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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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141 無限界インフィニティア ④

エヴァンニュ王国の謁見の間では、婚約者としてペルラ王女を出迎えたライが、『あの男』と呼んで嫌う、実の父親ロバム王に跪いていました。そこには国王の思惑と、王太子となるライに従うイーヴとトゥレンのある行動が見て取れました。一方、思いがけないところでサイードと出会ったルーファスは、怪訝な目を向ける彼(彼女)に、戸惑います。その時、背後でクリスの容態が再び急変してしまい…?

      【 第百四十一話 無限界インフィニティア ④ 】



「王宮近衛指揮官ライ・ラムサス、ナシュカ・ザクハーン・ペルラ・サヴァン王女殿下をお迎え致しました。」


 俺はここまでエスコートして来たペルラ王女の手を放し、彼女の横で一歩前に踏み出すとそう言って国王に()()()()()()頭を下げた。

 俺が公の場でこの男にきちんと接するのはこれが初めてのことだ。戦地から帰国した後、本当なら王宮近衛指揮官への叙任式が行われるはずだったが、軍施設への侵入者と戒厳令の発動でそれどころではなくなった。

 まあそうでなくとも俺が素直に出席することはなかっただろうが、とにかくこうした国王を含んだ公の場には悉く出ることを避けてきたのだ。


 その理由は言うまでもないだろう。衆人環視の中で、この男と同じ空気を吸いたくなかったからだ。


 ――その俺が、まさか屈することになるとはな。


 これも予想していたことだが、これまで俺がこんな形で表に出ることはなかったため、謁見の間に召喚された列席者は皆一様に首を傾げている。

 なぜ王子であるシャールが呼び戻されるのではなく、一介の軍人である俺が国王に命じられて隣国の王女の横に並んでいるのかと訝しんでいるのだ。


 そんな列席者達の反応を、この男は顔に出さず楽しんでいる。従順になった俺を見世物にして喜んでいるのが俺には見て取れた。


「良くおいでになった、シェナハーン王国の至宝よ。そなたを我が国に迎えられること、心から嬉しく思うておる。」


 国王に声をかけられたペルラ王女は、俺の横から進み出てこの国の貴族子女がそうするように、衣服の腰下辺りを抓んで軽く膝を折り、会釈をしてから顔を上げた。


「お久しぶりでございます、ロバム・コンフォボル国王陛下、イサベナ・コンフォボル王妃陛下。この度はわたくし、延いてはサヴァン王家に、またとない良縁をご用意いただき、僥倖に心より感謝申し上げます。」

「うむ、美しくなられたな…兄君であられるシグルド陛下から直に書簡を頂いておるが、我が国が誇る『ライ・ラムサス王宮近衛指揮官』を、私の代理で貴国に向かわせたのは間違いでなかったと喜んでおる。」


 ザワッ


 俺の名前が出た瞬間に、謁見の間がざわめく。国王の今の台詞は、それとなくペルラ王女の相手が、俺であることを匂わせた言葉だったからだ。


 ――鬱陶しい。言うなら言うでさっさと告げれば良いものを、勿体ぶって観衆の反応を楽しんでいるとしか思えない。

 どうしてこうこの男は、毎度場固めをするようにまどろっこしいやり方をするのだろう。…いや、それがこの狡猾な男のやり方なのだ。

 俺が婚約者であることを、事前にはっきりとは口にしないことで列席者の臆測を煽り、この場にいる人間がなにを思い、なにを感じているか、己の言葉をどう捉えどんな顔をするのかその目で見て具に観察しているのだ。


 そうして叛意あるものや、俺に敵意を抱く者を炙り出そうとしている。


 俺は今のところ他国からやって来た正体不明の若造だ。エヴァンニュ育ちの生粋な王国人ではなく、突然どこからともなく現れて、王国軍の最高位にまで成り上がった厄介者と思っている貴族は多い。

 俺は不正を嫌い賄賂も受け取らず、貴族の社交場には一切顔を出さない上に、女を送り込もうとしても色事には嫌悪を示す。

 下町の貧しい環境を改善しようとして、一部私腹を肥やす貴族に対しての締め付けを強め、本来なら王子であるシャールがやるべき仕事にも手を出していた。


 俺が今以上の力を持つことに、小さな嫉妬ややっかみを持つ程度なら許されるが、国王の隣で、今にも手にした扇子をへし折りそうになっているイサベナ王妃側に肩入れする人間がいれば、事が起きる前に叩き潰そうとでも考えているのだろう。


