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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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131 暗と明

イーヴの妹アリアンナが転落死したことによって、イーヴは自分の事情を知り、断れないとわかっていながらアリアンナを連れてきたトゥレンを責めました。ライは事情を知らないまま尋ねることもなく、ただ二人をその場で見ていましたが…?一方バセオラ村を出発したルーファス達は、シェナハーン王国の情報について話しつつ、楽しげに先を目指します。

          【 第百三十一話 暗と明 】



「す…まない、こんなことになるとは思わなかったんだ。」


 そう言ったトゥレンは、悲懐に歪んだ顔をして、痛哭の涙を零すイーヴにただされるがままになっていた。

 イーヴとトゥレンの間になにがあったのか知らないが、イーヴの妹が亡くなったことに、なにかトゥレンが責められるような理由でもあるのだろうか?

 そんな疑問を抱きながら、俺は黙ってイーヴがトゥレンに恨み言を並べるのを後ろで聞いていた。


「俺はただ良かれと思って…」

「そうだな、おまえはいつもそうだ。それが俺のためだと思い込むと、本当にそうなのかどうかを一度止まって考えようとはしない。その影で俺がどんな思いをしているかなど、想像したこともないのだろう?その結果がこれだ…!」


 トゥレンの胸ぐらを掴んだイーヴは、それを激しく上下に揺さぶり、トゥレンの身体を床に打ち付けるようにして怒りを顕わにする。


 ――イーヴの口調が普段と違うな。こいつが自分を『俺』と言い表すのは初めて聞いた。…それだけ感情的になっていると言うことか…。


「イーヴ…だがおまえとアリアンナは…!!」

「黙れ、おまえの口からは今アリアンナの名を聞きたくない…!トゥレン…わかるか?アリアンナは俺の目の前で転落し、俺はアリアンナを助けられなかったのだ…!!なぜだ…なぜアリアンナがこんなところで死ななければならなかった?教えてくれトゥレン、どうしてなのだ!!」


 怒りと悲しみをぶつけるイーヴに、トゥレンは両手で顔を覆うと、小さく「すまない」とだけ何度も繰り返した。


 …事情を知らない俺が仲裁に入っても良いことはないな。だがどちらにせよ、イーヴを今トゥレンに任せるのはやめた方が良さそうだ。


 俺は二人の会話が途切れたところで静かに口を挟んだ。


「――イーヴ・ウェルゼン王宮近衛副指揮官、明日より一週間の休暇を与える。」


 イーヴは俺の存在をすっかり忘れていたのか、俺の声にビクッと身体を揺らすと、我に返って馬乗りになっていたトゥレンから離れ、慌てて立ち上がる。


「私は――ライ様…」


 その表情は硬く強張っていたが、すぐに「お見苦しい姿を見せて申し訳ありません」と頭を下げて視線を逸らす。


 イーヴが離れたことで、床に押し倒されていたトゥレンも、ゆっくりと身体を起こして立ち上がった。


「構わん、聞こえたな?休暇中は城から出て一度実家に帰るのも自由だ。来週にはシェナハーン王国からペルラ王女が来る。…それまでには戻って来い。」


 俺はイーヴに慰めるような言葉は一切かけずに、必要なことだけを言い渡すと、完全に意気消沈しているトゥレンに、行くぞ、と声をかけ扉へ向かった。


「ライ様、すみませんが俺はイーヴと話を――」

「…一人にしてやれと言っているのがわからないのか?」


 あれだけ言われてまだわからないのか、と俺は呆れてトゥレンを睨む。事情は知らないが、少なくとも今のイーヴにトゥレンのお節介は不必要だと思えた。


「いいから来い、命令だ。」


 俺はそう言ってトゥレンを従わせ、イーヴの部屋を後にした。


 近衛の詰め所に戻る道中、トゥレンはずっと俯いたままで、いっそのことこいつも同時に休ませるかと思った時だ。

 なぜなにもお聞きにならないのですか?と、悲しげな顔をしてトゥレンが尋ねてきた。


「聞いたところで亡くなったイーヴの妹は戻らないし、事情を知って下手な慰めをかけてもイーヴが喜ぶとは思えん。おまえがなにを責められていたのかはわからないが、悔やんでも取り返しの付かないことはいくらでもある。」


