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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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150 ユラナスの塔

魔法の檻の中で目覚めたルーファスは、自分の置かれている状況が掴めずに混乱します。なぜか半ベソのウェンリーになにがあったのかと尋ねたことで、レインフォルスが自分宛に記憶を残してくれたことを知りました。早速その記憶結晶を砕いてコレまでの出来事を知りますが…?

          【 第百五十話 ユラナスの塔 】



 ――俺が覚えている最後の記憶は、世界樹アミナメアディスの再生途中で、レインフォルスに蘇生魔法を中断しろと言われた辺りまでだった。

 幹の再生が上手く行って、あと少しで終わる、と思った直後に意識が途絶えてしまったんだ。


 世界樹の蘇生はどうなったんだ?クリスにかけられた怨嗟の呪縛は?俺はいつウェンリーと合流したんだ?ここはどこなんだ。

 自分の置かれている状況が掴めず、頭が混乱した。おまけに唯一説明してくれるであろうはずのウェンリーが、今は俺に抱きついてベソをかいていた。


「ウェンリー、なにがあったのか教えてくれないか?世界樹はどうなったんだ?クリスは――」


 俺は半ベソのウェンリーの両肩を掴んで身体から離すと、その顔を覗き込んで尋ねた。するとウェンリーは少し落ち着いたようで、目を(こす)って涙を拭い、気を取り直してから顔を上げた。


「そっか、なんも覚えてねえんだな。レインフォルスから伝言があるんだ、ルーファス。」

「レインフォルスから?」

「うん。世界樹の中で入れ替わってからの記憶を、結晶化して残しておくって。多分なにが起きたのか、おまえにわかるようにしてくれたんじゃねえかな?」


 ウェンリーにそう言われた瞬間、ああ、俺はまた危なくなってレインフォルスに助けられたのか、とすぐに理解した。


「記憶を結晶化…レインフォルスはそんなことができるのか。わかった、それを見ればこれまでのことがわかるんだな。…それで、その結晶はどこに?」

「え?…や、俺はなんも預かってねえけど。ルーファスのカラビナバッグに入ってんじゃねえ?魔道具なんかもそこに入れてたし。」

「俺のバッグに?」


 ウェンリーに言われて中を漁ってみると、俺が入れた覚えのない手の平大のなにか道具と、真紅のルビーみたいな宝石(いし)が出て来た。


「真紅の石?…自分で入れた覚えはないし、魔法石とは違う…もしかしてこれかな。」


 これをどうやって使うんだろう?…握ってもなんの反応もないな。額に当てる?……なにも起きない。うーん…どうすれば…


 ピロン


 久しぶりに頭の中であの音がした。自己管理システムの通知音だ。レインフォルスが残したらしい結晶を手に俺が悩んでいたから、勝手にデータベースを探してくれたみたいだ。


『記憶結晶<メモリークリスタル>』『事前に魔法を使用して自分の霊力(マナ)を結晶化し、自分が経験した一定期間の出来事を記録して残す霊力(マナ)(かい)』『使用方法は様々あり、触れる、握る、握って砕く、魔力を流す、衝撃を与える等により記録を閲覧可能』『個人宛の記憶結晶は記録内容の漏洩を防ぐため、握って砕く方法が九割を占める/砕かれた記憶結晶から、対象の霊力を吸収』


「ええ…砕くのか?…せっかくレインフォルスが残してくれたのに、無くなっちゃうじゃないか。」

「なに、自己管理システム?」

「ああ。使い方を教えてくれたんだけど…個人宛のものは握って砕くことが多いみたいだ。…もったいないなあ。」


 〝もったいない〟と口にしたのは、自分が眠っている間の『レインフォルス』を知る貴重な手がかりとして、彼の記憶を繰り返し見られるように残しておきたいと思ったからだ。

 俺は自分の中にいるレインフォルスと、普段会うこともできなければ自由に会話することもできない。彼が表に出ている間は俺の意識がないし、なにか事が起きでもしない限り、その声が聞こえることは殆どないのだ。


