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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
125/272

121 白髪銀瞳の暗殺者<シカリウス> ②

シェナハーン王国に入り、王都シニスフォーラへ向かうライとトゥレンでしたが、パスラ街道で不審な道路標識に時間を取られることに。特にこれと言って人の往来に異変はないと思ったものの、突然人気が周囲から消えました。訝しんだライの耳に、近くの林から悲鳴が聞こえてきて…?

       【 第百二十一話 白髪銀瞳(はくはつぎんめ)暗殺者(シカリウス) ② 】



 駆動車両を降りてパスラ街道を歩き、二十分ほどが過ぎた。擦れ違う人々や荷馬車にはやはりこれと言った変化は感じられないことから、あの標識はなんだったのか、と思う。


「…特に人通りに問題はないようですね。」


 トゥレンは俺に『(スコトス)の眼』のことを打ち明け、隠す必要が無くなったからなのか、今はそれを発動して警戒態勢に入っているようだ。


「おまえのその目に、俺の敵はどんな風に見えるんだ?」


 なんの気には無しにそう尋ねると、トゥレンは周囲に気を張りながらも俺を見てほんの少しだけその緊張を解く。


「そうですね…敵というか、悪意のような感情を抱いている人間は胸の辺りが赤く光って見えます。それと非常に強い殺意を抱いている者は、全身に鮮血を浴びているような状態に見えるようです。そこまで来ると闇の眼を使わなくても、通常の状態で俺自身は感知出来るようになりました。」

「赤い光、か…」


 トゥレンが闇の眼とやらを使うようになったのはまだ最近だ。それでいてその言葉が出ると言うことは、つまり俺の周囲には今もそう言う人間がいると言うことか…まあそうだろうな、俺が命を狙われたのは一度や二度どころではない。

 その大半は俺が自分で返り討ちにしているか、イーヴやトゥレンが私兵を使って影で始末しているのを知っている。


 普段そんな素振りを見せることは()()()ないが、イーヴもトゥレンも俺の命を狙う相手には一切の容赦がなく、自らの手を汚すことも厭わない。

 以前ミレトスラハで俺を狙った軍内部の刺客を捕らえ、確かな証拠がなかったにも関わらず、二人は俺に知らせることなく問答無用でそいつの首を切り落としたことがあった。

 その後誰が俺を殺せと指示したのかを初めから知っていたかのように、その首を箱に入れて相手に送り返すということまで遣って退けている。

 『鬼神の双壁』と呼ばれるこいつとイーヴは、時にそれほどの所業を成せるほど冷酷な一面も持っていた。


 人は多様な面を持つことのある生き物だ。目に見える姿だけが真実だとは限らない。だが俺は二人のそんな姿からは目を逸らし、今後も知らない振りを続けるだろう。卑怯だと言われても知らなくていいことからは目を伏せさせて貰う。


 俺にはその全てを受け止められるだけの覚悟と器量がないからだ。


「…それを視認出来るのはいいが、無理はするなよ。フェザーフォルク・ラルウァの時のような化け物相手ならともかく、毎回おまえに盾になって貰わなくとも俺は自分の身は自分で守れる。」


 そう言うとトゥレンはなぜだか酷く悲しそうな顔をした。もしやこいつは俺に〝頼りにしている〟と言って欲しかったんだろうか。


「…わかっています。俺が勝手にやりたいようにやるだけですので、ライ様はお気になさらず。」

「――……。」


 だがそれもほんの一瞬だけで、俺の言ったことを本当の意味でわかっているのかどうかは怪しいが、すぐにそう返して莞爾した。


 ――それからさらに同じくらいの時間街道を歩き続けていると、砂地の多かったフラーウム荒野を完全に抜け、緑深き森や林の中を通るように周囲の景色が変わって行く。

 シェナハーン王国はエヴァンニュと違って自然が豊富で、全体的な土地も森林の占める割合が非常に多い。

 それでもパスラ街道はエヴァンニュへ続く主要交通路でもあるため、周辺の森林から魔物が出現しても戦いやすいように、わざと木々を伐採して設けた『戦闘緩衝帯』と呼ばれる見通しの良い草地等の空き地が所々にあった。


 それだけにやはりあの標識は不自然なのだが、ふと気づけば、それまでは普通にあった人通りが急に途絶える。


「…なんだ?あれほどあった人の流れがいきなり途絶えたな。」


 街道を逸れて脇道に入ったわけでもないのに、俺達の周囲から人の往来が完全になくなっていた。


「ええ、いつの間にか後ろから来る人の姿も消えています。」


 …おかしい。こんなにいきなり人気(ひとけ)がなくなったりするものか?