 話を聞かせて同情を誘うつもりなら他を探せ、と俺は冷たく返した。


 するとなぜかトゥレンは微苦笑して、良かった、と呟く。俺は冷たい返事をしたつもりなのに、なにが〝良かった〟なのかと首を捻った。



 ――ライ様はお気づきではないのだろうか。と前を歩くライの後ろ姿を見ながらトゥレンは苦笑する。


 以前のライ様なら、〝おまえ達のことなど興味はない〟と仰ったでしょう。そして恐らくそれは紛うことなくご本心だった。

 ですが今はそうではなく、失望しておられたようなのに、それでも俺達のことを考えた上で敢えて聞かずにおられたのだと思ったら、嬉しくなった。


 ライ様との間に紡がれつつあった絆に生じた亀裂は、まだ修復が可能なのかもしれない。


 トゥレンは僅かだがそう期待する。


 ――アリアンナのことは確かに俺の所為なのかもしれない。ライ様の仰る通り、悔やんでももう取り返しは付かないだろう。

 俺はアリアンナからイーヴがウェルゼン家の実子ではないと聞いて、イーヴとアリアンナは互いに想い合っているのだと思った。

 そこにどんな理由があるにせよ、イーヴもアリアンナを好いているのなら、この機会に一緒に過ごすことできっと上手く行くはずだと…


 俺は馬鹿だな。確かにイーヴにとってそれが本当に良いことなのかどうかを、立ち止まって考えはしなかった。

 イーヴは俺を恨むと言ったが、俺はお怒りを買ったライ様だけでなく、イーヴという親友までもを失うのだろうか。


 考えてみればライ様に対しても同じだ。俺は国王陛下のご命令だからと言うよりも、ペルラ王女とのご結婚は、ライ様にとって決して悪いことにはならないだろうと思っていた。

 王女殿下は俺の理想だと言ってもいいほどの女性だ。きっと国王となられたライ様を支え、ライ様が殿下を好いて下されば、お二人はこの世の誰よりも幸せになられるだろうと思っていた。


 だが実際はどうだ?…ライ様に投げつけられたあの書類挟みは、俺に失望したライ様が唯一表された怒りだ。

 あれだけでライ様がペルラ王女とのご結婚を、本心では望んでおられないとはっきりわかった。


 俺はその思い込みからイーヴにしてしまった間違いを、ライ様に対してもしているのではないか…?


 トゥレンはそのことに気付いて思い悩む。


 そうして仕事に戻ったライとは別れ、トゥレンは憲兵隊の本部にある『遺体安置所』へ向かうと、イーヴに変わってウェルゼン夫妻と遺体搬送の手続きを行い、憔悴した夫妻を宿泊している宿へ送り届けた。

 ウェルゼン夫妻はイーヴのことを尋ねはしたものの、イーヴのことは頼むとトゥレンに言うだけで、アリアンナと結婚してウェルゼン家に入る予定だった男性とアリアンナを失った悲しみを分かち合っている様子だった。


 深夜近くになってトゥレンは、本来ならイーヴが行うはずだった全ての手続きを終え、イーヴが忌引を取る間、一部の仕事を肩代わりするために持って来た書類を手に、ようやく自室へ帰る。


 紅翼の宮殿の同じ階にある、イーヴの自室方向を見ながら一度だけ深い溜息を吐くと、トゥレンは真っ暗な室内へ入った。

 手探りで明光石の室内灯を点けると、手に持っていた書類を置くために、イーヴの部屋と同じ作りになっている、リビングの隣にある書斎の扉をガチャリと開けた。


 瞬間、待ちかねたようなその声が耳に飛び込んでくる。


「――よう、お帰り。トゥレン・パスカム王宮近衛第一補佐官。邪魔してるぜ。」


 その男は真っ暗な室内で、書斎の分厚い本を手に足を組み、トゥレンの椅子に座って偉そうな口調でそう言った。


「き、貴様――!!」


 飛び上がりそうになるほど吃驚したトゥレンは、持っていた書類を床に落とし、すぐさま腰のミスリルソードを引き抜く。


 暗い室内でゆらゆらと銀色に光り輝くその瞳をこちらに向け、口の端を上げて不敵な笑みを浮かべたのは、シニスフォーラの国王殿で取り逃がした暗殺者、白髪銀瞳(はくはつぎんめ)の男だった。




