116 滅びた水の村バセオラ ④
レインフォルスがしたことに涙したルーファスは、その思いを無駄にしないためにもウンディーネの協力を正式に得ることになりました。その約束としてウンディーネの望みを叶え、レインフォルスの口添えで精霊剣を手にします。クレイマペットを昇華させると、その光景に驚いたリクシル・ガーターが家から出て来て…?
【 第百十六話 滅びた水の村バセオラ ④ 】
――あれからウンディーネとは交渉を終え、正式に力を貸して貰うことが決まった。
大精霊に協力を得ると言うことは、いつでも俺の召喚要請に応じてくれると言う意味で、要するに俺は『水の大精霊ウンディーネ』の『召喚魔法』を得たと言うことになる。
それとレインフォルスはウンディーネに、俺からの頼みに対して要求が多くて図々しすぎると腹を立て文句を言ったらしく、レインフォルスが俺のエラディウムソードを使えなくする代わりに、俺の魔力に耐えられるような、もっと上等な剣を寄越せ、と迫ったらしい。
そうしてシルバーソードでは心配だと懸念を抱いていた俺に、思いも寄らない剣が手に入った。
「精霊剣シュテルクスト?」
『はい。精霊族に伝わる秘技にてわたくしが作成しました、守護七聖主であるルーファス様にしか従わない特殊剣にございます。』
そう言ってウンディーネから手渡されたその剣は、白銀の刀身に虹色の輝きを放つ、持っていることをまるで感じないほどに軽量の片手剣だった。
「随分軽いんだな…不思議と手にはしっくり馴染むけど、全く重さを感じない。見たことのない素材で出来ているみたいだし、『精霊剣』と言うからにはもしかしてグリューネレイアの素材で出来ているのか?」
『――というよりは、わたくしたちの〝一部〟と申しますか…すぐおわかりになるでしょうから隠さずに申し上げますが、その剣は私を含めた有志の大精霊が各々の身体の一部を提供し、それを元に作られたものなのです。』
「え――!?」
先にも説明したが、今俺の目の前にいるウンディーネは〝実体〟じゃない。この彼女の青く透けた美しい姿は、あくまでも一時的にフェリューテラで顕現するための仮の姿だ。
俺が以前グリューネレイアに行った時に会ったマルティルのように、グリューネレイアでは大精霊はもちろんのこと、全ての精霊族には実体がある。
その姿は様々だが、木精霊のトレントから聖杖が作られるように、昔は武器素材として精霊族が身体の一部を提供してくれることがあった。
だけど大精霊が、と言うのは初めてだ。
聞けば素材を提供してくれたのはウンディーネを始め、火の大精霊『イフリート』に地の大精霊『ソルエザフォス』、光の大精霊『ブラカーシュ』に闇の大精霊『テネブラエ』、無の大精霊『ヴォイド』に風精霊『ウィンディ』…それはフェリューテラの七属性全ての精霊だった。
「ど、どうして大精霊が?代替わりしてから面識もないはずなのに…」
『面識がなくとも火の大精霊は、過去代が魔精霊化から解放されたことに感謝していましたし、ソルエザフォスはそこにおいでのルーファス様のご友人と、守護七聖様にアースウォーム族の〝アートゥルム〟を助けていただいたとかで、お礼を言いたがっておりました。テネブラエは言うまでもなくネビュラ・ルターシュとの繋がりですし、ブラカーシュには先日お会いしているはずですわね?皆それぞれ、守護七聖主様には些細なことでも協力したいと考えているのです。』
俺は驚いた。驚いたけど…
「――そうか、それは有り難いことだな。そう言うことならこの剣は貴女達大精霊だと思って大切に使わせて貰うよ。」
『そうしてください。それでそちらの剣なのですが――』
ウンディーネの話ではこの剣は特殊で、水でも瘴気でも岩でも斬れないものはないが、グリューネレイアでは具現化出来ず武器の形状を取れなくなることと、魔物や霊体と言った存在は倒せても、人と魔物化していない動物は傷付けることが出来ないと言う。もちろん、魔精霊化していない精霊も同様だ。
正に俺にはうってつけの剣だと言えるが、その上この剣は俺の意思で自由自在に出現消失するので、今までのように鞘に入れて腰に装備する必要がなく、シルヴァンのように手ぶらで動くことが可能になるのだ。