「妙だな…この近くにはなにがある?」

「そこの林に入って行くと、確かパスラ山側の岩壁に天然洞のようなものがあったかと。狂乱熊(マッド・ベアー)の巣穴になっているそうで、近寄らないようにとの注意喚起を受けています。」


 狂乱熊(マッド・ベアー)か…通常体なら左程問題はないが、近くに変異体でもいたら厄介だな。


 バスティーユ監獄でウェンリーが様々な魔法石を駆使して戦っているのを見て、俺もライトニング・ソードだけに頼らず、回復薬以外の道具も使えるようになろうと思い、資金をつぎ込んでかなりの数の魔法石を用意しては来たのだが…如何せん訓練が追いついていない。

 監獄にいた時、慣れるまでは風流石<シルフストーン>のような、扱いやすい物だけを使った方がいいとウェンリーに教えて貰ったが、使用方向を見定めなければならないような魔法石は俺にはまだ難しい。

 そこでもっと高価な自分を中心に発動するという、広範囲魔法の魔法石を買うことにしたのだが…一度も使ったことがないのだ、どの程度の威力なのかもわからない。そうなるといざという時はもう賭けだ。


 まあ魔物の巣穴が近くにあると言っても、人通りが途絶えたこととは関係なさそうだが…


 ――この時俺とトゥレンは全く気が付いていなかったのだが、俺達は知らないうちに敵の仕込んだ罠に嵌まって、広範囲の『捕縛結界』というものに捕らわれていたのだった。


「どうしますか?来た道を戻ってみますか?」

「そうだな…」


 トゥレンの提案にどうしたものかと一旦足を止めた時だ。すぐ近くの林の中から助けを求める女性の悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああああっ!!誰か…助けてえっ!!!」

「…悲鳴!?」

「近いな…行くぞトゥレン!!」

「あっ…お待ちくださいライ様!!」


 俺とトゥレンはハッと顔を上げ、すぐにその悲痛な声のした方へと走り出した。


 草を蹴散らしながら獣道に分け入る俺にトゥレンが忠告する。


「ライ様、我々は守護者ではありません!シェナハーン王国に守護騎士(ガルドナ・エクウェス)の護衛は要らないと断りましたが、公務で訪れている以上は国賓なのですよ!?こちらの勝手な行動でなにかあれば国際問題になります!!」

「わかってはいるがもし魔物に襲われてでもいるのなら、周囲に人がいない以上、俺達が行かねば手遅れになるだろう!」

「それはそうですが…!!」



 ――ライを護衛する側のトゥレンは、女性の悲鳴に瞬時に反応したライの行動を見て、ライとは違った視点から〝おかしい〟と思っていた。

 突然途切れた人通りに、ライの心理を突くようなこの機運での〝悲鳴〟。レカンでの殺気と言い、これはなにかの罠なのではないか、と気づき始める。

 そうして注意喚起のあった魔物の巣穴にほど近い場所へ誘き出され、ライとトゥレンはパスラ街道から外れてしまう。


 獣道を通って林の奥に足を踏み入れると、僅かに開けた倒木と大きな岩のある草地で、狂乱熊(マッド・ベアー)の通常体に襲われている若い女性を見つける。


「やはり狂乱熊(マッド・ベアー)か…!!トゥレン、俺が斬り込む!要救助者を魔物から引き離せ!!」

「な…お待ちください、いけません!!」


 魔物と魔物に襲われている女性を見るなり、ライは直ぐさまライトニング・ソードを引き抜き、トゥレンが止める間もなく突っ込んで行く。

 仕方なくトゥレンは「ああ、もう!!」とぼやき、女性を安全な場所へ抱きかかえて移動すると、その場で動かずにいるように言い聞かせ、ライの加勢に戻った。


「ライ様!!」

「下がっていろ、この敵なら俺一人で十分だ!!」


 その言葉通り、ライは狂乱熊(マッド・ベアー)の攻撃を慣れた様子で難なく躱すと、腰帯に着けたウエストバッグから刺臭剤(ししゅうざい)(※強烈な刺激臭で鼻を潰す道具)を取り出して魔物の顔面に投げつけ、恐慌状態を引き起こす。


