126 空から落ちて来た最後の希望
リヴグストを解放してから暫くが経ち、シェナハーン王国のバセオラ村に来ていたルーファスは、その頭の中で様々なことに悩み、色々と考え込んでいます。ウンディーネとの約束を果たすべく、その復興に目途が付くまでバセオラ村に滞在するつもりのようでしたが…?
【 第百二十六話 空から落ちて来た最後の希望 】
トンカン、トンカン、と、金槌で釘を打つ、木造の建物を建てる音が村の中に木霊する。
壊れて残っていた家々は、復興に当たってすぐに人が住めるよう修復魔法で全て直したのだが、今人手を集めて急ぎ建てて貰っているのは、元々この村にはなかった『魔物駆除協会』の支店だ。
基本的にギルドの建物には民間人と守護者を階層別に分けるためのセキュリティゲートや、戦利品転送システムに情報管理機器など俺達にはわからないものがたくさん置いてある。
実は今回ギルドの支店を設けるに当たって色々と調べてみたのだが、それらは現在も全て黒鳥族が管理しており、その場所に建物が作られた時点から、なにもかもウルルさん達黒鳥族が行って来たのだと言うことを知る。
ウルルさんはノクス=アステールにいながらにして、俺の行動や各地で起きている大きな異変についていつでも知ることが可能で、俺が水の大精霊ウンディーネに頼まれて、このバセオラ村の復興に手を貸すことになったのも知っていた。
そうして俺がここにギルドを作りたいんだと相談を持ちかけた時には、いつものあの笑顔で「ルーファス様ならそう仰ると思っておりました。既に準備は整っております。」と建築材料から人手までなにもかもが用意されていた状態だった。
俺が記憶にない過去で、黒鳥族になにをしたのかはわからないが、ウルルさんにはお世話になってばかりで本当に感謝しかない。
それなのにウルルさんは俺がなにかお礼をしたいと言うと、いつだって遠慮してなにも要らないと言うのだ。
だから俺は、その度に自分で作ったウルルさん専用の特殊装身具だったり、黒鳥族に役立ちそうな魔法を考えて作ったりして贈っている。
とまあ、ここまで話しておいてなんだけど、今俺達は予定していた通りシェナハーン王国の最南端にある『バセオラ村』に来ている。
もう半月以上も前になるが、海の底に沈んでいた『オセアノ海王国』にあるオルディス城で、水の『神魂の宝珠』の封印を解いた俺は、そこに封じられていた『海竜リヴグスト』を新たな仲間に加えて、今度はきちんと国境を越えて来た。
…と言っても、俺達の拠点はエヴァンニュ国内にある獣人族の隠れ里『ルフィルディル』にあるのだし、転移魔法石があればいつでも一瞬で戻れるため、基本的に今までとはそんなに変わりがない。
あの日からなぜこんなに日が経っているのかというと、実は俺がずっと体調不良に悩まされていたからだ。
リヴグストを解放した直後に倒れ、一週間もの間意識がなかったのに加え、目覚めた後も魔力制御に支障が出るなどして、すぐには動けなくなっていたのだ。
今もまだ手指に多少の違和感が残ってはいるものの、制御の方にはもう問題ないのだが、俺があの時感じた通り、神魂の宝珠に封じられている俺自身の力が戻る際は、どうも異常なまでに身体への負担がかかるらしい。
俺が封印を解いたのはまだたったの二つだ。今後残り五つの力を取り戻した時には、いったいどうなってしまうのかと、以来俺は一抹の不安を抱くようになった。
不安を感じるだけではまだシルヴァンやリヴには相談出来ない。当然、誰よりも俺の身を案じるウェンリーにもだ。
こんな時アテナがいてくれたら、と彼女のことを思う。
