118 守護七聖の始まりは
リヴグストを解放したことで、ルーファスの中に失われていた記憶が甦ります。そこにはリヴグストと出会った時のことや、それに関係して二人の守護七聖に関しての記憶も…ルーファスは込み上げる懐かしさに夢の中で手を伸ばしましたが…?
【 第百十八話 守護七聖の始まりは 】
俺がリヴグストと初めて会ったのは、彼がまだ乳母にベッタリの子供の頃だった。
場所はさっき俺が、オルディス城の記憶を取り戻す前に見覚えがあると思ったあの正面ホールだ。
確かあの時はカオスの動向を探っていて、その一端で海棲族に不穏な動きがあることを掴んだその直後だった。
当時の俺は単独で行動しており、なにかの理由があって(その理由が思い出せないのだが)必要以上に表には出ず、各国の重鎮や時に国を治める国王などに直接、影から助言や警告をして力を貸したりするに留めていた。
俺が『太陽の希望』と呼ばれるようになる前から、フェリューテラでは俺の存在が各国の上層部には知られていて、オセアノ海王国でもリヴグストの父であった海王アキアーンに謁見を申し込んでそこで返事が来るのを待っていた。
海棲族のみが暮らす(と言っても、海棲族は海の中だけで暮らしているわけではない)海竜の国では、オルディス城に通される人族の存在はかなり珍しく、堂々と正面ホールに立つ俺はそこにいるだけで目立ち、城の使用人や衛兵達からも好奇の目で見られていた。
不躾な視線には慣れていたため、気に止めることもなかったが、邪魔にならないように場所を移動しようとした時、後ろから誰かに思いっきり束ねていた髪を引っ張られたのだ。
「痛っ!!なんだ!?」
驚いて振り返ると、そこには乳母に抱っこされて俺の髪を握りしめていた7才ぐらいのリヴグストがいた。
深い海の青のような紺碧の髪に水色の大きな龍眼が真っ直ぐに俺を見ていて、幼いながらにその身体からはすでに人並み外れた強い魔力が感じられた。
彼を抱いていた乳母は俺が人族であることに気づくと慌てて謝り、リヴグストの手から俺の髪を放そうとしたが、彼は首を横に振ってイヤイヤをすると、いきなり俺に信じられない言葉を放った。
「僕と結婚してくだしゃい!!」
「――…は…?」
しょ…初対面の海棲族の男児に、求婚された…!?
驚いた俺が硬直して目が点になったのは言うまでもない。それが俺とリヴグストの初対面だった。
その後国王アキアーンに謁見すると、開口一番にリヴグストのことを謝罪された。聞けばこの頃のリヴグストは、気に入った相手を見つけると誰彼構わず求婚して回っていたようで、好意を持った相手とは結婚すればずっと一緒にいられると誰かに教えられ、素直にそれを実行していたそうだ。
次に俺がリヴグストと会ったのは、それから十年以上も経ってからだ。
俺がカオスの介入で海棲族の一部に反乱の意思有りとアキアーン王に警告をして以降、度々オセアノ海王国では小さな揉め事が起きており、海王の手に余りそうな時だけ依頼を受けて影で反乱分子を捕らえる役目を引き受けていた。
その頃もまだ俺は単独行動が主で、各地に協力者を得てはいたものの一つ所に留まることはなく、一時的にオルディス城を訪れていただけだった。
海竜としては赤ん坊も同然(海竜の寿命はおよそ三百年ほど)だが、当時十代も後半に入っていたリヴグストは、俺の目に未だ父王に溺愛され、臣下や民にも愛されて大切にされている『甘えん坊王子』という印象に映っていた。
だがその裏でリヴグストはカオスが仕掛けた巧みな罠に嵌まって、海王を継ぐには致命的な過ちに手を染めてしまっていた。
その日も俺はアキアーン王の依頼で一人、反乱分子の制圧に向かっていた。
俺の制圧方法は拠点を急襲し、相手の命を出来るだけ奪わずに無力化してから、捕らえてオルディス城の地下にある『裁きの間』へ転送する、というものだ。
捕らえられた反乱分子の海棲族は、その処分に際して直接アキアーン王が説得に当たり、改心すれば一定期間の刑に処して罪を償わせ、改心しなければアキアーン王自らが処刑する、と言うあくまでも海王の裁決によって生死を委ねる、オセアノ海王国の司法に任せられていた。
だが依頼のあった反乱分子の拠点に俺が向かうと、既にそこは子供に至るまでが命を奪われた、海棲族の死体が山となって築かれていた。
「――誰がこんな惨いことを…」
アキアーン王が俺に制圧を依頼するのは、反乱分子の中に子を持つ親が数多く含まれていて、善悪の区別のつかない幼子が、知らずに親の思想に引き摺り込まれている場合がある時などが多かった。
