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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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143 サイードの試練

ルーファスの力が見たいと言って、サイードが召喚した二体のスカラベにルーファスは驚きます。隔離結界に閉じ込められ、それを解除出来ないと知ったルーファスは、諦めてスカラベと戦うことにしましたが…?

       【 第百四十三話 サイードの試練 】



 真っ赤なスカラベに真っ青なスカラベ…!?な…なんて…


 ――その時俺は、向かってくる二体のスカラベに、心の中で叫んだ。


 ≪なんて派手なんだ…!!≫


 サイードに召喚されて現れたスカラベを呆然として見ていると、これまでに出会って戦って来た "普通のスカラベ" 同様に、この二体も俺を中心とした点を軸に、同時に交差する突進攻撃を繰り出してきた。


「うわっ、とっと!!」


 左右から襲い来るその巨体を、俺は前後に動いて素早く避ける。


 ブオンッブウアンッ


 寸前で避けたために、すぐ傍を巻き起こる風と耳障りな羽音が駆け抜けた。


 ――突進速度は普通のスカラベと変わらないみたいだな…これなら攻撃動作は見切っているから問題なく避けられそうだ。


 俺は集中して戦闘態勢に入り、手元にシュテルクストを召喚した。


 それにしても派手だな…矢毒蛙とか爬虫類でなら見たこともあるけれど、原色の昆虫は初めて見たぞ。特殊な環境下に強いとサイードは言っていたが…どんな環境だ?


 通常『虫』という生物は捕食される側にあるため、己の身を守るために生息している周囲の状況に適した外見をしているものだ。

 草地で暮らすものは緑色の身体をしていたり、木に長く留まるものは幹に似た茶色をしていたりと、天敵の鳥類などに見つからないよう擬態している。

 そう考えるとサイードのくれた情報では、あの派手な色でも目立たない場所に生息しているスカラベ、と言うことなのだろうか…?


 俺は何度も突進攻撃を繰り返してくる二体のスカラベを、先ずは攻撃しないで良く観察した。


 真っ赤な躯体でも紛れ込める場所…草木のない赤土の大地や、赤い花が群生するような場所…?いや、違うな…赤…赤く見える環境――


「…そうか、『火』!火山なんかの、剛炎地帯だ…!火蜥蜴なんかも赤い躯体をしている…!」


 そう思った瞬間、離れた位置でこちらを向いた赤のスカラベが、その角先に赤い魔法陣を輝かせた。


 キュイイィィ…


 ――火属性の魔法陣!!


 そこから出現した、回転する炎の核が見る間に膨れ上がって行く。


「あれは…中級魔法『フレア』!?嘘だろうっ!!」


 ゴオッ


 スカラベの角から放たれたその巨大な炎の塊が、俺を目掛けて一直線に飛んで来る。


「守れ、『ディフェンド・ウォール・フレイム』!!」


 明確な属性がわかっていたため、俺は瞬時に火属性の防護障壁で魔法を吸収した。



「『フレア』を一瞬で吸収!?あの防護魔法は属性魔法を吸収するのですか…!?」


 結界の外でルーファスの戦闘を見ていたサイードは、吃驚して目を見開く。



 直後に右から青のスカラベが、広げた自分の翅の内側に、複数の氷塊を作って浮き上がるとそれを高速で飛ばしてきた。


「アイスブラスト!?ほぼ同時か!!防護魔法解除!!」


 俺は氷塊が目の前まで来たところで、ディフェンド・ウォール・フレイムを解除し、炎を纏った衝撃で氷塊を消し去った。

 ジュジュジュッと、氷が溶けて一瞬で蒸発する音がする。


 俺はサイードの言った『弱点を見出せないと倒せない』という言葉の意味を確かめるために、スキル『縮地』を使って赤いスカラベまで間合いを詰めると、正面から剣技『多段斬り』を放った。


 カンキンカンキンキンッ


 予想通り、全ての物理攻撃はその金属の様な装甲に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれてしまった。


 ――やっぱり物理攻撃は効かないか…スカラベ同様に引っくり返して腹側を狙う、もしくは翅の内側を狙うのはどうだ?


