151 戦闘用人形プロートン、デウテロン、テルツォ
囚われた魔法檻から抜け出し、封印された出口の前で、背後に現れたサイードそっくりな人物は『プロートン』と名乗りました。その上自分を戦闘用人形だと言い、彼は予想外の言葉を告げます。問答無用で戦闘に突入することになったルーファスとウェンリーですが…?
【 第百五十一話 戦闘用人形プロートン、デウテロン、テルツォ 】
「いったい…なにを言っているんだ?戦闘用人形だなんて…悪い冗談はやめてくれ、あなたはどう見ても人間じゃないか。」
――離れていてもわかる、産毛の生えた肌の質感に見事な碧髪。長い同色の睫毛にサイードと同じ金色の瞳。俺の『真眼』で見ても、到底作り物の人形だとは思えなかった。
「ああ、そうですか…あなた方は人工生体物を知らないのですね。人界では『人形』と言えば、姿形だけを模した玩具のことを言うそうですから、それが意思を持って動くなど考えられないのでしょう。ですが私は、人間のように見えても間違いなく作り物です。――その証拠に…」
『プロートン』と名乗った男性姿のサイードにそっくりな彼は、指先に鋭い刃先を出現させていきなり自分の腕を傷つけた。
「なにを…!!」
――その姿が、一瞬あの時と重なる。俺に治癒魔法を教えるために、自らを剣で傷つけたシャトル・バスの中継施設で見たサイードの姿だ。
あの時サイードの腕からは、俺達と同じ真紅の血がポタポタと滴り落ちていた。そのことに驚いた俺は傷を治そうとして、記憶を失ってから初めて治癒魔法を使うことができたんだ。
ところが自分を『作り物』だというプロートンの腕からは今、サイードの碧髪のような真っ青な液体が流れ出ている。
少なくとも赤い血が流れるサイードとは、明らかに違う存在だと言うことはわかった。
青色の血液…俄には信じられないけど、本当に人間じゃないのか。
プロートンは俺達によく見えるように掲げた腕を下げ、その青い液体を舌で舐めながら流し目で俺を見る。
「どうです?私の血は青いでしょう。これは血液の代わりをする、人工生体物の特徴である循環液です。これを見てもまだあなたは、私を人間だと思いますか?」
「そ、れは…」
目を細めて笑みを浮かべながら言うプロートンの言葉を、俺は信じないわけにはいかなくなった。
…少なくとも俺達と同じ人間ではない、よな。普通の人間じゃないと思っている俺でさえ、流れる血はウェンリーと同じ赤色だ。でもなぜわざわざ今、そのことを俺に教える…?
まるで人じゃないから殺しても問題ないと言わんばかりだ。
「――無駄話はここまでにしましょう。ここ『ユラナスの塔』最上階で、ギリアム様がお待ちです。途中三階層ごとに鍵のかかった扉があり、その鍵は私達が持っています。入手条件は鍵の所持者を倒して奪うこと。この塔から出たければ、戦闘に勝利し先へ進みなさい。」
「なんだって…?」
「それが出来なければ、あなた方はここで終わりです。」
そう言うなりプロートンは、サイードがいつも手にしている長杖ではなく、左右の手に出現させた青く光る『双剣』で襲いかかって来た。
――問答無用か!!
「ルーファス!!」
「下がっていろ、ウェンリー!!」
俺はさっきゴーレムと戦った後で階段を上る前に、念のためと無限収納から出して装備しておいた『シルバーソード』を引き抜いて戦闘に入った。
「遅い!!」
プロートンはその声と共に一瞬で間合いを詰め、俺を攻撃範囲に捉える。
「くっ…!!」
外見がサイードにそっくりでも、攻撃手段やその行動は全く違うようだ。もしかしたらサイードも、実はプロートンのような能力を隠し持っているのかもしれないが、そう判断出来るほど俺はサイードと一緒に戦った経験がなかった。
次々と双剣による猛攻を繰り出すプロートンは、俺に身体強化の魔法を唱える僅かな隙も与えてくれず、初撃から防戦一方になった俺は、避けきれずに顔や腕を掠めた剣撃によっていくつもの細かな傷を負って行く。
俺の記憶にある限り、プロートンはこれまで戦ったことのある、どの敵よりも攻撃速度が異様に速かった。
――人形だと言う通り、これほど攻撃を続けても疲れることを知らないのか!?魔法を唱える隙がない…少しでも足を止めたら切り刻まれる!!
