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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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146 大樹の記憶

アレンティノスの世界樹アミナメアディスの守り手、『エネドラー』は、ルーファスの言葉をすぐに信用せず、自分を倒して力を見せろと告げました。ですがルーファスに精霊と戦う意思はなく、今にも魔精霊と化してしまいそうな彼の攻撃を、その身にただ受けることを決めました。身動き一つせずに攻撃を受け止めたルーファスに、エネドラーはさらに追撃しますが…?

         【 第百四十六話 大樹の記憶 】



 ――俺に向かって放たれた斬撃が途中で二つに分かれ、さらにそこから無数の刃となって真っ直ぐに襲ってくる。

 俺は瞬き一つすることなくエネドラーを見据えたまま、微塵も動かずにその全てを受け止めた。


 ビッビビッズザザザッ、と空を斬る音が耳に響き、着ていた衣服ごと肌が切り裂かれて行く。刃の一つが頬を切り裂き、そこかしこから血が流れて俺の服に真紅の染みを作って行った。


 俺が避けると思っていたのか、エネドラーの放った攻撃は分裂したせいで威力が弱く、治癒魔法を使わなくても俺の自己回復能力で一瞬のうちに消えてしまう。小さな掠り傷程度なら、こうしていつもすぐに治ってしまうのだ。


「…!?傷が…!!」


 最も目立つ頬の傷がなにもしていないのに消えたことで、エネドラーは俺の治癒能力に気付き、すぐさま次の攻撃を放った。

 今度は大剣を二度交差する袈裟斬りに振るい、同じような斬撃をまた起こしたがこちらはさっきよりも格段に威力が高い。どうやら次はすぐに治る程度の小さな裂傷では済まなさそうだ。

 そうとわかっていても俺は、ただエネドラーを見据えたまま動かない。もしこれで彼の言う通りに俺が手を出したなら、エネドラーは最後の理性の糸が切れ、魔精霊と化してしまうだろう。俺にはそれがわかっていた。


「ルーファス、抵抗しなさい!!」


 そう叫ぶサイードの声が聞こえる。それでも俺は彼の声を無視して、無抵抗のまま同じようにその攻撃を身に受けた。

 交差した斬撃が真正面から俺の身体を切り裂き、今度は傷が深くその痛みに歯を食いしばる。だがこのぐらいの怪我は、俺に致命傷を与えられるほどのものじゃない。すぐに治癒魔法を自分にかけて傷を治した。


「今度は治癒魔法を…なぜ戦わない!?俺を倒して力を見せろと言っただろう!!」


 エネドラーは苛立ち、その重そうな大剣を片手で持ち上げて切っ先をこちらに向けると声を張り上げた。


「俺はここに戦いに来たんじゃない。それにあなたは自分が魔精霊になりかけていると気付いていて、わざと俺に殺させようとしているだろう。怒りと嘆きに支配されかけていて苦しいのはわかるが、世界樹の守り手としてここまで頑張って来たのなら、あともう少しだけ耐えてくれ。俺のやることを見届けてから死ぬのでも遅くはないだろう?」


 ――信じろとは言わない。失敗する可能性は(ゼロ)じゃないからだ。だけど俺は精霊族(ガイストゲノス)の敵じゃない。ほんの少しだけ時間をくれないか。


 俺はそう言って彼の説得を試みた。…だが…


 彼は剣を握りしめた手をぶるぶる震わせて、蹌踉けるように後退りながら下を向くと、独り言を呟くように思いを吐露し始めた。


「そうやって希望を与えられて…()()裏切られたらどうする?世界樹を救うと言ってやって来た、あの御方のように…信じた挙げ句今度こそ滅ぼされてしまったら…!!」

「…?」


 また裏切られる…?過去になにかあったのか…?