 グオオッオオゥッ


 声を上げて身を捩り、鋭い爪のついた両手で鼻を擦って狼狽える魔物に、ライはライトニング・ソードの魔力を放って麻痺状態にすると、急所である眉間に投擲用の手投げナイフを突き立てる。


 ドスッ


 力を込めて突き刺したナイフは深々と柄まで突き刺さり、その一撃で即死に至った狂乱熊(マッド・ベアー)は、豪快な音を立ててその場に倒れ伏した。


 ドオンッ


 ――そのライの戦闘を、少し離れた場所に隠れて見ていた人影が驚き、思わず呟く。


『え、Aランク魔物を一撃で…!?』

『しっ、馬鹿、声を出すな。』


 二人はすぐにそこを離れ、足早に場所を移動して行った。


「無茶せんでください!!」


 あっさりと魔物を倒したライに、トゥレンの言葉がおかしくなる。


「なんだ、その言葉遣いは。」


 ライは呆れながらトゥレンを見て剣を鞘に戻すと、すぐに襲われていた女性の元へ足早に駆け寄った。


「おい、大丈夫か?」


 見ると運良くその女性に怪我はなく、衣服は汚れているものの無事な様子だ。


「良かった、怪我はないようだな。」


 地面に座り込んだままの女性の前に片膝を付き、気遣うように声をかけたライにその女性は真っ青な顔で訴えて来る。


「軍兵様!!お願いです、私は無事でしたが、魔物に攫われた友人をどうかお助けください!!そこの魔物と同じ魔物にどこかへ引き摺られて行ったのです、助けて!!」

「なに?それは本当か、どこへ連れて行かれた!?」


 ホッとしたのも束の間、予想外の言葉にライの表情が一瞬で険しくなる。それが本当ならすぐにも追いかけないと、攫われた女性は魔物に喰われてしまうからだ。


「わ、わかりません…!!多分魔物の住み処だと思うのですが…ああ、どうしたらいいの、エクネ、サリ…!!どうか無事でいて…!!」


 酷く取り乱した様子の女性は、その場でわっと泣き崩れた。


狂乱熊(マッド・ベアー)の住み処というと…」

「はい、注意喚起のあったこの辺りにある天然洞でしょうね。ですが――」


 立ち上がったライがトゥレンの顔を見て話すと、トゥレンはライの腕を掴んで女性から距離を取り、その耳にこそりと一言だけなにかを囁く。

 ライはそれを聞き小さく頷くと、わかった、と一言だけ口に出して続ける。


「――守護者を呼びに行っている時間はないが、地図上では十キロほど先の街道沿いに『ピエールヴィ』という名の街があったはずだ、緊急用の共鳴石で魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)に連絡を入れろ。魔物の全討伐は難しいだろうが、女性の友人を助け出すことならできるかもしれん、俺達はこのまま救出に向かうぞ。」

「なん…危険です!!何度も言いますが、我々は…っ」

「わかった、わかった、守護者ではないと言いたいんだろう。それでも守護者の資格(ハンターライセンス)を持っている以上、民間人を見捨てることはできん。いいから早く連絡しろ。」

「く…わ、わかりました、只今。」


 トゥレンは渋面をして持っていた通信機器を取り出すと、ライから離れてギルドに連絡を入れる。


「ご友人のことは俺達が助け出す。貴女はパスラ街道へ出て、後から来る救援に俺達のことを伝えて欲しい。頼めるか?」

「は、はい…!ありがとうございます、軍兵様…!!」


 ライが手を差し出すと、女性はその手を取って立ち上がり深々と頭を下げた。そこへ連絡を終えたトゥレンが戻ってくる。


「『ピエールヴィ』だけでなく、『レカン』の国境兵にも応援を頼みました。砂上駆動車(サンドバギー)で駆け付けてくれるそうなので、早ければ三十分で到着します。」

「そうか、よし行くぞ。」

「お、お気を付けて…!どうか二人をお願いします…!!」


 教会で神に祈りを捧げる時のように、女性は両手の指を組み合わせて握り、黙って頷くライとその後に続くトゥレンの後ろ姿をその場で見送った。

 鬱蒼とした獣道を進んで行く二人の姿は、あっという間に木陰に消えて見えなくなる。


 「軍兵様…」と、呟いた直後に、なぜか女性はカッと目を見開くと、その場でおろおろして慌てふためいて、右を向き、左を向きして右往左往する。


『…って、冗談じゃないよ、ハンターに国境兵が三十分で来るだって…!?うちらは転移魔法が使えないんだ、囲まれたら逃げらんなくなるじゃないかっ!!(かしら)…お(かしら)に早く知らせないと…っ!!』


