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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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161 闇を憎む者 後編

王都の宿で事件の話をしていたシルヴァンとマリーウェザーは、多くの人を殺した犯人について考えます。そんな中、昼にイーヴ・ウェルゼンを見て、そう遠くないうちに死ぬ、とマリーウェザーが口にしたことをシルヴァンは尋ねました。どうやらマリーウェザーには忍び寄る死の影が見えるようなのですが…?

        【 第百六十一話 闇を憎む者 後編 】



 王都にあるハンター御用達の宿『アトモスフィア』は、部屋数が五十もある三階建ての宿泊施設だ。

 一階にフロントと数件のレストランや酒場などの店舗が入っており、宿からは元より、外から直接店に入れるよう店舗ごとにも通りに面して入口が設けられている。

 以前ルーファス達がルフィルディルの獣人族(ハーフビースト)と会うために連絡を待っていて、猫騒動に遭ったのもそのうちの一店舗だ。

 この宿がハンターのみを客に選ぶのは、かつてのオーナーが魔物に襲われた時、守護者に命を救われたことが切っ掛けだったらしい。


 王都にはここ以外にも宿賃の安い宿泊施設は数多く存在するが、この宿は長期滞在の客を受け付けないため、予約無しで訪れてもいつもどこかしらの部屋に空きがある。

 そのため今回のシルヴァン達のように、いつ予定が変わってどこに移動するかわからないハンター達には、非常に利用しやすい宿なのだ。


 その宿の一室に、既に寛ぎモード入っている、シルヴァンとマリーウェザーがいた。新婚夫婦と一緒は絶対に嫌だと言い張ったリヴグストは、一人で別の部屋を取っている。


「――結局ここでも犯人の手がかりはなにも掴めなかったわね。」


 鏡台の椅子に腰かけ、ピンク色の長い髪を編みながらマリーウェザーが言う。就寝前にこうして髪を編んでおくと、翌日はそれを解くだけで緩やかな波形のかかった髪に癖付くからだ。

 現在エヴァンニュ王国の国民は、その殆どが茶系の髪色をしているが、昔はそれを基として、マリーウェザーのような髪色を持つ者も多く存在していた。

 過去そんな髪色は、種族や生まれ持つ魔力属性、遺伝や育った環境、使う魔法の種類など様々な要因で決まっていると考えられていた。

 それが今この国で茶系に偏っているのは、ある時期を境に魔法が使えなくなったことで、個々の持つ魔力などの特徴が表面化し難くなったことが原因だ。

 そのことを現代の住人は知る由もなく、そんなわけでマリーウェザーの桃色髪や、ルーファスの銀髪にライの黒髪なども珍しく見られている。


 なぜここでそんな髪色のことに触れるのかというと――


「王都の被害者も全員が闇の主属性を持っていたことは確かめられたけれど、魔物の仕業でないことはもう一目瞭然よ。犯人が魔物でないのなら、守護者が担う仕事の範疇からは外れてしまうでしょう?…この後はどうするつもりなの?」

「うむ…」


 ――シルヴァンの中で、エヴァンニュ王国では非常に珍しい、ヒュールで見かけた輝くような金髪の持ち主、『リカルド・トライツィ』のことが酷く引っ掛かっているからだ。

 実はシルヴァンはあの時以来、マリーウェザーにもリヴグストにも言わずに、事件調査で訪れた各街でその姿を探していた。

 ヒュールの住人にも、あの日シルヴァンが見たリカルドを、誰かどこかで見かけなかったかと聞き込みをしたのだが、あれほど目立つ姿をしているにも関わらず、なぜだか誰にも見かけた記憶がなかった。


 そのことからシルヴァンは自分が見間違えた可能性も含め、ずっとリカルドのことが気になっていた。

 あの時もしルーファスがそこにいたのなら、リカルドは果たして声をかけて来たのだろうか、と。逆にルーファスが側にいないのに、そのことを尋ねて来なかったのも気になる。そんな疑問を抱いていた。