海王直属の兵を出せば確実に死人が出て、下手をすれば子供が命を落とす上に、死を免れたとしても親を失うことになる。
だからアキアーン王は難しい制圧を必要とする場合に、魔法に長けた俺を頼ってくれていた。
現場を見た俺は、子供まで殺せると言うことは犯人が余程残虐な心の持ち主か、相当な私怨を抱いているかのどちらかだと思った。
乾ききっていない血の痕跡から、すぐに犯人の足取りは掴め、ステルスハイドで後を追って捕らえてみると、驚いたことにそれはリヴグストだった。
オルディス城で姿を見た時はどこにもおかしな点は見当たらず、好意を持った相手に片っ端から求婚していた頃と変わらない、甘えん坊王子にしか見えなかったのに、捕らえたリヴグストのその瞳は昏く濁り、明らかに負の感情に支配されて闇に落ちかけていた。
俺はリヴグストに魔法を使って正気に戻らせると、自分がなにをしたか覚えているかと問いかけた。
するとリヴグストは自分のしたことをきちんと覚えていて、反乱分子が憎くて自らの意思で子供まで手にかけたことを認めた。
彼がそこまで相手を憎んでいたのには理由がある。それは二年ほど前の大きないざこざで、アキアーン王の王妃…つまりはリヴグストの母親が巻き込まれて何者かに殺されていたからだ。
その犯人はすぐに捕まり、改心したために海王は処刑せず、刑に服させ罪を償わせた後に解放していたのだが、リヴグストは愛する母を殺されたのに、その犯人が生きていることを許せず、尚もまた反乱を起こそうとしていたと知り、私情で先走ってその家族ごと処刑してしまったのだ。
――海王を継ぐ身でありながら、なんてことを、と俺は思った。
オセアノ海王国に独立した司法機関はない。罪人の裁きは全て海王の判断によって定められる。だがそれには、海王が裁定に私情を挟まず、公正な裁きを行ってくれると国民から絶対的な信頼を得ているからこそ成り立っている司法制度なのだ。
その根幹を揺るがしかねない罪をリヴグストは犯してしまった。しかもこのことが明るみに出れば、反乱分子の活動が活発化するのは目に見えている。下手をすれば内戦勃発にも繋がりかねない由々しき事態だ。
自分の手には余る事態だと判断した俺は、リヴグストの処遇をアキアーン王に委ねるしかなかった。
彼を捕らえて城に連れて行こうとした俺に、リヴグストは抵抗し、狂ったように自分は悪いことはしていないと言い張った。
母を殺した犯人を殺してなにが悪いのか、と叫ぶ。
その様子が異常だったことから再度リヴグストの身体を調べると、龍眼の瞳に隠れて分かり難かったが、負の感情を増幅して実行に移す『暗黒魔法』の魔法紋が刻まれていることがわかった。
つまり、『カオス』の誰かに魔法をかけられて、心の中に燻っていた憎悪を煽られていたのだ。
厄介なのはそれを解除すると痕跡が残らず、リヴグストが魔法をかけられていることも証明出来なくなることだった。
それ故に、暗黒魔法を解除せずに抵抗するリヴグストをアキアーン王の元へ連れて帰らなければならなかった。
結局この時俺は、暗黒魔法にかかって魔力を増幅させた『海竜リヴグスト』と本気で戦い、どうにか捻じ伏せることには成功する。
それでも既に犯人と犯人の家族まで手にかけたのに、母を殺した奴が憎い、と口走るリヴグストを引っ叩いて正気に返し、憎悪に心を支配されるな、と言って海王を継ぐのなら、先ず『許す』ことを覚えろと諭した。
負の感情に支配されて相手を恨み、憎むのは本当に簡単だ。だが大切な存在を失った悲しみを乗り越え、罪を犯した相手を許すのはとても難しい。
幸いなことにリヴグストには、その困難を身近に実行してみせる良い手本がいる。父親であるアキアーン王その人だ。
愛する伴侶を殺した犯人を許し、罪を償わせて解放する。その心の痛みを、息子であるリヴグストだけは理解してあげなければいけない。
――…思い、出した…。
あの一件でリヴグストは数年間刑に服してきちんと罪を償い、以降は心を入れ替えて誠心誠意民に尽くすと決め、海王となるべく精進していた。
だけどカオスの策略に嵌まったとは言え、海棲族に与えた影響は大きく、結局それが半魚人族との内戦に繋がってしまった。
その後アガメム王国との戦を経て、何度目かの内戦が勃発したその時、あの『メガロドン』が突如として出現した。
それと戦って国を守ったアキアーン王は、一時的に半魚人族を退け、その怪我が元で危篤に陥ると、オルディス城に俺を呼んだ。
