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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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160 闇を憎む者 前編

エヴァンニュ王国で起きている、特異な事件の調査依頼を受けたシルヴァン達は、その依頼主であるイーヴ・ウェルゼンと面会をしていた。そこで調査によって判明した結果を報告し、イーヴの案内で王都の現場を調べに向かいます。その現場の一つ、下町の教会へ向かったことで、あることが起きて…?一方、予想外の手段でライの恋人リーマの存在を知ってしまったトゥレンは、一人ひたすら悩みます。そんな中で、ある思いを抱き…?

         【 第百六十話 闇を憎む者 前編 】



 エヴァンニュの王都にある魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の本部には、ギルドにとっての重要人物や要人、その他特別待遇の人間を通す、専用の応接室が存在している。

 今日はその部屋に、王宮近衛副指揮官のイーヴ・ウェルゼンその人と、リーダーが不在のSランク級パーティー、『太陽の希望(ソル・エルピス)』のメンバーが顔を合わせていた。


 ヒュールでの一件以降、シルヴァンとその妻マリーウェザーにリヴグストの三人は、転移魔法石を使って効率的に各所を回り、『突然人が爆発する』という事件の原因は、体内で起きる魔力暴走であるとの結論を下していた。

 だがこの件は、それを突き止めただけでは終わりではない。爆死の原因である『魔力暴走』は、それを引き起こす要因がなければ、そう滅多に起きない現象だったからだ。


 イーヴ側の都合で、当初の予定よりも三日ほど遅れて顔を合わせることになったイーヴとシルヴァン達は、対等な立場での話し合いと言うことで挨拶もそこそこに急ぎ本題に入っている。


「魔力暴走…我が国の国民は、総じて魔法が使えません。それでもそのような危険があるのですか?」


 予想外の原因から戸惑い気味にそう尋ねたイーヴに、テーブルを挟んで対面に座っているシルヴァンが答えた。


「魔力というのは魔法を使えるかどうかに限らず、全ての生物がその身に所持しているものだ。逆に戦闘職にない者だけが死亡していることから、魔法を使えないことによる弊害が一因だとも言えるかもしれぬ。」

「それはどういう意味でしょうか、ご説明願います。」

「私から説明するわ。」


 マリーウェザーが右手を軽く上げてから話し始める。


「通常人は、魔法だけに限らず、日常生活でも無意識に魔力を消費しているものなの。けれど兵士や軍人、守護者や冒険者など、激しい戦闘職にある人々は、生存本能から戦闘技術に、より多くの魔力を使用している。例えばあなたも、命の危険を感じた時などに、一度くらいは普段よりも高い能力を発揮した経験があるでしょう?そこには通常の肉体が持つ力の上に、底力とも言える魔力が上乗せされているからなの。」


 マリーウェザーの説明に、イーヴは握った拳を口元に当て、記憶を探るように考えてから頷いた。


「…確かに戦地でそのような経験は何度もありますが…それが魔法を使えないことによる弊害とどのような関係が?」

「戦闘職にある人が、魔法を使わずに戦って一戦闘に消費する魔力量は、下級魔法を五回連発するのと同じぐらいだと思うわ。それに対して言えば、非戦闘職の民間人だと、消費魔力はほぼ零に近いものになる。つまり殆ど使用していないのと同じことなのよ。」

「――日常で魔力を消費する量が少なければ、体内に蓄積する魔力も必然的に増えて行くことになる。せめて他国のように生活魔法だけでも使えれば、身体に残る魔力は減るため、暴走は起き難くなると考えられるのだ。」


 マリーウェザーとシルヴァンは、イーヴに理解しやすいよう交互に説明して行く。その間同席しているリヴグストは口を挟まず、二人の話に聞き入りながら、さりげなくイーヴの様子を窺っていた。


「この事件について私達は、亡くなった被害者の一つの共通点として、体内にある魔力量も関係があると推測しているの。そしてそれ以外にも、被害者自身が生まれつき所持している『主属性』に偏りがないか調べたわ。その結果なのだけれど…」