 寝台に横たわり、両手を組んで頭の下に入れているシルヴァンは、マリーウェザーの問いを受け、天井を見ながら今後どうするべきかを考える。

 ルーファスがいれば放っておけないと言って片が付くまで続けただろうが、その犯人捜しもシルヴァン達だけではこの辺りまでが限界だった。


「ここで我らが手を引けば、すぐに犯人は捕まらぬであろうな。」

「そうね…でも被害を防ぐ方法だけは手を打てたわ。王国軍の協力は必要だけれど、黒鳥族(カーグ)の長が用意してくれる属性検知機と、魔力吸引用の『ドレインオーブ<魔吸珠>』があれば、少なくとも魔力暴走はそう簡単に起こせなくなるはず。欠点は魔力の減少で対象者が体調を崩すことだけれど…それでもこの犯人が特定の属性を持つ人間をどうしても殺したいのであれば、今度は直接行動を起こすしかなくなるもの。そうなれば後は憲兵隊でも対処は可能よ。捕まるのも時間の問題だわ。」

「…それが普通の人間の相手になる輩であれば、な。」


 マリーウェザーはシルヴァンの隣に横たわると、その身体に右手を回して寄り添った。


「確かにその懸念はあるわね…犯人は何者かしら?カオスの遣り口にしてはみみっちいし…例のケルベロスとか言うカルト教団?もし人外の存在であれば、人間に怒りを持つ精霊ということもあり得るけれど…私にはどれもピンと来ないわ。」

「………」

「それに、どうやって個人の主属性を見分けているのかしら…特殊能力持ちと言うこと?」

「………」

「…シルヴァン?」

「――犯人は『闇を憎む者』かもしれぬ。」


 なにか心当たりがあるらしいシルヴァンは、眉間に皺を寄せて言う。マリーウェザーは一度目を見開いてから、同じように眉根を寄せた。


「まさか…()()()()のこと?――元凶はいなくなったと聞いたのだけれど。」

()()根拠はない。ただそれも視野に入れた方が良いと思うだけだ。」

「……そう。」

「ところでそなた、話は変わるが…あの依頼主になにを見たのだ?」


 寄り添うマリーウェザーの肩に腕を回して抱き寄せながら、シルヴァンは尋ねる。


「――昼間言ったことね。イーヴ・ウェルゼン…あの人、年の近い相手なのに、ルーファスの知り合いにしてはやけに気を張っているように見えたから、それを解そうとしてあんなことを言ったのだけれど…直後彼の背後に『死の影』が薄ら見えたの。まだはっきりしていなかったから、すぐにどうと言うことではないと思うわ。感知能力は閉じていたのに、殺人現場を幾つも見て回ったせいで、きっと死に対して過敏になっていたのね。」

「死の訪れを黒き影で予見する『ヘカテイアの影視(かげみ)』…そなたにその力が目覚めたのは、義父上と義母上が亡くなられた後であったな。」

「そうね…もしもっと早くにこの力があったなら、両親を助けられたかもしれないと思ったこともあったわ。でも私のこの力は、死の影が()()()()()だけ。いつどこでどんな風に亡くなるのかまではわからない。多分彼にも死が近付いていると警告したところで、気味悪がられるだけだわ。…それに――」


 ――死は等しく誰にでも、いつか必ず訪れるものだ。もし自分がその力を解放していたのなら、王都の人混みに立っているだけで無数の影を視ることになるだろう。

 どれほど必死に努力したところで、その全てを救うことなど出来るはずもないのだ。…マリーウェザーはそう告げる。


「私が過去にこの力で救うことが出来たのは、城の牢に捕らわれていた獣人族とその家族だけ…それ以降はなにをしても、誰一人として助けることは出来なかったのよ。」

「マリーウェザー…」


 悲し気に目を閉じるマリーウェザーを抱きしめると、シルヴァンはその額に優しくキスをして傍にある照明の明かりを消し、二人は静かに眠りにつくのだった。


 一方、その頃リヴグストは、シルヴァンに内緒で宿を抜け出し、昼間リーマに出会った下町の教会付近を彷徨いていた。


 イーヴにリーマには恋人がいると教えられたものの、どうしてももう一度会いたいという気持ちが抑えられず、シルヴァン達から離れられるタイミングを待っていたのだ。

 そうして慣れない王都の街中をあちこち迷いながらも、ようやく下町に辿り着けたリヴグストは、名前しか知らないリーマがもう一度教会を訪ねて来ないかと、未練たらしく近くを行ったり来たりしていた。


「リーマ殿…」


 ――このような気持ちは彼女(ポエット)と別れて以来、初めてだ。柔らかそうな赤毛に吸い込まれそうに透き通った水色の瞳…艶やかな桃色の唇に、可憐さを併せ持つ美しい顔立ち…戸惑いながら予を見たその瞳が忘れられぬ。