 そうして考えが纏まったのか、いきなり着ていた衣服の腰布をバッと腿までたくし上げ、女性はあられもない姿で林を駆け抜けて行った。




「――凄い恰好で走って行きましたね…若い女性がなんとはしたない。」


 巨木の影から眉間に皺を寄せ呆れた顔をして、そう呟いたのはトゥレンだ。


「ああ。『エクネ』に『サリ』…そしてあの女と、最低でも三人の女が仲間におり、尚且つあれは誰かに俺達のことを知らせに行ったのだとすれば、他にもっと待ち受けていると思った方がいいな。」


 ライは周囲を索敵しつつ、背の高い草と木の陰に身を隠しながら短く溜息を吐いた。


「聞いたことのない言語を呟いていたようですが、どこの人間でしょうか?」

「…わからんが、ジャンから聞いたことのある『古代言語』のようなものとも全く違うようだ。かと言って共通語に訛りや妙な発音もなかった。使っている言語からでは想像もつかんな。」


 立ち上がったライは一旦先程の現場に戻ると、狂乱熊(マッド・ベアー)の四肢の爪と牙だけを回収して無限収納を開く。

 それを見たトゥレンは横で〝しっかり戦利品を回収するんですね〟と苦笑する。


「それで無限収納を開いて、この後どうなさるのです?」


 ライが無限収納からなにかを取り出して、ウエストバッグに入れるのを見ながら、トゥレンは既に予測のついている答えをその口から聞き出そうとした。


「今準備しているのを見ればわかるだろう。いざという時に役立ちそうなものが幾つか入っているから、不測の事態に備えて出しておこうと思ってな。」

「――と言うことは、このまま天然洞に行かれるのですね。」


 やはりか、と心情を表すように大きく息を吐くと、トゥレンは止めても無駄だと口に出す前に諦める。


「当たり前だ。命を狙われているのに、向こうからやって来るのを待ってやるつもりはない。ここで決着をつけておけば、シニスフォーラでサヴァン王家に迷惑をかけることもないだろう。」

「…わかりました、ではライ様にお預けしている俺の『デスブリンガー』を出して下さい。この先は中剣のミスリルソードでは対応しきれなくなるかもしれません。敵が集団であなたを狙うのなら、俺も本気で戦います。」

「トゥレン…」


 トゥレンから笑顔が消え、その瞳に冷酷な光が宿ると、ライは黙って無限収納からそれを取り出した。


 ――トゥレンは普段、中剣のミスリルソードを主として使用しているが、戦場では一騎当千の実力を発揮するのに、その力に見合った強力な武器を用いていた。


 それが今彼が口にした『死を齎すもの(デスブリンガー)』だ。


 この武器は殺傷能力の非常に高い大剣で、ライのライトニング・ソードと同じく軍の技術研究室で開発されたトゥレン専用の武器だ。

 その刀身には風属性魔法が仕込んであり、やはり魔石に魔力を溜めて解放することで魔法が発動する。

 ライトニング・ソードは刀身に雷撃を纏うことが出来るが、デスブリンガーはトゥレンが大剣を振るごとに風の刃が発生する仕組みになっており、それが届く範囲は狭いが、大剣の攻撃範囲と合わさると殆ど死角がなくなるのだ。


 トゥレンが自らそれを手にすると言うことは、相手を生きて帰すつもりがないと言うことだ。

 イーヴと二人、ライを狙った犯人に刺客の首を送り返したように、二度とライを狙う気が起きないように徹底的に叩き潰す。トゥレンはライが決着をつけると口にしたこの瞬間、そう決めたのだった。