「もったいないって…わけわかんなくって混乱してたんじゃねえのかよ?この状況でなに呑気なこと言ってんだ。いいから早く砕いちまえよ。」


 ウェンリーに呆れられた。確かにこれを砕かなければ、自分になにが起きたのかはわからない。レインフォルスがわざわざ残してくれたと言うことは、なにか重要な内容が含まれている可能性もあった。


「…わかったよ。――ありがとう、レインフォルス。見させて貰うよ。」


 俺は真紅の記憶結晶を強く力を込めて握り砕いた。――直後、記憶結晶は粒子となって霧散し、俺の頭にその記録が流れ込んで来る。



 ――出だしは彼の不機嫌な声から始まっていた。俺が世界樹蘇生のために無理をしたと怒っている様子だった。


「蘇生魔法が中断されてツァルトハイトは今、残る枝葉の再生に足りない分の霊力(マナ)を根から取り込もうとしている。だが恐らく外部の助力無しに、自力での再生はかなり難しいだろう。」


 だから精霊剣シュテルクストを犠牲にする、とレインフォルスは言った。シュテルクストは俺にしか従わない(つるぎ)だが、使うことはできなくても召喚するだけならなんとかなるだろうと言う。


「混乱を避けるために俺はおまえの霊力(マナ)に同調し、おまえの姿でこれから動く。一度だけならシュテルクストも騙されてくれるはずだ。」


 その頃アミナメアディスの外からは、サイードが呼んだのかウェンリーやヴァシュロン、クリスとラナの俺を探す声が聞こえていた。

 みんなが心配して俺の名前を呼んでいるのは、俺が無理をしてサイードの目の前で姿が消えてしまった所為なのだとレインフォルスは俺を責める。


「目の前の多事多難を見過ごせないおまえにとって、人を守るための存在である『守護者』とは最早 "呪い" だ。いつでもいつまでも、俺が必ず助けに入れると思うな。おまえが不老不死なのは確かだが、おまえの存在はおまえの意思次第で消滅することは可能なんだからな。」


 レインフォルスから具体的にシュテルクストをどう使うのかという説明はなく、俺に話しかけるのはここまでだと前置きして、これ以降はレインフォルスの目を通して起きた出来事を音と映像で見るだけになった。


 俺の振りをして精霊剣シュテルクストに呼びかけたレインフォルスは、世界樹の蘇生が完全に終わるまで外には出られないため、ウェンリーに俺の声真似で思念伝達をすると、召喚に成功したシュテルクストをウェンリーの手で世界樹の根元に突き刺して貰い、フェリューテラ七属性の精霊をアレンティノスの精霊として新たに生み出した。

 アレンティノスでは世界樹の滅びと共に既に失われていた精霊が復活したことで、その力を得たアミナメアディスの再生が一気に進む。


 精霊剣シュテルクストは、精霊の身体の一部を素材として作られた生体剣でもあるから、元の素材に分離することで、俺が継続中だった蘇生魔法と合わされば、精霊本体として復活可能なことを利用した手段だった。

 レインフォルスの柔軟な思考と豊富な知識に、尊敬の念を禁じ得ない。まさかシュテルクストにそんな使い道があったなんて、俺は全く気付かなかったからだ。


 世界樹の蘇生が成功した後、レインフォルスは復活したツァルトハイトにクリスの怨嗟の呪縛を解くように、真っ先に頼んでくれていた。


 ――それからクリスの家に帰り、ラナのお祝い料理をご馳走になる(俺も食べたかったな)と、サイード達と今後について話をする。この時点でレインフォルスは、〝フェリューテラへ帰る方法を探す〟とサイード達に言っている。

 これに対してサイードがなにか言おうとすると、レインフォルスは意図的にわざと聞こえない振りをしてそれを遮った。


 なぜか急に席を立って、外に出たレインフォルスを追ってウェンリーも外に出てくる。レインフォルスの思考までは記録されていないため、なにを考えていたのかは推測するしかないが、後の言動から見るに、レインフォルスはサイードを試したかったみたいだ。