 今は後ろを振り向けないが、俺の背後にいるイーヴとトゥレンからも、この男と同じような気配を感じる。

 イーヴとトゥレンは国王がなにを考えているのかを既に察し、同じように列席者を観察しているのだ。

 特にトゥレンは、俺の敵と味方を見分けるための『闇の眼』という手段を持っている。国王はそのことを知らないだろうが、国の重要者達が集まったこの場はトゥレンにとって敵を見つけ出す格好の場だ。


 ――但しそれも全て、俺がペルラ王女と結婚し、王族であることを認めて王太子となることが前提の話だろう。


 やがてざわめきが静まると王妃イサベナがペルラ王女と会話を交わし、簡単な顔合わせを済ませてこの場は一旦ペルラ王女を解放する。

 この後彼女は休息を取り、俺は参加しない夕方から開かれる宴席で、今ここにいる列席者と話をしその顔を覚えさせられることになる。


 俺はイーヴとトゥレンを連れて、紅翼の宮殿に用意された部屋に王女を案内すると、王女付きの侍女三人と、あの男が選んだ護衛の親衛隊士二人に彼女のことを任せた。


「――では俺はこれで失礼する。次に公の場で行われるのは一週間後の婚約式だ。それまではまずここに慣れることを第一にして、ゆっくり過ごされるといいだろう。」


 王女の部屋の前で俺がそう言うと、ペルラ王女は微笑んだ。


「この後の宴席には参加されないのですね。」

「俺は貴族の集まる場は嫌いだ。…もし慣れぬ重鎮達の間で心細いのなら、俺の代わりにトゥレンをつけるが?」


 その瞬間、トゥレンがギョッとして「えっ、俺ですか!?」と声を出したため、俺は顔を少し後ろに向けてギロリと睨み、それを諫めるためにイーヴが強く肘鉄を食らわせた。

 王女はそれを見てクスリと笑み、トゥレンに優しげな目を向ける。


「残念ですが、それはお断り致しますわ。婚約式前に他の殿方を侍らせてはあらぬ誤解を招きます。」

「…そうか。」


 そこで話は終わるのかと思えば、王女は「ですが…」と続けた。


「明後日、西の地区にある王立図書館を訪ねたいのです。その際にトゥレン様をお借り出来ますでしょうか。」


 俺はトゥレンの意思を無視して、即答で「ああ、かまわない。」と返事をした。俺は明日以降も山積みの仕事が待っているが、トゥレン一人くらいいなくても、イーヴとヨシュアがいればなんとかなるからだ。


 当のトゥレンはと言うと、なぜ俺が!?と言う顔をして困惑している。この後できっと理由を聞きたがることだろう。


「ではなにかあれば遠慮なく侍女か直接俺に言ってくれ。忙しい身なので城下の視察などには付き合えないが、代わりの者を手配する。」

「感謝致します。それでは。」


 三人の侍女と護衛の二人に王女を頼む、とだけ言うと、俺はこの後の打ち合わせを兼ね、イーヴとトゥレンを連れて自室に戻った。

 案の定トゥレンは、部屋に入るなり「どういうことですか?」と俺に詰め寄る。


「以前王女が留学していた頃、おまえ達二人が常に護衛に付いていたと聞いている。陛下の親衛隊はあくまでも王城内での護衛だ。俺が付いていてやれればいいが、方々に手を伸ばした仕事が山積みで時間が取れん。おまえの代わりにイーヴでも良かったが、こいつに王女への愛想を求めること自体が誤りだ。気の利いた話題一つ出来ずに機嫌を損ね兼ねんだろう。」

「はい、ご尤もです。」


 しれっとしてイーヴは頷いた。


「婚約式はまだとは言えご縁が整った以上、ペルラ王女殿下はライ様の奥方となられる御方です。ライ様の臣下である我々が王女の護衛を担うのは当然でしょう。ヨシュアは勉強中でまだ王女の相手を任せるには役不足なので、トゥレンが適任であるのは言うまでもありません。」

「イーヴ、おまえ…自分がやりたくないから俺に押しつけているだろう!」


 イーヴはトゥレンを無視して続ける。


「――それよりライ様、お耳に入れるかどうかで迷いましたが、今この大事な時期ですから申し上げておきます。私の私兵が掴んだ情報に寄りますと、イサベナ王妃がなにか企んでいるようなのです。国王陛下のご意志に反して、ミレトスラハに書簡を送りました。恐らく婚約式の前に、なにか理由を付けてシャール王子を帰国させるつもりでしょう。」


 その情報にトゥレンが目を見開く。すぐに険しい顔をしたことから、どうやら俺より前にイーヴからこの話を聞かされていなかったようだ。


「シャール王子か…その理由に思い当たる節はないのか?()()()ご命令で戦地にいるのに、王妃が独断で王子の帰国を促すのには、相応の理由がいる。」


 俺の質問に、一瞬イーヴとトゥレンが固まる。


「?どうした?イーヴ。」


 俺はなにかに驚いたような顔をしている二人を見ながら、喉が渇いたためテーブルに置いてあった水差しの水を、二口分ほどグラスに注いで飲み干した。


 ……?


