表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
167/272

163 ヘレネクトベント ①

変わり果てたオルファランの地に降り立ったルーファス達は、ここで何があったのかをサイードから聞きます。なぜヴァシュロンが正気を失うほどの力を手にする必要があったのか、サイードがルーファス達をここに呼んだ理由についてもルーファスは納得しました。クリスを目覚めさせるためにも、一行はそこへ向かうために話し合いますが…?

       【 第百六十三話 ヘレネクトベント ① 】



 ディフェンド・ウォールの障壁内で俺達が今立っている場所は、三メートルほど先が崖になっている、急な坂の上だ。

 かなり高いところにいるようで、本来なら遠くまで見渡せるはずだが、全ての景色が竜巻と吹き荒ぶ暴風が巻き上げる砂煙で、茶色く染まっている。

 足元には浅黄に変色した僅かな草が、小石に混じってほんの少しだけ疎らに生えていた。よく見ると向いている方向に対して左側には、枯れて黄色くなった棒のような樹木らしきものが、途中から折れたり、斜めに倒れかかったりして列を成し、広範囲に立っている。


 レインフォルスが俺に残してくれた『記憶結晶』のオルファランは、どこまでも続く緑の森や、色とりどりの花咲く平原が目に鮮やかで、空の青と森の緑、川や湖の水色と遠く見える山々が、風景画からそのまま抜け出たような世界だった。


 それなのに…この、荒れ果てて赤茶色の地面と岩しか見えない、砂嵐のような世界が…あの、美しかったオルファランだって言うのか…


「――どうしてこんな…オルファランになにがあったんだ…?」


 絞り出すようにしてようやく口から出た言葉は、そんな当たり前の疑問だった。


「待った、ルーファス…俺今気が付いたけど、俺らが立ってるこの場所って、お館様とサイードのあの城があった丘の上じゃねえ!?」

「え…?」


 俺はレインフォルスの記憶結晶で見ただけだからすぐにはわからなかったけれど、実際にあの坂を登ったウェンリーには、感覚的に覚えがあったのかもしれない。きょろきょろと周囲を見回してそんなことを言ってきた。


「良くわかりましたね、ウェンリー…そうです、ここはあの館が建っていた場所です。」

「サイード。」


 俺達の少し後ろに立っていたサイードは、俺とウェンリーの間を抜けて前に進み出ると、砂に煙る真っ茶色の世界を、磨り硝子のように光る障壁越しに見つめながら続けた。


「山と大地は抉られ削れ…ここから見えた豊かな森と湖は消滅しました。川は干上がり全ての植物が枯れ果て、繰り返される地震のような激しい揺れで、見るも無惨な姿になった現在この地は、インフィニティアで『ヘレネクトベント』と呼ばれています。」


 ヘレネクトベント…?〝ヘレ〟は地獄を表す短縮語だ。その言葉の意味は…


 ――『地獄に繋がる荒れ果てた地』


 サイードはそのまま、ここで一体なにがあったのかを話し出した。


「――ユラナスの塔で兄のギリアムが戦死した、大規模戦争の話を覚えていますか?」

「ああ…『ルフトゥツァリの乱』だったな。」


 サイードにとっては遥か昔でも、俺達にしてみればつい昨日聞いた話だ、忘れるはずもない。


「ある時その隔絶界で、再びあれと同じことが起きるのでは、という噂が流れました。それはクリスがインフィニティアに来ることになった、〝とある事件〟が関わっているのですが、その際、ルフトゥツァリの乱での勝者側であった旗主(はたぬし)は、次こそは自分に逆らった相手を完全に消すため、お館様の協力を求めてきました。」


 ――お館様は当然ながら、もし次に同じような戦いが起きたとしても、自分は変わらずに中立の立場を貫くと告げそれを拒否し、返事を考えることもなくその場で断ったという。


「お館様は時空神です。時と空間を司る神が、双方に言い分のある戦争のどちらかにでも加担すれば、勝敗は一瞬で決まってしまいます。そして時空神であるお館様に敵う神は存在しません。だからこそ常に中立の立場を貫いて来たのですが――」