今回はなんとか治まったけれど、次はどうなるかわからず、自分の力を取り戻すだけなのに、どうしてあんな状態になるのか、自力でなんとか原因を調べるしかなさそうだ。
自分で言うのもなんだが、俺の力は危険なほど強大で、万が一制御を完全に失って魔力暴走など引き起こせば、下手をするとフェリューテラの一部ぐらい簡単に吹っ飛ばせてしまうかもしれないのだ。
俺は守護者なのに、俺自身の力で守るべきものを破壊するようなことにでもなったら、きっと自責の念で耐えられなくなってしまうだろう。
そうなる前になにか手を打たないと…
そんなことを考えながら、かなりの速さで形になって行くギルドの建物をぼんやり眺めていると、後ろから野太い声が聞こえてくる。
「――なんだなんだあ?Sランク守護者ともあろう御方が随分と湿気た顔してんなあ、おい。」
振り返ると肩に巨大な両刃の戦斧を担いだ、Aランク級パーティー『豪胆者』のリーダー『フェルナンド・マクラン』が仲間と一緒に歩いて来た。
「フェルナンド。」
フェルナンド・マクランは、主にエヴァンニュ王国のメクレンで活動していたAランク級守護者だ。
これまでメクレンに突然出現した暗黒種を討伐した時などにも共闘したことがあり、親しい付き合いこそなかったものの顔を見知っていた相手でもあった。
その体格は二メートル級の大男で、ウェンリー辺りが正面から体当たりをしたとしても、簡単に吹っ飛ばされてしまいそうなほど筋骨隆々としている。
こざっぱりとした焦げ茶色の短髪に、大体いつも海賊帽子か縒ったバンダナを頭に着け、ゴツゴツした鉢割れ顎に、どこぞ山賊の親玉かと思うような目つきの悪い赤茶色の瞳をしているのだが、彼は外見や荒い言葉遣いとは裏腹に『気は優しくて力持ち』という言葉がぴったり来る守護者なのだ。
「ちょ…おい!フェルナンド、前が見えねえって!!」
そのフェルナンドの後ろからウェンリーが、無理やり彼を押し退けようとしつつも力及ばずに横から顔を出す。
フェルナンドの身体が大きくてすっぽり隠れてしまい、全く俺からは見えなかったが、どうやらウェンリーはそのすぐ後ろにいたらしい。
ここはシェナハーン王国で、なぜこの場所にメクレンにいたフェルナンド達『豪胆者』のパーティーがいるのかというと、彼らがギルドに出した俺の依頼を見て、国境を越えわざわざここまでやって来てくれたからだ。
そして俺の出したその依頼とは、バセオラ村に定住し、この村を恒久的に守ってくれる守護者を募集したものだった。
それには幾つかの条件を記載してあったのだが、なんとそれに合致したのがフェルナンド達だったというわけだ。
報酬は定期的にバセオラ村から支払われる一定の給料と、既に用意されている住居に、拠点のギルドは建設中だが、そのギルドから提供される、一定の条件範囲で登録をすればその場所に自由に行くことの可能な『行き先指定型転移魔法石』が月に一つずつだ。
他にも必要があればその都度、俺が作った魔法石を破格で提供するなどの特典も付けてある。
「湿気た顔はないだろう、酷いな…ちょっと考え事をしていただけだ。林の様子はどうだった?」
「おう、懸念通りアクエ・タランチュラの巣があって、おチビの魔法石とリヴグストの魔法で一掃して来たぜ。」
「ごら!誰がおチビだっ!!」
フェルナンドの言う『おチビ』とはウェンリーのことで、一応変異体などに遭遇した場合を考え、リヴグストにも同行して貰い、ここから東にある林の様子を見に行って貰っていた。
バセオラ村自体は俺が張った結界障壁と水精霊達の守りで、ほぼ襲われる心配はないのだが、近隣に数多くある魔物の巣などで変異体が発生するようなことになれば、復興に支障が出る。
