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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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149 至上の楽園オルファラン 後編

ヴァシュロンに乗って至上の楽園と呼ばれるオルファランに着いたウェンリー達は、サイードについて丘の上に立つ城のようなお屋敷に来ました。扉が自動で開き、それに感心するウェンリーとクリスの会話に、横からルーファスの姿をしたレインフォルスが口を挟んで…?

     【 第百四十九話 至上の楽園オルファラン 後編 】



 丘の上へと続く舗装された坂道をひたすら歩いて行くと、地面から六十センチほどまでが石造りで、そこから三メートルほどの高さにまで伸びる格子状の鉄柵に囲まれた壁を持つ、城のようなお屋敷の正門前に辿り着いた。

 門柱は独特な模様を持つ飾り石と彫刻で作られていて、継ぎ目のない曲線の白岩アーチが綺麗だ。おまけに門扉は変わった形の紋章が中央に象られた、網目状の金属製格子になっていて、サイードがそこに近付いただけで青い光を発し、勝手に開いて行った。


「へえ…自動で開くんだ。エヴァンニュでもよく見る仕掛け扉って奴かな?」


 エヴァンニュなら扉の左右に魔石駆動機器があって、よくそれが動く時の動作音が聞こえる。けどここの門にはそれがねえから、なにか絡繰りがあんのかなと思った。

 そんな俺の呟きに、前を歩くサイードじゃなくて、ここには何度も来たことのあるらしいヴァシュロンが答える。


「ふむ、その仕掛け扉というものがどのようなものかは知らぬが、オルファランの扉は人の魔力で動く。今のはサイード様が身体から放った魔力に反応して、扉が開いたのだ。」

「ふうん…じゃあ、俺みたいな魔法を使えねえ人間だと開けらんねえのかな。」


 素朴な疑問だったけど、すぐ後ろを歩いてるクリスが、俺とヴァシュロンの間にひょこっと顔を出して、痛いことを聞いて来た。


「ウェンリーお兄さんは、魔法が使えないの?生活魔法でも?」

「ぐっ…生活魔法ってのがどんなか知らねえけど、魔法の類いは全部ダメだ。武器攻撃に魔力を乗せることはできるから、魔力ゼロってことはねえと思うんだけどな。」

「――おまえが魔法を使えないのは、周囲の人間にとって幸いなことだ。もし並みに攻撃魔法が使えたら大変なことになる。落ち着きはないし、ちょっとしたことですぐにカッとなるから、これまでに何人が犠牲になっていたかわからないからな。」

「はあ!?おまえなあ…!!」


 ずっと無言で歩いてたくせに、こんな時だけレインフォルスが口を出す。だからしれっと俺を弄るんじゃねえよ!!さっきのあの顔はなんだったんだっての…!!


「わあ、そうなんだ…ウェンリーお兄さん、魔法使えなくて良かったね。」

「ク、クリス…」


 レインフォルスの俺弄りに、クリスが真に受けてクスクス笑う。実はここまでの間、クリスは時々家族のことを思い出してたのか、暗い顔をしてることがあった。

 だから本当はわかってる。レインフォルスは顔に出さねえけど、クリスを気遣ってるんだ。俺をネタにすんのは止めてくれって言いたいけどな!


 門から大きな両開きの扉がある城の入口まで歩いて行くと、途中身体の中をなにかが通り抜けた(くすぐ)ったい感じがして、その感覚に覚えがあった俺は、ここに張られた結界を潜ったことに気が付いた。


 まあ当たり前だよな。オルファランを治めてるってことは、領主様かエヴァンニュで言うところの国王陛下ってやつだろ?…ここは時が止まってるみたいに(永久の民は実際に寿命までの時間が止まってんだっけ)穏やかな空気が流れてて、あんまりにも長閑(のどか)だから緊張感がねえ。

