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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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15 束の間の休日 ①

無事に依頼を終えたルーファスは、ウェンリーと共にカーゴで王都へと送って貰うことになりました。その最中、自分の身に起きたことと、サイードのことを色々と考えているようですが…?


 ――土埃を舞い上げながら赤い回転灯を点けたままの状態で、カーゴはアラガト荒野を駆けて行く。

 何度か彷徨いていた小型魔物のすぐ近くを掠めて通り、その音に驚いた相手が慌てて逃げて行くのをぼんやりと見送った。

 もう辺りは夜の帳が降りてきて、すっかり暗くなっている。その空には星が瞬き、過ぎ去って行く窓越しの景色は、月明かりに照らされた所々にある草や木が、その影と共に黒っぽく見えるだけだった。


 俺達は現在メクレンへは戻らず、シャトル・バスの運行路を王都へと向かっている。


 サイードが消えてしまった後、ウェンリー達のところへ戻ろうとした俺は、中継施設の門まで歩いてきたところで、緊急用車両(カーゴ)ごと迎えに来たウェンリーとサナイさん達に再会した。

 あれほど結界から出ないように言ったのに、と一瞬思ったのだが、聞いたところによるとその少し前に結界自体が突然消えてしまったらしい。

 解除しない限り勝手に消滅するとは思えないので、おそらくは施術者であるサイードが消える前に解除したのだろうと考えられた。(もしかしたら予めそう設定してあったのかもしれないが)


 当初一人で戻って来た俺を見て、ウェンリー以外の三人は、サイードが魔物に喰われたのではないかと慌てふためいていた。

 彼(本当は彼女だが)がいなくなった経緯をいくら説明しても、実際に見たわけではないので中々信じては貰えなかったのだ。


 だがいつの間にかサナイさん達の信頼を得ていたウェンリーが、俺が嘘やこんな質の悪い冗談を言うような人間ではないと説得してくれ、他に考えられる理由も思い当たらないことから、首を傾げながらもようやく納得してくれたのだった。


 サイードのことはともかく、無事に変異体を討伐し終えたことと、ハネグモの通常体が完全に散ったことを踏まえ、安全が確保されたと判断したサナイさんは、すぐに共鳴石でシャトル・バスの運行再開を指示。その後で俺とウェンリーが元々は王都へ行くつもりだったことを知ると、多少遅くなっても今日中に着けるようにと、そのまま送ってくれることになったのだ。


 そして今、そのカーゴの一番後ろの座席に俺とウェンリーが座り、運転席寄りの後部座席にサナイさんが、運転席と助手席にそれぞれ男性社員の二人が乗っている。


 再び車両に乗り込んで以降、俺がずっと黙りこくったままなので、横にいるウェンリーはこちらを気にしながらも、話しかけて来るのを躊躇っている様子だ。

 俺はと言えば、もちろんそのことに気がついてはいるのだが、あえて窓の外に視線を向け続けることで、少しの間放っておいて欲しい、と暗に態度で示していた。


 別にこれはウェンリーを無視しているというわけじゃなく、サイードの言動を含め、今日自分の身に起きた一連の出来事を、どう説明したものかと未だに悩んでいるからだった。

 今思い返してみても、サイードが記憶を失う前の俺の知り合いであることだけは間違いがなさそうだった。それはあの時向けられた言葉からも容易に推測できる。


『この姿を見ても、まだ私のことを思い出せませんか?』


 つまり、俺は元々彼女のあの目立つ姿を知っているはずだ、ということなのだろう。記憶を失ってからのこの十年の間、若しくは飛ばされた先のどこかで出会っていたのかとその可能性も考えたが、もしそうであれば簡単に忘れてしまえるような相手じゃない。

 それになにより、これまで一度も使ったことのない俺の魔力回路を、〝正常に戻した〟と言っていたことと、自分の腕を傷付けてまで俺に治癒魔法を使わせようとしたあの行動が、どう考えてみても俺のためだったとしか思えないからだ。