「息子の犯した罪は重く、海棲族に認められるには『海神リヴァイアサン』として覚醒するしか道が残されておらぬ。だがあれにはまだ、海王たる位に就くには足りぬものがある。」
――それを得るには、リヴグスト自らがそのことに気づかなければならない。なのに時間が足りない、とアキアーン王はその懸念を吐露した。
そこで王は俺に、海神リヴァイアサンとしてリヴグストが目覚めた際に必要になる『海の秘宝』の三つの内の一つ、『水晶の珊瑚』を預かって欲しいと託して来た。
「これがなければ息子は、自分が『海神』になれないのは秘宝が奪われたせいだと思い込むだろう。それを利用し、予がリヴグストを『時狭間の願い屋』に向かわせる。」
「…!!――アキアーン王、それは…」
「頼む、ルーファス殿…『太陽の希望』よ。リヴグストに貴殿の名の通り、『希望』を与えてやって欲しい。力及ばずに辿り着けずともその時は予も諦めがつく。…後生だ。」
「……わかった。だがリヴグストが『願いの森』を越えて俺の元に辿り着けなければ、どうすることも出来ない。俺も暗黒神を倒すために、どうしても仲間の力が必要だからだ。」
俺はアキアーン王から『水晶の珊瑚』を受け取ると、傍にいた守護七聖の『黄』である『ユリアン・ロックウッド』にそれを手渡し、彼に持っているようにと預ける。
――『ユリアン・ロックウッド』。
守護七聖の『黄』で二番目に七聖となった、人族の若者だ。
明るいオレンジピンクのくせっ毛にコンプレックスを持ち、女の子みたいだと童顔を気にしていた、ウェンリーと同じ年の遺跡専門家だった。
世界中に自分が作った遺跡やダンジョンを建てるのが夢だという、凄まじい頭脳の持ち主で、簡単な魔石駆動機器なら、ものの数分で組み立てられるという驚異的な才能を持っていた。
その夢に相応しく、地属性魔法に長け、石造りの家ぐらいなら数時間で建てられるという建築士としても優秀な…
オルディス城を後にして、その頃はまだ海上にあったオセアノ海王国の街中をユリアンと歩きながら、日の沈む夕暮れ時の空を見上げたのを覚えている。
「ルーファス様、なぜ僕にこれを預けるんですか?守護七聖となってから夢だった『空間魔法』を扱えるようにはなりましたし、魔力増加のおかげで『アイテムボックス』の容量にも困りませんが、これは海棲族にとって物凄く大切なものなのでは?」
「…だからこそだよ。それはユリアンが持っていてくれないと困るんだ。…いつかわかる。」
「はあ…ルーファス様は、いつもそれですね。その〝いつか〟は、僕が生きている内にちゃんと来るんでしょうね?」
そう言って俺を窘めるように屈託のない笑顔を向ける、彼の顔を思い出した。
『マスターっ!!』
その俺とユリアンの間に、不思議な姿をした精霊がしゅるるる、と現れる。
「ネビュラ。なにかあったのか?」
俺が『ネビュラ』と呼んだその精霊は、金色に光る猫のような大きな瞳に、左右に付いた猫型の大きな耳を持ち、赤い小さな口に鼻はなく、顔から胸の辺りまでが灰色で、小さな手足と耳元から後頭部、そして全身が艶やかなビロードのような漆黒をしていた。
二股に分かれた細長い薄く毛の付いた尻尾は、それが身に纏う真紅と灰褐色のヒラヒラした布の隙間から伸びている。
――ネビュラ…『ネビュラ・ルターシュ』。闇の大精霊『テネブラエ』の七兄弟の末っ子で、なにかの縁で一番最初に守護七聖となった『紫』だ。
そのなにか、とはなんだった?…思い出せないな、ネビュラは最も長い付き合いだったはずなのに、まだ出て来ないのか。
『あのね、あのね!――が――で――なの!!』
「……いや、なに言ってるのか全然わからないから。落ち着いてゆっくり話してごらんよ。」
そう言って俺はネビュラ・ルターシュの頭を優しく撫でる。
するとネビュラはとても嬉しそうにころころ転がって、その小さな手を伸ばすと、俺に頬ずりをした。
精霊達のその行為は、最大限の愛情表現だと俺は知っている。
彼のことは良く思い出せないのに、それだけで俺はネビュラをとても大切に感じて愛しく思っていたことも思い出した。
ネビュラ・ルターシュの神魂の宝珠は、つい最近までエヴァンニュの王都にあったようだった。
だが存在は『ロスト』され、あれ以来彼の魂を感じることはない。
闇の大精霊がもし心無い人間の手に捕らえられているのだとしたら、きっと辛い思いをしていることだろう。
早くネビュラのことも見つけてあげなければ――
――次々に長い夢でも見ているかのように、封印されていた記憶が甦ってくる。
その懐かしさと今は傍にいない仲間への思いが、胸を締め付けて苦しくなる。