 俺ら、これからここの偉い人に会わせて貰うんだよな?…お館様ってどんな人なんだろ…


 この世界の雰囲気にもの凄く合いそうな…お腹の突き出た背の低い、人の良さそうな髭の生えた王様?なんとなくだけど、のほほんとした人が出てくるような気がすんなあ。


 ――なんて失礼なことを考えている内に、門と同じように扉が勝手に開いてく。

入口からフラットになったエントランスは、城と言うより貴族の大邸宅、って印象だ。


「お帰りなさいませ、ギリアム様。…おや、お客様ですか?」


 サイードが帰って来るのを待ち構えてたかのように、キッチリとした淡い灰色の衣服を着込んだ、執事さんのような年配男性が出迎えてくれた。

 その執事さんは浅く身体を折り曲げて、右手をお腹の辺りに添えて会釈をする。


「ようこそオルファランへ。ヴァシュロン・オーサ殿はお久しぶりですな。他の方々は…」


 執事さんとヴァシュロンは顔見知りらしく、ヴァシュロンは執事さんと目礼を交わしていた。


「彼らは『訪問者』です。お館様はどちらに?」

「本日は "ユラナスの塔" へおいでです。夕刻前にはお戻りになると仰っておられました。」

「…そうですか。では "アインスの広間" へ彼らを通します。お茶の用意を頼みますよ。」


 ――知らねえ言葉が飛び交ってんな。『訪問者』に『ユラナスの塔』、『アインスの広間』か…サイードに聞いて教えて貰えそうなのは最初の言葉ぐらいかな。


 いつの間にかレインフォルスは、ヴァシュロンの影に隠れるようにして後ろに回ってた。この屋敷の中をきょろきょろとなにかを探すように見てる。…なにしてんだろ?


「では行きましょう。」


 サイードに促されるまま俺らはその後に付いて行った。


「…なあ、俺らのこと『訪問者』って?」


 少し小走りに急いでサイードの横に並ぶと、あの執事さんが客かと聞いたのに対して、サイードが答えた言葉の意味が気になって聞いてみる。

 俺らは確かにサイードに招かれてここに来たわけじゃねえから、客じゃねえのはその通りだけど、『訪問者』だと言った瞬間に、執事さんがピクッと反応したように見えたんだ。


「――訪問者とは、人界から来た存在で、永久(とこしえ)の民になる道を選ばない人々を言います。」


 ここオルファランには、住人以外の存在が『知ってはならないこと』ってのがあるらしい。要は重要機密って奴だろな。それを周囲に明確に知らせるため、ただオルファランを訪れただけの存在、って意味でそう言うんだそうな。


「ふうん…そういやさ、ここまで来て今さらなんだけど、サイードって何者?」

「…は?」


 うわ、すっげえムッとした顔!!


 俺の聞き方が悪かったのか、一瞬でサイードの顳顬に青筋が立った。目の端でちらっと見えたけど、レインフォルスがまた呆れて凍るような冷ややか〜な目で見てやがる。おい、ルーファスの姿でその目は止めろ!傷つくから。


「――ウェンリー、あなたはこの屋敷が私の自宅かと道中に尋ねましたよね?」

「え?ああ、うん、坂道で城じゃねえか、って言った時だな。」

「私はそれに対して肯定のつもりで返事をしました。あなたとルーファスはお館様に会いに来たのでしょう?そしてここはそのお館様と私の自宅です。…わかって聞いていたのではないのですか?」

「や、わかってたけど…それとこれは別じゃね?一緒に住んでたって他人ってこともあるんだし。」

「ウェンリー!!」


 後ろにいたヴァシュロンが、ぐいっと強く俺の肩を掴んで止めると、顔を強張らせた。


 へ?なに?なんでそんな顔――


 ヴァシュロンからサイードに視線を戻すと、サイードが俺を今すぐ縊り殺しそうなほどの殺気を含んだ、物凄い形相で俺を見てた。

 その顔を見た瞬間、知らねえでなんかの地雷(設置型雷撃魔法罠のこと)を踏んじまったことに気付いた。


「サイード様はお館様の実のご子息で、お世継ぎ様でもある。いくらなんでも失礼だぞ…!」

「え…あ、ご、ごめん…なさい。」


 違った、すみません、だ!…やべえ…!!


 とりあえず謝った方がいいと思って咄嗟にそう言ったけど、恐る恐るサイードを見たら殺気は消えてた。なんだよ?なにが気に触ったんだ?…わけわかんねえ。


「――知らなかったのですから謝罪は要りませんよ。私もルーファスが私を知っている様子でしたので、はっきりとは自己紹介をしていませんでしたしね。」


 そう言うとサイードは足を止めて改めて名乗った。


「私の名は『サイード・ギリアム・オルファラン』。現在は人の言う基準で十七歳です。」


 は?じ、十七!?うっそだろ、ふけ…や、落ち着き過ぎ!!