 エネドラーはぶんぶん頭を振り回して、俺の言葉を振り払うように拒絶する。


「俺にはアミナメアディスを守らなければならない使命がある…!この守り手たる俺を倒すことも出来ぬ者に、ツァルトハイト様のお命を託すことなど断じてできるものかあーっっ!!!」


 その命の(ともしび)を燃やし尽くすかのように、エネドラーは抑えていたその感情を自ら爆発させてしまう。自分が口にしたその言葉の矛盾にも気付かずに。そもそも精霊を傷付ける者に世界樹を救えるはずがないのだ。


「まずい、魔精霊化する…!?やめろエネドラー!!部下のガーディアン達まであなたの負の感情に引き摺られてしまう!!滅びの引き金をあなたの手で引くつもりか!?」


 俺の叫ぶ声などもう耳に届かないのか、エネドラーは守護領域内に辛うじて薄く残っていた霊力(マナ)さえもその身に集め出した。彼は魔精霊になりかけて精神が狂い出し、世界樹の守り手だと言ったその言葉に反して暴走を始めたのだ。


「ルーファス!!」


 見かねたサイードが聖杖を手に駆けて来て俺の横に並ぶ。


「ああなってしまっては、もうあなたの声は届きません!ガーディアンだけでなく生き残っているバンシーまでもが触発されて魔精霊となる前に、彼を殺しなさい!!」

「サイード…!!」


 ――サイードの言うことは正しかった。今すぐエネドラーを止めないと彼が切っ掛けとなり、アレンティノスの精霊は恐らくその全てが魔精霊となってしまうだろう。


 魔精霊とは、精霊が恨みや憎しみの感情に支配されて負の感情しか抱けなくなり、魔物のようになってしまうことを言う。

 そうなれば完全に正気を失って狂ってしまい、もう二度と元の精霊に戻ることはなく、他存在を無差別に襲うようになるため殺すしか方法がない。

 そうとわかってはいたが、俺には精霊族(ガイストゲノス)と交わした盟約があり、魔精霊となっていない精霊に危害を加えることは出来なかった。


 俺に精霊を傷つけることは出来ない。なんとかしないと…!!


 俺はサイードの言葉を無視して(正確には答えている余裕がなかった)、変異しかけているエネドラーの元へと走り出した。

 残り少ない霊力(マナ)の全てをその身に取り込もうとしているのだけでも止めさせないと、せっかく彼が命を繋いできた世界樹が死んでしまうからだ。


 …とその時、俺のすぐ横を猛烈な速さで巨大ななにかが通り過ぎて行った。耳にブウンッ、という低い大きな羽音が聞こえ、巻き起こった風圧に吹き飛ばされそうになって俺は一瞬均衡(バランス)を崩した。


「待ちなさい、ネアン!!いけません!!」


 ――ネアン!?


 後ろから走ってくるサイードの声が聞こえ、顔を向けると透けた身体に元の大きさに戻ったネアンが、一直線にエネドラーに向かって突っ込んで行くのが見えた。


 ずっと俺の肩に乗って一緒に来たネアンには、ここでサイードと離れた時に、サイードの肩へと移って貰っていた。

 小さくなっていたその姿のままで、サイードと一緒に俺がなにをするのかを後ろで見守ってくれていたのだろう。それなのに――


「どうしてネアンが…?」


 息を切らせて走って来たサイードが、慌てた様子で俺に言う。


「ネアンを止めてください、ルーファス!!あの子はあなたが精霊を傷つけられないと言って、あなたの代わりに世界樹の守り手を止めようとしているのです!!」

「なんだって…!?」


 俺はすぐにエネドラーとネアンの方を見た。するとネアンはエネドラーが霊力(マナ)を取り込むのを見事に阻止しただけでなく、さらに彼が魔精霊化しかけていたのも止めて戦闘に入っていた。エネドラーは突然現れた巨大なスカラベに驚き、既の所で正気に返ったのだ。


 昨夜俺は野営時に世界樹のことを考えて中々寝付けず、枕元で起きてもぞもぞと動いていたネアンに、自分の色んなことを話して聞かせていた。その中にはこことは異なる精霊界グリューネレイアのことや、俺が精霊族(ガイストゲノス)と盟約を交わしていて、魔精霊となっていない彼らを傷つけることが出来ないことも話していた。

 俺はサイードと違ってネアンの言葉は全くわからなかったが、ネアンはキッ、キキッと声を出しては楽しそうに脚を動かして、一生懸命相槌を打ってくれていたように思う。


 ――まさか昨夜の俺の話を覚えていて…?ネアンの知能が高いことはわかっていたけれど、知り合ったばかりの俺のためになぜ…!!