大精霊の一部を素材にしているのなら、俺の魔力にも十分耐えられるだろうし、普段は見えず俺にしか使えない剣なら誰かに盗まれる心配も無い。
これはウンディーネがわざわざ俺のために作ってくれたそうだから、失わないように大事にしよう。
それから刀身には、風精霊を除く各大精霊の〝祝福〟がかけられているそうで、精霊を苦手とする『魔族』には絶大な効果を発揮することと、魔族が支配するような地域では、この剣を地面に刺しておくだけで、一時的な結界代わりになることも教えてくれた。
――魔族か…ピエド・ピッパーのような悪魔もそうだけど、そう言えばカオスの面々にはそれらしい種族がいたよな。カラミティと共闘したあの蛙みたいな奴と、蛇女がそうだ。
魔族はその殆どが暗黒神に従う種族ばかりだと言うが、普段は暗黒界に住んでいて精霊族同様に召喚されたり、特殊な条件下でないとフェリューテラでは活動出来ないと言う。
リアラを創主にし、子供達をボルボロスに変えた悪魔は、誰に召喚されてこの世界で動いているのだろう。
普通に考えれば…やっぱり『カオス』か。
『シュテルクストについては以上です。このようなことで許されるとは思いませんが、どうかこの剣が御役に立ちますように。それと今一度お詫び申し上げますわ。』
「それはもういいよ、大精霊が何度も頭を下げるものじゃない。それより俺の方もあまりのんびりしているつもりはないから、やれることから済ませてしまおう。」
俺とレインフォルスにしたことを謝罪するウンディーネは、それでも自分の望みを優先した行動について悔いている様子はない。
精霊の思考や感情は、俺達人間とは大分違うからそれも仕方ないが、俺に出来ないからと言ってレインフォルスに代わりをさせるという発想は、いったいどこから出て来たのだろう?と思う。
彼が俺と同じように出来ないと言って断るとは思わなかったのか…
このことについてはなんとなく嫌な気分になり、俺にしては珍しくウンディーネは元より、マルティルに対してもレインフォルスのことを後で尋ねてみようという気にはなれなかった。
そもそもマルティルが本当はなにか知っていて黙っているのなら、相応の理由があるのだろう。
「まず最初はクレイマペットからだな。早速で悪いが、ちまちまやらず一気に済ませるつもりだから、この村を守護している貴女にも手を貸して貰うよ、ウンディーネ。」
『かしこまりました。』
クレイマペットの浄化後、各建物を人が住めるように修復魔法で直して…最後に『大樹の根』だな。
明日の朝には転移魔法石でルフィルディルへ帰りたいし、今夜は徹夜になりそうだ。
復興するのに人を集めるなら魔物除けの障壁もいるだろう、ウェンリーにはまた結界石の配置を頼むか。
「ウェン――…と。」
気づけばウェンリーは俺の後ろで船を漕いでいた。
今朝は早くから動いたし、ディフェンド・ウォールを使用しない中、戦闘で怪我をしても軽傷で済むように必死だったみたいだから…疲れたんだろう。
俺はウェンリーに近付いてその身体を揺すった。
「ウェンリー、眠いならさっきの小屋に戻ってちゃんと寝ろ。こんなところでうたた寝をしたら風邪を引くぞ。」
ウェンリーはすぐに目を覚まして大きく伸びをすると、眠そうな目を擦りながら立ち上がった。
「あー、平気平気、ウンディーネと話は終わったのかよ?」
「ああ。これからすぐにクレイマペットの浄化を行う。」
「了解、俺はなにすればいい?」
――無理しなくてもいいんだぞと言ったが、ウェンリーにウンディーネの声は聞こえなくても、会話の内容を察してなにか思うところがあったようで、少し元気のない様子で俺の作業を手伝うと言い張った。
それから俺達は村の中心部に移動すると、ウェンリーには俺がクレイマペットを悪魔ピエド・ピッパーによる呪縛から解放するための魔法『アナフェマ・サルース』と、魂を浄化するための昇華魔法『ルス・レクイエム』を唱え続ける間、魔法石での援護と防御を頼んだ。
俺達に気づいたクレイマペットは、俺が誘導して纏めるまでもなくすぐに集まってきて、あっという間に土の人垣が出来上がる。