 ここでレインフォルスが放った台詞を聞いて、ウェンリーは彼が俺でないことに気が付いた。ウェンリーは時折なにかを感じていた様子だったけれど、決定的になったのは恐らく、レインフォルスがサイードを疑うような言葉を口にしたせいだと思う。

 俺は一度信じた相手を、証拠も無しに疑わない。もしその行動に不審を抱いたとしても、決定的になるまでは誰にも絶対に口には出さないんだ。

 そこにはなにか深い理由があるのかもしれないし、途中で気が変わってくれるかもしれない。それによってなにか不利益を被ったとしても、実際にそうならない限りは相手を信じることにしている。

 ウェンリーはそんな俺を〝馬鹿がつくぐらいのお人好し〟と言って、いつも怒っていた。


 レインフォルスはウェンリーに見抜かれても平然としていて、はっきりとは正体を明かさずにこれからのことを話し始める。

 だけどそのウェンリーとの会話の中で、理由はわからないがレインフォルスはウェンリーに嘘を吐いていた。


 俺達がフェリューテラに帰るには、オルファランに行く必要がある。ルーファスがツァルトハイトから、そんな詳しい話を聞いていた。…レインフォルスはそうウェンリーに説明していたが、俺にそんな記憶はない。

 さっきも言ったが俺が覚えているのは、レインフォルスに蘇生魔法を中断しろと叫ばれた辺りまでだ。


 アミナメアディスの中で垣間見た『大樹の記憶』の中にも、そんな話は出て来なかったし、彼がなぜウェンリーにそんな嘘を吐いたのかがわからなかった。


 その後サイードに訝しまれながらも、翌日にオルファランへ一緒に行くことが決まった。その時もレインフォルスは、俺がサイードの試練によってスカラベと戦わされた時のこと(推測だけど)を持ち出し、含みのある会話をする。

 俺にはレインフォルスがなにを考えているのか、さっぱりわからなかった。


 クリスの怨嗟の呪縛が解けたのは本当に良かったけど、その後で一気に成長したのには驚いた。随分と可愛い顔をしている男の子だな、とは思っていたけれど、竜人族(ドラグーン)が同一性で生まれて、後に性別を選ぶとは知らなかったよ。…いや、知っていたのかもしれないけれど、覚えていなかったと言った方が正しいかな。

 そのことと『竜の紋章』について、ちゃんと俺のデータベースに情報があったからだ。


 ウェンリーのポカで、結局クリスには俺達が1996年から来たこともばれてしまったし、竜人族(ドラグーン)が滅んだことを含めても、クリスを俺達のフェリューテラに連れて行くことはやぶさかでない。…まあそれも、きちんと帰る方法が見つかれば、の話だけれど。


 もしかしてレインフォルスには、そんな帰る方法についての当てがあるんだろうか?…そう思いながらさらに先を見る。今日、俺が目を覚ますまでのオルファランでの出来事だ。


 オルファランの景色は『至上の楽園』と呼ばれるに相応しく、息を呑むほどに美しい世界だった。ウェンリーや大人になったクリスがはしゃいでいたように、俺もその場にいたら一緒になって騒いでいたことだろう。

 だけどレインフォルスは違う。この記憶結晶にレインフォルスの思考や感情は残されていないけれど、その映像の中からは、レインフォルスがなにかに不安を感じているのが伝わって来た。


 その不安は地上に降りてからさらに大きくなっていく。特にサイードから次元穴(ワームホール)の話を聞いてからはもっと酷くなった。記憶結晶に残るほど、心臓が早鐘を打っているのが聞こえるんだ。


 丘の上に建つ大きな城と三日月型の湖が見え、ウェンリー達から離れて、坂の途中にある岩の上にレインフォルスは攀じ登った。

 そこで息を呑み、なにかに酷く動揺している。一言でいい、なにか呟いてくれれば、その理由が俺にもわかったかもしれないのに。


 サイードの後について城内に入り、『アインスの広間』という一室に通される。壁際のキャビネットの上に、灰色に光る花が花瓶に生けられていた。後になってデータベースで何気なく調べたら、あの花は『ソムニウム』と言う名前のオルファランのみに自生する植物だということがわかった。