「やめろネアン!!精霊術は虫系生物にとって致死的優勢手段なんだ、殺されてしまう!!」


 『精霊族(ガイストゲノス)』とは、"自然を守るために生まれて来た存在" だと言うことは前にも話したと思う。その守る対象である『自然』とは、大地や水、空気などを含めた全ての環境を言うが、最たるものは『植物』だ。

 人は自分達の生活のために木を切り倒し、森を破壊する。それが度を超せば自分達の命が危うくなることも知らずにだ。…が、そんな人と違って植物と共生関係にありながら、『虫』という生物はなぜか増え過ぎると、破壊者である人以上に植物を死に至らしめることがあった。

 そんな『虫』という生物に対して、精霊族(ガイストゲノス)には問答無用で駆除することが可能な手段がある。実はそれが、『精霊術』なのだ。


 精霊術は魔法に似た様々な効果を持つ、精霊族のみが使える特殊な力だが、使用対象に明確な条件がある分、その威力は最上級魔法にも匹敵するものがある。

 それには時に俺でさえ抗うことが出来ず(以前ウンディーネに使われた "聖なる眠り" がそうだ)、たとえ大精霊ではなくとも、力のある精霊であれば最大の武器になるのだ。


 そして間違いなくエネドラーは、それ程の力を持っている精霊だ。魔精霊化しかけている彼に今、冷静な判断は出来ないだろう。その状態で襲って来たネアンに精霊術を使われたら、虫系生物であるネアンは一溜まりもないはずだった。


「ネアンもういい、戻って来い!!攻撃をやめるんだ!!!」


 俺は地面を蹴って走り、目の前に見えているネアンに向かって手を伸ばした。だが次の瞬間、目の眩むような閃光が輝き、それを腕で庇った俺の眼前で、ネアンの巨体はバラバラになって飛び散った。


 エネドラーが精霊術を使って攻撃し、ネアンを一瞬で吹き飛ばしたのだ。


 無情にも俺の前に、ボトン、ボトボトボトッと、元はネアンだったものが細かな破片となって上から降って来る。

 やがてそれは辺り一面に降り注ぐと、虹色に輝く粒子となって跡形も残さず消えて行った。


「――っ…ネ、アン……ッ…」


 どうして…!


 俺は消えてしまったネアンの粒子を手に掴むと、手の平で消えて行くそれを見つめながら、呆然と立ち尽くした。


 ネアンを倒すために精霊術を使ったエネドラーは、力尽きたように膝を折ってドシャリと地面に倒れ込む。大精霊と違って元の術力(精霊術を使うための力)はそう高くはなく、大きな精霊術を使ったために枯渇したのだろう。


「…ルーファス。」


 俺の右肩にポン、とサイードが手をかける。


「世界樹の守り手が倒れている今の内に、アミナメアディスの様子を。…ネアンが命を賭して作ってくれた好機ですから。」

「…ああ…わかった。」


 ≪ ネアン… ≫


 俺はずっとネアンが乗っていた、自分の左肩に右手で触れて目を閉じた。


「――他のバンシーとガーディアンが近付けないように、一旦この辺りを結界で隔離します。」

「頼んだ。」


 頷いて俺は世界樹の朽ちた幹の方に歩き出す。ネアンが作ってくれた好機だ。エネドラーが目を覚ます前に急ごう。そう思った。すると――


 ――前へと一歩踏み出した俺の足が着地した瞬間、そこからただの土だった茶色い地面が、ぶわっ、と急速に緑色に変化して行く。


「な…なんだ!?」


 それは俺を中心にして駆け抜けるように外側へと広がって行き、音が伝わるよりも早い速度でアレンティノスの大地全てを覆って行く。

 変化した大地からは眠っていた命が息を吹き返したかのように、そこかしこからにょきにょきと草木が芽吹いて物凄い速さで成長し、一瞬で美しい緑色の世界を作り上げてしまった。