だからこそここにギルドの支店を設けて定住してくれる守護者を募集し、周辺の魔物を頻繁に狩って貰えるよう手配したかったのだ。
「ウェンリー、そのリヴはどうしたんだ?姿が見えないけど。」
フェルナンドがビクともしないと知っていながら、その腹筋にドスドスと拳による連続打撃を叩き込んでいたウェンリーに尋ねる。
「気になる気配があるとかで今度はシルヴァンと一緒に、もう少し奥まで見てくるっつって出かけたぜ。俺らは腹が減ったから一旦帰って来たんだよ。なあ、ルーファス、俺の昼飯はー?」
そう答えるなりウェンリーは、同時にぐうぅ〜と腹を鳴らした。
「今食堂の方で用意してくれているよ。そろそろ昼食の時間だから先に行ってみたらどうだ?」
「やった!!」
そんな喜びの声を上げると、ウェンリーは俺達を置いてあっという間に一人で走り去って行く。
「…早えな、おい。」
「余っ程腹ぁ減ってたんスかね?」
ウェンリーのあまりの早さに目を丸くしたフェルナンドと、その仲間の『ラジ』という男が呆れてそんなことを呟く。
豪胆者は六人全員がAランク級守護者で構成されている、男五人、女一人のベテランパーティーだ。
その中には以前メクレンのギルドで一悶着あった時に、俺を嘲笑った守護者もいたが、それについては既に過ぎたことだと水に流してある。
この六人で結成してからの期間が長く、常に仕事中は仲間の生存を重視しているため、決して無理な依頼を受けたり無謀な魔物狩りはしないのだという。
俺としてはその方針に大賛成で、さすがだなと感心したくらいだったのだが、当のリーダーであるフェルナンドは、〝そのせいで万年Aランクのままなんだけどよ。〟と言いながら豪快に笑っていた。
「おチビの奴一人でさっさと行っちまいやがったな。食堂ってえと、商業ギルドから短期で雇った料理人が開いてるんだっけか?」
「ああ。住人が集まればその必要も無くなるだろうけど、各建物に調理台なんかはまだ設置出来ていないしな、丁度いい空き家があったからそこに設備を整えて、暫くの間は店を出して貰うことにしたんだよ。」
そりゃあ助かるぜ、とフェルナンド達は喜んでくれる。
商業ギルドとは、各専門職の人材を斡旋してくれる仲介業者でもある商業組合のことだ。
例えば手に職を持ってはいるが店を構えておらず、資金を貯めるために出張しながら働いている人材や、複数の特技を持っていて好んで流浪の職人をしている人など、様々な商業に関わる人が職人ギルドなどと同時に名前を登録している。
もちろん、普通に店を構えている商人がそこに名を連ねているのはフェリューテラの常識だ。ただこちらは魔物駆除協会と違って、各国による幾つもの制限が存在する。
まあ当たり前のことだが、通常その国で商売をするのは、その国の商業ギルドに所属している人間に限られ、催事以外で他所の国から来た人間が勝手に店を開くことは出来ないようになっているのだ。
よって今派遣して貰っているのも、シェナハーン王国の商業ギルドに所属している料理人だ。(因みに斡旋依頼の申し込みはどこの国からでも可能だ。)
「おう、おめえらも先飯食いに行って来いや。俺とペイトはルーファスにまだ用があるからよ。」
「へ〜い。」
「了解。」
「兄ィとペイトも早く来て下さいや。」
「おう。」
傍で待機していた豪胆者の仲間にフェルナンドがそう声をかけると、仲間の内男四人は、ウェンリーが走って行った後を追って談笑しながら離れて行った。
「実際に住み始めてこの村はどうだ?拠点となる地域の安全は確保してあるが、やって行けそうかな?フェルナンド。」