              ♢ ♢ ♢


 ログニック・キエス魔法闘士(マギアトレータ)が連れて来た五名の守護騎士達によって、パスラ街道とバセオラ村周辺を繋ぐ『ユーク街道』には、街道沿いに緊急避難用の安全地帯(結界障壁による避難所のこと)が一定間隔で設けられることになり、バセオラ村には早速行商人や流れの守護者に、商業ギルドからの派遣建築士や、以前は近隣に住んでいたという、滅んだ農村の生存者などがやって来るようになった。


 慌ただしくその対応に追われている、臨時代表者のガーターさんや豪胆者(アウダクス)のフェルナンドにはよろしく伝えてくれと頼み、俺達はさりげなくひっそりとバセオラ村を後にした。

 とりあえず今日は旧パスラ街道へ出てそこからパスラ山に登り、夜までに峠にある『コリュペ』という名の集落まで行くつもりだ。

 その『コリュペ』には宿屋や小さな店なども複数あるそうだから、今夜はそこで一泊して、明日『ピエールヴィ』の町に向かう予定だ。


「ええ?転移魔法石があんのに、わざわざユーク街道をテクテク歩いて行くのかよ?」


 シルヴァンとリヴはなにも言わないのに、ウェンリーだけが口を尖らせてそんな文句を言う。


「ウェンリー、予の君は何事も手を出したことは、最後まで面倒を見ないと気の済まない御方なのだ。守護騎士(ガルドナ・エクウェス)は〝安全地帯を設けた〟と言ったが、それが本当に安全なのかどうかをその目で確かめずにはおられぬのだよ。」

「――リヴ、それは俺のことを良い意味で言っているんだよな?」


 ウェンリーに滔々とそう話して聞かせるリヴを見て、俺はにっこり笑うと次に疑いの眼を向ける。

 なぜなら、その声と言葉尻に〝面倒臭い御方なのだよ〟とでも言うような、心の声が交じっていたように感じたからだ。


 リヴは慌てたように「ととと当然でございまする。」とブンブン首を縦に振っていたが、横でシルヴァンにこれも体力作りと戦闘訓練の一環だと思え、と二人して窘められていた。