「――アレンティノスの大地が、生き返った…!?」


 信じられない光景だ。さっきまで生きる屍のようなバンシー達が横たわっていた土塊の場所は消え失せ、気付けば俺の知るグリューネレイアと同じように、辺り一面柔らかな草で覆われていた。

 そうして周囲を見回すと、朽ちた世界樹アミナメアディスだけがそのままで、数百年も一気に時間が進んだかのような、巨木の伸びた豊かな森の光景が目の前にただ広がっていた。


「ど…どうなっているんだ、これは…」


 慌てたサイードが俺に驚愕の表情を浮かべて尋ねる。


「ルーファス、これはあなたが…!?」

「違う、俺じゃない。浄化した大地に眠っていた植物の種子が、突然息を吹き返したんだ。霊力(マナ)が足りなくて仮死状態だったはずなのに、どうして…?」


 ――俺は世界樹の状態を見て、もしナイルが言ったように僅かでも生きているのなら、自分の霊力(マナ)をアレンティノスの大地に時間をかけて流すことで、先に植物を蘇らせるつもりだった。

 そうすることで蘇った植物が新たな霊力(マナ)を生み出してくれて、この世界の地面の下に伸びる世界樹の根を再形成し、アミナメアディスを蘇らせることが出来るようになるからだ。


「…つまり、霊力(マナ)さえ足りれば、ここの植物は生き返る状態だったと言うことですか?」

「ああ。精霊界の植物は滅びに瀕すると種子を残して眠りにつく。仮死状態なだけだから、必要な量の霊力(マナ)があれば短時間で成長し、吸収と放出を繰り返しながら体内で循環することによって、新たな霊力(マナ)を生み出してくれるんだ。それはフェリューテラでも同じで、だから俺達の生きる世界には絶対に植物が必要なんだ。」

「――そうなのですか…では、これはネアンのおかげかもしれません。」


 サイードは考え込むようにして口元に手を当てながらそう言った。


「…ネアンの?」

「はい。ネアンが普通のスカラベでないことには気付いていたでしょう?あの子は霊力(マナ)の塊でもある『神獣』だったのですよ。」

「神獣!?霊力(マナ)の塊って…」


 初耳だ。フェリューテラにも神獣と呼ばれる生物の伝説は色々あるけれど、霊力(マナ)の塊だったなんて、知らなかったぞ。


「ネアンは賢い子でしたから、もしかしたら初めからこうするためについて来たのかもしれません。神の獣は未来(さき)を視る、とも言われていますので、自分の成すべきことを知っていたのではないでしょうか。」


 ――だとしても…俺はこんな形でネアンを失いたくはなかった。言葉が理解出来なくても、ネアンは俺にとってもう仲間だったんだ。


「残念ですが消えたネアンはもう戻りません。あの子の命は、『嘆きの澱み』と呼ばれていたこのアレンティノスの緑を蘇らせてくれました。ここから先はルーファス、あなたにしか出来ないことです。クリスを救うためにも、アミナメアディスを蘇らせてください。」

「…ああ、そうだな。」


 サイードの言うとおりだ。ネアンが植物を蘇らせてくれたのなら、俺は世界樹を蘇らせる。これだけの霊力(マナ)があれば、きっとなんとかなるはずだ。


 ネアン…ありがとう。俺は心からそう感謝した。


 ネアンの(マナ)で蘇ったアレンティノスの植物は、短時間であっという間にこの世界を霊力(マナ)で満たしてくれた。あれほど死にかけたなにもない大地だったのに、植物という種が持つその力は神の御業にも等しい。


「!?…サイード、エネドラーが!!」


 "世界樹の守り手" ガーディアンの団長『エネドラー』が倒れていた場所を見ると、そこにいたはずの彼の姿はなく、代わりにいつの間に出来たのか、真っ白い糸のようなもので作られた大きな繭があった。

