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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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144 嘆きの澱み

クリスにかけられた怨嗟の呪縛を解くために、嘆きの澱みに足を踏み入れたルーファスは、自分が知っている精霊界とあまりにも違うその姿に言葉を失います。精霊達の生きる糧である霊力は殆ど感じられずに、まるで死の世界だ、と思いました。そしてルーファス達に気付いたゴーストが襲いかかってきて…?

         【 第百四十四話 嘆きの澱み 】



 ここは見渡す限りの全てが灰色の世界だった。色を失い、生気を失い、足元はまるで沼地か湿地帯のように泥濘み、歩く度にペトペトと靴裏が張り付いては音を立てる。

 近くに影草(黒く変色した雑草のこと)に囲まれた池のような水溜まりが見えたが、そこからはツンと鼻を突く腐臭が、澱んだ風に乗って流れて来た。恐らく水が腐っているのだ。

 黒化して立ち枯れているのか、森らしき木々が影となって並んでいるのは見えるが、そこにある全ての葉を落とした大木は、大樹の魔物『ディアブル・モドゥ』のようで、今にも動き出して襲って来そうなくらいに不気味だった。


 当然だがここには鳥や虫、小動物の姿はない。それどころかまともに生きている植物さえ殆ど残っていないようだ。


 俺が見た印象で言い表すのなら、正にここは死の世界だった。いや、それはあくまでもたとえだ。俺は実際に死の世界を目にしたことはなく、想像の範疇を超えない。だけどその言葉がぴったり来るような景色だと言えば、ここがどんな場所かわかるだろうか。


「ここが『嘆きの澱み』…幻影門に映し出されたものを見たのより、遥かに酷い状態だな。」


 俺はあまりにも酷い光景に呆然となってしまった。


 精霊族(ガイストゲノス)の棲む世界と言えば、俺が良く知るのはマルティルが治める『グリューネレイア』だ。

 フェリューテラと繋がる世界樹『ユグドラシル』が、天を覆うほどに鮮やかな緑の枝葉を伸ばし、そこから放たれる霊力(マナ)が清浄な空気と緑溢れる自然を育んでいてとても美しい。

 霊力(マナ)に満たされて青々とした森には木精霊(ドリュアデス)達が棲み、そこかしこから鳥の囀りや虫の羽音がして蝶が舞い、小道を歩けば地精霊(テラノーム)クレイリアンがちょこちょこ走り回る姿が見えて、いつも忙しそうに仕事をしていた。

 咲き乱れる花々の上では、翅の生えた小さな妖精族(フェアリーナ)が花の蜜でお茶会を開き、花精霊(フルーメニュンフェ)がそれに合わせて風に揺れながら歌を唄っていたものだ。


 ――なのにここは同じ精霊族(ガイストゲノス)の世界でも、彷徨う不死族の幽霊(ゴースト)と嘆きの精霊バンシーだけが住人となっている。


 俺の知る精霊族(ガイストゲノス)の棲み処とは違い過ぎて言葉が出て来ない。どうしたらこんな状態になるのだろう。そう思う俺の疑問を察したように、サイードが話してくれた。