 今の段階でこれは俺の推測でしかないが、サイードが自分の正体を隠し、守護者だと嘘を吐いてまで協力を申し出たのは、最初からそれが目的だったからなのではないかと思う。

 もしかしたら…その中には、俺が彼女のことを思い出す、ということも含まれていたのかもしれないが、そちらの方は結局叶わなかった。

 そのことから思うに、サイードは単なる知人ではなく、本当はかなり親しい間柄なのかもしれない。


 そんな風に、俺の中である程度の整理がついた頃、助手席の男性が後ろを振り返り、ようやく王都の灯りが見えて来たと告げる。

 前を見るとまだ少し遠いが、確かに王都の巨大な外壁と二重門(ダブル・ゲート)の上に灯された大きな篝火がチラチラと揺らめいて見えた。


 俺がここへ来るのは随分と久しぶりだが、遠くからでも見えるこの外壁は、相変わらず物々しい。たとえ大型の魔物が襲撃してきても、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしないだろう。


 少しずつ近付いて来る王都の手前で、共鳴石の端末にサナイさん宛の通信が入った。それを受けた彼は、通話用の機器を装着してから端末を操作し、返事と確認を繰り返していた。

 その様子を横目で見ていた俺は、なんとなく内容を察していたが、通信を終えるとサナイさんは予想通り俺を見て話を切り出した。


「――魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の方には依頼完了の連絡を入れておいた。その上で調査を頼んでおいた部下から、確認が取れたと連絡が来たよ。やはりギルドの守護者登録名簿にサイード・ギリアム・オルファランという名前は存在しなかったそうだ。」

「そうですか…。」


 わかっていたことだけれど、やっぱりそうか。元よりあるはずがないと思っていたけど…これできちんと確かめられたわけだ。


 俺が再び黙ったのを見ると、ウェンリーが気になっていたのか、当たり前と言えば当たり前の疑問をサナイさんにぶつける。


「あのさ、依頼はこれで無事に終了したんだよな?けど報酬はどうなるんだ?確かサイードと折半するって約束だったよな。」

「うむ、それなのだが…残念ながらサイード君には一切支払われない。個人的な私契約であるのならともかく、今回の緊急討伐依頼はギルドを通してのものだった。そうである以上、規約に則って守護者以外の人間に報酬を渡すことはできないのでな。」

「ふ〜ん…そんな決まりがあんのか。」


 サナイさんは既にギルドに渡してある報酬の全額が、今日中に俺の口座に入金されることを告げた。

 これを聞いたウェンリーは、〝やったじゃん、ルーファス。〟と喜ぶような声を出したが、直後にそれを否定し、素直に喜べるわけねえか、と俺を気遣って無理に笑顔を作って見せた。



 そうこうしているうちに、二重門(ダブル・ゲート)のすぐ横にあるシャトル・バスの発着所に到着した。王都は運行路線が十本もあるために、発着所もその数だけあって巨大だ。

 だが俺達が乗ったカーゴは緊急用車両なので、複数ある乗り場の枠外にある発着所に滑り込んで行く。


 王都から国内の全方向へと向かう各発着所(ターミナル)では、メクレン経由の乗り場に限って混雑していた。

 運行が再開されてまだそんなに時間が経っていないせいか、最終便が出発する時間帯になっているにも関わらず、普段の倍以上の乗客で未だ混乱状態だ。

 事件と関係のない街へ向かう便は閑散としているのに対して、メクレン方面へ向かう乗り場では複数台の車両が列をなし、順番を待つ乗客を片っ端から飲み込んでいる。


 そんな状態のシャトル・バスを横目で見ながら、俺とウェンリーはここまで送ってくれたサナイさん達と、王都に入る前に別れの挨拶を交わすことにした。


「わざわざ王都まで送ってくれて、ありがとうございました。」


 俺が当たり前にお礼を言うと、困り顔をしてサナイさんが俺に答える。


「おいおい、礼を言わねばならんのはこちらの方だろう。変異体の討伐、見事だったよルーファス君。今日は本当に助かった、ありがとう。」

「…いえ、俺一人の力ではありませんから。」


 これは俺の本音だ。最終的に魔法で止めを刺したのはサイードだし、ハネグモの通常体を一掃出来たのも彼女の魔法があってこそだった。そこでふと今さらなことを思い出す。


 …そう言えば、あの大量のハネグモを討伐するために、巣喰っていた建物ごと爆破してしまったけど、大丈夫だったのかな?