 ――協力要請をしてきたその旗主(はたぬし)は、またも自分の頼みを断ったお館様に激怒したという。そうして今度は自分に協力しなければ、時空神の領域であるオルファランを滅ぼすと脅迫して来たらしい。

 だがお館様はそれに屈さず、なにがあろうとも協力はしないと突っ撥ねた。


「その結果、ここオルファランは数年に渡るその者の容赦ない攻撃で、これほどまでに破壊されてしまいました。お館様は壊されて行くオルファランをなにもせずただ見ているだけで、最後まで一度も反撃することはありませんでした。」


 時空神は自分の領域が被害を受けているのに、なにもせずに見ていた…?なにか反撃しない理由があったんだろうか。


「オルファランにいた『永久(とこしえ)(たみ)』や、城にいた人達はどうなったんだ…?」

「――永久の民はもちろん、滅びましたよ。」

「え…」

「な、なんでだよ!?無限界域に逃げるとかできただろ…!!」

「いいえ、ウェンリー。彼らはオルファランでしか生きて行くことが出来ません。『命が寿命を迎えるまでの時間』を止める呪印は、時空神の領域だからこそ有効な刻印であり、外に出ればその効力を(たちま)ちに失ってしまいます。彼らは皆そのことを知っていましたから、慌てもせず静かに、オルファランと共に滅びることを受け入れていました。」


 サイードは俺達の方を振り返って目を伏せると、掻い摘まんで話を続ける。


 彼女はオルファランを滅ぼしたその旗主がどうしても許せず、敵う者の存在しない、時を戻す力を持つ時空神でありながら、されるがままにして抗おうともせず、滅ぼされたオルファランを元に戻そうとしないお館様に、その怒りをぶつけたのだそうだ。

 だがお館様は、既に起きてしまった出来事で、その滅びた行く末を自分達が知っている限り、時を戻したところで必ず同じことは起き何度繰り返しても、この結果にしか辿り着かないのだと言い放った。


「人の記憶は時間の記憶。それは人の住む世界の記憶でもある。一度起きた出来事とそれに伴う〝既に決まってしまった結果〟は、それを記憶する者が一欠片でも存在する限り、過去に戻ってそれを変えようとしても決して叶わないのだとお館様は言いました。私はその言葉に納得が出来ず、きっとなにか方法があるはずだと考え、父であるお館様の元から一人離れることを決めました。お館様は私に好きなように生きろと告げ、『永久の民』以外のお館様に仕えていた使用人達は、ここに建っていたあの館ごと、お館様と共にどこかへ消えてしまったというわけです。」


 俺は、サイードから聞いたその話を頭の中で反芻した。ある一文が気になったからだ。


 『人の記憶は時間の記憶。それは人の住む世界の記憶でもある。』


 ――お館様がサイードに告げたと言うそれを聞いて、俺はずっと以前、同じことを誰かに言われたことがあったような気がした。


 いつ、どこでだっただろう?…記憶を失った後も、ずっと頭の隅に残っていた気がする。それはなにがあっても、俺が決して忘れてはならない言葉だったはずだ。


 そう考えて必死に思い出そうとしていると、突然頭がズキリと痛んだ。


「うっ…」


 思わず片手で眉間を押さえ、目を閉じる。すると低く少し掠れた男性の声が、霧のかかった記憶の片鱗の中で聞こえて来たんだ。


「人の記憶は時間の記憶。それは人の住む世界の記憶でもある。」


 唐突にその言葉から始まり、その声はさらに続ける。


 ――人は同じ時が繰り返されると、その度に白紙に戻されるはずだった記憶の片鱗を、僅かながらに留めるようになる。それは大半があまり意味の無いように見えるほんの僅かな時間分の記憶だ。

 人一人の個の記憶は常にそれに関わる全ての物に紡がれ、絡み合う糸のように存在同士の記憶が交わりながら編み目となって広がって行く。

 その交わった繋ぎ目が、時にあるはずのない記憶を『既視感』(※既に経験したことがあるような感覚のこと)として齎し、前回起きたその先の出来事を変えようとして、記憶の片鱗とは異なる、僅かに違う行動を取ったりするのだ。