「もう…随分前のことになりますが、この場所は "嘆きの澱み" と呼ばれるようになる以前、『アレンティノス』という名の精霊界でした。」


 ――かつて精霊界アレンティノスは、〝生命(せいめい)の木〟とも呼ばれる世界樹『アミナメアディス』によって、蒼天界『シェロアズール』という隔絶界と繋がっていた。

 だがそこが滅ぼされたために、精霊族(ガイストゲノス)の生きる糧である霊力(マナ)を得られなくなり、あっという間に滅んでしまったのだという。


「蒼天界シェロアズール?…聞き覚えのある名前だな。確か…そうだ、有翼人種(フェザーフォルク)の世界じゃなかったか?」


 それはリカルドから聞いた話に出て来た名前だった。1996年のフェリューテラでは、そこから二千年も前に暗黒神とカオスによって消滅したという…


「その通りです。…人界から来たあなたが良く知っていますね。彼らは人族を嫌っていると聞きますが、有翼人の知り合いでもいるのですか?」

「ああ、まあ…そんなところだ。」

「……ふむ。」


 サイードは俺の答えを聞き、口元に手を当てて生返事をする。


 ――俺がメクレンでリカルドから聞いた話では、そのシェロアズールが滅ぼされた以降に、生き残った有翼人種(フェザーフォルク)がフェリューテラに移り住んだのだと言う。

 もっとも、今度はフェリュ−テラの住人に迫害されてしまい、今では何処に住んでいるのか、地上からは完全にその姿を消してしまっているのだが。


「話を戻すぞ、つまりアレンティノスとシェロアズールは、グリューネレイアとフェリューテラの関係と同じだったんだな?世界樹アミナメアディスの根がシェロアズールにあり、そこから霊力(マナ)を吸い上げてアレンティノスを満たし、循環してまたシェロアズールに還す…世界樹の役割はそんな感じだったはずだ。」

「ええ、そうです。世界樹はある特定の限られた世界にのみ存在しており、隣り合う世界の自然環境を守りながら、精霊族の糧と全ての生命の源でもある霊力(マナ)均衡(バランス)を保つ生物機構です。そして世界樹が繋ぐ二つの世界は、互いを補い合うように密接な関係にあり、そのどちらかが欠けても世界樹は枯れ、世界樹が枯れても最終的にどちらの世界も滅ぶことになります。」


 俺は世界樹ユグドラシルの精霊であるマルティルから、直接詳しい話を聞いているからその仕組みを知っていたが、当たり前のようにそのことを知っているサイードを見るに、インフィニティアでは世界樹の話も常識なのだろうか、とふと思う。


 ――世界樹は霊力(マナ)均衡(バランス)を保つ生物機構、か…言い方はあれだけどその理屈は理解出来る。元々精霊族(ガイストゲノス)は自然を守るために生まれたという種族だ。

 フェリューテラも同じく世界樹が枯れて精霊族が滅べば、ただでさえ減りつつある自然はやがて失われて、生物は大地からの恵みを得られなくなるだろう。

 それは深刻な食糧危機を招き、最後は全ての生物が餓死することになる。人や動物、虫の一匹、魔物に至るまでの全てが、だ。


「一つ聞きたいんだけど、俺達の世界…フェリューテラは、もしかしてシェロアズールと同じくインフィニティアの隔絶界の一つなのかな?」


 もしそうなら『マナセルの門』でなくとも、どこかに帰れる道があるかもしれない。


「いいえ、違います。フェリューテラは()()()()異世界で、一部の隔絶界では『神の箱庭<イティ・ガルテン>』と呼ばれており、基本的にインフィニティアの存在は接触してはいけないことになっています。」


 俺はサイードの言葉を聞いて、無意識に顔を顰めた。フェリューテラのインフィニティアでの呼び名に不快感を抱いたからだ。


「神の箱庭だって?…なんだか嫌な呼び名だな。」


 『箱庭』というのは創り主の思い通りになる、言わば鑑賞作品や玩具のようなものだ。様々な大きさの箱枠を用い、その中に現実に似せた砂や土を入れ、思い思いに木の模型や家の模型等を置いて、小さな自分だけの世界を創って行く。


 俺達のフェリューテラを、インフィニティアではそんな風に呼んでいるのか?


「…でしょうね。ですから私達は通常『人界』と呼んでいるのですよ。…話は逸れましたが、蒼天界シェロアズールは消滅し、最早影も形も残っておりません。その上で世界樹アミナメアディスを復活させるのは難しいでしょうか?」

「――ああ…うん、正直に言ってかなり大変そうだ。」


 俺はこの灰色の世界と化した、元は精霊界であったはずの "嘆きの澱み" を改めて見渡した。

 ここは精霊の棲み処なのに、俺の肌に感じられる霊力(マナ)は皆無と言ってもいいくらいで、世界樹を蘇らせる前に先ずはここを、対となるシェロアズールの存在無しに霊力(マナ)で満たす必要があった。だがそのためには、精霊バンシーの嘆きで澱んでしまった空気と、腐った水や大地の穢れを完全に浄化して、全ての植物を蘇らせるところから始めなければならなかった。