…会いたい。俺にとって家族も同然だった守護七聖<セプテム・ガーディアン>達。長い間一人で『カオス』と戦っていた俺と、命懸けで苦楽を共にした大切な存在…。
彼らの魂を感じる。俺が迎えに来る日をただじっと待っている。…忘れない、必ず迎えに行くから。あともう少しだけ待っていてくれ。
その長い夢の中で、俺は彼らの魂に手を伸ばした。
――その手を、誰かが掴んだ。
その記憶は、直前までの懐かしさに満ちた幸せな思いと異なり、激しい胸の痛みと悲しみ、身を引き千切られるような絶望を伴っていた。
薄れ行く意識の中で目を開くと、そこにあったのは俺と瓜二つの顔だった。
漆黒の髪に紫紺の瞳――俺はそれが誰なのかを知っていたはずだ。
…レインフォルス。彼だ。
彼はその紫紺の瞳から溢れる涙を拭おうともせずに、俺の手を握ってなにか叫んでいた。
なにを言っているのかは良くわからなかったが、その唇の動きはただ同じ言葉を繰り返していた。
〝すまない〟〝許してくれ〟…そんな風に読み取れた。
どうしてレインフォルスは俺に謝っているのだろう。…俺はとても彼に感謝しているのに。
そんな疑問を抱きながらも、彼の涙の理由を知ることが出来ないまま、俺はそこで目を覚ました。
♢ ♢ ♢
「い、一週間!?」
――いつ帰って来たのか、目が覚めるとそこはルフィルディルのアティカ・ヌバラ大長老の屋敷にあるあの離れだった。
随分と長い夢を見ていたような気がする、と思えば…俺はリヴグストの封印を解いた直後に意識を失い、そのまま高熱を出して一週間も寝込んでいたらしい。
「待ってくれ、俺が意識を失ったと言うことは、召喚していたウンディーネは突然消えただろう!?みんな無事なのか!?」
今俺の傍にいるのはマリーウェザーだけだ。どうやら俺の身体は触れることも出来ないほどの高熱を発し、身体から高濃度の魔力が溢れ出て防護結界を張らなければならないほど周囲を危険に曝していたようだ。
獣人族の巫女となったマリーウェザーは、シルヴァンと眷属の誓いを交わしたことにより、俺の強い庇護下にある。
それは戦う力の少ない者ほど強い力で守られる仕組みで、俺がたとえ魔力暴走を起こしたとしても、それにすら耐えられるほどだ。
そのことを知っていたマリーウェザーは、自分だけは俺の傍にいてなにか起きた時に俺を助けると、一人ずっと傍についていてくれたらしい。
「安心して、ルーファス。みんな無事よ。ウンディーネは消える前に識者のリヴグストさんに警告を発して、シルヴァンがすぐに転移魔法石を使ったの。だから水没する前にオルディス城から脱出できたのよ。」
その言葉を聞いて、俺は身体中の力が抜けるほどホッと安堵した。
「良かった…ウンディーネにもみんなにも申し訳ないことをしちゃったな。マリーウェザー…ありがとう、傍についていてくれて。」
「お礼なんて要らないわ。私にはこんなことぐらいしかできないし、なにより…あなたのためなら、私もシルヴァンもなんだってするもの。それより…動ける?一週間水以外なにも口にしていないのだもの、せめてなにか栄養のあるものをすぐにも取らないと。」
「ああ…うん、どうかな。…っと!!」
寝台から出て立ち上がろうとしたのだが、上手く足に力が入らなかった。まるで自分の身体じゃないみたいだ。
「だめそうね、待ってて、シルヴァンを呼ぶから。」
「ごめん、助かるよ。」
〝気にしないで〟と微笑みながら、マリーウェザーは部屋を出ていった。
「それにしても…一週間?まさかそんなに意識がなかったなんて…」
――そう言えばシルヴァンを解放した後にも、高熱を出して倒れたんだっけ。あの時は三日ほどリカルドがずっと傍にいてくれて…
後になって(アテナが)ディフェンド・ウォールを発動したままだったと聞いた。
もしかしてあれは俺を守る為だったんじゃなく、俺の魔力から周囲を守る為にかけ続けていたのか?…でもそれならそうだとアテナは言うか。
俺は横になったまま自分の両手を見つめた。
パッと見ただけでも、魔力が指先にまで溢れんばかりに漲っている。下手をすると今の俺は誰の目にも身体が光って見えるんじゃないかと思うぐらいだ。
『神魂の宝珠』に封印されていたのは元々俺の力だったはずだけど、元の器に戻すだけなのに、こんなに身体に負担がかかるものなのだろうか?…疑問だな。
千年の間にも魔力を取り込み続け、俺が解放しなければ封じられた七聖の魂ごと暴走してフェリューテラを滅ぼすと言われるぐらいだから、もしかしたら…器に入りきらないほど魔力が蓄えられているのかもしれない。