ウェンリーが使った防護魔法石のディフェンド・ウォール内で頭の地図上に全てのクレイマペットがいることを確認すると、俺はまずウンディーネを召喚した。
「出でよ清浄なる水の化身、『ウンディーネ』。」
俺達の頭上に姿を現したウンディーネは、俺の召喚魔法で具現化し、ウェンリーにも見えるようになる。
これは俺の魔力を通してウンディーネがフェリューテラに干渉しているためで、通常彼女は水精霊の領域である『アクエフルフィウス』と、その接点があるここの泉から離れることは出来ない。それを可能にするのが契約による召喚魔法ということだ。
召喚魔法で喚び出された精霊は識者ではない人間の目にも見えるし、精霊側にその意思があれば一応会話も可能だ。
ただフェリューテラで具現化されている時間は召喚者の魔力に左右されるので、俺のように無尽蔵の魔力所持者でない場合はほんの短い時間だけになる。
用が済めばウンディーネは、俺達が過去アクリュースに召喚されたのと違って自由に精霊界へ戻れるし、前にも話したがその本体は常にグリューネレイアにあるので、こちらで負傷したとしても余程の事態が起きない限り死ぬようなこともない。
「す…げえ、これが水の大精霊ウンディーネかよ…!!」
さっきまで眠そうな顔をしていたのに、初めて実際に目にした大精霊の姿にウェンリーは感嘆する。
俺はそんなウェンリーに目を細めながらも、直ぐさま解呪魔法『アナフェマ・サルース』を唱えた。
右手に金色の魔法陣が輝く。
「ウンディーネ、頼む。」
『お任せを。』
「――魔に縛られし御魂を解放せよ『アナフェマ・サルース』。」
『水よ、彼の御方の力と混ざりて我が領域全てを支配せよ。〝メア・ヴァーグ・フルクトゥス〟。』
俺の解呪魔法が発動すると、それに合わせてウンディーネが『メア・ヴァーグ・フルクトゥス』という名の精霊魔法を放った。
普通なら俺の魔法は、広範囲と言っても精々戦闘フィールド内に留まる程度だが、ウンディーネの支配領域にあるバセオラ村は、ウンディーネの力を隅々まで行き渡らせることが可能だった。
これでもし万が一クレイマペットがどこかに残っていたとしても、魔法をかけ漏らすことがない。
悪魔の呪縛から解放されたクレイマペット達は、次々にその場で崩れ、土塊と化して行く。
その器を離れた命の光…『魂』が、ピエド・ピッパーの元へ飛び立つ前に間を空けず、今度は魂を浄化して死せる魂が本来行くべき場所に辿り着けるよう、昇華魔法『ルス・レクイエム』を放った。
この魔法もウンディーネの精霊魔法と合わさり、バセオラ村の隅々まで届いて行く。村全体が足元を流れる精霊魔法の水に白く光り輝き、昇華されて行く村人の魂が温かみを帯びた金色に変化すると、それらは天に還る星々の光のように空へと昇って消えて行った。
願わくば善良な人々が安らかな眠りにつき、次の世で悪しきものに脅かされることのない、平穏な世界に生まれ変われますように。
俺はその昇華されて行く命の光を見上げながらそう祈った。
――まるで昼間のように明るくなっていたこの光景を、俺達の後ろで呆然と見ていた人物がいた。言うまでもなく、リアラのお爺さん…『リクシル・ガーター』さんだ。
「こ…これはいったい――」
〝なにが起きとるんだ。〟そう呟いたガーターさんを一瞥すると、俺は彼に構わず次の作業に入ることにした。
「よし、これでバセオラ村の住人はみんな眠りについた。次は壊れた建物の修復だな。家具は必要最低限の物だけ元に戻して、残りは移住者に各自で揃えて貰う形にしよう。」
ここからは一軒一軒、建物の損傷具合を確かめながら修復して行くために時間がかかる。
ウェンリーにも修復魔法の魔法石を渡して、どう修理していけばいいのかを説明し、手伝って貰う。
「内部は最低限の生活用設備とテーブルや椅子、寝台なんかが揃えばいい。移住者が最低限の荷物だけですぐに住める形にするのが目的だ。」
「了解。片っ端から直せばいいんだな。」
『ではわたくしは結界石の置き場所を精査して参ります。』
「ああ、頼んだ。」