 転移魔法石があるからと言って道中楽ばかりしていたら、魔物の異変に気付き難くなるし、腕も鈍る。

 それに本来転移魔法というのは異界属性に通じていなければ使えず、多くの魔力をも必要とするため、緊急時などやむを得ない場合にのみ使用するべきものだ。


 そしてなによりウェンリーとリヴの二人は、シェナハーン国内を旅するに当たって、少しでも多くこの国の魔物と戦闘を繰り返しておく必要がある。

 ウェンリーは言うまでもなく未だBランク級止まりなのだし、リヴはリヴで千年もの間眠ったままだった身体を鍛え直している最中だからだ。


 そんなわけで俺達は、ユーク街道に出現する魔物を駆除しながら、守護騎士が設けた安全地帯で休憩を取りつつ、先ずは旧パスラ街道を目指した。


「――そう言えばルーファス、耳に入れておきたいことがある。ギルドから得た情報によると、王都シニスフォーラで巨大な飛竜が空を飛んでいたそうだぞ。」


 その話は雑談としてそんな風にシルヴァンから切り出された。


「飛竜?…それが本当ならまずいな、いつの話だ?」

「目撃されたのは半月以上も前の話だ。だが飛び去ったあと行方が一向に掴めず、王国内では現在も民間人に注意喚起されている。」

「…そうなのか。」


 討伐依頼が出されているのではなく注意喚起と言うことは、それ以降全く姿を見かけられていないと言うことだ。

 だが珍しいな、と俺は思う。シェナハーン王国に飛竜がいるという話は、未だ曾て聞いたことがなかったからだ。


 一般に『飛竜』と呼ばれているのは、『ワイバーン』と言う名の獰猛な()()()()のことで、主に子供などの柔らかい肉を好んで食す要注意の急襲型魔物のことだ。

 稀に集団で巣の近くにある小さな村や町を襲うことがあり、鋭い鉤爪の付いた屈強な足で獲物を掴むと、そのまま上空に逃げて空中で食すため、弓や魔法での遠距離攻撃手段がなければ狩りにくい魔物だ。


「飛竜って良く言う『ワイバーン』って奴?翼を広げると四メートルぐらいになるんだろ?」


 最近は俺が渡したリカルドの魔物図鑑を参考に、よく魔物について勉強している様子のウェンリーが言う。

 ウェンリーは自分の力不足を補うために、絶対に意地を張って使わないだろうと思っていた、リカルドの魔物図鑑を開いてその弱点や攻略法を自力で覚えることにしたようだ。

 俺はそんなウェンリーの努力を見て、いつも感心する。ウェンリーは俺達と来るために、顔には出さなくとも必死なのだ。


「外見が竜に似ていることから、確かにワイバーンも飛竜と呼ばれているが、注意喚起があった対象はその比ではない。二十メートル級の大きさだ。」

「二十メートル!?」

「マジか!!」


 二十メートル級と言ったら、ルクサールで俺が戦ったアリファーン・ドラグニス並みの大きさだ。

 魔物であるワイバーンでは変異体でもない限り、あり得ない大きさだ。


「それは(まこと)に『飛竜』なのか?竜種の中には飛竜でなくとも、自由自在に空を飛べるものもおるぞ。」

「我に聞かれても情報が少なすぎてわからぬ。だがまあ、我もそう思ったから、ルーファスの耳に入れておこうと思ったのだがな。」


 ――つまりリヴとシルヴァンは、目撃されたのは()()()飛竜じゃないと思っているのか。


 魔物であるワイバーンの変異体なら、即甚大な被害が出るはずだ。だがそれもないと言うことは、ワイバーンの変異体である可能性は低い。


「竜、か…千年前は世界中に様々な種類の竜がいたよな。覚えている限りでも、地竜、氷竜、炎竜、(らん)竜、雷竜に聖竜と呼ばれていたのもいたっけ。」

「竜はフェリューテラ属性に偏った力を持つものが多い。そして我ら七聖とも縁深き忘れてはならぬ『神竜』もだ。竜人族(ドラグーン)が生まれ出でる時に、胸に抱えている卵からしか孵らない、非常に知能の高い竜だな。」

竜人族(ドラグーン)…守護七聖の赤、アルティス・オーンブールがそうだな。一緒に神魂の宝珠に眠っているというのは神竜なのか?」

「そうだ。クドゥンという名だが、彼奴は人語も解する。」

「むむむ…竜と言ったら、もう一人誰かを忘れておらぬか?」


 不満げにリヴが言ったその一言で、俺達は一斉にリヴを見た。


「あー、そう言やリヴって海竜だっけか。その姿に慣れちまったから、すっかり忘れてたわ。」

「なんと、酷いぞウェンリー!」

「まあまあ、それだけリヴの人化が完璧だって言いたいんだよ。」

「ふ…ものは言いようだな。」

「シルヴァン!」


 俺もそのことを半分忘れかけていた罪悪感から、馬鹿正直に言ったウェンリーの失言で傷ついたリヴを慰めようとしたのだが、横からシルヴァンが茶々を入れる。


 その一言にカチンと来たらしいリヴは、顔を引き攣らせてシルヴァンを睨むと反撃に転じた。


「シル…おぬしこの千年でちと性格が歪んだのではないか?それで良くあのように美しく優しい人族の嫁御を娶れたものだ。」

「…なに?」


 マリーウェザーの話を出されてシルヴァンがピクリと反応した。


 嫌な予感がする。リヴ、いったいなにを言うつもりだ?