 恋人がいるからなんだ。思いを寄せるのは予の自由であろう。真剣に誠意を持ってこの思いを告げれば、万に一つの可能性も無いとはまだ言い切れぬ。


 もしも彼女が予を見て心から微笑んでくれたなら――


 リヴグストは、自分に向けられたリーマの輝くような笑顔を想像して、その妄想に悶えた。そこには海竜としての威厳も、守護七聖としての誇りもなく、恋と言う名の病にかかった、ただの怪しい男の姿しかなかった。


 エヴァンニュ王国の下町には、そこに住む人間にのみ課せられる法律がある。事件や犯罪などを未然に防ぐために、見慣れない外部からの人間や、不審な人物を見かけたらそれとなく憲兵などに知らせるという義務だ。

 当然だが、道を行ったり来たりして既に一時間以上も彷徨いているリヴグストは、そこを通りかかった下町の住人に怪しまれ、偶々近くにいた軍人にそのことを報告されていた。

 そんなこととは露知らず、窓から教会の中を覗いたり、公園で一人思い出し笑いをしたりしていた彼は、道をウロウロしていたところを突然後ろから腕を掴まれ、ある人物に職務質問を受ける。


「――失礼、ここでなにをされているのですか。」

「む…?」


 振り返ると昼間会ったイーヴ・ウェルゼンと同じ軍服を着た、年若い男が立っていた。


「教会を覗く不審者がいると住人から通報を受けました。都外からいらしたのですか?旅行者にも見えませんが、身分証を提示して下さい。」

「な…」


 ≪不審者?予を不審者と言ったのか!?≫


 驚いたリヴグストは、自分の行動を思い起こしもせずに憤慨した。


「誰が不審者ぞ!!予の名はリヴグスト・オルディス。Sランク級守護者でパーティー『太陽の希望(ソル・エルピス)』の一員だ!!」

太陽の希望(ソル・エルピス)?Sランク級守護者でしたか…ではもしや昼にウェルゼン副指揮官が事件現場にご案内したという…?」

「そうだ、ここの教会も調べに来た。そなた、依頼主と知り合いか?同じ衣服を身に着けておるようだが…」


 その若い軍人はリヴグストの手を掴んだまま名乗った。


「自分は王宮近衛第二補佐官のヨシュア・ルーベンスと申します。すぐそこで通報を受け、不審者の見回りに参りました。お名前は伺いましたが、守護者の方であればハンターライセンスのご提示をお願い致します。形式上確認しないわけには行きませんので。」

「ふん、よかろう。まさか予が不審者扱いされるなど…シルに知られれば良い笑い種になるわ…!」


 ぶつくさ文句を言いながら、リヴグストは無限収納の貴重品からIDカードを取り出した。それを確認したヨシュアはここでようやくリヴグストの手を放し、目礼をしてそれを返した。


「――確かに。失礼致しました、リヴグスト・オルディス殿。それで、こちらでなにを?現場の再調査でしたら、ウェルゼン副指揮官の許可をお取り下さい。こんな時間に付近を歩かれては、住人が怪しみます。それともなにか理由があるのですか?」


 守護者であることは確認したものの、ヨシュアはまだリヴグストに疑いの眼を向けている。IDカードの偽造は決して出来ないと知っているが、その行動が怪しいことに変わりはなかったからだ。

 まさか一目惚れした女性を探しているとは、すぐに言い出せなかったリヴグストは、ギクリとして挙動がおかしくなり益々怪しまれる。

 だが別に悪いことをしているわけではないし、と考え直し、羞恥心を捨てて正直にリーマ・テレノアと言う名の女性を探している、とだけヨシュアに打ち明けたのだった。


 驚いたヨシュアだったが、その心中を顔には出さずに聞き返した。


「なぜその女性を探しているのですか?」

「昼に教会で祈りを捧げている姿を見かけたのだ。そこで声をかけ、名はその場で教えていただいたのだが、仕事中で碌に話も出来ず、それでもう一度会いたいと思っただけなのだ。」


 ヨシュアはそう話を聞いて、どう答えようかと一瞬だけ悩んだ。ライの恋人であるリーマのことはもちろん良く知っている。だが身元の確認は出来たとは言え、目の前にいる見ず知らずの男に、彼女のことを教えて良いものか考えたからだ。


「人を探されるのでしたら、昼間の方が良いですよ。特に下町の女性は夜になると殆ど出歩きません。Sランク級守護者であれば、ここの住人も無下にはしないでしょうから、明日以降にされてはいかがですか?」