 それはそこに、知らずして重大な結果に通じる、前と同じ道を辿らないという『個の選択肢』が生まれたように見えて、実はなにをしても最終的に行き着く未来(さき)は、既に決まってしまった同じ結果に辿り着く。…それが世界の記憶というものだ。


 一度決定した世界の記憶は、個の選択によって変化を起こさない。個それぞれが異なる行動を取ったとしても、世界はそれを決まった結果に導くという未知の修復力を持っている。


「よってフェリューテラに生きる全ての命が絶えぬ限り、過去を変えることは不可能だ。それでもそなたは『―――』に抗うのか。」


 ――そこまででプツンと片鱗が途切れる。僅か一、二秒の出来事だ。


 今のはなんだ…?なんの記憶だ…


 幸いにしてサイードもウェンリーも、この時の俺の様子にはなにも気が付かなかったようだ。

 俺は考えるのを後回しに、気を取り直してサイードに尋ねる。


「サイード、オルファランを滅ぼしたのは誰なんだ?」

「…そうですねえ…その名を思いっきり叫んで、罵詈雑言を浴びせてやりたいところなのですが…残念ながらその名を口にするには、〝同等の存在〟であるかその者の()()がいるのです。許可無く下存在である私が口にしようとしても、一切発音出来ません。…なので私は、相手を『(しん)なる者』と呼んでいます。」


 真なる者…?サイードはどういう意味を込めてその呼び名をつけたんだ…?


「まあ、そんなところでオルファランが滅びて荒れ地になったのは、その『真なる者』の所業なのですが…この暴風と砂嵐、何十本もの竜巻は違います。」

「えっ違うのかよ!」

「――まさか…ヴァシュロン、か…?」


 別に確証があったわけじゃない。ただ俺は、ケツアルコアトルであるヴァシュロンの頭に乗せて貰った時に、あの六枚羽根によって出される凄まじい速度と巻き起こる風が、もし無限界域でなくフェリューテラで引き起こされたものならきっと大変だろうな、と頭を過ったのを思い出しただけだった。


「ふふ…さすがはルーファスですね。私はどう話そうかと随分悩んでいたのですが、思い当たりましたか。」

「ま、マジか…あの竜巻、ヴァシュロンが起こしてるってのかよ…っなんで…?」


 俺は口元に手を当てて考えた。


 そう言えばサイードは、クリスのことをお館様に話したとは一言も言っていない。そのことから推測して、プロートン達も既にいなかったことから、恐らくはヴァシュロンと二人だけで秘密裏にクリスを眠らせたのだろう。

 最初の何年間かは多分なにも問題は無かったはずだ。だけどサイードがさっき言った『真なる者』とお館様のトラブルが発生し、その『真なる者』がオルファランを滅ぼすために襲って来たのなら…ただ見ていただけのお館様がクリスを守ってくれたはずはない。


 ヴァシュロンが身に過ぎた力を取り込んだために、正気を失ったと言うのは…


「――そうか…『真なる者』の力に抗いクリスを守るには、その〝身に過ぎた力〟をヴァシュロンが取り込むしか他に方法がなかったのか…。」


 サイードが俺の口から出た言葉を聞いて、なにも言わず悲し気に微笑んだ。つまりは、俺のこの推測は正しいと言うことなのだろう。


「ヴァシュロンは大体どの辺りにいる?」

「ユラナスの塔が()()()辺りですね。ヴァシュロンはあの塔の駆動源である『エーテル結晶』を利用して、絶え間なく竜巻を引き起こしています。」

「神力の源か…」


 過去形で〝あった〟と言うことは、あのユラナスの塔も『真なる者』に破壊されたんだな。


「どこに結晶なんかあったんだ?俺らそんなの見た記憶ねえんだけど。」

「地下深くですよ。今もまだそのまま安置されているはずです。あの塔の構造を詳しく知る者でなければ、そこには辿り着けないようになっていましたから、あなた達が見かけなかったのは当然なのですよ。」