 俺はすぐにそれを調べる。手で触れてみると微かに温かく、脈打っているように感じた。


「――温かい…それに微かに鼓動が聞こえる。まさか、この繭の中で生きているのか?」

「ルーファス、周りを!」


 サイードの声に周囲を見回すと、息を吹き返した木々や草木の間に、数多くの同じような白い繭が見えた。


「これは…生き残っていた精霊全てが繭に変化したのか…!?」

「わかりませんが…このようなものを見たのは初めてです。…ルーファス、こちらは私が調べるのであなたは一刻も早く世界樹を。」


 俺は繭のことはサイードに任せて、世界樹の朽ちた幹に小走りで駆け寄った。アレンティノスは既に生き返り、霊力(マナ)で満たされているのに、世界樹だけが未だ朽ちた姿のままだった。その根は恐らく滅びて消えた『シェロアズール』と共に断ち切られ、ここには僅かな根元と本体である幹だけが残っているのだろう。

 俺は世界樹の幹に右手で触れ、自分の額を樹皮にこつん、と宛がった。直接触れることで、アミナメアディスの命とそこに宿っているはずの精霊に接触しやすくするためだ。


「世界樹アミナメアディス…もし生きているのなら、俺の声に応えてくれ。俺の名前はルーファスだ。…頼む。」


 祈るように声をかけたが、返事はない。もう殆ど力が残っておらず、恐らく精霊は声を発することさえ出来ないのだろう。

 俺は意識を世界樹に集中し、もう一度今度は思念伝達を使って話しかけた。意思疎通が出来なくても蘇生は可能だが、相手が見知らぬ魔力を浴びることで驚き拒否すると時間がかかってしまう。

 完全に意識がなければ話は別だが、もし世界樹が生きていてなにかしらの反応があれば、俺がこれから魔法を使うことを認知して貰うことで、より効率良く早く生き返らせることが出来るのだ。


 すると少し間を空けた後に、微かに世界樹からの反応があり、俺が触れている部分の樹皮がほんのりと光を発した。


「!」


 ――生きてる!!


「良かった、生きているんだな。良く聞いてくれ、アミナメアディス。俺はこれからあなたに蘇生魔法リザレクションを使う。あなたを生き返らせるために、俺の霊力(マナ)を限界まで流すから、どうか受け入れて欲しい。」


 俺がそう言うと触れている手の平に僅かな震動が来て、世界樹が震えたように感じた。


「大丈夫だ、俺が必ずあなたを生き返らせる。…信じてくれ。」


 ――そうして俺は、クリスを蘇生した時と同じように『リザレクション』をアミナメアディスに向かって唱えた。


 俺の手元に純白の魔法陣が輝き、俺の身体と朽ちた世界樹が同時に青白い光を放つ。この二つの光が同色の太い糸で繋がり、俺の魂とアミナメアディスが一時的に繋がった。

 アミナメアディスは世界樹で、少しぐらいの霊力(マナ)を注いだぐらいでは蘇らせることは難しい。だからこの魔法をこれまで人に使用した時と違い、俺のアストラルソーマと世界樹を一時的に繋いで同化し、際限なく増え続ける俺の霊力(マナ)を注ぎ続ける作戦だった。


 俺が魔法を使ってすぐに強い反応があり、見る間に世界樹が変化し始める。俺は俺の頭の中で世界樹の根の形成を行い、それを現実に反映する形でまず最初にアミナメアディスの失われた根を復元して行った。

 その根がアレンティノスの地中深く隅々まで張り巡らされ、そこから少しずつ地上の植物が生み出した霊力(マナ)を取り込み始める。これで第一段階は成功だ。


 次に本体である幹の再生を始める。少しずつ、ゆっくりと世界樹を構成している細胞を復元し、朽ちた細胞と入れ替えて下から形成して行く。

 先に復元した根が霊力を自力で取り込みだし、俺の魔力との相乗効果で順調に再生が進んで行った。その間も俺のアストラルソーマからは、俺の霊力が世界樹に流れ続ける。

 クリスを蘇生した時に一度にごっそりと霊力を移動したのとは違い、今の俺は世界樹と同化した形になっているため、途中で力尽きて倒れることはない。


 そう思っていたが、三分の一ほど幹の復元が進んだ所で、俺は思わぬ事態に陥る。世界樹と同化したことで、俺にアミナメアディスの膨大な記憶が流れ込んで来たのだ。


 ――まずい、これは…一時的にどこか別の場所で受け入れないと、俺の頭が破裂する…!!