 まあ…もし責任を追及されても、守護者はギルドの規約である程度守られている上に、最終的には八百匹ものハネグモが生息していたのだから、そういう場所を解体せずに放置していたと、逆に会社側が賠償責任を問われかねないだろうから…心配は要らないか。


 なにも言われていないし、これ以上は俺が気にすることじゃないよな、と懸念を振り払う。


 俺達の会話の最中にも、シャトル・バスは次々に発着所を出て行く。それを見て俺は、色々あったけれど結果として人の役に立てたことは喜んでもいた。


「それとこれは私からなのだが――」


 そんな俺と横に立つウェンリーに向けて、サナイさんが上着の内ポケットをゴソゴソ探ると、なにかを差し出してきた。


「これは…?」


 それを受け取った俺達は、そのカード状の表面に記載された文字を見る。俺より先に瞬時にそれと気づいたウェンリーが、目をカッと見開いて大きな声を出した。


「うおお、シャトル・バスの自由乗車券(フリーパス)!?しかも無期限だぜ、ルーファス!!」


 確かに自由乗車券だ。しかもよく見ると運行路すら限定されていない。…ということは、これさえあればいつでも国内のどこへでも無料でシャトル・バスを使用した移動が可能になる、と言うことだった。


 大喜びではしゃぐウェンリーを、まるで期待を寄せた若者へと向けるような温かな目でニコニコしながら見ているサナイさんが続けた。


「我が社が運営するシャトル・バスであれば、これだけで国内のどこへ行くにも自由だ。守護者であれば今後遠くの街へ移動することがあるかもしれない。その時には是非役立ててくれたまえ。」


 簡単にそう言うが、その価値は計り知れないのだ。こんな貴重なものを、本当に貰ってもいいのだろうか?

 遠慮がちに迷う俺を他所に、ちゃっかり受け取ったウェンリーは、もう返さねえぞ、と言わんばかりにすぐさま上着の内ポケットへとそれを仕舞い込んだ。


「すげえ!!ありがとう、サナイのおっちゃん!!」

「おっちゃ…ウェンリー!!」


 なんてお礼の言い方をするんだとギョッとした俺は、失礼だろう!と慌てて窘める。だがサナイさんは寧ろ好意的にハハハ、と朗笑してウェンリーを見ていた。


「では我々はそろそろメクレンに戻るとするよ。」


 一通りの挨拶を終えると、少し名残惜しそうにサナイさんはそう言った。また随分とウェンリーは気に入られたみたいだ。俺が離れている間に、なにかあったんだろうか?


「色々とお世話になりました。」


 傍にいた二人の男性達とも短い会話を交わし、俺はぺこりと頭を下げてウェンリーと一緒に笑顔を向ける。

 そうして彼らは再びカーゴに乗り込むと、またメクレンへ向け来た道を戻って行った。


 俺達は王都の中へ入るために、眼前の聳え立つ外壁に開かれた二重門(ダブル・ゲート)へと歩き出す。


 ここの外壁は高さが十メートル以上もあり、この巨大な街をぐるっと隙間なく囲んでいるそれ自体が、全てなんらかの王国軍関連施設となっていると聞く。つまり、頑強な外壁と内壁で建てられた二重の壁そのものが、建物として使用されているのだ。


 エヴァンニュ王国の南方に向けて開かれている、王都正門となるこの二重門(ダブル・ゲート)は、その名の通り、分厚い金属製の大扉が外側と内側の二重に設置されている。

 外側の扉は外へ向かってしか開かず、内側の扉は内側に向かってしか開かないようになっており、しかもその間にさらに非常事態にのみ使用される、左右から横に滑らせる可動式の、厚さが五十センチもある鋼鉄製防御壁まで備えられているのだ。


 エヴァンニュ王国の建国は今から千年ほど前で、その前十余年ほどの期間は、フェリューテラの歴史上『古代戦争期』と呼ばれている。

 その頃は世界中が自国の主要都市を守るために、魔物や敵国と戦った混沌の時代だと言われていて、この外壁もその建国当時、外敵から国と国民を守るために建造されたものなのだそうだ。