そうして俺達が動こうとした時、ガーターさんは我に返ったように、突然俺に掴みかかって来た。
「待て!!ルーファスと言ったな、若造、土人形をどうした!?まさか俺の孫を――」
その態度を見るに、この人はクレイマペットは『創主』であるリアラが消えないと倒せないことは知っていたのか、と思う。
孫を思う気持ちがこの村に居続けると言う行動に繋がっていたのだろうが、この村は今後も水精霊の加護を受けて守られて行く。
それに当たってこれから俺は、フェリューテラを旅して各地を回る際に信頼出来る移住者をここへ集めるつもりだ。
だが少なくとも精霊の存在を信じない人間と、精霊に敵意を抱く人間にはここを任せられないと思っている。
人間と水精霊との繋がりを断たないためにも、精霊信仰はできるだけ残す方向に持って行きたかったからだ。
人間が精霊を信じて敬い、感謝すればその祈りを受けて精霊はさらに強くなり人間を守ってくれる。そうなればここはもう二度と滅ぼされることもないだろう。
ガーターさんは元々この村の住人じゃない。帰る家があるのであれば、クレイマペットの脅威が去った今、村から外に出られるようになったことだし、自宅に戻った方がいいだろう。
「――あなたのお孫さん…リアラは、水の大精霊ウンディーネをとても愛してくれていたようですね。村長である息子のセオドアさんも村で唯一の識者だったとか。」
「な…なぜ息子と孫の名前を知っている…!?」
驚いたガーターさんは、掴んでいた俺の胸ぐらから手を放して後退った。
「もちろんウンディーネに話を聞いたからですよ。バセオラ村が滅んだ経緯と、子供達が識者を名乗る旅の男に唆されておかしくなったことも聞きました。半年ほど前にここを訪れていたその男は、『ピエド・ピッパー』という名の悪魔であり、魔族だったそうです。」
「ま、魔族!?悪魔だと…!?」
俺はウンディーネから聞いた話をガーターさんに伝えて、子供達はみんな悪魔と契約しており、命を落とした時点でその魂は輪廻の輪に戻ることなく悪魔の所有物になることを教えた。
「悪魔の物になった魂は、未来永劫解放されることはない。ここを彷徨っていたクレイマペットのように人を襲う人形や傀儡の核にされたり、使い魔と化して奴隷として使われ続ける。もう二度と自由になって転生することは叶わないんだ。」
「――そんな…で、では俺の孫は…リアラはどうなる!?あの娘も悪魔の所有物になったのか!?」
ガーターさんはへなへなと地面にへたり込み、ガックリと項垂れてしまった。
「あなたのお孫さんは大丈夫です。リアラがウンディーネを愛していたように、ウンディーネもまたリアラを愛していたから、悪魔の物になる前に契約から解放されて、望み通り水精霊に転生することが出来た。リアラは今後ウンディーネの元で、バセオラ村を守る守護精霊の一人となるんじゃないかな。」
そう言った俺の言葉を聞くなり、ガーターさんは突然笑い出した。
そうして笑いながら立ち上がると俺を睨み、危うく欺されるところだったと、罵倒する。
「さてはあんたもあの旅人と同じ類いか。こんな辺鄙な村になにがあると言うんだ!?いや、それよりも俺の孫を、リアラをどうした!!」
――だめか。考えを変えてくれればこのまま村に残って貰ってもいいかと思ったが、息子さんは識者だったというのに、随分頭が固いんだな。
『ルーファス様、その者と話をさせてください。』
傍で成り行きを見ていたウンディーネがそんなことを言ってくる。実は彼女は俺が召喚したままずっと傍にいたのだが、ウェンリーには見えていても、どうやらガーターさんの目には入らなかったようだった。
「ウンディーネ…でもあれだけ精霊を拒絶していると、なにを言っても聞いて貰えないかもしれないよ。現に貴女は俺に召喚されて識者じゃなくても認識可能な状態にあるのに、彼にはまるで見えていないし、声も聞こえないみたいだからな。」
俺がガーターさんには、ここから出て自宅へ帰って貰った方がいいと思ったのはこれが理由だ。
彼は恐らく水精霊の存在を今現在強く否定している。極僅かでも精霊に対する心が残っていれば、この時点でウンディーネの姿を見て驚いているはずなのだ。