「とにかく先に枯れてしまった世界樹の状態を見たい。霧で良く見えないけれど、いったいどこにあるのかな?」


 きょろきょろと辺りを見回すが、灰色の世界に同じような霧が煙っていて、数メートル先さえもよく見えなかった。


「泥濘んだ足元もなにがあるのかわからないし…道案内も無しに無闇やたらと歩き回るのはさすがに危ないだろう。」

「ええ。…そういえばバンシーが全く姿を見せませんね…私達の存在には気付いているはずなのですが、なぜでしょう?」


 サイードがそう口にして首を捻った時だ。俺の頭の地図に急速に近付いて来る、複数の赤い点滅信号がパパパパッと現れた。

 俺はすぐにサイードへ警告し、精霊剣シュテルクストを召喚して構える。


「サイード、敵だ!」


 俺の声にサイードも、すぐにあの鳥が羽根を広げたような飾りの付いた長杖を手元に出現させた。


「こんな時になんだけど、その長杖、凄く綺麗だよな。」


 俺がチラリとサイードの得物を見て褒めると、彼はにっこり微笑んだ。


「ありがとう。これは聖杖カドゥケウスと言って、この世界にただ一つしか存在しない、私の相棒なのです。」


 ――直後、武器を構えた俺達の前に、灰色の霧の中から湧き出るようにして次々と不死族が現れた。ウェンリーが大の苦手とする、死んだ当時の姿を持つ幽霊(ゴースト)だ。


「出ましたね。ディスペアゴーストに物理攻撃は効きません。私が魔法で――」

「いや、問題ない。俺に任せてくれ、サイード。」


 確かに通常の武器ならゴーストに物理攻撃は効かないだろう。だけど俺の剣は霊体にも損傷を与えられる、精霊剣だ。


「え…ルーファス!?」


 俺はその場にサイードを置いて、敵の群れに向かい地面を蹴った。


 『ディスペアゴースト』とは嘆く幽霊という意味の名前だ。その多くは悲しみを抱えて死した時点での己の境遇を呪い、世を嘆きながら亡くなった魂の権化なのだ。

 そしてこの場所に不死族の世界である冥界に続く "門" はない。だとすればこのゴースト達は、嘆きの澱みに(いざな)われ、精霊バンシーに霊力(マナ)を吸い尽くされて命を落とした人々に違いなかった。


「力を貸せ、シュテルクスト!浮かばれない魂に永遠の安らぎを!!」


 俺はシュテルクストに光の大精霊ブラカーシュの力を宿し(ここは異世界だが、ブラカーシュの一部がシュテルクストには使われている)、昇華魔法ルス・レクイエムを唱えて、その魔法効果をシュテルクストの刀身に纏わせた。

 ウンディーネにこの剣を貰った時、グリューネレイアでは剣としての姿を保てないと聞いていたが、ここはグリューネレイアとは異なる世界だからなのか、シュテルクストはその形状を保って俺に従ってくれる。


「ヒイィヤアアアァァァァーッ」


 俺は正面左側から飛びかかって来た、一体目のゴーストを攻撃を受ける前に一太刀で袈裟斬りにする。


 ザンッ…ズザアッ


 不死族の弱点である光属性と大精霊の力、そしてルス・レクイエムの鎮魂昇華作用で敵は一瞬の間に灰燼に帰した。その消え去る瞬間、ゴーストの表情に俺は安らぎを見る。


「キエエエエッ」

「ウアアアアアアッ」


 目の前で最初に襲って来たゴーストが消えたのを見ると、一斉にその場にいた敵が動き出した。

 ディスペアゴーストは正に幽霊と言った外見をしており、身体が完全に透けて膝辺りから下の足はなく、宙に浮いて音もなく滑るように移動して来る。

 彼らは皆生前の面影を残した顔と当時の服装をしており、叫び声や呻き声、泣き声を上げながら俺に群がって来た。


 ――人族に獣人族(ハーフビースト)、それに有翼人種(フェザーフォルク)小人族(ドワーフ)までいるのか。魔族(ディーヴァ)の姿も見えるし…まさかフェリューテラに繋がっているわけじゃないよな?