「させるかよ!!こいつを…喰らええっ!!!」
ウェンリーのその声が聞こえ、俺の左斜め後方から、光を纏って高速回転するエアスピナーが飛んで来る。
ハッとして俺から後方へ飛び退き、ウェンリーの攻撃を避けて距離を取ったプロートンだったが、足が床に着地して動けるようになるまでの僅かな隙ができ、そこへ魔法石による風魔法『ラファーガ』が直撃した。
ウェンリーがエアスピナーでの攻撃に続けて、タイミング良く魔法石を使ったのだ。
ゴオッ
魔法が当たる瞬間、プロートンは驚愕していた。
ウェンリーが使った魔法石は、プロートンの正面からではなく真横から魔法を発動し、対応しきれなかった彼は吹き飛ばされて、俺の右側にあるユラナスの塔の頑強な壁に叩き付けられた。
周囲に塔が揺れたんじゃないかと思うほどの、ドゴオンッという衝撃音が響き、プロートンは壁で跳ね返って床に落下する。
推測だが彼は、ウェンリーから放たれる魔力が極端に低く、魔法を使えないと気付いていて、俺以外から魔法攻撃が来るとは思っていなかったんだと思う。
今の内に…!!
大きな損傷を受けて倒れたプロートンを見て、俺は直ぐさま自分とウェンリーに身体強化魔法をかけた。いつものように戦闘フィールドを展開し、フォースフィールドでステータスを底上げ、クイックネスで反応速度と素早さを上げる。この後も続く戦闘を考えての行動だったが、すぐに必要が無くなった。
「まだまだあっ!!!」
その間にもウェンリーは追撃の手を緩めず、重力をかけて上から押し潰す『グラビティ・フォール』の魔法石を使う。
空気が圧縮されるようなギュオオオオッ、という音がして、空中に出現した重力の球体がプロートンに伸し掛かった。
「ぐあああああああッ!!」
ウェンリーが所持している魔法石は全て俺が作ったもので、無強化状態の俺と同等の威力があり、防御魔法で軽減しないと甚大な損傷を受けることになる。
おまけにウェンリーは自分の魔力を使って魔法を放っているわけではなく、所持している魔法石が尽きない限り、いくらでも攻撃を続けられるのだ。
そうして立て続けに使用した魔法石の重力球が直撃し、プロートンを押し潰そうとして、身体の骨が軋むミシミシ言う音が響いた。
サイードの顔、サイードの声で、苦痛に叫ぶ彼を見た俺は怯んでしまう。苦しんでいるのはサイード本人ではなく、人間ですらないと、そう頭でわかっていても、途轍もなく嫌な気分になったからだ。
――戦って鍵を奪えだなんて、どうしてこんなことをさせるんだ。俺の力を見せろと言った時もそうだ。サイードはこの苦しむプロートンの姿を見ても、なにも感じないのか?
召喚したスカラベを嗾けて、ネアンを見殺しにしろと言われたあの時、サイードに抱いたモヤッとした気持ちの正体がわかった。…憤りだ。
自分が召喚したもの、作り出したものに対しての、ぞんざいな扱いと存在を軽視する関心の無さ。
サイードそっくりな彼を、人間と同じく意思を持ち痛みを感じるように作っておきながら、創造主の命令として俺達と戦えと言う。それも俺に倒されることを前提としてだ。
はっきりとわかる。今のサイードは、俺に治癒魔法を教えてくれた彼女とは別人だ。こんなことが出来るサイードは、俺が深い思いやりと優しさを感じたあの人じゃない…!