「へへ、俺守護者じゃねえし、なんもしてねえのに…こんなん貰っちまっていいのかな?」


 歩き出してすぐにそう言うと、仕舞ったはずのフリーパスをまた取り出して、もう一度嬉しそうに眺めながらウェンリーは破顔する。


「…いいんじゃないか?良かったな、ウェンリー。歩きながら眺めないで、落とさないようにきちんと仕舞っておけよ。」


 一応その自覚はあったのか、と俺は微苦笑しながらそう注意を促した。


 左右に複数人の守備兵が立つ二重門(ダブル・ゲート)を通り抜けた後、門から入ってすぐの大噴水広場で一度足を止めると、ウェンリーが俺に向き直る。


「どうする?先にこのままギルドに寄ってくのか?後で出直してもいいけど、確か総本部はすぐこの近くにあるんだったよな。まだ九時前だし、換金したりすんなら付き合うぜ。」

「ああ、そうだな。」


 今回の特殊だった変異体の情報は、依頼完遂の連絡時点でサナイさん達の方から既にギルドへの連絡は行っている。だから後は俺がその証拠となる検体部位を提出して、詳細を調べて貰うだけだ。


 ――あの特殊な変異体は、出現してからかなりの月日が経っているような感じだった。外殻の硬質化が魔法を半減させるほど進んでいたし…ひょっとしたら変異体がさらに変異したものだったのかな。

 …なんにしても、今後あんなのが蔓延るようになったら、その危険度は今までと比べものにならないぐらい跳ね上がるだろう。…嫌な予感しかしないな。


 俺は短く溜息を吐き、再びウェンリーと歩き出す。


 王都には広大な範囲を補うために、合計三カ所に魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の建物が点在しており、二重門(ダブル・ゲート)から一番近い場所に最も大きなエヴァンニュ王国の魔物駆除協会総本部がある。

 そこは大通り<メインストリート>より手前の通りを右に曲がって、少し進んだ商店街の裏側に位置するような場所にあり、かなり広大な敷地に三階建てのドッシリとした長方形の箱が横向きに鎮座している感じだ。


 外観や敷地の広さに違いはあれど、一歩中に入ってしまえば、その殆どはどこも大体同じ造りになっている。

 一階が民間人用の階で、上階が守護者専用階、その上に簡易宿泊設備などがあり、警備室脇の階段前に検問所<セキュリティゲート>が設けられている。

 当然民間人が上階に入るには、ハンターの同行が絶対条件で、許可証の発行が必要なのも全て同じだ。


 普段と同じく俺は、ウェンリーを連れて専用階に入り、窓口で変異体の報告と検体部位の証拠品を提出をした後、戦利品の換金もついでにと思ったのだが…


「――は、824体分の戦利品ですか…!?」

 …と、窓口で驚いた受付嬢に大きな声を出されてしまった。


 当然ザワついた階内で周囲のハンター達が一斉にこちらを見る。


「デジャヴかよ。」と、ぼそりと横で、今日は大人しくしているウェンリーがジト目をしながら呟いた。


「悪いけどあまり大きな声を出さないでくれないか?目立ちたくないんだ。」


 俺がそう眉を顰めて小さく窘めると、彼女は「す、すいません…」と謝った。


「無限収納から直接素材の移動は可能だろう?問題はないはずだけど。」

「あ、はいもちろんです。ですが先程の特殊な変異体といい…このハネグモも、今日一日でこれだけの数を討伐されたんですよね?いったいどこにこんな数の魔物がいたんですか…?」


 不安気に少し青ざめた表情で問いかける受付嬢の、その心中もわからなくはなかったので、仕方なくシャトル・バスの一件と、中継施設での出来事を簡単に説明することにした。

 するとその話は情報として全ギルドに既に伝わっているらしく、俺の守護者情報を確認して理解してくれたようだった。


 ところがここで、俺は思わぬ話を聞かされることになる。


 実は今朝、ここのギルドで依頼を受けて、王都から東の方向にある『ムーリ湖』へ変異体の討伐に向かったパーティーが全滅したそうなのだ。

 結局その変異体は逃げてしまい、今も行方がわからないらしい。そこで出来れば俺に協力して貰えないか、と受付嬢から直接仕事の打診をされたのだ。


 それと言うのも今日この時点で、俺の守護者等級がリカルドと同じ『Sランク級』に昇格したからだ。いつの間にか昇格条件を満たしていたらしい。


 前にも言ったが、Sランク級守護者は変異体を単独で倒せるくらいの実力を持っている。だがエヴァンニュ国内にはリカルドを含め数えるほどしかおらず、その拠点もバラバラで、王都に至っては一人もいない。