『それでも…お願い致します。リアラが大切に思っていたお爺さんなのです。あの娘の思いを伝えたい。』
「――わかった、話す気があるのかどうか尋ねてみるよ。」
俺は俺を睨むガーターさんに、ウンディーネが話したいと言っているが、話をする気があるかどうかを尋ねた。
すると彼は、本当に大精霊がいるというのならその姿を見せてみろ、と言い放った。精霊の存在を認める気がない限り、多分ガーターさんにはウンディーネの声を聞くことは出来ないだろう。
これはどうあっても無理そうだな、と諦めかけた時、ウェンリーが口を挟んだ。
「いい加減にしろよ、爺さん。あんた可愛い孫娘になにもしてやれなかったから、なにかの所為にして自分は悪くねえって思いたいだけだろ?精霊やルーファスに難癖つけて八つ当たりしてんだろうが。」
本当はウンディーネがいることも感じているのに、それを否定することで孫娘がもういないことを認めたくないだけなんだ、とウェンリーは言う。
ウェンリーの指摘は図星だったのか、ガーターさんは押し黙って俯いた。
『リアラのお爺さん…わたくしの声が聞こえませんか?あなたの息子であるセオドアは、わたくしにとって良き友人でもありました。彼は男手一つで自分を育ててくれたあなたを尊敬し、このバセオラ村で一緒に暮らせることをとても楽しみにしていました。』
優しく話しかけるウンディーネの声が耳に届いたのか、ガーターさんは吃驚して顔を上げる。その視線は明らかに、俺の隣で宙に浮いている状態のウンディーネに向けて注がれていた。
驚いたことに、あれほど精霊の存在を否定していたガーターさんの心が、ウェンリーの言葉で動いた様子だった。
「青く透ける全身にこの声…あんたは――」
俺はウンディーネを召喚したままでその場に残し、ガーターさんと二人きりで話をさせることにした。
ウンディーネの姿が見えるようになったのなら、彼女から話を聞くことで精霊に対する考えも変わるかもしれないと思ったからだ。
その間に俺とウェンリーは朽ちたこの村の建物を回り、修復魔法で手早く家屋を再建して行く。
「ルーファスってさ、普段は誰にでも優しいのに、さっきはガーターさんに対して妙に冷たかったような気がすんのは俺の気のせい?」
「え?…そうか?」
――妙に冷たかった、か…意識して態度に出したつもりはなかったけど、そう言われてみればそうだったかもしれないな。
明らかに自分を守る存在がいるのに、それを否定するからほんの少しだけ腹が立っただけなんだ。
そこにいる見えない誰かを否定しないで欲しい。自分が気づかないところで自分を守り、その誰かは酷く傷ついているかもしれないのだから。
それから三時間ほど後、疲れて退散したウェンリーを小屋で先に休ませると、俺は五時間ほどをかけて三十数軒あった全ての建物の修復を終えた。
最後に今後村が大きくなることも考慮した上で結界石を配置すると、数十年は持つ障壁を張る。
村の門扉とバセオラ村の看板を元通りに掲げると、これで復興の準備は一通り終わりだ。
さらにその後ウンディーネの案内で『大樹の根』の浄化に向かうと、群がっていたシェナハーンに生息する様々な種類の魔物をウンディーネと協力して退治する。
次元の狭間で見た世界樹の根はグリューネレイア側からフェリューテラに向かって突き抜けるような感じに伸びていたが、ここの根は空に向かって広げた手を上向きにするように、地面から生える逆さまの根が十メートルもの高さにまで伸びていた。
普通の人間の目には見えないし触れられないものだが、場所によってはこんなに大きいのかと俺は吃驚した。
ここにも結界石を配置して根を囲うように障壁を施す。
夜明けが近付いて空が白み始めた頃、疲れ切った俺も小屋に戻って鼾をかいて眠るウェンリーの隣で横になり、短時間の睡眠を取ることにする。
起きたらすぐに転移魔法石でルフィルディルに帰り、そこからはシルヴァンを連れて海神の宮へ向かい、ずっと待たせたままのリヴグストを今度こそ解放してやれるのだ。