 俺は鋭利な角を振り回す、赤のスカラベの攻撃を左右に動いて躱しながら、隙を見て身を低くすると、下から風属性魔法『タービュランス』を放った。

 巻き起こる風が広範囲に渦を描いて赤のスカラベを浮き上がらせる。その瞬間に今度は前方から同じく風属性魔法の『ラファーガ』を喰らわせてみた。通常のスカラベはこれで引っくり返せたからだ。ところが――


「チキチキチキチキッ」


 なにか連続した突起を一気に擦るかのような音を出し、なぜか赤のスカラベはいきなり自分に火魔法『イグニス』を使用する。

 それは俺の放った『ラファーガ』に煽られ、赤のスカラベの躯体を剛炎で包み込んだ。


「なっ…自分の身体を炎で包んだ!?」


 ただでさえ真っ赤だった躯体が、高熱を帯びて白みを帯びて行く。どうやら赤のスカラベは、俺の風魔法を利用して自己強化を行ったらしい。頭の中で自己管理システムの警告が響いた。


『警告/超高温化/熱傷に注意』『至近距離、接触で炎上の危険あり』


 ――そう来たか…引っくり返して腹部を狙うどころか、俺は敵に塩を送ってしまったみたいだ。


 赤のスカラベは超高温の躯体に白みを帯びた炎を纏ったまま、青のスカラベと協力して再び突進攻撃を繰り出す。だが今度はそれを躱しても、すぐ傍を掠めただけで俺の服ごと皮膚を焼かれてしまった。

 ディフェンド・ウォール・フレイムを使おうにも、青のスカラベは赤のスカラベに対して相反する水属性らしいので、下手に使うと簡単に砕かれてしまい、却って隙が出来てしまいそうだった。


 ――物理攻撃が通じないのなら、後はもう魔法を使うしかないよな。


 俺は熱傷を負った右腕を、治癒魔法を使って癒しながら考えた。


 この世に存在する全てのものは、必ずなんらかの属性に振り分けられる。それは基本的に相反する対属性と優劣属性があり、火は水で消え、風に煽られて激しく燃え上がり、地は風に浸食されて削られ、水を塞き止める堰となるように、世の理に従って弱点にも強点にもなる。

 そしてこの赤のスカラベと青のスカラベのように、一つの属性に特化した場合はその弱点も極化していることがほとんどだ。


 敵の弱点…『火』は『風』に強く、『水』に弱い。『水』は『火』に強く、『地』に弱い…『火』<『水』<『地』<『風』<『火』の法則に乗っ取って攻撃してみるか。


 問題は赤のスカラベに対して使う水属性魔法が、青のスカラベを強化してしまわないかだけど…先に一体倒してしまわないことには苦境は変わらないものな。


「隔離結界のせいで天井は低いけど、瞬間詠唱(スティグミ・リア)を使えばなんとかなるか。」


 俺はまた引力が低いことを利用した、滞空時間中の魔法攻撃を試してみることにした。


「先ずは赤のスカラベからだ…!」


 スカラベ達の突進攻撃が来たタイミングで地面を強く蹴り飛び上がると、右手にアクエ・グラツィア、左手にグラキエース・ヴォルテクスを唱え、それを合わせて合成魔法を放った。


「氷の微笑、全てを凍てつかせろ!!『ヴィルジナル・ミスクァネバ』!!」


 俺が狙った赤のスカラベを中心に、水と氷の花が咲く。それが真ん中から外に向かって波紋のように広がると、その端に青のスカラベが飛び込んだ。炎を纏った赤のスカラベと同じように、恐らく自分を強化するつもりなのだ。


「やっぱりそう来るか!」


 俺は自分に重力魔法をかけて地面に飛び降りると、俺の放った魔法を纏って強化し、青白く光り始めた青のスカラベに、すかさず地属性中級魔法の『ソルグランドダッシャー』を放った。


「大地の怒り『ソルグランドダッシャー』!!」


 〝ソルグランド〟は地のことで、〝ダッシャー〟は攪拌、突進という意味だ。その名の通り地面がボコボコと隆起すると、攪拌されたようにぐちゃぐちゃになって、青のスカラベに猛烈な速度で襲いかかる。