「次に神魂の宝珠を見つけたら、封印を解く前に意識を失う準備もしておいた方が良いかもしれないな。」
そんな独り言を呟いた直後、隣の引き戸が開く音がして、マリーウェザーと一緒にシルヴァンとウェンリーが部屋に入ってきた。
「ルーファス、大丈夫か?」
「ウェンリー、シルヴァン。ああ、もう大丈夫だ。それより…ごめん、大変な思いをさせちゃったみたいだ。海中で生きた心地がしなかっただろう?」
「いやいや、はは、俺らは平気平気、ちょっと溺れかかっただけだから。な?シルヴァン。」
「う、うむ。ちょっとだけだ。」
――…ああ、これは…相当慌てたんだな、と、二人の引き攣った笑顔を見てその心中を察した。
一応『呼吸貝』は渡してあったんだし、俺はともかくとして恐慌状態にならなければ問題なかったと思うんだけど。(リヴグストとナウアルコスは問題ないし)
ウェンリーとシルヴァンの手を借りて離れを出て、食堂に食事が用意されていると言われそちらへ向かうことにする。
マリーウェザーはまた後で俺の様子を見に来ると言って、手を振ると巫女としての仕事に戻って行った。
ウェンリーとシルヴァンは来てくれたが、解放したはずのリヴグストの姿が見えないことに気になった俺は、ウェンリーに尋ねた。
「リヴはどうしたんだ?それと、ナウアルコスは?転移魔法石で脱出したのなら、彼も一緒に連れてきたんだろう?」
「あー…まあ、うん、そうなんだけどさ…」
「ナウアルコスの正体は言わないでくれと言われておるし、扱いに困っている。おまけに正体を知らぬリヴは半魚人族に対しての敵意が凄くてな、とりあえずいつまでも陸にいるのは辛いだろうと思って、人工的に海水を用意し、水槽の中に移って貰ったんだが…」
二人同時に深い深い溜息を吐いたところを見るに、余程二人の扱いに苦労している様子だ。
――前海王アキアーンのこともそうだが、リヴグストについては色々と思い出したことだし、少し二人きりで話をする必要もありそうだ。
そう言えば、そのアキアーン王が言っていた…
「『時狭間の願い屋』、か…」
「む?また懐かしい名を…そう言えば、リヴを解放したことで、どの程度記憶は戻ったのだ?」
俺の独り言にシルヴァンが反応する。
「そうだな、リヴについてはほぼ全部思い出したよ。例によって七聖となる前のことと、七聖になるまでの経緯なんかについてだけれどな。」
「そんで、今の『時狭間の願い屋』ってのは?」
聞き慣れない言葉にウェンリーも興味を示す。
「ああ、それは…」
――俺はその『時狭間の願い屋』について、思い出したことを二人に話す。
それは俺が、最初に守護七聖<セプテム・ガーディアン>となったネビュラと、どうしたら俺が必要とする条件に合った資質を持つ、暗黒神やカオスに対抗出来る仲間を集められるかと悩んで話し合ったことから始まる。
カオスの構成員は全部で七人。だから俺も最低でも七人の仲間が欲しいと思っていた。だが暗黒神やカオスの力に対抗出来るだけの強い意思と、魔力、戦えるだけの力と生き残る為の運に、生存を諦めない強い心を持つ存在を、いったいどうやったら見つけられるのか。
『だったらさ、人の持つ〝願い〟に注ぐ情熱を利用してみたら?』
悩む俺にネビュラがそんなことを言い出した。
「情熱?…執着の間違いじゃないのか?偶に負の感情丸出しの人族を見かけるけど、金が欲しいだの女が欲しいだの、王族になりたいとか贅沢がしたいとか願いと言ったらそんな欲望しか俺の耳には聞こえて来ないぞ。」
『だーかーらーさあ、それはこっちで〝篩〟にかけるのさ。』
ネビュラは〝願い事〟の選別をすることで、相手の人格を知ることが出来るという。
ネビュラが出した提案の全貌はこうだ。
まず、時間に左右されない次元の『時狭間』に、俺の魔法で試練用の広大な迷宮の森を作り、その先に一軒の店を構える。
試練用の広大な森は『願いの森』と名付けて、カオスが操る凶悪な魔物に匹敵する怪物の幻影を多数作ってそこに放ち、知らなければ絶対に辿り着けない場所に『入口』を設置する。
それからフェリューテラに、『どんな願いでも、そこに辿り着きさえすれば叶えて貰える店がある』という噂を流し、俺のことを良く知る協力者達に手伝って貰い、人を見て願いの森への入口がある場所を教える伝言役を頼むと言うものだ。
「だがそれだと俺が、常に店にいなければならなくなるじゃないか。それに、〝どんな願いでも〟と言うのは誇張し過ぎだ。死人を生き返らせろとか、俺のように不老不死にしてくれと言われても、結局は叶えられないぞ。」