 一気にゴクン、と飲みこんだ後で異変に気付く。


「――いえ、失礼しました、それについては現在調査中です。ただ王命を無視するには緊急事態など、余程のことがない限り……ライ様?」


 どうかなさいましたか、とイーヴが首を傾げて尋ねる。俺は無意識に右手で口元を押さえた。


「っ…ああ…いや、水差しの水が…」

「水?」


 イーヴとトゥレンがテーブルの上の水差しに目を向ける。それは普段から俺が使っている硝子の器で、見た目は普段通りにただの水が入っているようにしか見えなかった。


「水がどうされたのです!?…トゥレン!」

「ああ!」


 一瞬でイーヴの表情が険しくなり、その後ろでトゥレンが慌ただしく動いた。イーヴが大丈夫ですか、と俺に尋ねた声は聞こえていたが、俺は返事をすることが出来なかった。猛烈に気分が悪かったからだ。


 なんだ…?口の中と…喉が灼けるように熱い。胸から胃にかけての辺りがカアッとなって、内側から火がついて燃えるようだ。――そう思った次の瞬間、前屈みになり、胃の内容物が込み上げるようにして俺は、真紅の液体をゴバッと口から吐き出した。


「「ライ様!?」」


 右手で押さえる口元からダバダバ溢れ出る液体で、足元の絨毯が真っ赤に染まって行く。そこで視界がぐるりと回り、俺は前から床に向かって倒れ込んだ。


「ライ様!!」


 真っ青に顔色を変えたイーヴが、すぐに俺の身体に手を伸ばすと、そのまま仰向けになるように俺を横たえて上半身を支えた。


 なんだ…俺はどうしたんだ、イーヴ。


「――…イー……」


 そう思いイーヴの名を呼ぼうとしたが、目がかすみ、意識が遠のいて、ゴボゴボと酷く咳き込んだ。その拍子にまた吐き出された赤い液体が、俺を支えるイーヴの近衛服までもを染めた。

 それが自分の吐いた大量の血液だということが、俺は理解出来なかった。


「毒だイーヴ!!」


 水差しの水を簡易試験紙で調べたトゥレンがそう叫んだ。


 毒…?だがそれは、いつもアルマが用意してくれている水だぞ…


 イーヴはトゥレンと交代し俺を決して横にするなと言って、水差しと俺が水を飲み干したグラスを手に、血相を変え部屋から飛び出して行った。


「ライ様、お気を確かに!イーヴがすぐに解毒剤をお持ちします!!」


 トゥレンが必死な顔で俺に声をかけ続ける。だが俺は急速に身体が冷え、寒さにガタガタと震え出して歯の根が噛み合わなくなってきた。


 ああ…そうか、なるほどな…理解した。恐らくイサベナ王妃は、俺の死を理由にシャール王子を呼び戻すつもりだったのだろう。

 半分しか血の繋がりがなくとも、俺はあの男の息子で、公にされていなくともシャール王子の異母兄になるのだ。…十分王命を無視する理由になる。


「ライ様!!しっかりしてください、ライ様!!」


 思考が鈍り朦朧とする意識の中で、俺を呼ぶトゥレンの声が少しずつ遠のいて行く。俺はもう殆ど目が見えなくなっていた。だがその時トゥレンの傍に、イーヴではない誰かの気配が現れた。


「馬鹿野郎!!なんのために忠告したと思ってんだ、補佐官!!周囲に気をつけろって言っただろうがーっ!!」

「な…貴様っ」

「どけやっ!!」


 暗闇の中、聞き覚えのない声が乱暴にトゥレンを押し退けて俺に触れる。


「畜生、なんでこんなことに…!しっかりしろ、死ぬなよ…ヴァンヌ草の煎じ薬だ、これを飲め!副指揮官が戻るまで持ち堪えるんだ…!!」


 その声が、俺になにか爽やかな香りのする甘い液体を飲ませた。


 ――だが、俺の意識が辛うじてあったのはここまでだった。





               ♢ ♢ ♢


 『大丈夫、また会えますよ』


 その言葉だけを残して消えてしまったあの時から、忘れもしない特徴的な金色の瞳と、出会った最初には碧髪男性の姿に変化魔法を使用していたその顔を見て、俺が「サイードなのか?」と尋ねると、彼(彼女)は酷く怪訝な顔をした。