 ドドドドドッ


 青のスカラベは咄嗟に飛び上がって逃げようとしたが、強化中で気づくのが遅れ、岩と土と砂とが混ざり合った濁流に呑み込まれて絶命した。


「赤のスカラベは…ああ、あっちも倒れているな。」


 弱点を突いただけで予想よりも簡単に倒れたな、と俺がホッと安堵した直後に、そのサイードの()()()()()が聞こえた。


「まだ終わりではありませんよ?来なさい、『インヴォルカティオ』!!」

「!!」


 俺のスキルが赤のスカラベと青のスカラベの死骸を自動回収したその場所に、再びサイードの召喚魔法陣が輝くと、今度は四体ものカラフルなスカラベが喚び出された。


「いい加減にしてくれ、こんなことをしている場合じゃないだろう!!」


 俺はサイードに半ば腹を立ててそう叫んだ。


「そう思うのでしたら、あなたが少しでも早くスカラベ達を倒せば良いのですよ、ルーファス。…可能でしょう?」


 サイードからはそんな冷たい声が返って来る。


 俺は襲ってくる四体のスカラベから目を離せず、そう言い放ったサイードが今、どんな表情で俺を見ているのか、確かめることが出来なかった。


 ――どうしてこんなことを…そんなに俺の力が見たいのか?


 スカラベ達の突進攻撃は、俺の避ける隙間を埋めるようにして間髪を入れずに襲ってくる。これにはさすがに逃げ場を失い、俺はスカラベに弾き飛ばされるようにして、上に逃れるしか手がなかった。


 さっきは赤と青で、今度は緑、黄、白に黒っぽい紫…と言うことは――


「それぞれ風、地、光、闇属性か…落ち着いて弱点を突けば、言われた通りに少しは早く倒せそうだな。」


 俺はサイードに対して怒り始めていた。俺の力が見たいからと言っても、あまりにも強引すぎるからだ。


 こんな時ウェンリーなら〝適当に手を抜いて誤魔化せよ!〟…とか言うのだろうけれど、俺の場合はそうはならない。寧ろその逆で、〝そんなに見たいのなら、見せてやる!〟とつい本気になってしまうのだ。


 光と闇の対属性で強化されたとしてもそれはもう諦めるしかない。二つ同時の広範囲魔法に巻き込んで、二体ずつ仕留めよう…!!


 もう一度おさらいするが、属性相関はこうだ。『火』<『水』<『地』<『風』<『火』で、光と闇は対属性で互いが弱点となっている。


 俺は一箇所に長く留まらず、仕切られた隔離結界の中を走り回って、スカラベ達の攻撃を避けながらその隙を窺った。

 するとスカラベ達は、四体での突進攻撃は俺に当たらないと判断したのか、近距離での接近戦を仕掛けてくる二体と、遠距離での魔法攻撃をしてくる後衛の二体に分かれた。


 好機だ!!


 後衛の魔法攻撃が当たれば、その威力次第で俺のディフェンド・ウォールは砕けてしまうが、瞬間詠唱(スティグミ・リア)の魔技を使えば魔法を唱えるだけの時間は十分稼げる。


 接近戦を仕掛けてくる二体は緑と紫だ。きちんと確かめたわけじゃないが、恐らく風属性と闇属性のスカラベなのだろう。対属性の二組に分かれなかったのは幸いだった。


 角による頭振り回し攻撃と、少しだけ浮き上がって上から押し潰し攻撃をしてくる緑のスカラベと紫のスカラベを往なし、後衛の黄色と白のスカラベからその巨体の死角になった隙を突いて、俺は火属性魔法『イグニスアルク』と、光属性魔法『ラディウス』を同時に放った。


 ゴッ…キュンキュンキュンッ


 イグニスアルクの威力自体は弱いが、広範囲に長く炎を上げ続けるため、火を弱点とする緑のスカラベは逃げ場を失ってすぐに燃え尽きた。

 そこに上から降り注ぐ無数の光線が紫のスカラベを貫き、こちらも即死だ。


「よし、半分は倒したぞ!!」


 そこへ後衛のスカラベが放った二種の魔法が襲ってくる。黄のスカラベが放った『ロックフォール』と白のスカラベが放った『ライトニングアロー』だ。

 前者は上から巨大な岩石を降らせて押し潰す中級魔法で、後者は直線上に無数に放たれる光の矢による中級魔法だった。


 この場に留まってディフェンド・ウォールを使っても、多分両方の魔法は受け止め切れない。ならば――


 俺はディフェンド・ウォールを盾型に変形させて、前方から飛んで来る『ライトニングアロー』の矢に突っ込んで行った。

 ロックフォールは大きく移動することで躱せる。ライトニングアローは十五本もの光矢が飛んでくるから何本かは喰らうかもしれないが、この隙に白のスカラベから倒してしまえばいい。