「まだ数日だが、今のところ問題はねえな。変異体が出る前に小まめに魔物を狩ってさえいりゃあ、仲間に被害が出ることも早々ねえだろうよ。環境は悪くねえし、報酬の転移魔法石がありゃあ偶に出かけて娯楽なんかの問題も解決するしな。」
「そうか、それなら良かった。」
フェルナンドから帰って来た答えに、俺は一先ずホッと安堵する。
「それにしてもフェルナンドが他国出身だったと言うことも驚いたが、豪胆者のメンバーに『識者』がいたのにはもっと驚いたよ。」
俺はフェルナンドの横に立つ人物にチラリと視線を向けた。彼女が今俺の言った『識者』であり、名前は『ペイト・フォートナー』と言う。
魔物との戦闘中はガラリと人格が変わるらしいのだが、緑がかった茶髪に橙色の瞳をしたぱっと見は少し大人しそうな印象の女性だ。
ペイトはフェルナンドと同郷の出身だそうで、豪胆者の副リーダーを務めながら主にパーティーの補佐を担っている。
「別に大声で宣伝するこっちゃねえしよ。こっちこそおめえが精霊と契約まで交わす人間だってことに度肝を抜かれたわ。それに俺とペイトはな、故郷に良い思い出なんざ一つもねえんだ。」
「…そうなのか。」
少し話を聞くにフェルナンドは、他国出身でも生まれた時から殆ど魔法が使えずに、家族からも随分と馬鹿にされて育ったようだ。
一方ペイトの方は他人に見えないものが見えるため、親にも薄気味が悪いと嫌われていたという。
魔法が使えないと家族に馬鹿にされるような国と言うことは、余程魔法を重視した国なのかな。例えば魔法国『カルバラーサ』とか?…そんなことを思う。
「エヴァンニュは魔法が使えなくても、各家に設備がちゃんと整ってたしよ、魔物もそれほど強くなくて住みやすかったんだが、ここ最近はなあ…ちいとギスギスしてる感じだろ?俺もそろそろいい加減どこかに落ち着いて定住してえな、って思ってたところで、おめえの依頼を見つけたんだ。その時期と言い、俺らのためにあるような仕事だって思ったわけだ。」
がっはっは、とフェルナンドはまた豪快に笑った。俺はそんなフェルナンドを好ましく思いながら目を細める。
「なによりもペイトはもう精霊が見えるっつうことも隠さなくて済むし、識者が必要とされる村なら、これからはのびのび暮らせるわな。なあ、ペイト?」
「うん。…それにしてもこの村は、本当に水精霊がそこかしこにいるんだね。ここに来るまでは半信半疑だったけど、世界は広いと痛感したよ。まさかこんな場所があるなんて思いもしなかった。」
俺と同じように水精霊の姿を目で追うペイトは、精霊を大切に思う側の人間のようで、俺達『識者』の目には水色に輝く羽根の生えた水球のように見える水精霊達の方も、既にペイトを気に入ってくれており、彼女の周囲を飛び回ってはその頬に触れていく。…とてもいい傾向だ。
これなら安心して彼らにバセオラの守護を任せられそうだ。
「んでおめえはこれからどうすんだ?なんでまた他国の滅んだ村を復興する、なんてことに手をつけたのかは知らねえが、このままずっとここにいるってわけでもねえんだろ?」
「…まあな。俺には色々とやらなければならないことがあって、ここの状態がある程度整い次第、シェナハーンの各地を見て回るつもりなんだ。」
とりあえずギルドの建設が終わり、無事に支店が開業しさえすれば、そこに店舗を設けることで食料品や生活用品などの物資補給が可能になる。
行く行くは行商人が来るようになってきちんとした店が建ち、この近くの廃墟にも人が戻ってくるようにして行きたいが、すっかり寂れている街道の安全を確保するにも、国に復興支援の申請が通らなければ、守護騎士の派遣さえままならないのが現状だ。