「ここの主であり、オルファランを治める『お館様』の長男で次代の後継となる者。…私は言葉遣いや敬称にうるさくはありませんが、あなたには今後、名の呼び方には気をつけていただきましょうかね?それとも不敬罪でいっそのこと――」

「えっいや、マジですみませんでしたっ!!」


 クリスの家で囚われるとか言ってたのって、まさかこれ!?やっぱサイードって偉かったのか…!!


 怒った理由がなんなのかわからねえけど、ここはひたすら謝るしかねえ!!…と必死で頭を下げたら、サイードはにっこり笑って「冗談です。」って言いやが…いや、仰った。焦ったぜ、全くよ…いやでも敬語は使った方がいいのか?


 けどさっきのあれって、マジで怒ってたよな?なにが気に触ったんだろ…。


 ――細長い廊下の突き当たりにある扉から、応接室のような部屋に入る。豪奢な絨毯にアンティークなテーブルセットと、豪華な長椅子があって、背の低いキャビネットの上に、灰色に輝く見たことのない花が花瓶に生けられてた。


 クリスはサイードにどうぞ、と言われて部屋に入るなり、やけに目立つその花に真っ先に駆け寄ると、物珍しそうにしげしげと眺める。

 せっかくサイードが良い服を用意してくれて、黙って立ってりゃあ見目麗しいお嬢さん、って感じなのに、中身が子供のまんまだから、見た目と行動が伴わねえ。

 ありゃフェリューテラに帰ったら、マリーウェザーに頼んで淑女教育して貰った方がいいかもしんねえな。


 俺らが座り心地の良さそうな長椅子に腰を下ろそうとしたその時、扉の開いた廊下の方から、パタパタと走ってくる軽い足音と、女の人の声が聞こえてきた。


「――…ちゃま!いけません、お待ちください…!!」


 何事かと思って椅子の前で動きが止まり、サイードを含めた全員が入口に注目した。すると――


「お帰りなさいっ!!サイードね…兄さまっ!!」


 その元気な声と一緒に、小さな影が凄い勢いで飛び込んで来て、思いっきりサイードにどんっと抱きついた。…子供だ。出会った時のクリスよりも小さい、七才ぐらいの男の子。サイードの足元に埋めているから顔はまだわからねえけど、柔らかそうな猫っ毛の見事な金髪をしてた。


「も、申し訳ありません、ギリアム様!お戻りになったことをお教えしたら、止める間もなくこちらに…!」


 ここの使用人さんかな?その子を追いかけて来たらしい、三十代前半くらいでお仕着せ姿の女の人が、慌ててサイードに頭を下げた。


「サイードの子供?」


 そんなはずねえだろうけど、つい思ったことがそのまんま口から出る。瞬間、サイードにギロッと睨まれた。


「どういう目を持っているんですか。あなたには私に、この年でこんな大きな子供がいるように見えるのですか?義弟(ぎてい)ですよ。」


 はい、わかってました。その子が開口一番に〝サイード兄さま〟って呼んだの聞こえてたし。義弟ってことは、血の繋がりはねえってことかな…?


 俺には偉い冷たい目でそう言ったけど、直後サイードは、デレッデレに蕩けそうな甘々顔になって、足元にくっついてる男の子を抱き上げた。


「ただいま、ルーファス。私の留守中良い子にしていましたか?」


 その子の名前を聞いて、俺とクリスは目を丸くした。


 ――ルーファスと、おんなじ名前?