 マリーウェザーはシルヴァンからの説明を促し、目配せをする。


「方法についてはこれから説明するが、これから調べる王都を除き、被害者の全員が闇を主とした属性であったことが判明した。」

「生まれつき所持している主属性…?申し訳ないのですが、そちらの説明を先にお願い出来ますか?そのような話は聞いたことがないのです。」

「やはりか…エヴァンニュ王国の民は総じて魔法が使えぬ。故に、個々が己の属性を知る機会もないであろうと推測していた。」

「そうね、予想通りだわ。ではそちらはまた私が説明するわね。」


 再びマリーウェザーからイーヴに属性についての説明が始まる。フェリューテラの全ての生物は、生まれつきなんらかの属性を持っており、その属性によって嗜好や得意不得意が分かれたり、使用可能な魔法にも制限が生まれたりする。

 人によっては複数の属性を所持しているため、数多くの魔法を使うことが可能になる者も存在するが、大半は突出した属性が主となるというのが通説だ。

 その最も得意とする属性を『主属性』と呼び、それと対になる属性は知らずに苦手になると言う。


「最も手っ取り早く自分の主属性を知る方法は、様々な属性の魔法を使ってみることだけれど、それ以外にも大まかに知ることが出来るわ。例えば、火を扱う仕事にある人は、総じて生まれつき火属性を主としていることが多く、水辺を好んで住む人は水属性が主だったり、鉱夫などで採掘が得意な人は地属性という風に、知らず知らず自分の主属性と同じ環境を好んで選択しているものなの。因みに私とシルヴァンは光属性、リヴグストは水属性を主としているわ。」

「なるほど…フェリューテラに七属性があるのは誰もが知るところですが、魔物だけでなく人間や動物にも存在するのだというのは初めて知りました。好みや職業、得意とする行動などで、大まかに知ることが出来るのは理解しましたが、それを確実に知る手段は魔法以外にないのですか?」

「当然、そう来るわよね。」


 予想通りと見るや、マリーウェザーはクスリと笑った。


「シルヴァン。」

「うむ。」


 徐にシルヴァンはアイテムボックスから手元に、多角形の虹色に光る、直径十五センチほどの物体を取り出した。


「これはまだ試作品なのだが、生きている人間が触れて強く力を込めることで魔力を検知し、属性色に光るという魔道具だ。試しにそなた自身の主属性がなんなのかをこれを使って調べてみると良い。」

「試作品と言うことは、あなたがこれを?」

「我ではない、これを作ったのは友人だ。」

「そうですか…では早速試させて頂きます。」


 珍しい道具を目にしたことで、コホン、と咳払いをしたイーヴの顔がほんの少し緩んだ。自分の主属性を初めて知れることに、興味が涌いたのだ。

 イーヴは努めて冷静を装っていたが、その瞳は物珍しさに輝いている。シルヴァン達はイーヴのことを良く知らず、それを普通に受け入れていたが、これがライやトゥレンなら、滅多に見ることのない表情に驚くはずだ。


 イーヴが右手で属性検知機に触れ、グッとそれを握るように力を込めると、虹色の光が一瞬で青色に変化した。


「あら、あなたの主属性はリヴと同じ『水』なのね。」

「ほう…予と同じか。」


 続いてさらに色が変化し、今度は少し弱く緑色に光ると最後に白っぽくなってから、元の虹色に戻った。


「ふむ、他に風属性と無属性も素質があるようだな。もしそなたが魔法を使えたなら、水、風、無属性の三属性魔法は問題なく取得できるであろう。」

「私の主属性は『水』ですか…実は幼い頃、川に流されて九死に一生を得たことがあるのです。本来ならそのような経験をすれば水を怖がるはずなのですが、私の場合は寧ろその逆で、当時川に流されたからこそ命が助かったのだという漠然とした認識がありました。」

「まあ…それは大変な経験ね。でもその認識は正しいわ。生まれ持った主属性が水だったからこそ、その川の水があなたに味方をして溺れずに済んだのよ。不幸中の幸いだったのね。」