「ルーファス、危ない!!」


 後ろからサイードのその声が聞こえた瞬間に、俺はディフェンド・ウォール・リフレクトを唱えてゴースト達の攻撃を全て弾き返す。

 群がっていたゴースト達はその衝撃に吹き飛ばされて、俺を中心とした円形状に外側に向かって倒れ込んだ。

 透かさずサイードがそこに空属性補助魔法の『ギャザー』(戦闘フィールドを巨大な空間に見立て、それを縮めるようにして一箇所に敵を集める魔法)を使って、地面に落ちたゴースト達を寄せ集める。


「さすがサイード、わかっているな!」


 サイードは俺がなにをしようとしているのかをわかっているかのように、攻撃魔法ではなく補助魔法を使ってくれた。

 俺はそこに折り重なるようにして集められた十体ほどのゴーストを、シュテルクストの魔法剣技で纏めて薙ぎ払う。


「憐れなる御魂を浄化せよ!!一閃、インスピラティオ!!」


 ゴオッ、と音を立てて白銀の光が横一直線に迸ると、倒れたゴースト達が起き上がる間もなく灰燼に帰す。

 これで今のディスペアゴースト達は浄化されて、本来の死者が行くべき彼方に辿り着けるはずだ。…が――


「ルーファス!!」


 俺が放った魔法剣技による浄化の光に、そこかしこから続々とディスペアゴースト達が気付いて集まってきた。

 俺は一旦サイードのところまで下がって、わらわらと止めどなく現れるゴースト達の様子を窺うことにした。


「凄まじい数のゴーストです…百や二百どころではありません、私の索敵では何千と言う数がいますよ!?」


 灰色の霧が少し晴れて、ある程度までの距離視界が確保されると、俺達の周囲に集まってきたディスペアゴーストのあまりにも多いその数に、サイードは驚愕して目を見開いた。


「こ…これほどの数、私にはとても相手に出来ません。こうなったらもう、広範囲魔法で一気に倒してしまいましょう。」


 サイードの()()()その提案に、俺は魔法を唱えようとした彼の手を掴んですぐに止めた。


「だめだ、サイード!!世界樹が枯れてからどの位経っているのか知らないが、あれは残った精霊バンシー達が生きるための犠牲になった、大勢の霊魂なんだ!俺が一人残らず全て浄化する!!」

「な…なにを言っているのです、正気ですか!?焼き払ってしまった方が安全でしょう…!!」


 ――不死族(アンデッド)のゴーストはどんな理由でそうなったとしても、本来なら永遠に救いのない冥界の住人となる運命だ。そして冥界の住人となってしまった魂は、正常に安らかな死を迎えた魂が向かう『輪廻の輪』にも入ることが出来ずに、誰かが浄化してくれるまで永遠に冥界を彷徨い続けることになる。

 実体のあるゾンビ系やスケルトン系などの不死族(アンデッド)以外は、通常の武器による物理攻撃は一切効かないが、共通して火属性魔法や光属性魔法を弱点とし、耐性のない魔法でならわざわざ浄化せずとも、冥界送りに出来るという特徴があった。

 そのことを知っているらしいサイードは、強力な範囲魔法で一網打尽にしてこの救われない人々の魂を冥界に送ってしまおう、と言っているのだ。


 俺はこれまでにも不死族を倒して来た時は、必ず光属性の聖魔法で全ての魂を浄化している。たとえそれが魔物と化した動物であろうとも、この前の不死化した狂乱熊(マッド・ベアー)のように、ルス・レクイエムを使ってその魂を清めてきたのだ。