 抱き上げられてサイードの腕の中に収まったその子は、甘えるようにサイードにくっついて頬ずりをした後、俺らに気付いてくるりとこっちを向いた。


「…この人たち、だれ?」


 不思議そうに俺らを見たその子を見た瞬間、俺はあまりの可愛さにズキュンと胸を射貫かれちまった。

 光に透けて輝く金色の髪に、鮮やかなブルーグリーンの瞳。背中に羽根が生えてねえのが不思議なぐらいの天使だったからだ。(以降俺はこの子を天使と呼ぶ。)


「なにその子、超かわええ!!!天使?天使だよな、絶対!!」


 サイードはルーファスと同じ名前のその子を床に降ろして、「私の知人ですよ。ご挨拶を。」って、促した。


「こんにちは、ぼくはルーファスです。ようこそ、オルファランへ。」


 ぺこりとお辞儀をして、たどたどしくそれでもしっかりと挨拶した天使に、俺とクリスは同時に叫んだ。


「「可愛(かあわ)いいーっ!!」」

「サイード様、ボクにその子抱っこさせて!!」

「あ、俺も俺も!!」


 クリスと俺が手を広げておいでおいでをすると、天使はサイードの顔をちらっと見上げて許可を貰ってから、嬉しそうに笑顔で駆け寄ってきた。くそう、なんて懐っこいんだ!!


「どれ、我が輩も抱かせていただこうかな。」


 俺とクリスが名前を名乗りながら交代で抱っこすると、横からヴァシュロンまで手を出して天使を横取りしやがった。その子は初対面なのに俺らを微塵も怖がる様子がなくって、終始嬉しそうに天使の笑顔を見せてくれた。くう〜、こんな可愛い子供は初めてだぜ。


「お初にお目にかかりますぞ。我が輩はケツアルコアトルのヴァシュロン・オーサと申します。坊ちゃまはルーファス様と仰るのですか。お幾つになられましたかな?」

「七つ!ヴァシュロンのおじちゃん、ぼくもそのお角欲しいなあ。おっきくなったらぼくにも生えてくる?」

「むう…それはちと難しいですのう。おっとと。」


 天使はヴァシュロンの肩に手をかけて身を乗り出すと、頭の角を掴んで引っ張ろうとした。


「危ねえって!ヴァシュロン降ろせ、落ちるから…!!」


 ここに来た本来の目的もすっかり忘れて俺らがきゃいきゃい騒ぐ中、レインフォルスだけが一人、少し下がって俯き気味にどこか別の方を見てた。…って言っても、なにかを見てるっつうわけじゃなくて、こっちを見ないようにしてるだけっぽい。普段からこいつは無表情だけど、心なしかあんま顔色が良くねえみたいだ。


 ヴァシュロンが天使をそっと床に降ろすと、天使は一人輪に入ろうとしないレインフォルスに気付いて、じっとあいつを見る。レインフォルスだけが自分を抱こうとしないから、気になったのかもしんねえな。


 ――そうこうしているうちにルーファスと言う名前の天使は、レインフォルスに近付いていきなり不思議なことを言い出した。


「…銀色の髪のお兄ちゃん、悲しいの?…心が泣いてるよ。」


 レインフォルスは近付いて来た天使にビクッと身体を揺らすと、青ざめてその顔を逸らして「いや…大丈夫だ、なんでもないから。」と返事をして後退った。


 ――心が泣いてる、だって?レインフォルスが?


「ぼくがお兄ちゃんを抱っこしてあげる。そうしたら悲しくないよ。」


 そう言って両手を伸ばした天使の格好は、どう見ても抱っこをせがむ姿で、〝抱っこしてあげる〟って言った台詞とは逆の仕草だった。

 思わずその行動に生温い目で見ちまった俺だけど、困り顔で動揺しながらも撥ね除けられずにようやく手を伸ばして、天使をぎゅっと抱きしめたレインフォルスの態度には正直言ってちょっと驚いた。


 ははん、さすがのレインフォルスも、こんな可愛い天使には冷たくできなかったか。


「ルーファス、お館様が戻る前に行きなさい。見つかると怒られますよ。」

「はーい。お兄ちゃんたち、また来てね!」


 天使はなにか特別な光を放ってんじゃねえか、ってほどに眩しい笑顔を向けて手を振ると、お仕着せの女性に連れられて部屋から出て行った。はあ…思いも寄らねえところで癒されたぜ。