「…そうですね、そう考えると自分の主属性が水だというのは、腑に落ちます。」


 どこか遠い瞳で目線を落とし、イーヴはそんな思いを口にした。


「話が逸れたが、今試した通りこの属性検知機があれば、生者に関しては主属性を知ることは可能だ。」

「生者に関してと言うことは、亡くなった後では生前の主属性を知るには別の手段が要るのですね。」

「そなた我より年若いが、聡いな。」

「失礼な、私はこれでも二十八です。」

「我と同じ年か?…見えぬな。」

「ちょっとシルヴァン、脱線しないで。話が進まないでしょう。この後まだまだやらなければならないことが多くあるのよ。」


 余計なことを言ったシルヴァンは、マリーウェザーにジロリと睨まれた。


「む…すまぬ。元に戻すが、本来死した者の生前主属性を知ることはほぼ無理だと思われていた。だが我の友人は、屍肉を喰らう魔物の『毒這虫(たいしゃちゅう)』に目をつけ、それを詳しく調べることで検知機を作ったのだ。まあそれには魔物を生け捕りにし、其奴の元まで運ぶという面倒はあったがな。」

「また余計なことを言って…毒這虫(たいしゃちゅう)という魔物は御存知?」

「いえ。」


 イーヴは横に首を振って否定する。


「人や動物などの屍肉や腐肉を好む性質を持つ、躯体に毒がある地中に生息する魔物よ。目が退化していて蛆虫のような外見に、紫色をしているの。その魔物は喰らった血肉の属性によって、様々な色に光るという珍しい特徴を持っている。死んだ後に不死族となった場合や、数年が経過した遺体には効果がないけれど、一月以内の比較的新しい死体からなら、それを喰らうことで属性色に光ることがわかっているわ。」

「そのような魔物がいるのですか…やはりSランク級ともなると、世間にあまり知られていない知識も相当豊富なのですね。――主属性と主なその検知方法についてはよくわかりました、続きをお願い致します。」


 イーヴがこういう言い方をする時は、説明はもう十分だ、早く話を進めてくれ、という意味がある。

 相手によってはイーヴのその態度に腹を立てることもあるが、シルヴァン達は逆に、イーヴの頭の良さに感心して好意的に受け取った。


「理解が早くて助かるわ。目には見えない未知の情報を告げたところで、胡散臭がって信用しない人は多いもの。」

「うむ。ではここからはこの事件に関する我らの見解について話す。先ずは最初に言った通り、被害者の身体(しんたい)爆発は誰もが体内に持つ魔力の暴走によるものだ。これは身に着けていた衣服などに損傷がなく、通常の爆発であらばバラバラになっても残される身体部位が確認出来ないことからも確かだ。魔力暴走は体内にある細胞塊の隙間を縫うようにして分離させることから、砂粒よりも大きい程度の粒子だけが残ったと考えられるからだ。またこれは滅多に起こる死因ではないが、この国の住人は皆魔法が使えないことから、体内の異常で起きた特異病だと言えないこともなかった。」


 シルヴァンは一度ここで区切り、さらに続ける。


「だがそれを否定する情報がある。まだ王都の事件を調べていないが、先にも言った通り、他の町村では亡くなった被害者全員の主属性が闇であったと判明しているからだ。これは確率からしてもまずあり得ないことだ。」


 ――フェリューテラには全部で七つの属性が存在している。それなのに闇を主属性に持つ、非戦闘職の成人男女だけが亡くなっているのだ。これは死亡対象者があまりにも限定的すぎるとシルヴァンは告げた。


「今日までの魔力暴走による死者は既に三十人以上だ。それとこれは余談だが、シェナハーン王国でも同様に国境街リーニエで二件ほど発生していたようだが、被害者はいずれもエヴァンニュ王国民だったことがわかっている。このことから考えても、この事件はエヴァンニュ王国の国民のみに起きていると断定される。そして肝心な魔力暴走が起きる要因だが…我らはこれは、人為的に引き起こされたものだと判断した。つまりは魔物以外の何者かによる()()()()だ。」


 イーヴの表情が一気に険しくなる。


「魔物ではないとする根拠はありますか?」

「ええ、あるわ。魔物が行う所業にしては細か過ぎるの。一部の例外を除いて、通常の魔物にはそこまでの知能はない。況してやこの短期間に、国内ほぼ全ての町村でこんな事件を起こすことは出来ないわ。」

「魔物以外の存在だとすると、どのような相手が考えられるのでしょうか。」

「――それはまだなんとも言えぬ。王都以外の現場では一切何も見つからず、犯人は自らの痕跡を微塵も残しておらぬのだ。」

「それでも…あなた方には思い当たる対象が複数存在するのですね?我が国の憲兵隊では、人間か魔物かの二択しかありませんでした。」


 自国の警察機構である憲兵隊を皮肉るようにそう言うと、イーヴは苦笑した。それから書類挟みに用意してあったその中から、何枚かに纏められた書類を取り出すと、テーブルの上でシルヴァンの前に滑らせるように差し出して来た。