 ライに手渡された『デスブリンガー』を近衛服の上に装着した武器(ウェポン)ホルダーで背中に装備すると、「では行きましょうか。」とトゥレンは莞爾する。

 だがライの目にその笑顔は普段と異なり、戦場に出現した猛獣のそれに見えるのだった。




『……はあ?今、なんつった、ビア。』


 どうやってその場所に登ったのか、人が容易に足を踏み入れられないような崖の上で、白髪銀瞳(はくはつぎんめ)の男は町娘の衣装のまま戻って来たあの女性に聞き返した。


 土の地面に寝そべり、すぐ傍に生えていた毒草の茎を平然と口に銜えながら、仲間からの〝仕事を終えた〟と言う報告を待っていた男は、組んでいた足を降ろしてむくりと起き上がる。


『だから!!あいつら共鳴石の通信機器を使って近くの街のギルドと、レカンの国境兵に連絡して応援を頼んだんだって!!三十分くらいでハンターと国境兵がここに来ちまうよ!?すぐにバンバ達を呼び戻さないとまずいってば、お頭!!』


 慌てる『ビア』と呼ばれた女性と傍にいた『ボッツ』という無精髭の男に対し、銀瞳の男はその場でなにか考え込んだが、酷く冷静だった。


『お頭ってば!!』


 再度ビアが詰め寄ると、銀瞳の男はすっくと立ち上がる。


『――違う…やられた、標的はこっちに気づいてやがる、バンバ達が危ねえ…!!』

『お、お頭!?それはどう言う意味で…』

『馬鹿野郎、捕縛結界内で()()()()使()()()()!!ビア、てめえは奴らに騙されてんだよ、ボケ!!』


 シュンッ


『お頭!!』


 銀瞳の男はビアとボッツに悪態を吐くと、転移魔法で消え失せた。




 ライとトゥレンが情報のあった『天然洞』に着くと、そこにはご丁寧に点々と血痕が残されていた。

 それを見たライは自分に疑いを持たせないために、随分と手の込んだことをする集団だ、と苦笑する。



 ――念のためにと通信機器でハンターに連絡を取らせようとしたが、なにかの妨害を受けて失敗したとトゥレンは言う。

 つまり突然人気がなくなったのも、通信機器の共鳴石が使えないのも、俺達が気づかないうちに魔法による結界のようなものに捕らわれているからだと推測出来る。


 ルーファスとウェンリーにバスティーユ監獄で出会い、俺は自分が使えなくても魔法に関する知識は一通り学んでおくべきだと痛感した。

 いずれ守護者に戻るとしても、ルーファスのパーティー『太陽の希望(ソル・エルピス)』への加入を希望するのなら、今からあらゆる戦闘知識を勉強しておいた方がいい。

 そう思い、学んだことの中に共鳴石が使えない原因の妨害に関する知識や、ルーファスが使っていたような魔法に結界などの情報があったのだ。


 そういったことが幸いし、あの女がおかしいことにもすぐに気づいた。


 悲鳴を上げておきながら狂乱熊(マッド・ベアー)の前で無傷だったこともそうだが、シェナハーンの民間人は制服を着た人間を見て『軍兵様』とは言わない。

 エヴァンニュ王国での軍人に当たるこの国の兵士達は、『守護騎士(ガルドナ・エクウェス)』と呼ばれていて、民間人は必ず要職名か『騎士様』と付けて呼ぶ。

 それを知らないと言うことは、この連中は余程遠国から来たのだろう。


 そう訝しんでいたところに、耳元で囁かれたトゥレンのあの一言だ。


『〝赤〟です。』


 直前に話を聞いておいて良かった、と熟々思った。でなければ一言では済まず、説明を要した上にすぐには理解出来なかったかもしれん。

 トゥレンは俺にそう伝えることで、この場からは離れてピエールヴィに向かい、ギルドに後を任せるか、もしくはここの警察機構『アスティノミア』に連絡するという安全な手段を取らせたかったのだろう。

 だが俺は逆に自分から誘き出されて、ここでけりを付けてしまいたかった。


 ――索敵範囲に引っかかる魔物の姿はなく、この天然洞が狂乱熊(マッド・ベアー)の巣穴だと言うのなら、縄張りに近付いただけでもすぐに襲いかかってくるはずだが、それもないと言うことは、ある程度誰かに()()()()()なのだろう。