神魂の宝珠の封印を解けば、一緒に封じられている俺の記憶も一部が戻る。シルヴァンの時のように、七聖に関わる記憶だけかもしれないが、それでも過去のことが思い出せれば片鱗からデータベースが更新されて、様々なことがわかるようになる。
そうやって俺は、自分のデータベースから色々なことを学んで、自分の記憶のように扱えるまでに知識を身につけてきた。
それでもまだ足りない。カオスや暗黒神…あのアクリュースにも俺の力はまだまだ届かないからだ。――俺はもっと強くならなければ。
もう二度とアテナのように、大切な誰かを失わなくて済むように。
朝方、俺とウェンリーは誰かが小屋の扉を叩く音で目を覚ました。…と言っても、今この村には俺達以外、あのガーターさんしかいないはずだ。
案の定扉を開けるとそこに立っていたのは彼で、憔悴した顔をしていたものの、吹っ切れたような光をその目に宿していた。
そうしてガーターさんは俺の顔を見るなり〝昨日はすまなかった〟と謝り、朝食を一緒に食べないかと俺達を誘ってくれる。
俺はすぐにルフィルディルに帰るつもりでいた(シルヴァンにもそう連絡してあった)が、ウェンリーが俺を押し退けて誘いを受ける返事をしてしまったので、応じることになった。
結局ガーターさんは今後もこの村に残り、村長代理として復興の手伝いをしてくれるそうだ。
あくまでも代理なのは、バセオラ村の風習で代々村長は識者が務めることになっており、ウンディーネと心を通わせられることが条件だったからだ。
ウンディーネの望みはここを復興出来る状態にすることだったが、〝放っておいても人間は勝手に集まるでしょう。〟…なんて呑気なことを言う大精霊や水精霊に村を復興出来るはずはなく、ある程度までは俺が動く必要があると思っていた。
あとは最低限、魔物駆除協会の支店を置くことと、何人かの住人を連れて来ることだ。だがそれはきちんと国境を越えて入国してからの話になる。
「ガーターさん、一人で大丈夫かな?」
食事をご馳走になった俺達は、ガーターさんにまた戻ると約束をし、彼に見送られて家を出た。
手を振る彼を振り返るウェンリーは、俺達が戻るまでの間だけだと言っても心配そうだ。
「魔物除けの結界障壁は張ったし、水精霊が守っている。念のためウルルさんに連絡して黒鳥族の護衛も付けて貰うつもりだから心配ないさ。俺達はルフィルディルに帰るぞ。次にここへ来る時は、リヴグストも一緒だ。」
「了解。」
転移魔法石を握りしめ、俺とウェンリーはバセオラ村を後にする。
――ルフィルディルに戻ると、既に準備を整えて待っていたシルヴァンを加え、俺達は一旦、里に設置した転送陣でイシリ・レコアに向かう。
そこからインフィランドゥマに入って、出口に通じる転送陣の制御装置がある部屋に行き、ここの管理者でもあったシルヴァンに頼んで地下迷宮の『西部』に続く
転送陣を開いて貰う。
それを使えば、地下迷宮の西側『プロバビリテ』と『ルクサール』の中間地点に出られるからだ。
リヴグストが待つ『海神の宮』は、ルクサールにある『ルク遺跡』の地下から入れるのだが、エヴァンニュ北東部に位置するルフィルディルからだと、獣人族の足でも丸二日はかかってしまう。
幸いなことに俺には頭の中に『地図』があって、一度呼び出した場所(実際に行ったことのある場所)の地図はいつでもデータベースで見ることが出来る。
さらにそこに目的地を入れる(考えるだけでいい)と、どこをどう通れば最短距離を辿れるかが一目でわかるのだ。
それを利用してリヴグストを迎えに行くのに、最も時間をかけず海神の宮まで行ける方法を考えた。それがこの手段だ。
エヴァンニュ王国の下に編み目のように張り巡らされた地下迷宮は、上手く転送陣を利用すれば地上を行くよりも早く移動出来ると言ったが、今日はそれを実行しているような感じだ。
そうして僅か二時間ほどでルク遺跡に辿り着いた俺達は、海神の宮に行くと、待ちかねていたリヴグストに、涙でぐちょぐちょになった顔で迎えられることになった。
〝予の君〟と何度も呼んで、俺に抱きついて離れようとしないリヴグストを引き剥がし、前回は警戒して姿を見せなかった土小人『クレイリアン』達を紹介されると、召喚したウンディーネに海底に沈んだ『オルディス城』までの道を作って貰う。