「…確かに私の名はサイードですが、面識のない見ず知らずの方に、初対面で名を呼び捨てにされる覚えはありません。どなたです?」

「どなた…って、俺がわからないのか?メクレンで緊急討伐を受け、一緒にハネグモの特殊変異体(ユニーク)を倒したじゃないか…!あなたは俺の魔力回路を正常に治してくれて、俺が魔法を使えるようになるまで治癒魔法を教えてくれただろう!?」


 俺は必死になって訴えてみたが、サイードは本当に俺のことがわからないようで、さらに険しい顔になり首を傾げる。


 どうして…?目の前にいるのは、確かにサイードだ。真眼であの時見た青銀の髪に、本当は女性であるその姿も見えている。


「サイード様、彼と面識が?」


 そのサイードにヴァシュロンが横から吃驚して尋ねると、彼はムッとして不機嫌になった。


「ヴァシュロン…あなたは私の話を聞いていましたか?もしどこかで会っていたのなら、あのように見事な銀髪の若者を忘れるわけがないでしょう。今はそれより、先程の光の正体を知ることの方が大事です。」


 俺はサイードにすぐにでも俺のことを思い出して欲しかったが、サイードは俺と会ったことがあるのかどうかと言うことよりも、さっき蘇生魔法を使った時の魔力光(魔法が発動した時の魔力の輝き)の方が気になる様子だった。


「ここに降り立つ直前、この家から白銀と黄金色の閃光が輝くのを見た。あれはそなたの仕業か?いったい、なにをした。」

「ヴァシュロン…それは――」


 なにをした、って…そんな悪事を働いた時みたいな言い方をされるのは心外だな。おまけに昨日とは打って変わって、ヴァシュロンの俺を見る目が随分と厳しい気がする。クリスと四人で食事をした時には、一切そんな素振りを見せなかったのに…俺がなにかしたのか?


「どうした、ルーファス。答えられぬのか?」


 答えられないわけじゃなく、クリスの心臓が止まっていたことをどう伝えようかと悩んでいたのだが、()いたヴァシュロンの目がジロリと睨む。


「…ルーファス?…あなたの名は、〝ルーファス〟と言うのですか?」


 ヴァシュロンが俺の名を呼んだのを聞いて、サイードの表情に変化があった。ほんの少し驚いたように金の瞳を開き、続いて口元に手の甲を当て考え込むような仕草をしている。それは俺のことは知らないのに、俺の名前には思うところがあるような印象だ。


「サイード様、やはり彼に覚えが?」


 ヴァシュロンは俺をどう扱えばいいのか迷っているかのように、サイードの態度に反応する。俺が嘘を吐いていないことを感じているのか、どちらの言葉を信じるべきかで悩んでいるようだ。


「いえ、そうではなくて…」


 ――その時だ。


「ルーファス!!」


 俺の後ろでずっとクリスを見てくれていたウェンリーが叫んだ。


「またクリスの様子がおかしい!!」

「クリス!?」


 ウェンリーの声にヴァシュロン達三人が一斉にクリスを見る。俺はそれに構わずに、すぐさまクリスの前に屈んで再び解析魔法を使った。


「アストラルソーマの状態を見せろ、『アナライズ』!!」


 瞬間詠唱(スティグミ・リア)の魔技を使い、クリスの容態に最も関わりのある原因と考えられる、『魂の器<アストラルソーマ>』に照準を合わせて即時解析を行う。

 すると、さっき俺が全力で注いだばかりの霊力(マナ)が、あのカビのような黒い染みに吸い取られる形で漏れ出し、また尽きようとしていた。


「どうしてだ、さっき俺の霊力(マナ)を与えたばかりなのに…!!」


 今にも息絶えそうなほど苦しげに喘ぐクリスは、再び意識を失ってピクン、ピクン、と痙攣を起こし始めた。実際が何歳(いくつ)であっても外見は子供と変わらず、無意識に苦痛で胸を掻きむしるその姿は、あまりにも痛々しく可哀想で辛くなった。


「クリス!!」


 クリスの痙攣に慌てたヴァシュロンとサイードが手を伸ばす。俺は自分が今必死に対応しているのに、横から手を出されたことにカッとなって思わず怒鳴った。クリスを助けたくて時間がないと焦っていたからだ。