『だからそこは弾くんでしょ?マスターなら入口に、そう言う類いの結界を張ることぐらい簡単じゃない。』
「うーん…」
『それにずっと店にいる必要はないよ。誰かがそこに辿り着いたら、知らせが来るようにしておいて、そこでも最後の試練として待たせておくんだ。痺れを切らせて帰るようなら失格。忍耐力も測れるじゃない?』
おまけにその客人を待たせている間に、願い事がどんなものなのかを調べることが出来る、とネビュラは言う。
「……少し酷くないか?」
必死に森を抜けてきた挙げ句、俺が来るまで待たされるなんて…なんだか可哀相だ。
そう思った俺にネビュラは頬を膨らませる。
『酷くなんかないよ!!だって、マスターにしか叶えられないような願いを持って来るんだよ?どうしても叶えたいなら、きっと命だって差し出すに決まってる!』
人間はそう言う生き物だもん!と、ネビュラはキッパリと言い切った。
「…良く人間を見ているな。――わかった、もう少し内容を精査する必要はありそうだが、試しにどんな人間が来るかやってみよう。」
そうして俺は、残り六人の守護七聖となる人材を見つけるために、『時狭間の願い屋』という客を選ぶ、酷く条件の厳しい店を開いた。
『願いの森』の入口は、情報を知った者だけが見ることの出来る『夢の中』に設置した。(どうやって?とか方法は思い出せていないので説明は割愛する)
時狭間は時間が止まったままの特殊な場所で、試練となる森に出現する敵は幻影だが負傷すれば痛みをきちんと感じるものの、死ぬことはない。
もし幻影に倒されても、悪夢を見て目が覚めた、ぐらいに思う程度で済むのだが、俺が守護七聖に求める条件はとても厳しく、実は店に辿り着けても、俺の願いに同意しない者は扉が開かないという最難関が待っている。
もちろんそれは、俺の戦いに同行し、俺の仲間となってくれることだ。
最低でも六人…なにかに抜きん出た才能を持ち、フェリューテラの七属性に特化していればそれだけでも良い。
どうかそんな心から信頼出来る仲間が見つかりますように――
そうして俺はシルヴァンやリヴグストの強い願いと引き換えに、彼らを仲間に引き入れたのだった。
「へえ…それが守護七聖の始まりかあ。なんか色々突っ込みどころが満載だけど、シルヴァンの願いは獣人族の救済だったんだろ?だからルーファスはイシリ・レコアを用意したんだよな?」
「ほう、良くわかるな、その通りだ。」
「そんじゃあ、リヴの願いは?」
「…そうだな、リヴは――」
そこまで話したところで、けたたましい足音と共に、ドドドドド、とリヴグストが走って来た。
どうやらどこかでマリーウェザーから、俺が目を覚ましたことを聞いた様子だ。
「予の君いいいいいいいぃいいい!!」
――また〝予の君〟呼びに戻っている…仕方ないな。リヴの記憶は取り戻したし、二度目ともなればもう驚かないぞ。
だがリヴグストは速度を緩めることなく、まだふらついている俺に正面から抱き付いて来た。
ドオンッ
「ぐはっ!!」
「「ルーファス!!」」
……いや、同時に俺の名前を呼んで心配するぐらいなら、ウェンリーとシルヴァンのどっちでも良いから、リヴの方を止めて欲しかったんだけど。
後ろに倒れこそしなかったものの、体当たりによる十分な衝撃は喰らった。
リヴはその大きな身体で(今気づいたが、完全に人型に変化出来ている)、俺の首に両腕を回して、ウェンリーとシルヴァンの前にも関わらず無言で俺を抱きしめた。
甘ったれ、か…ナウアルコスの言う通りなのかな、まだ。
「――元気そうだな、リヴ。身体の方は大丈夫か?」
リヴが『時狭間の願い屋』に辿り着く前、最後にオルディス城で会った時、罪はきちんと償えたのかと刑期を終えた後、不安気に俺に尋ねた顔を思い出す。
その時俺に甘えて抱きついたリヴの頭を、俺は大丈夫だと言って撫でてやった。
それと同じように、俺が倒れたことを心配していたであろう彼の頭を優しく撫でる。
「ぐしっぐしっ、だ、大丈夫でござる…予の君こそ、倒れられるなど…どこか悪いのではありませぬか?」
凄い泣き顔だ。……海棲族にはとても見せられないな。
「心配要らない、力が戻った反動だ。」
――さて俺は、今後『水晶の珊瑚』を預かっている(ユリアンが持っているはずだが)ことや、ナウアルコスのこと、そしてなによりリヴグストが、本当は『海神リヴァイアサン』の力を自力で目覚めさせなければならないことを、どうやってこの甘えん坊に教えよう…?