 結局、ヨシュアはリーマのことを、リヴグストにはなにも教えなかった。


 ――どういう理由でリーマさんを探しているのかわからないが、ライ様のためにも余計なことは言わない方が良いだろう。そう判断したのだ。


 リヴグストは少しガッカリした様子で肩を落とすと、また不審者扱いされては敵わないと言って、諦めてそこから立ち去って行った。


「Sランク級守護者か…あれほどの青い髪色は初めて見たな。背も高いし顔も…リーマさんになんの用があるんだろう?」


 そんな独り言を呟くと、ヨシュアは婚約者の自宅へと歩き出すのだった。



 守護七聖<セプテム・ガーディアン>というのが、どんな形でルーファスに選ばれたのかを覚えているだろうか。

 ルーファスが彼らに望んだのは、それぞれの強さだけではなく、そこに運の良さも含まれていた。

 願いの森を無事に抜けられるだけの運。死地にあっても生を諦めず、思いを貫けるだけの心の強さと強運。その要素は絶対に外せない、条件の一つでもあった。


 その例に漏れず、リヴグストも実はかなりの強運の持ち主だ。


 イーヴに恋人がいると聞かされ、ヨシュアに人捜しをするなら昼間の方が良いと言われたのに、肩を落としながらもその帰り道に、持って生まれた運の良さを遺憾なく発揮することになる。


「む…このような場所に酒場があるのか。『アフローネ』…ふむ、水に浮かぶ薄紅色の花名か…なにやら予と縁を感じるな、少し寄って行くとしよう。」


 ――その通りには他にも酒場や飲み屋があった。だがリヴグストはそこで立ち止まり、水に浮かぶ花の名を付けた店が、水属性の自分に縁があると勝手に思ってその店を選んだのだ。

 そうして気まぐれに足を踏み入れたその場所で、リヴグストはすぐに舞台上を音楽に合わせて軽やかに踊る、リーマの姿を見つけることになったのだった。




               ♦ ♦ ♦


「――で、これが属性検知機とかいう魔道具か?」

「…の試作品です。本機の製造が終わったそうなので、無理を言ってお借りして参りました。」


 リーマに会ってから一週間ほどが過ぎ、俺は訓練の甲斐があって自力で大分動けるようになって来た。

 相変わらず目はよく見えないままだが、昼の光の中でなら、ぼんやりと色のようなものが認識出来るようにはなってきた。

 特に黒や濃い茶色などはっきりとした色は見分けが付く。言うなれば白く濁った水の中から周囲を見ているような感覚だ。


 そして今、椅子に座った俺の手の中に、イーヴに手渡されたなにやらゴツゴツとした物体がある。そんなに大きくはないが、冷たい金属の様な感触があり、表面は石のように少しざらっとしていた。


「つまりおまえは俺の、その生まれつき誰もが持っているという主属性を調べようとしているのか。」

「はい。」


 ――近衛に憲兵から要請が来て、イーヴが守護者にその調査を依頼したという殺人事件は、未だ犯人の正体が掴めず捕まっていないと言う。

 だがそれでも犯人が引き起こしたとみられる殺害方法は判明したため、それを防ぐ為に、提案された手段を軍の協力で民間に普及させることが決まったらしい。

 今の俺はこの通り仕事に出るどころではないが、イーヴ達が今はなにをしているのか尋ねたところ、そんな仕事の話も聞かされるようになったのだ。


「守護者に依頼した結果、犯人は『闇』属性を主に持つ、戦闘職にない成人男女を標的にしていることが判明しました。この検知機が作成された目的は、魔法を使えない我が国の国民が、主属性を知らずになんの手も打てないまま殺害されるのを防ぐ為ですが、それ以外にも主属性を知ることで様々な利点があるのです。」


 ――例えば自分に向いている仕事を選ぶのに、主属性がわかればそれを参考にして得意な分野を予め選ぶことが出来るようになる。反対に苦手な属性について知ることで、無理をしてその職を選ばなくて済むようになり、離職率を減らすことが可能になるのだ。