「邪魔だ!!なにも出来ないのなら手を出さないでくれ!!」

「なっ…」


 俺の剣幕に二人は尻込んで後退る。


「ウェンリー、クリスを動かせないから、自分だけにディフェンド・ウォールの魔法石を使え。最大威力で放つと俺の魔法に引き摺られて、おまえの生命力を削ってしまう恐れがあるんだ。」

「り、了解。…いいぜ!」


 威力を高め、その効果を限界まで上げた強すぎる回復魔法は、時に健常者の毒となる。ウェンリーはすぐに魔法石を取り出して、自分にだけ防護障壁(ディフェンド・ウォール)を発動した。


「防護魔法の…魔道具!?しかもなんですか、あの障壁は…!!」

「魔道具ではなく、魔法石と呼ばれるものです、サイード様。」


 後ろでごちゃごちゃうるさいな…!もう一人の女性みたく静かにしていてくれればいいのに!!


「しっかりしろ、クリス…死んじゃ駄目だ、俺が必ず助けるからな…!!」


 俺は直前にも蘇生魔法を使ったばかりだったが、再度詠唱態勢に入った。


 ――さっき使ったばかりだから、連続だとさすがに気を失うかもしれないな。でも構うものか…!!


 フオン…


 俺は両手に魔力塊を練り上げ、蘇生魔法の威力を限界まで上げて行く。俺の生命光である白銀と黄金色の光が手元から徐々に広がって行った。


「――我が唱えし生命の詩は、我が命の灯を去りゆく汝に分くるものなり。天命尽くは今この時に非ず、我が祝福が汝の魂に再び輝きを与えん。蘇れ死の淵に立つ者よ、至高天位聖呪『リザレクション』!!」


 その瞬間、ヴァシュロン達が知りたがっていたあの閃光が輝いた。奇しくも再現する形になったのだから、これで俺が説明する手間は省けることだろう。

 俺の霊力(マナ)が再度ごっそりとクリスのアストラルソーマに移動して、すぐに強烈な眩暈を起こし視界が暗くなったが、なんとか意識を保って解析魔法で見ると、やっぱり霊力(マナ)が漏れ出てしまっているようだった。


 これじゃ駄目だ。なんとかしてせっかく注いだ霊力(マナ)が器から漏れないようにしないと、クリスはまたすぐ危篤に陥ってしまう。…さすがに蘇生魔法を三度使うのは時間をおかないと難しいぞ。どうすればいい?


 ピロン


 その時また、俺の頭の中で例の音が響いた。


『魂の器内部に防護魔法/ディフェンド・ウォールの使用を推奨/要:継続化術式』


 俺の自己管理システムが、直前の経験から対策法の答えを出してくれたのだった。


 気が利くな、助かった!そうか…ディフェンド・ウォールで霊力(マナ)自体を包んで漏れを防げばいいのか。よし、それで行こう!!


 俺は両手で蘇生魔法リザレクションを維持しながら、別の魔力を額に集め、防護魔法の術式に俺が止めるまで継続する命令を書き込んでから、その単位を極小に絞ってアストラルソーマの内側に放った。


 ――これで上手く行ってくれ…頼む!!


 解析魔法で経過を見て、クリスの魂の器に防護魔法の白い光が吸い込まれたのを確かめると、俺はそこで力尽きて気を失ってしまった。




 ルーファスが蘇生魔法を施した後、直前まで苦しんでいたクリスの痙攣が治まり呼吸が穏やかになると、クリスが覚醒する前にルーファスは気を失って、横からぐらりと床に倒れた。


「ルーファス!!」


 クリスを抱いて支えていたウェンリーは、ルーファスが気絶したことに慌てたが、倒れたルーファスに近付いたヴァシュロンとサイードがすぐさまその状態を確かめている。


「――大事ない、気を失っているだけのようだ。」と、ヴァシュロンはホッと安堵するも、気絶しているルーファスの顔を複雑そうに見ながら続けた。

「……それにしても…見ましたかサイード様。あの魔法は光神レクシュティエル様の…」

「…ええ。直前に見た光は、蘇生魔法の魔力光だったようですね。」


 サイードはルーファスの傍らからスッと立ち上がると、一度部屋から出て隣室に向かい、そこに魔法で二つの寝台を用意した。それに使用したのは『クリエイション』という天属性魔法で、自動的に素材を採取して物質を作成する生活魔法だ。

 サイードは寝台にきちんと寝具を作り出して設えると、隣室に戻り、ウェンリーにクリスを、ヴァシュロンにルーファスを運んで休ませるように言った。


「え…さっきまでなんもなかったのに、寝台(ベッド)がある…。」


 がらんどうだった室内に、突如として出現した二つの寝台を見て、吃驚したウェンリーがそう呟くと、私が魔法で用意しました、と脇でサイードが告げる。

 ウェンリーは無言でそのサイードを一瞥すると、用意された上掛けを捲って貰い、クリスを布団の上にそっと横たえた。ヴァシュロンはその隣の寝台に、同じようにしてルーファスを寝かせている。