因みに、リヴグストの願いは、『水晶の珊瑚』を取り戻し、『海神リヴァイアサン』になること、だった。
……はあ、考えただけでも大変そうだ。
* * *
――ルーファスの魂が悲鳴を上げました。その痛みは、同じ呪印を同じ場所に刻んでいた私も同じように感じることができるのです。
あれほどの力を持つルーファスでさえ為す術もなく傷付けられる、恐るべき存在『アクリュース』。
あれの存在を知ったのは、終末論者が集まる宗教集団『ケルベロス』を追っていたある出来事からでした。
ルーファスの傍にいられないのなら、いずれルーファスの敵となるものを出来るだけ排除して行くぐらいしかもう私に出来ることはない。
ルーファスの元を去り、絶望に捕らわれながらも、ルーファスに命を救われて死を選ぶことさえ出来なくなってしまった。
せめてルーファスがほんの僅かでもいい、私のことを思い出してくれたなら…なにもかもを打ち明けて静かに眠ることも出来るのに。
そう思いながらヴァハの村でルーファスを襲った人間が気懸かりで、アーシャル達を動かし、それらを追うことにしました。
「ケルベロスを追っていた第五位が殺られた?『ハイル・デルバイス』ですよね?彼はカオスを退けたこともあるほどの『聖光術』の使い手ですよ?なにかの間違いでは?」
「いえ、確認して参りましたが、事実です。」
そう言ったセルストイの表情からも、嘘ではないことはわかりました。そもそも、彼らが私に嘘を吐くこと自体あり得ませんが、念のために確認したかったのです。
「翼魂珠は回収出来ましたか?」
「はい、幸いなことに遺体は放置されたままでしたので、捜索に向かわせた下級使徒が無事に持ち帰りました。」
『翼魂珠』とは有翼人種の魂を保護するための器で、これに守られている命は、『蘇生卵』という特殊な機器に入れれば、一月ほどで元の姿に復活出来るという究極の防護方法です。
ただその数が少なく、製造方法が不明なため、フォルモールがいなくなってからは失われれば二度と作り出すことが出来なくなりました。
「そうですか…不幸中の幸いでしたね。ですが、カルト宗教の信者と言っても徒人ばかりです。いったい誰に殺されたのですか?」
「ケルベロスの教祖です。信者達は『アクリュース』と呼んでいたとか。調べてみましたが、どうやら人間ではなく、フェリューテラ上の生物でもなく、魔族でもない、異存在のようです。」
「異存在…つまりは『カラミティ』のような化け物と言うことですか。」
「…はい。」
『災厄』は私の予想外に、ルーファスに一切の危害を加えようとはしませんでした。ですがケルベロスは違う。ではその教祖たる異存在はどうです?…もしもルーファスに危害を加えるのなら、放っておくわけには行きませんね。
「――わかりました、『ケルベロス』を討伐対象に指定します。信者が人族であっても構いません。ルーファスへの危険は事前に排除します。今後彼らは見つけ次第徹底的に駆除しなさい。」
「かしこまりました。」
私はケルベロスの信者を排除して行くことで、いずれ教祖本人が出てくるだろうと予想し、その際は自分が出てカラミティの時のように、命を賭けてでもアクリュースという存在を消し去ろうと思っていました。ところが――
ルーファスに施した呪印でその危機を知り、どうにか間に合ってルーファスを逃がした後…
「待っていましたよ、ル・アーシャラー第一位、『リカルド・トライツィ』。」
予想に反して告げられた第一声がそれでした。まさか私を呼び出すために、ルーファスを?