それは海神の宮から目的地まで延々と伸びる空気の隧道で、ウンディーネの水を操る力を利用して海水を円筒状に刳り抜いたようなものだ。
俺達はここから二時間ほどをかけて、神魂の宝珠が安置されている封印の間まで歩いて行く。
ウンディーネが作ってくれたこの道は、きちんと膜が張られているものの、ほんの少し弾力があって柔らかく、時折それを突き破るようにして水棲魔物やアーケロンのような大型海獣が襲いかかって来た。
その度にウンディーネは隧道を拡大して戦闘領域を広げてくれ、俺達が敵と十分な距離を保ちながら戦えるだけの環境を作ってくれた。
ただ戦闘に入る度に海水を浴びて、服が濡れるのだけは避けようがなかった。
「うへえ…ビッチョビチョ。おまけに海水だからベトベトするし、気持ち悪ぃ…早く風呂に入りてえ。」
当然、ウェンリーの口からはそんなぼやきが放たれる。
「まったくだ。獣化して毛をブルブルしたくなるな。」
「やんなよ!?それ、吹っ飛ばした水浴びんのは俺らなんだからな!!」
銀の斑髪から水滴を滴らせたシルヴァンが言った言葉に、俺の後ろを歩くウェンリーが突っ込んでいる。
「む?そう言えばルーファスはなぜ衣服が濡れておらぬのだ?リヴは海竜だから濡れるのが平気だとしても、主は我らと同じく敵の攻撃で散々海水を浴びていたであろう。」
「ああ…俺か?俺は自分の技能で戦闘終了後に毎回自動で洗浄しているからな。幾ら濡れても汚れても乾くしすぐに綺麗になるんだ。ふふん…羨ましいだろう?」
ほんの少しの悪戯心でそんな意地悪を言ってみる。
「なっ…!?」
「なにそれ、あり得ねえ!!ずりいぞルーファス!!」
「今さらか?もう大分前から俺はこのスキルを使っているのに…残念だけどこれは俺の固有スキルだから、おまえ達は自力で似たような技能を獲得するか、『クリーン』の魔法を使うしかないだろうな。」
「「ルーファス!!」」
ウェンリーとシルヴァンは声を揃えて俺に抗議した。そんなことで文句を言われたって、これはさすがに魔法石にするのは無駄だぞ。
「あっはは…ふふっ」
「なにがおかしい、リヴ。」
俺達三人のやり取りを見ていたリヴグストが失笑すると、ジト目を向けたシルヴァンがリヴを追求する。
「ああ、すまぬ…いや、予の君とシルを見て、本当に再会が叶ったのだとようやく実感が湧いてきたのだ、許せ。」
また〝予の君〟って呼ばれた。その呼び方、どうにかならないかな。この前は〝ルーファス〟とちゃんと名前で呼んでくれたのに、〝ソル殿〟呼びから〝予の君〟呼びにどうして変わったんだ?
ここに戻って早々に止めてくれと頼んだが、リヴグストは中々変えてくれない。
「…まだ早い、再会を実感するのはそなたが封印から解放され、きちんと自分の身体に戻ってからだ。先に言っておくが、千年振りの身体は元の感覚を取り戻すまで中々にしんどいぞ?」
「ほう、そうなのか…むむ、ではある程度鍛え直さねばならぬやもしれぬな。いかがですかな予の君、その際は是非二人きりで心ゆくまで訓練を――」
「俺か?うーん、それだけの時間が取れれば構わないが、他の神魂の宝珠がまだ見つかっていないし、バセオラ村の復興もある。この後暫くは活動地域をシェナハーンに絞るから忙しくなりそうなんだよな。」
「そんな…!」
俺が断ると思いっきり残念そうな顔をしたリヴグストに、なんだか申し訳ない気分になる。
リヴグストの戦闘型は三節棍による中から遠距離攻撃型だ。打撃武器というのも鉄槌ぐらいしか見たことはないが、攻撃範囲の広い棒状武器の棍と言うのは初めて見る。(失っている記憶のせいで覚えていないだけかもしれないが)
中間距離での訓練なら、均衡的に考えても相手はシルヴァンがいいんじゃないかと思うんだが、なぜ俺に?と思った。
「安心せよ、それなら我がいくらでも訓練に付き合うぞ。なに、ルーファスが相手では本気を出せぬし、手合わせの相手が欲しかったのだ、そなたならばちょうど良い。」