 すうすうと安らかな寝息を立てるクリスに安心したウェンリーだったが、次にその場でサイードに向き直って尋ねた。


「――なあ、本当にルーファスのことがわからねえのか?」


 それは疑っているのでも怒っているのでもなく、ただ事実を確かめようとして、その濃い琥珀色の瞳がじいっと真っ直ぐに向けられていた。当のサイードはその目を見て小さく溜息を吐く。


「私が嘘を吐いているとでも言いたいのでしょうか?…あなたは?」

「そうじゃねえよ。…俺はウェンリーだ。ルーファスの親友で、守護者でも魔法を使えねえただの人族だけど…ルーファスだけじゃなくって、俺もあんたのことを知ってるぜ。」


 サイードは驚いたように目を見開くも真顔のウェンリーに対し、「…申し訳ありませんが、覚えがありません。」ときっぱり言い切った。


 傍で二人のやり取りを見ていた、ヴァシュロンの娘であるラナンキュラスは、話をするのなら隣の部屋でどうぞ、と言って、ウェンリーを含めた三人をぐいぐい押して追い出すと、ここは私が見ております。と微笑んで部屋の扉を静かに閉めた。

 直後カチャリ、と聞こえた音に焦ったウェンリーは、ドアノブを掴んで扉を開けようとしたが、内側から鍵をかけられて閉め出されてしまった。


「おい!」

「心配は要らぬ、ウェンリー。あれは我が輩の娘でラナンキュラスと言うのだ。クリスのことを可愛がっているから、なにかあればすぐに呼ぶだろう。」

「………」


 ウェンリーはヴァシュロンに一瞬だけ不信の目を向けるも、黙って引き下がる。ここで自分が騒いだら、二人の眠りを邪魔することになるとわかっていたからだ。


「ラナに怒られてしまいそうですから、隣に戻りましょうか。ウェンリー…でしたね、あの彼とあなたについて話を聞かせてください。」


 そう言うとサイードは、隣室に行きテーブルと五脚の椅子を寝台と同じようにして魔法で用意したのだった。


 無理をして霊力(マナ)を分け与えたために、一時間ほどの休息を必要としたルーファスは、クリスの隣の寝台で眠りにつき夢を見ていた。



「ルーファス様、私…子供が大好きなんです。」


 薄い橙色の髪を肩よりも少し長めに伸ばし、エバーグリーンの瞳を細めて町娘のような装いをした彼女は、そう言って俺に笑いかけた。


「知っているよ、ラナ。だから君は、俺にそのことに関する頼みごとがあるんだろう?」


 俺は自分がラナと呼んだその女性に、一本の精霊木が生えた小高い丘の上に立ってそんな風に返した。

 晴れやかな笑顔を見せる彼女に対して、俺が見上げる空は灰色に淀み、昼間だというのに日暮れ時のように薄暗かった。


「はい。ルーファス様…この国は伝承と精霊、神々への信仰を尊び、ここに暮らす人族は皆善良で、見えざる者にさえ敬意を払う信心深き清らかな心を持っています。ですから、この地に光神レクシュティエル様と神界の三剣(みつるぎ)を祀る、教会を兼ねた孤児院を建てて頂けませんか?」

「孤児院教会か…確かに親を亡くした子供達が増えているし、光の神への信仰は、暗黒神の力を弱める効果がある。悪くはないけど、きちんとした俺達が信頼出来る経営者を雇い、孤児達を損得抜きで心から愛し、守ってくれる人間を何人か探さなければならない。暗黒神の眷属が猛威を振るう今の世の中で、まともな人間を雇うのは大変だよ?」


 俺はその女性の願いを拒むつもりはなかったが、現実を見てこの時期に新たな孤児院を建ててまで子供達を養うのは、かなり難しいだろうと感じていた。


「大丈夫です、ご心配には及びません。孤児院の経営も運営も、孤児達の世話も、全て私が一人で致します。ですからルーファス様とユリアン様のお力で、相応の建物だけを建ててください。」


 彼女は諦めずに食い下がり、俺に祈り手を組んで跪いた。


「跪かなくていい、ラナ。孤児院と教会を建てる場所はどうするんだ?…と言っても、なぜかおあつらえ向きに、この丘のすぐ下に真っ平らな草地が広がっているけど。」

「まあ、さすがおわかりになりますか?」


 悪びれもせず、彼女は大袈裟に感心して見せてにっこり笑うと、すっくとその場に立ち上がった。


「既に『ソル・エルピス聖孤児院教会』の名前で届を出して、国の許可は得ています。ここからですと坂の下に街並みが見え、他よりも小高くなっているので結界障壁も張り易いのではありませんか?」