「こちらが依頼を受けて頂いた後に新たに発生した、王都での事件の詳細になります。最初の現場を含め、ここでは三件が発生しました。これからすぐに現場を見て頂きたいのですが、よろしいですか?」

「うむ。もし王都での事件に一人でも主属性が異なるものがあれば、初めからまた情報を見直さねばならぬ。案内をよろしく頼む、イーヴ・ウェルゼン殿。」

「はい。では近場から順に向かいましょう。」


 四人は一斉に椅子から立ち上がってその部屋を後にする。


 ギルドから出た一行は、イーヴの案内で先ず最初に起きた事件現場に向かった。そこはギルド本部の裏手にある、王都立公園を抜けた先の小規模な雑貨店などが並ぶ通りだった。

 通りの一角に立ち入り禁止のロープが張られ、雨避けの防水シートが広範囲に被せてある。建物の壁には多少の血痕が残されていたが、二日ほど前に雨が降って少し洗われてしまったようだ。

 イーヴとリヴが被せられたシートを捲り、シルヴァンとマリーウェザーが地面に残っている黒ずんで変色した血痕を調べる。


「――ここも主属性は闇よ。」


 マリーウェザーが手にした手の平大の検知機が、紫色の光を発していた。


「ここにも犯人の手がかりはないな。――リヴ、交代してくれ。」

「うむ、良いぞ。」


 今度はシルヴァンとリヴグストが入れ替わり、リヴグストが血痕を龍眼で調べる。リヴグストの『龍眼』は、特に魔法やそれに使われた魔力の痕跡を見ることに長けている。彼の住む海中では、地上のようになにか事件などが起きても、すぐに水に洗われたり流されたりして、物理的な跡を残さない。

 そのため海中に生息する生物の痕跡を辿るには、リヴグストのような海棲族のみが嗅ぎ分けられる、独特な魔力の識別方法でそれを追うのだ。

 ただそれにも僅かな欠点があり、地上では少し感知し難くなるようだ。


「――ないな。予の目で見ても痕跡はない。普通は殺意を持って魔力を行使したのであらば、僅かな痕跡が残ってもおかしくないのだが…この犯人は相当手強いぞ。」

「…?」


 リヴグストの龍眼を知らないイーヴは、なぜシルヴァンとリヴグストが交代して各々調べたのかわからず、少し不思議そうな顔をした。


「ここはもういいわ、次へ行きましょう。」

「もう良いのですか?まだ五分と経っておりませんが。」

「時間をかけて現場を洗う時期はもう過ぎたの。私達が行うのは最終的な結果の確認と、僅かでもいいから犯人の痕跡を探し出すことよ。…不安かしら?」

「いえ、お任せしたからには信頼しております。元々これほど早く原因を突き止めて頂けるとは思っていませんでしたので、その点に関しても申し上げることはありません。」

「…そう。ところでねえ…あなた、堅いって言われない?対等な立場での依頼なのだから、もっと砕けた話し方で構わないのよ?」


 マリーウェザーに突然、そう無遠慮に言われてイーヴは面食らう。


「…初対面で女性にそうはっきりと言われたのは初めてです。これは性分なのでお構いなく。」

「素を見せるのが苦手なのね。ふふっ、あなた結構な苦労人なのじゃない?一つのことに捕らわれて道を見失うタイプでしょう。時々自分の周囲をゆっくりと見回して、傍にいる大切な人達のことを良く考えた方がいいわよ。」


 イーヴを諭すようにマリーウェザーは微笑む。それを受けたイーヴは苦笑し、マリーウェザーのことを苦手なタイプだな、と思った。


「マリー、止せ。()()()()相手にちょっかいをかけるのは、そなたの悪い癖だぞ。」

「…そうね、気を悪くしたらごめんなさい。行きましょう。」


 マリーウェザーは先を歩くシルヴァンの元へ足早に行くと、その場でぽそりと小声で呟いた。


「――あの人、そう遠くないうちに死ぬわ。」


 シルヴァンはその言葉に、ピクリと眉を動かしたのみだった。


 それから一行はイーヴを先頭に、今度は下町にあると言う古びた教会へ向かった。次の現場は三日前に発生したばかりで、お金がなく宿に泊まれない人や、教会に奉仕するために来た人などを一時的に泊める、教会内の宿泊所で起きたらしい。