「ルフィルディルではマリーウェザー殿に、密かな恋心を抱く獣人が増えておると言うし、我らと長旅に出ている間に愛想を尽かされなければ良いがな。」

「ちょ…おい、リヴ!!」


 予感的中だ、その話はシルヴァンに言うなと言ったのに。…と俺は焦る。


 ――リヴが今言ったことは本当で、獣人族(ハーフビースト)の巫女となったマリーウェザーは元々あの美しい容姿な上に、老若男女の区別なく親身になって獣人族に尽くす姿がかなり人気で、シルヴァンという守護神の夫がいるにも関わらず、思いを伝えに来る獣人が後を絶たなくなっていた。

 愛を告げに来る獣人達の方には、もちろんシルヴァンとマリーウェザーに横恋慕をするつもりはなく、その本質と習わしから(つがい)がいても好きになった相手には、その思いを告げるのが当たり前なのだそうだ。


 だがマリーウェザーの(つがい)であるシルヴァンが、それを聞いてどう思うかはまた別だ。


 言うまでもないがシルヴァンは一途で、獣人族の問題を抱えながらもマリーウェザー以外の伴侶を持とうとしなかっただけに独占欲も強い。

 特に結婚してからのシルヴァンは、時に俺にまで焼き餅を焼いているんじゃないかと思うことがあり、それを知っていた俺はウェンリーやリヴに、絶対シルヴァンにはそのことを教えるなと言い聞かせてあったのだった。


「――ふ…ふふふふ…海竜リヴグストよ、我に喧嘩を売っているな?陸に打ち上げられた(うお)の如く、水がなければ海竜になれぬそなたなど恐るるに足らぬわ。この我を怒らせたこと後悔させてやろう。」


 ゴッ


 ――が、どうやらシルヴァンは後半の一文、〝愛想を尽かされる〟と言った言葉の方が()()ようで、前半部分の方は聞き流してくれたらしい。良かった。

 ……って、良くないだろう!シルヴァンが本気モードで白銀の闘気を爆発させているじゃないか!!


「なに?待たれよ、シル。今海竜たる予を『魚』呼ばわりしたな?ふふふふ…良かろう、人化した予の真の実力を見せてやろうぞ。」


 ゴオッ


 シルヴァンが白銀の闘気を放つと、それに反応したリヴが紺碧の闘気を放った。


 こらこらこら、戦うなら魔物相手にしてくれよ。


「あーらら、どうするよ?なんか始まっちゃったぜ、ルーファス。」


 ウェンリーはいつものように組んだ両手を上げて後頭部に当てると、見世物を見るように戦闘態勢に入った二人を眺めた。


「どうするよ、じゃない。元はと言えばおまえの一言から始まったんだろう。」

「え?俺のせい?」


 他人事のような顔をするな!と俺はウェンリーに言いたかったが、すぐに「ルーファスだって『海竜』を抜かしたじゃん。」と突っ込まれてしまった。


 いや、わざとじゃないし。


 そうこうするうちにシルヴァンとリヴは戦闘を始めてしまい、止める時機を失った俺は仕方なく戦闘フィールドを指定して、外部に損傷などの影響を与えないように結界を張るしかなくなった。