「なにしてんだ、押さえ込んでる内に追撃しろよ、ルーファス!!立ち上がったら厄介だって!!」
ウェンリーにそう怒鳴られても、俺はもうプロートンを攻撃する気にはなれなかった。作り物だとかそんなことはどうでもいい。上階への扉を開く鍵を持っているのだとしても、俺に戦わなければならない理由はないんだ。
それならば攻撃をするのではなくこの機に動きを封じて、彼からサイードについて話を聞き出せないか考えた。
プロートンは命令に従って戦わざるを得ないだけで、恐らく絶対に鍵を渡すなとは言われていないはずだ。
そもそもここに俺達を閉じ込めたのは時空神なのに、その息子(娘だけど)であるサイードが、なぜこんなことをするのかもわからない。もっと情報が必要だ。
俺はそう決めて、ウェンリーが使った魔法石グラビティ・フォールの効果が残っている内に、無属性拘束魔法の『バインド』を唱え、続いて俺達が地下で捕らえられていた魔法檻を解析して覚えた、『ドライエックケージ』に彼を閉じ込めることにした。
身体の自由を奪い檻に閉じ込めてしまえば、倒さなくても最早戦闘は不能だ。それは俺が勝ったのと同じことになるだろう。
――身体を魔法のロープで拘束されて魔法檻に閉じ込められたプロートンは、重力球が消えて押さえつけられていた床から上体を起こし、障壁の前に立つ俺を見上げて肩を落とした。
「私を、殺さないのですか…?」
殆ど表情は変わらないけれど、金色の瞳だけが悲しみを映していた。少なくともこれは、自身が言う『戦闘用人形』の顔じゃない。
「――あなたが作られた人形だと言うのなら、その言葉は適切じゃないな。人形は生物ではないのだから、壊さないのかと尋ねるべきじゃないのか?」
そう言った俺の言葉を聞いた瞬間、プロートンは酷く傷ついた顔をした。この彼の、どこが人形なんだ?身体が人と違うと言うだけで、外見や思考、感覚だけでなく、きちんと感情も持っているじゃないか。
「そうですね…仰る通りです。私は生物では…」
「プロートン、鍵はどこだ?」
俺は床に座っている彼と視線を合わせるために、しゃがんで尋ねた。プロートンが命令に従って戦わなければならなかった理由が、他にもあるような気がしていたからだ。すると彼は案の定――
「…ここです。人で言うところの『心臓』に当たる臓器…これが壊れて停止すると、体外に出現するようになっています。ですから私は鍵を渡すために、死…いえ、壊されなければならなかったのです。」
――そう言って、自分の胸の中心部に仄かな光を発生させたのだった。
一時間後、俺達は三階の廊下を歩いていた。もちろん、次の鍵を手に入れるために、プロートンから聞いた『デウテロン』という名の所有者を探すためだ。
この塔はウェンリーの予想通り、『ユラナスの塔』という場所だったらしい。表から見ると外観は円柱形で天へと伸びる、頂上が見えないほどの超高層建造物だそうだが、実際には九階層に分かれた六角柱の形をしており、各階の間に塔全体の重さを支えるための特殊な建材と未知のエネルギー素材が配置されているのだという。
その力がなんのために必要なのかはわからないが、一階がごく普通の階層だったのに対し、二階から上はフェリューテラに点在するような古代遺跡に似た様相を呈していた。
通路を歩いていると、壁に流れる文字に似た記号の羅列が、青色の光を放ちながら高速で過ぎて行く。右に向かって流れる線、左に向かって流れる線が、壁の中程辺りを三列ほど横に走っていて、カイロス遺跡の壁を思い出させた。
これはインフィニティア特有の文字なんだろうか?どれも知らない記号のように見えて、なんの意味があるのかさっぱりだ。
因みに二階から上には、一定の間隔で地下にいたゴーレムのような敵が出現する。その大きさは様々で、皆一様に例のブロックが連結して形成した姿をしているが、小型の犬科動物を模したものから、空中を飛ぶ鳥型のものまで種類が多い。