 また来てね、って言われたけど、多分もう二度と会うことはねえだろうな。…残念。


「ふふ…驚きましたか?ルーファス。素直で可愛い子でしょう?最初にあなたの名前を聞いた時は弟と同じ名前だったので、私の方が内心びっくりしましたよ。」

「――なるほど、それであの時微妙な顔をしていたのか。…確かにとても可愛い子だな。思わず攫って行きたくなる所だったよ。」

「なんですって?絶対に渡しませんよ。あの子達は私の生きがいなのです。いずれはお館様や私と共に、このオルファランを支える存在となって――」


 サイードの話の途中で扉を叩く音がして、さっきの執事さんが飲み物を運んで来る。


「ギリアム様、お館様がお戻りです。訪問者との面会の前に、書斎においで下さるようにと。」

「…わかりました、すぐに伺います。すみませんが一旦席を外しますね。あなた方はこちらで待っていて下さい。」


 サイードはせっかく座った長椅子から立ち上がり、レインフォルスをちらっと見て目を合わせると、そのまま執事さんと一緒に出て行った。


「なに?」


 サイードの視線が気になった俺は、隣に座るレインフォルスに聞いてみる。


「…さあな。」


 こいつ…相変わらず素っ気ない返事しやがって。ルーファスの振りはどこへ行ったんだよ?

 サイード達も良くこいつの変化に気付かねえよな。あの明るくて優しいルーファスとは全然違うってのに…こんな素交じりの演技に欺されたままだなんて、まだそれに気付くほどルーファスのことを良く知らねえってことか。


 …ちっ、こんなに長くこいつのままだなんて…ルーファス、早く目え覚まさねえかな。やりにくくって仕方ねえ。


「――そうだルーファス。サイード様からこれを渡すように頼まれている。」


 ヴァシュロンがなにもない空間からなにかを取り出した。クリスの家に置いてあった『魔道具』だ。


「人界に帰るつもりのそなたに渡したところで、なんの役に立つのかわからんが受け取れ。対となるものは世界樹の精霊に渡したままなのだろう?」

「…ああそうだ、ありがとうヴァシュロン。」


 レインフォルスはヴァシュロンから手の平に収まる大きさの魔道具を受け取ると、すぐに腰に下げたルーファスのカラビナバッグに入れた。


 ――そういやこいつ、今は外見だけじゃなくって、着てる服も装備も全部ルーファスの物なんだよな。…前に入れ替わった時はどうだったっけ…?…覚えてねえな。


 それから随分長いこと俺らはここで待たされた。三十分か…一時間くらいか?すぐに戻るとは言ってなかったけど、やけに時間がかかってんな、と思った。

 待ち草臥れたらしいクリスは、微動だにしないヴァシュロンの肩に寄っ掛かって船を漕ぎ始めてる。

 見た目はもう大人なんだから、もうちっと注意した方が良いんじゃねえか?ヴァシュロン。これからここの偉い人に会うんだぜ?まずいって。


 手持ち無沙汰で無限収納から暇潰しに本でも出そうかな、って思ったところで、カードを出した途端にレインフォルスに睨まれた。


「おまえ…まだ懲りないのか?こんなところで無限収納の中身を出すな。置き忘れでもしたらどうなるか考えろ。」

「あ…」


 そうだった。これのせいでクリスにばれたんだっけ。


 うんざりした様子でレインフォルスは溜息を吐く。くっ…だからさ、ルーファスの顔でそれはやめてくれって。地味に傷つくんだってばよ。

 レインフォルスがふっと顔を上げて入口を見る。廊下を歩いてくる複数人の気配に気付いたからだ。カツカツと響く靴音が聞こえる。…変だな、三人分の足音?


 ――ガチャリ、と音がして扉が開くと三人の人物が入って来て、まず最初に黒灰色の長めの髪に左右に灰白色のメッシュが入った、灰色の瞳の厳格そうな男性が、続いてその後ろにサイードが、そしてさらにその後ろに……って、へ!?またサイード!?


 はあ?サイードが、二人いる!?


 同じ碧髪に同じ金の瞳。顔も髪型も、服装と身体付きに背の高さまで、なにもかも一緒で、どっちがさっきまで俺らと一緒にいたサイードなのか、全く見分けがつかなかった。どど、どうなってんの?


 俺とレインフォルスにクリスが驚いたのはともかく、サイードのことを元から知ってるヴァシュロンまでがなんでか偉く驚いてた。


「双子…?そのようなはずは…」


 ぼそりとヴァシュロンが呟く。サイードって、双子だったのか?