 俺は右手でディフェンド・ウォールを維持して盾で自分を庇いながら、左手で闇属性範囲魔法を唱えた。


「喰らえ!!『シャドウ・ヴォルテクス』!!」


 ブウオンッ


 スカラベの足元に出現した紫の魔法陣から、影のように現れた黒い闇が逆巻いて、一瞬で白のスカラベを飲み込んで行く。それは折り畳まれるようにして徐々に小さくなり、やがてスカラベの巨体を押し潰して消滅した。


 俺は闇属性魔法が苦手で、実は魔法一覧にあるその殆どがまだ使えない状態にあった。但し分解解析はできるので新たな魔法を作る材料にしたり、合成魔法に使ったりは可能なのだが、総じて闇属性魔法は即死させたり、相手を長く苦しめるものだったりとその効果自体があまり好きではないのだ。…なのでこういう時でもない限り、好んで使おうとは思わない。


 俺が魔法を放ったのとほぼ同時に、ライトニングアローの十本目の矢でディフェンド・ウォールが砕け散る。どうやらこの魔法は施術者が消えても、既に発動した後だとその効果が消えるまで消滅しない類いみたいだ。

 ディフェンド・ウォールが消えてすぐに躱そうとしたが、残り五本の矢の内、一本だけ避け損ねて左腕に突き刺さった。…が、俺はそれに構わず、光の矢が刺さったままの状態で、今度は黄のスカラベに向かって風属性魔法『サイクロン』を放った。


 サイクロンは地面から小石や木片などを巻き込んで凶器にし、下から上へと漏斗状に渦を巻く。

 黄のスカラベはそれに吸い込まれてグルグルと高速で回転し、バラバラになって飛び散った。


 四体全てのスカラベを倒し切ると、俺の戦利品自動回収スキルが働いて無限収納にいつも通り各部位が収納される。俺は左腕に刺さった魔法矢を引き抜いて消し、治癒魔法で傷を治した。


「――はあ…これで全部か。サイードはなにを考えて…」


 そう気を抜いた瞬間、魔力の気配を感じて後ろを振り返った。すると目の前にはどこから現れたのか、まだもう一体、透けた躯体を持つスカラベが立っていたのだ。


 無色透明のスカラベ!?――無属性か!!


 無色透明のスカラベは俺に攻撃をして来ず、すぐに気配を断って姿を消してしまう。どうやらこいつはステルス機能を所持している上に、攻撃をして来ない型のスカラベらしい。


 無属性の生物は総じて各々の弱点が異なる。これまでのカラフルなスカラベと違い、どの属性魔法が効くとか、見た目ですぐにはわからないのだ。


「フェリューテラの七属性全てのスカラベを召喚…?いくらなんでも、あり得ない。」


 ――そこで俺はようやく気が付いた。サイードが召喚しているスカラベ達は、恐らく自然生物ではない。特殊な環境下に適応するように創られた実験体かなにかじゃないだろうか、と。


 そう言えば通常のスカラベは、仲間が倒れると激昂化していたけど、召喚されたスカラベは知能が高く冷静だったな。今の無色透明のスカラベも、攻撃をして来ないなんて明らかにおかしい。


「これが最後です、ルーファス。」


 唐突にサイードが声を張り上げた。


「今あなたの周りには、合計八体のスカラベがいます。」

「は、八体!?」


 俺は慌てて隔離結界内を見回したが、どこにもその姿は見えない。もちろん、俺の地図上にも赤い信号はなかった。まさか今姿を見せたスカラベ同様に、ステルス機能で隠れていると言うのだろうか?


 驚く俺にサイードは続ける。


「今あなたに挨拶をした無色透明のスカラベは、これからあなたの味方をし、他の七体のスカラベをあなたが見つけると、あなたの代わりに戦って倒します。隠れているスカラベ達を見つけるには、ここまで使用した六属性以外の属性魔法を使うこと。それは攻撃魔法でなくとも構いません。その魔法に含まれた同属性のスカラベが姿を現します。」


 六属性以外?異界属性の魔法を使えと言うことか。


「つまり俺はただ魔法を使うだけでいい、そう言うことですか?」

「そうです。彼らは少し特殊なので、あなたにはまだ倒せないでしょう。代わりに戦うスカラベがもし倒されたとしても、あなたは決して手を出さないでください。…良いですね?」