「…既に計算ずくか…で、その永年継続の結界障壁は、多分俺が施すんだな?」


 俺が協力するのを前提でちゃっかり手筈を整えていた彼女に、思わず苦笑する。


「もちろんです。残念ですが私では、維持することは出来ても、ルーファス様ほど緻密な条件を指定した強力な結界は施せませんから。」


 頬に右手を当てて頭を傾け、ラナはわざと目を伏せてふるふると首を振った。


「はあ…参るな、本当に。ラナには勝てないよ。いっそのこと俺じゃなくて、君がカオスと戦った方が暗黒神に勝てるんじゃないか?」

「買い被りすぎです、ルーファス様。そのお役目はいくらなんでも遠慮させていただきますね。」


 そんな冗談を言って俺達は笑い合う。


 ――そんな夢を見た。


 …ユリアンの名前が会話に出ていた。ソル・エルピス聖孤児院教会?…いつ頃の話だろう。それに、夢の中に出て来たあの女性は――


「…ルーファスさん。…ルーファスさん?」


 とんとん、と誰かが肩を叩く。


 その声に目を開けると、たった今夢の中で見たのと同じ顔の女性が、俺の顔を上から覗き込んでいた。


「ご気分はいかがですか?」


 そう聞いて彼女は俺に、にこっと微笑んだ。


「――ラナ?」

「はい?」


 口を突いて出た俺の呼びかけに、彼女は間髪を入れずに返事をする。多分ほぼ反射的に答えたのだろう。

 俺は返事をしておきながら、「えっ?」と目を丸くした彼女の前で、むくっと上半身を起こした。ああ、蘇生魔法の連続使用による疲弊は、すっかり回復しているみたいだ。

 そうして見れば身体には柔らかな上掛けがかけられ、寝ていた頭の位置には枕があり、清潔なシーツの敷かれた布団の上に俺はいた。


 随分寝心地が良いと思ったら、寝台?…ここはあのクリスの家、だよな?どこから家具が…


「あの…私、あなたに名乗ったかしら?――いいえ、そんなはずないわ、話をする合間もなかったもの。それなのに…どうして?」


 困惑する彼女に、俺は夢が切っ掛けで思い出した名前を口にした。


「君は…ケツアルコアトルの、ラナンキュラス・オーサ?愛称は『ラナ』で、俺を含めみんなにもそう呼ばれていた。」

「みんな?…あなた誰!?なにを言っているの!?」


 考え無しに思い出したことを口にしたせいで、俺は彼女を驚かせて怯えさせてしまった。


「ごめん、怯えさせるつもりはなかったんだ。上手く事情を説明出来ないから、今のは忘れて欲しい。」

「忘れて?無理です、そんな…!」


 ラナが俺から距離を取り、傍にあった椅子を倒してガタンッと大きな音を立てると、隣の寝台で眠っていたクリスが目を覚ました。


「ううん…なに?今の大きな音…」

「クリス!」


 俺は寝台から飛び起きてすぐにクリスの状態を確かめた。


 ――ああ、良かった…霊力(マナ)の流出が障壁で止まっている。黒い染みはそのままだけど、これで暫くは持つはずだ。


「大丈夫か?クリス。気分はどうかな?痛かったり、苦しかったりしないかい?」

「ルーファスお兄さん…」


 クリスはゆっくりと身体を起こして、寝台の上でまず最初にすううー、はああー、と深呼吸をした。


「――苦しく、ない…」そう呟く。


 それからペタペタと自分の身体に触れると、今度は「どこも痛くない。」と目を見開いた。次に両手の掌を交互に見て、握って開いてを繰り返した後で歓喜した。


「手が震えない!あんなに辛かったのに、どうして!?もうなんともない!!」


 ぱあっとその顔を輝かせると、クリスはバッと布団を剥いで寝台を降り、扉の鍵を開けて部屋から飛び出した。


「やったあ、ヴァシュロン!!」


 ガチャガチャ、バンッ


「待ってクリス、いきなり動いちゃ駄目よ!!」


 飛び出したクリスを追って、俺に戸惑っていた彼女(ラナ)も部屋を出て行く。はしゃいで隣室にいるらしきヴァシュロンの元へ行った、クリスの笑い声が壁越しに聞こえて来る。