「仕方ない、制限時間は十五分だな。」


 俺は頭の中で時間計測の設定をすると、その場に立ったまま腕を組んで楽な態勢をした。

 以前ウェンリ−とリカルドに戦わせた際はアテナに頼んだが、今は自分で自己管理システムの内部時計を使用している。


「そんだけありゃ決着付くだろ。どっちが勝つかな?」


 ワクワクした顔で楽しげにそう言ったウェンリーを、俺は呆れてジト目で見た。


「なに言ってるんだ、決着が付くはずないだろう。良い戦闘訓練にはなっても、何時間戦ったところでただ疲れるだけだ。」

「へ?そうなの?」

「当たり前だ。」


 意外そうに目を見開いたウェンリーに俺は、二人には守護七聖としての『誓約』があって、仲間内で戦っても絶対に相手を傷付けることは出来ないのだと話して聞かせる。


「へえ…そうなんだ。んじゃあもし仲間から裏切り者とか出たらどうすんの?」

「それは絶対にあり得ないと断言しておくけど、もしそうなった時は俺が責任を持って手を下す。」

「手を下すって…ルーファスが!?」

「…ああ。」


 最終的に守護七聖を選んだのは俺だが、『時狭間の願い屋』の扉を望んで開けたのは彼ら自身だ。

 あの店の扉にはネビュラが提案した以外にも、俺の方で様々な条件が指定してあり、その中には未来永劫俺を裏切らない、という未来予測も含まれていた。


 その上で守護七聖となる際にさらなる誓いを交わし、誓約を違えた際は叶えられた願いが破棄されるだけでなく、俺の手で魂までも完全消滅されて、さらに仲間を殺した俺は守護者ではなくなり、世界は暗黒神とカオスのものになるという絶望(おまけ)付きだ。


 だが今ウェンリーにも言った通り、守護七聖が俺や仲間を裏切ることは絶対にないと先に言っておく。

 俺達は互いに深く『魂の絆』で結ばれており、邪念や悪心を抱いただけですぐ俺に伝わるようになっているからだ。


 俺はウェンリーにその辺りのことは話さず、もう一度彼らが俺を裏切ることはないとだけ告げた。


「ふーん…まあそうだよな、シルヴァンやリヴがおまえを裏切るなんて俺も想像つかねえし、そんな奴がそもそも七聖にはなれねえか。」


 そう言ってウェンリーは破顔する。


 ――確かにその通りなのだが、俺はウェンリーの笑顔を見ながら、今はまだ行方のわからない『風の神魂の宝珠』に封じられている、守護七聖の〝緑〟について考える。


 その七聖のことはまだなにも思い出せていないのだが、シルヴァンとリヴの口から聞いた名前は『デューン・バルト』と言う。


 年令は三十を過ぎたところで、千年前は稀代の魔物ハンターとして名を馳せていた剣士なのだそうだ。

 無口で浮ついた面はなく、人付き合いの悪さから、仲間になった当初はなにを考えているのかわからないと揉めたこともあったらしいが、リヴ曰く彼は単に口下手で感情表現が苦手なだけで、ぶっきら棒だがとても優しい男性らしい。


 なぜウェンリーとのこの会話で彼のことを考えるのかというと、あれ以来俺達の間で話題にするのを避けている、カオスの第七柱(ヘプタゾイレ)死遊戯(デスルードゥス)のシェイディ』が彼の息子だと判明したからだ。


 ルフィルディルでシルヴァンからそう聞いた時、シェイディがシルヴァンのことをわざと『シルおじちゃん』と俺の前で馴れ馴れしく呼んでいた謎が解けた。


 話を聞くにシェイディはデューン・バルトと血の繋がった父子というわけではなく、幼い頃に両親を魔物に殺されてその際盲目になり、偶々その魔物を狩ることになったデューン・バルトに出会って保護されたらしく、元は気弱で素直な非常に大人しい子供だったそうだ。

 外見も今のようなオレンジと白の二色髪ではなく、ウェンリーの瞳のような琥珀色に近い髪色をしていて、デューン・バルトが七聖になった後は彼の知人に預けられていたという。


「シェイドリアン・バルトは言っていた。自分から家族を奪ったルーファスを許さない、と。そこにはなにか色々と誤解があるようだが、記憶のないルーファスはもちろん、デューン・バルトが神魂の宝珠に封じられる際、息子とどう別れたのかもわからない我ではそれを解く術がない。」


 シルヴァンはそう言いながら、あの時あの場でそれを俺に言わなかったのは、たとえ七聖の身内であっても、暗黒神の眷属であるカオスに名を連ねたのであれば敵であり、デューン・バルトが解放される前に俺の手で殺された方が良いだろうと思ったからなのだそうだ。