 ――俺達が囚われていたあの地下に、さらに下の階があったということか。つまり地上の塔は破壊されたけど、地下部分は無事なんだな。


「クリスのいるサイードの研究施設はどこに?」

「ユラナスの塔から二十キロほど北に行った崩山の地下です。地上からは見えない場所にあり、侵入者防止用に魔法を無効化する結界障壁を張ってあるので、転移魔法で行くことも出来ません。」

「え…転移魔法で行けないなら、普段はどうやって通っていたんだ?」

「実はクリスの元に行くのにも、それが一番の問題なのです。研究施設への入口は、エーテル結晶が設置されているユラナスの塔深部地下階にあり、普段はそこにある『ツァウバー・リーニュ』を利用して研究所と行き来をしていました。つまり正に今ヴァシュロンが陣取っているその足下にあるのです。」


 サイードのその言葉を聞いて、俺はああ、なるほどな、と思った。なにに納得したのかというと、サイードが俺達をここに呼んだ理由だ。

 ヴァシュロンのあの竜巻を掻い潜ってそこに辿り着くには、俺のディフェンド・ウォールがあればなんとかなると思ったんだろう。


「あそこの地下かよ!?んじゃあヴァシュロンをどうにかしねえと、絶対(ぜってえ)入れねえじゃん。」

「その前に、ユラナスの塔の地下には入れるのか?」

「地上から入る方法はなく、ここからの転移も無理ですが、ヴァシュロンの感知結界『ヴズルイフクライス』内からなら識別魔法を使った後に直接転移ができます。」

「識別魔法は警備機構に弾かれないためか…でも感知結界内ということは、なにをしてもヴァシュロンに気づかれるな。」


 感知結界というのは、一定範囲に許可無く侵入する者を監視する障壁だ。効果範囲は結界内全てに及び、俺の隠形魔法ステルスハイドで入ったとしても、魔力の違いでそこに空間が出来てしまうためすぐに見つかってしまうだろう。


「それだけでなくヴズルイフクライスは、外部からの転移魔法に反応して爆発を引き起こします。もし引っ掛かれば半径二キロ圏内が一瞬で吹き飛ぶでしょう。ただそれは障壁を擦り抜けようとした魔法を感知するので、普通に通り抜けるだけでは反応しません。」

「…魔法を使わずに結界障壁を走って潜ることは可能なのか。だとすると、一時的にでもヴァシュロンの注意を引き付けるのに囮がいるな。」

「ユラナスの塔から引き離すだけなら私が囮になれます。遠く離れたところまで彼を誘導し、そこから転移して近くに来てから合流すれば…」

「いや駄目だろ。ヴァシュロンの飛行速度がどんだけ速いか忘れたのかよ?数十キロ離れた距離からでも一瞬で戻って来るって。誰か囮になるんなら、完全に別行動を取るしかねんじゃね。」

「ですがウェンリーにはもっと無理でしょう?…恐らく一秒と経たずに瞬殺されますよね。」


 いや、サイード…その前に俺にその選択肢はないから。思わず俺は苦笑して、心の中でそう呟いた。


「くっ瞬殺…ちくしょう、否定できねえのが悔しいぜ。」

「まあまあ。」


 話している間に周辺の広域探査と、空間認識魔法『ラウム・パーセプション』を使って調べてみたけれど、どうやらここにはヴァシュロンだけでなく、無限界生物かそれ以外のなにかかわからない、数多くの敵対存在も徘徊しているみたいだった。


「うーん…。」


 ――圧倒的に戦力が足りないか。シルヴァンとリヴがいれば囮役を任せられたけど、二人はフェリューテラだしな…


 俺がどうしたものかと悩んでいると、唐突に頭の中で気合いの入った男らしい太い声が響いてきた。


『話は聞かせて貰った。その役目、是非俺達にやらせてくれよ、ルーファス様。きっと役に立てるぜ。』


 この声は…


 俺には声の主が誰なのか、すぐにわかった。


「――転移魔法でここからどの辺りまで俺達を運べる?」

「そうですね…ヴァシュロンに視認されないギリギリの範囲として、ヴズルイフクライスから二キロメートル地点と言うところでしょうか。それと今のヴァシュロンに隠形魔法は通じません。一定の時間毎に魔力を放って、ユラナスの塔に近付く者を常に警戒しているからです。」