『記憶領域を拡張』『データベースを更新』『新項目 "大樹の記憶" を作成』『別途保存』


 俺の自己管理システムが早急に対応し、その全てを受け入れて行く。だがアミナメアディス自身が、どうしても俺になにか伝えたいことがあったらしく、一部の記憶の奔流に飲み込まれてしまう。

 そうして俺の意識は、どこか見知らぬ場所を俯瞰して見ているような感じになった。


 ――ここは…どこだ?…見たことのない景色だ。


 そこは薄青い白亜の同じような四角い建物がびっしりと建ち並ぶ、街のような場所だった。俺はそこの風にでもなったようにひゅんひゅんとあちこちを飛び回る。

 そこに近付くと、どうやって行くのかわからない、空中に浮かぶ数多くの建物があり、街の中心には天へと聳え立つ螺旋状の外壁をした四角錐の塔のようなものが見えた。

 ここは美しい緑とどこまでも続く空の青に、白亜の建物の三色コントラストが見事な世界だ。…だけど住人らしき生物の姿がない。


 …誰もいないのかな。俺はふと思う。


 だがその直後、俺がいる位置よりも遥か上空で、なにかの爆発音が聞こえた。視線を向けると、漆黒の魔力光と純白の閃光がいくつも瞬いては消えて行く。誰かがあんな高い空中で魔法による戦闘を行っているのだ。


 俺がそこに意識を向けた途端に、瞬間移動をしたかのように場面が切り替わる。俺はそこで戦闘中のその人達を見て驚いた。


 全身が総毛立つような禍々しい気に漆黒の靄を纏う、七人の男女。それは様々な人種が混じる混成組織で、その異様な姿を見るに暗黒神の眷属、『カオス』に違いなかった。

 対して相対するのは全身から眩い光を放つ、目の眩むような美しさと神々しさを滲ませる、光る剣を手に宙に浮く美丈夫。

 忘れもしない、そこにいたのは紛うことなき彼の光神、レクシュティエルだ。左右にあの従者『レウニオス』と『フォルモール』を伴っている。


 光神レクシュティエルとカオスらしき面々は、俺の目の前で壮絶な戦いを繰り広げた。だが三人対七人という状況にも関わらず、光神レクシュティエルのその強さは尋常ではなかった。カオスの七人を一瞬のうちにその力で消滅させてしまったからだ。


 ――あれが光神レクシュティエル様の御力か…凄まじいな。あれほどの力がなければ、暗黒神どころかカオスにも勝てないのだろうか。…今の俺では到底無理だ。


 もし現代のフェリューテラにあの御方がいてくれたなら、暗黒神とカオスの脅威にさらされることもなく、人は安心して生きて行けたのだろうか。どうしてレクシュティエル様はいなくなってしまわれたのだろう。


 俺はそんなことを思いながら彼らを見ていると、俺の視線に気付いたのか光神が顔を上げてこちらを見た。俺はあの時と何ら変わらないその美しさにゴクリと息を呑む。目が、合ったように思ったからだ。

 だけど光神に俺の姿は見えなかったのか、彼は気にした風もなくすぐにふいっと顔を背けると、あのレウニオスとフォルモールを連れてどこかに転移して行った。


 …ここは、もしかして…過去のシェロアズール?光神の領域だと言っていたものな…そうなのかもしれない。


 そこから急に周囲がぼやけたように真っ白く滲むと、今度はグリューネレイアに良く似た、精霊達が飛び交う美しい場所に移動した。多分ここはかつてのアレンティノスなんだろう。

