達は亡きヴァシュロンに思いを馳せながら、ヘレネクトベントを後にしたのだった。
遅くなりました。次回、仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!