「――待たせてすまぬ、訪問者よ。私がこの地を治めし者にして名をダン・ダイラム・オルファランと言う。ここの者達は『館主(お館様)』と呼ぶが、人界では『クロノツァイトス』の名の方が知られておるかもしれぬな。」


 ……『クロノツァイトス』?…どっかで聞いたような……


 聞き覚えのある名前に、俺は必死に思い出そうとした。なんだっけ…割と最近で――


「ひえっ!!!」


 そうして俺はそれを思い出した瞬間に、悲鳴を上げた。


 あ、あり得ねえ…その名前って、カイロス遺跡に二千年以上も前に祀られてたっつう――


「じ、時空神クロノツァイトス、様…?」


 その名を口に出して呟くと、『お館様』の灰色の瞳が俺を見て、にこっと微笑んだ。


 こ、ここ、この厳格そうだけど極普通のおっさんに見える御方が、俺らの世界で言われてる『神』様…だって?…うっそだろお!?

 ……嘘だ。俺はきっとサイードに騙されてんだ。こんな優しそうで人間と変わらねえおっさんが、時空神のはずがねえ。夢だ。なにかの間違いだ。


「――お久しぶりでございます、お館様。本日は怨嗟の呪縛が解けた竜人族の幼子、クリスを連れて参りました。呪いが解け、本来の年令に成長した娘をご覧下さい。」

「は、初めまして…クリスと申します。」

「ああ、良く来たクリス。久しいな、ヴァシュロン・オーサ。ギリアムから事情は聞いた。…まさかアレンティノスが蘇るとはな。娘も良くぞ耐え抜いたものだ。…そして世界樹アミナメアディスを生き返らせたというのが…そこの銀髪の若者か。」


 お館様の視線がレインフォルスに注がれる。するとレインフォルスはすぐに立ち上がって深々と頭を下げた。


「フェリューテラより、不慮の事態にてインフィニティアに飛ばされて参りました。人族の『ルーファス・ラムザウアー』と申します。」

「…ルーファス?七つになる私の息子と同じ名か…奇縁だな。」

「…はい。」


 俺はここまで緊張した様子のレインフォルスを見るのは初めてだ。…つってもそんな良く知ってるわけじゃねえけど…よく見ると胸に当てた右手が微かに震えてる。会わせて欲しいって言い出したのはレインフォルスの方なのに、なんでだ?


「――ギリアムが言うほどの力は感じぬが…光に属する才よりも闇の力に秀でておるのではないか?」

「お館様、私の(げん)をお疑いですか?彼の者は私のスカラベを全て退けました。その上神獣であるネアンに好かれ、ネアンは彼の者のために身を犠牲にしたのです。私には彼が徒人とは思えません。」

「…わかっておる、そなたを疑っているわけではない。だが…」


 光より闇の力に秀でてる?…それってひょっとして、中身がレインフォルスだからじゃねえ?…サイードはルーファスの中身が別人だって気付いてねえ。

 ルーファスの力を見て来たサイードの説明と、今のルーファスが食い違うのは当たり前だ。…つまりサイードは騙せても、お館様は騙せねえってことか。さすが時空神。このままルーファスじゃねえってばれねえといいけど…


 ふと窓から外を見ると、ここに来る前にヴァシュロンから、このオルファランがどんなところなのか簡単に聞いてた通り、人界と同じような感覚で時間が流れ、気温や天候による季節の違いや昼と夜の明暗があるらしく、夕焼けが怖いほど真っ赤に燃えて色付いてた。

 それが日暮れの夜の色と混ざる瞬間、空が黒ずんだ血の色に染まったように見えて、背中にゾクッと悪寒が走る。――次の瞬間、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