 例えばそれで俺とトゥレンがこの天然洞の中に入り、そこで暗殺者の手にかかって死んだとする。

 通報するものがいなければ俺達は『行方不明』になったとされ、俺達を殺した連中にすぐには追っ手がかからない。

 おまけに魔物の巣穴で命を落とせば、その遺体すら食われてしまい、人の手で死に至った証拠も魔物の腹の中だ。多分そんな算段だったのではないだろうか。


 残念だがそう簡単には殺られてやらん。


 地面に残されていた血痕を辿り、天然洞の中に足を踏み入れると、薄暗い洞窟の中でトゥレンの瞳に紫の光が輝く。


「なにかわかるか?」

「――ええ、敵は少なくとも五人。残された魔力の痕跡から男が三人と女が二人ですね。」


 魔力の痕跡?そんなもので人数や性別までわかるのか、と感心する。


「たった五人で俺を殺せると思うとは、嘗められたものだな。」

「ライ様の実力を知らないのではありませんか?戦地では指揮官能力の方が高く評価されていましたし、それ以外で腕を披露することなどありませんからね。」

「…俺の剣技は対人専用の殺戮技ばかりだからな。魔物には役に立たない。」


 そういう意味で言ったのではありません、とトゥレンが弱る。ファーディアを離れて以来、魔物よりも人間を殺した数の方が多かったのだから仕方がない。

 戦場から退いても日常生活の中でこうして向かってくる相手は仕方がないが、今後は出来るだけ俺も人を手にかけるのは避けたいところだ。

 一緒に行動している最中に、ルーファスにあんな顔をされるのはもう嫌だからだ。


 俺はマグワイア・ロドリゲスの遺体を見た時に、ルーファスが浮かべていた表情を思い出した。


 それから俺達が薄暗い天然洞の中を進んで行くと、やがてどこか上の方に外に面した穴でもあるのか、日が差し込んで明るくなっている空洞に出た。

 そこには少し前に討伐されたばかりとみられる、狂乱熊(マッド・ベアー)の死骸がいくつも転がっており、その近くで蹲っている女性達の姿が見えた。


 ――まさか本当に狂乱熊(マッド・ベアー)に襲われたわけではないだろうな、とつい情に絆されそうになったが、その空洞の中央まで進んだ所で、どこからともなく現れ、いきなり飛矢を放って来た男に、それはないか、とライトニング・ソードを引き抜いた。


 ギインッキンッキインッ


 トゥレンが直ぐさま大剣を盾代わりにして、三本の飛矢から俺を守る。


「トゥレン!」


 俺の真後ろに立つトゥレンが、かつて戦場にいた時と同じように、強い殺気を放った。


「――お下がりください、ここからは俺にお任せを。()()()()()()生きては帰しません。」


 普通なら敵は自分達が何者だとか、なぜ俺を狙うのかなど言葉少なでも一言、二言は交わすものだが、この連中は無駄口を一切叩かず、俺やトゥレンが誰なのかと言うことも確かめずに襲いかかって来た。


 その行動を見るに、この集団は少数精鋭でどこかの国の暗殺団かなにかなのだろう。エヴァンニュ国内では俺の評判を知り、余程の馬鹿でない限り、俺の暗殺を引き受ける殺し屋はもういない。

 イーヴとトゥレン、イーヴとトゥレンの私兵、そしてあの男の私兵が、俺がエヴァンニュに来てからの四年間で、そう言った連中を全て叩き潰したからだ。


 俺はトゥレンから少し離れ、背後を敵に取られない位置にまで下がると、言われた通りに出現した男三人の相手をトゥレンに任せた。

 すると蹲っていた女二人が立ち上がり、二人同時に俺への攻撃を仕掛けてくる。


 俺はそれに対して剣ではなく、手に隠し持っていた火属性魔法の魔法石、『炎渦石(フラムストローム)』を使用した。


 ゴッ


 俺の周囲に渦を巻いて炎の壁が出現し、武器を構えた女達の行く手を塞ぐ。女二人は俺が魔法石を使ったことに驚いたものの、すぐにその効果範囲から逃げ出し、回り込んでから俺に近付こうと走り出した。