 その上依頼を失敗して全滅したのは、Aランク級守護者が集まった実力者達のパーティーだったようで、Aランク級パーティーでも討伐に失敗するようならもう、俺のように偶然居合わせたSランク級守護者に頼むしかないのは、至極当然のことだった。


 もちろん俺の方も現在それの居場所が判明していて、民間人に被害が出ている最中なら話は別だと考えたかもしれない。

 だがその変異体は逃げたまま行方がわからず、もし俺が引き受ければ時間をかけて探し出さなければならなかった。そうなればウェンリーと一緒にいるどころか、討伐し切るまで王都からヴァハに帰れなくなってしまう。


「――申し訳ないけど…難しいと思う。俺は普段ヴァハの村を一人で守護していて、今日は偶々王都へ来ているけれど、村を守る為に殆ど遠出はしないんだ。」


 言葉通り申し訳ないのだが、そう言って断るしかなかった。


 全ての用事を済ませてギルドを出た後、大通りに向かって歩き出すと、ウェンリーが後ろを振り返ってすっきりしない顔で言う。


「あんな暇そうに屯してるハンターが大勢いんのに、まともに変異体を倒せる力がある奴はいねえのかよ。…まさか窓口で受付嬢が直に話を持ちかけてくるなんて驚いたぜ。」

「…それだけ切実なんじゃないか?エヴァンニュに変異体が出現し始めたのはつい最近のことだし、実際このところ俺も魔物が急速に強くなっているように感じる。いくら守護者だと言っても、誰もが変異した魔物にすぐに追いつけるほど簡単に強くなれるわけじゃないんだ。」

「…まあそりゃわかるけどさ…。」


 そう言っても納得のいかないような顔をしてウェンリーは黙った。


 その後大通りまで歩いて出た俺達は、都合良く目の前の停留所に到着した王宮行きの『ラインバス』に乗り、今度は終点の城門前広場を目指す。

 窓から見える延々と続く商店街は、明日からの国際商業市(ワールド・バザール)の準備に追われ、いつも以上に人が溢れているようで、もう良い時間に差し掛かっているというのに、まさしく祭りの前夜祭といった感じだ。


 因みに俺達が乗っているこの『ラインバス』というのは、一定間隔に設置された停留所で乗客を乗降させる、火属性の魔法石『精炎石/イフリートストーン』を使用した炎熱力で動く乗り物のことだ。

 これもシャトル・バスのように箱形をした軽金属外装の車両で、同じく金属製の車輪が下部に軸で回転するよう取り付けられている。


 このラインバスの駆動機器を動かすには、ハネグモを一掃する時に使った『液体燃料』と精炎石の両方が必要で、機器の動作音が大きく、雷石ほどの持続性がないため、魔物がいるような街の外や長距離を移動するのには向いていない。

 また精炎石は瞬間的な爆発燃焼力が高く、扱い方を間違えると危険なため、あまり大きな塊は使用できないことになっている。


 その仕組みを簡単に説明すると、精炎石の小さな塊で火をつけ液体燃料を燃やし、その液体燃料を過剰供給にならないよう細かく調整しながら補給して動かしているという感じだ。

 当然それを動かすのは高い技術が必要なため、事故などが起きないように決められた金属の線上を一定の力で進むように設定されている。それが名前の由来にもなっているのだ。


 ガタゴトと揺れる微妙な震動がなにげに眠気を誘うラインバスは、シャトル・バスよりも多い六十人ほどの乗客を一度に運べる。

 適度な揺れに昼の戦闘疲れ、うるさ過ぎない乗客の気配とざわめきに、半分ウトウトしかけた頃、ようやく俺達は終点の城門前広場に到着した。


 眠くなってショボショボし出した目を擦り、前を行く人の列に続いて車両から降りると、脇に避けて一旦大きく背伸びをする。

 俺達の目的は王宮ではなく、この広場を左にぐるりと回った先の軍事施設内部にある居住棟なのだが、同じ終点で降りた乗客が多く、歩いて行く方向まで一緒だったのでなにかあるのかと疑問に思った。