その申請は疾うに済ませてあるのだが、どこの国でも役所仕事は時間がかかるものらしく、未だに使者の訪れる気配はない。なので当面はギルドから必要なものを入手出来るようにするしか方法がなかった。
「ああそうだ、それで今後俺がここを離れる時のために、フェルナンドには渡しておきたいものがあったんだよ。」
俺は無限収納から用意しておいたそれを取り出すと、フェルナンドに手渡した。
「…なんだこりゃ?革袋に入った…粉?」
「『精霊の粉』だ。それを一定量の水に溶かして水鏡を作り話しかければ、どこにいても俺が持つ『精霊の鏡』に声が届くようになっている。ペイトは精霊と話せるからウンディーネに直接声をかけてくれれば良いが、フェルナンドはなにか緊急時に俺と連絡を取りたい時などにはこれを使ってくれ。」
「へえ、そいつはまた大層なもんを…いいのかよ?俺なんぞにそんな貴重なもんを簡単にくれたりしちまってよ。売り飛ばしたり悪用するかもしれねえんだぜ?」
俺の信頼を試すようにして、ニヤニヤしながらそんなことを言ったフェルナンドの言葉を、俺は笑い飛ばした。
「ははっ、まさか。そもそも悪意のある人間にその袋は触れもしないよ。誰かが盗んで手に入れようとしてもある種の魔法が発動するように、袋自体に仕掛けを施してあるんだ。」
「おいおい、そういうことは先に言っておいてくれよ!どんな仕掛けなのかは知らねえが、そいつが発動したら俺が困るだろうが…!!」
「なに言ってるんだ、教えたら意味がないだろう。」
仕掛けがしてあると聞いてギョッとしたフェルナンドに、俺は意地悪くにっこり笑ってそう返すと、精霊の粉には睡眠耐性値の高い相手でも人間なら一瞬で眠らせることが出来るから、その辺だけには気を付けて使えと言って、いくつかの説明と注意をしておく。
その後でさらに午後の予定などを細かく打ち合わせると、フェルナンド達とはそこで別れ、俺は休憩を取るために宿泊所として使っている家に一人で戻った。
この家は現在俺達『太陽の希望』だけで一時的に使わせて貰っており、一切の家具がなにもないため、寝る時も寝具すらない雑魚寝状態だ。
入口を入ってすぐの居間の他、二部屋ある内の一部屋に、俺が無限収納から出した読みかけの本やら、魔法石を作るための大量の魔石や装身具作成用の素材などを所狭しと置いている。
俺はその真ん中に腰を下ろして胡座を組むと、近くの積み上げてある本の中から一番上にあったそれを手に取って、ボトルの水を飲みながらパラパラ頁を捲り始めた。
俺のこの行動は本を具に読むためではなく、データベースに内容を記録させる為の行為だ。
今ここに積み上げてあるのは、シルヴァンがアテナと一緒に見つけた、『カイロス遺跡』の書庫にあったという書物で、その半分以上はアテナが自分の無限収納に入れて持っていたらしいのだが、残り半分ほどの全てをシルヴァンから受け取り、俺は自分の無限収納に入れて持って来ていた。
ちらっと見る限りでは、中々に珍しい内容のものが多く見受けられて、俺達が良く知らない異界についてもなにかわかれば、あのアクリュースへの対抗手段が見つかるかもしれなかった。
そう考えた俺は、今後再びあれと出会した時のためにも、折を見ては本の内容をデータベースに取り込んでおくことにしていた。
…あの後リヴも連れて全員でカイロス遺跡を調べに行ったが、結局カオスやアクリュースについてはなにもわからないままだった。
せめてリカルドかスカサハ達から話を聞くことが出来れば、対応策も練れるだろうけど…そのためには居場所を探さなければならない。
リカルド達がいると思われる、蒼天の使徒アーシャルの本拠地『天空都市フィネン』は、どこにあるんだろう?