 サイードが今言った『倒す』の意味は、不死族を追い払いただ冥界送りにすることで、結果として彷徨える魂を救うことにはならない。

 俺の行う『倒す』こととは、二度とその魂が不死族として戻らないようにするという救済の意味があり、そこには根本的に大きな違いがあった。

 だがサイードがそう言うには多分相応の理由があるのだ。恐らくサイードには俺のように、一度に大量の不死族を浄化可能なだけの力がないのだろう。


「安全とかそういうのは関係ない。俺は自分が遭遇した不死族(アンデッド)を、浄化せずに還したことはないんだ!何千と数がいようとも、全て輪廻の輪に入れるようきちんと送ってやる。そうすることで彼らは新しい命として、また生まれて来られるんだ!!」


 これは俺の意地だ。生きるために様々な人々から、霊力(マナ)を吸い取るしかなかったバンシーを責められはしない。精霊側も必死だったはずだからだ。

 それに責めたところで失われた命はもうどうやっても戻らないし、バンシー達が魔精霊と化していないのなら倒すことも出来ないからだ。

 ならばこれ以上被害が出ないようにアレンティノスを救い、ディスペアゴーストと化した犠牲者を、また新たな命として生まれて来られるように浄化する。これが俺の納得の行く唯一の手段だ。絶対に譲れない!!


 ジリジリと迫る無数のゴーストは、遠巻きにしながら一体、また一体と攻撃を仕掛けてくる。…が、俺は自分とサイード(肩に乗ったままのネアンも含めて)にディフェンド・ウォールを施して身を守りながら、どうやって全てのディスペアゴーストを浄化するか考える時間を稼いだ。


「あなたは本気で言っているのですか?これほどの数の不死族(アンデッド)を浄化するなど、あっという間に魔力が尽きてしまいます。自分を犠牲にしてまですることではありませんよ!?」

「その心配はない。」


 俺はキッパリと『魔力切れ』について否定する。言うまでもないが、俺の魔力は無尽蔵だ。常人は恐らく、俺の自己管理システムでさえも維持することは出来ないだろう。それは俺にしてみれば痛くも痒くもない程度の魔力消費量だが、常時展開していると言うだけで、普通は三十分もしないうちに魔力切れを起こして倒れてしまう量だ。

 俺は自己管理システムを常に使用しながら、一度に最大で三つ(キー・メダリオン解放時のみ)の魔法を使うことが出来る。

 それがどれほど多くの魔力を必要とする魔法でも、魔力切れを起こすことはないのだ。


「サイード、あなたは空属性魔法が使えるよな?俺の昇華魔法『ルス・レクイエム』を、この嘆きの澱み全域に行き渡らせる方法がなにかないか、考えて欲しい。」

「な…その上まさか一度にディスペアゴーストを浄化するつもりですか!?無茶です!!」


 俺は大きく横に首を振ってサイードの金瞳を真っ直ぐに見た。


「無茶じゃない。俺は出来もしないことを安易に口にはしない主義だ。それにあなたは、あんなことをしてまで俺の力を見たがっていたじゃないか。協力してくれれば、俺の本気の力が見られると思うよ?」

「ルーファス…」


 サイードは一瞬だけ呆れたような顔をしたが、すぐに眉根(まゆね)を寄せて考え込んだ。須臾後、真剣な表情で顔を上げると答えをくれる。


「――短時間なら、空間認識魔法『ラウム・パーセプション』を平面指定にし、それに昇華魔法を乗せて浅く広く行き渡らせることで、この世界全域の地上のみに届かせることは可能でしょう。ですが今の私の魔力量では端に届く前に力尽きてしまいます。」

「そうか…わかった、それならその空間認識魔法を俺に教えてくれないか?それをこの場で分解解析してルス・レクイエムと合成出来ないか試してみるから。」


 俺にとって魔法を分析してバラし、そこに含まれる呪文字を組み合わせて新しい魔法を創り出す…なんてことは普段から好きにやっていることで、そこから生まれる魔法は、魔法石にしてウェンリーや魔法を使えない人の命を守ることに役立てている。

 だがサイードには俺の言っていることの意味が理解出来なかったようで、益々険しい顔になった。


「分解解析…?合成、とはどういう意味です?」

「サイード、説明している時間はない。俺の防護魔法はゴーストぐらいの攻撃ならそう簡単に壊されないが、一致団結した集団の力で攻撃されればさすがにヤバいんだ。とにかくその魔法を教えてくれ。」