ただ倒し方は同じで、ブロックの放つ属性色に対応した魔法を使うことで呆気なく散って行くため、俺のように各属性の魔法が使えるなら、はっきり言って相手にならない。
「ウェンリー、魔法石はまだ補充しなくて大丈夫そうか?数が足りなくなる前に言うんだぞ、すぐに作るから。」
「わかってるって、戦闘終了後に確かめてるから。それよかルーファス、プロートンのこと…本当に良かったのかよ?」
「うん?…ああ、鍵を入手するには他に方法がなかったから仕方がない。彼が人形で助かったよ。俺は『守護者』で、どんな理由があっても人を殺すことは出来ないからな。」
プロートンが言っていた通り、鍵を貰うには『心臓部』を壊すしかなかった。他にもプロートン達は、突然サイードに〝もう用無しだ〟と告げられ、ここで俺に倒されて消えるように言われていたらしい。
「『プロートン』『デウテロン』『テルツォ』か…それぞれ、第一の、第二の、第三のという順を表す名前だ。プロートン・ギリアム・オルファラン。〝第一番目のギリアム〟という意味があるのかな。」
碧髪金瞳の外見にもなにか理由があるのかもしれない。ずっと気になっていた、サイードが本当の姿をここでも偽っている理由…ヴァシュロンやラナは『サイード様』と本名を呼んでいたけれど、屋敷の人間やお館様は『ギリアム』と呼んでいた。
そしてもう一人…
『お帰りなさい、サイードね…兄さま!!』
レインフォルスが目を向けなかった、俺と同じ名前を持つ金髪の少年…ウェンリーの話では、サイードがデレデレになるほど可愛がっていたように見えたという義弟。その子もサイードを本名で呼んでいたんだよな。
一度しか見られなかったから確実とは言えないけれど、俺にはその姿が見えなかった分、はっきりと〝サイード姉さま〟と言いかけて〝兄さま〟と言い直したように聞こえた。
俺とウェンリーがインフィニティアに来たのは、時空転移魔法の罠にかかったせいで、望んでここに辿り着いたわけじゃない。
だから元の世界に帰ることしか考えないようにして、サイードの個人的なことに関わるつもりはなかったけれど…こうなるともうそれは無理だな。
「ルーファス、頭の地図にはあの部屋の先に階段があんのに、あの扉…なんか光って見えねえか?」
「――ああ、どうやらプロートンの鍵はここで使うみたいだな。」
俺の地図には目の前の扉に、閉ざされていることを示す赤い線が表示されていた。つまりは仕掛けを解くか、鍵を開けるかしないと通れないことを表している。
俺はプロートンから入手した鍵を鍵穴に差し込む前に、ウェンリーに注意を促した。
「ウェンリー、室内に入った途端に、デウテロンが襲いかかってくるかもしれない。協力して押さえ込み、プロートンから聞き出したように話が出来れば良いが、俺にはおまえの命の方が大切だ。もしもの時は――」
「心配すんなよ、それもわかってるって。ほら、行こうぜ!」
ウェンリーは俺の背中をバシン、と叩き、まるで通い慣れた場所に向かうかのように歯を見せてニッと笑う。
俺はそのウェンリーを頼もしく思いながら、気を引き締めて鍵を回した。
ガチャリ、と大きな音がして、扉を包んでいた光が弾けて消える。俺達は重いその扉を押し開けて室内に足を踏み入れた。
「――ようやく来たか、待ちくたびれたぜ。」
その部屋は、床に巨大な魔法陣が描かれた異質な雰囲気を持っていた。四方の壁はユラナスの塔を構成する素材と同じだが、床だけが全体的になにかのエネルギーを溜め込んで光っている。
そして今待ちくたびれたと言った、サイードとはかけ離れた口調の男性が、肩に大剣を担いで中心に立っていた。