「――この方向には王国軍関連の施設しかなかったはずだよな?こんな時間から見学会とか考えられないし、やけに民間人らしき人間が多くないか?」


 ぞろぞろと同じ方へ向かう人達の中には、まだ幼い子供からかなりの年令のお年寄りまで様々な人の姿が見える。


「あ、そうか、確かアンドゥヴァリが帰って来てるんだよ。親父の手紙にそう書いてあった。」

「アンドゥヴァリ…?それ、戦闘輸送艦の名前だったか。」

「そ、一年半ぶりぐらいの帰還なんじゃね?多分久々の休暇で俺らみてえに家族が面会に来てんじゃねえかな。」


 …そう言うことか。戦闘輸送艦アンドゥヴァリ…王国軍唯一の戦闘兵や物資を運ぶ巨大飛空挺…それに乗る軍人達は、これだけの家族をエヴァンニュに残しながら、わざわざ殺し合いをするために遠いミレトスラハ(くんだ)りまで出かけているんだな。


 ――戦争か…


 俺は戦争や人間同士の争いが虫唾が走るほど嫌いだ。心の底から嫌悪していると言ってもいい。

 人間は千差万別の生物で、その数だけ個々人の思想や考え方があり、他人と意見が合わなければ衝突するのも当たり前だ。そうやってぶつかりながら理解を深めることがあるというのも良くわかってはいる。

 だが俺は人同士の諍いを見ているだけで、胸に渦を巻く不快感にどうしても耐えられないのだ。


 だからこそヴァハでも自分がその火種にならないよう極力気を付けるようにして来たし、人と揉めたくないからあえてなにも言わないようにもしている。

 なにか言われてもあまり気にならないのも事実だが、それ以上に本格的な揉め事が起きて、その場から生じる負の感情に触れたくないというのが本音だ。


 そんな俺の中で軍人という存在は、どうしても戦争を行う人間、という印象が強く、一括りにするのは良くないとわかっていても、居丈高で横柄な人間が多いこともあって決して好きにはなれなかった。


 まあ嫌なら俺が最初からここへ来なければ良かっただけの話だ。王国軍の施設に自分から来ておいて、戦闘輸送艦の話を耳にしたから不愉快になるとか…筋違いもいいところだな。

 …そう思い、勝手に一人で考えて勝手に一人で完結する。


 俺の横に並んで歩くウェンリーと、そのまま広場の柵沿いに進んで行くと、簡易式布幕が張られた軍事棟の入口で検問にあう。


「――そこの君達、軍関係者に面会ならこちらで検問を受けてくれ。」


 と、三十代半ばくらいの警備兵に呼び止められ、有無を言わさずにすぐ横の検問所まで誘導されることになった。

 仕方なく受付に歩いて行こうとすると、今度は装備している武器を見て、俺の目の前にどこからともなく近寄ってきた憲兵が立ち塞がった。


 守備兵は外敵(主に盗賊や破落戸など人間が相手)から町や人などを守る軍兵、警備兵は警備を担う軍兵だが、憲兵は主に犯罪などを予防、捜査、取り締まる社会的な秩序を維持する軍兵だ。

 憲兵のそれは、事前に犯罪が起きるのを防ぐために、怪しい人間に声を掛けて職務質問をするなど、民間人に対して目を光らせることも仕事の一環だが、中には軍人以外が武器を持つことを嫌う兵士もいる。