ウルルさんにも手伝って貰って探してはいるが、少なくともフェリューテラの地上にはないらしい。…まあ、名前に『天空都市』と付くぐらいだから、もしかしたらどこか山の上とか高い場所に存在しているのかもしれないな。
結界障壁のようなもので隠されていれば中々見つけられないだろうし、かと言って今のところ、俺からはリカルドに連絡を取る手段もないのだからどうしようもない。
俺がまたあんな風に窮地に陥らない限り、リカルドには会えないんだろうか。
…寂しいな、と思いながら短い溜息を吐く。
ギルドの首位守護者にももうその名はなく、俺の前から姿を消して以降、リカルドは守護者としての活動も完全に止めてしまったようだった。
一応リカルド宛てにギルドの伝言を残してあるが、ウルルさんに聞く限り、それを見た形跡もないそうだ。
それでも俺はまだ諦めていなかった。残る五つの神魂の宝珠を探しながらフェリューテラを歩き回れば、いつかリカルドがいる場所も見つけられるかもしれないからだ。
リカルドにもう一度会えたら、大地の守護神剣『グラナス』が俺に言った『リュート・ディアス・ブルーフィールド』と言う名前についてなど聞きたいことはたくさんある。
死にたかったのになぜ助けたのか、と俺に泣きながら訴えたあの悲痛な表情も思い出す度に胸が痛み、俺が思い出せない記憶の中にリカルドとのなにかがあったのかもしれないと思わずにいられないこともあった。
そんな取り止めもないことを考えながら、手に取った本をデータベースに取り込み終わり、無意識に二冊目の本を手にしてそれを開こうとした時だ。
パララ…パラパラパラパラ…
「え…?…な…っ」
唐突に手にしたその本自体が動き出し、パラパラと勝手に頁が捲れて行く。
〖この文字を解する者に告ぐ。この書は汝に宛てたものであり、全世界の滅亡を回避するために記した真実だ。必要な時、必要な場所、必要な時代にて、汝の選択に重要な指針を示すだろう。その都度汝の手に触れた書は消滅し、また別の時へと移動する。願わくば三度繰り返さんことを心から祈る。〗
「滅亡の書…!!」
嘘だろう、と俺は愕然とする。いつからこれがここにあった?無限収納から本を取り出した時にもまるで気づかなかったぞ!?
そうしてまた、それはさらに動いて勝手に開いたその頁でピタリと止まる。
俺はそれが消えてしまう前に、一言一句逃さないよう、集中してその文章を読んだ。
〖――×月×日、午後。シェナハーン王国パスラ峠にて、空から降る『最後の希望』を手にする。
もし間に合わずにそれが失われれば、全て終わりだ。運命に抗い、来るべき時までフェリューテラの誰にも決して見つからぬ場所へ、すぐさま隠せ。〗
ザアァッ…
「あっ!!」
俺がその頁を読み終わると、今までと同じくあっという間に『滅亡の書』は消え去った。
――×月×日の午後だって…!?冗談じゃない、今日の日付じゃないか…!!
「今何時だ!?パスラ峠…間に合うのか!?」
俺は慌てて家から飛び出すと、すぐにシルヴァンの姿を探した。
パスラ峠…パスラ山の途中にある集落と、小さな商業地がある辺りがそう呼ばれていたはずだ。
遠い…午後と言っても昼から深夜までの十二時間を指すが、正確な時間がわからないじゃないか…!!
「なんだっていつもああ曖昧なんだよ!!あの書を用意した誰かは、本当に滅亡を回避したいと思っているのか!?」
俺はシルヴァンを探して村の中を走りながら、腹を立ててそんな独り言を吐き出す。
もう少し早く『滅亡の書』の存在に気が付いていれば、こんなに慌てることもなかったのに。そう焦りながら村の中を見回すが、シルヴァンの姿はどこにもなかった。
「どうして――」
なぜシルヴァンはどこにもいないんだ!?
そう思ったところで、ようやくさっき聞いたばかりのウェンリーの言葉を思い出した。
そうか、リヴと一緒に村から出ているんだ…!
――まずい…ルイン・リベルには『最後の希望』と書かれてあった。それが失われれば、全て終わりだとも…どうすればいい!?
今から力の限りに走ったとしても、パスラ山に辿り着くには何時間もかかる。そこからさらに山に登って峠に行くには、もっと時間が必要だ。
たとえすぐにシルヴァンが戻って来たところで、獣化して駆け続けて貰っても結局は間に合わないかもしれない。
なにが起きるのかはわからないが、己の直感を信じるのなら、まともな手段では多分駄目だ。
転移魔法…既に覚えているのに未だ暗転している俺の転移魔法が使えさえすれば、俺なら座標を指定するだけでそこに飛べるはずだ。一時的にでもいい、なんとかならないのか…!?
俺はその時、なんとしてもパスラ峠に行きたいんだと、強くそれだけを心の底から願った。
周囲の音は耳に入らなくなり、焦る気持ちとどうしたら良いのかと必死に考えるその思いだけが頭と心を占めて行く。…その時だ。
『――…るか?落ち着け、俺が手を貸す。落ち着いて集中し転移魔法を唱えろ。』
それはなんの前触れもなく俺の中から響いて来た。
この声…レインフォルス…!?