「よお、お客人。いや、なんだっけ?客じゃねえのか…ああ、そうそう『訪問者』だっけか、なんにしても感謝するぜ。あんたらのおかげで俺は、ようやく外に出られた。…と言っても、転移魔法陣でここに送られて、あんたらを倒したとしてもこの部屋からは出られやしねえんだけどよ。」
そう言うと彼は左手で床を指差した。
――この光は彼をここに閉じ込めるための仕掛けなのか。
額に巻かれた灰色のバンダナに、この平和なオルファランのどこで手に入れたのか、フェリューテラの冒険者が身につけるような軽鎧。両手に手甲とちぐはぐなすね当てのついた靴を履き、ダークグリーンを基調とした衣服に灰色の腰巻きを垂らしている。
顔は確かにサイードなのに、身につけるものと言葉遣いでこんなにも別人に見えるものなのか。――少なくとも目の前の彼を、俺がサイードと見間違えることはないだろう。
「あなたが〝第二の〟ギリアム・オルファラン?…随分と雰囲気が違うんだな。」
それにプロートンやテルツォと異なり、結構なおしゃべりだ。会うなりサラッと口にした内容だけで、彼がどんな扱いを受けていたのか推測がつく。
それにデウテロンは俺が尋ねもしないのに、自分から色々と事情を話し始めた。
「ああ。俺はギリアム様に作られた時から、思う存分に暴れて戦いたいって闘争心を押さえ込まれて、いつもイライラしてた。大体にしてあの方は酷えよな、せめて『ルフトゥツァリの乱』時に俺を作って下さりゃ、ストレス発散で暴れることもなかったのによ。平和過ぎるオルファランで溜まりに溜まったイライラが爆発して、思わず八つ当たりから山一つ吹っ飛ばしたせいで、長い間手足を拘束された挙げ句に幽閉されてたんだ。そもそも俺は『戦闘用人形』だぜ?なのになんで――」
部屋に入るなり襲われることを懸念していたのに、ここから延々二十分以上も彼の愚痴を聞く羽目になった。
「…良く喋るな。」…と、小声でウェンリーに呟く。
「ずっと幽閉されてたせいで、話し相手がいなかったんじゃねえの?いつまで続くんだ、これ。」
ウェンリーも頭の後ろに組んだ両手を当てて足を組み、半ば呆れ始めているようだった。
話の内容は、オルファランで起きた過去の出来事などに関連していて興味深いものだったけれど、愚痴を聞いて欲しいのならまた別の機会にして貰いたい。
俺達は時間に追われて急いでいるわけじゃないけれど、恐らくは彼の鍵もプロートン同様心臓部に隠されているはずだ。戦うなら戦う、戦わないなら戦わないで鍵だけは渡して欲しかった。
「――ってわけなんだよ。同情するだろ?」
やっと終わったか。俺とウェンリーはそう思い、うんざりした溜息を吐いた。
「ああ、そうだな。…だけどそんなに不満を持っていたのなら、サイードに反抗すれば良かったんじゃないか?あなた達には主に逆らわないようにする、強制的な隷属紋はその身体のどこにも刻まれていない。サイードを傷つけて逃走を図ることも可能だっただろう。…それも、こんなことになる前にだ。」
「…へえ?」
プロートンから聞いていた。彼らは全員、抵抗することなく心臓部に鍵を埋め込まれることを受け入れていた。つまりはサイードの意志に従って、消えることを強制されたわけじゃないと言うことだ。
「――プロートンを殺った時になにか聞いたのか?」
「…そうだな。少なくとも彼は最後に、『死にたくない』と言っていたよ。」
俺のこの言葉を聞いた直後、デウテロンの顔付きが変わった。
「でも、扉を開けて入って来たってことは、あいつを殺したんだよな?…いや、壊したって言うべきか。…俺達は所詮、ギリアム様に作られた『人形』だ。命令に従い、戦って壊されるだけの――」
ゴッ…
さっきまで明るくサイードに対する文句を言って、俺達に愚痴を聞かせ続けていたデウテロンは、そんな呟きを口にしてその身に闘気を纏った。鮮やかな碧色の闘気だ。
「デウテロンの皮膚が…!!」