 だがそこに男三人を纏めて相手にしていたトゥレンの、広範囲攻撃が炸裂する。


 脇から不意の攻撃を受けた女達は、咄嗟にそれを躱すも、トゥレンのデスブリンガーには追撃する風の刃がある。

 一撃目は飛んで避けられても、間を空けずにすぐに襲い来る風の刃は避けられずに、男三人よりも先にトゥレンに狙われた女二人は、それをまともに受けて悲鳴を上げ倒れた。


 トゥレンは俺を真っ先に狙った女二人を絶対に許さず、音も立てずに移動してくると、まずは片方の倒れた女にデスブリンガーを容赦なく振り下ろした。

 直後に戦場以外では聞き慣れない、そこから鈍く骨ごと肉体を叩き斬られた音が響き渡ると、そのままトゥレンは片手で持ったデスブリンガーの刀身を横に薙ぎ払って、体勢を立て直そうと立ち上がったもう一人の女の首を跳ね飛ばした。


 女の首が狂乱熊(マッド・ベアー)の死骸脇に、ゴロゴロと転がって行く。


『エクネ!!サリっ!!』


 〝エクネ〟〝サリ〟そう叫んだ男達の声から、俺はそれが骸となった女二人の本名であったことを知る。


 返り血を浴びたトゥレンは眉一つ動かさずに、女達の血が付いたデスブリンガーの刀身をビュンッと一振りして、その鮮血を振り払う。その威圧感は、俺でも一瞬たじろぐほどだ。

 情け容赦なく無慈悲に敵を屠る目の前の男は、さっきまで俺の前で人好きのする笑顔を見せていた時とはもう全くの別人だった。

 だがこれがトゥレンの持つ、もう一つの顔であることも俺は疾うに知っている。なぜなら、ミレトスラハでは当たり前のように見ていた『戦場を生き抜く者』の顔だからだ。


 冷酷な光を宿し、その目を向けて尚も男達に強い殺気を放つと、トゥレンはその大きな身体に似合わぬ速度で移動し、両手持ちに変えたデスブリンガーで襲いかかった。


 立場が逆になり、トゥレンの攻撃に必死で応戦する男達が手にしているのは、高価なオリハルコン製の武器ばかりだ。

 長く使い続けることで持ち主に合わせて成長するという、特殊な稀少鉱石から作られた武器。

 どれもそれぞれに馴染んでいるようで、通常のミスリルソードでは下手をすると競り負けて折られかねない。

 敵がそんな強力な武器を持っていると知っていたわけでもないのに、トゥレンがデスブリンガーを出して欲しいと言ったのは、『従者』の勘が働いたからなのだろうか。


 ――そうして俺が出るまでもなく、僅か五分ほどで襲って来た男女五人は永遠に動かぬ死体と化した。


「レカンで殺気を放った存在はこの中にいませんでしたね。」

「…ああ、さっきの女もどこかへ走って行ったままだ。」


 俺はライトニング・ソードを鞘に戻し、トゥレンはデスブリンガーの血を武器ホルダーに巻いてあった布で拭ってから背中に戻すと、険しい顔をしたまま足元に転がる男の首を見下ろした。


「残党は後何人いるのでしょう?」

「わからんが…自分達で俺達に仕掛けておきながら失敗して、仲間の復讐を目論むような馬鹿でなければ、もう襲っては来ないだろう。」

「だといいのですが、油断はできませんね。」

「……そうだな。」


 ――血の匂いに惹かれて狂乱熊が戻ってくる前に、俺とトゥレンは暗殺団の遺体を簡単に調べ、後はそのままそこに放置して天然洞を出る。


 あの男女五人は身分証のようなものを持っておらず、衣服の腰帯や外衣に少し特徴があったものの、左手の甲にある『羽根の生えた蛇』のような入れ墨がある以外、なにも情報を得られなかった。


 林の中の獣道を通って再びパスラ街道に戻ると、俺達が知らずに足を踏み入れた結界のようなものは既に解除されたのか、人通りは元に戻っていた。

 俺は無限収納から駆動車両を取り出して、トゥレンと二人それに乗り込むと、一時間半ほど時間を取られたが、当初の予定通り後は問題なくシニスフォーラへ向かった。


 流れゆく車窓からの景色を見て、酷く憂鬱な気分になる。こういうのは何度経験しても決して気持ちの良いものではない。


 デスブリンガーを手放すと、トゥレンはまた普段通りのトゥレンに戻った。俺に気を使っているのかやけに饒舌になって、聞いてもいないのに勝手にシェナハーンの観光地について明るく語り出したりする。