「レインフォルスなのか!?」
俺は自分の中にいる彼に向かってそう問いかけた。だが返事はない。
一瞬意思の疎通が叶うようになったのかと思ったが、会話ができるわけじゃないらしく、レインフォルスの声が聞こえたのはその一時だけで、それきりまたなにも聞こえなくなってしまった。
手を貸してくれると言っていた。落ち着いて集中し、転移魔法を唱えろ、と…
レインフォルスの手助けがあれば、この状況を打開出来るのかもしれない。ならば考えるまでもない、言われた通りにその手を借りて試してみるまでだ。
「わかった、手を貸してくれ、頼む。」
俺は返事がないのを承知でレインフォルスにそう言ってから、落ち着いてウルルさんに教わった転移魔法の呪文を唱えた。
――データベースの転移魔法は暗転したままだ。手を貸すと言っても、どうやって…?
俺は言われた通りに転移魔法を唱えたが、やはりその兆しとなる魔法陣は暗灰色のまま地面に描かれるだけでどうしても魔法が発動しない。
…駄目か。そう諦めかけた直後、俺の不発だった魔法陣に重なるようにして別の魔法陣が出現し、それとぴったり重ね合わさるようにして灰色の光が輝くと、そのまま転移魔法が発動した。
シュンッ
転送陣に入った時のように、身体がふわりと浮き上がったような感じがした直後に、俺は明らかにバセオラ村ではない場所に一瞬で移動していた。
「転移魔法が成功した…!?」
だが辿り着いたそこはどこか深い森の中のような場所で、背の高いカーナスギの巨木が鬱蒼としていて、空からの光をも遮っていた。
確かに転移魔法は発動したようだったが、ここがパスラ峠であるのかどうかを知る術がない。目印になるような標識も、山道さえ目に見える範囲にはなかったからだ。
集落があると聞いていたのに、家屋らしきものは見当たらず、小さな商業地は影も形もない。
おまけにいくら広域探査を行っても、俺の頭にいつもは表示される地図が全く出て来なかった。
俺は焦らず自分に落ち着け、と言い聞かせてから深く息を吸い込んだ。
――ルイン・リベルには空から降る最後の希望、とあった。だとしたら空が見えるような場所に移動しなければならないはずだ。
今までの経験上、『滅亡の書』に書かれていたことは必ず起き、俺は意識しなかった時でさえもその場に遭遇している。ならば事情が変わっても、ここは確かめるまでもなく、あの頁に記されていたパスラ峠であるはずだ。
俺はこれからなにが起きるのかさえもわからないままに、それでもじっとしてはいられず、とにかく先が少しでも明るく見える方へと走り出した。
バセオラ村からパスラ山までは徒歩で数時間かかるとは言え、そこまで遠く離れているわけでもないのに、晴れていた空は暗く曇り、程なくして灰色の空から大粒の雨が降り出した。
繁茂するカーナスギの葉を打ち付ける雨音が徐々に強まり、着ていた衣服も濡れて足元が泥濘み始めた頃、どこを目指しているのかもわからなかった俺は、やがて切り立った崖の下に位置するその場所に辿り着いた。
「しまった、ここは行き止まりじゃないか…!」
明るい方へと走って来たのに、森から出る道のような場所ではなかったことに愕然とすると、益々強くなる雨に瞬きをしながら俺はその場で空を見上げた。
次の瞬間、俺は俺の視界に小さく見えた、黒いなにかに目を奪われる。
「…!?…なにか…上から落ちて、来る…!?」
――遥か上の方からゆっくりと落ちて来るそれが、『人影』だと気づくまで、そう長くはかからなかった。
「嘘だろう…っ」
まともに考えれば、上空から落下して来る人間を下で受け止めることなど出来るはずがない。凄まじい威力の衝撃がかかり、受け止めようとする側も無事には済まないからだ。