パキパキ、ピキキ、と音を立てて、デウテロンの皮膚が硬化し、鱗のようなもので覆われていく。頬や項、腕の肘から上腕にかけての外側と、多分足もだ。
そして金色の瞳が消え失せて眼球が真っ黒に塗りつぶされると、口元には二本の牙が生えて『狂戦士』と化した。
「グオオオオオオオッ」
耳を劈き、ユラナスの塔を揺らすほどの咆哮が響く。
「対戦闘用人形、戦闘フィールド展開!!フォースフィールド、クイックネス!!ウェンリー、作戦通りに頼むぞ!!」
「了解!!」
こうして俺達は想定通り戦闘に突入した。
『――デウテロンは戦闘狂で、良く〝生まれる(作られる)時と場所を間違えた〟と言っていました。私達は人界に行ったことはありませんが、あなた方の世界には『魔物』と呼ばれる敵対存在がいるのだそうですね?…彼はそこに行って戦闘用人形としての、本来の役割を担いたいという願望を口にしていました。今は幽閉されているけれど、いつか自分にも役立つ時が来るはずだと…』
『ギリアム様に消えるように言われた時、最も衝撃を受けたのはデウテロンでしょう。彼は長期間拘束されて幽閉されており、その間私とテルツォ以外の誰も会いに行くことはありませんでした。私達は皆、ギリアム様を生みの親として見ていましたが、あの方にとって私達は、使い捨ての道具でしかなかったようです。ならばなぜ人形に、感情という不必要なものまで与えたのでしょうね。』
――そんなものがなければ、悲しみに絶望することもなかったでしょうに。
俺はそう落胆していたプロートンから、デウテロンについて詳しい話を聞いていた。
戦闘狂であるデウテロンは、物理攻撃に特化した剛力型で、戦闘時は自ら狂戦士になるという。
その攻撃は一般の建造物を難なく破壊出来るほどの威力を持ち、山一つ吹っ飛ばしたと本人が言っていた通り、部屋の外に出せば正気に返るか気絶するまで、辺りを破壊しまくるだろう、とも聞いていた。
そして俺達に彼を倒す機会が巡ってくるのは、彼が一定時間ごとに躯体の過剰加熱で動きの止まる、僅か数秒間にしかないとわかっていた。
そこで俺とウェンリーは左右に分かれて、この異常に広い室内を徹底的に逃げ回ることにした。
もちろんデウテロンの攻撃は激しいので、身体強化魔法を切らさずに防護魔法も常に発動している。
この部屋はデウテロンの攻撃に耐えられるように作られているようで、彼がどんなに強力な攻撃を床に叩き付けても、壁にぶちかましても破損することはなかった。
――この壁…床も天井も、超強力な防護魔法がかけられているみたいだ。なんとかして解析して俺のディフェンド・ウォールも強化出来ないかな。
俺の防護魔法はフェリューテラの生物と七属性には絶対障壁だけど、異界属性である攻撃には耐え切れなければ壊れるという欠点がある。
それさえ改良出来れば、このデウテロンの攻撃も無効化しつつ短時間で決着をつけられるのに。…そう思った。
デウテロンの破壊攻撃を躱しながら、一応出来るところまで自己管理システムに魔法解析を頼む。後に判明することだが、そこの魔法術式には俺の知らない、例の一属性が含まれていて、その素質のない俺には解析ができても結局防護魔法に組み込むことは出来なかった。
そうして時間稼ぎを続けていると、彼の愚痴を聞いていたのと同じぐらいの時間が過ぎた頃、急に動きが鈍くなり、デウテロンがその場に蹲って動かなくなる。
例の過剰加熱だ。ようやく訪れた好機に、ウェンリーが透かさず『グラビティ・フォール』の魔法石を使う。
ウェンリーが魔法石でデウテロンを押さえ込んでいる間に、俺はプロートンと同じように彼をバインドで拘束し、ドライエックケージに閉じ込めることに成功した。
「くそ、なんでだ…プロートンの奴、俺の弱点を教えたな!?兄弟にまで裏切られるのかよ…っ」