 俺のデータベースに情報があるということは、過去なんらかの形でそれを知っていた、もしくは知る機会があったということだろう。


 程なくして廊下を走る足音がして、入口からサイードに向かって子供が飛び込んでくる。――直後、レインフォルスは壁際に移動して、パッと窓の外に視線を移した。

 そこからはずっと、壁や床、カップボードや窓の外、あちこちに視線を移動させるもなぜだかウェンリー達の方を向かない。

 子供の笑い声とサイードやヴァシュロン、ウェンリーとクリスの楽しそうな声が聞こえる。なにがそんなに楽しいのか、声だけじゃ俺にはわからないじゃないか。

 声は聞こえても、敢えて聞かないようにしているのか、なにを話しているのかさえはっきりとしないため、俺は気になって仕方がなかった。だけど…


 〝銀色の髪のお兄ちゃん、悲しいの?心が泣いてるよ。〟


 少し経って笑い声が止まったな、と思ったら、すぐ傍から子供の声でその台詞だけが聞こえてきた。それからレインフォルスに、抱っこしてあげる、という言葉も記録されていた。それでもレインフォルスは、その子の顔を中々見ようとはしなかったんだ。

 次に彼はいきなりしゃがんで、子供の身体を抱きしめる。その子はレインフォルスの腕の中に、すっぽりと収まってしまうほどに小さな身体だった。


 その子が去った後のサイードとの会話で、レインフォルスが最後まで顔をまともに見ようとしなかった子供の名前が、俺と同じ『ルーファス』であったことを知った。


 レインフォルスは子供が苦手なんだろうか?…その子が俺と同じ名前なのは偶然なんだろうか…ふとそんな疑問を抱く。


 暫くしてサイードが『お館様』に呼ばれて部屋を出て行き、さらに大分経ってから、背の高い、黒と灰にクリーム色のローブと、肩で止めた青灰色のケープを身につけた中年男性を先頭にして戻って来た。

 レインフォルスは、男性姿のサイードと〝そっくり〟なもう一人の人物に驚いていたが、俺がそれ以上に驚いたのは、お館様と呼ばれる中年男性の方にだった。


 俺はその方に、過去に会ったことがあったからだ。


 あの人は――!


 ――その顔を再度確認しようとした瞬間、そこでレインフォルスの記憶結晶が途切れた。なぜこんな中途半端なところで?続きはどうしたんだ。まだ俺達が、この結界のような中に、閉じ込められた肝心な場面が出ていないじゃないか。これじゃ誰に囚われたのかも、その理由も把握出来ないままだ。



 気が付くとウェンリーの顔が目の前にあって驚いた。レインフォルスの記憶結晶を見ている間、俺は半催眠状態だったらしく、ウェンリーの声に全く反応しなくて目を閉じて眠っているように見えたんだそうだ。


「どうだった?昨日からなにがあったのか、全部わかったか?」


 ウェンリーが俺の前で身を乗り出し、心配そうに聞いてくる。俺は軽い眩暈に頭を振って、意識を現実にしっかりと切り替えてから答えた。


「いや…それが全部じゃないんだ。大体はわかったけれど、俺とおまえがなぜここにいるのかがわからないな。レインフォルスの記憶結晶は、お館様とサイード、それとサイードに瓜二つの人物が、『アインスの広間』に入ってきたところで急に終わっている。」

「へ?なんだそりゃ。え…じゃあ、『お館様』が俺らに名乗ったとことか、中庭に次元穴(ワームホール)が出たっつって、その後すぐにお館様とサイードが慌てて飛び出してったとこも記録されてねえってこと?」

「ああ、残されていないな。あの後になにか起きたのか?お館様が入って来たところから先を教えてくれ。」


 記憶結晶に残されていなかった、そこからの話を聞いた俺は驚いた。『お館様』が『時空神』だったこともそうだし、異変が起きてわけもわからないまま、俺とウェンリーだけがその手でここに捕らわれたと言うことにもそうだ。