 そういう兵士は、大抵相手に事情も聞かず、こんな風に立ち塞がったりしてくるものだ。


「待て、一般客の武器の携帯は禁じられている。先ずは来客用入口の左にある装備品預かり所で武器を預けるのが先だ。」


 厳つい顔のがっしりとした四十代前半ぐらいの憲兵は、ジロリとこちらを睨むと、傲岸不遜な態度で早くしろと言わんばかりに俺達を見た。

 ウェンリーは〝ええ〜!?マジかよ〟とぼやいただけだったが、案の定こちらの事情も問わずにそう言った男の態度に、俺は瞬時に苛ついて睨み返した。


「――俺は守護者だ。王国の軍施設と言えど、余程でない限り身元がはっきりしていれば、最低限の武装が許されるはずだ。それでも武器を預けろと言うのか?」


 これだから俺は軍人が嫌いなんだ。


 俺の機嫌が殊更悪くなったことに気がついたウェンリーは、横で〝まずい!〟という顔をしている。

 反抗する気か?と人を見下した目で見る男に、俺が腹を立てる直前、受付に立っていた警備兵が割って入った。


「失礼しました、守護者の方でしたか。ではID端末をこちらでご登録の上、身分証の提示と必要書類にご記入をお願いします。」


 その警備兵は俺を宥めるように明らかに対応を変える。


 俺達守護者は、突発的な魔物の襲撃やそれに関わる事件などに即応するため、ある程度の特権を持っている。それと言うのも近年街中に魔物が侵入したり、街のすぐ側で魔物が暴れたりする事件が後を絶たないせいだ。

 場合によって危険だからと都度武装を解除していたら、いざという時に丸腰で役に立たない、なんてことになりかねない。

 もちろん一定のランクと実績が必要だし、誰でも彼でも許可されるというわけでもない。だが軍属の兵士はその殆どが魔物と戦えないため、武装もやむなしというところなのだろう。


 警備兵が俺の前で、ウェンリーにも同じことを言おうとしたので、俺が止めに入る。


「ウェンリー、おまえはだめだ。武器を預けて来いよ。」


 あわよくばと思っていたらしいウェンリーは、ちえ〜とぶつくさ言いながら装備品預かり所へと向かった。


 油断も隙もない。それを見逃したら、俺が責任を取らされることになるんだぞ、まったく。


 その後手続きが終わった俺は、剣の携帯が許可され、ごゆっくりどうぞ、とにこやかに微笑む警備兵に少し機嫌を直し、まあいいか、とウェンリーが来るのを少しの間待っていた。




 ――ルーファス達が軍事棟に到着する少し前…


 王宮の謁見殿と渡り廊下で繋がった、紅翼の宮殿二階の廊下に、上機嫌で鼻歌まで歌いながらズンズンと歩くトゥレンと、そのトゥレンに右腕を掴まれた状態で無理矢理引っ張られながら歩くイーヴの姿があった。


 イーヴは眉間に皺を寄せ、なんとか腕も外そうと(もが)くも、トゥレンの握力の方が強く、ガッチリと掴まれたままビクともしない。


 そこで仕方なく言葉での抵抗を試みる。


「おい、トゥレン!なぜ私まで行かねばならないのだ、明日までに済ませたい書類の整理が――」

「まあまあそう言わずに付き合え、イーヴ。部屋の片付けは終わったのだし、休暇中まで仕事をするなといつも言ってるだろう。」


 イーヴのお決まりの言い訳など聞かん!と言った態度で、豪快に談笑しながらトゥレンの足は軽快に進む。

 一年半ぶりに家族と会えるのだ、嬉しくないはずがない。


マキュアス(マック)の奴、来年は士官学校に入るんだそうだ。きっと背も伸びて大きくなっているのだろうな。会うのが楽しみだ、そう思わないか?」


 ニコニコ顔の幼馴染を見て、〝だめだ、これは〟とイーヴは抵抗するのを諦めた。


「…おまえの年の離れた異母弟(おとうと)か。そう言われても士官学校に入る前はまだ赤ん坊だったし、私は殆ど会ったことがないのだ、すまんが顔も覚えていないぞ。」


 溜息を吐いて諦め顔でそう言うと、トゥレンは〝冷たい奴め〟と口を尖らせた。


「俺達が近衛に昇進したと聞いて、あいつはあんなに会いたがっているというのに、おまえと来たら――」


 イーヴはギクリと反応し、まずい、トゥレンの小言が始まる、と即座に遮る。


「ああ、わかったわかった!わかったからいい加減に腕を放せ。とにかく私も顔を見せればいいのだろう、おまえはそれで満足するのだな?」


 朝から引っ越し荷物の片付けをする中、散々家族についてあれこれ言われ続け、イーヴはもう耳を塞ぎたい思いで一杯になっていた。

 そのうんざりとした表情を見て、トゥレンは〝はあぁ…〟と深く大きな溜息を吐く。


「…本当におまえは変わったな。俺が記憶する限り、士官学校を卒業して王国軍に入った頃からか?以前はあんなに家族思いで両親と妹を大切にしていたのに…今ではこうして久しぶりに国に戻っても、連絡すら取ろうとしない。いったいなぜなのだ、イーヴ。」