 だが俺がエヴァンニュ王国にいる限り、こういったことがなくなることはないのだろう。言うまでもないが、俺が命を狙われるのは王位継承問題のせいだ。


 俺はあの男を父親だと認めていないと言った通り、当然自分を王族だと思ったことは一度もない。

 況してやあの男の後を継ぎ、国の王位に座るなどまっぴら御免だ。


 あの男には俺の他にも現王妃との間に歴とした息子がいて、十三で国民に披露された『第一王子』とされる人物がいる。

 そいつは俺より三つほど年下で、あの男に良く似た顔をしており、粗暴で浅慮な上に非常に素行が悪く、贅沢で遊び好きな絵に描いたような傲慢王子らしいが、俺は数えるほどしか顔を合わせたことがない。(※戦地では担当地域が違うため、一緒に戦ったこともなかった)


 元々現王妃…イサベナ王妃だが、イーヴ達が時折『女狐(めぎつね)』と呼ぶ、第一王子の母親は、俺をロバム王の息子とは認めておらず(願ったりだが)、エヴァンニュ王国で絶対的な権限を持つ国王に逆らえないだけで、表向きは俺が国にいるのを黙認している。


 ここまで話せばわかるだろうが、俺の命を狙っているのは現王妃イサベナと第一王子シャールの二人だ。

 俺がいくらあの男に反抗し、王位を継ぐ気はないと言っても、あの二人には俺の本心など関係がない。俺が生きている限りあの男は俺を王家に迎え入れようとするし、俺がそれを承諾しようものなら、直ぐさま国民に俺の存在を公表してシャールは『第二王子』となり系図が書き換えられる。


 そうなる前に、イサベナ王妃とシャール王子は俺を消そうとしているのだ。


 迷惑な話だ。あの男を含め、王族というのは自分達のことしか考えない。俺の都合も感情も無視して、自分達にとって邪魔だと思えば勝手に殺そうとする。どうして俺がそんな連中の家族になろうと思えるのか。


 俺の望む俺の未来は、愛する家族とともに貧しくても穏やかな家庭を築き、精一杯働いて、何人かの子供と妻と普通に暮らせて行ければそれだけで良いんだ。


 目指すものが違う、望むものが違う、欲しいものが違うあの男の家族と気が合うはずもない。


 俺は今後守護者としてやり直すために、エヴァンニュ王国の王国軍に、民間人を魔物から守る為の他国のような基盤を作り上げたいと思っている。

 魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)から要請があった、軍兵による市町村の守護や、国民を守る為の王国軍の組織化だ。


 それさえ済んでしまえば、誰が国王になろうともそう簡単に基盤が崩れることはないと思うからだ。

 シャールのような人間は権力を振り翳しはするものの、まともに仕事をしようとは考えないだろうし、自分さえ良ければ他のことは気にもしないだろうから、後はテラント卿辺りが上手くやってくれるだろう。


 少なくとも半年…その間だけは俺は、王宮近衛指揮官としての職務に真剣に従事する。

 それが終わったら、今度こそ自分のための、自分の人生を生きて行こうと思う。




 ――転移魔法を使い、銀瞳の男がそこに着いた時、既に全ては終わっていた。


 ほんの僅かな差だったが、ライとトゥレンは立ち去った後で、報復しようと追いかけようにももう手遅れだった。

 銀瞳の男は無言で仲間の遺体に近付き、傍らに片膝を立ててしゃがむと左手の甲にある入れ墨から、彼らの最期の記憶を読み取った。


『…殺したのは護衛の男の方か。へっ…ざまあねえな、てめえら。標的に一太刀も浴びせられなかったのかよ?…暗殺団〝オホス・マロス〟の名が泣くぜ。』


 白髪銀瞳(はくはつぎんめ)の男は、仲間の遺体を魔法で全て回収し、血の一滴も残さずに全ての痕跡を消し去った。


『他人の命を奪うからには、自分が殺されても文句は言えねえ。当然、標的を()り損ねて返り討ちに遭うことも覚悟はしてただろうさ。…けどな、それと俺の感情は別モンだ。』


 この落とし前はつけてやる。男はそう誓って目を閉じた。


『国に帰ったらちゃんと墓は建ててやる、ゆっくり眠れ。』


 銀瞳の男はそう言ってまた姿を消したのだった。

 

次回、仕上がり次第アップします。

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