「――狂戦士になっても、意識がちゃんとあったんだろう?俺達を本気で殺そうとするのなら、山を吹っ飛ばしたという広範囲攻撃を使えば良かったんだ。もちろん俺は防護魔法で身を守っただろうけれど、それでも無事に済む保証はない。…どうやらあなたは、俺達を敵だと思い切れなかったみたいだな。」
「…ふん、力はあるくせに攻撃もせずに逃げ回る相手を、本気で殺しにかかれると思うか?俺は戦闘狂だと聞いたのかもしれねえが、一応これでも物の分別はつくんでね。」
バインドで拘束されたまま魔法檻の中で胡座をかき、デウテロンは苦笑する。
「なあ、あんたは俺達がなんでギリアム様と同じ姿をしているか、わかるか?」
「いや…そもそも、その姿はサイードの真の姿ですらないだろう。本当のサイードは青銀の髪に金瞳の女性だ。」
「え…」
「はあ?サイードが女?おいルーファス、初耳だっつうの!!」
「ヴァシュロンやクリス、ラナは知らないみたいだったし言えなかったんだよ。それに最初は、サイードの事情に深く踏み込むつもりはなかったんだ。なぜインフィニティアでも姿を偽っているのかと気にはなっていたけれど、あえて理由を聞く気もなかったしな。」
俺は驚くデウテロンに、俺がスキル『真眼』を持っていて、魔法などで姿を偽っていても見抜けることを話した。
「なるほどな…ギリアム様はそのことを?」
「言っていないから知らないだろう。俺が碧髪男性姿になにか意味がありそうだと気付いたのは、あなた達を見てからだ。詳しいことはサイード本人に聞くとしても、話せる範囲でいい、知っていることだけでも教えてくれないか?」
再び一時間ほど後、俺達はデウテロンから鍵を入手し、通路途中に出現する敵を倒しながら、六階を歩いていた。
「まさかサイードに、『ギリアム』って名前の兄貴がいたとはねえ…あの外見はその兄貴そっくりに作ったってことだったのかよ。」
「そうらしいな。」
デウテロンから聞いた話によると、サイードには年の離れた『ギリアム』という名の実兄がいて、その兄が他所で起きた『ルフトゥツァリの乱』という戦争に駆り出され亡くなったことから、人工生体物…『クレアシオン・ギミック』であるプロートンを最初に作ったようだ。
だが彼らを作った理由が良くわからない。兄を喪った悲しみから姿を似せて作ったと言うのなら、戦闘用にする必要はないだろう。
それにプロートンに続いてデウテロン、テルツォと合計三体もの人形を作りながら、彼らを道具のように扱い慈しむ様子がないのもおかしい。
――なによりも、デウテロンから聞いたサイードの言葉が衝撃だった。
「プロートンと俺は、能力試験が済んだ直後に〝失敗作〟だと言われたんだ。戦闘能力の問題じゃなく、ギリアム様の望んだ "なんらかの結果" を出せなかったことが原因だ。その後プロートンと俺はギリアム様から離されて、テルツォが作られるまではお館様の従者として働いていた。…まあ俺は途中で幽閉されることになったけどな。」
「つまりテルツォはサイードの望む通りの出来で、クレアシオン・ギミックとして〝成功した〟と言うことか?」
「…わからねえ。もしそうなら俺達と一緒に、あいつまで心臓部に鍵を埋め込まれたのは妙だろう。あんたに鍵を渡すためには、俺達は壊されなきゃならねえんだ。ギリアム様が俺達にかけて下さった最後の言葉は、『用無し』と『消えなさい』だったからな。」
デウテロンから鍵を貰う前にサイードについて話してくれた彼は、プロートンと同じく、悲しげな顔をしていた。
なぜサイードは彼らが『用無し』になったんだろう。屋敷でウェンリー達を見張らせたことからしても、少なくともその時までは、最後の一人…テルツォはお館様の従者として働いていたはずだ。
だとすればその後で、なにかあったのか?…考えられるのはウェンリーから聞いた『巨大な次元穴』の出現と、俺達がお館様の手でここの地下に捕らわれたことくらいか。