「な!?いやいや、シルの相手は予では務まらぬよ。その怪力…馬鹿力で本気になられては、命が幾つあっても足らぬ。相手が欲しければ一刻も早く『アル』を見つけて貰うことだな。」
サーッと顔色を変えたリヴグストを見てすぐに気づいた。
ああ、なんとなくわかった。要するにシルヴァンの相手はリヴグストには厳しいんだな。怪力もそうだけど、シルヴァンは体力も有り余っているところがあるからなあ。
「…アル?」
「『アルティス・オーンブール』。火の神魂の宝珠に封印されている守護七聖の赤であり、フェリューテラで唯一人残されている竜人族の生存者だ。」
「竜人族…」
シルヴァンが嬉しそうに話すその『アルティス』という七聖の外見は、赤とオレンジ色の剛髪に、翡翠の瞳を持つかなりの美形男性らしい。
自分の身長ほどもある大剣を軽々と振り回す歴戦の勇者で、今は半身である飛竜の『クドゥン』と共に眠りについているようだ。
竜人族と言えば獣人族のように、竜化できるのではないかと思いがちだが、体格や体力、実力的には獣人族に引けを取らなくとも、こちらはほぼ普通の人間と変わりがない。違いと言えば身体のどこかに身体強化の要である『竜鱗』を持っていることくらいか。
それなのになぜ竜人族と呼ばれるのかというと、同じ魂を持つ愛竜と共にこの世に生まれてくるからだ。
彼らについての詳しい話は、いつかその『守護七聖の赤』を見つけた時にでもまた話そうと思うが、シルヴァンはそのアルティスととても馬が合い、毎日戦闘訓練をしていたほど親しい仲だったらしい。
「考えてみれば俺の仲間は多種族なんだな。獣人族に海竜…竜人族に精霊族、残りの三人は人族か。」
「それも予の君の人徳でござるな。記憶を失われておるのであれば思い出せぬでしょうが、カオスと暗黒神を倒すために、御自らが集めた信頼出来る仲間なのですから。」
「守護七聖は種族間で揉めたりはしなかったのか?」
獣人族は人間に迫害されていたんだし、竜人族は竜が火を吐いて森を燃やしたりするから、自然を愛する精霊とは相性が悪い。
なんだか聞くだけで問題の一つや二つ、起こりそうな気がするけど――
「はは、とんでもない。そのようなことがあれば予の君のキツいお仕置きが待っておりまする。そう、最後に七聖となったシルのように、『エフィアルティス・ソメイユ』を喰らおうものなら――」
「ままま、待てリヴ!!その話は蒸し返すな!!我唯一の心的外傷だ、思い出させるでない!!」
「ほほおん?その話、前から何度も聞きそびれてるよな。いいじゃん、教えてくれよ、リヴ。」
「フフフ、良いぞウェンリー。実はな…」
ウェンリーのにやけ顔に乗ったリヴを止めようとしてシルヴァンが暴れる。傍で目を細める俺を置いて三人が楽しそうにじゃれていたその時、俺の耳にウンディーネからの警告が入る。
『ルーファス様、前方に敵の集団が待ち構えています、ご注意を!』
「――敵?」
その俺が口にした一言で、ふざけていた三人の動きがピタリと止まる。
ウンディーネの警告通り俺の地図上、沈んだオセアノ海王国の入口辺りに固まっている、かなりの数の赤い敵対信号が見えた。
「待ち伏せか…!」
「敵の種類は?」
「魚人族の『ウォント』と半魚人族の兵士達みたいだな。ざっと見ても百体近くいる。」
「百体!?」
ギョッとするウェンリーにシルヴァンはニヤリと笑って面白い、と楽しそうに言った。
「どうでもいいがシルヴァン、ここが海中だってことを忘れるなよ。水の中に引き摺り込まれたら、いくら何でも溺れ死ぬからな。」
はっ!そうだった!!…みたいな顔をするな、まったく。
「リヴグスト、外へ出て海竜の姿である程度まで連中を蹴散らせるか?」
「御意。ご命令とあらば、是が非でも散らして見せましょうぞ。」
「頼んだ、討ち漏らしはウェンリーとシルヴァンがここで処理する。」
「…ってルーファスは?」
「もちろん俺は――」
リヴグストと一緒に行くさ。俺は莞爾してウェンリーにそう答えたのだった。
お待たせ、リヴ!…と言うことで、次回はようやくリヴグストの封印が解かれて仲間になります。また仕上がり次第アップします。いつも読んでいただきありがとうございます!!