 教会の前には小さな公園があり、その教会の入り口に掲げられている標章には、守護女神パーラを模した、盾と女性の横顔が刻まれていた。


「神に祈りを捧げる教会の中にいても死は免れなかったのか…信仰に影響が出そうだな。」

「殺人犯に神様は関係ないわよ。……()()ね。」


 マリーウェザーは含みのある一言を付け加えた。


 イーヴが木製の両開きの扉を開けて順に全員が中に入ると、正面の女神像がある祭壇前に、熱心に祈りを捧げて跪く女性の後ろ姿が見えた。

 その女性の髪色が赤毛であることに気付くと、リヴグストが目敏く反応を示した。


「――赤毛の女子(おなご)か…熱心に祈りを捧げておるな。」


 裏手の宿泊所がある現場に向かうため、並べられた長椅子の間にある通路を歩いて行くと、近付くにつれ、その女性の赤毛が他の色と混じった斑髪であることがわかった。

 リヴグストは自分好みの赤毛に興味を示し、内心その女性がこちらを向かないだろうか、と願う。すると女性は祈りを終えてすっと立ち上がり、こちらを向いて横を通り過ぎようとしていたシルヴァン達に気付いた。


 女性は先頭にいたイーヴを見てビクッと身体を揺らすと、なぜか少し怯えた表情になる。


「イーヴ・ウェルゼン近衛副指揮官様…?」


 赤い斑髪に透き通るアクアマリンのような水色の瞳を持った、可憐な印象の年若い美人だ。その女性を見た瞬間、シルヴァンは嫌な予感がした。リヴグストの好みどストライクの女性だったからだ。


「――祈りの邪魔をしてすみません。用が済めばすぐに出て行きますので、続きをどうぞ。」

「え?いえ、あの…」


 女性は戸惑い、答えに詰まる。次の瞬間――


「そ、そなた…!!」


 その声と共に、突如リヴグストがイーヴの前に飛び出し、女性の両手を断りもなくガッシと掴んで、身を乗り出した。


「そなた、名を何と申される!?予はリヴグスト・オルディスと言う!!頼む、名を聞かせては貰えぬか!?」

「ちょ、ちょっとリヴ!?」


 厳かな場の雰囲気をぶち壊しにするように、リヴグストは好みの女性に対して目の色を変えた。

 驚いて絶句するイーヴとマリーウェザーに、嫌な予感が的中したシルヴァンは、頭痛を起こした時のように右手で両目を覆い隠した。


 女性はちらりとイーヴを見ると、王宮近衛副指揮官が側にいるから大丈夫よね、とでも言いたげな目をして答えた。


「リ、リーマ・テレノアです…あの、手を放して下さい…っ」


 シルヴァン達が知る由もないが、そこにいたのは、ライの身体が一日でも早く良くなるようにと、神様に祈りを捧げていたライの恋人リーマだった。

 リーマは困り果てた顔をして、身を引きながら手を放して貰おうと懇願する。しかしリヴは、答えて貰ったことにさらに気を良くして、ずいっと迫った。


「リーマ殿…リーマ殿か、して、この辺りにお住まいか?仕事はなにを…良ければ今夜、予と一緒に食事でも――」


 瞬間、怒りの鉄槌が下る。


「いい加減にせよ、愚か者が!!」


 激怒したシルヴァンは、リヴグストの耳を掴んで力一杯引っ張ると、そのまま彼を引き摺りながら裏手へ続く入口に向かう。


「いだあっ!!!あだだだだっな、なにをする、シル!!!放せえぇっ!!!」

「ご、ごめんなさいね、あの馬鹿のことは忘れていいわ。行きましょう、ウェルゼンさん。」

「失礼する。」


 マリーウェザーはおほほほほ、と笑って誤魔化し、イーヴは殆ど表情を変えずに目礼だけして後を追った。

 なにが起きたのかわからずに呆然とするリーマを残し、四人は裏手へ続く入口を通って、長い廊下の途中で立ち止まった。

 尚もリヴグストの耳を掴んで上方に引っ張りながら、シルヴァンは顳顬に青筋を立てる。


「ここへは遊びに来たのではない!!ルーファスがいないのを良いことに、依頼主の前で、しかもこのような場所で女子(おなご)を引っかけようなどとは、どういう神経をしておるのだ!!」