「徹底してんなおい…正気を失ってんのにそこまでできるもんかね?」


 俺はヴァシュロンがクリスを娘のように大切にし、可愛がっていたあの優しい笑顔を思い出した。


「…多分ヴァシュロンの中には、クリスを守ることしか残っていないんだろうな。ユラナスの塔に誰も近付けさえしなければ、守り抜けるということだけはわかっているんだ。」

「ええ…私もそう思います。正気のヴァシュロンに会ったのは、もう遥か以前のことです。この竜巻を彼が引き起こしてからはその姿を見ていません。…今のヴァシュロンがどんな状態にあるかは想像に難くないので、そのことは覚悟しておいて下さい。」

「……わかった。」


 ――サイードのその一言で、防護障壁内の空気が酷く重くなったように感じた。


 ヴァシュロンが如何に長命種と言えども、飲まず食わずで魔法や神力を使い続けて無事でいられるはずはない。

 エーテル結晶が、あの巨体を維持するだけの栄養素を補給してくれているのなら良いが、そうでなければサイードの言う通り、生きているとは言えない状態にあるかもしれなかった。


「とにかくサイードの転移魔法で出来るだけ近くまで行ってみよう。ユラナスの塔や感知結界、ヴァシュロンの様子も…俺がこの目で見てみないことにはどうしようもない。」

「わかりました、ではこのまま移動しましょう。防護魔法をお願いしますね。」

「ああ。」


 そうして俺達は出来るだけユラナスの塔に近付き、吹き荒ぶ暴風と竜巻の真っ只中へ向かったのだった。ところが――


「――駄目だな、砂嵐が酷くてなにも見えない。辛うじてヴズルイフクライスの魔法障壁が青く光っているのは見えるが、ヴァシュロンが何処にいるのかはわからないな。」

「ユラナスの塔の場所はわかるのですか?」

「うん、それは問題ないんだ。」


 俺の頭には地図がある。広域探査はしてあるから、ユラナスの塔の場所はちゃんと表示されていた。だけど数多くの敵対存在が周囲に徘徊しているせいで、大小大きさの異なる赤い点滅信号が光っていても、どれがヴァシュロンなのか区別がつかないのだ。