「待ってください、教えろと言われて教えられるものではありませんよ。術式を覚えて貰い、そこから発動して――」

「そんな面倒なことをしなくてもいいよ!だったら俺にその魔法を見せてくれないか?それだけでトレース出来るから。ほら、早く!!」


 首を捻り過ぎて最早一周回りそうなほどになっているサイードは、ブツブツとなにか独り言を言いながら、仕方なしに俺にその魔法を見せてくれた。


「我が視界の及ばぬ世界の真実を見せよ、『ラウム・パーセプション』。」


 サイードの長杖の先に金色の魔法陣が輝き、俺達のいる一定範囲にゆっくりと広がって行く。


 すぐに自己管理システムが反応して魔法解析に入った。


 ――なるほど、俺の探索魔法に似ているけれど、こっちは地形からなにからもっと詳細に把握出来る魔法なのか。俺の自己管理システムは大まかな地図に様々な信号が現れて行き先を示したり敵対存在の位置を教えてくれるけど、周囲の森や川などの地形までは表示されないんだよな。


 俺は早速魔技を使って『解析複写(トレース)』し、サイードの魔法を取得させて貰った。…瞬間、サイードの瞳がカッと見開く。


「この感覚は…あなた、クリスの家でも同じことをしましたね!?トレースとはなんです!?」


 まずい、そう言えば物質作成魔法も勝手に覚えさせて貰ったんだった!


 俺はあの時気をつけようと思っていたこともすっかり忘れており、なんとかこの場は急かして誤魔化すことにした。


「サイード、それは後にしてくれ!――よし、分解解析が終わった、これなら上手く行きそうだ。」


 俺はこの作業に慣れているため、自己管理システムの解析能力を用いて一瞬で作業を終わらせる。


「二つ同時に魔法を使うから、防護障壁<ディフェンド・ウォール>は解除する。サイードは補助魔法だけで俺が魔法を発動するまでの数秒間、邪魔されないようにだけ守ってくれるか?」

「…良いでしょう、色々と聞きたいことはありますが、今はお手並み拝見と行きますよ。」


 サイードは苦虫を噛み潰したような顔をして、俺の横で聖杖カドゥケウスを構えた。


「ディフェンド・ウォールを解除!頼んだ、サイード!!」

「ええ!」


 防護障壁が消えると、俺達を取り巻いていたディスペアゴーストは我先にと飛びかかってくる。

 サイードは「まったく…面倒ですね、下がりなさい!!」と、文句を言いながら杖で地面をドンッと強く突くと、空属性魔法であの隔離結界に似た金色の壁を作り出し、それを外に向かって操るとゴースト達を押し戻した。


 その隙に俺はラウム・パーセプションとルス・レクイエムを同時に唱え、左手に金色の魔法陣を、右手に白い魔法陣を出現させると魔力塊を限界まで練り上げて行く。


 ――まだだ…思ったよりもアレンティノスは広い…!グリューネレイア全体よりは狭そうだけど、端まで魔法を行き渡らせないと――!!!


 俺は自分の意識を魔法展開だけに集中させて、限界まで左右の手に練り上げた魔力を合わせて同時に放った。


「アレンティノスを彷徨う全ての不死族を浄化せよ!!合成魔法『ヴェルトエデン・カタルシス』!!」



 ゴオオッ


 ――ルーファスの身体から金色と純白の光が輝き、その足元を中心とした超巨大な魔法陣が『嘆きの澱み』の大地全てを覆うように広がって行く。

 その光と呪文字は内側から円の外に向かって波紋のように迸り、ルーファスとサイードの周囲に集まっていた何千というディスペアゴーストを含め、彷徨っていた全ての不死族を灰燼に帰して行った。