「俺達をここに捕らえたのはあの人だったのか…有無を言わさずいきなり、ということは、余程の緊急事態だったんじゃないかな。」

「だとしても酷くねえ?ヴァシュロンとクリスの目の前でだぜ?きっと今頃二人とも心配してるよな。…まあ、レインフォルスだけはこうなることを予想してたみてえだけど。」


 ウェンリーが言うにレインフォルスは、異変が起きてすぐのお館様とサイードが出て行った直後に、恐らく俺達が捕らわれることになるだろうと言い出して、俺に記憶結晶を残すことと、時空神とだけはなにがあっても戦うなとの伝言をウェンリーに言い聞かせたみたいだ。


 ――どういうことだろう?レインフォルスは "なにを" 知っていたんだろう。サイードを試すような言動もそうだし、俺がツァルトハイトから情報を得たなんて嘘を吐いてまで、オルファランに来ればフェリューテラに帰れるようなことも匂わせている。

 サイードの言う『お館様』の正体が、時空神であることを知っていたのか?…その割には各所での反応が少しおかしい気がする。全てを知っていたのなら、あんなどこか不安げな緊張状態にはならないはずだ。

 だとすると…未来(さき)に起こる出来事の大まかな予想やある程度の推測は可能でも、それが絶対だとか、必ず起きるという確実性がなかったのか…?


 …こればかりは本人に聞けなければ、確かめようがないな。


「――そう言えばレインフォルスは、どうして今回に限って俺に記憶結晶を残してくれたんだろう?なにか言っていたか?」

「んにゃ。そもそも俺はあいつに嫌われてるから、必要なこと以外碌に口利いてねえもん。捕らわれるって言われた時も、なんでそんなことわかるんだって聞いたら、ルーファスじゃないから説明してやる義務はねえって、心底嫌っそうな顔されたしな。」

「そ、そうなのか…」


 レインフォルスに嫌われてるって?…数えるほどしか会っていないだろうに、ウェンリーは彼にそんなに冷たくされたのか。


「なあルーファス、こんなとこに閉じ込められちまってるけど、俺らフェリューテラに帰れんのか?」

「うん…どうかな。俺が時空神クロノツァイトスにもう一度会えれば…事情を話して帰して貰えるかもしれないけど――」

「お館様に?」

「ああ。ここがフェリューテラの何年に当たる世界なのかはわからないけれど、FT歴245年の光神の神殿に飛ばされた時、俺を過去から1996年に送り返してくれたのはあの方なんだよ。」

「マジか!!」


 ――レインフォルスの記憶の中で見た、時空神クロノツァイトス…俺はあの方を見た瞬間に、俺の前に現れて光神の攻撃から庇い、時空転移魔法で逃がしてくれた方だとすぐにわかった。

 あの時助けてくれたお礼を、いつか会えたら言いたいと思っていたんだ。あの方のおかげで俺は、リカルドを死なせずに救うことができたからだ。

 そのリカルドは俺から離れて行ってしまったけれど、それでも失わずに済んだおかげで、きっとまたいつかどこかで会えるはずだと思っていられる。


 あの方が時空神だったなんて…考えてみれば、光神を呼び捨てにしていたんだ、同格の存在に違いなかったんだよな。


「これからどうするかはともかくとして、この檻から出られるか調べてみるか。外は真っ暗だけど、視覚を遮断されているだけかもしれない。」

「無茶はすんなよ?…てかさ、俺腹減ったわ。水も残り少ねえし、食い物なんもねえんだもん。」

「ええ?仕方がないな…非常食のレーションなら残ってるけど、食べるか?」

「食う!!」


 無限収納から出した携帯食料を頬張るウェンリーを見て、思わず微笑む。さっきは半ベソだったのに、相変わらずウェンリーはマイペースだ。

 さて、と…色々と考えたいことはあるけれど、先ずはここから出なければどうしようもないな。


 ウェンリーがレーションを食べている間に、俺は魔法で作られた三角形の檻に触れて、自己管理システムを使い情報解析に入った。すると…


 ――嘆きの澱みに行く前に、サイードがスカラベを召喚して俺を閉じ込めた隔離結界よりも遥かに緩いな…これがサイードの張ったあれなら、多分すぐには逃げ出せなかっただろう。