「なあルーファス、おまえのことだからここがこんな状態なのは最初(はな)っからわかってただろ?それなのに来たってことは、なにか策を考えてたんじゃねえのかよ。」

「ああ、まあ…策というか、ヴァシュロンを引き付ける囮の件だな。その役目を自分達にやらせてくれって、申し出てくれた人がいるんだよ。」


 俺がそう言った瞬間、ウェンリーとサイードが目を丸くした。


「…は?」

「…なにを言っているのですか?ルーファス。いったい誰がそんなことを?ここには私達三人しかおりませんよ。」

「――そう来るよな…まあ説明するより見て貰った方が早いか。今から俺が召喚魔法を使うから、先ずは俺の新しい仲間達に会ってくれ。」

「新しい仲間達…??」


 ウェンリーは俺がなにを言っているのか、ここに来てすぐにわかったらしく、ポン、と手を打って〝ああ!〟という顔をした。

 サイードはそのウェンリーを見て、さらに戸惑っている。


 俺は二人に構わず、新しく構築した魔法の呪文を唱えると、自分の中から三人の男女を召喚魔法で喚び出した。


「出でよ異霊体(セルフィター)、『アナム・インカーネイト』。」


 俺の右手に輝いた虹色の魔法陣から三つの光が飛び出すと、落下した地面に俺の魔力で大きさの異なる人型を作り上げて行く。

 それは一秒とかからずに実体化し、あっという間に三人の男女がそこに現れた。


「な…」


 サイードが驚いて声を出す。


「やあ、三人ともお待たせだ。それぞれ自分が思い描いた通りの姿になれたみたいだな。」


 ――俺が今口にした『異霊体(セルフィター)』というのは俺が勝手に名付けた、人の霊魂でも、アテナのような神霊でもない、物質に宿った魂のことを言う。

 それらは人工生命体などとは異なり、人にとても大切にされたり、強い思いを込めて作られた物などから稀に生まれる、少し異質な生命だ。


 本来は実体のない、異質な命を持つ霊体だから、『異霊体(セルフィター)』。


 その俺が召喚した異霊体の一人は女性で、名前を『プロートン』という。イノセンスブルー(青みがかった薄緑)の少し長めのふわっとしたボブに、陶器のような白い肌、そして夜の月のような明るいグレーの瞳をしている、美人だ。

 次の異霊体は屈強な身体付きの男性で、名前は『デウテロン』だ。身長は多分、シルヴァンぐらいかな?根元から徐々に変化する赤系のグラデーションカラーに、不揃いなザンバラ切りの長髪だ。褐色の肌にマスターゴールドの瞳を持っている、なかなかの美丈夫だな。

 最後の三人目…その異霊体も女性だ。名前は『テルツォ』。神秘的な青みがかった濃灰色のセミロングに、耳元に垂れる揉み上げの毛色だけがなぜか薄青い。身長はアテナよりも低く、小柄で見た目はまだ少女のような印象を受ける。瞳の色は薄い金色で、頬に赤味のある可愛らしい顔立ちだ。


 そう、名前を聞けばわかるかもしれないが、彼らは元はサイードが作った、戦闘用人形だったあの三人だ。


「プロートン、デウテロン、テルツォ、サイードとウェンリーに挨拶を頼む。」


 俺の言葉に、彼らは思い思いの行動でそれぞれ挨拶をする。


「――初めまして、プロートンと申します。以後お見知りおきください。」


 行儀良く衣服の裾を抓んでお辞儀をしたのはプロートンだ。


「俺はデウテロン。ルーファス様の忠実な従者だ、よろしゅう頼むぜ。」


 少し偉そうな態度でニッと歯を見せてデウテロンは言う。


「……テルツォ。……よろしく。」


 テルツォは無表情にすん、と鼻を鳴らしながら、なぜか片言の挨拶をした。


 ――ある意味当然だったかもしれないが、自己紹介をした三人を見てサイードは酷く狼狽した。真っ青に顔色を変え、彼らに幽霊でも見るような目を向けている。


「ルーファス…どういうことなのです?どうして…彼らの名前が私の作った戦闘用人形と同じなのは、偶然ですか…!?」

「さあ…どうだろう?それはサイードの想像にお任せするよ。」

「そんな…!」


 少し冷たいかな、と胸を痛めつつもサイードには悪いが、この場は曖昧な言い方をさせて貰うことにした。はっきりそうと言わないのは、プロートン達のためだ。彼らはもうサイードに隷属していた戦闘用人形じゃない。

 それなのに俺がこの場で認めてしまったら、せっかく生まれ変わったのにまた心が引き戻されてしまうことだろう。


 彼らは俺がユラナスの塔での戦闘に勝った後、死になさいと言われて従う、それで本当に良いのかと尋ねると、三人ともそれぞれ〝本当は死にたくない〟と言い、サイードの命令だから従わなければならないのだと悲しんでいた。

 俺はサイードの方にも思うところがあり、決してただの道具として彼らを見ていたわけではないことにも気づいていたが、彼らを傷つけたことに変わりはなく助けたことは黙っていた。


 本当は性格も話し方も感情も仕草もそれぞれ全く異なるのに、三人同じ顔の男性姿をしていたのも、本人達に合わせて望む通りの姿になれるよう、容姿や体格を構成する魔力を細かく調整して召喚出来るようにした。