 ――ウェンリーと…サイードの声も聞こえるな、隣にいるのか。


 俺は自分が寝ていた寝台に腰かけ、これからどうするかを先に考えた。一先ずクリスの窮地は脱したが、根本的な治療に至っていないことをわかっていたからだ。


 俺は左腕を腹の辺りにおいて右肘を支え、下唇を指先で弄りながら目線を床に落とした。


 あの魂の器<アストラルソーマ>を蝕んでいる、黒い染みのようなものはなんなんだ?真眼や解析魔法で調べても、全く正体がわからなかった。

 自己管理システムの検索にも出て来ないところをみると、俺が全く知らない()()()なんだな。

 クリスを助けるには、あれの正体を突き止めて原因を取り除き、完全に消さないと恐らくはどうしようもないだろう。

 だとしたら心当たりがないか、ヴァシュロンやサイードに聞くのが先だな。


 だけど――


 俺のことを本当に知らないらしいサイードを、信用してあれこれ話しても大丈夫だろうか?顔を見てつい、メクレンで緊急討伐を受けたとか口走ってしまったけれど、落ち着いて考えてみれば、今のサイードはあの時のサイードよりも若いんだよな。


 そのことから推測するに、現在のサイードはもしかしたら、俺と知り合う前のサイードなのかもしれなかった。

 それからラナ…さん、もだ。出会ったことで偶然記憶が戻ったのだろうけど、多分彼女も、これから過去の俺に関わるはずの存在なんだろう。


 今わかっているのは、この世界は1996年よりも過去の世界らしくて、サイードもラナもインフィニティアの人達だと言うことだけか。

 既にこれだけ関わっておいて、今さら誤魔化して離れることは無理だろうな…なにより、出会ってその身体のことを知った以上、俺はもうクリスを放っておけない。


 一人で悶々と悩んでいると、扉が開いてウェンリーが入って来た。


「クリスとラナさんから起きてるって聞いたから…大丈夫かよ?」


 ウェンリーは俺の横に来て、寝台にストンと腰をおろすと、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「ああ。ちょっと問題があって、無理をしたからな。」


 俺は霊力(マナ)そのものの存在らしいから死にはしないけど、さすがに生命力である霊力(マナ)を一度で大量に失うと、回復するまで意識を保っていられなくなるようだ。


「あの蘇生魔法を続けて使ったからだよな…問題ってのはクリスの身体のことか?ヴァシュロンがちらっと漏らしてたけど、あれって病気とかじゃないみたいだぜ。『怨嗟の呪縛』がどうとか、サイードと話してた。」

「…怨嗟の呪縛?」

「うん、ほら、俺が幽霊の声と勘違いした奴…『嘆きの澱み』っつったっけ?あれと関係があるみてえ。」


 ウェンリーから齎された思いがけない情報に、俺はまた考え込んだ。


 ――そう言えばクリスはウェンリーのことを話した時に、『()()()()()()嘆きの澱みに誘い込まれちゃったら』と口走っていたな。

 つまりあの黒い染みは、『怨嗟の呪縛』と呼ばれるなんらかのものの作用で、それは嘆きの澱みを彷徨う、ヴァシュロンの言っていた死を告げる精霊『バンシー』が関係している、と言うことか。


「お手柄だ、ウェンリー。クリスが死にかけた原因が少しわかったぞ。」


 俺は思わずウェンリーの頭を、左手でくしゃくしゃっと撫でた。


「は?や、それは良いけど撫でんなって!もう子供じゃねえんだから!!」


 ガチャッ


「――もう子供じゃない?…不思議なことを言いますね。」


 小首を傾げながら、いきなり扉を叩きもせずにサイードが入って来る。気配を消して俺達の話を盗み聞きしていたんだろうか?


 …なんだか、俺の(いだ)いていたサイードの印象が、音を立てて崩れて行くな…。聖女か女神か、って言いたくなるくらい、優しくて素晴らしい女性だと勝手に思い込んでいた。…無理もないだろう?自分の腕を傷つけてまで、今後必ず役に立つからと、俺に治癒魔法を教えてくれるような人だったんだ。

 正直に言って、この人は俺の知る、あの天使のように美しいサイードじゃない!…と言いたいところだ。


 ――訝しむような目を向けられている気がするから、きっとなにかこれまでに取った俺の行動に原因があるんだろうな。



 どうやら俺は、この無限界インフィニティアという世界でもフェリューテラ同様に、異質な存在みたいだ。



 

いつも読んでいただき、ありがとうございます。この先重要な部分に入るので、投稿ペースが少し落ちるかもしれません。次回も仕上がり次第アップします。お楽しみに!

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