「ルーファス、扉だ。三階のと同じく光ってるぜ。」
考え込んでいる内に、テルツォがいると思しき部屋へ続く扉が見えて来た。やがてそこに辿り着き、手前で立ち止まって準備を整える。
「プロートンもデウテロンも、テルツォが一番手強いっつってたよな?おんなじように作られたのに、途中から感情を封印されちまったんだっけか。」
「ああ。」
デウテロンから聞いた情報によると、作られた当初は穏やかで優しく、最も生きた人間に近い思考と感情を持っていたテルツォは、力で物を破壊したり傷つけることを嫌い、サイードに対しても中々言うことを聞かなかったそうだ。
その時サイードはテルツォを失敗作とは言わなかったが、ある日突然テルツォの思考と感情を封印し、文字通りの完全な『人形』にしてしまったらしい。
「――その後でお館様に人型の従者として仕え、命令に忠実なクレアシオン・ギミックになったみたいだな。」
「…わけわかんねえ。サイードはなにがしたくてあいつらを作ったんだ?」
「うん…それは聞いてみないとわからないよな。サイードが話してくれる保証もないけど、少なくともこんなことをされる理由だけは聞いておく権利がある。」
「だな。」
「感情のない相手は厄介だけど、同時に思考も封印されているのなら、ある程度まで攻撃はパターン化されるはずだ。ただ相手は疲労が蓄積されることもなく、手加減無しに魔法を含めた攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。おまえはヘイト対象にならないように、控え目な行動を心がけてくれ。」
「ああ、うん、わかった。」
段取りを確認してからデウテロンの鍵を使い、同じように扉を押し開けて室内に入ると、そこはなにもない黒灰一色の世界だった。
「あわわっなんだこりゃ!?ゆ、床がねえ!!天井も壁も…どこだよ!?」
「落ち着け、見えなくても床はある。そう見えるだけだ!」
視覚に頼らなくても、足は固い地面を踏んでいる感触があるし、恐らくここもデウテロンがいたあの部屋ほどの広さがあるのだろう。
声が反響して返ってくると言うことは、四方に壁がある証拠だ。多分幻属性魔法で幻視を見せられているのだ。
「テルツォはどこだ?姿が見えない。」
俺の地図と索敵で同時に存在を探すも赤い信号は現れず、テルツォの居場所は掴めなかった。
「ちっ…いるんだろ、テルツォ!!コソコソ隠れてんじゃねえ!!」
「止せウェンリー、挑発はするな。」
「けどルーファス、出て来ねえんじゃ話にならねえ――」
テルツォに向かって怒鳴ったウェンリーを諫め、なにか他の方法で彼の居場所を探れないかと考えた時だ。
俺の名を呼ぶ、久しぶりに聞いたあの、可愛いらしい女性の声がした。
『――ルーファス様。』
その声に振り返った俺とウェンリーは息を呑む。
『ルーファス様、ウェンリーさん…会いたかった…っ!!』
両手を重ねて胸元に当て、潤んだ薄紫の瞳から涙が零れる。ふわふわしたラベンダー色の髪が揺れ、俺が王都で買って用意してあげたワンピースのスカートが翻った。
嘘だ…そんなはずが――
「あ…アテナ…っ!!!」
そこに立っていたのは、俺達が忘れるはずもない、アテナだった。
「アテナーっ!!」
あまりのことに驚いて動揺した隙に、止める間もなくウェンリーがアテナに向かって駆けて行く。
――違う、あれがアテナのはずがない。あれが本当にアテナなら、俺の中に彼女の気配が戻って来るはずだ!!
「待てウェンリーっ、罠だ!!!」
俺がそう叫んだ時には…もう、遅かった。
アテナに駆け寄って彼女を抱きしめたウェンリーの背中から、赤い液体に塗れて怪しく光る剣の刀身が生えてきた。
そうして俺の耳には、ウェンリーが小さくアテナの名を呟いた、絶望の声だけが届いたのだった。
次回、仕上がり次第アップします。