 だがルーファスの浄化魔法はこれだけでは終わらない。実はルーファスは、あの短時間で空気や土壌、水などの全てを浄化する術式も組み込んでいたのだった。


 どうせ全域に行き渡らせるのなら、一緒になにもかもを浄化してしまえばいい。そう思いついた結果だった。


 『嘆きの澱み』と呼ばれていたアレンティノスを彷徨っていたゴーストは、昇華の光に包まれて安らぎの表情を浮かべながら消え去り、同時に浄化された空気と大地と水の全ては、かつての色を取り戻して見る間に世界が変化して行った。

 空は晴れて青く澄み渡り、泥濘んだ地面は元の茶色土と透明な水に分離する。影草と黒化した草木は砂塵となって消滅し、傍にあった池のような水溜まりは澄んだ水を湛えた泉となった。


 灰色だった世界が一瞬にして色を取り戻したのを見て、サイードは感嘆の声を漏らす。


「こ…こんな…一瞬で嘆きの澱みが浄化されるなど、信じられない…!私は今、なにを見ているのでしょうか…?」


 そのサイードの前で、ルーファスの魔法が全て終わると、ルーファスはその場に崩れるようにして膝を着いた。


「ルーファス!?」


 サイードは慌ててルーファスに手を伸ばすが、ルーファスは「大丈夫だ。」と言ってすぐに立ち上がった。



「ほ、本当に大丈夫なのですか?これほどの魔法を使って、なんともないとは…あなたはどれほどの魔力を持っているのです?」


 もうなにから聞いたら良いのかわからない、と言った顔をしてサイードは狼狽えた。


「まだこれで終わりじゃない。ディスペアゴーストと一緒に空気と大地と水を浄化しただけなんだ。世界樹の前に植物を蘇らせてここを霊力(マナ)で満たす必要がある。とにかく枯れた世界樹とバンシー達を見つけないと――」


 霧が晴れて遠くまで見渡せるようにはなったが、俺の目にはその姿が見えず、どこに世界樹があるのかまだわからなかった。

 すると俺の後方に視線を動かしたサイードが、後ろを見て驚いたように目を見開くと、すぐにそれを細めて言った。


「大丈夫です、どうやら彼らはようやく姿を見せてくれたようですよ?後ろをご覧なさい、ルーファス。」

「え?」


 俺が振り返ると、そこには薄紫の一枚布で作られた、裾が花びらの形をしているロングドレスのような衣装を着た二人の女性と同色のシャツに膝下丈のズボンを履いた二人の男性が立っていた。

 彼ら四人は全員薄いピンク色の肌をしており、藤の花のような紫色の髪に、瞳のない淡い黄緑色の目を持っていた。


「サイード、もしかして彼らが?」

「ええ、そうです。私も本でその絵姿を見ただけですが、間違いないと思います。」


 真っ先に俺が思ったのは、数が少ないな、ということだった。まさかたったの四人だけしか残っていないのか?

 彼らは酷く怯えた目をして、葉っぱのような眉毛の外側を不安気に下げている。俺はサイードと一緒にゆっくり彼らに近付くと、脅かさないように静かに声をかけた。


「――あなたたちが精霊バンシーですね?俺はルーファス。ここへは話があって来ました。アレンティノスに残ったのは、まさかあなたたち四人だけですか?」


 俺が問いかけると彼らは四人でなにかボソボソと話し合い、その内に男性のバンシーが前に進み出て、俺に話しかけてきた。


「%&$#@¥¥*?――、――、&%?」

「えっ」


 思わず俺は吃驚して声を漏らす。俺は彼らの言葉が理解出来ず、なにを言っているのか全くわからなかったからだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 慌てた俺はサイードに小声で耳打ちをする。


「サ、サイード、バンシー達がなにを言っているかわかるか?俺には全く理解出来ないんだけど…!」

「…ええ、わかります。彼らが使用しているのは、魔力言語と呼ばれる『ヘクセレイコル』です。」


 『ヘクセレイコル』とはインフィニティア独特の言葉で、相手の声を音として耳で聞くのではなく、補助魔法や回復魔法を受ける時のように、相手の魔力を受け入れることで、言葉として理解出来るようになるのだという。


「恐らく彼らは長いこと他種族と会話を交わしていないのでしょう。私達と普通に会話をするための言語を忘れてしまったのでしょうね。ですがそう難しくはないので、あなたにもすぐに理解出来ると思いますよ?」