 俺の能力を知っているのなら、こんな檻じゃ役に立たないこともわかるだろうから、俺達をここに閉じ込めて出さないつもりじゃなかったのかもしれないな。


「どうよ?」


 レーションでとりあえず満足したらしいウェンリーが、口元に食べかすをつけながら横に並ぶ。俺は手振りでそれを拭け、と暗に伝えながら返事をした。


「ああ、この程度の魔法檻なら簡単に破れる。それと嘆きの澱みでサイードに教わった『ラウム・パーセプション』という空間認識魔法が役に立った。…どうやらこの外は、数階層のある塔のような建物の内部みたいだ。」

「それって、もしかして『ユラナスの塔』ってとこなんじゃねえ?」

「お屋敷の執事さんが言っていた場所か…どうだろうな。――近くに見張りや敵対存在はいないみたいだから、とりあえずここから出よう。檻を破壊するから壁際に寄らずに、俺から少し下がってくれ。」

「了解!」


 ウェンリーを俺の後ろに下がらせると、俺は魔法檻を形成している空属性の障壁に、冥属性の『ディストラクション』という破壊魔法をぶつけた。

 この魔法は爆発系魔法に似ているが炎を発生させず、それほど大きな音を出さない。一点に集中して楔を打ち込み、そこから圧力をかけ続けて最終的に物質を粉砕する感じだ。

 実はこの魔法に『サイレンス』という、天属性の音を吸収する魔法を同時に使えば、たとえは悪いが、牢破りや重要建造物侵入なんかも簡単にできてしまう。

 もちろん俺は理由もなくそんなことはしないけれど、ウェンリーに言ったら、バスティーユ監獄で爆音を響かせたことを責められそうなので黙っておこう。


 魔法檻や捕縛結界は、障壁を一部でも破壊されると、ほろほろと物質が分解されるようにして全て消滅するという特徴がある。建物などに閉じ込められるのと違って、後にはなにも残らないのが普通だ。


「出でよ光球、辺りを照らし我に続け。『ルスパーラ・フォロウ』。」


 魔法檻が消えた途端に一気に暗くなったので、すぐに魔法で明かりを点ける。俺がルスパーラ・フォロウを使ったのを見て、ウェンリーも魔法石を使用した。


「おお!檻が跡形もなく消えちまった。さっすがルーファス!」


 なにもないだだっ広い空間に、壁にポツンポツンと蝋燭のような明かりは見えるも、スキル『暗視』を使っても視界を確保出来るほどの光源はない。ルスパーラ・フォロウの光も届かないらしく、隅の方は闇に沈んでいた。

 足元を見ると天然石とは材質の違う、一つ一つになにか文字のような模様の刻まれた、黒光るつるっとしたブロックの床になっていた。

 ウェンリーの声がやけに響くことから、ここはかなりの広さがあるようだ。周囲を見回して出口を探すと、灰色の光が斜めに並ぶ、階段らしいものが目に入った。


「大きな声を出すなよ、ウェンリー。…ここは地下みたいだな。あそこに階段がある、行こう。」


 歩き始めてすぐ、床の模様が青白い光を発し始める。それは波打つように順々に点滅して走り、階段のある方向を示しているみたいだった。


 ――なんか嫌だな…この光、道を象っているような…


「ウェンリー、この青い光から足を踏み外すな。なんか嫌な予感が…」

「へ?」


 毎度ながら思う。ウェンリーの行動に対して俺は、言うのが遅い。注意を促した時には、既にウェンリーの足は光る床から外のブロックを踏んでいた。――瞬間、ブロックが次々に赤い光を発して宙に浮き上がり、それがガンゴンと音を立てて連結すると、全身が赤く光る一体の『ゴーレム』になった。