そうしてそこで待っていたのは、アクリュースという名の男でした。
「どうして私は気づかなかったのかしらね。いつ、どれほど時が経っても、ル・アーシャラーの第一位が同じ『エレメンタル・アーツ』の使い手であることに。」
「だからなんです?そのようなことはどうでもいい。よくもルーファスを傷付けてくれましたね…私の全身全霊を懸けてでも、おまえを消し去る!!」
スカサハとセルストイを伴い、ルーファスを傷付けたアクリュースを差し違えてでも殺す。私はそんな腹の底から沸き上がる怒りに支配され、全ての憎悪を敵にぶつけようとしました。
「――お黙り。おまえを殺したいのは、私の方だ。」
その、感じたことのない恐怖の声と凄まじいまでの殺気に、一瞬にして身体が硬直し、動けなくなってしまった。
「おまえが私の〝愛する者〟にしたことを、知らないとでも思っているのか?今すぐ、この場で、ズタズタに引き裂き、『羽毛の蛇』の餌にしてやりたいぐらいだ。」
「…!?」
『羽毛の蛇』。その言葉は、『アクリュース』が私で相手になるような存在ではないことを、そのたった一言で悟らせました。
「だが、今のおまえはまだ、私の真の姿が見えぬだろう。残念だ、せっかく誘き出したのに、まだその時期ではないとは――」
アクリュースがなにを言っているのか、私にはわからなかった。
そうしてあの恐るべき異存在は、私に「だがただでは帰さぬ」と言って『己の罪』に苛まれよ、とある〝呪い〟をかけました。
それはアクリュースの言う怒りの原因ではなく、恐らくは真の意味での、『私の罪』を指していたのでしょう。
繰り返し、繰り返し、それ以来毎晩見るようになった『悪夢』に、私はその日のことを悔やまない日はない。
なぜ、私は『聖哲のフォルモール』を妄信的に信じてしまったのだろう。
かつて『光神レクシュティエル』の従者であったから?光の神に仕えていた者が邪悪な念を抱き、その目的のためならどんなことでもするとは思わなかったから?
死んだはずの私を生き返らせ、目的を与え、カオスと戦う力を学ばせてくれたから?…今となってはそのどれが理由でも構わない。
そのフォルモールは、守護七聖の白である『シルヴァンティス』が罵っていた通りの、『狂信神官』であったことに間違いはないのだから。
そうして私はその妄信からあの日、罪を犯してしまった。
――『漆黒の髪』に『紫紺の瞳』を持つ、ルーファスと同じ顔をした、〝邪悪なる者〟…『レインフォルス』。
フォルモールに聞かされていたその言葉を、私は疑わなかった。
十年前のあの日、フォルモールが引き起こした大国の滅の日。
大地の守護神剣を手に、燃えさかる炎の中…罪なき人々を救おうとした彼を、私は背後から急襲した。
突然の襲撃にレインフォルスは必死に抗い、生き延びようとして叫んだ。
「おまえは誰だ!?なぜ俺を殺そうとする!?俺は罪を償うためだけに生きているのに!!」
「――罪?なんの罪だ?私の家族を手にかけたことか?それとも…」
〝ルーファスを殺したことか。〟
その言葉が私の口から放たれた瞬間、なぜ、とも、どうして、とも問わずに、レインフォルスは握っていた剣を下ろして生きることを諦めた。
憎くて憎くてどうしようもなく、その欠片さえ残さずに殺してしまいたかった。
彼はグラナスの斬撃に傷つき、血塗れになって倒れても、ただの一度も抵抗することなく私の攻撃を受け続けた。
動かなくなった彼を放置して、笑いながら私が立ち去るまで――
今思えば、あれは彼なりのルーファスに対する贖罪だったのかもしれません。
私はルーファスを見る度に、あの日犯した罪の意識に苛まれる。
愚かだった私の、取り返しのつかない罪の意識に――
「リカルド様!!」
レインフォルスの夢を見て魘され、スカサハの血相を変えた声でその日、私は目を覚ました。
ノックもせずに扉を開けて駆け込んできた彼は、かつて見たこともないほどに青ざめた顔色をしていました。
そうして普段なら「なにごとですか?」と私が問うのを待つのに、それすら出来ずに滑り込むようにして跪く。
「大変です、すぐに大聖堂へ!!せ、聖哲のフォルモールが…大神官フォルモールが戻って来ました!!」
――どうやら私は、まだ悪夢から目覚めていないようです。
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