 他にも病気になった時に、主属性にあった治療方法を選ぶことで回復が早くなるなど、イーヴは元の目的を忘れたかのようにそれについて早口で説明して行った。


「それはわかったが、なぜ今その検知機をここに持って来る?主属性を知るのは復帰してからでもいいだろう、肝心な当の俺に見えないじゃないか。」

「…念のためです。」

「俺が殺害対象となる闇属性かどうかを知りたいというのが本音か。だが俺は軍人だ、戦闘職に入るだろう。」

「因みに私は水属性でした。」

「――おまえ今、俺の意見を無視したな。」


 イーヴの声に必要以上の心配は含まれていないようだった。意外にもただ単に面白い玩具を手に入れたことで、興味が勝っているような感じだ。

 俺はそんな今のイーヴが嫌いではない。あのなにを考えているのかさっぱりわからなかった無表情なイーヴは、顔が見えないだけで随分と付き合いやすい人間に思える。

 心なしか俺の態度が柔和だと、イーヴの声もまるで印象が違って聞こえるのだ。


「わかった、調べればいいんだろう。ついでに隣の部屋にいるジャンとティトレイも呼んでくれ、どうせなら一緒に調べてしまえば安心だ。それで、トゥレンとヨシュアはどうだったのだ?」

「ヨシュアは風属性で、トゥレンは地属性でした。他にヨシュアは光属性の素質があり、トゥレンは闇属性の素質を持っているようです。あの二人は意外なことに、まるで正反対の対属性を所持していたのですね。」

「ほう…そう言えば属性には対属性と相性属性があるんだったな。」


 俺はバスティーユ監獄で、ウェンリーに色々と教わったことから魔法石を使うようになったのだが、その際覚えた属性についてはこうだ。


 対属性 火と水 地と風 光と闇 ※互いに苦手とする属性

 相性属性 火<水<地<風<火 左記四属性<光、闇 ※弱<強>弱

   火>風>地>水>火 光と闇は互いに弱点であり強点でもある

    ※相性属性とは魔物などの所持属性に対する魔法効果を表すもの


 …とこんな感じだ。対属性が互いの弱点属性になるわけではないところが少しややこしい。


 イーヴが水でトゥレンが地、ヨシュアが風、か…この相性属性からすると、なんとなくだが普段の人間関係が見えてくるような気がするな。イーヴがトゥレンに弱いのは水と地だからか?


「魔法の使えない我々にはあまり関係ありませんが、主属性以外の属性はそれによって使用可能になる魔法の素質に関わってくるのだそうですよ。」

「確かに関係ないな。…で、おまえは主属性以外にあったのか?」

「私は水の他に風と無属性を所持しています。ライ様は何属性をお持ちなのでしょうね。」

「そうだな…勘だが、火属性辺りは持っていそうだな。腹を立てるとすぐにカッとなるのは、多分それのせいだろう。」

「――ライ様が私に冗談を仰るとは意外でした。」

「俺は真面目に言ったのだが。」


 ――そんな雑談紛いの話の後、イーヴはジャンとティトレイを呼ぶと、俺の手の中にある魔道具について簡単な説明を始めた。

 この道具は力を込めて握ることで魔力を流し、その属性によって光る色が変わるのだそうだ。


「へえ、面白そう!俺ら魔法が使えなくても、魔力って持ってたんだ。」

「無意識に日常生活で消費している、ですか…なるほど、魔法の使えない我が国の軍人が、ゲラルド王国と互角に戦って来られたのも、そんな力のおかげだったのかも知れませんね。」


 楽しそうなジャンの声と、感心したようなティトレイの声が聞こえてくる。


「…そうだな。早速だが、その主属性とやらを調べてみるか。俺が先に試してみるが…ジャン、何色に光ったかすぐに教えてくれるか?」

「うん、了解。ライは何色かなあ…」

「先輩なら多分、赤じゃないかな?」

「俺もそう思う。」


 そんな会話を笑いながら交わしつつ、俺は属性検知機をグッと力を込めて握ってみた。すると――


「紫…!!ライ、紫色だ…!!」


 薄らと視界が色付いたように感じた。


「紫?…と言うことは、闇か。」

「お待ちください、ライ様…これは……」

「?…なんだ?」


 イーヴの声が少し緊張していた。


「――すっげえ…なにこれ…、次々に色が変わって最後に元に戻った。一番最初に光ったのは紫だったけど、ライのは全部で何色に光ったんだ?」

「驚いたな…多分十色以上あったよ。フェリューテラには七属性しかないはずだけど…どうなっているんだろう?」

「十色以上?…試作品だと言っていたな、故障か誤作動じゃないのか。」


 魔法の使えない俺に、そんな多くの属性素質があるはずはない。もしそれが本当なら、俺はラ・カーナにいた頃に魔法が使えていてもおかしくないだろう。だが実際は子供の頃からそれとは無縁だ。