「違う!!遊びではなく、予はあの女性に真剣に…り、理想のタイプなのだ!!あれほど予の理想にぴったりの女性には、二度と巡り会えぬやもしれぬ!!頼む、シル…後生だっ!!」


 リヴグストがそう叫んだ直後に、間髪を入れず凍り付くような冷たい声で、静かにイーヴが口を挟んだ。


「――あの女性には、既に恋人がおりますよ。」


 イーヴからの思いがけない言葉に、場がシンと静まり返る。


「そ、そうなの…?相手はあなたの名を口にしていたし、あの女性と知り合いなのね。」

「違います。」


 ピシャリとイーヴはそれだけを言って否定し、その後なんの言葉も続けなかった。無表情なのに怒っているかのような気だけがイーヴからは発せられており、仕事の最中でリヴグストがやらかしたことに腹を立てているのだと思ったマリーウェザーは、たじろいだ。


「…そ、そう…。」


 ――さすが水属性…氷のような冷たい空気も纏えるのね。なんだかわからないけれど、余計なことは言わない方が良さそう…私達に文句を言わない分、怖いわ。


 リーマには恋人がいる、と聞かされたリヴグストの方は、酷いショックを受けたようで、シルヴァンに耳を掴まれたまま動かなくなった。

 シルヴァンは深い深い溜息を吐くと、呆れたようにマリーウェザーに問う。


「此奴、ここに捨てて行って良いか?」

「駄目よ、ここの人達に迷惑だわ。お仕置きは後でリーダーに任せましょう。」


 リヴグストを除いた三人は、気を取り直して宿泊所へ向かった。




                  ♦


「――ライ様、運動を始められて体調はいかがですか?」


 今朝からこいつがこの質問を俺にするのは、これが三度目だ。


 トゥレンの声にはなにか心配事でもあるのか、戸惑うような、迷うような、ぐじぐじとした感情が交じっているのを俺は感じ取った。


「おまえが今日その質問をするのは、これが三度目だ。朝から大した用もないのに、なにを行ったり来たりしている?それに今日から本腰を入れて身体を動かし始めたばかりで、いかがもなにもないだろう。見ての通り俺は、椅子に腰かけているのもまだやっとだ。」


 今日の俺は寝台から出て椅子に座り、出来るだけ窓から太陽の光を浴びるようにしている。そうすることで僅かに、視界が明るくなったように感じられるからだ。

 俺が声からして様子のおかしいトゥレンを訝しみそう返すと、トゥレンは少し悄気た声で「申し訳ありません」と謝った。一体こいつはどうしたのだろう。


「トゥレン…なにかあったのか?俺に話があるのならさっさと言え。近衛のことか?イーヴのことか。それともヨシュアになにかあったのか?」


 そう尋ねてみたが、トゥレンからは返事がなく、押し黙ったままでなにも言おうとしない様子だ。

 それから暫くの間があって、ようやくこいつは口を開いた。


「――ライ様の体調が良くなり次第、陛下は内外に向けて、ペルラ王女殿下との婚約発表を正式になさるそうです。」

「…ああ、その話か。」


 言い難そうにしていたのは、俺がまたトゥレンに怒りを向けると思っていたからか。王女との婚約の件は既に承知している。俺に彼女と結婚する気はないが、そのことをイーヴやトゥレンに打ち明けるつもりもない。

 ヨシュアは俺の味方だが、こいつとイーヴは俺ではなく、あの男の従者なのだ。


「俺の目が見えなくても王女が気にしないのであれば、そうなるだろうな。おまえもイーヴもあの男と同じく、俺と王女がそうなることを望んでいるのだろう?良かったな、思惑通りになって。…話がそれだけならとっとと仕事に戻れ。近衛のことは頼むと言ったはずだぞ。」