「…わかった、ありがとうサイード。」


 ――耳で聞くのではなく、魔力を受け入れて理解する…か、やってみよう。


「待たせてすみません、改めて話を聞かせてくれますか?」


 サイードに言われた通り、彼らの魔力を受け入れるように意識してみると、今度はなにを言っているのか俺にもちゃんと理解することが出来た。


『貴方達は誰だ?この地になにをした?突然不死族が消え、世界の穢れが浄化された。これは貴方達がしたことなのか?』


 男性バンシーはただただ困惑している様子だった。自分達の世界の景色が一変したのだから無理もないか。


 ――バンシーって、女性だけじゃなかったんだな。…なんて呑気なことを思いながら話しを続ける。彼らからはクリスに怨嗟の呪縛をかけたバンシーのことと、世界樹アミナメアディスの場所を聞かなければならない。


『子供の竜人族(ドラグーン)に怨嗟の呪縛を施した?…すまないがわからない。我々の命を守っているのは、世界樹の守り手であるガーディアンだ。彼らは危険を冒して他所の世界から他種族を攫い、霊力(マナ)を搾取して枯れてしまったアミナメアディスの僅かな命を繋いでいる。そのおかげで我々は辛うじて生きているんだ。』

「世界樹は生きているのか…!それなら俺達を世界樹の元へ案内してくれ!!完全に枯れていないのなら、アミナメアディスの精霊と話すことが出来るかもしれない…!!」


 俺は精霊剣シュテルクストを手元に召喚し、目の前のバンシー達に見せた。


『その剣は…アレンティノスでは既に失われた大精霊の…!』

「精霊界グリューネレイアのウンディーネから頂いた、精霊剣シュテルクストだ。俺は世界樹ユグドラシルの精霊マルティル様と懇意にしている。あなたたちがこれ以上他種族の命を奪わなくて済むようにしたい。どうか俺を信じて、世界樹の元に連れて行って貰えないだろうか?」


 俺の剣を見たバンシー達は俺を信用してくれ、話をしていた男性バンシーが俺達を世界樹の元まで案内してくれることになった。


『私の名はナイルと申します、ルーファス様。アレンティノスの他にも我々の世界が存在していると言う話を聞いたことはありましたが、精霊界グリューネレイアとは、どのようなところなのですか?』


 小走りに先を急ぎながら『ナイル』と名乗った男性バンシーの話を聞く。


「そうだな…一言で言うと、とても美しいところだよ。マルティル様の統治の元、多種多様な精霊族が幸せに暮らしている。――そう言えばグリューネレイアにバンシーはいないみたいだったな。ナイルの種族はインフィニティアだけの固有種なのか?」


 そう尋ねた俺に、ナイルは悲しげな顔をして答えた。


『いえ…そうではありません。我々バンシーは、精霊族(ガイストゲノス)に滅びの時が訪れると、各種族が突然変異して生まれるのです。かく言う私も、元は風精霊の一族でした。』

「え…――」


 ナイルの話に俺は驚いた。そして彼らが『嘆きの精霊』と呼ばれる理由に納得が行った。恐らく精霊バンシーは、滅び行く精霊族最後の希望なのだ。尽きかけた霊力(マナ)を他から集め、完全に枯れてしまう前に世界樹の命を繋ぐための――


『ルーファス様、一つだけご忠告を申し上げます。アミナメアディスの命は尽きかけているため、ガーディアンは魔精霊化しかけております。救いのない世界に絶望し、精神が病んでいるのです。精霊剣シュテルクストを見てもすぐには信じて貰えないかもしれません。』

「…わかった、慎重に話をするよ。」


 俺は横を黙って進むサイードに目配せをすると、サイードはわかりました、とでも言うようにこくりと頷いた。


 アミナメアディスを守るガーディアンが、すんなり俺達を通してくれるといいが

…そんな懸念を抱きながら、俺とサイードはまだ遠いアレンティノスの世界樹を目指すのだった。

次回、仕上がり次第アップします。

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