「その可能性が高いと思います。貸してくれた守護者の方に聞いてみましょう。では二人も触れてみてください。」

「あ、じゃあ次は俺!!」


 その後少しはしゃぎながら検知機に触れたらしいジャンの声は、嬉しそうに「赤だ!!」と言っていた。ティトレイは白っぽく透けた色に光ったらしく、無属性であることが判明する。

 結果ジャンの主属性は火で他の属性はなく、火を扱う料理が得意なことに俺は凄く納得し、ティトレイは無属性以外に闇属性の素質があることもわかった。


 そうして最後にイーヴがもう一度それに触れ、守護者の前で確かめた時と同じように光ったことを告げると、すぐ近くで俺に話しかけてきた。


「ライ様、もう一度試してみますか?誤作動ではなく、本当にライ様には多属性の素質があるのかもしれません。」

「いや…いい。それがわかったところで、俺が魔法を使えるようになるわけではないだろう。主属性は火ではなく、闇だったことだしな…俺は戦闘職に含まれる軍人だが、この一月(ひとつき)というもの碌に動けていない。魔力暴走を起こされる条件の一つとして、体内に蓄積している魔力量が関係していると言うのなら、その防止対策を試しに俺で実行してみれば良いんじゃないか?」

「――そうですね…」


 声からするにイーヴは俺の提案に難色を示しているようだ。


「それってどんなことすんの?」


 俺の手に触れてジャンが不安げな声を出している。渋っているような様子のイーヴからすると、言い出したのは俺の方だが確かにそれは気になった。


「『ドレインオーブ<魔吸珠>』という、魔力を吸収する特殊な道具を使い、体内に蓄積する魔力量を枯渇寸前にまで減少させることで、魔力暴走を起こし難くさせるというものです。実際に私が試してみましたが、確かに身体からなにかが吸われているような感覚があり、貧血を起こした時のような脱力感がありました。」

「必要もないのに試したのか!?」


 吃驚した俺にしれっとした声でイーヴは返す。


「当然です。安全性の確認出来ないものを他人に勧められるはずはないでしょう。詳しい説明を聞きましたが、その道具は医療にも用いられることがあるそうで、体調を崩すことはあっても、危険はないそうですからご安心ください。」

「…おまえも時々無茶をする奴だな。」

「この通りなんともありませんのでご心配なく。」

「――ウェルゼン副指揮官も、やっぱりライの部下なんだね。」


 ジャンのその一言に、俺とイーヴが同時に返した。


「「それはどういう意味」」「だ。」「ですか。」




                  *


「――おかしいわ…まだ対策が実行されたわけでもないのに、突然犯行が()んだわね。…どういうこと?」

「連日どこかしらの町村から被害報告が入っていたが、確かにパタリと止まったな…少なくともこの二日は魔力暴走による死亡者は出ていないようだ。」

「最後の被害者は、三日前ロックレイクで起きた二十才になったばかりの若い女性だった。予が調べて来た結果、やはり闇属性を持っていたぞ。」


 属性検知機の各町村への設置が終わり、パニックを抑えるために闇属性の反応を示した住人のみを別の場所へ移動させ、そこで魔吸珠の配布を行う手筈を整えたシルヴァン達は、その最終確認のため、再びギルドの応接室でイーヴ・ウェルゼンが来るのを待っていた。

 犯人が未だ不明な以上、被害が出ないようにすることが最優先として防衛対策を取った彼らだったが、ここに来てパタリと事件が止んでしまい戸惑っていた。


「これまでの被害者数は合計何人になった?」

「42人よ。全て主属性が闇の、非戦闘職にある成人した男女。子供が含まれていないのだけが幸いね。」

「――42…42人?闇属性…」


 被害者の数を聞いた直後、シルヴァンは唸るような声を出すと、記憶を辿るように沈思黙考し始めた。


「シルヴァン?なにか思い当たることでもあるの――」


 マリーウェザーがそう尋ねようとした時だ。彼女の胸元から、甲高い笛のようなピーピーいう音が響き始めた。


「奥方、それは…」

「共鳴石が鳴っているの。大長老からの連絡ね、ちょっと待っていてちょうだい。――アティカ・ヌバラ大長老?私よ。」


 それはマリーウェザーがルフィルディルから外出するに当たって、獣人女性の誰かが遺伝子異常による例の病気を発症したり、獣人の医師では手に負えない患者などが出た場合、強力な治癒魔法が使える巫女にすぐ連絡が取れるよう渡されていた、共鳴石の首飾りが発した音だった。