 プロートン達は今も以前の記憶を持っているが、これからは人形としてじゃなくフェリューテラで人と同じように生きて行けるはずだ。


 だがもしプロートン達の方から、サイードに()()()()()と打ち明けたければ俺は一向に構わない。その辺りのことは本人達に任せるのが多分一番だろう。


「――三人とも良く聞いてくれ。今俺の探索フィールドを展開したから、頭の中に周囲の地形と簡単な地図が見えていると思う。俺とウェンリー、サイードの目的はあそこに青く光る、ヴァシュロンの感知結界『ヴズルイフクライス』内に徒歩で侵入し、警備機構に弾かれないようサイードの識別魔法と転移魔法を使って、ユラナスの塔の地下に行くことだ。だが感知結界に入るとその途端に、正気を失った状態のヴァシュロンが、俺達のことをクリスを狙う敵と見做して、恐らく殺そうと襲いかかってくることだろう。そこでプロートン、デウテロン、テルツォの三人には、ヴァシュロンの気を引いて上手く攻撃を避けながら、囮となってユラナスの塔から彼を引き離して欲しいんだ。」

「それは良いんだけどよ、ルーファス様。オーサ殿以外の敵が彷徨いてるみたいだって仰っただろ?先にそれの偵察して来て構わねえかなあ?すぐそこだけにすっから。」

「ああ、それは助かるよ。防護魔法石を持って行くといい。デウテロン一人で大丈夫か?」

「心配は要らねえ、戦闘は避けて様子を見てくるだけだ。プロートン、テルツォ、ルーファス様の話を聞いといてくれや。後で聞くからよ。」

「気をつけてね。」

「ん、行ってらっしゃい…待ってる。」


 そう言うとデウテロンは二人に手を振って障壁から出ると、その場で俺が渡した防護魔法石を使い、静かに砂嵐の中へ消えて行った。


「ルーファス、敵が彷徨いているというのは本当ですか?」


 大分落ち着いたのか、気を取り直した様子のサイードが尋ねて来る。


「ああ…うん、サイードの索敵には引っかからないか?かなりの数がこの環境の中を平然と歩いているんだ。動物なんかでは考えられない行動だから、気になっているんだけど…なにか心当たりが?」

「心当たりというか…オルファランの動物は全て死に絶えています。同様に無限界生物も生きて行けませんから、私達の他にここにはヴァシュロンと眠っているクリスしかいないはずなのです。」

「…つまり徘徊しているのは生物じゃない?」

「だとしたらなんなんだよ。」

「わからないけど…デウテロンに頼んで正解だったな。それは彼が戻ってくるのを待って聞くことにしよう。」


 俺がそう言うも、サイードは険しい顔をしてなにか考え込んでいた。


 それから俺達はユラナスの塔に行くために、綿密な作戦を立てて細かくどう動くかを話し合った。

 基本的にヴァシュロンの状態がわからないため、彼とは戦わない方針だ。プロートン達三人はサイードの転移魔法で一旦、俺達の進入路とは反対側に移動する。

 その後そちらからヴァシュロンを引き付けつつ逃げに徹し、ユラナスの塔とは反対方向に彼を誘導。ヴァシュロンがプロートン達に気を取られている隙に、俺達は結界内に素早く侵入し、すぐさまエーテル結晶のある地下へ転移するのだ。

 その後上手く地下に入れたら、今度はこの竜巻を引き起こしているヴァシュロンの神力を削ぐために、エーテル結晶を破壊してヴァシュロンから切り離す。

 そうなればさすがに彼は俺達が侵入したことに気づくだろうから、それを合図にプロートン達は召喚を解いて俺の中に戻る、という感じだ。


「エーテル結晶はただ砕くだけでは駄目です。別の場所に移動させるか、エーテルを遮断可能な器に入れるかしないと、欠片でもかなりのエネルギーを持っていますよ。」

「ああ、それなら大丈夫だ。俺の無限収納に入れてしまえばいい。完全に隔離された状態になるから、そこから出さない限りエーテルが漏れることもない。」


 それにそのエーテル結晶があれば、神力についての研究に大いに役立つことだろう。俺はこの機にちゃっかり頂いてしまおうと企んでいた。

 研究が進めば、俺の魔力強化や魔法威力の底上げ、暗黒神やアクリュース、カオスに対抗する手段もなにか見つけられる期待大だ。


「エーテル結晶さえなくなれば、ヴァシュロンも正気に戻ってくれるかもしんねえな。そうすりゃクリスとの再会も――」

「ウェンリー、ヴァシュロンが正気を失った原因は、エーテル結晶ではありませんよ。ヴァシュロンに会ってから話すつもりだったのですが、私が言った〝身に過ぎた力〟というのは、別のものです。」