 どこが違うとか上手くは言えないが、グリューネレイアとは異なる雰囲気を感じたからだ。


 そこに、白いローブを着てフードを被り、顔を隠した背の高い人物が立っていた。その人物は一言も喋っていないのに、なぜだか俺にはその心の声が聞こえて来る。


『――<???>の実験は成功し、思惑通りに蒼天界は消え失せた。これで私はイティ・ガルテンに移り住むことができる。後は全ての証拠を消すために、世界樹を滅ぼせば良い。守り手も私の顔を見れば信用するであろう。世界樹を救うと騙し、アミナメアディスを殺す。それで私の裏切りを知る者はいなくなる。』


 その声は薄気味の悪い男の声で、寒気を覚えるほどゾッとした。どことなくある種の狂気を含んでいたからだ。しかも俺はその声を、以前どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。


 <???>の実験…<???>とはなんだ?そこだけがなんと言っているのかわからなかった。言葉は聞こえているのに、なんと言っているのか理解出来ない感じがする。…ヘクセレイコルとは違うみたいだけど…


 俺は歩き出した白ローブの男の後をついて行った。


 男は一定の距離ごとに三重の結界が張られた場所を、一切引っかかることもなく擦り抜けて行く。俺の推測ではこの結界は、世界樹アミナメアディスを守る守護領域のはずだ。なのにそれを精霊達に咎められもせず通り抜けられるとは、この男は一体何者なのだろう。そんな不審を抱いた。


 やがて男は、アミナメアディスの根元に当たる、ガーディアンの守護領域にまで近付く。そこで初めて守り手達に、止まれと武器を突き付けられて進路を阻まれた。

 白ローブの男に真っ先に近付いて来たのは、ガーディアンの団長らしき精霊だ。よく見るとその顔に面影がある。エネドラーだ。しかもまだ彼はバンシーになっていない。なんとエネドラーは、全身を石で覆われた姿の石精霊(ピエドゥラ)だったのだ。


 エネドラーは初め男を訝しんでいたが、そのフードを外させて顔を確かめると、一転して傅くような態度に変化した。

 他の精霊達も同様に白ローブの男に敬意を払い、まるで賓客のような扱いをするようになる。

 外したフードから覗くその見事な金髪の後ろ姿に、なんだか酷く嫌な予感がした俺は、男の顔を確かめるために素早く前に移動した。


 ――やっぱりか…!!


 聞き覚えのある声だと思った。その冷ややかな紫の瞳も良く覚えている。白ローブの男は光神レクシュティエルの従者、フォルモールだった。


 精霊界アレンティノスは、光神の領域蒼天界シェロアズールと繋がっていた。つまり光神レクシュティエルや従者レウニオス、フォルモールともここの精霊達は面識があったと言うことだろう。俺はそのことをすぐに察した。


 それから精霊達に歓待されたフォルモールは、シェロアズールが消えたことで急速に弱って行く世界樹アミナメアディスを救いに来た、と言って守り手達を信用させ、あっさりと世界樹に近付いて行く。

 世界樹の前ではアミナメアディスの精霊と思しき、マルティルと同じ透き通った藍色の髪に水色の瞳の男性姿をした精霊が弱々しく幹に凭れていた。

 根が張られていた蒼天界を根ごと失い、必要な分の霊力(マナ)を得られなくなり、巨大な本体を維持出来なくなりつつあったのだ。

 だがこの段階でリザレクションを使い、俺のように切断された根を復元してアレンティノスだけで霊力(マナ)を循環させられるように整えれば、アミナメアディスはすぐに元の力を戻せるはずだった。だからこそガーディアン達も光神の従者であるフォルモールの言葉を信じたのだろう。


 ところが――


 ――フォルモールはアミナメアディスに凶行を行った。突然世界樹の霊力(マナ)を凶悪な魔法で吸い出し始めたのだ。

 驚いたガーディアン達はフォルモールを止めようと抗うが、相手は光神の従者だ、敵うはずもない。フォルモールの強大な魔法であっという間に伸されてしまい、動けなくなる。

 倒れた精霊達を侮蔑の混じった冷ややかな目で見下ろすと、フォルモールは世界樹から尚も霊力(マナ)を吸い続け、最終的に生命力を失ったアミナメアディスは最早精霊の姿を保てなくなって、そのまま朽ちてしまった。