俺は咄嗟に風属性魔法『タービュランス』を使用して、下から吹き上げる風でその落下速度を緩めると、地属性魔法の『ソル・スキャッフォルド』を唱えて足場を作り、出来るだけ上空へ駆け上がってから、その人物を両手にしっかりと受け止めた。
「――女の人…!?」
そしてそのまま崖の斜面に飛び移ると、落ちて来た女性と自分をディフェンド・ウォールで守りながら、傾斜を下まで一気に滑り降りて行く。
なんとか無事地面に着地すると、その女性を抱えたまま強まる雨脚を出来るだけ避け、一際大きなカーナスギの下へと移動した。
そこで俺は一旦その女性を降ろして横たわらせると、無限収納から防水布と毛布を取り出して、女性の身体をこれ以上冷やさないようにすぐさま包む。
「どうして空から落ちて来たんだ?…崖の上はどうなっているんだ。」
そんな疑問を抱きながら、その女性が誰なのかを確かめるために、俺はフードをほんの少しだけ捲って隙間から顔を覗き込んだ。
女性は旅装束のような衣服に身を包み、フードを被ったその中で亜麻色の長い髪を脇で束ね、気を失っていたがとても綺麗な顔立ちをしていた。
全く顔に見覚えのない女性だよな。少なくとも知り合いじゃないと思う。ウェンリーよりも年下くらいか…まさかこの人が『最後の希望』なのか?
これまであの本に記されていた出来事は、その全てが誰かしらの命に関わる内容ばかりだった。
だとすれば今回も俺の『誰かを救う』という行動が記されていた可能性は高いのだが、それにしては俺はこの女性がいったい誰なのかを全く知らなかった。
――『最後の希望』を手にする。ルイン・リベルに書かれていたのがこの女性のことだと仮定して、フェリューテラの誰にも決して見つからない場所にすぐさま隠せ、とはどういうことなんだろう。
そう首を捻っていると、どこか遠くの方から複数の男らしき人の声が聞こえてきた。
「…誰か来る。」
俺は女性を抱きかかえて『ステルスハイド』を唱えると、近付いて来る複数の足音から女性ごと身を隠した。
この人が誰なのかわからなくても、すぐさま隠せ、と言う文面から、相手が誰であっても見つからない方が良いと判断したからだ。
「畜生、なんてこった…どこに行ったんだ!?」
「早く探せ!!頭に殺されるぞ!!」
かなり慌てているような、そんな男達の声がする。
――探しているのはこの女性だろうか。頭に殺される?…組織立った集団かなにかなのかな、随分と物騒な会話だ。
俺はその男達が去って行くまで、ステルスハイドを解かずにじっとその場で待つことにした。
男達は結構な時間をかけて周辺を隈なく探し回り、中々この場から去ろうとはしなかったが、どこを探しても目的のものが見つからないとわかると、ようやく諦めて移動して行った。
ホッと安堵した俺が腕の中の女性を見ると、その女性が意識を取り戻し、ゆっくりと目を開いた。
「!?」
直後に俺と視線が合うと、女性は恐怖に大きく目を見開いて顔色を変える。
「落ち着いてくれ、もう大丈夫だ。俺はSランク級守護者のルーファスという。とても怖い思いをしたのだと思うが、覚えているかな?あなたは崖の上から落ちて来たんだ。下にいた俺がどうにか受け止めたんだけど、なにがあったんだ?」
女性は俺の言葉を聞いて、俺から離れるようにしながら身体を起こすと、包んでいた防水布と毛布から上半身を出して、身振り手振りで俺になにかを必死に伝えようとして来た。
「――待ってくれ、もしかして口が利けないのか?」
驚いた俺の問いに、女性はこくこくと二度頷き、ゆっくり唇を動かすと、その動きで言葉を読み取らせようとする。
『お願い、この子を助けて。殺される。』
そうして彼女はお腹に両手を当てて涙を流しながら、愕然とする俺に助けを求めて来たのだった。
次回、仕上がり次第アップします。いつも読んでいただきありがとうございます!!