「え…」

「違うのかよ!?」

「はい。どういう原理なのかはわかりませんが、無限に魔力が湧き出し続ける六角形の小箱が原因なのです。それをヴァシュロンの体内から取り出さない限り、彼が正気に戻ることはないでしょう。」


 予想外のことだった。俺はてっきりウェンリーと同じく、エーテル結晶のせいでヴァシュロンが正気を失ったとばかり思っていたからだ。


「無限に魔力が湧き出すなんて…そんなものがあるのか?魔力は許容量を超えて身に溜め込むことは出来ないはずだ。それなのにそんなものを取り込んだら、魔力過多症になって常に魔法を使い続けないと死んでしまう。魔力過多症になれば壮絶な痛みと苦しみに苛まれ続けて、正気を失うのも当然じゃないか…っ」


 いや、逆だ…常に魔法を使い続けるために、それを取り込んだんだ。


「ヴァシュロン…」

「ルーファス様!」


 ――そこへ偵察に出ていたデウテロンが慌てた様子で戻って来た。


「デウテロン、どうした?」

「た、大変だ…徘徊している敵は、ユラナスの警備機構『トゥルム・ガードナー』だったんだが、それ以外に不死族(アンデッド)がオルファランを歩き回ってんだ…!!」

「なんですって…!?」


 デウテロンの報告に真っ先に顔色を変えたのはサイードだ。


「どうして不死族(アンデッド)がここに…どこから現れたんだ!?不死族に占領されたらそれこそオルファランは、もう二度と復興も叶わない死の世界になってしまうぞ…!!」


 冥界に棲む不死族(アンデッド)は、生ある存在(もの)全てを滅ぼそうとする。撒き散らす瘴気で植物を枯らし、人や動物は殺してそこから新たな不死族を生み出して行く。

 日光を嫌う彼らは、土壌を腐肉で穢して腐らせ、毒素を含んだ底なしの沼に変える。そこから立ち昇る毒の霧はやがて空を覆う暗雲となり、日の光が二度と地上を照らすことはなくなるのだ。


「不死族の数はどの位ですか?」

「それほどでもねえ。エレメンタルストーンのゴーレムに交じって、偶々一体のスケルトン・ウォリアーを見つけただけだ。」

「だったら出現場所を探し出して閉じてしまえば、まだ大量流入は防げるな。時間がない、優先行動を決めて急ごう。」


 ――俺達が最も優先すべきなのは、エーテル結晶を破壊することだ。そうすれば少なくともヴァシュロンの起こす竜巻だけは止まり、防護魔法を使わなくても普通に移動が可能になるだろう。

 次に重要なのは不死族の出現場所を見つけ出すこと。もし『冥界の扉』がどこかにあり、そこから不死族が流れ込んで来ているとするなら、その扉を少しでも早く閉じなければならないからだ。

 新たに出現する不死族がいなければ、今いる分を討伐するだけで片がつく。その後でヴァシュロンの方に取りかかっても十分だろう。


「最初の作戦通りプロートン達三人は、ヴァシュロンをユラナスの塔から引き離す囮を頼む。できるだけ雑魚には構わず、気を引きながら逃げることを最優先にしてくれ。いいな?」


 三人は俺に頷く。


「「「了解。」」」

「ルーファス、地下に降りたら私は研究所に行ってクリスを起こします。もしかしたら目覚めたクリスの声を聞けば、ヴァシュロンが一時的にでも正気を取り戻すかもしれませんから。」

「ああ、わかった。各自十分に気をつけて行動すること。――よし、行こう!!」





何度か書き直したために遅くなりました。次回、仕上がり次第アップします!いつも読んでいただき、本当にありがとうございます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