「敵だ!!」

「うわわわわっ!!」


 俺はいつものようにシュテルクストを召喚しようとして、ハッと気付く。そうだ、シュテルクストはもうないんだった。

 魔法檻を出る前に、無限収納から代わりの武器を出しておくべきだった、と思ってももう遅い。仕方なしに武器無しの魔法のみで戦うことにした。


 ゴーレムはドゴンドゴンと鈍重な足音を響かせて襲ってくる。右腕を振り上げて俺に向かって振り下ろし、左腕で水平に薙ぎ払いウェンリーを襲う。

 俺は攻撃を横に飛んで避けた直後に、風属性魔法『ラファーガ』を右手で放った。俺の知るゴーレムはその殆どが地属性で、風属性魔法を弱点としていたからだ。


「!?弾かれた!!」


 ところが俺の魔法はゴーレムの見えない装甲に弾かれてしまい、損傷を与えることなく相殺されてしまった。少なくともこのゴーレムは地属性ではないらしい。


「かった!!こいつ金属並みに堅えぞ、ルーファス!!物理攻撃はダメだ!!」


 エアースピナーの刃による近距離攻撃を仕掛けたウェンリーは、その攻撃が弾かれて反撃に遭い、左右にゴーレムのパンチを躱しながら俺の傍まで逃げて来た。

 それを追って次の攻撃が来ると、ウェンリーはディフェンド・ウォールの魔法石を使って俺を含めた防護障壁を張る。


「風魔法が効かなかった、他の属性を試してみる!ウェンリーは下がっていろ!!」

「了解!!」


 主属性がなにかわからないから、端から順に試してみるか。そう思い、赤く光る身体に合わせて、今度は火属性魔法を使ってみた。


「燃えろ、『イグニス』!!」


 ゴーレムにどんな反応があるか予想がつかないため、威力の低い下級魔法で攻撃する。イグニスは小さな炎が三つの輪になって、躯体を締め付けるように縮まる火属性攻撃魔法だ。


 ボンッ、という音がしてゴーレムの身体が炎に包まれる。どうやらこの攻撃は有効だったようで、ゴーレムは身を捩って火を消そうともがいた。


「やった、効いてる!!火が弱点か!?」

「待った、ウェンリー!!様子がおかしい!!」


 炎による損傷を受けたゴーレムは、突然バラバラになって一つ一つのブロックに分離すると、赤かった光の色を変えて今度は緑色になり、再び結合してゴーレムに戻った。


「色が変わった?」

「ルーファス、危ねえ!!」


 緑色の光を発するゴーレムは、両手を真っ直ぐ俺の方に揃えて向けると、人で言えば手首から先の部分を飛び道具のように飛ばしてきた。


「うわっ!!」


 思わず横に飛び退いて、頭から前転するようにして態勢を直すと、立ち上がる前に飛んで行ったそれが上から襲って来た。


「守れ、ディフェンド・ウォール!!」


 ドガガガッガンッ


 瞬間詠唱(スティグミ・リア)で唱えた防護魔法が間に合い、なんとかその攻撃を凌ぐ。


「あの飛翔攻撃には追跡性能まであるのか…厄介だな。」


 ゴーレムが俺に攻撃を集中している間に、ウェンリーが魔法石による風魔法を放った。俺はさっき自分の風属性魔法が効かなかったことを思い出し、目の前で見ていたくせに、ウェンリーはなにをしているんだ、と焦った。が――


 ウェンリーの魔法石による風魔法『サイクロン』は、ゴーレムの躯体を中心に真空波を巻き起こし、装甲に無数の傷を刻み込んで行く。さっきは見えない装甲に弾かれたのに、どうしてだ?今度は効いているみたいだった。


「わかったぜ、ルーファス!光の色は属性色だ!!変化した色に対応した魔法を使えばいいんだよ!!」

「は…なるほど、やるじゃないかウェンリー、冴えてるな!!了解だ、その手で行こう!!」


 攻略法さえわかってしまえばどうと言うことはない。ウェンリーには元々俺の作った魔法石を大量に持たせてあったし、ゴーレムの攻撃がどちらかに集中している間にもう一方が属性攻撃をすれば、後は難なく倒せた。