 デューン・バルトは息子のことを知れば悩んで苦しみ、とても悲しむだろうが、それでも情に絆されて、手を下すことを躊躇ったりはしないだろうと言う。

 つまりそれは、七聖である彼が最も守りたかったであろう相手を、自らの手で殺すということになる。


「――カオスは混沌と死を司る暗黒神に仕えるために、自らの意思とその手で数多の命を狩って、それを供物に忠誠を捧げなければ眷属にはなれぬと聞く。それが真実であるなら、あれはそれを遣って退けたのであろうな。」


 シルヴァンのその言葉は、元は人間だったシェイディがカオスの一員となるために、当時まだ子供だった見た目通りの年令で、さらには同じ人の身でありながら、多くの人族を手にかけたのだという事実を語っていた。


 その原動力となったのが、俺への怨恨と憎悪だったのだと知って、俺がどう思ったのかは説明するまでもないだろう。


 ――以降シルヴァンは、デューン・バルトが見つかる前に、もしまたシェイディが襲って来た場合は、デューンのためにも手加減せずに倒すことを誓い、この件については風の神魂の宝珠が見つかって、デューン・バルトを解放するまで話題に上げないことを告げた。


「カオスに対してルーファスが迷うことなどないとは思うが、情けをかけるのはデューンの為にならぬとだけ覚えておいて欲しい。我も決して容赦せぬ。」


 最後にそう言って視線を落としたシルヴァンの顔は、言葉とは裏腹に酷く辛そうなものだった。


 …シルおじちゃん、と呼ばれていたくらいだから、シルヴァンもシェイディのことは可愛がっていたのかな。

 だとしたら逆に躊躇ってしまいそうなのは、俺よりもシルヴァンの方なんじゃないかと思う。


 それでもカオスはいつか必ず倒さなければならない相手なのだ。


「――さて、そろそろ十五分だな。」


 戦闘フィールドの結界内で激しくぶつかり合う二人を前に、俺は時間切れだと組んでいた腕を解きスタスタ歩いて近付いて行く。


「おいルーファス、シルヴァンとリヴをどうやって止めるんだよ!?とてもじゃねえけど二人とも興に乗ってて、割って入れる状態じゃねえぞ、下手すりゃとばっちり食らうって!!」


 そんな要らない心配をするウェンリーに、俺は「いや、なにも問題はないよ」とにっこり笑う。

 あの二人にはとっておきの、それこそ一瞬で言うことを聞かせることが可能な、真の意味で『魔法の言葉』があるからだ。


「どうしたどうした、海竜リヴグストは所詮その程度か!?そなたの攻撃など、虫刺されにも感じぬわ!!」

「ははははは!!そなたこそ自慢の獣化はどうした?せっかく白銀の毛を予の水魔法でさっぱりしてやろうと思うたのに、人の姿のままでは手加減するしかないではないか!!」


 あー…ウェンリーが言う通り、実に楽しそうだな、と俺は苦笑する。だがこのまま放っておいたら、日暮れまでにコリュペに着くことは出来なくなる。


 俺はすうっと息を吸い込むと、シルヴァンの斧槍とリヴの棍がぶつかってはカンコン、ガキンッと激しい音を立てているそこへ、二人の耳にはっきり聞こえるようその一言を発した。


「『エフィアルティス・ソメイユ』。」


 ――瞬間、シルヴァンとリヴは得物を突き合わせたまま、硬直してピタリと動きが止まる。

 それは手合わせに集中しているように見えて、その実俺の動きには常に気を配っている証拠だった。

 そうして二人は真っ青に青ざめ、ギギギ、とその駆動機のように固くなった首だけを回して俺を見る。どうだ、正に『魔法の言葉』だろう?