 そこから聞こえた通信によると、イシリ・レコアで住宅建築中の作業員が高所から転落し、重傷を負っているという緊急連絡だった。


「わかったわ、すぐに帰ります。頭を打っているようなら、患者は絶対に動かさないで!」


 通信を切ったマリーウェザーは、シルヴァンを見てにこっと微笑んだ。


「シルヴァン、ありがとう。あなたと一緒にエヴァンニュのあちこちを見て回れて楽しかったわ。私はこれで里に戻るから、後は任せるわね。」

「…うむ、頼んだ。」

「リヴ、シルヴァンをお願い。なにかあったらギルドを通じて連絡をして。ウェルゼンさんによろしくね。」

「心得た。」


 リヴグストが最後に頷くと、マリーウェザーはすぐさまその場で転移魔法石を使用して、あっという間にルフィルディルへと帰って行った。


「――新婚旅行はここまでか…奥方と少しはゆっくり過ごせたか?」

「十分にな。十日に満たぬ時間であったが、思いがけずエヴァンニュ中を見て回ることも出来た。これで依頼が完遂出来れば言うことはなかったのだが…」


 和やかな雑談から一変し、すぐに二人の顔付きが変わる。


「深く考え込んでおったようだが、なにか気付くことでもあったか?」

「四十二の死亡者に『闇』と聞いて、一瞬千年前になにかあったような気がしたのだ。頭に薄靄でもかかっているかのようにはっきりせんのだが、その数と闇と聞いて、リヴはなにか思い出せぬか?」

「いや、予はなにも気付かなかったが…その数が引っ掛かっておるのか?」

「うむ。…ルーファスがいればきっとすぐにわかったのだろうが…」


 コンコン、と扉を叩く音がして開き、イーヴが室内に入ってくる。


「お待たせ致しました。…今日はお二人ですか?」


 マリーウェザーの姿が見えないことに、少し残念そうな声を出してイーヴは尋ねた。


「妻は急用で王都を出た。」

「ウェルゼン殿によろしくと言っておったぞ。」

「そうですか…私の方こそ色々と教えていただき、お礼を申し上げたいところです。」

「伝えておこう。」

「はい。では時間がないので早速ですが――」


 一時間ほどの話し合いの後、属性検知機や魔吸珠の管理はギルドが行い、それを一般向けに使用する際は、必要に応じてギルドから近衛への報告を義務づけるなど、魔道具に関する細かい使用規則の取り決めを行った。

 その上で明日から国民に通知し、各自属性検知機での検査と国への主属性申告を義務づけ、その場で成人した闇が主属性である者には、戦闘職であるかないかに関わらず魔吸珠を配ることになったのだった。


「では防衛対策に関しては以上です。ところでドレインオーブ<魔吸珠>のことなのですが、闇を主属性に持つ友人に先に渡したいので、もし今お持ちなら頂けないでしょうか。」

「すまぬがもう持っておらぬぞ。先日のあれは防犯対策を施す前の魔吸珠だ。正式に配布されるものは、悪用されぬよう何重ものプロテクトがかけられてから渡される。」


 シルヴァンは驚いた様子のイーヴに、ドレインオーブについて再度詳しく説明をした。


「まず第一に、一度魔力を吸引した珠は、同じ魔力でなければ受け付けぬようになる。これは持ち主以外がそれを使えなくするための対策であり、手渡された時点ですぐさま登録されることになる。次にそれを渡された所持者が転売するなど、金銭目的の売買を防ぐ為、登録された所持者から一定時間遠ざかると、機能を停止してただの石になるようにしてある。」


 他にも魔法紋を解読しようとしたり、複製されたりしないように様々な防犯対策が取られているのだと言う。


「詳しくは使用方法が記された書面を読めばわかるだろうが、吸収した魔力は魔吸珠には溜め込まれず、吸い込んだ端から拡散されるようになっている。よって魔吸珠の魔力を魔石代わりに使用することも不可能だ。」

「――それほどまでに厳重な対策が必要なのですか?」

「当たり前だ。魔力は枯渇してもすぐに命に関わるものではないが、魔吸珠が悪用されれば、簡単に他者を昏倒させることができるのだ。殺人犯から身を守るために配布するものを奪われ、犯罪者に使われては元も子もないであろう。」