「…はい、畏まりました。……失礼します。」


 鬱陶しくなるほど暗い声を出して、トゥレンの気配が遠ざかる。そんなことを伝えるために、あんなに様子がおかしかったのか?妙な奴だ。


 ――そろそろ婚約のことをジャンにも打ち明けなければならないが…あの男との繋がりを隠したままで、どう説明する?ジャンは勘が鋭い。恐らくはもう既に、ペルラ王女の存在を不思議に思っていることだろう。

 ジャンにもティトレイにも、なにも知らせずにいたかったが…


 それが難しいことは、もうわかっていた。



 ライに仕事に戻れと言われ、隣室にいたジャンとティトレイに声をかけると、トゥレンはその足ですぐにライの自室を後にした。

 部屋の前に立つ親衛隊士と目礼を交わすと、険しい顔をしながら廊下を歩いて行く。


 ――だめだ、言えるはずがない…聞けるはずがない。俺がライ様の部屋を訪れたあの女性の話を持ち出せば、目が見えないのを良いことに監視用の映像記録機器を仕掛けたことも話さなければならなくなる。

 それだけではない…せっかく身体を動かされる気になったばかりなのに、ライ様からジャン・マルセルとヨシュアを奪うことにもなりかねん。

 ヨシュアに呼び出されていたという、軍属のティトレイ・リーグズはなにも知らなかった可能性は高いが、それでもなんらかの責任は問われることになるだろう。


 そして王宮に侵入したあの女性は…間違いなく極刑だ。


 映像で見たライ様は、俺やイーヴが見たことのない表情をなされていた。あれを見れば伺うまでもない…あの女性は、ライ様の真の思い人だ。

 見覚えのある顔だと思えば、以前イーヴとライ様の後をつけた時に見た、下町の酒場で働く踊り子だった。

 あの日、店から出て来たライ様の後を追って出て来たのではないかと推測した我々は、間違っていなかったのだ。


 俺が今回の件を陛下に報告すれば、俺はもうライ様のお側にいることは許されないだろう。ライ様がきっとそのお怒りで、俺の命を奪われるはずだ。

 なにより俺は、ライ様が大切にされている人間を一度に四人も奪い、あの方に絶望を与えてしまうことになる。


 そんなことが出来るのか?


「…俺はどうすれば良いんだ。イーヴにも相談することはできん…あいつなら知れば迷わず陛下にご報告なさるだろう。…どうすれば…」


 ――トゥレンはライに黙って現映石(シーナリー)を仕掛けたことを、酷く後悔していた。知らなくて良いことを知ったのは、自業自得だ。

 ライのことを思えば、初めからなにも見なかったことにして全て忘れてしまえば良いのだが、国に仕える軍人として生来の生真面目さから、『ライのことは逐一報告せよ』という国王命令に自らの意思で逆らうことにも抵抗を感じていた。


 自分の決断次第で、なにもかもが決まる。この国を思えばきちんと報告してライと女性の仲を引き裂き、ライが大切にしている友人二人とヨシュアに相応の罰を与えれば良い。

 そうすればライはペルラ王女と結婚し、エヴァンニュ王国の王太子となって、やがてはこの国の王となるだろう。


 ただそこに、ライの幸せは微塵もないだけだ。


 絶望に怒りと憎悪を抱えたまま王位に就いたライは、どんな国王になるだろう?…その姿を想像したトゥレンには、人を憎み、自分を憎み、誰であろうとも決して信用しない、孤独で怒りに支配された恐王の姿しか思い浮かばなかった。


 俯いて歩くトゥレンに、自室から出て来たペルラ王女が声をかける。


「トゥレン様、ここでお会いできてよかったわ、王立図書館に行きたいので付き添いをお願いしたいのです。ご都合のよろしい日を……トゥレン様?」


 立ち止まったトゥレンは、自分が幸せを願っていたペルラ王女を見て、苦悩の表情を浮かべた。王女にライへの特別な感情がなかったことは、もう知っている。

 ライが王女を愛してくれれば、二人はきっと幸せになるだろうと思い込んでいた自分が間違っていたことに気付き、王女の未来を憂慮する。


 ――もし許されるのなら、自分がこの方を幸せにして差し上げたかった。俺に王女殿下と釣り合うだけの身分があったなら、俺は…


 トゥレンは胸の中に芽生えたそんな小さな思いに名前があることを、まだ自分では気が付いていなかった。





次回、仕上がり次第アップします。

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