「――をかけられたくなかったら、その辺でいい加減にしてくれ、二人とも。シルヴァンは『フンコロガシ』、リヴは『フォレスト・タランチュラ』の記憶を、それぞれ()()再体験したくはないだろう?」


 今ならまだ許してあげるよ?という意味を込めて、俺は二人に莞爾した。


 このことはリヴを解放したあと、あの前海王であるアキアーンこと『ナウアルコス』がルフィルディルから元の海に帰るまでの話に遡るのだが、相手が前世で自分の父親だったことを知らないリヴは、俺がいくら言っても言うことを聞かずに、半魚人(マーマン)族を敵だと言ってナウアルコスに戦闘を仕掛けた。

 その時獣人族の硝子職人とシルヴァンが用意した、海水の入った巨大な水槽を破壊してしまい、ルフィルディルの畑を塩水浸しにして作物を駄目にするという、農夫の獣人に取り返しの付かない多大な迷惑をかけたことがあった。


 言うことを聞かずにナウアルコスに突っかかったリヴを見て、俺は遂にブチ切れ、問答無用のお仕置きとして〝あれだけは苦手だ〟とリヴが言った、大嫌いなフォレスト・タランチュラの記憶を再体験させた。


 リヴはその五分間の『エフィアルティス・ソメイユ』で蜘蛛嫌いに拍車がかかり、以降蜘蛛系魔物を見ると「蜘蛛は予の前から全て消えよ!!」と言って狂化し、真っ先にそれを倒すようになった。(魔物が相手なら良いことだ、うん。)

 聞くところによると、どうやら再体験中に卵から孵化するフォレスト・タランチュラの大群を見たようで、自分の身体の上を行き来し、ワサワサと動く毛が生えた脚を間近で見たことによる心的外傷(トラウマ)を負ったようだ。


 因みにその時俺は、シルヴァンに過去施したお仕置きのことも思い出した。


 シルヴァンは心底戦い好きで、誰かと手合わせをしたり、喧嘩に首を突っ込んだりするのが昔から好きだったのだが、七聖になったのが最後だったこともあり、六人の七聖からは実力的にも少しだけ遅れていた。

 それで良く仲間内や外で揉め事を起こしては喧嘩ばかりしていた時期があり、俺に怒られてばかりいたのだ。


 そんなある日、シルヴァンのその行いが原因で、なんの関係もない人間に多大な迷惑をかける出来事があった。

 リヴがルフィルディルで起こしたのと似たようなことだ。そして遂に俺はそのシルヴァンにブチ切れ、リヴと同じように『エフィアルティス・ソメイユ』をかけたというわけだ。


 シルヴァンは元々『フンコロガシ』が大嫌いだったというわけではなく、俺が怒っていたその時に、偶々足元を這うそれを目にして、罰として虫になった気分を味わえ、とその対象に選んだだけだったのだが、シルヴァンは思いの外それが心的外傷(トラウマ)になったらしい。


 その理由だが、フンコロガシになった記憶を思い出すと、動物の糞や畑の肥やしの匂いが、『食べ物』の匂いに感じてしまうからなのだそうだ。

 銀狼姿に獣化するシルヴァンは、言うまでもなくとても嗅覚が優れている。その嗅覚で空気中に漂う様々な匂いを嗅ぎ分けることも可能なのだが、その中に混じるある種の匂いに反応する度、そのことを思い出すんだそうだ。


 あー…それはちょっと…、とさすがに俺もほんのちょっとだけ悪いことをしたな、とは思ったが、そもそも俺がブチ切れるほどの悪さをしたシルヴァンが悪い。


 ――と言うわけで、お仕置きの代名詞となった『エフィアルティス・ソメイユ』を、俺の仲間達は本気で恐れているのだそうだ。


「ままま、待て!ルーファス、やめる!!すぐにやめるから!!」


 慌てたシルヴァンは急いで斧槍を手元から消した。当然、リヴもだ。


「よよよ、予も今すぐ反省致す!!お許し下され、予のき…ではなく、ルーファス!!」


 リヴはついでに俺の呼び方まで変えたか。


「わかればいい。――それより少し先を急ぐぞ、また雨が降って来そうだ。」


 俺は流れ来る風に湿気が含まれていることと、今にも泣き出しそうになった灰色の空を見上げてそう言ったのだった。


次回、仕上がり次第アップします。

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