 このお屋敷の近くからだ。すぐに廊下を多くの人間が慌ただしく走り回る音がして、あの執事さんが血相を変えて飛び込んで来た。


「お、お館様大変です、中庭に巨大な次元穴(ワームホール)が出現しました!!ちょうど近くで坊ちゃま達が遊んでおられて…!!」

「なんだと!?ギリアム!!」

「は、はい!!!」


 サッと顔色を変えたお館様とサイードは、俺達に構わず執事さんと一緒に直ぐさま部屋を飛び出して行った。


「坊ちゃま達って…まさかさっきの天使?なにがあったんだろ…俺らもなんか手伝った方がいいんじゃねえ!?」

「うん、ルーファス君大丈夫かな!?」


 椅子から立ち上がって俺とクリスが動こうとした瞬間、身体が金縛りに遭うようなゾッとする声が響いた。


「――その必要はありません。訪問者の方々はお館様の許しなく、この『アインスの広間』からお出にならぬよう申し上げます。」

「…サ、サイード?」


 お館様とサイードはさっきここを出て行った。けど一人残っていて、それまで一言も話さなかったもう一人のサイードが、有無を言わさぬ冷たい声で扉を塞ぐようにその前に移動した。


「違います。私の名は『テルツォ・ギリアム・オルファラン』。お館様の忠実なる従者です。」


 テルツォ?忠実なる従者って…双子の兄弟じゃねえのか?…なんか雰囲気も人間味がねえっていうか…サイードと丸っきり同じ姿だけど、こっちは薄っ気味悪くてまるで感情のない人形みてえだ。


 扉の前に背筋を伸ばして微動だにせず、俺らを威圧するように立っている『テルツォ』は、俺らがここから出ないように監視してるみたいだった。


「……そうか…だから俺がここに…」

「え?なんか言ったか、ルーファス。」

「――いや、なんでもない。…それよりウェンリー、話がある耳を貸せ。」

「…?なんだよ。」


 急にそんなことを言い出したレインフォルスの側に行き、俺達はヴァシュロンとクリスからも離れて窓際に移動する。

 扉の前のテルツォは、俺らが外に出ようとしない限り、こそこそ内緒話をしてても気にしてねえみたいだ。


「――サイードが言っていたように、この後俺達は囚われることになるだろう。…ヴァシュロンは元より、恐らくクリスとも離される可能性が高い。フェリューテラに連れて行って欲しいと頼まれたが、一緒に帰るのは難しそうだ。」

「え…なんでそんなことがわかるんだよ?」


 俺は良くルーファスに対してするように、当たり前の疑問をぶつけた。するとレインフォルスは心底嫌っそうな顔をして、俺をジロッと睨みつけた。


「いいか、俺はルーファスじゃない、くだらない質問をするな。いちいち理由や根拠をおまえに説明してやらなければならない義務はないんだ。無事に生きて帰りたければ、無駄な詮索をせずに黙って聞け。」


 くだらねえって…根拠を聞いてなにが悪いんだよ!!理由も知らずにはいそうですか、って納得する方がおかしいだろ!?


 レインフォルスのその言い草に、ムカッと来た俺は思わずそう怒鳴りそうになった。やべえ、今のこいつはルーファスなんだ。仲の悪いところをヴァシュロン達に見せるわけにいかねえんだった。…そう思い直して渋々怒りを引っ込める。


「…ちっ、わかったよ。そんで?」

「予想通りクリスと引き離された場合は、彼女を一緒に連れて行くことは諦めるしかない。もしもサイードと話す機会があれば頼んでみるが、理解しておいてくれ。」

「…マジか…」


 クリスを…置いてく?守護七聖には竜人族がいんのに…


「それと世界樹の中で入れ替わった直後からの記憶を、ルーファスが後で見られるように結晶化しておく。俺は有事の時以外、ルーファスと直接話すことは難しいから、フェリューテラに帰る前にルーファスが目覚めた場合は、そう伝えてくれ。」

「…わかった。」

「ウェンリー、最後に最も重要なことを言っておく。ルーファスに、なにがあっても時空神とだけは戦うなと伝言を頼む。」

「それって、敵わねえからか?」

「そう言う意味じゃないが…まあそれも含めてだ。」

「了解、伝えとくよ。」


 少し慌てた様子で一度にそう言ったレインフォルスは、俺がルーファスへの伝言を引き受けると、ホッとしたように息を吐いた。

 こいつにはもしかして、今外でなにが起きてんのかがわかってんのか?時空神が名乗っても、サイードがもう一人現れたことほど驚いてなかったみてえだし、ルーファスと違って聞いてもまともに答えねえから、説明が少な過ぎてなに考えてんのかさっぱりわからねえ。