 世界樹の霊力(マナ)を吸い取り、アミナメアディスが枯れたのを確かめると、フォルモールはすぐにそこから姿を消してしまう。

 残されたアレンティノスの精霊達は怒り狂い、世界樹が枯れた絶望に次々と嘆きの精霊バンシーに変異して行った。


 ――なんてことだ…世界樹をこんな状態にしたのは、あのフォルモールだったのか。そもそもこれはいったい、いつ頃の出来事なんだ?それにフォルモールは、なんのために世界樹から霊力(マナ)を奪った?…まさか生命と慈愛の神である光神に仕える従者が、こんなことをするなんて…信じられない。


 俺は目の前で見た出来事に酷い衝撃を受けていた。


『――光神レクシュティエル様がお隠れになり、その従者であったフォルモールはその行動に異常性が見られるようになりました。もう一人の従者…レウニオスも同様です。至高天界で罪を犯した者が囚われる "永遠の監獄" に送られ、無限の時を囚人として過ごしています。』


 唐突に何処からともなく聞こえて来たその声は、落ち着いた印象の柔らかい男性の声で、すぐにアミナメアディスの精霊だと俺は思った。思うにこれまで見ていたのは、大樹の記憶に違いなかったからだ。


「アミナメアディス?」

『はい。分身たる世界樹アミナメアディスの精霊、ツァルトハイトと申します。ルーファス様、あなたのおかげでようやく会話を交わせるほどに力が戻って来ました。なんとお礼申し上げれば良いのか…』


 ツァルトハイトと名乗ったアミナメアディスの精霊は、泣いているかのような震えた声を詰まらせた。


「いや、気にしなくていい。俺にとって精霊族(ガイストゲノス)はかけがえのない存在だ。目的はクリスにかけられた怨嗟の呪縛を解くことだったけれど、もしそれがなかったとしてもきっと俺は同じことをしただろう。」

『感謝します。』


 俺は素直にツァルトハイトの言葉を受け入れ、また世界樹の蘇生に意識を戻した。大樹の記憶を見ている間も、問題なく蘇生魔法は続けられていたようだ。殆どの幹の再生が終わり、残るは枝葉のみになった。

 だがそこで急激な眠気に襲われる。同化することで極端な霊力(マナ)の移動を防ぎ、自分の身が危うくならないように気をつけて来たつもりだったが、大樹の記憶に意識を取られている間に、予想以上に霊力(マナ)を失ってしまった所為だった。


 ――まずい、この眠気は…


 その時だ。俺の中からはっきりと、その声が聞こえた。


『やめろルーファス、これ以上霊力(マナ)を失うな!!おまえの存在が消えてしまう!!今すぐに蘇生魔法を中断しろ!!』


 この声…レインフォルス?


 ――この時俺は、自分がどんな状態にあるのかまるで知らなかった。自分では無茶をしたつもりは全くなく、あと少しでアミナメアディスを蘇らせることが出来るはずだったからだ。



 サイードは少しずつその姿を取り戻して行く世界樹と、青白い光で繋がる施術中のルーファスを少し離れた場所から見守っていた。

 エネドラー達精霊が包まれている繭に変化はない。表から調べてもサイードにはなにもわからずお手上げで、とにかく今は世界樹が蘇るのを待つことにしたのだった。


 だが、そのサイードの目の前で、異変が起きる。順調に蘇生魔法を使い続けていたルーファスの姿が、少しずつ薄く透け始めたのだ。

 そのことに気付き、ある可能性を思い浮かべたサイードは、慌ててルーファスを止めようと走り出す。


「あれは…まさか――っ!!ルーファス!!」


 ――そうしてルーファスの元へ駆け付けたサイードだったが、次の瞬間、ルーファスの姿がスウッと大気に溶け込むようにして消えて行くのを目の当たりにする。


「ルーファス…!?嘘でしょう、ルーファス!!戻ってください!!」



 そうしてその場には、まだ青白く光る蘇生魔法の残滓と、幹までが再生された世界樹が残されたのだった。




次回、仕上がり次第アップします。

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