「……わかりました。」


 なにもかもが一方的すぎて不満はあったけれど、とりあえず俺は頷いた。サイードがなにを考えているのか、さっぱりだ。


「――では戦闘開始です、ネアン!」


 シュッ


 サイードの呼びかけに応えるようにして、俺の横にあの無色透明なスカラベが姿を現した。


 ネアン?普通は無属性を表す言葉だけど、もしかしてこのスカラベの名前かな。


 名前をつけるぐらい可愛がっている(?)スカラベがもし倒されても手を出すななんて、少し酷いんじゃないか?無限界生物の甲虫に過ぎなかったとしても可哀想だろう。


「…どの道隔離結界を解いて貰うには、やるしかないんだものな。…悪いけどよろしく頼むよ、ネアン。」

「キキッ」


 な…返事した!?


 なんとはなしに声をかけただけだったのに、そのスカラベは鳴き声を発して明らかに返事をした。俺の言葉を理解したということは、このスカラベは意思疎通が可能なのかと心底驚いた。


 ――なんだか凄く嫌な感じだ。胸がモヤモヤする。


 その時感じた不快な気分にどうしてだろう、と首を傾げながら、俺は言われた通りこれを終わらせるために魔法を唱えた。


 俺の代わりでネアンに戦って貰うのなら、残りのスカラベを一体ずつ喚び出した方が良いよな。隠れている相手がどの程度の強さなのかわからないし、出来るだけ無理はさせたくない。


 ウェンリーが聞いたら怒りそうだが、俺は真剣に横のスカラベのことをそう考えていた。意思疎通が可能で味方になってくれるのなら、それはもう仲間と同じだ。


 俺はまず最初に、時属性魔法の『セルヴァム』を唱えた。これは現時点での物質の状態を固定する、保存魔法だ。


「あるものをあるがままの姿に保て、『セルヴァム』。」


 俺の右手に灰色の魔法陣が輝き、足元に転がっていた小石に同色の光が輝いた。この際、なぜ小石なんだ?とは聞かないで欲しい。単に対象物がなかっただけだから。


 魔法が発動した瞬間、十メートルほど離れた位置に、灰色のスカラベが現れた。気配すら感じなかったのに、本当にいるのだ。俺はそのことにゾッとした。


 ネアンはその姿を見つけると、物凄い速さで灰のスカラベに突っ込んで行く。そして初撃で封印魔法を使い、灰のスカラベの魔法を封じると、あっという間にそれを倒した。無属性のネアンが上位属性のスカラベを一瞬で倒すなんて驚きだ。


 その後も『空』属性には空属性魔法を、『幻』属性には幻属性魔法を、『天』属性には天属性魔法を使い、『冥』属性、『暗黒』属性の異界六属性まではどうにかなった。


 ――これまで意識したことはなかったけれど、俺は今の時点でフェリューテラ七属性と異界六属性の計十三属性の魔法が使えるんだな…だけど、残り一つは何属性なんだ?…自己管理システムのデータベースを調べても、異界属性は六つまでしか存在していないぞ。


「どうしました?ルーファス。後残り一体ですよ?」


 サイードが金色の隔離結界の外から急かすように言う。そんなこと言われても、もう無理だ。ここまでつき合ったんだから十分だろう。


「…悪いけどここまでです。残りの一属性がなんなのかを俺は知りません。所持している魔法も、フェリューテラ七属性と合わせて十三属性の魔法しかありません。そもそも俺は、異界属性が七つあることさえ知らなかったんだ。」