「ふう…敵対信号がなくっても気をつけた方が良さそうだな。ああウェンリー、青白く光る床ブロック以外は踏むな。多分それがゴーレムを起動させる罠になっているんだ。」

「あー、そゆこと。ごめんごめん、気をつけるわ。」


 ゴーレムを倒した後、俺の戦利品自動回収が複数の『未知の金属』と表される素材を集めた。説明文を見るにどうやら人工的な物質らしいが、自然に存在するものからできるような素材ではないみたいだ。

 まあいつかなにかの役に立つかもしれないから、貰っておこう。


 それから俺達は階段を上って一階に出た。複雑で迷路のような長い通路は、幅が六メートル、高さが十五メートル近くもあった。


「…これだけの広さと高さがあると、飛行系や大型の敵が現れてもおかしくない。もしかしたらここは、ダンジョンになっているのかもしれないな。」

「俺の索敵に引っかかるような動くもんはいなさそうだけど…さっきのゴーレムみてえに、罠に嵌まると出てくんのかな?」

「どうだろう。」


 とりあえずいつものように探索フィールドを展開して、ウェンリーにもここの地図が頭に表示されるようにすると、北の方角にある出口らしき場所を二人で足早に目指した。


 ――ここの地図には、目的地を示す黄色の信号が現れないな。出口から素直に出られると良いけど…


 やがてここの通路そのものぐらいの大きさがある、巨大な両開きの扉に辿り着いた。この扉の向こうにはエントランスのような空間があって、そこから先は扉のないすぐ外へと続くアプローチのような構造になっていた。


「やっぱり駄目か…強固な封印が施されている。この扉を開けるのはどうやっても無理だな。」

「え…ルーファスの力でも?」

「ああ。簡単に見たところ、俺の知らない術式が一部に使われているんだ。それがどんな作用を齎すものかわからなければ、破壊することもできない。下手をすると大掛かりな罠が発動して、俺達が吹き飛ばされるぐらいじゃ済まないかもしれないからな。」

「げ…マジ?」

「うん。一応自己管理システムに未知の術式を解析させてみるけど、かなり時間がかかるだろうな。」


 俺はウェンリーにそう説明しながら、もう一度『ラウム・パーセプション』を使って、他に出口がないか探してみた。

 だけどここの他は上階への階段が中心にあるだけで、数多の部屋はあっても、外に出られそうな扉は一つもなかった。


 ――上に登っても屋上から飛び降りでもしない限り、地上には降りられない。時間がかかっても自己管理システムと俺の知識を総動員して、なんとかこの封印を解くことを考えた方がいいか。


 水も食料も殆どないのが厳しいが、やってみるしかないな。


「どの位かかるかわからないけど、とにかく解析してみる。ウェンリーは極力体力を使わないように、下がって休んでいてくれ。」

「や、けどルーファス…!」

「――魔法を解析したところで、インフィニティアのある一属性を持たないあなたには、その封印を解くことは叶いませんよ。」


 俺達の背後から聞こえたその声に振り返ると、どこから現れたのか、そこにはサイードが立っていた。


「サイード…!!どこから――」


 転移魔法の気配は感じなかった。まさか最初からこの中にいたのか…?


「――残念ながら私はギリアム様ではありません。私の名は『プロートン・ギリアム・オルファラン』。普段はお館様の忠実な従者であり、今は創造主たるギリアム様の命に従う戦闘用人形(ギミック)です。」

「な…」


 サイードと同じ碧髪にサイードと同じ顔。比べられるわけじゃないけれど、多分身長や身体付きも記憶結晶で見たテルツォと全く同じだ。

 その姿はサイードとそっくりで、声も口調までもが良く似ている。それなのに――


 創造主たるサイードに従う、戦闘用人形(ギミック)だって…?


 彼がそう言ったその言葉がすぐには信じられずに、俺とウェンリーはその場で顔を見合わせたのだった。





次回、仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!

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