 今回のことでもわかるのは、レインフォルスがルーファスを大切に思ってるってことぐらいだ。こいつはルーファスの…いったいなんなんだろ?なんでルーファスの中にいんのか…聞いたところでどうせ前みたいに、なにも答えて貰えねえんだろうな。


 ――それから暫く経ってからだ。…レインフォルスが俺に言ったことは現実になった。


 扉が壊れんじゃねえかと思うぐらいに、乱暴に開けて戻って来た『お館様』は、さっきここで俺達と話してた時とは別人のような形相で、いきなり俺とレインフォルスに拘束の魔法を放った。

 その直後に俺達は、ヴァシュロンやクリスに別れを言う間もなく目の前で、見知らぬどこかへと飛ばされちまった。



 俺とルーファスの姿をしたレインフォルスは今、ルーファスの防護障壁に似た、三角形の魔法檻に閉じ込められてる。

 檻の外は真の意味で一筋の光もない真っ暗闇だ。この魔法檻は内側の壁が光を発してて、ルスパーラ・フォロウの魔法石を使わなくても明るい。

 ここに入れられて数時間が過ぎてた。心配なのは飲み水と食い物がねえことだった。元々バセオラ村を出た時に準備して無限収納に入れてあった携帯食料や非常食は、俺がインフィニティアに飛ばされてルーファスと逸れてた間に食っちまったし、水は今朝クリスの家の井戸でボトル一本分を汲んで来ただけだ。


 こんなところに閉じ込められたまま、なにも出来ずに死にたくねえ。そう思い俺は、どこかに出口はねえか、檻を破れる亀裂とかがねえか、ウロウロと歩き回って探し続けた。


「おい!!じっと座ってねえで、おまえも出る方法を探せよ!」


 ――レインフォルスはここに飛ばされてから、片膝を立てて座り込んだまま、檻の壁に寄っ掛かって全く動こうとしねえ。

 こいつの予想通り、いきなり問答無用で囚われちまったって言うのに、なぜかひとっ言も喋らねえんだ。


 人を完全に無視したその態度にイラッとした俺は、レインフォルスに近付いて腕を掴んだ。するとこいつはまた俺を睨んで、触るなと言わんばかりに撥ね除ける。

 はあ…なんでこんな奴とこんなとこに、閉じ込めらんなきゃならねえんだ?ルーファス…いつになったら戻って来るんだよ。俺、もう挫けそう…


 情けなくなって泣けてきて、レインフォルスから離れたところに、あいつに背中を向けてしゃがみ込んだ時だ。

 背後から小さな声でレインフォルスが言った。


「――ウェ、ンリー…伝言を…頼んだ…ぞ…」

「…あ?」


 なんだよ、それはさっき聞いてわかったっつうの!!


 やっと口を利いたと思ったら、そんな一方的な台詞を言われて、腹が立った俺はレインフォルスに突っかかった。


「おい!!勝手なことばっか言いやがって!!いい加減にしろよ、てめー!!」

「う…ん?大きな声を出すなよ、ウェンリー…なにを怒っているんだ?――え…あれ、ここは…?」


 ――いきなりだった。外見が変わらねえから一瞬戸惑ったけど、ここに来てようやくレインフォルスが引っ込んで、ルーファスが目を覚ましたんだ。


「ル…ルーファス?ルーファスだよな!?」


 困惑した様子でも、明らかに仕草が違う。改めて見てみるとはっきりとわかる。俺を見上げるそのブルーグリーンの瞳は、やっぱり優しかった。


「やっと目え覚めたのか!!よ、良かった…うう…ルーファスぅ…!!!」

「えっ!?な、なんだよ、なんで泣くんだ!?」


 俺は思わず半泣きになってルーファスに抱きついた。


 ――レインフォルスがルーファスになにかするとは思わなかった。けどあんまりにもルーファスが戻らねえから、俺はずっと不安だったんだ。

 もしこのままルーファスが、ずっと目を覚まさなかったらどうしよう。ルーファスの姿をしてても、中身がレインフォルスのまんまだったら…


 今回は長い時間あいつのままだったから、俺はずっと、そのことを口に出すことさえ怖かったんだ。




次回、仕上がり次第アップします。

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