「知らない?それは本当ですか?あなたは人界の存在でありながら、インフィニティアの適性属性を六つ所持しているのですよ?――知らないはずがありません。」


 その決めつけた物言いに、カッとなった。


「いい加減にしてくれ、サイード!!知らないものは知らないんだ、これ以上続けるのなら、俺は本気で怒るぞ!!」


 俺は遂に堪忍袋の緒が切れて、全身から怒りの気を放った。俺のいつもの、白銀と黄金色の闘気だ。

 だがその直後に、残り一体のスカラベが出現する。俺が魔法を使ったわけでもないのに、いきなり姿を現したのだ。


「なっ…なんで出たんだ!?俺はなにもしていないぞ!!」


 そのスカラベは、ネアンと同じく身体が透けて無色透明だったが、中心に十三色の光る球体を持っていた。


 ブウンッ


 ネアンはすぐさまこれまで同様に突っ込んで行く。ところが今度は、相手のスカラベが放った角殴打の一撃で吹っ飛ばされてしまった。


「ネアン!!」


 俺は引っくり返って六本足をバタつかせるネアンを風魔法で起こすと、顔面に斜めに入った大きな傷を治癒魔法で治した。


「大丈夫か!?」

「キキッ」


 ネアンの元に駆け寄った俺の横を、いつの間に解いたのか、隔離結界を解除したサイードが歩いてスッと通り過ぎて行く。


「サイード!?」

「あれを召喚したのは私です。なにもせずに帰って貰う予定だったのですが、あなたの怒りの闘気に引き摺られて怒ってしまいました。ああなると手がつけられなくなるので、元の住み処に強制転送してしまいますね。」

「強制転送って…」


 サイードは然もなんでもないことのように言って莞爾すると、手元に鳥が羽根を広げたような飾りの付いた美しい長杖を喚び出し、円を描くようにして優雅に動かすとスカラベを瞬時に消し去ってしまった。


 呆れた俺はサイードに腹を立てて文句を言う。


「そんな簡単に生きて帰せるのなら、他の個体もネアンと戦わせる必要があったのか?」


 俺は地面に伏せてじっとしているネアンの身体を撫でた。


「ええ、あったのですよ。おかげであなたの本質を見ることが出来ましたから。」

「俺の本質?」

「――言葉の通じないスカラベ達は問答無用で倒しても、ネアンが言葉を理解し意思の疎通が可能だと知った途端に、あなたの中で彼女は敵ではなくなった。私はあなたを隔離結界に閉じ込め、強制的にスカラベと戦わせたのに、ネアンが味方だと言ったその私の言葉をあなたは微塵も疑わず、今も傷ついた彼女の身を案じて治癒魔法を施しましたね。…あなたは呆れるほどに人が良く、善良で真っ直ぐで、悪意などとは縁のない人物のようです。本当に、驚きましたよ。」


 ――これは褒められているのだろうか?呆れられているのだろうか、どっちなんだ。俺は苦虫を噛みつぶした。


「つまりあのスカラベ達を倒すように言ったのは、俺に対するあなたの試練だったと。」

「ええ。これまでの無礼は謝罪します。私の方にも相応の理由があってのことだったので、どうか許してください。」


 そう言うとサイードは俺に深々と頭を下げる。


 ――その "相応の理由" については説明してくれないんだな。


「…わかった、謝罪を受け入れるよ。けれどもうこんなのは勘弁してくれよ?相手があなたでなかったら、俺はきっともっと怒っているところだ。」

「…それは私があなたの知り合いにそっくりだからですか?」


 俺が許すと、サイードは優しく微笑んで問いかけてくる。


「そっくりなんじゃない、俺にとっては俺の知るサイードがあなたであることは間違いないんだ。」

「そうですか…ではあなたがそう言うのでしたら、そうなのでしょうね。」


 最初とは異なり、サイードは俺の言葉を否定せず、受け入れて納得したように頷いた。


「最初は疑っていたのに信じるのか?」

「――あなたの言葉を疑っていたわけではありません。覚えがないと言っただけですよ?…そもそもあなたが私を知っていると言うのは、真実だとわかっていましたから。」

「え!?」


 サイードは歩きながら話しましょうと言って、幻影門に向かって歩き出した。


「私にとっては全くの初対面なのに、あなたは私が〝魔力回路を正常に治した〟と言ったでしょう?私のこの力を知る者は、この世界でも極僅かなのですよ。口からの出任せで言い当てられるようなことではないのです。」


 それからサイードは、自分に覚えがなくても、俺にそこまでして力を貸したと言うことは、俺の知るサイードは余程俺を大切に思っているのだろう、と照れ臭そうに微笑んだ。


「そうなのかな?…俺はサイードがまた会えると言ってくれたあの時から、聞きたいことがたくさんあったんだ。今のあなたからはその答えを貰うことは出来そうにないけれど、いつかもう一度聞きたい。」