「それは確かにそうですが…」

「必要であらば予定通り明日、配布されるものを受け取られるが良い。」

「…わかりました、無理なお願いをして申し訳ない。」


 イーヴはそう言ってシルヴァンに目礼をしながら、魔吸珠というものがよく見る魔法石のようなものだと軽く考えていたことを反省した。

 反省した上で改めて内心、シルヴァン達の持つ知識や伝手が、生半可なものではないことを認識する。


「では今後この依頼についてなのですが――」


 イーヴとしてはライの主属性が闇であったことを受け、一刻も早く犯人を捕らえて不安材料を無くしておきたいというのが本音だった。

 ただ既に魔物による事件でないことが判明しているため、そうなると守護者の仕事の範疇ではなくなるということもわかっていた。

 だが現実的に考えて、これほどの大量殺人を手がかり一つ残さずに遣って退ける犯人を、近衛を含めた憲兵に捕まえられるとは到底思えなかった。

 よってここは報酬金を積んででも、このまま太陽の希望(ソル・エルピス)に依頼の継続を頼むつもりでいたのだ。ところが――


「それなのだが、我ら太陽の希望(ソル・エルピス)としては、ここで依頼は終了として貰いたいと思っている。」


 ――それを頼む前に、シルヴァンの方から先に断りを入れられてしまった。


「我らは人を魔物から守ることを生業とする守護者だ。魔物が関わっておらぬ依頼を()()()()()継続する意志はない。」

「犯人は不明のままで、防衛対策についても明日からが本番となりますが、このような中途半端な時点で手を引かれるのですか?」

「それについては言わせて貰うが、我らは我らに出来る限りのことを全てやったぞ。依頼内容は事件の調査であって、魔物以外の犯人を捕らえることではない。それでも爆死の原因を突き止め、対策を施すなどここまで手を貸したのは、そなたがルーファスの知人であったからだ。」


 イーヴはシルヴァンの言葉に驚いて目を見開いた。それはイーヴにとって、意外すぎる言葉だったからだ。


「我らが提示した魔道具や魔吸珠、ギルドとの提携など、高位ランクとは言えど通常の守護者が取れる対応策でないことは、既に気付いておるだろう。それらは全てルーファスが築いた伝手による。十分すぎるほど尽くしたと思うがな。」

「それは…」


 確かにそうだ、とイーヴは思った。そもそも自分が依頼したのが太陽の希望(ソル・エルピス)でなければ、爆死の原因すらも掴めなかったことだろう。報酬以上の働きをしてくれたのは確かめるまでもない。


「――依頼として継続はせぬが、引き続き犯人探しの方は別に続けるつもりだ。ルーファスがここにいれば必ずそう言ったであろうしな。もし片が付けば連絡は入れよう。」

「……わかりました、そちらはよろしくお願い致します。残念ですが継続は諦めるしかなさそうですね。あなた方は十分手を尽くして下さいました。報酬は太陽の希望(ソル・エルピス)専用口座に振り込んでおきます。」

「承知した。魔物に関する討伐依頼などはいつでも引き受けよう。」

「では失礼する。」


 依頼主のイーヴを残し、シルヴァンとリヴグストは応接室を後にした。


 ギルドの建物を裏手から出て王都立公園に入ると、二人は立ち止まってこれからどうするのかを話し合う。


「この後はどうするのだ?予としてはまだ王都を離れたくないのだが、ルフィルディルにすぐ帰るのか?」

「リヴ…まさかここを離れたくない理由は、あの赤毛の女性ではなかろうな。守護七聖ともあろうものが、横恋慕で女子(おなご)を奪うなど、相手に恨まれるような真似だけはするでないぞ。」


 リヴグストはギクッとして慌てた。


「なな、なにをいう、そんなのではない!断じて予は横恋慕など――」


ブウンッ


 ――その時シルヴァンから後退ろうとするリヴグストの足元に、突然無数の呪文字が円形に並んだ、魔法陣のようなものが音を立てて光り浮かび上がった。


「なにっ!?」


 ブウンッ


 続いてすぐに同じものがシルヴァンの足元にも浮かび上がる。


「なんの魔法陣だ、これは…っ」

「シル!!」

「抵抗するなリヴ、手遅れだ!!」


 昼近くの公園に、不思議なことにこの時、偶々二人以外の人影はなかった。


 ――そうして二人は発動した足元の魔法陣によって、そのままどこかへと消えて行ったのだった。





次回、仕上がり次第アップします。

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