 トゥレンからさっきまでの笑顔が消え、心の底から幼馴染を心配する親友の顔になっている。

 それを見て一瞬、イーヴの淡々とした表情が崩れたものの、すぐに視線を逸らし否定の言葉を告げる。


「連絡ならちゃんとしている。両親やアリアンナを大切に思っているのも変わりはない。ただ…改まって会うとなっても、なにを話せばいいのかわからないし、これだけ長い期間離れてしまうと気恥ずかしいだけなのだ。」

「嘘だな。」

「な…っ」


 イーヴが言い終えて秒の間も空かぬ内に、トゥレンはそれを強く否定する。


「おまえは嘘吐きだ、イーヴ。適当なことを言って俺を騙せると思うなよ。」


 ジト目で顔を覗き込まれ、引き気味になってもイーヴは、まだ言い通そうと続ける。


「だ、騙そうなどと思っていない、私は――」

「いいや、言い訳しても無駄だ。その証拠を俺がこれから見せてやる。とっとと軍事棟のエントランスへ行くぞ。」

「証拠?おい、トゥレン!私の話を――」


 背を向けて少し怒り気味の気配を放ちながら、ズカズカと歩いて行くトゥレンの後を、慌ただしくイーヴが追いかける。


 そして…現在、軍事棟エントランス。


 ちょうどたった今、入口の自動扉からルーファスとウェンリーが建物の内部へ足を踏み入れたところだ。



「まさか武器を取り上げられるとは思わなかったぜ。しかも守護者は携帯を許されるとか、初めて知ったし。」


 不満げに口を尖らせるウェンリーがぼやく。


「まあBランク級以上の守護者の特権だな。他にも実績とか、信用度とか色々な条件があるけど…」

「そう言やあ、ルーファスって守護者ランクはどんぐらいなんだ?」

「…え?」


 唐突に尋ねられ、俺はギクリとなった。


 ギルドで受付嬢の話を聞いていたんじゃなかったのか…?てっきりわかっているんだとばかり思っていたのに…


「ああ…まあ、それなりだよ。」と適当に誤魔化す。


 どうせそのうちにわかるだろうけど、答えるにしても場所が悪い。こんなに人の多いところでSランク級に昇格しただなんて言おうものなら、また注目を浴びることになるじゃないか。


「それより、到着したことをラーンさんに連絡するんじゃないのか?受付はあっちみたいだぞ。」


 しつこく聞かれる前にそそくさと、人の列が続いていた窓口を指差して話題を逸らすことにし、その辺で待っているから、行って来いよとその背中を押しやった。

 ウェンリーは一瞬怪訝な顔をしたものの、〝んじゃ行って来る。〟とその場所へ走って行く。


 …上手く誤魔化せて良かった。そうホッとした俺は、あちらこちらで制服を着た軍人とその家族が面会しているらしい合間を、邪魔にならないよう避けて移動する。

 そのすぐ側で、富裕層らしい身形の良い貴婦人が手を上げて誰かを呼んだ。


「――トゥレン!」


 その貴婦人の嬉しそうな表情に釣られて、思わず俺もその相手を見てしまう。


 俺の前から歩いて来るのは、人好きのしそうなとても優しげな笑顔が印象的で男前の、がっしりした大柄な男性と、少し細身だが明るめの薄い茶髪に同色の瞳が美男子を思わせる、生真面目そうなカッチリとした男性だ。


 ――白地に薄いグレーと金色の唐草刺繍…濃紺が基本色の制服?…警備兵でも憲兵でもない、見かけない軍服だな。…そう思った。


 その歩き方、滲み出る佇まいを見た感じ、それなりに腕も立ちそうだが…所詮は俺の嫌いな軍人だ。


 俺はそう思い、一瞬…ほんの一瞬だけ、彼らを一瞥してそのまま擦れ違った。


 その瞬間、俺の頭に直接〝なにか〟が呼びかける声なき声が響いた。


 ――『マスター!!』


 …え…?


 その叫び声にも似た〝なにか〟の呼びかけに、俺は顔を上げ、その方向を振り返ったのだった。


差し替え投稿中です。※2023/03/13現在。

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