「…そうですか…では約束しましょう。その答えがわかるのであれば、その時は必ずあなたの問いに答えます。それがいつになるのかわかりませんが、誓いますよ。」

「サイード…はは、なんだか変な約束だな。俺にとっては過去なのに…だけどありがとう。」


 ――こうして俺達は和解(喧嘩をしていたわけじゃないけどな)し、本来の目的であった嘆きの澱みにようやく向かうことになった。



「これが幻影門か…離れて見ていた時はそうでもなかったけれど、こんなに大きかったんだな。」


 木々の間に見えていた紫色の扉枠は、目の前まで来てみたら、なんと巨人が優に出入り出来るほどの大きさだった。


 幻影門は巨大な扉枠に、向こうの景色が絵画のように映し出されている姿をしている。それが幻のように揺らめいて、消えたり現れたりすることからそう呼ばれているらしい。


「幻影門はケツアルコアトルが通れますからね。ヴァシュロンがクリスを追って嘆きの澱みに入った時も、この扉をくぐったはずですよ。」

「クリスはバンシーに惑わされて嘆きの澱みに迷い込んだんだろう?命を落とす前にヴァシュロンが助け出したのか?」

「ええ、そうです。ヴァシュロンはこの世界に来たクリスを早く見つけて保護しようとしましたが、クリスの方はヴァシュロンに驚いて怯えてしまい、この白色岩島を随分と逃げ回っていたのだそうです。…そう言えば…あなたもウェンリーも、ケツアルコアトルにあまり驚いていないようでしたね。」

「ああ…俺はヴァシュロンとクリスに、浮き島から落下したところを助けられた口だし、ウェンリーは子供の時から長いこと俺といて、大概のことには驚かなくなっているんじゃないかな。」

「大概のことに驚かない?……あなた方は人界で、いったいどんな日常生活を送っているのですか…?」


 困惑したサイードは想像がつかないようで、真剣な顔をして悩んだ。


「幻影門に映し出されているあの景色が嘆きの澱みなのか?…随分と暗い場所なんだな。」


 俺に見えたその景色は、なにもかもが黒っぽい灰色をしていて、空は濁った夜のようで星の輝き一つなく、辺りには霧か煙のようなものが漂っていた。


「――世界樹が枯れて悲しんだ精霊の嘆きが、清浄だった大地を穢してしまいましたからね。バンシー達が生き延びているのは、捕らえた者達の霊力(マナ)を吸い続けているからです。嘆きの澱みが通じているのはここだけではなく、どこからか人を攫って来て捕まえているようですから。」

「ならなおさら急いだ方がいいな、これ以上被害者を増やしたくない。」

「ええ、お願いします。――ネアン、あなたはついて来なくて良いのです。帰るのなら転送してあげますよ?」


 サイードの言葉に振り返ると、ネアンは音も立てずに俺達の後をつけて来ていた。


「俺達の後をずっとついて来てたのか…凄いステルス能力だな。」

「キキッ」


 ネアンはなんだか嬉しそうに返事をすると、その後でキッキキッキとサイードになにか言い始めた。


「――…え?なんです?…一緒に来たい?…ルーファスが好き?なにを言っているのですか、あなたは。」


 呆れ顔でサイードがネアンを見る。


「俺を気に入ってくれたのか?はは、嬉しいけどその姿じゃ大きくて目立ってしまうから、連れて行けないよ。」


 俺がネアンの角をポンポン、と叩きながらそう言うと、またネアンになにか言われたらしいサイードが通訳をする。


「小さくなれば一緒に行っても良いか、ルーファスに聞いて欲しい?…だそうですが、どうでしょう?」

「スカラベって小さくなれるのか?だったら構わないけど…」

「ネアンは特別なスカラベですからね…出来ないことはないでしょうが、精々手の平サイズにならなければいけませんよ?早くしなさい。」

「キキッ」


 サイードの言葉にまたネアンは返事をすると、白く透明な魔法陣を輝かせ、その身体を五センチほどの大きさに縮めてしまった。


 ブンッ…


 俺の耳元に羽音を響かせて肩に留まる。黒鳥族(カーグ)の遣い鳥になら留まられたことはあるが、甲虫を肩に乗っけるのは初めてだ。


「随分小さくなったな…可愛いじゃないか。」


 俺はツンツンと指先で肩に乗ったネアンを突っついた。


「まあ良いでしょう、ネアンは賢いので役に立ってくれますから。」


 では、行きましょうか。


 ――そう言ったサイードの後に続き俺達は幻影門を通って、世界樹が枯れた世界『嘆きの澱み』に足を踏み入れたのだった。




次回、仕上がり次第アップします。

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